説明

ホルマリン吸収用シート

【課題】病理標本作製時等の様にホルマリン液を扱うときにおいて、作業環境に揮発するホルムアルデヒド量の低減を図ることのできるホルマリン吸収用シート及びその使用方法を提供することを目的とする。
【解決手段】病理検査の標本作製にあたって、高吸水性繊維を含有する布帛(高吸水性不織布11)を備えたホルマリン吸収用シート10を用いる。予め吸収用シート10を切出用まな板上に敷いておき、ホルマリン液中からこれに浸漬された検体を取り出して上記吸収用シート10上に載置し、この吸収用シート10上で検体から小切片を切り出す。検体から滴るホルマリン液が吸収用シートに直ちに吸収される。このホルマリン液を吸収した吸収用シートからのホルムアルデヒド揮散量は、従来の紙製ウエス等に比べて少ない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば病理検査の標本作製時の様にホルマリンを扱うときに有用なホルマリン吸収用シートに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヒトの病理検査にあたり、また家畜の検査、或いは植物の検査にあたり、病理標本を作製することがしばしば行われている。
【0003】
一般的な病理標本の作製方法としては、まず検査対象から採取してきた検体を10〜20%ホルマリン液(3.8〜8%のホルムアルデヒドを含有)中に浸漬して固定化し[ホルマリン固定工程]、このホルマリン固定検体から最終的な観察部位を見極めつつ小さな切片を切り出し[切出工程]、次いでこの小切片を脱水(また脱脂)した後、脱アルコールし[脱水・脱アルコール工程]、パラフィンを浸透させてパラフィン包埋し[パラフィン浸透・包埋工程]、ここから薄片を切り出し伸展して[薄切・伸展工程]、染色する[染色工程]。この様にして得られた病理標本を顕微鏡で観察する。
【0004】
斯様な病理標本の作製にあたっては、大量のホルマリン液が使用されるが、ホルマリン(ホルムアルデヒド)は揮発性が高く悪臭を放つ上、身体への害が指摘されている。
【0005】
そこで、最もホルマリン(ホルムアルデヒド)蒸散の生じる上記切出工程において、ホルマリン液から固定検体を取り出したとき、付着したホルマリン液を紙製ウエスやガーゼ,タオルで拭き取って滴が極力散らない様にし、そうした上で切出用まな板の上で小切片に切り出している。なお拭き取りに使用したウエスは直ちに密閉容器に入れ、その後、医療廃棄物として処理したり、或いは焼却処理したりする。また切出工程での操作は、ステンレス鋼製の流しに架け渡した切出用まな板の上で行うのが一般的である。たとえウエスでホルマリン液を拭き取っても、ホルマリン固定検体からホルマリン液が滲み出て滴り落ちるので、これを回収して適切に廃棄処理する必要があるからである。
【0006】
またホルマリン液からのホルムアルデヒドの揮発を抑制する手法として、薬剤で中和・分解する方法が提案されている。しかしこの薬剤はpH3程度の酸性を示すことから、作業安全性の観点や検体への影響の観点からあまり用いられていないのが実状である。
【0007】
他方、シックハウス症候群の予防・治療の観点より、建材から揮散する揮発性有機化合物を吸着し、室内濃度の低下を図ったガス吸着シートが提案されている(例えば特許文献1参照)。
【0008】
しかしながら病理標本作製にあたって使用するホルマリン液は上述の様に高濃度でまた多量であることから、上記ガス吸着性シートを壁紙等に使用してホルムアルデヒドの吸着を期待しても、効果に乏しい。
【特許文献1】特開2000−246827号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、病理標本作製時等の様にホルマリン液を扱うときにおいて、作業環境に揮発するホルムアルデヒド量の低減を図ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るホルマリン吸収用シートの使用方法は、病理検査の標本作製にあたって、高吸水性繊維を含有する布帛を備えたホルマリン吸収用シート(以下、単に吸収用シートと称することがある)を用い、予め前記ホルマリン吸収用シートを切出用まな板上に敷いておき、ホルマリン液中からこれに浸漬された検体を取り出して上記ホルマリン吸収用シート上に載置し、該吸収用シート上で該検体から小切片を切り出すことを特徴とする。
【0011】
上記切出工程において、従来ではホルマリン漬け検体からホルマリン液を拭うことなく切出用まな板上に載せると、検体からのホルマリン液が多量に切出用まな板上に溜まり、また流しに廃棄される量も多くなる。この為に従来においてはホルマリン液中からこれに浸漬された検体を取り出すと、直ぐに紙製ウエス(或いはガーゼやタオル)で拭う必要があった。しかし本発明の如く上記吸収用シートを切出用まな板上に敷いておけば、この上にホルマリン漬け検体を載置すると、検体から滴るホルマリン液は直ちに吸収され、切出用まな板上のホルマリン液の量が非常に少なくなり、また流しに廃棄される量も少なくなる。更に後述のように吸収用シートに吸収されたホルマリンの揮散量は紙製ウエス等に比べて抑えられるので、作業環境へのホルムアルデヒド濃度の低減を図ることもできる。
【0012】
そして上記のような検体を拭う操作が不要となって、ホルマリン液中から取り出した検体をそのまま吸収用シート上に載置すれば良いので、その分、切出工程にかかる時間が短縮され、作業性が向上する。加えてホルマリン漬け検体やその小切片が空気中に露出している時間が短縮されることになるので、ホルマリン漬け検体やその小切片から放出されるホルムアルデヒドの総量が低減する。従ってホルマリンによる環境汚染を低減することができる。
【0013】
この様に本発明では、従来必要であった拭う操作を省略でき、時間短縮を図ることができるものであるが、本発明の方法において、作業者がホルマリン液中から検体を取り出すときに数回液を振り落とす操作や、ホルマリン容器の口に検体付着液を伝い落とす操作までも排除する意味ではなく、液の振り落とし操作等を適宜行っても構わない。
【0014】
また本発明に係るホルマリン吸収用シートは、上記使用方法において用いられ、高吸水性繊維を含有する布帛を備えたものであることを特徴とする。なお、布帛としては不織布、織物、編物等が挙げられる。
【0015】
上述の様に上記吸収用シートの上にホルマリン漬け検体を置くと、該検体から滴るホルマリン液が吸収用シートに直ちに吸収される。また上記吸収用シートをホルマリン漬け検体の拭き取り用として用いても良く、これでホルマリン漬け検体を拭うと、ホルマリン液が吸収用シートに良好に吸収除去される。
【0016】
そしてこの様にホルマリン液を吸収した吸収用シートからのホルムアルデヒド揮散量は、従来の紙製ウエスに比べて少ないことを、実験により確認している。
【0017】
この理由は、紙製ウエス(或いはガーゼやタオル)の場合ではホルマリン液がウエス平面上に広がるように吸収されるが、上記本発明の吸収用シートの場合では紙製ウエス等に比べて広がらないからであると考えられる。この様に広がらないのは、吸収用シートに含まれる高吸水性繊維がホルマリン液を取り込んで保持するからであると解される。
【0018】
こうして検体に付着したホルマリン液を除去することで、検体から発せられるホルムアルデヒド揮散量を低減できると共に、吸収した吸収用シートから発せられるホルムアルデヒド揮散量も上記の如く従来よりも低減できるので、作業環境中へのホルムアルデヒド揮散量を低減することができる。
【0019】
そして上記吸収用シートとしては、下記ホルマリン液蒸散試験を室温26℃で行った場合におけるホルムアルデヒド濃度が10ppm以下であることが好ましい。
ホルマリン液蒸散試験:3L容量のビーカーの底に置いた時計皿に試料(5cm×5cm)を置き、室温で、ビーカー内に毎分1.5Lの新鮮空気を供給しつつ、この試料に10%ホルマリン液を0.5ml染み込ませて0〜3分後のビーカー内の空気のホルムアルデヒド濃度を測定する。
【0020】
また本発明の上記ホルマリン吸収用シートとしては、下記ホルマリン液吸収能力試験による吸収倍率が100g/m2以上で、下記ホルマリン液拡散面積試験による拡散面積が550mm2以下であることが好ましい。
【0021】
ホルマリン液吸収能力試験:試料(3cm×6cm)の質量(A)を測定し、この試料を室温で10%ホルマリン液に20分間浸漬した後、室温で1分間吊り下げ、この吊り下げ後の試料の質量(B)を測る。下記式(1)によりホルマリン液の吸収倍率を算出する。
吸収倍率=(B−A)/(0.03×0.06) …(1)
ホルマリン液拡散面積試験:室温で試料に10%ホルマリン液を0.05ml滴下し、3分後におけるホルマリン液の拡散面積(mm2)を下記式(2)により算出する。
拡散面積={(C+D)/4}2×3.14 …(2)
C:拡散範囲における、滴下点を通る縦方向の拡散長さ(mm)
D:拡散範囲における、滴下点を通る横方向の拡散長さ(mm)。
【0022】
ホルマリン液吸収能力が高いほど、多量のホルマリン液を吸収して保持することができ、また吸収用シートにおける平面的な広がりを抑えることにも寄与する。またホルマリン液拡散面積が小さいことで、上述の様に一旦吸収したホルマリン(ホルムアルデヒド)の揮散量を低く抑えることができる。より好ましくは、上記吸収倍率が250g/m2以上であり、上記拡散面積が350mm2以下である。
【0023】
上述のホルマリン液に対する高い吸収能力や拡散を抑える能力は、専ら上記高吸水性繊維によるものである。従って前記高吸水性繊維含有布帛における前記高吸水性繊維の含有率が10質量%以上であることが好ましい。高吸水性繊維の含有率が低すぎると、ホルマリン液の吸収能力や拡散抑制能力が劣る様になるからである。
【0024】
また前記高吸水性繊維についての10%ホルマリン液吸収倍率が60g/g以上であることが好ましい。
【0025】
高吸水性繊維の上記吸収倍率、即ちホルマリン液吸収能力が高いほど、多量のホルマリン液を吸収して保持することができるからである。10%ホルマリン液吸収倍率としてより好ましくは80g/g以上である。
【0026】
一方、ホルマリン液吸収能力が非常に高いと、吸収に伴う繊維の膨潤が極めて大きくなり、このためにホルマリン吸収用シートの表面に凸凹を形成する懸念がある。吸収用シート上に凸凹が生じると、この上で検体から小切片を切り出す操作(切出工程)を行う際に、検体がずれて操作がし辛かったり、或いは目指した箇所を上手く切り出せなかったりする懸念がある。この点において、上記の如く高吸水性繊維についての10%ホルマリン液吸収倍率が200g/g以下であれば、吸収用シート表面に凸凹を形成し難く、切り出し操作に支障が殆どでない。10%ホルマリン液吸収倍率としてより好ましくは150g/g以下である。
【0027】
ところで、仮に高吸水繊維を用いずに高吸水性の粉体ポリマーや球形ポリマーを用いた場合には(例えば高吸収性粉体/球形ポリマーを2枚の不織布で挟んだシートが想定される)、高吸水性繊維と違って粒状に膨潤することから、上記のホルマリン液吸収能力の高い高吸水性繊維の場合以上に、大きく粗い凹凸をシート表面に生じ易くなる。このため一層小切片の切り出し操作がし辛かったり、目指した箇所を上手く切り出せなかったりする懸念がある。この点において、高吸水性繊維を含有する布帛としたものでは、高吸水性繊維が概ね面状に膨潤することになるので、凸凹を生じ難く、小切片の切り出し操作を行い易い。
【0028】
また紙製ウエスに高吸水性粉体/球状ポリマーを塗布或いは混合したものでは、紙製ウエスへの該粉体/球状ポリマーの固定が不十分になりがちであるので、該粉体/球状ポリマーが検体に付着してしまう。そしてこれを取り除く為の新たな操作が必要となることから好ましくない。この点において高吸水性繊維を含有する布帛であれば、不織布,織物,編物のいずれの形態であっても、該高吸水性繊維は絡まり合った状態で布帛に存在するので抜け落ち難く、よって検体に付着し難い。
【0029】
更に高吸水性繊維含有布帛のうち不織布の場合において、製造するにあたって、熱融着性繊維を混合して熱融着により不織布とするようにすれば、繊維をしっかりと繋ぎ止めて脱落を防止することができ好ましい。この観点から高吸水性繊維含有不織布における熱融着性繊維の含有量は5質量%以上であることが好ましい。
【0030】
また本発明に係るホルマリン吸収用シートにおいては、前記高吸水性繊維含有布帛の一方側面に熱融着性繊維含有の不織布層(以下、バインダー不織布層と称することがある)を設けたものであることが好ましい。このバインダー不織布層の製造方法としてはサーマルボンド法、エアーレイド法、ニードルパンチ法、ケミカルボンド法が挙げられる。
【0031】
該バインダー不織布層はこれに含まれる熱融着性繊維によってそれぞれの繊維がしっかりと融着しあうこととなり、バインダー不織布層自身に繊維脱落が殆どなく、そしてこのバインダー不織布層によって上記高吸水性繊維含有布帛の表側面を覆うことにより、高吸水性繊維含有布帛からの繊維脱落を防止することができる。よって検体への繊維付着が一層防止できる。より好ましくは、バインダー不織布層が熱融着性繊維100%で構成されたものであり、これにより繊維同士をよりしっかりと融着でき、バインダー不織布層自身の繊維脱落がより一層防止される。
【0032】
そしてこのバインダー不織布層を通してホルマリン液が上記高吸水性繊維含有布帛に吸収されることとなる。
【0033】
上記バインダー不織布層(熱融着性繊維含有不織布層)の目付としては2〜30g/m2であることが好ましい。バインダー不織布層の目付が高すぎると、ホルマリン液が該バインダー不織布層を通過し難くなり、吸収用シートとしてのホルマリン液吸収能力が劣るものとなる虞があるからである。一方バインダー不織布層の目付が低すぎると、高吸水性繊維含有不織布層からの繊維脱落防止効果が低くなるからである。より好ましくは目付5g/m2以上、20g/m2以下である。
【0034】
なお高吸水性繊維含有布帛の一方側面に設ける層として、ケミカルボンド法による不織布の層を用いた場合、このケミカルボンド不織布は同じ目付のバインダー不織布層に比べ液の通過性に劣るので、吸収用シートとしてのホルマリン液吸収能力が低くなる懸念がある。そこでホルマリン液吸収能力を高めるためにケミカルボンド不織布の目付を下げると、高吸水性繊維含有布帛からの繊維脱落防止性に乏しくなる懸念がある。斯様な点において上記バインダー不織布層の場合では、上述の様に良好にホルマリン液を通過させることができると共に、高吸水性繊維含有布帛からの繊維脱落を良好に防止することができる。
【0035】
加えてバインダー不織布層に用いる油剤としては、疎水性油剤であることが好ましい。親水性油剤を用いた場合には、吸収用シートに滴下されたホルマリン液がバインダー不織布層の平面方向に広がり易くなるのに対し、疎水性油剤を用いた場合は、平面方向に広がり難く、下層の高吸水性繊維含有布帛の方にホルマリン液を通し易くなる。上述の様にホルマリン液拡散面積が小さい方が、吸収したホルマリンの揮散量を低く抑えることができることから、あまり広がらずに下の布帛に通し易い疎水性油剤の方が好ましいのである。
【0036】
なお親水性油剤を用いた方が、ホルマリン液の吸収速度としては速くなる傾向にあるので、この観点からは親水性油剤の方が好ましい。よって十分な繊維隙間を備えた不織布層(目付の低いもの)においては、この隙間によって下層の高吸水性繊維含有布帛への良好な透液が確保されることから、疎水性油剤を用いることが推奨され、他方、比較的繊維が詰まって繊維隙間の乏しい不織布層(目付の高いもの)においては、親水性油剤を用いることが推奨される。またこれら疎水性油剤と親水性油剤を混合して用いても良い。
【0037】
更に上記ホルマリン吸収用シートにおいては、前記高吸水性繊維が非吸水性の芯部と高吸水性の鞘部からなるものであることが好ましい。高吸水性繊維の全てが高吸水性であると、最大限にホルマリン液を吸収したとき繊維全体が膨潤して強度が弱くなり、これに力を加えると(例えば吸収性シート上に載せた検体を押し付けると)繊維が容易に切断され、その繊維断片が脱落する懸念がある。この点において上記の如く芯部が非吸収性であると、最大限ホルマリン液を吸収しても芯部の強度は保たれているので繊維断片を生じ難く、脱落の虞が小さい。
【0038】
斯様な高吸水性繊維としては、前記非吸水性芯部がアクリロニトリル型重合体及び/または他の重合体からなり、前記高吸水性鞘部が親水性架橋重合体からなるものが挙げられる。
【0039】
加えて本発明に係るホルマリン吸収用シートにおいては、前記高吸水性繊維含有布帛の他方側面に不透液性フィルムを積層したものであることが好ましい。これによれば、吸収したホルマリン液が裏側に透過しない。従ってこの吸収用シートを敷いた上にホルマリン漬け検体(或いはその小切片)を載置したとき、吸収用シートの下の切出用まな板や台等をホルマリン液で汚すことを防止できる。また小切片に切り出す操作に伴って、敷いた吸収用シートを切ることがあっても、その切り口からホルマリン液が出るだけであるので、吸収用シートの下側に漏出するホルマリン液としては、不透液性フィルムの有しないものに比べて量が少なくなる。従って切出用まな板を拭う操作も軽減される。
【0040】
更に上記不透液性フィルムとして、ポリエチレンやポリプロピレン、ウレタン等を用いれば、滑り難いので、吸収用シート上で小切片に切り出す操作を行うとき等において作業性に優れ、好ましい。
【0041】
また本発明に係るホルマリン吸収用シートにおいては、前記高吸水性繊維含有布帛(例えば不織布)の目付が10〜200g/m2であることが好ましく、より好ましくは40g/m2以上、100g/m2以下であり、更に好ましくは60g/m2以上、75g/m2以下である。目付が小さすぎると、ホルマリン液の吸収能力が低くなるからである。また目付が高すぎると、目の詰んだ布帛になることから高吸水性繊維含有布帛の表面だけでホルマリン液を吸収することとなり、却ってホルマリン吸収率が落ちることとなるからである。上記の如く目付であれば、適度に高吸水性繊維含有布帛の内部までホルマリン液を浸透させることができ、高吸水性繊維含有布帛全体の厚み方向ほぼ全体を使ってホルマリン液を吸収でき、結果として吸収用シートのホルマリン吸収能力の高いものとなるからである。
【0042】
加えて本発明に係るホルマリン吸収用シートにおいては、その表側面、或いは裏側面に印刷が施されたものであることが好ましい。例えば吸収用シート上に検体を載置して小切片を切り出す操作において、吸収用シートに例えば的が印刷されていれば、吸収用シート上の適切な載置場所に検体を載置することが誘導され、また例えば目盛りが印刷されていれば、小切片の切り出しサイズを適切なものとすることが容易となる。因みに高吸水性の球状ポリマーや粉体ポリマーを用いたシートでは、前述の様にホルマリン液の吸収によって大きな凸凹を形成し易く、せっかく印刷された目盛りが不正確なものとなるが、本発明の吸収用シートでは高吸水性繊維を用いているから大きな凸凹を生じ難く、目盛りの狂いが少なくて済む。
【発明の効果】
【0043】
本発明に係るホルマリン吸収用シートによれば、ホルマリン液を直ちに吸収でき、しかも再揮散量が従来より低く抑えられるので、作業環境中のホルムアルデヒド濃度の低減を図ることができる。また本発明に係るホルマリン吸収用シートの使用方法によれば、切出工程での作業を簡素化できて作業効率が向上する上、ホルマリン漬け検体やその小切片が空気中に露出される時間を短縮できるので、ここからのホルムアルデヒド揮散量を低減でき、作業環境中のホルムアルデヒド濃度の低減を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0044】
以下、例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0045】
<実施形態1>
図1は本発明の実施形態1に係るホルマリン吸収用シート10を示す断面図である。
【0046】
この吸収用シート10は高吸水性不織布(高吸水性繊維含有布帛)11の一方側面にバインダー不織布層12、他方側面に不透液性フィルム13をラミネートしたものである。また吸収用シート10の表側面、即ちバインダー不織布層12側の表面には、検体載置用の的が印刷されている。
【0047】
上記高吸水性不織布11は、高吸水性繊維(単糸繊度2〜15dtex)を15〜60質量%、バインダーとして熱融着性繊維(単糸繊度1〜20dtex)を10〜85質量%、残部としてレーヨン等の高吸水性でない繊維(単糸繊度1〜20dtex)を混合した不織布である。この高吸水性不織布11の目付は30〜100g/m2であり、含有される熱融着性繊維によって繊維同士がしっかりと融着され、あまり毛羽を生じないものとなっている。
【0048】
上記高吸水性繊維は芯鞘構造を呈しており、芯部はアクリルニトリル型重合体(または他の重合体)からなり、非吸水性を示し、鞘部は親水性架橋重合体からなり、高吸水性を示す。この高吸水性繊維としては、例えば特公昭58−10508号公報や特公昭58−10509号公報に示す水膨潤性繊維が挙げられる。より好ましい繊維として例えば商品名:ランシール(東洋紡績株式会社製)が挙げられる。なお本発明での高吸水性繊維としては上記の如く芯鞘構造のものに限らず、全てが高吸水性のものであっても良く、この繊維としては例えば特開平6−65810号公報に示される高吸水繊維が挙げられる。
【0049】
また上記高吸水性繊維は10%ホルマリン液の吸収倍率が60g/g以上である。尚10%ホルマリン液の吸収倍率の測定方法については後述する。
【0050】
上記熱融着性繊維としては、例えばポリエチレン、ポリプロピレン、エチレンビニルアセテート(又はエチレンは酢酸ビニルモノマー)、ポリエステル(例えばポリエチレンテレフタレート)、ポリアミド、塩化ビニルと酢酸ビニルの共重合体等の、通常或いは変性した繊維、またはこれら2種以上を用いた複合繊維が挙げられる。
【0051】
上記高吸水性でない繊維としては、いずれの繊維でも良く、上記のレーヨンの他、綿、ウール、絹、麻等が挙げられる。なお布帛作製時の操業性の観点から、アセテート、レーヨン、或いは綿が好ましい。
【0052】
またバインダー不織布層12は熱融着性繊維からなり、バインダー不織布層12自身、その繊維同士が非常にしっかりと融着され、殆ど毛羽を生じない。バインダー不織布層12の目付は5〜20g/m2であり、目が詰み過ぎていないので、網目を形成した如く適度に隙間のある状態となり、液体が該バインダー不織布層12を容易に通過できる。一方、目が開き過ぎてもいないので、高吸水性不織布11から生じる毛羽を封じることが可能となっている。なおバインダー不織布層12に用いる熱融着性繊維としては、上記高吸水性不織布11での熱融着性繊維と同じくポリエチレン、ポリプロピレン等の繊維を用いることができる。またこの単糸繊度としては1〜20dtexが良く、良好な通液性と毛羽封止性を発揮し得る。
【0053】
上記バインダー不織布層12はサーマルボンド法により製造されたものである。該製造法について具体的に説明すると、上記熱融着性繊維として比較的長めの短繊維を用い、これを空気流で開繊・撹拌してベルトコンベア上に配し、このベルトコンベア上の繊維をカード機により一定量・一定方向に送り出してウェブを形成し、このウェブを熱ローラで挟んでウェブ中の繊維を溶着して繊維同士を結合させ、不織布を得る。
【0054】
不透液性フィルム13は、例えばポリエチレン製のフィルムからなり、ホルマリン液等を透過させない。不透液性フィルム13の素材としては上記の他、ポリプロピレン、ポリウレタン、ポリエステル(例えばポリエチレンテレフタレート)、ポリアミド、EMMA樹脂(エチレンとメチルメタクリレートの共重合樹脂)、エチレンビニルアセテート、ポリ塩化ビニリデン、ポリ塩化ビニル等が挙げられる。
【0055】
上記吸収用シート10のホルマリン液吸収能力試験によるホルマリン液吸収倍率は250〜750g/m2であり、ホルマリン液拡散面積試験による3分後の拡散面積は350mm2以下である。なお吸収用シート10についてシート全体としての目付は75〜90g/m2である。
【0056】
次に上記吸収用シート10の使用方法の一例について説明する。
【0057】
病理標本の作製過程における切出工程に際して、予め切出用まな板の上に吸収用シート10を敷いておく。そしてホルマリン液からこれに浸漬されていた検体を取り出し、該検体からホルマリン液を拭い取る操作をすることなしに、上記吸収用シート10上に載せる。このとき、吸収用シート10には的が印刷されているので、標本作製者は左程意識しなくても適切な位置に検体を置く様になる。検体から滴るホルマリン液及び検体の底面側のホルマリン液は、直ちに吸収用シート10に吸収除去される。上記の様に吸収用シート10のホルマリン液吸収倍率(10%ホルマリン液)は250〜750g/m2であるから、検体に付着したホルマリン液を吸収するのに十分な余裕がある。従って検体からホルマリン液を拭い取る操作を行わなくても、十分にホルマリン液が除去される。しかも吸収したホルマリン液の拡散面積が比較的小さいので、一旦吸収されたホルマリン液(ホルムアルデヒド)の揮散も少ないものとなる。加えて吸収用シート10の裏面に不透液性フィルム13を備えるので、吸収したホルマリン液がその下のまた板に至ることがない。
【0058】
そして最終的な標本観察部位を見極めつつ、吸収用シート10上の検体から小さな切片を切り出す。このとき、吸収用シート10はホルマリン液を吸収した状態ではあるが、大きな凹凸を生じていないので、切出操作がし易い。この切出に伴い、切出用メスによって吸収用シート10が切断されることがあるが、下のまた板に至るホルマリン液としては、その切断部から染み出る量だけであるので、非常に少なくて済む。
【0059】
その後、使用済みの吸収用シート10を廃棄用の密封容器に入れる。これにより吸収シート10からのホルムアルデヒドの揮散を押さえることができる。
【0060】
以上のようにホルマリン吸収用シート10を用いて病理標本作製過程の切出工程を行えば、ホルマリン液から取り出した検体を拭う手間を省くことができ、作業工程が簡素化する。作業の手間を少なくして時間短縮を図ることは、ホルムアルデヒドの蒸散量の低減にも通じ、作業空気環境のホルムアルデヒド量の低下を図り得る。また検体から滴るホルマリン液はほぼ吸収用シート10に吸収され、まな板に至るホルマリン液としても極少量となるので、流しに廃棄される量が低減される。
【0061】
また吸収用シート10を用いれば、検体への繊維付着が殆どなく、コンタミネーションを殆ど生じない。
【0062】
使用済みの吸収用シート10は焼却処理すると良い(因みに医療用廃棄物は800℃以上で焼却する旨定められている)。病理標本作製において想定される1回の使用量としては、紙製ウエスと比較して吸収用シート10は質量比で大凡1/2程度であり、廃棄物量の低減が見込まれ、その結果、焼却時の炭酸ガス排出量の低減が図られる。
【0063】
例えば商品名ランシール15%、レーヨン繊維45%、ES繊維(ポリプロピレン/ポリエチレン複合熱融着繊維100%)40%の配合割合で作製した高吸水性不織布について、燃焼二酸化炭素排出量を算出すると、当該高吸水性不織布1.00gから排出される二酸化炭素量は2.16gとなる。これをA4版サイズ、目付75g/m2の上記高吸水性不織布として換算すると、このサイズのもの1枚から排出される燃焼二酸化炭素量は10.11gとなる。また商品名ランシール30%、レーヨン繊維30%、ES繊維(ポリプロピレン/ポリエチレン複合熱融着繊維100%)30%の配合割合で作製した高吸水性不織布の場合には、1.00gから排出される二酸化炭素量は2.14gとなり、A4版サイズ、目付75g/m2のもの1枚から排出される燃焼二酸化炭素量は10.02gとなる。
【0064】
また吸収用シート10として、切出用メスによって切断されない十分な強度を有するものとすれば(具体的には、高吸水性不織布11、バインダー不織布層12、不透液性フィルム13のいずれか1以上を、切断されない強度のものとする)、切出用まな板へのホルマリン液付着を防止でき、切出用まな板の洗浄操作を簡便なものにすることができる。
【0065】
<実施形態2〜6>
図2は本発明の実施形態2に係るホルマリン吸収用シート20を示す断面図である。この吸収用シート20は高吸水性不織布(高吸水性繊維含有布帛)11の一方側面にバインダー不織布層12をラミネートしたものである。
【0066】
図3は本発明の実施形態3に係るホルマリン吸収用シート30を示す断面図である。この吸収用シート30は高吸水性不織布(高吸水性繊維含有布帛)11の他方側面に不透液性フィルム13をラミネートしたものである。
【0067】
図4は本発明の実施形態4に係るホルマリン吸収用シート40を示す断面図である。この吸収用シート40は高吸水性不織布(高吸水性繊維含有布帛)11のみからなるものである。
【0068】
図5は本発明の実施形態5に係るホルマリン吸収用シート50を示す断面図である。この吸収用シート50は高吸水性不織布(高吸水性繊維含有布帛)11の両側面にバインダー不織布層12,14をラミネートしたものである。
【0069】
図6は本発明の実施形態6に係るホルマリン吸収用シート60を示す断面図であり、上記実施形態5の吸収用シート50における他方側面に更に不透液性フィルム13をラミネートしたものである。
【0070】
上記実施形態2,4,5の吸収用シート20,40,50は両側面から吸収が可能である。該吸収用シート20,40,50においては、これを折り曲げて使用することとし、適宜折り返して違う面を表に向けて用いる様にしても良い。
【0071】
上記実施形態3,6の吸収用シート30,60は、上記実施形態1と同様に、裏側面への液の浸透を防止できる。
【0072】
《実験》
次に、下記に示す如くの吸収用シートを作製し、これらについて各種試験を行ったので、これについて説明する。
【0073】
<ホルマリン液吸収能力試験>
試料No.1(比較例)として紙製ウエス(十条キンバリー(株)製、4枚重ねエンボス加工したもの)を準備した。試料No.2〜5,8〜10として表1に示す繊維配合割合、目付、厚み、密度の不織布を準備した。また試料No.6として、試料No.5の片側面にポリエチレンフィルムをラミネートしたものを準備した。試料No.7として、表1に示す繊維配合割合、目付、厚み、密度の不織布を作製し、この不織布の一方側面にES繊維不織布層(ポリプロピレン/ポリエチレン複合熱融着繊維100%、目付6g/m2の不織布層)を積層すると共に、他方側面にポリエチレンフィルムを積層したものを準備した。
【0074】
【表1】

【0075】
上記各試料を3cm×6cm角に裁断し、それぞれのシートの初期質量[A](g)を測定した。一方、市販の10%ホルマリン液(和光純薬(株)製組織固定用 ホルムアルデヒド4%、メタノール含有)、市販の20%ホルマリン液(和光純薬(株)製組織固定用 ホルムアルデヒド8%、メタノール含有)、及び蒸留水を、それぞれ直径15cmのシャーレに100ml入れた。上記裁断した試料をそれぞれ室温(26℃)で上記シャーレ中の各液に20分間浸漬し、その後、液から引き上げて室温(26℃)で1分間、クリップを用いて縦長に吊り下げた。この吊り下げ後の質量[B](g)を測定した。この試験を3回行って平均値を求め、下式(1)により吸収倍率(g/m2)を算出した。その結果を表2に示す。
吸収倍率=(B−A)/(0.03×0.06) …(1)
【0076】
【表2】

【0077】
上記結果から分かるように、高吸水性繊維(商品名ランシールや商品名ベルオアシス(鐘紡(株)製))を含有する試料No.2〜9は、10%,20%ホルマリン液に対して十分な吸収性を示す。また高吸水性繊維を含有しない試料No.10と比べて試料No.2〜9は有意にホルマリン液を吸収性が良く、更により多く高吸水性繊維を含有するもの程、ホルマリン液の吸収性が良好であることが分かる。
【0078】
<ホルマリン液拡散面積試験>
試料として上記試料No.1〜7,9,10と同じものを準備した。またホルマリン液として、市販の10%ホルマリン液(和光純薬(株)製組織固定用)(ホルムアルデヒド4%、メタノール含有)及び市販の20%ホルマリン液(和光純薬(株)製組織固定用)(ホルムアルデヒド8%、メタノール含有)に、染料としてSandlan Fast Blue P-L 125%(Clariant社製)をそれぞれ0.1%含有させた液を調整した。
【0079】
上記試料をそれぞれ5cm×5cm角に切り出した。室温(26℃)で、この試料に上記染料含有ホルマリン液を0.05ml滴下した。表3,4の如く各時間経過毎のホルマリン液の拡散面積(mm2)を測定した。なお拡散面積は下記式(2)により算出した。
拡散面積={(C+D)/4}2×3.14 …(2)
C:拡散範囲における、滴下点を通る縦方向の拡散長さ(mm)
D:拡散範囲における、滴下点を通る横方向の拡散長さ(mm)
尚上記C,Dにおける拡散長さの測定にあたり、上記「縦方向」,「横方向」とは、試験にあたって実験台に試料を置いたときを基準として縦方向,横方向とした。そして滴下点を通る縦方向線上,横方向線上において拡散した範囲の長さを測定した。
【0080】
10%ホルマリン液を滴下した場合の結果を表3に、20%ホルマリン液を滴下した場合の結果を表4に示す。
【0081】
【表3】

【0082】
【表4】

【0083】
上記試験結果から分かるように、紙製ウエスの試料No.1に比べて、高吸水性繊維を含有する試料No.2〜7,9においては拡散面積が格段に小さく、従って試料に吸収されたホルマリン液の揮散量を少なく抑えることができると考えられる。なお高吸水性繊維を含有しない試料No.10と試料No.2〜7,9を対比すると、ホルマリン液拡散面積は同等であるが、上記ホルマリン液吸収能力試験の結果から分かるように試料No.2〜7,9はホルマリン液吸収能力に優れるので、試料No.2〜7,9は多くのホルマリン液を吸収することが期待できる。
【0084】
<ホルマリン液蒸散試験>
上記ホルマリン液蒸散試験に関し、以下の通り実験を行った。なお本実験においては、試料に染み込ませるホルマリン液の濃度として10%の他、20%、100%のものを用いた。具体的には、市販の10%ホルマリン液(和光純薬製(株)組織固定用)(ホルムアルデヒド4%、メタノール含有)、市販の20%ホルマリン液(和光純薬(株)製組織固定用)(ホルムアルデヒド8%、メタノール含有)、市販の100%ホルマリン液(和光純薬(株)製試薬特級)(ホルムアルデヒド36〜38%、メタノール含有)を用いた。
【0085】
ホルマリン液蒸散試験に用いる実験装置について説明する。
【0086】
図7(ホルマリン液蒸散試験での実験装置を表す図)に示すように、スタンド25に3リットル容量のビーカー26を設置し、ガラス管23(内径4mm、長さ20cm)をその一方の開口がビーカー26の内底から高さ16cmであって内底の中心上に位置するようにして、スタンド25に取り付けた。このガラス管23の他方の開口にシリコンチューブ24(内径4cm、長さ約60cm)を取り付け、このシリコンチューブ24の他方に北川式ガス検知管15及び北川式ガス採取器16(光明理化学工業(株)製、ホルムアルデヒド用171SB)を接続した。水槽用エアーポンプ17にシリコンチューブ18,エアストーン19を接続し、該エアストーン19がビーカー26の内底に接触するように設置した。エアーポンプ17からビーカー26内に毎分1.5リットルの新鮮空気を供給した。ビーカーの内底に直径70mmの時計皿21を設置し、この上に試料22を置けるようにした。尚この実験装置は十分に換気できるドラフト内に組み立てた。
【0087】
次に試験方法について説明する。
【0088】
まず試験直前にビーカー26内のホルムアルデヒド濃度(検出量)をガス検知管15及びガス採取器16を用いて測定し、ホルムアルデヒドが検知されないことを確認した。試料として上記試料No.1〜4,6,7,10と同じものを準備した。これら試料について、5cm×5cm角に切り出してその質量を測定した。尚上記の通り試料No.1は紙製ウエス、試料No.2〜4,6,7,10は不織布である。
【0089】
ビーカー内26内の時計皿21に上記5cm×5cm角の試料を載せ、これに上記各濃度のホルマリン液0.5mlを静かに染み込ませた。このホルマリン液を染み込ませてから3分まで、10〜13分後、30〜33分後、60〜63分後について、それぞれビーカー26内のホルムアルデヒド濃度(検出量)をガス検知管15及びガス採取器16を用いて測定した(なお測定結果は整数値に丸めた)。尚この測定にあたってのビーカー内のガス採取は、上記経過時間の間の3分間をかけて行ったものである。またこの試験は室温で行った。
【0090】
上記試験を2回行い、それぞれの結果の平均値を求めた。10%ホルマリン液の場合の結果を表5に併せて示すと共に、そのグラフを図8に示す。20%ホルマリン液の場合の結果を表6及び図9のグラフに、100%ホルマリン液の場合を表7及び図10のグラフに示す。
【0091】
【表5】

【0092】
【表6】

【0093】
【表7】

【0094】
上記結果から分かるように、特に滴下後13分以内において、紙製ウエスである試料No.1に比べて、不織布である試料No.2〜4,6,7,10は格段にホルムアルデヒドの蒸散が抑えられている。これは試料No.2〜4,6,7,10の方が試料No.1(紙製ウエス)に比べてホルマリン液の拡散面積が小さいからであると考えられる。また高吸水繊維を含有しない試料No.10に比べて試料No.2〜4,6,7は10%,20%ホルマリン液についてホルムアルデヒドの蒸散が抑えられている。また高吸水繊維の含有量の多いもの程、蒸散したホルムアルデヒド濃度が低い傾向を示している。
【0095】
一方、滴下後13分より更に経過した場合(30〜33分経過後、60〜63分経過後)では、試料No.2〜4,6,7,10と試料No.1とにおいてホルムアルデヒド蒸散量の差が小さくなっている。この点について、病理標本作製過程での切出工程での操作にかかる時間は、一般に5分間程度であることから、実際の病理標本作製において、13分以内において蒸散量の少ない上記試料No.2〜4,6,7を用いれば、十分にホルムアルデヒド蒸散量を低減できることが期待できる。
【0096】
<高吸水性繊維についての10%ホルマリン液の吸収倍率の測定試験>
繊維0.5gを精秤し[E](g)、200mlビーカーに10%ホルマリン液(和光純薬(株)製組織固定用 ホルムアルデヒド4%、メタノール含有)を300ml入れ、上記精秤した試料を20分間浸漬する。次いでこの試料を茶こしに移して10分間放置する。その後、試料の質量を精秤する[F](g)。下式(3)により吸収倍率(g/g)を算出する。なお本試験は室温(26℃)で行う。
吸収倍率=(F−E)/E …(3)
商品名ランシールについて、上記測定試験を行ったところ、10%ホルマリン液の吸収倍率は90〜150g/gであった。
【0097】
《作業性試験》
病理標本作製にあたって本発明の使用方法の様に使用した場合の作業性を評価する観点から、上記と同じ試料No.1〜10について、下記の如く液保持性、下面への濡れ、検体への付着物、表面の平滑性に関する試験を行った。
【0098】
<液保持性の試験方法>
上記ホルマリン液吸収能力試験と同様に上記試料を3cm×6cm角に裁断し、これを室温で、10%ホルマリン液(和光純薬(株)製)を100ml入れたシャーレに20分間浸漬し、その後、液から引き上げて質量[G](g)を測定した。室温で1分間、クリップを用いて縦長に吊り下げ、この試料について遠心脱水機を用いて1200rpmで5分間遠心脱水を行い、この質量[H](g)を測定した。下式(4)により保持率(%)を算出した。
保持率=H/G×100 …(4)
液の保持率が30%以上の場合を良好(○)、30%未満の場合を不良(×)と判定した。この結果を表8に示す。
【0099】
表8から分かるように、高吸水繊維を有する試料No.2〜9において、良好な液保持性が認められた。
【0100】
<下面への濡れ>
ポリエチレン袋上に試料を置き、この試料に10%ホルマリン液(和光純薬(株)製)を0.1ml滴下し、直ちに試料をポリエチレン袋上から取り除き、該ポリエチレン袋に付着した液の有無を目視により観察した。付着液のない場合を良好(○)、付着液のある場合を不良(×)と判定した。この結果を表8に示す。
【0101】
表8から分かるように、裏面にポリエチレンフィルムを有する試料No.6,7において、下面への濡れが無く、良好であった。
【0102】
<検体への付着物>
10%ホルマリン液(和光純薬(株)製)に浸漬させた検体(約20g)を、B5版サイズに切り出した試料上に置き、次いで検体を持ち上げて、この検体における試料との接触表面を目視にて観察した。付着物のない場合を良好(○)、わずかに付着物が確認される場合をやや良好(△)、明らかに付着物がある場合を不良(×)と判定した。この結果を表8に示す。
【0103】
表8から分かるように、表側面にES繊維不織布層を備えた試料No.7において、付着物がなく、検体へのコンタミネーションを防ぐ観点から優れるものであった。
【0104】
<表面の平滑性>
10cm×10cmの試料を10%ホルマリン液(和光純薬(株)製)に20分間浸漬し、次いでピンセットを用いて1分間液を切り、その後の表面状態を目視にて観察した。平滑である場合を良好(○)、わずかに凹凸が観察される場合をやや良好(△)、凹凸が観察される場合を不良(×)とした。この結果を表8に示す。
【0105】
表8から分かるように、高吸水性繊維の含有量の多い試料No.4を除き、芯鞘型の高吸収性繊維(商品名ランシール)を含有する試料No.2,3,5〜7について、凹凸が生じておらず、よってこの上での切出を行う際の操作性が良好であると考えられる。また試料No.4の様に高吸水性繊維の含有量が多い場合には凹凸が生じるので、高吸水性繊維をあまり多く含有させない方が、切出操作性の観点から好ましいと考えられる。芯まで高吸水性を示す高吸収水性繊維を用いた試料No.8,9の結果から、比較的少ない高吸水性繊維含有量であっても凹凸を生じ易いことが分かる。従って切出作業性の観点において、芯鞘型の高吸水性繊維の方が好ましいと考えられる。なお高吸水性繊維を含有しない試料No.10では繊維の膨潤がないために、凹凸が生じなかったものと考えられる。
【0106】
【表8】

【図面の簡単な説明】
【0107】
【図1】本発明の実施形態1に係るホルマリン吸収用シートを示す断面図である。
【図2】本発明の実施形態2に係るホルマリン吸収用シートを示す断面図である。
【図3】本発明の実施形態3に係るホルマリン吸収用シートを示す断面図である。
【図4】本発明の実施形態4に係るホルマリン吸収用シートを示す断面図である。
【図5】本発明の実施形態5に係るホルマリン吸収用シートを示す断面図である。
【図6】本発明の実施形態6に係るホルマリン吸収用シートを示す断面図である。
【図7】ホルマリン液蒸散試験での実験装置を表す図である。
【図8】10%ホルマリン液の蒸散試験の結果を表すグラフである。
【図9】20%ホルマリン液の蒸散試験の結果を表すグラフである。
【図10】100%ホルマリン液の蒸散試験の結果を表すグラフである。
【符号の説明】
【0108】
10,20,30,40,50,60 ホルマリン吸収用シート
11 高吸水性不織布
12,14 バインダー不織布層
13 不透液性フィルム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
病理検査の標本作製にあたって、
高吸水性繊維を含有する布帛を備えたホルマリン吸収用シートを用い、
予め前記ホルマリン吸収用シートを切出用まな板上に敷いておき、
ホルマリン液中からこれに浸漬された検体を取り出して上記ホルマリン吸収用シート上に載置し、該吸収用シート上で該検体から小切片を切り出すことを特徴とするホルマリン吸収用シートの使用方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法において用いられ、高吸水性繊維を含有する布帛を備えたシートであることを特徴とするホルマリン吸収用シート。
【請求項3】
下記ホルマリン液吸収能力試験による吸収倍率が100g/m2以上で、下記ホルマリン液拡散面積試験による拡散面積が550mm2以下である請求項2に記載のホルマリン吸収用シート。
ホルマリン液吸収能力試験:試料(3cm×6cm)の質量(A)を測定し、この試料を室温で10%ホルマリン液に20分間浸漬した後、室温で1分間吊り下げ、この吊り下げ後の試料の質量(B)を測る。下記式(1)によりホルマリン液の吸収倍率を算出する。
吸収倍率=(B−A)/(0.03×0.06) …(1)
ホルマリン液拡散面積試験:室温で試料に10%ホルマリン液を0.05ml滴下し、3分後におけるホルマリン液の拡散面積(mm2)を下記式(2)により算出する。
拡散面積={(C+D)/4}2×3.14 …(2)
C:拡散範囲における、滴下点を通る縦方向の拡散長さ(mm)
D:拡散範囲における、滴下点を通る横方向の拡散長さ(mm)
【請求項4】
前記高吸水性繊維の10%ホルマリン液吸収倍率が60g/g以上である請求項2または3に記載のホルマリン吸収用シート。
【請求項5】
前記高吸水性繊維含有布帛の一方側面に熱融着性繊維含有の不織布層及び/または他方側面に不透液性フィルムを積層したものである請求項2〜4のいずれか1項に記載のホルマリン吸収用シート。
【請求項6】
前記熱融着性繊維含有不織布層の目付が2〜30g/m2である請求項5に記載のホルマリン吸収用シート。
【請求項7】
前記高吸水性繊維含有布帛の目付が10〜200g/m2である請求項2〜6のいずれか1項に記載のホルマリン吸収用シート。
【請求項8】
表側面、或いは裏側面に印刷が施されたものである請求項2〜7のいずれか1項に記載のホルマリン吸収用シート。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2009−156791(P2009−156791A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−337590(P2007−337590)
【出願日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【出願人】(502281161)株式会社環境機器 (8)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】