説明

ボルト締結体

【課題】 機械や建築構造物のボルト締結体に、振動が作用した時ボルトに曲げ振動にともなう曲げ変位が発生すると、ボルトに繰り返し曲げ応力振幅が生じて疲労強度上などの観点で問題となることがある。特にボルトの固有振動数に近い振動が作用した時にボルトが共振すれば、曲げ変位が大きくなり繰り返し曲げ応力振幅も大きくなる。この繰り返し曲げ応力振幅を低減するためには、ボルトの曲げ変位を抑制する必要がある。
【解決手段】 ボルト締結体において、ボルト穴とボルトの間の隙間にダイラタンシー流体を充填するようにする。ダイラタンシー流体はボルトが曲げ振動により急激に変位するのを抑制するため、結果としてボルトの繰り返し曲げ応力振幅が抑制される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械や建築構造物などに用いられるボルト締結体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
機械や建築構造物などのうち、振動が作用する部分のボルトは、ボルトの曲げ振動に起因する曲げ変位によりボルトに繰り返し曲げ応力振幅が発生し疲労破壊などの原因になり易い。とくに、ボルトのねじ山のうちナットの「めねじ」にかかる第一ねじ山近傍に繰り返し曲げ応力が作用するとねじ底の応力集中によるボルトの折損が発生し易い。
【0003】
また、[図1]〜[図3]に示すように、ボルト締結体に外力Pが作用した時に、ボルトには軸力上昇Pbと、被締付物の締付力減少Ppが生じるとされている。このとき、[図1]のような通常のボルト1よりも、[図2]のように胴部を細くして引張に対する剛性を低減すると、[図3]に示すように軸力上昇Pbがボルト1の場合の軸力上昇Pb1から、ボルト2の場合の軸力上昇Pb2に減少するため疲労強度の観点では有利であるということで、[図2]のような胴部の細い、いわゆる「伸びボルト」が良く用いられる。このように、軸力変動低減を狙ってボルト胴部の直径を小さくするとボルトの引張剛性はボルト直径の2乗に比例して低下する一方、曲げ剛性はボルト直径の4乗に比例して急激に低下し、結果としてボルトの固有振動数がボルトに外部から作用する振動数の範囲内に入ってしまうと、ボルトが曲げ振動による共振現象を起こし、これによる繰り返し曲げ応力振幅がボルトに作用して疲労破壊につながりかねない。特に、共振現象によりボルトに大きい振幅の変位が発生すれば大きな応力変動が生じるため問題がある。(このような現象は全長が長いボルトの方が発生しやすい。)加えて、機械の振動が止まった後も、ボルト自体の曲げ振動は減衰するまで継続するので、例えば機械の振動が100回で止まっても、ボルト自体の曲げ振動が継続してボルトには曲げ応力が1000回作用するということも発生し得るため、機械自体の振動の回数で疲労に対する寿命を考えていても、ボルトだけは短時間で疲労破壊につながるという問題もあり得る。この繰り返し曲げ応力振幅を抑制するためには、ボルトの曲げ振動の変位を抑制する必要がある。
【0004】
ところが、このボルトの曲げ振動の変位を抑制するための有効な手段は少ない。例えば、[図5](a)のように、ボルト13の胴部の途中を太くすることが考えられるが、ボルト穴との間には隙間がないと組み立てられないので、隙間を設けざるを得ないため、通常ボルト穴との間に隙間を設けるがこの隙間分だけはボルトが変位してしまうので、振動による繰り返し曲げ応力振幅がどうしても残ってしまう。また[図5](b)のように、ボルト14の胴部の途中に帯状にゴム15を巻きつける方法もあるが、ボルト穴との間に隙間を作ると前記[図5](a)のボルト13場合と同様に振動による曲げ応力振幅がどうしても残ってしまうし、帯状ゴム15の外径をボルト穴の径より大きくしていわゆる「締り嵌め」状態にすれば振動による変位の拘束効果は高まるが、ボルト穴へのボルトの組み込みや分解が困難になる。特に、ボルトの全長に対して帯状ゴム15の取り付け長さが長くなればなるほど組み込みや分解の困難さが増大する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、ボルト締結体において曲げ振動によるボルトの曲げ変位を抑制しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたもので、本発明にかかるボルト締結体は、被締付物を、ボルトとナットにより締付けるボルト締結体において前記被締付物のボルト穴と前記ボルトの間の隙間にダイラタンシー流体を充填するよう構成する。
【0007】
ダイラタンシー流体とは、わずかな力・変位が徐々に加えられる場合には普通の流体と同様にほとんど抵抗することなく変形する一方、急速な力・変位が加わった場合にはほとんど固体のように、あるいは極めて粘度の高い粘性流体のように挙動する特性を有する。ダイラタンシー流体は、一般的には固体微粒子が溶媒と混合している流体である。固体微粒子は無機化合物微粒子または、有機化合物微粒子があり、無機化合物微粒子としてはSi、Al、Mg、Zr、Ti等の酸化物及び窒化物が好ましい。(これらの酸化物及び窒化物は機械的強度が大きく、化学的に安定であるから、使用中に砕けたり、化学変化したりすることが少なく安定している。具体例としては、シリカ、アルミナ、マグネシア、ジルコニア、四窒化三珪素、窒化アルミニウム、窒化マグネシウム、窒化ジルコニウムなどがある。)有機化合物微粒子としては、シロキサン重合体、アクリル系共重合体、ナイロン樹脂、アクリル系樹脂、スチレン系樹脂、オレフィン系樹脂等の樹脂類、澱粉(片栗粉、コーンスターチ)等の天然物などが使用可能である。溶媒としては、固体微粒子と混合したときにダイラタンシー特性を有する溶液であればよく、特に限定されない。例としてはシリコーンオイル、水、エチレングリコール、ジエチレングリコール、セロソルブ、ジオクチルフタレート、グリセリン等が挙げられる。(これらの溶媒は、単独で使用しても、相溶性のあるものを2種類以上併用してもよい。)
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、機械や建築構造物に振動が加わり、当該振動に起因してボルトが曲げ振動しようとした場合に、振動によるボルトの曲げ変位は急激な変位であるためボルト穴と前記ボルトの間の隙間に充填されたダイラタンシー流体が固体的、あるいは極めて粘度の高い粘性流体としてボルト胴部の曲げ変位を抑制する。とくにボルトの固有振動数に近い振動が発生した場合、ダイラタンシー流体がなければボルトには大きな曲げ変位が発生し、変位が大きくなればなるほどボルトに発生する繰り返し曲げ応力が増大し、ボルトの破壊(特に疲労破壊)の要因につながるが、ダイラタンシー流体によりボルトの曲げ変位が抑制されれば、ボルトに発生する繰り返し曲げ応力が極めて低く抑制される。(ボルトに作用する繰り返し曲げ応力振幅は、振動による曲げ変位にほぼ比例するので、ボルトの曲げ変位を抑制することは、繰り返し曲げ応力振幅の抑制には効果的である。)
【0009】
また、[図1]及び[図2]のような構成であれば、従来の設計を変えることなくボルトとボルト穴の間にダイラタンシー流体を充填するだけでボルトの振動による曲げ変位を抑制する効果が得られる。
【0010】
また、ボルトには
(1)初期締め付け力による引張り応力、
(2)[図1]〜[図3]に示す外力Pが作用した時のボルトの軸力変動Pbによる引張り応力変動、
(3)ナットの締め付けトルクによるねじり応力、
(4)ボルトの曲げ振動による繰り返し曲げ応力振幅
が複合して作用するため極めて高い応力がかかる。特にボルトのねじ底では、応力集中によりさらに応力が増幅される。このため、静的応力(1)+(3)と応力変動(2)+(4)が重畳して作用して、さらにねじ底の応力集中による応力の増幅が有った時の最大応力に対して、ボルトが破損(疲労破壊ではなく一発破壊)しないように高い強度のボルトを用いる必要がある。ところが引張強さが110〜130kg/mm2級の高強度のボルト、いわゆる「高力ボルト」においては水素脆性等による「遅れ破壊」が発生することがある。この「遅れ破壊」は、明日破壊するか、1年後に破壊するか、10年経ってから破壊するか全く予想がつかないという厄介な現象である。このためボルトの健全性の管理が極めて困難である。加えて、引っ張り強度の高い材料は疲労に関しても「切欠感度」が高くて、かえって疲労破壊し易いという問題も発生しがちであることが知られている。「遅れ破壊」を防ぐためには水や水蒸気等水素脆性の要因が無いようにボルトを湿度ゼロの完全な乾燥状態の環境におくか、あるいはボルトに作用する応力を低くして引張強さが110kg/mm2以下のボルトを採用することが必要である。前者の「ボルトを完全な乾燥状態の環境に置く」というのは、一般的な機械や建築構造物ではコスト等の観点で現実的ではないことが多いので、一般的には後者のように「ボルトに作用する応力を下げて、引張強度が高すぎないボルトを採用する」というのが現実的であり、そうすることで「切欠感度」の問題も含めた最適な強度設計も可能となって来る。本発明により、ボルトの曲げ振動による繰り返し曲げ応力振幅を低く抑えることが出来れば、遅れ破壊などの問題のある、「高力ボルト」を用いない最適な強度設計に資することが可能となる。
【0011】
なお、「高力ボルト」を用いた場合であっても、ダイラタンシー流体として水など水素を含む溶媒や固体微粒子を避ければ、ボルトのダイラタンシー流体と接する部分は水素から隔絶されるので、水素脆性による遅れ破壊から保護することも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の本発明の実施形態にかかる模式図である。
【図2】本発明の本発明の実施形態にかかる模式図である。
【図3】ボルト締結体の締付力〜変位(軸方向変位)関係の説明図である。
【図4】本発明の本発明の実施形態にかかる模式図である。
【図5】従来のボルトの曲げ変位抑制手段の例にかかる模式図である。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0013】
以下、図面を参照して本発明の実施形態について説明する。
[図1]は、本発明の実施形態に係るボルト締結体の例を表す模式図である。機械や建築構造物の一部分である被締付物6・7がボルト1及びナット3により締付けられており、被締付物6・7に設けられたボルト穴とボルト1の間の隙間にダイラタンシー流体5が充填されている。機械や建築構造物に振動が発生すると、[図1]の場合だとボルト1の胴部が水平方向に変位しようとするが、振動によるボルトの変位は急激に生じようとするため、ダイラタンシー流体5が固体あるいは高粘度の流体としての挙動を示して、ボルトの曲げ変位が極めて低く抑制され、結果としてボルトに作用する繰り返し曲げ応力も極めて低く抑制される。加えて、ボルトに曲げ振動が作用しても、ダイラタンシー流体によりボルトの曲げ振動が急速に減衰するため、機械や建築構造物の振動が止まった後もボルトだけが振動し続けるということがほとんどなくなり、ボルトに作用する繰り返し曲げ応力のみでなく、繰り返し曲げ応力の作用回数が大幅に減少するので、ボルトの疲労寿命を延ばすことができる。また、機械や建築構造物にボルトの固有振動数に近い振動数の振動が発生した場合でも、ボルト胴部の変位が抑制されているためボルトの共振による大変位の発生とこれによる大きな繰り返し曲げ応力の発生が抑制されるとともに繰り返し曲げ応力の作用回数も大幅に抑制される。
【0014】
[図2]はボルト2の両端をおねじとして、両側にナット4をかける例であるが、ボルト2の胴部を細くしてボルトの伸び剛性を低くし、[図3]に示すようにボルト締結体に外力Pが作用した時にボルト2に生じる軸力変化Pb2を低く抑えるようにしボルトの疲労破壊などを生じにくくしたいわゆる「伸びボルト」にかかる実施例である。
このようにボルト2の胴部の直径を細くすると、直径の4乗に比例してボルトの曲げ剛性が低くなり、それによりボルトの固有振動数も急激に低下するため、機械や建築構造物に振動が作用した時のボルトの共振現象が発生しやすくなる。共振が発生した場合にはボルトの曲げ変位が極めて大きくなるが、この曲げ変位をダイラタンシー流体5で抑制しようとするものである。
【0015】
[図4]は、被締付物9・10にダイラタンシー流体5の供給と供給中の空気抜きのための穴12を設けた例である。[図1]のような場合には、被締付物6・7のボルト穴にボルト1を通して、ナット3を取りつける前の状態でボルト1を何らかの方法で固定したうえで、被締付物6・7のボルト穴とボルト1の間の隙間にダイラタンシー流体5を流し込み、ナット3を取り付けて締め付けるという作業になるため、ダイラタンシー流体5の供給作業がしづらい場合がある。このような問題を解消した例が[図4]の構成である。まず、被締付物9・10をボルト8とナット3で従来と同様の締め付け作業を実施する。そののち、[図4]の下側の穴12からダイラタンシー流体5を供給し、上側の穴12から溢れて来るまでダイラタンシー流体5を充填して、そのあと、上下の穴12の入り口を栓11でふさぐように構成している。
【0016】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において下記の例のように種々変更しうるものであり、これらはいずれも本発明の範囲に属する。
(1)ナットやボルトの座面に0リングなどでダイラタンシー流体の漏えい防止のシールを行う。
(2)被締付物6・7(あるいは9・10)の合わせ面に0リング・ガスケットなどでダイラタンシー流体の漏えい防止のシールを行う。
(3)ボルト胴部の全長に亘ってダイラタンシー流体を充填するのではなく、ボルト胴部の一部分のみにダイラタンシー流体を充填させる。([図5](b)のようなゴムの帯をボルト胴部の長手方向に2か所設け、当該ゴムの帯の間だけダイラタンシー流体を充填するなど。)
【産業上の利用可能性】
【0017】
本発明は、機械や建築構造物などを締め付けるボルト締結体に用いて好適である。
【符号の説明】
【0018】
1:ボルト、2:ボルト、3:ナット、4:ナット、5:ダイラタンシー流体、
6:被締付物、7:被締付物、8:ボルト、9:被締付物、10:被締付物、
11:栓、12:穴、13:ボルト、14:ボルト、15:ゴム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被締付物をボルトとナットにより締付けるボルト締結体において、前記被締付物に設けられたボルト穴と前記ボルトの間の隙間にダイラタンシー流体を充填させたことを特徴とするボルト締結体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−233563(P2012−233563A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−116331(P2011−116331)
【出願日】平成23年5月6日(2011.5.6)
【出願人】(391014125)
【Fターム(参考)】