説明

ホスホジエステラーゼ10A阻害剤

パーキンソン病、ハンチントン病、アルツハイマー病又は統合失調症の予防や治療に有用であるPDE10A阻害剤を提供する。
一般式(1)


[式中、R及びRは、各々独立して水素原子又は炭素数1〜4の低級アルキル基、Rは水素原子、炭素数1〜4の低級アルキル基又は炭素数1〜3の低級アルコキシ基を表す。]で示されるピラゾロ[1,5−a]ピリジン誘導体を有効成分として含有することを特徴とするホスホジエステラーゼ10A阻害剤は、パーキンソン病、ハンチントン病、アルツハイマー病又は統合失調症の予防や治療に有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、ピラゾロ[1,5−a]ピリジン誘導体を有効成分とするホスホジエステラーゼ10A阻害剤並びに、該ホスホジエステラーゼ10A阻害剤を有効成分とするパーキンソン病、ハンチントン病、アルツハイマー病及び統合失調症の治療薬に関するものである。
【背景技術】
[特許文献1] 特開2001−161379公報
[特許文献2] 特開2000−224992公報
[特許文献3] WO 01/24781パンフレット
[特許文献4] 特開昭52−134870号公報
[特許文献5] 特開平2−131424号公報
[非特許文献1] Fujishige et al.,J.Biol.Chem.,274:18438−45,1999.
[非特許文献2] Scott et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,96:7071−6.1999;Fujishige et al.,Eur.J.Biochem.,266:1118−27,1999.
[非特許文献3] Fujimoto et al.,J.Neuroimmunol.,95:35−42,1999.
[非特許文献4] Souness et al.,Brit.J.Pjarmacol.,11:1081−8,1994;Murashima et al.,Jpn.Pharmacol.Ther.,26:41−5,1998;Kishi et al.,J.Cardiovasc.Pharmacol.,36:65−70,2000.
ホスホジエステラーゼ(以下、PDE(phosphodiedterase)と略称することがある)は、細胞内の様々な反応に重要な役割を果たすcyclic AMP(cAMP)及びcyclic GMP(cGMP)を分解する酵素である。cAMPおよびcGMPは細胞外からの種々の刺激により、adenylyl cyclaseとguanylyl cyclaseによりATPおよびGTPから生成され、PDEにより5’−AMPと5’−GMPに分解される。現在までに、PDEは1〜11までのタイプが見つかっており、タイプ毎にcAMPを特異的に分解するか、cGMPを特異的に分解するか或いは両方を分解するかが決まっている。各PDEのタイプの組織分布には差がみられ、臓器の種類により、異なるタイプのPDEにより細胞反応がコントロールされていると考えられている。
PDE阻害剤はこれまでに数多くのものが開発されてきているが、主としてPDE3(心不全治療薬),PDE4(喘息・COPD治療薬など)及びPDE5(男性性機能障害治療薬)に関するものが応用されている。
1999年にヒト、マウス、ラットで新しいPDEとしてPDE10Aの存在がそれぞれ報告された。PDE10は細胞内のcAMP及びcGMPの濃度の調節に関わっており、ヒトでは脳、精巣、甲状腺などに主として存在する。脳では特に線状体を構成している被殻や尾状核に発現する([非特許文献1])。PDE10Aはマウス及びラットでも脳、精巣に高発現している([非特許文献2])。
PDE10Aのヒト遺伝子を単離し、PDE10Aの各種PDE阻害剤の感受性特性を評価した結果、ジピリダモール(dipyridamole)がPDE10Aを阻害したとの開示([特許文献1][特許文献2])があるが、疾患への応用については具体的な開示はない。
しかし、PDE10Aモジュレーター(modulator)として、ミノサイクリン(minocycline)をハンチントン病患者に試用して有効であったという1例報告がある([特許文献3])のみである。
一方、下記一般式(1)で示されるピラゾロ[1,5−a]ピリジン誘導体は公知([特許文献4])である。中でも3−イソブチリル−2−イソプロピルピラゾロ[1,5−a]ピリジンは一般名イブジラスト(Ibudilast)として知られ、イブジラストは脳循環改善剤、気管支喘息治療剤及びアレルギー性結膜炎治療剤として広く用いられている。イブジラストの作用としては、プロスタサイクリン(PGI2)の脳血管平滑筋弛緩作用増強作用、血小板凝集抑制作用の増強、気道収縮抑制作用、ロイコトリエン遊離抑制作用、PDE阻害作用のほか、記憶障害改善作用([特許文献5])や多発性硬化症に対する作用([非特許文献3])を有することも知られている。
これまでに見出されている種々の作用効果のうち、イブジラストのPDE阻害作用とはPDE3、4及び5に関するもの([非特許文献4])であり、イブジラストがPDE10を阻害することは全く知られていなかった。
【発明の開示】
本発明の課題は、パーキンソン病、ハンチントン病、アルツハイマー病又は統合失調症の予防や治療に有用性が期待されるPDE10A阻害剤を見出すことにある。
本発明者らは、パーキンソン病・ハンチントン病・アルツハイマー病・統合失調症などに効果があると期待される化合物を見出すべく、研究を重ねた結果、ピラゾロピリジン骨格を有する一連の化合物の中にPDE10A阻害作用を有する化合物を見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、一般式(1)

[式中、R及びRは、各々独立して水素原子又は炭素数1〜4の低級アルキル基、Rは水素原子、炭素数1〜4の低級アルキル基又は炭素数1〜3の低級アルコキシ基を表す。]で示されるピラゾロ[1,5−a]ピリジン誘導体を有効成分とすることを特徴とするホスホジエステラーゼ10A阻害剤、並びに上記ホスホジエステラーゼ10A阻害剤を有効成分とするパーキンソン病、ハンチントン病、アルツハイマー病及び統合失調症の治療薬に関するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
以下に本発明を詳細に説明する。
前記一般式(1)で示されるピラゾロ[1,5−a]ピリジン誘導体は公知である。中でも一般名イブジラスト(Ibudilast、3−イソブチリル−2−イソプロピルピラゾロ[1,5−a]ピリジン)は脳循環改善剤、気管支喘息治療剤及びアレルギー性結膜炎治療剤として広く用いられている。
前記一般式(1)における炭素数1〜4の低級アルキル基とは、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、sec−ブチル、ter−ブチルであり、好ましくはイソプロピルである。炭素数1〜3の低級アルコキシ基とは、メトキシ、エトキシ、プロポキシ、イソプロポキシである。
前記一般式(1)で表される本発明化合物は、cAMPやcGMPを基質としてPDE阻害作用を測定した結果、PDE10Aに対し最も強い阻害活性を示した。
パーキンソン病は線状体へのドーパミン供給が減少することが原因で起こることが知られる。ドーパミンは線状体(被殻、尾状核)に存在するドーパミン・レセプターD1及びD2を介して、線状体のcAMP濃度の調節を行っていると考えられている。従って、これらの部位に特異的に存在するPDE10Aの阻害剤は新規なパーキンソン病治療薬として期待できる。
また、ハンチントン病は線状体が変性・萎縮する疾患で、遺伝子内にCAGリピートの異常伸張が見られ、細胞の生存維持に必須と考えられるCREB依存性転写反応が阻害されることによる機序が考えられている。したがって、線状体でのcAMP濃度を上昇させるPDE10A阻害剤は新規なハンチントン病治療薬として期待できる。
アルツハイマー病は神経細胞へのベータアミロイドの沈着、神経原線維変化、神経細胞消失、アセチルコリンなどの神経伝達物質の異常減少が見られ、高度な痴呆に陥る脳の変性疾患である。cGMPは脳内でのグルタミン酸、アセチルコリン等の神経伝達物質放出促進、神経突起伸展促進、神経細胞の生存維持促進、ベータアミロイドによる神経細胞死を抑制することが知られており、脳内でのcGMP上昇はアルツハイマー病などの脳の変性進行を改善する可能性がある。よって脳内でcGMP濃度を上昇させる可能性のあるPDE10A阻害剤は新規なアルツハイマー病の治療薬として期待できる。
統合失調症を引き起こす原因は主に神経伝達物質であるグルタミン酸、セロトニン、ドーパミンを介する指令のバランスが崩れることによると考えられている。特に線状体でのドーパミンの過剰放出は統合失調症の病因として最も有力な仮説である。cGMPは線状体でのグルタミン酸の放出を促進するセカンドメッセンジャーとして知られており、cGMP上昇は線状体での神経伝達物質を介する指令のバランスを調節する可能性がある。よって線状体でのcGMP濃度を上昇させる可能性のあるPDE10A阻害剤は新規な統合失調症の治療薬として期待できる。
以上のことから、前記一般式(1)で示されるピラゾロ[1,5−a]ピリジン誘導体は、優れたPDE10A阻害作用を示すことから、パーキンソン病、ハンチントン病、アルツハイマー病又は統合失調症の予防、治療に有効である。
【実施例】
次に本発明を実施例により具体的に説明するが、これらの例によって本発明が限定されるものではない。
<実施例> イブジラストのPDE阻害作用
1)実験方法
各全長PDE、すなわちPDE1A3,PDE2A3,PDE3A,PDE3B,PDE4A4,PDE4B2,PDE4C2,PDE4D3,PDE5A1,PDE5A2,PDE5A3,PDE7A2,PDE8A1,PDE9A2,PDE10A1,PDE11A1のcDNAはヒト由来のRNAよりそれぞれRT−PCRを行い単離した。各単離したcDNA断片をGateway system(Invitrogen社製)及びBac−to−Bac(登録商標)Baculovirus Expression system(Invitrogen社製)で昆虫細胞Sf9に導入し、目的の各PDEタンパクを発現させた。これら組み換えPDE1A3,PDE2A3,PDE3A,PDE4A4,PDE4B2,PDE4C2,PDE4D3,PDE5A1,PDE5A2,PDE5A3,PDE7A2,PDE8A1,PDE9A2,PDE10A1,PDE11A1はこれらPDEタンパクを高発現したSf9細胞の培養上清もしくは細胞抽出液からそれぞれイオン交換クロマトグラフィーで精製した。組み換えPDE3BはPDE3Bタンパクを高発現したSf9細胞をRIPA buffer[150mM NaCl,10mM Tris−HCl(pH8.3),0.1%protease inhibitor cocktail(製品番号:P8849、Sigma社製)]で懸濁し、その全懸濁液を以下に示す実験に用いた。
イブジラストは4mM溶液を段階的に15%DMSO溶液で4倍希釈し、15nMから4mMまでの濃度のイブジラスト溶液を用意した(実験でのイブジラストの最終濃度は1.5nMから400μM)。これらイブジラスト溶液10μlを表1に示した濃度に緩衝液[40mM Tris−HCl(pH7.4),10mM MgCl]で希釈した[H]cAMPもしくは[H]cGMP50μl及び表1に示したunit量の各ヒト由来組み換えPDEタンパク40μlを96穴プレートに添加し、30℃で20分間反応した。その後65℃で2分間反応させた後、1mg/ml 5’ nucleotidase(Crotalus atrox venom,Sigma社製)25μlを添加し、30℃で10分間反応した。反応終了後、Dowex溶液[300mg/ml Dowex 1x8−400(Sigma Aldrich社製),33% Ethanol]200μlを添加し、4℃で20分間振動混合した後MicroScint 20(Packard社製)200μlを添加し、シンチレーションカウンター(Topcount,Packard社製)を用いて測定した。IC50値の算出はGraphPad Prism v3.03(GraphPad Software社製)を用いて行った。その結果を表2に示す。

2) 結果
表2に示すように、組み換えヒトPDEを用いたin vitroの実験でイブジラストはPDE10A1に対して特に強い阻害作用を示すことが明らかとなった。

【産業上の利用可能性】
上述の結果、前記一般式(1)で表されるピラゾロ[1,5−a]ピリジン誘導体がPDE10Aを強く阻害することが明らかとなり、前記一般式(1)で表されるピラゾロ[1,5−a]ピリジン誘導体はホスホジエステラーゼ10A阻害剤として有用である。。
本発明のホスホジエステラーゼ10A阻害剤はパーキンソン病、ハンチントン病、アルツハイマー病及び統合失調症の予防、治療に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)

[式中、R及びRは、各々独立して水素原子又は炭素数1〜4の低級アルキル基、Rは水素原子、炭素数1〜4の低級アルキル基又は炭素数1〜3の低級アルコキシ基を表す。]で示されるピラゾロ[1,5−a]ピリジン誘導体を有効成分として含有することを特徴とするホスホジエステラーゼ10A阻害剤。
【請求項2】
前記一般式(1)で示される化合物が3−イソブチリル−2−イソプロピルピラゾロ[1,5−a]ピリジンである請求項1に記載のホスホジエステラーゼ10A阻害剤。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のホスホジエステラーゼ10A阻害剤を有効成分とすることを特徴とするパーキンソン病の治療又は予防薬。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のホスホジエステラーゼ10A阻害剤を有効成分とすることを特徴とするハンチントン舞踏病の治療又は予防薬。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のホスホジエステラーゼ10A阻害剤を有効成分とすることを特徴とするアルツハイマー病の治療又は予防薬。
【請求項6】
請求項1又は2に記載のホスホジエステラーゼ10A阻害剤を有効成分とすることを特徴とする統合失調症の治療又は予防薬。

【国際公開番号】WO2004/050091
【国際公開日】平成16年6月17日(2004.6.17)
【発行日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−556869(P2004−556869)
【国際出願番号】PCT/JP2003/015315
【国際出願日】平成15年12月1日(2003.12.1)
【出願人】(000001395)杏林製薬株式会社 (120)
【Fターム(参考)】