説明

ボールねじの異常判定方法、並びに異常判定装置およびこれを備えた直動駆動装置

【課題】ボールねじの作動時の振動に基づく異常判定において、ボールねじの異常を感度良く判定する。
【解決手段】この異常判定装置10は、ボールねじ4の作動時の振動を測定する振動センサ20と、その振動センサ20で測定した振動信号を濾波するローパスフィルタ30と、そのローパスフィルタ30から出力された振動信号の大きさに基づいてボールねじ4の異常を判定する異常判定部40とを有し、ローパスフィルタ30は、ボールねじ4を構成するナット6の固有振動数以下の振動信号を限って通過させるようになっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テーブル送り装置等の駆動対象を駆動するボールねじの異常を、ボールねじの作動時の振動に基づいて判定する方法、並びに異常判定装置およびこれを備えた直動駆動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば測定対象が転がり軸受などの場合において、その異常を検出する方法として、振動センサ等によって軸受の振動を測定し、その測定された振動信号に基づいて異常を判定する方法が提案されている(例えば特許文献1ないし2参照)。
ここで、測定した振動信号を用いて異常を判定する方法としては、振動強度解析によって異常を判定する方法や、振動周波数解析によって異常を判定する方法がある。
【0003】
例えば、振動強度解析によって異常を判定する場合には、一般的に知られた方法として、測定した振動値の大きさの変化を追うことによって異常を判定する方法がある。また、振動周波数解析によって異常を判定する場合には、測定対象が振動することによって発生する振動周波数のうち、幾何学的に計算される周波数(例えば転動体通過振動周波数や転動体自転周波数など)に着目し、その増減をもって異常を判定する方法がある(例えば特許文献3ないし5参照)。
【0004】
また、測定対象に異常が発生した場合には、計算周波数を基本周波数としてその自然数倍の高調波成分にも変化が明確に現れることに基づき、高調波成分の変化を用いて測定対象の異常判定を行う方法もある(例えば特許文献6参照)。
【特許文献1】特開平03−221818号公報
【特許文献2】特開2007−192828号公報
【特許文献3】特開2006−133162号公報
【特許文献4】特開2001−021453号公報
【特許文献5】特開2005−17128号公報
【特許文献6】特開2004−212225号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、本願発明者が実験を重ねて鋭意検討したところ、測定対象がボールねじである場合には、上記の高調波成分が明確に現れる周波数範囲に制限があることが明らかになった。すなわち、ボールねじでは、ボールねじを構成するナットの固有振動成分を境に、ナットの固有振動数以下の振動成分には高調波成分が明確に現れるのに対し、ナットの固有振動数を超える振動成分には高調波成分が現れ難いことがわかったのである。
【0006】
詳しくは、ボールねじにおいては、循環する転動体が非負荷圏から負荷圏に進入する際に軌道面と衝突し、この衝突により軌道面側の部材の自由振動が励起されて部材の固有振動数を周波数とする振動が発生する。この衝突による周波数帯は、ナットの大きさなどによって異なるものの、4kHzを超える範囲の高周波範囲の振動が発生することがわかった。これは、ボールねじの正常、異常を問わずに発生する振動成分である。つまり、ボールねじに異常が発生していない通常の運転状態においても大きく発生する周波数成分である。
【0007】
また、ナットの固有振動数以上の振動周波数成分は、ナット自身のばね効果によって減衰されてしまう。これにより、ナットの固有振動数以上の周波数成分では、高調波成分が隠れてしまうことになる。したがって、測定対象が軸受などの場合と同様にして部材の固有振動成分を含む振動を測定してしまうと、正常時と異常時との変化割合が小さくなり、ボールねじの異常を感度良く判定することが難くなってしまうことがわかった。
そこで、本発明は、このような問題点に着目してなされたものであって、ボールねじの作動時の振動に基づく異常判定において、ボールねじの異常を感度良く判定し得るボールねじの異常判定方法、並びに異常判定装置およびこれを備えた直動駆動装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明のうち第一の発明は、ボールねじの作動時の振動に基づいてその異常を判定する方法であって、前記ボールねじの作動時の振動を測定する振動測定工程と、その振動測定工程で測定した振動信号を濾波する濾波工程と、その濾波工程を経た振動信号の大きさに基づいて前記ボールねじの異常を判定する異常判定工程とを含み、前記濾波工程は、前記ボールねじを構成するナットの固有振動数以下の振動信号を限って通過させることを特徴としている。
【0009】
第一の発明に係るボールねじの異常判定方法によれば、濾波工程において、ボールねじを構成するナットの固有振動数以下の振動信号を限って通過させており、異常判定工程は、その濾波工程を経た振動信号の大きさに基づいてボールねじの異常を判定するので、高調波成分を確実に捉えてこれを判定することができる。そのため、ボールねじの作動時の振動に基づく異常判定において、ボールねじの異常を感度良く判定することができる。
【0010】
また、本発明のうち第二の発明は、ボールねじの作動時の振動に基づいてその異常を判定する異常判定装置であって、前記ボールねじの作動時の振動を測定する振動センサと、その振動センサで測定した振動信号を濾波するローパスフィルタと、そのローパスフィルタから出力された振動信号の大きさに基づいて前記ボールねじの異常を判定する異常判定部とを有し、前記ローパスフィルタは、前記ボールねじを構成するナットの固有振動数以下の振動信号を限って通過させるようになっていることを特徴としている。
【0011】
第二の発明に係るボールねじの異常判定装置によれば、ローパスフィルタは、ボールねじを構成するナットの固有振動数以下の振動信号を限って通過させるようになっており、異常判定部は、ローパスフィルタから出力された振動信号の大きさに基づいてボールねじの異常を判定するので、高調波成分を確実に捉えてこれを判定することができる。そのため、ボールねじの作動時の振動に基づく異常判定において、ボールねじの異常を感度良く判定することができる。
ここで、第二の発明に係るボールねじの異常判定装置において、例えば、前記ナットの固有振動数を、駆動対象(例えばテーブル送り装置)に締結されるナットフランジの剛性、およびナットの質量から得ることは好ましい。このような構成であれば、テーブル送り装置等の駆動対象に装備されるボールねじの異常を判定する上でより好適である。
【0012】
また、本発明のうち第三の発明は、ボールねじで駆動されるテーブル送り装置と、そのテーブル送り装置に装備されたボールねじの異常を判定する異常判定装置とを備える直動駆動装置であって、前記異常判定装置として、第二の発明に係る異常判定装置を備えていることを特徴としている。
第三の発明に係る直動駆動装置によれば、第二の発明に係る異常判定装置を備えているので、ボールねじの作動時の振動に基づく異常判定において、テーブル送り装置に装備されたボールねじの異常を感度良く判定することができる。
【発明の効果】
【0013】
上述のように、本発明によれば、ボールねじの作動時の振動に基づく異常判定において、ボールねじの異常を感度良く判定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
まず、本発明に係る異常判定装置およびこれを備えた直動駆動装置を開発するにあたって実施した試験およびこれに基づく知見、並びにボールねじの異常判定方法について説明する。
ボールねじの異常を判定するための試験として、試験体のボールねじに、日本精工株式会社製ボールねじ:型式BSS5012を用い、これに人工的に損傷を設けてその振動を測定した。測定した振動周波数の解析結果を図1(a)に示す。また、このボールねじ(BSS5012)のナット固有振動数の測定結果を同図((b))にあわせて示す。なお、図2に模式図を示すように、ボールねじのナットは、ナットの質量M、ナットフランジの剛性を基にして決まるばね定数Kから得られる固有振動数を持つ。これは一次のバネマス系の振動で表現することができる。
【0015】
ここで、ボールねじの異常を判定する場合に、振動周波数解析を実施する際に基準となる計算周波数は、下記の式によって求められる。なお、下記の式において、dm:ボールねじのボールピッチ径(mm)、Dw:玉径(mm)、α:接触角(rad)、β:リード角(rad)、z:1リード当たりの負荷球数、fr:軸回転周波数(Hz)、fc:玉の公転周波数(Hz)、fi:玉の公転周波数に対するねじ軸の相対回転周波数(Hz)、fb:玉自転周波数(Hz)である。
【0016】
【数1】

【0017】
ボールねじに異常が発生した際には、上記式における、fr、fc、2fbの自然数倍の高調波成分が変化する。したがって、測定対象に異常が発生した場合には、計算周波数を基本周波数としてその自然数倍の高調波成分にも変化が明確に現れることに基づき、高調波成分の変化を用いて測定対象の異常判定を行うことが可能である。
図1からわかるように、このナットの固有振動数が発生している約6kHzを超える周波数帯においては、損傷の有無による差異を明確に規定することが困難である。これに対し、このナットの固有振動数以下、つまり約6kHz以下の周波数帯においては、損傷有りと損傷無しとでは、明らかに違いが現れており、相互を明確に区別することができることがわかる。
【0018】
すなわち、同図(a)中に示す下向きの矢印は、計算周波数のn倍波成分であるが、このn倍波成分は、ナットの固有振動数以下の周波数帯においては明瞭であるのに対し、ナットの固有振動数を超える周波数帯においては確認することができないことがわかる。
このように、ボールねじから発生する、ナットの固有振動数を超える振動成分は、ナット自身のもつばね効果によって減衰され、ナットの固有振動数を超える周波数成分では高調波成分が隠れてしまうため、測定対象が軸受などの場合と同様にして部材の固有振動成分を含む振動を測定してしまうと、正常時と異常時との変化割合が小さくなり、ボールねじの異常を感度良く判定することが難くなってしまうことがわかった。
【0019】
そこで、本発明においては、ボールねじの作動時の振動に基づいてその異常を判定する方法として、ボールねじの作動時の振動を測定し(振動測定工程)、その測定した振動信号を濾波する(濾波工程)。特に、この濾波をするにあたり、ボールねじを構成するナットの固有振動数以下の振動信号を限って通過させることにした。そして、この濾波を経た振動信号の大きさに基づいてボールねじの異常を判定する(異常判定工程)。これにより、上述したように、高調波成分を確実に捉えてこれを判定することができるため、ボールねじの作動時の振動に基づく異常判定において、ボールねじの異常を感度良く判定することが可能となる。
【0020】
また、上記異常判定方法の効果を確認するために、ナットの固有振動数を遮断振動数とするローパスフィルタを用いて比較試験を行った。この比較試験は、上記試験体のボールねじ(BSS5012)において、損傷前後における振動加速度rms値の比率を確認した。その結果を下記の表1に示す。なお、同表の比率は、「損傷無し」時の振動値を「1」とした場合の「損傷有り」時の振動値比である。そして、同表の一方は、ナットの固有振動数を遮断振動数とするローパスフィルタを通した後の結果であり、また、他方は、ローパスフィルタを使用しなかった場合の結果である。
【0021】
【表1】

【0022】
同表からわかるように、このナットの固有振動数を遮断周波数とするローパスフィルタを使用した場合(ローパスフィルタ有)には、損傷の有無による差異を明確に判断できるのに対し、このローパスフィルタを使用しなかった場合(ローパスフィルタ無)には、ローパスフィルタを使用した場合に比べて判断が困難であることがわかる。
次に、本発明に係る異常判定装置およびこれを備えた直動駆動装置の一実施形態について、図面を適宜参照しつつ説明する。なお、図3は本発明に係る異常判断装置を含む直動駆動装置の一実施形態のブロック図である。また、図4は、図3に示すテーブル送り装置の模式図である。
図3に示すように、この直動駆動装置1は、ボールねじ4で駆動されるテーブル送り装置2と、そのテーブル送り装置2に装備されたボールねじ4の異常を判定する異常判定装置10とを備えて構成されている。また、テーブル送り装置2は、テーブル送り装置本体3およびボールねじ4を備えている。
【0023】
ボールねじ4は、図4(a)に示すように、ねじ軸5と、このねじ軸5に対して複数の転動体(不図示)を介してスライド移動可能に外嵌するナット6とを有している。そして、ねじ軸5の両端は、軸支ブロック9によって回転自在にそれぞれ支持されている。さらに、ねじ軸5の一端側(同図左側)は、カップリング(不図示)を介して駆動用のモータ8の出力軸に連結されている。そして、このボールねじ3は、そのナット6のナットフランジ7が、上記テーブル送り装置本体3に締結されている。これにより、このテーブル送り装置2は、モータ8の駆動に応じたねじ軸5の回転によってテーブル送り装置本体3が軸方向に沿ってスライド移動するようになっている。
【0024】
また、図3に示すように、上記異常判定装置10は、ボールねじ4の作動時の振動を測定する振動センサ20と、その振動センサ20で測定した振動信号を濾波するローパスフィルタ30と、そのローパスフィルタ30から出力された振動信号の大きさに基づいてボールねじ4の異常を判定する異常判定部40とを有している。そして、この異常判定装置10は、ボールねじ4の振動を振動センサ20によって測定し、その振動センサ20で測定した振動信号を、ナット6の固有振動数を遮断周波数とするローパスフィルタ30に通した後に異常判定部40に送るようになっている。
【0025】
異常判定部40は、直動駆動装置1全体を制御する制御部を含み、図3に示すように、演算部42、判定部44および出力部46を有して構成されており、所定のプログラムにより一連のボールねじの異常判定処理を実行する。すなわち、この異常判定部40は、その演算部42において、上記ローパスフィルタ30による濾波後の振動信号に対し、所定の演算処理を行って振動値を求める。そして、この求めた振動値に基づいて、判定部44においてボールねじ3の異常の有無を判定する。そして、出力部46において、その異常判定の結果に基づいて上記モータ8の駆動を制御し、例えば直動駆動装置1を緊急停止させるなどの処理を実行するようになっている。
【0026】
なお、上記振動センサ20のピックアップ20aは、図4(a)に示すように、上記テーブル送り装置本体3に付設され、駆動中のボールねじ4から発生する振動を測定し、その振動信号が得られるようになっている。なお、ピックアップ20aの付設位置は、図2(b)に例示するように、上記ボールねじ4のナットフランジ7に付設してもよく、これによっても駆動中のボールねじ4から発生する振動を測定し、振動信号が得ることができる。
【0027】
以上説明したように、この直動駆動装置1によれば、異常判定装置10を備え、この異常判定装置10は、ボールねじ4の作動時の振動に基づいてその異常を判定する場合に、振動値の大きさの変化をもってボールねじ4の異常を判定するとき、ボールねじ4のナット6の固有振動数を遮断周波数とするローパスフィルタ30を介して得られた振動値の大きさに基づいて判定を行うので、高調波成分を確実に捉えてこれを判定することによって、より明確な異常判定を可能とした。また、周波数解析手法によって異常判断を行う場合であっても、ボールねじのナットの固有振動数以上の周波数範囲は、正常時、異常時の相互で差異がほとんど見られないため、ボールねじのナットの固有振動数以下の範囲を限って比較することによって、ボールねじの異常を感度良く判定可能となる。
なお、本発明に係るボールねじの異常判定方法、並びに異常判定装置およびこれを備えた直動駆動装置は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しなければ種々の変形が可能なことは勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】試験体のボールねじに人工的に損傷を設けてその振動を測定した振動周波数の解析結果((a))、およびそのナット固有振動数の測定結果((b))を示す図である。
【図2】ボールねじのナットの持つ固有振動数を説明する模式図である。
【図3】本発明に係る異常判定装置およびこれを備えた直動駆動装置の一実施形態のブロック図である。
【図4】図3に示すテーブル送り装置の模式図であり、同図(a)はピックアップをテーブル送り装置本体に付設した例であり、また、同図(b)はピックアップをボールねじのナットフランジに付設した例である。
【符号の説明】
【0029】
1 直動駆動装置
2 テーブル送り装置
3 テーブル送り装置本体
4 ボールねじ
5 ねじ軸
6 ナット
7 ナットフランジ
8 モータ
9 軸支ブロック
10 異常判定装置
20 振動センサ
30 ローパスフィルタ
40 異常判定部
42 演算部
44 判定部
46 出力部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボールねじの作動時の振動に基づいてその異常を判定する方法であって、
前記ボールねじの作動時の振動を測定する振動測定工程と、その振動測定工程で測定した振動信号を濾波する濾波工程と、その濾波工程を経た振動信号の大きさに基づいて前記ボールねじの異常を判定する異常判定工程とを含み、
前記濾波工程は、前記ボールねじを構成するナットの固有振動数以下の振動信号を限って通過させることを特徴とするボールねじの異常判定方法。
【請求項2】
ボールねじの作動時の振動に基づいてその異常を判定する異常判定装置であって、
前記ボールねじの作動時の振動を測定する振動センサと、その振動センサで測定した振動信号を濾波するローパスフィルタと、そのローパスフィルタから出力された振動信号の大きさに基づいて前記ボールねじの異常を判定する異常判定部とを有し、
前記ローパスフィルタは、前記ボールねじを構成するナットの固有振動数以下の振動信号を限って通過させるようになっていることを特徴とするボールねじの異常判定装置。
【請求項3】
前記ナットの固有振動数を、駆動対象に締結されるナットフランジの剛性、およびナットの質量から得ることを特徴とする請求項2に記載のボールねじの異常判定装置。
【請求項4】
ボールねじで駆動されるテーブル送り装置と、そのテーブル送り装置に装備された前記ボールねじの異常を判定する異常判定装置とを備える直動駆動装置であって、
前記異常判定装置として、請求項2または3に記載の異常判定装置を備えていることを特徴とする直動駆動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−38567(P2010−38567A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−198499(P2008−198499)
【出願日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】