説明

ホスフィンオキシド誘導体からのホスフィン誘導体の直接製造法

【課題】高価な化合物や安全性に問題のある化合物を用いる必要がなく、高圧や高温を経る必要もない、ホスフィンオキシド誘導体からホスフィン誘導体を製造する方法を提供する。
【解決手段】下記(1)式で表されるホスフィンオキシド誘導体を、トリアルキルシリルハライドを使用して、支持電解質の存在下、極性有機溶媒中で電解還元反応させることを特徴とする、下記(2)式で表されるホスフィン誘導体の製造方法。
(下記(1)及び(2)式において、Arはフェニル基、置換基を有するフェニル基、複素芳香環基、及び置換基を有する複素芳香環基からなる群から選ばれるアリール基を示し、Rは脂肪族炭化水素基又は置換基を有する脂肪族炭化水素基を示し、nは0〜3の整数を示す。)



【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、下記(1)式で示されるホスフィンオキシド誘導体を、トリアルキルシリルハライドを使用して、支持電解質の存在下、極性有機溶媒中で電解還元反応させることを特徴とする、下記(2)式で示されるホスフィン誘導体の製造法に関する。
【0002】
【化1】

【0003】
【化2】

【0004】
上記(1)及び(2)式において、Arはフェニル基、置換基を有するフェニル基、複素芳香環基、及び置換基を有する複素芳香環基などのアリール基を示し、Rは脂肪族炭化水素基又は置換基を有する脂肪族炭化水素基を示し、nは0〜3の整数を示す。
【背景技術】
【0005】
本発明に関わるホスフィン誘導体は、ウィッティッヒ(Wittig)反応や光延反応などの有機合成反応に広く用いられる重要な反応剤である。これらの反応ではホスフィンオキシド誘導体が副生するが、これらは難処理性廃棄物として大量に貯蔵所等に保管されている。これらを適当な方法で還元してホスフィン誘導体に変換することができれば、反応剤の再生・循環使用が可能となり、上記の難処理性廃棄物の処理の問題も一挙に解決する。
【0006】
トリフェニルホスフィンオキシド誘導体をトリフェニルホスフィン誘導体に変換する反応例としては、下記(3)式で示されるトリクロロシランを使用した反応(非特許文献1)や、下記(4)式で示されるトリエトキシシランやポリメチルヒドロシロキサンを使用した反応や(非特許文献2)、下記(5)式で示される水素化アルミニウムリチウム及び塩化セリウムを使用した反応や(非特許文献3)、下記(6)式で示される水素化アルミニウムリチウムを使用した反応や(非特許文献4)、下記(7)式で示されるアランを使用した反応など、金属水素化物を作用させる方法(非特許文献5)が報告されている。以下、特に断わりがない限り、Phはフェニル基を、Etはエチル基を、i−Prはイソプロピル基を、THFはテトラヒドロフランを、Meはメチル基を表す。
【0007】
【化3】

【0008】
【化4】

【0009】
【化5】

【0010】
【化6】

【0011】
【化7】

【0012】
しかし、これらの金属水素化物はいずれも高価であり、また、発火等の危険性があるため、その取り扱いには格別の注意が必要である。そのため大量のトリフェニルホスフィンオキシド誘導体を処理するには、コストや操作の煩雑さなどの観点から問題がある。
【0013】
その他、トリフェニルホスフィンオキシドの還元反応としては、下記(8)式で示される金属マグネシウムとチタノセンジクロリドとを作用させる反応(非特許文献6)や、下記(9)式で示されるヨウ化サマリウムを作用させる反応(非特許文献7)や、下記(10)式で示される活性炭と炭化水素とを作用させる反応(特許文献1)や、下記(11)式で示されるビスマス酸化物とチタン酸化物から調製した還元剤を作用させる反応(特許文献2)や、下記(12)式で示されるチタン酸化物の存在下に光を作用させる反応(非特許文献8)や、下記(13)式で示されるケイ素粉末とクロロシランと鉄塩化物とを作用させる反応(特許文献3)などが報告されているが、コストや安全性の面から実用的なトリフェニルホスフィンの製造法とは言い難いものであった。以下、特に断わりがない限り、Cpはシクロペンタジエニル基を、HMPAはヘキサメチルリン酸アミドを、DMFはジメチルホルムアミドを、tBuはターシャリーブチル基を、Buはブチル基を、Tsはトシル基を、TsOはトシラートアニオンを表す。
【0014】
【化8】

【0015】
【化9】

【0016】
【化10】

【0017】
【化11】

【0018】
【化12】

【0019】
【化13】

【0020】
また、トリフェニルホスフィンオキシドの電解還元については下記(14)式で示される反応が報告されている(特許文献4)。
【0021】
【化14】

【0022】
しかし、生成物はジフェニルホスフィンオキシド、フェニルホスフィン、ジフェニルホスフィンのほか、ベンゼン、シクロヘキサジエン、シクロヘキセンなどの複雑な混合物であり、トリフェニルホスフィンは全く生成していない。
【0023】
さらに、下記(15)式で示されるトリフェニルホスフィンオキシドをアセトニトリル中、塩化アルミニウム存在下、アルミニウムを陽極として電解還元を実施してトリフェニルホスフィンを製造する方法や(特許文献5及び非特許文献9)、下記(16)式で示されるトリフェニルホスフィンオキシド誘導体を五硫化二リンとジメチル硫酸で処理後、塩化リチウムを含むメタノール中で電解還元を実施してトリフェニルホスフィンを製造する方法や、トリフルオロメタンスルホン酸メチルエステルで処理後、トリフルオロメタンスルホン酸テトラブチルアンモニウムを含むメタノール中で電解還元を実施してトリフェニルホスフィンを製造する方法(非特許文献10)が報告されている。しかし、前者の(15)式の反応ではトリフェニルホスフィンの収率はわずか11%で電流効率も8%以下であり、到底実用に供する技術とは言えない。また、後者の(16)式の反応では電解に供する5価リン化合物の調製には煩雑な操作が必要で、電解還元を含む全工程の収率は高々45%程度であり、実用的な方法としては満足できるものではない。以下、特に断わりがない限り、Tfはトリフルオロメチルスルホニル基を、Xはハロゲン基を、DMEは1,2−ジメトキシエタンを、Msはメシル基を、MsOはメシラートアニオンを表す。
【0024】
【化15】

【0025】
【化16】

【0026】
一方、トリフェニルホスフィンオキシドを一旦他の5価リン化合物に変換し、これを還元してトリフェニルホスフィンに変換する二段階の方法として、下記(17)式が報告されている(非特許文献11)。しかし、第二段階の還元反応では高価な水素化アルミニウムリチウムが用いられており、実用的ではない。
【0027】
【化17】

【0028】
また下記(1a)式で示されるトリフェニルホスフィンオキシド(Arはフェニル基)から調製した下記(18)式で示される5価リン化合物(Arはフェニル基、Xは塩素)に水素化アルミニウムリチウム又は金属ナトリウムを作用させる下記(19)式で示される反応により収率良く下記(2a)式で示されるトリフェニルホスフィン(Arはフェニル基)を合成する方法が報告されている(非特許文献12)。
【0029】
【化18】

【0030】
【化19】

【0031】
【化20】

【0032】
【化21】

【0033】
しかしこの反応では発火等の危険性があり取り扱いに格別の注意が必要な水素化アルミニウムリチウム又は金属ナトリウムが用いられており、大量のトリフェニルホスフィンオキシドを処理する実用的な方法としては問題が多い。
【0034】
その他、下記(18)式で示される5価リン化合物(Arはフェニル基、Xは塩素)から下記(2a)式で示されるトリフェニルホスフィンを合成する方法としては、下記(20)式で示されるチオフェノールを作用させる方法(非特許文献13)、下記(21)式で示されるブチルリチウムを作用させる方法(非特許文献14)、下記(22)式で示されるフェニルマグネシウムブロミドを作用させる方法(非特許文献14)、下記(23)式で示される白リンを作用させる方法(特許文献6)、下記(24)式で示されるケイ素粉末を作用させる方法(特許文献7)、下記(25)式で示される鉄粉末を作用させる方法(特許文献8)、下記(26)式で示される金属ナトリウムと三塩化リンとを作用させる方法(特許文献9)、又は下記(27)式〜(32)式で示される水添反応などの方法が報告されているが(特許文献10〜14)、いずれも高価な反応剤を過剰量必要とし、あるいは高温や高圧の厳しい反応条件が必要であるなど、実用に供する下記(18)式で示される5価リン化合物の還元法としては十分満足のいくものではない。
【0035】
【化22】

【0036】
【化23】

【0037】
【化24】

【0038】
【化25】

【0039】
【化26】

【0040】
【化27】

【0041】
【化28】

【0042】
【化29】

【0043】
【化30】

【0044】
【化31】

【0045】
【化32】

【0046】
【化33】

【0047】
【化34】

【0048】
【化35】

【0049】
【化36】

【0050】
また下記(1a)式で示されるトリフェニルホスフィンオキシド(Arはフェニル基)から調製した下記(18)式で示される5価リン化合物(Arはフェニル基、Xは塩素)に金属アルミニウムを作用させる下記(33)から(35)式で示される反応により収率良く下記(2a)式(Arはフェニル基)で示されるトリフェニルホスフィンを合成する方法が報告されている(特許文献15〜17)。しかしこれらの製造方法は、いずれも90〜180℃の高温反応条件で実施しており、処理時間も数時間〜20時間の長時間かかるものが多い。用いるアルミニウムは粉末状のものが好ましく、あらかじめ篩により適当な範囲の粒径(200〜500μm)に揃えたものが有利に用いられる。しかしその調整にコストがかかるだけでなく、粉末状のアルミニウムは発火しやすくその取り扱いには格別の注意が必要である。また、反応に供する(18)式で示される5価リン化合物(Arはフェニル基、Xは塩素)はトリフェニルホスフィンオキシドにホスゲンなどの塩素化剤を反応させて調製されているが、通常、反応後の分離・精製操作が必要で、塩素化剤や副生する塩素化物を限度内に減少させることが求められている。ホスフィンオキシド誘導体から下記(18)式で示される5価リン化合物(Arはアリール基、Xは塩素)の調製及びその金属アルミニウムによる還元でホスフィン誘導体を製造する既報の方法は、実用に供する方法としては十分満足のいくものではなく、工業化に適する製造方法の開発が待たれている。
【0051】
【化37】

【0052】
【化38】

【0053】
【化39】

【0054】
【化40】

【0055】
【化41】

【0056】
【化42】

【0057】
また下記(1)式で示されるトリフェニルホスフィンオキシド(Arはフェニル基)から調製した下記(18)式で示される5価リン化合物(Arはフェニル基、Xは塩素)に金属アルミニウムを作用させる、下記(36)式で示される反応により、収率良く下記(2)式(Arはフェニル基)で示されるトリフェニルホスフィン誘導体を合成する方法が報告されている(特許文献18)。しかしこの製造方法は2段階の工程を必要としており、工程短縮の観点から、より工業化に適する製造方法の開発が待たれている。
【0058】
【化43】

【0059】
【化44】

【0060】
【化45】

【0061】
【化46】

【先行技術文献】
【特許文献】
【0062】
【特許文献1】特開昭62−4294
【特許文献2】特開平8−225468
【特許文献3】EP−0548682、US−5792884
【特許文献4】WO 2005/031040 A2
【特許文献5】インド特許 Indian Pat.Appl.2002DE00793
【特許文献6】US−3481988、DE−1247310
【特許文献7】US−5792884、EP−548682
【特許文献8】US−3780111
【特許文献9】US−4036889、DE−2638720
【特許文献10】特開昭53−34725
【特許文献11】特開昭55−149293
【特許文献12】特公昭63−26115
【特許文献13】特開昭55−149294
【特許文献14】特公昭62−56879
【特許文献15】特開平7−76592
【特許文献16】US−3405180
【特許文献17】EP−0761676、DE−19532310
【特許文献18】WO2009/139436
【非特許文献】
【0063】
【非特許文献1】フリシェ エッチ;ハゼルト ユー;コルテ エフ;フリース ジー;アドリアン ケー ケミシェ ベリヒテ 1965年、第98巻、pp.171−174(Fritzsche、H.;Hasserodt、U.;Korte、F.;Friese、G.;Adrian、K.Chem.Ber.1965、98、171−174.)
【非特許文献2】カウンベ ティ;ラウレンス エヌ ジェイ;ムハンマド エフ テトラヘドロン レターズ 1994年、第35巻、pp.625−628(Coumbe、T.;Lawrence、N.J.;Muhammad、F.Tetrahedron Lett.1994、35、625−628.)
【非特許文献3】イマモト ティ;タケヤマ ティ;クスモト ティ ケミストリー レターズ 1985年、pp.1491−1492(Imamoto、T.;Takeyama、T.;Kusumoto、T.Chem.Lett.1985、1491−1492.)
【非特許文献4】イスレイブ ケー;グラムス ジー ツアイトミュリフト フェアアンオルガニシェ ウント アルゲマイネ ヘミー 1959.299.58−68.Issleib,K.;Grams,G, Zeitschrift fur Anorganishe und Allgemeine Chemie 1959.299.58−68.)
【非特許文献5】グリフィン エス;ヒース エル;ワイアット ピー テトラヘドロン レターズ 1998年、第39巻、pp.4405−4406(Griffin、S.;Heath、L.;Wyatt、P.Tetrahedron Lett.1998、39、4405−4406.)
【非特許文献6】マーゼィ エフ;メイルレット アール テトラヘドロン レターズ 1980年、第21巻、pp.2525−2526(Mathey、F.;Maillet、R.Tetrahedron Lett.1980、21、2525−2526.)
【非特許文献7】ハンダ ワイ;イナナガ ジェイ;ヤマグチ エム ジャーナル オブ ケミカル ソサエティー ケミカル コミュニューケーションズ 1989年、pp.288−289(Handa、Y.;Inanaga.J.;Yamaguchi、M.J.Chem.Soc.;Chem.Comm.1989、288−289.)
【非特許文献8】ソマサンダラム エヌ;スリニバサン シー ジャーナル オブ オーガニック ケミストリー1996年、第61巻、pp.2895−2896(Somasundaram、N.;Srinivasan、C.J.Org.Chem.1996、61、2895−2896.)
【非特許文献9】ヤニルキン ブィ ブィ;グロマコブ ブィ エス;ニグマドジャノブ エフ エフ ロシアン ケミカル ブレタン 1996年、第45巻、pp.1257−1258(Yanilkin、V.V.;Gromakov、V.S.;Nigmadzyanov、F.F.Russ.Chem.Bull.1996、45、1257−1258.)
【非特許文献10】リカット ジェイ エル;デバウド エム テトラへドロン レターズ 1987年、第28巻、pp.5821−5822(Lecat、J.L.;Devaud、M.Tetrahedron Lett.1987、28、5821−5822.)
【非特許文献11】イマモト ティ;キクチ エス;ミウラ ティ;ワダ ワイ オーガニック レターズ2001年、第3巻、pp.87−90(Imamoto、T.;Kikuchi、S.;Miura、T.;Wada、Y.Org.Lett.2001、3、87−90.)
【非特許文献12】ホーナー エル;ホフマン エッチ;ベック ピー ケミシェ ベリヒテ1958年、第91巻、pp.1583−1588(Horner、L.;Hoffman、H.;Beck、P.Chem.Ber.、1958、91、1583−1588.)
【非特許文献13】マサキ エム;フクイ ケー ケミストリー レターズ 1977年、pp.151−152(Masaki、M.;Fukui、K.Chem.Lett.1977、151−152.)
【非特許文献14】デニィー デー ビー;グロス エフ ジー ジャーナル オブ オーガニック ケミストリー1967年、第32巻、pp.3710−3711(Denney、D.B.;Gross、F.J.J.Org.Chem.1967、32、3710−3711.)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0064】
下記(1)式で示されるホスフィンオキシド誘導体に対し、簡便な操作で低コスト、低リスク、且つ温和な条件下に還元を行って、高収率、高選択的に下記(2)式で示されるホスフィン誘導体に変換するホスフィン誘導体の製造法、すなわち、副生物として得られたホスフィンオキシド誘導体からホスフィン誘導体を再生する方法の確立が望まれている。
【0065】
【化47】

【0066】
【化48】

【0067】
上記(1)及び(2)式において、Arはフェニル基、置換基を有するフェニル基、複素芳香環基、置換基を有する複素芳香環基などのアリール基を示し、Rは脂肪族炭化水素基又は置換基を有する脂肪族炭化水素基を示し、nは0〜3の整数を示す。
【課題を解決するための手段】
【0068】
本発明者らは、前述の目的を達成するため、下記(1)式で示されるホスフィンオキシド誘導体を、下記(2)式で示されるホスフィン誘導体に変換する方法について鋭意研究した結果、下記(1)式で示されるホスフィンオキシド誘導体を、トリアルキルシリルハライドを使用して、支持電解質の存在下、極性有機溶媒中で電解還元反応させることにより、下記(2)式で示されるホスフィン誘導体の製造法を効率良く得ることに成功し、本発明を完成するに至った。
【化49】

【0069】
【化50】


上記(1)及び(2)式において、Arはフェニル基、置換基を有するフェニル基、複素芳香環基、置換基を有する複素芳香環基などのアリール基を示し、Rは脂肪族炭化水素基または置換基を有する脂肪族炭化水素基を示し、nは0〜3の整数を示す。
【0070】
すなわち、本発明は以下の[1]〜[9]である。
[1]下記(1)式で表されるホスフィンオキシド誘導体を、トリアルキルシリルハライドを使用して、支持電解質の存在下、極性有機溶媒中で電解還元反応させることを特徴とする、下記(2)式で表されるホスフィン誘導体の製造方法。
【化51】


【化52】


(上記(1)及び(2)式において、Arはフェニル基、置換基を有するフェニル基、複素芳香環基、及び置換基を有する複素芳香環基からなる群から選ばれるアリール基を示し、Rは脂肪族炭化水素基又は置換基を有する脂肪族炭化水素基を示し、nは0〜3の整数を示す。)
【0071】
[2]前記トリアルキルシリルハライドが、トリメチルシリルクロリド、トリエチルシリルクロリド、及びトリプロピルシリルクロリドからなる群から選ばれる、上記[1]に記載の製造方法。
【0072】
[3]前記支持電解質が、トリフルオロメタンスルホン酸テトラブチルアンモニウム、p−トルエンスルホン酸テトラエチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウムブロミド、テトラブチルアンモニウムブロミド、過塩素酸テトラブチルアンモニウム、テトラフルオロほう酸テトラブチルアンモニウム、及びヘキサフルオロリン酸テトラブチルアンモニウムからなる群から選ばれる四級アンモニウム塩、又は過塩素酸リチウム、ヘキサフルオロリン酸リチウム、及びテトラフルオロほう酸ナトリウムからなる群から選ばれるアルカリ金属塩である、上記[1]又は[2]に記載の製造方法。
【0073】
[4]前記電解還元反応を定電流条件下で行う、上記[1]から[3]のいずれか一項に記載の製造方法。
【0074】
[5]前記ホスフィンオキシド誘導体を前記極性有機溶媒に対して1〜50質量%の量で使用する、上記[1]から[4]のいずれか一項に記載の製造方法。
【0075】
[6]前記支持電解質をホスフィンオキシド誘導体に対して5〜500モル%の量で使用する、[1]から[5]のいずれか一項に記載の製造方法。
【0076】
[7]前記極性有機溶媒が非プロトン性極性有機溶媒である、上記[1]から[6]のいずれか一項に記載の製造方法。
【0077】
[8]前記極性有機溶媒がアセトニトリル又はアセトニトリルを主溶媒とする混合溶媒である、上記[7]に記載の製造方法。
【0078】
[9]前記電解還元反応を0〜50℃の温度で行う、上記[1]〜[8]のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0079】
本発明の製造法は、ホスフィンオキシド誘導体をホスフィン誘導体に変換する工程において、高価な化合物や安全性に問題のある化合物を用いる必要がなく、また、高圧や高温を経る必要もないため、安価でかつ安全・簡便・短時間にホスフィン誘導体を工業的に製造することができる。
【0080】
更に、本発明の製造法は、還元反応において、塩素化剤や副生する塩素化物の影響を受けないため、塩素化反応で生成した反応混合物から、トリアリールホスフィンジクロリドを精製、単離することなく、反応混合物をそのまま還元反応に付すことができ、操作にかかる時間を短縮でき、収率を高めることができる。
【発明を実施するための形態】
【0081】
下記(1)式で示されるホスフィンオキシド誘導体を、トリアルキルシリルハライドを使用して、支持電解質の存在下、極性有機溶媒中で還元反応させることにより下記(2)式で示されるホスフィン誘導体を製造する方法について説明する。
【0082】
【化53】

【0083】
【化54】

【0084】
本明細書では、式(1)のホスフィンオキシド誘導体及び式(2)のホスフィン誘導体のアリール基(Ar)とは、フェニル基、置換基を有するフェニル基、複素芳香環基及び置換基を有する複素芳香環基を包含するが、これらには限定されない。アリール基の例としては、フェニル基や本発明に係る塩素化・還元条件下で変化しない置換基を有するフェニル基、さらには2−ピリジル基、3−ピリジル基、3−チエニル基、2−フリル基などの複素芳香環基、置換基を有する複素芳香環基などが挙げられる。置換基としてはp−メチル、p−メトキシ、o−メチル、p−フルオロ、p−クロロ、p−フェニルなどの置換基が例示できる。
【0085】
次に、脂肪族炭化水素基(R)とはアルキル基、アルケニル基、アルキニル基等の脂肪族炭化水素基であり、置換基を有するものも含むものとする。
【0086】
nは0〜3の整数であり、本発明においては、n=3であるトリアリールホスフィンオキシド又はn=2であるジアリールアルキルホスフィンオキシドが好ましく用いられる。具体的には、トリフェニルホスフィンオキシド、トリ(p−トリル)ホスフィンオキシド、トリ(m−トリル)ホスフィンオキシド、トリ(o−トリル)ホスフィンオキシド、トリ(p−メトキシフェニル)ホスフィンオキシド、トリ(p−クロロフェニル)ホスフィンオキシド、トリ(2−フリル)ホスフィンオキシド、ジフェニルメチルホスフィンオキシド、ジフェニルエチルホスフィンオキシド、ジフェニルブチルホスフィンオキシドが好ましく用いられ、トリフェニルホスフィンオキシドが最も好ましく用いられる。
【0087】
本発明に用いられるトリアルキルシリルハライドとしては、トリメチルシリルクロリド、トリエチルシリルクロリド、トリプロピルシリルクロリド等が用いられる。これらの中で、トリメチルシリルクロリドが好ましく用いられる。
【0088】
先ずは極性有機溶媒に支持電解質を加える。加える支持電解質は極性有機溶媒中にイオン化されるのであれば特に限定はないが、例えば、トリフルオロメタンスルホン酸テトラブチルアンモニウム(BuNOTf)、p−トルエンスルホン酸テトラエチルアンモニウム(EtNOTs)、テトラエチルアンモニウムブロミド(EtNBr)、テトラブチルアンモニウムブロミド(BuNBr)、過塩素酸テトラブチルアンモニウム(BuNClO)、テトラフルオロほう酸テトラブチルアンモニウム(BuNBF)、ヘキサフルオロリン酸テトラブチルアンモニウム(BuNPF)などの四級アンモニウム塩、又は過塩素酸リチウム(LiClO)、ヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF)、テトラフルオロほう酸ナトリウム(NaBF)などのアルカリ金属塩が用いられる。
【0089】
極性有機溶媒としては非プロトン性極性有機溶媒が好ましいが、これには限定されない。非プロトン性極性有機溶媒として具体的には、アセトニトリル、ブチロニトリル、N、N−ジメチルホルムアミド、N−メチルピペリドン、ピリジン、クロロベンゼン、クロロホルム、ジクロロメタン、プロピオニトリル等が挙げられるが、好ましくはアセトニトリル、又はアセトニトリルを主溶媒とする混合溶媒が用いられる。アセトニトリルとの混合溶媒に用いられる溶媒としては、N、N−ジメチルホルムアミド、N−メチルピペリドン、ピリジン、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ベンゼン、クロロベンゼン、トルエン、ジクロロメタン、クロロホルム、アセトン、エチルメチルケトン、ジエチルエーテル等の有機溶媒が例示できる。混合溶媒中の、アセトニトリルと添加される有機溶媒との割合は好ましくは1:0.3〜1:0.001で、より好ましくは1:0.1〜1:0.01である。
【0090】
この時に使用する支持電解質は、極性有機溶媒に対して好ましくは5〜50質量%であり、より好ましくは5〜20質量%である。また、支持電解質はホスフィンオキシド誘導体(例えばトリアリールホスフィンオキシド誘導体)に対して、好ましくは5〜500モル%、より好ましくは80〜450モル%の量で使用する。ホスフィンオキシド誘導体に対して、支持電解質の添加量が5モル%以上であれば、電流効率が低下することがなく、一方、500モル%以下であれば撹拌が困難になることがない。
【0091】
この混合溶液を分離型セルの両極室にそれぞれ半量ずつ加える。この陰極室にホスフィンオキシド誘導体を加える。この添加量は極性有機溶媒に対して好ましくは1〜50質量%であり、より好ましくは1〜20質量%である。添加量が1質量%以上であれば、電流効率が低下することがなく、一方、50質量%以下であれば撹拌が困難になることがない。この溶液をアルゴン雰囲気下にする。反応液を室温で1〜30分間、より好ましくは5〜15分間かき混ぜる。
【0092】
その後、電解還元反応を、好ましくは0〜50℃の温度で行う。定電流条件下、ホスフィンオキシド誘導体1モルあたり2〜10F、好ましくは2〜4Fの通電を行う。電流密度は1〜500mA/cm、好ましくは10〜100mA/cmで、一定に保って電解を行う。なお、1F=96500C(クーロン)である。
【0093】
このようにして還元反応で得られた反応混合物から、溶媒抽出、再結晶等の従来公知の方法によって生成物を分離、精製し、ホスフィン誘導体が得られる。反応混合物には不純物が含まれており、これらを精製により除去する必要がある。精製後のホスフィン誘導体中の不純物含有量は10ppm以下とするのが好ましく、1ppm以下とするのが更に好ましい。
【実施例】
【0094】
以下、実施例によって本発明を説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0095】
(実施例1)
トリフルオロメタンスルホン酸テトラブチルアンモニウム(BuNOTf 0.7854g、2.01mmol)をアセトニトリル(10mL)に溶解した。これを陽極及び陰極に白金電極(1.5×1.0cm)を付した分離型セルの両極室に5mLずつ入れ、さらに陰極室にトリフェニルホスフィンオキシド(PhPO、0.1402g、0.504mmol)とトリメチルシリルクロリド(MeSiCl、0.78mL、0.67g、6.2mmol)を入れた。アルゴン雰囲気下で反応液を室温で10分間かき混ぜたのち、室温で定電流電解(25mA、64.3分、2F/mol−PhPO)を行った。陰極室液を5%塩酸−氷の混合物に注ぎ、酢酸エチル(15ml)で三回抽出した。有機層を一つにまとめ、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液10mL及び飽和食塩水10mLで順次洗浄した後、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。有機層をろ過、減圧下濃縮した後、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(SiO50g、ヘキサン→ヘキサン/酢酸エチル 3/1、Rf=0.73)で精製し、目的物であるトリフェニルホスフィン(0.127g、0.484mmol、96%)を単離し、原料であるトリフェニルホスフィンオキシド(2.8mg、0.01mmol、回収率2%)も回収した。結果を表1に示す。
【0096】
(実施例2)
表1に示す量のトリメチルシリルクロリドを用いた以外は、実施例1と同様の操作及び反応条件下で、トリフェニルホスフィンオキシドからトリフェニルホスフィンへの還元反応を実施した。結果を表1に示す。
【0097】
(比較例1)
トリメチルシリルクロリドに代えてトリメチルシリルトリフラート(MeSiOTf)を用いた以外は、実施例2と同様の操作及び反応条件下で、トリフェニルホスフィンオキシドからトリフェニルホスフィンへの還元反応を実施した。
【0098】
収率はシリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製し、単離収量から算出した。結果を表1に示す。
【0099】
【表1】

【0100】
(実施例3)
テトラブチルアンモニウムブロミド(BuNBr、0.645g、2.0mmol)をアセトニトリル(5mL)に溶解した溶液にトリフェニルホスフィンオキシド(PhPO、0.557g、2.0mmol)とトリメチルシリルクロリド(MeSiCl、0.78mL、0.67g、6.2mmol)とを加え10分間かき混ぜて均一溶液とした。これに陽極として亜鉛電極(1.5×1.0cm)、陰極として銅電極(1.5×1.0cm)を付し、アルゴン雰囲気下、電解槽を45℃の油浴に浸して加温しながら、定電流電解(100mA、128.7分、4F/mol−PhPO)を行った。電解液を5%塩酸−氷の混合物に注ぎ、酢酸エチル(30ml)で三回抽出した。有機層を一つにまとめ、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液10mL及び飽和食塩水10mLで順次洗浄した後、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。有機層をろ過、減圧下濃縮した後、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン→ヘキサン/酢酸エチル 3/1)で精製し、目的物であるトリフェニルホスフィン(0.509g、1.94mmol、97%)を単離し、原料であるトリフェニルホスフィンオキシド(5.6mg、0.02mmol、回収率1%)を回収した。結果を表2に示す。
【0101】
(実施例4〜7)
トリフェニルホスフィンオキシドの代わりに、表2に示すホスフィンオキシド(2.0mmol)を用いた以外は、実施例3と同様の操作及び反応条件下で、ホスフィンオキシドからホスフィンへの還元反応を実施した。結果を表2に示す。
【0102】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明の技術は、製薬化学工業などの分野で好適に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(1)式で表されるホスフィンオキシド誘導体を、トリアルキルシリルハライドを使用して、支持電解質の存在下、極性有機溶媒中で電解還元反応させることを特徴とする、下記(2)式で表されるホスフィン誘導体の製造方法。
【化1】


【化2】


(上記(1)及び(2)式において、Arはフェニル基、置換基を有するフェニル基、複素芳香環基、及び置換基を有する複素芳香環基からなる群から選ばれるアリール基を示し、Rは脂肪族炭化水素基又は置換基を有する脂肪族炭化水素基を示し、nは0〜3の整数を示す。)
【請求項2】
前記トリアルキルシリルハライドが、トリメチルシリルクロリド、トリエチルシリルクロリド、及びトリプロピルシリルクロリドからなる群から選ばれる、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記支持電解質が、トリフルオロメタンスルホン酸テトラブチルアンモニウム、p−トルエンスルホン酸テトラエチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウムブロミド、テトラブチルアンモニウムブロミド、過塩素酸テトラブチルアンモニウム、テトラフルオロほう酸テトラブチルアンモニウム、及びヘキサフルオロリン酸テトラブチルアンモニウムからなる群から選ばれる四級アンモニウム塩、又は過塩素酸リチウム、ヘキサフルオロリン酸リチウム、及びテトラフルオロほう酸ナトリウムからなる群から選ばれるアルカリ金属塩である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記電解還元反応を定電流条件下で行う、請求項1から3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記ホスフィンオキシド誘導体を前記極性有機溶媒に対して1〜50質量%の量で使用する、請求項1から4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記支持電解質をホスフィンオキシド誘導体に対して5〜500モル%の量で使用する、請求項1から5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記極性有機溶媒が非プロトン性極性有機溶媒である、請求項1から6のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記極性有機溶媒がアセトニトリル又はアセトニトリルを主溶媒とする混合溶媒である、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記電解還元反応を0〜50℃の温度で行う、請求項1〜8のいずれか一項に記載の製造方法。

【公開番号】特開2011−236502(P2011−236502A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−90986(P2011−90986)
【出願日】平成23年4月15日(2011.4.15)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】