説明

ポリ−3−ヒドロキシ酪酸の分離精製方法

【目的】 ポリ−3−ヒドロキシ酪酸を含有する微生物菌体から、高純度でしかも分子量の低下がみられないポリ−3−ヒドロキシ酪酸を、高収率でしかも低コストで回収する方法を提供する。
【構成】 ポリ−3−ヒドロキシ酪酸を含有する微生物菌体のを高圧ホモジナイザーで処理することにより該微生物菌体を破砕してポリ−3−ヒドロキシ酪酸顆粒体を菌体外に漏出せしめたのち、遠心分離等によりポリ−3−ヒドロキシ酪酸画分を得、次いでこのポリ−3−ヒドロキシ酪酸画分を酸素系漂白剤で処理する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明はポリ−3−ヒドロキシ酪酸の微生物菌体からの分離精製法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】ポリ−3−ヒドロキシ酪酸(以後PHBと称す)は多くの微生物種の細胞にエネルギー貯蔵物質として生成、蓄積される完全生分解性および生体適合性を有する熱可塑性ポリエステルであり、 −OCH(CH3 )CH2 CO− なる化学式で示される単位の繰り返しからなる。近年、合成プラスチックが環境汚染、廃棄物処理、石油資源の観点から深刻な社会問題となるに至り、PHBは環境中で完全に分解される石油に依存しない「クリーンプラスチック」として注目され、その実用化が切望されている。PHBは、特公平03-65154号、特公平02-20238号、特公平05-997号等に提案されているように、たとえばプロトモナス(Protomonas)属、アルカリゲネス(Alcaligenes)属、アゾトバクター(Azotobacter)属、メチロバクテリウム(Meth ylobacterium)属等の微生物菌体を、水性培地中でたとえばグルコースまたはメタノ−ル等の化合物を基質とし、微生物の生育には必須であるけれどもPHBの生合成には必須でない栄養素、たとえば窒素源、リン酸塩等の制限下に培養することで効率良く生産することができる。3−ヒドロキシ酪酸を構成単位として含む生分解性ポリマーには、3−ヒドロキシ酪酸単位のみからなるホモポリマーの他に、3−ヒドロキシ酪酸単位とたとえば3−ヒドロキシ吉草酸単位または4−ヒドロキシ酪酸単位との共重合体等がある。特開昭57-150393 号、特開平03-292889 号等に示されるように、これらの共重合体も、PHBと同じ方法で微生物を用いて製造することが可能である。本発明におけるPHBとはこれらの共重合体も含めてさすものとする。
【0003】微生物によって生成されたPHBは顆粒体を形成して細胞内に蓄積される。PHBを微生物菌体から分離精製する既知の方法は、PHBが可溶である溶剤により菌体からPHBを抽出する方法と、PHB以外の菌体構成成分を可溶化させて除くことによってPHB顆粒体を得る方法に大別される。抽出によりPHBを分離精製する方法においては、PHBが可溶である溶媒として、たとえば1,2−ジクロロエタンやクロロホルムといった部分ハロゲン化炭化水素が用いられる。この場合菌体を予め乾燥する等、溶媒が菌体中のPHB顆粒体と接触できるようにするための工程が必要となる(特開昭55-118394号、特開昭57-65193号)。また、これらの方法においてはPHBを実用に値する濃度(たとえば5%)に溶解したハロゲン化炭化水素は極めて粘稠となり、抽出工程後溶媒に溶解しなかった菌体残渣とPHBを含む溶媒層との分離が困難となる。さらに、溶媒層からPHBを回収率良く再沈澱させるためには溶媒層の4〜5倍容のPHB不溶性溶媒(たとえばメタノール等)の添加が必要であり、工程には大容積の容器が必要とされるとともに溶媒の使用量は膨大なものとなる。従って、溶媒の回収コストと損失溶媒のコストがかさむ。加えて近年、環境保護の観点から有機ハロゲン化合物の大量使用が敬遠される方向にある。PHBが可溶でありかつ水と混ざり合う溶媒、たとえばジオキサン(特開昭63-198991号)またはプロパンジオール(特開平02-69187)の様な親水性の溶媒を用 いた抽出方法も提案されている。これらの方法では乾燥菌体のみならず湿潤菌体からもPHBを抽出することが可能である点と、菌体残渣と分離した溶媒層は冷却するだけでPHBの再沈澱が行われる点では好ましい方法と言える。しかしこれらの方法もPHBを溶解した溶媒の粘稠性の問題は未解決であり、加えて水存在下で加熱するためPHBの加水分解による分子量低下が避けられないこと、抽出率が(従って回収率も)劣ること等の欠点も有している。
【0004】一方、PHB以外の菌体構成成分を可溶化させて除くことによってPHB顆粒体を得る方法として、J.Gen.Microbiology 19 198〜209頁(1958)には菌体懸濁液を次亜塩素酸ナトリウムで処理することによりPHB以外の菌体構成成分を可溶化してPHB顆粒体を得る方法が記載されている。この方法は簡単ではあるが、多量の次亜塩素酸ナトリウムを使用する必要があるためにそのコストが高いこと、加えて本発明者らの検討によればPHBの著しい分子量低下が引き起こされることと得られたPHB標品内に無視できない量の塩素が残留することから、実用には適さない。特公平04-61638号には、PHBを含有する微生物菌体懸濁液を100℃以上で熱処理することで菌体構造を破壊し、次いでタンパク質分解酵素(以後プロテアーゼと記す)処理と、リン脂質分解酵素処理あるいは過酸化水素処理との組み合わせによりPHB以外の菌体構成成分を可溶化して除いてPHB顆粒体を得る方法が提案されている。しかしこの方法は、熱処理による可溶性タンパク質の変性・不溶化によって次のプロテアーゼ処理工程等での負荷を増大させること、処理工程が非常に多く複雑であること等の欠点を有している。また、不純物の除去方法として界面活性剤で処理する方法が記載されているが、界面活性剤は低濃度においても極めて発泡性が激しく、工業的規模で使用する場合にはしばしばポンプや遠心分離機も発泡のために機能しないという困難に見舞われる。また界面活性剤を含む廃液は発泡が著しいことに加えて高いBOD負荷値を持つ。この様な観点から、界面活性剤の使用は特に工業的規模においては好ましくない。
【0005】
【発明が解決しようとする問題点】本発明の目的は、従来技術における上記したような課題を解決し、少ない工程数でPHB含有微生物菌体からPHB以外の菌体構成成分を効率よく除き、かつ純度の高いPHBを高収率で得るためのPHBの分離精製方法を提供することにある。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、少ない工程数でPHB含有微生物菌体からPHB以外の菌体構成成分を効率よく除き、かつ純度の高いPHBを高収率で得るためのPHBの分離精製方法に関して検討を行った結果、PHB含有菌体の懸濁液を適当な条件下で高圧ホモジナイザーで処理すると懸濁液に存在する細胞のほとんどが破砕されて細胞内に存在していたPHB顆粒体が漏出、分散され、しかも不溶性菌体成分を可溶化せずにPHB以外の菌体構成成分とPHBとの比重差によってこの高圧ホモジナイザー処理液からPHB顆粒体を効率よく回収できること、得られたPHB画分を、たとえば過酸化水素のような酸素系漂白剤で処理することによって極めて高純度のPHB粉体が得られることを見いだし、本発明に到達した。即ち、本発明によれば、PHBを含有する微生物菌体からPHB以外の微生物菌体構成成分を除くことによって純度の高いPHBを得るPHBの分離精製法において、PHBを含有する微生物菌体の懸濁液を高圧ホモジナイザーで処理することによって微生物菌体を破砕してPHB顆粒体を菌体外に漏出せしめた後にこの高圧ホモジナイザー処理液からPHB以外の菌体構成成分を分離してPHB画分を得ること、および、得られたPHB画分を酸素系漂白剤で処理すること、を含むことを特徴とするPHBの分離精製方法が提供される。
【0007】以下に本発明の詳細について説明する。通常微生物の細胞は、リン脂質を主成分とする細胞膜やペプチドグリカン等に代表される水不溶性成分と、濃厚な可溶性タンパク質の水溶液である細胞質によって構成され、両者の量比は水溶性成分が圧倒的に多い場合がほとんどである。微生物菌体をたとえば緩衝液等中に懸濁して適当な方法により破砕すれば、細胞質は漏出して可溶性タンパク質は不溶化せずに緩衝液と混合され、細胞膜の様な不溶性成分は不溶性のまま分散されている。菌体内にPHB顆粒体が存在する場合においては、PHBはもちろん水不溶性であるため、菌体が破砕されることによってPHB顆粒体が緩衝液中に漏出、分散される。一方、通常の菌体構成成分の比重は1よりやや大きい程度であるのに対してPHBの比重は1.2程度であることに本発明者らは着目し、水溶性タンパク質に代表される可溶性菌体構成成分を不溶化せしめることなくPHBを含有する微生物菌体を破砕し、次いでPHB顆粒体とPHB以外の菌体構成成分をそれらの遠心力場での沈降速度の違いによって効率よく分離する方法を見いだすに至った。
【0008】本発明においては菌体破砕方法として高圧ホモジナイザー処理が用いられる。本発明において用いられる、高圧ホモジナイザーとは、粒子懸濁液を高圧下で極めて細いノズルに導入し、該懸濁液が極めて速い(音速程度の)線速においてノズルを通過する時に生ずる剪断力によって、懸濁している粒子を粉砕することを原理とする装置であり、生物細胞の破砕の他に、乳化、分散あるいは微細粒子製造等の工程において工業的規模で使用されているものを指す。もちろん、同じ原理を有し、工業的規模で実施できる機器であれば、今後改良されるものも使用できる。以下に説明するように、高圧ホモジナイザー処理を用いることによって、PHBを含有する微生物菌体を可溶性菌体構成成分の不溶化を伴うことなく、かつ菌体中に存在するPHB顆粒体が漏出してPHB以外の不溶性菌体構成成分とは独立して分散するに十分な程度にまで、破砕することが達成される。PHBを含有する菌体培養液を、高圧ホモジナイザーで1000kgf/cm2の圧力で2回処理を行い、この処理液を光学顕微鏡で観察すると、PHB顆粒体および不溶性菌体構成成分の破片が多く認められ、未破砕と思われる菌体はほとんど認められない。この処理液を遠心分離に供すると白色のPHB顆粒体が遠心管の底に沈澱する。この白色沈澱の上層には破砕された菌体に由来する不溶性成分の沈澱が少量認められ、また液層は細かく破砕された不溶性成分により濁っている。この液層を除くことで得られるPHB画分は、驚くべきことに85%の純度(乾燥重量%、以下同様)を有し、処理前の懸濁液に基づくPHBの回収率は少なくとも90%以上である。またこのPHB画分を乾燥して得られた粉体粒子を走査型電子顕微鏡で観察すると、PHB顆粒体は高圧ホモジナイザー処理により粉砕されることなく球形を維持している。
【0009】高圧ホモジナイザーを用いる方法以外に可溶性菌体構成成分を不溶化せしめることなく菌体を破砕できる可能性のある既知の方法としては、超音波処理、ワーリングブレンダー等のブレンダー、リゾチームの様な酵素による処理、菌体の凍結融解を繰り返す処理等があるが、何れも工業的規模においては実用的ではない。特開昭57-174094 号には、菌体の水性懸濁液を加圧下で100℃以上に加熱し、次いでその圧力を開放する事によって菌体内の水分を沸騰させ、菌体を破砕しPHB顆粒体を分散させる方法が提案されている。しかしながらこの方法は菌体を加熱することで可溶性タンパク質の不溶化を招くことから本発明には用いることはできない。本発明者らは、菌体懸濁液に加圧下でガスを溶解させ、次いで急激に圧力を開放することによって菌体内で溶解ガスを急激に膨張させることによって菌体をバーストさせることを試みたが、このような方法による菌体からのPHB顆粒体の漏出はほとんど観察されなかった。本発明において高圧ホモジナイザー処理を行なう場合には、処理圧力と処理回数が菌体破砕の程度に大きく影響するので、所望の破砕程度に応じて処理圧力と処理回数を設定することが必要である。本発明における高圧ホモジナイザー処理は、300kgf/cm2以上、好ましくは 500kgf/cm2 以上の処理圧力において行われる。高圧ホモジナイザー処理による菌体の破砕の程度は、同一圧力においては機種間の相違はほとんど無く、また処理圧力および処理回数との間に正の相関を示す。高圧ホモジナイザーによる処理がたとえば700kgf/cm2の圧力での1回処理である場合には、破砕液から遠心分離によって得られるPHB画分の純度は少なくとも70%程度であるが、3回処理を行って得られるPHB画分の純度は80%となる。また、たとえば1000kgf/cm2程度で1回処理を行った後に処理液から得られたPHB画分の純度は75%程度であるが、同条件で2回処理を行うとPHB画分の純度は85%程度となる。高圧ホモジナイザー処理における処理圧力および処理回数以外の条件は、以下に示すように菌体の破砕が可能でかつ可溶性の菌体構成成分の不溶化を招かない範囲において、自由に設定できる。
【0010】処理中あるいは処理前後に可溶性菌体構成成分の不溶化が生じると、不溶化した菌体構成成分とPHB顆粒体が複合体を形成してしまい、処理液からの顆粒体の分離に支障をきたすことになる。高圧ホモジナイザー処理に供される菌体の水性懸濁液とは、もちろん菌体の培養液そのものでも良く、また培養液を遠心分離に処することによって得られる菌体ペーストをたとえば水または適当な緩衝液に再懸濁させたものでも問題はない。懸濁液中の菌体濃度も、懸濁液が高圧ホモジナイザー処理に支障をきたさない範囲の流動性を保つ限り、破砕効果にはほとんど影響を及ぼさないので、15重量%以上の菌体濃度とするのが好都合である。温度は、可溶性菌体構成成分の不溶化に大きく関わる因子の一つであり、高圧ホモジナイザー処理の前後を通じて可溶性菌体構成成分の不溶化を招かない範囲で設定すれば良い。高圧ホモジナイザー処理によって処理液の温度は上昇するが、この温度による可溶性菌体構成成分の不溶化が予想される場合には、処理に供する菌体懸濁液を予め冷却することで問題なく破砕処理を行うことができる。常温の菌体懸濁液を用いる場合でも通液部を冷却する装置的措置を講じることで問題なく破砕処理を行なうことができる。pHやイオン強度も可溶性の菌体構成成分の不溶化に関与する条件である。一般的には極端に酸性側あるいはアルカリ性側に片寄ったpHにおいては可溶性タンパク質が不溶化することが知られており、菌体懸濁液のpHをこの様な不溶化を避け得る範囲、たとえば5〜8に設定しておけば、問題なく高圧ホモジナイザー処理を行なうことができる。イオン強度についても、高圧ホモジナイザー処理の結果得られる処理液において可溶性タンパク質等が塩析により沈澱しない範囲に設定することで良好な結果が得られる。
【0011】たとえば得られるPHB画分の純度が85%以上である良好な菌体破砕がなされた高圧ホモジナイザー処理液の遠心分離においては、好ましいことに、適当な遠心分離条件を選択することにより、PHB顆粒体のほとんど全てが沈澱しかつ不溶性菌体構成成分がほとんど沈澱しない分離状態を得ることができる。この様な分離状態から軽液層を除くことで得られたPHB画分は、少なくとも80%、しばしば90%程度のPHB純度を持ち、PHBの回収率は90%以上である。一般的に遠心分離条件とは遠心力(g)と分離時間からなり、遠心分離の強さはそれらの積である積算遠心力の値の大きさで表される。一般的に遠心分離積算遠心力がより大きい条件ではPHB顆粒体の回収率が良好である反面で沈澱する不溶性菌体成分の量が多くなり、結果として得られたPHB画分の純度が低下する傾向を示す。一方積算遠心力がより小さい条件では不溶性成分の沈澱が少ない反面PHBの沈降も不十分となり、PHBの回収率が低下する傾向となる。良好な分離状態を得るための遠心分離条件は、用いられる遠心分離機によっても若干異なる他、高圧ホモジナイザー処理前の菌体懸濁液の菌体濃度や菌体中のPHB含有量によっても変動するが、それぞれの場合に応じて適当な条件を設定することができる。例えば、一般的な実験室用遠心分離機を使用する場合に用いられる遠心分離条件は、3,000 〜10,000gで 2〜10分である。得られるPHB画分のPHB純度や回収率を加味した経済的事情を考慮して遠心分離条件を決定すれば良い。
【0012】高圧ホモジナイザー処理液からのPHB顆粒体分離においては、遠心分離以外の方法も用いることができ、たとえば微細な細孔を持つ分離膜を用いる濾過分離が例として挙げられる。PHB顆粒体は分離膜の細孔を通過しない大きさであり、一方大部分の不溶性菌体構成成分は細孔を通過できる大きさまで破砕されているので、PHB顆粒体と分離することが可能である。高圧ホモジナイザー処理液から遠心分離あるいは膜分離等によって得られたPHB画分は、場合によっては乾燥してそのままプラスチックの成形材料として用いることが可能であるけれども、本発明において純度の高いPHBを得るためには、さらなる菌体構成成分の除去を行なわなければならない。なぜならこのような菌体構成成分が残存していると、プラスチックとしてのPHB本来の性能が損なわれる可能性があることと、溶融成形のために融点以上に加熱された場合に成形品が著しい褐変を示し、結果として該PHB粉体の用途が著しく制限されることになるからである。溶融によって起こる褐変は、無色であった菌体構成成分中の窒素成分とPHBを含む炭素化合物との間で加熱によるメイラード反応が進行し、有色化合物が生成されるためと考えられる。本発明の方法によれば、溶融しても褐変しない高品質のPHBを得ることができる。高圧ホモジナイザー処理液から得られたPHB画分から除かれるべき成分は、遠心分離あるいは膜分離等では除かれなかった不溶性の菌体構成成分であり、従ってこれの可溶化の操作が必要となる。
【0013】本発明者等はこの可溶化の手段として酸素系漂白剤による処理が極めて有効であることを見いだした。ここで言う酸素系漂白剤とは、該漂白剤中の有効成分が媒体中で発生する活性酸素が有機物を酸化分解することを作用の原理とする漂白剤であり、例としてたとえば過酸化水素(H2O2)、過酢酸(CH3C000H)、モノパーサルフェートカリウム(KHS05 )、過炭酸ナトリウム(Na2CO33H2O2)、過硫酸ナトリウム(Na2S2O8 )といった化合物を挙げることができる。本発明においてこの様な酸素系漂白剤処理は、たとえばパルプあるいは繊維の一般的な漂白工程と同様な条件で行なうことができる。すなわち、例えば過酸化水素を用いる場合には高圧ホモジナイザー処理液から得られたPHB画分の水性懸濁液に過酸化水素濃度が0.5 〜10%、好ましくは1 〜5 %になるように過酸化水素を加えて、20℃〜懸濁液の沸点、好ましくは50℃〜90℃の温度で10分〜24時間、好ましくは30分〜12時間処理することにより行なうことができる。高圧ホモジナイザー処理液から得られたPHB画分を該酸素系漂白剤で処理することにより、多くの場合少なくとも98%以上の高純度のPHB粉体を得ることが可能であり、得られたPHB粉体は熱溶融に際してもほとんど褐変を示さない。またこの処理の間のPHBの分子量は低下しても、10%程度である。高圧ホモジナイザー処理の後に行なう酸素系漂白剤以外の不溶性菌体構成成分の可溶化法、たとえばプロテアーゼ処理、界面活性剤処理あるいは有機溶媒洗浄等の方法はこれらの処理を単独で、あるいは併用して行う何れの場合においても、得られるPHB粉体の品質は酸素系漂白剤処理に比べて劣る。また、複数の方法を連続して行なう場合、全体の工程が複雑となってしまうという問題が生じる。
【0014】しかしながら、本発明においては、これらの方法も必要に応じて酸素系漂白剤処理と併用する事ができる。たとえば、高圧ホモジナイザー処理による菌体破砕が不十分であるが故に得られたPHB画分に含まれる菌体構成成分の量が多い場合、プロアーゼ処理を予め行なうことでタンパク性の不溶性菌体構成成分を低減した後に、酸素系漂白剤処理を行うことで純度の高いPHBを得ることができる。また、酸素系漂白剤処理をした後、たとえばアセトンやメタノ−ルのような有機溶媒で洗浄することにより脂溶性の菌体構成成分を除くことでより品質の高いPHB粉体を得ることができる。
【0015】
【実施例】次に本発明を実施例によって更に詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。実施例における菌体のPHB含有量およびPHB粉体の純度(乾燥重量%)の測定は、PHBを分解、メチルエステル化し、これをガスクロマトグラフィーにより定量することで行った。PHBの分子量の測定は、GPC(ゲル濾過クロマトグラフィー)分析によって行った。PHBの溶融処理は、乾燥したPHB粉体を180℃で30分間加熱した後放冷して行った。溶融処理によって得られたペレットの褐変の度合いの判定は目視で行った。
【0016】実施例1菌株はプロトモナス エクストルクエンス(Protomonas extorquens)K(微工研菌寄第8395号)を使用した。なお、最近の文献によれば本菌は、メチロバクテリウム(Methylobacterium)属に属するとされている(I.J.Bousfield and P.N.Green;Int.J.Syst.Bacteriol.,35,209(1985)、T.Urakami et al.;Int.J.Syst.Bacteriol.,43,504-513(1993))。該菌株をメタノールを唯一の炭素源とする完全合成培地を用いて、窒素源の供給を生育の律速因子とした条件下で回分培養を行い、PHBを含有する菌体の培養液を得た。培養液の菌体濃度(菌体乾燥重量/培養液重量%)は9%、菌体中のPHB含有量は乾燥菌体重量に対して50%であった。この培養液に対して、種々の高圧ホモジナイザーを用い、種々の菌体濃度、処理圧力、処理回数のもとに処理を行った。この処理液を実験用高速冷却遠心機(日立工機製、CR20B2型)を用いて5000g で10分間遠心分離した。得られた沈澱を同様の条件での遠心分離で水洗浄し、沈澱を乾燥して粉体とし、この粉体のPHB純度を分析した。用いた高圧ホモジナイザーは、ブレンリューベホモジナイザーSHL05型(ブランリューベ社、ドイツ)、マイクロフルイダイザーM110型(マイクロフルイディクス社、アメリカ)、ハイパーホモジナイザーミニラボ型(ラニー社、デンマーク)である。結果を表1に示した。
【0017】
【表1】


【0018】実施例2実施例1と同様にして菌体濃度12%、菌体中のPHB含有量56%の培養液を得た。PHBの平均分子量は約100 万であった。この培養液をマイクロフルイダイザーM610型を用いて処理圧力1050kgf/cm2 で2回処理し、処理液をウエストファリア社(アメリカ)製分離板型連続遠心機 SC−35型を用いて遠心分離(8000g 、分離時間5分)した。このスラリー(重液)を遠心分離によって1回水洗浄した。得られたスラリー(重液)のPHB回収率は90%であった。このスラリーから得られる乾燥粉体のPHB純度は90%であったが、溶融処理によって褐変した。次いでこのスラリーに35%過酸化水素水を過酸化水素濃度が3%になるように添加し、80℃で1時間処理した。その後この処理液を遠心分離により水洗浄し、乾燥して粉体を得た。この粉体のPHB純度は99%であり、溶融処理を行っても褐変しなかった。粉体PHBの平均分子量は90万であった。
【0019】実施例3実施例2と同じ培養液を用い、ラニーハイパ−ホモジナイザー12.51型を用いて処理圧力1000kgf/cm2 で2回処理を行った。次いで実施例2と同様に遠心分離および水洗浄を行ってPHBスラリーを得た。このスラリーに酸素系漂白剤を添加し、80℃で1時間処理した。酸素系漂白剤としては、過酸化水素、過酢酸、モノパーサルフェートカリウム(商品名オキソン、デュポン社製)、過炭酸ナトリウムおよび過硫酸ナトリウムを用いた。次いでこのスラリーを遠心分離によって水洗浄し、乾燥して粉体を得た。これらの粉体に対してPHB純度分析および溶融処理を行った結果を表2に示す。
【0020】
【表2】
表2 酸素系漂白剤 添加濃度(%) PHB純度 溶融後褐変 過酸化水素 3 99% なし 過酢酸 5 99% なし オキソン 14 99% なし 過炭酸ナトリウム 2 98% なし 過硫酸ナトリウム 7 98% なし
【0021】実施例4実施例2と同じ培養液を使用し、ラニーハイパ−ホモジナイザー12.51型を用いて処理圧力900kgf/cm2で2回処理を行った。この処理液に対して実施例2と同様の遠心分離、水洗浄を行い、PHBスラリー(1) を得た。このスラリー(1) を乾燥して得られる乾燥粉体のPHB純度は80%であり、溶融処理によって褐変した。このスラリー(1) にアルカラーゼ2.5L(ノボノルディスクバイオインダストリー製細菌プロテアーゼ製剤)を0.1 %の濃度になるように添加し、50℃で1時間処理した。この処理液に対して前記と同様の遠心分離、水洗浄を行い、PHBスラリー(2) を得た。このスラリー(2) から得られる乾燥粉体はPHB純度は95%であったが、溶融処理によって褐変した。このスラリー(2) に過酸化水素を濃度が3%になるように添加し、80℃にて1時間処理し、次いで遠心分離による水洗浄を行いPHBスラリー(3) を得た。このスラリー(3) から得られる粉体のPHB純度は98%であったが、溶融処理によって僅かに褐変した。このPHBスラリー(3) をアセトンで洗浄し乾燥して粉体とした。得られた粉体のPHB純度は99%であり、溶融処理をしても褐変しなかった。
【0022】比較例実施例1と同様にして得た培養液(菌体濃度14%、菌体PHB含有量54%)をマイクロフルイダイザーM610型を用いて処理圧力1050kgf/cm2 で2回処理を行 った。この処理液に対して実施例3と同様の遠心分離、水洗浄を行い、PHBスラリー(1) を得た。このスラリー(1) にアルカラーゼ2.5Lを0.1 %の濃度になるように添加し、50℃で1時間処理した。この処理液に対して同様の遠心分離、水洗浄を行い、PHBスラリー(2) を得た。このスラリー(2) から得られる乾燥粉体のPHB純度は96%であり、溶融処理によって著しく褐変した。このスラリー(2) にLAS(直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム、陰イオン性界面活性剤)を7%の濃度になるように添加し、80℃で1時間処理した。この処理液に対して同様の遠心分離、水洗浄を行い、PHBスラリー(3) を得た。このスラリー(3) から得られる乾燥粉体のPHB純度は98%であり、溶融処理によって褐変した。このPHBスラリー(3) をアセトンで洗浄し、乾燥して粉体を得た。得られた粉体のPHB純度は98%であったが、溶融処理によって褐変した。
【0023】
【発明の効果】本発明によれば、培養液を高圧ホモジナイザーで処理し、PHB以外の菌体構成成分を除去した後にPHB画分を酸素系漂白剤で処理するという、極めて簡便な分離精製方法によって、少なくとも98%以上の純度を持ち、かつ成形の際の熱溶融による褐変もないPHB粉体を、分子量の低下を10%程度に止めつつ得ることが可能であり、従って微生物によるPHBの工業的生産の効率向上およびコストの低減に大きく寄与することとなる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 ポリ−3−ヒドロキシ酪酸を含有する微生物菌体からポリ−3−ヒドロキシ酪酸以外の微生物菌体構成成分を除くことによって純度の高いポリ−3−ヒドロキシ酪酸を得るポリ−3−ヒドロキシ酪酸の分離精製法であって、a)ポリ−3−ヒドロキシ酪酸を含有する微生物菌体の懸濁液を高圧ホモジナイザーで処理することによって該微生物菌体を破砕してポリ−3−ヒドロキシ酪酸顆粒体を菌体外に漏出せしめ、次いでこの高圧ホモジナイザー処理液からポリ−3−ヒドロキシ酪酸以外の菌体構成成分を分離し、ポリ−3−ヒドロキシ酪酸画分を得ること、およびb)a)により得られたポリ−3−ヒドロキシ酪酸画分を酸素系漂白剤で処理すること、を含むポリ−3−ヒドロキシ酪酸の分離精製法。

【公開番号】特開平7−177894
【公開日】平成7年(1995)7月18日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平5−323019
【出願日】平成5年(1993)12月22日
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)