説明

ポリアミド繊維の製造方法

【課題】 高重合度であって、かつ対摩耗性、化学的耐性及び熱的耐性を有するポリアミド繊維、特に抄紙フェルト用に好適なポリアミド短繊維を製造するための方法を提供する。
【解決手段】 4.0以上の硫酸相対粘度を有するポリアミドと、ヒンダードフェノール系酸化防止剤を前記ポリアミドにおけるよりも高濃度で含有するマスタポリマーとを、各ポリマーの水分率を150〜370ppmに保持しつつ紡糸機に供給し、ヒンダードフェノール系酸化防止剤の繊維に対する含有率が0.1〜1.0質量%となるように溶融混合して、紡糸温度280〜295℃で溶融紡糸し、延伸することにより、単糸繊度が6〜35dtexのポリアミド繊維を製造することを特徴とするポリアミド繊維の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗性、化学的耐性および熱的耐性に優れたポリアミド繊維の製造方法に関するものである。更に詳しくは、酸化防止剤を含む高粘度ポリアミド繊維を製造する方法に関するものであり、特に抄紙フェルト用途に有用なポリアミド短繊維を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
酸化防止剤は、熱劣化や化学品による劣化を抑えるために、ナイロン66やナイロン6で代表されるポリアミド繊維に添加されることがある。このようなポリアミド繊維は、特に苛酷な環境中で使用される用途で使用され、例えば、抄紙フェルト用途で使用される。抄紙フェルトは、抄紙工程で使用される際に、フェルトの使役寿命を著しく短くする可能性がある漂白剤(次亜塩素酸ソーダ等)に曝されることが多い。
【0003】
ポリアミドに酸化防止剤を添加するために幾つかの方法が知られている。その一つが、ポリアミドを製造する重合装置中に酸化防止剤の溶液を添加する方法である。しかしながら、酸化防止剤を溶液の形で添加する場合、重合装置内で激しい発泡が生じるために、この方法によって添加できる酸化防止剤の量はごく少量に限られる。従って、重合装置内に添加する方法では、ポリアミド中へ酸化防止剤を高濃度で添加することは困難である。
【0004】
また、抄紙フェルトは、抄紙工程において紙を搾水し紙表面を平滑化する際のプレスローラーの表面に配設されて使用されるので、プレスローラー(ゴム製)に対しても紙に対しても耐摩耗性を有すること、曲げや衝撃に対する耐性が高いことが要求される。従って、抄紙フェルトを構成するポリアミド短繊維には、曲げ、衝撃及び摩耗に対する耐性が高いことが要求され、高い硫酸相対粘度を有するポリアミドを紡糸することにより製造することが望ましい。ポリアミドを高粘度化、即ち高分子量化すれば、強度、弾性率及び耐衝撃性を増加させることができるからである。しかしながら、高分子量ポリアミドを製糸する場合において、高い分子量を維持し所望の高粘度を有する繊維を得るために比較的低温で溶融紡糸しようとすると、溶融押出機の圧力変動や配管の圧損による吐出不良が発生し、順調に製糸することが困難である。逆に高温で溶融紡糸しようとすると、熱分解が生じて高分子量を維持できないため所望の高分子量のポリアミド繊維を得ることは非常に困難である。
【0005】
特許文献1には、ギ酸相対粘度20〜50のポリアミドに安定剤又は触媒を添加し、慣用的な一軸又は二軸スクリュー押出機を使用して溶融ブレンドし、化学的及び熱的耐性を有するポリアミドファイバー(実施例1)又は高分子量を有するポリアミドファィバー(実施例2)を製造する方法が提案されている。この方法において紡糸に供するポリアミドは、ギ酸相対粘度20〜50(98%硫酸相対粘度2.2〜2.8程度に相当する)と通常レベルの粘度を有するものであり、高粘度ポリマーを供給して溶融紡糸する方法を開示するものではない。
【0006】
高粘度ポリアミドに酸化防止剤を添加して溶融紡糸するにあたり、上記溶融紡糸法を適用してみたところ、得られた繊維は、原綿での輸送・保管時に空気中のNOxと反応し、経時的に着色を帯びるという問題や、溶融紡糸時に粘度低下し易いという問題があることがわかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表平8−506629号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、前記した従来技術の問題点を克服し、化学的耐性および熱的耐性に優れ、例えば抄紙フェルト用途のような過酷な条件下でも使用可能であり、曲げ・衝撃及び摩耗への耐性が改善され、かつ、繊維の着色が起こらないポリアミド繊維の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち本発明は、4.0以上の硫酸相対粘度を有するポリアミドと、ヒンダードフェノール系酸化防止剤を前記ポリアミドにおけるよりも高濃度で含有するマスタポリマーとを、各ポリマーの水分率を150〜370ppmに保持しつつ紡糸機に供給し、ヒンダードフェノール系酸化防止剤の繊維に対する含有率が0.1〜1.0質量%となるように溶融混合して、紡糸温度280〜295℃で溶融紡糸し、延伸することにより、単糸繊度が6〜35dtexのポリアミド繊維を製造することを特徴とするポリアミド繊維の製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明法によって得られるポリアミド繊維は、優れた化学的耐性および熱的耐性を有し、曲げ・衝撃及び摩耗への耐性が改善されており、さらに繊維の着色も生じないものであり、例えば抄紙フェルト用途のような過酷な条件下でも使用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明において繊維製造に供されるポリアミドは、ナイロン66、ナイロン6で代表される溶融紡糸可能なポリアミドであり、なかでもナイロン66が好ましい。
【0012】
使用されるポリアミドの硫酸相対粘度としては4.0以上とすることが重要であり、好ましくは4.2以上である。硫酸相対粘度が4.0以上のポリアミドを使用することで、本発明法で繊維製造することにより所望の高粘度を有するポリアミド繊維を製造することができ、抄紙フェルト用途に求められるフェルト耐久性を具備させることができるからである。ポリアミドの硫酸相対粘度が4.0未満である場合には、所望のフェルト耐久性をクリアすることが困難である。一方、ポリアミドの硫酸相対粘度は4.5以下とすることが好ましい。ポリアミドの硫酸相対粘度を4.5以下とすることで、溶融製糸を安定させ異常糸の発生を抑え、所望の製品品位を得ることができる。
【0013】
本発明は、ポリアミドと、ヒンダードフェノール酸化防止剤を前記ポリアミドにおけるよりも高濃度で含有するマスタポリマーとを溶融混合する方法を採用する。
【0014】
この方法により溶融ポリマーを調製することにより、所定濃度の酸化防止剤が均一に微分散された状態とすることができ、酸化防止剤の機能を効果的に発揮させ、優れたポリマー特性を維持した高粘度ポリアミド繊維を製造することができる。
【0015】
酸化防止剤は熱劣化や化学品による劣化を抑えるために必要であるが、ヒンダードフェノール系酸化防止剤は、NOxとの親和性よりもポリアミドとの親和性の方が高いために、繊維の着色という問題が発生しない。これに対し、他の酸化防止剤では空気中のNOxとの反応により着色を帯びてしまい易い。またさらに、ヒンダードフェノール系酸化防止剤はポリアミドとの親和性が良好であるので、ポリアミド中に均一に微分散させることができるという利点も有する。
【0016】
ヒンダードフェノール系酸化防止剤の好ましい具体例としては、N,N′−ヘキサメチレンビス(3,5−ジ−tert.−ブチル−4−ヒドロキシフェニルプロピオンアミド)が挙げられる。
【0017】
マスタポリマーにおけるヒンダードフェノール系酸化防止剤の濃度としては、5〜7質量%が好ましい。5質量%以上とすることで効率良く所定濃度の酸化防止剤が微分散された溶融ポリマーを得ることができる。一方、7質量%以下とすることで、混練時に発泡等の不具合が生じるのを防ぐことができる。
【0018】
マスタポリマー製造に用いるベースポリマーはポリアミドと溶融混練可能な熱可塑性樹脂とし、なかでもポリアミドが好ましく、特に、溶融紡糸時にマスタポリマーと配合させるポリアミドと同種であることが好ましい。
【0019】
マスタポリマーは具体的には、ベースポリマーと酸化防止剤とを一軸又は二軸スクリュー溶融押出機中で溶融混練して得ることができる。
【0020】
抄紙フェルト用短繊維を製造する場合には、ポリアミド及び酸化防止剤の両方ともに銅を含まないことが好ましい。抄紙フェルト中に銅が存在すれば、抄紙プロセスにおいて使用される化学的物質例えば漂白剤である次亜塩素酸ソーダ、過酸化水素に曝される時に繊維の化学的劣化が促進されるためである。
【0021】
ポリアミドおよびマスタポリマーを紡糸機に供給するに際しては、各ポリマーの水分率を370ppm以下とすることが重要であり、好ましくは350ppm以下とする。そうすることにより溶融紡糸の際の粘度低下を防止することができる。一方、硫酸相対粘度4.0以上の高粘度ポリアミド、特に高粘度ナイロン66は、溶融紡糸の際に水分率を低くし過ぎるとゲル化を起こし紡糸困難となるので、溶融紡糸時の水分率は150ppm以上とすることが必要であり、好ましくは200ppm以上あるいは300ppm以上である。
【0022】
ポリマーの水分率は乾燥温度・乾燥条件を適宜設定することにより上記範囲内での調整が可能である。
【0023】
本発明では、ヒンダードフェノール系酸化防止剤の繊維に対する含有率が0.1〜1.0質量%となるようにする。含有量が0.1質量%未満であると、酸化防止剤としての機能を充分に発揮せず、所望の製品品位を得ることができない。また含有量10%を超えても酸化防止剤としての飛躍的な向上はみられず、コスト面でも不利になる。
【0024】
また、紡糸温度は280〜295℃、好ましくは280〜290℃とすることが必要である。紡糸温度を高くしすぎると熱劣化により分解反応が促進し、粘度低下を発生させてしまい、逆に紡糸温度を低くしすぎるとポリマー配管との圧損により規定のポリマー吐出が得られず、製品化が困難となる。
【0025】
さらに、前述のような水分率及び上記紡糸温度を維持して溶融紡糸を行えば重合反応が誘発されポリマーの硫酸相対粘度が若干程度増加する場合もある。この結果、高粘度ポリアミドから高粘度ポリアミド繊維を効率的に製造することができ、高度な化学的耐性および熱的耐性を持ち、さらには曲げ・衝撃及び摩耗に対して耐性を持つポリアミド繊維を製造することができる。
【0026】
本発明により得られるポリアミド短繊維は、抄紙フェルト用に適した単糸繊度や物理的特性や化学的特性を具備することが好ましい。
【0027】
ポリアミド繊維の単糸繊度としては、6〜35dtexとすることが重要である。6dtex未満であると、抄紙用フェルトとして細いために摩耗性に欠け、充分な機能を発揮しない。また35dtexを超える繊維は、フェルト製造工程での操業が悪く好ましくない。
【実施例】
【0028】
[測定方法]
A.硫酸相対粘度
オストワルド粘度計を用いて、試料の硫酸溶液および硫酸の同一容量が毛細管中を流下する秒数から相対粘度を求めた。溶媒は98%濃度の濃硫酸であり、試料の硫酸溶液は、この溶媒中に1.0質量%のポリアミドを溶解した溶液である。
【0029】
B.強度、伸度
引張り試験機(オリエンテック社製“テンシロン”)を用いて試料長2cm 、引張り速度2cm/分の条件で応力−歪み曲線を求め、これから切断時の強度、伸度値を求めた。
【0030】
C.耐次亜塩素酸ソーダ特性
繊維を80℃、濃度0.12質量%の次亜塩素酸ソーダ(NaClO)水溶液中で72時間処理した後、繊維の強度、伸度を測定した。処理前の繊維の強度、伸度に対する保持率を、強度保持率および伸度保持率として次式により算出した。
強度保持率(%)=(処理後の強度/処理前の強度)×100
伸度保持率(%)=(処理後の伸度/処理前の伸度)×100 。
【0031】
D.繊維の着色
ポリアミド短繊維(原綿)を常温中で2か月間保管した後の原綿の着色状況を肉眼で評価した。
【0032】
[実施例1]
(高粘度ナイロン66ペレット)
通常の方法により重合して得られた、硫酸相対粘度3.0のナイロン66ペレットを、温度170℃×30時間、気圧0.5torr(66.66Pa)以下の減圧下にて固相重合を行い、硫酸相対粘度4.2、水分率350ppmの高粘度ナイロン66ペレットを作製した。
【0033】
(マスタポリマーペレット)
酸化防止剤として、N,N′−ヘキサメチレンビス(3,5−ジ−tert.−ブチル−4−ヒドロキシフェニルプロピオンアミド)(商品名IRGANOX 1098)を用いた。前記の高粘度ナイロン66(硫酸相対粘度4.2、水分率350ppm)と上記酸化防止剤とを95:5の質量比になるように混合し、1軸スクリュー押出機中で290℃にて溶融混練した後、チップ化し、酸化防止剤を5質量%含有する、水分率350ppmのマスタポリマーを作製した。
【0034】
(溶融紡糸)
上記の高粘度ナイロン66ペレットと上記マスタポリマーペレットとを、重量比90:10で混合し、1軸スクリュー押出機中で285℃の温度をかけ溶融混練した。溶融混練したポリマーを285℃で紡糸口金から吐出し、冷却風にて冷却固化させた後、含水油剤を付着させ、600m/分の速度で引き取って未延伸糸とし、トウ状にて一旦缶内に収納した。
【0035】
(延伸・捲縮付与・切断)
次いでスチーム浴で延伸した後、押し込み方式による機械捲縮を付与し、切断し、酸化防止剤の添加率0.5質量%、単糸繊度17dtex、繊維長76mmのナイロン66短繊維を製造した。
【0036】
得られたナイロン66短繊維の硫酸相対粘度は4.2であり、製糸段階で硫酸相対粘度の低下が生じず、高粘度のナイロン66短繊維を得ることができた。また、耐次亜塩素酸ソーダ特性は強度保持率、伸度保持率ともに90%以上と良好であり、繊維の着色も見られなかった。
【0037】
[比較例1]
溶融紡糸における1軸スクリュー押出機中の温度を295℃とした以外は実施例1と同様にして、ナイロン66短繊維を製造した。
【0038】
得られたナイロン66繊維の硫酸相対粘度は3.6であり、製糸段階での硫酸相対粘度の低下が生じた。
【0039】
[比較例2]
高粘度ナイロン66ペレット、マスタポリマーペレットの水分率をいずれも500ppmとした以外は実施例1と同様にして、ナイロン66短繊維を製造した。
【0040】
得られたナイロン66繊維の硫酸相対粘度は3.9であり、製糸段階での硫酸相対粘度の低下が生じた。
【0041】
【表1】

【0042】
[比較例3]
酸化防止剤を、リン系酸化防止剤であるトリス(2,4−ジ−tert−ブチルフェニル)ホスファイトに変更した以外は実施例1と同様にして、ナイロン66短繊維を製造した。
【0043】
得られたナイロン66短繊維の耐次亜塩素酸ソーダ特性は強度保持率、伸度保持率ともに90%以上であったが、繊維の着色が見られた。
【0044】
[比較例4]
酸化防止剤の代わりに、ヨウ化銅を繊維に対して銅として80ppmとなる量で添加した以外は実施例1と同様にして、ナイロン66短繊維を製造した。
【0045】
得られたナイロン66短繊維では繊維の着色は見られなかったが、強度保持率、伸度保持率ともに低かった。
【0046】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明法により得られるポリアミド繊維は、特に、抄紙フェルトを構成するフェルトファイバー(ステープル)として有用であり、苛酷な条件下で使用されても抄紙フェルトの使役寿命を従来よりも増加させることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
4.0以上の硫酸相対粘度を有するポリアミドと、ヒンダードフェノール系酸化防止剤を前記ポリアミドにおけるよりも高濃度で含有するマスタポリマーとを、各ポリマーの水分率を150〜370ppmに保持しつつ紡糸機に供給し、ヒンダードフェノール系酸化防止剤の繊維に対する含有率が0.1〜1.0質量%となるように溶融混合して、紡糸温度280〜295℃で溶融紡糸し、延伸することにより、単糸繊度が6〜35dtexのポリアミド繊維を製造することを特徴とするポリアミド繊維の製造方法。
【請求項2】
前記ヒンダードフェノール系酸化防止剤が、N,N′−ヘキサメチレンビス(3,5−ジ−tert.−ブチル−4−ヒドロキシフェニルプロピオンアミド)である、請求項1に記載のポリアミド繊維の製造方法。
【請求項3】
前記ポリアミド繊維を次亜塩素酸ソーダ0.12重量%水溶液で72時間処理後の強度保持率が90%以上、かつ同処理後の伸度保持率が90%以上である、請求項1又は2に記載のポリアミド繊維の製造方法。
【請求項4】
前記ポリアミド繊維が抄紙フェルト用ポリアミド短繊維である、請求項1〜3のいずれかに記載のポリアミド繊維の製造方法。

【公開番号】特開2012−167416(P2012−167416A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−14884(P2012−14884)
【出願日】平成24年1月27日(2012.1.27)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】