説明

ポリカーボネート樹脂の製造方法

【課題】環状ポリカーボネートオリゴマーの融点付近では分子量を上げないで、さらに高温にした時に重合反応が進行する実用上優れたポリカーボネート樹脂の製造方法を提供する。また、高分子量かつ機械的強度に優れたポリカーボネート樹脂の製造方法を提供する。
【解決手段】環状ポリカーボネートオリゴマーを原料とするポリカーボネート樹脂の製造方法において、環状ポリカーボネートオリゴマーを重合する際に、重合触媒として有機カチオンとリンを含むアニオンとの塩を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリカーボネート樹脂の製造方法に関し、より詳しくは、環状ポリカーボネートオリゴマーを原料とするポリカーボネート樹脂の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリカーボネート樹脂は、透明性、耐熱性、機械的強度および耐衝撃性等が極めて高い等の優れた特性を数多く有し、幅広い分野で多量に使用されている。具体的には、各種機械部品、各種電気絶縁性材料、自動車部品、光ディスク等の情報機器材料、ヘルメット等の安全防護材料等の極めて多岐な用途が挙げられる。
【0003】
このようなポリカーボネート樹脂に関し、特許文献1には、ポリカーボネート樹脂の構造の一部に柔軟鎖を導入する方法が提案されている。
【0004】
また、非特許文献1には、重合触媒としてトリブチルヘキサデシルホスホニウムブロミドやトリス(4−メトキシフェニル)ホスフィンを用い、環状ポリカーボネートオリゴマーを重合するポリカーボネート樹脂の製造方法が記載されている。
【特許文献1】米国特許第4,216,305号明細書
【非特許文献1】ジャーナル オブ アプライド ポリマーサイエンス(Journal of Applied Polymer Science)第61号,1996年、p.1017−1023
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、非特許文献1の触媒について本願発明者が検討を行った結果、200℃で重合反応が進行することが確認された。環状ポリカーボネートオリゴマーの融点は200℃付近である。よって、該方法を、環状ポリカーボネートオリゴマーを溶融、重合させ、ポリカーボネート樹脂の成形体を得る等の工程に応用した場合、環状ポリカーボネートオリゴマーを溶融する前に重合反応が進行するため、金型等に流し込む前や最中に固化し、工程が安定しない、所望の成形体が得られない等の問題があった。また、溶融した環状ポリカーボネートオリゴマーを金型等に流し込む工程が無い場合であっても、得られる成形体の形状が均一にならなかったり、泡等が混入したりして、所望の成形体が得られない等の問題があることが予想される。
【0006】
そこで、本発明は、環状ポリカーボネートオリゴマーの融点付近では分子量を上げないで、さらに高温にした時に重合反応が進行する実用上優れたポリカーボネート樹脂の製造方法を提供することを課題とする。また、高分子量かつ機械的強度に優れたポリカーボネート樹脂の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、環状ポリカーボネートオリゴマーを原料とするポリカーボネート樹脂の製造方法であって、環状ポリカーボネートオリゴマーを重合する際に、重合触媒として有機カチオンとリンを含むアニオンとの塩を用いることを特徴とする、ポリカーボネート樹脂の製造方法である。
【0008】
本発明の製造方法において、有機カチオンはホスホニウムカチオンであることが好ましく、テトラアルキルホスホニウムカチオンであることがさらに好ましい。
【0009】
本発明の製造方法において、リンを含むアニオンは、ハロゲン原子を含んでいることが好ましい。また、該ハロゲン原子は、フッ素原子または塩素原子であることが好ましい。
【0010】
本発明の製造方法において、環状ポリカーボネートオリゴマーを重合する際の重合温度を210℃以上とすることができる。これにより、環状ポリカーボネートオリゴマーの融点付近では分子量を上げないで、さらに高温にしたとき(210℃以上としたとき)に、重合反応を進行させることができる。
【0011】
本発明の製造方法において、得られるポリカーボネート樹脂の粘度平均分子量を10,000以上とすることができる。本発明の方法によると、このように高分子量のポリカーボネート樹脂を得ることができる。よって、得られるポリカーボネート樹脂は、機械的強度に優れている。
【0012】
本発明の製造方法は、(A)環状ポリカーボネートオリゴマーを溶融させる工程、および、(B)該溶融した環状ポリカーボネートオリゴマーを重合させる工程を備えた方法であってもよい。このような(A)工程および(B)工程を備えた方法とした場合、本発明の環状ポリカーボネートオリゴマーの融点付近では分子量を上げないで、さらに高温にした時に重合反応を進行させるという効果が、より効果的に発揮される。
【発明の効果】
【0013】
環状ポリカーボネートオリゴマーを重合する際に、所定の触媒を用いることで、環状ポリカーボネートオリゴマーの融点付近では分子量を上げないで、さらに高温にした時に重合反応が進行する実用上優れたポリカーボネート樹脂の製造方法とすることができる。また、該方法により、高分子量かつ機械的強度に優れたポリカーボネート樹脂を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明のポリカーボネート樹脂の製造方法は、所定の触媒を使用することによる、環状ポリカーボネートオリゴマーを原料とするポリカーボネート樹脂の製造方法である。
【0015】
<環状ポリカーボネートオリゴマー>
原料として使用する環状ポリカーボネートオリゴマーとしては、例えば、下記一般式(1)で示される環状構造を有するものが挙げられる。
【0016】
【化1】

【0017】
一般式(1)中、Yは単結合または2価基を表し、RおよびRは、各々独立に水素原子、アルキル基、アリール基、ハロゲン基またはアルコキシ基を表す。aおよびbは、各々独立に1〜4の整数を表す。また、nは、2〜1000の整数である。
【0018】
ここで、一般式(1)で示される環状ポリカーボネートオリゴマーを製造する際に用いるビスフェノールの製造容易性を勘案すると、RおよびRのアルキル基としては、炭素数1〜10のアルキル基が好ましく、炭素数1〜8のアルキル基がより好ましく、炭素数1〜2のアルキル基がさらに好ましい。RおよびRのアリール基としては、フェニル基、ナフチル基が好ましい。RおよびRのハロゲン基としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子が好ましい。また、RおよびRのアルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、ブトキシ基が好ましい。
【0019】
また、Yとしては、単結合、−O−、−S−、−SO−、−SO−、−CO−、−CH−、−CH(CH)−、−C(CH−、シクロヘキシレン、−CH(Ph)−、−C(CH)(Ph)−が挙げられる(「Ph」はフェニル基を表す。)。これらの中でも、単結合、−O−、−CH−、−CH(CH)−、−C(CH−、シクロヘキシレンが好ましい。
【0020】
一般式(1)で示される環状ポリカーボネートオリゴマーを製造する際に用いる2価フェノール成分の具体例としては、以下のものが例示される。
【0021】
例えば、4,4’−ビフェノール、ビス(4−ヒドロキシフェニル)メタン、(2−ヒドロキシフェニル)(4−ヒドロキシフェニル)メタン、ビス(2−ヒドロキシフェニル)メタン、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)エタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)ケトン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)エーテル、ビス(4−ヒドロキシ−3−メチルフェニル)メタン、1,1−ビス(4−ヒドロキシ−3−メチルフェニル)エタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3−メチルフェニル)プロパン、1,1−ビス(4−ヒドロキシ−3−メチルフェニル)シクロヘキサン、ビス(4−ヒドロキシ−3−メチルフェニル)エーテル、ビス(4−ヒドロキシ−3,5−ジメチルフェニル)メタン、1,1−ビス(4−ヒドロキシ−3,5−ジメチルフェニル)エタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3,5−ジメチルフェニル)プロパン、1,1−ビス(4−ヒドロキシ−3,5−ジメチルフェニル)シクロヘキサン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)フェニルメタン、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−1−フェニルエタン等が挙げられる。
【0022】
これらの中でも、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3−メチルフェニル)プロパン、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−1−フェニルエタンが好ましい。これらの2価フェノール成分を複数組み合わせて用いることも可能である。
【0023】
(環状ポリカーボネートオリゴマーの製造方法)
環状ポリカーボネートオリゴマーを製造する方法としては、従来の公知の方法を採用することができ、特に限定されない。通常、反応時間、反応温度、反応濃度、アミン触媒量、水酸化アルカリ金属量、水量、反応槽の撹拌速度、原料の添加濃度や添加速度、反応後の溶液から環状ポリカーボネートオリゴマーを取り出す溶媒の種類や濃度等を調節することにより、環状ポリカーボネートオリゴマーの収率および環状ポリカーボネートオリゴマーの分子量範囲を種々変えることができる。
【0024】
環状ポリカーボネートオリゴマーの公知の製造方法としては、例えば、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパンを原料に用いる方法(特表昭61−502132号公報、J.Am.Chem.Soc.,vol.112,p2399−2402,(1990)、Macromolecules vol.24,p3035−3044,(1991))が挙げられる。
【0025】
上述したこれらの方法の中でも、末端にフェノール性水酸基およびクロロホーメート基を有するポリカーボネートオリゴマー(以下、「PCR−OG」と省略する場合がある。)を用いて、環状ポリカーボネートオリゴマーを製造する方法が好ましい。
【0026】
(PCR−OGの合成方法)
PCR−OGは、従来公知の方法により得ることができる。従来公知の方法としては、例えば、上述した2価フェノール成分を含有した水酸化アルカリ金属水溶液、あるいは、2価フェノール成分を含有した水酸化アルカリ金属水溶液および水不混合性有機溶媒を用い、これらの撹拌条件下にホスゲンを導入する方法が挙げられる。このときホスゲンは気体状、液体状または水不混合性有機溶媒溶液として導入される。
【0027】
ここで、水不混合性有機溶媒とは、水に完全には溶解せず、少なくとも一部が水と分離し、2層を形成し得る有機溶媒であって、通常のポリカーボネート樹脂の製造に用いることが可能な有機溶媒等である。
【0028】
このような水不混合性有機溶媒としては、例えば、ジクロロメタン、1,2−ジクロロエタン、1,1,1−トリクロロエタン、1,1,2,2−テトラクロロエタン、クロロホルム、四塩化炭素、モノクロロベンゼン、ジクロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素が挙げられる。これらの中でも、ジクロロメタンが特に好ましい。
【0029】
ここで、水酸化アルカリ金属水溶液中の水と水不混合性有機溶媒との混合比は、体積比で通常、(5/1)〜(1/5)の範囲であり、(3/1)〜(1/3)の範囲であることが好ましい。
【0030】
また、水酸化アルカリ金属としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等が挙げられる。水酸化アルカリ金属の使用量としては、反応系中に含まれるフェノール性水酸基の1.01倍当量〜3倍当量の範囲が好ましい。
【0031】
ホスゲンは、2価フェノール成分を含有した水酸化アルカリ金属水溶液中に、数分から数時間にわたり連続的に導入される。このときの反応系の温度は0℃〜40℃、好ましくは0℃〜20℃の範囲に保たれる。
【0032】
なお、PCR−OGの合成において、必要に応じ、触媒、分子量制御剤、還元剤等を用いることも可能である。触媒を添加することにより、PCR−OGの合成反応が促進される。分子量制御剤を添加することにより、PCR−OGの分子量が調節される。また、還元剤を添加することにより着色を抑制することが可能である。
【0033】
PCR−OGの合成に使用される触媒としては、例えば、公知の3級アミン、4級アンモニウム塩、4級ホスホニウム塩等が挙げられる。具体的には、3級アミンとして、トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、トリプロピルアミン、トリヘキシルアミン、ピリジン、ジメチルアニリン等が挙げられる。4級アンモニウム塩または4級ホスホニウム塩としては、トリブチルアミンやトリオクチルアミン等のアルキルアミンの塩酸、臭素酸、ヨウ素酸等の塩、ベンジルトリエチルアンモニウムクロリド、ベンジルトリメチルアンモニウムクロリド、ベンジルトリブチルアンモニウムクロリド、テトラエチルアンモニウムクロリド、テトラブチルアンモニウムクロリド、テトラブチルアンモニウムブロミド、トリオクチルメチルアンモニウムクロリド、テトラブチルホスホニウムブロミド、トリエチルオクタデシルホスホニウムブロミド、N−ラウリルピリジニウムクロリド、ラウリルピコリニウムクロリド等が挙げられる。
【0034】
PCR−OGの合成に使用される分子量制御剤としては、1価フェノール性化合物が挙げられる。具体例としては、例えば、フェノール、o,m,p−クレゾール、o,m,p−エチルフェノール、o,m,p−プロピルフェノール、o,m,p−tert−ブチルフェノール、o,m,p−ペンチルフェノール、o,m,p−ヘキシルフェノール、o,m,p−オクチルフェノール、o,m,p−ノニルフェノール、2,6−ジメチルフェノール誘導体、2−メチルフェノール誘導体等のアルキルフェノール類;o,m,p−フェニルフェノール等の1官能性のフェノール等が挙げられる。
【0035】
また、PCR−OGの合成に使用される還元剤としては、例えば、ハイドロサルファイトナトリウム等が挙げられる。
【0036】
上記した2価フェノール成分とホスゲンとを用いるPCR−OGの合成方法の場合は、1量体〜20量体程度のPCR−OGが得られる。さらに、PCR−OGは、水不混合性有機溶媒の溶液状態で得られるため、この溶液をそのまま用い、環状ポリカーボネートオリゴマーの製造を行うことができる。
【0037】
製造した環状ポリカーボネートオリゴマーの構造は、融点測定装置、核磁気共鳴装置(NMR)、高速液体クロマトグラフ装置(HPLC)、サイズ排除クロマトグラフ装置(SEC)、質量分析装置(MS)、マトリックス支援レーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析装置(MALDI−TOF MS)等を用いて分析することが可能である。
【0038】
(環状ポリカーボネートオリゴマーの重合)
本実施の形態において、前述した環状ポリカーボネートオリゴマーを原料とし、重合触媒の存在下、該環状ポリカーボネートオリゴマーを重合してポリカーボネート樹脂が製造される。
【0039】
環状ポリカーボネートオリゴマーの重合方法としては、例えば、固相重合法、溶液重合法、溶融重合法等が挙げられる。これらの中でも、溶融重合法が好ましい。溶融重合法の場合、環状ポリカーボネートオリゴマーを溶融させた後、金型等に流し込み、重合、固化させ、ポリカーボネートの成形体を得る等の応用が可能である。
【0040】
溶融重合法における重合方法は特に限定されないが、(A)環状ポリカーボネートオリゴマーを溶融させる工程、(B)該溶融した環状ポリカーボネートオリゴマー(以下、「環状ポリカーボネートオリゴマー溶融体」と言う場合がある。)を重合させる工程、の(A)工程と(B)工程を経て行われることが好ましい。
【0041】
(A)工程では、環状ポリカーボネートオリゴマーを融点以上に加熱することが必要であるが、環状ポリカーボネートオリゴマーの重合反応が進行しない温度以下で行うことが好ましい。この(A)工程では、撹拌があっても、無くても良い。この(A)工程は、さらに、環状ポリカーボネートオリゴマー溶融体を、成形体を得るための金型等に流し込む工程を備えていてもよい。流し込む工程が無い場合は、金型等に固体の環状ポリカーボネートオリゴマーを直接投入し、金型等を加熱して、環状ポリカーボネートオリゴマーの溶融体を得ることができる。本発明の方法においては、環状ポリカーボネートオリゴマーの融点付近では重合反応を進行させないので、環状ポリカーボネートオリゴマー溶融体を、成形体を得るための金型等に流し込む工程、あるいは、金型等を加熱して環状ポリカーボネートオリゴマーの溶融体を得る工程を、好適に行うことができる。
【0042】
(B)工程とは、(A)工程で製造した環状ポリカーボネートオリゴマー溶融体を重合させる工程であり、環状ポリカーボネートオリゴマー溶融体を(A)工程における温度(環状ポリカーボネートオリゴマーの融点付近の温度)よりも高温にさせることが好ましい。
【0043】
環状ポリカーボネートオリゴマー溶融体を重合させるには、通常、環状ポリカーボネートオリゴマーを重合させる触媒を添加する必要がある。触媒を添加する時期としては、(A)工程の前、(A)工程の最中、(A)工程の後((B)工程の前)、(B)工程の最中等、様々な時期が可能である。ここで、環状ポリカーボネートオリゴマーと重合触媒とを混合させる方法としては、例えば、無溶媒で混合させる方法、溶媒を用いて混合させる方法、環状ポリカーボネートオリゴマーを加熱、溶融させた後に混合させる方法等の種々の方法が可能である。溶媒を用いて混合させる方法においては、環状ポリカーボネートオリゴマーと重合触媒の両方が溶解する溶媒を用いるのが好ましい。このような溶媒としては、例えば、ジクロロメタン、クロロホルム、テトラヒドロフラン、トルエン、キシレン等が挙げられる。
【0044】
本実施の形態では、環状ポリカーボネートオリゴマーの重合反応が進行する温度を、好ましくは210℃以上350℃以下、より好ましくは220℃以上320℃以下、さらに好ましくは230℃以上300℃以下とすることができる。このような温度範囲で環状ポリカーボネートオリゴマーの重合反応を行うことにより、迅速な重合反応が進行し、所望のポリカーボネート樹脂を得ることができる。
【0045】
重合温度が過度に低いと、重合反応が進行しにくく、所望のポリカーボネート樹脂を得ることが困難になる傾向がある。一方、重合温度が過度に高いと、ポリカーボネート樹脂や触媒の分解反応が頻繁に起こるようになり、所望のポリカーボネート樹脂を得ることが困難になる傾向がある。
【0046】
本実施の形態では、撹拌条件下に重合させても良いし、撹拌せずに重合させても良い。さらに重合時間は24時間以内が製造の簡便上、好ましい。
【0047】
本発明の製造方法によって、環状ポリカーボネートオリゴマーの重合により得られるポリカーボネート樹脂の粘度平均分子量は、好ましくは10,000以上、より好ましくは12,000以上、さらに好ましくは14,000以上である。ここで、ポリカーボネート樹脂の粘度平均分子量が過度に低いと、機械的強度が劣り、所望のポリカーボネート樹脂を得ることが困難になる傾向がある。
【0048】
また、環状ポリカーボネートオリゴマーの重合に際しては、上記式(1)で表したものとは構造の異なる他の環状ポリカーボネートオリゴマー、環状カーボネート、環状エステル、環状アミド、環状エーテル、環状アセタール、環状アミン、環状スルフィド、オキサゾリン誘導体、環状シロキサン、リン含有環状化合物、エポキシド、ラクタム、ラクトン等の開環重合性化合物を含有させ重合させてもよい。また、ビニル基を含有する重合性化合物を含有させ重合させてもよいし、架橋構造を導入するため多官能性化合物を含有させ重合させてもよい。
【0049】
さらに、重合により得られるポリカーボネート樹脂の性能を向上させるため、環状ポリカーボネートオリゴマーやその重合体であるポリカーボネート樹脂に、無機物、有機物、天然由来化合物等を含有させても良い。
【0050】
<重合触媒>
次に、重合触媒について説明する。
本発明のポリカーボネート樹脂の製造方法においては、環状ポリカーボネートオリゴマーを重合する際に、重合触媒として有機カチオンとリンを含むアニオンとの塩を用いる。
【0051】
この有機カチオンとは、有機基を含有し、さらに正の電荷を帯びた陽イオン構造を含むものである。リンを含むアニオンとは、リン原子を含有し、さらに負の電荷を帯びた陰イオン構造を含むものである。本発明で用いる触媒は、このような有機カチオンと、リンを含むアニオンとが、互いに対になった塩構造をとっているものである。
【0052】
さらに、有機カチオンは、ホスホニウムカチオンであることが好ましい。このホスホニウムカチオンとは、リン原子が正の電荷を帯びた陽イオン構造を含むものである。さらにホスホニウムカチオン中に有機基を含んでいるものが好ましく、この有機基としては、アルキル基やアリール基が好ましく、中でも、アルキル基がより好ましい。さらに、有機カチオンは、リン原子に4つのアルキル基が結合した構造を含む、テトラアルキルホスホニウムカチオンであることが好ましい。
【0053】
リン原子に結合したアルキル基は、鎖状構造、分岐構造または環構造のいずれの構造であってもよい。また、これらのリン原子に結合した4つのアルキル基は、全て同じ構造であっても良いし、互いに異なる構造であっても良い。アルキル基の炭素数としては、上限が30以下が好ましく、20以下がより好ましく、10以下がさらに好ましく、8以下が特に好ましく、6以下が最も好ましい。また、下限は、2以上が好ましく、3以上がより好ましい。
【0054】
一方、有機カチオンの対アニオンである、リンを含むアニオンは、ハロゲン原子を含むことが好ましい。このハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子などが挙げられるが、中でもフッ素原子、塩素原子が好ましい。
【0055】
本発明で用いている触媒の具体例としては、例えば、テトラエチルホスホニウムヘキサフルオロホスファート、テトラブチルホスホニウムヘキサフルオロホスファート、テトラオクチルホスホニウムヘキサフルオロホスファート、テトラエチルホスホニウムヘキサクロロホスファート、テトラブチルホスホニウムヘキサクロロホスファート、テトラオクチルホスホニウムヘキサクロロホスファート等が挙げられる。
【0056】
これらの中でも、テトラエチルホスホニウムヘキサフルオロホスファート、テトラブチルホスホニウムヘキサフルオロホスファート、テトラオクチルホスホニウムヘキサフルオロホスファートが好ましく、テトラブチルホスホニウムヘキサフルオロホスファートが特に好ましい。
【0057】
本発明のポリカーボネート樹脂の製造方法において、重合触媒として使用する有機カチオンとリンを含むアニオンとの塩の使用量は、環状ポリカーボネートオリゴマーのカーボネート結合量に対し、上限が好ましくは10mol%以下、より好ましくは5mol%以下であり、下限が、通常、0.001mol%以上である。
【0058】
有機カチオンとリンを含むアニオンとの塩の使用量が多すぎると、生成したポリカーボネート樹脂が着色したり、機械的性質に劣る等の問題が発生する虞がある。
【実施例】
【0059】
以下、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明する。また、本明細書において「部」は、特に指定しない限り「質量部」を意味する。
【0060】
(PCR−OGの合成)
以下の操作に従い、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパンおよびホスゲンを原料とするポリカーボネートオリゴマー(以下、「BPA−PCR−OG」と省略する場合がある。)を合成した。
【0061】
2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン100部(0.438mol)、水酸化ナトリウム45.6部(1.14mol)、水848部、ハイドロサルファイトナトリウム0.336部およびジクロロメタン432部(328ml)を、撹拌機付き反応槽に仕込み、撹拌混合した。次に、温度0℃〜10℃の範囲に保たれた反応槽内に、ホスゲン110部(1.111mol)を約6時間で吹き込み、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパンとホスゲンとの反応を行った。
【0062】
反応終了後、BPA−PCR−OGを含有するジクロロメタン溶液を捕集した。得られたBPA−PCR−OGのジクロロメタン溶液の分析結果は下記の通りであった。
・BPA−PCR−OG濃度:26.4質量%
・末端クロロホーメート基濃度:0.48規定
・末端フェノール性水酸基濃度:0.2規定
【0063】
なお、BPA−PCR−OG濃度は、ジクロロメタン溶液を蒸発乾固させて測定した。末端クロロホーメート基濃度は、BPA−PCR−OGをアニリンと反応させて得られるアニリン塩酸塩を、0.2規定水酸化ナトリウム水溶液で中和滴定して測定した。末端フェノール性水酸基濃度は、BPA−PCR−OGのジクロロメタン溶液、四塩化チタン溶液、酢酸溶液の発色を546nmで比色定量した。
【0064】
(環状ポリカーボネートオリゴマーの合成)
ビーカーに、水酸化ナトリウム8.5g(0.213mol)および水42.5mLを加えて撹拌し、水酸化ナトリウム水溶液を調製した。次に、30℃に保った反応槽にジクロロメタン100mLと上記の水酸化ナトリウム水溶液を加えた。
【0065】
続いて、上記で調製したBPA−PCR−OGのジクロロメタン溶液100gに、さらにジクロロメタン200mLを添加した溶液を調製し、これを滴下ロートに入れた。また、トリエチルアミン1.9g(18.8mmol)にジクロロメタン40mLを添加した溶液を調製し、これを別の滴下ロートに入れた。
【0066】
次に、撹拌しながら、反応槽中に、トリエチルアミンのジクロロメタン溶液を10分毎、4回に分けて添加し、同時に、BPA−PCR−OGのジクロロメタン溶液を40分かけて滴下した。BPA−PCR−OGのジクロロメタン溶液の滴下終了後、そのまま2分間撹拌した後、撹拌を停止し、有機相のみを取り出した。
【0067】
この有機相を0.1規定の塩酸400mLで2回洗浄し、水400mLで2回洗浄した後、有機相を取り出し、有機相に対し5倍体積量のアセトン中に有機相を流し込み、不要な高分子量体や非環状物等を析出させた。
【0068】
次に、不要な析出物を濾別し、目的物である環状ポリカーボネートオリゴマーが溶解している濾液を取り出した後、溶媒を留去し、環状ポリカーボネートオリゴマー14.5g(収率58%、白色固体)を単離した。
【0069】
得られた環状ポリカーボネートオリゴマーの構造は、核磁気共鳴装置(NMR)、サイズ排除クロマトグラフ装置(SEC)、マトリックス支援レーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析装置(MALDI−TOF MS)を用いて分析した。また、得られた環状ポリカーボネートオリゴマーは、分子量が、500〜100,000に相当し、下記式(2)で表される構造を有する化合物であった。
【0070】
【化2】

【0071】
(環状ポリカーボネートオリゴマーの重合触媒)
上記で合成した環状ポリカーボネートオリゴマーの重合に、用いた重合触媒を以下に示す。なお、実施例1では触媒Aを、比較例1では触媒Bを、比較例2では触媒Cを用いた。
触媒A: テトラブチルホスホニウムヘキサフルオロホスファート
触媒B:トリス(4−メトキシフェニル)ホスフィン
触媒C:トリブチルヘキサデシルホスホニウムブロミド
触媒A、触媒B、触媒Cの構造を下記に示す。
【0072】
【化3】

【0073】
【化4】

【0074】
【化5】

【0075】
(粘度平均分子量(Mv)の測定)
ウベローデ型毛細管粘度計(ジクロロメタンの流下時間t:135.40秒)を用いて、温度20.0℃において、ポリカーボネート樹脂のジクロロメタン溶液(濃度:6.00g/L)の流下時間(t)を測定し、以下の式に基づき、ポリカーボネート樹脂の粘度平均分子量(Mv)を算出した。
ηsp=(t/t)−1
X=(0.2092×ηsp)+1.0734
Y=100×ηsp/C
C=6.00[g/L]
η=Y/X
Mv=3207×(η1.205
【0076】
(実施例1)
三角フラスコに、上記の触媒A0.3197g(0.791mmol)とジクロロメタン100mLを添加し、触媒Aを均一に溶解させた液(以下、「触媒A−100液」と省略する。)を調製した後、別の三角フラスコに、上記の触媒A−100液10mLとジクロロメタン90mLを添加し、均一に混合させた液(以下、「触媒A−1000液」と省略する。)を調製した。
【0077】
別途、試験管に上記で合成した環状ポリカーボネートオリゴマー0.2g(カーボネート結合量:0.791mmol)を添加した後、触媒A−1000液1mLを試験管に添加し、環状ポリカーボネートオリゴマーを均一に溶解させた。ここで、触媒A−1000液1mL中には、触媒A0.791μmolが含まれる。また、このとき、環状ポリカーボネートオリゴマー中のカーボネート結合量に対する触媒A量は0.1mol%であった。
【0078】
次に、試験管中のジクロロメタンを留去し、触媒Aを含む環状ポリカーボネートオリゴマーの白色固体を試験管中に得た。続いて、この試験管を、所定の温度に保たれたオイルバスに入れ、撹拌しないまま所定時間反応を行った。得られた化合物の粘度平均分子量(Mv)を測定した。結果を表1に示した。
【0079】
(比較例1)
三角フラスコに、前述した触媒B0.2786g(0.791mmol)とジクロロメタン100mLを添加し、触媒Bを均一に溶解させた液(以下、「触媒B−100液」と省略する。)を調製した。
【0080】
別途、試験管に上記で合成した環状ポリカーボネートオリゴマー0.2g(カーボネート結合量:0.791mmol)を添加した後、触媒B−100液1mLを試験管に添加し、環状ポリカーボネートオリゴマーを均一に溶解させた。ここで、触媒B−100液1mL中には、触媒B7.91μmolが含まれる。また、このとき、環状ポリカーボネートオリゴマー中のカーボネート結合量に対する触媒B量は1mol%であった。
【0081】
次に、試験管中のジクロロメタンを留去し、触媒Bを含む環状ポリカーボネートオリゴマーの白色固体を試験管中に得た。続いて、この試験管を、所定の温度に保たれたオイルバスに入れ、撹拌しないまま所定時間反応を行った。得られた化合物の粘度平均分子量(Mv)を測定した。結果を表1に示した。
【0082】
(比較例2)
三角フラスコに、前述した触媒C0.4013g(0.791mmol)とジクロロメタン100mLを添加し、触媒Cを均一に溶解させた液(以下、「触媒C−100液」と省略する。)を調製した後、別の三角フラスコに、上記の触媒C−100液10mLとジクロロメタン90mLを添加し、均一に混合させた液(以下、「触媒C−1000液」と省略する。)を調製した。
【0083】
別途、試験管に上記で合成した環状ポリカーボネートオリゴマー0.2g(カーボネート結合量:0.791mmol)を添加した後、触媒C−1000液1mLを試験管に添加し、環状ポリカーボネートオリゴマーを均一に溶解させた。ここで、触媒C−1000液1mL中には、触媒C0.791μmolが含まれる。また、このとき、環状ポリカーボネートオリゴマー中のカーボネート結合量に対する触媒C量は0.1mol%であった。
【0084】
次に、試験管中のジクロロメタンを留去し、触媒Cを含む環状ポリカーボネートオリゴマーの白色固体を試験管中に得た。続いて、この試験管を、所定の温度に保たれたオイルバスに入れ、撹拌しないまま所定時間反応を行った。得られた化合物の粘度平均分子量(Mv)を測定した。結果を表1に示した。
【0085】
【表1】

【0086】
表1に示す結果から、環状ポリカーボネートオリゴマーを重合する際に、重合触媒として有機カチオンとリンを含むアニオンとの塩を用いる場合は(実施例1)、環状ポリカーボネートオリゴマーが溶融する200℃において長時間重合反応が進行しないが、高温(260℃)では短時間で重合反応が進行し、ポリカーボネートが得られることが分かった。
【0087】
一方、重合触媒として公知の触媒を用いた場合(比較例1、比較例2)は、環状ポリカーボネートオリゴマーの融点付近の200℃において短時間で重合反応が進行することが分かった。これより、環状ポリカーボネートオリゴマーを溶融、重合させ、ポリカーボネート樹脂の成形体を得る等の工程に応用した場合、公知の重合触媒を用いると、環状ポリカーボネートオリゴマーを溶融させる前に重合反応が進行するため、金型等に流し込む前や最中に固化し、工程が安定しない、所望の成形体が得られないなどの問題点があることが確認された。また、環状ポリカーボネートオリゴマー溶融体を金型等に流し込む工程が無い場合でも、得られる成形体の形状が均一にならなかったり、泡等が混入したりして、所望の成形体が得られない等の問題点があることが確認された。
【0088】
これに対して、本発明の有機カチオンとリンを含むアニオンとの塩を重合触媒として用いれば、環状ポリカーボネートオリゴマーの融点付近では重合反応が進行しないため、上記の問題点を解決することができる。すなわち、本発明の有機カチオンとリンを含むアニオンとの塩を重合触媒として用いれば、環状ポリカーボネートオリゴマーの溶融体を安定して取り扱うことができる。また、環状ポリカーボネートオリゴマーの溶融体を流し込む金型等を高温にしておけば、流し込んだ環状ポリカーボネートオリゴマーの溶融体が重合し、所望の形状で、かつ機械的強度に優れたポリカーボネート成形体が製造可能である。
【0089】
また、環状ポリカーボネートオリゴマー溶融体を金型等に流し込む工程が無い場合でも、環状ポリカーボネートオリゴマー溶融体を金型内等で安定、均一に配置した後、その金型等をさらに高温にすれば、所望の形状且つ機械的強度に優れたポリカーボネート成形体が製造可能となる。
【0090】
以上、現時点において、もっとも、実践的であり、かつ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲および明細書全体から読み取れる発明の要旨あるいは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴うポリカーボネート樹脂の製造方法もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状ポリカーボネートオリゴマーを原料とするポリカーボネート樹脂の製造方法であって、
前記環状ポリカーボネートオリゴマーを重合する際に、重合触媒として有機カチオンとリンを含むアニオンとの塩を用いることを特徴とする、ポリカーボネート樹脂の製造方法。
【請求項2】
前記有機カチオンがホスホニウムカチオンである、請求項1に記載のポリカーボネート樹脂の製造方法。
【請求項3】
前記有機カチオンがテトラアルキルホスホニウムカチオンである、請求項1に記載のポリカーボネート樹脂の製造方法。
【請求項4】
前記リンを含むアニオンがハロゲン原子を含んでいる、請求項1〜請求項3のいずれかに記載のポリカーボネート樹脂の製造方法。
【請求項5】
前記ハロゲン原子がフッ素原子または塩素原子である、請求項4に記載のポリカーボネート樹脂の製造方法。
【請求項6】
前記環状ポリカーボネートオリゴマーを重合する際の重合温度が210℃以上である、請求項1〜請求項5のいずれかに記載のポリカーボネート樹脂の製造方法。
【請求項7】
得られるポリカーボネート樹脂の粘度平均分子量が10,000以上である、請求項1〜6のいずれかに記載のポリカーボネート樹脂の製造方法。
【請求項8】
(A)環状ポリカーボネートオリゴマーを溶融させる工程、および、(B)該溶融した環状ポリカーボネートオリゴマーを重合させる工程を備えて構成される、請求項1〜7のいずれかに記載のポリカーボネート樹脂の製造方法。