説明

ポリエステルポリオールの製造方法

【課題】酵素を触媒として使用し、高分子量のポリエステルポリオールを、穏やかな条件下において高収率で製造する方法を提供する。
【解決手段】クリプトコッカス(Cryptococcus)属に属する酵母由来のクチナーゼの存在下で、ヒドロキシカルボン酸又はそのエステルと多価アルコールとを反応させることを特徴とするポリエステルポリオールの製造方法。前記ヒドロキシカルボン酸又はそのエステル中の水酸基が2級水酸基であることが好ましく、前記ヒドロキシカルボン酸、又はそのエステルのアルコール残基を除く部位の炭素数が15以上であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クチナーゼを触媒として用いるポリエステルポリオールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒドロキシカルボン酸と多価アルコールとの脱水縮合反応で得られるポリエステルポリオールは、イソシアネートと反応させることで、ポリウレタンとすることができるため、ウレタン樹脂の製造原料として注目されてきている。
このような中、ポリエステルポリオールの製造方法に関する様々な研究が展開され、エネルギー消費量が少ないために環境負荷が小さく、目的物をより高選択的に得られる等の理由から、酵素を触媒として使用するポリエステルポリオールの製造方法が報告されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、無溶媒下で触媒としてキャンディダ アンタルクチカ(Candida antarctica)由来リパーゼを用いて、ジカルボン酸又はその誘導体とグリコールとからポリエステルを製造する方法が開示されている。特許文献2及び非特許文献1には、加水分解酵素クチナーゼを酵素触媒として用いて、ジカルボン酸又はその誘導体とグリコールとからポリエステルを製造する方法が開示されている。
【0004】
非特許文献2には、ヒドロキシカルボン酸としてリシノール酸を用い、リパーゼを触媒として用いたポリエステルの製造方法が開示されている。この文献によると、シュードモナス セパシア(Pseudomonas cepacia、別名Burkholderia cepacia)由来のリパーゼが最もリシノール酸の重縮合反応に適していると報告されている。
【特許文献1】特許第4009317号公報
【特許文献2】特開2005−58228号公報
【非特許文献1】Polymer Preprints,Japan,Vol.56,No.2,5630(2007)
【非特許文献2】H.Ebata,K.Toshima,S.Matsumura,Macromol.Biosci.,vol.7,798(2007)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非特許文献2に記載の方法では、リパーゼの触媒活性が低く、反応に長時間を要するなどの問題点があった。そして、酵素を触媒として使用する従来のポリエステルポリオールの製造方法は、一般的に反応性が不十分なものであり、実用的な製造方法が無いのが現状であった。
【0006】
更には、特許文献1ではヒドロキシカルボン酸を使用した反応例は記載されておらず、また、非特許文献2によると特許文献1で使用されるCandida antarctica由来リパーゼのヒドロキシカルボン酸に対する触媒活性が低いことが報告されている。
【0007】
特許文献2及び非特許文献1では、クチナーゼを触媒としてジカルボン酸とグリコールからポリエステルを製造するにあたり、反応系内の水の存在が重要であり、特に反応初期に水の添加が必須であることが示されている。一方で、ポリエステルポリオール製造において、反応の完結(酸価1以下)には反応系内の水分量を500ppm以下にまで脱水する必要があることも示されている(非特許文献1)。
このことは、本反応はエステル化反応であることから、生成する水を反応系外に排出する必要があるものの、一方では反応中にクチナーゼの触媒活性を維持できるだけの水分量が必要であり、このために反応系内の水分量を精密に制御しながら縮合水を除去する必要があることを意味し、反応操作上極めて好ましくない。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みて為されたものであり、酵素を触媒として使用し、高分子量のポリエステルポリオールを、穏やかな条件下において高収率で製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、加水分解酵素の一種である酵母由来のクチナーゼが、ヒドロキシカルボン酸であるリシノール酸類似体の単独重縮合反応を高活性に触媒することを見出した。更には、ヒドロキシカルボン酸の重縮合反応では、反応初期に水の添加を全く必要としないことを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、クリプトコッカス(Cryptococcus)属に属する酵母由来のクチナーゼの存在下で、ヒドロキシカルボン酸又はそのエステルと多価アルコールとを反応させることを特徴とするポリエステルポリオールの製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ポリエステルポリオールを、穏やかな条件下において高収率で製造できる。得られるポリエステルポリオールは、ウレタン樹脂の製造に好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明のポリエステルポリオールの製造方法は、クリプトコッカス属に属する酵母由来のクチナーゼの存在下で、ヒドロキシカルボン酸又はそのエステルと多価アルコールとを反応させることを特徴とする。すなわち、クチナーゼを触媒として使用することで、ヒドロキシカルボン酸中のカルボキシ基と、該ヒドロキシカルボン酸中の水酸基又は多価アルコール中の水酸基とのエステル化反応により、ポリエステルポリオールを得るものである。また、ヒドロキシカルボン酸エステルを使用する場合には、そのエステルと、該ヒドロキシカルボン酸エステル中の水酸基又は多価アルコール中の水酸基とのエステル交換反応により、ポリエステルポリオールを得るものである。
【0012】
<クチナーゼ>
本発明で使用するクチナーゼは、クリプトコッカス属に属する酵母に由来するものである。ここでクリプトコッカス属に属する酵母としては、クリプトコッカス エスピー エス−2(Cryptococcus sp S−2;FERM P−15155)、クリプトコッカス ネオフォルマンス(Cryptococcus neoformans)、クリプトコッカス アルビダス(Cryptococcus albidus)、クリプトコッカス ラクタチボラス(Cryptococcus lactativorus)、クリプトコッカス ラウレンチ(Cryptococcus laurentii)、クリプトコッカス フラバス(Cryptococcus flavas)が例示できる。なかでも、クリプトコッカス エスピー エス−2(Cryptococcus sp S−2;FERM P−15155、以下、クリプトコッカス エスピー エス−2と略記する)が特に好ましい。
【0013】
クリプトコッカス属に属する酵母に由来するクチナーゼは、前記酵母自体がタンパク質として生産したものでも良いし、前記酵母に由来する、クチナーゼをコードする遺伝子を導入された他の微生物等が生産したものでも良い。
【0014】
前記クチナーゼは、一種を単独で用いても良いし、二種以上を併用しても良い。二種以上を併用する場合、これらクチナーゼの種類及び使用比率は、目的に応じて適宜選択し得る。
【0015】
前記クチナーゼは、固相担体に固定化されている固定化クチナーゼであることが好ましい。固定化クチナーゼを使用することで、取り扱い性が向上し、工程を簡略化できる。例えば、反応後の反応液からのクチナーゼの回収や、回収したクチナーゼの洗浄等を容易に行うことができ、安定した品質のクチナーゼを繰り返し再利用することが可能となる。
【0016】
固相担体へのクチナーゼの固定化は公知の方法で行うことができる。例えば、静電引力、ファンデルワールス力又は疎水結合等の非共有結合を介して、吸着等により固定化する方法が挙げられる。また、固相担体表面の官能基とクチナーゼ中の官能基との間で化学反応を行うことにより、共有結合を介して固定化する方法が挙げられる。
【0017】
非共有結合を介して固定化する場合には、例えば、クチナーゼを含む溶液を固相担体と接触させ、必要に応じて緩衝液等の水溶液で洗浄すれば良い。
【0018】
共有結合を介して固定化する場合には、クチナーゼが失活しない条件下で反応を行うことが好ましく、例えば、クチナーゼ中のアミノ基と、アミノ基と共有結合を形成し得る固相担体中の官能基とを水溶液中で反応させると良い。
アミノ基と共有結合を形成し得る官能基としては、好ましいものとしてエポキシ基、ハロホルミル基、イソシアネート基、カルボキシ基、−CO−O−CO−で表される基、マレイミド基、及びホルミル基が例示でき、なかでも反応性、安定性を考慮すると、ホルミル基又はエポキシ基がより好ましい。前記官能基は、固相担体全体にあってもよいが、少なくとも固相担体表面にあれば良い。
固相担体は、前記官能基を有する市販品を使用しても良いし、前記官能基を有していない固相担体に該官能基を導入するなど、公知の方法で製造しても良い。例えば、ガラス由来の固相担体に対しては、各種のシランカップリング剤を用いることにより、固相担体にエポキシ基を導入できる。また、有機物由来の固相担体であれば、例えば、該有機物に存在する官能基を介してエポキシ基等の前記官能基を導入できる。
【0019】
固相担体の材質としては、カオリナイト及びガラス等の無機物や、ポリアクリルアミド及びポリスチレン等の有機物が例示でき、目的に応じて適宜選択し得る。
また、固相担体の形状は特に限定されない。例えば、多孔質体とすることにより、単位体積当りのクチナーゼ固定化量を増やすことができ、微粒子状とすることで取り扱い性が向上する。
【0020】
<ヒドロキシカルボン酸>
本発明で使用するヒドロキシカルボン酸とは、水酸基とカルボキシ基を一分子内に有する化合物を指し、水酸基を有する脂肪酸(以下、ヒドロキシ脂肪酸と略記する)が好ましい。ヒドロキシカルボン酸は、飽和及び不飽和のいずれでも良い。そして、ヒドロキシカルボン酸中における不飽和結合の位置も特に限定されるものではないが、例えば、ヒドロキシ脂肪酸の場合には、分子末端でないことが好ましい。
【0021】
ヒドロキシカルボン酸におけるカルボキシ基の数は複数でも良いが、一つであることが好ましい。また、ヒドロキシカルボン酸中におけるカルボキシ基の位置は特に限定されないが、例えば、ヒドロキシ脂肪酸など鎖状構造のヒドロキシカルボン酸の場合には、分子末端であることが好ましい。ヒドロキシカルボン酸におけるカルボキシ基の数が複数である場合には、少なくとも一つのカルボキシ基は分子末端にあることが好ましい。
【0022】
ヒドロキシカルボン酸における水酸基の数も複数でも良いが、一つであることが好ましい。また、ヒドロキシカルボン酸中における水酸基の位置も特に限定されないが、例えば、ヒドロキシ脂肪酸など鎖状構造のヒドロキシカルボン酸の場合には、分子末端以外であることが好ましい。そして、ヒドロキシカルボン酸における水酸基の数が複数である場合には、少なくとも一つの水酸基は分子末端以外にあることが好ましい。
そして、ヒドロキシカルボン酸における水酸基は、1級水酸基又は2級水酸基であることが好ましく、2級水酸基であることがより好ましい。そして、ヒドロキシカルボン酸における水酸基の数が複数である場合には、少なくとも一つは2級水酸基であることが好ましく、すべて2級水酸基であることがより好ましい。
【0023】
前記ヒドロキシカルボン酸は、炭素数が15以上のものが好ましく、15〜24のものがより好ましい。そして、炭素数が上記範囲のヒドロキシ脂肪酸がより好ましい。このようなヒドロキシ脂肪酸としては、ペンタデカン酸、ヘキサデカン酸、ヘプタデカン酸、オクタデカン酸、ノナデカン酸、イコサン酸、ドコサン酸、テトラコサン酸等の飽和脂肪酸;該飽和脂肪酸の一つ以上の飽和結合が不飽和結合に置き換えられた不飽和脂肪酸;において、カルボキシ基を構成する水素原子以外の一つ以上の水素原子が水酸基で置換されたものが例示できる。
【0024】
本発明においては、ヒドロキシカルボン酸として、不飽和ヒドロキシ脂肪酸に水素添加したものも使用できる。
また、例えば、ヒマシ油、Dimorphotheca油、Lesquerella油、Lesquerelladensipila種子油等の天然油脂から取り出されるヒドロキシ脂肪酸又はこれらに水素添加したヒドロキシ脂肪酸が使用できる。
さらに、大豆油、亜麻仁油、オリーブ油、コメヌカ油、パーム油、トール油等から取り出されるオレイン酸、リノール酸等の水酸基を有さない不飽和脂肪酸を、公知の手法でヒドロキシ化したものも使用できる。例えば、不飽和脂肪酸中の二重結合をエポキシ化し、次いでエポキシ基を加水分解することで、ヒドロキシ脂肪酸が得られる。
また、大豆油、亜麻仁油、ヒマシ油等には、ヒドロキシ脂肪酸トリグリセリド等のヒドロキシ脂肪酸エステルが含有されるので、エポキシ化大豆油、エポキシ化亜麻仁油、エポキシ化ヒマシ油等としてから、エステルを分解し、得られたエポキシ化脂肪酸のエポキシ基を上記と同様に加水分解することで得られるヒドロキシ脂肪酸を使用しても良い。
【0025】
本発明において特に好ましいヒドロキシカルボン酸としては、リシノール酸、12−ヒドロキシステアリン酸が例示できる。
【0026】
<ヒドロキシカルボン酸エステル>
本発明においては、前記ヒドロキシカルボン酸に代わり、前記ヒドロキシカルボン酸のエステルを使用しても良い。ここでヒドロキシカルボン酸のエステルとは、ヒドロキシカルボン酸のカルボキシ基がエステルを形成しているものを指す。そして、前記ヒドロキシカルボン酸エステルは、ラクトン環の一つ以上の水素原子が水酸基で置換されたヒドロキシラクトンでも良い。
ヒドロキシカルボン酸エステルを使用した場合には、そのエステルと、該ヒドロキシカルボン酸エステル中の水酸基又は多価アルコール中の水酸基とのエステル交換反応により、ポリエステルポリオールが得られる。ヒドロキシカルボン酸のエステルとしては、前記ヒドロキシ脂肪酸のエステルが好適である。
【0027】
前記エステルは、アルコール残基が脂肪族アルコールに由来する脂肪族エステル及び芳香族アルコールに由来する芳香族エステルのいずれでも良いが、脂肪族エステルが好ましく、アルキルエステルがより好ましい。この場合のアルキルエステルを構成するアルコール残基のアルキル基は、直鎖状、分岐鎖状及び環状のいずれでも良いが、直鎖状又は分岐鎖状が好ましく、直鎖状が特に好ましい。
直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基としては、炭素数が1〜5であるものが好ましく、具体的には、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、n−ペンチル基が例示できる。なかでも炭素数が1〜3であるものがより好ましく、メチル基が特に好ましい。
環状のアルキル基は、単環構造のものが好ましく、炭素数が5〜7のものが好ましく、具体的には、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基が例示できる。
前記脂肪族エステルがアルケニルエステル又はアルキニルエステルである場合には、これらエステルを構成するアルケニル基又はアルキニル基は、直鎖状又は分岐鎖状が好ましく、直鎖状がより好ましい。そして、炭素数は2〜5であるものが好ましく、不飽和結合が少ないほど好ましい。
芳香族エステルを構成するアルコール残基の芳香族基としては、アリール基、アリールアルキル基が例示でき、フェニル基、ベンジル基など単環構造のものが好ましい。
【0028】
本発明において特に好ましいヒドロキシカルボン酸エステルとしては、リシノール酸メチル、12−ヒドロキシステアリン酸メチルが例示できる。
【0029】
本発明においてヒドロキシカルボン酸及びヒドロキシカルボン酸エステルは、一種を単独で使用しても良いし、二種以上を併用しても良い。そして、ヒドロキシカルボン酸及びヒドロキシカルボン酸エステルを併用しても良い。また、二種以上を併用する場合には、その組み合わせ及び比率は、目的に応じて適宜選択し得る。
【0030】
<多価アルコール>
本発明で使用する多価アルコールとは、1分子中に水酸基を2個以上有する化合物である。
2価アルコールとしては、エタンジオール、プロパンジオール、ブタンジオール、ペンタンジオール、ヘキサンジオール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ヘプタンジオール、オクタンジオール、ノナンジオール、デカンジオール、ドデカンジオール等の脂肪族ジオール、水素化ビスフェノールA、ビスフェノールA、シクロヘキサンジオール等の芳香族ジオール又は脂環式ジオールが例示できる。
【0031】
また、3価以上の多価アルコールとしては、グリセリン、ジグリセリン、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、トリスヒドロキシメチルアミノペンタン、ペンタエリスリトール、ジペンタエリスリトール、ヘキサメチロールメラミン、ヘキサエチロールメラミン、テトラメチロールベンゾグアナミン、テトラエチロールベンゾグアナミンが例示できる。
【0032】
なかでも多価アルコールとしては、2価アルコール又は3価アルコールが好ましく、2価アルコールがより好ましく、脂肪族ジオールが特に好ましい。また、少なくとも一つの水酸基を分子末端に有するものが好ましく、すべての水酸基を分子末端に有するものがより好ましく、特に好ましいものとして、1,4−ブタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、ポリエチレングリコールが例示できる。
【0033】
また上記以外にも、前記多価アルコールの複数の水酸基がヒドロキシカルボン酸のカルボキシ基とエステル結合したものも、多価アルコールとして使用できる。すなわち、本発明において形成される反応中間体に相当するものを、反応開始当初から原料として使用しても良い。このような多価アルコールとしては、ヒドロキシ脂肪酸トリグリセリドが例示できる。例えば、ヒマシ油に主要成分として含まれるヒドロキシ脂肪酸トリグリセリドは、通常、全脂肪酸残基中、リシノール酸残基の割合が80〜90%程度であることが知られており、リシノール酸トリグリセリドが豊富にふくまれている。そこで、ヒマシ油を原料の多価アルコールとして使用することもできる。
【0034】
本発明において多価アルコールは、一種を単独で使用しても良いし、二種以上を併用しても良い。二種以上を併用する場合には、その組み合わせ及び比率は、目的に応じて適宜選択し得る。
【0035】
本発明においては、上記のクチナーゼ、ヒドロキシカルボン酸、ヒドロキシカルボン酸エステル及び多価アルコール以外に、本発明の効果を妨げない範囲内において、必要に応じて他の成分の存在下において反応を行っても良い。
【0036】
<その他反応条件>
ヒドロキシカルボン酸又はそのエステルと多価アルコールとの使用量の比率は、これらの種類に応じて適宜選択すれば良い。例えば、ヒドロキシカルボン酸中のカルボキシ基及び水酸基の数、又はヒドロキシカルボン酸エステル中のエステルの数及び水酸基の数、並びに多価アルコール中の水酸基の数を考慮して選択すると良い。例えば、カルボキシ基及び水酸基を一つずつ有するヒドロキシカルボン酸と2価アルコールとを反応させる場合には、ヒドロキシカルボン酸を2価アルコールの3〜12倍モル量用いることが好ましく、5〜10倍モル量用いることがより好ましく、6〜8倍モル量用いることが特に好ましく、6.5〜7.5倍モル量用いることが最も好ましい。エステル結合及び水酸基を一つずつ有するヒドロキシカルボン酸エステルと2価アルコールとを反応させる場合も、ヒドロキシカルボン酸エステルを、上記ヒドロキシカルボン酸と同様の量だけ用いるのが好ましい。
【0037】
クチナーゼの使用量は特に限定されないが、ヒドロキシカルボン酸及びそのエステルと多価アルコールとの使用量の合計に対して、0.5〜20質量%であることが好ましく、0.5〜10質量%であることがより好ましく、1〜6質量%であることが特に好ましく、2〜5質量%であることが最も好ましい。
【0038】
反応溶媒は、使用する原料の組み合わせ等に応じて適宜選択し得る。例えば、原料としてヒドロキシカルボン酸を使用した場合には、反応の進行に伴い水が生成するが、この水は、エステルの加水分解反応を抑制するために反応系中から除去することが好ましく、反応溶媒としてトルエン、キシレン等の高沸点溶媒を使用し、減圧下で溶媒を留去しながら反応を行えば、共沸脱水でき好適である。
【0039】
また本発明においては、例えば、反応温度において少なくとも原料の一部が液状となる場合などは、反応溶媒を使用することなく反応を行うこともできる。
【0040】
反応は、反応溶媒の有無によらず減圧下で行うことが好ましい。ヒドロキシカルボン酸を使用した場合には、反応進行に伴い水が生成し、ヒドロキシカルボン酸エステルを使用した場合には、反応進行に伴いアルコールが生成するが、これら水やアルコールは、ポリエステルの分解反応を起こす可能性があるため、反応系から除去することが好ましい。反応を減圧下で行うことで、これら水やアルコールを容易に除去できる。
減圧時の反応系内の圧力は特に限定されないが、好ましくは5000Pa以下、より好ましくは2500Pa以下とすると良い。
この場合、当初は常圧下で反応を行い、減圧は反応開始から好ましくは5〜60分後、より好ましくは10〜50分後、特に好ましくは20〜40分後、最も好ましくは25〜35分後から行うと良い。
【0041】
反応を減圧下で行う場合には、反応系内に不活性ガスを供給しながら反応を行うのが好ましい。ここで、不活性ガスとしては、窒素、アルゴン、ヘリウムが例示できる。
不活性ガスの供給量は特に限定されないが、反応器容量1L当りの供給量として、好ましくは0.01〜0.50L/min、より好ましくは0.05〜0.10L/minとすると良い。
【0042】
反応温度は、使用する原料や、反応溶媒の使用の有無、使用する場合にはその種類等に応じて適宜調整すれば良い。
例えば、ヒドロキシカルボン酸又はそのエステルが液状である場合には、20〜80℃であることが好ましく、30〜70℃であることがより好ましく、40〜60℃であることが特に好ましい。
一方、ヒドロキシカルボン酸又はそのエステルが固形状である場合には、反応開始当初は、融点以上で反応させることが好ましく、この時の反応温度は、その融点にもよるが、通常40〜80℃であることが好ましい。このような温度で反応させた後は、反応液が流動性を有する範囲内において反応温度を低下させても良いし、反応温度を変えずに反応を継続しても良い。反応温度を低下させる場合には、例えば、上記のヒドロキシカルボン酸又はそのエステルが液状である場合に例示した温度範囲内に収まる様に反応温度を低下させるのが好ましい。反応温度を低下させる時期は、反応の進度に応じて判断すれば良いが、通常は反応開始から5〜36時間後が好ましく、10〜30時間後がより好ましく、15〜30時間後がより好ましく、20〜25時間後が最も好ましい。
【0043】
反応時間もその他の反応条件に応じて適宜調整すれば良いが、例えば、上記のような好ましい反応温度で反応を行う場合には、100時間以下が好ましく、70時間以下がより好ましく、50時間以下が特に好ましい。
【0044】
反応の進行は、例えば、酸価(AN)を測定することで追跡できる。本発明においては、酸価(AN)が好ましくは5以下、より好ましくは3以下、特に好ましくは1以下となるように、反応条件を調整すると良い。本発明においては、クチナーゼの触媒活性が高いので、酸価(AN)を1以下とすることが可能である。そして通常、酸価(AN)が低くなるほど、より高分子量のポリエステルポリオールが得られる。
【0045】
反応終了後は、ろ過等により触媒を除去することで、目的とするポリエステルポリオールが得られる。そして、適宜必要に応じて、洗浄、濃縮、精製等の後処理を行っても良い。
【0046】
本発明によれば、クチナーゼの触媒活性が高いので、穏やかな反応条件下で反応を速やかに行うことができ、例えば、ウレタン樹脂の製造原料として好適な高分子量のポリエステルポリオールを高収率で得られる。具体的には、ポリスチレン標準による計算で、質量平均分子量(Mw)が1000〜5000、数平均分子量(Mn)が1000〜4000、分散度(Mw/Mn)が1.2〜2.0程度のポリエステルポリオールが好適に得られる。
【0047】
本発明の製造方法において、多価アルコールを使用しないこと以外は、上記のポリエステルポリオールの製造方法と同様の方法で、ヒドロキシカルボン酸を単独重縮合させることで、ポリエステルを製造することもできる。
【実施例】
【0048】
以下、具体的実施例により、本発明についてさらに詳しく説明する。ただし、本発明は、以下の実施例に何ら限定されるものではない。
[実施例1]
クリプトコッカス エスピー エス−2由来のクチナーゼを多孔質のアクリルビーズ状の固相単体(Lewatit OC1600、ランクセス社製)に物理吸着させた固定化クチナーゼを調製した。
次いで、冷却トラップを介して一方を減圧ポンプと結合し、他方を減圧ゲージと結合した三方コック、及びガス流量制御コントローラーに結合した不活性気体導入管を取り付けた三ツ口フラスコに、リシノール酸253.6質量部、1,4−ブタンジオール10.9質量部、前記固定化クチナーゼ7.9質量部(モノマー全量に対し3質量%)を入れ、油浴にて45℃に加温した。そして、攪拌羽根を取り付けた機械式攪拌器を用いて約250rpmで攪拌しながら反応を行った。反応開始より30分後、反応系内を2500Paに減圧し、かつ不活性気体として窒素を0.05L/minで供給した。反応開始より30分経過後から脱水が顕著に観測された。反応開始より7時間後、反応系内を1500Paにまで減圧して反応を継続した。反応追跡は酸価(AN)測定により行った。反応開始より48時間後、反応系内の減圧および窒素の供給を停止し、得られた粘調な液体を、アドバンテック社製生産用濾紙(No.28−3)を使用して濾過することにより、固定化酵素を濾別した。これにより、室温にて黄色粘稠液体のポリエステルポリオール樹脂が得られた。このポリエステルポリオール樹脂の性状を以下に示す。また、反応の追跡結果を図1に示す。図1中、横軸は反応時間を、縦軸は酸価(AN)を示す。
水酸基価(OHv);31.9
酸価(AN);0.96
GPCによる分子量分析結果(ポリスチレン標準による計算結果);Mn3260、Mw4440、Mw/Mn1.36
粘度(25℃);1035 mPa・s
【0049】
[実施例2]
リシノール酸に代わり高純度リシノール酸(リシノレイン酸HP、小倉合成工業株式会社製)を用いたこと以外は実施例1と同様に反応を行った。得られたポリエステルポリオール樹脂の性状を以下に示す。
水酸基価(OHv);53.7
酸価(AN);0.21
GPCによる分子量分析結果(ポリスチレン標準による計算結果);Mn3110、Mw4360、Mw/Mn1.40
【0050】
[実施例3]
リシノール酸に代わりリシノール酸メチル(K−PON180HP、小倉合成工業株式会社製)209.7質量部、1,6−ヘキサンジオール11.9質量部を用いたこと以外は実施例1と同様に反応を行った。反応追跡は水酸基価(OHv)測定により行った。
得られたポリエステルポリオール樹脂の性状を以下に示す。
水酸基価(OHv);58.6
酸価(AN);0.14
GPCによる分子量分析結果(ポリスチレン標準による計算結果);Mn1480、Mw1960、Mw/Mn1.32
【0051】
[実施例4]
リシノール酸に代わり12−ヒドロキシステアリン酸メチル(ITOHWAX E−210、伊藤製油株式会社製)212.6質量部、1,4−ブタンジオール9.1質量部を用い、反応温度を60℃としたこと以外は実施例1と同様に反応を行った。反応追跡は水酸基価(OHv)測定により行った。反応終了後、室温に放置するとグリース状の半固体状であるポリエステルポリオール樹脂が得られた。得られたポリエステルポリオール樹脂の性状を以下に示す。
水酸基価(OHv);40.3
酸価(AN);0.21
【0052】
[実施例5]
1,4−ブタンジオールに代わりヒマシ油75.4質量部、リシノール酸82.9質量部を用いたこと以外は実施例1と同様に反応を行った。得られたポリエステルポリオール樹脂の性状を以下に示す。
水酸基価(OHv);63.7
酸価(AN);3.72
【0053】
[比較例1]
酵素触媒として、クチナーゼに代わり、固定化Candida antarctica由来リパーゼB(ノボザイム435、ノボザイムズジャパン社製)を用いたこと以外は実施例1と同様に反応を行った。その結果、反応開始より2時間後には酸価(AN)110まで反応が進行したが、その後の反応進行は極めて遅く、反応開始より48時間後の酸価は98、96時間後の酸価は80であった。この時の反応の追跡結果を図1に示す。
【0054】
[比較例2]
酵素触媒として、クチナーゼに代わり、固定化Burkholderia cepacia由来リパーゼ(リパーゼPSC−II、天野エンザイム社製)を用いたこと以外は実施例1と同様に反応を行った。その結果、反応開始より25時間後の酸価(AN)は82であった。反応の進行が遅く、反応開始より72時間まで反応を行ったが酸価(AN)は30であった。この時の反応の追跡結果を図1に示す。
【0055】
[比較例3]
実施例1と同様の反応器に、アジピン酸146.1質量部、1,4−ブタンジオール100.6質量部、固定化クチナーゼ12.3質量部(モノマー全量に対し5質量%)を入れ、油浴にて45℃に加温した。攪拌羽根を取り付けた機械式攪拌器を用いて約250rpmで攪拌しながら反応を行った。反応開始より30分後、反応系内を2500Paに減圧し、かつ不活性気体として窒素を0.05L/minで供給した。反応はほとんど進行せず、反応開始より30時間後の酸価は230であった。その後、55時間まで反応を行ったが酸価は220であった。
比較例3から、クチナーゼを酵素触媒に用いてジカルボン酸とグリコールからのポリエステル製造においては、反応初期に水の添加が必要であることが確認された。
【0056】
[実施例6]
実施例1と同様の方法で反応を行った。この間、反応の追跡を行い、酸価(AN)が114、50、11及び0.9の各段階における反応液をGPCにより分析した。その結果を図2に示す。図2中、横軸は保持時間を、縦軸はピーク強度を示す。なお、図2においては、比較対象としてリシノール酸及び1,4−ブタンジオールのチャートもあわせて示した。
図2から明らかなように、酸価(AN)が114という反応初期の段階で、既に1,4−ブタンジオールのピークが消失しており、リシノール酸中の水酸基よりも1,4−ブタンジオール中の水酸基が優先的に反応することが確認された。そして反応の進行とともにリシノール酸のピークが消失し、ポリエステルポリオールに相当する高分子量の生成物を示すピークの強度が強くなることが確認された。
【0057】
[実施例7、比較例4〜5]
実施例1、比較例1〜2と同様の方法で反応を行った(実施例7−クチナーゼ、比較例4−Candida antarctica由来リパーゼB、比較例5−Burkholderia cepacia由来リパーゼ)。そして、実施例7は反応時間48時間、比較例4は反応時間48時間、比較例5は反応時間72時間における生成物をそれぞれGPCにより分析した。その結果を図3に示す。図3中、横軸は保持時間を、縦軸はピーク強度を示す。なお、図3においては、比較対象としてリシノール酸及び1,4−ブタンジオールのチャートもあわせて示した。
図3から明らかなように、実施例7では、リシノール酸及び1,4−ブタンジオールのピークは観測されず、十分に反応が進行しており、ポリエステルポリオールが生成していることが確認された。
一方、比較例4では、高分子量の生成物のピークは観測されず、ポリエステルポリオールが生成していないことが確認された。そして、1,4−ブタンジオールのピークが消失していることから、1,4−ブタンジオール中の水酸基とリシノール酸中のカルボキシ基とのエステル化反応は進行しているものと推測され、これは反応の進行が酸価(AN)100程度で停止していることからも支持された。
また、比較例5では、1,4−ブタンジオールのピークが消失し、リシノール酸のピーク及び高分子量の生成物のピークが観測されたことから、リシノール酸中の水酸基よりも1,4−ブタンジオール中の水酸基が優先的に反応すること、反応が完結せずにリシノール酸が残存していることが確認された。これは反応の進行が酸価(AN)30程度で停止していることからも支持された。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、ポリエステルポリオール及びウレタン樹脂の製造に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】実施例1、比較例1及び2における反応の追跡結果を示すグラフである。
【図2】実施例6における反応の追跡結果を示すGPCチャートである。
【図3】実施例7、比較例4〜5における生成物の分析結果を示すGPCチャートである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クリプトコッカス(Cryptococcus)属に属する酵母由来のクチナーゼの存在下で、ヒドロキシカルボン酸又はそのエステルと多価アルコールとを反応させることを特徴とするポリエステルポリオールの製造方法。
【請求項2】
前記ヒドロキシカルボン酸又はそのエステル中の水酸基が2級水酸基である請求項1に記載のポリエステルポリオールの製造方法。
【請求項3】
前記ヒドロキシカルボン酸、又はそのエステルのヒドロキシカルボン酸残基の炭素数が15以上である請求項1又は2に記載のポリエステルポリオールの製造方法。
【請求項4】
前記クチナーゼが固相担体に固定化されている請求項1〜3のいずれか一項に記載のポリエステルポリオールの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−203365(P2009−203365A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−47632(P2008−47632)
【出願日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【出願人】(000002886)DIC株式会社 (2,597)
【出願人】(301025634)独立行政法人酒類総合研究所 (55)
【Fターム(参考)】