説明

ホスホン酸ポリマーとその製造方法および燃料電池用電解質膜

【課題】低加湿状況下でのプロトン伝導率を高め得る新たなホスホン酸ポリマーを提供する。
【解決手段】本発明のホスホン酸ポリマーは、下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含む。こうした分子鎖構造により、側鎖末端のホスホン酸基を動き易くする。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスホン酸ポリマーとその製造方法および当該ポリマーを含む燃料電池用電解質膜に関する。
【背景技術】
【0002】
プロトン伝導性を有する固体高分子膜を電解質膜とした固体高分子型燃料電池では、その電解質膜として、パーフルオロスルホン酸系のポリマーが主流であり、ナフィオン膜(登録商標、以下同じ)が多用されている。その一方、近年、ナフィオン膜に代わる安価な固体高分子膜の提供が要請され、こうした高分子膜の材料として、ポリマー側鎖にホスホン酸基を導入したホスホン酸ポリマーが提案されている(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−238806号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の特許文献で提案されたホスホン酸ポリマーは、その主鎖において芳香環を酸素原子を介在させて結合した上で、芳香環の炭素に酸素原子を介在させてホスホン酸基を導入している。芳香環はその分子量が大きいため、ホスホン酸基1モル当たりのポリマー乾燥重量(EW値)が相対的に大きくなるので、その分、プロトン伝導率の低下が危惧される。
【0005】
ホスホン酸基は親水性を呈するので、適度な湿潤状況下であれば、ホスホン酸基の周囲には水が集まるため、上記のEW値をある程度小さくしてホスホン酸基を増やせば、複数のホスホン酸基が水で覆われることになる。よって、ホスホン酸基周囲に集まった水を介してホスホン酸基によるプロトン伝導が確保される。ところで、ホスホン酸基を含有するポリマーから製膜された電解質膜は、例えば燃料電池に組み込まれて使用されるが、燃料電池の運転条件によっては、電解質膜の湿潤状況が低加湿の状況に推移することが多々ある。低加湿状況では、ホスホン酸基周囲の水が少なくなるので、ホスホン酸基周囲に集まった水で共通して覆われるホスホン酸基の数が少なくなり、ホスホン酸基周囲の水を介してのプロトン伝導が低下し、プロトン伝導率の低下を来す。
【0006】
プロトン伝導率σNEは、Nernst Einsteinの式により、以下の数式1で導かれる。そして、この数式1によれば、プロトン拡散係数DH、プロトン体積密度NHに依存して高まる。下記の数式1におけるnは単位体積当たりのイオン数、Fは電荷素量、Rはボルツマン定数、Tは温度である。
【0007】
σNE = DH・NH・n2・F2/R・T 数式1
【0008】
低加湿状況下における上記したプロトン伝導率の低下は、数式1で定まるプロトン伝導率σNEを大きくすることで抑制可能ではあるものの、上記した特許文献では、プロトン伝導率σNEを規定するプロトン拡散係数DHやプロトン体積密度NHについての考察に欠けるため、低加湿状況下でのプロトン伝導率σNEの低下が危惧される。
【0009】
本発明は、上記した課題を踏まえ、低加湿状況下でのプロトン伝導率を高め得る新たなホスホン酸ポリマーと、低加湿状況下であっても高いプロトン伝導率を確保し得る燃料電池用電解質膜との提供を図ることをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記した目的の少なくとも一部を達成するために、本発明は、以下の適用例として実施することができる。
【0011】
[適用例1:ホスホン酸ポリマー]
飽和炭化水素を主鎖とし、ホスホン酸基を側鎖の末端に含有するホスホン酸ポリマーであって、
前記主鎖の炭素と前記ホスホン酸基とが、エーテル結合とアルキル結合とを介して結合していることを要旨とする。
【0012】
適用例1のホスホン酸ポリマーでは、その側鎖を主鎖を構成する飽和炭化水素の炭素から延ばすに当たり、主鎖の炭素にエーテル結合(−O−)とアルキル結合(−CH2−)とを介してホスホン酸基を結合させ、側鎖末端にホスホン酸基を有する。この分子鎖構造は、例えば、下記の構造式(1)で表される。
【0013】
【化1】

【0014】
この構造式からも判るように、側鎖末端のホスホン酸基は、アルキル結合(−CH2−)とエーテル結合(−O−)とを介在させて主鎖から離れると共に、側鎖をなす原子同士の結合はいずれもシングルボンドである。よって、側鎖末端のホスホン酸基の動き易さは、上記した側鎖構造に基づいて高まる。そして、側鎖末端のホスホン酸基の動き易さは、上記した数式1におけるプロトン拡散係数DHと密接に関係し、側鎖末端のホスホン酸基が動き易くなってホスホン酸基同士の隔たりが狭くなればなるほど、ホスホン酸基同士でのプロトン伝導が確保され、プロトン拡散係数DHは大きくなる。この結果、上記の適用例1のホスホン酸ポリマーによれば、低加湿状況下でも、側鎖末端のホスホン酸基はその側鎖構造に基づいて動き易くすることでプロトン拡散係数DHは大きくし、低加湿状況下でのプロトン伝導率を高めることができる。また、上記の適用例1のホスホン酸ポリマーは、その主鎖および側鎖に芳香環を有しないので、分子鎖構造ごとの分子量が小さくなることから、芳香環を含むものに比べてEW値が小さくなるので、高いプロトン伝導率を有することになる。
【0015】
上記した適用例のホスホン酸ポリマーは、次のような態様とすることができる。例えば、適用例のホスホン酸ポリマーを製膜処理に処して、その膜を燃料電池用電解質膜とでき、こうして得られた燃料電池用電解質膜は、上記の適用例のホスホン酸ポリマーが有する低加湿状況下での高いプロトン伝導率に起因して、低加湿状況下における電池性能の向上に寄与できる。
【0016】
[適用例2:ホスホン酸ポリマーの製造方法]
この適用例2の製造方法は、ホスホン酸ポリマーの製造方法であって、
飽和炭化水素を主鎖とし、一価の官能基を脱離基として側鎖の末端に含有すると共に、前記主鎖の炭素と前記側鎖の末端の前記脱離基とを、エーテル結合とアルキル結合とを介して結合させているポリマーを原材料とし、前記脱離基をホスホン酸基への変遷が可能な構造のホスホン酸前駆体PO(OEt)2に置換する第1工程と(Etはエチル基を示す)、
前記置換済みの前記ホスホン酸前駆体PO(OEt)2のエチル基を水素原子に置換させる第2工程とを備える
ことを要旨とする。
【0017】
上記したホスホン酸ポリマーの製造方法によれば、低加湿状況下での高いプロトン伝導率を有する適用例1のホスホン酸ポリマーを、製造できる。この場合、上記の構造式(1)のホスホン酸ポリマーを製造するに当たっては、下記の構造式(2)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含むポリマーを原材料とし、前記脱離基としてのクロロ基をホスホン酸前駆体PO(OEt)2に置換した上で、ホスホン酸前駆体PO(OEt)2のエチル基を水素原子に置換させればよい。
【0018】
【化2】

【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】合成プロセス1でのクロロ基からホスホン酸前駆体PO(OEt)2への置換を実証するためのNMRチャートである。
【図2】合成プロセス2でのエチル基と水素原子との置換を実証するためのNMRチャートである。
【図3】実施例の燃料電池10を構成する単セル15を断面視して概略的に示す説明図である。
【図4】実施例フィルム試料と比較例フィルム試料の各試料ごとに求めたプロトン伝導率を湿度に対してプロットしたグラフである。
【図5】側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の分子鎖構造をプロトン伝導率を規定するプロトン拡散係数DHに関連付けて模式的に示す説明図である。
【図6】実施例フィルム試料と比較例フィルム試料におけるホスホン酸基PO(OH)2の挙動を結合の様子と関連付けて模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について説明する。まず、実施例のホスホン酸ポリマー製造方法について説明する。最終生成物であるホスホン酸ポリマーは、飽和炭化水素を主鎖とし、下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含み、その側鎖末端にホスホン酸基を有する。
【0021】
【化1】

【0022】
構造式(1)のホスホン酸ポリマーを含む電解質膜製造用のポリマーの製造に当たり、下記の構造式(3)で表される分子鎖構造を有するCHVE−b−CEVEポリマー(ブロック共重合のポリマー)を原材料として準備する。このCHVE−b−CEVEポリマーは、分子鎖における繰り返し単位(単量体)として、シクロヘキシルビニルエーテル(CHVE:Cyclohexyl Vinyl Ether)と、クロロエチルビニルエーテル(CEVE:Chloroethyl Vinyl Ether)と備え、それぞれの単量体がm、nの繰り返し数(整数)で連続する。構造式(2)におけるm、nは、それぞれ約200以下である。
【0023】
【化3】

【0024】
次に、上記の構造式(3)で表されるブロック共重合の原材料ポリマーを下記の合成プロセス1に処する。この合成プロセス1は、CEVEにおけるクロロ基を脱離基として脱離させ、このクロロ基をホスホン酸前駆体PO(OEt)2に置換するプロセスである。
【0025】
【化4】

【0026】
合成プロセス1を進行させるに当たり、10mlの試験管にアルゴン(Ar)気流下で、構造式(3)で表されるブロック共重合の原材料ポリマーであるCHVE−b−CEVEポリマー(1.2g)と、エチル基(Et)とリンの化合物P(OEt)3(12ml/70.3mmol)とを仕込み、Arを試験管内でバブリングしながら加熱環流した。この際のバス温度は、165℃である。この加熱環流の間に進む合成プロセス1では、加熱環流での熱によるP(OEt)3の分解に伴う減少を補充するよう、P(OEt)3を適宜追加しながら、6日間に亘ってArバブリングを伴う加熱環流を継続した。この間に、溶液の着色は見られなかった。
【0027】
次に、試験管内の反応溶液を減圧乾燥に処した後、その乾燥物を5mlのクロロホルムに溶解し、その溶液を250mlのメタノールに加えて再沈殿させた。そして、メタノール容器をデカンテーションに処したところ、0.93gの沈殿物が得られた。この沈殿物をNMR(核磁気共鳴)分析に処して、その分子鎖構造を解析した。図1は合成プロセス1でのクロロ基からホスホン酸前駆体PO(OEt)2への置換を実証するためのNMRチャートである。この図1に示すように、合成プロセス1により、ブロック共重合のCHVE−b−CEVEポリマーにおけるCEVEのクロロ基がホスホン酸前駆体PO(OEt)2に置換していることが確認でき、ブロック共重合のCHVE−b−CEVEポリマーから上記の構造式(4)で表されるブロック共重合のCHVE−b−ホスホン酸エステルポリマーが得られた。このホスホン酸エステルポリマーを構成する側鎖末端のホスホン酸前駆体PO(OEt)2は、主鎖をなす飽和炭化水素の炭素に、エーテル結合とアルキル結合とを介して結合している。なお、この合成プロセス1は、Journal of Organic Chemistry,1961,vol.26,p.5152.に即した合成反応である。
【0028】
次に、合成プロセス1で得られた構造式(4)のブロック共重合のCHVE−b−ホスホン酸エステルポリマーを下記の合成プロセス2に処する。この合成プロセス2は、置換済みのホスホン酸前駆体PO(OEt)2のエチル基を水素原子に置換するプロセスである。
【0029】
【化5】

【0030】
この合成プロセス2では、まず、10mlのナスフラスコをアルゴン環境下に置き、このナスフラスコに、構造式(4)のブロック共重合のCHVE−b−ホスホン酸エステルポリマー(800mg:単量体繰り返し比n/m=0.6)と、無水クロロホルム(16ml)とを仕込み、氷水にて冷却する。その後、臭化トリメチルシリル(TMSBr)を4ml滴下し室温まで昇温させ、室温環境下で3日間に亘り反応させた。次いで、ナスフラスコ内の溶液を、減圧濃縮し、クロロホルム(16ml)と水(16ml)を添加し、10分間、攪拌した。攪拌後の溶液を、再び減圧濃縮し、その濃縮液から水を除去するため、メタノールおよびクロロホルムを適宜加え、この濃縮・水除去を繰り返した。最後に、濃縮物をテトラヒドロフラン(THF)で溶解しつつ、濃縮を繰り返し、共沸脱水を行った後に、改めて再度濃縮することで、400mgの固形物を得た。
【0031】
この固形物をNMR分析に処して、その分子鎖構造を解析した。図2は合成プロセス2でのエチル基と水素原子との置換を実証するためのNMRチャートである。この図2に示すように、合成プロセス2により、構造式(4)のブロック共重合のCHVE−b−ホスホン酸エステルポリマーにおけるエチル基が水素原子に置換していることが確認でき、構造式(3)のブロック共重合の原材料であるCHVE−b−CEVEポリマーから上記の構造式(5)で表されるブロック共重合のCHVE−b−ホスホン酸エステルポリマーが得られた。このホスホン酸エステルポリマーを構成する側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2は、主鎖をなす飽和炭化水素の炭素に、エーテル結合とアルキル結合とを介して結合している。そして、構造式(5)で表されるブロック共重合のCHVE−b−ホスホン酸エステルポリマーは、構造式(1)で表されるホスホン酸ポリマーをn/(m+n)の割合で含むことになる。
【0032】
次に、実施例としての燃料電池用電解質膜について説明する。この燃料電池用電解質膜は、上記の合成プロセス1〜2を経て得られた構造式(5)のブロック共重合のCHVE−b−ホスホン酸ポリマーを既存の製膜処理に処して製造される。この製膜処理は、例えば、得られた構造式(5)のブロック共重合のCHVE−b−ホスホン酸ポリマーの固形分を、THFに溶解させ、その溶解液を膜厚が50μmとなるようにテフロン膜(テフロンは登録商標、以下同じ)の膜面に塗布して50℃の乾燥環境下で1時間乾燥させる。乾燥後に、テフロン膜からポリマー膜を剥離することで、50μmの膜厚の燃料電池用電解質膜が得られる。つまり、上記した構造式(1)のホスホン酸ポリマーをn/(m+n)の割合で含む構造式(5)のブロック共重合のCHVE−b−ホスホン酸ポリマー製の燃料電池用電解質膜(以下、実施例燃料電池用電解質膜)が得られることになる。
【0033】
この実施例燃料電池用電解質膜は、燃料電池に用いられる。図3は実施例の燃料電池10を構成する単セル15を断面視して概略的に示す説明図である。本実施例の燃料電池10は、図3に示す構成の単セル15を複数積層したスタック構造の固体高分子型燃料電池である。
【0034】
単セル15は、電解質膜20の両側にアノード21とカソード22の両電極を備える。このアノード21とカソード22は、電解質膜20の両膜面に形成され電解質膜20と共に膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly/MEA)を形成する。この他、単セル15は、電極形成済みの電解質膜20を両側から挟持するアノード側ガス拡散層23とカソード側ガス拡散層24とガスセパレーター25,26を備え、両ガス拡散層は、対応する電極に接合されている。
【0035】
電解質膜20は、構造式(1)のホスホン酸ポリマーをn/(m+n)の割合で含む構造式(5)のブロック共重合のCHVE−b−ホスホン酸ポリマーを製膜して得た実施例燃料電池用電解質膜であり、後述するように低加湿状況下であっても、良好なプロトン伝導率を有する。アノード21およびカソード22は、触媒(例えば白金、あるいは白金合金)を備えており、これらの触媒を、導電性を有する担体(例えば、カーボン粒子)上に担持させることによって形成されている。アノード側ガス拡散層23とカソード側ガス拡散層24は、ガス透過性を有する導電性部材、例えば、カーボンペーパやカーボンクロスによって形成される。
【0036】
ガスセパレーター25は、アノード側ガス拡散層23の側に、水素を含有する燃料ガスを流すセル内燃料ガス流路47を備える。ガスセパレーター26は、カソード側ガス拡散層24の側に、酸素を含有する酸化ガス(本実施例では、空気)を流すセル内酸化ガス流路48を備える。なお、図には記載していないが、隣り合う単セル15間には、例えば、冷媒が流れるセル間冷媒流路を形成することができる。これらガスセパレーター25,26は、ガス不透過な導電性部材、例えば、カーボンを圧縮してガス不透過とした緻密質カーボンや、焼成カーボン、あるいはステンレス鋼などの金属材料により形成されている。
【0037】
図3では図示していないが、ガスセパレーター25,26の外周近傍の所定の位置には、複数の孔部が形成されている。これらの複数の孔部は、ガスセパレーター25,26が他の部材と共に積層されて燃料電池10が組み立てられたときに互いに重なって、燃料電池10内を積層方向に貫通する流路を形成する。すなわち、上記したセル内燃料ガス流路47やセル内酸化ガス流路48、あるいはセル間冷媒流路に対して、燃料ガスや酸化ガス、あるいは冷媒を給排するためのマニホールドを形成する。
【0038】
本実施例の燃料電池10は、ガスセパレーター25のセル内燃料ガス流路47からの水素ガスを、アノード側ガス拡散層23で拡散ししつつアノード21に供給する。空気については、ガスセパレーター26のセル内酸化ガス流路48からの空気を、カソード側ガス拡散層24で拡散ししつつカソード22に供給する。こうしたガス供給を受けて、燃料電池10は、発電し、その発電電力を外部の負荷に与える。
【0039】
次に、上記した燃料電池10に用いられる電解質膜20、即ち実施例燃料電池用電解質膜の性能評価について説明する。評価項目は、80℃雰囲気下でのプロトン伝導率を採用し、湿度を変えつつ次のように測定した。
【0040】
プロトン伝導率の測定には、以下のフィルム試料を用いた。実施例フィルム試料は、上記の合成プロセス1〜2を経て得られた構造式(5)のブロック共重合のCHVE−b−ホスホン酸ポリマーから上記したように製膜した膜厚50μmのフィルム試料である。対比する比較例フィルム試料は、ポリビニルホスホン酸(PVPA)から製膜したフィルム試料であり、その分子鎖構造は下記の構造式(6)で表される。この比較例フィルム試料は、次のように得た。市販のPVPA(Aldrich社製)を購入し、水:エタノールの重量比が1:1に調整された溶解液に、PVPAを30wt%の割合となるよう配合し、PVPAを溶解させる。次いで、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)フィルムのフィルム面に、アプリケーターにて乾燥後の膜厚が50μmとなるよう、PVPA溶解液からPVPAフィルムを作製し、これを比較例フィルム試料とする。上記した実施例フィルム試料と比較例フィルム試料のEW値は、実施例フィルム試料が152と低い値であり、比較例フィルム試料は、下記の構造式(6)に示すとおりの分子鎖構造に起因して分子量が小さいため、実施例フィルム試料より低い108であった。
【0041】
【化6】

【0042】
比較例フィルム試料は、上記の構造式(6)に示すとおり、ホスホン酸基PO(OH)2を、主鎖を構成する飽和炭化水素の炭素に直接結合させている。これに対し、実施例フィルム試料は、上記の構造式(1)や(5)に示すとおり、ホスホン酸基PO(OH)2を、主鎖を構成する飽和炭化水素の炭素にエーテル結合(−O−)とアルキル結合(−CH2−)とを介して結合させている。
【0043】
プロトン伝導率は、次のように測定した。まず、上記の実施例フィルム試料と比較例フィルム試料をそれぞれ10mmx30mmの短冊状に切り取り、両端を白金板(5mmx50mm)で挟み込み、テフロン(登録商標)製の測定用プローブで扶持して積層体を作製した。次いで、80℃の雰囲気中にて、白金板間の抵抗をSOLARTRON社製、1260FREQUENCY RESPONSE ANALYSERにより測定した。測定に際しては、20%〜90%の範囲で積層体の湿度を変更した。プロトン伝導率は、次式から求めた。
【0044】
プロトン伝導率[S/cm]=白金板間隔[cm]/(フィルム試料膜幅[cm]×フィルム試料膜厚[cm]×抵抗[Ω])
【0045】
図4は実施例フィルム試料と比較例フィルム試料の各試料ごとに求めたプロトン伝導率を湿度に対してプロットしたグラフである。図示するように、実施例フィルム試料は、高湿度環境下では、比較例フィルム試料と同等以上のプロトン伝導率を発揮し、低湿度環境下では、比較例フィルム試料に比べて顕著に高いプロトン伝導率を発揮した。このことから、実施例フィルム試料、即ち、構造式(1)のホスホン酸ポリマーを含む構造式(5)のブロック共重合のCHVE−b−ホスホン酸ポリマーを製膜して得られる実施例燃料電池用電解質膜は、低湿度から高湿度の環境下において高いプロトン伝導率を備えたものとなると共に、低湿度環境下(低加湿環境下)でもプロトン伝導率が高い。つまり、実施例燃料電池用電解質膜を用いた燃料電池では、電解質膜の高いプロトン伝導率により、低加湿環境下であっても高い発電能力を発揮できる。
【0046】
実施例フィルム試料は、既述したように比較例フィルム試料よりEW値は大きいものの、図4に示すように、低湿度環境下(低加湿環境下)で比較例フィルム試料より高いプロトン伝導率を発揮する。この現象は、分子鎖構造と関連付けて次のように説明できる。図5は側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の分子鎖構造をプロトン伝導率を規定するプロトン拡散係数DHに関連付けて模式的に示す説明図、図6は実施例フィルム試料と比較例フィルム試料におけるホスホン酸基PO(OH)2の挙動を結合の様子と関連付けて模式的に示す説明図である。
【0047】
図5では、ホスホン酸基PO(OH)2が分子鎖末端に位置する様子が模式的に示され、プロトン伝導率を規定するプロトン拡散係数DHが側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の動き易さに影響を与える様子を表している。側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の動き易さには、このホスホン酸基PO(OH)2の結合の様子が影響し、図6では、実施例フィルム試料と比較例フィルム試料におけるホスホン酸基PO(OH)2の動き易さに影響を及ぼす結合箇所が太線で示されている。この図6に示すように、実施例フィルム試料では、側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2は、主鎖を構成する飽和炭化水素の炭素にエーテル結合(−O−)とアルキル結合(−CH2−)とを介して結合している。よって、エーテル結合(−O−)とアルキル結合(−CH2−)と繋がる結合箇所が長くなり、その結合もシングルボンドであることから、ホスホン酸基PO(OH)2は動き易い。このため、実施例フィルム試料では、側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2が動き易くなってホスホン酸基同士の隔たりが狭くなる機会が高まるので、隣り合うホスホン酸基PO(OH)2の間でのプロトン伝導が確保され、数式1におけるプロトン拡散係数DHは大きくなる。その一方、比較例フィルム試料では、ホスホン酸基PO(OH)2の動き易さに影響を及ぼす結合箇所は、ホスホン酸基のリン原子Pと主鎖の炭素とのシングルボンドの結合ではあるものの、実施例フィルム試料に比べて短くなる。よって、比較例フィルム試料では、側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2は、実施例フィルム試料に比して動き難くなることから、隣り合うホスホン酸基PO(OH)2の間でのプロトン伝導を確保しがたくなり、数式1におけるプロトン拡散係数DHの増大は望めない。こうした知見を図4のプロトン伝導率推移に当て嵌めて説明する。
【0048】
ホスホン酸基PO(OH)2は親水性を呈するので、適度な湿潤状況下であれば、ホスホン酸基PO(OH)2の周囲には水が集まるため、隣り合うホスホン酸基が水で覆われることになる。よって、ホスホン酸基周囲に集まった水を介してプロトン伝導が確保される。適度な湿潤状況下でホスホン酸基PO(OH)2の周囲に水が集まることは、実施例フィルム試料と比較例フィルム試料の両者で起きるため、60%を超える高い湿度環境では、この両フィルム試料のプロトン伝導率は、図4に示すとおり、高くなる。この場合、比較例フィルム試料は、実施例フィルム試料より既述したようにEW値が小さいものの、実施例フィルム試料の方が、比較例フィルム試料よりプロトン伝導率は高い、もしくは同等となる。こうした状況は、図5〜6を用いて説明したように、実施例フィルム試料では側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の動き易さにより隣り合うホスホン酸基PO(OH)2の間でのプロトン伝導が確保されて、プロトン伝導率が高まるからだと推察される。
【0049】
図4に示すように、低湿度となるほど、実施例フィルム試料のプロトン伝導率は、比較例フィルム試料より高いまま、両者のプロトン伝導率の差は広がる。低湿度環境では、ホスホン酸基周囲に集まる水自体が少なくなるので、ホスホン酸基周囲に集まった水を介してのプロトン伝導は低下する。このことは、実施例フィルム試料と比較例フィルム試料の両フィルム試料で、プロトン伝導率が低下することに符号する。ところが、実施例フィルム試料と比較例フィルム試料とでは、側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の動き易さは、既述したように大きく相違する。そして、実施例フィルム試料では、ホスホン酸基PO(OH)2の動き易さを、シングルボンドのエーテル結合(−O−)とアルキル結合(−CH2−)の結合により低湿度環境であっても確保して、ホスホン酸基同士の隔たりが狭くなる機会を高める。これにより、実施例フィルム試料では、隣り合うホスホン酸基PO(OH)2の間でのプロトン伝導を確保することから、数式1におけるプロトン拡散係数DHが大きくなり、プロトン伝導率は高まる。その一方、比較例フィルム試料では、図6で示した結合の様子により、ホスホン酸基PO(OH)2は動き難いことから、隣り合うホスホン酸基PO(OH)2の間でのプロトン伝導を確保できない。よって、比較例フィルム試料では、実施例フィルム試料よりEW値が小さいものの、実施例フィルム試料より小さいプロトン伝導率しか得ることができないと推察される。
【0050】
また、実施例フィルム試料は、比較例フィルム試料に比べればそのEW値が大きいものの、フィルム試料材料たるホスホン酸ポリマーの主鎖および側鎖に芳香環を有しない。よって、実施例フィルム試料は、芳香環を含むものに比べて分子量が小さくなってそのEW値を小さくできるので、高いプロトン伝導率を有することになる。
【0051】
上記した実施例フィルム試料は、図3に示した燃料電池10の単セル15における電解質膜20に他ならない。よって、本実施例のホスホン酸ポリマー、詳しくは、構造式(1)のホスホン酸ポリマーを含む構造式(5)のブロック共重合のCHVE−b−ホスホン酸ポリマー製の燃料電池用電解質膜によれば、低加湿状況下での燃料電池10の電池性能の低下を抑制できる。また、構造式(1)のホスホン酸ポリマーを含む構造式(5)のブロック共重合のCHVE−b−ホスホン酸ポリマーにより、低加湿状況下での電池性能の向上が可能な電解質膜20、延いては単セル15および燃料電池10を容易に製造できる。
【0052】
以上、本発明の実施の形態を実施例にて説明したが、本発明は上記した実施例や変形例の実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様にて実施することが可能である。例えば、上記した合成プロセス1〜2において、各合成プロセスにて用いた薬剤をこれに代わる薬剤に代えることができるほか、薬剤使用量、プロセス温度等についても、適宜調整できる。
【0053】
また、上記の実施例では、構造式(1)のホスホン酸ポリマーを含む電解質膜製造用のポリマーを得るに当たり、下記の構造式(3)のブロック共重合のCHVE−b−CEVEポリマーを原材料としたが、分子鎖における繰り返し単位(単量体)をCEVEのみとすることもできる。この他、一価の官能基であるクロロ基を脱離基として有するポリマーを原材料としたが、クロロ基に代わる一価の官能基を脱離基として有する他のポリマーを用いてもよい。
【符号の説明】
【0054】
10…燃料電池
15…単セル
20…電解質膜
21…アノード
22…カソード
23…アノード側ガス拡散層
24…カソード側ガス拡散層
25…ガスセパレーター
26…ガスセパレーター
47…セル内燃料ガス流路
48…セル内酸化ガス流路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
飽和炭化水素を主鎖とし、ホスホン酸基を側鎖の末端に含有するホスホン酸ポリマーであって、
前記主鎖の炭素と前記ホスホン酸基とが、エーテル結合とアルキル結合とを介して結合している
ホスホン酸ポリマー。
【請求項2】
下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含む請求項1に記載のホスホン酸ポリマー。
【化1】

【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のホスホン酸ポリマーを用いた燃料電池用電解質膜。
【請求項4】
ホスホン酸ポリマーでの製造方法であって、
飽和炭化水素を主鎖とし、一価の官能基を脱離基として側鎖の末端に含有すると共に、前記主鎖の炭素と前記側鎖の末端の前記脱離基とを、エーテル結合とアルキル結合とを介して結合させているポリマーを原材料とし、前記脱離基をホスホン酸基への変遷が可能な構造のホスホン酸前駆体PO(OEt)2に置換する第1工程と(Etはエチル基を示す)、
前記置換済みの前記ホスホン酸前駆体PO(OEt)2のエチル基を水素原子に置換させる第2工程とを備える
ホスホン酸ポリマーの製造方法。
【請求項5】
前記第1工程は、下記の構造式(2)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含むポリマーを原材料とし、前記脱離基としてのクロロ基をホスホン酸前駆体PO(OEt)2に置換する請求項4に記載のホスホン酸ポリマーの製造方法。
【化2】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−103944(P2013−103944A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−246292(P2011−246292)
【出願日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】