説明

ホスホジエステラーゼ5阻害剤とパンテチンを含有する医薬組成物

【課題】
安全でかつ陰茎勃起作用が増強された医薬組成物を見出し提供すること。
【解決手段】
ホスホジエステラーゼ5阻害剤とパンテチンを含有する医薬組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスホジエステラーゼ5阻害剤とパンテチンを含有する医薬組成物であり、主として、陰茎勃起機能不全治療用又は陰茎勃起機能不全改善用の医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ホスホジエステラーゼ(以下、PDEと称す)はサイクリックAMP(以下、cAMPと称す)やサイクリックGMP(以下、cGMPと称す)のリン酸エステルを加水分解する酵素であり、これまでに11種のPDEが存在することが判っている。ホスホジエステラーゼ5(PDE5)は、PDEの1種として知られている。
【0003】
細胞の機能が損なわれた状態では多くの場合、PDE活性が亢進しており、結果的にcGMPやcAMPが不足した状態になることが推定され、PDEを阻害する薬剤はこれらを増加させるのに有用である。例えば、PDE5は陰茎海綿体中に豊富に存在する酵素である。
【0004】
これまでの公知文献に開示の情報から、陰茎勃起の機序は以下のように説明できる。
性的刺激により、陰茎海綿体にある末梢神経の神経型一酸化窒素合成酵素(nNOS)によって生成した一酸化窒素(NO)が、陰茎海綿体のグアニル酸シクラーゼを活性化してcGMPが合成される。cGMP濃度上昇とともに陰茎海綿体の平滑筋が弛緩して陰茎動脈から血液が流入してくる。陰茎海綿体への血液流入により陰茎体積・寸法の増大と、内圧上昇による陰茎硬化が惹起される。これに伴い陰茎静脈が圧迫されるようになり陰茎海綿体からの血液流出も抑制され、勃起が完結する。その後、射精の完了又は性的刺激の減弱によってNO供給が途絶えてくると、陰茎海綿体に存在するPDE5によりcGMPが分解され、陰茎動脈からの血液流入が止まり、やがて勃起前の状態に戻る。
【0005】
ストレス等による交感神経の緊張による陰茎動脈収縮による海綿体血液流入の遮断、nNOSの活性低下、グアニル酸シクラーゼ活性の低下、PDE5活性の亢進、等のいずれか又はこれらが複合して起こると、陰茎が勃起しなかったり、勃起しても持続しなかったりして、性交が行えなくなる。このような病態を勃起不全、勃起機能障害あるいは勃起障害と言うが、心理的な配慮から、最近では、英名Erectile Dysfunctionの略名表示である「ED」が広く用いられるようになってきた。
【0006】
近年、PDE5阻害剤が見いだされ、ED治療に革命がもたらされた。これは、陰茎海綿体のcGMP分解酵素であるPDE5の活性を阻害し、陰茎の末梢NO神経によってもたらされる陰茎海綿体内のcGMP量を維持・増大させ、陰茎海綿体内圧上昇(勃起)状態を持続させるものである(例えば、非特許文献1参照)。PDE5阻害剤がEDに悩む患者の大部分を救った。
【0007】
世界初のPDE5阻害剤(シルデナフィルクエン酸塩、商品名バイアグラ)が発売された当初、NO供与剤である狭心症治療薬(ニトログリセリン、亜硝酸アミル、硝酸イソソルビド等の硝酸薬)との併用による死亡事故が多数報告されたため、現在では両者は併用禁忌となっている。この理由は、NO供与剤がcGMPの産生を刺激し、PDE5阻害剤がcGMPの分解を阻害することにより、cGMPの増大を介するNOの降圧作用が増強するためとされている。現在では、cGMPを増加させる薬剤、降圧剤、α遮断薬等は併用注意喚起がなされている(例えば、非特許文献1参照)。
【0008】
一方、パンテチンはCoA(補酵素A)の前駆物質であり、(1)粥状硬化進展抑制作用、(2)総コレステロール低下作用、(3)トリグリセライド低下作用、(4)HDLコレステロール増加作用、(5)脂肪酸酸化促進作用、(6)血管壁コレステロール代謝促進作用、(7)血小板数の改善作用、(8)腸管運動促進作用、等が知られている(例えば、非特許文献1参照)。よって広義には、陰茎動脈硬化を有するED患者には有効であると言えるかも知れないが、当然ながら即効性は期待できない。また、現時点でパンテチンがEDに有効であることの報告は見当たらない。
【0009】
なお、PDE5阻害剤との有用な組合せとしては、(1)抗糖尿病薬、(2)HMG−CoA還元酵素阻害薬、(3)抗高血圧薬、(4)セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)、等がこれまでに開示されている(特許文献1参照)。
しかし、PDE5阻害剤とパンテチンとの併用について記載又は示唆された文献は一つもない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特表2005−504113号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】医療用医薬品集 2009年版 JAPIC 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
安全でかつ陰茎勃起作用が増強された医薬組成物を見出し、提供すること。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、PDE5阻害剤と併用禁忌又は注意成分、すなわち、cGMPを増加させる薬剤、降圧剤、α遮断薬ではなく、更に、PDE5阻害剤との併用が知られていない成分の中から、優れた抗ED効果を発現する安全な医薬組成物を見出すための研究を鋭意すすめてきた。その結果、PDE5阻害剤とパンテチンとの併用によって陰茎勃起作用が顕著に増強されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、以下に記すとおりである。
(1)
ホスホジエステラーゼ5阻害剤とパンテチンを含有する医薬組成物。
本発明として、好適には、以下に記すとおりである。
(2)
陰茎勃起機能不全治療用又は陰茎勃起機能不全改善用の(1)に記載の医薬組成物。
(3)
ホスホジエステラーゼ5阻害剤投与において得られる陰茎勃起作用を、パンテチンを含有させることによって増強させるための陰茎勃起機能不全治療用又は陰茎勃起機能不全改善用医薬組成物。
(4)
ホスホジエステラーゼ5阻害剤投与において得られる陰茎勃起持続時間を、パンテチンを含有させることによって持続延長させるための陰茎勃起機能不全治療用又は陰茎勃起機能不全改善用医薬組成物。
(5)
ホスホジエステラーゼ5阻害剤が、シルデナフィル、バルデナフィル、タダラフィル及びそれらの薬理上許容される塩からなる群から選択されるいずれか1剤である、(1)−(4)から選択されるいずれか1項に記載の医薬組成物。
(6)
ホスホジエステラーゼ5阻害剤が、シルデナフィルクエン酸塩、バルデナフィル塩酸塩水和物又はタダラフィルである、(1)−(4)から選択されるいずれか1項に記載の医薬組成物。
(7)
ホスホジエステラーゼ5阻害剤が、シルデナフィルクエン酸塩である、(1)−(4)から選択されるいずれか1項に記載の医薬組成物。
【0015】
さらに、本発明は以下の発明を包含する。
(8)
ホスホジエステラーゼ5阻害剤とパンテチンを同一の医薬組成物中に含有する(1)−(7)から選択されるいずれか1項に記載の医薬組成物の製造方法。
(9)
陰茎勃起機能不全治療用又は陰茎勃起機能不全改善用医薬組成物を製造するための、ホスホジエステラーゼ5阻害剤とパンテチンの使用。
(10)
ホスホジエステラーゼ5阻害剤とパンテチンを同時に、順次又は別個に投与する方法。
(11)
哺乳動物に請求項1−7から選択されるいずれか1項に記載された医薬組成物の有効量を投与することを特徴とする、陰茎勃起機能不全治療方法又は陰茎勃起機能不全改善方法。
【0016】
本発明の医薬組成物を投与する際は、それぞれホスホジエステラーゼ5阻害剤を含有する医薬組成物とパンテチンを含有する医薬組成物を同時に又は順次に投与することが出来る。
【0017】
「同時に」投与するとは、全く同時に投与することの他、薬理学上許される程度に相前後した時間に投与することも含むものである。その投与形態は、ほぼ同じ時間に投与できる投与形態であれば特に限定はないが、単一の組成物であることが好ましい。
【0018】
「順次又は別個に」投与するとは、異なった時間に別々に投与できる投与形態であれば特に限定はないが、例えば、1の成分を投与し、次いで、決められた時間後に、他の成分を投与する方法がある。
【0019】
「治療」とは、病気又は症状を治癒させること又は改善させること或いは症状を抑制させることを意味する。
【発明の効果】
【0020】
本発明により、PDE5阻害剤の陰茎勃起作用がパンテチンとの併用によって増強されることが判明した。そのため、例えば、合剤にすればPDE5阻害剤の配合量が減量でき、ひいては、PDE5阻害剤の副作用が軽減できるため有用である。更に、パンテチンはcGMP増加作用、α遮断作用、PDE5阻害作用、等を有さないため、併用しても有害な副作用は発現せず安全である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】試験結果1:被験薬投与後の各時間における家兎ペニス長さの測定結果
【図2】追試結果:被験薬投与後の各時間における家兎ペニス長さの測定結果
【発明を実施するための形態】
【0022】
「陰茎勃起機能不全」とは、何らかの原因により、性交に必要とされるほどの陰茎勃起が発現しなかったり、いったん勃起しても持続せず正常な性交渉が行えなかったりする状態を指し、「陰茎勃起機能不全改善」とは、このような状態を改善することをいう。
【0023】
「PDE5阻害剤」とは、PDE5を阻害する作用があれば特に限定されないが、具体的には、シルデナフィルクエン酸塩、バルデナフィル塩酸塩、タダラフィル等を指す。
【0024】
「パンテチン」とは、N,N’−[ジチオビス(エチレンイミノカルボニルエチレン)]ビス(2,4−ジヒドロキシ−3,3−ジメチルブチルアミド)である。
【0025】
PDE5阻害剤として、シルデナフィル塩酸塩、バルデナフィル塩酸塩、タダラフィルは公知の化合物であり市販されているため入手できる。また、パンテチンは第15改正日本薬局方に収載されている。
【0026】
本発明の医薬組成物の1日投与量における、PDE5阻害剤の含有量は1mg−120mgであり、好ましくは、5mg−70mgである。また、パンテチンの含有量は10mg−800mgであり、好ましくは、30mg−600mgである。これらを1日1回、性行為の約1時間前に服用する。
【0027】
「順次又は別個に」投与する場合には、PDE5阻害剤を性行為の約1時間前に服用することには変わりないが、どちらかと言えば、パンテチンを先に投与する方が好ましい。
【実施例】
【0028】
本発明の実施例を以下に記載する。
(実施例)錠剤
(成分)
(表1)
1錠中(mg) a b c
―――――――――――――――――――――――――――――――
シルデナフィルクエン酸塩 25 − −
バルデナフィル塩酸塩 − 10 −
タダラフィル − − 10
パンテチン 125 100 100
結晶セルロース 80 80 80
乳糖 60 60 60
ステアリン酸マグネシウム 2 2 2
ヒドロキシプロピルセルロース 適量 適量 適量
―――――――――――――――――――――――――――――――
(製法)
上記成分および分量をとり、日局製剤総則「錠剤」の項に準じて錠剤を製造する。
【0029】
(試験例)陰茎勃起効果確認試験
(1)被験物質
シルデナフィルクエン酸塩は市販の医療用バイアグラ(登録商標)錠(ファイザー社製)を抽出した後、再度クエン酸塩にすることによって使用した。パンテチンは市販の医療用パントシン注5%(第一三共社製)を使用した。
シルデナフィルクエン酸塩は10mg/mLとなるように溶媒(DMSO:生理食塩水=30:70)に溶解した。パンテチンは5%濃度(50mg/mL)のパントシン注をそのまま使用した。パンテチンとシルデナフィルクエン酸塩の合剤は、上記パントシン注5%にシルデナフィルクエン酸塩濃度が10mg/mLとなるように添加して作製した。
【0030】
(2)使用動物
JW雄性家兎16週齢を日本SLC(株)から購入し、温度20−26℃、湿度30−70%、照明時間6時−18時に制御されたウサギ飼育室内でウサギ用ブラケットテーパーケージに入れ、ウサギ飼育用飼料および水フィルターを通した水道水を自由に摂取させた。
【0031】
(3)試験方法
被験物質は耳静脈内に投与した。いずれの被験物質も投与液量は0.1mL/Kgである。通常、家兎のペニスは露出しておらず、勃起時に露出してくるので、被験薬投与による勃起作用は、露出した陰茎長さによって評価できる。
被験薬投与後、1、3、5、10、15、30及び60分の間隔にて、陰茎露出長さ(mm)をノギスによって測定した。
【0032】
(4)試験結果1
被験薬投与後の各時間における家兎ペニス長さの測定結果を表2および図1に示す。
ここで、Sはシルデナフィルクエン酸塩、Pはパンテチンである。また、各値とも1群3匹の平均値である。
【0033】
(表2)ペニス長さ(mm)
薬剤 1分後 3分後 5分後 10分後 15分後 30分後 60分後
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
S単剤 2.0 4.6 5.7 5.4 5.8 6.1 5.0
P単剤 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0
合 剤 1.5 6.4 7.5 9.3 8.0 8.0 7.6
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【0034】
表2および図1の結果より、シルデナフィルクエン酸塩単剤投与群では陰茎勃起作用が確認できるが、パンテチン単剤投与群では陰茎勃起作用は認められない。シルデナフィルクエン酸塩にパンテチンを併用すると、シルデナフィルの陰茎勃起作用が増強されることが判明した。なお、投与後60分間のAUC(ペニス長さmm×時間min)は、S単剤で328、P単剤で0、合剤(SとP併用)で461であり、1.4倍の増強作用が得られた。
【0035】
(5)追試結果
後日、(1)〜(2)と同一の条件で、新たに購入した同種家兎にて再度試験を実施した結果を表3および図2に示す。ここで、Sはシルデナフィルクエン酸塩、Pはパンテチンである。また、各値とも1群3匹の平均値である。
【0036】
(表3)ペニス長さ(mm)
薬剤 1分後 3分後 5分後 10分後 15分後 30分後
――――――――――――――――――――――――――――――――――
S単剤 0.0 2.4 3.3 3.1 2.7 2.9
P単剤 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0
合 剤 2.6 5.7 6.8 7.3 6.6 5.8
――――――――――――――――――――――――――――――――――
【0037】
表3および図2の結果より、試験結果1と同様にシルデナフィルクエン酸塩単剤投与群では陰茎勃起作用が確認できるが、パンテチン単剤投与群では陰茎勃起作用は認められなかった。シルデナフィルクエン酸塩にパンテチンを併用すると、シルデナフィルの陰茎勃起作用が増強されることが追試においても再確認された。なお、投与後30分間のAUC(ペニス長さmm×時間min)は、S単剤で81、P単剤で0、合剤(SとP併用)で185であり、2.3倍の増強作用が得られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホスホジエステラーゼ5阻害剤とパンテチンを含有する医薬組成物。
【請求項2】
陰茎勃起機能不全治療用又は陰茎勃起機能不全改善用の請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
ホスホジエステラーゼ5阻害剤投与において得られる陰茎勃起作用を、パンテチンを含有させることによって増強させるための陰茎勃起機能不全治療用又は陰茎勃起機能不全改善用医薬組成物。
【請求項4】
ホスホジエステラーゼ5阻害剤投与において得られる陰茎勃起持続時間を、パンテチンを含有させることによって持続延長させるための陰茎勃起機能不全治療用又は陰茎勃起機能不全改善用医薬組成物。
【請求項5】
ホスホジエステラーゼ5阻害剤が、シルデナフィル、バルデナフィル、タダラフィル及びそれらの薬理上許容される塩からなる群から選択されるいずれか1剤である、請求項1−4から選択されるいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項6】
ホスホジエステラーゼ5阻害剤が、シルデナフィルクエン酸塩、バルデナフィル塩酸塩水和物又はタダラフィルである、請求項1−4から選択されるいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項7】
ホスホジエステラーゼ5阻害剤が、シルデナフィルクエン酸塩である、請求項1−4から選択されるいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項8】
ホスホジエステラーゼ5阻害剤とパンテチンを同一の医薬組成物中に含有する請求項1−7から選択されるいずれか1項に記載の医薬組成物の製造方法。
【請求項9】
陰茎勃起機能不全治療用又は陰茎勃起機能不全改善用医薬組成物を製造するための、ホスホジエステラーゼ5阻害剤とパンテチンの使用。
【請求項10】
ホスホジエステラーゼ5阻害剤とパンテチンを同時に、順次又は別個に投与する方法。
【請求項11】
哺乳動物に請求項1−7から選択されるいずれか1項に記載された医薬組成物の有効量を投与することを特徴とする、陰茎勃起機能不全治療方法又は陰茎勃起機能不全改善方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2010−163425(P2010−163425A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−284754(P2009−284754)
【出願日】平成21年12月16日(2009.12.16)
【出願人】(306014736)第一三共ヘルスケア株式会社 (176)
【Fターム(参考)】