説明

ポリアクリロニトリル系炭素繊維ストランド及びその製造方法

【課題】
従来と比較して、繊維内部ボイドが極めて少なく、高い強度を有する炭素繊維を提供することにある。また、フィラメントの強度のばらつきが小さい炭素繊維ストランドを提供することにある。さらに、本発明の他の目的は上記のような炭素繊維の製造方法を提供することにある。
【解決手段】
繊維内部のボイドを、炭素繊維フィラメントの見かけ密度(A)と粉末密度(B)を測定することにより定量する。そして、AをBで除した値が所定の値以上となる炭素繊維は高い引張強度を有する。このような炭素繊維は、耐炎化繊維を炭素化させて炭素繊維が製造される工程を二段階に分け、第一炭素化工程の最高温度を所定範囲とし、第二炭素化工程での工程張力を所定範囲とすることにより製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアクリロニトリル(以下、PANとも表記する)系炭素繊維(以下、単に炭素繊維とも表記する)フィラメントの繊維内部のボイドが極めて少なく、複合材料用の炭素繊維として優れた物性を示す炭素繊維ストランド及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は他の繊維と比較して優れた比強度及び比弾性率を有する。炭素繊維はその有する軽量性及び優れた機械的特性を利用して、樹脂と複合化する補強繊維として、広く工業的に利用されている。
【0003】
近年、炭素繊維を利用する複合材料の工業的な用途は、多くの分野に広がりつつある。特にスポーツ・レジャー分野、航空宇宙分野においては、より高性能化(高強度化、高弾性率化)に向けた要求が強まっている。炭素繊維と樹脂との複合化において高性能化を追求するためには、樹脂の持つ物性だけでなく、炭素繊維そのものの物性を向上させることが不可欠である。
【0004】
通常、炭素繊維フィラメントは、その製造工程において発生する多数のボイド(空隙や欠陥)を繊維内部に含む。このボイドの量や大きさは炭素繊維フィラメント及び炭素繊維ストランドの強度等の物性を決する重要な要因である。そのため、炭素繊維の物性向上を図る上では、炭素繊維フィラメントの繊維内部ボイドの量や大きさを正確に把握し、これを低減するよう努めることが不可欠である。
【0005】
特許文献1には、炭素繊維前駆体繊維のボイドの量をヨウ素吸着による明度差を利用して測定する方法が開示されている。また、特許文献2には、広角X線測定で測定した面間隔と理論値との差から炭素繊維の空孔率を計算する方法が記載されている。特許文献3には、酸性可染染料の溶液に、凝固糸条を浸漬させて凝固糸条に染料を吸着させ、染色溶液の吸光度からボイドの量を見積る方法が記載されている。これらの方法によれば、繊維表面のボイドの総容積を見積ることが出来る。しかし、繊維内部のボイドを測定することは出来ない。この繊維内部ボイドは、炭素繊維の引張強度測定の際、破断開始点となる。この為、炭素繊維の引張強度を上げるには、ボイドを少なくする、即ち、繊維の緻密性を向上させることが必要である。繊維の緻密性を向上させることは、結晶構造の均質化を進めることを意味し、ひいては炭素繊維フィラメント間の緻密性の差を低減させることを意味する。炭素繊維フィラメント間の緻密性の差を低減させることが出来れば、炭素繊維ストランドの物性のばらつきを低減させることが可能となる。炭素繊維複合材料においては、最弱点から欠陥伸長が起こり破断に至る。そのため、炭素繊維フィラメントの緻密性を向上させて物性のばらつきを低減させれば、複合材料として炭素繊維が使用される際に、繊維の破断開始点となり得る部分を低減させることができ、複合材料としての物性を向上させることができる。
【0006】
特許文献2には、不活性雰囲気中で、第一炭素化工程において、比重1.3〜1.4のPAN系耐炎化繊維を300〜900℃の温度範囲内で、1.03〜1.06の延伸倍率で一次延伸処理させ、次いで0.9〜1.01の延伸倍率で二次延伸処理させた後、第二炭素化工程において800〜1700℃の温度範囲内で炭素化させる炭素繊維の製造方法が開示されている。係る方法によれば、繊維表面のボイドを減らすことが出来るが、繊維内部のボイド量を十分に減らすことは出来ない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開1999−241230号公報
【特許文献2】特開2004−277972号公報
【特許文献3】特開2006−265768号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、従来と比較して、繊維内部ボイドが極めて少なく、高い強度を有する炭素繊維を提供することにある。また、フィラメントの強度のばらつきが小さい炭素繊維ストランドを提供することにある。さらに、本発明の他の目的は上記のような炭素繊維の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題について検討した結果、繊維内部のボイドを、炭素繊維フィラメントの見かけ密度(A)と粉末密度(B)を測定することにより定量することが可能となることを見出した。そして、AをBで除した値が所定の値以上となる炭素繊維は高い引張強度を有することを見出した。このような炭素繊維は、耐炎化繊維を炭素化させて炭素繊維が製造される工程を二段階に分け、第一炭素化工程の最高温度を所定範囲とし、第二炭素化工程での工程張力を所定範囲とすることにより製造されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
上記目的を達成する本発明は、以下に記載のものである。
〔1〕樹脂含浸ストランドの引張弾性率が290GPa以上、且つ、引張強度6000MPa以上のポリアクリロニトリル系炭素繊維ストランドであって、
フィラメントの状態で測定するヘリウム充填法による炭素繊維密度(A)(単位はg/cm)と、該フィラメントを体積平均粒子径0.2〜0.5μmに粉砕した後に測定するヘリウム充填法による炭素繊維密度(B)(単位はg/cm)とが下記不等式(1)
A/B≧0.90・・・(1)
を満たすことを特徴とするポリアクリロニトリル系炭素繊維ストランド。
〔2〕下記不等式(2)
配向度(%)/結晶子サイズ(nm)≧40・・・(2)
を満たす〔1〕記載の炭素繊維ストランド。
〔3〕単糸径7〜15μmの耐炎化繊維を、最高温度が600〜640℃の第一炭素化炉で工程張力を1〜2g/texに保ちながら不活性雰囲気中で第一炭素化した後、前記第一炭素化炉の最高温度を超える入口温度に設定した第二炭素化炉で工程張力を2〜4g/texに保ちながら不活性雰囲気中で前記第一炭素化繊維を第二炭素化する〔1〕に記載のポリアクリロニトリル系炭素繊維ストランドの製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明による製造方法により得られる炭素繊維ストランドは、繊維内部及び繊維表面のボイドが極めて少ない。よって、この炭素繊維ストランドは高い強度を有し、樹脂複合材料用の炭素繊維ストランドとして優れた性質を有する。また、この炭素繊維ストランドはフィラメントの強度のばらつきが小さいため、樹脂複合材料用の炭素繊維ストランドとしての品質が安定する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】耐炎化繊維の炭素化工程における熱重量変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
〈繊維内部のボイドの定量〉
従来から、フィラメントの見かけ密度、即ち、フィラメントの状態で測定するアルキメデス法による炭素繊維密度を、炭化度を含むボイド量の指標としてきた。しかし、フィラメントの状態で測定した密度は、炭素繊維そのものの密度と、ボイド等の内部欠陥の要素を同時に含む。そのため、見かけ密度と炭素繊維強度とは必ずしも明確な相関関係を有しなかった。
【0015】
本発明者は、上記事情に鑑み、フィラメントの見かけ密度(A)と粉末密度(B)を測定した。即ち、炭素繊維のフィラメントを凍結粉砕して繊維内部のボイドを表面に露出させ、係る状態でヘリウム充填法による炭素繊維密度(B)を測定した。そして、同様のヘリウム充填法により測定したフィラメントの見かけ密度(A)との比をとった密度比(A/B)を炭素繊維内部のボイド量の尺度とする方法を採用した。
【0016】
凍結粉砕は液体窒素中、ボールミル粉砕により行う。凍結粉砕は炭素繊維の体積平均粒子径が0.2〜0.5μmとなるまで行う。0.5μmを超える場合は、繊維内部のボイドが十分に露出しないからである。
【0017】
本発明においては、密度比(A/B)は0.90以上である。0.90未満では繊維内部のボイドが多いため、炭素繊維の強度が劣る。
【0018】
〈ボイドの発生要因〉
耐炎化繊維を炭素化し、その構造がグラファイト構造に変化する際には、窒素ガスを主とするガスが放出され、ボイドが形成されやすい。ボイドが多く含まれるフィラメントを強く引っ張る(工程張力を高くする)と、ボイド周辺に張力が集中してかかり、フィラメント全体にかかる張力が均等にならない。そのため、フィラメントの構造むらを生じさせ、繊維強度等の物性のばらつきを生じさせる。これを防ぐためには、耐炎化繊維の炭素化工程において、ガス放出量が多い温度帯においては、フィラメントの弾性率が低下しない程度に炭素化炉の工程張力を弛めることが有効である。
【0019】
図1は耐炎化繊維の熱重量分析の分析結果を示すグラフである。耐炎化繊維の単位温度当りの質量減少量は、炭素化の進行に伴い増加を続ける。420℃付近で耐炎化繊維の単位温度当りの質量減少量は最大となる。その後は640℃付近まで耐炎化繊維の単位温度当りの質量減少量は減少を続ける。640℃付近では耐炎化繊維の単位温度当りの質量減少量が最小となる。その後は、再び耐炎化繊維の単位温度当りの質量減少量は徐々に増加している。
【0020】
耐炎化繊維の質量減少は、耐炎化繊維の熱分解によるガス放出によって生じる。図1の単位温度当りの質量減少量から、耐炎化繊維のガス放出の様子を見ると、400℃付近での急激なガス発生量増加領域(第一の熱分解)と、640℃付近から開始する緩やかなガス発生量増加領域(第二の熱分解)とがある。よって、炭素化工程におけるこれら2つの温度帯では好ましい処理条件(温度勾配や工程張力等)は異なる。従来のように、耐炎化繊維を終始同一の温度勾配や工程張力で炭素化させたり、単に工程を分割したりするだけでは、上述のように、得られる炭素繊維にボイドを生じさせやすい。
【0021】
そこで、耐炎化繊維から炭素繊維に至る300〜1400℃の炭素化工程を、耐炎化繊維の単位温度当りの質量減少量が最小になる640℃付近を基準に前後2つの工程に分ける。即ち、耐炎化繊維は、焼成開始から第一の熱分解を経て640℃付近までは第一炭素化炉において焼成され、第一炭素化繊維が製造される(第一炭素化工程)。第一炭素化炉で焼成された第一炭素化繊維は、第二の熱分解を経て炭素化終了までは第二炭素化炉で焼成される(第二炭素化工程)。これにより、炭素繊維の緻密性に関わる2つの熱分解領域において、それぞれに最適な温度勾配、工程張力に調節しながら耐炎化繊維の焼成を行うことが可能となる。
【0022】
〈炭素繊維の製造工程〉
上記のような炭素繊維の製造方法を以下に具体的に説明する。
【0023】
前駆体繊維であるPAN系繊維を、1000〜24000本程度束ねた前駆体繊維ストランドに耐炎化処理がなされて、耐炎化繊維が製造される。その後、耐炎化繊維は600〜640℃までは第一炭素化炉において所定の条件で炭素化され、第一炭素化繊維が製造される。次いで、第二炭素化炉において所定の条件で炭素化されて、炭素繊維ストランドとなる。その後、必要に応じて表面処理、サイジング処理がなされて、炭素繊維ストランドが得られる。なお、表面処理、サイジング処理の各工程は従来公知の方法を用いることが出来る。また、本発明の効果を妨げない限度において、各工程間に他の公知の工程が介在することを妨げない。
【0024】
〈原料繊維〉
アクリロニトリルを90質量%以上、好ましくは95質量%以上含有する単量体を重合して得られる紡糸溶液を、湿式又は乾湿式紡糸法において紡糸した後、水洗・乾燥・延伸して得られるPAN系繊維を用いることができる。必要によりアクリロニトリルと共重合する単量体としては、イタコン酸、アクリル酸、メチルアクリレート等の(メタ)アクリル酸エステル等が例示できる。
【0025】
PAN系繊維のフィラメント数は、製造効率の面では1000フィラメント以上が好ましく、10000フィラメント以上がより好ましい。
【0026】
〈耐炎化〉
PAN系繊維を原料とする場合、PAN系繊維は加熱空気中230〜260℃で30〜100分間耐炎化処理される。この耐炎化処理により、繊維に環化反応を生じさせ、酸素結合量が増加されて耐炎化繊維が得られる。この耐炎化処理は、一般的に、延伸倍率0.95〜1.20の範囲で延伸されることが好ましい。耐炎化時の張力は上記延伸倍率の範囲を超えない限り特に限定されない。PAN系耐炎化繊維を原料とする場合には本工程は不要である。
【0027】
耐炎化繊維の単糸径は7〜15μmである。15μmを超える場合は繊維内部のボイドを十分に除去することが出来ない。7μm未満の場合は繊維の毛羽立ちや切断を生じやすくなる。
【0028】
〈第一炭素化炉における焼成〉
PAN系耐炎化繊維は、第一炭素化炉において窒素等の不活性雰囲気下、徐々に昇温され、耐炎化繊維の張力が制御されて焼成される。第一炭素化炉の開始温度は特に限定されないが100〜300℃である。温度勾配は4〜8℃/min.が好ましい。また、第一炭素化炉の最高温度は600〜640℃である。600℃未満では耐炎化繊維の第一の熱分解が終了しない。640℃を超えると耐炎化繊維の第二の熱分解が開始されるため、繊維は延びやすくなり、ボイドを生じさせやすくなる。
【0029】
第一炭素化炉の工程張力は1〜2g/texであり、1〜1.5g/texが好ましい。1g/tex未満では繊維の延伸が十分に行われず、結晶配向度が低くなり、得られる炭素繊維の強度を低下させる。2g/texを超えると繊維内部にボイドを発生させやすくなったり、繊維に切断を生じさせやすくなったりする。以上の第一炭素化工程により第一炭素化繊維が製造される。なお、このときの延伸倍率は1.2〜1.8倍となる。
【0030】
〈第二炭素化炉における焼成〉
第一炭素化炉で焼成されて得られる第一炭素化繊維は、第二炭素化炉で窒素等の不活性雰囲気下、徐々に昇温され、繊維の張力が制御されて焼成され、第二炭素化繊維が製造される。第二炭素化炉の開始温度は特に制限されないが、600〜800℃である。且つ、第一炭素化炉の最高温度よりも高くなる。600℃未満では第一炭素化炉の最高温度を下回るため、製造効率を低下させる。800℃を超えると第一炭素化炉の最高温度を大きく超え、温度勾配が大きくなり過ぎ、得られる炭素繊維の強度を低下させる。第二炭素化炉の最高温度は特に制限されないが、1300〜2100℃である。1300℃未満では炭素繊維の炭素化率が低くなり、強度が十分でない。
【0031】
第二炭素化炉の工程張力は2〜4g/texである。2g/tex未満では繊維の延伸が十分に行われず、結晶配向度が低くなり、得られる炭素繊維の強度を低下させる。4g/texを超えると、繊維内部のボイドが多くなる。なお、このときの延伸倍率は0.9〜1.2倍となる。
【0032】
〈表面処理〉
上記第二炭素化処理後の第二炭素化繊維には、必要に応じて公知の表面酸化処理が施される。表面酸化処理には気相、液相処理が用いられるが、工程管理の簡便さと生産性を高める点から、液相での電解処理が好ましい。電解酸化処理に用いられる電解液としては、硫酸、硝酸、塩酸等の無機酸や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどの無機水酸化物、硫酸アンモニウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等の無機塩類などが挙げられる。
【0033】
〈サイジング処理〉
上記表面酸化処理後の炭素繊維には、必要に応じてサイジング処理が施される。サイジング方法は、従来の公知の方法で行うことができ、サイジング剤は、用途に即して適宜組成を変更して使用し、炭素繊維に均一付着させた後に、乾燥させることが好ましい。
【0034】
〈炭素繊維〉
上述の通り製造される炭素繊維は平均繊維直径が4.5〜7.5μmで、4.5〜5.5μmが好ましい。また、ボイドが少ないため、フィラメントにかかる張力は均等となりやすく、フィラメントの構造むらが少ない。よって、このフィラメントは、従来の製法によるものと比較して強度が高く、強度、弾性率ともに、フィラメント間でのばらつきが小さい。
【0035】
例えば、炭素繊維の全フィラメント数の0.4%の単繊維引張強度を測定した場合、引張強度の平均値(E)と標準偏差(F)から下記式
CV値=100×F/E
により算出されるCV値は20以下である。
【0036】
また、炭素繊維の全フィラメント数の0.4%の単繊維引張強度を測定した場合、弾性率の平均値(G)と標準偏差(H)から下記式
CV値=100×G/H
により算出されるCV値は10以下である。
【0037】
また、本発明による炭素繊維は、炭素化時の工程張力が適切に制御されているので、緻密性が高い。そのため、密度比(A/B)は0.90以上と高いものとなる。
【0038】
また、配向度(I)(単位は%)を結晶子サイズ(J)(単位はnm)で除した値が下記不等式
I/J≧40
を満たすことが好ましい。本発明の製造方法で製造される炭素繊維は通常、上記不等式を満たす。
【0039】
40未満であると、結晶配向度が低下していることとなる。
【0040】
本発明により得られる炭素繊維は通常、樹脂含浸ストランドの弾性率が290GPa以上であって、且つ、引張強度が6000MPa以上である。
【実施例】
【0041】
以下、本発明を実施例及び比較例により具体的に説明する。また、各実施例及び比較例における繊維の物性についての評価方法は以下の方法により実施した。
[フィラメント密度]
島津製作所社製 SHIMADZU micrometrics AccuPyc 1330を用い、ヘリウム充填法により測定した。測定セルは10ccのものを用い、サンプル約0.5gで測定した。
[粉末密度]
凍結粉砕は液体窒素中、ボールミル粉砕により行った。フィラメントを凍結粉砕後、ヘリウム充填法により測定した。凍結粉砕は体積平均粒子径が0.2〜0.5μmとなるまで行った。
[結晶子サイズ、配向度]
X線回折装置:リガク社製RINT2000を使用し、透過法により面指数(002)の回折ピークの半値幅βから、下式(1)
結晶子サイズLc(nm) = 0.9λ/βcosθ ・・・ (1)
λ:X線の波長、β:半値幅、θ:回折角
を用いて、結晶子サイズLcを算出した。また、この回折ピーク角度を円周方向にスキャンして得られる二つのピークの半値幅H1/2及びH'1/2(強度分布に由来)から下式(2)
結晶配向度(%) = 100×[360−(H1/2−H'1/2)]/360 ・・・ (2)
1/2及びH’1/2:半値幅
を用いて結晶配向度を算出した。
[ストランド強度、弾性率]
JIS R−7601に準じてエポキシ樹脂含浸ストランドの強度を測定し、測定回数5回の平均値で示した。
[CV値]
各測定値の標準偏差をsとし、平均値をaとして下記式
CV値(%)=(s/a)×100
により計算した。
[熱重量分析]
理学サーモフレックスPTC−10A TG−DTA 2000S
白金パンに耐炎化繊維約0.3mgを秤量して入れ、窒素中10℃/minにて1000℃まで昇温して測定した。
【0042】
(実施例1)
PAN系耐炎化繊維ストランド(単繊維繊度0.5〜0.7dtex、繊維密度1.34〜1.38g/cm、フィラメント数24000、東邦テナックス(株)製)を第一炭素化炉において窒素ガス雰囲気下、開始温度300℃、最高温度640℃、工程張力1.25(g/tex)で3分間、低温焼成させた。その後、第二炭素化炉において窒素ガス雰囲気下、開始温度640℃、最高温度1420℃、工程張力2.50(g/tex)で3分間焼成させることにより表1に示す物性の炭素繊維を得た。
【0043】
(実施例2、比較例1〜3)
実施例1における第一炭素化炉の最高温度と、第二炭素化炉の工程張力、最高温度を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様に処理を行い、表1に示す物性の炭素繊維を得た。
【0044】
【表1】

【0045】
表1に示す通り、実施例1及び2の炭素繊維は密度比が大きく、強度、弾性率が優れる。また、これらのばらつきも小さい。一方、比較例1の炭素繊維は第一炭素化炉の最高温度が低いため、第二炭素化工程での張力は低いものの、糸にかかる張力が適切に制御されていない。そのため、特にフィラメント間の強度・弾性率のばらつきが大きい。また、比較例2及び3の炭素繊維は第二炭素化炉の工程張力が大きいため、密度比が小さい。即ち、炭素繊維内部のボイド、欠陥が多く、強度に劣る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂含浸ストランドの引張弾性率が290GPa以上、且つ、引張強度6000MPa以上のポリアクリロニトリル系炭素繊維ストランドであって、
フィラメントの状態で測定するヘリウム充填法による炭素繊維密度(A)(単位はg/cm)と、該フィラメントを体積平均粒子径0.2〜0.5μmに粉砕した後に測定するヘリウム充填法による炭素繊維密度(B)(単位はg/cm)とが下記不等式(1)
A/B≧0.90・・・(1)
を満たすことを特徴とするポリアクリロニトリル系炭素繊維ストランド。
【請求項2】
下記不等式(2)
配向度(%)/結晶子サイズ(nm)≧40・・・(2)
を満たす請求項1記載の炭素繊維ストランド。
【請求項3】
単糸径7〜15μmの耐炎化繊維を、最高温度が600〜640℃の第一炭素化炉で工程張力を1〜2g/texに保ちながら不活性雰囲気中で第一炭素化した後、前記第一炭素化炉の最高温度を超える入口温度に設定した第二炭素化炉で工程張力を2〜4g/texに保ちながら不活性雰囲気中で前記第一炭素化繊維を第二炭素化する請求項1に記載のポリアクリロニトリル系炭素繊維ストランドの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−229573(P2010−229573A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−75655(P2009−75655)
【出願日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【出願人】(000003090)東邦テナックス株式会社 (246)
【Fターム(参考)】