説明

ボイラの防食方法

【課題】水加ヒドラジンを用いることなく、長期間にわたって高い防食効果を得ることができるボイラの防食方法の提供。
【解決手段】ボイラ内に供給したヒドラジド化合物を含有するボイラ水を加熱して、ヒドラジド化合物を熱分解し、ヒドラジンを発生させる工程を含むボイラの防食方法を提供する。このボイラの防食方法では、ヒドラジド化合物の熱分解によって、ヒドラジンを発生させるため、作業者が直接高濃度の水加ヒドラジンを取り扱う必要がない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボイラの防食方法に関する。より詳しくは、ヒドラジド化合物を用いたボイラの防食方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ボイラプラントの運転を休止する場合、ボイラ水の温度が低下してボイラ内が大気圧に対して負圧となると、ボイラ内に酸素を含む外気が流入してボイラ内部に腐食が発生することがある。そこで、運転休止時のボイラの防食方法として、ボイラ水を完全にブローし、シリカゲルなどの乾燥剤をボイラ内に配置して乾燥させ、ボイラ内を窒素ガスで密閉する「乾燥保存方法」が採用されている(JIS B 8223:2006の解説)。
【0003】
また、ボイラ構造が複雑で完全にボイラ水をブロー出来ない場合には、乾燥保存方法に替わって、「満水保存方法」が採用される(JIS B 8223:2006の解説)。満水保存方法では、腐食防止用の薬剤を溶解した処理水をボイラ内に張り込んで、ボイラ内の空気相部の体積を最小にし、蒸気ドラムなどのボイラ上部に窒素ガスを加圧封入している。満水保存方法によるボイラ防食では、腐食防止用の薬剤として、従来、還元力、酸素除去力及び腐食防止力に優れた水加ヒドラジン(ヒドラジン一水和物)が用いられている。
【0004】
一方、ボイラを新規に設置する場合や既設ボイラの内部を補修する場合、作業時にボイラ内面の鋼材表面に形成された酸化鉄皮膜の傷や皮膜が剥がれて露出した金属面などから腐食が発生することがある。そこで、ボイラを新設又は補修した後には、ボイラの腐食を防止するため、腐食防止用の薬剤を溶解した処理水をボイラ内に張り込んで、鋼材表面上の酸化鉄皮膜を安定化させ、皮膜が剥離して露出した金属面上にも酸化鉄皮膜を再形成させることが行われている。この際の腐食防止用の薬剤にも、上記の水加ヒドラジンが汎用されている。
【0005】
水加ヒドラジンは、還元力、酸素除去力及び腐食防止力が強く、揮発性もあるため、ボイラ休止時又は新設・補修時におけるボイラの防食処理のための腐食防止用薬剤として優れた効果を発揮する。しかし、水加ヒドラジンは、急性毒性が強く、発癌性の指摘もなされている。水加ヒドラジンを溶解した処理水をボイラ内に張り込むに際しては、水加ヒドラジンをヒドラジン(N2H4)濃度として50〜500mg/Lという高濃度で処理水中に添加する必要があり、作業者は5〜80%という高濃度の水加ヒドラジン原液を取り扱うこととなる。そのため、水加ヒドラジンを用いた防食方法では、作業者への健康上の影響が懸念されている。
【0006】
水加ヒドラジンの毒性の問題を解決するための技術として、特許文献1には、「アンモニアを添加したボイラ水を供給してボイラを満水にして保存することを特徴とする休止中ボイラの防食方法」が開示されている。この方法は、水加ヒドラジンに替えて、人体に対する安全性が高いアンモニアを用いるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−138219号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述の通り、休止時又は新設・補修時におけるボイラの防食処理には、従来、水加ヒドラジンを用いた方法が採用されているが、この方法には、水加ヒドラジンの毒性の問題がある。
【0009】
そこで、本発明は、水加ヒドラジンを用いることなく、長期間にわたって高い防食効果を得ることができるボイラの防食方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題解決のため、本発明は、ボイラ内に供給したヒドラジド化合物を含有するボイラ水を加熱して、ヒドラジド化合物を熱分解し、ヒドラジンを発生させる工程を含むボイラの防食方法を提供する。
このボイラの防食方法では、前記工程において、ボイラ内に供給したヒドラジド化合物を含有するボイラ水を、ヒドラジド化合物が熱分解する飽和温度に昇温させることで、ヒドラジド化合物を熱分解させる。そして、ヒドラジド化合物の熱分解により発生したヒドラジンの還元作用を利用して、ボイラ内の防食処理を行う。
このボイラの防食方法は、ボイラ内にヒドラジド化合物を含有するボイラ水を供給する工程、及びボイラ水にヒドラジド化合物を添加する工程を含むことができる。例えば、ヒドラジド化合物としてカルボジヒドラジドを用いる場合、ボイラ水への添加量は50〜500mg/Lとされる。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、水加ヒドラジンを用いることなく、長期間にわたって高い防食効果を得ることができるボイラの防食方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための好適な形態について説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0013】
本発明に係るボイラの防食方法は、ボイラ内にヒドラジド化合物を含有するボイラ水を供給する工程(工程A)と、ボイラ内に供給したヒドラジド化合物を含有するボイラ水を加熱して、ヒドラジド化合物を分解し、ヒドラジンを発生させる工程(工程B)と、を含む。以下、工程A及び工程Bについて詳細に説明する。
【0014】
1.工程A
本工程は、ボイラ内にヒドラジド化合物を含有するボイラ水を供給する工程である。以下、「ヒドラジド化合物を含有するボイラ水」を、単に「処理水」という場合があるものとする。
【0015】
ヒドラジド化合物は、一般に、酸のヒドロキシル基をヒドラジノ基で置換した化合物を意味する。本発明に係るボイラの防食方法に用いるヒドラジド化合物は、少なくとも一般にヒドラジド化合物と称される化合物を包含し、分子中に少なくとも1個のヒドラジド基を有する化合物であればよい。ヒドラジド化合物として、具体的には、例えば、ラウリン酸ヒドラジド、サリチル酸ヒドラジド、ホルムヒドラジド、アセトヒドラジド、プロピオン酸ヒドラジド、p−ヒドロキシ安息香酸ヒドラジド、ナフトエ酸ヒドラジド、3−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸ヒドラジド等の分子中に1個のヒドラジド基を有するモノヒドラジド化合物、炭酸とヒドラジンとの反応により生成するカルボジヒドラジド、シュウ酸ジヒドラジド、マロン酸ジヒドラジド、コハク酸ジヒドラジド、アジピン酸ジヒドラジド、アゼライン酸ジヒドラジド、セバシン酸ジヒドラジド、ドデカン二酸ジヒドラジド、マレイン酸ジヒドラジド、フマル酸ジヒドラジド、ジグリコール酸ジヒドラジド、酒石酸ジヒドラジド、リンゴ酸ジヒドラジド、イソフタル酸ジヒドラジド、テレフタル酸ジヒドラジド、ダイマー酸ジヒドラジド、2,6−ナフトエ酸ジヒドラジド等の2塩基酸ジヒドラジド等の分子中に2個のヒドラジド基を有するジヒドラジド化合物、ポリアクリル酸ヒドラジド等の分子中に3個以上のヒドラジド基を有するポリヒドラジド化合物を挙げることができる。ヒドラジド化合物には、これらの1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0016】
本発明に係るボイラの防食方法では、上記ヒドラジド化合物のうち、特にカルボジヒドラジドが好適に採用される。カルボジヒドラジドの熱分解では、ヒドラジンの他に、二酸化炭素のみが生成する。そのため、ヒドラジド化合物としてカルボジヒドラジドを用いれば、加熱条件下での排気によって容易に系外への除去が可能となる。
【0017】
ボイラ内への処理水の供給は、予めヒドラジド化合物を添加、溶解したボイラ水を、ボイラ内へ給水することにより行うことができる。また、ボイラ内への処理水の供給は、ボイラ内にボイラ水を給水した後又はボイラ水を給水しながら、ヒドラジド化合物を直接ボイラ内に投入し、溶解させることによって行うこともできる。
【0018】
ボイラ水に添加するヒドラジド化合物の量は、従来の水加ヒドラジンを用いた防食方法における水加ヒドラジン量(例えば、ヒドラジン濃度として50〜500mg/L)に相応する量とする。例えば、カルボジヒドラジドを用いる場合の添加量は、ボイラ水1Lあたり50〜500mgとされる。ボイラ水へのヒドラジド化合物の添加量をこの範囲とすることで、次に説明する工程Bにおいてボイラ水中に十分量のヒドラジンを発生させることができる。
【0019】
2.工程B
本工程は、ボイラ内に供給したヒドラジド化合物を含有するボイラ水を加熱して、ヒドラジド化合物を熱分解し、ヒドラジンを発生させる工程である。ヒドラジド化合物は、常温付近では安定であるが、加熱されると徐々に熱分解し、ヒドラジンと二酸化炭素等を発生する。
【0020】
加熱によって処理水中に発生したヒドラジンは、その還元作用によって処理水中の溶存酸素を除去する。さらに、処理水中に発生したヒドラジンは、ボイラ内面の鋼材表面に形成された既存の酸化鉄皮膜(ヘマタイト層)を還元して、四酸化三鉄皮膜(マグネタイト層)を形成する。また、処理水中に発生したヒドラジンは、ボイラ内面の鋼材表面に形成された酸化鉄皮膜の傷や皮膜が剥がれて露出した金属面上の水酸化鉄を還元して、四酸化三鉄皮膜(マグネタイト層)を形成する。
【0021】
本発明に係るボイラ防食方法では、処理水中に発生したヒドラジンによる処理水中の溶存酸素を除去する作用、及び耐腐食性を発揮する安定な四酸化三鉄皮膜を形成する作用によって、ボイラ内部の腐食を有効に防止することができる。
【0022】
処理水の加温は、主バーナや補助バーナ類を点火して処理水を加熱することにより行う。処理水は、添加されたヒドラジド化合物が分解する温度まで昇温される。ヒドラジド化合物が分解する温度は、化合物ごとに異なるが、例えば、カルボジヒドラジドを用いる場合、135℃以上でヒドラジンと二酸化炭素への分解が徐々に進行する。従って、処理水は、135℃以上、好ましくは180℃前後にまで昇温することが望ましい。
【0023】
工程Bの具体的手順は、例えば、以下のようにすることができる。
【0024】
主バーナや補助バーナ類を点火して処理水の加熱を開始後、ボイラ内の蒸気圧力が0.2以上0.5MPa未満となった時点で、空気抜き弁を一時的に短時間開放し、ボイラ内に留まっていた空気や処理水中に溶存していた気体、ヒドラジド化合物の分解によって発生した二酸化炭素等を蒸気とともにボイラ外に排出する。これにより、ボイラ内に留まっていた酸素によるボイラ内蒸気相側の腐食やヒドラジンの損耗を防止し、二酸化炭素の溶解による処理水のpH低下も防止される。
【0025】
次に、主バーナや補助バーナ類を調整しながら、ボイラ内の蒸気圧力が0.5MPa以上5MPa以下の範囲となるまで処理水を昇温させる。ヒドラジド化合物は、蒸気圧力0.4MPa以上の飽和温度で熱分解するが、これよりもやや高い0.5MPa以上5MPa以下の飽和温度に処理水を維持することで、ボイラ内面の鋼材表面に効率良く四酸化三鉄皮膜を形成させることができる。
【0026】
ボイラ内を上記飽和圧力に所定時間(例えば、5〜24時間)維持することで、処理水中に十分量のヒドラジンが発生する。具体的には、工程Aでヒドラジド化合物としてカルボジヒドラジドを50〜500mg/Lで添加した場合、処理水中に発生するヒドラジン濃度は40〜500mg/Lとなる。
【0027】
ボイラ内を上記の飽和圧力に所定時間維持する間、処理水中に発生したヒドラジンによって、処理水中の溶存酸素の除去、及び耐腐食性を発揮する安定な四酸化三鉄皮膜の形成が起こり、ボイラ内部の防食処理が進行する。このとき、処理水の熱対流によって処理水中に発生したヒドラジンが混合されることで、ボイラ内部を均一に防食処理することができる。
【0028】
その後、運転休止時のボイラの防食を目的とする場合には、バーナを消火し、放熱によって減温・減圧して、保管に移行する。具体的には、ボイラ内の蒸気圧力が0.2MPa程度にまで低下したら、空気抜き弁を開き、給水ポンプを稼動させて空気抜き弁から給水が漏れ出るまで給水を行い、満水状態にする。さらに、空気抜き弁に、圧力調節弁又は流量調節器を介して、窒素ガスボンベあるいは構内窒素ガスラインからの窒素ガス配管を接続し、圧力が低下したボイラ内に窒素ガスを充填する。
【0029】
また、新設・補修時におけるボイラの防食を目的とする場合には、バーナを消火して、放熱によって減温・減圧した後、空気抜き弁を開いて蒸気を放出し、ボイラ底部のバルブを開放して処理水を排出する。あるいは、さらに1MPa以上の蒸気圧力及び飽和温度の保持を所定時間(例えば、5〜24時間)続けて、処理水中のヒドラジンを熱分解によってアンモニアに分解した後に、バーナを消火し、放熱による減温・減圧、処理水の排出を行う。
【0030】
排出された処理水については、残留ヒドラジンの濃度を測定し、放流基準(pH、CODMn、残留ヒドラジン濃度)を満足するように水処理を実施する。水処理は、排出された処理水を排水処理水槽に仮貯水し、残留するヒドラジンを空気吹き込みや酸化剤の添加により酸化分解することによって行われる。なお、この水処理は、運転休止時に防食処理を行ったボイラを再運転する際、ボイラ内から排出される処理水についても同様に行われる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明に係るボイラの防食方法によれば、ボイラ内に供給したヒドラジド化合物を含有するボイラ水を加熱してヒドラジド化合物を熱分解し、ヒドラジンを発生させるため、作業者が直接高濃度の水加ヒドラジンを取り扱う必要がない。また、本発明において、ヒドラジド化合物の熱分解産物としてボイラ水中に発生させるヒドラジンの濃度は、直接水加ヒドラジンを投入する際に取り扱わなければならない水加ヒドラジン濃度の1/100以下であるため、人体への危険性を低減できる。さらに、ヒドラジド化合物としてカルボジヒドラジドを用いれば、熱分解産物としてボイラ水質への影響が軽微な水と窒素ガス、アンモニア、微量の二酸化炭素を発生するのみであるので、防食処理後の運転再開後もボイラ水質への影響やボイラの構造材料への腐食・スケール付着等の障害発生の危険性が小さい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボイラ内に供給したヒドラジド化合物を含有するボイラ水を加熱して、ヒドラジド化合物を熱分解し、ヒドラジンを発生させる工程を含むボイラの防食方法。
【請求項2】
前記工程において、ボイラ内に供給したヒドラジド化合物を含有するボイラ水を、ヒドラジド化合物が熱分解する飽和温度に昇温させる請求項1記載のボイラの防食方法。
【請求項3】
ボイラ内にヒドラジド化合物を含有するボイラ水を供給する工程を含む請求項1又は2記載のボイラの防食方法。
【請求項4】
ボイラ水にヒドラジド化合物としてカルボジヒドラジドを50〜500mg/Lで添加する工程を含む、請求項3記載のボイラの防食方法。


【公開番号】特開2010−236788(P2010−236788A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−85044(P2009−85044)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(000001063)栗田工業株式会社 (1,536)
【Fターム(参考)】