ホスホン酸ポリマーとその製造方法および燃料電池用電解質膜
【課題】低加湿状況下でのプロトン伝導率を高め得る新たなホスホン酸ポリマーと、低加湿状況下であっても高いプロトン伝導率を確保し得る燃料電池用電解質の提供。
【解決手段】下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含み、主鎖を構成する飽和炭化水素の炭素と側鎖末端のホスホン酸基とを、アミド結合とフッ化エチレン基とを介して結合させるホスホン酸ポリマー、該ホスホン酸ポリマーを用いた燃料電池用電解質膜、およびこれを用いた燃料電池。
【解決手段】下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含み、主鎖を構成する飽和炭化水素の炭素と側鎖末端のホスホン酸基とを、アミド結合とフッ化エチレン基とを介して結合させるホスホン酸ポリマー、該ホスホン酸ポリマーを用いた燃料電池用電解質膜、およびこれを用いた燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスホン酸ポリマーとその製造方法および当該ポリマーを含む燃料電池用電解質膜に関する。
【背景技術】
【0002】
プロトン伝導性を有する固体高分子膜を電解質膜とした固体高分子型燃料電池では、その電解質膜として、パーフルオロスルホン酸系のポリマーが主流であり、ナフィオン膜(登録商標、以下同じ)が多用されている。その一方、近年、ナフィオン膜に代わる安価な固体高分子膜の提供が要請され、こうした高分子膜の材料として、ポリマー側鎖にホスホン酸基を導入したホスホン酸ポリマーが提案されている(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−218327号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の特許文献で提案されたホスホン酸ポリマーは、その主鎖を耐酸化劣化特性に優れたポリアゾール系高分子の芳香環とした上で、芳香環の炭素に直接または酸素原子、硫黄原子等を介してホスホン酸基を導入している。こうしてホスホン酸基が導入されたポリマーから製膜された電解質膜は、例えば燃料電池に組み込まれて使用され、燃料電池では、供給された燃料ガス中の燃料と酸素含有ガスの酸素との電気化学反応が電解質膜を挟んで進行する。この電気化学反応の進行状況は燃料電池の運転状態によって多種多様となり、電解質膜が低加湿状況に晒されることも少なくない。
【0005】
電解質膜が低加湿状況に晒されると、親水性を呈するホスホン酸基の周囲に集まる水自体が少なくなるので、ホスホン酸基周囲に集まった水で共通して覆われるホスホン酸基の数が少なくなる。このため、ホスホン酸基周囲に集まった水を介してのプロトン伝導が低下し、プロトン伝導率の低下を来す。
【0006】
また、電解質膜が酸性雰囲気に晒されると、膜に含まれる水も酸性となるので、こうした酸性環境下におけるプロトン伝導が確保されないと、プロトン伝導率の低下を来す。そして、低加湿状況下で酸性雰囲気となると、そもそも少ない水しか存在しない上でその水が酸性となることから、より一層のプロトン伝導率の低下が危惧される。
【0007】
ところで、プロトン伝導率σNEは、Nernst Einsteinの式により、以下の数式1で導かれる。そして、この数式1によれば、プロトン拡散係数DH、プロトン体積密度NHに依存して高まる。下記の数式1におけるnは単位体積当たりのイオン数、Fは電荷素量、Rはボルツマン定数、Tは温度である。
【0008】
σNE = DH・NH・n2・F2/R・T 数式1
【0009】
低加湿状況下におけるプロトン伝導率の低下は、数式1で定まるプロトン伝導率σNEを大きくすることで抑制可能ではあるものの、上記した特許文献では、プロトン伝導率σNEを規定するプロトン拡散係数DHやプロトン体積密度NHについての考察に欠けるため、低加湿状況下でのプロトン伝導率σNEの低下が危惧される。
【0010】
本発明は、上記した課題を踏まえ、低加湿状況下でのプロトン伝導率を高め得る新たなホスホン酸ポリマーと、低加湿状況下であっても高いプロトン伝導率を確保し得る燃料電池用電解質膜との提供を図ることをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記した目的の少なくとも一部を達成するために、本発明は、以下の適用例として実施することができる。
【0012】
[適用例1:ホスホン酸ポリマー]
飽和炭化水素を主鎖とし、ホスホン酸基を側鎖の末端に含有するホスホン酸ポリマーであって、
下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含み、前記主鎖の炭素と前記ホスホン酸基とを、アミド結合とフッ化エチレン基とを介して結合させた前記側鎖を有することを要旨とする。
【0013】
適用例1のホスホン酸ポリマーでは、その側鎖を主鎖を構成する飽和炭化水素の炭素から延ばすに当たり、主鎖の炭素にアミド結合(−CON−)とフッ化エチレン基(−CH2CF2−)とを介してホスホン酸基を結合させ、側鎖末端にホスホン酸基を有する。
【0014】
【化1】
【0015】
この構造式からも判るように、側鎖末端のホスホン酸基は、下記の構造式(3)に示すように、その隣のフッ化エチレン基の電子陰性度の影響を受ける。この場合、構造式におけるδ−、δ+は電子陰性度による電荷分布を示している。
【0016】
【化3】
【0017】
フッ化エチレン基は、上記の構造式(3)のとおり、CF2構造に起因した電子陰性度により、ホスホン酸基におけるリン原子Pの電子を引き寄せリン原子Pをプラスに偏らせる。リン原子Pに結合した酸素原子Oは、ホスホン酸基から水素原子H(プロトン)が解離したホスホン酸イオンにあってはマイナス電荷を帯びることから、プラスに偏ったリン原子Pの影響を受けて電荷が弱まり、その状態で安定化する。こうなると、プロトンの解離が容易となり、ホスホン酸基の酸強度が高まる。つまり、フッ化エチレン基にホスホン酸基を結合させた上記の適用例1のホスホン酸ポリマーでは、ホスホン酸基を芳香環の炭素に直接または酸素原子、硫黄原子等を介して結合した分子鎖構造は元より、ホスホン酸基をアルキル基を介して結合した分子鎖構造のものに比べ、ホスホン酸基からのプロトンの解離が起き易くなって酸強度が高まる。そして、側鎖末端のホスホン酸基の呈する酸強度は、上記した数式1におけるプロトン拡散係数DHと密接に関係し、側鎖末端のホスホン酸基の高い酸強度によりプロトンの解離、即ちプロトン伝導が確保され、プロトン拡散係数DHは大きくなる。この場合、側鎖末端のホスホン酸基の高い酸強度は、低加湿状況下であっても確保される。
【0018】
しかも、側鎖末端のホスホン酸基は、アミド結合(−CON−)とフッ化エチレン基(−CH2CF2−)とを介在させて主鎖から離れると共に、側鎖をなす原子同士の結合はいずれもシングルボンドである。よって、側鎖末端のホスホン酸基の動き易さは、上記した側鎖構造に基づいて高まる。そして、側鎖末端のホスホン酸基の動き易さは、上記した数式1におけるプロトン拡散係数DHと密接に関係し、側鎖末端のホスホン酸基が動き易くなってホスホン酸基同士の隔たりが狭くなればなるほど、ホスホン酸基同士でのプロトン伝導が確保され、プロトン拡散係数DHは大きくなる。この場合、側鎖末端のホスホン酸基の動き易さは、低加湿状況下であっても確保される。これらの結果、上記の適用例のホスホン酸ポリマーによれば、高い酸強度と側鎖末端のホスホン酸基の動き易さの確保とにより、低加湿状況下であっても、プロトン拡散係数DHの増大によるプロトン伝導率の向上を図ることができる。また、上記の適用例1のホスホン酸ポリマーは、その主鎖および側鎖に芳香環を有しないので、分子鎖構造ごとの分子量が小さくなることから、芳香環を含むものに比べてEW値が小さくなるので、高いプロトン伝導率を有することになる。
【0019】
加えて、上記の適用例のホスホン酸ポリマーは、主鎖の炭素から延びて末端にホスホン酸基を有する側鎖を、主鎖の炭素にアミド結合(−CON−)している。アミド結合は、その有する分子とその結合の性質により、高い耐酸性を発揮する。よって、上記の適用例のホスホン酸ポリマーにあっては、ホスホン酸基周囲の水が酸性となっても、アミド結合の呈する耐酸性により側鎖を損なわないので、側鎖末端のホスホン酸基によるプロトン拡散を確保できる。こうしたプロトン拡散の確保は、低加湿状況下であっても達成されるので、上記の適用例1のホスホン酸ポリマーによれば、低加湿状況下および/または酸性雰囲気化であっても、プロトン拡散係数DHの増大によるプロトン伝導率の向上を図ることができる。
【0020】
上記した適用例のホスホン酸ポリマーは、次のような態様とすることができる。例えば、適用例のホスホン酸ポリマーを製膜処理に処して、その膜を燃料電池用電解質膜とでき、こうして得られた燃料電池用電解質膜は、上記の適用例のホスホン酸ポリマーが有する低加湿状況下および/または酸性雰囲気化での高いプロトン伝導率に起因して、低加湿状況下および/または酸性雰囲気化における電池性能の向上に寄与できる。この他、上記の燃料電池用電解質膜を用いた燃料電池とでき、得られた燃料電池は、低加湿状況下および/または酸性雰囲気化において高い電池性能を発揮できる。
【0021】
[適用例2:ホスホン酸ポリマーの製造方法]
この適用例2の製造方法は、記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含むホスホン酸ポリマーの製造方法であって、
下記の構造式(2)で表される分子構造を有するアクリルアミド体を単量体として重合し、下記の構造式(3)で表されるアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーを生成する第1工程と(Etはエチル基を示す)、
該生成されたアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーのエチル基を水素原子に置換させる第2工程とを備える
ことを要旨とする。
【0022】
【化2】
【0023】
上記したホスホン酸ポリマーの製造方法によれば、低加湿状況下での高いプロトン伝導率を有する上記の構造式(1)のホスホン酸ポリマーを、製造できる。この場合、上記の構造式(2)で表される分子構造を有するアクリルアミド体については、単量体として準備できるほか、フッ化エチレン基を含有する有機化合物を、フッ化エチレン基に加えてアミド結合を有する有機化合物に変遷させて、アクリルアミド体を生成するようにすることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】合成プロセス1でのべンジルイミン体の精製を実証するためのNMRチャートである。
【図2】合成プロセス2でのべンジルアミン体の生成を実証するためのNMRチャートである。
【図3】合成プロセス3でのアミン体の生成を実証するためのNMRチャートである。
【図4】合成プロセス5でのアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーの生成を実証するためのNMRチャートである。
【図5】合成プロセス6でのホスホン酸ポリマーの生成を実証するためのNMRチャートである。
【図6】実施例の燃料電池10を構成する単セル15を断面視して概略的に示す説明図である。
【図7】実施例フィルム試料と比較例フィルム試料の各試料ごとに求めたプロトン伝導率を湿度に対してプロットしたグラフである。
【図8】側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の分子鎖構造をプロトン伝導率を規定するプロトン拡散係数DHに関連付けて模式的に示す説明図である。
【図9】実施例フィルム試料と比較例フィルム試料におけるホスホン酸基PO(OH)2の挙動を結合の様子と関連付けて模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態について説明する。まず、実施例のホスホン酸ポリマー製造方法について説明する。最終生成物であるホスホン酸ポリマーは、下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含む。
【0026】
【化1】
【0027】
構造式(1)のホスホン酸ポリマーの製造に当たり、フッ化エチレン基と、ホスホン酸基への変遷が可能なリン含有基とを結合させた分子構造を有する原材料、例えば、下記の構造式(4)で表される分子構造を有する化合物(HO)2CH−CF2PO(OEt)2を原材料として準備する(Etはエチル基を示す)。この原材料準備に当たっては、上記化合物の掲載文献(Tetrahedron, Vol53, No30, pp10623-10632, 1997)に従って合成製造した。
【0028】
【化4】
【0029】
次に、上記の構造式(4)の原材料((HO)2CH−CF2PO(OEt)2)を下記の合成プロセス1に処する。この合成プロセス1は、下記の構造式(5)で表される分子構造を有するベンジルイミン体を構造式(4)の原材料((HO)2CH−CF2PO(OEt)2)から生成する。
【0030】
【化5】
【0031】
合成プロセス1を進行させるに当たり、50molの反応容器に、構造式(4)の原材料((HO)2CH−CF2PO(OEt)2:1.29g/5.55mmol)と、べンジルアミン(1.18g/11.01mmol)と、無水トルエン(16.5ml)を仕込み、加熱環流した。このときの、反応容器のバス温は、135℃に設定した。この加熱環流の間に合成プロセス1が進行すれば、水が反応生成物として生じる。そして、加熱環流を約1時間継続したところ、水の生成・流出を確認したので、反応を終了させた。反応容器内の反応液を減圧濃縮し、得られた残漬をシリカゲルカラムク口マト(シリカゲル20g、トルエン/酢酸工チル=2/1)により精製し、構造式(5)のべンジルイミン体(1.12g)を得た。この場合、得られた精製物が構造式(5)のべンジルイミン体であることは、精製物をNMR(核磁気共鳴)分析に処して、その分子鎖構造を解析した。図1は合成プロセス1でのべンジルイミン体の精製を実証するためのNMRチャートである。この図1に示すように、合成プロセス1により、構造式(5)のべンジルイミン体が精製されたことが確認できた。なお、合成プロセス1での収率は、67%であった。
【0032】
次に、合成プロセス1で得られたべンジルイミン体(構造式(5))を下記の合成プロセス2に処する。この合成プロセス2は、下記の構造式(6)で表される分子構造を有するべンジルアミン体を構造式(5)のべンジルイミン体から生成する。
【0033】
【化6】
【0034】
合成プロセス2を進行させるに当たっては、合成プロセス1で得られたべンジルイミン体(1.12g/3.67mmol)を20mlのメタノールに溶解した後、その溶液を反応容器に仕込む。そして、この反応容器をアルゴン雰囲気下に置いた上で、氷水で冷却し、NaBH4(833mg/22.02mmol)を添加した。この状態で12時間ほど撹拝した後、反応容器に飽和NH4NaCl水溶液を添加して濃縮し、メタノールを留去した。残漬の懸濁液は酢酸エチルで3回抽出し、有機層を合わせてブラインで洗浄した。その後、無水MgSO4で脱水した後にろ過し、ろ液の減圧濃縮と有機層の減圧濃縮を経て、構造式(6)のべンジルアミン体(1.02g)を得た。この場合、得られた濃縮物が構造式(6)のべンジルアミン体であることは、濃縮物をNMR分析に処して、その分子鎖構造を解析した。図2は合成プロセス2でのべンジルアミン体の生成を実証するためのNMRチャートである。この図2に示すように、合成プロセス2により、構造式(6)のべンジルアミン体が生成されたことが確認できた。なお、合成プロセス2での収率は、90%であった。
【0035】
次に、合成プロセス2で得られたべンジルアミン体(構造式(6))を下記の合成プロセス3に処する。この合成プロセス3は、下記の構造式(7)で表される分子構造を有するアミン体を構造式(6)のべンジルアミン体から生成する。
【0036】
【化7】
【0037】
合成プロセス3を進行させるに当たっては、合成プロセス2で得られたペンジルアミン体(850mg/2.77mmol)を10mlのエタノールに溶解した後、その溶液を反応容器に仕込む。そして、この反応容器に、水素化還元反応の触媒として85mgの10%Pd/C(パラジウム炭素)を添加して、その反応容器を水素の雰囲気下に置き、室温で12時間ほど攪拌した。12時間ほど攪拌した後、容器内の溶液をTLC(薄層クロマトグラフィー)分析に処したところ、ペンジルアミン体の消失を確認した。よって、攪拌後の反応容器を水素に代えてアルゴン雰囲気下に置換し、アルゴン置換が完了すると予想される時間の経過後、例えば1時間の経過後に、反応液をセライトろ過し、エタノールで洗浄した。ろ液を減圧濃縮し、構造式(7)のアミン体(540mg)を得た。この場合、得られた濃縮物が構造式(7)のアミン体であることは、濃縮物をNMR分析に処して、その分子鎖構造を解析した。図3は合成プロセス3でのアミン体の生成を実証するためのNMRチャートである。この図3に示すように、合成プロセス3により、構造式(7)のアミン体が生成されたことが確認できた。なお、合成プロセス3での収率は、89%であった。
【0038】
次に、合成プロセス3で得られたアミン体(構造式(7))を下記の合成プロセス4に処する。この合成プロセス4は、下記の構造式(8)で表される分子構造を有するアクリルアミド体を構造式(7)のアミン体から生成する。
【0039】
【化8】
【0040】
合成プロセス4を進行させるに当たっては、20mlの反応容器に、合成プロセス3で得られた低純度のアミン体(1.75g/8.06mmol)と、無水THF(17.5ml)、およびトリエチルアミン(1.22g/12.1mmol)を仕込み、反応容器を氷水で冷却しつつ、アクリル酸クロライド(875mg/9.67mmol)を滴下した。その後、室温で5時間攪拌した。この攪拌後の溶液をTLC分析に処したところ、アミン体の消失を確認したので、50mlの水に反応液を注入し、酢酸エチルで3回抽出した。合わせた有機層を水で洗浄した後、Na2SO4で脱水してろ過し、そのろ液を減圧濃縮した。得られた残渣をシリカゲルカラムクロマト(シリカゲル35g、酢酸工チル)により精製し、構造式(8)のアクリルアミド体(640mg)を得た。この場合、得られた精製物が構造式(8)のアクリルアミド体であることは、合成プロセス4の初期物質が構造式(7)のアミン体であって、これに無水THFとトリエチルアミンを加えたこと、およびTLC分析によるアミン体消失確認から容易に推考される。なお、合成プロセス4での収率は、29.3%であり、これは合成プロセス4の初期物質であるアミン体の純度が低かったためと推考される。
【0041】
次に、合成プロセス4で得られたアクリルアミド体(構造式(8))を下記の合成プロセス5に処する。この合成プロセス5は、構造式(8)のアクリルアミド体を単量体として重合し、下記の構造式(9)で表される分子鎖構造を有するアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーを生成する。
【0042】
【化9】
【0043】
合成プロセス5を進行させるに当たっては、凍結アンプル管に、合成プロセス4で得られたアクリルアミド体(180mg)と、トルエン(脱水/0.83ml)と、重合開始剤としてのアゾビスイソブチロニトリル(AIBN/3.6mg)を仕込む。そして、液体窒素での溶液凍結と真空引きによる脱気および窒素での開放の一連の凍結脱気作業を3回繰り返し、この際の各作業は3方コックでの切替にて行った。次いで、凍結アンプル管を窒素で充填させた状態でバーナーを用いて封管し、この封管状態のままで、65℃のバスで24時間加熱攪拌した。その後、室温まで冷却した後、アンプルを切り、減圧濃縮した。得られた残渣を1.4mlのTHFに溶解し、その溶解液に80mlのヘキサンを滴下し、再沈殿させた。上澄みをデカンテーションし、沈殿物をヘキサンで洗浄した後、45℃で減圧乾燥して、150mgの白色固体のアクリルアミドホスホン酸エステルポリマー(構造式(9))を得た。この固体をGPC分析(ゲル浸透クロマトグラフィー)に処して分析したところ、得られたポリマーの分子量は、Mn:20,976−、Mw:47,160−であった。この場合、得られたポリマーが構造式(9)のアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーであることは、得られたポリマーをNMR分析に処して、その分子鎖構造を解析した。図4は合成プロセス5でのアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーの生成を実証するためのNMRチャートである。この図4に示すように、合成プロセス5により、構造式(9)のアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーが生成されたことが確認できた。
【0044】
次に、合成プロセス5で得られたアクリルアミドホスホン酸エステルポリマー(構造式(9))を下記の合成プロセス6に処する。この合成プロセス6は、構造式(9)のアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーのエチル基を水素原子に置換し、下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を有するホスホン酸ポリマーを生成する。
【0045】
【化10】
【0046】
合成プロセス5を進行させるに当たっては、まず、10mlのナスフラスコをアルゴン環境下に置き、このナスフラスコに、合成プロセス5で得られた構造式(9)のアクリルアミドホスホン酸エステルポリマー(150mg)と、クロロホルム(脱水/3ml)とを仕込み、氷水にて冷却する。その後、臭化トリメチルシリル(TMSBr)を0.75ml滴下し室温まで昇温させ、室温環境下で3日間に亘り反応させた。次いで、ナスフラスコ内の溶液を減圧濃縮して、濃縮溶液に水(5ml)を添加し、10分間、攪拌した。攪拌後の溶液を、再び減圧濃縮した上で、再度、水(5ml)を添加し、10分間攪拌した後、減圧濃縮した。次いで、残渣にメタノール(5ml)を加えて溶解し、減圧濃縮し、さらにメタノール(5ml)を加えて溶解し、減圧濃縮し、100mgのポリマー残渣を得た。この場合、得られたポリマーが構造式(1)のホスホン酸ポリマーであることは、得られたポリマーをNMR分析に処して、その分子鎖構造を解析した。図5は合成プロセス6でのホスホン酸ポリマーの生成を実証するためのNMRチャートである。この図5に示すように、合成プロセス6により、構造式(1)のホスホン酸ポリマーが生成されたことが確認でき、当該ポリマーは、飽和炭化水素を主鎖とし、ホスホン酸基を側鎖の末端に含有するホスホン酸ポリマーであって、主鎖の炭素と側鎖末端のホスホン酸基とを、アミド結合とフッ化エチレン基とを介して結合させている。
【0047】
次に、実施例としての燃料電池用電解質膜について説明する。この燃料電池用電解質膜は、上記の合成プロセス1〜6を経て得られた構造式(1)のホスホン酸ポリマー−(H2C−CH)n−CONHCH2CF2PO(OH)2を既存の製膜処理に処して製造される。この製膜処理は、例えば、得られた構造式(1)のホスホン酸ポリマーの固形分を、THFに溶解させ、その溶解液を膜厚が50μmとなるようにテフロン膜(テフロンは登録商標、以下同じ)の膜面に塗布して50℃の乾燥環境下で1時間乾燥させる。乾燥後に、テフロン膜からポリマー膜を剥離することで、50μmの膜厚の燃料電池用電解質膜が得られる。つまり、上記した構造式(1)のホスホン酸ポリマー製の燃料電池用電解質膜(以下、実施例燃料電池用電解質膜)が得られることになる。
【0048】
この実施例燃料電池用電解質膜は、燃料電池に用いられる。図6は実施例の燃料電池10を構成する単セル15を断面視して概略的に示す説明図である。本実施例の燃料電池10は、図6に示す構成の単セル15を複数積層したスタック構造の固体高分子型燃料電池である。
【0049】
単セル15は、電解質膜20の両側にアノード21とカソード22の両電極を備える。このアノード21とカソード22は、電解質膜20の両膜面に形成され電解質膜20と共に膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly/MEA)を形成する。この他、単セル15は、電極形成済みの電解質膜20を両側から挟持するアノード側ガス拡散層23とカソード側ガス拡散層24とガスセパレーター25,26を備え、両ガス拡散層は、対応する電極に接合されている。
【0050】
電解質膜20は、構造式(1)のホスホン酸ポリマー−(H2C−CF)n−COOCH2CF2PO(OH)2を既存の製膜処理に処して生成した実施例燃料電池用電解質膜であり、後述するように良好なプロトン伝導率を有する。アノード21およびカソード22は、触媒(例えば白金、あるいは白金合金)を備えており、これらの触媒を、導電性を有する担体(例えば、カーボン粒子)上に担持させることによって形成されている。アノード側ガス拡散層23とカソード側ガス拡散層24は、ガス透過性を有する導電性部材、例えば、カーボンペーパやカーボンクロスによって形成される。
【0051】
ガスセパレーター25は、アノード側ガス拡散層23の側に、水素を含有する燃料ガスを流すセル内燃料ガス流路47を備える。ガスセパレーター26は、カソード側ガス拡散層24の側に、酸素を含有する酸化ガス(本実施例では、空気)を流すセル内酸化ガス流路48を備える。なお、図には記載していないが、隣り合う単セル15間には、例えば、冷媒が流れるセル間冷媒流路を形成することができる。これらガスセパレーター25,26は、ガス不透過な導電性部材、例えば、カーボンを圧縮してガス不透過とした緻密質カーボンや、焼成カーボン、あるいはステンレス鋼などの金属材料により形成されている。
【0052】
図6では図示していないが、ガスセパレーター25,26の外周近傍の所定の位置には、複数の孔部が形成されている。これらの複数の孔部は、ガスセパレーター25,26が他の部材と共に積層されて燃料電池10が組み立てられたときに互いに重なって、燃料電池10内を積層方向に貫通する流路を形成する。すなわち、上記したセル内燃料ガス流路47やセル内酸化ガス流路48、あるいはセル間冷媒流路に対して、燃料ガスや酸化ガス、あるいは冷媒を給排するためのマニホールドを形成する。
【0053】
本実施例の燃料電池10は、ガスセパレーター25のセル内燃料ガス流路47からの水素ガスを、アノード側ガス拡散層23で拡散ししつつアノード21に供給する。空気については、ガスセパレーター26のセル内酸化ガス流路48からの空気を、カソード側ガス拡散層24で拡散ししつつカソード22に供給する。こうしたガス供給を受けて、燃料電池10は、発電し、その発電電力を外部の負荷に与える。
【0054】
次に、上記した燃料電池10に用いられる電解質膜20、即ち実施例燃料電池用電解質膜の性能評価について説明する。評価項目は、80℃雰囲気下でのプロトン伝導率を採用し、湿度を変えつつ次のように測定した。
【0055】
プロトン伝導率の測定には、以下のフィルム試料を用いた。実施例フィルム試料は、上記の合成プロセス1〜6を経て得られた構造式(1)のホスホン酸ポリマーから上記したように製膜した膜厚50μmのフィルム試料である。対比する比較例フィルム試料は、ポリビニルホスホン酸(PVPA)から製膜したフィルム試料であり、その分子鎖構造は下記の構造式(6)で表される。この比較例フィルム試料は、次のように得た。市販のPVPA(Aldrich社製)を購入し、水:エタノールの重量比が1:1に調整された溶解液に、PVPAを30wt%の割合となるよう配合し、PVPAを溶解させる。次いで、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)フィルムのフィルム面に、アプリケーターにて乾燥後の膜厚が50μmとなるよう、PVPA溶解液からPVPAフィルムを作製し、これを比較例フィルム試料とする。上記した実施例フィルム試料と比較例フィルム試料のEW値は、実施例フィルム試料が215と比較的高い値であり、比較例フィルム試料は、下記の構造式(11)に示すとおりの分子鎖構造に起因して分子量が小さいため、実施例フィルム試料のほぼ半分の108であった。
【0056】
【化11】
【0057】
比較例フィルム試料は、上記の構造式(11)に示すとおり、ホスホン酸基PO(OH)2を、主鎖を構成する飽和炭化水素の炭素に直接結合させている。これに対し、実施例フィルム試料は、上記の構造式(1)に示すとおり、ホスホン酸基PO(OH)2を、主鎖を構成する飽和炭化水素の炭素にアミド結合(−C(=O)−N−)とフッ化エチレン基(−CH2CF2−)とを介して結合させている。
【0058】
プロトン伝導率は、次のように測定した。まず、上記の実施例フィルム試料と比較例フィルム試料をそれぞれ10mmx30mmの短冊状に切り取り、両端を白金板(5mmx50mm)で挟み込み、テフロン(登録商標)製の測定用プローブで扶持して積層体を作製した。次いで、80℃の雰囲気中にて、白金板間の抵抗をSOLARTRON社製、1260FREQUENCY RESPONSE ANALYSERにより測定した。測定に際しては、積層体の湿度を種々変更した。プロトン伝導率は、次式から求めた。
【0059】
プロトン伝導率[S/cm]=白金板間隔[cm]/(フィルム試料膜幅[cm]×フィルム試料膜厚[cm]×抵抗[Ω])
【0060】
図7は実施例フィルム試料と比較例フィルム試料の各試料ごとに求めたプロトン伝導率を湿度に対してプロットしたグラフである。図示するように、実施例フィルム試料は、低湿度環境下から高湿度環境下の間に亘って、比較例フィルム試料より高いプロトン伝導率を発揮した。このことから、実施例フィルム試料、即ち、構造式(1)のホスホン酸ポリマーを製膜して得られる実施例燃料電池用電解質膜は、低湿度から高湿度の環境下において高いプロトン伝導率を備えたものとなると共に、低湿度環境下(低加湿状況下)でもプロトン伝導率が高い。つまり、実施例燃料電池用電解質膜を用いた燃料電池では、電解質膜の高いプロトン伝導率により、高湿度環境下のみならず低加湿環境下であっても高い発電能力を発揮できる。
【0061】
実施例フィルム試料は、既述したように比較例フィルム試料よりEW値は大きいものの、図7に示すように、低湿度環境下(低加湿状況下)で比較例フィルム試料より高いプロトン伝導率を発揮する。この現象は、分子鎖構造と関連付けて次のように説明できる。
【0062】
実施例フィルム試料では、既述した構造式(1)のホスホン酸ポリマーの製膜試料であることから、側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2をフッ化エチレン基(−CH2CF2−)に結合させている。フッ化エチレン基(−CH2CF2−)は、下記の構造式(3)のとおり、CF2構造に起因した電子陰性度の電子陰性度を備え、ホスホン酸基におけるリン原子Pの側をその電子陰性度により+側の電荷分布(δ+)とする。
【0063】
【化3】
【0064】
このため、側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2は、当該ホスホン酸基のリン原子Pの側が+側に電荷分布(δ+)したフッ化エチレン基(−CH2CF2−)の電子陰性度の影響を受け、ホスホン酸基のリン原子Pは、その電子が引き寄せられてプラスに偏ることになる。リン原子Pに結合した酸素原子Oは、ホスホン酸基から水素原子H(プロトン)が解離したホスホン酸イオンにあってはマイナス電荷を帯びることから、プラスに偏ったリン原子Pの影響を受けて電荷が弱まり、その状態で安定化する。こうなると、プロトンの解離が容易となり、ホスホン酸基の酸強度が高まる。つまり、フッ化エチレン基にホスホン酸基を結合させた既述した構造式(1)のホスホン酸ポリマーの製膜試料である実施例フィルム試料(実施例燃料電池用電解質膜)は、ホスホン酸基を飽和炭化水素の主鎖における炭素に直接結合したポリマーからなる比較例フィルム試料に比べ、ホスホン酸基からのプロトンの解離が起き易くなって高い酸強度を備えることになる。そして、側鎖末端のホスホン酸基の呈する酸強度は、数式1で示すNernst Einsteinの式におけるプロトン拡散係数DHと密接に関係し、側鎖末端のホスホン酸基の高い酸強度によりプロトンの解離、即ちプロトン伝導が確保され、プロトン拡散係数DHは大きくなる。この場合、側鎖末端のホスホン酸基の高い酸強度は、分子鎖構造に基づくものであることから、高湿度環境下のみならず低湿度環境下であっても確保される。
【0065】
また、上記した酸強度に加え、既述した構造式(1)のホスホン酸ポリマーの製膜試料である実施例フィルム試料(実施例燃料電池用電解質膜)は、ポリマー側鎖の構造から、以下に説明するようなプロトン伝導を確保する。図8は側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の分子鎖構造をプロトン伝導率を規定するプロトン拡散係数DHに関連付けて模式的に示す説明図、図9は実施例フィルム試料と比較例フィルム試料におけるホスホン酸基PO(OH)2の挙動を結合の様子と関連付けて模式的に示す説明図である。
【0066】
図8では、ホスホン酸基PO(OH)2が分子鎖末端に位置する様子が模式的に示され、プロトン伝導率を規定するプロトン拡散係数DHが側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の動き易さに影響を与える様子を表している。側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の動き易さには、このホスホン酸基PO(OH)2の結合の様子が影響し、図9では、実施例フィルム試料と比較例フィルム試料におけるホスホン酸基PO(OH)2の動き易さに影響を及ぼす結合箇所が太線で示されている。この図9に示すように、実施例フィルム試料では、側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2は、主鎖を構成する飽和炭化水素の炭素にアミド結合(−C(=O)−N−)とフッ化エチレン基(−CH2CF2−)とを介して結合している。よって、アミド結合(−C(=O)−N−)とフッ化エチレン基(−CH2CF2−)と繋がる結合箇所が長くなり、その結合もシングルボンドであることから、ホスホン酸基PO(OH)2は動き易い。このため、実施例フィルム試料(実施例燃料電池用電解質膜)では、側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2が動き易くなってホスホン酸基同士の隔たりが狭くなる機会が高まるので、隣り合うホスホン酸基PO(OH)2の間でのプロトン伝導が確保され、数式1で示すNernst Einsteinの式におけるプロトン拡散係数DHは大きくなる。その一方、比較例フィルム試料では、ホスホン酸基PO(OH)2の動き易さに影響を及ぼす結合箇所は、ホスホン酸基のリン原子Pと主鎖の炭素とのシングルボンドの結合ではあるものの、実施例フィルム試料に比べて短くなる。よって、比較例フィルム試料では、側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2は、実施例フィルム試料に比して動き難くなることから、隣り合うホスホン酸基PO(OH)2の間でのプロトン伝導を確保しがたくなり、数式1におけるプロトン拡散係数DHの増大は望めない。次に、上記した酸強度とホスホン酸基の動き易さについての知見を図7のプロトン伝導率推移に当て嵌めて説明する。
【0067】
ホスホン酸基PO(OH)2は親水性を呈するので、適度な湿潤状況下であれば、ホスホン酸基PO(OH)2の周囲には水が集まるため、隣り合うホスホン酸基が水で覆われることになる。よって、ホスホン酸基周囲に集まった水を介してプロトン伝導が確保される。適度な湿潤状況下でホスホン酸基PO(OH)2の周囲に水が集まることは、実施例フィルム試料と比較例フィルム試料の両者で起きるため、60%を超える高い湿度環境では、この両フィルム試料とも、そのプロトン伝導率は、図7に示すとおり、高くなる。この場合、実施例フィルム試料は、比較例フィルム試料より既述したようにEW値が大きいものの、比較例フィルム試料よりプロトン伝導率は高い。こうした現象は、次のように推考できる。実施例フィルム試料では、既述したようにフッ化エチレン基(−CH2CF2−)の電子陰性度の影響を受けて側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の酸強度が高まる。これに対し、比較例フィルム試料では、ホスホン酸基PO(OH)2は主鎖の炭素に直接結合していることから、実施例フィルム試料のような電子陰性度の影響を受けた酸強度の高まりは起きない。こうした酸強度の相違により、実施例フィルム試料は、高いEW値であっても、高湿度環境下において、比較例フィルム試料より高いプロトン伝導率を発揮できると推考される。
【0068】
その一方、図7に示すように、低湿度となるほど、実施例フィルム試料のプロトン伝導率は、比較例フィルム試料より高いまま、両者のプロトン伝導率の差は広がる。低湿度環境では、ホスホン酸基周囲に集まる水自体が少なくなるので、ホスホン酸基周囲に集まった水を介してのプロトン伝導は低下する。このことは、実施例フィルム試料と比較例フィルム試料の両フィルム試料で、プロトン伝導率が低下することに符号する。ところが、実施例フィルム試料と比較例フィルム試料とでは、側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の酸強度と側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の動き易さとにおいて、既述したように大きく相違する。そして、実施例フィルム試料では、低湿度環境下にあっても高い酸強度を発揮できることに加え、ホスホン酸基PO(OH)2の動き易さを、シングルボンドのアミド結合(−CON−)とフッ化エチレン基(−CH2CF2−)の結合により低湿度環境であっても確保して、ホスホン酸基同士の隔たりが狭くなる機会を高める。これにより、実施例フィルム試料では、高い酸強度と相まって、隣り合うホスホン酸基PO(OH)2の間でのプロトン伝導を確保できることから、数式1におけるプロトン拡散係数DHが大きくなり、プロトン伝導率は高まる。その一方、比較例フィルム試料では、図9で示した結合の様子により、電子陰性度の影響を受けた酸強度の高まりは起き難い上に、ホスホン酸基PO(OH)2は動き難いことから、隣り合うホスホン酸基PO(OH)2の間でのプロトン伝導を確保できない。よって、比較例フィルム試料では、実施例フィルム試料のほぼ半分の程の小さなEW値であるものの、実施例フィルム試料より小さいプロトン伝導率しか得ることができないと推考される。
【0069】
また、実施例フィルム試料は、比較例フィルム試料に比べればそのEW値が大きいものの、フィルム試料材料たるホスホン酸ポリマーの主鎖および側鎖に芳香環を有しない。よって、実施例フィルム試料は、芳香環を含むものに比べて分子量が小さくなってそのEW値を小さくできるので、高いプロトン伝導率を有することになる。
【0070】
上記した実施例フィルム試料は、図6に示した燃料電池10の単セル15における電解質膜20に他ならない。よって、本実施例のホスホン酸ポリマー、詳しくは、構造式(1)のホスホン酸ポリマー製の燃料電池用電解質膜によれば、適宜な加湿状況(高加湿状況)では、高いプロトン伝導率により高い電池性能を発揮できる上、低加湿状況下であっても燃料電池10の電池性能の低下を抑制できる。また、構造式(1)のホスホン酸ポリマーにより、低加湿状況下での電池性能の向上が可能な電解質膜20、延いては単セル15および燃料電池10を容易に製造できる。
【0071】
これに加え、実施例フィルム試料では、その材料たるホスホン酸ポリマー(構造式(1))において、主鎖の炭素から延びて末端にホスホン酸基を有する側鎖を、主鎖の炭素にアミド結合(−CON−)している。アミド結合は、その有する分子とその結合の性質により、高い耐酸性を発揮する。よって、構造式(1)のホスホン酸ポリマーから製膜した実施例フィルム試料(実施例燃料電池用電解質膜)にあっては、ホスホン酸基周囲の水が酸性となる酸性雰囲気下においても、アミド結合の呈する耐酸性により側鎖を損なわないので、側鎖末端のホスホン酸基によるプロトン拡散を確保できる。こうしたプロトン拡散の確保は、低加湿状況下であっても達成されるので、構造式(1)のホスホン酸ポリマーから製膜した実施例フィルム試料(実施例燃料電池用電解質膜)によれば、低加湿状況下および/または酸性雰囲気化であっても、プロトン拡散係数DHの増大によるプロトン伝導率の向上を図ることができる。
【0072】
以上、本発明の実施の形態を実施例にて説明したが、本発明は上記した実施例や変形例の実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様にて実施することが可能である。例えば、上記した合成プロセス1〜6において、各合成プロセスにて用いた薬剤、具体的には既述した水素化還元反応の触媒(Pd/C)や重合開始剤(AIBN)等をこれに代わる薬剤に代えることができるほか、薬剤使用量、プロセス温度等についても、適宜調整できる。
【0073】
また、上記の実施例では、電解質膜製造用のポリマーとして構造式(1)のホスホン酸ポリマーを得るに当たり、その単量体である構造式(8)のアクリルアミド体を合成プロセス1〜4を経て生成したが、市販品等のアクリルアミド体を単量体として準備した上で、合成プロセス5〜6に処すこともできる。この他、構造式(1)のホスホン酸ポリマーの製造に当たり、フッ化エチレン基とホスホン酸基への変遷が可能なリン含有基とを結合させた分子構造を有する原材料として、構造式(4)の(HO)2CH−CF2PO(OEt)2を準備したが、フッ化エチレン基とホスホン酸基への変遷が可能な他のリン含有化合物を原材料とすることもできる。
【0074】
また、上記の実施例では、構造式(4)の(HO)2CH−CF2PO(OEt)2から単量体である構造式(8)のアクリルアミド体を生成するに当たり、合成プロセス1〜4を進行させたが、他の合成プロセスを採ることもできる。
【符号の説明】
【0075】
10…燃料電池
15…単セル
20…電解質膜
21…アノード
22…カソード
23…アノード側ガス拡散層
24…カソード側ガス拡散層
25…ガスセパレーター
26…ガスセパレーター
47…セル内燃料ガス流路
48…セル内酸化ガス流路
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスホン酸ポリマーとその製造方法および当該ポリマーを含む燃料電池用電解質膜に関する。
【背景技術】
【0002】
プロトン伝導性を有する固体高分子膜を電解質膜とした固体高分子型燃料電池では、その電解質膜として、パーフルオロスルホン酸系のポリマーが主流であり、ナフィオン膜(登録商標、以下同じ)が多用されている。その一方、近年、ナフィオン膜に代わる安価な固体高分子膜の提供が要請され、こうした高分子膜の材料として、ポリマー側鎖にホスホン酸基を導入したホスホン酸ポリマーが提案されている(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−218327号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の特許文献で提案されたホスホン酸ポリマーは、その主鎖を耐酸化劣化特性に優れたポリアゾール系高分子の芳香環とした上で、芳香環の炭素に直接または酸素原子、硫黄原子等を介してホスホン酸基を導入している。こうしてホスホン酸基が導入されたポリマーから製膜された電解質膜は、例えば燃料電池に組み込まれて使用され、燃料電池では、供給された燃料ガス中の燃料と酸素含有ガスの酸素との電気化学反応が電解質膜を挟んで進行する。この電気化学反応の進行状況は燃料電池の運転状態によって多種多様となり、電解質膜が低加湿状況に晒されることも少なくない。
【0005】
電解質膜が低加湿状況に晒されると、親水性を呈するホスホン酸基の周囲に集まる水自体が少なくなるので、ホスホン酸基周囲に集まった水で共通して覆われるホスホン酸基の数が少なくなる。このため、ホスホン酸基周囲に集まった水を介してのプロトン伝導が低下し、プロトン伝導率の低下を来す。
【0006】
また、電解質膜が酸性雰囲気に晒されると、膜に含まれる水も酸性となるので、こうした酸性環境下におけるプロトン伝導が確保されないと、プロトン伝導率の低下を来す。そして、低加湿状況下で酸性雰囲気となると、そもそも少ない水しか存在しない上でその水が酸性となることから、より一層のプロトン伝導率の低下が危惧される。
【0007】
ところで、プロトン伝導率σNEは、Nernst Einsteinの式により、以下の数式1で導かれる。そして、この数式1によれば、プロトン拡散係数DH、プロトン体積密度NHに依存して高まる。下記の数式1におけるnは単位体積当たりのイオン数、Fは電荷素量、Rはボルツマン定数、Tは温度である。
【0008】
σNE = DH・NH・n2・F2/R・T 数式1
【0009】
低加湿状況下におけるプロトン伝導率の低下は、数式1で定まるプロトン伝導率σNEを大きくすることで抑制可能ではあるものの、上記した特許文献では、プロトン伝導率σNEを規定するプロトン拡散係数DHやプロトン体積密度NHについての考察に欠けるため、低加湿状況下でのプロトン伝導率σNEの低下が危惧される。
【0010】
本発明は、上記した課題を踏まえ、低加湿状況下でのプロトン伝導率を高め得る新たなホスホン酸ポリマーと、低加湿状況下であっても高いプロトン伝導率を確保し得る燃料電池用電解質膜との提供を図ることをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記した目的の少なくとも一部を達成するために、本発明は、以下の適用例として実施することができる。
【0012】
[適用例1:ホスホン酸ポリマー]
飽和炭化水素を主鎖とし、ホスホン酸基を側鎖の末端に含有するホスホン酸ポリマーであって、
下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含み、前記主鎖の炭素と前記ホスホン酸基とを、アミド結合とフッ化エチレン基とを介して結合させた前記側鎖を有することを要旨とする。
【0013】
適用例1のホスホン酸ポリマーでは、その側鎖を主鎖を構成する飽和炭化水素の炭素から延ばすに当たり、主鎖の炭素にアミド結合(−CON−)とフッ化エチレン基(−CH2CF2−)とを介してホスホン酸基を結合させ、側鎖末端にホスホン酸基を有する。
【0014】
【化1】
【0015】
この構造式からも判るように、側鎖末端のホスホン酸基は、下記の構造式(3)に示すように、その隣のフッ化エチレン基の電子陰性度の影響を受ける。この場合、構造式におけるδ−、δ+は電子陰性度による電荷分布を示している。
【0016】
【化3】
【0017】
フッ化エチレン基は、上記の構造式(3)のとおり、CF2構造に起因した電子陰性度により、ホスホン酸基におけるリン原子Pの電子を引き寄せリン原子Pをプラスに偏らせる。リン原子Pに結合した酸素原子Oは、ホスホン酸基から水素原子H(プロトン)が解離したホスホン酸イオンにあってはマイナス電荷を帯びることから、プラスに偏ったリン原子Pの影響を受けて電荷が弱まり、その状態で安定化する。こうなると、プロトンの解離が容易となり、ホスホン酸基の酸強度が高まる。つまり、フッ化エチレン基にホスホン酸基を結合させた上記の適用例1のホスホン酸ポリマーでは、ホスホン酸基を芳香環の炭素に直接または酸素原子、硫黄原子等を介して結合した分子鎖構造は元より、ホスホン酸基をアルキル基を介して結合した分子鎖構造のものに比べ、ホスホン酸基からのプロトンの解離が起き易くなって酸強度が高まる。そして、側鎖末端のホスホン酸基の呈する酸強度は、上記した数式1におけるプロトン拡散係数DHと密接に関係し、側鎖末端のホスホン酸基の高い酸強度によりプロトンの解離、即ちプロトン伝導が確保され、プロトン拡散係数DHは大きくなる。この場合、側鎖末端のホスホン酸基の高い酸強度は、低加湿状況下であっても確保される。
【0018】
しかも、側鎖末端のホスホン酸基は、アミド結合(−CON−)とフッ化エチレン基(−CH2CF2−)とを介在させて主鎖から離れると共に、側鎖をなす原子同士の結合はいずれもシングルボンドである。よって、側鎖末端のホスホン酸基の動き易さは、上記した側鎖構造に基づいて高まる。そして、側鎖末端のホスホン酸基の動き易さは、上記した数式1におけるプロトン拡散係数DHと密接に関係し、側鎖末端のホスホン酸基が動き易くなってホスホン酸基同士の隔たりが狭くなればなるほど、ホスホン酸基同士でのプロトン伝導が確保され、プロトン拡散係数DHは大きくなる。この場合、側鎖末端のホスホン酸基の動き易さは、低加湿状況下であっても確保される。これらの結果、上記の適用例のホスホン酸ポリマーによれば、高い酸強度と側鎖末端のホスホン酸基の動き易さの確保とにより、低加湿状況下であっても、プロトン拡散係数DHの増大によるプロトン伝導率の向上を図ることができる。また、上記の適用例1のホスホン酸ポリマーは、その主鎖および側鎖に芳香環を有しないので、分子鎖構造ごとの分子量が小さくなることから、芳香環を含むものに比べてEW値が小さくなるので、高いプロトン伝導率を有することになる。
【0019】
加えて、上記の適用例のホスホン酸ポリマーは、主鎖の炭素から延びて末端にホスホン酸基を有する側鎖を、主鎖の炭素にアミド結合(−CON−)している。アミド結合は、その有する分子とその結合の性質により、高い耐酸性を発揮する。よって、上記の適用例のホスホン酸ポリマーにあっては、ホスホン酸基周囲の水が酸性となっても、アミド結合の呈する耐酸性により側鎖を損なわないので、側鎖末端のホスホン酸基によるプロトン拡散を確保できる。こうしたプロトン拡散の確保は、低加湿状況下であっても達成されるので、上記の適用例1のホスホン酸ポリマーによれば、低加湿状況下および/または酸性雰囲気化であっても、プロトン拡散係数DHの増大によるプロトン伝導率の向上を図ることができる。
【0020】
上記した適用例のホスホン酸ポリマーは、次のような態様とすることができる。例えば、適用例のホスホン酸ポリマーを製膜処理に処して、その膜を燃料電池用電解質膜とでき、こうして得られた燃料電池用電解質膜は、上記の適用例のホスホン酸ポリマーが有する低加湿状況下および/または酸性雰囲気化での高いプロトン伝導率に起因して、低加湿状況下および/または酸性雰囲気化における電池性能の向上に寄与できる。この他、上記の燃料電池用電解質膜を用いた燃料電池とでき、得られた燃料電池は、低加湿状況下および/または酸性雰囲気化において高い電池性能を発揮できる。
【0021】
[適用例2:ホスホン酸ポリマーの製造方法]
この適用例2の製造方法は、記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含むホスホン酸ポリマーの製造方法であって、
下記の構造式(2)で表される分子構造を有するアクリルアミド体を単量体として重合し、下記の構造式(3)で表されるアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーを生成する第1工程と(Etはエチル基を示す)、
該生成されたアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーのエチル基を水素原子に置換させる第2工程とを備える
ことを要旨とする。
【0022】
【化2】
【0023】
上記したホスホン酸ポリマーの製造方法によれば、低加湿状況下での高いプロトン伝導率を有する上記の構造式(1)のホスホン酸ポリマーを、製造できる。この場合、上記の構造式(2)で表される分子構造を有するアクリルアミド体については、単量体として準備できるほか、フッ化エチレン基を含有する有機化合物を、フッ化エチレン基に加えてアミド結合を有する有機化合物に変遷させて、アクリルアミド体を生成するようにすることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】合成プロセス1でのべンジルイミン体の精製を実証するためのNMRチャートである。
【図2】合成プロセス2でのべンジルアミン体の生成を実証するためのNMRチャートである。
【図3】合成プロセス3でのアミン体の生成を実証するためのNMRチャートである。
【図4】合成プロセス5でのアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーの生成を実証するためのNMRチャートである。
【図5】合成プロセス6でのホスホン酸ポリマーの生成を実証するためのNMRチャートである。
【図6】実施例の燃料電池10を構成する単セル15を断面視して概略的に示す説明図である。
【図7】実施例フィルム試料と比較例フィルム試料の各試料ごとに求めたプロトン伝導率を湿度に対してプロットしたグラフである。
【図8】側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の分子鎖構造をプロトン伝導率を規定するプロトン拡散係数DHに関連付けて模式的に示す説明図である。
【図9】実施例フィルム試料と比較例フィルム試料におけるホスホン酸基PO(OH)2の挙動を結合の様子と関連付けて模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態について説明する。まず、実施例のホスホン酸ポリマー製造方法について説明する。最終生成物であるホスホン酸ポリマーは、下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含む。
【0026】
【化1】
【0027】
構造式(1)のホスホン酸ポリマーの製造に当たり、フッ化エチレン基と、ホスホン酸基への変遷が可能なリン含有基とを結合させた分子構造を有する原材料、例えば、下記の構造式(4)で表される分子構造を有する化合物(HO)2CH−CF2PO(OEt)2を原材料として準備する(Etはエチル基を示す)。この原材料準備に当たっては、上記化合物の掲載文献(Tetrahedron, Vol53, No30, pp10623-10632, 1997)に従って合成製造した。
【0028】
【化4】
【0029】
次に、上記の構造式(4)の原材料((HO)2CH−CF2PO(OEt)2)を下記の合成プロセス1に処する。この合成プロセス1は、下記の構造式(5)で表される分子構造を有するベンジルイミン体を構造式(4)の原材料((HO)2CH−CF2PO(OEt)2)から生成する。
【0030】
【化5】
【0031】
合成プロセス1を進行させるに当たり、50molの反応容器に、構造式(4)の原材料((HO)2CH−CF2PO(OEt)2:1.29g/5.55mmol)と、べンジルアミン(1.18g/11.01mmol)と、無水トルエン(16.5ml)を仕込み、加熱環流した。このときの、反応容器のバス温は、135℃に設定した。この加熱環流の間に合成プロセス1が進行すれば、水が反応生成物として生じる。そして、加熱環流を約1時間継続したところ、水の生成・流出を確認したので、反応を終了させた。反応容器内の反応液を減圧濃縮し、得られた残漬をシリカゲルカラムク口マト(シリカゲル20g、トルエン/酢酸工チル=2/1)により精製し、構造式(5)のべンジルイミン体(1.12g)を得た。この場合、得られた精製物が構造式(5)のべンジルイミン体であることは、精製物をNMR(核磁気共鳴)分析に処して、その分子鎖構造を解析した。図1は合成プロセス1でのべンジルイミン体の精製を実証するためのNMRチャートである。この図1に示すように、合成プロセス1により、構造式(5)のべンジルイミン体が精製されたことが確認できた。なお、合成プロセス1での収率は、67%であった。
【0032】
次に、合成プロセス1で得られたべンジルイミン体(構造式(5))を下記の合成プロセス2に処する。この合成プロセス2は、下記の構造式(6)で表される分子構造を有するべンジルアミン体を構造式(5)のべンジルイミン体から生成する。
【0033】
【化6】
【0034】
合成プロセス2を進行させるに当たっては、合成プロセス1で得られたべンジルイミン体(1.12g/3.67mmol)を20mlのメタノールに溶解した後、その溶液を反応容器に仕込む。そして、この反応容器をアルゴン雰囲気下に置いた上で、氷水で冷却し、NaBH4(833mg/22.02mmol)を添加した。この状態で12時間ほど撹拝した後、反応容器に飽和NH4NaCl水溶液を添加して濃縮し、メタノールを留去した。残漬の懸濁液は酢酸エチルで3回抽出し、有機層を合わせてブラインで洗浄した。その後、無水MgSO4で脱水した後にろ過し、ろ液の減圧濃縮と有機層の減圧濃縮を経て、構造式(6)のべンジルアミン体(1.02g)を得た。この場合、得られた濃縮物が構造式(6)のべンジルアミン体であることは、濃縮物をNMR分析に処して、その分子鎖構造を解析した。図2は合成プロセス2でのべンジルアミン体の生成を実証するためのNMRチャートである。この図2に示すように、合成プロセス2により、構造式(6)のべンジルアミン体が生成されたことが確認できた。なお、合成プロセス2での収率は、90%であった。
【0035】
次に、合成プロセス2で得られたべンジルアミン体(構造式(6))を下記の合成プロセス3に処する。この合成プロセス3は、下記の構造式(7)で表される分子構造を有するアミン体を構造式(6)のべンジルアミン体から生成する。
【0036】
【化7】
【0037】
合成プロセス3を進行させるに当たっては、合成プロセス2で得られたペンジルアミン体(850mg/2.77mmol)を10mlのエタノールに溶解した後、その溶液を反応容器に仕込む。そして、この反応容器に、水素化還元反応の触媒として85mgの10%Pd/C(パラジウム炭素)を添加して、その反応容器を水素の雰囲気下に置き、室温で12時間ほど攪拌した。12時間ほど攪拌した後、容器内の溶液をTLC(薄層クロマトグラフィー)分析に処したところ、ペンジルアミン体の消失を確認した。よって、攪拌後の反応容器を水素に代えてアルゴン雰囲気下に置換し、アルゴン置換が完了すると予想される時間の経過後、例えば1時間の経過後に、反応液をセライトろ過し、エタノールで洗浄した。ろ液を減圧濃縮し、構造式(7)のアミン体(540mg)を得た。この場合、得られた濃縮物が構造式(7)のアミン体であることは、濃縮物をNMR分析に処して、その分子鎖構造を解析した。図3は合成プロセス3でのアミン体の生成を実証するためのNMRチャートである。この図3に示すように、合成プロセス3により、構造式(7)のアミン体が生成されたことが確認できた。なお、合成プロセス3での収率は、89%であった。
【0038】
次に、合成プロセス3で得られたアミン体(構造式(7))を下記の合成プロセス4に処する。この合成プロセス4は、下記の構造式(8)で表される分子構造を有するアクリルアミド体を構造式(7)のアミン体から生成する。
【0039】
【化8】
【0040】
合成プロセス4を進行させるに当たっては、20mlの反応容器に、合成プロセス3で得られた低純度のアミン体(1.75g/8.06mmol)と、無水THF(17.5ml)、およびトリエチルアミン(1.22g/12.1mmol)を仕込み、反応容器を氷水で冷却しつつ、アクリル酸クロライド(875mg/9.67mmol)を滴下した。その後、室温で5時間攪拌した。この攪拌後の溶液をTLC分析に処したところ、アミン体の消失を確認したので、50mlの水に反応液を注入し、酢酸エチルで3回抽出した。合わせた有機層を水で洗浄した後、Na2SO4で脱水してろ過し、そのろ液を減圧濃縮した。得られた残渣をシリカゲルカラムクロマト(シリカゲル35g、酢酸工チル)により精製し、構造式(8)のアクリルアミド体(640mg)を得た。この場合、得られた精製物が構造式(8)のアクリルアミド体であることは、合成プロセス4の初期物質が構造式(7)のアミン体であって、これに無水THFとトリエチルアミンを加えたこと、およびTLC分析によるアミン体消失確認から容易に推考される。なお、合成プロセス4での収率は、29.3%であり、これは合成プロセス4の初期物質であるアミン体の純度が低かったためと推考される。
【0041】
次に、合成プロセス4で得られたアクリルアミド体(構造式(8))を下記の合成プロセス5に処する。この合成プロセス5は、構造式(8)のアクリルアミド体を単量体として重合し、下記の構造式(9)で表される分子鎖構造を有するアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーを生成する。
【0042】
【化9】
【0043】
合成プロセス5を進行させるに当たっては、凍結アンプル管に、合成プロセス4で得られたアクリルアミド体(180mg)と、トルエン(脱水/0.83ml)と、重合開始剤としてのアゾビスイソブチロニトリル(AIBN/3.6mg)を仕込む。そして、液体窒素での溶液凍結と真空引きによる脱気および窒素での開放の一連の凍結脱気作業を3回繰り返し、この際の各作業は3方コックでの切替にて行った。次いで、凍結アンプル管を窒素で充填させた状態でバーナーを用いて封管し、この封管状態のままで、65℃のバスで24時間加熱攪拌した。その後、室温まで冷却した後、アンプルを切り、減圧濃縮した。得られた残渣を1.4mlのTHFに溶解し、その溶解液に80mlのヘキサンを滴下し、再沈殿させた。上澄みをデカンテーションし、沈殿物をヘキサンで洗浄した後、45℃で減圧乾燥して、150mgの白色固体のアクリルアミドホスホン酸エステルポリマー(構造式(9))を得た。この固体をGPC分析(ゲル浸透クロマトグラフィー)に処して分析したところ、得られたポリマーの分子量は、Mn:20,976−、Mw:47,160−であった。この場合、得られたポリマーが構造式(9)のアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーであることは、得られたポリマーをNMR分析に処して、その分子鎖構造を解析した。図4は合成プロセス5でのアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーの生成を実証するためのNMRチャートである。この図4に示すように、合成プロセス5により、構造式(9)のアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーが生成されたことが確認できた。
【0044】
次に、合成プロセス5で得られたアクリルアミドホスホン酸エステルポリマー(構造式(9))を下記の合成プロセス6に処する。この合成プロセス6は、構造式(9)のアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーのエチル基を水素原子に置換し、下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を有するホスホン酸ポリマーを生成する。
【0045】
【化10】
【0046】
合成プロセス5を進行させるに当たっては、まず、10mlのナスフラスコをアルゴン環境下に置き、このナスフラスコに、合成プロセス5で得られた構造式(9)のアクリルアミドホスホン酸エステルポリマー(150mg)と、クロロホルム(脱水/3ml)とを仕込み、氷水にて冷却する。その後、臭化トリメチルシリル(TMSBr)を0.75ml滴下し室温まで昇温させ、室温環境下で3日間に亘り反応させた。次いで、ナスフラスコ内の溶液を減圧濃縮して、濃縮溶液に水(5ml)を添加し、10分間、攪拌した。攪拌後の溶液を、再び減圧濃縮した上で、再度、水(5ml)を添加し、10分間攪拌した後、減圧濃縮した。次いで、残渣にメタノール(5ml)を加えて溶解し、減圧濃縮し、さらにメタノール(5ml)を加えて溶解し、減圧濃縮し、100mgのポリマー残渣を得た。この場合、得られたポリマーが構造式(1)のホスホン酸ポリマーであることは、得られたポリマーをNMR分析に処して、その分子鎖構造を解析した。図5は合成プロセス6でのホスホン酸ポリマーの生成を実証するためのNMRチャートである。この図5に示すように、合成プロセス6により、構造式(1)のホスホン酸ポリマーが生成されたことが確認でき、当該ポリマーは、飽和炭化水素を主鎖とし、ホスホン酸基を側鎖の末端に含有するホスホン酸ポリマーであって、主鎖の炭素と側鎖末端のホスホン酸基とを、アミド結合とフッ化エチレン基とを介して結合させている。
【0047】
次に、実施例としての燃料電池用電解質膜について説明する。この燃料電池用電解質膜は、上記の合成プロセス1〜6を経て得られた構造式(1)のホスホン酸ポリマー−(H2C−CH)n−CONHCH2CF2PO(OH)2を既存の製膜処理に処して製造される。この製膜処理は、例えば、得られた構造式(1)のホスホン酸ポリマーの固形分を、THFに溶解させ、その溶解液を膜厚が50μmとなるようにテフロン膜(テフロンは登録商標、以下同じ)の膜面に塗布して50℃の乾燥環境下で1時間乾燥させる。乾燥後に、テフロン膜からポリマー膜を剥離することで、50μmの膜厚の燃料電池用電解質膜が得られる。つまり、上記した構造式(1)のホスホン酸ポリマー製の燃料電池用電解質膜(以下、実施例燃料電池用電解質膜)が得られることになる。
【0048】
この実施例燃料電池用電解質膜は、燃料電池に用いられる。図6は実施例の燃料電池10を構成する単セル15を断面視して概略的に示す説明図である。本実施例の燃料電池10は、図6に示す構成の単セル15を複数積層したスタック構造の固体高分子型燃料電池である。
【0049】
単セル15は、電解質膜20の両側にアノード21とカソード22の両電極を備える。このアノード21とカソード22は、電解質膜20の両膜面に形成され電解質膜20と共に膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly/MEA)を形成する。この他、単セル15は、電極形成済みの電解質膜20を両側から挟持するアノード側ガス拡散層23とカソード側ガス拡散層24とガスセパレーター25,26を備え、両ガス拡散層は、対応する電極に接合されている。
【0050】
電解質膜20は、構造式(1)のホスホン酸ポリマー−(H2C−CF)n−COOCH2CF2PO(OH)2を既存の製膜処理に処して生成した実施例燃料電池用電解質膜であり、後述するように良好なプロトン伝導率を有する。アノード21およびカソード22は、触媒(例えば白金、あるいは白金合金)を備えており、これらの触媒を、導電性を有する担体(例えば、カーボン粒子)上に担持させることによって形成されている。アノード側ガス拡散層23とカソード側ガス拡散層24は、ガス透過性を有する導電性部材、例えば、カーボンペーパやカーボンクロスによって形成される。
【0051】
ガスセパレーター25は、アノード側ガス拡散層23の側に、水素を含有する燃料ガスを流すセル内燃料ガス流路47を備える。ガスセパレーター26は、カソード側ガス拡散層24の側に、酸素を含有する酸化ガス(本実施例では、空気)を流すセル内酸化ガス流路48を備える。なお、図には記載していないが、隣り合う単セル15間には、例えば、冷媒が流れるセル間冷媒流路を形成することができる。これらガスセパレーター25,26は、ガス不透過な導電性部材、例えば、カーボンを圧縮してガス不透過とした緻密質カーボンや、焼成カーボン、あるいはステンレス鋼などの金属材料により形成されている。
【0052】
図6では図示していないが、ガスセパレーター25,26の外周近傍の所定の位置には、複数の孔部が形成されている。これらの複数の孔部は、ガスセパレーター25,26が他の部材と共に積層されて燃料電池10が組み立てられたときに互いに重なって、燃料電池10内を積層方向に貫通する流路を形成する。すなわち、上記したセル内燃料ガス流路47やセル内酸化ガス流路48、あるいはセル間冷媒流路に対して、燃料ガスや酸化ガス、あるいは冷媒を給排するためのマニホールドを形成する。
【0053】
本実施例の燃料電池10は、ガスセパレーター25のセル内燃料ガス流路47からの水素ガスを、アノード側ガス拡散層23で拡散ししつつアノード21に供給する。空気については、ガスセパレーター26のセル内酸化ガス流路48からの空気を、カソード側ガス拡散層24で拡散ししつつカソード22に供給する。こうしたガス供給を受けて、燃料電池10は、発電し、その発電電力を外部の負荷に与える。
【0054】
次に、上記した燃料電池10に用いられる電解質膜20、即ち実施例燃料電池用電解質膜の性能評価について説明する。評価項目は、80℃雰囲気下でのプロトン伝導率を採用し、湿度を変えつつ次のように測定した。
【0055】
プロトン伝導率の測定には、以下のフィルム試料を用いた。実施例フィルム試料は、上記の合成プロセス1〜6を経て得られた構造式(1)のホスホン酸ポリマーから上記したように製膜した膜厚50μmのフィルム試料である。対比する比較例フィルム試料は、ポリビニルホスホン酸(PVPA)から製膜したフィルム試料であり、その分子鎖構造は下記の構造式(6)で表される。この比較例フィルム試料は、次のように得た。市販のPVPA(Aldrich社製)を購入し、水:エタノールの重量比が1:1に調整された溶解液に、PVPAを30wt%の割合となるよう配合し、PVPAを溶解させる。次いで、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)フィルムのフィルム面に、アプリケーターにて乾燥後の膜厚が50μmとなるよう、PVPA溶解液からPVPAフィルムを作製し、これを比較例フィルム試料とする。上記した実施例フィルム試料と比較例フィルム試料のEW値は、実施例フィルム試料が215と比較的高い値であり、比較例フィルム試料は、下記の構造式(11)に示すとおりの分子鎖構造に起因して分子量が小さいため、実施例フィルム試料のほぼ半分の108であった。
【0056】
【化11】
【0057】
比較例フィルム試料は、上記の構造式(11)に示すとおり、ホスホン酸基PO(OH)2を、主鎖を構成する飽和炭化水素の炭素に直接結合させている。これに対し、実施例フィルム試料は、上記の構造式(1)に示すとおり、ホスホン酸基PO(OH)2を、主鎖を構成する飽和炭化水素の炭素にアミド結合(−C(=O)−N−)とフッ化エチレン基(−CH2CF2−)とを介して結合させている。
【0058】
プロトン伝導率は、次のように測定した。まず、上記の実施例フィルム試料と比較例フィルム試料をそれぞれ10mmx30mmの短冊状に切り取り、両端を白金板(5mmx50mm)で挟み込み、テフロン(登録商標)製の測定用プローブで扶持して積層体を作製した。次いで、80℃の雰囲気中にて、白金板間の抵抗をSOLARTRON社製、1260FREQUENCY RESPONSE ANALYSERにより測定した。測定に際しては、積層体の湿度を種々変更した。プロトン伝導率は、次式から求めた。
【0059】
プロトン伝導率[S/cm]=白金板間隔[cm]/(フィルム試料膜幅[cm]×フィルム試料膜厚[cm]×抵抗[Ω])
【0060】
図7は実施例フィルム試料と比較例フィルム試料の各試料ごとに求めたプロトン伝導率を湿度に対してプロットしたグラフである。図示するように、実施例フィルム試料は、低湿度環境下から高湿度環境下の間に亘って、比較例フィルム試料より高いプロトン伝導率を発揮した。このことから、実施例フィルム試料、即ち、構造式(1)のホスホン酸ポリマーを製膜して得られる実施例燃料電池用電解質膜は、低湿度から高湿度の環境下において高いプロトン伝導率を備えたものとなると共に、低湿度環境下(低加湿状況下)でもプロトン伝導率が高い。つまり、実施例燃料電池用電解質膜を用いた燃料電池では、電解質膜の高いプロトン伝導率により、高湿度環境下のみならず低加湿環境下であっても高い発電能力を発揮できる。
【0061】
実施例フィルム試料は、既述したように比較例フィルム試料よりEW値は大きいものの、図7に示すように、低湿度環境下(低加湿状況下)で比較例フィルム試料より高いプロトン伝導率を発揮する。この現象は、分子鎖構造と関連付けて次のように説明できる。
【0062】
実施例フィルム試料では、既述した構造式(1)のホスホン酸ポリマーの製膜試料であることから、側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2をフッ化エチレン基(−CH2CF2−)に結合させている。フッ化エチレン基(−CH2CF2−)は、下記の構造式(3)のとおり、CF2構造に起因した電子陰性度の電子陰性度を備え、ホスホン酸基におけるリン原子Pの側をその電子陰性度により+側の電荷分布(δ+)とする。
【0063】
【化3】
【0064】
このため、側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2は、当該ホスホン酸基のリン原子Pの側が+側に電荷分布(δ+)したフッ化エチレン基(−CH2CF2−)の電子陰性度の影響を受け、ホスホン酸基のリン原子Pは、その電子が引き寄せられてプラスに偏ることになる。リン原子Pに結合した酸素原子Oは、ホスホン酸基から水素原子H(プロトン)が解離したホスホン酸イオンにあってはマイナス電荷を帯びることから、プラスに偏ったリン原子Pの影響を受けて電荷が弱まり、その状態で安定化する。こうなると、プロトンの解離が容易となり、ホスホン酸基の酸強度が高まる。つまり、フッ化エチレン基にホスホン酸基を結合させた既述した構造式(1)のホスホン酸ポリマーの製膜試料である実施例フィルム試料(実施例燃料電池用電解質膜)は、ホスホン酸基を飽和炭化水素の主鎖における炭素に直接結合したポリマーからなる比較例フィルム試料に比べ、ホスホン酸基からのプロトンの解離が起き易くなって高い酸強度を備えることになる。そして、側鎖末端のホスホン酸基の呈する酸強度は、数式1で示すNernst Einsteinの式におけるプロトン拡散係数DHと密接に関係し、側鎖末端のホスホン酸基の高い酸強度によりプロトンの解離、即ちプロトン伝導が確保され、プロトン拡散係数DHは大きくなる。この場合、側鎖末端のホスホン酸基の高い酸強度は、分子鎖構造に基づくものであることから、高湿度環境下のみならず低湿度環境下であっても確保される。
【0065】
また、上記した酸強度に加え、既述した構造式(1)のホスホン酸ポリマーの製膜試料である実施例フィルム試料(実施例燃料電池用電解質膜)は、ポリマー側鎖の構造から、以下に説明するようなプロトン伝導を確保する。図8は側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の分子鎖構造をプロトン伝導率を規定するプロトン拡散係数DHに関連付けて模式的に示す説明図、図9は実施例フィルム試料と比較例フィルム試料におけるホスホン酸基PO(OH)2の挙動を結合の様子と関連付けて模式的に示す説明図である。
【0066】
図8では、ホスホン酸基PO(OH)2が分子鎖末端に位置する様子が模式的に示され、プロトン伝導率を規定するプロトン拡散係数DHが側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の動き易さに影響を与える様子を表している。側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の動き易さには、このホスホン酸基PO(OH)2の結合の様子が影響し、図9では、実施例フィルム試料と比較例フィルム試料におけるホスホン酸基PO(OH)2の動き易さに影響を及ぼす結合箇所が太線で示されている。この図9に示すように、実施例フィルム試料では、側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2は、主鎖を構成する飽和炭化水素の炭素にアミド結合(−C(=O)−N−)とフッ化エチレン基(−CH2CF2−)とを介して結合している。よって、アミド結合(−C(=O)−N−)とフッ化エチレン基(−CH2CF2−)と繋がる結合箇所が長くなり、その結合もシングルボンドであることから、ホスホン酸基PO(OH)2は動き易い。このため、実施例フィルム試料(実施例燃料電池用電解質膜)では、側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2が動き易くなってホスホン酸基同士の隔たりが狭くなる機会が高まるので、隣り合うホスホン酸基PO(OH)2の間でのプロトン伝導が確保され、数式1で示すNernst Einsteinの式におけるプロトン拡散係数DHは大きくなる。その一方、比較例フィルム試料では、ホスホン酸基PO(OH)2の動き易さに影響を及ぼす結合箇所は、ホスホン酸基のリン原子Pと主鎖の炭素とのシングルボンドの結合ではあるものの、実施例フィルム試料に比べて短くなる。よって、比較例フィルム試料では、側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2は、実施例フィルム試料に比して動き難くなることから、隣り合うホスホン酸基PO(OH)2の間でのプロトン伝導を確保しがたくなり、数式1におけるプロトン拡散係数DHの増大は望めない。次に、上記した酸強度とホスホン酸基の動き易さについての知見を図7のプロトン伝導率推移に当て嵌めて説明する。
【0067】
ホスホン酸基PO(OH)2は親水性を呈するので、適度な湿潤状況下であれば、ホスホン酸基PO(OH)2の周囲には水が集まるため、隣り合うホスホン酸基が水で覆われることになる。よって、ホスホン酸基周囲に集まった水を介してプロトン伝導が確保される。適度な湿潤状況下でホスホン酸基PO(OH)2の周囲に水が集まることは、実施例フィルム試料と比較例フィルム試料の両者で起きるため、60%を超える高い湿度環境では、この両フィルム試料とも、そのプロトン伝導率は、図7に示すとおり、高くなる。この場合、実施例フィルム試料は、比較例フィルム試料より既述したようにEW値が大きいものの、比較例フィルム試料よりプロトン伝導率は高い。こうした現象は、次のように推考できる。実施例フィルム試料では、既述したようにフッ化エチレン基(−CH2CF2−)の電子陰性度の影響を受けて側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の酸強度が高まる。これに対し、比較例フィルム試料では、ホスホン酸基PO(OH)2は主鎖の炭素に直接結合していることから、実施例フィルム試料のような電子陰性度の影響を受けた酸強度の高まりは起きない。こうした酸強度の相違により、実施例フィルム試料は、高いEW値であっても、高湿度環境下において、比較例フィルム試料より高いプロトン伝導率を発揮できると推考される。
【0068】
その一方、図7に示すように、低湿度となるほど、実施例フィルム試料のプロトン伝導率は、比較例フィルム試料より高いまま、両者のプロトン伝導率の差は広がる。低湿度環境では、ホスホン酸基周囲に集まる水自体が少なくなるので、ホスホン酸基周囲に集まった水を介してのプロトン伝導は低下する。このことは、実施例フィルム試料と比較例フィルム試料の両フィルム試料で、プロトン伝導率が低下することに符号する。ところが、実施例フィルム試料と比較例フィルム試料とでは、側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の酸強度と側鎖末端のホスホン酸基PO(OH)2の動き易さとにおいて、既述したように大きく相違する。そして、実施例フィルム試料では、低湿度環境下にあっても高い酸強度を発揮できることに加え、ホスホン酸基PO(OH)2の動き易さを、シングルボンドのアミド結合(−CON−)とフッ化エチレン基(−CH2CF2−)の結合により低湿度環境であっても確保して、ホスホン酸基同士の隔たりが狭くなる機会を高める。これにより、実施例フィルム試料では、高い酸強度と相まって、隣り合うホスホン酸基PO(OH)2の間でのプロトン伝導を確保できることから、数式1におけるプロトン拡散係数DHが大きくなり、プロトン伝導率は高まる。その一方、比較例フィルム試料では、図9で示した結合の様子により、電子陰性度の影響を受けた酸強度の高まりは起き難い上に、ホスホン酸基PO(OH)2は動き難いことから、隣り合うホスホン酸基PO(OH)2の間でのプロトン伝導を確保できない。よって、比較例フィルム試料では、実施例フィルム試料のほぼ半分の程の小さなEW値であるものの、実施例フィルム試料より小さいプロトン伝導率しか得ることができないと推考される。
【0069】
また、実施例フィルム試料は、比較例フィルム試料に比べればそのEW値が大きいものの、フィルム試料材料たるホスホン酸ポリマーの主鎖および側鎖に芳香環を有しない。よって、実施例フィルム試料は、芳香環を含むものに比べて分子量が小さくなってそのEW値を小さくできるので、高いプロトン伝導率を有することになる。
【0070】
上記した実施例フィルム試料は、図6に示した燃料電池10の単セル15における電解質膜20に他ならない。よって、本実施例のホスホン酸ポリマー、詳しくは、構造式(1)のホスホン酸ポリマー製の燃料電池用電解質膜によれば、適宜な加湿状況(高加湿状況)では、高いプロトン伝導率により高い電池性能を発揮できる上、低加湿状況下であっても燃料電池10の電池性能の低下を抑制できる。また、構造式(1)のホスホン酸ポリマーにより、低加湿状況下での電池性能の向上が可能な電解質膜20、延いては単セル15および燃料電池10を容易に製造できる。
【0071】
これに加え、実施例フィルム試料では、その材料たるホスホン酸ポリマー(構造式(1))において、主鎖の炭素から延びて末端にホスホン酸基を有する側鎖を、主鎖の炭素にアミド結合(−CON−)している。アミド結合は、その有する分子とその結合の性質により、高い耐酸性を発揮する。よって、構造式(1)のホスホン酸ポリマーから製膜した実施例フィルム試料(実施例燃料電池用電解質膜)にあっては、ホスホン酸基周囲の水が酸性となる酸性雰囲気下においても、アミド結合の呈する耐酸性により側鎖を損なわないので、側鎖末端のホスホン酸基によるプロトン拡散を確保できる。こうしたプロトン拡散の確保は、低加湿状況下であっても達成されるので、構造式(1)のホスホン酸ポリマーから製膜した実施例フィルム試料(実施例燃料電池用電解質膜)によれば、低加湿状況下および/または酸性雰囲気化であっても、プロトン拡散係数DHの増大によるプロトン伝導率の向上を図ることができる。
【0072】
以上、本発明の実施の形態を実施例にて説明したが、本発明は上記した実施例や変形例の実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様にて実施することが可能である。例えば、上記した合成プロセス1〜6において、各合成プロセスにて用いた薬剤、具体的には既述した水素化還元反応の触媒(Pd/C)や重合開始剤(AIBN)等をこれに代わる薬剤に代えることができるほか、薬剤使用量、プロセス温度等についても、適宜調整できる。
【0073】
また、上記の実施例では、電解質膜製造用のポリマーとして構造式(1)のホスホン酸ポリマーを得るに当たり、その単量体である構造式(8)のアクリルアミド体を合成プロセス1〜4を経て生成したが、市販品等のアクリルアミド体を単量体として準備した上で、合成プロセス5〜6に処すこともできる。この他、構造式(1)のホスホン酸ポリマーの製造に当たり、フッ化エチレン基とホスホン酸基への変遷が可能なリン含有基とを結合させた分子構造を有する原材料として、構造式(4)の(HO)2CH−CF2PO(OEt)2を準備したが、フッ化エチレン基とホスホン酸基への変遷が可能な他のリン含有化合物を原材料とすることもできる。
【0074】
また、上記の実施例では、構造式(4)の(HO)2CH−CF2PO(OEt)2から単量体である構造式(8)のアクリルアミド体を生成するに当たり、合成プロセス1〜4を進行させたが、他の合成プロセスを採ることもできる。
【符号の説明】
【0075】
10…燃料電池
15…単セル
20…電解質膜
21…アノード
22…カソード
23…アノード側ガス拡散層
24…カソード側ガス拡散層
25…ガスセパレーター
26…ガスセパレーター
47…セル内燃料ガス流路
48…セル内酸化ガス流路
【特許請求の範囲】
【請求項1】
飽和炭化水素を主鎖とし、ホスホン酸基を側鎖の末端に含有するホスホン酸ポリマーであって、
下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含み、前記主鎖の炭素と前記ホスホン酸基とを、アミド結合とフッ化エチレン基とを介して結合させた前記側鎖を有するホスホン酸ポリマー。
【化1】
【請求項2】
請求項1に記載のホスホン酸ポリマーを用いた燃料電池用電解質膜。
【請求項3】
請求項2に記載の燃料電池用電解質膜を用いた燃料電池。
【請求項4】
下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含むホスホン酸ポリマーの製造方法であって、
下記の構造式(2)で表される分子構造を有するアクリルアミド体を単量体として重合し、下記の構造式(3)で表されるアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーを生成する第1工程と(Etはエチル基を示す)、
該生成されたアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーのエチル基を水素原子に置換させる第2工程とを備える
ホスホン酸ポリマーの製造方法。
【化2】
【請求項1】
飽和炭化水素を主鎖とし、ホスホン酸基を側鎖の末端に含有するホスホン酸ポリマーであって、
下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含み、前記主鎖の炭素と前記ホスホン酸基とを、アミド結合とフッ化エチレン基とを介して結合させた前記側鎖を有するホスホン酸ポリマー。
【化1】
【請求項2】
請求項1に記載のホスホン酸ポリマーを用いた燃料電池用電解質膜。
【請求項3】
請求項2に記載の燃料電池用電解質膜を用いた燃料電池。
【請求項4】
下記の構造式(1)で表される分子鎖構造を繰り返し単位として含むホスホン酸ポリマーの製造方法であって、
下記の構造式(2)で表される分子構造を有するアクリルアミド体を単量体として重合し、下記の構造式(3)で表されるアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーを生成する第1工程と(Etはエチル基を示す)、
該生成されたアクリルアミドホスホン酸エステルポリマーのエチル基を水素原子に置換させる第2工程とを備える
ホスホン酸ポリマーの製造方法。
【化2】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【公開番号】特開2013−95887(P2013−95887A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−241936(P2011−241936)
【出願日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
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