説明

ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維

【課題】優れた熱伝導性と高い耐シェア性を併せ持つ熱伝導剤を、安全な手法で提供すること。
【解決手段】ピッチ系黒鉛化短繊維を、前駆体が水溶性であるポリアミドイミド樹脂で被覆したポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピッチ系黒鉛化短繊維の表面を、ポリアミドイミド樹脂で被覆することにより、優れた熱伝導性に加え、耐シェア性を付与したピッチ系黒鉛化短繊維に関わるものである。本発明の被覆ピッチ系黒鉛化短繊維と熱可塑性樹脂とから熱伝導性組成物が提供でき、電子機器、電子部品の放熱部材に好適に使用される。
【背景技術】
【0002】
高性能の炭素繊維はポリアクリロニトリル(PAN)を原料とするPAN系炭素繊維と、一連のピッチ類を原料とするピッチ系炭素繊維に分類できる。そして炭素繊維は強度・弾性率が通常の合成高分子に比較して著しく高いという特徴を利用し、航空・宇宙用途、建築・土木用途、産業用ロボット、スポーツ・レジャー用途など広く用いられている。また、PAN系炭素繊維は、主として、その強度を利用する分野に、そしてピッチ系炭素繊維は、弾性率を利用する分野に用いられることが多い。
【0003】
近年、省エネルギーに代表されるエネルギーの効率的使用方法が注目されている一方で、高速化されたCPUや電子回路のジュール熱による発熱が重篤な問題として認識されつつある。また、電子注入を発光原理とするエレクトロルミネッセンス素子においても同様に重篤な問題として顕在化している。一方、各種素子を形成するプロセスに目を向けると環境配慮型プロセスが求められており、その対策として鉛が添加されていない所謂鉛フリー半田への切り替えがなされている。鉛フリー半田は融点が通常の鉛含有半田に比較して高いため、プロセスの熱の効率的な使用が要求されている。そして、このような製品・プロセスが内包する熱に由来する問題を解決するためには、熱の効率的な処理(サーマルマネジメント)を達成する必要がある。
【0004】
一般に炭素繊維は、他の合成高分子に比較して熱伝導率が高いと言われているが、サーマルマネジメント用途に向けた、さらなる熱伝導の向上が検討されている。ところが、市販されているPAN系炭素繊維の熱伝導率は通常200W/(m・K)よりも小さい。これは、PAN系炭素繊維が所謂難黒鉛化炭素繊維であり、熱伝導を担う黒鉛性を高めることが非常に困難なことに由来している。これに対して、ピッチ系炭素繊維は易黒鉛化炭素繊維と呼ばれ、PAN系炭素繊維に比べて、黒鉛性を高くすることができるため、高熱伝導率を達成しやすいと認識されている。よって、効率的に熱伝導性を発現できる形状にまで配慮がなされた高熱伝導性フィラーにできる可能性がある。
【0005】
次にサーマルマネジメントに用いる成形体の特徴について考察する。一般的にピッチ系黒鉛化短繊維とマトリクスを混練して熱伝導性組成物を得る場合、混練機を用いることが多いが、混練によるシェアでピッチ系黒鉛化短繊維が破砕し、アスペクト比が低下し、その結果、熱伝導性組成物の熱伝導性が低下する傾向にある。
【0006】
ピッチ系黒鉛化短繊維の耐シェア性を向上させるのに、ピッチ系黒鉛化短繊維を樹脂等で被覆するし、ピッチ系黒鉛化短繊維に直接シェアがかかるのを抑制する手法がある。特許文献1には、炭素繊維をシリコーン樹脂で被覆する手法が提案されている。しかし、シリコーン樹脂は炭素繊維との接合力が小さく、混練の際に被覆が剥離してしまう。特許文献2には、カーボンブラックをポリイミド樹脂で被覆する手法が提案されている。ポリイミドとカーボンの接合力は強いため剥離の懸念は無いが、ポリイミド前駆体の溶媒としてN−メチル−2−ピロリドン(NMP)を使用している。NMPは沸点が非常に高く、効率的な被覆を実施するのに適しているとは言いがたい。特許文献3は、本発明者らによる樹脂でコートすることにより絶縁化したピッチ系黒鉛化短繊維に関する発明であり、含浸・ろ過法、スプレードライ法を用いて耐熱性樹脂を被覆する手法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平05−235217号公報
【特許文献2】特開2005−231934号公報
【特許文献3】WO2011/013840号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献3に挙げたスプレードライ法は、均一な表面を得るために好ましい手法であるが、安全性を考慮すると水を用いるのが好ましい。特許文献3に具体的に開示している手法は、有機溶媒を用いる方法ならびに、溶媒として水を用いて二酸化ケイ素をピッチ系黒鉛化短繊維に被覆する方法である。水を用いて二酸化ケイ素をピッチ系黒鉛化短繊維に被覆する方法では、二酸化ケイ素は炭素繊維との接合力が小さいため、熱可塑性樹脂との組成物を得る際の混練において皮膜が剥離してしまう傾向があり、耐シェア性については課題が残されていた。本発明の目的は、マトリックス中でのネットワーク形成能に優れ、高い熱伝導性と耐シェア性を併せ持つ被覆ピッチ系黒鉛化短繊維を提供することにある。また本発明の目的は被覆ピッチ系黒鉛化短繊維とマトリクス成分、なかでも熱可塑性樹脂とからなる熱伝導性組成物、さらにそれからの成形体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、高い熱伝導性を示し、かつ混練に対して剥離することの無い、耐シェア性を示す被覆ピッチ系黒鉛化短繊維を、安全に得ようと鋭意検討を重ねた結果、熱伝導性に優れるピッチ系黒鉛化短繊維を核とし、ポリアミドイミド樹脂で被覆することにより、高い熱伝導性と耐シェア性を併せ持つ熱伝導剤を効率的に得ることが可能であることを見出し、本発明に到達した。
本発明は、ピッチ系黒鉛化短繊維を、前駆体が水溶性であるポリアミドイミド樹脂で被覆したポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維である。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、高い熱伝導性と耐シェア性を併せ持つポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維を安全に提供でき、これより熱可塑性樹脂をマトリクスとし優れた熱伝導性を有する組成物、およびそれからの成形体を得ることができる。これより高い放熱特性が要求される電子機器、電子基盤等への応用が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明の実施の形態について順次説明する。
本発明は、ピッチ系黒鉛化短繊維を、前駆体が水溶性であるポリアミドイミド樹脂で被覆したポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維である。混練時の耐シェア性を向上させる目的では、ピッチ系黒鉛化短繊維の表面はほぼ完全に樹脂層で覆われていることが好ましい。
【0012】
ピッチ系黒鉛化短繊維は混練機での混練の際、混練のシェアでピッチ系黒鉛化短繊維は破砕され繊維長が短くなり、得られた熱伝導性組成物の熱伝導率が低下する傾向にある。ピッチ系黒鉛化短繊維一本一本を樹脂でコートすることで、ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の繊維径が太くなり、またシェアを樹脂が受けることで、混練によるピッチ系黒鉛化短繊維にかかるダメージを抑制することができる。しかし、多くの樹脂はピッチ系黒鉛化短繊維に対する親和性が低いため、混練によるシェアで容易に被覆が剥離してしまう。また、熱可塑性樹脂と混練する場合、多くは200℃以上の高温下で実施するため、被覆樹脂に耐熱性も求められる。
【0013】
ピッチ系黒鉛化短繊維との親和性や耐熱性を満足させる樹脂として、ポリイミド樹脂、芳香族ポリアミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、エポキシ樹脂等が挙げられる。これらはいずれも、樹脂前駆体もしくは樹脂を溶剤に溶解させることができる。中でも、ポリアミドイミド樹脂の前駆体の一部は水溶性であるため、前駆体溶液の溶媒として水を使用することができ、被覆手法として噴霧法を用いることができる。噴霧法は、樹脂前駆体もしくは樹脂溶液中にピッチ系黒鉛化短繊維を分散させ、これを噴霧させ瞬間的に乾燥する手法である。この手法を用いると、溶媒の表面張力による凝集を回避することが可能となり、ピッチ系黒鉛化短繊維を均一に被覆することができる。また、他の有機溶媒と異なり、溶媒に水を用いると燃焼や爆発の危険性がないため、安全にポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維を得ることができる。噴霧法として具体的な方法に、スプレードライ法、フラッシュ法などがある。ポリイミド樹脂、芳香族ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂はいずれも、NMPなど高い沸点を持つ溶媒を使用する必要があり、噴霧法を用いるのが困難である。
【0014】
ポリアミドイミド樹脂として特に限定は無いが、前駆体が水溶性であることが必要である。水溶性とは25℃で溶解度が2g/100g水以上であることをいう。
ポリアミドイミド樹脂をピッチ系黒鉛化短繊維に被覆する方法としては、具体的にはトリメリット酸またはその無水物とジアミンからなるポリアミック酸の段階で水に溶解させ、ここにピッチ系黒鉛化短繊維を分散させる。この分散液を用い、噴霧法によりポリアミドイミド樹脂前駆体をコーティングした後、加熱・触媒によるアミドイミド化して得る。このポリアミック酸を構成する分子により、ポリアミドイミドの特性が決まる。
なお、トリメリット酸の一部を多価芳香族カルボン酸と置き換えても構わない。ジアミンとして特に限定は無いが、芳香族ジアミン、脂肪族ジアミン、脂環式ジアミンが挙げられる。
【0015】
芳香族ジアミンとしては、 m−フェニレンジアミン、p−フェニレンジアミン、オキシジアニリン、メチレンジアミン、ヘキサフルオロイソプロピリデンジアミン、ジアミノ−m−キシリレン、ジアミノ−p−キシリレン、1,4−ナフタレンジアミン、1,5−ナフタレンジアミン、2,6−ナフタレンジアミン、2,7−ナフタレンジアミン、2,2’−ビス−(4−アミノフェニル)プロパン、2,2’−ビス−(4−アミノフェニル)へキサフルオロプロパン、4,4’−ジアミノジフェニルスルホン、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、3,3’−ジアミノジフェニルスルホン、3,3’−ジアミノジフェニルエーテル、3,4−ジアミノビフェニル、4,4’−ジアミノベンゾフェノン、3,4−ジアミノジフェニルエーテル、イソプロピリデンジアニリン、3,3’−ジアミノベンゾフェノン、o−トリジン、2,4−トリレンジアミン、1,3−ビス−(3−アミノフェノキシ)ベンゼン、1,4−ビス−(4−アミノフェノキシ)ベンゼン、1,3−ビス−(4−アミノフェノキシ)ベンゼン、2,2−ビス−[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]プロパン、ビス−[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]スルホン、ビス−[4−(3−アミノフェノキシ)フェニル]スルホン、4,4’−ビス−(4−アミノフェノキシ)ビフェニル、2,2’−ビス−[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]へキサフルオロプロパン、4,4’−ジアミノジフェニルスルフィド、3,3’−ジアミノジフェニルスルフィドなどが挙げられる。
脂肪族ジアミンとしては、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、テトラメチレンジアミン、へキサメチレンジアミンなどが挙げられる。
脂環族ジアミンとしては、イソホロンジアミン、4,4’−ジアミノシクロヘキシルメタンなどが挙げられる。
【0016】
本発明のポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維は、該ピッチ系黒鉛化短繊維100重量部に対し、被覆したポリアミドイミド樹脂の存在が0.5〜10重量部であることが好ましい。ポリアミドイミド樹脂の存在が0.5重量部以下だと、ピッチ系黒鉛化短繊維に対する被覆量が足りず、耐シェア性が期待できない。逆にポリアミドイミド樹脂の存在が15重量部以上だと、ピッチ系黒鉛化短繊維をコートする樹脂が多すぎて、熱伝導性組成物に高い熱伝導性を付与するのが困難になる。好ましくは0.5〜5重量部である。
【0017】
本発明におけるポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維は、充填させたときの成形性や熱伝導性の発現等の観点から、特定の形状のポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維を用いることが好ましい。
【0018】
本発明におけるポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維は、光学顕微鏡で観測した平均繊維径が2〜20μmであることが好ましい。平均繊維径が2μmを下回る場合、マトリクスと混練する際に当該短繊維の本数が多くなり、マトリクス/短繊維混合物の粘度が高くなり、成形が困難になることがある。逆に平均繊維径が20μmを超えると、マトリクスと複合する際に短繊維の本数が少なくなるため、当該短繊維同士が接触しにくくなり、複合材とした時に効果的な熱伝導を発揮しにくくなることがある。平均繊維径の好ましい範囲は5〜15μmであり、より好ましくは7〜13μmである。平均繊維径の制御方法としては特に限定は無いが、ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の原料となるピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維径を制御しておくことが好ましい。
【0019】
本発明におけるポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維は、光学顕微鏡で観測したポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維における繊維径分散の平均繊維径に対する百分率(CV値)は3〜15%であることが好ましい。CV値は繊維径のバラツキの指標であり、小さい程、工程安定性が高く、製品のバラツキが小さいことを意味している。CV値が3%より小さい時、繊維径が極めて揃っているため、ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の間隙に入るサイズの小さな短繊維の量が少なくなり、ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維をより密に充填するのが困難になり、結果として高性能の熱伝導性組成物を得にくい傾向がある。逆にCV値が15%より大きい場合、マトリクスと複合する際に、分散性が悪くなり、均一な性能を有する熱伝導性組成物を得ることが困難な傾向がある。CV値は好ましくは、5〜13%である。CV値を制御する手法として特に限定は無いが、具体的手法としてポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の原料となるピッチ系黒鉛化短繊維のCV値を制御することがある。
【0020】
ピッチ系黒鉛化短繊維は、一般的には平均繊維長1mm未満からなるミルドファイバーと平均繊維長1mm以上10mm未満からなるカットファイバーの2種類がある。ミルドファイバーの外観は粉状のため分散性に優れ、カットファイバーの外観は繊維状に近いため、繊維同士の接触が得られやすい特徴がある。
【0021】
本発明におけるポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維はミルドファイバーに該当し、その平均繊維長は、20〜500μmであることが好ましい。ここで、平均繊維長は個数平均繊維長とし、光学顕微鏡下で測長器を用い、複数の視野において所定本数を測定し、その平均値から求めることができる。平均繊維長が20μmより小さい場合、短繊維同士が接触しにくくなり、効果的な熱伝導が期待しにくくなる。逆に平均繊維長が500μmより大きくなる場合、マトリクスと混合する際にマトリクス/短繊維混合物の粘度が高くなり、成形性が低くなる傾向にある。より好ましくは、20〜300μmの範囲である。この様なポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維を得る手法として特に制限はないが、ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の原料となるピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維業を制御することによって達成できる。
【0022】
本発明のポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維は走査型電子顕微鏡での側面の観察表面が実質的に平滑であることが好ましい。ここで、実質的に平滑であるとは、ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化表面に絶縁層の欠陥を有しないこと、フィブリル構造のような激しい凹凸を持たないことを意味する。ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の表面に、被覆の欠陥を有する場合には、ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維にシェアがかかった際、欠陥を起点にポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の破砕が発生し、耐シェア性を達成したとは言いがたい。また、激しい凹凸が存在する場合には、被覆の薄い部分と厚い部分があることを意味し、被覆の薄い部分はマトリクス樹脂との混練に際し、欠陥を誘発しやすい。具体的には、走査型電子顕微鏡において800〜1000倍で観察した像での観察視野に、欠陥及び凹凸の合計が10箇所以下であることとする。
【0023】
ポリアミドイミド樹脂はピッチ系黒鉛化短繊維表面に均一に被覆されていることが好ましい。均一に被覆されていることは、BET比表面積(B)を測定し、理論比表面積(A)に対する割合(B/A)を求めることより確認できる。本発明のポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化炭素繊維は、理論比表面積(A)に対するBET比表面積(B)の割合(B/A)が15以下であることが好ましい。理論比表面積は、ピッチ系黒鉛化短繊維が円柱状と仮定し、ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維径、平均繊維長から計算することができる。BET比表面積はガス吸着法から求める比表面積の求め方で、比表面積の代表的な求め方である。BET比表面積はカンタクローム社製オートソーブやユアサイオニクス社製NOVAで測定することができる。
【0024】
本発明のポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維は、理論比表面積(A)に対するBET比表面積(B)の割合(B/A)が、15を上回る場合は、ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の表面が平滑でなく、比表面積が大きいこと、もしくは繊維長分布が広いこと、もしくは黒鉛化が不十分であることを意味し、マトリクスと混合した時に粘度の上昇につながる。
【0025】
本発明におけるピッチ系黒鉛化短繊維は、ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維に求められる物性を満足させるという観点から、特定の形状のピッチ系黒鉛化短繊維を用いることが好ましい。
【0026】
本発明におけるピッチ系黒鉛化短繊維は、光学顕微鏡で観測した平均繊維径が2〜20μmであることが好ましい。平均繊維径が2μmを下回る場合、樹脂と複合する際に当該短繊維の本数が多くなるため、マトリクス/短繊維混合物の粘度が高くなり、成形が困難になることがある。逆に平均繊維径が20μmを超えると、マトリクスと複合する際に短繊維の本数が少なくなるため、当該短繊維同士が接触しにくくなり、熱伝導性組成物とした時に効果的な熱伝導を発揮しにくくなることがある。平均繊維径の好ましい範囲は5〜15μmであり、より好ましくは7〜13μmである。
【0027】
本発明におけるピッチ系黒鉛化短繊維は、光学顕微鏡で観測したピッチ系黒鉛化短繊維における繊維径分散の平均繊維径に対する百分率(CV値)は3〜15%が好ましい。CV値は繊維径のバラツキの指標であり、小さい程、工程安定性が高く、製品のバラツキが小さいことを意味している。CV値が3%より小さい時、繊維径が極めて揃っているため、ピッチ系黒鉛化短繊維の間隙に入るサイズの小さな短繊維の量が少なくなり、ピッチ系黒鉛化短繊維をより密に充填するのが困難になり、結果として高性能の熱伝導性組成物を得にくくなることがある。逆にCV値が15%より大きい場合、樹脂と複合する際に、分散性が悪くなり、均一な性能を有する熱伝導性組成物を得ることが困難になることがある。CV値は好ましくは、5〜13%である。CV値は、紡糸時の溶融メソフェーズピッチの粘度を調節すること、具体的には、メルトブロー法にて紡糸する際は、紡糸時のノズル孔での溶融粘度を5.0〜25.0Pa・Sに調整することで実現できる。
【0028】
ピッチ系黒鉛化短繊維は、一般的には平均繊維長1mm未満からなるミルドファイバーと平均繊維長1mm以上10mm未満からなるカットファイバーの2種類がある。ミルドファイバーの外観は粉状のため分散性に優れ、カットファイバーの外観は繊維状に近いため、繊維同士の接触が得られやすい特徴がある。
【0029】
本発明におけるピッチ系黒鉛化短繊維はミルドファイバーに該当し、その平均繊維長は、20〜500μmであることが好ましい。ここで、平均繊維長は個数平均繊維長とし、光学顕微鏡下で測長器を用い、複数の視野において所定本数を測定し、その平均値から求めることができる。平均繊維長が20μmより小さい場合、当該短繊維同士が接触しにくくなり、熱伝導性組成物における効果的な熱伝導が期待しにくくなる。逆に500μmより大きくなる場合、マトリクスと混合する際にマトリクス/短繊維混合物の粘度が高くなり、成形性が低くなる傾向にある。より好ましくは、20〜300μmの範囲である。この様なピッチ系黒鉛化短繊維を得る手法として特に制限はないがミリングの条件、すなわちカッター等で粉砕する際の、カッターの回転速度、ボールミルの回転数、ジェットミルの気流速度、クラッシャーの衝突回数、ミリング装置中の滞留時間を調節することにより平均繊維長を制御することができる。また、ミリング後のピッチ系炭素短繊維から、篩等の分級操作を行って、短い繊維長または、長い繊維長のピッチ系炭素短繊維を除去することにより調整することができる。
【0030】
本発明におけるピッチ系黒鉛化短繊維は、黒鉛結晶からなり、六角網面の成長方向に由来する結晶子サイズが30nm以上であることが好ましい。結晶子サイズは六角網面の成長方向のいずれも、黒鉛化度に対応するものであり、熱物性を発現するためには、一定サイズ以上が必要である。六角網面の成長方向の結晶子サイズは、X線回折法で求めることができる。測定手法は集中法とし、解析手法としては学振法が好適に用いられる。六角網面の成長方向の結晶子サイズは、(110)面からの回折線を用いて求めることができる。結晶子サイズを大きくする手法として特に限定はないが、黒鉛化温度を高くするなどの手法が挙げられる。
【0031】
本発明におけるピッチ系黒鉛化短繊維は、透過型電子顕微鏡による繊維末端観察において、グラフェンシートの端面が閉じていることが好ましい。グラフェンシートの端面が閉じている場合、余分な官能基の発生や、形状に起因する電子の局在化が起こり難い。このため、ピッチ系黒鉛化短繊維に活性点が生じず、樹脂でコートする際に、触媒活性点の低下による硬化不良の抑制が可能となる。また、水などの吸着も低減でき、例えばポリエステルのような加水分解を伴う樹脂との混練においても、著しい湿熱耐久性能向上をもたらすことが出来る。50万〜400万倍に拡大した透過型電子顕微鏡による視野範囲で、グラフェンシートの端面は80%閉じていることが好ましい。80%以下であると余分な官能基の発生や、形状に起因する電子の局在化を引き起こし、他材料との反応を促進する可能性があるため好ましくない。グラフェンシート端面の閉鎖率は90%以上が好ましく、更には95%以上が更に好ましい。
【0032】
グラフェンシート端面構造は、黒鉛化の前に粉砕を実施するか、黒鉛化の後に粉砕を実施するかにより、大きく異なる。すなわち、黒鉛化後に粉砕処理を行った場合、黒鉛化で成長したグラフェンシートが切断破断され、グラフェンシート端面が開いた状態になり易い。一方、黒鉛化前に粉砕処理を行った場合、黒鉛の成長過程でグラフェンシート端面がU字上に湾曲し、湾曲部分がピッチ系黒鉛化短繊維端部に露出した構造になり易い。このため、グラフェンシート端面閉鎖率が80%を超えるようなピッチ系黒鉛化短繊維を得るためには、粉砕を行った後に黒鉛化処理することが好ましい。
【0033】
本発明におけるピッチ系黒鉛化短繊維は走査型電子顕微鏡での側面の観察表面が実質的に平坦であることが好ましい。ここで、実質的に平坦であるとは、フィブリル構造のような激しい凹凸をピッチ系黒鉛化短繊維に有しないことを意味する。ピッチ系黒鉛化短繊維の表面に激しい凹凸のような欠陥が存在する場合には、それに対応してポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の表面にも凹凸が発生する様になる。よって、表面凹凸のような欠陥はできるだけ小さい状態が望ましい。より具体的には、走査型電子顕微鏡において1000倍で観察した像での観察視野に、凹凸のような欠陥が10箇所以下であることとする。この様なピッチ系黒鉛化短繊維を得る手法としては、ミリングを行った後に黒鉛化処理を実施することによって、好ましく得ることができる。
【0034】
以下本発明で用いられるピッチ系炭素短繊維の好ましい製造法について述べる。
本発明で用いられるピッチ系炭素短繊維の原料としては、例えば、ナフタレンやフェナントレンといった縮合多環炭化水素化合物、石油系ピッチや石炭系ピッチといった縮合複素環化合物等が挙げられる。その中でもナフタレンやフェナントレンといった縮合多環炭化水素化合物が好ましく、特にメソフェーズピッチが好ましい。メソフェーズピッチのメソフェーズ率としては少なくとも90%以上、より好ましくは95%以上、更に好ましくは99%以上である。なお、メソフェーズピッチのメソフェーズ率は、溶融状態にあるピッチを偏光顕微鏡で観察することで確認出来る。
【0035】
更に、原料ピッチの軟化点としては、230℃以上340℃以下が好ましい。不融化処理は、軟化点よりも低温で処理する必要がある。このため、軟化点が230℃より低いと、少なくとも軟化点未満の低い温度で不融化処理する必要があり、結果として不融化に長時間を要するため好ましくない。一方、軟化点が340℃を超えると、紡糸に340℃を超える高温が必要となり、ピッチの熱分解を引き起こし、発生したガスで糸に気泡が発生するなどの問題を生じるため好ましくない。軟化点のより好ましい範囲は250℃以上320℃以下、更に好ましくは260℃以上310℃以下である。なお、原料ピッチの軟化点はメトラー法により求めることが出来る。原料ピッチは、二種以上を適宜組み合わせて用いてもよい。組み合わせる原料ピッチのメソフェーズ率は少なくとも90%以上であり、軟化点が230℃以上340℃以下であることが好ましい。
メソフェーズピッチは溶融法により紡糸され、その後不融化、炭化、粉砕、黒鉛化によってピッチ系黒鉛化短繊維となる。場合によっては、粉砕の後、分級工程を入れることもある。
【0036】
以下各工程の好ましい態様について説明する。
紡糸方法には、特に制限はないが、所謂溶融紡糸法を適応することができる。具体的には、口金から吐出したメソフェーズピッチをワインダーで引き取る通常の紡糸延伸法、熱風をアトマイジング源として用いるメルトブロー法、遠心力を利用してメソフェーズピッチを引き取る遠心紡糸法などが挙げられる。中でもピッチ系炭素繊維前駆体の形態の制御、生産性の高さなどの理由からメルトブロー法を用いることが望ましい。このため以下本発明におけるピッチ系黒鉛化短繊維の製造方法に関してはメルトブロー法について記載する。
【0037】
ピッチ系炭素繊維前駆体を形成する紡糸ノズルの形状はどのようなものであっても良い。通常真円状のものが使用されるが、適時楕円などの異型形状のノズルを用いても何ら問題ない。ノズル孔の長さ(LN)と孔径(DN)の比(LN/DN)としては、2〜20の範囲が好ましい。LN/DNが20を超えると、ノズルを通過するメソフェーズピッチに強いせん断力が付与され、繊維断面にラジアル構造が発現する。ラジアル構造の発現は、黒鉛化の過程で繊維断面に割れを生じさせることがあり、機械特性の低下を引き起こすことがあるため好ましくない。一方、LN/DNが2未満では、原料ピッチにせん断を付与することが出来ず、結果として黒鉛の配向が低いピッチ系炭素繊維前駆体となる。このため、黒鉛化しても黒鉛化度を十分に上げることが出来ず、熱伝導性を向上させ難く好ましくない。機械強度と熱伝導性の両立を達成するには、メソフェーズピッチに適度のせん断を付与する必要がある。このため、ノズル孔の長さ(LN)と孔径(DN)の比(LN/DN)は2〜20の範囲が好ましく、更には3〜12の範囲が特に好ましい。
【0038】
紡糸時のノズルの温度、メソフェーズピッチがノズルを通過する際のせん断速度、ノズルからブローされる風量、風の温度等についても特に制約はなく、安定した紡糸状態が維持できる条件、即ち、メソフェーズピッチのノズル孔での溶融粘度が1〜100Pa・sの範囲にあれば良い。
【0039】
ノズルを通過するメソフェーズピッチの溶融粘度が1Pa・s未満の場合、溶融粘度が低すぎて糸形状を維持することが出来ず好ましくない。一方、メソフェーズピッチの溶融粘度が100Pa・sを超える場合、メソフェーズピッチに強いせん断力が付与され、繊維断面にラジアル構造を形成するため好ましくない。メソフェーズピッチに付与するせん断力を適切な範囲にせしめ、かつ繊維形状を維持するためには、ノズルを通過するメソフェーズピッチの溶融粘度を制御する必要がある。このため、メソフェーズピッチの溶融粘度を1〜100Pa・sの範囲にするのが好ましく、更には3〜30Pa・sの範囲にすることが好ましく、5〜25Pa・sの範囲にすることが更に好ましい。
【0040】
本発明で用いられるピッチ系黒鉛化短繊維は、平均繊維径(D1)が2〜20μm以下であることが好ましいが、ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維径の制御は、ノズルの孔径を変更する、あるいはノズルからの原料ピッチの吐出量を変更する、あるいはドラフト比を変更することで調整可能である。ドラフト比の変更は、100〜400℃に加温された毎分100〜20000mの線速度のガスを細化点近傍に吹き付けることによって達成することができる。吹き付けるガスに特に制限は無いが、コストパフォーマンスと安全性の面から空気が望ましい。
【0041】
ピッチ系炭素繊維前駆体は、金網等のベルトに捕集されピッチ系炭素繊維前駆体ウェブとなる。その際、ベルト搬送速度により任意の目付量に調整できるが、必要に応じ、クロスラップ等の方法により積層させてもよい。ピッチ系炭素繊維前駆体ウェブの目付量は生産性及び工程安定性を考慮して、150〜1000g/mが好ましい。
【0042】
このようにして得られたピッチ系炭素繊維前駆体ウェブは、公知の方法で不融化処理し、ピッチ系不融化繊維ウェブにする。不融化は、空気、或いはオゾン、二酸化窒素、窒素、酸素、ヨウ素、臭素を空気に添加したガスを用いた酸化性雰囲気下で実施できるが、安全性、利便性を考慮すると空気中で実施することが望ましい。また、バッチ処理、連続処理のどちらでも処理可能であるが、生産性を考慮すると連続処理が望ましい。不融化処理は150〜350℃の温度で、一定時間の熱処理を付与することで達成される。より好ましい温度範囲は、160〜340℃である。昇温速度は1〜10℃/分が好適に用いられ、連続処理の場合は任意の温度に設定した複数の反応室を順次通過させることで、上記昇温速度を達成できる。昇温速度のより好ましい範囲は、生産性及び工程安定性を考慮して、3〜9℃/分である。
【0043】
ピッチ系不融化繊維ウェブは、600〜2000℃の温度で、真空中、或いは窒素、アルゴン、クリプトン等の不活性ガスを用いた非酸化性雰囲気中で炭化処理され、ピッチ系炭素繊維ウェブになる。炭化処理は、コスト面を考慮して、常圧かつ窒素雰囲気下での処理が望ましい。また、バッチ処理、連続処理のどちらでも処理可能であるが、生産性を考慮すれば連続処理が望ましい。
【0044】
炭化処理されたピッチ系炭素繊維ウェブは、所望の繊維長にするために、切断、破砕・粉砕等の処理が実施される。また、場合によっては、分級処理が実施される。処理方式は所望の繊維長に応じて選定されるが、切断にはギロチン式、1軸、2軸及び多軸回転式等のカッターが好適に使用され、破砕、粉砕には衝撃作用を利用したハンマ式、ピン式、ボール式、ビーズ式及びロッド式、粒子同士の衝突を利用した高速回転式、圧縮・引裂き作用を利用したロール式、コーン式及びスクリュー式等の破砕機・粉砕機等が好適に使用される。所望の繊維長を得るために、切断と破砕・粉砕を多種複数機で構成してもよい。処理雰囲気は湿式、乾式のどちらでもよい。分級処理には、振動篩い式、遠心分離式、慣性力式、濾過式等の分級装置等が好適に使用される。所望の繊維長は、機種選定のみならず、ロータ・回転刃等の回転数、供給量、刃間クリアランス、系内滞留時間等を制御することによっても得ることができる。また、分級処理を用いる場合には、所望の繊維長は篩い網孔径等を調整することによっても得ることができる。
【0045】
上記の切断、破砕・粉砕処理、場合によっては分級処理を併用して作成したピッチ系炭素短繊維は、2000〜3500℃に加熱し黒鉛化して最終的なピッチ系黒鉛化短繊維とする。黒鉛化は、アチソン炉、電気炉等にて実施され、真空中、或いは窒素、アルゴン、クリプトン等の不活性ガスを用いた非酸化性雰囲気下等で実施される。
【0046】
本発明においてピッチ系黒鉛化短繊維は、絶縁用樹脂との親和性をより高め、絶縁性を確保することを目的として、表面処理をしても良い。表面処理の方法として特に限定は無いが、具体的には、電着処理、めっき処理、オゾン処理、プラズマ処理、酸処理などが挙げられる。
【0047】
本発明のポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維は、マトリクスと複合してコンパウンド、シート、グリース、接着剤等の成形材料や熱伝導性成形体を得ることができる。この際、ポリアミドイミド被覆ピッチ系炭素短繊維は、マトリクス100重量部に対して3〜300重量部を添加させる。3重量部より少ない添加量では、熱伝導性を十分に確保することが難しい。一方、300重量部より多いポリアミドイミド被覆ピッチ系炭素短繊維のマトリクスへの添加は困難であることが多い。より好ましくはマトリクス100重量部に対して20〜100重量部である。
【0048】
混練時の耐シェア性に優れるといった本発明の効果を発揮する観点で、マトリクスは熱可塑性樹脂であることが好ましい。複合成形体に所望の物性を発現させるために熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂を適宜混合して用いることもできる。
【0049】
マトリクスに用いることができる熱可塑性樹脂としてポリオレフィン類及びその共重合体(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリメチルペンテン、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリ酢酸ビニル、ポリビニルアルコール、エチレン−酢酸ビニル共重合体、エチレン−プロピレン共重合体等のエチレン−α−オレフィン共重合体など)、ポリメタクリル酸類及びその共重合体(ポリメタクリル酸メチル等のポリメタクリル酸エステルなど)、ポリアクリル酸類及びその共重合体、ポリアセタール類及びその共重合体、フッ素樹脂類及びその共重合体(ポリフッ化ビニリデン、ポリテトラフルオロエチレン等)、ポリエステル類及びその共重合体(ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレン2,6ナフタレート、液晶性ポリマーなど)、ポリスチレン類及びその共重合体(スチレン−アクリロニトリル共重合体、ABS樹脂など)、ポリアクリロニトリル類及びその共重合体、ポリフェニレンエーテル(PPE)類及びその共重合体(変性PPE樹脂なども含む)、脂肪族ポリアミド類及びその共重合体、ポリカーボネート類及びその共重合体、ポリフェニレンスルフィド類及びその共重合体、ポリサルホン類及びその共重合体、ポリエーテルサルホン類及びその共重合体、ポリエーテルニトリル類及びその共重合体、ポリエーテルケトン類及びその共重合体、ポリエーテルエーテルケトン類及びその共重合体、ポリケトン類及びその共重合体、エラストマー、液晶性ポリマー等が挙げられる。これらから一種を単独で用いても、二種以上を適宜組み合わせて用いても良い。
【0050】
本発明の組成物は、ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維とマトリクスとを混合して作製するが、混合の際には、ニーダー、各種ミキサー、ブレンダー、押出機、自公転式の撹拌機などの混合装置又は混練装置が好適に用いられる。
【0051】
本発明の熱伝導性組成物の熱伝導率をより高めるために、ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維以外のフィラーを必要に応じて添加してもよい。具体的には、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、酸化ケイ素、酸化亜鉛、などの金属酸化物、水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウムなどの金属水酸化物、窒化ホウ素、窒化アルミニウムなどの金属窒化物、酸化窒化アルミニウムなどの金属酸窒化物、炭化珪素などの金属炭化物、ダイヤモンドなどの炭素材料などが挙げられる。これらを機能に応じて適宜添加してもよい。また、2種類以上併用することも可能である。ただ、上記化合物は、密度がピッチ系黒鉛化短繊維より大きなものが多く、軽量化を目的とするときには、添加量や添加比率に気を配る必要がある。
【0052】
さらに、成形性、機械物性などのその他特性をより高めるために、ガラス繊維、チタン酸カリウムウィスカ、酸化亜鉛ウィスカ、硼化アルミニウムウィスカ、窒化ホウ素ウィスカ、アラミド繊維、アルミナ繊維、炭化珪素繊維、アスベスト繊維、石膏繊維、などの繊維状フィラーを必要な機能に応じて適宜添加してもよい。これらを2種類以上併用することも可能である。ワラステナイト、ゼオライト、セリサイト、カオリン、マイカ、クレー、パイロフィライト、ベントナイト、アスベスト、タルク、アルミナシリケートなどの珪酸塩、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、ドロマイトなどの炭酸塩、硫酸カルシウム、硫酸バリウムなどの硫酸塩、ガラスビーズ、ガラスフレーク及びセラミックビーズなどの非繊維状フィラーも必要に応じて適宜添加することが可能である。これらは中空であってもよく、さらにはこれらを2種類以上併用することも可能である。ただ、上記化合物は、密度がピッチ系黒鉛化短繊維より大きなものが多く、軽量化を目的とするときには、添加量や添加比率に気を配る必要がある。
【0053】
また、必要に応じて他の添加剤を複数、組成物に添加しても構わない。他の添加剤としては離型剤、難燃剤、乳化剤、軟化剤、可塑剤、界面活性剤、赤外線吸収剤、紫外線吸収剤、熱安定剤等を挙げることができる。赤外線吸収剤は波長750nm〜50000nm、特に好ましくは3000〜30000nmの赤外光に対して、光吸収率の高いものが好ましく用いられる。また更には可視域の光吸収剤として公知の顔料、染料等を挙げることができる。中でも、難燃剤はLED照明など高温を発生する電気機器の安全性を維持するためにも、使用されるのが好ましい。
【0054】
より具体的に、組成物の用途について説明する。当該組成物は、電子機器等において半導体素子や電源、光源などの電子部品が発生する熱を効果的に外部へ放散させるための放熱部材、伝熱部材あるいはそれらの構成材料等として用いることができる。
【0055】
マトリクスが熱可塑性樹脂からなる熱伝導性組成物の場合は、射出成形法、プレス成形法、カレンダー成形法、ロール成形法、押出成形法、注型成形法、およびブロー成形法からなる群より選ばれる少なくとも一種の方法により成形して、成形体を得ることができる。そして、シート状成形体は、ロールによる押し出しや、ダイによる押し出しなど押出成形法にて、成形することが可能である。成形条件は、成形手法とマトリクスに依存し、当該樹脂の溶融粘度より温度を上げた状態で成形を実施する。
本発明はこのように上記熱伝導性組成物を成形して得られる成形体を包含する。
【実施例】
【0056】
以下に実施例を示すが、本発明はこれらに制限されるものではない。
なお、本実施例における各値は、以下の方法に従って求めた。
(1)ピッチ系黒鉛化短繊維、ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維径は、JIS R7607に準じ、光学顕微鏡下でスケールを用いて60本測定し、その平均値から求めた。
(2)ピッチ系黒鉛化短繊維、ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は、セイシン企業製PITA1を用いて繊維長1μm以上のもの3000本測定し、その平均値から求めた。
(3)ピッチ系黒鉛化短繊維、ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の表面は走査型電子顕微鏡で1000倍の倍率で観察し、凹凸を確認した。
(4)ピッチ系黒鉛化短繊維の結晶子サイズは、X線回折に現れる(110)面からの反射を測定し、学振法にて求めた。
(5)ピッチ系黒鉛化短繊維の端面は、透過型電子顕微鏡で100万倍の倍率で観察し、400万倍に写真上で拡大し、グラフェンシートを確認した。
(6)ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の被覆量は、硬化処理前のポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の水洗前後の重量差から算出した。
(7)被覆ピッチ系黒鉛化短繊維のBET比表面積及び理論比表面積との比はカンタクローム製オートソーブ3を用いて求めた。
(8)熱伝導性組成物中のポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は、熱伝導性組成物を大気雰囲気下において500℃で3時間保持した後、セイシン企業製PITA1を用いて繊維長1μm以上のもの3000本測定し、その平均値から求めた。
(9)熱伝導性組成物の熱伝導率は、NETZSCH製LFA−447を用いて、レーザーフラッシュ法より面内方向の熱伝導率を測定した。
【0057】
[参考例1]
縮合多環炭化水素化合物よりなるピッチを主原料とした。光学的異方性割合は100%、軟化点が283℃であった。直径0.2mmφの孔のキャップを使用し、スリットから加熱空気を毎分5500mの線速度で噴出させて、溶融ピッチを牽引して平均直径11.2μmのピッチ系短繊維を作製した。この時の紡糸温度は325℃であり、溶融粘度は17.5Pa・S(175poise)であった。紡出された繊維をベルト上に捕集してマットとし、さらにクロスラッピングで目付350g/mのピッチ系炭素繊維前駆体からなるピッチ系炭素繊維前駆体ウェブとした。
このピッチ系炭素繊維前駆体ウェブを空気中で170℃から300℃まで平均昇温速度5℃/分で昇温して不融化、更に800℃で焼成を行った。このピッチ系炭素繊維ウェブをカッター(ターボ工業製)を用いて900rpmで粉砕し、3000℃で黒鉛化した。
ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維径は8.1μm、平均繊維径に対する繊維径分散の比(CV値)は11%であった。平均繊維長は100μm、六角網面の成長方向に由来する結晶サイズは80nmであった。
ピッチ系黒鉛化短繊維の端面は透過型顕微鏡の観察によりグラフェンシートが閉じていることを確認した。また、表面は走査型電子顕微鏡の観察により、凹凸は1個であり実質的に平滑であった。
【0058】
[実施例1]
ポリアミドイミド前駆体溶液(日立化成製商品名「HPC−1000−28」)20重量部、イオン交換水500重量部、参考例1で作成したピッチ系黒鉛化短繊維100重量部とを自公転混合機(シンキー製:あわとり練太郎ARV310)を用いて3分間混合し、複合スラリーとした。これをスプレードライヤー(柴田科学製、B−290)でスプレードライ処理を実施し、ポリアミドイミド前駆体被覆ピッチ系黒鉛化短繊維を得た。これを250℃で3時間処理し、ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維を得た。
ポリアミドイミド被覆量はピッチ系黒鉛化短繊維100重量部に対し1.5重量部であった。
ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維径は8.4μm、平均繊維径に対する繊維径分散の比(CV値)は12%であった。個数平均繊維長は100μmであった。また、表面は走査型電子顕微鏡の観察により、欠陥は0個、凹凸は0個であり実質的に平坦であった。理論比表面積に対するBET比表面積の割合は、5.4であった。
【0059】
[実施例2]
ポリアミドイミド前駆体溶液(日立化成工業製:HPC−1000−28)50重量部、イオン交換水450重量部、参考例1で作成したピッチ系黒鉛化短繊維100重量部とを自公転混合機(シンキー製:あわとり練太郎ARV310)を用いて3分間混合し、複合スラリーとした。これをスプレードライヤー(柴田科学製:B−290)でスプレードライ処理を実施し、ポリアミドイミド前駆体被覆ピッチ系黒鉛化短繊維を得た。これを250℃で3時間処理し、ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維を得た。
ポリアミドイミド被覆量はピッチ系黒鉛化短繊維100重量部に対し5重量部であった。
ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維径は8.9μm、平均繊維径に対する繊維径分散の比(CV値)は12%であった。個数平均繊維長は100μmであった。また、表面は走査型電子顕微鏡の観察により、欠陥は0個、凹凸は0個であり実質的に平坦であった。理論比表面積に対するBET比表面積の割合は、7.2であった。
【0060】
[実施例3]
ポリカーボネート(帝人化成製:L1225L)100重量部と実施例1で作成したポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維75重量部とを二軸混練機(栗本鐵工所製)を用いて混合し熱伝導性組成物を得た。
熱伝導性組成物中のポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は100μmであった。熱伝導性組成物を射出成形機(東芝機械製EC40NII)を用いてダンベル状の熱伝導性成形体を得た。熱伝導率は13.5W/m・Kであった。
【0061】
[実施例4]
用いるポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維を実施例2で作成したものとした以外は実施例3と同様に熱伝導性組成物を作成した。
熱伝導性組成物中のポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は105μmであった。熱伝導性組成物を射出成形機(東芝機械製EC40NII)を用いてダンベル状の熱伝導性成形体を得た。熱伝導率は13.0W/m・Kであった。
【0062】
[比較例1]
用いるピッチ系黒鉛化短繊維を参考例1で作成したものとした、すなわち被覆処理を施さないピッチ系黒鉛化短繊維を用いた以外は実施例3と同様に熱伝導性組成物を作成した。
熱伝導性組成物中のポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は60μmであった。熱伝導性組成物を射出成形機(東芝機械製EC40NII)を用いてダンベル状の熱伝導性成形体を得た。熱伝導率は10.8W/m・Kであった。
【0063】
[比較例2]
テトラエトキシシラン(和光純薬製)5重量部、28%アンモニア水(和光純薬製)1重量部、参考例1で作成したピッチ系黒鉛化短繊維100重量部、エタノール(和光純薬製)300重量部、水75重量部とを真空式自公転混合機(シンキー製:あわとり練太郎ARV−310)を用いて3分間混合し、複合スラリーとした。これをスプレードライヤー(柴田科学製、B−290)でスプレードライ処理を実施し二酸化ケイ素被覆ピッチ系黒鉛化短繊維を得た。処理温度は130℃であった。二酸化ケイ素被覆量はピッチ系黒鉛化短繊維100重量部に対し3重量部であった。
二酸化ケイ素被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維径は8.6μm、平均繊維径に対する繊維径分散の比(CV値)は12%であった。個数平均繊維長は100μmであった。また、表面は走査型電子顕微鏡の観察により、欠陥は0個、凹凸は3個であり実質的に平坦であった。理論比表面積に対するBET比表面積の割合は、6.4であった。
得られた二酸化ケイ素被覆ピッチ系黒鉛化短繊維より実施例3と同様に熱伝導性組成物を作成した。熱伝導性組成物中の二酸化ケイ素被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は65μmであった。熱伝導性組成物を射出成形機(東芝機械製EC40NII)を用いてダンベル状の熱伝導性成形体を得た。熱伝導率は10.4W/m・Kであった。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明のポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維は、熱伝導率に優れるピッチ系黒鉛化短繊維をポリアミドイミド樹脂で被覆することで、高い熱伝導性を示しつつ優れた耐シェア性を付与することを可能にせしめている。これにより、高い放熱特性が要求される電子機器、電子部品の放熱部材に幅広く用いることが可能になり、サーマルマネージメントを確実なものとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピッチ系黒鉛化短繊維を、前駆体が水溶性であるポリアミドイミド樹脂で被覆したポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維。
【請求項2】
ピッチ系黒鉛化短繊維100重量部に対し、ポリアミドイミド樹脂が0.5〜10重量部である請求項1に記載のポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維。
【請求項3】
該ポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維が、平均繊維径が2〜20μmであり、平均繊維径に対する繊維径分散の百分率(CV値)が3〜15であり、平均繊維長が20〜500μmであり、かつ走査型電子顕微鏡での観察表面が実質的に平坦であり、理論比表面積(A)に対するBET比表面積(B)の割合(B/A)が15以下である請求項1〜2のいずれか1項に記載のポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維。
【請求項4】
該ピッチ系黒鉛化短繊維が、メソフェーズピッチを原料とし、平均繊維径が2〜20μmであり、平均繊維径に対する繊維径分散の百分率(CV値)が3〜15%であり、平均繊維長が20〜500μmであり、六角網面の成長方向に由来する結晶子サイズが30nm以上であり、透過型電子顕微鏡によるフィラー端面観察においてグラフェンシートが閉じており、かつ走査型電子顕微鏡での観察表面が実質的に平坦である請求項1〜3のいずれか1項に記載のポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維。
【請求項5】
該ピッチ系黒鉛化短繊維をポリアミドイミド樹脂前駆体水溶液と混合させ、得られたスラリーを噴霧した後、加熱によりポリアミドイミド樹脂を硬化させる請求項1〜4のいずれか1項に記載のポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維と、マトリクスとからなり、マトリクス100重量部に対して3〜300重量部のポリアミドイミド被覆ピッチ系黒鉛化短繊維を含有する熱伝導性組成物。
【請求項7】
マトリクスが熱可塑性樹脂である請求項6に記載の熱伝導性組成物。
【請求項8】
マトリクスを構成する熱可塑性樹脂が、ポリカーボネート類、ポリエチレンテレフタレート類、ポリブチレンテレフタレート類、ポリエチレン−2、6−ナフタレート類、ナイロン類、ポリプロピレン類、ポリエチレン類、ポリエーテルケトン類、ポリフェニレンスルフィド類、及びアクリロニトリル−ブタジエン−スチレン系共重合樹脂類からなる群より選ばれる少なくとも一種の樹脂である請求項7に記載の熱伝導性組成物。
【請求項9】
請求項6〜8のいずれかに記載の熱伝導性組成物を、成形してなる熱伝導性成形体。

【公開番号】特開2013−7124(P2013−7124A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−138819(P2011−138819)
【出願日】平成23年6月22日(2011.6.22)
【出願人】(000003001)帝人株式会社 (1,209)
【Fターム(参考)】