説明

ボツリヌス毒素医薬組成物

【課題】医薬組成物中において、ボツリヌス毒素を、動物由来タンパク質またはドナーからプールされるアルブミンを用いずに安定化する。
【解決手段】医薬組成物中のボツリヌス毒素を安定化するために、組換え産生アルブミンを使用する。組換え産生アルブミンは、有効かつ安全なボツリヌス毒素安定剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は医薬組成物に関する。本発明はとりわけ、ボツリヌス毒素を含有する医薬組成物、および該医薬組成物の製法に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬組成物は、ヒト患者に投与して所望の診断または処置効果を達成するのに適当な、1種またはそれ以上の活性成分および1種またはそれ以上の賦形剤、担体、安定剤または充填剤を含有する製剤である。
【0003】
貯蔵安定性とし、取扱いを容易にするために、医薬組成物は凍結乾燥粉末または減圧乾燥粉末として調製することができ、それを患者への投与前に塩類液または水で再構成することができる。また、医薬組成物は水溶液として調製することもできる。医薬組成物は、タンパク質活性成分を含有し得る。しかし、タンパク質は安定化するのが非常に困難であり得、それ故、タンパク質含有医薬組成物の調製、再構成(必要な場合)および使用前の貯蔵中に、タンパク質の損失および/またはタンパク質活性の低下が生じ得る。安定性の問題は、タンパク質の変性、分解、二量化および/または重合に由来し得る。種々の賦形剤、例えばアルブミンおよびゼラチンが、医薬組成物中に存在するタンパク質活性成分の安定化を意図して用いられており、ある程度の効果は達成されている。また、凍結乾燥の低温条件下におけるタンパク質の変性を軽減するために、凍結防止剤、例えばアルコールも用いられている。
【0004】
アルブミン
アルブミンは、豊富に存在する小さい血漿タンパク質である。ヒト血清アルブミンは分子量が約69キロダルトン(kD)で、医薬組成物中に不活性成分として用いられており、増量担体として、および医薬組成物中に存在するある種のタンパク質活性成分の安定剤として機能し得る。
【0005】
医薬組成物中でのアルブミンの安定化効果は、医薬組成物の多工程製造中にも、製造後の医薬組成物の再構成時にも発揮され得る。すなわち、アルブミンは、例えば次のような作用によって、医薬組成物中のタンパク質活性成分を安定化し得る:(1)表面、例えば実験室用ガラス製品、容器、医薬組成物を再構成するためのバイアル、および医薬組成物を注射するための注射器の内面への、タンパク質活性成分の付着(通常、「粘着性」と称される)を低減する。タンパク質活性成分の表面付着は、活性成分の損失、および残りのタンパク質活性成分の変性を招き得、その両方が、医薬組成物中に存在する活性成分の総活性を低下し得る。(2)活性成分の低希釈溶液を調製する際に起こり得る活性成分の変性を低減する。
【0006】
アルブミンは、医薬組成物中のタンパク質活性成分を安定化し得るだけでなく、ヒト患者に注射しても一般に免疫原性が無視できるという利点をも有する。明らかに免疫原性を有する化合物は、それに対する抗体生成を導き得、これがアナフィラキシー反応および/または薬剤耐性発現をもたらし得るので、免疫原性成分を含有する医薬組成物は、処置しようとする疾病または疾患に対し無効となっていく可能性がある。
【0007】
医薬組成物中のアルブミンの使用には、安定化効果が知られている一方で、重大な欠点もある。例えば、アルブミンは高価で、入手が困難になりつつある。更に、アルブミンのような血液成分を患者に投与すると、血液を介する病原体または感染物質に患者がさらされるという危険性が伴い得る。すなわち、医薬組成物中にアルブミンを配合することにより、医薬組成物に感染物質を非意図的に混入する可能性があるということが知られている。例えば、アルブミンの使用により医薬組成物にプリオンが混入し得ることが報告されている。プリオンは感染性のタンパク質性粒子で、正常なタンパク質を造るのと同じ核酸配列から異常コンフォメーションのイソ型として出現すると仮定される。更に、翻訳後レベルで正常イソ型タンパク質がプリオンタンパク質イソ型に「補充反応」する点に感染性が存すると仮定される。正常な内因性細胞タンパク質が誤った折り畳みに誘導されて病原性プリオンコンフォメーションを採るようである。重要なことに、アルブミンを調製するためのプールへの血液ドナーの1人がクロイツフェルト−ヤコブ病であると診断されたために、いくつかのヒト血清アルブミンのロットが流通から回収されている。
【0008】
クロイツフェルト−ヤコブ病(しばしば早送りでアルツハイマー病として特徴付けられる)は、まれな神経変性疾患のヒト感染性海綿状脳症であり、感染物質はプリオンタンパク質の異常なイソ型であるようである。クロイツフェルト−ヤコブ病の個体は、6箇月以内に、正常な健康体が悪化して無動無言症に至り得る。アルブミン輸液によりクロイツフェルト−ヤコブ病の医原性感染の恐れがあることが報告されており、血球成分を廃棄し、60℃に10時間加熱することを含んで成る通常のアルブミン調製方法では、クロイツフェルト−ヤコブ病感染を充分防止できないと考えられている。すなわち、ヒト血漿タンパク質濃厚物(例えば血清アルブミン)を含有する医薬組成物の投与によって、プリオンが媒介する疾患(例えばクロイツフェルト−ヤコブ病)に罹る危険性が存在し得るのである。
【0009】
アルブミン代替物としてゼラチンが、いくつかのタンパク質活性成分医薬組成物中に用いられている。明らかに、ゼラチンは動物由来タンパク質であり、それ故、アルブミンが有し得るのと同様に感染原となる危険性を有する。従って、血液成分ではないアルブミン代替物を見出すことが望ましく、好ましくはアルブミン代替物はゼラチンではなく、動物性原料から誘導するものではない。
【0010】
ボツリヌス毒素
嫌気性グラム陽性細菌であるボツリヌス菌(Clostridium botulinum)は、ボツリヌス中毒と呼ばれる神経麻痺性障害をヒトおよび動物において引き起こす強力なポリペプチド神経毒であるボツリヌス毒素を産生する。ボツリヌス菌およびその胞子は通常、土壌中に見出され、滅菌と密閉が不適切な零細缶詰工場の食品容器内で増殖する可能性があり、これが多くのボツリヌス中毒症例の原因である。ボツリヌス中毒の影響は、通例、ボツリヌス菌の培養物または胞子で汚染された食品を飲食した18〜36時間後に現れる。ボツリヌス毒素は、消化管内を弱毒化されないで通過することができ、そして末梢運動ニューロンを攻撃することができるようである。ボツリヌス毒素中毒の症状は、歩行困難、嚥下困難および会話困難から、呼吸筋の麻痺および死にまで進行し得る。
【0011】
A型ボツリヌス毒素は、人類に知られている最も致死性の天然の生物学的物質である。A型ボツリヌス毒素(精製された神経毒複合体)の約50ピコグラムがマウスにおけるLD50である。興味深いことに、モル基準でA型ボツリヌス毒素の致死力はジフテリアの18億倍、シアン化ナトリウムの6億倍、コブロトキシンの3000万倍、コレラの1200万倍である。Natuaral Toxins II[B. R. Singhら編、Plenum Press、ニューヨーク(1976)]のSingh、Critical Aspects of Bacterial Protein Toxins、第63〜84頁(第4章)(ここで、記載されるA型ボツリヌス毒素LD50 0.3ng=1Uとは、BOTOX(登録商標)約0.05ng=1Uという事実に補正される)。1単位(U)のボツリヌス毒素は、それぞれが18〜20グラムの体重を有するメスのSwiss Websterマウスに腹腔内注射されたときのLD50として定義される。
【0012】
7種類の血清学的に異なるボツリヌス神経毒が特徴付けられており、これらは、型特異的抗体による中和によってそのそれぞれが識別されるボツリヌス神経毒血清型A、B、C1、D、E、FおよびGである。ボツリヌス毒素のこれらの異なる血清型は、それらが冒す動物種、ならびにそれらが惹起する麻痺の重篤度および継続時間が異なる。例えば、A型ボツリヌス毒素は、ラットにおいて生じる麻痺率により評価された場合、B型ボツリヌス毒素よりも500倍強力であることが確認されている。また、B型ボツリヌス毒素は、霊長類では480U/kgの投与量で非毒性であることが確認されている。この投与量は、A型ボツリヌス毒素の霊長類LD50の約12倍である。ボツリヌス毒素は、コリン作動性の運動ニューロンに大きな親和性で結合して、ニューロンに移動し、シナプス前のアセチルコリン放出を阻止するようである。
【0013】
ボツリヌス毒素は、活動過多な骨格筋によって特徴付けられる神経筋障害を処置するために臨床的状況において使用されている。A型ボツリヌス毒素は、本態性眼瞼痙攣、斜視および片側顔面痙攣の12歳以上の患者を処置するために1989年に米国食品医薬品局によって承認された。末梢筋肉内A型ボツリヌス毒素の臨床的効果は、通常、注射後1週間以内に認められる。A型ボツリヌス毒素の単回筋肉内注射による症候緩和(すなわち弛緩した筋肉麻痺)の典型的な継続時間は約3ヶ月であり得る。
【0014】
すべてのボツリヌス毒素血清型が神経筋接合部における神経伝達物質アセチルコリンの放出を阻害するようであるが、そのような阻害は、種々の神経分泌タンパク質に作用し、かつ/またはこれらのタンパク質を異なる部位で切断することによって行われる。A型ボツリヌス毒素は亜鉛エンドペプチダーゼであり、細胞内小胞会合タンパク質SNAP-25のペプチド結合を特異的に加水分解し得る。E型ボツリヌス毒素も25キロダルトン(kD)のシナプトソーム会合タンパク質(SNAP-25)を切断するが、A型ボツリヌス毒素とは異なるタンパク質内アミノ酸配列を標的とする。B型、D型、F型およびG型のボツリヌス毒素は小胞会合タンパク質(VAMP、これはまたシナプトブレビンとも呼ばれる)に作用し、それぞれの血清型によってこのタンパク質は異なる部位で切断される。最後に、C1型ボツリヌス毒素は、シンタキシンおよびSNAP-25の両者を切断することが明らかにされている。作用機序におけるこれらの相違が、様々なボツリヌス毒素血清型の相対的な効力および/または作用の継続時間に影響していると考えられる。
【0015】
ボツリヌス毒素タンパク質分子の分子量は、既知のボツリヌス毒素血清型の7つのすべてについて約150kDである。興味深いことに、これらのボツリヌス毒素は、会合する非毒素タンパク質とともに150kDのボツリヌス毒素タンパク質分子を含む複合体としてクロストリジウム属細菌によって放出される。例えば、A型ボツリヌス毒素複合体は、900kD、500kDおよび300kDの形態としてクロストリジウム属細菌によって産生され得る。B型およびC1型のボツリヌス毒素は500kDの複合体としてのみ産生されるようである。D型ボツリヌス毒素は300kDおよび500kDの両方の複合体として産生される。最後に、E型およびF型のボツリヌス毒素は約300kDの複合体としてのみ産生される。これらの複合体(すなわち、約150kDよりも大きな分子量)は、非毒素のヘマグルチニンタンパク質と、非毒素かつ非毒性の非ヘマグルチニンタンパク質とを含むと考えられる。これらの2つの非毒素タンパク質(これらは、ボツリヌス毒素分子とともに、関連する神経毒複合体を構成し得る)は、変性に対する安定性をボツリヌス毒素分子に与え、そして毒素が摂取されたときに消化酸からの保護を与えるように作用すると考えられる。また、より大きい(分子量が約150kDよりも大きい)ボツリヌス毒素複合体は、ボツリヌス毒素複合体の筋肉内注射部位からのボツリヌス毒素の拡散速度を低下させ得ると考えられる。毒素複合体は、pH7.3で赤血球で処理することにより、毒素タンパク質およびヘマグルチニンタンパク質に分解し得る。毒素タンパク質は、ヘマグルチニンタンパク質を除去すると安定性が著しく低下する。
【0016】
ボツリヌス菌によって不活性な単鎖タンパク質として産生されるすべてのボツリヌス毒素血清型は、神経活性となるためにはプロテアーゼによって切断またはニッキングされなければならない。A型およびG型のボツリヌス毒素血清型を産生する細菌株は内因性プロテアーゼを有するので、A型およびG型の血清型は細菌培養物から主にその活性型で回収することができる。これに対して、C1型、D型およびE型のボツリヌス毒素血清型は非タンパク質分解性菌株によって合成されるので、培養から回収されたときには、典型的には不活性型である。B型およびF型の血清型はタンパク質分解性菌株および非タンパク質分解性菌株の両方によって産生されるので、活性型または不活性型のいずれでも回収することができる。しかし、例えば、B型ボツリヌス毒素を産生するタンパク質分解性菌株でさえも、産生された毒素の一部を切断するだけである。
【0017】
切断型分子と非切断型分子との正確な比率は培養時間の長さおよび培養温度に依存する。したがって、例えばB型ボツリヌス毒素の製剤はいずれも一定割合が不活性であると考えられ、このことが、A型ボツリヌス毒素と比較したB型ボツリヌス毒素の知られている著しく低い効力の原因であると考えられる。臨床製剤中に存在する不活性なボツリヌス毒素分子は、その製剤の総タンパク質量の一部を占めることになるが、このことはその臨床的効力に寄与せず、抗原性の増大に関連づけられている。また、B型ボツリヌス毒素は、筋肉内注射された場合、同じ用量レベルのA型ボツリヌス毒素よりも、活性の継続期間が短く、そしてまた効力が低いことも知られている。
【0018】
ボツリヌス菌のHall A株から、≧3×10U/mg、A260/A2780.60未満、およびゲル電気泳動における明確なバンドパターンという特性を示す高品質結晶A型ボツリヌス毒素を生成し得る。Shantz,E.J.ら、Properties and use of Botulinum toxin and Other Microbial Neurotoxins in Medicine、Microbiol Rev.56:80−99(1992)に記載されているように既知のShanz法を用いて結晶A型ボツリヌス毒素を得ることができる。通例、A型ボツリヌス毒素複合体を、適当な培地中でA型ボツリヌス菌を培養した嫌気培養物から分離および精製し得る。硫酸による沈殿、および限外精密濾過による濃縮によって、粗製毒素を回収し得る。精製するために、その酸沈殿物を塩化カルシウムに溶解し得る。次いで、冷エタノールで毒素を沈殿し得る。沈殿をリン酸ナトリウム緩衝液に溶解し、遠心し得る。乾燥すると、比効力3×10LD50U/mgまたはそれ以上の約900kDの結晶A型ボツリヌス毒素複合体が得られる。この既知の方法を用い、非毒素タンパク質を分離除去して、例えば次のような純ボツリヌス毒素を得ることもできる:比効力1〜2×10LD50U/mgまたはそれ以上の分子量約150kDの精製A型ボツリヌス毒素;比効力1〜2×10LD50U/mgまたはそれ以上の分子量約156kDの精製B型ボツリヌス毒素;および比効力1〜2×10LD50U/mgまたはそれ以上の分子量約155kDの精製F型ボツリヌス毒素。
【0019】
医薬製剤の製造に適当な、既に調製および精製されたボツリヌス毒素および毒素複合体は、List Biological Laboratories,Inc.(キャンベル、カリフォルニア);the Centre for Applied Microbiology and Research(ポートン・ダウン、イギリス);Wako(日本、大阪);およびSigma Chemicals(セントルイス、ミズーリ)から入手し得る。
【0020】
純粋なボツリヌス毒素は非常に不安定なので、医薬組成物を製造するための実用性は限られている。更に、ボツリヌス毒素複合体、例えばA型毒素複合体は、表面変性、熱およびアルカリ性条件による変性に対しても非常に感受性である。不活性化毒素はトキソイドタンパク質を形成し、これは免疫原性であり得る。その結果生じる抗体の故に、患者が毒素注射に対して応答しなくなり得る。
【0021】
酵素一般について言えるように、ボツリヌス毒素(細胞内ペプチダーゼ)の生物学的活性は、少なくとも部分的にはその三次元形状に依存する。すなわち、A型ボツリヌス毒素は、熱、種々の化学薬品、表面の伸長および表面の乾燥によって無毒化される。しかも、既知の培養、発酵および精製によって得られた毒素複合体を、医薬組成物に使用する非常に低い毒素濃度まで希釈すると、適当な安定剤が存在しなければ毒素の無毒化が急速に起こることが知られている。毒素をmg量からng/ml溶液へ希釈するのは、そのような大幅な希釈によって毒素の比毒性が急速に低下する故に、非常に難しい。毒素含有医薬組成物を製造後、何箇月も、または何年も経過してから毒素を使用することもあるので、毒素を安定剤で安定化しなければならない。この目的のための有効な安定剤は、動物由来のタンパク質であるアルブミンおよびゼラチンに限られている。しかし、前述のように最終製剤中に動物由来タンパク質が存在すると、ドナーに由来するある種の安定なウイルス、プリオンまたは他の感染性もしくは病原性化合物が毒素を汚染する可能性があるのである。
【0022】
更に、ボツリヌス毒素含有医薬組成物を、毒素輸送または貯蔵形態(即用または医師による再構成用)に凍結乾燥または減圧乾燥するために必要な、苛酷なpH、温度および濃度範囲条件はいずれも、毒素を無毒化し得る。すなわち、動物由来の、またはドナーのプールからのタンパク質、例えばゼラチンおよび血清アルブミンは、ボツリヌス毒素の安定化にいくらか有効に用いられたに過ぎない。
【0023】
市販のボツリヌス毒素含有医薬組成物は、BOTOX(登録商標)(カリフオルニア、アーヴィンのAllergan,Inc.から入手可能)の名称で市販されている。BOTOX(登録商標)は、精製A型ボツリヌス毒素複合体、アルブミンおよび塩化ナトリウムから成り、無菌の減圧乾燥形態で包装されている。このA型ボツリヌス毒素は、N−Zアミンおよび酵母エキスを含有する培地中で増殖させたボツリヌス菌のHall株の培養物から調製する。そのA型ボツリヌス毒素複合体を培養液から一連の酸沈殿によって精製して、活性な高分子量毒素タンパク質および結合ヘマグルチニンタンパク質から成る結晶複合体を得る。結晶複合体を、塩およびアルブミンを含有する溶液に再溶解し、滅菌濾過(0.2μ)した後、減圧乾燥する。BOTOX(登録商標)は、筋肉内注射前に、防腐していない無菌塩類液で再構成し得る。BOTOX(登録商標)の各バイアルは、A型ボツリヌス毒素複合体約100単位(U)、ヒト血清アルブミン0.5mgおよび塩化ナトリウム0.9mgを、防腐剤不含有の無菌減圧乾燥形態で含有する。
【0024】
減圧乾燥BOTOX(登録商標)を再構成するには、防腐剤不含有の無菌生理食塩水;0.9%Sodium Chloride Injectionを使用し、適量のその希釈剤を適当な大きさの注射器で吸い上げる。BOTOX(登録商標)は、泡立てまたは同様の激しい撹拌によって変性するので、そのバイアルに希釈剤を穏やかに注入する。BOTOX(登録商標)は、再構成後4時間以内に投与すべきである。その間、再構成BOTOX(登録商標)は冷蔵庫(2〜8℃)内で保管する。再構成BOTOX(登録商標)は、無色透明で、粒状物を含まない。減圧乾燥生成物は、−5℃またはそれ以下の冷凍庫内で貯蔵する。BOTOX(登録商標)は、バイアルを冷凍庫から取り出して再構成してから4時間以内に投与する。この4時間の間、再構成したBOTOX(登録商標)は冷蔵庫(2〜8℃)内で保管し得る。
【0025】
ボツリヌス毒素安定剤としてアルブミンの代わりに、他のタンパク質または低分子量(非タンパク質)化合物が適当であり得ると報告されている。Carpenderら、Interactions of Stabilizing Additives with Proteins During Freeze−Thawing and Freeze−Drying、International Symposium on Biological Product freeze−Drying and Formulation、1990年10月24〜26日;Karger(1992)、225−239。
【0026】
医薬組成物中に担体および充填剤として一般に用いられる多くの物質は、神経毒含有医薬組成物中のアルブミン代替物としては適さないことがわかっている。例えば、二糖のセロビオースは、毒素安定剤として不適当であることがわかっている。すなわち、セロビオースを賦形剤としてアルブミンおよび塩化ナトリウムと組み合わせて使用した場合、それら賦形剤と共に結晶A型ボツリヌス毒素を凍結乾燥すると、毒素をアルブミンとだけ組み合わせて凍結乾燥した時(回収率>75%ないし>90%)と比較して、毒素のレベルが非常に低下する(回収率10%)ことが知られている。Goodnoughら、Stabilization of Botulinum Toxin Type A During Lyophilization、App & Envir.Micro.58(10)3426−3428(1992)。
【0027】
更に、糖類(多糖を包含する)は通例、タンパク質安定剤として作用するとは考え難い。すなわち、タンパク質活性成分を含有する医薬組成物は本質的に、糖類(例えばグルコースまたはグルコースのポリマー)または炭水化物を含有する場合は不安定であることが知られているからである。なぜなら、タンパク質とグルコースとは、グルコースおよびグルコースポリマーが還元性である故に、相互作用し、よく知られたメイラード反応を起こすことが知られているからである。例えば水分を減少するか、または非還元糖を使用することによって、このタンパク質−糖反応を抑制する試みが数多くなされたが、殆んど失敗に終わっている。重要なことに、メイラード反応の分解経路は、タンパク質活性成分の処置効果を低減し得る。従って、タンパク質および還元糖、炭水化物または糖(例えばグルコースポリマー)を含有する医薬製剤は、本質的に不安定であり、長期間貯蔵した場合、活性成分タンパク質の所望の生物学的活性の顕著な低下を免かれ得ない。
【0028】
明らかに、ヒト血清アルブミンが医薬組成物中でタンパク質活性成分の安定剤として有効に作用し得る理由の一つは、アルブミンはタンパク質で、医薬組成物中でタンパク質活性成分とのメイラード反応を起こさない、ということである。従って、アルブミン代替物を他のタンパク質の中から見出すことが期待されるだろう。
【0029】
医薬組成物中に存在するボツリヌス毒素の安定剤として適当なアルブミン代替物を見出すことは困難である。なぜなら、アルブミンは医薬組成物中で、単なる充填剤として以外にも機能すると考えられるからである。すなわち、アルブミンはボツリヌス毒素と相互作用して該神経毒の効力を高め得るらしい。例えば、ウシ血清アルブミンは、単なるA型ボツリヌス毒素の安定化賦形剤として作用する以外にも、A型ボツリヌス毒素のSNAP−25ニューロン内基質に類似した合成ペプチド基質の触媒速度をも明らかに高めるらしいことが知られている。Schmidtら、Endoproteinase Activity of Type A Botulinum Neurotoxin Substrate Requirements and Activation by Serum Albumin、J.of Protein Chemistry、16(1)、19−26(1997)。すなわち、アルブミンは、ボツリヌス毒素の毒素基質に対する細胞内タンパク質分解作用を、(おそらく反応速度に影響を及ぼすことによって)増強し得る。この増強作用は、標的ニューロンへのボツリヌス毒素エンドサイトーシス時にボツリヌス毒素に付随したアルブミンによるものであり得、あるいは増強作用は、ボツリヌス毒素エンドサイトーシス前にニューロンタンパク質内に予め存在した細胞質アルブミンによるものであり得る。
【0030】
ウシ血清アルブミンがA型ボツリヌス毒素のタンパク質分解活性の反応速度向上作用を示すことが見出されたことから、ボツリヌス毒素含有医薬製剤中のアルブミンの適当な代替物を探索することは特に困難となった。すなわち、所望の毒素安定化作用を示すアルブミン代替物は、毒素による基質触媒の速度に対し、未知の、不利であるかも知れない影響を及ぼすかも知れない。少なくともウシ血清アルブミンについては、その二つの特性(毒素安定化および毒素基質触媒増強)が両方とも同一アルブミン賦形剤に本質的に認められるようである。アルブミンによるこの増強作用は、アルブミンが製剤の賦形剤としてだけ機能するのでないことを示し、従ってアルブミンの適当な代替物の探索は一層困難になっている。
【0031】
更に、従来のボツリヌス毒素含有医薬製剤中に用いられるアルブミンの代替物探索を制限し、妨げ、非常に困難なものとする多くの独特な性質が、ボツリヌス毒素に、そして適当な医薬組成物へのその配合に存する。そのような独特の性質を4例次に挙げる。第一に、ボツリヌス毒素は医薬製剤中に組み合わせるには比較的大きなタンパク質であり(A型ボツリヌス毒素複合体の分子量は900kD)、それ故、本質的に壊れ易く、不安定である。このような大きなの毒素複合体は、より小さいより複合度の低いタンパク質よりも、その大きさ故に壊れ易く、不安定であり、従って、毒素の安定性を維持しようとすると製剤の調製および取扱いが難しい。従って、アルブミン代替物は、毒素分子を変性、断片化または無毒化しないように、あるいは毒素複合体中に存在する非毒素タンパク質の解離を起こさないように、毒素と相互作用できなければならない。
【0032】
第二に、既知の最も致死性の生物学的生成物であることから、ボツリヌス毒素含有医薬組成物の調製のすべての工程において、高度の安全性、正確さおよび精密さが確保されなければならない。すなわち、好ましいアルブミン代替物は、ボツリヌス毒素含有医薬組成物の製造条件が既に非常に厳しいものであるから、それを一層厳しくすることのないように、それ自体毒性または取扱い困難性を示すべきではない。
【0033】
第三に、ボツリヌス毒素はヒト疾患を処置するための注射用に承認された最初の微生物毒素であったので、ボツリヌス毒素の培養、大規模製造、医薬への配合、および使用のために特殊なプロトコルの開発および承認が必要であった。考慮すべき重要点は、毒素の純度および注射用量である。培養による製造および精製は、微量であっても最終生成物を汚染し得るか、患者において不都合な反応を起こし得る物質に毒素が曝されないように行わなければならない。このような制約があるので、培養は動物肉生成物を使用していない単純化した培地中で行う必要があり、精製は合成溶媒または樹脂を使用しない方法で行う必要がある。毒素の調製に、酵素、種々の交換体(例えばクロマトグラフィーカラム中に用いるもの)、および合成溶媒を使用すると、汚染物を混入し得るので、そのようなことは好ましくは製造工程から排除する。しかも、A型ボツリヌス毒素は、40℃を越える温度で容易に変性し、気/液界面で泡が形成されれば毒性を失い、窒素または二酸化炭素の存在下に変性する。
【0034】
第四に、A型ボツリヌス毒素は、約150kDの毒素分子が約750kDの非毒素タンパク質と非共有結合によって会合したものから成るので、安定化が特に難しい。非毒素タンパク質は、毒性が依存する二次および三次構造を維持または補助安定化すると考えられる。非タンパク質または比較的小さいタンパク質の安定化に適用し得る方法またはプロトコルは、ボツリヌス毒素複合体(例えば900kDのA型ボツリヌス毒素複合体)の安定化に本質的に伴う問題には適用できない。すなわち、pH3.5〜6.8ではA型毒素および非毒素タンパク質は非共有結合により結合しているが、少しでもアルカリ性の条件下には(pH>7.1)、毒素複合体から非常に不安定な毒素が遊離する。純粋な毒素は不安定である故に、医薬としての投与のための利用性は無いか、または限られている。
【0035】
上述のようなボツリヌス毒素の独特の性質および条件から考えると、従来のボツリヌス毒素含有医薬組成物中に用いられるアルブミンの適当な代替物を見出す可能性は、現実的にゼロに近いと見られるはずである。本発明以前には、医薬製剤中に存在するボツリヌス毒素の適当な安定剤としての利用価値が知られていたのは動物由来のタンパク質であるアルブミンおよびゼラチンのみである。すなわち、アルブミンが単独で、または1種もしくは別の物質(例えばリン酸ナトリウムまたはクエン酸ナトリウム)と組み合わされて、凍結乾燥後のA型ボツリヌス毒素の毒性の高回収率を可能にすることが知られていた。しかし、前述のように、プールされた血液の成分としてのアルブミンは、医薬組成物中に存在する場合、感染性または病原性要素を伴う可能性が少なくともあり得る。実際、動物性生成物またはタンパク質(例えばゼラチン)はいずれも、発熱物質、または患者に注射後に不都合な反応を起こし得る他の物質を含有する可能性もあり得る。
【0036】
中国特許出願CN1215084Aには、動物由来タンパク質であるゼラチンを用いて調製された、アルブミン不含有のA型ボツリヌス毒素が記載されている。この製剤は、動物性タンパク質に由来するか、または動物性タンパク質に付随する感染性要素を患者が取り込む危険性を排除するものではない。
【0037】
ヒドロキシエチルデンプン
多糖類は、何百または何千もの単糖単位がグリコシド(エーテル)結合したものから成り得る。二つの重要な多糖は、セルロースとデンプンである。セルロースは主たる植物の構成物質で、植物にその堅さと形状を与えている。デンプンは植物の栄養供給貯留を構成し、主に種々の種子および塊茎中に見られる。
【0038】
デンプンは粒状物として生成し、その大きさと形状はそのデンプンを生成する植物によって異なる。通常、デンプンの約80%は、アミロペクチンと称される水不溶性フラクションである。アミロペクチンはD−グルコース(グルコピラノースとして)単位の鎖から成り、各単位は次のグルコース単位のC−4へのα−グリコシド結合によって結合している。デンプンと同様にセルロースもD−グルコース単位の鎖から成り、各単位が次の単位のC−4へグルコシド結合によって結合している。しかしデンプンとは異なって、セルロース中のグリコシド結合はβ結合である。セルロースを硫酸および無水酢酸で処理すると、二糖のセロビオースが生成する。前述のように、セロビオースでボツリヌス毒素を安定化しようとする試みは失敗に終っている。
【0039】
デンプンをピリジンおよびエチレンクロロヒドリンで処理することによって得られるデンプン誘導体は、ヘタスターチとも称される2−ヒドロキシエチルデンプンである。米国特許第4457916には、腫瘍壊死因子(TNF)水溶液を安定化する、ノニオン性界面活性剤とヒドロキシエチルデンプンとの組み合わせが開示されている。更に、2−ヒドロキシエチルデンプン(ヘタスターチ)の6%水溶液が知られている[DuPont Pharma(ウィルミントン、デラウエアからHESPAN(登録商標)の名称で入手し得る;0.9%塩化ナトリウム注射液中、6%ヘタスターチ)]。アルブミンは患者へ静脈内投与すると、血漿増量剤として作用することが知られいる。HESPAN(登録商標)も、患者への投与により血漿増量作用を示すので、その意味で静脈内HESPAN(登録商標)は静脈内アルブミンの代替物であると見なし得る。
【0040】
ヘタスターチは、殆んどアミロペクチンから成るワックス状デンプンから誘導される人工コロイドである。ヘタスターチは、デンプンのグルコース単位にヒドロキシエチルエーテル基を導入し、次いで、得られた材料を加水分解して、血漿増量剤としての使用に適した分子量の生成物とすることによって得ることができる。ヘタスターチは、そのモル置換度および分子量によって特徴付けられる。モル置換度は約0.75であり得、これは、ヘタスターチのグルコース100単位当たりヒドロキシエチル置換基数が平均して約75となるようにヘタスターチがエーテル化されていることを意味する。ヘタスターチの重量平均分子量は約670kDで450〜800kDの範囲にあり、ポリマー単位の少なくとも80%が20〜2500kDの範囲に含まれる。ヒドロキシエチル基は、主としてグルコース単位のC−2に、また、より少ない程度にC−3およびC−6に、エーテル結合により結合する。このポリマーはクリコーゲンに類似し、重合D−グルコース単位は主としてα−1,4結合によって、そしてまれにα−1,6分枝結合によって結合している。分枝の程度は約1:20であり、これは、グルコースモノマー20単位当たり平均約1個のα−1,6分枝が存在することを意味する。ヘタスターチは90%以上がアミロペクチンから成る。
【0041】
HESPAN(登録商標)によってもたらされる血漿増量は、アルブミンによるそれに類似し得る。分子量が50kDより小さいヘタスターチ分子は腎排出によって速やかに排泄され、約500mlのHESPAN(登録商標)(約30g)を単回投与した場合、約24時間以内に、投与されたHESPAN(登録商標)の約33%が尿中に排泄される。ヒドロキシエチルデンプンのヒドロキシエチル基はインビボで分解されず、そのままグルコース単位に結合して排泄される。ヒドロキシエチル化により、小さいヒドロキシエチルデンプンポリマーの完全な代謝が防止されるので、顕著な量のグルコースは生成しない。
【0042】
セルロースも同様にヒドロキシエチルセルロースに変換することができる。2−ヒドロキシエチルセルロース(セルロースの2−ヒドロキシエチルエーテル)の平均分子量は、約90kDである。しかし、ヒドロキシエチルセルロースは、ヒドロキシエチルデンプンとは異なって反応性が高く、それ故、医薬製剤中のタンパク質活性成分用の安定剤として使用するのに適していない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0043】
神経毒含有医薬組成物中に使用する安定剤である動物由来タンパク質またはドナーからプールされるアルブミンの適当な代替物が必要である。
【課題を解決するための手段】
【0044】
本発明はその必要性を満足し、医薬組成物中に存在するボツリヌス毒素を安定化し得る化合物による、医薬組成物中に存在するアルブミンの代替を提供する。該アルブミン代替化合物は、ヒト患者に注射する場合、免疫原性が低く、好ましくは無視し得るという特徴を有する。更に、好ましいアルブミン代替物は、医薬組成物の注射後、生体からのクリアランス速度が大きい。
【0045】
定義
本発明において、下記単語または用語の定義は次の通りである。
「約」とは、該当するアイテム、パラメータまたはタームが、そのアイテム、パラメータまたはタームの値よりも10%高い値から10%低い値までの範囲を包含することを意味する。
【0046】
「アミノ酸」はポリアミノ酸を包含する。
「多糖」は、同じかまたは異なる2個を越える糖分子モノマーのポリマーを意味する。
【0047】
「医薬組成物」とは、活性成分が神経毒、例えばクロストリジウム神経毒である製剤を意味する。「製剤」とは、医薬組成物中に神経毒活性成分に加えて少なくとも1種の更なる成分が存在することを意味する。従って、医薬組成物は、ヒト患者に診断または処置のために投与する(すなわち筋肉内注射または皮下注射によって)のに適当な製剤である。医薬組成物は、凍結乾燥または減圧乾燥した状態のもの;凍結乾燥または減圧乾燥した医薬組成物を塩類液または水で再構成することによって形成した溶液;あるいは再構成を要しない溶液であり得る。神経毒活性成分は、血清型A、B、C、D、E、FもしくはGのボツリヌス毒素または破傷風毒素(それらはいずれもクロストリジウム属細菌が産生する)の1種であり得る。
【0048】
「処置用製剤」とは、疾患または疾病、例えば末梢筋肉の活動亢進(すなわち痙直)によって特徴付けられる疾患または疾病を処置し、それにより軽減するために使用し得る製剤を意味する。
【0049】
「安定化」とは、凍結乾燥または減圧乾燥したボツリヌス毒素含有医薬組成物を約−2℃またはそれ以下で6箇月間ないし4年間貯蔵した後に塩類液または水で再構成する際、あるいは水溶液であるボツリヌス毒素含有医薬組成物を約2〜8℃で6箇月間ないし4年間貯蔵した後に、該再構成医薬組成物または水溶液医薬組成物中に存在するボツリヌス毒素の毒性が、医薬組成物中に組み合わされる前の生物学的活性ボツリヌス毒素の毒性の約20%を越え、約100%までであることを意味する。
【0050】
本発明の範囲に含まれる医薬組成物は、神経毒および多糖を含有し得る。多糖が神経毒を安定化する。本発明が開示する医薬組成物は、再構成時または注射時のpHが約5〜7.3であり得る。多糖の二糖単位の平均分子量は好ましくは約345〜2000Dである。多糖の二糖単位の平均分子量は、より好ましい態様においては約350〜1000kD、最も好ましい態様においては約375〜700Dである。更に、多糖は約70%はアミロペクチンから成り得る。多糖自体の重量平均分子量は約20〜2500kDである。
【0051】
好ましくは、多糖の二糖単位の実質的に全部が、エーテル結合したグルコピラノース分子を含む。多糖中に存在するグルコピラノース10個当たり、その平均約4〜10個のヒドロキシル基が、エーテル結合によって、式(CH−OH[式中、nは1〜10の整数であり得る。]で示される化合物で置換されている。より好ましくは、nは1〜3の整数である。
【0052】
特に好ましい態様においては、多糖中に存在するグルコピラノース10個当たり、その平均約6〜9個のヒドロキシル基が、式(CH−OH[式中、nは1〜10の整数であり得る。]で示される化合物により、エーテル結合によって置換されている。最も好ましい態様においては、多糖中に存在するグルコピラノース10個当たり、その約7〜8個のヒドロキシル基が、式(CH−OH[式中、nは1〜10の整数であり得る。]で示される化合物によって、エーテル結合により置換されている。
【0053】
詳細には本発明の一つの態様は、ボツリヌス毒素および多糖を含有する、ヒト患者への注射に適当な医薬組成物であり得る。多糖は、結合した複数のグルコピラノース単位を有し得、各グルコピラノース単位は複数のヒドロキシル基を有し得、多糖中に存在するグルコピラノース10個当たり、その平均約6〜9個のヒドロキシル基が、式(CH−OH[式中、nは1〜4の整数であり得る。]で示される化合物で、エーテル結合によって置換されている。多糖は、エチルエーテル置換多糖であり得る。
【0054】
本発明の医薬組成物は、処置効果を達成するためにヒト患者に投与するのに適当であり、神経毒は血清型A、B、C、D、E、FおよびGのボツリヌス毒素の1種であり得る。本発明の好ましい態様においては、医薬組成物はボツリヌス毒素およびヒドロキシエチルデンプンを含有する。
【0055】
本発明の他の一態様は、ボツリヌス毒素、多糖、およびアミノ酸またはポリアミノ酸を含有する医薬組成物であり得る。
【0056】
本発明の医薬組成物は、神経毒活性成分の他に、多糖安定剤のみ、アミノ酸安定剤のみ、あるいは多糖安定剤とアミノ酸安定剤との両方を含有する場合のいずれにおいても、約−1〜−15℃の温度で貯蔵した場合、6箇月間、1年間、2年間、3年間および/または4年間にわたって、効力を実質的に不変に保つ。更に、本発明の医薬組成物は、再構成時に約20〜100%の効力または回収率を示し得る。あるいは、またはその上に、本発明の医薬組成物は、再構成時に約10〜30U/mgの効力、例えば約20U/mgの効力を示し得る。重要なことには、本発明の医薬組成物はアルブミンを含有しない。すなわち、医薬組成物は、実質的に、非毒素複合体タンパク質不含有であり得る。特に、ボツリヌス毒素100単位当たり、アミノ酸が約0.5〜1.5mgアミノ酸の量で存在し得る。
【0057】
多糖は、デンプン、例えばヒドロキシエチルデンプンであり得、医薬組成物がボツリヌス毒素約100単位を含有する場合、ヒドロキシエチルデンプン約500〜700μgが存在し得る。好ましくは、ボツリヌス毒素はA型ボツリヌス毒素であり、存在する場合のアミノ酸は、リジン、グリシン、ヒスチジンおよびアルギニンから成る群から選択する。
【0058】
詳細には本発明の他の態様は、A型ボツリヌス毒素複合体、多糖、およびアミノ酸またはポリアミノ酸を含有する、安定で、効力が高く、非発熱原性の減圧乾燥したA型ボツリヌス毒素医薬組成物であり得る。該医薬組成物は、アルブミン不含有であり得、−5℃で1年間貯蔵した場合、塩類液または水による再構成直後の効力が約90%であり得、再構成後2℃で72時間保管後の効力が約80%であり得る。更に、該医薬組成物は再構成後に少なくとも約18U/mgの比毒性を示し得る。
【0059】
本発明は、実質的に高分子量多糖およびボツリヌス毒素から成る凍結乾燥または減圧乾燥した医薬組成物をも包含し、該医薬組成物においてボツリヌス毒素は高分子量多糖によって安定化されている。高分子量多糖は、ヒドロキシメチルデンプン、ヒドロキシエチルデンプン、ヒドロキシプロピルデンプン、ヒドロキシブチルデンプンおよびヒドロキシペンチルデンプンから成る群から選択し得、ボツリヌス毒素はA、B、C、D、E、FおよびG型ボツリヌス毒素から成る群から選択し得る。
【0060】
多糖は医薬組成物中に、ボツリヌス毒素1単位当たり約1×10−9ないし2×10−12モル多糖の量で存在し得る。
【0061】
本発明はまた、(a)医薬組成物を製造する方法であって、ボツリヌス毒素と、共有結合した反復モノマーから成る平均モノマー分子量約350〜1000Dの多糖との混合物を調製する段階を含んで成る方法をも包含し、(b)クロストリジウム神経毒を変性または凝集に対して安定化する方法であって、クロストリジウム神経毒と多糖含有安定化組成物とを接触させる段階を含んで成る方法をも包含する。後者の方法の接触段階は、クロストリジウム神経毒を含有する水溶液または凍結乾燥もしくは減圧乾燥粉末に、有効量の多糖を加える段階を含んで成り得る。
【0062】
本発明の他の態様は、ボツリヌス毒素および組換え産生アルブミンを含有する医薬組成物である。該組成物は好ましくは、アセチルトリプトファネート並びにその塩および誘導体をも含有する。
【0063】
本発明の他の態様は、医薬組成物を注射するための装置であって、該装置は2つのチャンバーを有する予め充填されたシリンジから成り、シリンジの一方のチャンバーはボツリヌス毒素を含有し、シリンジの第2のチャンバーは希釈剤または緩衝剤を含有する。
【0064】
本発明の更なる態様は、医薬組成物の使用方法であり、該方法は処置効果を達成するために医薬組成物を患者に局所投与する段階を含んで成り、該医薬組成物はボツリヌス毒素、多糖およびアミノ酸を含有する。
【0065】
重要なことに、本発明は、ボツリヌス毒素およびアミノ酸を含有する医薬組成物をも包含する。本発明は、実質的にボツリヌス毒素およびアミノ酸から成る安定な医薬組成物をも包含する。そのような医薬組成物は、アルブミン不含有、多糖不含有であり得、−5℃で1年間貯蔵した場合、塩類液または水で再構成した際の効力が少なくとも約90%であり、再構成後2℃で72時間貯蔵後の効力が約80%である。
【0066】
本発明は、多糖および/またはアミノ酸を医薬組成物中に組み合わせることによって、動物由来タンパク質またはドナーからプールされるアルブミンを含有しない安定な神経毒含有医薬組成物を製造し得るという発見に基づく。本発明はとりわけ、既知のボツリヌス毒素含有医薬組成物中に存在するドナープールアルブミンの代わりに、デンプンから誘導する高分子量多糖および/またはある種の反応性アミノ酸を使用することによって、処置効果を達成するためにヒト患者に投与するのに適した安定なボツリヌス毒素含有医薬組成物を製造し得るという発見に基づく。
【0067】
驚くべきことに、本発明者は、適当なアルブミン代替物となる化合物が、別のタンパク質ではなく、低分子量の非タンパク質化合物でもないということを見出した。すなわち、本発明者は、ある種の高分子量多糖が、医薬組成物中の神経毒安定剤として機能し得ることを見出した。後述のように、医薬組成物にアミノ酸も、更に加えるか、または代わりに加えて、医薬組成物の安定性および有効貯蔵寿命を向上し得る。
【0068】
本発明に従って使用する多糖は、次のような作用によって、医薬組成物中の神経毒活性成分(例えばボツリヌス毒素)を安定化し得る:(1)表面、例えば実験室用ガラス製品、容器、医薬組成物を再構成するためのバイアル、および医薬組成物を注射するための注射器の内面への、ボツリヌス毒素の付着(通常、「粘着性」と称される)を低減する。ボツリヌス毒素の表面付着は、ボツリヌス毒素の損失、および残りのボツリヌス毒素の変性を招き得、その両方が、医薬組成物中に存在するボツリヌス毒素の毒性を低下し得る。(2)ボツリヌス毒素の変性を軽減し、および/またはボツリヌス毒素複合体中に存在する非毒素タンパク質からのボツリヌス毒素の解離を軽減する。このような変性および/または解離作用は、医薬組成物(すなわち凍結乾燥または減圧乾燥の前の)および再構成医薬組成物中に存在するボツリヌス毒素の低希釈の故に生じ得る。(3)医薬組成物の調製、加工および再構成中の相当なpHおよび濃度におけるボツリヌス毒素の損失(すなわち、変性、または複合体中の非毒素タンパク質からの解離による)を軽減する。
多糖によるこれら3種のボツリヌス毒素安定化によって、医薬組成物の注射前にボツリヌス毒素の本来の毒性を維持する。
【0069】
本発明の組成物中に使用するのに好ましい多糖は、複数のグルコースモノマー(分子量180)から成り、大多数のグルコースモノマー上に1個またはそれ以上の置換基が存在するので、好ましい多糖は約20〜800kDの分子量範囲を有する。驚くべきことに、そのような多糖は、医薬組成物中に存在する神経毒成分を安定化し得る。本発明は、約20kDよりも重量平均分子量の小さい二糖オリゴ糖を本発明の範囲から除外する。本発明は、環状ポリマー、例えばシクロデキストリンも、本発明の範囲から除外する。これら2群の化合物を本発明範囲から除外する理由は、好ましい多糖の所望の安定化性のためには、比較的大きい分子量(すなわち20kDを越える分子量)を要し、シクロデキストリンの小さい親油性キャビティ性は必要なく、全く無意味であり得るということである(シクロデキストリンの親油性キャビティは、その大きさが、本発明の好ましい多糖によって安定化する神経毒の大きさよりも非常に小さいので)。しかも、シクロデキストリンはグルコースモノマーを約6〜8個しか有さない低分子量化合物である。
【0070】
本発明は、クロストリジウム毒素を含有する医薬組成物を多糖で安定化する方法をも包含する。この安定化効果は、クロストリジウム毒素を多糖と接触させることによって達成する。本発明の範囲に含まれる適当な多糖の例は、ある種のデンプンおよびデンプン誘導体を包含する。前記のように、多糖はクロストリジウム毒素に対し安定化作用を示す。更に、クロストリジウム毒素を安定化する多糖の作用は、アミノ酸の添加により増強し得る。
【0071】
驚くべきことに、本発明者は、2−ヒドロキシエチルデンプンが、ボツリヌス毒素含有医薬組成物中に存在するボツリヌス毒素を安定化する独特の作用を示すことを見出し、それによって、ヒト血液もしくは血液フラクションのドナープールまたは動物由来タンパク質(例えばゼラチン)によりもたらされる伝染性疾患を起こす危険性のない医薬組成物を提供する。
【0072】
すなわち、本発明者は、高分子量多糖であるヒドロキシエチルデンプンが、毒素を、調製、乾燥、貯蔵および再構成中に安定化し得ることを見出した。好ましくは、タンパク質活性成分を更に安定化するために、多糖含有製剤にアミノ酸をも含ませる。
【0073】
医薬組成物中の多糖は好ましくはクロストリジウム神経毒と、ボツリヌス毒素1単位当たり約1〜10μg多糖の量で混合する。より好ましくは、医薬組成物中の多糖はクロストリジウム神経毒と、ボツリヌス毒素1単位当たり約4〜8μg多糖の量で混合する、最も好ましい態様においては、多糖はヒドロキシエチルデンプンで、医薬組成物中のヒドロキシエチルデンプンは好ましくは、A型ボツリヌス毒素複合体と、ボツリヌス毒素1単位当たり約5〜7μgヒドロキシエチルデンプンの量で混合する。最も好ましくは医薬組成物中のヒドロキシエチルデンプンは、A型ボツリヌス毒素複合体と、ボツリヌス毒素1単位当たり約6μgヒドロキシエチルデンプンの量で混合する。BOTOX(登録商標)はバイアル1個当たりA型ボツリヌス毒素複合体約100単位を含有し、ヒドロキシエチルデンプンの平均分子量は通例、約20〜2500kDと見なされるから、ヒドロキシエチルデンプンの最も好ましい濃度は、ボツリヌス毒素1単位当たり約1×10−9ないし2×10−12モル(M/U)である。他の好ましい一態様においては、100UのA型ボツリヌス毒素複合体医薬組成物当たり、ヒドロキシエチルデンプン約600μg、およびアミノ酸(例えばリジン、グリシン、ヒスチジンまたはアルギニン)約1mgを製剤に含ませる。すなわち、本発明は、医薬組成物中の神経毒活性成分を安定化するために、多糖とアミノ酸またはポリアミノ酸との両方を使用することを包含する。
【0074】
更に本発明は、多糖の存在下か、または多糖を製剤から排除して、医薬組成物中のタンパク質活性成分を安定化するために、適当なアミノ酸を充分量で使用することをも包含する。すなわち、本発明者は驚くべきことに、神経毒含有医薬組成物にある種のアミノ酸を加えると、そのような医薬組成物の有効貯蔵寿命が長くなり得ることを見出した。すなわち本発明は、アミノ酸を含有する神経毒含有医薬組成物、およびそのような医薬組成物の使用を包含する。特定の理論による制限を意図するわけではないが、神経毒、例えばボツリヌス毒素は、毒素複合体中にジスルフィド結合が存在する故に酸化に対して感受性であるので、酸化され得るアミノ酸を加えると、アミノ酸は、酸化剤(例えば過酸化物およびフリーラジカル)が神経毒と反応する可能性を低下するよう作用し得ると本発明者は仮定し得る。すなわち、酸化され得る神経毒ジスルフィド結合が酸化剤(例えば過酸化物およびフリーラジカル)によって酸化される可能性は、アミノ酸の添加によって、アミノ酸が酸化シンクとして(すなわち酸化性化合物スカベンジャーとして)作用するから低下し得る。適当なアミノ酸は、酸化を受けるアミノ酸である。好ましいアミノ酸の例は、メチオニン、システイン、トリプトファンおよびチロシンである。特に好ましいアミノ酸はメチオニンである。
【0075】
本発明の好ましい態様は、2種もしくはそれ以上のアミノ酸を、それだけで、または多糖と組み合わせて、医薬組成物中のタンパク質活性成分の安定化に使用することをも包含する。すなわち、100UのA型ボツリヌス毒素含有医薬組成物につき、リジン約0.5mgおよびグリシン約0.5mgを、ヘタスターチ約500〜700μgと組み合わせるかまたは組み合わせずに使用し得る。
【0076】
すなわち、上記のように、本発明は、多糖を含有するタンパク質含有医薬組成物を包含する。多糖は、医薬組成物中のタンパク質活性成分を安定化するように作用する。更に、本発明は、多糖およびアミノ酸を含有するタンパク質含有医薬組成物をも包含する。驚くべきことに、本発明者は、炭水化物を含有する神経毒含有医薬組成物にある種のアミノ酸を加えると、そのような医薬組成物の有効貯蔵寿命を延長し得ることを見出した。すなわち、本発明は、多糖およびアミノ酸の両方を含有する神経毒含有医薬組成物を包含し、そのような医薬組成物の使用を包含する。更に、本発明は、タンパク質活性成分医薬組成物中に多糖を存在させることなくアミノ酸を使用することをも包含する。
【0077】
糖、多糖および/または炭水化物(以下、「反応性化合物」と称する)をも含有するタンパク質含有医薬組成物は、本来、タンパク質と上記3種の反応性化合物の1種とがよく知られたメイラード反応を起こし得る故に、不安定であることが知られている。水分を減らすか、または製剤中に非還元糖を使用することによって、この(例えば)タンパク質−多糖間のメイラード反応の発生を抑制することを試みる研究が広く行われてきたが、概ね良い結果は得られていない。本発明者の発見は、次のような知見に基づく:反応性の高いアミノ酸を高濃度で加えると、安定化作用を示す多糖と、加えたアミノ酸との間のメイラード反応が促進される。炭水化物と反応するアミン源を豊富に提供することによって、タンパク質薬物(すなわちボツリヌス毒素活性成分)がメイラード反応に関与する可能性を低減し、それによって該タンパク質活性成分のこの分解経路を抑制し、そのようにして医薬組成物中のタンパク質活性成分を安定化する。
【0078】
この目的のために、好ましくは、第一級または第二級アミンを有する化合物のいずれを使用してもよい。最も好ましいのは、アミノ酸、例えばリジン、グリシン、アルギニンである。ポリアミノ酸、例えばポリリジンも適当である。カチオン性アミノ酸、例えばリジンは、イオン誘引を受けて酸性タンパク質(例えばボツリヌス毒素)と結合し得、該活性タンパク質が糖と接触するのを防害し得る。ポリリジンは、より大きく、それ故防害剤としてより作用し易いことに加えて、抗菌性であるという更なる利点をも有する。
【0079】
本発明の別の態様においては、活性タンパク質成分(ボツリヌス毒素)を糖およびアミノ酸成分に加える前に、糖成分とアミノ酸成分とを予め反応させてメイラード反応の可能性を低下する。それによって、活性タンパク質がメイラード反応を起こす可能性を実質的に低下する。
【0080】
すなわち、本発明は、デンプン、糖および/または多糖を含有するタンパク質(すなわちボツリヌス毒素)薬物製剤中のメイラード反応抑制剤としてのアミノ酸およびポリアミノ酸を含有する医薬組成物、並びにそのようなアミノ酸およびポリアミノ酸の使用を包含する。
【0081】
本発明は、活性タンパク質(例えばボツリヌス毒素)を、安定化作用を示すデンプン、糖もしくは多糖、またはそれらとアミノ酸(例えばリジン)との組み合わせと組み合わせた製剤を包含する。
【0082】
重要なことに、本発明者は、ヒドロキシエチルデンプンは、タンパク質(例えばボツリヌス毒素)とのメイラード反応を起こさないか、または他の多糖または炭水化物と比較した場合、そのようなメイラード反応の速度または程度を大幅に低下することを見出した。更に、本発明者は、アミノ酸を加えると、おそらくこれが競合抑制剤として作用することによって(すなわちメイラード反応に反応性の糖を毒素と競合することによって)、ヒドロキシエチルデンプンの保存作用を向上することを見出した。この目的のために好ましいアミノ酸は、リジン、グリシン、アルギニンおよびヒスチジンのようなアミノ酸である。所望の競合抑制性を示すポリアミノ酸(例えばポリリジン)を使用することもできる。特に、そのような特定のアミノ酸およびポリアミノ酸は抗菌作用をも示し得る。従って、医薬組成物の細菌汚染を抑制するという更なる利点ももたらされる。
【0083】
還元糖、例えばグルコースおよびグルコースポリマーは、タンパク質とメイラード反応を起こす。マンニトールのような糖アルコールは、しばしば汚染物または分解生成物として混入するが、それさえ反応し得る。従って、多糖は、ある期間の間毒素を安定化でき、その後には化学反応を起こして貯蔵安定性の低下を招く。多糖の選択が重要であるのは明らかである。本発明者は、メイラード反応にヒドロキシエチルデンプンが参与する率は非常に低いことを見出した。更に、本発明者は、ヒドロキシエチルセルロースはヒドロキシエチルデンプンに非常に似た構造を有するけれども、モデル系においてヒドロキシエチルセルロースはリジンと急速に反応し得ることを本発明者が見出した故に、安定剤としての使用に不適当であることを見出した。このことは、ヒドロキシエチルデンプンが他の糖(すなわち多糖)安定剤よりも明らかに有利であることを意味するだけでなく、ヒドロキシエチルデンプンに類似した賦形剤(例えばヒドロキシエチルセルロース)であっても医薬組成物中のタンパク質活性成分の安定剤として使用するのに不適当であり得るということも意味する。
【0084】
前述のように、ヒドロキシエチルデンプンはメイラード反応に少なくともいくらかは参与し得る。すなわち、前述のように、多糖単独では、最適な毒素安定化を提供するのに充分でないことがある。すなわち、本発明者は、競合性抑制剤として作用するアミノ酸を加える利点を見出した。理論による制限を意図するわけではないが、もう一つのアミン源を毒素と比較して高濃度で供することによって、毒素のメイラード反応の可能性が低下し、それにより毒素を安定化できると仮定する。任意のアミノ酸を使用し得るが、リジンが反応性が高く、好ましいアミノ酸である。
【0085】
本発明は、ボツリヌス毒素含有医薬製剤に亜鉛イオン源を加えることをも包含する。金属、とりわけ二価カチオンは、種々の冷凍作用(形成される氷の格子構造を包含する)の故に凍結乾燥の成功に大きく影響することが報告されている。異質の金属、例えば銅および鉄種はそれ自体ラジカル酸化し、通例用いられない。とりわけ、A型ボツリヌス毒素は、その活性を結合亜鉛に依存する。提案された賦形剤または賦形剤の反応生成物の多くは、金属をキレート化し得る。これは、不安定な氷および/または不活性化された毒素の形成を招き得る。製剤中に亜鉛を豊富に加えることによって、望ましい二価カチオンの存在が確実なものとなり、毒素による亜鉛損失の可能性が低下し、安定性が向上する。これは、ボツリヌス毒素医薬組成物にZnSOを加えることによって達成し得る。
【0086】
高産生性のC資化性酵母Pichia pastorisの発現株を用いて、組換えヒト血清アルブミン(rHSA)生成物を生成することが知られている。ボツリヌス毒素含有医薬製剤は、安定化作用を有するrHSAを含有するように調製し得る。遺伝子的に変更された酵母宿主細胞によって発現されたrHSAは、血漿由来HSAと比べて、同じアミノ酸一次配列を有するが、他の点では異なっている。すなわち、酵母は真核生物であるが、哺乳動物において見られる多くの細胞内過程を欠いている。更に、pHSA(血漿由来ヒト血清アルブミン)は、非グリコシル化体として生成し、細胞外の非酵素的グルコース付加を受ける。従って、pHSAとrHSAとの炭水化物部分は異なる。また、rHSA中に存在するパルミチン酸およびステアリン酸の量は、pHSAにおけるよりも非常に少ないことが知られている。rHSAとpHSAとはこのような相異の故に、とりわけリガンド結合性、コンフォメーション安定性および分子荷電性において異なった結果を導くと予想し得る。従って、rHSAをボツリヌス毒素安定化に使用し得ることを見出したのは、特にボツリヌス毒素に対するpHSAの既知の反応速度効果に照らして、驚くべきことであった。rHSAの利点の一つは、血液に由来する病原体を含有しないということである。すなわち、本発明の他の一態様は、医薬組成物中の血液由来ヒト血清アルブミンをrHSAで置き換えることを包含する。好ましくは、後述のように、rHSAはアセチルトリプトファネートと共に、ボツリヌス毒素含有医薬製剤中に存在する。
【0087】
市販のヒト血清アルブミンは、ヒト血液プールに由来して存在し得る感染物質を除去する条件として、60℃に10時間加熱される。この過程での著しい変性を防止するために、2種の安定剤であるナトリウムアセチルトリプトファネートおよびナトリウムカプリレートが加えられる。rHSAを使用する場合は、疾病の危険性がなく、加熱過程も必要ないので、上記成分を添加する必要はない。本発明者は、rHSAにナトリウムアセチルトリプトファネートを加えると、ナトリウムカプリレートを単独で使用するよりも(ナトリウムカプリレート濃度を2倍にしたとしても)、熱安定性が向上することを見出した。理論による制限を意図するわけではないが、カプリレートは結合部位が1箇所なのに対し、ナトリウムアセチルトリプトファネートは結合部位が2箇所であるからではないかと考え得る。その第2の部位での結合が、熱に対する耐性を高めると考えられる。更に本発明者は、ナトリウムアセチルトリプトファネートの添加は何らかの理由でボツリヌス毒素製剤の安定性を高め得、これはおそらく、熱力学的に好ましい分子コンフォメーションを維持することによるか、毒素を結合することによるか、またはヒト血清アルブミン自体の変性を防止することによるものと仮定することができる。
【0088】
本発明は、貯蔵期間を延長するために、保存剤を希釈剤または製剤自体に添加することをも包含する。好ましい保存剤は、ベンジルアルコールを含有する防腐塩類液である。
【0089】
液体の製剤が有利であり得る。単一ステップ提供形態(例えば予め充填したシリンジ)、または使用者が単一ステップ提供形態であると認識する生成物形態(例えば2つのチャンバーを有するシリンジ)は、再構成過程を要しないので簡便性をもたらし得る。凍結乾燥は複雑で費用がかかり、難しい方法である。液体製剤はしばしば、より容易かつより安価に製造できる。一方で、液体製剤は動的系であるから、凍結乾燥製剤と比較して、賦形剤相互作用、速い反応、細菌増殖、および酸化を起こし易い。適合性の保存剤が必要であり得る。メチオニンのような抗酸化剤は、特に吸着軽減用に界面活性剤を使用している場合、そのような化合物の多くが過酸化物を含有または生成するのでスカベンジャーとしても有用であり得る。凍結乾燥製剤中に使用し得る任意の安定化賦形剤(例えばヒドロキシエチルデンプン、またはリジンのようなアミノ酸)を、吸着軽減の補助および毒素の安定化のために液体製剤中における使用に適合させ得る。インスリン用に開発されたのと同様の懸濁液も、良好な候補として挙げられる。
【0090】
更に、ボツリヌス毒素はpHが7を越えると不安定であると報告されているので、液体賦形剤中のボツリヌス毒素を安定化するには、低pH賦形剤が必要であり得る。そのような酸性は、注射時に灼熱感および刺激を生じ得る。2つの部分から成るシリンジを使用し得る。pHを生理的pHまで上昇するのに充分な、同時放出する緩衝剤を含ませることによって、貯蔵中には毒素を低pHに保ち、注射時には低pHによる不快感を軽減し得る。他の2チャンバーシリンジには、希釈剤と凍結乾燥材料とを別々のチャンバーに分けて保持させ、使用時にのみ混合することができる。この態様は、更なる材料および時間を必要とすることなく液体製剤の利点を提供する。
【0091】
すなわち、ボツリヌス毒素を低pHで調製し、投与時に該pHを生理的pHまたはそれに近いpHまで上昇する緩衝剤と共に放出することができる。2チャンバーまたは2部分を有するシリンジは、第1のチャンバー(プランジャー側)内に、pH3〜6(すなわちpH4.0)のボツリヌス毒素の液体製剤を含有し得る。第2のチャンバー(ニードルチップ側)は、適当な緩衝剤、例えばより高いpH(すなわちpH7.0)のリン酸緩衝塩類液を含有し得る。あるいは、第1チャンバーが塩類希釈剤を、第2チャンバーが凍結乾燥神経毒製剤を含有し得る。溶液をニードル部分またはその近くで混合し、生理的pHの最終溶液を放出するように、2つのチャンバーを接合し、また、緩衝成分を選択することができる。前記目的のために予め充填したシリンジとして使用するのに適当な2チャンバーシリンジは、Vetter Pharma−Fertigung(ヤードレー、ペンシルベニア)から入手し得る。
【0092】
ボツリヌス毒素を低pHで調製するのは明らかに有利である。ボツリヌス毒素の等電点(pI)は低く、タンパク質をそのpI付近で調製することによりタンパク質を安定化することができることが知られている。更に、毒素を非常に低濃度で使用すると表面吸着が問題となる。低pH溶液の使用により、表面と相互作用すると考えられる毒素部位のイオン化を抑制し得る。シリンジおよびプランジャーの材料は、毒素の表面吸着を低減する材料である。そのような適当な材料は、ポリプロピレンである。
【実施例1】
【0093】
ボツリヌス毒素医薬組成物
前記のように、A型ボツリヌス毒素複合体は、N−Zアミンおよび酵母エキスを含有する培地中で培養したボツリヌス菌のHall株の培養物から得られる。A型ボツリヌス毒素複合体を、一連の酸沈殿によって培養液から精製して、活性な高分子量毒素タンパク質および付随するヘマグルチニンタンパク質から成る結晶複合体とする。次いで、結晶複合体を、塩およびアルブミンを含有する溶液に再溶解し、滅菌濾過し(0.2μ)、減圧乾燥する。次いで、BOTOX(登録商標)を、筋肉内注射する前に、防腐していない滅菌塩類液で再構成する。BOTOX(登録商標)の各バイアルは、A型ボツリヌス毒素複合体約100単位(U)、ヒト血清アルブミン0.5mgおよび塩化ナトリウム0.9mgを、防腐剤なしに無菌減圧乾燥形態で含有した。その代わりに、ヒト血清アルブミンを組換え生成したアルブミンで置き換えることができる。
【実施例2】
【0094】
2−ヒドロキシエチルデンプンを含有するボツリヌス毒素医薬組成物
A型ボツリヌス毒素精製神経毒複合体の医薬製剤を、前記実施例1と同様の方法で調製した。ただし、アルブミン0.5mgの代わりにヘタスターチ500μgまたは600μgを使用した。ヘタスターチ含有製剤の調製時に効力が全部維持されることを確認した。すなわち、いずれのヘタスターチ含有製剤でも、アルブミン不含有・ヘタスターチ含有組成物の効力は、凍結乾燥100U(±20U)A型ボツリヌス毒素複合体の再構成時に測定したところ、96〜128単位であった。3つのヘタスターチ・A型ボツリヌス毒素複合体医薬組成物の効力測定値は、再構成時にそれぞれ105単位、111単位および128単位であった。効力測定は、標準的なマウス投与毒素効力アッセイによって行った。
【実施例3】
【0095】
グリシンを含有するボツリヌス毒素医薬組成物
A型ボツリヌス毒素精製神経毒複合体の医薬製剤を、前記実施例1と同様の方法で調製した。ただし、アルブミン0.5mgの代わりにヘタスターチ500μgまたは600μgを使用した。更に、グリシン1mgを製剤に加えた。ヘタスターチとグリシンを含有し、アルブミンを含有しない100UのA型ボツリヌス毒素複合体の医薬組成物を凍結乾燥した後、−5℃で7箇月間貯蔵した。その7箇月の期間終了時に、ヘタスターチとグリシンを含有するこの毒素製剤の効力が実質的に不変である(すなわち、元の効力との効力差が5%未満である)ことを、マウス投与アッセイによって確認した。
【実施例4】
【0096】
リジンを含有するボツリヌス毒素医薬組成物
100UのA型ボツリヌス毒素精製神経毒複合体の医薬製剤を、前記実施例1と同様の方法で調製する。ただし、アルブミン0.5mgの代わりにヘタスターチ600μgを使用した。更に、リジン1mgを製剤に加える。ヘタスターチとリジンを含有し、アルブミンを含有しない100UのA型ボツリヌス毒素複合体医薬組成物を凍結乾燥した後、−5℃で1年月間貯蔵する。その1年間の期間終了時に、ヘタスターチとリジンを含有するこの毒素製剤の効力が実質的に不変である(すなわち、元の効力との効力差が5%未満である)ことを、マウス投与アッセイによって確認する。
【実施例5】
【0097】
ヒスチジンを含有するボツリヌス毒素医薬組成物
100UのA型ボツリヌス毒素精製神経毒複合体の医薬製剤を、前記実施例1と同様の方法で調製する。ただし、アルブミン0.5mgの代わりにヘタスターチ600μgを使用した。更に、ヒスチジン1mgを製剤に加える。ヘタスターチとヒスチジンを含有し、アルブミンを含有しない100UのA型ボツリヌス毒素複合体医薬組成物を凍結乾燥した後、−5℃で1年月間貯蔵する。その1年間の期間終了時に、ヘタスターチとヒスチジンを含有するこの毒素製剤の効力が実質的に不変である(すなわち、元の効力との効力差が5%未満である)ことを、マウス投与アッセイによって確認する。
【実施例6】
【0098】
アルギニンを含有するボツリヌス毒素医薬組成物
100UのA型ボツリヌス毒素精製神経毒複合体の医薬製剤を、前記実施例1と同様の方法で調製する。ただし、アルブミン0.5mgの代わりにヘタスターチ600μgを使用した。更に、アルギニン1mgを製剤に加える。ヘタスターチとアルギニンを含有し、アルブミンを含有しない100UのA型ボツリヌス毒素複合体医薬組成物を凍結乾燥した後、−5℃で1年月間貯蔵する。その1年間の期間終了時に、ヘタスターチとアルギニンを含有するこの毒素製剤の効力が実質的に不変である(すなわち、元の効力との効力差が5%未満である)ことを、マウス投与アッセイによって確認する。
【実施例7】
【0099】
アミノ酸を含有するボツリヌス毒素医薬組成物
A型ボツリヌス毒素精製神経毒複合体の医薬製剤を、前記実施例1と同様の方法で調製した。ただし、アルブミン0.5mgの代わりにアミノ酸(例えばリジン、グリシン、ヒスチジンまたはアルギニン)約1mgを使用し得る。多糖を含有せず、アルブミンを含有せず、グリシンを含有する100UのA型ボツリヌス毒素複合体の医薬組成物を凍結乾燥した後、−5℃で少なくとも1年間貯蔵し得る。その期間の終了時に、この製剤の効力は実質的に不変であり得る(すなわち、元の効力との効力差が5%未満であり得る)。
【実施例8】
【0100】
ボツリヌス毒素医薬組成物の使用
48歳男性が痙性筋肉症状(例えば頚部ジストニー)があると診断される。約10−3ないし35U/kgのA型ボツリヌス毒素医薬組成物(ヘタスターチ600μgおよびアミノ酸(例えばリジン)1mgを含有する)を、患者に筋肉内注射する。1〜7日以内に痙性筋肉状態の徴候が緩和され、この緩和が少なくとも約2〜6箇月持続する。
【0101】
本発明の医薬組成物は、多くの利点を有する。そのような利点は下記のものを包含する:
1.本発明の医薬組成物は、いかなる血液生成物(例えばアルブミン)も含まないように調製し得、それ故、血液生成物の感染性要素(例えばプリオン)を含有しない。
2.本発明の医薬組成物は、従来の医薬組成物に勝るとも劣らない安定性および高い毒素効力回収率を示す。
【0102】
本発明を、ある種の好ましい方法に関して詳細に説明したが、本発明の範囲内の他の態様、変更および改変も可能である。例えば、安定化作用を示す様々な多糖およびアミノ酸が本発明の範囲に包含される。
従って、特許請求の範囲は、前記の好ましい態様の説明に制限されるべきではない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)ボツリヌス毒素、および
(b)組換え産生アルブミン
を含有する医薬組成物。
【請求項2】
(a)A型ボツリヌス毒素、および
(b)組換え産生アルブミン
を含有する請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
アセチルトリプトファネート並びにその塩および誘導体をも含有する請求項1または2に記載の医薬組成物。

【公開番号】特開2012−31194(P2012−31194A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−233808(P2011−233808)
【出願日】平成23年10月25日(2011.10.25)
【分割の表示】特願2005−196335(P2005−196335)の分割
【原出願日】平成13年2月5日(2001.2.5)
【出願人】(591018268)アラーガン、インコーポレイテッド (293)
【氏名又は名称原語表記】ALLERGAN,INCORPORATED
【Fターム(参考)】