説明

ポリオール脱水素酵素組成物

【課題】補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素の、保存安定性を著しく向上させた組成物、および該組成物を用いたポリオールの測定試薬を提供する。
【解決手段】補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素と、環状アミノ酸と、非還元糖またはグアニジノ基を有するアミノグリコシド系抗生物質と、2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物と、界面活性剤と、を含むポリオール脱水素酵素組成物、および該組成物を用いたポリオールの測定試薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素(以下、「PQQ依存性PDH」または単に「ポリオール脱水素酵素」とも称する)の保存安定性、特に凍結乾燥後のポリオール脱水素酵素の保存安定性を向上させたポリオール脱水素酵素組成物、当該組成物を含むポリオール測定試薬、および当該組成物を用いたポリオールの定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素は、バクテリアの細胞膜に存在し、グルコノバクター属の細菌などから抽出、精製する方法が知られており、グリセロールやソルビトール、マンニトールなどの定量に利用されている。
【0003】
従来から、例えば、グリセロールに関しては、下記式(1)および式(2)で示すように、グリセロールキナーゼ(GK)とグリセロール−3―リン酸オキシダーゼ(GPO)またはグリセロール−3―リン酸デヒドロゲナーゼ(GPDH)とを用いることによる定量方法が知られている。
【0004】
【化1】

【0005】
しかしながら、この方法は二種類の酵素を用いるため反応が煩雑であるという問題点がある。さらに、グリセロール−3−リン酸オキシダーゼを用いた場合は溶存酸素の影響を受けるという問題点がある。また、グリセロール−3−リン酸デヒドロゲナーゼを用いた場合は、高価なNADを添加する必要がある。
【0006】
溶存酸素の影響を受けず、一種類の酵素を用いる方法としては、下記式(3)で示すようにNAD依存性グリセロールデヒドロゲナーゼを用いる方法が知られている。
【0007】
【化2】

【0008】
しかしながら、NAD依存性グリセロールデヒドロゲナーゼは、補酵素結合型酵素ではないため、高価なNADを添加する必要がある。
【0009】
より安価で簡便なグリセロールの定量方法として、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素(PQQ依存性PDH)を用いる方法がある。この方法は、下記式(4)の反応によって行われるため、溶存酸素の影響を受けない、反応が簡便で複数の酵素を用いる必要がない、高価なNADを添加する必要がないなどのメリットがある。
【0010】
【化3】

【0011】
しかしながら、PQQ依存性PDHは、膜結合型酵素であるため、保存安定性が悪いという問題点がある。このため、上記PQQ依存性PDHの安定性を向上させることが重要な課題となる。
【0012】
従来から酵素の安定化剤としては、牛血清アルブミン、人血清アルブミン、卵白アルブミンなどのタンパク質、グルコース、トレハロース、ラフィノースなどの糖、グリセロール、エチレングリコールなどの多価アルコール、アルギニン、グルタミン酸などのアミノ酸、カルシウムイオンやマグネシウムイオンなどの塩類、ジチオスレイトール、2−メルカプトエタノールなどの還元剤などが知られている。しかし、これらの安定化剤が、PQQ依存性PDHに対して効果があるかは知られていない。
【0013】
特許文献1には、PQQ依存性PDHと類似する、補欠分子族としてピロロキノリンキノン(PQQ)を含むグルコース脱水素酵素に対して、(i)アスパラギン酸、グルタミン酸、α―ケトグルタル酸、リンゴ酸、α―ケトグルコン酸、α―サイクロデキストリンおよびこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種の化合物、ならびに(ii)アルブミンを含む安定化剤を添加することにより、従来に比べてはるかに安定な酵素組成物が得られることが開示されている。
【0014】
また、特許文献2には、PQQ依存性PDHに対して、2価の金属イオンを有する化合物、非還元糖、および界面活性剤を安定化剤として添加することにより、ポリオール脱水素酵素組成物が得られることが開示されている。
【特許文献1】特開2001−224368号公報
【特許文献2】特開2007−259814号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、上記特許文献1に記載の安定化剤では、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上させることはできない。
【0016】
また、上記特許文献2に記載の酵素組成物では、37℃で1週間保存した際の酵素活性の残存活性が80%前後であり、酵素の保存安定性が十分であるとはいえない。このため、酵素の保存安定性をさらに向上させる必要がある。
【0017】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、酵素の保存安定性が向上したポリオール脱水素酵素組成物を提供することを目的とする。また、本発明の他の目的は、正確にポリオールを定量できる上記PQQ依存性PDH組成物を含むポリオール測定試薬、および上記PQQ依存性PDH組成物を用いたポリオールの定量方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、上記従来の問題点に鑑み、鋭意研究を積み重ねた結果、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素に対して、環状アミノ酸、非還元糖またはグアニジノ基を有するアミノグリコシド系抗生物質、2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物、および界面活性剤を添加することにより、ポリオール脱水素酵素の安定性、特に凍結乾燥後のポリオール脱水素酵素の安定性が向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0019】
すなわち、本発明は、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素と、環状アミノ酸と、非還元糖またはグアニジノ基を有するアミノグリコシド系抗生物質と、2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物と、界面活性剤と、を含む、ポリオール脱水素酵素組成物である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素(PQQ依存性PDH)の経時的な酵素活性の低下、特に凍結乾燥後の経時的な酵素活性の低下を有意に抑制・防止し、PQQ依存性PDHの保存安定性を著しく向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0022】
本発明の一形態によれば、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素と、環状アミノ酸と、非還元糖またはグアニジノ基を有するアミノグリコシド系抗生物質と、2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物と、界面活性剤と、を含む、ポリオール脱水素酵素組成物が提供される。
【0023】
本発明において、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素(PQQ依存性PDH)は、いずれのポリオールを基質としてもよく、2つ以上の水酸基を有するアルコール(糖アルコールを含む)であれば、特に制限されない。例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、1,3−ブチレングリコール、ラクチトールなどの二糖由来アルコール、グリセロールなどのトリオール、エリスリトールなどのテトリトール、アラビトール、キシリトール、リビトールなどのペンチトール、マンニトール、ソルビトールなどのヘキシトール、イノシトールなどのシクリトールなどが挙げられる。中でも好ましくは、グリセロール(ピロロキノリンキノン依存性グリセロール脱水素酵素)、アラビトール(ピロロキノリンキノン依存性アラビトール脱水素酵素)、およびマンニトール(ピロロキノリンキノン依存性マンニトール脱水素酵素)を基質とし、より好ましくはグリセロールを基質とする。
【0024】
本発明に用いられるPQQ依存性PDHは、ポリオールと電子受容体とを、対応する脱水素物と還元型電子受容体とに変換することができる。本発明のPQQ依存性PDHが好適に使用できる電子受容体としては、フェリシアン化カリウム、フェナジニウムメチルサルフェートおよびその誘導体、2,6−ジクロロフェノールインドフェノール(DCIP)、Wurster’s blue、ニトロテトラゾリウムブルーなどが挙げられる。
【0025】
本発明に用いられるPQQ依存性PDHとしては、従来公知の酵素をいずれも好ましく使用することができる。該酵素は例えば、グルコノバクター属、シュードモナス属など、様々な細菌が生成することが知られている。本発明では、これらのPQQ依存性PDHを産生することができる菌(以下、「PQQ依存性PDH産生菌」とも称する)が生成するいずれのPQQ依存性PDHも好適に使用することができるが、これらの中でも特に、グルコノバクター属に由来するPQQ依存性PDHを好適に使用することができる。さらに、入手の容易さから、グルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)NBRC 3130、3171、3172、3189、3244、3250、3253、3255、3256、3257、3258、3285、3287、3289、3290、3291、3292、3293、3294、3462、3990、12467、14819;グルコノバクター・フラテウリ(Gluconobacter frateurii)NBRC 3251、3254、3260、3264、3265、3268、3270、3271、3272、3273、3274、3286、16669;グルコノバクター・セリナス(Gluconobacter cerinus)NBRC 3262、3263、3266、3267、3269、3275、3276等を使用することができる。
【0026】
また、PQQ依存性PDH産生菌であれば、これらの自然突然変異株または人為突然変異株を使用してもよい。人為突然変異処理方法は、当業者に周知の方法によって、同様にしてもしくは適宜修飾してまたはこれらの方法を適宜組合せて適用することができる。このような微生物の代表菌株として、グルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)が使用され、特にグルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)NBRC 3291が好ましく使用される。
【0027】
上記PQQ依存性PDH産生菌からPQQ依存性PDHを得るための具体的な方法は、特に制限されず、例えば、上記PQQ依存性PDH産生菌を栄養培地に培養し、該培養物からPQQ依存性PDHを抽出する方法が挙げられる。
【0028】
上記PQQ依存性PDH産生菌を培養する培地は、使用菌株が資化しうる炭素源、窒素源、無機物、その他必要な栄養素を適量含有するものであれば、合成培地であっても天然培地であってもよい。炭素源としては、例えば、グルコース、グリセロール、ソルビトールなどが使用される。窒素源としては、例えば、ペプトン類、肉エキス、酵母エキスなどの窒素含有天然物や、塩化アンモニウム、クエン酸アンモニウムなどの無機窒素含有物が使用される。無機物としては、リン酸カリウム、リン酸ナトリウム、硫酸マグネシウムなどが使用される。その他、特定のビタミンなどが必要に応じて使用される。上記の炭素源、窒素源、無機物、およびその他の必要な栄養素は、単独で用いても2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0029】
培養は、振とう培養あるいは通気撹拌培養で行うことが好ましい。培養温度は20℃〜50℃、好ましくは22℃〜40℃、最も好ましくは25℃〜35℃である。培養pHは4〜9、好ましくは5〜8である。これら以外の条件下でも、使用する菌株が生育すれば実施される。培養期間は通常0.5〜5日が好ましい。上記培養により、菌体内にPQQ依存性PDHが蓄積される。なお、これらのPQQ依存性PDHは、上記培養によって得られた酵素であっても、PQQ依存性PDH遺伝子を大腸菌等に形質導入して得られた組換え酵素であってもよい。
【0030】
次いで、得られたPQQ依存性PDHを抽出する。抽出方法は一般に使用される抽出方法を用いることができ、例えば超音波破砕法、フレンチプレス法、有機溶媒法、リゾチーム法などを用いることができる。抽出したPQQ依存性PDHの精製方法は特に制限されず、例えば、硫安やぼう硝などの塩析法、塩化マグネシウムや塩化カルシウムを用いる金属凝集法、ストレプトマイシンやポリエチレンイミンを用いる除核酸、またはDEAE(ジエチルアミノエチル)−セファロース、CM(カルボキシメチル)−セファロースなどのイオン交換クロマト法などを用いることができる。なお、これらの方法で得られる部分精製酵素や精製酵素液は、そのままの形態で使用しても、または化学修飾された形態で使用してもよい。本発明において、化学修飾された形態のPQQ依存性PDHを使用する場合には、上記の方法で得られる培養物由来のPQQ依存性PDHを、例えば、特開2006−271257号公報に記載されるような方法などを用いて適宜化学修飾して使用することができる。なお、化学修飾方法は、上記公報に記載の方法に限定されるものではない。
【0031】
本発明に用いられる環状アミノ酸は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上させ、また、本発明の酵素組成物の保存安定性を向上させうる。
【0032】
本発明に用いられる環状アミノ酸の具体例としては、エクトイン、ヒドロキシエクトイン、プロリン、ヒドロキシプロリンなどが挙げられる。これらの中でも、エクトインまたはヒドロキシエクトインが好ましい。これらの環状アミノ酸は、単独で使用しても、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0033】
本発明の酵素組成物に含まれる環状アミノ酸の量は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上できる量であれば特に制限されないが、酵素組成物中のPQQ依存性PDHの総質量を100質量%として、好ましくは10〜500質量%、より好ましくは50〜400質量%、最も好ましくは100〜300%である。10質量%以上であれば、安定化剤としての効果が十分に発揮されるため好ましい。一方、500質量%以下であれば、添加に見合う安定化剤としての効果の向上が認められ、また、本発明のポリオール脱水素酵素組成物を緩衝液などで再溶解する際に環状アミノ酸を溶解することができる。
【0034】
本発明に用いられる非還元糖またはグアニジノ基を有するアミノグリコシド系抗生物質は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上させ、また、本発明の酵素組成物の保存安定性を向上しうる。
【0035】
本発明において、「非還元糖」とは、遊離性のアルデヒド基やケトン基をもたないために還元性を有しない糖類を意味する。このような還元糖としては、上記したような性質を有するものであればよく、例えば、還元基同士の結合したトレハロース型小糖類、糖類の還元基と非糖類が結合した配糖体、糖類に水素添加して還元した糖アルコールなどがある。より具体的には、スクロース、トレハロース、ラフィノース等のトレハロース型少糖類;アルキル配糖体、フェノール配糖体、カラシ油配糖体等の配糖体;およびアラビトール、キシリトール、ソルビトール等の糖アルコールなどが挙げられる。これらのうち、PQQ依存性PDHの基質となる糖アルコールは、好ましくない場合がある。これらのうち、トレハロース、ラフィノース、スクロースが好ましく、特にトレハロースおよびラフィノースが好ましい。これらの還元糖は、単独で使用しても、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0036】
本発明において、「グアニジノ基を有するアミノグリコシド系抗生物質」とはグアニジノ基を有するアミノ糖を含む配糖体抗生物質を意味する。このようなアミノグリコシド系抗生物質として、具体的には、ストレプトマイシンおよびジヒドロストレプトマイシンが挙げられる。これらのグアニジノ基を有するアミノグリコシド系抗生物質は、単独で使用しても、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0037】
本発明の酵素組成物に含まれる非還元糖またはグアニジノ基を有するアミノグリコシド系抗生物質の量は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上できる量であれば特に制限されないが、酵素組成物中のPQQ依存性PDHの総質量を100質量%として、好ましくは、1〜200質量%、より好ましくは5〜100質量%である。1質量%以上であれば、安定化剤としての効果を十分に発揮でき、一方、200質量%以下であれば、添加に見合う安定化剤としての効果の向上が認められる。
【0038】
本発明に用いられる2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上させ、また、本発明の組成物の保存安定性を向上させうる。
【0039】
本発明に用いられる2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物としては、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上でき、かつ、2価のイオンを形成する化合物であれば特に制限されない。上記2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物の具体的な例としては、マグネシウム、カルシウム、バリウム、マンガン、鉄、銅、コバルト、ニッケル、水銀、鉛および亜鉛などの2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物が挙げられる。中でも、マグネシウムを含む化合物およびカルシウムを含む化合物からなる群より選択される少なくとも1種が好ましい。また、上記2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物の形態は、PQQ依存性PDHの安定性を向上できるものであれば特に制限されないが、例えば、上記金属のフッ化物、塩化物、臭化物、もしくはヨウ化物などのハロゲン化物、上記金属の硫酸塩、上記金属の硝酸塩、または上記金属のリン酸塩などが挙げられる。これらの中でも、塩化物、硫酸塩、および硝酸塩からなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましい。なお、これら2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物は単独で使用されても、また2種以上の混合物の形態で使用されてもよい。
【0040】
本発明の酵素組成物に含まれる2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物の量は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上できる量であれば特に制限されないが、組成物中のPQQ依存性PDHの総質量を100質量%として、好ましくは、1〜30質量%、より好ましくは1〜20質量%である。1質量%以上であれば、安定化剤としての効果を十分に発揮でき、一方、30質量%以下であれば、添加に見合う安定化剤としての効果の向上が認められ、また、本発明の組成物を緩衝液等で再溶解する際、2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物を溶解できる。
【0041】
本発明に用いられる界面活性剤は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上させ、また、本発明の組成物の保存安定性を向上させうる。
【0042】
前記界面活性剤の種類は特に制限されず、膜タンパク質の可溶化に一般的に使用されているものであればよい。具体的には、例えばTriton(登録商標)X−100、オクチルグルコシド、コール酸ナトリウムなどが挙げられ、これらは単独で使用しても、2種以上の混合物の形態で使用されてもよい。これらの中でも、酵素活性の低下を抑制するという観点から、Triton(登録商標)X−100がより好ましい。
【0043】
本発明の酵素組成物に含まれる界面活性剤の量は、酵素の安定性が向上できる量であれば特に限定されないが、組成物中のPQQ依存性PDHの総質量を100質量%として、好ましくは1〜500質量%、より好ましくは1〜300質量%である。1質量%以上であれば、PQQ依存性PDHを安定化させる効果が得られ、一方、500質量%以下であれば、凍結乾燥後の酵素組成物の粘度が高くなりすぎないため好ましい。
【0044】
本発明の酵素組成物の形態は特に制限されず、例えば粉末状、顆粒状、錠剤状などの固体状;液状、乳液状等の溶液状;またはペースト状等の半固体状などの、任意の形態でありうる。中でも、本発明の効果が顕著に発揮されることから、固体状の形態であることが好ましい。
【0045】
本発明の酵素組成物は、酵素活性の低下を抑制するという観点から、本発明の酵素組成物が安定なpHの緩衝液を含むことが好ましい。このような緩衝液としては、所望のpHを有するものであれば公知の緩衝液が適宜使用でき、特に限定されるものではないが、例えば、リン酸緩衝液、トリス―塩酸緩衝液、酢酸緩衝液、MOPSもしくはHEPESなどのGOOD緩衝液、グリシン―NaOHもしくはグリシルグリシン―NaOHなどのアミノ酸系緩衝液、ホウ酸緩衝液、またはイミダゾール緩衝液などが用いられる。これらの中でも、リン酸緩衝液、Tris−塩酸緩衝液、MOPSなどのGOOD緩衝液、またはグリシルグリシン―NaOHが好ましい。また、上記緩衝液の濃度は特に制限されないが、好ましくは1〜500mM、より好ましくは5〜400mM、より好ましくは5〜300mMである。上記緩衝液のpHは、酵素の安定pHから極端に外れていなければよく、好ましくは4.0〜11.0、より好ましくは5.0〜10.0の範囲である。
【0046】
本発明の酵素組成物は、本発明の目的を損なわない範囲内で、ジチオスレイトール、2−メルカプトエタノール等の還元剤、ピロロキノリンキノンなどを所望に応じて含有することができる。
【0047】
本発明の酵素組成物の製造方法は、特に制限されず、PQQ依存性PDHに対して、環状アミノ酸、非還元糖またはグアニジノ基を有するアミノグリコシド系抗生物質、2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物、および界面活性剤を添加する方法により得られうる。
【0048】
具体的な例としては、例えば、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素に、環状アミノ酸と、非還元糖またはグアニジノ基を有するアミノグリコシド系抗生物質と、2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物と、界面活性剤と、を安定化剤として添加する段階を有する、ポリオール脱水素酵素組成物の製造方法である。かかる方法によりポリオール脱水素酵素組成物は、ポリオール脱水素酵素の安定性を向上することができる。
【0049】
上記方法において、各成分の添加順序も特に制限されず、PQQ依存性PDHに対して、各成分を順次添加してもよく、各成分を同時に添加してもよい。
【0050】
本発明の酵素組成物が粉末状とする場合は、PQQ依存性PDHに対して、環状アミノ酸、非還元糖またはグアニジノ基を有するアミノグリコシド系抗生物質、2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物、および界面活性剤を添加して得た溶液状の酵素組成物を凍結乾燥等によって粉末状にすることができる。この際、凍結乾燥の方法は、特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いることができる。また、酵素組成物の凍結乾燥する段階は上記の安定化剤を添加して酵素組成物を得る段階の直後に行ってもよく、または安定化剤を添加して酵素組成物を得る段階と酵素組成物の凍結乾燥する段階との間に他の工程を行ってもよい。
【0051】
本発明のポリオール脱水素酵素組成物は、ポリオール脱水素酵素の安定性を向上することができ、特に、凍結乾燥時のPQQ依存性PDHの失活を抑えるとともに、凍結乾燥後のPQQ依存性PDHの保存安定性を有意に向上させることができる。特に、環状アミノ酸としてエクトインおよび/またはヒドロキシエクトインを用い、非還元糖としてトレハロースおよび/またはラフィノース、またはグアニジノ基を有するアミノグリコシド系抗生物質としてストレプトマイシンおよび/またはジヒドロストレプトマイシンを用い、2価の金属イオンを形成する金属を含む化合物としてカルシウムを含む化合物および/またはマグネシウムを含む化合物を用い、さらに界面活性剤としてTriton(登録商標)(トライトン)X−100を用いる場合に、上記効果が顕著に得られる。
【0052】
本発明の別の一形態によれば、本発明の上記形態の酵素組成物を含むポリオール測定試薬が提供される。また、本発明の別の一形態によれば、本発明の上記形態の酵素組成物をポリオールと反応させることを特徴とする、ポリオールの定量方法が提供される。本発明の酵素組成物に含まれるPQQ依存性PDHは、ポリオールの定量に優れるため、ポリオール測定試薬として好適に使用することができる。また、PQQ依存性PDHは補欠分子族としてPQQを有するため、あえてPQQを反応系に添加することなく、ポリオールを定量することができる。
【0053】
本発明において「ポリオール」とは、2つ以上の水酸基を有するアルコール(糖アルコールを含む)を意味する。本発明で用いられるポリオールとしては、特に制限されないが、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、1,3−ブチレングリコール、またはラクチトールなどのニ糖由来アルコール、グリセロールなどのトリオール、エリスリトールなどのテトリトール、アラビトール、キシリトール、またはリビトールなどのペンチトール、マンニトール、またはソルビトールなどのヘキシトール、イノシトールなどのシクリトールなどが挙げられる。これらの中でも、好ましくはグリセロールである。
【0054】
本発明のポリオール測定試薬は、ポリオールを定量するための試薬であり、ポリオール脱水素酵素組成物中にPQQ依存性PDHを含む。ポリオール脱水素酵素として、PQQ依存性PDHを使用する点に特徴がある。例えば特許公報第3041840号、特許公報第3450911号、特許公報第3494398号などに記載されるポリオール測定で使用するポリオール脱水素酵素として、本発明の酵素組成物に含まれるPQQ依存性PDHを使用することができる。
【0055】
本発明の定量方法に用いられるポリオールを含む試料としては、食品、血清、血漿または全血などが挙げられる。また、本発明の酵素組成物に含まれるPQQ依存性PDHは血清、血漿、または全血などの中性脂肪測定にも使用することができる。すなわち、これらの試料に含まれる中性脂肪は、例えば、リポプロテインリパーゼにより遊離脂肪酸とグリセロールとに分解されるが、ここで生じたグリセロールを上記のPQQ依存性PDHを用いて定量することができる。精神病治療患者および透析患者においては、中性脂肪測定時に遊離グリセロールが問題になるが、本発明に用いられるPQQ依存性PDHを使用して、グリセロールを予め消去するか、またはその量を測定しておくことにより、真の中性脂肪値を求めることが可能となる。なお、本発明に用いられるPQQ依存性PDHは溶液中に界面活性剤を含んでいてもポリオールを正確に定量することができる。
【実施例】
【0056】
次に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明を何ら制限するものではない。なお、本発明において、PQQ依存性PDHの酵素活性は、下記方法により測定した。
【0057】
(酵素活性)
50μM DCIP(2,6−ジクロロインドフェノール)、0.2mM PMS(1−メトキシ−5−メチルフェナジニウムメチルサルフェイト)、および450mM グリセロールを含んだ0.1%Triton(登録商標)X−100を含む10mM リン酸緩衝液(pH7.0)中に、酵素溶液を加えた。この溶液中の酵素と基質の反応をDCIPの600nmの吸光度変化によって追跡し、その吸光度の減少速度を酵素の反応速度とした。ここで、1分間に1μmolのDCIPが還元される酵素活性を1単位(U)とした。なお、DCIPのpH7.0におけるモル吸光係数は16.3mM−1とした。
【0058】
[実施例1、2、比較例1〜6]
ソルビトール 2g/100mL、酵母エキス 0.3g/100mL、肉エキス 0.3g/100mL、コーンスティープリカー 0.3g/100mL、ポリペプトン 1g/100mL、尿素 0.1g/100mL、KHPO 0.1g/100mL、MgSO・7HO 0.02g/100mL、およびCaCl・2HO 0.1g/100mLからなり、pHが7.0である培地100mLを調製し、500mL容の坂口フラスコに該培地80mLを移し、121℃で20分間オートクレーブ処理した。
【0059】
上記培地に、種菌として、グルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)NBRC 3291を一白金耳植菌し、30℃で24時間、140min−1で振とう培養し、これを種培養液とした。
【0060】
次に、上記と同じ組成で調製した培地5Lを8L容ジャーファーメンターに移し、121℃で50分間オートクレーブを行い、放冷後、種培養液240mLを移した。これを、400rpm、通気量5L/min、30℃の条件で26時間培養した。
【0061】
所定時間培養した後、この培養液を遠心分離(8,000rpm、10分、4℃)して集菌し、緩衝液で懸濁後、フレンチプレスにより菌体を破砕した。破砕液を遠心分離(4,000rpm、10分、4℃)し、得られた上清を超遠心分離(40,000rpm、90分、4℃)して、膜画分を沈殿物として得た。
【0062】
この膜画分を10mMトリス塩酸緩衝液(pH8.0)で懸濁し、終濃度が1g/100mLとなるようにTriton(登録商標)X−100を加え、4℃で2時間撹拌した。超遠心分離(40,000rpm、90分、4℃)し、上清を0.1g/100mL Triton(登録商標)X−100を含む10mMリン酸緩衝液(pH7.5)で一晩透析し、これを可溶化膜画分とした。
【0063】
この可溶化膜画分をFPLC(Fast Protein Liquid Chro
matography)にてResourceQ 6mLで夾雑するグルコース脱水素酵素を除いたポリオール脱水素酵素活性画分を得た。この画分を0.1g/100mL Triton(登録商標)X−100を含む20mM MOPS緩衝液(pH7.5)で一晩透析することにより、比活性17U/mg蛋白の酵素標品を得た。これをグルコノバクター・オキシダンス由来PDHと称する。
【0064】
次いで、該グルコノバクター・オキシダンス由来PDH(比活性17.0U/mg蛋白、蛋白濃度:0.625mg/mL)40mLに、終濃度0.2g/100mLになるように1g/100mL グルタルアルデヒド溶液 10mLを加え、20℃で60分間穏やかに撹拌した。
【0065】
次いで、0.5M トリス塩酸緩衝液(pH8.0)を50mL加え、20℃で30分間反応させることにより架橋反応を停止した。反応終了後、0.1g/100mL Triton(登録商標)X−100を含む10mMトリス塩酸緩衝液(pH8.0)で一晩透析することにより低分子量の夾雑物を取り除きこれを修飾PDHとした。
【0066】
このようにして得られた修飾PDHを限外ろ過に濃縮した。得られた濃縮修飾PDH(比活性17U/mg蛋白、蛋白濃度2.0mg/mL)100質量%に対して、表1に記載の成分を、表1に記載の割合となるようにそれぞれ加え、凍結後、凍結乾燥を24時間行い粉末状の酵素組成物を得た。この際、凍結乾燥直後の酵素組成物の酵素活性を測定した。得られた酵素組成物を37℃で1週間インキュベートした後に、酵素活性を測定した。凍結乾燥直後の酵素組成物の酵素活性を100%とした場合の、37℃で1週間インキュベートした後の残存活性(単位:%)を算出した。結果を表1に示す。
【0067】
【表1−1】

【0068】
【表1−2】

【0069】
上記表1に示される結果から、環状アミノ酸(エクトイン、ヒドロキシエクトイン)と、非還元糖(トレハロース、ラフィノース)またはグアニジノ基を有するアミノグリコシド系抗生物質(ジヒドロストレプトマイシン、ストレプトマイシン)と、2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物(MgSO、CaCl)と、界面活性剤(Triton(登録商標)X−100)とを組み合わせることによって、上記いずれか1種、2種、または3種を組み合わせた場合と比べて、凍結乾燥による酵素の失活を有意に抑制できることが確認された。
【0070】
以上の結果から、本発明の酵素組成物は、PQQ依存性PDHの安定性を有意に向上でき、凍結乾燥による酵素活性の低下を有意に抑制することができることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明によれば、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素の凍結乾燥後の経時的な酵素の安定性を向上させることが可能であるため、本発明の酵素組成物は、正確にポリオールを定量することにおいて好適に使用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素と、
環状アミノ酸と、
非還元糖またはグアニジノ基を有するアミノグリコシド系抗生物質と、
2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物と、
界面活性剤と、
を含む、ポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項2】
前記ポリオール脱水素酵素は、グリセロール脱水素酵素であることを特徴とする、請求項1に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項3】
前記環状アミノ酸は、エクトインおよびヒドロキシエクトインの少なくとも一方を含む、請求項1または2に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項4】
前記非還元糖は、トレハロースおよびラフィノースの少なくとも一方を含み、前記アミノグリコシド系抗生物質は、ストレプトマイシンおよびジヒドロストレプトマイシンの少なくとも一方を含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項5】
前記金属化合物は、カルシウムを含む化合物およびマグネシウムを含む化合物からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1〜4のいずれか1項に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項6】
前記界面活性剤は、Triton(登録商標)(トライトン)X−100である、請求項1〜5のいずれか1項に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のポリオール脱水素酵素組成物を含む、ポリオール測定試薬。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のポリオール脱水素酵素組成物をポリオールと反応させる段階を有する、ポリオールの定量方法。
【請求項9】
補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素に、環状アミノ酸と、非還元糖またはグアニジノ基を有するアミノグリコシド系抗生物質と、2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物と、界面活性剤と、を安定化剤として添加する段階を有する、ポリオール脱水素酵素組成物の製造方法。
【請求項10】
補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素に、環状アミノ酸と、非還元糖またはグアニジノ基を有するアミノグリコシド系抗生物質と、2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物と、界面活性剤と、を安定化剤として添加して、酵素組成物を得る段階と、前記酵素組成物を凍結乾燥する段階と、を有する、ポリオール脱水素酵素組成物の製造方法。

【公開番号】特開2009−201436(P2009−201436A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−48564(P2008−48564)
【出願日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【出願人】(000106771)シーシーアイ株式会社 (245)
【Fターム(参考)】