説明

ポリアニリン半導体材料

【課題】製造に伴う廃棄物の処理が容易な新規なポリアニリン半導体材料およびその製造方法を提供する。
【解決手段】ポリアニリン誘導体にプロトンを注入して、ポリアニリン半導体材料を製造する。抵抗率が100Ωcm以下であるポリアニリン半導体材料が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアニリン半導体材料に関する。
【背景技術】
【0002】
ドーパントを有するポリアニリンからなる導電性ポリアニリン組成物は、安定な導電性高分子として注目を集めており、種々の分野において、有用であることが知られている。例えば、アルミニウム電解コンデンサやタンタル電解コンデンサの陰極材料として、ポリアニリン溶液を素子に含浸させた後、プロトン酸をドーピングすることによって、周波数特性に優れる電解コンデンサを得ることができることが知られている(特許文献1参照)。
【0003】
このほか、帯電防止材料、電磁波シールド材料、磁気記録媒体、フィルムコンデンサ、電池等、多くの分野においても、実用化され、又は実用化に向けての研究が進められている。
【0004】
このような導電性ポリアニリン組成物として、ポリアニリンを含む溶液にプロトン酸を加えて導電性ポリアニリンを製造する製造方法が知られている(特許文献2参照)。
【0005】
また、イミノ型のポリアニリンを含む安定な溶液状の有機重合体組成物を用いて、ポリアニリンを酸化すると共に、プロトン酸にてドーピングして、効率的に高導電性のポリアニリンフィルムを得る、導電性有機重合体の製造方法も知られている(特許文献3)。
【0006】
しかしながら、上述した従来技術においては、酸を含む廃液の処理が必須であるという点が問題となっていた。また、該従来技術においては、導電性フィルムの作成は容易であったが、その応用性の面における柔軟性に欠ける(例えば、フィルムに部分的に導電性を持たせること、ないしは、パターニングには利用できない)ところがあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平03−35516号公報
【特許文献2】特開平05−247204号公報
【特許文献3】特開2007−99867号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、上述した従来技術の欠点を解消することができる、ポリアニリン半導体材料およびその製造方法を提供することにある。
【0009】
本発明の他の目的は、製造に伴う廃棄物の処理が容易な新規なポリアニリン半導体材料およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は鋭意研究の結果、従来技術におけるように溶液系における反応を用いることなく、ポリアニリンに直接にプロトンを注入可能であることを見出した。
【0011】
本発明者は上記知見に基づき更に研究を進めた結果、このように直接プロトン注入したポリアニリンが、上記目的の達成のために極めて効果的なことを見出した。
【0012】
本発明のポリアニリン半導体材料は上記知見に基づくものであり、より具体的には、本発明のポリアニリン半導体材料は、抵抗率が100Ωcm以下であることを特徴とするものである。
【0013】
本発明によれば、更に、ポリアニリン誘導体にプロトンを注入して、ポリアニリン半導体材料を製造することを特徴とするポリアニリン半導体材料の製造法が提供される。
【0014】
上述した従来の技術においては、溶液系を用いる化学的手法による合成であったため、酸を含んだ廃液の処理が必須となっていた。これに対して、本発明においては、溶液系を用いる化学的手法を用いることなく、プロトンを(例えば、イオン加速器からのプロトンを注入することにより)、ポリアニリンに直接に導入している。
【0015】
この結果、本発明においては、化学的操作では必要であった廃液の処理などが不要になった。更には、本発明によれば、注入するイオンのエネルギーを制御することにより導電性を付与する深さ制御を行うことも可能となり、いわゆるマスキング技術等の部分加工および/又は微細加工への応用も可能となる。
【発明の効果】
【0016】
上述したように本発明によれば、化学的操作では必要であった廃液の処理などが不要になる。更には、注入するイオンのエネルギーを制御することにより、導電性を付与する深さ制御、ないしはマスキング技術等の部分加工および/又は微細加工への応用も可能となる。
【0017】
本発明の効果の一例を、下記の表1に示す。
【0018】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明において好適に使用可能な「イオン注入法」の利点を説明するための模式断面図である。
【図2】本発明の実施例で得られた、プロトン注入時のフルエンスによる、生成物の抵抗率の変化の一例を示すグラフである。
【図3】本発明の実施例で得られた、プロトン注入時のフルエンス率による、生成物の抵抗率の変化の一例を示すグラフである。
【図4】本発明の実施例で得られた、プロトン注入による、N−H結合の生成を示すIRチャートである。
【図5】本発明の実施例で使用した、抵抗率の測定方法(4端子法で抵抗R1、R2を測定)を説明するための平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ本発明を更に具体的に説明する。以下の記載において量比を表す「部」および「%」は、特に断らない限り質量基準とする。
【0021】
(ポリアニリン半導体材料)
【0022】
本発明のポリアニリン半導体材料は、その抵抗率が100Ωcm以下であることが特徴である。この抵抗率は、更には50Ωcm以下であることが好ましく、30Ωcm以下であることが特に好ましい。
【0023】
(抵抗率の測定法)
上記の抵抗率は、例えば、後述する「実施例」において用いる測定方法・測定条件により、好適に測定することができる。
【0024】
(N−H結合)
本発明のポリアニリン半導体材料においては、上記のプロトン注入によりN−H結合が生成する。このようなN−H結合の生成は、後述する「実施例」において用いるIR法(例えば、FT−IR法)により、好適に測定することができる。
【0025】
(ポリアニリン半導体材料の製造方法)
上記した特性を発揮可能である限り、本発明のポリアニリン半導体材料の製造方法は特に制限されない。プロトンドープによるエメラルジン塩生成が容易な点からは、プロトン注入すべき「原料」としてはポリアニリン誘導体を用いることが好ましい。
【0026】
(ポリアニリン誘導体)
本発明に使用可能なポリアニリン誘導体は特に制限されないが、酸化されている点からは、下記の特性を有するエメラルジン塩基または塩基性型ポリアニリンが好適に使用可能である。
【0027】
(a)330nm付近に、UV吸収のピークを有すること。
(b)色調が、ダークブルーであること。
【0028】
(好適なエメラルジン塩基または塩基性型ポリアニリンの例)
本発明に好適に使用可能なエメラルジン塩基または塩基性型ポリアニリンは、市販品であってもよく、また必要に応じて合成したものでも良い。好適な市販品の例としては、例えば、以下のものが列挙できる。
【0029】
アルドリッチ(Aldrich)社製、製品番号:556459、476706、556378、556386、530689等
【0030】
(プロトン注入)
上記した特性を発揮可能である限り、本発明のポリアニリン半導体材料を得るためのプロトン注入法は特に制限されない。イオン電流エネルギー制御が容易な点からは、イオン加速器を用いることが好ましい。
【0031】
(イオン加速器)
本発明に使用可能なイオン加速器は特に制限されないが、イオン電流の安定性の点からは、下記の特性を有するイオン加速器が好適に使用可能である。
【0032】
(a)電圧発生方式:コッククロフト・ワルトン回路
(b)加速方式:タンデム型静電加速
【0033】
(好適なイオン加速器の例)
本発明に好適に使用可能なイオン加速器は、市販品であってもよく、また必要に応じて製造したものでも良い。好適な市販品の例としては、例えば、以下のものが列挙できる。
【0034】
High Voltage Engineering Europa (HVEE)社製、HV−4117HC
【0035】
(好適なプロトン注入方法)
本発明者の実験によれば、プロトン注入に関して、以下のような傾向が見出された。
(1)イオン密度が高すぎると、原料の熱による炭化が起こり易くなる。この場合、生成物の抵抗率は小さくなるが、目的のプロトン付加は起き難く、したがって、N−H結合は生成し難い傾向がある。
【0036】
(2)原料が炭化しない程度のプロトン注入でも、イオン密度が低い方が、むしろ抵抗率は低くなる傾向が見られた。
【0037】
(3)種々実験の結果、イオン密度4×1010 ions/cm/s程度で、1×1015 ions/cm程度のプロトンを注入することにより、抵抗率が30 Ωcm程度まで減少することが見出された。
【0038】
(4)プロトンのエネルギーを、1.5MeV〜3.0MeVの範囲で変化させても、抵抗率に大きな影響はなかった。
【0039】
(5)シリコンイオン等の、プロトン以外の注入では、抵抗率の減少は見られなかった。
【0040】
(好適なプロトン注入密度/注入量)
本発明において、プロトン注入密度は、5×1011ions/cm/s以下が好ましく、4×1010〜10×1010ions/cm/s程度が更に好ましく、4×1010ions/cm/s程度が特に好ましい。
【0041】
本発明において、プロトン注入量は、1×1014ions/cm以上が好ましく、 2×1014〜10×1014ions/cm程度が更に好ましく、1×1015ions/cm程度が特に好ましい。
【0042】
(プロトン注入密度/注入量の測定方法)
上述したようなプロトン注入密度/注入量は、例えば、ファラデーカップを利用する方法で好適に測定することができる。このようなファラデーカップを利用するプロトン注入密度/注入量の測定方法に関しては、必要に応じて、例えば、文献(平尾 孝、三小田 真彬、 新田 恒治、 早川 茂 共著「イオン工学技術の基礎と応用」工業調査会 (1992年)、特に第69〜70頁)を参照することができる。
【0043】
(プロトン注入メカニズム等)
本発明者の推定による「プロトン注入メカニズム」を、下記の化学式(1)および化学式(2)に示す。これらの化学式に示したように、プロトン注入は、塩基性型ポリアニリンのニトリル部位との結合により行われるものと推定される。
【0044】
ポリアニリンの化学状態
【化1】

【0045】
ポリアニリンへのプロトン注入
【化2】

【0046】
(イオン注入法の利点)
本発明におけるイオン注入法の利点の一例を、図1の模式断面図に示す。
【0047】
図1に示したように、本発明におけるイオン注入法には、以下のような利点がある。
(1)化学処理が不要なので、環境にやさしい。
(2)イオンのエネルギーによって、注入層を制御可能である(化学処理では、このような制御は不可能である)。
【0048】
(3)マスキングが容易である(化学処理では、このようなマスキングは困難である)。
(4)導電性を持つ層や部位の制御が容易である。よって、本発明は、立体的な電子回路の作成などへの応用が可能である。
【0049】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明する。
【実施例】
【0050】
実施例1
厚さ1mm程度のペレット状ポリアニリン(エメラルジン塩基または塩基性型ポリアニリン)にイオン密度4×1010 ions/cm/s程度で1×1015 ions/cm程度のプロトンを注入することにより、未注入では10 Ωcm程度の抵抗率が30 Ωcm程度まで減少した(図2)。
【0051】
イオン密度が低いほど抵抗率は減少した(図3)。また、イミンの窒素にプロトンが付加していることを、赤外吸収スペクトルで確認した(図4)。
【0052】
(測定方法/条件)
1.ペレット状ポリアニリン試料の作成
(1)ポリアニリン(エメラルジン塩基または塩基性型ポリアニリン)の粉末0.1g程度を分取する。
(2)FT−IR用の錠剤作成器で、400〜500kgf/cm程度の圧力でペレット状試料を作成する。(直径:12mmの場合、厚さ:0.7〜0.8mm、密度:1.2g/cm程度)
【0053】
(イオン注入)
2.イオン加速器からのイオンを注入
イオン種:プロトン、シリコン(比較のため)
エネルギー:1.5MeV,3.0MeV(基本的には注入の深さを制御するためであるが、確認のため)
【0054】
(イオン密度)
(1)当初は、1×1013ions/cm/sとした。
(2)強いイオンビームをスキャンして、4×1011ions/cm/s程度に調整した。
【0055】
(3)イオン源の電流を落として、4×1010〜8×1011ions/cm/s程度に調整した。
(4)注入量:1×1014〜1×1016ions/cm程度
【0056】
(抵抗率の測定)
3.抵抗率の測定(図5)
(1)FT−IR用のプレスで錠剤状の試料を作成する。
(2)プロトン注入後、ペレットの表面に4本の導線をアラルダイド等の接着剤で固定する。
【0057】
(3)ペレットの側面に導線を銀ペーストで貼り付ける。
(4)デジタルボルトメーターを使用し四端子法で抵抗を2セット測定する(R1,R2)。
(ここで使用した抵抗率の測定・計算方法の詳細に関しては、必要に応じて、更に、文献Philips Research Reports, 13,1(1958)を参照することができる。)
(5)上記試料を粉砕して、FT−IRスペクトルを測定する。
【0058】
(抵抗率の計算)
(4)ファンデルポール法の計算式
ρ = f(πd/ln2)[(R1+R2)/2]
d:試料の厚さ,
f:R1/R2の関数 (Philips Research Reports, 13, 6 (1958)を参照)
【0059】
(N−H結合の生成の確認)
4.FT−IRによるN−H結合の生成の確認
(1)試料を粉砕する。
(2)KBrの粉末に(1)で粉砕した試料を少し入れ、よく混ぜる。
(3)錠剤作成器で、FT−IR測定用のKBr錠剤を作成する。
(4)FT−IRで400〜2000cm−1の吸収スペクトルを測定する。
【0060】
上記の実施例で得られた結果を、下記の表2に纏める。
【0061】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
抵抗率が100Ωcm以下であることを特徴とするポリアニリン半導体材料。
【請求項2】
前記抵抗率が抵抗率30Ωcm以下である請求項1に記載のポリアニリン半導体材料。
【請求項3】
ポリアニリン誘導体にプロトンを注入して、ポリアニリン半導体材料を製造することを特徴とするポリアニリン半導体材料の製造法。
【請求項4】
前記ポリアニリン誘導体が、エメラルジン塩基または塩基性型ポリアニリンである請求項3に記載のポリアニリン半導体材料の製造法。
【請求項5】
前記ポリアニリン誘導体へのプロトン注入の際のイオン密度が、4×1010 ions/cm/s程度である請求項3または4に記載のポリアニリン半導体材料の製造法。
【請求項6】
前記ポリアニリン誘導体に注入されるプロトンが、1×1015 ions/cm程度である請求項3〜5のいずれかに記載のポリアニリン半導体材料の製造法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−171383(P2011−171383A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−31649(P2010−31649)
【出願日】平成22年2月16日(2010.2.16)
【出願人】(506209422)地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター (134)
【Fターム(参考)】