説明

ポリアリーレンスルフィド樹脂と無機微粒子との複合体の製造方法

【課題】 溶融混練を行うことなく無機微粒子が分散されたPAS樹脂組成物を製造する方法を提供する。
【解決手段】 ポリアリーレンスルフィド樹脂が溶解され且つ無機微粒子が分散された有機溶剤溶液から、ポリアリーレンスルフィド樹脂を析出させるポリアリーレンスルフィド樹脂と無機微粒子との複合体の製造方法。高温下においてポリアリーレンスルフィド樹脂が溶解され且つ無機微粒子が分散された有機溶剤溶液から、冷却してポリアリーレンスルフィド樹脂を析出させることが好ましく、オートクレーブを使用することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はポリアリーレンスルフィド樹脂と無機微粒子との複合体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリアリーレンスルフィド樹脂(以下PAS樹脂と略す)は優れた耐熱性、耐薬品性、難燃性、剛性、機械的特性を有しており、いわゆるエンジニアリングプラスチックとして、電気・電子部品、自動車部品、機械部品、構造部品等に広く使用されている。PAS樹脂はこれら優れた特性を持つ一方で、靭性特に延性に乏しく脆弱であるという欠点があるため、これを補う目的でガラスファイバー等の各種無機フィラーを強化剤として添加して利用される例が多い。しかしながら、これらの無機フィラーは通常μmオーダーでマトリクス樹脂との接触面積が大きくないため脆性を改良するためには30〜50質量%と多量を添加する必要がある。一方、フィラーを多量に添加しなくとも良いように、ナノサイズの無機フィラーを直接溶融混練する方法も考えられるが、一般にナノフィラーは表面エネルギーが高いために自己凝集性が強く単純な溶融混練では2次凝集を分散させることが出来ない。そのため、ナノフィラーを用いることによる効果が十分に発現しない問題があった。また溶融混練時により良好なフィラー分散状態を得るためには一般に強いせん断力を加える必要がある。その場合剪断発熱や空気酸化によるPASの劣化、異常架橋や主鎖切断の恐れがあり、溶融混練温度、剪断速度等をコントロールしなければならないといった問題もあった。
【0003】
これに対し、無機金属塩(金属塩化物、硫化物等)をこれらが可能な溶媒に溶解させ、本溶液をPAS樹脂と混合したのち溶媒を除去し、得られた材料を溶融混練することで、金属化合物中の金属を還元したPAS樹脂と単体金属との複合体についての製造方法が開示されている(例えば特許文献1参照)。この方法により、PAS樹脂95〜99.99重量%、及び、元素周期表VIII族及びIb族から選ばれる少なくとも一種類の金属0.01〜5重量%からなり、該金属がPASマトリックス中に平均粒径0.5〜30nmの大きさで均一に分散している複合体が得られるとある。
【0004】
しかしながら特許文献1に記載の方法は無機金属塩を使用するために、得られた複合体には金属カチオンに対するカウンターアニオン成分が樹脂組成物中に残存する場合がある。特に特許文献1の実施例6〜13で開示された内容には原料として金属塩化物が使用されるため、得られる複合体には塩素成分が残存する。従って電子材料等のハロゲン成分を嫌う分野には不適といった問題があった。さらに、溶融混練操作中の部分的な異常加熱によりカウンターアニオン成分由来の発生ガスが(塩化物の場合は塩素ガスが、硫化物の場合はSOxガスが、硝化物の場合はNOxガスが)発生する恐れもある。これらは強い腐食性ガスであるため溶融混練装置内部を腐食させたり、作業環境を悪化させる恐れもある。
また、無機金属塩の溶液をPAS樹脂と混合した後の溶媒を除去操作に伴い、溶解していた金属塩が再度溶解前と同様に凝集、粗大析出してしまうといった問題もある。従って特許文献1の方法では、溶融混練後でも粗大粒子が残存する恐れがあった。
また、実質的に溶融混練の工程を経るために、溶融混練にかかる前記問題も解決なされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−208849号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、溶融混練を行うことなく無機微粒子が分散されたPAS樹脂組成物を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、PAS樹脂が溶解され且つ無機微粒子が分散された有機溶剤溶液から、PAS樹脂を析出させることで、溶融混練をすることなく容易に無機微粒子が分散されたPAS樹脂組成物が得られることを見出した。
PAS樹脂は耐溶剤性が高いため、有機溶剤溶液に溶解させるためにオートクレーブ等を使用し、特定の有機溶剤中で該有機溶剤の沸点以上に加熱することが好ましい。沸点以上の有機溶剤分子は熱運動が激しいため、無機微粒子の粒径が小さくともその粒子間には容易に浸透し、その熱エネルギーにより無機微粒子を分散することができる。一旦分散した粒子間には有機溶剤に溶解したPAS樹脂の分子も有機溶剤分子と共に入り込み、更に無機微粒子を良好に分散させる。一般に無機微粒子は粒径が小さいほど凝集力が強く、特にその粒径が100nm以下の領域においては凝集を解すことは極めて困難であるため、一次粒子への完全分散は達成し難いが、本願の方法において容易に分散することが可能となる。
前記PAS樹脂が溶解され且つ無機微粒子が分散された有機溶剤溶液を冷却等の手法で析出させる。無機微粒子外周にPAS樹脂が隣接した状況下で析出が生じるために粒子同士が再凝集することは無く、無機微粒子が分散されたPAS樹脂組成物が得ることができる。
【0008】
即ち本発明は、ポリアリーレンスルフィド樹脂が溶解され且つ無機微粒子が分散された有機溶剤溶液から、ポリアリーレンスルフィド樹脂を析出させることを特徴とする、ポリアリーレンスルフィド樹脂と無機微粒子との複合体の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、溶融混練を行うことなく無機微粒子が分散されたPAS樹脂組成物を製造することができる。溶融混練を行わないので、PAS樹脂に溶融混練時の剪断力がかかることがなく、樹脂の酸化劣化や主鎖切断の恐れもない。
また、マトリックスとなるPAS樹脂を有機溶剤溶液に溶解させ、その際に有機溶剤の沸点以上の熱をかけるため、溶融混練時よりも拡大したポリアリーレンスルフィド分子鎖間に、有機溶剤の熱エネルギーにより分散した無機微粒子が複合化されることにより、無機微粒子の二次凝集体からなる粗大粒子を殆ど含まない、使用無機微粒子の一次粒径に近い無機微粒子が分散されたPAS樹脂組成物を得ることが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
(PAS樹脂)
本発明で使用するPAS樹脂としては、特に限定されず、公知のPAS樹脂が使用できる。例えば置換基を有してもよい芳香族環と硫黄原子が結合した構造の繰り返し単位を含むランダム共重合体、ブロック共重合体、およびそれらの混合物あるいは単独重合体との混合物等が挙げられる。
これらのPAS樹脂の代表的なものとしては、ポリフェニレンスルフィド(以下、PPS樹脂という)が挙げられる。該PPS樹脂の中でも、上記繰り返し単位の芳香環への結合がパラ位である構造を有するものが耐熱性や結晶性の面で好ましい。
【0011】
(結合種)
また、PAS樹脂には、メタ結合、エーテル結合、スルホン結合、スルフィドケトン結合、ビフェニル結合、フェニルスルフィド結合、ナフチル結合を10モル%未満を上限とし(但し3官能以上の結合を含む成分を共重合させる場合は5モル%を上限として)含有させても良い。
【0012】
(分子量)
本発明に使用するPAS樹脂の分子量分布については特に制限はないが複合化操作の際でのポリフェニレンスルフィドの溶媒への溶解が容易である観点より、一定以下の分子量であることが好ましい。好ましくは1−クロロナフタレンを溶媒とするゲル浸透クロマトグラフィーにより求められる分子量分布のピーク分子量が5万以下、更に好ましくは4.5万以下である。
【0013】
なお本発明におけるピーク分子量は、後記実施例のゲル浸透クロマトグラフ測定において、標準物質としてポリスチレンを用いて、ポリスチレン換算量として求められる数値に基づくものである。数平均分子量や質量平均分子量が、ゲル浸透クロマトグラフィーの分子量分布曲線のベースラインの取り方次第で値が変化するのに対し、ピーク分子量は、値が分子量分布曲線のベースラインの取り方に左右されないものである。
【0014】
本発明に使用するPAS樹脂の溶融粘度は特に制限されず、キャビラリーレオメーターを用いて測定した、300℃、せん断速度500sec−1での粘度が20〜1000Pa・sであれば良い。
【0015】
(PAS樹脂の製造方法)
PAS樹脂の製造方法としては、特に限定されないが、例えば1)ジハロゲノ芳香族化合物と、更に必要ならばその他の共重合モノマーとを、硫黄と炭酸ソーダの存在下で重合させる方法、2)ジハロゲノ芳香族化合物と、更に必要ならばその他の共重合モノマーとを、極性溶媒中でスルフィド化剤等の存在下に、重合させる方法、3)p−クロルチオフェノールと、更に必要ならばその他の共重合モノマーとを自己縮合させる方法、4)有機極性溶媒中で、スルフィド化剤とジハロゲノ芳香族化合物と、更に必要ならばその他の共重合モノマーとを反応させる方法等が挙げられる。
これらの方法のなかでも、4)の方法が汎用的であり好ましい。反応の際に、重合度を調節するためにカルボン酸やスルホン酸のアルカリ金属塩を添加したり、水酸化アルカリを添加しても良い。
上記4)方法のなかでも、加熱した有機極性溶媒とジハロゲノ芳香族化合物を含む混合物に含水スルフィド化剤を水が反応混合物から除去され得る速度で導入し、有機極性溶媒中でジハロゲノ芳香族化合物とスルフィド化剤とを反応させること、及び反応系内の水分量を該有機極性溶媒1モルに対して0.02〜0.5モルの範囲にコントロールすることによりPAS樹脂を製造する方法(特開平07−228699号公報参照。)で得られるものが特に好ましい。
【0016】
(有機溶剤)
本発明では、PAS樹脂は有機溶剤に溶解することが必須であるため、使用する有機溶剤はPAS樹脂を一定条件下で溶解できる必要がある。PAS樹脂を溶解させる条件は常温でも加温下でも良いが、現在知られている溶媒では一定以上の分子量のPAS樹脂を溶解させるためには一定温度への加温が必要である。PAS樹脂を溶解させることができる溶媒としては、アミド系溶媒としてN−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ヘキサメチルリン酸トリアミド、N−シクロヘキシルピロリドン、N−メチルカプロラクタム、テトラメチル尿素、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等が、スルホキシド系溶媒としてテトラメチレンスルホキシド、ジメチルスルホキシド等が、その他の溶媒としてはポリエチレンジアルキルエーテルや1-クロロナフタレン、ジフェニルスルフィドが例示できる。このなかでも特に、アミド系溶媒は各種の無機微粒子を容易に溶解性させることができ、複合化成分を広く選択できる点、複合化成分含有率を多くできるため特に好ましく用いられる。中でもNMPが特に好ましい。
【0017】
(無機微粒子)
本発明で使用する無機微粒子は、有機溶剤にPAS樹脂が溶解する条件下(主に加温下)において有機溶剤に大部分が溶解することなく分散すれば使用することが出来る。使用できる無機微粒子としては特に制限はないが、使用する有機溶剤に概ね不溶である必要がある。また、無機微粒子は無機化合物微粒子と単体微粒子から選ばれる。
【0018】
(無機微粒子;無機化合物微粒子)
本発明に用いられる無機微粒子が無機化合物微粒子である場合は、金属もしくは半金属元素の酸化物、硫化物、窒化物、水酸化物、セレン化物、テルル化物、炭酸塩、ホウ酸塩、リン酸塩が好ましく用いられる。これら無機化合物微粒子中のカチオンとしては、典型金属、遷移金属、半金属類が好ましく用いられる。典型金属としてはアルミニウム、亜鉛、インジウム、スズ、鉛、アンチモン等、遷移金属としてはチタン、ジルコニウム、ハフニウム、ニオブ、タンタル、クロム、モリブデン、タングステン、マンガン、レニウム、鉄、コバルト、ニッケル、パラジウム、白金、銅、銀、金、セリウム等の各種金属を、半金属類としてはホウ素、炭素、シリカ、ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン、テルルを用いることができる。また、有機溶剤に溶解しない化合物であれば、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属を含有する無機化合物微粒子を用いても良い。
【0019】
その他、天然物、人工合成物を問わずに各種の複合酸化物類を使用することもできる、粘土鉱物類、雲母類、ハイドロタルサイト類、ムライト、ゼオライト、イモゴライト、チタン酸カリウム、アスベスト類等をあげることができる。
【0020】
(無機微粒子;単体微粒子)
本発明に用いられる無機微粒子が単体微粒子である場合には、各種金属微粒子、半金属微粒子の内、単体で安定な微粒子状態で存在し有機溶剤中で分散させることができれば、用いる元素種として制限は無い。上記の無機化合物微粒子で例示した各種元素の単体物を用いることができる。単体微粒子のうち多様性を示す炭素類について例示すると天然黒鉛、カーボンブラック、膨張黒鉛、フラーレン、カーボンナノチューブ、ダイアモンド微粒子等の各種材料を用いることができる。また、以上列記した無機微粒子は複数種類を併用しても良い。
【0021】
前記無機微粒子において、亜鉛元素を含有する材料ではPAS樹脂中での分散が良好で特に好ましく用いられる。これらの例としては金属亜鉛の他、酸化亜鉛、水酸化亜鉛、硫化亜鉛、シュウ酸亜鉛、塩基性炭酸亜鉛、炭酸亜鉛の他、亜鉛フェライト、タングステン酸亜鉛、モリブデン酸亜鉛、珪酸亜鉛、タングステン酸亜鉛、亜鉛含有ハイドロタルサイト等を例示することができる。
【0022】
(無機微粒子形状)
本発明に用いられる無機微粒子の形状としては、特に限定はされず、粒子状、針状、板状、繊維状、不定形物等の各種形状を用いることができる。特に繊維状、針状、板状の材料で高アスペクト比の材料では溶融混練時に増粘し操作が困難になる場合が多い。従ってこれらの材料を複合化する際は本発明の方法の効果が高い。
【0023】
(無機微粒子粒径)
本発明に用いられる無機粒子の粒径としては特に制限はないが、溶融混練の手法では2次凝集の分散が困難である微小粒径の材料の分散に特に適している。加えて、微粒子の粒径が小さいと粒子質量あたりの粒子表面積が大きくなることで少量の添加で添加効果を発揮できることから、粒子の最小部分の大きさが300nm以下であることが好ましく、100nm以下がなお好ましく、最も好ましくは50nm以下の微粒子である。粒径の下限も特に限定は無いが、ある程度分散性を持つことと市販微粒子があることから5nm以上が好ましい。前記無機微粒子のPAS樹脂内での分散状態を示す平均粒径測定方法としては、樹脂組成物中での粒径を直接見る必要があることより走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡等の観察結果より算出する方法が例示できる。
【0024】
(無機微粒子の含有率)
本発明の製造方法で得られる組成物中の無機微粒子の含有率は特に制限がない。しかし、本手法では極めて少粒径で複合化を行うことができるため、通常の溶融混練法よりも少ない含有率例えば0.01質量%以上の含有率でも、樹脂の強化材、改質剤としての役割を発現しうる。一方含有率の上限は、無機微粒子の分散状態を保てなくなる可能性があるので50質量%以下が好ましい。
【0025】
(粒子分散剤の併用)
また、無機微粒子の分散を良好に促進させるための各種分散剤を併用しても差し支えない。分散剤としては、汎用の各種高分子型分散剤、アセチルアセトン等の低分子型分散剤、シランカップリング剤類や無機微粒子の表面反発を利用するための有機酸、無機酸類が例示できる。
【0026】
(有機溶剤に溶解する金属化合物の併用)
また、ポリアリーレンスルフィド樹脂が溶解され且つ無機微粒子が分散された有機溶剤溶液中に、有機溶剤可溶性の金属化合物を共存させてもよい。こうした金属化合物としては有機金属化合物としては金属アルコキシド、カルボン酸金属塩、金属キレート、金属アセテート等、無機金属化合物としては金属塩化物、金属臭化物、金属ヨウ化物等のハロゲン化金属、過塩素酸金属、塩素酸金属、金属硝酸塩、オキシハロゲン化物を例示することができる。この際に用いられる金属種としては、前記無機化合物微粒子に用いられる金属、半金属類と同様な元素が用いられる。
【0027】
(製造方法)
本発明では前記有機溶剤に、前記無機微粒子を分散された状態下で、前記PAS樹脂を溶解させた後、析出させる。PAS樹脂は常温下では各種有機溶剤溶液に不溶と言われておりPAS樹脂を溶解させるためには実質的には加温が必要となるため、具体的には、高温下においてPAS樹脂を溶解可能な有機溶剤に無機微粒子を分散下でPAS樹脂を溶解させた後、冷却して析出させる。そのため、本発明の製造方法に使用する製造装置としては、無機微粒子分散下でPAS樹脂を有機溶剤に溶解させることができる溶解槽を持つ装置であり、加温設備が必要となる。本発明ではPAS樹脂の溶解のために加えられる熱エネルギーにより付与される有機溶剤分子の運動エネルギーを、無機微粒子の分散エネルギーとして用いることが特徴であるため、加温温度が使用する溶媒の沸点を超えるのが好ましい。こうした状況下で加温を有効に行うために耐圧容器が必要となる。加温可能な耐圧容器としてはオートクレーブを例示することができる。通常、PAS樹脂(特にPPS)の合成設備は加温可能な耐圧容器を備えているため好ましく用いることができる。
【0028】
加温温度は用いる有機溶剤や有機溶剤とPAS樹脂の仕込み比率により異なるが、PAS樹脂の溶解が完全に生じる温度まで高める必要がある。有機溶剤溶液がNMPの場合では250℃付近となる。また、加温状態での保持時間は樹脂溶解が完全に生じれば特に制限はないが、溶解の完全性担保と使用熱エネルギーとのバランスの観点より5分以上、1時間以内が好ましい。
【0029】
具体的には、有機溶剤としてN−メチル−2−ピロリドン(NMP)を使用し、NMPの沸点(202℃)以上に加熱することが好ましい。沸点以上の有機溶剤分子は熱運動が激しいため、無機微粒子の粒径が小さくともその粒子間には容易に浸透し、その熱エネルギーにより無機微粒子を分散することができる。一旦分散した粒子間には有機溶剤に溶解したPAS樹脂の分子も有機溶剤分子と共に入り込み、更に無機微粒子を良好に分散させる。一般に無機微粒子は粒径が小さいほど凝集力が強く、特にその粒径が100nm以下の領域においては凝集を解すことは極めて困難であるため、一次粒子への完全分散は達成し難いが、本願の方法において容易に分散することが可能となる。
【0030】
本発明での無機微粒子とPAS樹脂との複合化状態は、マトリックスとなるPAS樹脂が溶媒に溶解しており、溶融混練時よりもポリアリーレンスルフィド分子鎖間が拡大し、さらに溶媒分子の熱運動により分散した無機微粒子が一次粒径近傍にまで分散するため、無機微粒子の分散に優れたPAS樹脂組成物を得ることができたと推定される。
【0031】
(組成物の析出、精製操作)
無機微粒子が分散したPAS樹脂溶液は、オートクレーブ等の加温加圧容器から徐々に抜き出すことで有機溶剤溶液を除去することができる。他の方法としてはPAS樹脂溶液を水、アルコール等の貧溶媒に注入し、析出させることによっても良い。
得られた組成物の精製操作としては、組成物の製造後に該組成物中に含有される有機溶剤や、副生成物(たとえば、無機微粒子の熱分解物)を除去できる操作であれば特に限定されない。有機溶剤を除去する方法としては水洗、蒸気洗、溶媒洗や、蒸留処理、フラッシュ操作による脱溶剤等が例示される。
【0032】
(PAS樹脂の高分子量化)
PAS樹脂の溶解条件はPAS樹脂の合成条件と概ね一致する。従って、PAS樹脂に残存する末端官能基を用いて、より高分子量化する操作を同時に行うことでPAS樹脂組成物の特性をさらに向上させることもできる。本方法はポストコンデンセーション(後重合)として知られている。具体例としてはジハロゲノ芳香族化合物を原料として合成したPAS樹脂に残存しているハロゲン末端を、該残存末端と適量のスルフィド化剤とを反応させる操作を無機微粒子の複合化と同時に行うことが例示できる。この操作によりPAS樹脂の低ハロゲン化をすすめることもできる。
【0033】
加えて、有機溶剤に溶解性の高分子等の有機材料を併用してPAS樹脂と無機微粒子の複合化操作を行うことで第3成分を添加する操作をおこなっても良い。
【0034】
(後加工、及び併用材料)
本発明により得られた無機微粒子が分散されたPAS樹脂組成物は、これを直接材料として用い所望の形状に加工しても良いし、これをPAS樹脂や他の熱可塑性樹脂に更に複合化して用いてもよい。また、公知慣用の無機フィラー類や熱可塑性エラストマー類と併用しても差し支えない。
【実施例】
【0035】
以下に具体例をもって本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0036】
<合成例1 PAS樹脂(PPS−1)の合成>
温度センサー、冷却塔、滴下槽、滴下ポンプ、留出物分離槽を連結した攪拌翼付チタン製反応釜にパラジクロロベンゼン(p−DCB)1838kg(12.5キロモル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)4958kg(50キロモル)、水 90kg(5.0キロモル)を室温で仕込み、攪拌しながら窒素雰囲気下で100℃まで20分かけて昇温し、系を閉じ、更に220℃まで40分かけて昇温し、その温度で内圧を0.22MPaにコントロールして、Na2S・xH2O 1500kg、NaSH・yH2O 225kg、水425kgの混合液(Na2S:11.4キロモル、NaSH:3.2キロモル、水分50.3質量%)を3時間かけて滴下した。滴下中は同時に脱水操作を行い、水は系外に除去し、水と共に留出するp−DCBは連続的にオートクレーブに戻した。なお、脱水操作とp−DCBを戻す操作は240℃昇温完了まで行い、昇温完了時に系を密閉した。
【0037】
その後、そのままの温度圧力で1時間保持した後、1時間かけて、内圧を0.17MPaに下げながら、内温を240℃まで昇温し、その温度で1時間保持して反応を終了し、室温まで冷却した。
留出液の分析結果によると、反応終了時の反応系内の水分量は全使用スルフィド化剤に対して0.17(モル/モル)であった。
得られた反応スラリーを減圧下(−0.08MPa)、120℃に加熱することにより反応溶媒を留去し、残査に水を注いで80℃で1時間攪拌した後、濾過した。このケーキを再び湯で1時間攪拌、洗浄した後、濾過した。この操作を3回繰り返し、更に水を加え、200℃で1時間攪拌後、濾過し、熱風乾燥機で120℃−10時間乾燥して白色粉末状のポリマーを得た。このポリマーを以後PPS−1という。このPPS−1のピーク分子量は、43,700、溶融粘度は240Pa・sであった。
【0038】
(実施例1:酸化亜鉛ナノ粒子が分散されたPAS樹脂組成物(以下ナノ粒子分散PAS組成物と略す)の製造方法)
温度センサー及び、窒素ガスライン(入口、出口各1)を連結した内容積2Lの攪拌翼付チタン製反応釜中に、有機溶剤としてN−メチル−2−ピロリドン(NMP)800gを入れた後、無機微粒子として金属酸化物である酸化亜鉛ナノ粒子(堺化学工業株式会社製、FINEX−50、平均一次粒径20nm)50.0gと、PAS樹脂として合成例1で作製したPPS−1を200gを仕込み、完全に密閉した。その後、窒素ガス用の入口、出口を開け、窒素ガスを1L/分の流量で10分間流通させることで容器中の空気を置換したのち窒素ガス用の入口、出口を閉じた。300min−1の回転速度で槽内を攪拌しつつ4℃/分で昇温し250℃に到達したあと30分間保持した。
その後、攪拌を維持しつつ加熱を停止し、槽内を4℃/分で降温させたところ、190℃付近で降温が一旦停止し、加熱停止下にもかかわらず数分間で0.5℃程度昇温した後、再度降温が再開した。これは、溶解PPSが固体として析出する際の発熱により生じる挙動でありPPSが本操作で完全溶解したことを示唆している。ひきつづく降温で70℃に到達したところで攪拌を停止し釜を開放した。内部は均一略白色の塊状物があり、加温前のNMPと酸化亜鉛ナノ粒子と、樹脂との3相物とは完全に異なる状態となっていた。該塊状物を2Lのイオン交換水中にいれ室温下で30分間攪拌することで分散洗浄を行い、この分散スラリーを90mmφのヌッチェに桐山ロート5B濾紙を敷いた上から注ぎ減圧濾過を行った。濾紙上の樹脂組成物を2Lのイオン交換水で分散洗浄する操作をもう2回繰り返すことで洗浄濾過液が透明になった。ここで回収した濾紙上の樹脂組成物を金属バット上に広げ、120℃で14時間熱風乾燥することで略白色の酸化亜鉛ナノ粒子分散PAS組成物を得た。
【0039】
(実施例2:酸化亜鉛ナノ粒子が分散されたPAS樹脂組成物の製造方法−2)
実施例1で用いた粒径が20nmの酸化亜鉛ナノ粒子の代わりに粒径の異なる酸化亜鉛ナノ粒子(ハクスイテック株式会社製、F−2、平均一次粒径65nm)を67.0g用いた以外は実施例1と同様な複合化、洗浄、乾燥操作を行うことで略白色の酸化亜鉛ナノ粒子分散PAS組成物を得た。
【0040】
(実施例3:酸化鉄ナノ粒子が分散されたPAS樹脂組成物の製造方法)
実施例1で用いた酸化亜鉛ナノ粒子の代わりに酸化鉄の一種である針状ヘマタイト(戸田工業株式会社製、長辺平均一次粒径110nm、短辺平均一次粒径15nm)23.0gを用いた以外は実施例1と同様な複合化、洗浄、乾燥操作を行うことで茶褐色の酸化鉄ナノ粒子分散PAS組成物を得た。尚、本粒子は略球状ではないため平均粒径は各辺すべての平均値である(110+15+15)/3=46.6より、47nmとして扱った。
【0041】
(実施例4:酸化ジルコニウムナノ粒子が分散されたPAS樹脂組成物の製造方法)
実施例1で用いた酸化亜鉛ナノ粒子の代わりに酸化ジルコニウムナノ粒子(第一希元素化学工業株式会社製、UEP−100、平均一次粒径12nm)40.0gを用いた以外は実施例1と同様な複合化、洗浄、乾燥操作を行うことで略白色の酸化ジルコニウムナノ粒子分散PAS組成物を得た。
【0042】
(実施例5:金属ニッケルナノ粒子が分散されたPAS組成物の製造方法)
実施例1で用いた酸化亜鉛ナノ粒子の代わりに金属ニッケルナノ粒子(JFEミネラル株式会社製、NFP201、平均一次粒径200nm)40.0gを用いた以外は実施例1と同様な複合化、洗浄、乾燥操作を行うことで略黒色の金属ニッケルナノ粒子分散PAS組成物を得た。
【0043】
(実施例6:カーボンブラックが分散されたPAS組成物の製造方法)
実施例1で用いた酸化亜鉛ナノ粒子の代わりにカーボンブラック(キャボットジャパン株式会社製、BP880、平均一次粒径20nm)50.0gを用いた以外は実施例1と同様な複合化、洗浄、乾燥操作を行うことで黒色のカーボンブラック含有ナノ粒子分散PAS組成物を得た。
【0044】
(比較例1:溶融混練法による複合体の作製、実施例1の比較に相当)
樹脂溶融混練装置である、ラボプラストミルCタイプ、KF−6((株)東洋精機製作所社製)を用いて以下の条件で溶融混練法によりPAS樹脂と無機微粒子とを混練する試験を行った。本比較例は実施例1の比較試験に相当する組成である。加熱温度320℃に加熱した混練室にミキサー回転数10rpmで混練刃を回転させつつ、ドライブレンドしたPPS−1樹脂粉末5.0gと実施例1で用いた亜鉛ナノ粒子を1.25g粉末とを導入した。混練室に粉末を完全に導入したのち、ミキサー回転数を装置上限である300rpmに高め10分間溶融混練処理を行った。本操作では混練時間が5分を経過時点より、トルク上昇が認められ最終時の混練トルクは混練回転数を300rpmに高めた直後の約2倍に達しPASの酸化架橋(即ち樹脂成分の劣化)が生じていることが推定された。得られた粒子分散PAS組成物を回収した。
【0045】
(比較例2:溶融混練法による複合体の作製、実施例2の比較に相当)
比較例1中の酸化亜鉛ナノ粒子の代わりに、実施例2で用いた酸化亜鉛ナノ粒子1.675gに変更した以外は比較例1と同様な操作を行なった。本操作でも混練時間が5分を経過時点より著しいトルク上昇が認められ最終時の混練トルクは混練回転数を300rpmに高めた直後の約3倍に達しPASの酸化架橋(即ち樹脂成分の劣化)が生じていることが推定された。得られた粒子分散PAS組成物を回収した。
【0046】
(比較例3:溶融混練法によるPAS組成物の作製、実施例3の比較に相当)
比較例1中の酸化亜鉛ナノ粒子の代わりに、実施例3で用いた酸化鉄(ヘマタイト)ナノ粒子0.575gに変更した以外は比較例1と同様な操作を行なった。本操作でも混練時間が5分を経過時点より著しいトルク上昇が認められ最終時の混練トルクは混練回転数を300rpmに高めた直後の約3倍に達しPASの酸化架橋(即ち樹脂成分の劣化)が生じていることが推定された。得られた粒子分散PAS組成物を回収した。
【0047】
(比較例4: 溶融混練法によるPAS組成物の作製、実施例4の比較に相当)
比較例1中の酸化亜鉛ナノ粒子の代わりに、実施例4で用いた酸化ジルコニウムナノ粒子1.00gに変更した以外は比較例1と同様な操作を行なった。本操作でも混練時間が5分を経過時点より著しいトルク上昇が認められ最終時の混練トルクは混練回転数を300rpmに高めた直後の約2倍に達しPASの酸化架橋(即ち樹脂成分の劣化)が生じていることが推定された。得られた粒子分散PAS組成物を回収した。
【0048】
(比較例5: 溶融混練法によるPAS組成物の作製、実施例5の比較に相当)
比較例1中の酸化亜鉛ナノ粒子の代わりに、実施例5で用いた金属ニッケルナノ粒子1.00gに変更した以外は比較例1と同様な操作を行なった。本操作では特段大きなトルク上昇は認められなかった。得られた粒子分散PAS組成物を回収した。
【0049】
(比較例6: 溶融混練法によるPAS組成物の作製、実施例6の比較に相当)
比較例1中の酸化亜鉛ナノ粒子の代わりに、実施例6で用いたカーボンブラック1.25gに変更した以外は比較例1と同様な操作を行なった。本操作では混練回転数を高めた直後の1.5倍程度のトルク上昇が認められた。得られた粒子分散PAS組成物を回収した。
【0050】
(比較例7:溶融混練法によるPAS組成物の作製、特許文献1;実施例7に相当)
塩化パラジウム(II)0.66gを水:メタノール1:1混合溶液100mlに溶解させた液とPPS−1樹脂粉末100gとを混合したのち、減圧乾燥により溶媒を除去しPPS−1と塩化パラジウム(II)の混合体を得た。この混合体の5.6gを採取し、比較例1と同様な方法で溶融混練を行った。本混練操作によっても混練工程でのトルク上昇が認められ、最終時の混練トルクは混練回転数を高めた直後の2.5倍に達した。得られた粒子分散PAS組成物を回収した。
【0051】
(比較例8:溶融混練法によるPAS組成物の作製、特許文献1;実施例13に相当)
塩化パラジウム(II)の代わりに塩化鉄(III)0.28gを用いた以外は比較例7と同様な手法により粒子分散PAS組成物を得た。本操作中では混練装置より軽い塩素臭が発生した。また比較例1〜3同様に混練トルク上昇が見られ最終時の混練トルクは回転数を高めた直後の2倍に達した。
【0052】
上記各実施例、比較例で得られたナノ粒子分散PAS組成物について下記の方法によりシート状の測定用サンプルを作製した後、以下の項目の測定、試験を行なった。
【0053】
(板状樹脂組成物(測定用サンプル)の作製)
各実施例、比較例で得た樹脂組成物、及び複合化処理をしてないPAS-1を各々1.0g用い6cm角の開口部を持つ200μm厚の銅板を型として、6cm角で厚さ200μmの板状樹脂組成物を得た。本板状樹脂組成物を以降の測定に用いた。
【0054】
(測定1)示差熱天秤TG-DTAによる無機含有率の検証
前記方法で作製した各種の板状樹脂組成物を約3mm角に切断しこれを約7mg、TG−DTA測定用のPt製パンに入れ質量を正確に測定した。試料をいれたPtパンをTG-DTA(TG-DTA6200、エスアイアイ・ナノテクノロジー(株)製)でエア気流下室温から800℃まで10℃/分の昇温速度での焼成処理をPAS−1及び、実施例5,6、比較例5,6を除くすべての実施例、比較例で行い、粒子分散PAS組成物中の無機微粒子の存在量を確認した。尚、PAS−1では500℃付近から重量減が始まり、約700℃で完全に焼失した。実施例、比較例1〜4とも仕込みの無機含有率とほぼ同等10〜25質量%の焼成残存物があり、仕込み通りの無機複合化ができていることを確認した。比較例7、8では計算された無機分率が何れも0.5質量%以下と少ないため極僅かな焼成残存物がみられたのみであった。尚、実施例5及び比較例5では無機微粒子が単体金属であるため焼成処理に伴い金属の酸化に伴う重量増も発生すること、実施例6及び比較例6では無機微粒子がカーボンブラックであるため焼成に伴いPPS−1と同様に焼失することが解っているため本検証はおこなっていない。しかしこれら例でも他実施例、比較例の結果より仕込み通りの複合化ができたと考えられる。
【0055】
(測定2)蛍光X線での測定による無機成分の検証及び、含有率の測定
前記方法で作製した各種の板状樹脂組成物を3cm角に切断したのち重量を測定し、この組成物の密度を測定した。これを開口部が直径20mmの測定用ホルダ−にセットした。該試料を理化学電気工業株式会社製蛍光X線分析装置「ZSX100e」を用いて全元素分析を行った。PPS−1より得たシートでは合成原料に含まれる極僅かのNa以外の金属元素は含まれなかった。また、Clは合成原料由来と推定される0.05質量%が後述のFP法により検出された。実施例及び比較例1〜5では無機微粒子由来の金属元素が一定量確認できた。また、Clは0.05±0.003質量%の範囲内で検出され大きな増加は認められなかった。比較例7,8でも原料の金属塩化物由来の金属元素は確認できたが、PPS−1シートが含有する塩素量よりも明らかに高い値を示した。比較例7ではCl含有率は0.30質量%、比較例8では0.10質量%に達した。
無機含有率が正確に判明していない比較例7、8については得られた全元素分析の結果を用い、測定用試料の試料データ(与えたデータは、試料形状;フィルム、補正成分;PPS、実測した試料の面積当たりの質量値)を装置に与えることにより、FP法(Fundamental Parameter法;試料の均一性、表面平滑性を仮定し装置内の定数を用いて補正を行い成分の定量を行う方法)にて各々得られたナノ粒子分散PAS組成物に含まれる金属元素割合(質量%)を算出した。
【0056】
また、残存塩素(原料由来)として、PPS−1よりも塩素量が0.01質量%以上増加した場合はCl増加有り、0.01質量%以下の増加であればCl増加無しとした。
【0057】
(測定3)走査型電子顕微鏡(SEM)観察による凝集粒子の検出
板状樹脂組成物を剃刀により切り出し、断面が上面になるようにSEM用ホルダーにセットした。これに2nmのPtを蒸着しSEM観察用サンプルを作製した。走査型電子顕微鏡S−3400N((株)日立ハイテクノロジー製)での反射電子検出器を用いて断面での無機微粒子の分散状態を1000倍にて観察した。本測定では周囲のPAS樹脂よりも質量が重い無機微粒子は明るい領域として観察される。本方法で1μm以上の粗大粒子が500倍での任意の観察領域中に1つでも見られた場合は粗大粒子有り、見られなかった場合は粗大粒子無しと判定した。
【0058】
(測定4)透過型電子顕微鏡(TEM)観察による無機微粒子の分散粒径(無機分散粒径)測定
板状樹脂組成物をウルトラミクロトームにて超薄切片を作製、透過型電子顕微鏡JEM-2200FS(日本電子株式会社製)を用いて25万倍にて各実施例、比較例中の無機微粒子の分散状態を観察した。本方法で観察された100個の粒径を測定し、その平均値を無機分散粒径とした。粒子が高アスペクト比を持つ材料については、長径と短径の和を平均化した値を無機分散粒径とした。
【0059】
(測定5)PAS組成物の溶融粘度の測定
各実施例及び比較例で得られたPAS組成物の溶融粘度(Pa・s)特性をキャビラリーレオメーターキャピログラフ1D PMD−C((株)東洋精機製作所製)を用いて測定した。測定条件は、測定温度300℃、使用キャピラリーφ1×10mm、せん断速度500sec−1である。
【0060】
以下、表1に各実施例の結果を、表2に比較例の結果をまとめた。
【0061】
【表1】


【0062】
【表2】

【0063】
表1で見られるように、本発明では無機微粒子分散下の有機溶剤にPAS樹脂を溶解させた後、析出させることにより、無機微粒子を含有するPAS組成物を得ることができた。このとき、無機微粒子の分散粒径は使用した無機微粒子の一次粒径におおむね近く、最大でも一次粒径の2倍以内に収まり、一次粒径まで分散した粒子も多数見られた。これは2次凝集の分散が極めて困難であるといわれているナノ粒子の分散が簡便な手法で概ね達成できていることを示している。さらに、1μm以上の粗大粒子の混入はなく、無機含有率が高い割には溶融粘度の上昇も抑えられる結果となった。更に、無機含有率も10−25質量%と高くでき、こうして得られた複合体に無機的な性質を強く付与できる可能性を示唆している。本複合体はマスターバッチとしても好適に用いることもできる。
【0064】
一方、表2の比較例1〜6での一般的な溶融混練試験の結果では、使用した混練装置で可能な最大の回転速度での混練にも関わらず平均粒径250nm以上の粒径で凝集する結果となった。また、1μm以上の粗大粒子も散見された。これは無機微粒子がドライブレンドのような不完全な分散状態から複合化されるため二次凝集を分散しきれずに微粒化できなかったためと考えられる。
また、比較例7,8に示した金属塩化物を溶媒に溶解させPASに混合した後に溶媒を除去し引き続き溶融混練を行った方法(特許文献1の実施例に準拠)では、平均粒径は小さいものの1μm以上の粗大粒子も散見された。これは溶媒除去中に金属塩化物が再凝集した部分がありこれが分散しきれずに粗大粒子を形成したと推定される。さらに、無機原料由来の塩素成分が増加する欠点も見られた。
加えて、いずれの比較例でも、強いせん断力を与えての混練を行ったため、PAS樹脂が酸化架橋、劣化したと推定される溶融粘度の上昇を伴った。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアリーレンスルフィド樹脂が溶解され且つ無機微粒子が分散された有機溶剤溶液から、ポリアリーレンスルフィド樹脂を析出させることを特徴とする、ポリアリーレンスルフィド樹脂と無機微粒子との複合体の製造方法。
【請求項2】
高温下においてポリアリーレンスルフィド樹脂が溶解され且つ無機微粒子が分散された有機溶剤溶液から、冷却してポリアリーレンスルフィド樹脂を析出させる請求項1に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂と無機微粒子との複合体の製造方法。
【請求項3】
オートクレーブを使用する請求項1又は2に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂と無機微粒子との複合体の製造方法。
【請求項4】
前記無機微粒子の平均粒径が5〜100nmである、請求項1〜3のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィド樹脂と無機微粒子との複合体の製造方法。
【請求項5】
前記無機微粒子が亜鉛元素を含有する材料である、請求項1〜4のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィド樹脂と無機微粒子との複合体の製造方法。
【請求項6】
前記ポリアリーレンスルフィド樹脂を溶解可能な有機溶剤がN−メチル−2−ピロリドンである請求項1〜5のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィド樹脂と無機微粒子との複合体の製造方法。

【公開番号】特開2010−275464(P2010−275464A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−130412(P2009−130412)
【出願日】平成21年5月29日(2009.5.29)
【出願人】(000002886)DIC株式会社 (2,597)
【Fターム(参考)】