説明

ホスホン酸ポリマーとその製造方法および燃料電池用電解質膜

【課題】プロトン伝導率の高い新たなホスホン酸ポリマーを提供する。
【解決手段】ジメチルホスホネートCHCF2PO(OEt)2を源材料とし、中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2を生成した後、該中間化合物と化合物H2C=CFCOClとの反応を経て、H2C=CFCOOCH2CF2PO(OEt)2を生成し、これを重合してポリマーとした後、該ポリマーのエチル基を水素に置換させ構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含むホスホン酸ポリマーの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスホン酸ポリマーとその製造方法および当該ポリマーを含む燃料電池用電解質膜に関する。
【背景技術】
【0002】
プロトン伝導性を有する固体高分子膜を電解質膜とした固体高分子型燃料電池では、その電解質膜として、パーフルオロスルホン酸系のポリマーが主流であり、ナフィオン(登録商標、以下同じ)として多用されている。その一方、近年、ナフィオンに代わる安価な固体高分子膜の提供が要請され、こうした高分子膜の材料として、ポリマー側鎖にリン酸基を導入したホスホン酸ポリマーが提案されている(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003−25738号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の特許文献で提案されたホスホン酸ポリマーは、その繰り返し単位の分子鎖構造において、ポリスチレンの芳香環にメチレン基を介してリン酸基を導入している。芳香環はその分子量が大きいため、リン酸基1モル当たりのポリマー乾燥重量(EW値)が相対的に大きくなるので、その分、プロトン伝導率の低下が危惧される。
【0005】
本発明は、上記した課題を踏まえ、プロトン伝導率の高い新たなホスホン酸ポリマーと、高いプロトン伝導率を有する燃料電池用電解質膜との提供を図ることをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記した目的の少なくとも一部を達成するために、本発明は、以下の適用例として実施することができる。
【0007】
[適用例1:ホスホン酸ポリマー]
この適用例1のホスホン酸ポリマーは、下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含むことを要旨とする。
【化1】

【0008】
この適用例1のホスホン酸ポリマーは、上記の構造式(1)に表されたとおり、その繰り返し単位の分子鎖構造において、芳香環を有しない。よって、適用例1のホスホン酸ポリマーは、分子鎖構造ごとの分子量が小さくなることから、芳香環を含むものに比べてEW値が小さくなるので、高いプロトン伝導率を有することになる。また、適用例1のホスホン酸ポリマーは、上記の構造式(1)に表されたとおり、リン酸基の隣接部位にフッ化メチレン基を有するので、このリン酸基上のマイナス電荷を強く吸引できる。このため、リン酸基の隣接部位にアルキル基を有する構造のものに比べ、リン酸基上のプロトンを解離させ易くできるので、この点からも、適用例1のホスホン酸ポリマーのプロトン伝導率は高まる。しかも、適用例1のホスホン酸ポリマーは、上記の構造式(1)に表されたとおり、その主鎖の炭素にフッ素を結合させている。このため、親水性のホスホン酸、即ち適用例1のホスホン酸ポリマーは、その周囲のホスホン酸ポリマーにおける主鎖のフッ素に近接して、ホスホン酸ポリマー同士の集約が起き得る。この結果、ホスホン酸の酸密度が高まり、この点からも、プロトン伝導率の向上に寄与できる。
【0009】
上記した適用例1のホスホン酸ポリマーは、次のような態様とすることができる。例えば、適用例1のホスホン酸ポリマーを製膜処理に処して、その膜を燃料電池用電解質膜とでき、こうして得られた燃料電池用電解質膜は、ホスホン酸ポリマーの有する高いプロトン伝導率に起因して、電池性能の向上に寄与できる。
【0010】
[適用例2:ホスホン酸ポリマーの製造方法]
この適用例2の製造方法は、下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含むホスホン酸ポリマーの製造方法であって、
下記の構造式(2)で表される分子構造を有するジメチルホスホネートCHCF2PO(OEt)2を源材料とし、下記の構造式(3)で表される中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2を生成する第1工程と(Etはエチル基を示す)、
該生成された前記中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2と下記の構造式(4)で表される化合物H2C=CFCOClとの反応を経て、下記の構造式(5)で表される分子構造を有する中間最終化合物H2C=CFCOOCH2CF2PO(OEt)を生成する第2工程と、
前記中間最終化合物H2C=CFCOOCH2CF2PO(OEt)の重合化合物を得た上で、該重合化合物のエチル基Etを水素原子に置換させる第3工程とを備える
ことを要旨とする。
【化2】

【0011】
上記したホスホン酸ポリマーの製造方法によれば、高いプロトン伝導率を有する上記の構造式(1)のホスホン酸ポリマーを、上記の構造式(2)のジメチルホスホネートCHCF2PO(OEt)2から製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例の燃料電池10を構成する単セル15を断面視して概略的に示す説明図である。
【図2】実施例フィルム試料と比較例フィルム試料の各試料ごとに求めたプロトン伝導率を湿度に対してプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について説明する。まず、実施例のホスホン酸ポリマー製造方法について説明する。最終生成物であるホスホン酸ポリマーは、下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含む。
【化3】

【0014】
構造式(1)のホスホン酸ポリマーの製造に当たり、下記の構造式(2)で表される分子構造を有する源材料を準備する。この源材料準備に当たっては、市販品(例えば、Matrix社製市販品)の購入、もしくは合成製造する。
【化4】

【0015】
次に、上記の構造式(2)の源材料(Matrix社製市販品:CHCF2PO(OEt)2)を下記の合成プロセス1に処する。この合成プロセス1は、下記の構造式(2’)で表される分子構造を有するアルデヒド水和物体の第1中間化合物(OH)2CHCF2PO(OEt)2を、構造式(2)の源材料(CHCF2PO(OEt)2)のホルム化を経て生成する。
【化5】

【0016】
合成プロセス1を進行させるに当たり、3リットル(以下、リットルをLと表す)の反応容器をアルゴン雰囲気下に置き、その反応容器に、ジイソプロピルアミン(80.0ml/570mmol)と、無水THF(テトラヒドロフラン)1.5Lを仕込み、−70℃まで冷却した。冷却には、ドライアイス/アセトンを用いた。次に、1.65Mn−BuLi/ヘキサン溶液(339ml/560mmol)を約1時間の期間において少量ずつ滴下した後、反応容器内を0〜10℃の温度まで昇温させて約10分間攪拌した。次に、再度、−70℃(ドライアイス/アセトン)まで冷却して、セリウムクロライド(CeCl3:130g/530mmol)を添加し、約30分間に亘って強攪拌した。これにより、反応容器にジメチルホスホネートCHCF2PO(OEt)2の初期反応溶液が形成される。次いで、この初期反応溶液に、源材料であるジメチルホスホネートCHCF2PO(OEt)2(100g/530mmol)を約50分の期間において少量ずつ滴下した後、上記の冷却温度下において約1時間攪拌した。ここまでの処置は、上記の合成プロセス1において、LDA/CeCl3と書して表される。なお、LDA(リチウムジイソプロピルアミド)は、上記の添加薬剤の変遷を経て初期反応溶液に含まれる。
【0017】
次に、無水DMF(ジメチルホルムアミド:41ml/530mmol)を約10分の期間において少量ずつ滴下した後、約1時間攪拌した。この攪拌後の溶液をTLC(薄膜クロマトグラフィー)分析に処し、源材料であるジメチルホスホネートCHCF2PO(OEt)2の残存状況を調べたところ、その殆どが消失していた。よって、ジメチルホスホネートCHCF2PO(OEt)2は第1中間化合物(OH)2CHCF2PO(OEt)2に変遷済みであるので、これを回収すべく、反応容器を室温まで昇温させつつ3Mの塩酸(500ml)を滴下した。ここまでの処置は、上記の合成プロセス1において、DMF/HClと書して表される。
【0018】
次いで、反応容器内の溶液を、室温にて分液し、その固形分(有機層)については、これを減圧濃縮した。水層については、これに水(500ml)を添加して、抽出溶液であるジクロロメタンCH2Cl2(1L)にて2回の抽出を行い、その抽出液を上記の有機層と合わせて、飽和食塩水(2L)で洗浄した。次に、無水硫酸マグネシウム(MgSO4)で脱水した上で、ろ過を施し、そのろ液を減圧濃縮して、99.2gの粗体(褐色のオイル)を得た。そして、この得られた粗体をシリカゲルカラムクロマト(シリカゲル 1.0Kg,ヘプタン/酢酸エチル=1/3〜1/4)により精製し、76.4gの第1中間化合物(OH)2CHCF2PO(OEt)2(構造式(2’))を得た。この第1中間化合物(OH)2CHCF2PO(OEt)2を源材料であるジメチルホスホネートCHCF2PO(OEt)2から得るに当たっての収率は、約62%であった。
【0019】
次に、合成プロセス1で得られた第1中間化合物(OH)2CHCF2PO(OEt)2(構造式(2’))を下記の合成プロセス2に処する。この合成プロセス2は、下記の構造式(3)で表される分子構造を有するアルコール体の第2中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2を還元を経て生成する。
【化6】

【0020】
合成プロセス2を進行させるに当たり、3Lの反応容器をアルゴン雰囲気下に置き、その反応容器に、第1中間化合物(OH)2CHCF2PO(OEt)2(76.4mg/326mmol)と、無水エタノール1.91Lを仕込み、0℃(氷/アセトン)まで冷却した。次に、NaBH4(24.7g/653mmol)を約10分間で添加して15分間に亘り攪拌した後、室温まで昇温させた。その後、室温にて約12時間に亘り攪拌した。この攪拌後の溶液をTLC分析に処し、第1中間化合物(OH)2CHCF2PO(OEt)2の残存状況を調べたところ、その殆どが消失していた。よって、第1中間化合物(OH)2CHCF2PO(OEt)2は、第2中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2に変遷済みであるので、これを回収すべく、反応容器を氷水で冷却しつつ飽和塩化アンモニウム(NH4Cl:346ml)を滴下した。
【0021】
次いで、析出した塩をろ過した上で、エタノールにて洗浄し、そのろ液を減圧濃縮し、エタノールを除去した。その後、適宜な量の水を加えて析出した塩を溶解させ、その溶解液を、CH2Cl2(250ml)にて3回の抽出を行い、その抽出液を分液ロートにて得られた有機層と合わせて、飽和食塩水(250ml)で洗浄した。次に、無水MgSO4で脱水した上で、ろ過を施し、そのろ液を減圧濃縮して、68.4gの粗体(淡黄色のオイル)を得た。そして、この得られた粗体をシリカゲルカラムクロマト(シリカゲル 400g,ヘプタン/酢酸エチル=1/3)により精製し、65.1gの構造式(3)の第2中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2を得た。この第2中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2を第1中間化合物(OH)2CHCF2PO(OEt)2から得るに当たっての収率は、約92%であった。
【0022】
上記した合成プロセス1〜2とは別に、第2中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2と反応させる化合物を、下記の合成プロセス3から生成する。この化合物は、下記の構造式(4)で表される分子構造を有し、下記の構造式(4’)で表される分子構造を有する原料化合物(2−フルオロアクリル酸H2C=CFCOOH)から、合成プロセス3でのクロル基置換を経て生成される。なお、合成プロセス3は、合成プロセス1〜2と並行に、或いはこれと前後してなされ、構造式(4’)の2−フルオロアクリル酸クロリドの原料化合物については、市販品の購入もしくは合成製造により準備され、本実施例では、SYNQUEST社の市販品を購入した。
【化7】

【0023】
この合成プロセス3を進行させるに当たり、50mlの反応容器をアルゴン雰囲気下に置き、その反応容器に、原料化合物である2−フルオロアクリル酸(H2C=CFCOOH:2.0g/22.2mmol:構造式(4’))と、無水トルエン(12ml)、およびN,N−ジメチルホルムアミド(DMF:0.36ml)を仕込み、塩化チオニル(SOCl2:31.7g/26.7mmol)を約10分の期間において少量ずつ滴下した。その後、反応容器内をバスにて約80℃の温度まで昇温させて約2.5時間攪拌した。次に、反応容器を室温まで冷却し、ダイヤフラムポンプで蒸留精製(約80〜100℃/約120mmHg)した。これにより、0.34gの化合物H2C=CFCOCl(トルエンを33重量%含有:構造式(4))と、1.2gの化合物H2C=CFCOCl(トルエンを77重量%含有:構造式(4))を得た。この化合物H2C=CFCOClを原料化合物である2−フルオロアクリル酸(H2C=CFCOOH)から得るに当たっての収率は、約21%であった。
【0024】
次に、合成プロセス3で得られた構造式(4)の化合物H2C=CFCOClと合成プロセス1〜2を経て得られた構造式(3)の第2中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2を下記の合成プロセス4に処する。この合成プロセス4では、下記の構造式(5)で表される分子構造を有するアクリル酸エステル体の中間最終化合物H2C=CFCOOCH2CF2PO(OEt)を生成する。
【化8】

【0025】
合成プロセス4を進行させるに当たり、30mlの反応容器をアルゴン雰囲気下に置き、その反応容器に、第2中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2(319mg/1.6mmol:構造式(3))と、無水THF(5ml)、およびトリエチルアミン(243mg/2.4mmol)を仕込み、反応容器を氷水で冷却しつつ、トルエンを33重量%含有の化合物H2C=CFCOCl(0.34g/2.08mmol)を滴下した。その後、室温まで昇温して2時間攪拌した。この攪拌後の溶液をTLC分析に処したところ、第2中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2の残存が見られたので、反応容器を氷水で再冷却した上で、上記の化合物H2C=CFCOCl(トルエンを33重量%含有/153mg/0.32mmol)を滴下し、室温まで昇温して2時間攪拌した。この攪拌後の溶液をTLC分析に処したところ、第2中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2の殆どが消失していた。よって、上記の合成プロセス4が進行して構造式(5)の中間最終化合物H2C=CFCOOCH2CF2PO(OEt)2が得られたので、これを回収すべく、反応容器を氷水で冷却して1mlの水を加え、酢酸エチル(10ml)にて3回の抽出を行い、その抽出液を分液ロートにて得られた有機層と合わせて、飽和食塩水(10ml)で洗浄した。次に、無水MgSO4で脱水した上で、ろ過を施し、そのろ液を減圧濃縮して、0.42gの粗体(褐色のオイル)を得た。そして、この得られた粗体をシリカゲルカラムクロマト(シリカゲル 10g,ヘプタン/酢酸エチル=1/2〜3/2)により精製し、0.26gの構造式(5)の中間最終化合物H2C=CFCOOCH2CF2PO(OEt)2を得た。この中間最終化合物H2C=CFCOOCH2CF2PO(OEt)2を得るに当たっての収率は、約56%であった。
【0026】
次に、合成プロセス4で得られた構造式(5)の中間最終化合物H2C=CFCOOCH2CF2PO(OEt)2を下記の合成プロセス5に処する。この合成プロセス5では、構造式(5)の中間最終化合物H2C=CFCOOCH2CF2PO(OEt)2におけるC=Cの結合を解いて重合化合物(構造式(5’))とした上で、エチル基Etを水素原子に置換させ、構造式(1)のホスホン酸ポリマーを生成する。
【化9】

【0027】
合成プロセス5を進行させるに当たり、まず、中間最終化合物H2C=CFCOOCH2CF2PO(OEt)2を、C=Cの結合を解き得る重合反応に処して構造式(5’)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含む重合化合物(ポリマー)に変遷させる。この重合反応は、公知の重合手法とでき、例えば、ラジカル重合反応、アニオン重合反応とできる。いずれの重合反応にあっても、構造式(5)の中間最終化合物H2C=CFCOOCH2CF2PO(OEt)2をテトラヒドロフラン、ジメチルホルムアミド、クロロホルム、トルエンといった適当な溶媒中に溶解させて、重合開始剤を添加する。例えば、ラジカル重合反応であれば、その重合開始剤を添加して約50℃〜220℃で重合を図る。ラジカル重合法に用いる重合開始剤としては、2,2’−アゾビス(イソプチロニトリル)(AIBN)、2,2’−アゾビス(2,4’−ジメチルバレロニトリル)、2,2’−アゾビスイソ酪酸ジメチルのようなアゾ化合物、ベンゾイルパーオキシドのような過酸化物、及び過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウムのような過硫酸塩などが利用できる。これらは単独で用いてもよいし、2種類以上組み合わせてもよい。重合開始剤の使用量については、ラジカル重合反応において常用されるモル数とすればよい。また、アニオン重合反応では、その重合開始剤としてアルキルリチウム化合物が多用される。
【0028】
次いで、上記したように得られたポリマー−(H2C−CF)n−COOCH2CF2PO(OEt)2(50mg/0.172mmol:構造式(5’))を、アルゴン雰囲気下に置かれた20mlの反応容器に、無水クロロホルム(10mg)と共に仕込み、反応容器を氷水で冷却しつつ、トリメチルブロモシランMe3SiBr(264mg/1.72mmol:東京化成社の市販品)を添加した。その後、室温まで昇温して2日間攪拌した。この攪拌後の一部溶液をNMR(核磁気共鳴)分析に処したところ、エチル基Et(詳しくはEtO−基)の消失が確認できた。よって、上記の合成プロセス5が進行して構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含むホスホン酸ポリマー−(H2C−CF)n−COOCH2CF2PO(OH)2が得られたので、これを回収すべく、反応容器を氷水で冷却して1mlの蒸留水を添加した。この溶液から、クロロホルム、水および低沸物を減圧濃縮で除去し、得られた残渣を蒸留水1mlで溶解して、再度、減圧濃縮を行った後、50℃まで昇温させてから減圧乾燥させた。そして、この乾燥を経て、約40mgの構造式(1)のホスホン酸ポリマー−(H2C−CF)n−COOCH2CF2PO(OH)2を得た。
【0029】
次に、実施例としての燃料電池用電解質膜について説明する。この燃料電池用電解質膜は、上記の合成プロセス1〜5を経て得られた構造式(1)のホスホン酸ポリマー−(H2C−CF)n−COOCH2CF2PO(OH)2を既存の製膜処理に処して製造される。この製膜処理は、例えば、構造式(1)のホスホン酸ポリマー或いはそのホスホン酸ポリマーを必要に応じて架橋等したものを溶媒中で溶解または膨潤させ、それを基体上に流延してフィルム状に成形するキャスティング法により得られる。こうした製膜に際して、フェノール性水酸基含有化合物、アミン系化合物、有機リン化合物、有機硫黄化合物といった酸化防止剤等を含むようにすることもできる。
【0030】
ホスホン酸ポリマーの架橋は、例えば、架橋対象ポリマーであるホスホン酸ポリマーを、水、テトラヒドロフラン、ジメチルホルムアミド、クロロホルム、トルエンといった適当な溶媒中に溶解させ、次いでラジカル重合開始剤を添加して約50℃〜220℃で重合させるラジカル重合法を利用できる。ラジカル重合開始剤としては、ポリマー主鎖中の水素を引き抜いてポリマーラジカルを発生可能な過酸化ベンゾイル(BPO)、t−プチルヒドロペルオキシド、ジーter t−プチルペルオキシドといった有機化酸化物や、過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウムといった無機過酸化物が利用できる。これらの過酸化物は単独で用いてもよいし、2種類以上組み合わせてもよい。
【0031】
上記の基体としては、通常の溶液キャスティング法に用いられる基体であれば特に限定されず、例えばプラスチック製、金属製などの基体が用いられる。好ましい基体としては、ポリエチレン(PE)フィルム、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)フィルムや、ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムなどが用いられる。
【0032】
溶液キャスティングに際してホスホン酸ポリマーを溶解または膨潤させる溶媒としては、例えば、N−メチルー2−ピロリドン、N,N−ジメチルホルムアミド、γ−プチロラクトン、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチル尿素、アセトニトリル等の非プロトン系極性溶媒や、ジクロロメタン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン等の塩素系溶媒や、メタノール、エタノール、プロパノール、iso−プロピルアルコール、sec−プチアルコール、ter t−プチルアルコール等のアルコール類や、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル等のアルキレングリコールモノアルキルエーテル類や、アセトン、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン、γ−プチルラクトン等のケトン類などが挙げられる。これらの溶媒は、1種単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0033】
ホスホン酸ポリマーを溶解する際の溶液中のポリマー濃度は、ポリマーの分子量にもよるが、通常、5〜40重量%、好ましくは7〜25重量%である。ポリマー濃度が上記範囲よりも低いと、製膜化が困難となり、また、ピンホールが生成しやすい傾向にある。上記範囲を超えると、溶液粘度が高すぎてフィルム化し難く、また、表面平滑性に欠けることがある。
【0034】
また、溶液粘度は、ポリマーの分子量、ポリマー濃度、添加剤の濃度などによっても異なるが、通常、2,000〜100,000mPa・S、好ましくは3,000〜50,000mPa・Sである。溶液粘度が上記範囲よりも低いと、成膜中の溶液の滞留性が悪く、基体から流れてしまうことがある。上記範囲を超えると、粘度が高過ぎてフィルム化が困難となることがある。
【0035】
成膜後、得られた未乾燥フィルムを水に浸漬すると、未乾燥フィルム中の溶媒を水と置換することができ、膜中の残留溶媒量を低減することができる。なお、成膜後、未乾燥フィルムを水に浸漬する前に、未乾燥フィルムを予備乾燥してもよい。この予備乾燥は、未乾燥フィルムを通常10〜60℃の温度で、0.1〜10時間保持することにより行われる。
【0036】
未乾燥フィルム(予備乾燥後のフィルムも含む。以下同じ。)を水に浸漬する際は、枚葉を水に浸漬するバッチ方式でもよく、基板フィルム(例えば、PET)上に成膜された状態の積層フィルムのまま、または基板から分離した膜を、水に浸漬させて巻き取っていく連続方式でもよい。また、バッチ方式の場合は、処理後のフィルム表面に敏が形成されることを抑制するために、未乾燥フィルムを枠に飲めるなどの方法で、水に浸漬させることが好ましい。
【0037】
上記のように未乾燥フィルムを水に浸漬した後乾燥すると、残存溶媒量が低減された膜が得られるが、このようにして得られる膜の残存溶媒量は、通常5重量%以下である。また、浸漬条件によっては、得られる膜の残存溶媒量を1重量%以下とすることができる。このような条件としては、例えば、未乾燥フィルム1重量部に対する水の使用量が50重量部以上であり、浸漬する際の水の温度が10〜60℃、浸漬時間が10分〜10時間である。
【0038】
上記のように未乾燥フィルムを水に浸漬した後、フィルムを室温、好ましくは10〜60℃で10〜48時間、好ましくは10〜24時間真空乾燥することにより、燃料電池用電解質膜が得られる。つまり、構造式(1)のホスホン酸ポリマー−(H2C−CF)n−COOCH2CF2PO(OH)2を既存の製膜処理に処して、本実施例のホスホン酸ポリマーを含む燃料電池用電解質膜(以下、実施例燃料電池用電解質膜)が得られることになる。
【0039】
この実施例燃料電池用電解質膜は、燃料電池に用いられる。図1は実施例の燃料電池10を構成する単セル15を断面視して概略的に示す説明図である。本実施例の燃料電池10は、図1に示す構成の単セル15を複数積層したスタック構造の固体高分子型燃料電池である。
【0040】
単セル15は、電解質膜20の両側にアノード21とカソード22の両電極を備える。このアノード21とカソード22は、電解質膜20の両膜面に形成され電解質膜20と共に膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly/MEA)を形成する。この他、単セル15は、電極形成済みの電解質膜20を両側から挟持するアノード側ガス拡散層23とカソード側ガス拡散層24とガスセパレーター25,26を備え、両ガス拡散層は、対応する電極に接合されている。
【0041】
電解質膜20は、構造式(1)のホスホン酸ポリマー−(H2C−CF)n−COOCH2CF2PO(OH)2を既存の製膜処理に処して生成した実施例燃料電池用電解質膜であり、後述するように良好なプロトン伝導率を有する。アノード21およびカソード22は、触媒(例えば白金、あるいは白金合金)を備えており、これらの触媒を、導電性を有する担体(例えば、カーボン粒子)上に担持させることによって形成されている。アノード側ガス拡散層23とカソード側ガス拡散層24は、ガス透過性を有する導電性部材、例えば、カーボンペーパやカーボンクロスによって形成される。
【0042】
ガスセパレーター25は、アノード側ガス拡散層23の側に、水素を含有する燃料ガスを流すセル内燃料ガス流路47を備える。ガスセパレーター26は、カソード側ガス拡散層24の側に、酸素を含有する酸化ガス(本実施例では、空気)を流すセル内酸化ガス流路48を備える。なお、図には記載していないが、隣り合う単セル15間には、例えば、冷媒が流れるセル間冷媒流路を形成することができる。これらガスセパレーター25,26は、ガス不透過な導電性部材、例えば、カーボンを圧縮してガス不透過とした緻密質カーボンや、焼成カーボン、あるいはステンレス鋼などの金属材料により形成されている。
【0043】
図1では図示していないが、ガスセパレーター25,26の外周近傍の所定の位置には、複数の孔部が形成されている。これらの複数の孔部は、ガスセパレーター25,26が他の部材と共に積層されて燃料電池10が組み立てられたときに互いに重なって、燃料電池10内を積層方向に貫通する流路を形成する。すなわち、上記したセル内燃料ガス流路47やセル内酸化ガス流路48、あるいはセル間冷媒流路に対して、燃料ガスや酸化ガス、あるいは冷媒を給排するためのマニホールドを形成する。
【0044】
本実施例の燃料電池10は、ガスセパレーター25のセル内燃料ガス流路47からの水素ガスを、アノード側ガス拡散層23で拡散ししつつアノード21に供給する。空気については、ガスセパレーター26のセル内酸化ガス流路48からの空気を、カソード側ガス拡散層24で拡散ししつつカソード22に供給する。こうしたガス供給を受けて、燃料電池10は、発電し、その発電電力を外部の負荷に与える。
【0045】
次に、上記した燃料電池10に用いられる電解質膜20、即ち実施例燃料電池用電解質膜の性能評価について説明する。評価項目は、80℃雰囲気下でのプロトン伝導率を採用し、次のように測定した。
【0046】
プロトン伝導率の測定には、以下のフィルム試料を用いた。実施例フィルム試料は、上記の合成プロセス1〜5を経て得られた構造式(1)のホスホン酸ポリマー(ポリマー粉)をエタノールで20重量%となるように溶解させ、膜厚が50μmとなるようにPTFE基体上に塗布した。塗布後、熱風乾燥機で80℃/1時間乾燥させ、実施例フィルム試料を得た。対比する比較例フィルム試料は、パーフルオロスルホン酸系ポリマーを、上記の手法で製膜したフィルム試料であり、ナフィオン膜(ナフィオンフィルム)に相当する。
【0047】
プロトン伝導率は、次のように測定した。まず、上記の実施例フィルム試料と比較例フィルム試料をそれぞれ10mmx30mmの短冊状に切り取り、両端を白金板(5mmx50mm)で挟み込み、テフロン(登録商標)製の測定用プローブで扶持して積層体を作製した。次いで、80℃の雰囲気中にて、白金板間の抵抗をSOLARTRON社製、1260FREQUENCY RESPONSE ANALYSERにより測定した。測定に際しては、20%〜90%の範囲で積層体の湿度を変更した。プロトン伝導率は、次式から求めた。
【0048】
プロトン伝導率[S/cm]=白金板間隔[cm]/(フィルム試料膜幅[cm]×フィルム試料膜厚[cm]×抵抗[Ω])
【0049】
図2は実施例フィルム試料と比較例フィルム試料の各試料ごとに求めたプロトン伝導率を湿度に対してプロットしたグラフである。図示するように、実施例フィルム試料は、低湿度環境下では、比較例フィルム試料と同等のプロトン伝導率を発揮し、湿度が高まるほど、比較例フィルム試料に比べて高いプロトン伝導率を発揮した。このことから、実施例フィルム試料、即ち構造式(1)のホスホン酸ポリマーを製膜して得られる実施例燃料電池用電解質膜は、低湿度から高湿度の環境下において高いプロトン伝導率を備えたものとなる。つまり、実施例燃料電池用電解質膜を用いた燃料電池では、電解質膜の高いプロトン伝導率により、高い発電能力を発揮できる。そして、構造式(1)のホスホン酸ポリマーを製膜して得られる実施例燃料電池用電解質膜は、既存のナフィオン製の電解質膜の代用に耐えうると言える。
【0050】
以上、本発明の実施の形態を実施例にて説明したが、本発明は上記した実施例や変形例の実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様にて実施することが可能である。例えば、上記した合成プロセス1〜5において、各合成プロセスにて用いた薬剤をこれに代わる薬剤に代えることができるほか、薬剤使用量、プロセス温度等についても、適宜調整できる。
【0051】
また、上記の実施例では、構造式(2)のジメチルホスホネートCHCF2PO(OEt)2から構造式(3)の中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2を生成するに当たり、合成プロセス1〜2を進行させたが、ジメチルホスホネートCHCF2PO(OEt)2から構造式(3)の中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2を生成可能な他の合成プロセスを採ることもできる。また、構造式(3)の中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2と反応させる構造式(4)の化合物H2C=CFCOClを得るに当たり、合成プロセス3を進行させたが、構造式(4)の化合物H2C=CFCOClを得ることが可能な他の合成プロセスを採ることもできる。また、中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2と構造式(4)の化合物H2C=CFCOClとの反応を経て構造式(5)の中間最終化合物H2C=CFCOOCH2CF2PO(OEt)を生成するに当たり、合成プロセス4を進行させたが、中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2と構造式(4)の化合物H2C=CFCOClとの反応を経て構造式(5)の中間最終化合物H2C=CFCOOCH2CF2PO(OEt)を生成可能な他の合成プロセスを採ることもできる。この他、中間最終化合物H2C=CFCOOCH2CF2PO(OEt)の重合化合物の生成とこの重合化合物におけるエチル基Etの水素原子置換とを図るに当たり、合成プロセス5を進行させたが、中間最終化合物H2C=CFCOOCH2CF2PO(OEt)の重合化合物生成と水素原子置換とが可能な他の合成プロセスを採ることもできる。
【符号の説明】
【0052】
10…燃料電池
15…単セル
20…電解質膜
21…アノード
22…カソード
23…アノード側ガス拡散層
24…カソード側ガス拡散層
25…ガスセパレーター
26…ガスセパレーター
47…セル内燃料ガス流路
48…セル内酸化ガス流路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含むホスホン酸ポリマー。
【化1】

【請求項2】
請求項1に記載のホスホン酸ポリマーを用いて製膜した燃料電池用電解質膜。
【請求項3】
下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含むホスホン酸ポリマーの製造方法であって、
下記の構造式(2)で表される分子構造を有するジメチルホスホネートCHCF2PO(OEt)2を源材料とし、下記の構造式(3)で表される中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2を生成する第1工程と(Etはエチル基を示す)、
該生成された前記中間化合物HOCH2CF2PO(OEt)2と下記の構造式(4)で表される化合物H2C=CFCOClとの反応を経て、下記の構造式(5)で表される分子構造を有する中間最終化合物H2C=CFCOOCH2CF2PO(OEt)を生成する第2工程と、
前記中間最終化合物H2C=CFCOOCH2CF2PO(OEt)の重合化合物を得た上で、該重合化合物のエチル基Etを水素原子に置換させる第3工程とを備える
ホスホン酸ポリマーの製造方法。
【化2】


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−43909(P2013−43909A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−181331(P2011−181331)
【出願日】平成23年8月23日(2011.8.23)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】