説明

ポリアクリロニトリル系重合体溶液および炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維の製造方法

【課題】紡糸速度、紡糸ドラフト率を高めることができる炭素繊維前駆体繊維製造用に好適なポリアクリロニトリル系重合体溶液の安定かつ低コストな製造方法を提供する。
【解決手段】アクリロニトリル、共重合可能なモノマー、溶媒、連鎖移動剤、重合開始剤を含む溶液を連続溶液重合させ、Mwが80万〜800万である重合体成分0.1〜10wt%を含む溶液を得る第1の重合工程と、この溶液に重合開始剤、連鎖移動剤を追加し、ポリマー濃度が0.1〜2wt%、かつモノマーおよび溶媒を追加して所定範囲内となるように調整した後、第1の送液工程から送られた溶液を静的混合用構造部を内部に有する循環ライン中で重合率を50〜70%に重合し、第2の送液工程から送られた溶液を静的混合用構造部を内部に有する非循環ラインを通過させながら、重合率が80〜95%となるまで重合する第3の重合工程とを有しMwが10万〜80万の重合体溶液の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高品位な炭素繊維前駆体繊維と炭素繊維の製造に好適なポリアクリロニトリル系重合体溶液系重合体溶液とその製造方法、およびそのポリアクリロニトリル系重合体溶液を用いた炭素繊維の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、他の繊維に比べて高い比強度および比弾性率を有する。このため、複合材料用補強繊維として、従来からのスポーツ用途や航空・宇宙用途に加え、自動車や土木・建築、圧力容器および風車ブレードなどの一般産業用途にも幅広く展開されつつあり、更なる生産性の向上や生産安定化の要請が高い。
【0003】
炭素繊維の中で、最も広く利用されているポリアクリロニトリル(以下、PANと略記することがある。)系炭素繊維は、その前駆体となるPAN系重合体からなる紡糸溶液を湿式紡糸、乾式紡糸または乾湿式紡糸して炭素繊維前駆体繊維を得た後、それを200〜400℃の温度の酸化性雰囲気下で加熱して耐炎化繊維へ転換し、少なくとも1000℃の温度の不活性雰囲気下で加熱して炭素化することによって工業的に製造されている。
【0004】
PAN系炭素繊維の生産性向上は、炭素繊維前駆体繊維の紡糸、耐炎化あるいは炭素化のいずれの観点からも行われている。中でもPAN系炭素繊維前駆体繊維の生産性向上は、次に示す問題から困難であった。すなわち、PAN系炭素繊維前駆体繊維を得る際の紡糸においては、PAN系重合体溶液の特性にともなう限界紡糸ドラフト率とその凝固構造に伴う限界延伸倍率によって生産性が制限されている。生産性を向上させるために紡糸速度を高めると延伸性低下が起こり、生産が不安定化しやすい。一方、紡糸速度を下げると生産は安定化するものの生産性は低下するため、生産性の向上と安定化の両立が困難であるという問題があった。
【0005】
そのような背景のなか我々は、超高分子量成分を少量含むPAN系重合体溶液が高い曳糸性を発現し、かかるPAN系重合体溶液を用いると高い紡糸ドラフト率で製糸しても毛羽立ちや糸切れが少なく、品位の良い炭素繊維前駆体繊維が得られ、焼成すると高品質の炭素繊維を得られることを見出している(特許文献1参照)。この提案によると、品質および品位を犠牲にすることなく製糸工程の設備生産性を高めることができることから、炭素繊維の大量生産が可能となる。
【0006】
該文献においては、超高分子量成分を少量含むPAN系重合体の重合法として、バッチ式の溶液二段重合法を提案している。これは、重合開始剤などの試薬を二回に分けて投入することで、超高分子量成分の重合と通常の分子量成分の重合とを同一の反応溶液中で続けて行うものであり、曳糸性に優れたPAN系重合体溶液を容易に得ることができる。しかしながら、所定の超高分子量成分の重合率を得るために試薬の投入タイミングの厳密な制御が要求され、また、同一の重合槽においてくり返し重合を行う場合、残存試薬の重合スペックへの影響を低減するため、バッチ間で重合槽を洗浄するなどの処置が必要となる場合があり、品質安定性と設備生産性の両立にはさらなる改良の余地があった。
【0007】
一方、ポリマーの大量生産に適した技術として連続重合法が知られている。例えば、混練二軸押出器などの動的混合用構造部を有するぬぐい式反応器を用いた例(特許文献2参照)や、静的混合用構造部を有する管状反応器を用いた例(特許文献3、4および5参照)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−248219号公報
【特許文献2】特開2000−26512号公報
【特許文献3】特開平9−12638号公報
【特許文献4】特開平10−45811号公報
【特許文献5】特開2008−101201号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
静的混合用構造部を有する管状反応器を用いた連続重合法では反応器の容積に対する伝熱面積の割合が大きく、除熱能力が高いため、設備生産性を大幅に向上させることができるものの、かかる連続重合法を用いて超高分子量成分を少量含むPAN系重合体を重合する場合、条件によっては反応溶液が弾性的になりすぎ、均一混合が困難となったり、伝熱面のファウリングが生じたりすることで除熱に不具合を発生する可能性があることが分かった。そこで本発明の目的は、紡糸速度を高め、かつ、紡糸ドラフト率を高めることができる炭素繊維前駆体繊維製造用に好適なポリアクリロニトリル系重合体溶液の品質安定性と設備生産性を両立することができる、連続重合法による製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するために、本発明のポリアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法は、以下の通りである。すなわち、溶液重合によるポリアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法であって、
(a)アクリロニトリル、アクリロニトリルと共重合可能なモノマー、溶媒、連鎖移動剤、および重合開始剤を含む溶液を、30〜150℃で、連続溶液重合することにより、アクリロニトリル、アクリロニトリルと共重合可能なモノマーを重合させ、Mwが80万〜800万であるポリアクリロニトリル系重合体成分0.1〜10wt%、アクリロニトリル、アクリロニトリルと共重合可能なモノマー、溶媒、連鎖移動剤、および、重合開始剤を含む溶液を得る第1の重合工程と、
(b)第1の重合工程で得た溶液に重合開始剤および連鎖移動剤を追加し、かつ該溶液中のポリマー濃度が0.1〜2wt%、かつ、該ポリマー、アクリロニトリル、アクリロニトリルと共重合可能なモノマーの合計の濃度が18〜45wt%から外れる場合は、該溶液にアクリロニトリルを含む単量体および溶媒を追加して該範囲内となるように調整した後、第2の重合工程に送る第1の送液工程と、
(c)第1の送液工程から送られた溶液を静的混合用構造部を内部に有する循環ライン中で、30〜150℃で、重合率を50〜70%の範囲に、損失正接tanδを2〜15の範囲にそれぞれ制御しながら重合する第2の重合工程と、
(d)第2の重合工程で用いる循環ラインの分岐部から第3の重合工程に送液する第2の送液工程と、
(e)第2の送液工程から送られた溶液を静的混合用構造部を内部に有する非循環ラインを通過させながら、30〜150℃で、3〜20%/hrの重合速度で、重合率が80〜95%となるまで重合する第3の重合工程とを有し
Mwが10万〜80万、Mz/Mwが2.7〜10のポリアクリロニトリル系重合体の溶液を得ることを特徴とする。
【0011】
また、本発明のポリアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法は、前記(c)第2の重合工程および前記(e)第3の重合工程の重合温度が40〜150℃で、かつ前記(a)第1の重合工程で用いるアクリロニトリル、アクリロニトリルと共重合可能なモノマー、および、溶媒のうち前記それぞれの重合工程での重合温度での飽和蒸気圧が最も高い物質が、前記それぞれの重合工程での重合温度において有する飽和蒸気圧以上にそれぞれの重合工程での圧力を設定して重合を行うことを特徴とする。
また、本発明のポリアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法は、前記(c)第2の重合工程および前記(e)第3の重合工程の重合温度が90〜150℃であることを特徴とする。
【0012】
また、本発明のポリアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法は、前記(b)第1の送液工程が、前記(a)第1の重合工程で得た溶液に重合開始剤および連鎖移動剤を追加し、かつ該溶液中のポリマー濃度が0.1〜2wt%、かつ、該ポリマー、アクリロニトリル、アクリロニトリルと共重合可能なモノマーの合計の濃度が25〜45wt%から外れる場合は、該溶液にアクリロニトリルを含む単量体および溶媒を追加して該範囲内となるように調整した後、第2の重合工程に送るものであることを特徴とする。
【0013】
また、本発明の好ましい態様によると、本発明の炭素繊維前駆体繊維の製造方法は、前記ポリアクリロニトリル系重合体溶液を乾湿式紡糸することである。
【0014】
また、本発明の好ましい態様によると、本発明の炭素繊維の製造方法は、前記炭素繊維前駆体繊維の製造方法により得られた炭素繊維前駆体繊維を、200〜300℃の温度の空気中において耐炎化処理した後、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化処理し、次いで1,000〜3,000℃の温度の不活性雰囲気中において炭化処理することである。
【発明の効果】
【0015】
本発明では、紡糸速度を高め、かつ紡糸ドラフト率を高めることができる炭素繊維前駆体繊維製造用に好適な、超高分子量成分を少量含むPAN系重合体の溶液を製造するにあたり、連続溶液重合を用い、かつ反応溶液の粘弾性を特定の範囲に制御することで、ポリマー品質や除熱効率に悪影響する反応溶液の混合不良を抑制し、品質安定性と設備生産性を両立することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明のポリアクリロニトリル系重合体溶液の製造法の概略工程図である。
【図2】本発明のポリアクリロニトリル系重合体溶液の製造法の一例を示す工程図である。
【図3】本発明のポリアクリロニトリル系重合体溶液の製造法の一例を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0018】
本発明のポリアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法は、連続重合装置に反応溶液を通過させながら、初期に一部のモノマーから少量の超高分子量のポリアクリロニトリル系重合体を生成させ、その後残りのモノマーからそれよりも低分子量のポリアクリロニトリル系重合体を順次連続溶液重合していき、その結果、少量の超高分子量のポリアクリロニトリル系重合体を含むことで曳糸性向上効果を有するポリアクリロニトリル系重合体溶液を得るものである。かかる製造方法に適用する連続重合装置は3つの連続重合器を2つの送液部で直列に接続して成るものである。
【0019】
まず、本発明の製造方法における各工程の目的について説明する。
【0020】
(a)第1の重合工程では、最終的にポリアクリロニトリル系重合体となるアクリロニトリル等(アクリロニトリル、および、アクリロニトリルと共重合可能なモノマー)のうち一部を低いラジカル濃度の条件下重合させ超高分子量のポリアクリロニトリル系重合体(以降A成分と呼ぶこともある)を生成させる。
【0021】
(b)第1の送液工程では、反応溶液の送液ポリマー濃度およびモノマー濃度を調節するためのモノマーおよび溶媒、および、第2の重合工程で必要な重合開始剤および連鎖移動剤を添加した上で、反応溶液を第2の重合工程へ送液する。
【0022】
(c)第2の重合工程では、反応溶液中の未反応のアクリロニトリル等を重合し低分子量のポリアクリロニトリル系重合体(以降B成分と呼ぶこともある)の一部を生成させる。
【0023】
(d)第2の送液工程では、第3の重合工程で必要な重合開始剤および連鎖移動剤の添加し、反応溶液を第3の重合工程へ送液する。
【0024】
(e)第3の重合工程では、反応溶液中の未反応のアクリロニトリル等を実質的に重合完了とみなせる、重合率が80〜95%となるまで重合し、B成分を生成させる。
【0025】
かかる一連の連続重合の中の各重合工程の相互の関係は、モノマーの一部のみを重合させ超高分子量成分を生成する(a)第1の連続重合工程、および重合率が高まり残存モノマー濃度の低い(e)第3の連続重合工程と異なり、重合速度の大きな(c)第2の連続重合工程における反応制御が特に重要である。本発明は、該(c)第2の重合工程における反応溶液の粘弾性を制御することで、均一混合性を高め、ポリマー品質やプロセスの安定性を高めるものである。
【0026】
なお、本明細書中で連続溶液重合とは、反応容器内にモノマーを含む原料を連続的に供給しながら、反応容器内で熱処理をしてモノマーを溶液重合し、反応容器から反応溶液を連続的に抜き出す重合方法のことである。
【0027】
また、本発明のポリアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法により得られるポリアクリロニトリル系重合体溶液は、アクリロニトリル(以下、ANと略記することがある)を主成分とする重合体を含むものである。(アクリロニトリルを主成分とし、他の共重合成分と共重合した重合体を、「ポリアクリロニトリル系重合体」、あるいは「PAN系重合体」ということもある)
以下、(a)〜(e)の工程順に説明する。
【0028】
本発明の第1の重合工程で用いる連続反応器は、重合槽型、混練二軸押出器などの混練器、あるいは管型(以下管状反応器と呼ぶ)など既知の連続反応器を使用する。とくに、伝熱面積が大きく設備生産性に優れ、大型化に伴う伝熱面積比(=伝熱面積/反応器容積)の低下が小さくスケールアップに向く、静的混合用構造部を内部に有する管状反応器を利用することが好ましい。内部に静的混合用構造部を有する管状反応器を有することで、内部熱交換表面積が広くなり、高い熱伝導が達成される。また、静的混合用構造部を内部に有する管状反応器を1個以上組み込んだ循環ライン(I)中では該管状反応器による静的な混合を行いながら連続的に重合を行うことにより、これまで達成することのできなかった、温度斑を小さくコントロールした条件下で連続重合が可能となる。好ましくは、静力学的混合器は、複合湾曲管を持っている。管状反応器の単位体積あたりの伝熱面積は、好ましくは、10m/m以上、より好ましくは、30m/m以上、さらに好ましくは、50m/m以上である。
【0029】
静的混合用構造部を内部に有する管状反応器は、好ましくは、静的ミキシングエレメントを内部に有する管状反応器である。ミキシングエレメントとしては、例えば管内に流入した重合液の流れの分割と流れの方向を変え、分割と合流を繰り返すことにより、乱流を形成し重合液を混合するものが挙げられる。ここで、静的混合用構造部を内部に有する管状反応器としては、撹拌効率および伝熱面積の点で優れるスルザー(Sulzer)式のSMR型の管状ミキサー(Sulzer社製)を内部に有する管状反応器を用いることが好ましい。
【0030】
第1の重合工程において管状反応器を用いる場合、該反応器の構造は循環型としてもよいし非循環型としてもよい。特に、本発明の第1の重合工程においては、後述するように反応溶液の粘度が低いことが多いため、循環回数の変更により圧力損失を自由に設定できる循環型とすることがより好ましい。反応溶液を循環させるために、循環型の管状反応器は、流路内に少なくとも1のポンプを有する。該ポンプは液体を定量送液可能なものが必要であり、例えばギヤポンプなどが好適に用いられる。
【0031】
第1の重合工程には、アクリロニトリル、アクリロニトリルと共重合可能なモノマー(以下、共重合モノマーと呼ぶことがある。)、溶媒、連鎖移動剤、および重合開始剤を含む溶液を連続的に供給する。供給の方法としては、例えば全成分を事前混合し混合溶液として供給することもできるし、別個に供給して連続反応器の中で混合することもできる。別個に供給する場合、固形成分はあらかじめ溶媒、あるいは仕込み温度で液体であるその他の成分に溶解させて供給することが好ましい。供給は、液体を定量導入できる装置、例えばプランジャーポンプやギヤポンプなどの既知の方法により行うことができる。
【0032】
本発明で使用するアクリロニトリルは、保存安定性のために重合禁止剤を100ppmまでなら含んでいてもよい。また、重合に先立って、塩基性水溶液による分液や蒸留によって重合禁止剤を除去することも好ましい態様である。
【0033】
本発明において、共重合モノマーとしては、耐炎化を促進する観点から、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸およびそれらアルカリ金属塩、アンモニウム塩および低級アルキルエステル類、アクリルアミドおよびその誘導体、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸およびそれらの塩類またはアルキルエステル類などを用いることができる。炭素繊維の強度の観点からは、本発明の製造方法で得られるポリアクリロニトリル系重合体に含まれる共重合モノマー単位は2モル%以下であることが好ましく、該範囲に制御するために、原料モノマー中の共重合モノマーの割合は2モル%以下であることが好ましい。
【0034】
本発明において、溶媒としては例えば、塩化亜鉛水溶液、ジメチルスルホキシド、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどPANが可溶な溶媒を好適に用いることができる。
【0035】
第1の重合工程に供給する原料のうち、アクリロニトリルおよび共重合モノマーを合計したモノマー濃度は18〜45wt%であることが好ましい。モノマー濃度が18wt%よりも低いと生産性が低く、45wt%よりも高いと生成するポリアクリロニトリル系重合体が析出して不均一系となることがあるため好ましくない。
【0036】
また、第1の重合工程において、原料混合物中の溶存酸素濃度は10ppm以下であることが好ましい。溶存酸素濃度が10ppmより高いと、酸素により系内のラジカルがトラップされて失活する結果、重合率が低下したり、分子量が低下することがあるため好ましくない。溶存酸素濃度を10ppm以下とするには、原料溶液を貯蔵しておく仕込みタンクや、原料溶液仕込み配管において、原料溶液に直接不活性ガスを通過させたり、減圧脱気したあと不活性ガスを吹き込むなど、一般的な方法で制御できる。
【0037】
第1の重合工程で用いる重合開始剤としては、油溶性アゾ系化合物、水溶性アゾ系化合物および過酸化物などが好ましく、安全面からの取り扱い性および工業的に効率よく重合を行うという観点から、ラジカル発生温度(より一般的には10時間半減期温度と称する。)が30〜150℃、より好ましくは30〜100℃の範囲の重合開始剤が好ましく用いられる。中でも、酸素ラジカルによる水素引抜きなどの副反応の懸念が少ないアゾ系化合物が好ましく用いられ、溶液重合で重合する場合には、溶解性の観点から油溶性アゾ化合物が好ましく用いられる。重合開始剤の具体例としては、2,2'−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル)(ラジカル発生温度30℃)、2,2'−アゾビス(2,4'−ジメチルバレロニトリル)(ラジカル発生温度51℃)、2,2'−アゾビスイソブチロニトリル(ラジカル発生温度65℃)、および1,1’−アゾビス(シクロヘキサン―1―カルボニトリル)(ラジカル発生温度88℃)などが挙げられる。また、複数の重合開始剤と重合温度を組み合わせることで重合開始剤が発生させるラジカル量を調整することもできる。また、過酸化物を用いる場合、還元剤を共存させラジカル発生を促進させてもよい。
【0038】
第1の重合工程で用いる連鎖移動剤としては、オクチルメルカプタン、ドデシルメルカプタンなどの連鎖移動作用を有する既知の化合物を用いることができる。好ましい量は、使用する連鎖移動剤の連鎖移動係数やその他の試薬濃度によるため一概に記述できないが、例えばメルカプタン類を用いる場合、モノマー100重量部に対して0.5重量部を超えない程度に設定することが好ましい。
【0039】
第1の重合工程における重合温度は30〜150℃であり、45〜120℃であることがより好ましい。一般にラジカル重合においては重合温度が高いほど重合速度が高くなる傾向にあり、反応溶液の粘度は低下するため生産性には有利に働くが、ポリアクリロニトリル系重合体では環化反応や架橋反応などの副反応が顕著となるため、高すぎないことも重要である。重合温度が30℃よりも低いと重合速度が低下し、重合開始剤濃度を高めるなどの対策が必要となることがあるため好ましくない。また150℃よりも高いと、反応溶液が重合中に受ける副反応の影響が顕著となるため好ましくない。重合温度が45〜120℃の範囲にあるとき、生産性とポリマー特性安定性が特に優れる結果が得られる。さらに、不要な温度変化を低減するため、引き続く工程と温度が等しくなるように重合温度を制御することも好ましい態様である。
【0040】
第1の重合工程における重合時間について述べる。一般に、ラジカル重合において同一の重合率を達成することを考えた場合、重合時間が短いほど生産性が高まるが、短すぎると成長ラジカル濃度を高くする必要があり、それにより停止反応が顕著となり望みの高分子量体が得られないことがある。かかる観点から、第1の重合工程における重合時間は0.5〜10時間であることが好ましく、1〜3時間であることがより好ましく、1〜2時間であることがさらに好ましい。
【0041】
本発明のような連続重合においては、かかる重合時間は、連続反応器が循環型であっても非循環型であっても、反応器の容量と、流入する薬液の体積流量とによって決まる。反応器の容量を変化させることは容易でない場合が多いので、流入する薬液の体積流量を変化させることによって重合時間を制御することが好ましい。重合時間を長くするためには、薬液の体積流量を小さく設定すればよい。
【0042】
また、連続反応器として循環型の管状反応器を用いる場合は、第1の重合工程内を循環する反応溶液の体積流量を、第1の重合工程に流入する原料溶液の体積流量で割った値である循環比を調整することによって、反応溶液の混合状態を制御することも好ましい態様である。混合状態が良好となるように循環比は適宜調整すればよいが、本発明においては3〜40の範囲に制御すると良好な結果が得られることが多いので好ましい。
【0043】
第1の重合工程における重合率および分子量の制御方法としては、既知の方法を用いることができる。本発明の場合、特にモノマー濃度、重合開始剤濃度、連鎖移動剤濃度、反応温度、反応時間を調節することで制御できる。重合率を高めるためには、連鎖移動剤濃度以外の4つのパラメーターを大きくすればよく、分子量を高めるためには、モノマー濃度を高めるか、重合開始剤濃度、反応温度を小さく設定すればよい。好ましい条件設定の一例を示すと、溶媒としてジメチルスルホキシド、重合開始剤として2,2'−アゾビスイソブチロニトリル、連鎖移動剤としてオクチルメルカプタンを用いる場合、原料の供給比をモノマー100重量部につき溶媒を350重量部、重合開始剤を0.002〜0.3重量部、連鎖移動剤を0〜0.1重量部に制御しながら60℃で滞留時間が2時間となるように連続溶液重合を行うことで、Mwが80万〜800万であるポリアクリロニトリル系重合体を0.1〜2.8wt%のポリマー濃度で得ることができる。
【0044】
上記の方法により第1の重合工程では、Mwが80〜800万であるポリアクリロニトリル系重合体を0.1〜10wt%含むポリアクリロニトリル系重合体溶液が得られる。かかるポリアクリロニトリル系重合体溶液の45℃における粘度は、概ね0.005〜30Pa・sの範囲に入る。かかる反応溶液は第1の送液工程に送られる。
【0045】
第1の送液工程は、(a)第1の重合工程で得られた反応溶液に重合開始剤および連鎖移動剤等を追加し、(c)第2の重合工程へと送液する工程であり、重合開始剤および連鎖移動剤等を追加するために少なくとも1個所の原料追加用のサイドラインを有する保温された管状の構造体により構成される。管状の構造体は既知のものを用いることができるが、反応溶液を均一混合する観点から、サイドラインよりも下流側に静的混合用構造部を少なくとも1個所有する構造を有することが好ましい。ここで、静的混合用構造部としては、、第1の重合工程で用いたものと同方式のものを用いてもよいし、異なる方式のものを用いてもよい。撹拌効率が不足する場合は、静的混合用構造部の長さを延長すればよい。例えば、Sulzer社製SMXあるいはSMV型の管状ミキサーを用いることも好ましい態様である。
【0046】
第1の送液工程では、第1の重合工程から流入した反応溶液中のポリマー濃度が0.1〜2wt%、かつ、該ポリマーとモノマーの合計濃度が18〜45wt%となるように、必要に応じてサイドラインを通じてアクリロニトリルを含む単量体および溶媒を添加する。ここで、生産性を高める観点から、ポリマー濃度が0.1〜2wt%、かつ、該ポリマーとモノマーの合計濃度が25〜45wt%とすることがより好ましい。また、引き続く第2および第3の重合工程で生成するポリアクリロニトリル系重合体であるB成分の分子量および重合率を制御するために必要な重合開始剤および連鎖移動剤も、このとき同時に添加する。該重合開始剤および連鎖移動剤は、第1の重合工程で述べた一般的なものの中から適宜選択することができ、第1の重合工程で使用したものと同一であってもよい。添加の方法としては、例えば全成分を事前混合し混合溶液として添加することもできるし、独立に添加することもできる。独立に添加する場合、固形成分はあらかじめ溶媒、あるいは仕込み温度で液体であるその他の成分に溶解させて添加することが好ましい。添加は、液体を定量導入できる装置、例えばプランジャーポンプやギヤポンプなどの既知の方法により行うことができる。
【0047】
第1の送液工程において、サイドラインから原料を追添加する場合は、第1の重合工程から第1の送液工程へ流入する反応溶液の体積流量を追添加する原料の体積流量で割った流量比が0.01〜50であることが好ましく、0.01〜20であることがより好ましく、0.01〜10であることがさらに好ましい。流量比が小さい場合、混合に不都合はないことが多いが、流量比が50より大きい場合、均一混合が難しかったり、均一混合に時間がかかったりする。流量比をかかる範囲とするためには、第1の送液工程で追添加する原料の濃度を調整すればよい。ただし、該原料濃度は独立して調整するのではなく、第1の重合工程における原料の組成と合わせて調整する。例えば、流量比を2倍にするために、追添加する原料のうちの溶媒量を減らして原料濃度を2倍にする場合、第1の重合工程において添加する溶媒量を増やす処置が必要である。
【0048】
第1の送液工程の温度は30〜150℃であることが好ましく、第1の重合工程の温度と同等であることも好ましい態様である。
【0049】
第1の送液工程に次いで、ポリアクリロニトリル系重合体溶液は、第2の重合工程に導入され、残りのモノマーの一部を用いてより低分子量であるB成分の一部が重合される。
【0050】
第2の重合工程について述べる。
【0051】
第2の重合工程では、第1の送液工程から送られた反応溶液中のモノマーを、循環ラインを用いた連続溶液重合により、粘弾性特性を特定の範囲に制御しながら重合する。このことによって、ポリマー品質や除熱効率に悪影響する反応溶液の混合不良を抑制し、品質安定性と設備生産性を両立することができる。
【0052】
第2の重合工程では、静的混合用構造部を内部に有する管状反応器を有する循環ラインを用いて重合を行う。静的混合用構造部を内部に有する管状反応器は、好ましくは、静的ミキシングエレメントを内部に有する管状反応器である。ミキシングエレメントとしては、例えば管内に流入した重合液の流れの分割と流れの方向を変え、分割と合流を繰り返すことにより、乱流を形成し重合液を混合するものが挙げられる。ここで、静的静的混合用構造部を内部に有する管状反応器としては、撹拌効率および伝熱面積の点で優れるスルザー(Sulzer)式のSMR型の管状ミキサー(Sulzer社製)を内部に有する管状反応器を用いることが好ましい。かかる連続ラインは、同一あるいは異なる種類の静的混合部を複数個有していてもよい。
【0053】
第2の重合工程に導入される溶液には、A成分が0.1〜2wt%、該A成分とモノマーの合計が18〜45wt%、連鎖移動剤、重合開始剤、溶媒が含まれる。
【0054】
第2の重合工程では、第1の送液工程から送られた溶液を前述の循環ライン中で、30〜150℃で、重合率を50〜70%の範囲に、損失正接tanδを2〜20の範囲になるように重合する。なお、損失正接tanδを前記範囲内とするためのポリマー特性の範囲は複雑であり、単純な関係で整理できない。しかしながら、循環ラインの適当な位置から反応溶液をサンプリングし、オフラインで動的粘弾性測定を行うことにより、損失正接tanδは容易に求めることができるため、この値を確認し、後述する条件を微調整することによりその範囲に合わせることができる。
【0055】
第2の重合工程における重合温度は30〜150℃であり、40〜150℃であることがより好ましく、90〜150℃であることがさらに好ましい。先述したとおり、ラジカル重合においては重合温度が高いほど重合速度が高くなる傾向にあり、加えて反応溶液の粘度は低下するため生産性には有利に働くが、ポリアクリロニトリル系重合体では環化反応や架橋反応などの副反応が顕著となるため、高すぎないことも重要である。重合温度が30℃よりも低いと重合速度が低下し、重合開始剤濃度を高めるなどの対策が必要となることがあるため好ましくない。また150℃よりも高いと、反応溶液が重合中に受ける副反応の影響が顕著となるため好ましくない。重合温度が40〜150℃の範囲にあるとき、生産性とポリマー特性安定性が特に優れる結果が得られる。さらに、重合温度を90〜150℃とすることで、ポリアクリロニトリル系重合体の生産において一般的に用いられている常圧あるいは微加圧下でのバッチ式溶液重合と比較して、大幅に生産性を高めることができることから更に好ましい。
【0056】
第2の重合工程における重合時間は1〜10時間であることが好ましく、3〜8時間であることがより好ましい。重合時間が1時間より短い場合、単位時間当りの発熱量が除熱能力を上回り、暴走反応を生じさせないために除熱する条件を厳密に制御する必要があり、大がかりな設備が必要となる。10時間より長い場合、生産性が低下する。第2の重合工程における重合時間は第2の重合工程に流入する反応溶液の体積流量と、第2の重合工程で用いる循環ラインの体積とによって制御することができる。
【0057】
第2の重合工程において、循環ライン内を循環する反応溶液の体積流量を、循環ラインから第2の送液工程に送液される反応溶液の体積流量で割った値である循環比は3〜45であることが好ましく、3〜30であることがより好ましく、3〜15であることがさらに好ましい。循環比が3より小さいと、反応溶液が十分に混合されず局所的な発熱ピークを生じ、暴走反応を生じさせないために除熱する条件を厳密に制御する必要があり、大がかりな設備が必要となったり、ポリマースペックの不安定性を招く可能性があるため好ましくない。また、循環比が45より大きいと、すでに完全混合が達成されている場合が多く、いたずらに循環比を大きくすると配管圧損が高まり、生産性が低下するため好ましくない。循環ライン内において反応溶液を循環させるためには、ギヤポンプなど既知の装置を好ましく用いることができる。
【0058】
第2の重合工程においても、ポリアクリロニトリル系重合体の分子量および重合率は、第1の重合工程で述べた既知の方法によって制御することができる。一例を示すと、モノマーの初濃度が20wt%である場合、モノマー100重量部に対して重合開始剤を0.1〜1重量部、連鎖移動剤を0.01〜0.5重量部の範囲とし、70℃に加熱しながら5時間反応させることでMwが20〜100万であるポリアクリロニトリル系重合体を50〜70%の重合率で得ることができる。
【0059】
第2の重合工程における重合率は50〜70%に制御する。重合率が50%よりも小さい場合、第3の重合工程終了時においても重合が実質的に完結しないことがある。また、重合率が70%よりも大きい場合、反応溶液の粘度が高くなりすぎ、均一に混合することが困難となることがある。
【0060】
本発明の第2の重合工程を行う際に、重合率および損失正接tanδを前記した範囲に設定しなくても、超高分子量成分を少量含む曳糸性向上効果を有するポリアクリロニトリル系重合体溶液を良好に得られる場合がある。しかしながら、一連の連続重合操作を長時間にわたって実施した場合、製糸工程で毛羽発生が増大することがあったり、焼成工程における糸切れ、炭素繊維の強度低下が起こる場合がある。また、第2の重合工程における重合速度が大きい場合には除熱効率が低下し、重合を安定に継続することが困難になる場合がある。そこで、重合方法を詳細に検討した結果、本発明の第2の重合工程においては、反応溶液の粘性を表す損失弾性率G”と弾性を表す貯蔵弾性率G’との比である損失正接tanδおよび重合率を前記した特定の範囲に制御した場合に、一連の連続重合操作を長時間実施してもプロセス性やCF物性の変動が小さくできることが分かった。
【0061】
したがって、本発明の第2の重合工程においては、反応溶液の粘性を表す損失弾性率G”と弾性を表す貯蔵弾性率G’との比である、剪断速度10s−1で測定した損失正接tanδ(=G”/G’)を2〜15の範囲に制御する。また、損失正接tanδは2〜10の範囲に制御することがより好ましい。損失正接tanδが2より小さい場合、反応溶液が弾性的となりすぎポリマー品質が不安定化したり、除熱効率が低下して暴走反応を生じさせないために除熱する条件を厳密に制御する必要があり、大がかりな設備が必要となることがあるため好ましくない。一方、損失正接tanδが15より大きい場合、弾性が低すぎ、第3の重合工程の結果得られるポリアクリロニトリル系重合体溶液の曳糸性向上効果が十分でないことがあるため好ましくない。また、損失正接tanδが10より小さい場合、特に生産性よく曳糸性向上効果を有するポリアクリロニトリル系重合体溶液を得られる。
【0062】
前記した反応条件で重合を行っても、必ずしも損失正接tanδが2〜15の範囲とならないことがある。損失正接tanδが2より小さい場合は、弾性を低下させるか、粘性を高めることで調節できる。弾性を低下させるためには、第1の送液工程から第2の重合工程に流入するポリアクリロニトリル系重合体溶液に含まれるA成分の分子量および/あるいはポリマー濃度を低下させることが最も簡便であり効果が高い。該パラメーターの制御方法は先述したとおりである。あるいは、粘性を高めるために、第2の重合工程で生成させるポリアクリロニトリル系重合体の分子量および/あるいは重合率を低下させることも有効であるが、最終生成物の分子量が低下したり、重合率が80〜95%の範囲まで高まらないことがあるので、第2の重合工程において生成するポリアクリロニトリル系重合体のMwが20万、重合率が50%を下回らない範囲で制御することが重要である。
【0063】
損失正接tanδの制御が効果的である理由は必ずしも明らかではないが、以下のように推定される。すなわち、本発明の第2の重合工程では、第1の送液工程から流入する反応溶液が超高分子量成分であるA成分を少量含むため、該成分を含まない場合と比較して、反応溶液の弾性が強い。一方、伝熱面近傍では反応溶液にかかる剪断応力が大きいため、反応溶液が弾性的であればあるほど、反応溶液と壁面との間の相対速度が低下する。壁面との相対速度の低下は反応溶液の滞留を意味し、かかる滞留部分が存在したまま長時間運転すると、反応溶液中のポリアクリロニトリル系重合体の架橋反応によると考えられるゲル化が進行する。かかるゲル化成分が連続的に、あるいは断続的に流出するとポリマー品質の不安定化につながると考えられる。また、壁面近傍に撹拌されにくい反応溶液が存在すると、撹拌による熱交換が阻害され除熱効率が低下する。現在工業的に実施されているラジカル重合プロセスの多くは除熱能力によって設備生産性が制限されていることから、除熱効率を高めることは設備生産性の向上に直結する。
【0064】
また、第2の重合工程における反応溶液の反応温度での粘度は1〜30Pa・sであることが好ましく、5〜20Pa・sであることがより好ましい。上記した重合率の範囲では、反応溶液の粘度が1Pa・sよりも小さくなることはないため、下限を1Pa・sとした。一方、粘度が高すぎると配管圧損が高くなるため、30Pa・sを超えないことが好ましい。粘度を30Pa・s以下とするためには、分子量に応じてポリマー濃度を適切に制御する事が必要である。例えば、循環ライン(III)におけるPAN系重合体のMwが80万の場合、ポリマー濃度を10wt%以下とすることで、Mwが50万の場合、ポリマー濃度を13.8wt%以下とすることで粘度を30Pa・s以下にすることができる。
【0065】
第2の送液工程は、第2の重合工程で用いる循環ラインの分岐部から第3の重合工程へと溶液を送る工程であり、本工程の送液手段は、その途中に少なくとも1個所の原料追加用のサイドラインを有する保温された管状の構造体からなるものである。管状の構造体としては既知のものを用いることができるが、反応溶液の均一混合の観点から、サイドラインよりも下流側に静的混合用構造部を少なくとも1個所有する構造とすることが好ましい。ここで、静的混合用構造部としては、これまでに記載した工程で用いたのと同方式のものを用いてもよいし、異なる方式のものを用いてもよい。撹拌効率が不足する場合は、静的混合用構造部の長さを延長すればよい。例えば、Sulzer社製SMXあるいはSMV型の管状ミキサーを用いることも好ましい態様である。
【0066】
第2の送液工程では、第3の重合工程で重合を完結させるために必要な分量の重合開始剤および/または連鎖移動剤の少なくとも1を、必要に応じてサイドラインから添加することができる。該重合開始剤および連鎖移動剤は、第1の重合工程で述べた一般的なものの中から適宜選択することができ、第1あるいは第2の重合工程で使用したものと同一であってもよい。添加する場合の方法としては、前記添加成分をあらかじめ少量の溶媒に溶解させ溶液としておき、プランジャーポンプやギヤポンプなどの液体を定量導入できる装置を用いて行うことが好ましい。添加する溶液の流量は、第2の重合工程から第2の送液工程に流入する反応溶液の流量との体積比が0.001〜0.05の範囲となるように決めることが好ましく、0.005〜0.05とすることがより好ましく、0.005〜0.01とすることがさらに好ましい。かかる体積比は小さい方がポリマー濃度の希釈が少なく、工程管理上好ましいが、体積比を小さくするためには重合開始剤および連鎖移動剤の溶媒への溶解量を増やす必要があり、かかる成分の溶媒への溶解度を考慮すると0.001程度が限界である。一方、かかる体積比が1より大きいと、ポリマー濃度が大幅に希釈され生産性が低下するため好ましくない。
【0067】
第2の送液工程の温度は30〜150℃であることが好ましく、第2の重合工程の温度と同等であることも好ましい態様である。
【0068】
第2の送液工程に次いで、ポリアクリロニトリル系重合体溶液は、第3の重合工程に導入され、残りのモノマーを用いて重合率が80〜95%となるまで重合される。
【0069】
第3の重合工程では、第2の送液工程から流入した反応溶液中のモノマーを、非循環ラインを用いた連続溶液重合により重合し、一連の重合を実質的に完結させる。
【0070】
第3の重合工程では、静的混合用構造部を内部に有する非循環ラインを用いて重合を行う。ここで、静的静的混合用構造部を内部に有する管状反応器としては、撹拌効率および伝熱面積の点で優れるスルザー(Sulzer)式のSMR型の管状ミキサー(Sulzer社製)を内部に有する管状反応器を用いることが好ましい。かかる連続ラインは、同一あるいは異なる種類の静的混合部を複数個有していてもよい。
【0071】
第3の重合工程に導入される反応溶液には、0.1〜2wt%のA成分、第2の重合工程で生成したB成分の一部(第3の重合工程で重合されるポリアクリロニトリル系重合体と合わせてB成分)、残存モノマー、重合開始剤、連鎖移動剤、溶媒が含まれる。
【0072】
第3の重合工程では、第2の送液工程から送られた溶液を前述の非循環ラインを通過させながら、30〜150℃で、3〜20%/hrの重合速度で、重合率が80〜95%となるように制御しながら重合する。
【0073】
第3の重合工程における重合温度は30〜150℃であり、40〜150℃であることがより好ましく、90〜150℃であることがさらに好ましい。重合温度が30℃よりも低いと重合速度が低下し、重合開始剤濃度を高めるなどの対策が必要となることがあるため好ましくない。また150℃よりも高いと、反応溶液が重合中に受ける副反応の影響が顕著となるため好ましくない。重合温度が40〜150℃の範囲にあるとき、生産性とポリマー特性安定性が特に優れる結果が得られる。さらに、重合温度を90〜150℃とすることで、ポリアクリロニトリル系重合体の生産において一般的に用いられている常圧あるいは微加圧下でのバッチ式溶液重合と比較して、大幅に生産性を高めることができる。
【0074】
第3の重合工程における重合時間は1〜10時間であることが好ましく、3〜8時間であることがより好ましい。重合時間が1時間より短い場合、単位時間当りの発熱量が除熱能力を上回り、暴走反応を生じさせないために除熱する条件を厳密に制御する必要があり、大がかりな設備が必要となることがある。10時間より長い場合、生産性が低下する。
【0075】
第3の重合工程において生成するポリアクリロニトリル系重合体の分子量および重合率は、非循環ラインを、反応溶液の流れ方向に複数のバッチ式重合槽が連結されていると考えて、制御することができる。本発明の場合、特にモノマー濃度、重合開始剤濃度、連鎖移動剤濃度、反応温度、反応時間を調節することで、好適に制御できる。重合率を高めるためには、連鎖移動剤濃度以外の4つのパラメーターを大きくする。分子量を高めるためには、モノマー濃度を高めるか、重合開始剤濃度、反応温度を小さく設定する。
【0076】
第3の重合工程における重合速度は3〜20%/hrである。重合速度が3%/hrよりも小さい場合、生産性が低い。また、重合速度が20%/hrよりも大きい場合、重合発熱による暴走反応を生じさせないために除熱する条件を厳密に制御する必要があり、大がかりな設備が必要となる。
【0077】
第3の重合工程における反応溶液の粘度は、非循環ラインを通過しながら重合が進行するにつれて高まっていくが、第3の重合工程を通じて30〜450Pa・sの範囲にあることが好ましく、30〜360Pa・sの範囲にあることがより好ましく、30〜100Pa・sの範囲にあることがさらに好ましい。粘度が30Pa・sより小さい場合、生成するポリアクリロニトリル系重合体溶液の紡糸口金からの吐出部における伸長粘度が不足し、最大紡糸ドラフト率が低下することがある。一方、粘度が高すぎると配管圧損が高くなり、送液が不能となる場合があり、そのまま紡糸する場合伸長粘度が高すぎて紡糸不可能となる場合があり、仮に希釈するとしても、粘度が高すぎて均一混合に時間がかかるため、粘度は450Pa・s以下とするのが好ましい。
【0078】
第3の重合工程の一連の操作により、得られる重合体の重合率は80〜95%である。
【0079】
仕込み組成と、重合率とより、第3の重合工程の出口におけるポリマー濃度を15〜40wt%とすることが好ましい。また、仕込み組成を前記した好ましい範囲に設定することで、ポリマー濃度は25〜40wt%とすることもできる。ポリマー濃度が15wt%よりも低いと、溶媒使用量が多くコスト増加につながったり、紡糸時に粗い凝固構造が形成されやすく物性低下したりすることがある。重合終了時のポリマー濃度を25wt%以上まで高めることは、従来の重合槽型の反応容器では粘度が高すぎて撹拌が不十分となったり、不均一となるため実施が困難であったが、連続反応器を用いる本発明ではポリマー濃度を25wt%以上に設定して設備生産性向上をはかることができる。ポリマー濃度が40wt%よりも高いと、そのまま紡糸する場合粘度が高すぎて紡糸不可能となったり、仮に希釈するとしても、粘度が高すぎて均一混合に時間がかかるため、40wt%以下であることが好ましい。
【0080】
第2の重合工程から第3の重合工程を通じて得られるポリアクリロニトリル系重合体であるB成分の重量平均分子量Mwは10万〜80万である。またMwは20万〜50万であることがより好ましく、25万〜45万であることがさらに好ましい。B成分の重量平均分子量は、実施例のところで詳細を述べるが、GPC測定により得られる分子量分布曲線を波形分離して計算することができる。
【0081】
本発明のポリアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法によると、Mwが10万〜80万、Mz/Mwが2.7〜10の曳糸性に優れるポリアクリロニトリル系重合体溶液が得られる。さらに、ポリアクリロニトリル系重合体溶液のMwは20万〜50万であることが好ましく、25万〜45万であることがより好ましく、Mz/Mwは2.7〜6.0であることが好ましく、3.0〜5.0であることがより好ましい。Mwが10万より小さい場合、製糸工程において口金からの吐出が安定しなかったり、単糸間の接着が発生することがあり、80万より大きいと口金圧が高くなったり、延伸性が低下することがある。さらに、Mz/Mwが2.7よりも小さい場合、超高分子量体による曳糸性向上効果が小さくなり、10より大きいと配管圧や口金圧が高くなりすぎることがある。
【0082】
以下、さらに曳糸性を高めるための制御方法について述べる。
【0083】
前記A成分のMwと前記B成分のMwの比Mw(A)/Mw(B)は2〜45であることが好ましく、4〜45であることがより好ましく、4〜30であることが更に好ましい。該Mwの比は、各重合工程で既に述べた、方法により容易に設定することができる。例えば、各重合工程で用いる連鎖移動剤の量のみ調節するのが、最も簡便であり効果が高い。
【0084】
また、A成分とB成分の重量比W(A)/W(B)は0.001〜0.3であることが好ましく、0.005〜0.2であることがより好ましく、0.01〜0.1であることが更に好ましい。該重量比も、上記と同様にして設定することができる。
【0085】
本発明のポリアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法で得られるポリアクリロニトリル系重合体溶液を用いることにより、生産性の向上と安定化の両立を図りつつ、毛羽立ちの少ない高品位な炭素繊維前駆体繊維を製造することができる。このメカニズムは、必ずしも明確になった訳ではないが、次のように考えられる。口金孔直後でPAN系重合体組成物が伸長変形する際に、超高分子量成分のポリアクリロニトリル系重合体と他のポリアクリロニトリル系重合体が絡み合い、超高分子量成分のポリアクリロニトリル系重合体を中心に絡み合い間の分子鎖が緊張することにより伸長粘度の急激な増大、すなわち、歪み硬化がおこる。PAN系重合体組成物溶液の細化に伴い細化部分の伸長粘度が高くなり、流動安定化するため紡糸速度を高め、かつ、紡糸ドラフト率を高めることができる。
【0086】
以上のようにして連続溶液重合法で得られたポリアクリロニトリル系重合体溶液は、引き続き残存モノマーを減圧除去したり、減圧濃縮や溶媒の追加によりポリマー濃度を調節したりすることも好ましい態様である。
【0087】
次に、本発明の製造方法で得られたPAN系重合体溶液を用いた炭素繊維前駆体繊維の製造方法について説明する。
【0088】
本発明により得られたポリアクリロニトリル系重合体溶液は、ポリマー濃度を調整するための余分な操作を経ずに紡糸溶液として用いることもできるが、ポリマー濃度を紡糸に適した範囲に調整して紡糸溶液とすることもできる。
【0089】
本発明においてポリマー濃度とは、PAN系重合体の溶液中に含まれるPAN系重合体の重量%である。具体的には、PAN系重合体の溶液を計量した後、PAN系重合体を溶解せずかつPAN系重合体溶液に用いる溶媒と相溶性のあるものに、計量したPAN系重合体溶液を脱溶媒させた後、PAN系重合体を計量する。ポリマー濃度は、脱溶媒後のPAN系重合体の重量を、脱溶媒する前のPAN系重合体の溶液の重量で割ることにより算出する。
【0090】
紡糸溶液におけるポリマー濃度は、15〜40重量%の範囲であることが好ましく、15〜30重量%であることがより好ましく、18〜25重量%であることが最も好ましい。ポリマー濃度が15重量%未満では溶媒使用量が多くなり、口金単孔からの紡糸溶液の吐出量が増加し、紡糸条件設定上、紡糸ドラフトを高めにくい場合がある。一方、ポリマー濃度が30重量%を超えると絡み合いが多くなることで絡み合い点間分子量が低下し、可紡性が低下する場合がある。紡糸溶液のポリマー濃度は、使用する溶媒量により調製することができる。また、PAN系重合体溶液には、水、メタノール、エタノールなどPAN系重合体が凝固する溶媒(いわゆる、凝固剤)をPAN系重合体が凝固しない範囲で含んでも構わないし、酸化防止剤、重合禁止剤などの成分をPAN系重合体に対して5重量%までは含んでも構わない。
【0091】
ポリマー濃度の調整手段としては、後処理工程のバッチ式/連続式を問わず、例えば減圧下において溶媒を揮発除去する方法や、溶媒をサイドラインから合流させミキサーを通過させて混合する方法、あるいは、溶媒蒸気を通過させて混合する方法など、既知のものを好ましく用いることができる。
【0092】
また、45℃の温度における紡糸溶液の粘度は、15〜200Pa・sの範囲であることが好ましく、より好ましくは20〜150Pa・sの範囲であることがより好ましく、30〜100Pa・sの範囲であることが最も好ましい。溶液粘度が15Pa・s未満では、紡糸糸条の賦形性が低下するため、口金から出た糸条を引き取る速度、すなわち可紡性が低下する傾向を示す。また、溶液粘度は200Pa・sを超えると絡み合いが多くなり、分子量低下しやすくなる傾向を示す。紡糸溶液の粘度は、重量平均分子量とポリマー濃度、溶媒の種類により制御することができる。
【0093】
本発明の製造方法で得られたPAN系重合体溶液は、乾湿式紡糸法により紡糸することにより炭素繊維前駆体繊維を製造することが紡糸速度を高め、かつ、紡糸ドラフトを高めることができる。乾湿式紡糸法は、紡糸溶液を口金から一旦空気中に吐出した後、凝固浴中に導入して凝固させる紡糸方法である。
【0094】
紡糸溶液の紡糸ドラフトは5〜50の範囲とすることが好ましい。ここで紡糸ドラフトとは、紡糸糸条が口金を離れて最初に接触する駆動源を持ったローラーの表面速度(凝固糸の巻き取り速度)を、口金からの吐出線速度で割った値をいう。紡糸ドラフトが5未満では、望む前駆体繊維の繊度を得るために口金孔径を小さくせざるを得ないことがあり、剪断速度を低下させる観点からは紡糸ドラフトが50以下で十分である。吐出量を変更し、吐出線速度を変更することで容易に紡糸ドラフトを変更することができるため、吐出線速度を変更して吐出角度を確認しながら本発明の吐出角度になるように調整すればよい。吐出量は、生産量に関係するので必要な生産量になるように、最終的には吐出量を固定して紡糸口金孔径を変更することで設定の紡糸ドラフトを得ればよい。
【0095】
本発明において用いられる凝固浴には、PAN系重合体溶液で溶媒として用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、塩化亜鉛水溶液、およびチオ硫酸ナトリウム水溶液などのPAN系重合体の溶媒と、いわゆる凝固促進成分の混合物が用いられる。凝固促進成分としては、前記のPAN系重合体を溶解せず、かつPAN系重合体溶液に用いた溶媒と相溶性があるものが好ましい。凝固促進成分としては、具体的には、水、メタノール、エタノールおよびアセトンなどが挙げられるが、回収する必要がないことと安全性の面、凝固に必要な凝固促進成分の量が少ないことから水を使用することが最も好ましい。凝固浴の溶媒濃度、温度などの条件は既知の条件に従って設定すればよい。
【0096】
本発明において、PAN系重合体溶液を凝固浴中に導入して凝固させ凝固糸を形成した後、水洗工程、浴中延伸工程、油剤付与工程および乾燥工程を経て、炭素繊維前駆体繊維を得ることが好ましい。また、上記の工程に乾熱延伸工程や蒸気延伸工程を加えてもよい。凝固後の糸条は、水洗工程を省略して直接浴中延伸を行っても良いし、溶媒を水洗工程により除去した後に浴中延伸を行っても良い。浴中延伸は、通常、30〜98℃の温度に温調された単一または複数の延伸浴中で行うことが好ましい。そのときの延伸倍率は、1〜5倍であることが好ましく、1〜3倍であることがより好ましい。
【0097】
浴中延伸工程の後、単繊維同士の接着を防止する目的から、延伸された繊維糸条にシリコーン等からなる油剤を付与することが好ましい。シリコーン油剤は、耐熱性の高いアミノ変性シリコーン等の変性されたシリコーンを含有するものを用いることが好ましい。
【0098】
乾燥工程としては、例えば、乾燥温度が70〜200℃で乾燥時間が10秒から200秒の乾燥条件が好ましい結果を与える。生産性の向上や結晶配向度の向上として、乾燥工程後に加熱熱媒中で延伸することが好ましい。加熱熱媒としては、例えば、加圧水蒸気あるいは過熱水蒸気が操業安定性やコストの面で好適に用いられ、延伸倍率は通常1.5〜10倍である。
【0099】
このようにして得られた炭素繊維前駆体繊維の単繊維繊度は、0.01〜1.5dtexであることが好ましく、より好ましくは0.05〜1.0dtexであり、さらに好ましくは0.1〜0.8dtexである。単繊維繊度が小さすぎると、ローラーやガイドとの接触による糸切れ発生などにより、製糸工程および炭素繊維の焼成工程のプロセス安定性が低下することがある。一方、単繊維繊度が大きすぎると、耐炎化後の各単繊維における内外構造差が大きくなり、続く炭化工程でのプロセス性低下や、得られる炭素繊維の引張強度および引張弾性率が低下することがある。本発明における単繊維繊度(dtex)とは、単繊維10,000mあたりの重量(g)である。
【0100】
本発明の前駆体繊維束の結晶配向度は、88〜95%であり、好ましくは91〜93%である。結晶配向度が低い炭素繊維のストランド引張伸度が不足し、一方、結晶配向度が95%を超えると毛羽を発生しやすくなる。
【0101】
本発明の前駆体繊維束は、単繊維が3000本以上集束して構成されることが好ましい。3000本より少ない前駆体繊維束を合糸して炭素繊維束を形成しても構わないが、経済性の面で好ましくない。前駆体繊維束を構成する単繊維数は、より好ましくは12000本以上であり、更に好ましくは24000本以上である。
【0102】
次に、本発明の炭素繊維の製造方法について説明する。
【0103】
本発明では、前記のようにして得た炭素繊維前駆体繊維を、200〜300℃の温度の空気中において耐炎化する耐炎化工程と、耐炎化工程で得られた繊維を、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化する予備炭化工程と、予備炭化工程で得られた繊維を1,000〜3,000℃の温度の不活性雰囲気中において炭化する炭化工程を順次経て炭素繊維を得ることができる。
【0104】
本発明において、耐炎化とは、空気を4〜25mol%以上含む雰囲気中における熱処理をいう。通常、紡糸工程と耐炎化工程以降は非連続であるが、紡糸工程と耐炎化工程の一部もしくは全てを連続的に行っても構わない。
【0105】
耐炎化する際の延伸比は、0.8〜1.2とすることが好ましく、0.9〜1.1とすればより好ましい。耐炎化する際の延伸比が0.8を下回ると、耐炎化工程の張力が低下し、耐炎化炉スリットなどで擦過を起こす場合があり、得られる炭素繊維の単繊維強度分布が広がる場合があるためである。また、耐炎化する際の延伸比が1.2を超えると、延伸張力が高すぎてローラー等に圧迫されて圧痕が残る場合や欠陥が拡大する場合がある。
【0106】
耐炎化の処理時間は、10〜100分の範囲で適宜選択することができるが、続く予備炭化の生産安定性、および、得られる炭素繊維の力学物性向上の目的から、得られる耐炎化繊維の比重が1.3〜1.38の範囲となるように設定することが好ましい。
【0107】
予備炭化、および、炭化は、不活性雰囲気中で行なわれるが、用いられる不活性ガスとしては、例えば、窒素、アルゴン、および、キセノンなどが用いられる。経済的な観点からは、窒素が好ましく用いられる。
【0108】
なお、予備炭化における昇温速度は、500℃/分以下に設定されることが好ましい。
【0109】
予備炭化を行う際の延伸比は、0.95〜1.2、好ましくは1.0〜1.1とすることが好ましい。予備炭化を行う際の延伸比が0.95を下回ると、得られる予備炭化繊維の配向度が不十分となり、炭素繊維のストランド引張弾性率が低下する場合がある。また、予備炭化を行う際の延伸比が1.2を超えると、延伸張力が高すぎてローラー等に圧迫されて圧痕が残る場合や欠陥が拡大する場合がある。
【0110】
炭化の温度は、好ましくは1,000〜2,000℃、より好ましくは1,200〜1800℃、さらに好ましくは1,300〜1,600℃とする。一般に炭化の最高温度が高いほど、ストランド引張弾性率は高まるものの、引張強度は1,500℃付近で極大となるため、両者のバランスを勘案して、炭化の温度を設定する。
【0111】
炭化を行う際の延伸比は、0.96〜1.05が好ましく、0.97〜1.05とすればより好ましく、0.98〜1.03とすれば更に好ましい。炭化を行う際の延伸比が0.96を下回ると、得られる炭素繊維の配向度や緻密性が不十分となり、ストランド引張弾性率が低下する場合がある。また、炭化を行う際の延伸比が1.05を超えると、延伸張力が高すぎてローラー等に圧迫されて圧痕が残る場合や欠陥が拡大する場合がある。
【0112】
より弾性率が高い炭素繊維を所望する場合には、炭化工程に続き黒鉛化を行うこともできる。黒鉛化工程の温度は2000〜2800℃であるのがよい。また、その最高温度は、所望する炭素繊維の要求特性に応じて適宜選択して使用される。黒鉛化工程における延伸比は、所望する炭素繊維の要求特性に応じて、毛羽発生など品位低下の生じない範囲で適宜選択するのがよい。
【0113】
得られた炭素繊維はその表面改質のため、電解処理することができる。電解処理に用いられる電解液には、硫酸、硝酸および塩酸等の酸性溶液や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、炭酸アンモニウムおよび重炭酸アンモニウムのようなアルカリまたはそれらの塩を水溶液として使用することができる。ここで、電解処理に要する電気量は、適用する炭素繊維の炭化度に応じて適宜選択することができる。
【0114】
電解処理により、得られる繊維強化複合材料において炭素繊維マトリックスとの接着性が適正化することができ、接着が強すぎることによる複合材料の脆性的な破壊や、繊維方向の引張強度が低下する問題や、繊維方向における引張強度は高いものの樹脂との接着性に劣り、非繊維方向における強度特性が発現しないという問題が解消され、得られる繊維強化複合材料において、繊維方向と非繊維方向の両方向にバランスのとれた強度特性が発現されるようになる。
【0115】
電解処理の後、炭素繊維に集束性を付与するため、サイジング処理を施すこともできる。サイジング剤には、使用する樹脂の種類に応じて、マトリックス樹脂等との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
【0116】
本発明により得られる炭素繊維は、プリプレグとしてオートクレーブ成形、織物などのプリフォームとしてレジントランスファーモールディングで成形するなど種々の成形法により、衝撃後圧縮強度など様々な機械特性に優れた炭素繊維強化複合材料を与えることから、航空機用構造材料、自動車用途、船舶用途、スポーツ用途およびその他一般産業用途に衝撃後圧縮強度に優れる炭素繊維強化複合材料として好適に用いることができる。
【実施例】
【0117】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。本実施例で用いた測定方法を次に説明する。
<Z平均分子量(Mz)、重量平均分子量(Mw)、数平均分子量(Mn);GPC法>
測定しようとする重合体をその濃度が0.1重量%となるように、ジメチルホルムアミド(0.01N−臭化リチウム添加)に溶解し、検体溶液を得る。得られた検体溶液について、GPC装置を用いて、次の条件で測定したGPC曲線から分子量の分布曲線を求め、Mz、MwおよびMnを算出した。測定は3回行い、Mz、Mw、Mnの値を平均して用いた。
・カラム :極性有機溶媒系GPC用カラム
・流速 :0.5ml/min
・温度 :70℃
・試料濾過 :メンブレンフィルター(0.45μmカット)
・注入量 :200μl
・検出器 :示差屈折率検出器
分子量は、分子量が異なる分子量既知の単分散ポリスチレンを少なくとも6種類用いて、溶出時間−分子量の検量線を作成し、その検量線上において、該当する溶出時間に対応するポリスチレン換算の分子量を読み取ることにより求めた。
【0118】
本実施例では、GPC装置として(株)島津製作所製CLASS−LC2010を、カラムとして東ソー(株)製TSK−GEL−α−M(×2)を、ジメチルホルムアミドおよび臭化リチウムとして和光純薬工業(株)製を、メンブレンフィルターとしてミリポアコーポレーション製0.45μ−FHLP FILTERを、示差屈折率検出器として(株)島津製作所製RID−10AVを、検量線作成用の単分散ポリスチレンとして、分子量184000、427000、791000、1300000、1810000および4240000のものを、それぞれ用いた。
<ポリアクリロニトリル系重合体溶液の粘度ηt>
反応温度t℃におけるポリアクリロニトリル系重合体溶液の粘度ηtは、第2の重合ライン内および第3の重合ライン出口付近に挿管された振動式粘度計(CBC社製FEM−1000)により、それぞれオンラインで測定した。校正は、45〜75℃の温度で、JIS Z8809に規定された標準物質を用いて行った。
<ポリマー濃度>
ポリマー濃度は次のようにして求めた。まず、ポリアクリロニトリル系重合体溶液の重量wを計量したのちに、その全量をポリアクリロニトリル系重合体を溶解させないが、ポリアクリロニトリル系重合体溶液に用いられる溶媒とは相溶性があるような溶媒(例えばアルコールや水など)に滴下し、凝固させた。数時間静置したのちに、乾燥させ、絶乾後のポリアクリロニトリル系重合体の重量w’を計量した。これらの測定結果から、ポリマー濃度cはc(wt%)=w’(g)/w(g)×100(%)により算出した。測定は2回行い、その平均値を採用した。
<残存モノマー濃度>
残存モノマー濃度はガスクロマトグラフィーにより求めた。まず、ポリアクリロニトリル系重合体溶液の一部をスクリュー瓶に量り取り重量を記録した。そこに、アクリロニトリルおよびアクリロニトリルと共重合可能なモノマーと相溶し、かつ一般的にガスクロマトグラフィーに用いられる溶媒、例えばメタノールやエタノールなど、を量り取り重量を記録した。このとき、ポリアクリロニトリル系重合体溶液の重量と溶媒の重量は0.05〜0.2程度となるような希釈倍率に設定した。次に、スクリュー瓶にキャップをし、モノマーを抽出するために室温で数時間静置した。
【0119】
ガスクロマトグラフィー測定を以下の条件で行い、あらかじめ求めておいた各成分の検量線を用いて、各成分のピーク積分強度と希釈倍率とから残存モノマー濃度を求めた。なお、仕込み共重合モノマー量がアクリロニトリル100重量部に対して2重量部より小さい場合は、共重合モノマー濃度は無視し、残存アクリロニトリル濃度を残存モノマー濃度とした。
・装置 :(株)島津製作所製 GC−2014
・カラム :J&W Scientific製 DB−1
・試料濾過 :メンブレンフィルター(0.45μmカット)
・キャリアガス:ヘリウム
・試料注入量 :1μl
・気化室温度 :250℃
・検出器 :FID
・検出器温度 :280℃
・カラム温度 :120〜250℃
<損失正接tanδ>
重合体溶液0.3mLを動的粘弾性測定装置にセットし、直径25mm、角度0.04radのコーンプレートを用い、ギャップ0.056mm、測定温度35.0℃、歪み10%の条件で。角速度を0.5〜500rad/sまで走査して複素粘性率G’’と貯蔵弾性率G’を測定した。損失正接tanδを以下のように計算し、角速度10rad/sでの値を読み取った。なお、走査は3回行い、平均した値を用いる。
【0120】
tanδ=G’’/G’
なお、本実施例では、動的粘弾性測定装置として、ティー・エイ・インスツルメント社製ARESを用いた。
<重合率>
重合率は、連続反応器の任意の位置から反応溶液をサンプリングし、ポリマー濃度c、および残存モノマー濃度mをそれぞれ前記の方法で求め、以下の式に従って算出する。
重合率=c/(c+m)×100(%)
<A成分の含有量>
A成分の含有量は、サンプリングした反応溶液のGPC曲線を波形分離して、A成分とB成分とに分け、それぞれの面積値a、bから以下の式に従って算出した。
A成分の含有量=a/(a+b)×100(%)
波形分離は、GPC曲線が複数個の対数ガウス曲線からなると仮定して、表計算ソフトを用いて以下のように行った。まず、5〜8本の対数ガウス曲線(以下、成分曲線と称する)を準備した。各成分曲線はそれぞれ強度、中心値、半値幅の3つのパラメーターで形状が決まるため、成分曲線の総和が実測のGPC曲線に沿うように、各パラメーターを微調整しながら決定した。
【0121】
<炭素繊維束のストランド引張強度および弾性率>
JIS R7608(2007)「樹脂含浸ストランド試験法」に従って求めた。測定する炭素繊維の樹脂含浸ストランドは、3、4−エポキシシクロヘキシルメチル−3、4−エポキシシクロヘキシル−カルボキシレート(100重量部)/3フッ化ホウ素モノエチルアミン(3重量部)/アセトン(4重量部)を、炭素繊維または黒鉛化繊維に含浸させ、130℃の温度で30分硬化させて作製した。また、炭素繊維のストランドの測定本数は6本とし、各測定結果の平均値を引張強度とした。本実施例では、3、4−エポキシシクロヘキシルメチル−3、4−エポキシシクロヘキシル−カルボキシレートとして、ユニオンカーバイド(株)製“ベークライト”(登録商標)ERL4221を用いた。n数は6とし、平均値を求めた。
<連続重合装置>
本実施例では、連続反応装置として図3に示すように配列された装置を用いた。モノマー、重合開始剤、連鎖移動剤、および溶媒はプランジャーポンプ(1)により、第1の重合ライン(I)に定量送液される。かかる第1の重合ライン(I)は、流入部から順に管状反応器(2)、(3)、(4)、および循環のためのギヤポンプ(5)から成る循環ラインであり、反応溶液は第1の重合ライン(I)内を循環した後、これに続く第1の送液ライン(II)に送液される。第1の送液ライン(II)は、第2の重合ライン(III)へ送液する過程で重合開始剤および連鎖移動剤等を追加するためのサイドライン(6)を有する。引き続く第2の重合ライン(III)は、上記と同様の管状反応器(7)、(8)、(9)および循環のためのギヤポンプ(10)から成る循環ラインであり、反応溶液は第2の重合ライン(III)内を循環した後、引き続く第2の送液ライン(IV)に送液される。第2の送液ライン(IV)は、第3の重合ライン(V)へ送液する過程で重合開始剤および/または連鎖移動剤を必要に応じ添加するためのサイドライン(11)を有する。これに続く第3の重合ライン(V)は、上記と同様の管状反応器(12)、(13)、(14)およびギヤポンプ(15)を直列した非循環ラインである。なお、2,3,4,7,8,9,12,13,14の管状反応器は、内径2.5インチ(63.5mm)管状反応器(スイス国ゲブリューター・ズルツァー社製SMX型スタティックミキサー・静的混合用構造部30個内蔵)を用いた。
(実施例1)
図3に示す連続重合装置を用いて連続溶液重合を行った。
【0122】
第1の重合ライン(I)に、下記組成となるようにあらかじめ混合しておいた原料溶液を、第1の重合ライン(I)における滞留時間が2時間となるようにプランジャーポンプ(1)を用いて10L/hrの流量で連続的に供給し、循環させながら55℃の温度で熱処理し連続溶液重合を行った。なお、このときの循環比は10とした。
【0123】
モノマー:アクリロニトリル(AN) 200重量部
ANと共重合可能なモノマー:イタコン酸 2重量部
重合開始剤:2,2’―アゾビスイソブチロニトリル(AIBN) 0.018重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.015重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 400重量部
該第1の重合ライン(I)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体であるA成分の重量平均分子量(Mw)は370万であり、ポリマー濃度は0.94重量%であった。
【0124】
第1の重合ライン(I)から送液された反応溶液を、55℃の温度に温調された第1の送液ライン(II)内を通過させながらサイドラインから以下処方の混合物を4L/hrの速度で添加し、引き続き配置された第2の重合ライン(III)に連続的に供給した。
【0125】
第2の重合ライン(III)では、反応溶液を循環させながら75℃の温度で熱処理し連続溶液重合を行った。第2の重合ライン(III)の滞留時間は3時間であった。なお、このときの循環比は10とした。
【0126】
重合開始剤:2,2’―アゾビスイソブチロニトリル(AIBN) 1重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.7重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 270重量部
該第2の重合ライン(II)内における反応溶液の粘度は6Pa・sであり、該第2の重合ライン(II)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体のMwは50万、ポリマー濃度は13.4重量%、重合率は58.5%であり、損失正接tanδは4.7であった。
【0127】
第2の重合ライン(III)から送液された反応溶液を、75℃の温度に温調された第2の送液ライン(IV)内を通過させながらサイドラインから以下処方の混合物を0.9L/hrの速度で添加し、引き続き配置された第3の重合ライン(V)に連続的に供給しながら90℃の温度で連続溶液重合を行った。第3の重合ライン(V)の通過に要する時間は、3時間であった。
【0128】
重合開始剤:2,2’―アゾビスイソブチロニトリル(AIBN) 6重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 1重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 50重量部
該第3の重合ライン(V)出口部における反応溶液の粘度は19.3Pa・sであり、該第3の重合ライン(V)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体のMwは40.0万、Mz/Mwは4.9、ポリマー濃度は19.6重量%、重合率は90.8%であった。また、かかるポリアクリロニトリル系重合体のGPCデータを波形分離して求めたB成分のMwは30.5万であり、全ポリアクリロニトリル系重合体に対するA成分の重量分率は3.1%であった。
【0129】
本実施例の連続重合で得られたポリアクリロニトリル系重合体溶液中のA成分のMwおよび含有量を10L毎に平均し、合計100L中のバラツキを評価したところ、CV値はそれぞれ0.5%CV/10L、0.5%CV/10Lとバラツキの小さいものであった。
【0130】
次に、得られたポリアクリロニトリル系重合体溶液のポリマー濃度を20重量%に調節した後、アンモニアガスをpHが8.5になるまで吹き込むことによりイタコン酸を中和し、紡糸溶液を作製した。
【0131】
上記の紡糸溶液を用いて紡糸・焼成・評価を行った。
まず、紡糸溶液を、目開き0.5μmのフィルター通過後、40℃の温度で、孔数6,000、口金孔径0.15mmの紡糸口金を用い、一旦空気中に吐出し、約2mmの空間を通過させた後、3℃の温度にコントロールした20重量%ジメチルスルホキシドの水溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により紡糸し凝固糸条とした。このときの吐出線速度は7m/分で一定とし、凝固糸の巻取り速度を変更することで限界紡糸ドラフト率の測定を行った。
【0132】
さらに、下記の製造条件で得られた炭素繊維束の評価を行った。吐出線速度7m/分、紡糸ドラフト率3の条件で凝固糸条を得た。このようにして得られた凝固糸条を、水洗した後、90℃の温水中で3倍の浴中延伸倍率で延伸し、さらにアミノ変性シリコーン系シリコーン油剤を付与して浴中延伸糸を得た。このようにして得られた浴中延伸糸を165℃の温度に加熱したローラーを用いて30秒間乾燥を行い、2本合糸し、トータルフィラメント数12000とした上で、5倍の水蒸気延伸倍率条件で加圧水蒸気延伸を行い、単繊維繊度0.8dtex、フィラメント数12000の炭素繊維前駆体繊維を得た。製糸工程の工程通過性は良好であり、得られた前駆体繊維の品位は良好であった。得られた炭素繊維前駆体繊維を、240〜260℃の温度の温度分布を有する空気中において延伸比1.0で延伸しながらで90分間耐炎化処理し、耐炎化繊維を得た。続いて、得られた耐炎化繊維を300〜700℃の温度の温度分布を有する窒素雰囲気中において、延伸比1.0で延伸しながら予備炭化処理を行い、さらに最高温度1500℃の窒素雰囲気中において、延伸比を0.97に設定して炭化処理を行い、連続した炭素繊維を得た。焼成工程の工程通過性は良好であり、得られた炭素繊維の品位は良好であった。得られた炭素繊維束のストランド物性を測定したところ、強度は5.0GPaであり、弾性率は300GPaであった。
(実施例2)
図3に示す連続重合装置を用いて連続溶液重合を行った。
【0133】
第1の重合ライン(I)に、下記組成となるようにあらかじめ混合しておいた原料溶液を、第1の重合ライン(I)における滞留時間が2時間となるようにプランジャーポンプ(1)を用いて10L/hrの流量で連続的に供給し、循環させながら55℃の温度で熱処理し連続溶液重合を行った。なお、このときの循環比は10とした。
【0134】
モノマー:アクリロニトリル(AN) 200重量部
ANと共重合可能なモノマー:イタコン酸 2重量部
重合開始剤:2,2’―アゾビスイソブチロニトリル(AIBN) 0.002重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.04重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 270重量部
該第1の重合ライン(I)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体であるA成分の重量平均分子量(Mw)は390万であり、ポリマー濃度は0.45重量%であった。
【0135】
第1の重合ライン(I)から送液された反応溶液を、55℃の温度に温調された第1の送液ライン(II)内を通過させながらサイドラインから以下処方の混合物を4.1L/hrの流量で連続的に添加し、引き続き配置された第2の重合ライン(III)に連続的に供給した。
【0136】
第2の重合ライン(III)を循環させながら100℃の温度で熱処理し連続溶液重合を行った。第2の重合ライン(III)の滞留時間は3時間であった。なお、このときの循環比は10とした。
【0137】
重合開始剤:1,1’−アゾビス(シクロヘキサン―1―カルボニトリル) 1重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.9重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 220重量部
該第2の重合ライン(II)内における反応溶液の粘度は9Pa・sであり、該第2の重合ライン(II)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体のMwは38万、ポリマー濃度は18.2重量%、重合率は62.8%であり、損失正接tanδは5.5であった。
【0138】
第2の重合ライン(III)から送液された反応溶液を、100℃の温度に温調された第2の送液ライン(IV)内を通過させながらサイドラインから以下処方の混合物を0.8L/hrの速度で添加し、引き続き配置された第3の重合ライン(V)に連続的に供給しながら115℃の温度で連続溶液重合を行った。第3の重合ライン(V)の通過に要する時間は、3時間であった。
【0139】
重合開始剤:1,1’−アゾビス(シクロヘキサン―1―カルボニトリル) 2.5重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 1重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 40重量部
該第3の重合ライン(V)出口部における反応溶液の粘度は11.2Pa・sであり、該第3の重合ライン(V)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体のMwは27.0万、Mz/Mwは4.9、ポリマー濃度は24.2重量%、重合率は89.1%であった。また、かかるポリアクリロニトリル系重合体のGPCデータを波形分離して求めたB成分のMwは23.0万であり、全ポリアクリロニトリル系重合体に対するA成分の重量分率は1.2%であった。
【0140】
本実施例の連続重合で得られたポリアクリロニトリル系重合体溶液中のA成分のMwおよび含有量を10L毎に平均し、合計100L中のバラツキを評価したところ、CV値はそれぞれ0.5%CV/10L、0.5%CV/10Lとバラツキの小さいものであった。
【0141】
紡糸溶液のポリマー濃度を25重量%とした以外は、実施例1と同様に製糸・焼成を行い、連続した炭素繊維を得た。得られた炭素繊維束のストランド物性を測定したところ、強度は5.0GPaであり、弾性率は300GPaであった。
【0142】
製糸工程および焼成工程の工程通過性は良好であり、得られた前駆体繊維および炭素繊維の品位は良好であった。
(実施例3)
図3に示す連続重合装置を用いて連続溶液重合を行った。
【0143】
第1の重合ライン(I)に、下記組成となるようにあらかじめ混合しておいた原料溶液を、第1の重合ライン(I)における滞留時間が2時間となるようにプランジャーポンプ(1)を用いて10L/hrの流量で連続的に供給し、循環させながら55℃の温度で熱処理し連続溶液重合を行った。なお、このときの循環比は10とした。
【0144】
モノマー:アクリロニトリル(AN) 200重量部
ANと共重合可能なモノマー:イタコン酸 2重量部
重合開始剤:2,2’―アゾビスイソブチロニトリル(AIBN) 0.001重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.04重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 240重量部
該第1の重合ライン(I)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体であるA成分の重量平均分子量(Mw)は410万であり、ポリマー濃度は0.35重量%であった。
【0145】
第1の重合ライン(I)から送液された反応溶液を、55℃の温度に温調された第1の送液ライン(II)内を通過させながらサイドラインから以下処方の混合物を3.0L/hrの流量で連続的に添加し、引き続き配置された第2の重合ライン(III)に連続的に供給した。
【0146】
重合開始剤:1,1’−アゾビス(シクロヘキサン―1―カルボニトリル) 0.9重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 1.2重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 150重量部
第2の重合ライン(III)を循環させながら100℃の温度で熱処理し連続溶液重合を行った。第2の重合ライン(III)の滞留時間は3.25時間であった。なお、このときの循環比は10とした。
【0147】
該第2の重合ライン(II)内における反応溶液の粘度は14Pa・sであり、該第2の重合ライン(II)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体のMwは30万、ポリマー濃度は22.6重量%、重合率は67.0%であり、損失正接tanδは4.2であった。
【0148】
第2の重合ライン(III)から送液された反応溶液を、100℃の温度に温調された第2の送液ライン(IV)内を通過させながらサイドラインから以下処方の混合物を0.4L/hrの速度で添加し、引き続き配置された第3の重合ライン(V)に連続的に供給しながら115℃の温度で連続溶液重合を行った。第3の重合ライン(V)の通過に要する時間は、3.34時間であった。
【0149】
重合開始剤:1,1’−アゾビス(シクロヘキサン―1―カルボニトリル) 1.2重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.1重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 20重量部
該第3の重合ライン(V)出口部における反応溶液の粘度は15.3Pa・sであり、該第3の重合ライン(V)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体のMwは21.0万、Mz/Mwは6.1、ポリマー濃度は29.3重量%、重合率は90.0%であった。また、かかるポリアクリロニトリル系重合体のGPCデータを波形分離して求めたB成分のMwは17.9万であり、全ポリアクリロニトリル系重合体に対するA成分の重量分率は0.9%であった。
【0150】
本実施例の連続重合で得られたポリアクリロニトリル系重合体溶液中のA成分のMwおよび含有量を10L毎に平均し、合計100L中のバラツキを評価したところ、CV値はそれぞれ0.5%CV/10L、0.5%CV/10Lとバラツキの小さいものであった。
【0151】
紡糸溶液のポリマー濃度を30重量%とした以外は、実施例1と同様に製糸・焼成を行い、連続した炭素繊維を得た。得られた炭素繊維束のストランド物性を測定したところ、強度は5.0GPaであり、弾性率は300GPaであった。
【0152】
製糸工程および焼成工程の工程通過性は良好であり、得られた前駆体繊維および炭素繊維の品位は良好であった。
(実施例4)
図3に示す連続重合装置を用いて連続溶液重合を行った。
【0153】
第1の重合ライン(I)に、下記組成となるようにあらかじめ混合しておいた原料溶液を、第1の重合ライン(I)における滞留時間が2時間となるようにプランジャーポンプ(1)を用いて10L/hrの流量で連続的に供給し、循環させながら55℃の温度で熱処理し連続溶液重合を行った。なお、このときの循環比は10とした。
【0154】
モノマー:アクリロニトリル(AN) 200重量部
ANと共重合可能なモノマー:イタコン酸 2重量部
重合開始剤:2,2’―アゾビスイソブチロニトリル(AIBN) 0.01重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.06重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 240重量部
該第1の重合ライン(I)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体であるA成分の重量平均分子量(Mw)は230万であり、ポリマー濃度は1.1重量%であった。
【0155】
第1の重合ライン(I)から送液された反応溶液を、55℃の温度に温調された第1の送液ライン(II)内を通過させながらサイドラインから以下処方の混合物を3.0L/hrの流量で連続的に添加し、引き続き配置された第2の重合ライン(III)に連続的に供給した。
【0156】
重合開始剤:1,1’−アゾビス(シクロヘキサン―1―カルボニトリル) 0.8重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.1重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 150重量部
第2の重合ライン(III)を循環させながら95℃の温度で熱処理し連続溶液重合を行った。第2の重合ライン(III)の滞留時間は3.25時間であった。なお、このときの循環比は10とした。
【0157】
該第2の重合ライン(II)内における反応溶液の粘度は31Pa・sであり、該第2の重合ライン(II)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体のMwは47万、ポリマー濃度は19.7重量%、重合率は58.2%であり、損失正接tanδは2.4であった。
【0158】
第2の重合ライン(III)から送液された反応溶液を、95℃の温度に温調された第2の送液ライン(IV)内を通過させながらサイドラインから以下処方の混合物を0.4L/hrの速度で添加し、引き続き配置された第3の重合ライン(V)に連続的に供給しながら110℃の温度で連続溶液重合を行った。第3の重合ライン(V)の通過に要する時間は、3.35時間であった。
【0159】
重合開始剤:1,1’−アゾビス(シクロヘキサン―1―カルボニトリル) 1.5重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 20重量部
該第3の重合ライン(V)出口部における反応溶液の粘度は112.5Pa・sであり、該第3の重合ライン(V)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体のMwは37.2万、Mz/Mwは2.9、ポリマー濃度は29.4重量%、重合率は89.9%であった。また、かかるポリアクリロニトリル系重合体のGPCデータを波形分離して求めたB成分のMwは31.8万であり、全ポリアクリロニトリル系重合体に対するA成分の重量分率は2.7%であった。
【0160】
本実施例の連続重合で得られたポリアクリロニトリル系重合体溶液中のA成分のMwおよび含有量を10L毎に平均し、合計100L中のバラツキを評価したところ、CV値はそれぞれ0.5%CV/10L、0.5%CV/10Lとバラツキの小さいものであった。
【0161】
紡糸溶液のポリマー濃度を20重量%とし、実施例1と同様に製糸・焼成を行い、連続した炭素繊維を得た。得られた炭素繊維束のストランド物性を測定したところ、強度は5.0GPaであり、弾性率は300GPaであった。
製糸工程および焼成工程の工程通過性は良好であり、得られた前駆体繊維および炭素繊維の品位は良好であった。
(実施例5)
図3に示す連続重合装置を用いて連続溶液重合を行った。
【0162】
第1の重合ライン(I)に、下記組成となるようにあらかじめ混合しておいた原料溶液を、第1の重合ライン(I)における滞留時間が2時間となるようにプランジャーポンプ(1)を用いて10L/hrの流量で連続的に供給し、循環させながら60℃の温度で熱処理し連続溶液重合を行った。なお、このときの循環比は10とした。
【0163】
モノマー:アクリロニトリル(AN) 200重量部
ANと共重合可能なモノマー:イタコン酸 2重量部
重合開始剤:2,2’―アゾビスイソブチロニトリル(AIBN) 0.008重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.1重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 400重量部
該第1の重合ライン(I)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体であるA成分の重量平均分子量(Mw)は160万であり、ポリマー濃度は0.9重量%であった。
【0164】
第1の重合ライン(I)から送液された反応溶液を、60℃の温度に温調された第1の送液ライン(II)内を通過させながらサイドラインから以下処方の混合物を4L/hrの流量で連続的に添加し、引き続き配置された第2の重合ライン(III)に連続的に供給した。
【0165】
重合開始剤:1,1’−アゾビス(シクロヘキサン―1―カルボニトリル) 1重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.3重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 270重量部
第2の重合ライン(III)を循環させながら100℃の温度で熱処理し連続溶液重合を行った。第2の重合ライン(III)の滞留時間は3時間であった。なお、このときの循環比は10とした。
【0166】
該第2の重合ライン(II)内における反応溶液の粘度は5Pa・sであり、該第2の重合ライン(II)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体のMwは53万、ポリマー濃度は13.4重量%、重合率は58.3%であり、損失正接tanδは13.4であった。
【0167】
第2の重合ライン(III)から送液された反応溶液を、100℃の温度に温調された第2の送液ライン(IV)内を通過させながらサイドラインから以下処方の混合物を0.8L/hrの速度で添加し、引き続き配置された第3の重合ライン(V)に連続的に供給しながら110℃の温度で連続溶液重合を行った。第3の重合ライン(V)の通過に要する時間は、3時間であった。
【0168】
重合開始剤:1,1’−アゾビス(シクロヘキサン―1―カルボニトリル) 5重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.6重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 50重量部
該第3の重合ライン(V)出口部における反応溶液の粘度は19.5Pa・sであり、該第3の重合ライン(V)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体のMwは45.0万、Mz/Mwは2.9、ポリマー濃度は19.7重量%、重合率は91.3%であった。また、かかるポリアクリロニトリル系重合体のGPCデータを波形分離して求めたB成分のMwは42.3万であり、全ポリアクリロニトリル系重合体に対するA成分の重量分率は3.0%であった。
【0169】
本実施例の連続重合で得られたポリアクリロニトリル系重合体溶液中のA成分のMwおよび量を10L毎に平均し、合計100L中のバラツキを評価したところ、CV値はそれぞれ0.5%CV/10L、0.5%CV/10Lとバラツキの小さいものであった。
【0170】
紡糸溶液のポリマー濃度を20重量%とし、実施例1と同様に製糸・焼成を行い、連続した炭素繊維を得た。得られた炭素繊維束のストランド物性を測定したところ、強度は5.0GPaであり、弾性率は300GPaであった。
製糸工程および焼成工程の工程通過性は良好であり、得られた前駆体繊維および炭素繊維の品位は良好であった。
(比較例1)
図3に示す連続重合装置を用いて連続溶液重合を行った。
【0171】
第1の重合ライン(I)に、下記組成となるようにあらかじめ混合しておいた原料溶液を、第1の重合ライン(I)における滞留時間が2時間となるようにプランジャーポンプ(1)を用いて10L/hrの流量で連続的に供給し、循環させながら55℃の温度で熱処理し連続溶液重合を行った。なお、このときの循環比は10とした。
【0172】
モノマー:アクリロニトリル(AN) 200重量部
ANと共重合可能なモノマー:イタコン酸 2重量部
重合開始剤:2,2’―アゾビスイソブチロニトリル(AIBN) 0.0004重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.06重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 400重量部
該第1の重合ライン(I)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体であるA成分の重量平均分子量(Mw)は300万であり、ポリマー濃度は0.14重量%であった。
【0173】
第1の重合ライン(I)から送液された反応溶液を、55℃の温度に温調された第1の送液ライン(II)内を通過させながらサイドラインから以下処方の混合物を4.0L/hrの速度で添加し、引き続き配置された第2の重合ライン(III)に連続的に供給した。
【0174】
第2の重合ライン(III)を循環させながら75℃の温度で熱処理し連続溶液重合を行った。第2の重合ライン(III)の滞留時間は3時間であった。なお、このときの循環比は10とした。
【0175】
重合開始剤:2,2’―アゾビスイソブチロニトリル(AIBN) 1重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.7重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 270重量部
該第2の重合ライン(II)内における反応溶液の粘度は3Pa・sであり、該第2の重合ライン(II)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体のMwは42万、ポリマー濃度は13.4重量%、重合率は58.3%であり、損失正接tanδは18.4であった。
【0176】
第2の重合ライン(III)から送液された反応溶液を、75℃の温度に温調された第2の送液ライン(IV)内を通過させながらサイドラインから以下処方の混合物を0.8L/hrの速度で添加し、引き続き配置された第3の重合ライン(V)に連続的に供給しながら85℃の温度で連続溶液重合を行った。第3の重合ライン(V)の通過に要する時間は、3時間であった。
【0177】
重合開始剤:2,2’―アゾビスイソブチロニトリル(AIBN) 4重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 1重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 50重量部
該第3の重合ライン(V)出口部における反応溶液の粘度は8.3Pa・sであり、該第3の重合ライン(V)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体のMwは35.2万、Mz/Mwは2.1、ポリマー濃度は19.5重量%、重合率は90.3%であった。また、かかるポリアクリロニトリル系重合体のGPCデータを波形分離して求めたB成分のMwは33.7万であり、全ポリアクリロニトリル系重合体に対するA成分の重量分率は0.5%であった。
【0178】
本比較例の連続重合で得られたポリアクリロニトリル系重合体溶液中のA成分のMwおよび含有量を10L毎に平均し、合計100L中のバラツキを評価したところ、CV値はそれぞれ0.5%CV/10L、0.5%CV/10Lとバラツキの小さいものであった。
【0179】
実施例1と同様に限界紡糸ドラフト率の測定を行ったところ5倍と低かった。つづいて製糸・焼成を行い、連続した炭素繊維を得た。得られた炭素繊維束のストランド物性を測定したところ、強度は5.0GPaであり、弾性率は300GPaであった。
【0180】
製糸工程および焼成工程の工程通過性は良好であり、得られた前駆体繊維および炭素繊維の品位は良好であった。
(比較例2)
図3に示す連続重合装置を用いて連続溶液重合を行った。
【0181】
第1の重合ライン(I)に、下記組成となるようにあらかじめ混合しておいた原料溶液を、第1の重合ライン(I)における滞留時間が2時間となるようにプランジャーポンプ(1)を用いて10L/hrの流量で連続的に供給し、循環させながら55℃の温度で熱処理し連続溶液重合を行った。なお、このときの循環比は10とした。
【0182】
モノマー:アクリロニトリル(AN) 200重量部
ANと共重合可能なモノマー:イタコン酸 2重量部
重合開始剤:2,2’―アゾビスイソブチロニトリル(AIBN) 0.035重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.02重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 270重量部
該第1の重合ライン(I)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体であるA成分の重量平均分子量(Mw)は290万であり、ポリマー濃度は1.9重量%であった。
【0183】
第1の重合ライン(I)から送液された反応溶液を、55℃の温度に温調された第1の送液ライン(II)内を通過させながらサイドラインから以下処方の混合物を4.1L/hrの速度で添加し、引き続き配置された第2の重合ライン(III)に連続的に供給した。
【0184】
重合開始剤:2,2’―アゾビスイソブチロニトリル(AIBN) 1.4重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.5重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 220重量部
第2の重合ライン(III)を循環させながら75℃の温度で熱処理し連続溶液重合を行った。第2の重合ライン(III)の滞留時間は3時間であった。なお、このときの循環比は10とした。
【0185】
該第2の重合ライン(II)内における反応溶液の粘度は33Pa・sであり、該第2の重合ライン(II)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体のMwは40万、ポリマー濃度は20.2重量%、重合率は69.9%であり、損失正接tanδは1.8であった。
【0186】
第2の重合ライン(III)から送液された反応溶液を、75℃の温度に温調された第2の送液ライン(IV)内を通過させながらサイドラインから以下処方の混合物を0.8L/hrの速度で添加し、引き続き配置された第3の重合ライン(V)に連続的に供給しながら90℃の温度で連続溶液重合を行った。第3の重合ライン(V)の通過に要する時間は、3時間であった。
【0187】
重合開始剤:2,2’―アゾビスイソブチロニトリル(AIBN) 2.5重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 1重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 40重量部
該第3の重合ライン(V)出口部における反応溶液の粘度は24.3Pa・sであり、該第3の重合ライン(V)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体のMwは33.1万、Mz/Mwは6.5、ポリマー濃度は24.7重量%、重合率は90.8%であった。また、かかるポリアクリロニトリル系重合体のGPCデータを波形分離して求めたB成分のMwは19.9万であり、全ポリアクリロニトリル系重合体に対するA成分の重量分率は4.8%であった。
【0188】
本比較例の連続重合で得られたポリアクリロニトリル系重合体溶液中のA成分のMwおよび含有量を10L毎に平均し、合計100L中のバラツキを評価したところ、CV値はそれぞれ0.5%CV/10L、0.5%CV/10Lとバラツキの小さいものであった。
【0189】
実施例1と同様に製糸・焼成を行い、連続した炭素繊維を得た。得られた炭素繊維束のストランド物性を測定したところ、強度は4.5GPaであり、弾性率は300GPaであった。
【0190】
製糸工程および焼成工程ともに毛羽の発生が多く、かつ経時的に増加し、得られた前駆体繊維および炭素繊維の品位も悪かった。
(比較例3)
図3に示す連続重合装置を用いて連続溶液重合を行った。
【0191】
第1の重合ライン(I)に、下記組成となるようにあらかじめ混合しておいた原料溶液を、第1の重合ライン(I)における滞留時間が2時間となるようにプランジャーポンプ(1)を用いて10L/hrの流量で連続的に供給し、循環させながら60℃の温度で熱処理し連続溶液重合を行った。なお、このときの循環比は10とした。
【0192】
モノマー:アクリロニトリル(AN) 200重量部
ANと共重合可能なモノマー:イタコン酸 2重量部
重合開始剤:2,2’―アゾビスイソブチロニトリル(AIBN) 0.02重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.02重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 400重量部
該第1の重合ライン(I)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体であるA成分の重量平均分子量(Mw)は340万であり、ポリマー濃度は1.4重量%であった。
【0193】
第1の重合ライン(I)から送液された反応溶液を、60℃の温度に温調された第1の送液ライン(II)内を通過させながらサイドラインから以下処方の混合物を4.0L/hrの流量で連続的に添加し、引き続き配置された第2の重合ライン(III)に連続的に供給した。
【0194】
重合開始剤:1,1’−アゾビス(シクロヘキサン―1―カルボニトリル) 1重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.7重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 270重量部
第2の重合ライン(III)を循環させながら90℃の温度で熱処理し連続溶液重合を行った。第2の重合ライン(III)の滞留時間は3時間であった。なお、このときの循環比は10とした。
【0195】
該第2の重合ライン(II)内における反応溶液の粘度は2Pa・sであり、該第2の重合ライン(II)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体のMwは46万、ポリマー濃度は9.9重量%、重合率は43.0%であり、損失正接tanδは1.9であった。
【0196】
第2の重合ライン(III)から送液された反応溶液を、90℃の温度に温調された第2の送液ライン(IV)内を通過させながらサイドラインから以下処方の混合物を0.8L/hrの速度で添加し、引き続き配置された第3の重合ライン(V)に連続的に供給しながら110℃の温度で連続溶液重合を行った。第3の重合ライン(V)の通過に要する時間は、3時間であった。
【0197】
重合開始剤:1,1’−アゾビス(シクロヘキサン―1―カルボニトリル) 2重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 1重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 50重量部
該第3の重合ライン(V)出口部における反応溶液の粘度は6.8Pa・sであり、該第3の重合ライン(V)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体のMwは37.2万、Mz/Mwは6.9、ポリマー濃度は18.3重量%、重合率は84.7%であった。また、かかるポリアクリロニトリル系重合体のGPCデータを波形分離して求めたB成分のMwは22.1万であり、全ポリアクリロニトリル系重合体に対するA成分の重量分率は4.8%であった。
【0198】
本実施例の連続重合で得られたポリアクリロニトリル系重合体溶液中のA成分のMwおよび含有量を10L毎に平均し、合計100L中のバラツキを評価したところ、MwのCV値は0.5%CV/10Lとバラツキが小さかったが、量は1.3%CV/10Lとバラツキがやや大きかった。
【0199】
ポリマー濃度が低かったため、製糸・焼成評価は行わなかった。
(比較例4)
図3に示す連続重合装置を用いて連続溶液重合を行った。
【0200】
第1の重合ライン(I)に、下記組成となるようにあらかじめ混合しておいた原料溶液を、第1の重合ライン(I)における滞留時間が2時間となるようにプランジャーポンプ(1)を用いて10L/hrの流量で連続的に供給し、循環させながら55℃の温度で熱処理し連続溶液重合を行った。なお、このときの循環比は10とした。
【0201】
モノマー:アクリロニトリル(AN) 200重量部
ANと共重合可能なモノマー:イタコン酸 2重量部
重合開始剤:2,2’―アゾビスイソブチロニトリル(AIBN) 0.02重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.02重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 400重量部
該第1の重合ライン(I)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体であるA成分の重量平均分子量(Mw)は340万であり、ポリマー濃度は0.9重量%であった。
【0202】
第1の重合ライン(I)から送液された反応溶液を、55℃の温度に温調された第1の送液ライン(II)内を通過させながらサイドラインから以下処方の混合物を4.1L/hrの流量で連続的に添加し、引き続き配置された第2の重合ライン(III)に連続的に供給した。
【0203】
重合開始剤:1,1’−アゾビス(シクロヘキサン―1―カルボニトリル) 2重量部
連鎖移動剤:オクチルメルカプタン 0.7重量部
溶媒:ジメチルスルホキシド 270重量部
第2の重合ライン(III)を循環させながら110℃の温度で熱処理し連続溶液重合を行った。第2の重合ライン(III)の滞留時間は3時間であった。なお、このときの循環比は10とした。
【0204】
該第2の重合ライン(II)内における反応溶液の粘度は17Pa・sであり、該第2の重合ライン(II)から送液された反応溶液を少量採取し評価したところ、含まれるポリアクリロニトリル系重合体のMwは46万、ポリマー濃度は17.2重量%、重合率は75.0%であり、損失正接tanδは5.0であった。この直後、第2の重合ライン(II)の温度が120℃を超えたため、反応暴走を避けるため、重合を停止した。
(比較例5)
一連の反応を10Lスケールで実施した。まず、アクリロニトリル100重量部、イタコン酸1重量部、およびジメチルスルホキシド130重量部を混合し、それを還流管と攪拌翼を備えた反応容器に入れた。反応容器内の空間部を酸素濃度が1000ppmまで窒素置換した後、重合開始剤としてAIBN0.002重量部を投入し、撹拌しながら下記の条件の熱処理を行った。
【0205】
(1)70℃の温度で2時間保持
(2)70℃から30℃へ降温(降温速度120℃/時間)
得られたポリアクリロニトリル系重合体であるA成分の重量平均分子量(Mw)は310万であり、ポリマー濃度は1.2重量%であった。次に、その反応容器中に、ジメチルスルホキシド240重量部、重合開始剤としてAIBN 0.4重量部、および連鎖移動剤としてオクチルメルカプタン0.1重量部を計量導入した後、さらに撹拌しながら下記の条件の熱処理を行った。
【0206】
(3)30℃から60℃へ昇温(昇温速度10℃/時間)
(4)60℃の温度で4時間保持
(5)60℃から80℃へ昇温(昇温速度10℃/時間)
(6)80℃の温度で6時間保持
得られたポリアクリロニトリル系重合体のMwは40万、Mz/Mwは3.8、ポリマー濃度は19.8重量%、重合率は90.8%であった。また、かかるポリアクリロニトリル系重合体のGPCデータを波形分離して求めたB成分のMwは30万であり、全ポリアクリロニトリル系重合体に対するA成分の重量分率は3.1%であった。
【0207】
本比較例のバッチ重合法で得られたポリアクリロニトリル系重合体溶液中のA成分のMwおよび含有量を10Lを1バッチとしてバッチ毎に平均し、合計10バッチ中のバラツキを評価したところ、CV値はそれぞれ1.4%CV/バッチ、2.1%CV/バッチと連続重合法と比較してバラツキが大きかった。
【0208】
実施例1と同様に製糸・焼成を行い、連続した炭素繊維を得た。得られた炭素繊維束のストランド物性を測定したところ、強度は4.5GPaであり、弾性率は300GPaであった。
【0209】
製糸工程および焼成工程ともに毛羽はそれほど多くなかったが、得られた前駆体繊維および炭素繊維の品位がやや悪かった。
【0210】
比較例1では、A成分の含有量が少なく、第2の重合工程における損失正接tanδが15より大きくなり、最終生成物のMz/Mwが2.1と低く、曳糸性を発現するポリマー溶液が得られなかった。
【0211】
比較例2では、製糸工程での毛羽が多かった。これは、先述したとおり第2の重合工程における損失正接tanδが2より小さかったため、壁面付近で反応溶液が滞留し、ゲル化などの異常が発生したためと推定される。実施例1〜5で示した通り、tanδを2〜15の範囲とすると、製糸工程における毛羽が少なく、品位の良好な炭素繊維前駆体繊維が得られた。
【0212】
また、比較例3に示したように、第2の重合工程における重合率が50%よりも低いと、最終生成物の重合率が十分に高くできなかった。第3の重合工程で用いる非循環ラインを延長することで重合率は高められるが、設備生産性が低下する。比較例4では逆に、第2の重合工程における重合率を高めすぎた結果、除熱能力不足となった。
【0213】
さらに、比較例5ではバッチ式の溶液重合により超高分子量成分を少量含むポリアクリロニトリル系重合体溶液を得たが、連続溶液重合と比較して、A成分の分子量および含有量のバラツキが大きかった。
【0214】
【表1】

【符号の説明】
【0215】
1 プランジャーポンプ
2,3,4,7,8,9,12,13,14 管状反応器
5,10,15 ギヤポンプ
6,11 サイドライン
I 第1の重合ライン
II 第1の送液ライン
III 第2の重合ライン
IV 第2の送液ライン
V 第3の重合ライン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶液重合によるポリアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法であって、
(a)アクリロニトリル、アクリロニトリルと共重合可能なモノマー、溶媒、連鎖移動剤、および重合開始剤を含む溶液を、30〜150℃で、連続溶液重合することにより、アクリロニトリル、アクリロニトリルと共重合可能なモノマーを重合させ、Mwが80万〜800万であるポリアクリロニトリル系重合体成分0.1〜10wt%、アクリロニトリル、アクリロニトリルと共重合可能なモノマー、溶媒、連鎖移動剤、および、重合開始剤を含む溶液を得る第1の重合工程と、
(b)第1の重合工程で得た溶液に重合開始剤および連鎖移動剤を追加し、かつ該溶液中のポリマー濃度が0.1〜2wt%、かつ、該ポリマー、アクリロニトリル、アクリロニトリルと共重合可能なモノマーの合計の濃度が18〜45wt%から外れる場合は、該溶液にアクリロニトリルを含む単量体および溶媒を追加して該範囲内となるように調整した後、第2の重合工程に送る第1の送液工程と、
(c)第1の送液工程から送られた溶液を静的混合用構造部を内部に有する循環ライン中で、30〜150℃で、重合率を50〜70%の範囲に、損失正接tanδを2〜15の範囲にそれぞれ制御しながら重合する第2の重合工程と、
(d)第2の重合工程で用いる循環ラインの分岐部から第3の重合工程に送液する第2の送液工程と、
(e)第2の送液工程から送られた溶液を静的混合用構造部を内部に有する非循環ラインを通過させながら、30〜150℃で、3〜20%/hrの重合速度で、重合率が80〜95%となるまで重合する第3の重合工程とを有し
Mwが10万〜80万、Mz/Mwが2.7〜10のポリアクリロニトリル系重合体の溶液を得るポリアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法。
【請求項2】
前記(c)第2の重合工程および前記(e)第3の重合工程の重合温度が40〜150℃で、かつ前記(a)第1の重合工程で用いるアクリロニトリル、アクリロニトリルと共重合可能なモノマー、および、溶媒のうち前記それぞれの重合工程での重合温度での飽和蒸気圧が最も高い物質が、前記それぞれの重合工程での重合温度において有する飽和蒸気圧以上にそれぞれの重合工程での圧力を設定して重合を行う請求項1記載のポリアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法。
【請求項3】
前記(c)第2の重合工程および前記(e)第3の重合工程の重合温度が90〜150℃である請求項2記載のポリアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法。
【請求項4】
前記(b)第1の送液工程が、前記(a)第1の重合工程で得た溶液に重合開始剤および連鎖移動剤を追加し、かつ該溶液中のポリマー濃度が0.1〜2wt%、かつ、該ポリマー、アクリロニトリル、アクリロニトリルと共重合可能なモノマーの合計の濃度が25〜45wt%から外れる場合は、該溶液にアクリロニトリルを含む単量体および溶媒を追加して該範囲内となるように調整した後、第2の重合工程に送るものである、請求項1〜3のいずれかに記載のポリアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法により得られたポリアクリロニトリル系重合体溶液を乾湿式紡糸することを特徴とする炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
【請求項6】
請求項5記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法により得られた炭素繊維前駆体繊維を、200〜300℃の温度の空気中において耐炎化処理した後、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化処理し、次いで1,000〜3,000℃の温度の不活性雰囲気中において炭化処理することを特徴とする炭素繊維の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−213772(P2011−213772A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−80703(P2010−80703)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】