説明

ホスホリパーゼAおよびそれを用いた1リゾリン脂質または2リゾリン脂質の製造方法

【課題】安全性が高く、食品分野にも安心して利用することができ、かつ中性領域でも活性を示すホスホリパーゼAおよびこれを用いた1リゾリン脂質または2リゾリン脂質の製造方法を提供する。
【解決手段】レタス、ネギ、またはキュウリを粉砕して濾過した濾液、あるいは遠心分離した際の上澄み液を、アセトンなどの有機溶媒と混合したのち、沈殿物を必要に応じて、凍結乾燥等することにより、粗酵素として抽出する。リン脂質を分解する際に酵素として用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なホスホリパーゼAおよびそれを用いた1リゾリン脂質または2リゾリン脂質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
レシチン(ホスファチジルコリン)は、動物、植物あるいは菌類に含まれている代表的なグリセロリン脂質である。このレシチンは、界面活性作用、酸化防止作用、生理活性作用等を有しており、食品、飼料あるいは医薬品等に利用されている(例えば、特許文献1〜4参照)。食品工業においては、卵黄レシチンや大豆レシチン等に代表される天然レシチンが食品添加物として認可されており、商品の性質を改変する目的で主に乳化剤として使用されている(例えば、特許文献5,6参照)。
【0003】
このレシチンは、水に難溶性である。一方、リゾレシチンは、アシル基の位置が異なる1‐アシルリゾレシチンと2‐アシルリゾレシチンとがあり、水に容易に分散する。このため、これらのレシチン、1‐アシルリゾレシチン、2‐アシルリゾレシチンは、それぞれ食品添加物として使用した場合には、食品に付与する特性がそれぞれ異なり、いずれも食品工業においては必要な物質となっている(例えば、特許文献7参照)。
【0004】
ところで、リゾレシチンは、化学的に製造することも可能である。しかし、食品工業においては、天然由来のレシチンを酵素で加水分解することにより、リゾレシチンを製造した方が望ましい。また、医薬品の製剤への使用においても、天然由来のリゾレシチンを使用する方が、安全性に優れていると考えられる(例えば、特許文献8参照)。
【0005】
リゾレシチンを製造する際に用いられる酵素であるホスホリパーゼA2は、動植物に含まれていることが知られている。動物由来の酵素は、例えば、ヒト、家畜、爬虫類、昆虫に含まれていることが知られている。現在、食品工業に使用されている酵素は、家畜由来の酵素であり、例えば、ブタ膵臓由来ホスホリパーゼA2(ノボザイムズ社製)が世界的に使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2005−506303号公報
【特許文献2】特表2005−508443号公報
【特許文献3】特表2006−517190号公報
【特許文献4】特開平5−227897号公報
【特許文献5】特開平6−23256号公報
【特許文献6】特開平8−205784号公報
【特許文献7】特開平10−42884号公報
【特許文献8】特開平10−287686号公報
【特許文献9】特開2004−261022号公報
【特許文献10】特開平6−153939号公報
【特許文献11】特開平8−298986号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、このような家畜由来の酵素は、宗教上の禁忌に触れる恐れがあるので、使用ができない国があるという問題があった。
【0008】
なお、微生物由来のホスホリパーゼA2についても報告されているが、ホスホリパーゼA2を生産する微生物のほとんどが病原性を有しており、安全性において問題があった(例えば、特許文献9,10参照)。また、ヒト細胞を利用したホスホリパーゼA2についても報告されているが、食品として使用するには、倫理的な問題があった。(例えば、特許文献11参照)。
【0009】
更に、微生物由来のホスホリパーゼAあるいは動物由来のホスホリパーゼAは、ホスファチジルコリン、ホスファチジルイノシトールのみに有効であり、また、酸性領域でのみ活性を示すという問題があった。
【0010】
本発明は、このような問題に基づきなされたものであり、安全性が高く、食品分野にも安心して利用することができ、中性領域でも活性を示すホスホリパーゼAおよびこれを用いた1リゾリン脂質または2リゾリン脂質の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のホスホリパーゼAは、レタス、キュウリまたはネギから抽出されるものである。
【0012】
本発明の1リゾリン脂質または2リゾリン脂質の製造方法は、リン脂質に、本発明のホスホリパーゼAを加えて、加水分解することにより、1リゾリン脂質または2リゾリン脂質を生成するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明のホスホリパーゼAによれば、レタス、キュウリまたはネギから抽出されたものであるので、安全性が高く、食品分野にも安心して利用することができる。また、中性領域においても活性を有するので、種々のリン脂質に対する酵素として用いることができる。加えて、本発明の1リゾリン脂質または2リゾリン脂質の製造方法によれば、リン脂質に、本発明のホスホリパーゼAを加えて、加水分解するようにしたので、効率よく、1リゾリン脂質または2リゾリン脂質を製造することができると共に、製造された1リゾリン脂質または2リゾリン脂質についても、安全性が高く、食品分野にも安心して利用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0015】
本発明の一実施の形態に係るホスホリパーゼAは、レタス、キュウリまたはネギから抽出されるものである。レタス、キュウリまたはネギから抽出されるものであるので、安全性が高く、食品分野にも安心して利用できるようになっている。
【0016】
なお、レタスは、キク科アキノノゲシ属の一年草または二年草であり、野菜として利用され、和名をチシャと呼ぶ植物である。レタスの品種としては、例えば、ヘッドレタス(L. s. var. capiata)−タマチシャ、リーフレタス(L. s. var. crispa)−葉チシャ、チリメンヂシャ、立ちレタス(L. s. var. longifolia)−立ちヂシャ、カッティングレタス(L. s. var. crispa)−カキヂシャ、ステムレタス(L. s. var. angustana)−茎チシャがあり、これらのうち1種または2種以上を原料とすることができる。
【0017】
また、キュウリは、ウリ科キュウリ属のつる性一年草の果実である。キュウリの品種としては、例えば、白イボ系、黒イボ系、四葉(スーヨー)胡瓜、四川胡瓜、馬込半白胡瓜、高井戸節成胡瓜、加賀太胡瓜、聖護院胡瓜、毛馬胡瓜、大和三尺、ピクルス用キュウリがあり、これらのうち1種または2種以上を原料とすることができる。
【0018】
更に、ネギは、ネギ科ネギ属のものであり、学名は、Allium fistulosumである。原産地を中国西部や中央アジアとする植物であり、日本では食用として広く栽培されている。ネギの品種としては、例えば、青葱(九条葱[京野菜]、万能葱、谷田部ネギ、観音ネギ、ワケネギ、株分れ、葉ねぎなど)、白葱(深谷ねぎ、下仁田ネギ、ポロねぎなど)、曲がりねぎ(一関曲がりねぎ、仙台曲がりねぎ、横沢曲がりねぎ、阿久津曲りねぎなど)、越津ネギ、徳田ねぎがあり、これらのうち1種または2種以上を原料とすることができる。
【0019】
このホスホリパーゼAは、例えば、レタス、キュウリあるいはネギを粉砕して濾過した濾液、あるいは遠心分離した際の上澄み液を、アセトンなどの有機溶媒と混合したのち、沈殿物を必要に応じて、凍結乾燥等することにより、粗酵素液あるいは粗酵素粉末として抽出することができる。更に、例えば、この粗酵素を塩析、有機溶媒沈殿、透析、限外濾過、イオン交換クロマトグラフィー、吸着クロマトグラフィー、ゲル濾過、凍結乾燥、等電点電気泳動等の方法を、ホスホリパーゼAの理化学的性質を考慮した条件下で行うことにより、濃縮して採取することができる。
【0020】
レタス、キュウリまたはネギから抽出されるホスホリパーゼAは、中性領域においても加水分解活性を有しており、種々のリン脂質を効率的に加水分解することができる。例えば、リン脂質に、これらのホスホリパーゼAを加えて、加水分解することにより、1リゾリン脂質または2リゾリン脂質を生成することができ、具体的に例をあげれば、ホスファチジルコリンを原料として、1‐アシルリゾレシチン、または2‐アシルリゾレシチンを効率的に生成することができる。なお、このホスホリパーゼAを用いてリン脂質の加水分解反応を行う際に、金属イオンあるいは金属イオンを生ずる化合物を添加するようにすれば、反応性を高めることができるので好ましい。また、キュウリあるいはネギから抽出されるホスホリパーゼAを用いる場合には、特に、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)を添加しても反応させることができる。
【0021】
このように本実施の形態のホスホリパーゼAによれば、レタス、キュウリまたはネギから抽出されたものであるので、安全性が高く、食品分野にも安心して利用することができる。また、中性領域においても活性を有するので、種々のリン脂質に対する酵素として用いることができる。加えて、リン脂質に、これらのホスホリパーゼAを加えて、加水分解するようにしたので、効率よく、1リゾリン脂質または2リゾリン脂質を製造することができると共に、製造された1リゾリン脂質または2リゾリン脂質についても、安全性が高く、食品分野にも安心して利用することができる。
【実施例】
【0022】
(実施例1)
レタス(茨城県産)400gに純水600mlを加え、氷冷下にてワーリングブレンダー(ハイパワーホモジナイザー,広沢鉄工所社製)でホモジナイズ(10000rpm、1min、5回)した。これをガーゼ濾過したのち、濾液を遠心分離機(CX−250、Tomy社製)で遠心分離(10000rpm、4℃、30min)して、上澄み液を回収した。続いて、回収した上澄み液に対して2倍量の冷アセトンを撹拌しながら加え、氷冷下で1時間静置したのち、生じた沈殿を遠心分離(10000rpm,4℃,30min)して回収し、真空凍結乾燥機(VD−800F、Taitec社製)で凍結乾燥した。凍結乾燥物を氷冷させた乳鉢で微粉末にし、得られた粉末をレタスホスホリパーゼAとして、−20℃で保存した。得られたレタスホスホリパーゼAについて加水分解活性を測定したところ、112U/gであった。
【0023】
なお、レタスホスホリパーゼAの加水分解活性は次のようにして測定した。まず、リン脂質として1%(w/v)のホスファチジルコリン5μLと、0.1Mの塩化カルシウム5μLと、50mMトリス−塩酸緩衝液(pH8)35μLとを混合し、37℃で10分間加熱した後、酵素液を5μL加えて撹拌し、37℃で5分間反応させた。その後、反応液を100℃で5分間加熱して、反応を停止させ、遠心分離機で遠心分離(15000rpm、4℃、5min)し、上澄み液を回収した。次いで、上澄み液中の遊離脂肪酸濃度を遊離脂肪酸測定キット(NEFA C−テストワコー)を用いて吸光度を測定することにより定量し、ホスホリパーゼAの加水分解活性を求めた。これにより求めたホスホリパーゼAの1Uは、1分間に1μmolの脂肪酸を生成する酵素量である。
【0024】
また、レタスに代えてネギ(埼玉県産)、又はキュウリ(しろいぼ:群馬県産)を用いたことを除き、他はレタスと同様にしてネギホスホリパーゼA、又はキュウリホスホリパーゼAをそれぞれ得た。得られた各ホスホリパーゼAについて加水分解活性を測定したところ、ネギホスホリパーゼAが8.01U/g、キュウリホスホリパーゼAが47.5U/gであった。
【0025】
なお、ネギホスホリパーゼAおよびキュウリホスホリパーゼAの加水分解活性は、塩化カルシウムに代えてエチレンジアミン四酢酸(EDTA)を添加したことを除き、他はレタスホスホリパーゼAと同様にして測定した。なお、反応液の混合比は、1%(w/v)のホスファチジルコリン5μL、0.2MのEDTA0.5μL、50mMトリス−塩酸緩衝液(pH8)39.5μL、酵素液5μLとした。
【0026】
(比較例1)
レタスに代えてホウレンソウ(北海道産)を用い、実施例1と同様にしてホウレンソウホスホリパーゼAを調製した。得られたホウレンソウホスホリパーゼAについても、実施例1と同様にして加水分解活性を測定したところ、加水分解活性は微弱であった。
【0027】
(実施例1と比較例1との比較)
このように、実施例1によれば高い加水分解活性が得られたのに対して、比較例1では微弱であった。すなわち、レタス、ネギ、又はキュウリから抽出されたホスホリパーゼAによれば、中性領域において高い加水分解活性を得ることができ、リン脂質を高い効率で分解することができることがわかった。
【0028】
以上、実施の形態および実施例を挙げて本発明を説明したが、本発明は、上記実施の形態および実施例に限定されるものではなく、種々変形可能である。例えば、上記実施の形態および上記実施例では、ホスホリパーゼAの抽出方法、精製方法およびホスホリパーゼAを用いたリン脂質の加水分解方法について具体的に説明したが、他の方法により行うようにしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0029】
リン脂質の加水分解に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レタス、キュウリまたはネギから抽出されることを特徴とするホスホリパーゼA。
【請求項2】
リン脂質に、請求項1記載のホスホリパーゼAを加えて、加水分解することにより、1リゾリン脂質または2リゾリン脂質を生成することを特徴とする1リゾリン脂質または2リゾリン脂質の製造方法。

【公開番号】特開2011−10609(P2011−10609A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−158274(P2009−158274)
【出願日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【出願人】(505089614)国立大学法人福島大学 (34)
【Fターム(参考)】