説明

ホタテ貝中腸腺からの金属除去方法および金属除去システム

【課題】ホタテ貝中腸腺からCdに代表される金属を効率よく除去する方法を提供すること。
【解決手段】ホタテ貝中腸腺を有機酸溶液に浸漬して有機酸液中に金属を溶出させるとともに、循環手段を用いて金属が溶出した有機酸溶液をグラフト重合捕集材に接触させて該有機酸溶液から金属を除去し、金属が除去された有機酸溶液をホタテ貝中腸腺の浸漬に再利用する操作を連続的に行なうホタテ貝中腸腺からの金属除去方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホタテ貝の中腸腺から金属、特にカドミウム(以下Cdと略記)を効果的に除去することのできる、ホタテ貝中腸腺からの金属除去方法および金属除去システムに関する。
【背景技術】
【0002】
ホタテ貝の中腸腺には、有毒金属であるCdが無視できない量(中腸腺1kg湿潤重量あたり10〜40mg程度)含まれており、貝柱等の有用部分を取り去った後の残留物である中腸腺の処分方法が水産加工業者にとって重要な問題であった。従来は有効な処分方法が無いため、中腸腺を地中に埋設投棄する等の処分を行っていたが、Cdの流出による環境汚染の恐れもあり根本的な処分方法とはいえなかった。
【0003】
近年、上記の処分方法に代わる新しい処理方法として、「焼却法」、「炭化法」、「発酵法」、「化学法」、「酸浸漬−電解法」、「酸浸漬−イオン交換樹脂法」などが報告されている。
【0004】
「焼却法」は、中腸腺を焼却し、灰として減量化する方法である。また、「炭化法」は、酸素が少ない条件下で加熱し炭素分だけを残すことにより減量化する方法である。しかし、これらの方法はCdを濃縮した灰や炭の処理の問題や大気汚染などの問題がある。
【0005】
「発酵法」は、中腸腺抽出液(栄養源)に土壌微生物群と硫酸塩還元菌とを作用させて、土壌微生物群の分泌する酵素類と硫酸塩還元菌によって発生されるHSとによって、生物体組織からのCd等の金属を硫化金属の形で沈殿除去し、残滓を飼料化しようとするものである。しかし、微生物の増殖が不可欠であり、これには少なくとも72時間(3日間)程度の長い処理時間が必要となり、実用上大きな欠点がある。
【0006】
「化学法」は、中腸腺を破砕後硫化ソーダと高分子系の薬品で固化してからポンプで圧縮し水分を減少させる方式であるが最終的にはCdを含有したまま地中投棄等の処分に頼らざるを得ないため、本質的改善とは言いがたい。
【0007】
「酸浸漬−電解法」(特許文献1参照)および「酸浸漬−イオン交換樹脂法」(特許文献2参照)は、中腸腺を希硫酸に浸漬してCdを溶出させ、溶出液を電解またはイオン交換樹脂でCdを吸着除去させる処理方式であり、この処理を繰り返し行って中腸腺に含まれるCdの濃度を下げることにより、従来廃棄されるしかなかった中腸腺を飼料の原料等の蛋白質源として活用できるようになった上、Cdの流出がかなり抑制できる点で画期的な方式であると考えられる。
【0008】
【特許文献1】特開平8−99001号公報
【特許文献2】特開平9−217131号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、この「酸浸漬−電解」には次の3つの問題点が有る。第1の問題点は、希硫酸による溶出液中のCd濃度が高々5mg/リットルと極めて希薄なため、電解効率が0.01%程度の非常に低いレベルにとどまる点である。第2の問題点は、電解液中に多量の有機分と塩分が含まれるため、電極としてTiPt系のいわゆる不溶性電極を用いた場合においてさえ、電極の消耗が著しく、100日程度の短い周期で電極の交換が必要になる点である。第3の問題点は、電解により除去しているため電力の消費が激しい点である。
【0010】
また、「イオン交換樹脂」は、Cdを完全に吸着させるためには、溶出液を空間速度SV=15(h−1)程度の速度でゆっくりとイオン交換樹脂に接触させる必要がある。そのため一定時間浸漬して金属を溶出させた後、一旦すべての溶出液を一時貯留槽に移送してから、溶液をイオン交換樹脂に接触させて金属を除去しなければならない。つまり、中腸腺からの金属の溶出と、溶出液からの金属除去を別々に行なう必要がある。溶出液中のCd濃度が上昇するにつれCdの溶出が進行しにくくなるため、この方式では中腸腺からの金属除去効率も悪くなるという欠点があった。また、浸漬槽の他に一時貯留槽が必要となるため設備が大型化するとともに、希硫酸溶液の使用量が多くなるという欠点があった。
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、これらの問題点を解決し、ホタテ貝の中腸腺からCdに代表される金属を効率よく除去するための、ホタテ貝中腸腺からの金属除去方法および金属除去システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者らは、先に行った特許出願(特願2003−046623号)において、ホタテ貝中腸腺を、有機酸溶液、好ましくはリンゴ酸溶液に浸漬し、それにより溶出した金属(主にCd)を含む該有機酸溶液をキレート型金属捕集材に接触させ、該有機酸溶液中から金属を迅速かつ効果的に除去することができるという知見・発明を明らかにした。上記課題を解決するために本願発明者が鋭意検討した結果、上記特許出願に示した発明に基づいて、ホタテ貝の中腸腺からの金属除去方法を改善することにより、課題を解決し得ることを見出し、本発明に至った。すなわち、本願において特許請求される発明は以下のとおりである。
【0013】
(1) ホタテ貝中腸腺を有機酸溶液に浸漬して有機酸液中に該中腸腺中の金属を溶出させ、循環手段を用いて金属が溶出した有機酸溶液をグラフト重合捕集材に接触させて該有機酸溶液から金属を除去し、金属が除去された有機酸溶液をホタテ貝中腸腺の浸漬に再利用する操作を連続的に行なうことを特徴とする、ホタテ貝中腸腺からの金属除去方法。
(2) 前記有機酸がリンゴ酸であることを特徴とする(1)に記載のホタテ貝中腸腺からの金属除去方法。
(3) 前記グラフト重合捕集材がイミノ二酢酸型グラフト重合捕集材であることを特徴とする(1)または(2)に記載のホタテ貝中腸腺からの金属除去方法。
【0014】
(4) ホタテ貝中腸腺とリンゴ酸溶液の重量比率が1:1から1:6の範囲であることを特徴とする(2)または(3)に記載のホタテ貝中腸腺からの金属除去方法。
【0015】
(5) ホタテ貝中腸腺を有機酸溶液に浸漬して有機酸液中に該中腸腺中の金属を溶出させるための浸漬槽と、該浸漬槽に取着された、金属が溶出した有機酸溶液を除去処理するためのグラフト重合捕集材を備えてなる金属除去処理部と、該有機酸溶液を該金属除去処理部に接触させ、さらに、金属が除去された後の有機酸溶液を該浸漬槽に送出するための循環手段と、からなることを特徴とする、ホタテ貝中腸腺からの金属除去システム。
【発明の効果】
【0016】
本発明の本発明のホタテ貝中腸腺からの金属の除去方法および金属除去システムによれば、ホタテ貝中腸腺を有機酸溶液に浸漬して、溶出させたCdに代表される金属をグラフト重合捕集材に接触させることによりほぼ完全に除去でき、循環手段により、常に有機酸溶液をCd等金属濃度の低いものに取り替えることができるため、溶出効率が良く、たとえばホタテ貝中腸腺中のCd濃度を肥料取締法(5mg/kg以下)、飼料安全法(2.5mg/kg以下)で規定する基準以下に除去することができる。
【0017】
したがって、Cd等金属を除去したホタテ貝中腸腺を蛋白質源として再利用することができる。さらに溶液を繰返し使えるため、廃液を最小限に抑えることができる。また、金属除去の方式もグラフト重合捕集材に溶出液を接触させるだけの簡単な方式であるため、メンテナンスを容易にすることができる。また、電解法よりも電力の消費も少なくすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態を説明する。なお、除去処理対象金属を主としてCdとして説明する。
まず、中腸腺に含まれるCdを溶出することが必要である。その目的のためには酸溶液中に中腸腺を投入し、酸溶液中にCdを溶出させれば良いことが知られている。ここでは、本願出願人による特願2003−046623の知見から有機酸溶液を使用する。有機酸溶液を満たした槽に中腸腺を投入し、一定時間攪拌することによりCdの溶出が進行する。ただし、有機酸溶液中のCd濃度が上昇するにつれCdの溶出が進行しにくくなるため、適時、溶出用の有機酸溶液をCd濃度の低いものに取り替えることが溶出効率の点から求められる。
【0019】
この観点から、本発明では、Cdが溶出してCd濃度が上昇した有機酸溶液を浸漬槽から循環手段を用いて吸引し、カラムに充填されたグラフト重合捕集材に接触させることによりほとんどCdを含まない液にしてから浸漬槽に戻す操作、すなわち該有機酸溶液をホタテ貝中腸腺の浸漬に再利用する操作を連続的に行なう。有機酸溶液をグラフト重合捕集材の充填されたカラムに送給・通過させることにより、常にCdを含まない有機酸溶液を浸漬槽に供給でき、溶出効率を向上させることができる。
【0020】
本発明でいうグラフト重合捕集材とは、基材ポリマー(例:ポリエチレン不織布)に放射線グラフト重合法で結合されたポリマー鎖(例:ポリアクリロニトリル鎖、ポリアクリロニトリルーメタクリル鎖)の部分に金属吸着機能を持った官能基(キレート型官能基)を導入してなる金属吸着材である。グラフト重合捕集材は水性媒体中のカドミウム等の金属を迅速かつ効果的に吸着し、しかもその吸着金属を希酸での洗浄によって容易に脱離、解放できる。
【0021】
また、イミノ二酢酸型グラフト重合捕集材は、基材ポリマーのポリエチレン不織布にグリシジルメタクリレートを放射線グラフト重合法で結合させ、形成されたポリマー鎖中のグリシジル基にイミノ二酢酸ナトリウムを反応させてイミノ二酢酸基を導入して作製したグラフト重合捕集材である(例:特開平9−253646参照)。
【0022】
図1は、以上の点からなされた本発明のホタテ貝中腸腺からの金属除去方法および金属除去システムの実施形態例を示す説明図である。
図示するように、本発明の方法(システム)では、有機酸溶液13が貯留された浸漬槽12に中腸腺11を供給し、中腸腺11に含まれる金属を有機酸溶液13に溶出させる。一方、金属が溶出した有機酸溶液13を循環手段15によりグラフト重合捕集材16を充填したカラム14に移送し、有機酸溶液13をグラフト重合捕集材16に接触させ、金属が除去された有機酸溶液13を浸漬槽12に戻す操作を行うことができる。そしてかかる操作は、中腸腺中のCdがすっかり溶出できると見込まれる時間にわたって連続的に行う、すなわち連続式にて行うことができる。
【実施例】
【0023】
次に、実施例をあげて本発明を具体的に説明する。
<実施例1>
0.1モル/リットルのリンゴ酸溶液100ミリリットルを満たした浸漬槽とイミノ二酢酸型グラフト重合捕集材を充填した直径15mm長さ53mmのカラムを用意した。浸漬槽にホタテ貝の中腸腺20gを投入し、攪拌しながらCd溶出液を吸引してイミノ二酢酸型グラフト重合捕集材入りのカラムに空間速度SV=300(h−1)の速度で送給してカラムを通過させた後、浸漬槽に戻す操作を連続して行い中腸腺からCdを溶出させた。ここで空間速度とは、(流速)/ (カラムの体積)で表され、1時間あたりカラムいくつ分の溶液が流れたかということを表す。溶出を行なう際は溶液の温度を30℃に制御して行なった。
【0024】
表1に、溶出操作後の中腸腺を分析した結果を、表中(a)に示した。溶出操作前の中腸腺中のCd濃度は60mg/kg(乾燥重量;以下Cd濃度は乾燥重量で表す)であった。24時間の処理でCd濃度は2.0mg/kg、48時間で1.2mg/kgまで減少した。また、溶出操作の過程でカラム通過後の液をサンプリングして分析したところ、Cd濃度は検出限界以下であった。また、浸漬槽における有機酸溶液をサンプリングして分析したところ、24時間の処理におけるCd濃度は0.07mg/kg、48時間の処理におけるCd濃度は0.04mg/kgであった。
【0025】
<実施例2>
実施例1と同じく、0.1モル/リットルのリンゴ酸溶液100ミリリットルを満たした浸漬槽とイミノ二酢酸型グラフト重合捕集材を充填した直径15mm長さ53mmのカラムを用意した。浸漬槽にホタテ貝の中腸腺20gを投入し、攪拌しながらCd溶出液を吸引してイミノ二酢酸型グラフト重合捕集材入りのカラムに実施例1の2倍の空間速度SV=600(h−1)の速度で送給してカラムを通過させた後、浸漬槽に戻す操作を連続して行い中腸腺からCdを溶出させた。溶出を行なう際は溶液の温度を30℃に制御して行なった。
【0026】
表1に、溶出操作後の中腸腺を分析した結果を、表中(b)に示した。溶出操作前の中腸腺中のCd濃度は60mg/kg(乾燥重量;以下Cd濃度は乾燥重量で表す。)であった。24時間の処理でCd濃度は0.9mg/kg、48時間で0.4mg/kgまで減少した。また、溶出操作の過程でカラム通過後の液をサンプリングして分析したところ、Cd濃度は検出限界以下であった。また、浸漬槽における有機酸溶液をサンプリングして分析したところ、24時間の処理におけるCd濃度は0.01mg/kg、48時間の処理におけるCd濃度は検出限界以下であった。
【0027】
<比較例1>
実施例1と同じく、0.1モル/リットルのリンゴ酸溶液100ミリリットルを満たした浸漬槽にホタテ貝の中腸腺20gを投入し、溶液の温度30℃で、浸漬のみでCdを溶出させた。溶出操作後の中腸腺を分析した結果を表1(c)に示した。24時間の処理でCd濃度は9.0mg/kg、48時間で6.0mg/kgまで減少した。
【0028】
<比較例2>
0.1モル/リットルのリンゴ酸溶液100ミリリットルを満たした浸漬槽にホタテ貝の中腸腺20gを投入し、溶液の温度30℃で浸漬し、1日ごとにリンゴ酸溶液を新しいものに交換してCdを溶出させた。溶出操作後の中腸腺を分析した結果を表1(d)に示した。24時間の処理でCd濃度は9.0mg/kg、48時間で2.0mg/kgまで減少した。
【0029】
【表1】

【0030】
1:3〜1:7の固液比(重量比)で中腸腺からCdを溶出させたリンゴ酸溶液と、イミノ二酢酸型グラフト重合捕集材0.1gを充填させた内径6mm、長さ15mmのカラムを用意した。該リンゴ酸溶液を該カラムに通液させ、通液後の該リンゴ酸溶液を1.0ml毎にサンプリングした。サンプリングした該リンゴ酸溶液についてCd濃度を測定し、0.1mg/リットルを上回ったときの該リンゴ酸溶液の総通液量を表2に示した。ここで、水質汚濁防止法のCdの排水基準0.1mg/リットルを指標とした。溶液の比率が大きくなるほどpHが低くなるため、該イミノ二酢酸型グラフト重合捕集材のCd吸着能力が失われ、固液比1:7で溶出させたリンゴ酸溶液からCd濃度を0.1mg/リットル以下にすることができなかった。このことから、固液比が1:7以上になるとCd除去効率が悪くなることが示された。
【0031】
【表2】






【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明のホタテ貝中腸腺からの金属除去方法および金属除去システムは上述のとおりであるため、ホタテ貝の中腸腺からCdに代表される金属を効率よく除去することができ、水産・水産加工業における廃棄物処分の問題解決、有害金属除去済み中腸腺の、肥飼料への利用等、農林水産業各分野での有効活用を図ることができ、産業上の利用性が非常に高い。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明のホタテ貝中腸腺からの金属除去方法および金属除去システムの実施形態例を示す説明図である。
【符号の説明】
【0034】
11…中腸腺
12…浸漬槽
13…有機酸溶液
14…カラム
15…循環手段
16…グラフト重合捕集材


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホタテ貝中腸腺を有機酸溶液に浸漬して有機酸液中に該中腸腺中の金属を溶出させ、循環手段を用いて金属が溶出した有機酸溶液をグラフト重合捕集材に接触させて該有機酸溶液から金属を除去し、金属が除去された有機酸溶液をホタテ貝中腸腺の浸漬に再利用する操作を連続的に行なうことを特徴とする、ホタテ貝中腸腺からの金属除去方法。
【請求項2】
前記有機酸がリンゴ酸であることを特徴とする請求項1に記載のホタテ貝中腸腺からの金属除去方法。
【請求項3】
前記グラフト重合捕集材がイミノ二酢酸型グラフト重合捕集材であることを特徴とする請求項1または2に記載のホタテ貝中腸腺からの金属除去方法。
【請求項4】
ホタテ貝中腸腺とリンゴ酸溶液の重量比率が1:1から1:6の範囲であることを特徴とする請求項2または3に記載のホタテ貝中腸腺からの金属除去方法。
【請求項5】
ホタテ貝中腸腺を有機酸溶液に浸漬して有機酸液中に該中腸腺中の金属を溶出させるための浸漬槽と、該浸漬槽に取着された、金属が溶出した有機酸溶液を除去処理するためのグラフト重合捕集材を備えてなる金属除去処理部と、該有機酸溶液を該金属除去処理部に接触させ、さらに、金属が除去された後の有機酸溶液を該浸漬槽に送出するための循環手段と、からなることを特徴とする、ホタテ貝中腸腺からの金属除去システム。


【図1】
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【公開番号】特開2006−55721(P2006−55721A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−238958(P2004−238958)
【出願日】平成16年8月19日(2004.8.19)
【出願人】(591005453)青森県 (52)
【出願人】(000004097)日本原子力研究所 (55)
【出願人】(000000974)川崎重工業株式会社 (1,710)
【出願人】(504237050)独立行政法人国立高等専門学校機構 (656)
【Fターム(参考)】