説明

ポリカーボネート系樹脂用難燃剤、難燃性ポリカーボネート系樹脂組成物及び難燃性ポリカーボネート系樹脂の製造方法

【課題】ポリカーボネート系樹脂を極少量で難燃化できる難燃剤を提供する。
【解決手段】ポリカーボネート系樹脂にスチレンスルホン酸塩からなる難燃剤を0.001〜1重量%含有させることによって難燃性ポリカーボネート系樹脂組成物が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリカーボネート系樹脂用難燃剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリカーボネート樹脂は、耐衝撃性、耐熱性、寸法安定性、自己消火性、透明性等の特徴があり、さらに他の熱可塑性樹脂をポリマーブレンドあるいはポリマーアロイ化したものも含め、幅広い用途に使用され、用途拡大に伴い種々の特性が要求されるようになった。例えば、自動車のヘッドランプをはじめとするランプレンズ、窓ガラスの代替としての窓、街灯カバー、信号灯カバー、浴室灯カバー、アーケード、カーポート、室内プールや工場の明かり採りの屋根材、風除室、農業用ハウス向け建材、ベランダの腰板、道路や線路沿いの透光板(日照を損なわない遮音板)、アイロン水タンク、ヘルメット前面のシールド等で使用されており、特に、自動車分野では軽量化に伴い、また、窓ガラスや街灯カバーの分野では震災やPL法施行による安全性重視により、ポリカーボネートへの代替が積極的に検討されており、難燃性に加え、風雨に曝されても透明性を損なわない、長期安定性の高いポリカーボネートが求められている。
【0003】
ポリカーボネートの難燃剤としては、ハロゲン系難燃剤、リン系難燃剤、シリコン系難燃剤、ホウ酸亜鉛、酸化亜鉛などの金属化合物等種々提案されてきたが、これらは樹脂への添加量が多く、樹脂本来の特性を損ねる傾向にあった。特にリン酸エステルが汎用的に使用されてきたが、OA機器、電気・電子機器分野では製品の薄肉軽量化が進み、リン酸エステル系難燃剤による難燃化では機械的強度や耐熱性を保持できなくなってきた。
【0004】
少量でポリカーボネートを難燃化できる難燃剤として、これまでにスルホン酸塩が提案されている。例えば特許文献3には、炭素数4〜8のパーフルオロアルキルスルホン酸金属塩を添加する方法が提案されているが、パーフルオロアルキル鎖による生体蓄積性やノンハロゲン化の観点から嫌えんされる傾向にある。また、特許文献1には単量体状芳香族スルホン酸又は重合体状芳香族スルホン酸の金属塩を1重量%含有させることにより芳香族ポリカーボネート重合体を1971年5月当時のUL−94試験法における「SE−II」に難燃化できることが記載されている。UL−94試験法は、アメリカの Underwriters Laboratories 社が定めた燃焼性試験であり、垂直に支持した5個の試料に対し、下端からバーナー炎を当てて燃焼時間と燃焼滴下物の有無によって評価する。現在は、「V−0」、「V−1」及び「V−2」という3つの格付けであるが、1971年5月当時は、「SE−0」、「SE−I」及び「SE−II」という3つの格付けであり、「SE−II」は、現在の「V−2」に相当し、点火炎を除いた後の平均の燃焼が25秒を越えず、試験中に燃焼滴下物があるものである。
【0005】
また、特許文献2には、ポリスチレン系ポリマーにスルホン酸基および/またはスルホン酸塩基が導入されたものが提案されている。この難燃剤はポリカーボネート樹脂への添加量が0.1重量%と少量で、現在のUL−94試験法における「V−0」(1971年5月当時の「SE−0」)に難燃化できることが記載されている。
【0006】
また、特許文献4には、非ハロゲン系芳香族スルホン酸のルビジウム、セシウム、またはフランシウム塩を含有させることにより、難燃性、透明性、湿熱色相安定性に優れた芳香族ポリカーボネート樹脂組成物となることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公昭57−43100号公報
【特許文献2】特開2005−272538号公報
【特許文献3】特公昭47−40445号公報
【特許文献4】特開2008−189906号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年難燃志向が高まり高度な難燃化が要求されるようになり、UL−94試験法上の、燃焼時間が短くかつ滴下物のない「V−0」品が要求される場合が多くなってきた。
上記特許文献1では、添加物として、単量体状の芳香族スルホン酸の金属塩でも、重合体(ポリマー)状の芳香族スルホン酸の金属塩でも難燃化できると記載されているが、何れも「SE−II」(「V−2」相当)にしか難燃化できなかった。特に、特許文献1の中で、「塩素置換基」を含有する「重合体(ポリマー)状」芳香族スルホン酸のナトリウム塩を含有させた場合に、5個の試料のうちの4個が「SE−0」という評価(点火炎を除いた後の平均の燃焼が5秒を越えず、かつ、燃焼滴下物なし)や、5個の試料のうちの2個が「SE−I」という評価(点火炎を除いた後の平均の燃焼が25秒を越えず、かつ、燃焼滴下物なし)であり、比較的難燃効果が高くなっている。しかし、単量体状のものは何れも「SE−II」であり、現在の「V−0」レベル相当にする難燃効果は得られていなかった。さらに、特許文献1に記載された「単量体状」の「ベンゼンスルホン酸ナトリウム」を樹脂に練りこんだ場合、白色スポットが発生し、また、時間の経過と共に黄変し外観が悪くなる問題もあった。
【0009】
上記特許文献2においては、何れの実施例においても、ポリスチレン系ポリマーにスルホン酸基および/またはスルホン酸塩基が導入されたものに加えて、高価なポリテトラフルオロエチレン(PTFE)をドリップ抑制剤として添加しており、ドリップ抑制剤の併用によるコストアップや透明性の低下、樹脂本来の物性に影響を及ぼす傾向にあり、現在求められている樹脂物性維持、透明性、難燃性を十分に満たすポリカーボネート樹脂およびポリカーボネート系樹脂の難燃剤ではなかった。
【0010】
また、特許文献1に記載されているベンゼンスルホン酸ナトリウムや特許文献4に記載されているトルエンスルホン酸セシウムは水に対する溶解度が高く、貯蔵時に吸湿し、正確な計量が困難となり、また、凝集や潮解しやすく包装形態や開封後の在庫管理等貯蔵時の管理に注意を要し、さらには、樹脂に混練する際にも、加工機内部からの蒸気により凝集や潮解し、投入口付近に付着してスムーズに供給されず、樹脂組成物の不均一を招いたり、作業が煩雑になるといった不都合があった。また、特許文献4に記載のトルエンスルホン酸セシウムを添加したポリカーボネート樹脂組成物では、過酷な貯蔵条件下で貯蔵すると白濁し、長期安定性が保てないといった問題があった。
【0011】
本発明は、ポリカーボネート系樹脂を極少量で難燃化でき、貯蔵時の長期安定性に優れた難燃剤の提供、および、長期安定性に優れた難燃性ポリカーボネート系樹脂組成物の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記問題を解決するために、発明者らは鋭意検討を重ねた結果、Li、Na、K、元素周期表2族元素またはアンモニウムのいずれか一種以上のスチレンスルホン酸塩を用いることにより、極少量でポリカーボネート系樹脂を難燃化でき、得られるポリカーボネート系樹脂組成物が水中といった過酷な環境下に長期保存した後においても透明性や黄色度と言った色相の低下が少ないことを発見し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち、本発明のポリカーボネート系樹脂用難燃剤は、Li、Na、K、元素周期表2族元素またはアンモニウムのいずれか一種以上のスチレンスルホン酸塩からなることを特徴とするものであり、特にLi、Na、K、Mg、Ca、Sr、Ba、NHのうちのいずれか一種以上のスルホン酸塩であることが好ましい。ポリカーボネート系樹脂としては、ポリカーボネート樹脂であること、またはABSまたはPET−Gを含有することが好ましい。また、上記難燃性ポリカーボネート系樹脂組成物をOA機器、家電製品等のハウジングまたは内部機構部品、ガラス、レンズ等の産業用資材または建材として使用することが好適である。
【0014】
さらに、本発明の難燃性ポリカーボネート系樹脂の製造方法は、ポリカーボネート系樹脂にスチレンスルホン酸塩を0.001〜1重量%含有させることによりポリカーボネート系樹脂を難燃化することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ポリカーボネート系樹脂にLi、Na、K、元素周期表2族元素またはアンモニウムのいずれか一種以上のスチレンスルホン酸塩を難燃剤として用いることにより、極少量で難燃化が可能であり、樹脂特性維持に加え、経済的効果も得られる。スチレンスルホン酸塩は入手も容易であるから、極めて簡単にポリカーボネート系樹脂を難燃化できる。かかる難燃化ポリカーボネート系樹脂組成物をOA機器、家電製品等のハウジングまたは内部機構部品、ガラス、レンズ等の産業用資材または建材として使用することによって、出火原因となりやすい電源周辺部材を難燃化したり、産業資材や建材を難燃化して火災の拡大を抑制することができる。
【0016】
特にポリカーボネート樹脂においては高価なPTFE等のドリップ抑制剤を併用することなくUL−94試験のV−0合格品を得ることが可能となり、樹脂物性や透明性が維持され、加工時の黄変も極めて小さく、外観の優れたものが得られる。なお、かかる効果の記載は、PTFE等のドリップ抑制剤を併用することを否定するものではない。さらに、難燃剤貯蔵時の長期安定性に優れ、また、含有する難燃性ポリカーボネート系樹脂の長期安定性においても優れ、例えば水中や高湿下での使用においても白濁や黄変がなく長期間使用においても色相低下の少ない難燃性樹脂組成物が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】(A)は、粉砕前のスチレンスルホン酸ナトリウムの粒度分布であり、(B)は粉砕後の粒度分布である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の難燃剤について詳細に説明する。
本発明の難燃剤は、Li、Na、K、元素周期表2族元素またはアンモニウムのいずれか一種以上のスチレンスルホン酸塩である。スチレンスルホン酸の塩としては、Li、Na、K、Mg、Ca、Sr、Ba、NHのいずれか一種以上の塩が好ましく、Li、Na、K、Ca、NHの塩がさらに好ましい。例えば、p−スチレンスルホン酸ナトリウム、p−スチレンスルホン酸リチウム、p−スチレンスルホン酸アンモニウム等がある。難燃剤は、複数種類のスチレンスルホン酸塩の混合物であってもよい。スチレンスルホン酸塩の粒度は、合成樹脂用難燃剤として使用される一般的な粒度のものでよいが、レーザー回折散乱法による測定結果において90%以上が10μm以下の粒径、より好ましくは99%以上が10μm以下の粒径とすると、黄色度の低いポリカーボネート系樹脂組成物が得られるので特に好ましい。また、微細な難燃剤粒子が均一に分散した系では難燃剤の不在間隔が狭められるため難燃性も向上することが一般的に言われており、この点においても大半が10μm以下の粒子であることが好ましい。
【0019】
本発明の難燃剤を含有させることで難燃性が付与される樹脂としては、ポリカーボネート樹脂を主成分とする樹脂(以下「ポリカーボネート系樹脂」という)が有効である。ポリカーボネート系樹脂において、使用するポリカーボネート樹脂には特に制限はなく、2価フェノールとカーボネート前駆体との反応により製造される芳香族ポリカーボネート等を用いることができる。また、ポリカーボネート系樹脂は、ポリカーボネート樹脂と他の熱可塑性樹脂を45重量%以下含有していてもよい。熱可塑性樹脂を含有させる場合、ポリマーブレンド、ブロック共重合体、グラフト共重合体、ランダム共重合体、交互共重合体、IPN(相互侵入網目構造)等、どのようなものでもよく、また、相溶化剤を用いたものでもよく、ポリマーアロイとして市販されているものを用いてもよい。熱可塑性樹脂としては、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン樹脂(ABS)、ポリスチレン(PS)、耐衝撃性ポリスチレン(HIPS)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、非結晶性ポリエチレンテレフタレートコポリマー(PET−G)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリエチレン(PE)、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)、液晶ポリマー(LCP)、ポリ乳酸(PLA)、ポリフェニレンエーテル(PPE)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリアミド(PA)等が挙げられ、特に、ABSまたはPET−Gが好ましい。
【0020】
難燃性ポリカーボネート系樹脂組成物において、難燃剤の含有量は、樹脂の種類にもよるが0.001重量%〜1重量%の範囲でよく、好ましくは0.001重量%〜0.5重量%の範囲であり、更に好ましくは0.001重量%〜0.1重量%であり、少量添加することにより効果的に難燃性が付与される。難燃剤の含有量が0.001重量%より少なくなると樹脂に対して難燃性を効果的に付与することが困難になる。一方、難燃剤の含有量を1重量%より多く用いても難燃効果が変わらないばかりか、樹脂物性に与える影響も大きくなり、また、経済的にも好ましくない。
【0021】
本発明の難燃剤は、フッ素樹脂、フェノール樹脂、ガラス繊維、ポリオルガノシロキサン樹脂と併用することにより更に難燃効果を向上させることができ、特にポリテトラフルオロエチレン樹脂が好ましい。このような併用剤は、併用剤の種類にもよるが、難燃性樹脂組成物の0.01重量%〜10重量%含有させると難燃性がさらに向上する。
【0022】
上記難燃性ポリカーボネート系樹脂組成物においては、上述した難燃剤の他に、更に難燃性を高める目的で公知の難燃剤を添加してもよく、射出成形性、耐衝撃性、外観、耐熱性、耐候性、剛性等の改善を目的として、例えば充填剤(ガラス繊維、カーボン繊維)、酸化防止剤(フェノール系、リン系、硫黄系)、帯電防止剤、紫外線吸収剤、光安定化剤、可塑剤、相溶化剤、着色剤(顔料、染料)、抗菌剤、加水分解防止剤、表面処理剤等を添加させることもできる。
【0023】
以上で説明した難燃性ポリカーボネート系樹脂組成物は、難燃剤、樹脂、その他の添加剤等を、例えばタンブラー、リボンブレンダー、ミキサー、押出機、コニーダ等といった混練装置にて分散させた後に、射出成形、射出圧縮成形、押出成形、ブロー成形、真空成形、プレス成形、発泡成形等といった成形法により所定の形状に成形された状態で得ることができる。
【0024】
本発明の難燃性ポリカーボネート系樹脂組成物は、例えば、OA機器、家電製品等のハウジング、カバー類、内部機構部品、各種カード基盤、コンパクトディスク基板、カメラ類、自動車の灯具レンズ類、窓ガラス、保安用の眼鏡レンズ、面体、ゴーグルや、産業資材、建材、スポーツ・レジャー等の各種部材・製品として、種々の分野で用いることができる。特に、OA機器、家電製品等のハウジングまたは内部機構部品、ガラス、レンズ等の産業用資材または建材等に利用することで、出火原因となりやすい電源周辺部材を難燃化したり、産業資材や建材を難燃化して火災の拡大を抑制することができるので、好ましい。また、自動車のヘッドランプをはじめとするランプレンズ、窓ガラスの代替としての窓、街灯カバー、信号灯カバー、浴室灯カバー、アーケード、カーポート、室内プールや工場の明かり採りの屋根材、風除室、農業用ハウス向け建材、ベランダの腰板、道路や線路沿いの透光板(日照を損なわない遮音板)、アイロン水タンク、ヘルメット前面のシールド等、水と接触したり、水がかかったりする用途において、長期間透明性を維持できるので特に好ましい。なお、これらの部材は、上述したような各種の成形法によって難燃性ポリカーボネート系樹脂組成物を所定の形状に成形することで製造することができる。
【実施例】
【0025】
以下に実施例および比較例を示し、説明する。実施例、比較例で用いた各成分は以下のものを用いた。
PC:ポリカーボネート(帝人化成株式会社製、パンライト(登録商標)L−1225WP)
ABS:アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン樹脂(旭化成ケミカルズ株式会社製、スタイラック(登録商標)ABS 321)
PET−G:非結晶性ポリエチレンテレフタレートコポリマー(イーストマン・ケミカル社製、イースター(登録商標)GN071)
スチレンスルホン酸ナトリウム:(東ソー有機化学社製、スピノマー(登録商標)NaSS)ベンゼンスルホン酸ナトリウム:(東京化成工業社製、試薬)
スルホン酸塩導入ポリスチレン系ポリマー:(オルガノ社販売、アンバーライト(登録商標)IR120B Na、硫黄14.7重量%)茶褐色の粒状樹脂であり、メノウ乳鉢ですりつぶして使用した。
リン酸エステル:(味の素ファインテクノ社製、レオフォス(登録商標)BAPP)
シリコン樹脂:(信越化学工業社製、X−40−9805)
PPFBS:パーフルオロブタンスルホン酸カリウム(東京化成工業社製、試薬)
トルエンスルホン酸セシウム:トルエンスルホン酸(東京化成工業社製、試薬)および炭酸セシウム(和光純薬工業社製、試薬)より合成した。
スチレンスルホン酸:スチレンスルホン酸ナトリウム(東ソー有機化学社製、スピノマー(登録商標)NaSS)をH型イオン交換樹脂でイオン交換して得た。
スチレンスルホン酸カリウム:上記で得たスチレンスルホン酸と炭酸カリウム(和光純薬工業社製、試薬)から合成した。
スチレンスルホン酸カルシウム:上記で得たスチレンスルホン酸と炭酸カルシウム(和光純薬工業社製、試薬)から合成した。
スチレンスルホン酸リチウム:(東ソー有機化学社製、スピノマー(登録商標)LiSS)スチレンスルホン酸アンモニウム:(東ソー有機化学社製、スピノマー(登録商標)AmSS)
PTFE:ポリテトラフルオロエチレン(AGC化学品カンパニー製、Fluon(登録商標))
【0026】
<吸湿性試験>
難燃剤それ自体の取り扱いの容易性を調査するため、スチレンスルホン酸ナトリウム、ベンゼンスルホン酸ナトリウム及びトルエンスルホン酸セシウムについて吸湿性試験を行った。具体的には、スチレンスルホン酸ナトリウム、ベンゼンスルホン酸ナトリウム及びトルエンスルホン酸セシウムを、それぞれ80℃で5時間乾燥した後、1gをシャーレに入れ、20℃、100%RH雰囲気で静置し、8時間後の状態を観察した。スチレンスルホン酸ナトリウムは粉末状で流動性が保たれていたが、ベンゼンスルホン酸ナトリウムは一部が潮解し透明液状化していた。また、トルエンスルホン酸セシウムは一部凝集や潮解による透明液状化が確認された。この結果から、スチレンスルホン酸ナトリウムを除いて、貯蔵時における吸湿により取扱い性が悪くなり、また、樹脂との加工時にも供給及び混合がスムーズに行かないといったトラブルが起こりやすいことが予想される。
【0027】
<実施例1〜10および比較例1〜12>
表1に示した配合割合で混合し、押出機にてストランドを形成した後ペレット化し、そのペレットを圧縮成形して長さ125mm、幅13mm、厚さ3.2mmの短冊状試験片を作製した。得られた各実施例および比較例について燃焼性試験を行い、結果を表1に示した。実施例1〜10および比較例1〜12においては、目視による試験片の観察結果を表1に記載した。
【0028】
実施例1〜4は、スチレンスルホン酸ナトリウムを添加量を変えて含有させた結果であり、比較例1〜4、9〜12は、本発明とは異なるスルホン酸化合物または難燃剤を含有させた結果である。
実施例1〜4は、ポリカーボネート樹脂に0.001重量%〜1重量%のスチレンスルホン酸ナトリウムを含有させた結果である。
比較例1は、難燃剤を含有しないポリカーボネート樹脂の結果である。
比較例2は、ポリカーボネート樹脂に0.001重量%のベンゼンスルホン酸ナトリウムを含有させた結果である。
比較例3は、ポリカーボネート樹脂に0.001重量%のスルホン酸塩導入ポリスチレン系ポリマーを含有させた結果である。
比較例4は、ポリカーボネート樹脂に0.1重量%のスルホン酸塩導入ポリスチレン系ポリマーを含有させた結果である。
比較例9は、ポリカーボネート樹脂に20重量%のリン酸エステルを含有させた結果である。
比較例10は、ポリカーボネート樹脂に5重量%のシリコン樹脂を含有させた結果である。
比較例11は、ポリカーボネート樹脂に0.01重量%のパーフルオロブタンスルホン酸カリウム(PPFBS)を含有させた結果である。
比較例12は、ポリカーボネート樹脂に0.01重量%のトルエンスルホン酸セシウムを含有させた結果である。
【0029】
実施例5〜8は、ナトリウム以外の金属塩を用いた実施例であり、実施例7及び8ではさらにポリテトラフルオロエチレン(PTEF)を含有させている。比較例5及び6は本発明とは異なるスルホン酸化合物とPTEFを含有させた結果である。
実施例5は、ポリカーボネート樹脂に0.5重量%のスチレンスルホン酸カリウムを含有させた結果である。
実施例6は、ポリカーボネート樹脂に1重量%のスチレンスルホン酸カルシウムを含有させた結果である。
実施例7は、ポリカーボネート樹脂に0.1重量%のスチレンスルホン酸リチウムと0.1重量%のポリテトラフルオロエチレン(PTEF)を含有させた結果である。
実施例8は、ポリカーボネート樹脂に0.1重量%のスチレンスルホン酸アンモニウムと0.1重量%のPTEFを含有させた結果である。
比較例5は、ポリカーボネート樹脂に0.1重量%のスルホン酸塩導入ポリスチレン系ポリマーと0.1重量%のPTEFを含有させた結果である。
比較例6は、ポリカーボネート樹脂に0.1重量%のスチレンスルホン酸と0.1重量%のPTEFを含有させた結果である。
【0030】
実施例9は、5重量%のアクリロニトリル・ブタジエン・スチレン樹脂(ABS)を含有するポリカーボネート樹脂に0.1重量%のスチレンスルホン酸ナトリウムと0.1重量%のPTEFを含有させた結果である。
比較例7は、難燃剤を含有しない5重量%のABSを含有するポリカーボネート樹脂の結果である。
【0031】
実施例10は、5重量%の非結晶性ポリエチレンテレフタレートコポリマー(PET−G)を含有するポリカーボネート樹脂に0.1重量%のスチレンスルホン酸ナトリウムと0.1重量%のPTEFを含有させた結果である。
比較例8は、難燃剤を含有しない5重量%のPET−Gを含有するポリカーボネート樹脂の結果である。
【0032】
「燃焼性試験」は、UL−94の垂直燃焼試験方法に従い、厚さ3.2mmの試験片を用いて行った。燃焼性の評価結果としては、その規格に対応した「V−0」、「V−1」、「V−2」とした。なお、具体的には以下の手順によって評価する。まず、試験片を5枚ずつ用意し、垂直状に支持した短冊状試験片に対して下側からバーナー炎をあてて10秒間保ち、その後、バーナー炎を試験片から離す。炎が消えれば直ちにバーナー炎をさらに10秒間あてた後、バーナー炎を離す。このとき、1回目と2回目の接炎終了後の有炎燃焼持続時間、2回目の接炎終了後の有炎燃焼持続時間及び無炎燃焼持続時間の合計、5枚全ての試験片の有炎燃焼時間の合計、燃焼滴下物による標識用綿の着火の有無で判定する。「V−0」は、1回目、2回目ともに10秒以内に、「V−1」、「V−2」は、1回目、2回目ともに30秒以内に有炎燃焼を終えたときである。また、2回目の有炎燃焼持続時間と無炎燃焼持続時間との合計が「V−0」は30秒以内、「V−1」、「V−2」は60秒以内である。さらに、5枚の試験片の有炎燃焼時間の合計が「V−0」は50秒以内、「V−1」および「V−2」は250秒以内である。標識用綿の着火は「V−2」のみに許容される。したがって、難燃性の高さは、「V−0」>「V−1」>「V−2」の順位である。
【0033】
「明度」は、125mm×13mm×3.2mm試験片を用いて測定した。色彩色差計(ミノルタカメラ販売株式会社製CR-200)を用い、裏打ちに白色紙を用いて反射測定した。得られた明度を透明性の簡易指標とした。数値が高いほど透明性が高いことを示す。
【0034】
【表1】

【0035】
リン酸エステル、シリコン系難燃剤ではポリカーボネート樹脂の難燃性が不十分であり、また、特にシリコン系難燃剤ではポリカーボネート樹脂が白色に着色するのに対し、スチレンスルホン酸ナトリウムを0.001重量%〜1重量%含有するポリカーボネート樹脂である実施例1〜4は「V−0」に合格し、極めて少量で難燃化が可能である。特に0.001重量%〜0.1重量%含有するポリカーボネート樹脂である実施例1〜3はポリカーボネートの透明性を維持している。スチレンスルホン酸ナトリウムを0.01重量%含有する実施例2の明度が87であり、難燃剤を含有しない比較例1の明度87と同等であり、透明性が維持されている。
一方、ベンゼンスルホン酸ナトリウムを0.001重量%含有する比較例2の難燃性は、難燃剤の入っていないものと同じく「V−2」であり、「V−0」とはならなかったし、白色のスポットが混ざった外観の悪いものであった。スルホン酸塩導入ポリスチレン系ポリマーを0.001重量%及び0.1重量%含有する比較例3及び4の燃焼性試験では燃焼し難燃効果は認められなかった。
【0036】
スチレンスルホン酸のカリウム塩、カルシウム塩、リチウム塩、アンモニウム塩を用いた実施例5〜実施例8においても「V−0」を達成することができた。難燃剤をスルホン酸塩導入ポリスチレン系ポリマー又はスチレンスルホン酸に変更した比較例5及び6の燃焼性試験では難燃剤の入っていないものと同じく「V−2」であり、「V−0」とはならなかった。
【0037】
実施例9および10からわかるように、ABSまたはPET−Gを含有するポリカーボネート系樹脂においても、難燃剤を含有していない場合の比較例7及び8に比べて、本発明の難燃剤により難燃性が向上した。
【0038】
<実施例11、12および比較例13>
実施例11及び実施例12並びに比較例13においては、厚さを1.0mmとした短冊状試験片を用いて燃焼性試験を行った。短冊状試験片の厚さが薄くなると、通常燃えやすくなるため、その結果は、より高い難燃性まで測定することができる。
実施例11は、実施例2と同様に、ポリカーボネート樹脂に0.01重量%のスチレンスルホン酸ナトリウムを含有させた結果である。
実施例12は、ポリカーボネート樹脂に0.01重量%のスチレンスルホン酸ナトリウムと0.1重量%のポリテトラフルオロエチレン(PTEF)を含有させた結果である。
比較例13は、ポリカーボネート樹脂に0.01重量%のベンゼンスルホン酸ナトリウムと0.1重量%のポリテトラフルオロエチレン(PTEF)を含有させた結果である。
短冊状試験片は、押出機にてストランドを形成した後ペレット化し、そのペレットを圧縮成形して長さ125mm、幅13mm、厚さ1.0mmのものを作製した。得られた各実施例および比較例について燃焼性試験を行い、結果を表2に示した。
【0039】
【表2】

【0040】
0.01重量%のスチレンスルホン酸ナトリウムだけを含有させたものは、厚さ3.2mmの実施例2の場合は「V−0」の結果であったが、厚さ1.0mmの実施例11の場合は「V−2」という結果となった。この点、0.01重量%のスチレンスルホン酸ナトリウムに加えて、0.1重量%のPTFEをさらに含有させることによって、実施例12に示すように、厚さ1.0mmの場合でも「V−0」という結果を得ることができる。しかし、比較例13のように、0.01重量%のベンゼンスルホン酸ナトリウムの場合は、0.1重量%のPTFEをさらに含有させても試験片は燃焼してしまった。このように、スチレンスルホン酸塩にPTFEをさらに含有させることによって難燃性を向上させることができた。なお、PTFEを含有させると透明ではなくなるが、透明性を必要としない用途においてはPTFEをさらに含有させて難燃性を向上させてもよい。
【0041】
<実施例13>
実施例13は、実施例1〜4で使用したスチレンスルホン酸ナトリウムを粉砕し、粒度を細かくしたスチレンスルホン酸ナトリウムを0.1重量%含有させたものである。つまり、実施例3とは、スチレンスルホン酸ナトリウムの含有量は同じであるが粒度が異なる。実施例13においては、実施例1〜4で使用したスチレンスルホン酸ナトリウムを日清エンジニアリング株式会社製の気流式粉砕機「スーパージェットミル」にて粉砕した。図1(A)は、粉砕前のスチレンスルホン酸ナトリウムの粒度分布であり、(B)は粉砕後の粒度分布である。粒度分布は、エタノール中にスチレンスルホン酸ナトリウムを分散させてレーザー回折散乱法(測定装置:Malvern Instruments社製「マスターサイザー・マイクロ」)によって測定した。図1(A)の粉砕前のスチレンスルホン酸ナトリウムの粒度分布は、平均粒径(積算値50%の粒度:d50)が107.82μmであり、積算値10%の粒度(d10)が50.52μm、積算値90%の粒度(d90)が196.74μmであった。つまり、全体の8割が50.52μm〜196.74μmの範囲にある。一方、図1(B)の粉砕後のスチレンスルホン酸ナトリウムの粒度分布は、平均粒径(d50)は1.45μmであり、積算値10%の粒度(d10)が0.55μm、積算値90%の粒度(d90)が3.56μmであった。つまり、全体の8割が0.55μm〜3.56μmの範囲にある。また、図1(B)の粒度分布において10μmを超える粒度は1%以下であった。
【0042】
実施例3、実施例13及び比較例1、比較例14の明度及び黄色度(YI)を測定した。表3にそれらの結果を示す。「黄色度(YI)」は、「明度」の測定と同様に、125mm×13mm×3.2mm試験片を用い、補助標準イルミナントC及び試験片裏打ちに白色紙を用いて色彩色差計(ミノルタカメラ販売株式会社製CR-200)により反射測定し、XYZ表色系を用いて以下の式より算出した。YIの数値が大きい程黄色味が強いことを示す。
YI=100(1.2769X−1.0592Z)/Y
【0043】
さらに、実施例3、比較例1及び比較例14については水中貯蔵試験を行った。表3にそれらの結果を示す。比較例14は、ポリカーボネート樹脂に0.1重量%のベンゼンスルホン酸ナトリウムを含有させたものである。「水中貯蔵試験」とは、125mm×13mm×3.2mm試験片を用い、500ml細口ポリビンに試験片5本と純水430mlを入れてキャップを閉めた後、80℃に設定した恒温槽に30日間静置する。その後試験片を取り出し乾燥後、色彩色差計を用いて明度および黄色度を測定したものである。
【0044】
【表3】

【0045】
まず、何も添加していない比較例1では、明度が87、黄色度が8.9であった。次に、粉砕前のスチレンスルホン酸ナトリウムを0.1重量%含有する実施例3では、明度が84、黄色度が7.5であり、明度は若干低下するが、黄色度を低減させることができた。さらに、粉砕後のスチレンスルホン酸ナトリウムを含有する0.1重量%含有する実施例13では、明度が82、黄色度が6.4であり、さらに黄色度を低減させることができた。このように、粒度の小さいスチレンスルホン酸ナトリウムの方が、黄色度を減らすことができる。このため、スチレンスルホン酸ナトリウムの粒径を小さくすることで光学特性を向上させることができた。
【0046】
他方で、ベンゼンスルホン酸ナトリウムを0.1重量%含有させた比較例14でも、明度が84、黄色度が5.3であり、黄色度はポリカーボネート樹脂(比較例1)に比べて小さくなっていた。しかし、水中貯蔵試験の結果においては、実施例3及び比較例1では、光学特性は殆ど変わらず光学特性が安定しているのに対し、比較例14では、白濁が進み光学特性が低下した。すなわち、比較例14では、明度が当初の84から、30日間で78に大きく低下し、黄色度についても、当初の5.3が、30日間では17.6と大幅に増加したため、30日間の水中貯蔵試験後の試験片は、比較例14の場合、明らかに白濁していた。なお、比較例14においては、水中貯蔵試験の開始から5日間で明度が69まで一旦低下し、開始から20日間で黄色度が一旦19.3まで増加した。このように、ベンゼンスルホン酸ナトリウムを添加した比較例14は、当初の特性は優れているものの環境耐久性の点では大きく劣り、劣化や光学特性の変動が激しいものであった。スチレンスルホン酸ナトリウムの場合は、当初から優れた明度と黄色度を有し、それを安定して持続させることができるのである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリカーボネート系樹脂にLi、Na、K、元素周期表2族元素またはアンモニウムのいずれか一種以上のスチレンスルホン酸塩を含有させたことを特徴とする難燃性ポリカーボネート系樹脂組成物。
【請求項2】
前記スチレンスルホン酸塩の含有量は0.001〜1重量%である請求項1に記載の難燃性ポリカーボネート系樹脂組成物。
【請求項3】
前記スチレンスルホン酸塩がLi、Na、Kのうちのいずれか一種以上である請求項1または請求項2に記載の難燃性ポリカーボネート系樹脂組成物。
【請求項4】
前記スチレンスルホン酸塩がMg、Ca、Sr、Baのうちのいずれか一種以上である請求項1または請求項2に記載の難燃性ポリカーボネート系樹脂組成物。
【請求項5】
前記ポリカーボネート系樹脂がポリカーボネート樹脂であることを特徴とする請求項1ないし4の何れか1項に記載の難燃性ポリカーボネート系樹脂組成物。
【請求項6】
前記ポリカーボネート系樹脂がABSまたはPET−Gを含有することを特徴とする請求項1ないし4の何れか1項に記載の難燃性ポリカーボネート系樹脂組成物。
【請求項7】
前記ポリカーボネート系樹脂がさらにポリテトラフルオロエチレン樹脂を0.01重量%〜10重量%含有することを特徴とする請求項1ないし6の何れか1項に記載の難燃性ポリカーボネート系樹脂組成物。
【請求項8】
請求項1ないし7の何れか1項に記載の難燃性ポリカーボネート系樹脂組成物を使用したことを特徴とするOA機器、家電製品等のハウジングまたは内部機構部品、ガラス、レンズ、カバー等の産業用資材または建材。
【請求項9】
ポリカーボネート系樹脂にLi、Na、K、元素周期表2族元素またはアンモニウムのいずれか一種以上のスチレンスルホン酸塩を0.001〜1重量%含有させることによりポリカーボネート系樹脂を難燃化することを特徴とする難燃性ポリカーボネート系樹脂の製造方法。
【請求項10】
前記スチレンスルホン酸塩の粒度分布が、レーザー回折散乱法による測定結果において90%以上が10μm以下の粒径であることを特徴とする請求項9に記載の難燃性ポリカーボネート系樹脂の製造方法。
【請求項11】
Li、Na、K、元素周期表2族元素またはアンモニウムのいずれか一種以上のスチレンスルホン酸塩であることを特徴とするポリカーボネート系樹脂用難燃剤。
【請求項12】
前記スチレンスルホン酸塩がLi、Na、Kのうちのいずれか一種以上である請求項11記載の難燃剤。
【請求項13】
前記スチレンスルホン酸塩がMg、Ca、Sr、Baのうちのいずれか一種以上である請求項11記載の難燃剤。
【請求項14】
前記スチレンスルホン酸塩の粒度分布が、レーザー回折散乱法による測定結果において90%以上が10μm以下の粒径であることを特徴とする請求項11ないし13の何れか1項に記載の難燃剤。

【図1】
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【公開番号】特開2011−225826(P2011−225826A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−45445(P2011−45445)
【出願日】平成23年3月2日(2011.3.2)
【出願人】(000251196)燐化学工業株式会社 (8)
【Fターム(参考)】