説明

ホルモン不応性前立腺癌治療法及び治療効果予測方法

【課題】ホルモン不応性前立腺癌に対する新規な治療法を開発する。
【解決手段】
ホルモン不応性前立腺癌患者、特に70歳以上の高齢のホルモン不応性前立腺癌患者に対して、交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤とを併用することにより従来にない優れた治療方法を提供する。さらに、TS遺伝子発現量を指標として当該前立腺癌患者を選択することにより、より十分な治療効果を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホルモン不応性前立腺癌治療のために使用される交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法、その治療効果を予測する方法および当該薬物療法に十分な治療効果を示す可能性が高いと予測された患者に投与するための抗腫瘍剤に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、前立腺癌に対して広く施行されている治療法は1)外科療法、2)放射線療法、3)薬物療法(内分泌療法を含む)、の3つであり、歴史的には1941年にHugginsらが進行性前立腺癌患者に対し去勢術を施行し、自他覚所見の改善を確認して以来、内分泌療法は前立腺癌に対するgold standardとして広く施行されてきており、今日も内分泌療法は治療の基本となっている。最も一般的な内分泌療法としては、luteinizing hormone−releasing hormone(LH−RH)アゴニストおよび抗アンドロゲン剤各々の単独あるいはこれらの併用療法がある。前立腺細胞内のアンドロゲンのうち40%は副腎由来であることから、去勢(精巣摘出)或いはLH−RHアゴニスト投与と抗アンドロゲン剤を併用するMAB(maximum androgen blockade)療法が有用とされている(非特許文献1〜4)。しかしながら1〜2年で再燃し、ホルモン不応性前立腺癌の状態になる場合が多い。このホルモン不応性前立腺癌に対して、従来は、エストラムスチンリン酸エステルナトリウムやシクロホスファミド或いはシスプラチンなどの化学療法剤が姑息療法として臨床応用されて来ているが、延命効果に関わるエビデンスはこれまで特にない。最近、欧米で実施された大規模のP−III比較試験でドセタキセルがミトキサントロンに比較して有意な延命効果を示したとの研究報告(生存期間(OS)の中央値が各々18.9ヶ月と16.5ヶ月)があったが、ドセタキセルは日本を含んだ世界の各国で製造販売承認されているものの、副作用が強いことから、ドセタキセルを含む治療法はホルモン不応性前立癌患者、特に高齢のホルモン不応性前立腺癌患者にとっては大変耐え難く、当該患者のQOLの著しい低下を招いているのが現状である(非特許文献5〜6)。従って現在に至るまでホルモン不応性前立腺癌患者、特に70歳以上の高齢のホルモン不応性前立腺癌患者に相応しい治療法は全くなく、新しい治療法の開発が強く求められている状況である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】J Steroid Biochem.1985;23:833−841
【非特許文献2】Urology.2001;57:727−732
【非特許文献3】Cancer.2002;95:361−376
【非特許文献4】BJU Int.2001;87(9):806−813
【非特許文献5】N Engl J Med.2004;351:1502−1512
【非特許文献6】N Engl J Med.2004;351:1513−1520
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、ホルモン不応性前立腺癌の治療に際して、交替MAB療法と併用して用いられる抗腫瘍剤を提供することを目的とする。
【0005】
また、本発明は、ホルモン不応性前立腺癌の治療に際して、交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法による治療効果を予測する方法を提供することを目的とする。
【0006】
さらに、本発明は前記治療効果が高いと予測された患者に対して、交替MAB療法と併用して用いられる抗腫瘍剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ホルモン不応性前立腺癌患者、特に高齢者のホルモン不応性前立腺癌に対する薬物療法について研究を重ねた結果、交替MAB療法にテガフール・ウラシル配合剤を併用することにより、十分な治療効果が示されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
さらに、チミジル酸合成酵素遺伝子(以下、「TS遺伝子」ともいう)の発現量を指標とすることにより、交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法に十分な治療効果を示す可能性が高い患者を予測する方法を見出し、本発明を完成するに至った。なお、チミジル酸合成酵素(以下、「TS」ともいう)は、従来から他の癌種においてテガフール・ウラシル配合剤の治療効果規定因子として知られているが(例えば、Br J Cancer:92(7)、1231−1239(2005))、ホルモン不応性前立腺癌の治療において、交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法の患者層の選択にTS遺伝子の発現産物を指標にできることは全く知られていない。
また、70歳以上のホルモン不応性前立腺癌患者の治療に対して、重篤な副作用を伴わずに優れた治療効果を示す治療法もこれまでに知られていない。
【0009】
すなわち本発明は、ホルモン不応性前立腺癌における交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法に関する治療効果を予測する方法及び当該交替MAB療法に併用する抗腫瘍剤を提供するものである。
項1.
ホルモン不応性前立腺癌患者の治療のために、交替MAB療法に併用するテガフール・ウラシル配合剤からなる抗腫瘍剤。
項2.
交替MAB療法が、抗アンドロゲン剤を追加又は変更した交替MAB療法である項1記載の抗腫瘍剤。
項3.
テガフール・ウラシル配合剤における各有効成分のモル比が、テガフール:ウラシル=1:4である項1又は項2に記載の抗腫瘍剤。
項4.
ホルモン不応性前立腺癌患者が70歳以上である項1乃至3のいずれか1項に記載の抗腫瘍剤。
項5.
下記工程(1)〜(2)を含む、ホルモン不応性前立腺癌患者における交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用に関する薬物療法における治療効果を予測する方法:
(1)患者から採取された癌細胞を含み得る生体試料に含まれるTS遺伝子の発現量を測定する工程、
(2)上記工程(1)で測定した発現量が、予め設定した対応するカットオフポイント(ベータアクチンに対する比)と比較して低い場合、ホルモン不応性前立腺癌患者が当該薬物療法を選択するのに十分な治療効果を示す可能性が高いと予測する工程。
項6.
テガフール・ウラシル配合剤における各有効成分のモル比が、テガフール:ウラシル=1:4である項5記載の方法。
項7.
ホルモン不応性前立腺癌患者が70歳以上である項5記載の方法。
項8.
項5乃至7のいずれか1項に記載の方法により、当該薬物療法を選択するのに十分な治療効果を示す可能性が高いと予測されたホルモン不応性前立腺癌患者に当該薬物療法を実施することを特徴とする、テガフール・ウラシル配合剤からなる抗腫瘍剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、ホルモン不応性前立腺癌患者、特に70歳以上の高齢のホルモン不応性前立腺癌患者に対して、優れた治療効果を示す治療法を提供するものであり、従来のホルモン不応性前立腺癌の治療に比較して、重篤な副作用を伴わないことから患者のQOLを大幅に向上するものである。
【0011】
さらに、本発明は、ホルモン不応性前立腺癌患者のTS遺伝子の発現量を測定し、予め設定したカットオフポイントを基準として、交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤の併用効果が高いと予測される患者層を選定することにより、ホルモン不応性前立腺癌に対して患者層を選定しない場合に比較して、より優れた治療効果を示す薬物療法を提供するものである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明において、ホルモン不応性前立腺癌とはLH−RHアゴニストまたはMAB(maximum androgen blockade)療法後に再燃を来した前立腺癌を意味する。
【0013】
本発明において、交替MAB療法とは、初回治療においてLH−RHアゴニストのみを投与した後に再燃を来したホルモン不応性前立腺癌を治療するに際しては、前記LH−RHアゴニストに加えて新たに抗アンドロゲン剤を追加する療法、又は初回治療においてLH−RHアゴニストと抗アンドロゲン剤とを併用した後に再燃を来したホルモン不応性前立腺癌を治療するに際しては、初回治療で用いた抗アンドロゲン剤とは異なる種類の抗アンドロゲン剤とを併用した療法を意味する。
【0014】
本明細書において用いられる抗アンドロゲン剤としては、具体的には、例えば、酢酸クロルマジノン、フルタミド、ビカルタミド等が挙げられ、また、LH−RHアゴニストとしては、具体的には、例えば、酢酸ゴセレリン、酢酸リュープロレリン等が挙げられる。
【0015】
本発明における治療効果は、前立腺癌取り扱い規約〔第3版〕にある腫瘍マーカー:PSAの評価法に準じて判定され,各効果はPSA奏効率、無増悪生存期間、1年無増悪生存率、ハザード比、PSA低下期間の延長程度などにより判定することができる。
【0016】
本発明における有効成分であるテガフール(一般名、化学名:5−フルオロ−1−(2−テトラヒドロフリル)−2、4−(1H、3H)−ピリミジンジオン)は、公知の化合物であり、生体内で活性化を受けて5−フルオロウラシルを放出する薬剤である。テガフールは、公知の方法、例えば特公昭49−10510号に記載されている方法に従って製造できる。
【0017】
本発明における有効成分であるウラシル(一般名、化学名:ウラシル)も公知の化合物であり、それ自身全く抗腫瘍活性を有さないものであるが、5−フルオロウラシルが生体内において代謝されて不活性化されることを抑制するものであり、抗腫瘍効果を増強させることができる。
【0018】
本発明の抗腫瘍剤として用いるテガフールとウラシルの両成分の配合割合は、通常の公知の配合剤の場合と同様で良く、一般にはテガフール1モルに対してウラシルを0.02〜10モル、好ましくは0.1〜10モルとするのがよい。特に好ましくは、テガフール:ウラシル(モル比)=1:4である。
【0019】
本発明の抗腫瘍剤として用いるテガフールとウラシルの両成分の配合割合は、通常の公知の配合剤の場合と同様で良く、一般にはテガフール1モルに対してウラシルを0.02〜10モル、好ましくは0.1〜10モルとするのがよい。特に好ましくは、テガフール:ウラシル(モル比)=1:4である
本発明における各有効成分の投与量は、用法、患者の年齢、性別、疾患の程度、その他の条件により適宜選択できる。通常経口投与の場合、テガフールの量が0.1〜100mg/kg/日程度、好ましくは1〜30mg/kg/日程度、ウラシルが0.1〜100mg/kg/日程度、好ましくは1〜50mg/kg/日程度の範囲となる量を目安とするのが良い。
【0020】
本発明に用いられるテガフール・ウラシル配合剤としては、モル比が1:4である医薬組成物として、商品名ユーエフティ(以下、「UFT」ともいう)が知られており、頭頸部癌、胃癌、結腸・直腸癌、肝臓癌、胆嚢・胆管癌、膵臓癌、肺癌、乳癌、膀胱癌、前立腺癌、子宮頸癌に対する治療薬として用いられている。当該UFTがホルモン不応性前立腺癌患者に対して交替MAB療法との併用療法で有用であるという報告は特にない。
【0021】
本発明における製剤の投与形態としては特に制限は無く、テガフールとウラシルを含有する経口投与用組成物であれば、その形態は特に制限されない。具体的には、錠剤、顆粒剤、細粒剤、粉末剤、カプセル剤、丸剤、乳剤、懸濁剤、液剤等が挙げられる。本発明の各有効成分を複数の剤型に製剤化する場合は、当該製剤はそれぞれ異なる投与形態であっても同一の投与形態であってよい。例えば、テガフール・ウラシル配合剤は経口剤とすることが好ましい。
【0022】
本発明の製剤は、薬理学的に許容される担体を用いて、それぞれの投与形態において通常公知の製剤化方法により製造される。かかる担体としては、通常の薬剤に汎用される各種のもの、例えば賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、希釈剤、崩壊抑制剤、吸収促進剤、保湿剤、吸着剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、pH調整剤、緩衝剤、安定化剤、着色剤、矯味剤、矯臭剤等を例示できる。
【0023】
賦形剤としては、例えば、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、尿素、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、結晶セルロース、ケイ酸等の賦形剤、水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン溶液、カルボキシメチルセルロース、セラック、メチルセルロース、リン酸カリウム、ポリビニルピロリドン等の結合剤、乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、デンプン、乳糖等の崩壊剤、白糖、ステアリン、カカオバター、水素添加油等の崩壊抑制剤、第4級アンモニウム塩基、ラウリル硫酸ナトリウム等の吸収促進剤、グリセリン、デンプン等の保湿剤、デンプン、乳糖、カオリン、ベントナイト、コロイド状ケイ酸等の吸着剤、精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ酸末、ポリエチレングリコール等の滑沢剤、ピロ亜硫酸ナトリウム、エチレンジアミン四酢酸、チオグリコール酸、チオ乳酸及びこれらの混合物等の安定化剤、塩化ナトリウム、ホウ酸、ブドウ糖、グリセリン及びこれらの混合物等の等張化剤、クエン酸ナトリウム、クエン酸、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウム及びこれらの混合物等のpH調整剤及び緩衝剤、酸化チタン、酸化鉄等の着色剤、白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸等の矯味・矯臭剤、ポリエチレングリコール、D−マンニトール等の溶解補助剤、ステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、塩化ベンザルコニウム等の懸濁化剤等を使用できる。
【0024】
さらに錠剤は必要に応じ通常の剤皮を施した錠剤、例えば糖衣錠、ゼラチン被包錠、腸溶被錠、フィルムコーティング錠あるいは二重錠、多層錠とすることができる。丸剤の形態に成形するに際しては、例えばブドウ糖、乳糖、デンプン、カカオ脂、硬化植物油、カオリン、タルク等の賦形剤、アラビアゴム末、トラガント末、ゼラチン、エタノール等の結合剤、ラミナラン末、カンテン末等の崩壊剤等を使用できる。
【0025】
本発明における投与スケジュールは、患者の年齢、性別、病期、転移の有無、治療暦などの条件により適宜選択されるが、再燃が認められない限り投与を継続することが好ましい。
【0026】
本発明の予測方法の対象となる患者は、ホルモン不応性前立腺癌を有する患者であるが、原発巣が前立腺癌であり、前立腺以外の臓器、組織に転移した前立腺癌を有する患者であっても良い。
【0027】
本発明のTS遺伝子の発現量測定において用いることができる生体試料としては、癌細胞を含む可能性がある試料であれば特に限定されず、体液(血液、尿等)、組織、その抽出物及び採取した組織の培養物などが例示できる。また、生体試料の採取方法は、生体試料の種類や癌種に応じた方法により適宜選択することができる。生体試料からのDNA、RNA、タンパク質の調製は、通常公知の方法により行うことができる。組織としては、特に前立腺が挙げられるが、前立腺から他の臓器や膀胱などに転移した場合には、転移した部位が対象の組織となる。
【0028】
TSは、dUMPから葉酸を補酵素としてdTMPを合成する活性を有する酵素であり、DNA合成時に必要な酵素として知られている。また、5−フルオロウラシルの標的酵素としても知られている。なお、ヒトのTSの遺伝子の塩基配列やアミノ酸配列は公知である(Nucleic Acids Res.13:2035−2043(1985))。
【0029】
本発明の予測方法は、TS遺伝子の発現量を指標とするが、その発現量としてはmRNAの発現量であっても、タンパク質の発現量であってもよい。ここでmRNAの発現量は、TS遺伝子と特異的にハイブリダイズするプローブ又はプライマーを用いて、ノーザンブロット法、定量的又は半定量的PCR法(例えばRT−PCR法、リアルタイムPCR法)、in situハイブリダーゼーション法など公知の遺伝子発現量の測定法に従い測定することができる。当該発現量は、常に一定範囲の量を発現しているタンパク質/遺伝子(例えばβアクチンなどのハウスキーピング遺伝子又はその発現タンパク質)を基準として、比により評価することができる。
【0030】
また、タンパク質発現量は、TSを特異的に認識する抗体を用いて、酵素免疫測定法、放射性免疫測定法、蛍光免疫測定法、ELISA法、ウェスタン・ブロッティング法、免疫組織化学染色法など公知の免疫学的測定法を行うことにより測定することができる。
【0031】
ノーザンブロット法、in situハイブリダーゼーション法などの遺伝子発現量の測定法に用いられるプローブは、TS遺伝子の塩基配列内の少なくとも15塩基長〜全塩基長、好ましくは20塩基長〜全塩基長、より好ましくは30塩基長〜全塩基長の連続した塩基配列と特異的にハイブリダイズするように、通常公知のプローブ設計方法に従い上記各塩基長を有するポリヌクレオチドとして設計される。
【0032】
RT−PCR法、リアルタイムPCR法などの定量的又は半定量的PCR法に用いられるプライマー、プローブの設計は、例えば以下のようにして行うことができる。
【0033】
本発明のプライマー及びプローブは、TS遺伝子の塩基配列内の少なくとも10塩基長〜全塩基長、好ましくは10〜100塩基長、より好ましくは10〜50塩基長、さらに好ましくは10〜35塩基長の連続した塩基配列と特異的にハイブリダイズするように、通常公知のプライマー及びプローブ設計方法に従い上記各塩基長を有するポリヌクレオチドとして設計される。例えば、TS遺伝子の発現産物検出用のプライマー、すなわちPCRのフォワードプライマー及びリバースプライマーは、TS遺伝子のうちエキソン領域から設計及び合成することができる。フォワードプライマー及びリバースプライマーは、TS遺伝子の各エキソン領域のうち、一方を上流側のエキソン領域の塩基配列に基づき設計し(フォワードプライマー)、他方をその下流側のエキソン領域の塩基配列に基づき設計する(リバースプライマー)。例えば、TS遺伝子のプライマーをエキソン1〜3に基づき設計する際において、フォワードプライマーをエキソン1領域の配列に基づいて設計する場合は、リバースプライマーは、その下流側のエキソン2又はエキソン3領域の配列に基づいて設計する。リバースプライマーは、TS遺伝子のmRNAの配列に相補的となるように設計する。また、このプライマーとしては、各エキソン領域を含むTS遺伝子のmRNAの塩基配列の全て及びその一部の配列を用いることができるが、それぞれのエキソン領域からPCRによる増幅効率を考慮してプライマーを設計するのが望ましい。
【0034】
TS遺伝子の発現産物検出用プローブとしては、上記プライマーを使用してPCR反応により、増幅されるTS遺伝子の各一本鎖DNAとハイブリダイズ可能なものであれば特に制限されない。TS遺伝子の全エキソンの塩基配列あるいはその一部と相補的な配列を有するかあるいはストリンジェントな条件でハイブリダイズ可能なものであればよい。
【0035】
なお、当該プローブは、TS遺伝子と特異的にハイブリダイズするものであれば、完全に相補的である必要はない。かかるポリヌクレオチドとして、好ましくはTS遺伝子の塩基配列において連続する少なくとも15塩基以上の塩基配列からなるポリヌクレオチド又はその相補ポリヌクレオチドと比較して、塩基配列において70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有するポリヌクレオチドである。
【0036】
なお、本発明において「特異的にハイブリダイズする」とは、ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下において、特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されないことをいう。ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件は、通常公知の方法に従ってハイブリッドを形成する核酸の融解温度(Tm)などに基づいて決定することができる。具体的なハイブリダイズ状態を維持できる洗浄条件として通常「1×SSC、0.1%SDS、37℃」程度の条件、より厳格には「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」程度の条件、さらに厳格には「0.1×SSC、0.1%SDS、65℃」程度の条件が挙げられる。
【0037】
また、ヒトにおけるTS遺伝子の塩基配列が公知であるため、当該プローブ又はプライマーは、その塩基配列に基づいて、通常公知の合成方法、例えば市販のヌクレオチド合成機によって作製することができる。また、その塩基配列を鋳型としてPCR法によって調製することもできる。
【0038】
また、当該プローブ又はプライマーは、TS遺伝子を容易に検出できるように、通常慣用されている放射性物質、蛍光物質、化学発光物質、または酵素で標識されていてもよい。
【0039】
本発明の抗体は、TSを特異的に認識するものであれば特に制限されず、モノクローナル抗体及びポリクローナル抗体のいずれであってもよく、Fab断片やF(ab’)2断片などの抗体断片であってもよい。また、当該抗体は、通常公知の方法に従って製造することができる(例えば、Current protocols in Molecular Biology edit. Ausubel et al.(1987)、 Publish. John Wiley and Sons. Section 11.12−11.13)。
【0040】
TS遺伝子の発現量が、予め設定した各カットオフポイントと比較して低い場合、ホルモン不応性前立腺癌患者が交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法を選択するのに、より高い十分な治療効果を示す可能性が高いと予測する。
【0041】
本発明におけるカットオフポイントは、測定対象や測定方法の種類などの諸条件により変動するものであるため、条件に合わせて予め設定する必要がある。カットオフポイントは、測定対象(患者の数、年齢、性別、体重、健康状態、疾患の状態)や測定方法(遺伝子とタンパク質のいずれの発現産物を測定対象とするか)、測定条件(例えば遺伝子発現産物(mRNA)の測定におけるプライマー、プローブの配列、標識の種類、発現産物がタンパク質の場合の抗体の種類及び感度など)、統計的手法などにより変動するため、本発明は、これらの諸条件により変動し得る任意のカットオフポイントを用いた発明を広く包含し、特定の値に限定されない。ここでカットオフポイントは、予め測定しておいたTS遺伝子の発現量から種々の統計解析手法により求めることができる。例えば、交替MAB療法或いは交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法を受けた患者におけるTS遺伝子発現量の平均値や中央値;交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法を受けた患者のTS遺伝子発現量の低値群におけるPSA奏効率が最大となる値又はある水準以上になる値(例えば、80%以上になる値);交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法を受けた患者のTS遺伝子発現量の低値群と高値群におけるPSA奏効率のp値が最小になる値が例示できる。
【0042】
その結果、本薬物療法におけるTS遺伝子のカットオフポイント(ベータアクチンに対する比)は、例えばリアルタイムPCR法では0.46〜1.24×10−2が好ましく、0.77〜1.24×10−2が特に好ましい。
【実施例】
【0043】
以下、本発明を実施例に基づき、より詳細に説明するが、本発明がこれら実施例に限定されないことはいうまでもない。
【実施例1】
【0044】
ホルモン不応性前立腺癌症例における交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法における治療効果
初回治療として内分泌療法(LH−RHアゴニストまたはMAB療法)が選択され、その後に再燃を来したホルモン不応性前立腺癌患者を対象に交替MAB療法又は交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法による治療を施行した。
【0045】
テガフール・ウラシル配合剤としてUFTを使用し、経口投与した。当該治療に併せて付随研究として遺伝薬理学的研究を実施した。
【0046】
UFTの1回投与量は、260mg/m/日(テガフールとして1日300〜400mg)を1日2〜3回に分けて食後に経口投与し、再燃が認められない限り投与を継続した。
【0047】
当該試験の中止基準として、以下の場合には、当該試験担当医師の判断で試験を中止することとした。
【0048】
1.PSAが3回連続して上昇、測定可能な軟部組織病変または臓器内病変の増大、あるいは新病変が出現した場合
2.Grade4の有害事象が発現した場合
3.下記のようなコントロール困難な重篤な有害事象・有害反応が発現した場合
重症感染症、出血・脱水・電解質異常を伴う下痢、高度な神経障害、重症腸管麻痺、肺臓炎
4.その他の重篤な有害事象・有害反応の発現により、継続投与が困難となった場合
5.合併症の悪化などにより病態が急激に不良となった場合
6.減量後にも、再び減量を要する毒性が認められた場合
7.患者又は家族から試験中止の申し出があった場合
8.その他、研究担当医師が本治療の継続を不可能と判断した場合
治療効果(PSA効果)の判定は、前立腺癌取扱い規約〔第3版〕にある、腫瘍マーカー(PSA)の評価法に準じて判定し、以下の通りとした。
【0049】
著効(CR):異常前値が基準値に復した場合
有効(PR):異常前値が50%以上の改善を呈するが、基準値にまでは復さなかった場合
不変(NC):異常前値が50%未満の改善か、25%未満の増悪を呈した場合
進行(PD):異常前値が25%以上増加するか、基準前値が異常値になった場合
以上より、PSA効果は最良効果判定を採用し、PSA奏効率はCR+PRを有効、NC+PDを無効として算出した。再燃はPSAが3回連続して上昇した場合とした。
【0050】
無増悪生存期間(PFS)は患者登録日から病態進行に達した日(PD評価日)までの期間と定義した。病態進行に達する前に死亡した被験者では、死亡を病態進行と取り扱った。病態進行に達していない場合は、最終評価日を解析に用いた。
【0051】
なお、遺伝子発現解析に用いるRNAサンプルの電気泳動により、RNA分解程度の指標であるRIN(RNA Integrity Number)が2.0未満と高度な分解を呈した症例については予め全ての解析より除外した。
【0052】
当該試験における交替MAB療法群(以下、「MAB群」)、交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法群(以下、「MAB+UFT群」)の治療成績を表1〜3に示す。
【0053】
【表1】

【0054】
【表2】

【0055】
【表3】

【0056】
その結果、ホルモン不応性前立腺癌患者に対する「MAB群」あるいは「MAB+UFT群」のPSA奏効率はそれぞれ33.3%、73.3%であった(表1)。また、無増悪生存期間について、「MAB群」に比較して、「MAB+UFT群」で明らかな延長をみとめ、無増悪生存期間の中央値は6.4ヶ月、16.6ヶ月と有意に「MAB+UFT群」で高い治療効果をみとめた(表2)。さらに、PSA低下期間においても「MAB群」に比較して、「MAB+UFT群」で明らかな延長をみとめた。
【0057】
また、70歳以上のホルモン不応性前立腺癌患者に対する「MAB群」及び「MAB+UFT群」のPSA奏効率は、それぞれ29%、75%であった。さらに、70歳以上のホルモン不応性前立腺癌患者に対する「MAB群」及び「MAB+UFT群」の1年無増悪生存率は、それぞれ11%、73%であった(表3)。
【0058】
なお、「MAB群」及び「MAB+UFT群」のいずれの群においてもグレード3以上の血液毒性、非血液毒性は殆ど認められなかった。
【0059】
以上のことから、ホルモン不応性前立腺癌患者に対する交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法は優れた治療効果をもたらすことが明らかとなった。また、70歳以上のホルモン不応性前立腺癌患者に対しては特に優れた効果をもたらした。
【実施例2】
【0060】
TS遺伝子の発現量測定
TS遺伝子の発現量は、初回治療開始前に実施した前立腺のニードルバイオプシー組織よりホルマリン固定パラフィン包埋切片を作製し、Laser captured microdissectionにて採取した腫瘍細胞からトータルRNAを抽出し、逆転写後、得られたcDNAを増幅し、Taqman(登録商標)リアルタイムPCR法によりベータアクチンに対する比として定量した。なお、TS遺伝子の発現量測定用のプライマー及びプローブとして、以下の配列番号1〜3で示すプライマー及びプローブを用いた。さらに、ベータアクチン遺伝子発現量の測定には、以下の配列番号4〜6で示すプライマー及びプローブを用いた。
【0061】
【表4】

【0062】
上記表4記載のプライマー及びプローブ以外に、公知のTS遺伝子配列のオープンリーディングフレームをもとにして種々のフォワードプライマー、リバースプライマー、プローブを設計できる。
【実施例3】
【0063】
カットオフポイントの算出
カットオフポイントは、次のような統計解析手法により求めた。
【0064】
(1)交替MAB療法あるいは交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法を受けた患者におけるTS遺伝子発現量の中央値は1.02×10−2であった。
【0065】
(2)交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法を受けた患者のTS遺伝子発現量の低値群におけるPSA奏効率が80%以上となるカットオフポイントを算出したところ、0.46〜1.24×10−2であった。
【0066】
(3)交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法を受けた患者のTS遺伝子発現量の低値群と高値群におけるPSA奏効率のp値が最小となるカットオフポイントを算出したところ、0.77×10−2であった。
【実施例4】
【0067】
TS遺伝子発現量を指標にして選択された患者、及び70歳以上の患者での交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法における治療効果
実施例3で算出したカットオフポイント値を用いてTS遺伝子発現量の低値群と高値群の2群における交替MAB療法、交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法のPSA奏効率の算出と生存期間解析を実施した。結果を表5〜8に示す。
【0068】
【表5】

【0069】
上記表5のとおり、70歳以上のホルモン不応性前立腺癌患者を対象として、「MAB+UFT群」でTS低値群のPSA奏効率が80%以上となるカットオフポイントのうち、下限値である0.46×10−2をカットオフポイントとして採用した場合、「MAB+UFT群」のTS低値群は、「MAB群」や「MAB+UFT群」のTS高値群よりも高い治療効果を示した。
【0070】
【表6−1】

【0071】
上記表6−1のとおり、「MAB+UFT群」でTS低値群とTS高値群のPSA奏効率のp値が最小となるカットオフポイントを採用した場合、「MAB+UFT群」のTS低値群は、「MAB群」や「MAB+UFT群」のTS高値群よりも高い治療効果を示した。
【0072】
【表6−2】

【0073】
上記表6−2のとおり、70歳以上のホルモン不応性前立腺癌患者を対象として、「MAB+UFT群」でTS低値群とTS高値群のPSA奏効率のp値が最小値となるカットオフポイントを採用した場合、「MAB+UFT群」のTS低値群は、「MAB群」や「MAB+UFT群」のTS高値群よりも高い治療効果を示した。
【0074】
【表7−1】

【0075】
上記表7−1のとおり、交替MAB療法、あるいは交替MAB療法とUFTとの併用療法を受けた患者におけるTS遺伝子発現量の中央値である1.02×10−2カットオフポイントを採用した場合、「MAB+UFT群」のTS低値群は、「MAB群」や「MAB+UFT群」のTS高値群よりも高い治療効果を示した。
【0076】
【表7−2】

【0077】
上記表7−2のとおり、70歳以上のホルモン不応性前立腺癌患者を対象として、MAB療法、あるいは交替MAB療法とUFTとの併用療法を受けた患者のTS遺伝子発現量の中央値である1.02×10−2カットオフポイントを採用した場合、「MAB+UFT群」の低値群は、「MAB群」や「MAB+UFT群」のTS高値群よりも高い治療効果を示した。
【0078】
【表8−1】

【0079】
上記表8−1のとおり、「MAB+UFT群」でTS低値群のPSA奏効率が80%以上となるカットオフポイントのうち上限値である1.24×10−2をカットオフポイントとして採用した場合、「MAB+UFT群」のTS低値群は、「MAB群」や「MAB+UFT群」のTS高値群よりも高い治療効果を示した。
【0080】
【表8−2】

【0081】
上記表8−2のとおり、70歳以上のホルモン不応性前立腺癌患者を対象として、「MAB+UFT群」でTS低値群のPSA奏効率が80%以上となるカットオフポイントのうち上限値である1.24×10−2をカットオフポイントとして採用した場合、「MAB+UFT群」のTS低値群は、「MAB群」や「MAB+UFT群」のTS高値群よりも高い治療効果を示した。
【0082】
以上のとおり、ホルモン不応性前立腺癌患者における交替MAB療法とUFTとの併用療法では、交替MAB療法に比較し有意なPSA奏効率の増加、無増悪生存期間の延長がみられ、UFTを併用することの有効性がみとめられた。さらに、交替MAB療法とUFTとの併用療法において,腫瘍組織中TS遺伝子発現量を指標として発現量の低い患者を選択すると、交替MAB療法に比較しPSA奏効率が30〜47%の増加、1年無増悪生存率が67〜80%の増加を示し、さらに、ハザード比が0.09〜0.22という顕著に高い治療効果を示した。特に、70歳以上の患者においては、PSA奏効率が48〜57%の増加、1年無増悪生存率が100%の増加を示し、さらに、ハザード比が<0.01という顕著に高い治療効果を示した。
【0083】
以上のように、腫瘍組織中TS遺伝子の発現量を指標としてホルモン不応性前立腺癌患者を選択することにより、交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法は高い治療効果を有することが明らかになった。さらに、腫瘍組織中TS遺伝子の発現量を指標として、70歳以上の高齢のホルモン不応性前立腺癌患者に対する交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用療法は特に高い治療効果を有することが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホルモン不応性前立腺癌患者の治療のために、交替MAB(maximum androgen blockade)療法に併用するテガフール・ウラシル配合剤からなる抗腫瘍剤。
【請求項2】
交替MAB療法が、抗アンドロゲン剤を追加又は変更した交替MAB療法である請求項1記載の抗腫瘍剤。
【請求項3】
テガフール・ウラシル配合剤における各有効成分のモル比が、テガフール:ウラシル=1:4である、請求項1又は2に記載の抗腫瘍剤。
【請求項4】
ホルモン不応性前立腺癌患者が70歳以上である請求項1乃至3のいずれか1項に記載の抗腫瘍剤。
【請求項5】
下記工程(1)〜(2)を含む、ホルモン不応性前立腺癌患者における交替MAB療法とテガフール・ウラシル配合剤との併用に関する薬物療法における治療効果を予測する方法:
(1)患者から採取された癌細胞を含み得る生体試料に含まれるチミジル酸合成酵素遺伝子(TS遺伝子)の発現量を測定する工程、
(2)上記工程(1)で測定した発現量が、予め設定した対応するカットオフポイント(ベータアクチンに対する比)と比較して低い場合、ホルモン不応性前立腺癌患者が当該薬物療法を選択するのに十分な治療効果を示す可能性が高いと予測する工程。
【請求項6】
テガフール・ウラシル配合剤における各有効成分のモル比が、テガフール:ウラシル=1:4である請求項5記載の方法。
【請求項7】
ホルモン不応性前立腺癌患者が70歳以上である請求項5記載の方法。
【請求項8】
請求項5乃至7のいずれか1項に記載の方法により当該薬物療法を選択するのに十分な治療効果を示す可能性が高いと予測されたホルモン不応性前立腺癌患者に当該薬物療法を実施することを特徴とする、テガフール・ウラシル配合剤からなる抗腫瘍剤。

【公開番号】特開2011−132186(P2011−132186A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−294201(P2009−294201)
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(304020292)国立大学法人徳島大学 (307)
【出願人】(000207827)大鵬薬品工業株式会社 (52)
【Fターム(参考)】