説明

ポリエステル加工糸

【課題】強度と接着性が両立し補強用に適したポリエステル加工糸を提供すること。
【解決手段】ポリエチレンナフタレート繊維からなる毛羽を表面に有するポリエステル加工糸であって、該ポリエチレンナフタレート繊維のX線広角回折より得られる結晶体積が550〜1200nmであり、かつ結晶化度が30〜60%であることを特徴とするポリエステル加工糸。また、加工糸が牽切糸であること、該ポリエチレンナフタレート繊維がリン原子をエチレンナフタレート単位に対して0.1〜300mmol%含有するものであること、該リン原子が、フェニルホスフィン酸またはフェニルホスホン酸由来のものであること、該ポリエチレンナフタレート繊維が金属元素を含むものであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はポリエステル加工糸に関し、さらに詳しくはポリエチレンナフタレート繊維からなる産業資材の補強用に適したポリエステル加工糸に関する。
【背景技術】
【0002】
汎用的に使用されるポリエステル繊維の中でもポリエチレンナフタレート繊維は、高強度、高モジュラスおよび優れた寸法安定性を示し、タイヤコード、伝動ベルト等のゴム補強材をはじめとする産業資材分野用の加工糸として広く使用され始めている。例えば特許文献1では、繊維断面径を均一にしたポリエチレンナフタレート短繊維を紡績糸とし、補強用繊維として用いることが開示されている。しかし、紡績糸としたので毛羽を有し接着力こそ高まるものの、通常の補強用繊維である長繊維フィラメント糸と比較して、どうしても繊維強度が劣るという問題があった。
【0003】
一方このようなポリエステル加工糸の物性を向上させる手段の一つとして、加工糸に用いられるポリエチレンナフタレート繊維自体の物性を向上させる方法がある。例えば特許文献2では、高速紡糸を行うことによる、耐熱性に優れたポリエチレンナフタレート繊維が提案されている。しかし融点が高い場合には強度が低く、強度を高くした場合には融点が低くなるという問題があった。強度と耐熱性とを高いレベルで満足させることができなかったのである。また、例えば特許文献3には、溶融紡糸の口金直下に390℃に加熱した加熱紡糸筒を設置し、300倍前後のドラフトの高速紡糸と熱延伸を行うことによって、強力の優れたポリエチレンナフタレート繊維が開示されている。しかし得られた繊維の融点は288℃とまだ低く、強度も8.0g/de(約6.8N/dtex)と不十分なものであり、耐熱性についてもまだ満足のいくものではなかった。そのほか特許文献4や特許文献5でも、紡糸条件等を最適化することにより高強度で熱安定性に優れたポリエチレンナフタレート繊維が提案されている。しかし、これらのいずれの方法によっても、得られた繊維の強度こそ高い物性が得られるものの、その融点は284℃以下と低いものであり、耐熱性については満足のいくレベルのポリエチレンナフタレート繊維は得られていない。
つまり従来公知のポリエチレンナフタレート繊維を用いた場合には、いまだ充分に接着性や強度、特に耐熱性を満足したポリエステル加工糸は得られていなかったのである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−057090号公報
【特許文献2】特開昭62−156312号公報
【特許文献3】特開平06−184815号公報
【特許文献4】特開平04−352811号公報
【特許文献5】特開2002−339161号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、強度と接着性が両立し補強用に適したポリエステル加工糸を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のポリエステル加工糸は、ポリエチレンナフタレート繊維からなる毛羽を表面に有するポリエステル加工糸であって、該ポリエチレンナフタレート繊維のX線広角回折より得られる結晶体積が550〜1200nmであり、かつ結晶化度が30〜60%であることを特徴とする。
【0007】
また、該ポリエステル加工糸が牽切糸であること、該ポリエチレンナフタレート繊維がリン原子をエチレンナフタレート単位に対して0.1〜300mmol%含有するものであること、該ポリエチレンナフタレート繊維中のリン原子が、フェニルホスフィン酸またはフェニルホスホン酸由来のものであること、該ポリエチレンナフタレート繊維が金属元素を含むものであることが好ましい。
もう一つの本発明の繊維高分子複合体は、上記の本発明のポリエステル加工糸により補強された繊維高分子複合体である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、強度と接着性が両立し補強用に適したポリエステル加工糸が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】牽切加工装置の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のポリエステル加工糸は、ポリエチレンナフタレート繊維からなる毛羽を表面に有するものである。このような毛羽を有する繊維としては短繊維からなる紡績糸でも良いが、繊維の有する強度を充分に発揮させるためには長繊維を加工した牽切糸であることが好ましい。
【0011】
この本発明のポリエステル加工糸の総繊度としては、50〜5000dtexの範囲であることが好ましく、さらには200〜3000dtexの範囲であることが好ましい。そして本発明のポリエステル加工糸は毛羽を有するが、その毛羽を構成する単糸の繊度としては、1dtex以上7dtex以下であることが好ましい。さらには1dtex以上5dtex以下、最も好ましくは1dtex以上3dtex以下の範囲であることである。単糸繊度が細すぎると、毛羽の強度が低下し、産業資材用途に求められる補強用途に使用しにくい傾向にある。一方、単糸繊度が太いと加工糸フィラメント中の単糸の構成本数が少なくなり、糸の絡み合いが減少する。そのため、最終的な加工糸の強度が低くなる傾向にあるばかりではなく、生産途上における工程通過性さえも低下する傾向にある。特に牽切糸とした場合には、紡績糸と比べ高い張力が糸条にかかるため、特に工程途中の絡み合いは重要である。単糸繊度とフィラメントの総繊度のバランスとしては、加工糸を形成するフィラメント糸の構成本数が50本以上1000本以下であることが好ましい。構成本数が少なくなると各単糸繊度が大きくなり、逆に構成本数が多すぎると各単糸繊度が小さくなりすぎるという問題がある。
【0012】
また、このような本発明のポリエステル加工糸は、糸条を複数本合糸して得たものであることも好ましい。合糸前の糸条の繊度としては400〜700dtexであることが好ましい。さらに合糸する際に撚糸したものであることが好ましい。撚糸を行うことにより単糸強力を有効に活用し、最終的にポリエステル加工糸の強度を有効に高くしうる。
【0013】
また、本発明のポリエステル加工糸はポリエチレンナフタレート繊維からなるものであるが、そのポリエチレンナフタレート繊維とは、主たる繰り返し単位がエチレンナフタレートである繊維であれば足りるが、さらにはエチレン−2,6−ナフタレート単位を80%以上、特には90%以上含むポリエチレンナフタレート繊維であることが好ましい。他に少量であれば、適当な第3成分を含む共重合体であっても差し支えない。
【0014】
また、前記ポリエチレンナフタレート中には、各種の添加剤、たとえば二酸化チタンなどの艶消剤、熱安定剤、消泡剤、整色剤、難燃剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、赤外線吸収剤、蛍光増白剤、可塑剤、耐衝撃剤の添加剤、または補強剤としてモンモリナイト、ベントナイト、ヘクトライト、板状酸化鉄、板状炭酸カルシウム、板状ベーマイト、あるいはカーボンナノチューブなどの添加剤が含まれていてもよい。
【0015】
そして本発明に用いられるポリエチレンナフタレート繊維は、上記のようなポリエチレンナフタレートからなる繊維であって、さらにX線広角回折より得られる結晶体積が550〜1200nmであり、結晶化度が30〜60%であることを必須とする。さらには結晶体積が600〜1000nmであることが好ましい。また結晶化度としては35〜55%であることが好ましい。
【0016】
ここで繊維の結晶体積とは、繊維の広角X線回折において、回折角が15〜16度、23〜25度、25.5〜27度の回折ピークから得られる結晶サイズの積である。ちなみにこのそれぞれの回折角はポリエチレンナフタレート繊維の結晶面(010)、(100)、(1−10)における面反射によるものであり、理論的には各ブラッグ反射角2θに対応するものであるが、全体の結晶構造の変化により若干シフトしたピークを有するものである。また、このような結晶構造はポリエチレンナフタレート繊維に特有のものであり、例えば同じポリエステル繊維ではあってもポリエチレンテレフタレート繊維などには存在しない。
【0017】
また、繊維の結晶化度(Xc)とは、比重(ρ)とポリエチレンナレフタレートの完全非晶密度(ρa)と完全結晶密度(ρc)とから下記の(数式1)により求めた値である。
結晶化度 Xc={ρc(ρ−ρa)/ρ(ρc−ρa)}×100 (数式1)
式中
ρ :ポリエチレンナフタレート繊維の比重
ρa :1.325(ポリエチレンナレフタレートの完全非晶密度)
ρc :1.407(ポリエチレンナレフタレートの完全結晶密度)。
【0018】
本発明で用いられるこのポリエチレンナフタレート繊維は、従来の高強力繊維と同様の高い結晶化度を維持しながら、さらに従来に無い高い結晶体積を実現することにより、高い熱安定性と高い融点を得ることができたことにその特徴がある。結晶体積が550nm(55万オングストローム)未満では、このような高い融点を得ることができないのである。結晶体積は高くするほど熱安定性に優れ好ましいが、一般にその場合には結晶化度が低下し強度が低下する傾向にあるため、本発明においては1200nm(120万オングストローム)が上限となる。また結晶化度が30%未満では非晶部位が熱劣化を起こしやすく充分な耐熱性を確保できない。
【0019】
このように繊維の結晶体積を大きくするためには、紡糸時の口金下温度を低く保ちながら、紡糸する方法が有効である。また、紡糸ドラフト比や延伸倍率等を高め、繊維を引き伸ばすことによっても大きい結晶体積を得ることができる。ただし、紡糸ドラフト比を高くすると剛直な繊維であるポリエチレンナフタレート繊維は断糸しやすくなるため、紡糸ドラフト比は100〜5000程度に留め、延伸倍率を高めることが特に有効である。通常は紡糸時の口金下温度を低く保った状態で結晶体積を大きくするようなドラフトを行った場合には、紡糸時に断糸が発生し、繊維を製造することが困難であった。本発明で用いられるポリエチレンナフタレート繊維は、後に述べる特定のリン化合物を用いることによって、このような結晶体積を実現できるようになったものである。
【0020】
繊維の結晶化度を高めるためには、結晶体積を大きくするのと同じく、紡糸ドラフト比や延伸倍率等を高め、繊維を高倍率に引き伸ばすことによって得ることができる。しかし結晶体積が大きくなるとともに結晶化度が高くなると、剛直な繊維であるポリエチレンナフタレート繊維はますます断糸しやすくなる。そこで本発明に用いられるポリエチレンナフタレート繊維では、相反する性質である結晶体積を550〜1200nmの範囲内としながら、結晶化度を30〜60%とするために、紡糸前のポリマーの段階で、均一な結晶構造を形成させることが重要となる。例えば後述する特有のリン化合物をポリマーに含有させることによってそのような均一な結晶構造を実現させることが可能となる。
【0021】
さらに本発明で用いられるポリエチレンナフタレート繊維としては、X線広角回折の最大ピーク回折角が25.5〜27.0度の範囲にあることが好ましい。理由は定かではないが、結晶面である(010)、(100)、(1−10)のうち、繊維軸上にこの(1−10)面の結晶が大きく成長することにより耐熱性が大幅に向上される。このような繊維軸と平行な結晶の大きさは、特に繊維を一定方向に高倍率で引き伸ばすことによって高めることができ、たとえば紡糸ドラフト比や延伸倍率等を高めることによって得ることができる。
【0022】
また本発明で用いられるポリエチレンナフタレート繊維は、リン原子をエチレンナフタレート単位に対して0.1〜300mmol%含有するものであることが好ましい。さらには、リン原子の含有量が10〜200mmol%であることが好ましい。リン化合物により結晶性をコントロールすることが容易になるからである。逆に多すぎる場合には紡糸時の異物欠点が発生するために製糸性が低下し、併せて物性が低下する傾向にある。
【0023】
また、通常ポリエチレンナフタレート繊維は触媒としての金属元素を含むものであるが本発明でも金属元素を含むことが好ましく、さらには二価金属であることが好ましい。また、この繊維に含まれる金属元素が周期律表における第4〜5周期かつ3〜12族の金属元素およびMgの群より選ばれる少なくとも1種以上の金属元素であることが好ましい。特には繊維に含まれる金属元素が、Zn、Mn、Co、Mgの群から選ばれる少なくとも1種以上の金属元素であることが好ましい。理由は定かではないが、これらの金属元素をリン化合物と併用した場合に特に結晶体積のばらつきが少ない均一な結晶が得られやすくなる。
【0024】
このような金属元素の含有量としては、エチレンナフタレート単位に対して10〜1000mmol%含有するものであることが好ましい。そして前述のリン元素Pと金属元素Mの存在比であるP/M比としては0.8〜2.0の範囲であることが好ましい。P/M比が小さすぎる場合には、金属濃度が過剰となり、過剰金属成分がポリマーの熱分解を促進し、熱安定性を損なう傾向にある。逆にP/M比が大きすぎる場合には、リン化合物が過剰のため、ポリエチレンナフタレートポリマーの重合反応を阻害し、繊維物性が低下する傾向にある。さらに好ましいP/M比としては0.9〜1.8であることが好ましい。
【0025】
そして本発明で用いられるポリエチレンナフタレート繊維の強度としては4.0〜10.0cN/dtexであることが好ましい。さらには5.0〜9.0cN/dtex、より好ましくは6.0〜8.0cN/dtexであることが好ましい。強度が低すぎる場合にはもちろん、高すぎる場合にも耐久性に劣る傾向にある。また、ぎりぎりの高強度で生産を行うと製糸工程での断糸が発生し易い傾向にあり工業繊維としての品質安定性に問題がある傾向にある。
【0026】
繊維の融点としては285〜315℃であることが好ましい。さらには290〜310℃であることが最適である。融点が低すぎる場合には耐熱性、寸法安定性が劣る傾向にある。一方高すぎても溶融紡糸が困難になる傾向にある。繊維が高い融点を有する場合には、繊維の耐熱強力維持率を高く保つことができ、高温雰囲気下で用いられる複合材料用の補強用繊維として最適である。
【0027】
また180℃の乾熱収縮率は、0.5〜4.0%未満であることが好ましい。さらには1.0〜3.5%であることが好ましい。乾熱収縮率が高すぎる場合、加工時の寸法変化が大きくなる傾向にあり、繊維を用いた成形品の寸法安定性が劣るものとなりやすい。このような高融点、低乾熱収縮率は本発明の繊維を構成するポリマーの結晶体積を大きくすることにより達成されたものである。
【0028】
また、本発明にて用いられるポリエチレンナフタレート繊維のtanδのピーク温度は150〜170℃であることが好ましい。従来のポリエチレンナフタレート繊維のtanδは通常180℃近辺であるが、本発明のポリエチレンナフタレート繊維は高配向結晶化に伴いtanδの値が低温シフトしたもので、本発明の繊維補強樹脂組成物を成形品とした場合において、耐衝撃性の面で有利な特性を発揮することができる。
【0029】
またポリエチレンナフタレート繊維の複屈折率(ΔnDY)としては、0.15〜0.35の範囲であることが好ましい。そして密度(ρDY)としては、1.350〜1.370であることが好ましい。複屈折率(ΔnDY)や密度(ρDY)が小さい場合には、十分発達した繊維構造が形成されておらず、繊維の耐熱性や寸法安定性が低下する傾向にあり、最終成形品の物性も低下する傾向にある。一方、複屈折率(ΔnDY)や密度(ρDY)を上げ過ぎた場合、製造工程において延伸倍率を破断延伸倍率付近にまで高くするなどの条件を採用する必要があり、断糸が起こりやすく、安定した繊維を得ることが困難なため最終成形品の物性が向上しにくい傾向にある。さらにはポリエチレンナフタレート繊維の複屈折率(ΔnDY)としては0.18〜0.32、密度(ρDY)としては1.355〜1.365の各範囲であることが好ましい。
【0030】
上記のような特徴を有するポリエチレンナフタレート繊維は、従来のポリエチレンナフタレート繊維に比べ融点が高く、高温条件下での使用の際にも充分に性能を発揮しうる。このようなポリエチレンナフタレート繊維からなる本発明のポリエステル加工糸は、特に高い高温物性が要求される補強用の産業資材用糸条として有効に用いられるものである。
【0031】
このようなポリエチレンナフタレート繊維は、例えば以下の製造方法により得ることが可能である。すなわち、主たる繰り返し単位がエチレンナフタレートであるポリマーを溶融し、紡糸口金から吐出するポリエチレンナフタレート繊維の製造方法であって、溶融時のポリマー中に下記一般式(1)であらわされる少なくとも1種類のリン化合物添加した後に紡糸口金から吐出し、紡糸口金から吐出後の紡糸ドラフト比が100〜5000であり、紡糸口金から吐出直後に溶融ポリマー温度のプラスマイナス50℃以内の温度の保温紡糸筒を通過し、かつ延伸する製造方法により得ることできる。
【0032】
【化1】

[上の式中、Arは炭素数6〜20個の炭化水素基であるアリール基であり、Rは水素原子又は炭素数の1〜20個の炭化水素基であるアルキル基、アリール基又はベンジル基、Xは、水素原子または−OH基である。]
【0033】
製造に用いられる主たる繰返し単位がエチレンナフタレートであるポリマーは、従来公知のポリエステルの製造方法に従って製造することができる。すなわち、酸成分として、ナフタレン−2,6―ジメチルカルボキシレート(NDC)に代表される2,6−ナフタレンジカルボン酸のジアルキルエステルとグリコール成分であるエチレングリコールとでエステル交換反応させた後、この反応の生成物を減圧下で加熱して、余剰のジオール成分を除去しつつ重縮合させることによって製造することができる。あるいは、酸成分として2,6−ナフタレンジカルボン酸とジオール成分であるエチレングリコールとでエステル化させることにより、従来公知の直接重合法により製造することもできる。
【0034】
エステル交換反応を利用した方法の場合に用いるエステル交換触媒としては、特に限定されるものではないが、ポリエステルの溶融安定性、色相、ポリマー不溶異物の少なさ、紡糸の安定性の観点から、マンガン、マグネシウム、亜鉛化合物が好ましい。また重合触媒も、特に限定されるものではないが、ポリエステルの重合活性、固相重合活性、溶融安定性、色相に優れ、かつ得られる繊維が高強度で、優れた製糸性、延伸性を有する点で、アンチモン化合物が特に好ましい。
【0035】
溶融時のポリマー中に含まれるリン化合物である一般式(1)の好ましい化合物としては、例えばフェニルホスホン酸やフェニルホスフィン酸を挙げることができる。
さらに一般式(1)中で用いられているRの炭化水素基としては、アルキル基、アリール基、ベンジル基であることが好ましく、それらは未置換のもしくは置換されたものであっても良い。このときRの置換基としては立体構造を阻害しないのであることが好ましく、例えば、ヒドロキシル基、エステル基、アルコキシ基等で置換されているものが好ましい。また上記(1)のArで示されるアリール基は、例えば、アルキル基、アリール基、ベンジル基、アルキレン基、ヒドロキシル基、ハロゲン原子で置換されていても良い。
【0036】
中でも結晶性を向上させるためにはこのリン化合物としては、下記一般式(2)で表されたフェニルホスホン酸およびその誘導体であることが好ましい。
【化2】

[上の式中、Arは炭素数6〜20個の炭化水素基であるアリール基であり、Rは水素原子又は未置換もしくは置換された1〜20個の炭素元素を有する炭化水素基である。]
【0037】
本発明で用いられるポリエチレンナフタレート繊維では、これら特有のリン化合物を溶融ポリマー中に直接添加することにより、ポリエチレンナフタレートの結晶性が向上し、その後の製造条件の下で結晶化度を高く保ちながら、結晶体積の大きいポリエチレンナフタレート繊維を得ることができたのである。これはこの特有のリン化合物が、紡糸及び延伸工程で生じる粗大な結晶成長を抑制し結晶を微分散化させる効果であると考えられる。また従来ポリエチレンナフタレート繊維を高速紡糸することは非常に困難であったが、これらのリン化合物が添加されることにより、紡糸安定性が飛躍的に向上し、かつ断糸が起きない点から実用的な延伸倍率を高めることによって繊維を高強度化することができるようになった。
【0038】
また安定生産のためには、式(1)を例に説明すると、Rの炭素数としては4個以上、さらには6個以上であることが好ましく、特にアリール基であることが好ましい。またXが水素原子または水酸基であるために、工程中の真空下では飛散しにくい効果がある。
【0039】
また、高い結晶性向上の効果を示すためには、Rがアリール基であることが、さらにはベンジル基やフェニル基であることが好ましく、本発明の製造方法では、リン化合物がフェニルホスフィン酸またはフェニルホスホン酸であることが特に好ましい。中でもフェニルホスホン酸およびその誘導体であることが最適であり、作業性の面からもフェニルホスホン酸が最も好ましい。フェニルホスホン酸は水酸基を有するため、そうでは無いフェニルホスホン酸ジメチルなどのアルキルエステルに比べて沸点が高く、真空下で飛散しにくいというメリットもある。つまり、添加したリン化合物のうちポリエステル中に残存する量が増え、添加量対比の効果が高くなる。また真空系の閉塞が発生しにくい点からも有利である。
【0040】
また安定生産のためには、式(1)を例に説明すると、Xが水素原子または水酸基である場合には、さらに工程中の真空下では飛散しにくい効果がある。また、高い結晶性向上の効果を示すためには、Arのアリール基が、さらにはベンジル基やフェニル基であることが好ましく、本発明の製造方法では、リン化合物がフェニルホスフィン酸またはフェニルホスホン酸であることが特に好ましい。中でもフェニルホスホン酸およびその誘導体であることが最適であり、作業性の面からもフェニルホスホン酸が最も好ましい。フェニルホスホン酸は水酸基を有するため、そうでは無いフェニルホスホン酸ジメチルなどのアルキルエステルに比べて沸点が高く、真空下で飛散しにくいというメリットもある。つまり、添加したリン化合物のうちポリエステル中に残存する量が増え、添加量対比の効果が高くなる。また真空系の閉塞が発生しにくい点からも有利である。
【0041】
このような製造方法にて本発明で用いられるポリエチレンナフタレート繊維は得られるが、ポリエチレンナフタレート繊維としては、リン原子をエチレンナフタレート単位に対して0.1〜300mmol%含有するものであることが好ましい。
【0042】
また、このようなリン化合物と共に、金属元素を添加することが、さらには二価金属を添加することが好ましい。また周期律表における第4〜5周期かつ3〜12族の金属元素およびMgの群より選ばれる少なくとも1種以上の金属元素が溶融ポリマー中に添加されていることが好ましい。特には繊維に含まれる金属元素が、Zn、Mn、Co、Mgの群から選ばれる少なくとも1種以上の金属元素であることが好ましい。これらの金属元素は、エステル交換触媒や重合触媒として添加しても良いし、別途添加することも可能である。このような金属元素の含有量としては、エチレンナフタレート単位に対して10〜1000mmol%含有するものであることが好ましい。そして前述のリン元素Pと金属元素Mの存在比であるP/M比としては0.8〜2.0の範囲であることが好ましい。
【0043】
本発明で用いられる結晶体積が550〜1200nmであり、結晶化度が30〜60%であるポリエチレンナフタレート繊維は、上記のようなポリエチレンナフタレートポリマーを溶融し、紡糸口金から吐出後の紡糸ドラフト比が100〜5000であり、紡糸口金から吐出直後に溶融ポリマー温度のプラスマイナス50℃以内の範囲内に設定された保温紡糸筒を通過し、かつ延伸することなどによって得ることができる。
【0044】
ここで紡糸ドラフトとは、紡糸巻取速度(紡糸速度)と紡糸吐出線速度の比として定義され、下記の(数式2)で表されるものである。
紡糸ドラフト=πDV/4W (数式2)
(式中、Dは口金の孔径、Vは紡糸引取速度、Wは単孔あたりの体積吐出量を示す)
【0045】
紡糸ドラフト比を大きくすることによって、ポリマー中の結晶体積や結晶化度を上げることができる。このような高紡糸ドラフトとするためには、紡糸速度が高いことが好ましく、1500〜6000m/分、さらには2000〜5000m/分であることが好ましい。
【0046】
さらにこのようなポリエチレンナフタレート繊維を得るためには、紡糸口金から吐出直後に溶融ポリマー温度のプラスマイナス50℃以内の範囲内に設定された保温紡糸筒を通過することが好ましい。さらには保温紡糸筒の設定温度は溶融ポリマー温度以下であることが好ましい。また、保温紡糸筒の長さとしては10〜300mmであることが好ましく、さらには30〜150mmであることが好ましい。保温紡糸筒の通過時間としては、0.2秒以上であることが好ましい。
【0047】
通常ポリエチレンナフタレート繊維の製造方法においては、上記のように高ドラフト条件を採用した場合、溶融ポリマー温度よりも数十度高い加熱紡糸筒を使用している。剛直なポリマーであるポリエチレンナフタレートポリマーは、紡糸口金から吐出された直後にすぐに配向しやすく、単糸切れを発生しやすいため、加熱紡糸筒をもちいて遅延冷却させる必要があったからである。そして紡糸筒温度が溶融ポリマー温度付近の場合には、吐出するポリマーの速度が速いために、遅延冷却状態とならないからである。
【0048】
しかし本発明で用いられるポリエチレンナフタレート繊維では、上記のような特定のリン化合物を用いて微小結晶を形成させることにより、同じ配向度であっても均一な構造とすることが可能となった。そして均一構造であるがゆえに加熱紡糸筒を用いなくても単糸切れが発生せず、高い製糸性を確保することが可能となったのである。そして、このような低温の保温紡糸筒を用いることによりポリエチレンナフタレート繊維の結晶体積をより有効に大きくすることができるようになった。高温の紡糸筒ではポリマー中の分子運動が激しく、大きな結晶の生成が阻害されるためである。そして大きな結晶体積を有することにより、得られる繊維の融点や耐熱疲労性を有効に高めることができるようになったのである。
【0049】
保温紡糸筒を通過した紡出糸条は、次いで30℃以下の冷風を吹き付けて冷却することが好ましい。さらには25℃以下の冷風であることが好ましい。冷却風の吹出量としては2〜10Nm/分、吹出長さとしては100〜500mm程度であることが好ましい。次いで、冷却された糸状については、油剤を付与することが好ましい。
【0050】
このようにして紡糸された未延伸糸は、複屈折率(ΔnUD)としては0.10〜0.28、密度(ρUD)としては1.345〜1.365の範囲であることが好ましい。複屈折率(ΔnUD)や密度(ρUD)が小さい場合には、紡糸過程での繊維の配向結晶化が不充分となり、耐熱性及び優れた寸法安定性が得られない傾向にある。一方、複屈折率(ΔnUD)や密度(ρUD)が大きすぎる場合、紡糸過程で粗大な結晶成長が発生していることが推測され、紡糸性を阻害し断糸が多発する傾向にあり、実質的に製造が困難となる傾向にある。また、その後の延伸性も阻害されるため高物性の繊維の製造が困難となる傾向にある。さらには紡糸された未延伸糸の複屈折率(ΔnUD)としては0.11〜0.26、密度(ρUD)としては1.350〜1.360の範囲であることがより好ましい。
【0051】
本発明の繊維を得るためには上記のように高紡糸ドラフトを行うことが好ましい。通常程度のドラフトを行った場合には、結晶体積が小さくなり融点も低く、本発明のように高い寸法安定性を得ることができない。一方、高紡糸ドラフトであっても加熱紡糸筒を用いて遅延冷却を行った場合には、同じく結晶体積が小さくなり融点も低く、本発明の保温紡糸筒を用いた場合と違い高い寸法安定性を得ることができないからである。
【0052】
その後延伸を行うが、このような条件にて製造を行った場合、均一な結晶を有する繊維に対し高紡糸ドラフトを行っているために、断糸が有効に防止される。そして結晶化度が高いにもかかわらず、大きい結晶体積の繊維を得ることができるのである。延伸は、引取りローラーから一旦巻取って、いわゆる別延伸法で延伸してもよく、あるいは引取りローラーから連続的に延伸工程に未延伸糸を供給する、いわゆる直接延伸法で延伸しても構わない。また延伸条件としては1段ないし多段延伸であり、延伸負荷率としては60〜95%であることが好ましい。延伸負荷率とは繊維が実際に断糸する張力に対する、延伸を行う際の張力の比である。延伸倍率や延伸負荷率を上げることによって、結晶体積や結晶化度を有効に大きくすることができる。
【0053】
延伸時の予熱温度としては、ポリエチレンナフタレート未延伸糸のガラス転移点以上、結晶化開始温度の20℃以上低い温度以下で行うことが好ましく、120〜160℃が好適である。延伸倍率は紡糸速度に依存するが、破断延伸倍率に対し延伸負荷率60〜95%となる延伸倍率で延伸を行うことが好ましい。また、繊維の強度を維持し寸法安定性を向上させるためにも、延伸工程で170℃から繊維の融点以下の温度で熱セットを行うことが好ましい。さらには延神時の熱セット温度が170〜270℃の範囲であることが好ましい。このような高温での熱セットにより、有効に延伸倍率を上げることができ結晶体積を大きくすることができるようになる。
【0054】
上記の製造方法では、特定のリン化合物を用いることによって、高ドラフト率かつ保温紡糸筒による冷却条件を採用することができ、高い製糸性の製造方法でありながら、高い寸法安定性と耐疲労性を有する本発明に最適な繊維を得ることができたのである。ちなみに上記の特定のリン化合物を用いない場合には、紡糸するためにドラフト率を下げるか、加熱紡糸筒を用いて遅延冷却させる必要があり、本発明で必要とされる高物性、高融点の繊維を得ることはできないのである。
【0055】
このような製造方法にて得られたポリエチレンナフタレート繊維は、結晶体積が大きいと共に高い結晶化率を実現しており、高強度とともに高い融点と高い寸法安定性を有し、さらには優れた耐疲労性をも満たす繊維となり、本発明のポリエステル加工糸に有効に用いることができる。
さて、本発明のポリエステル加工糸は上記のようなポリエチレンナフタレート繊維からなる毛羽を、表面に有するものである。
【0056】
本発明のポリエステル加工糸を得る方法として、例えば牽切糸を製造する方法としては、図1に示したような装置によって製造することができる。より具体的に図に基づいて説明する。まずポリエチレンナフタレート繊維のフィラメントAは、供給ニップローラー1の前で合糸しながら、供給ニップローラー1を通過した後、牽切位置2で牽切ニップローラー3により同時に引きちぎられ、ドラフトされながら均一に牽切され短繊維束を得る。次いで、吸引性空気ノズル4で牽切ローラー3から引きちぎられ、さらに、旋回性抱合ノズル5によって、絡みの付与とともに短繊維の毛羽を巻き付けて結束部を付与された後、デリベリローラー6により引き取られ、短繊維の毛羽がランダムに巻きついた牽切糸Bとなる。ここで、牽切加工機にかけられるポリエチレンナフタレート繊維のフィラメント糸は、上述したように牽切加工の直前で合糸することが好ましい。加工前の合糸数は全体で8000dtex以上10000dtex以下となるように設定することが好ましく、牽切加工後の牽切糸の繊度は400dtex以上700dtex以下で設定することが望ましい。つまり、牽切倍率(=合糸フィラメントの繊度/牽切糸の繊度)が15倍以上20倍以下であるように牽切加工に投入するフィラメント全体の繊度と牽切加工後の牽切糸の繊度を調整することが好ましい。牽切倍率が低すぎると毛羽の発生が少なく、逆に牽切倍率が高すぎると断糸し安定的な牽切加工が困難になる傾向にある。
【0057】
本発明のポリエチレンナフタレート加工糸は、さらに撚糸や合糸をすることにより、所望の繊維コードを得ることも好ましい。さらにはその表面に接着処理剤を付与し、より接着力を高めることも可能である。接着処理剤としては、例えばゴム補強用途であればRFL系接着処理剤を処理することが最適であり、RFL接着剤処理の前にあらかじめエポキシ化合物による前処理を行うことも好ましい方法である。
【0058】
より具体的に述べると、このような繊維コードは、上記の本発明のポリエチレンナフタレート牽切糸に、常法に従って撚糸を加え、あるいは無撚の状態でRFL処理剤を付着させ、熱処理を施すことにより得ることができ、このような繊維はゴム補強用に好適に使用できる処理コードとなる。
【0059】
このようにして得られた本発明のポリエステル加工糸は、高分子を補強することにより繊維・高分子複合体とすることができる。この時、高分子としてはゴム弾性体であることが好ましい。毛羽による接着力向上効果が特に有効であるからである。そしてこの複合体は、補強に用いられた本発明のポリエチレンナフタレート牽切糸が耐熱性や寸法安定性に優れているため、複合体としたときの成形性に非常に優れたものとなる。また、本発明のポリエチレンナフタレート牽切糸は牽切加工を施すことにより、毛羽を意図的に発生させているため、高分子との接着性に優れ、より補強効果の高いものとなる。さらには、牽切加工によりポリエチレンナフタレート繊維は極限延伸されるため、ポリエチレンナフタレート牽切糸の単糸強力は、牽切加工前のポリエチレンナフタレート繊維の単糸強力より高くなり、高分子との接着性がより一層強くなることでも補強効果を高くすることができる。
【実施例】
【0060】
本発明をさらに下記実施例により具体的に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例により限定されるものではない。また各種特性は下記の方法により測定した。
【0061】
(1)極限粘度IVf
チップまたは繊維をフェノールとオルトジクロロベンゼンとの混合溶媒(容量比6:4)に溶解し、35℃でオストワルド型粘度計を用いて測定して求めた。
【0062】
(2)ポリエチレンナフタレート牽切糸の強度
JIS L1013に準拠して測定した。
【0063】
(3)強度利用率
下式により、牽切加工前後の強度利用率(%)を算出した。
(親糸の強度)/(牽切糸の強度)×100
親糸:牽切加工前のポリエチレンナフタレート繊維。
【0064】
(4)高温時強度保持率
100℃雰囲気下で(2)と同様の方法でポリエチレンナフタレート牽切糸の強度を測定し、下式により高温時の強度保持率(%)を算出した。
(100℃での強度)/(常温での強度)×100
【0065】
(5)繊維の乾熱収縮率
JIS L1013 B法(フィラメント収縮率)に準拠し、180℃で30分間の収縮率とした。
【0066】
(6)繊維の結晶化度
まず繊維の比重を四塩化炭素/n−ヘプタン密度勾配管を用い、25℃で測定した。この得られた比重から下記の(数式1)より結晶化度を求めた。
結晶化度 Xc={ρc(ρ−ρa)/ρ(ρc−ρa)}×100 (数式1)
式中 ρ :ポリエチレンナフタレート繊維の比重
ρa :1.325(ポリエチレンナレフタレートの完全非晶密度)
ρc :1.407(ポリエチレンナレフタレートの完全結晶密度)
【0067】
(7)繊維の結晶体積
繊維の結晶体積Bruker社製D8 DISCOVER with GADDS Super Speedを用いて広角X線回折法により求めた。
結晶体積は、繊維の広角X線回折において2Θがそれぞれ15〜16°、23〜25°、25.5〜27°に現れる回折ピーク強度の半価幅より、それぞれの結晶サイズをフェラーの下記(数式3)、
【数1】

(ここで、Dは結晶サイズ、Bは回折ピーク強度の半価幅、Θは回折角、λはX線の波長(0.154178nm=1.54178オングストローム)を表す。)
より算出し、下式により結晶1ユニットあたりの結晶体積とした。
結晶体積(nm)=結晶サイズ(2Θ=15〜16°)×結晶サイズ(2Θ=23〜25°)×結晶サイズ(2Θ=25.5〜27°)
【0068】
(8)融点Tm
TAインスツルメンツ社製Q10型示差走査熱量計を用い、試料量10mgのサンプルを窒素気流下、20℃/分の昇温条件で320℃まで加熱して現れた吸熱ピークの温度を融点Tmとした。
【0069】
(9)ゴム接着性
25本のコードをゴムから剥離する際の接着力で評価した。牽切糸のコードは560dtexの加工糸(牽切糸)3本を引き揃えて、S方向に100T/mの撚りを加え、1680dtexの牽切加工コードを作製した。また、未加工糸(フィラメント糸)のコードは1680dtexの未加工糸をS方向に100T/mの撚りを加え、1680dtexのフィラメントコードを作製した。一方、評価用ゴムとしては、下記配合組成で作製したH−NBRゴムを使用した。
(H−NBRゴムの配合組成)
カーボンブラック:50部
酸化亜鉛:5部
可塑剤TOTM:5部
ステアリン酸:0.5部
抗酸化剤(ナウガード445):1.5部
老化防止剤(ノクラックMBZ):1部
シリカ:8部
【0070】
[実施例1]
2,6−ナフタレンジカルボン酸ジメチル100重量部とエチレングリコール50重量部との混合物に酢酸マンガン四水和物0.030重量部、酢酸ナトリウム三水和物0.0056重量部を攪拌機、蒸留搭及びメタノール留出コンデンサーを設けた反応器に仕込み、150℃から245℃まで徐々に昇温しつつ、反応の結果生成するメタノールを反応器外に留出させながら、エステル交換反応を行い、引き続いてエステル交換反応が終わる前にフェニルホスホン酸(PPA)を0.03重量部(50ミリモル%)を添加した。その後、反応生成物に三酸化二アンチモン0.024重量部を添加して、攪拌装置、窒素導入口、減圧口及び蒸留装置を備えた反応容器に移し、305℃まで昇温させ、30Pa以下の高真空下で縮合重合反応を行い、常法に従ってチップ化して極限粘度0.62のポリエチレンナフタレート樹脂チップを得た。このチップを65Paの真空度下、120℃で2時間予備乾燥した後、同真空下240℃で10〜13時間固相重合を行い、極限粘度0.74のポリエチレンナフタレート樹脂チップを得た。
このチップを、ポリマー溶融温度310℃にて口径直径0.8mm、500孔数の紡糸口金より紡出し、口金直下に具備した長さ50mmの330℃に加熱した円筒状加熱帯(保温紡糸筒)を通じ、次いで吹き出し距離450mmの円筒状チムニーより25℃、65%RHの湿度に調整した冷却風を紡出糸条に吹き付けて冷却し、その後、油剤付与装置にて一定量計量供給した油剤を付与した後、ローラーにて2500m/minの速度で引き取った。次いでこの未延伸糸を用い、以下の通りの延伸加工を行った。なお延伸倍率は破断延伸倍率に対し延伸負荷率92%となるように設定した。
【0071】
すなわち延伸加工としては、未延伸糸に1%のプリストレッチをかけた後、130m/分の周速で回転する150℃の加熱供給ローラーと第一段延伸ローラーとの間で第一段延伸を行い、次いで180℃に加熱した第一段延伸ローラーと180℃に加熱した第二段延伸ローラーとの間で230℃に加熱した非接触式セットバス(長さ70cm)を通し定長熱セットを行った後、巻取機に巻き取った。得られた延伸糸は繊度1680dtex、結晶体積952nm(952000オングストローム)、結晶化度47%であった。得られたポリエチレンナフタレート繊維の強度は7.4cN/dtex、180℃乾収2.6%、融点297℃と高耐熱性かつ低収縮性に優れたものであった。
得られた未加工の1680dtexのポリエチレンナフタレート繊維を5本合糸し、牽切長1m、加工速度200m/s、供給速度13m/sで行い、牽切倍率が15倍にて牽切加工を行った。得られたポリエチレンナフタレート加工糸(牽切糸)の繊度は560dtexであった。得られた加工糸の物性を表1に示す。
【0072】
[実施例2]
実施例1において、紡糸口金の孔数を500孔数から249孔数に変えたこと以外は実施例1と同様にポリエチレンナフタレート加工糸(牽切糸)を得た。得られた加工糸の物性を表1に併せて示す。
【0073】
[比較例1]
ポリエチレンー2,6−ナフタレートの重合において、エステル交換反応が終わる前にリン化合物であるフェニルホスホン酸(PPA)の代わりに正リン酸を40mmol%添加したこと以外は、実施例1と同様に実施してポリエチレンナフタレート樹脂チップ(極限粘度0.75)を得た。この該樹脂チップを用い実施例1と同様にして溶融紡糸を行ったが、紡糸での断糸が多発し満足に製糸することができなかった。
そのため、実施例1の紡糸速度を2500m/分から496m/分に変更するとともに、その他の条件を変更した。すなわち得られる繊維の繊度をあわせるためにキャップ口金口径を0.8mmから0.55mmに変更し、口金直下の保温紡糸筒の温度を400℃に、長さを250mmに変更して、未延伸糸を得た。またその後の延伸倍率を実施例1の1.08倍から5.65倍に変更し延伸糸を得た。得られた延伸糸は結晶体積298nm(298000オングストローム)、結晶化度48%であった。得られたポリエチレンナフタレート繊維の強度は7.4cN/dtex、180℃乾収6.0%、融点271℃と耐熱性が劣ったものであった。
得られたポリエチレンナフタレート繊維を用いて、実施例1と同様に牽切加工を行った。得られた加工糸の物性を表1に併せて示す。
【0074】
[比較例2]
比較例1において得られた、ポリエチレンナフタレート繊維を、牽切加工を施さない未加工のままのフィラメント糸条とした。この糸条を用いて接着性を評価したが、剥離強度の劣るものであった。得られた物性を表1に併せて示す。
【0075】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0076】
このようにして得られた本発明のポリエステル加工糸は、高モジュラスでありながら寸法安定性や耐熱性に優れ、接着性がよいといった特徴をもつ。これらの特性を必要とする産業資材用途において使用することができ、特にはタイヤ、ベルト、ホースなどのゴム補強用途などの補強用途において利用価値が高い。
【符号の説明】
【0077】
1 供給ニップローラー
2 牽切位置
3 牽切ニップローラー
4 吸引性空気ノズル
5 旋回性抱合ノズル
6 デリベリローラー
A 未加工糸(フィラメント)
B ポリエステル加工糸(牽切糸)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエチレンナフタレート繊維からなる毛羽を表面に有するポリエステル加工糸であって、該ポリエチレンナフタレート繊維のX線広角回折より得られる結晶体積が550〜1200nmであり、かつ結晶化度が30〜60%であることを特徴とするポリエステル加工糸。
【請求項2】
該ポリエステル加工糸が牽切糸である請求項1記載のポリエステル加工糸。
【請求項3】
該ポリエチレンナフタレート繊維が、リン原子をエチレンナフタレート単位に対して0.1〜300mmol%含有するものである請求項1または2記載のポリエステル加工糸。
【請求項4】
該ポリエチレンナフタレート繊維中のリン原子が、フェニルホスフィン酸またはフェニルホスホン酸由来のものである請求項3記載のポリエステル加工糸。
【請求項5】
該ポリエチレンナフタレート繊維が、金属元素を含むものである請求項1〜4のいずれか1項記載のポリエステル加工糸。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項記載のポリエステル加工糸により補強された繊維高分子複合体。

【図1】
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【公開番号】特開2011−58122(P2011−58122A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−209430(P2009−209430)
【出願日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【出願人】(302011711)帝人ファイバー株式会社 (1,101)
【Fターム(参考)】