説明

ポリグリシドール誘導体、及びこれを含む複合薬物担体

【課題】生体適合性に優れ、且つ、安価に提供することができる新規の温度感受性高分子化合物、及び、該温度感受性高分子化合物と薬剤とからなる温度感受性薬剤放出システムを提供する。
【解決手段】温度感受性高分子化合物は、ポリグリセリン骨格を主鎖とし、少なくとも下記式(a)


(式中、GLはグリセリン残基、Xはリンカー、Rは感熱応答性基を示す)で表される繰り返し単位を有する。この高分子化合物は、分子量が120〜12000であり、全ての水酸基のうち1級水酸基が50%以上であるポリグリセリンに、反応により感熱応答性基を導入可能な官能基を有する1価の有機基であるリンカーの前駆体X1を導入し、続いて感熱応答性基Rを導入して得られるもの。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、病巣部位を確実にターゲッティングして、目的病巣部位の細胞内に薬物を安全にかつ効率良く送達するドラッグデリバリーシステム(DDS)として有用な、特に遺伝子の細胞伝達・発現に実用的な複合薬物担体と、該複合薬物担体の調製に用いられるポリグリシドール誘導体に関する。
【背景技術】
【0002】
薬剤、DNA(遺伝子)、ペプチドあるいはタンパク質などの治療及び/又は診断のための薬物投与において、薬効を最大限に引き出すためには、癌、リンパ腫、肺炎、肝炎、腎炎、血管内皮損傷部位などの病巣部位を確実にターゲッティングし、薬物を安全にかつ効率良く送達するために、薬物送達の正確なコントロールが望まれる。近年、このようなドラッグデリバリーシステム(DDS)における運搬体(担体)として、リポソーム、エマルジョン、リピッドマイクロスフェアなどの閉鎖小胞を応用しようとする研究が盛んに行われている。
【0003】
一方で各種刺激応答性デンドリマー化合物は、上記のような市場要求事項を満足できるDDS基材として注目されている。即ち、刺激応答性能として簡便な、光、pH、温度が付与されたデンドリマー化合物が検討されて来ている(非特許文献1)。中でもpH応答性リポソームは、細胞内に取り込まれると弱酸性のエンドソームと融合することで、内包物をサイトゾルに移行させることから、細胞内デリバリーシステムとして有用であると考えられている。効果的な細胞内デリバリーを実現するためには、pH応答性リポソームは中性で安定に存在し、わずかなpH低下に鋭敏に反応して膜融合性を発現することが求められる。また応答刺激には一般的に有用なものとして光、温度、pHが挙げられるが、中でも温度応答が最も汎用である。そのため、自動的に体内の低pH部分で放出される薬剤と同時に、人為刺激として温度を用いた薬剤放出を促進する薬剤担体が最も汎用性が高く有用であると考えられる。
【0004】
しかしながら、現在検討されているpH応答性のリポソームは、そのpH応答性が不十分であるため、実用化に至っていない(特許文献1、2)。また、pH応答と温度応答の両方を有する薬剤担体あるいはリポソーム誘導体は、研究レベルにおいても存在していなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】河野 健司、児島 千恵著、遺伝子医学MOOK別冊、「絵で見てわかるナノDDS〜マテリアルから見た治療・診断・予後・予防、ヘルスケア技術の最先端」、p.106−112(2007)、メディカルドゥ
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−352619号公報
【特許文献2】特開2008−120718号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明の目的は、実用性の高いpH感受性薬物放出剤として用いることのできる複合薬物担体と、該複合薬物担体の調製に用いられる新規なポリグリシドール誘導体を提供することにある。
本発明の他の目的は、実用性の高いpH及び温度感受性薬物放出剤として用いることのできる複合薬物担体と、該複合薬物担体の調製に用いられる新規なポリグリシドール誘導体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、中心部に高分岐ポリグリセリン骨格を有し、末端部にカルボキシル基、または2種以上の異なるアミド基を有する高分子をリポソーム等に適用すると、pH応答性、又はpH及び温度応答性に優れた薬剤放出システムが得られることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、水酸基の50%以上が1級水酸基であるポリグリセリンから誘導されるポリグリシドール誘導体であって、少なくとも下記式(a)
【化1】

(式中、GLはグリセリン残基、Xはリンカーを示す。Rは、(i)カルボキシル基であるか、又は(ii)イソプロピルカルバモイル基又は炭素数8以上のアルキルカルバモイル基であって、これらのアルキルカルバモイル基を2種以上有する)
で表される繰り返し単位を有するポリグリシドール誘導体を提供する。
【0010】
本発明は、また、前記のポリグリシドール誘導体と脂質膜を有する担体粒子からなる複合薬物担体を提供する。
【0011】
この複合薬物担体は、さらに、診断及び/又は治療のための薬物が内包されていてもよい。
【0012】
前記担体粒子は、巨大分子、微集合体、微粒子、微小球、ナノ小球、リポソーム及びエマルジョンからなる群より選択された少なくとも1種の形態を取り得る。
【0013】
前記薬物として、抗ガン剤、核酸、ポリヌクレオチド、遺伝子及びその類縁体からなる群より選択された少なくとも1種の薬物を使用できる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の複合薬物担体によれば、従来のpH感受性リポソームよりもpH感受性が強く、且つデンドリマーを用いた場合よりも極めて安価であり、より実用性に優れたpH感受性薬剤放出システムとして使用できる。例えば、本発明の複合薬物担体を用いると、環境のpH変化差が1.0以下であっても、薬物担体から90%以上の薬物を放出させることが可能である。
また、本発明の複合薬物担体によれば、従来のリポソームでは持ち得なかったpH応答性と温度応答性とを実現でき、実用性と汎用性に優れたpH及び温度感受性薬剤放出システムとして使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例1で得られたカルボン酸末端ハイパーブランチ(多分岐型)ポリグリセリン(ポリグリシドール誘導体)の1H−NMR測定結果を示す図である。
【図2】実施例2で得られたカルボン酸末端ハイパーブランチポリグリセリン(ポリグリシドール誘導体)の1H−NMR測定結果を示す図である。
【図3】実施例3で得られたカルボン酸末端ハイパーブランチポリグリセリン(ポリグリシドール誘導体)の1H−NMR測定結果を示す図である。
【図4】実施例4で得られたカルボン酸末端ハイパーブランチポリグリセリン(ポリグリシドール誘導体)の1H−NMR測定結果を示す図である。
【図5】実施例5で得られたカルボン酸末端ハイパーブランチポリグリセリン(ポリグリシドール誘導体)の1H−NMR測定結果を示す図である。
【図6】比較例1で得られたカルボン酸末端リニア型ポリグリセリン(ポリグリシドール誘導体)の1H−NMR測定結果を示す図である。
【図7】ポリグリシドール誘導体における水酸基残存率とカルボン酸導入率の算出法を示す図である。
【図8】製造例1で得られたサクシニル化ハイパーブランチ(多分岐型)ポリグリセリン(ポリグリシドール誘導体)の1H−NMR測定結果を示す図である。
【図9】実施例6〜11で得られたアミド末端ハイパーブランチ(多分岐型)ポリグリセリン(ポリグリシドール誘導体)の1H−NMR測定結果を示す図である。
【図10】比較例2で得られたアミド末端ハイパーブランチ(多分岐型)ポリグリセリン(ポリグリシドール誘導体)の1H−NMR測定結果を示す図である。
【図11】比較例3で得られたアミド末端ハイパーブランチ(多分岐型)ポリグリセリン(ポリグリシドール誘導体)の1H−NMR測定結果を示す図である。
【図12】比較例4で得られたアミド末端ハイパーブランチ(多分岐型)ポリグリセリン(ポリグリシドール誘導体)の1H−NMR測定結果を示す図である。
【図13】実施例1〜5、比較例1で得られたポリグリシドール誘導体のpH感受性評価試験の結果を示す図である。
【図14】比較例4で得られたアミド末端ハイパーブランチ(多分岐型)ポリグリセリン(ポリグリシドール誘導体)で修飾されたリポソームの薬物放出に及ぼすpHと温度の影響を示す図である。縦軸は薬物の放出率(%)、横軸はpHを示す。
【図15】実施例9で得られたアミド末端ハイパーブランチ(多分岐型)ポリグリセリン(ポリグリシドール誘導体)で修飾されたリポソームの薬物放出に及ぼすpHと温度の影響を示す図である。縦軸は薬物の放出率(%)、横軸はpHを示す。
【図16】実施例11で得られたアミド末端ハイパーブランチ(多分岐型)ポリグリセリン(ポリグリシドール誘導体)で修飾されたリポソームの薬物放出に及ぼすpHと温度の影響を示す図である。縦軸は薬物の放出率(%)、横軸はpHを示す。
【図17】実施例6で得られたアミド末端ハイパーブランチ(多分岐型)ポリグリセリン(ポリグリシドール誘導体)で修飾されたリポソームの薬物放出に及ぼすpHと温度の影響を示す図である。縦軸は薬物の放出率(%)、横軸はpHを示す。
【図18】実施例8で得られたアミド末端ハイパーブランチ(多分岐型)ポリグリセリン(ポリグリシドール誘導体)で修飾されたリポソームの薬物放出に及ぼすpHと温度の影響を示す図である。縦軸は薬物の放出率(%)、横軸はpHを示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のポリグリシドール誘導体は、水酸基の50%以上が1級水酸基であるポリグリセリンから誘導されるポリグリシドール誘導体であって、少なくとも前記式(a)で表される繰り返し単位を有する。式(a)中、GLはグリセリン残基、Xはリンカーを示す。Rは、(i)カルボキシル基であるか、又は(ii)イソプロピルカルバモイル基又は炭素数8以上のアルキルカルバモイル基であって、これらのアルキルカルバモイル基を2種以上有する。本発明の複合薬物担体は、上記のポリグリシドール誘導体とリポソーム等の脂質膜を有する担体粒子とで構成される。
【0017】
上記のポリグリシドール誘導体を用いて複合薬物担体を構成すると、該複合薬物担体は、特定のpH(例えば、pH7以上)では通常のリポソーム等と同様に水溶性を呈し、薬物(薬剤)が安定に保持され、一方、特定のpH(例えば、pH6付近)で急激に脂質膜を有する担体粒子が崩壊して、薬物が放出される。複合薬物担体としては、pH7で30分間インキュベートした後の当該複合薬物担体からの薬物の放出率が5%以下で、且つpH6で30分間インキュベートした後の当該複合薬物担体からの薬物の放出率が85%以上、特に87%以上であるのが好ましい。なお、式(a)において、Rがイソプロピルカルバモイル基又は炭素数8以上のアルキルカルバモイル基であって、これらのアルキルカルバモイル基を2種以上有する場合には、複合薬物担体はpH感受性だけでなく、温度感受性をも備える。
【0018】
本発明において、特定のpHで複合薬物担体が崩壊する機構は必ずしも明らかではないが、おそらく、pHが低下すると、増加した系中の水素イオンによって、カルボキシル基部分(カルボン酸部分)、カルバモイル基部分(アミド部分)の水溶性が低下し、リポソーム等の脂質膜を有する担体粒子が構造変化を引き起こすことで崩壊すると考えられる。
【0019】
ポリグリセリン(PGL)は、グリシドールのような重合性グリセリン等価体を原料として合成することができ、ポリグリセリンの分子量としては、例えば120〜12000程度、好ましくは240〜10000程度、特に好ましくは350〜8000程度である。なお、Rの種類によっては(例えば、Rがカルボキシル基の場合等)には、ポリグリセリンの分子量は、例えば120〜4000程度(好ましくは240〜4000程度、さらに好ましくは350〜4000程度)であってもよい。ポリグリセリンの分子量が上記の範囲にある場合には、リポソーム崩壊pHを好ましい範囲にすることができる。
【0020】
また、上記ポリグリセリン(PGL)は高分岐構造を有している必要がある。高分岐構造を有することにより、分子内部に空隙が形成され、その空隙中に薬物を保持することができる。高分岐構造はポリグリセリンの水酸基の一級比率により調整することができる。本発明では、ポリグリセリンの水酸基のうち1級水酸基が50%以上であり、なかでも60%以上であることが好ましく、特に70%以上であることが好ましい。本発明においては、ポリグリセリンとして、高分岐ポリ(デカ)グリセリン(商品名「PGL10PS」、ダイセル化学工業社製)、高分岐ポリ(20)グリセリン(商品名「PGL20P」、ダイセル化学工業社製)、高分岐ポリ(40)グリセリン(商品名「PGLXP」、ダイセル化学工業社製)、高分岐ポリ(80)グリセリン(商品名「HPG80」、ダイセル化学工業社製)などの市販品を好適に使用することができる。
【0021】
前記式(a)において、GL(グリセリン残基)は、下記式(b)、(c)で示される何れかの構造を有する。
【化2】

【0022】
リンカーXとしては、例えば、2価の炭化水素基、カルボニル基、これらが2以上結合した基、又はこれらの1又は2以上の基と1又は2以上の連結基とが結合した2価の基が挙げられる。2価の炭化水素基としては、例えば、メチレン、エチレン、プロピレン、トリメチレン、テトラメチレン、2−メチルトリメチレン、ペンタメチレン、ヘキサメチレン、オクタメチレン、デカメチレン基等のアルキレン基(例えば、炭素数1〜20、好ましくは1〜10、さらに好ましくは1〜5の直鎖状又は分岐鎖状のアルキレン基);アルケニレン基(例えば、炭素数2〜20、好ましくは2〜10、さらに好ましくは2〜5のアルキレン基);シクロペンチレン、シクロへキシレン基等のシクロアルキレン基などの2価の脂環式炭化水素基;これらが2以上結合した基などが挙げられる。
【0023】
連結基としては、例えば、エーテル結合(−O−)、チオエーテル結合(−S−)、アミン結合(−NR’−)、カルボニル結合(−C(=O)−)、エステル結合(−C(=O)−O−)、シリル結合(−Si−)、カーボネート結合、アミド結合、尿素結合、ウレタン結合等が挙げられる。R’は水素原子又はアルキル基(例えば、炭素数1〜4のアルキル基等)を示す。
【0024】
好ましいXとしては、例えば、カルボニル結合(−C(=O)−)を末端(GL側)に有するメチレン基、エチレン基、プロピレン基、トリメチレン基、2−メチルトリメチレン基等の2価の炭化水素基(アルキレン基等)などを挙げることができる。Rがカルボキシル基である場合には、Xとして、カルボニル結合(−C(=O)−)を末端(GL側)に有する分岐鎖状のアルキレン基(特に、2−メチルトリメチレン基)が好ましい。
【0025】
Rが(ii)の場合、Rにおける炭素数8以上のアルキルカルバモイル基としては、例えば、オクチルカルバモイル、イソオクチルカルバモイル、ノニルカルバモイル、イソノニルカルバモイル、デシルカルバモイル、ドデシルカルバモイル基などの炭素数8〜20(好ましくは、炭素数8〜15)の直鎖状又は分岐鎖状のアルキルカルバモイル基(アルキルアミド基)などが挙げられる。
【0026】
Rが(ii)の場合、Rとして、分岐鎖状のアルキルカルバモイル基と直鎖状のアルキルカルバモイル基の両者が存在するのが好ましい。この場合、分岐鎖状のアルキルカルバモイル基と直鎖状のアルキルカルバモイル基の存在比(割合)は、例えば、前者/後者(モル比)=1/99〜99/1、好ましくは5/95〜95/5、さらに好ましくは10/90〜90/10、特に好ましくは20/80〜85/15である。分岐鎖状のアルキルカルバモイル基としては、特にイソプロピルカルバモイル基が好ましい。
【0027】
Rが(ii)の場合であって、Rの1つがイソプロピルカルバモイル基の場合、イソプロピルカルバモイル基と他のアルキルカルバモイル基(炭素数8以上のアルキルカルバモイル基)の存在比(割合)は、前者/後者(モル比)は、例えば50/50〜99/1、好ましくは50/50〜90/10、さらに好ましくは60/40〜85/15である。
【0028】
本発明のポリグリシドール誘導体のうち、式(a)中のRがカルボキシル基であるポリマーは、例えば、ポリグリセリンに酸無水物を反応させることにより製造できる。
【0029】
酸無水物としては、例えば、無水シュウ酸、無水マロン酸、無水コハク酸、無水グルタル酸、3−メチルグルタル酸無水物、無水アジピン酸などの飽和脂肪族ジカルボン酸無水物(例えば、炭素数2〜10の飽和脂肪族ジカルボン酸無水物等);1,2−シクロペンタンジカルボン酸無水物、1,2−シクロヘキサンジカルボン酸無水物などの脂環式ジカルボン酸無水物などが挙げられる。
【0030】
上記反応は、溶媒の存在下又は非存在下で行われる。溶媒としては、反応条件下で不活性なものであればよく、例えば、酢酸、プロピオン酸、トリフルオロ酢酸などの有機酸;アセトニトリル、プロピオニトリル、ベンゾニトリルなどのニトリル類;ホルムアミド、アセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン(NMP)などのアミド類;ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロドデカンなどの脂肪族炭化水素;ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素;クロロホルム、ジクロロメタン、ジクロロエタン、四塩化炭素、クロロベンゼン、トリフルオロメチルベンゼンなどのハロゲン化炭化水素;ニトロベンゼン、ニトロメタン、ニトロエタンなどのニトロ化合物;酢酸エチル、酢酸ブチルなどのエステル類;ヘキサフルオロイソプロピルアルコール、トリフルオロエタノール等のフッ素系アルコール;およびこれらの混合溶媒などが挙げられる。後述の塩基を溶媒として用いてもよい。
【0031】
反応には、必要に応じて、塩基(トリエチルアミン等のアミン、ピリジン等の含窒素芳香族複素環化合物)、酸、縮合剤、触媒(塩化リチウム等のアルカリ金属塩等)などを用いてもよい。
【0032】
反応温度は、反応の種類、使用する化合物の種類や、溶媒等の種類により適宜選択でき、特に制限されない。例えば、0〜250℃程度、好ましくは25〜150℃程度、さらに好ましくは50〜150℃程度である。反応の種類によっては室温付近で円滑に反応が進行する場合もある。反応は、窒素やアルゴンなどの不活性ガス雰囲気下で行ってもよく、空気雰囲気下又は酸素雰囲気下で行うことも可能である。反応生成物の精製は、晶析、沈殿、カラムクロマトグラフィー等の慣用の方法で行うことができる。
【0033】
本発明のポリグリシドール誘導体のうち、式(a)中のRが2種以上のアルキルカルバモイル基であるポリマーは、例えば、前記の方法により得られた式(a)中のRがカルボキシル基であるポリマーに、アルキルカルバモイル基に対応するアミンを反応させることにより製造できる。
【0034】
アミンとしては、例えば、イソプロピルアミン、オクチルアミン、ノニルアミン、デシルアミン、ドデシルアミンなどが挙げられる。
【0035】
式(a)中のRがカルボキシル基であるポリマーとアミンとの反応は、溶媒の存在下又は非存在下で行われる。溶媒としては、反応条件下で不活性なものであればよく、例えば、NMP、DMSO、DMF、その他前記例示の溶媒などを使用できる。反応には、必要に応じて、縮合剤、触媒などを用いてもよい。縮合剤として、例えば、DMT−MM[4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルフォリニウム クロリド ]、HBTU(O−ベンゾトリアゾール−1−イル−N,N,N’,N’−テトラメチルウロニウムヘキサフルオロホスフェート)などが挙げられる。反応温度は、例えば、−10℃〜150℃、好ましくは0〜60℃程度である。反応は、窒素やアルゴンなどの不活性ガス雰囲気下で行うのが好ましい。また、遮光条件下で行うことが望ましい。反応生成物の精製は、晶析、沈殿、カラムクロマトグラフィー等の慣用の方法で行うことができる。
【0036】
本発明のポリグリシドール誘導体のうち、式(a)中のRがカルボキシル基であるポリマー[(i)の場合]においては、ポリグリセリンの水酸基への−X−Rの導入率は、例えば10%以上、好ましくは50%以上、さらに好ましくは80%以上である。
【0037】
また、本発明のポリグリシドール誘導体のうち、式(a)中のRが2種以上のアルキルカルバモイル基であるポリマー[(ii)の場合]においては、Rがアルキルカルバモイル基である式(a)の単位の割合は、ポリマーを構成する全繰り返し単位に対して、例えば10%以上、好ましくは20%以上、さらに好ましくは30%以上である。この場合、Rがカルボキシル基である式(a)の単位が存在していてもよく、例えば、該単位は、ポリマーを構成する全繰り返し単位に対して、0〜90%、好ましくは0〜80%、さらに好ましくは0〜70%、特に0〜50%程度であってもよい。
【0038】
[複合薬物担体]
本発明の複合薬物担体は、前記本発明のポリグリシドール誘導体と脂質膜を有する担体粒子とで構成されている。この複合薬物担体は、診断及び/又は治療のための薬物が内包されていてもよい。ポリグリシドール誘導体が前記式(a)中のRがカルボキシル基であるポリマーの場合には、薬物を内包した複合薬物担体は、pH感受性薬剤放出システムを構成する。また、ポリグリシドール誘導体が前記式(a)中のRが2種以上のアルキルカルバモイル基(アルキルアミド基)であるポリマーの場合には、薬物を内包した複合薬物担体は、pH及び温度感受性薬剤放出システムを構成する。
【0039】
前記脂質膜を有する担体粒子としては、特に制限されないが、特にその内部に薬物を高濃度封入できる潜在的機能を有する、巨大分子、微集合体、微粒子、微小球、ナノ小球、リポソーム及びエマルジョンからなる群より選択された少なくとも1種の形態であるのが好ましい。
【0040】
上記薬物(薬剤)としては、親水性薬剤、脂溶性薬剤(疎水性薬剤)の何れであってもよい。親水性薬剤を使用する場合は、複合薬物担体内部の閉鎖空間の親水性領域に封入され、脂溶性薬剤を使用する場合は、複合薬物担体の疎水性部分に担持される。また、薬剤としては特に限定されないが、温熱療法と併用される抗ガン剤、抗炎症剤などが挙げられる。抗ガン剤などは過剰量使用することにより引き起こされる重篤な副作用が問題となるが、本発明におけるpH(又は、pH及び温度)感受性薬剤放出システムを利用すると、標的とする細胞のみに特異的に抗ガン剤を作用させることができ、効果的な治療を行うことができ、さらに、抗ガン剤による副作用を最小に留めることができる。
【0041】
上記抗ガン剤としては、例えば、シスプラチン、カルボプラチン、テチラプラチン、イプロプラチンなどの金属錯体;アドリアマイシン、マイトマイシン、アクチノマイシン、アンサマイトシン、ブレオマイシン、シタラビン、バウノマイシンなどの制ガン抗生物質;5−フルオロウラシル、メトトレキセート、TAC−788などの代謝拮抗剤;BCNU、CCNUなどのアルキル化剤;インターフェロン−α、β、又はγ、各種インターロイキンなどのリンホカインなどが挙げられる。また、抗炎症剤としては、例えば、プレドニゾロン、ベタメタゾン、ベタメタゾン・d−マレイン酸クロルフェニラミンなどが挙げられる。
【0042】
上記の薬剤には疾患治療のための遺伝子も含まれる。このような遺伝子としては、例えば、重症複合型免疫不全症の治療のためのアデノシンデアミナーゼ遺伝子、家族性高コレステロール血症の治療のためのLDL受容体遺伝子、ガン治療のためのインターフェロン−α、β、又はγ遺伝子、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM−CSF)遺伝子、各種インターロイキン遺伝子、腫瘍壊死因子(TNF)−α遺伝子、リンホトキシン(LT)−β遺伝子、顆粒球コロニー刺激因子(G−CSF)遺伝子、T細胞活性化共刺激因子遺伝子などが挙げられる。その他、アルツハイマー病、脊椎損傷、パーキンソン病、動脈硬化症、糖尿病、高血圧症などの治療のための遺伝子も挙げられる。
【0043】
薬物としては、抗ガン剤、核酸、ポリヌクレオチド、遺伝子及びその類縁体からなる群より選択された少なくとも1種であるのが好ましい。
【0044】
薬物(薬剤)の量は特に限定されず、薬物(薬剤)の種類などにより適宜選択できる。
【0045】
pH(又は、pH及び温度)温度感受性薬剤放出システムは、上記薬剤以外に少なくとも1種の医薬添加剤を含有することが好ましい。医薬添加剤としては、pH(又は、pH及び温度)感受性薬剤放出システムの剤型に対応する公知慣用の医薬添加剤を使用することができ、例えば、pH(又は、pH及び温度)感受性薬剤放出システムが液体製剤である場合、例えば、生理食塩水、滅菌水、緩衝液などの担体;コレステロールなどの膜安定化剤;塩化ナトリウム、グルコース、グリセリンなどの等張化剤;トコフェロール、アスコルビン酸、グルタチオンなどの抗酸化剤;クロルブタノール、パラベンなどの防腐剤などが挙げられる。上記担体はpH(pH及び温度)感受性薬剤放出システムを製造する際に溶媒として使用することができる。
【0046】
pH(又は、pH及び温度)感受性薬剤放出システムが固形製剤である場合、例えば、担体(例えば、乳糖、ショ糖などの糖類;トウモロコシデンプンのようなデンプン類;結晶セルロースのようなセルロース類;アラビアゴム、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、リン酸カルシウムなど)、滑沢剤(例えば、ステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコールなど)、結合剤(例えば、マンニトール、ショ糖のような糖類、結晶セルロース、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルメチルセルロースなど)、崩壊剤(例えば、馬鈴薯デンプンのようなデンプン類、カルボキシメチルセルロースのようなセルロース類、架橋ポリビニルピロリドンなど)、着色剤、矯味矯臭剤などが挙げられる。
【0047】
薬物を内包した複合薬物担体[pH(又は、pH及び温度)感受性薬剤放出システム]は、例えば次のようにして製造することができる。すなわち、まず、フラスコ内に、リン脂質等の担体膜構成材料を、クロロホルム等の有機溶媒に溶かし、有機溶媒を留去後、真空乾燥することにより、フラスコ内壁に薄膜を形成させる。次に、該フラスコ内に薬物の水溶液を加え、超音波照射を行い、薄膜を剥がす。凍結−融解を数回繰り返し、エクストルーダーにより膜を通して粒径を揃え、カラムにより遊離の薬物を除去し、ポリマー未修飾のリポソーム溶液等を調製する。一方、ポリグリシドール誘導体のバッファー溶液(ポリマー溶液)を調製する。調製したリポソーム溶液等とポリマー溶液とバッファーとを混合して、リポソーム等をポリマー(ポリグリシドール誘導体)で修飾する。
【0048】
複合薬物担体[pH(又は、pH及び温度)感受性薬剤放出システム]を使用して、例えば抗ガン剤を標的とする細胞に送達するメカニズムとしては、次のようなことが考えられる。ガン細胞周辺の微小血管には200nm程度の穴が多く存在している。一方、正常な細胞周辺の微小血管にはこのような穴が存在しないので、正常な細胞周辺では抗ガン剤封入複合薬物担体が血管から漏れ出すことはない。よって、抗ガン剤を封入した複合薬物担体の粒径を200nm程度とすることにより、該複合薬物担体は標的とするガン細胞付近で微小血管から漏れ出して、ガン細胞に到達することができる。このようにして、抗ガン剤封入複合薬物担体は、標的とするガン細胞周辺部位に特異的に、且つ、高濃度で蓄積することができる。
【0049】
本発明に係る複合薬物担体においては、粒径を200nm程度とすることが好ましく、例えば、封入される薬物量が複合薬物担体中のポリグリシドール誘導体の量に対して0.1〜30モル%、好ましくは1〜6モル%とすることで、粒径を200nm程度とすることができる。
【0050】
本発明に係る複合薬物担体は、経口、非経口経路の何れによっても投与することができるが、例えば、薬物として抗ガン剤を封入する場合は、非経口経路で投与(特に、経静脈投与)することが好ましい。また、本発明に係る複合薬物担体は、親油性の薬剤を封入することで、肝臓において親油性薬剤が代謝されることを抑制することができ、それにより、血中滞留時間が高められるため、長時間の持続投与、例えば静脈内への持続点滴など特殊な投与技術や器具・装置の使用しなくとも、例えば、ワンショット投与しても血中から速やかに消失或いは排出されることがなく、目的とする治療効果を得ることができる。さらに、目的とする治療効果を得るために大量投与する必要がなく、これにより予期せぬ副作用の発生を最小に留めることができる。
【0051】
また、本発明に係る複合薬物担体の投与対象としては、哺乳動物が好ましく、特にヒトに対して好適に使用することができる。
【0052】
本発明に係る複合薬物担体は、pH感受性を有しており、例えば、pH7以上では50℃以上の高温で加熱しなければ封入された薬剤の放出が引き起こされないが、一方、pH7未満では40〜45℃で加熱することで、速やかに封入された薬剤を放出することができる。そして、正常細胞がpH7.4付近であるのに対して、ガン細胞はpH6.8程度の酸性に傾く傾向があるため、たとえ正常細胞に複合薬物担体が到達したとしても、40〜45℃に加熱することでは封入された薬剤の放出が引き起こされないため、より特異的にガン細胞に薬剤を作用させることができ、正常細胞が抗ガン剤により損傷を受ける可能性をより低減することができる。
【0053】
本発明において、ポリグリシドール誘導体が前記式(a)中のRが2種以上のアルキルカルバモイル基(アルキルアミド基)であるポリマーの場合[(ii)の場合]には、pH感受性だけでなく、温度感受性をも有する。この場合、例えば、標的とする患部を40℃以上、好ましくは40〜45℃付近の温度に加熱することにより、患部に到達した複合薬物担体を構成するポリマーを相転移させて、封入された薬剤を放出させることができる。患部を加熱する方法としては、通常の温熱療法で使用される方法を採用することができ、例えば、ホットバック、気泡浴のように加湿された空気,温水を介して熱を伝える湿熱式方法、赤外線、乾式パックのように乾燥した空気を介する感熱式方法、レーザー、マイクロ波のような電磁波、超音波などの電気エネルギー、物理的振動が体内で熱に変わる転換熱式方法などが挙げられる。
【0054】
本発明に係る複合薬物担体は、食品添加物として認められている安価な脂肪酸エステルによって形成されるため生体適合性に優れ、コストを削減することができ、安価に提供することができる。また、血中滞留時間が長く、pH感受性(又は、pH感受性及び温度感受性)を有するため、より的確に標的とする細胞のみに薬剤を到達させることができ、優れた治療効果を発揮することができ、副作用の発現を最小に留めることができる。
【実施例】
【0055】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。なお、実施例において原料として用いた高分岐ポリグリセリンは、水酸基の50%以上が1級水酸基である。
【0056】
実施例1
(カルボン酸末端ハイパーブランチポリグリセリンの製造)
高分岐ポリ(デカ)グリセリン(商品名「PGL10PS」、ダイセル化学工業社製)5.61gをピリジン60mLに溶解させ、これに、塩化リチウム(触媒)1.2g及び3−メチルグルタル酸無水物3.41g(ポリグリセリンの水酸基に対して3当量)を加え、アルゴン雰囲気下、115℃で24時間還流した。ロータリーエバポレーターによってピリジンを減圧留去した後、炭酸水素ナトリウム水溶液によって中和し、3日間透析することで未反応の酸無水物等を除去し、凍結乾燥して白色固体(MGu−HPG10)を得た。化合物の同定は1H−NMR(D2O)により行った(図1)。
【0057】
実施例2
(カルボン酸末端ハイパーブランチポリグリセリンの製造)
高分岐ポリ(20)グリセリン(商品名「PGL20P」、ダイセル化学工業社製) 6.23gをピリジン60mLに溶解させ、これに、塩化リチウム(触媒)1.2g及び3−メチルグルタル酸無水物3.51g(ポリグリセリンの水酸基に対して3当量)を加え、アルゴン雰囲気下、115℃で24時間還流した。ロータリーエバポレーターによってピリジンを減圧留去した後、炭酸水素ナトリウム水溶液によって中和し、3日間透析することで未反応の酸無水物等を除去し、凍結乾燥して白色固体(MGu−HPG20)を得た。化合物の同定は1H−NMR(D2O)により行った(図2)。
【0058】
実施例3
(カルボン酸末端ハイパーブランチポリグリセリンの製造)
高分岐ポリ(40)グリセリン(商品名「PGLXP」、ダイセル化学工業社製)6.54gをピリジン60mLに溶解させ、これに、塩化リチウム(触媒)1.2g及び3−メチルグルタル酸無水物3.54g(ポリグリセリンの水酸基に対して3当量)を加え、アルゴン雰囲気下、115℃で24時間還流した。ロータリーエバポレーターによってピリジンを減圧留去した後、炭酸水素ナトリウム水溶液によって中和し、3日間透析することで未反応の酸無水物等を除去し、凍結乾燥して白色固体(MGu−HPG40)を得た。化合物の同定は1H−NMR(D2O)により行った(図3)。
【0059】
実施例4
(カルボン酸末端ハイパーブランチポリグリセリンの製造)
高分岐ポリ(60)グリセリン(商品名「PGL60P」、ダイセル化学工業社製)5.66gをピリジン60mLに溶解させ、これに、塩化リチウム(触媒)1.2g及び3−メチルグルタル酸無水物3.02g(ポリグリセリンの水酸基に対して3当量)を加え、アルゴン雰囲気下、115℃で24時間還流した。ロータリーエバポレーターによってピリジンを減圧留去した後、炭酸水素ナトリウム水溶液によって中和し、3日間透析することで未反応の酸無水物等を除去し、凍結乾燥して白色固体(MGu−HPG60)を得た。化合物の同定は1H−NMR(D2O)により行った(図4)。
【0060】
実施例5
(カルボン酸末端ハイパーブランチポリグリセリンの製造)
高分岐ポリ(80)グリセリン(商品名「HPG80」、ダイセル化学工業社製)5.78gをピリジン60mLに溶解させ、これに、塩化リチウム(触媒)1.2g及び3−メチルグルタル酸無水物3.06g(ポリグリセリンの水酸基に対して3当量)を加え、アルゴン雰囲気下、115℃で24時間還流した。ロータリーエバポレーターによってピリジンを減圧留去した後、炭酸水素ナトリウム水溶液によって中和し、3日間透析することで未反応の酸無水物等を除去し、凍結乾燥して白色固体(MGu−HPG80)を得た。化合物の同定は1H−NMR(D2O)により行った(図5)。
【0061】
比較例1
(カルボン酸末端低分岐ポリグリセリンの製造)
低分岐ポリ(10)グリセリン(商品名「ポリグリセリン#750」、坂本薬品工業社製)5.43gをピリジン60mLに溶解させ、これに、塩化リチウム(触媒)1.2g及び3−メチルグルタル酸無水物3.30g(ポリグリセリンの水酸基に対して3当量)を加え、アルゴン雰囲気下、115℃で24時間還流した。ロータリーエバポレーターによってピリジンを減圧留去した後、炭酸水素ナトリウム水溶液によって中和し、3日間透析することで未反応の酸無水物等を除去し、凍結乾燥して白色固体(MGu−LPG)を得た。化合物の同定は1H−NMR(D2O)により行った(図6)。なお、比較例1において原料として用いた高分岐ポリグリセリンでは、全水酸基のうち1級水酸基は50%未満である。
【0062】
<水酸基残存率とカルボン酸導入率の算出>
実施例1〜5、及び比較例1で得られたカルボン酸末端ポリグリセリン(ポリグリシドール誘導体)における水酸基残存率とカルボン酸導入率を以下の方法により求めた。図7はポリグリシドール誘導体における水酸基残存率とカルボン酸導入率の算出法を示す図である。この1H−NMRスペクトルにおいて、グリシドール部位(水酸基を有する繰り返し構造単位)、カルボキシル部位(カルボキシル基を有する繰り返し構造単位)の組成比をそれぞれ、x、yとする。主鎖由来のプロトンのピークの多くはaの位置に出現するが、カルボキシル基が修飾されたユニットの元水酸基隣のプロトンは高磁場シフトするためbの位置に出現する(各5H分)。まず、主鎖部分由来のプロトンのシグナルの積分比より(1)式が成り立つ。
5x+5y=76.1814 (1)
次に、カルボキシル基側鎖由来のメチレン・メチンプロトンはcの位置に、メチルプロトンはdの位置にピークが出現する(合計8H)。従って、(2)式のようになる。
8y=120.3781 (2)
(2)式よりyの値を求め、それを(1)式に代入することで、xとyの比が求まるため、それを100分率に計算し直すことで、水酸基残存率、カルボキシル基導入率を求めることができる。
その結果、MGu−HPG10(実施例1)、MGu−HPG20(実施例2)、MGu−HPG40(実施例3)、MGu−HPG80(実施例5)及びMGu−LPG(比較例1)については、いずれも、水酸基残存率は0%、カルボン酸導入率は100%であった。MGu−HPG60(実施例4)については、水酸基残存率は4.8%、カルボン酸導入率は95.2%であった。
【0063】
製造例1
(サクシニル化ポリグリセリンの製造)
高分岐ポリ(40)グリセリン(重合度40;商品名「PGLXP」、ダイセル化学工業社製)5.66g、無水コハク酸23.8g、ピリジン60mlを混合させ、ポリグリセロールを溶解させた。次に還流管を用いて、還流が開始したのを確認した後、アルミホイルで遮光し、7時間加熱撹拌を行った。放冷、冷蔵保存後、溶液は黒紫色で、紫色の固体が析出した。減圧濾過により析出した固体を取り除いた後、エバポレーションによりピリジンを留去した。ジエチルエーテルとメタノールによる再沈殿後、得られた赤茶色の粘性固体をメタノールで溶かし、Sephadex LH−20カラム(展開溶媒:メタノール)により精製した。溶液を回収した後、エバポレーションによりメタノールを留去して得られた淡黄色の粘性の高い固体に、水を適量加えてエバポレーションする操作を6回繰り返した後、凍結乾燥を行った。この生成物(サクシニル化ポリグリセリン;Suc−PG)を1H−NMR(CD3OD)により解析した結果を図8に示す。収量9.7g、収率71.1%。
【0064】
実施例6
(アミド末端ハイパーブランチポリグリセリンの製造)
Suc−PG0.285gをN−メチルピロリドン(NMP)4mlに超音波照射を用いて溶解させた後、DMT−MM[4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルフォリニウム クロリド ]0.547g(1.2eq)を加え、さらにIPA(イソプロピルアミン)2.33MのNMP(N−メチルピロリドン)溶液を495μl(0.7eq)加えて、Ar封入後、遮光撹拌し、一日放置した。白濁していた溶液は一日後、黄濁色になっていた。NMP1mlで希釈したDA(デシルアミン)を32μl(0.1eq)加え、Ar封入後、遮光撹拌し、三日間放置した。三日後、溶液の色は濃くなっていた。三日後、この反応溶液を水と酢酸水溶液で再沈殿し、ジエチルエーテルを用いて洗浄した。遠心分離で沈殿物を取り除いた後、Sephadex LH−20カラム(展開溶媒:メタノール)により精製した。得られたポリマーの1H−NMRスペクトル(CD3OD)を図9に示す。ポリマー中のイソプロピルアミド(イソプロピルカルバモイル基)及びデシルアミド(デシルカルバモイル基)の導入率を1H−NMRスペクトルにより求めたところ、それぞれ、64.6%、10.3%であった。
【0065】
実施例7
(アミド末端ハイパーブランチポリグリセリンの製造)
アミンとして、IPA(イソプロピルアミン)を0.6eq、DA(デシルアミン)を0.1eq用いた以外は、実施例6と同様の操作を行った。得られたポリマーの1H−NMRスペクトル(CD3OD)を図9に示す。ポリマー中のイソプロピルアミド(イソプロピルカルバモイル基)及びデシルアミド(デシルカルバモイル基)の導入率を1H−NMRスペクトルにより求めたところ、それぞれ、56.4%、10.7%であった。
【0066】
実施例8
(アミド末端ハイパーブランチポリグリセリンの製造)
アミンとして、IPA(イソプロピルアミン)を0.8eq、DA(デシルアミン)を0.1eq用いた以外は、実施例6と同様の操作を行った。得られたポリマーの1H−NMRスペクトル(CD3OD)を図9に示す。ポリマー中のイソプロピルアミド(イソプロピルカルバモイル基)及びデシルアミド(デシルカルバモイル基)の導入率を1H−NMRスペクトルにより求めたところ、それぞれ、73.4%、10.5%であった。
【0067】
実施例9
(アミド末端ハイパーブランチポリグリセリンの製造)
アミンとして、IPA(イソプロピルアミン)を0.4eq、DA(デシルアミン)を0.1eq用いた以外は、実施例6と同様の操作を行った。得られたポリマーの1H−NMRスペクトル(CD3OD)を図9に示す。ポリマー中のイソプロピルアミド(イソプロピルカルバモイル基)及びデシルアミド(デシルカルバモイル基)の導入率を1H−NMRスペクトルにより求めたところ、それぞれ、34.9%、9.76%であった。
【0068】
実施例10
(アミド末端ハイパーブランチポリグリセリンの製造)
アミンとして、IPA(イソプロピルアミン)を0.9eq、DA(デシルアミン)を0.1eq用いた以外は、実施例6と同様の操作を行った。得られたポリマーの1H−NMRスペクトル(CD3OD)を図9に示す。ポリマー中のイソプロピルアミド(イソプロピルカルバモイル基)及びデシルアミド(デシルカルバモイル基)の導入率を1H−NMRスペクトルにより求めたところ、それぞれ、82.6%、10.5%であった。
【0069】
実施例11
(アミド末端ハイパーブランチポリグリセリンの製造)
アミンとして、IPA(イソプロピルアミン)を0.5eq、DA(デシルアミン)を0.1eq用いた以外は、実施例6と同様の操作を行った。得られたポリマーの1H−NMRスペクトル(CD3OD)を図9に示す。ポリマー中のイソプロピルアミド(イソプロピルカルバモイル基)及びデシルアミド(デシルカルバモイル基)の導入率を1H−NMRスペクトルにより求めたところ、それぞれ、45.7%、10.1%であった。
【0070】
なお、図9におけるスペクトルは、上から、実施例10、実施例8、実施例6、実施例7、実施例11、実施例9の順に記載されている。
【0071】
比較例2
(アミド末端ハイパーブランチポリグリセリンの製造)
アミンとして、IPA(イソプロピルアミン)を0.7eq用い、DA(デシルアミン)は用いなかった以外は、実施例6と同様の操作を行った。得られたポリマーの1H−NMRスペクトル(CD3OD)を図10に示す。ポリマー中のイソプロピルアミド(イソプロピルカルバモイル基)の導入率を1H−NMRスペクトルにより求めたところ、63.8%であった。
【0072】
比較例3
(アミド末端ハイパーブランチポリグリセリンの製造)
アミンとして、IPA(イソプロピルアミン)を0.6eq用い、DA(デシルアミン)は用いなかった以外は、実施例6と同様の操作を行った。得られたポリマーの1H−NMRスペクトル(CD3OD)を図11に示す。ポリマー中のイソプロピルアミド(イソプロピルカルバモイル基)の導入率を1H−NMRスペクトルにより求めたところ、56.5%であった。
【0073】
比較例4
(アミド末端ハイパーブランチポリグリセリンの製造)
アミンとして、IPA(イソプロピルアミン)は用いず、DA(デシルアミン)を0.1eq用いた以外は、実施例6と同様の操作を行った。得られたポリマーの1H−NMRスペクトル(CD3OD)を図12に示す。ポリマー中のデシルアミド(デシルカルバモイル基)の導入率を1H−NMRスペクトルにより求めたところ、11.1%であった。
【0074】
調製例1
(1)パイラニン(pyranine;蛍光物質)水溶液の調製
pyranine38mg、DPX43mg、Na2HPO414mgを、全量が2mlになるように1N HClとイオン交換水を用いてpH7.4、pyranine35mM、DPX50mM、Na2HPO450mMのpyranine水溶液を調製した。
(2)ポリマー修飾リポソームの調製
1.ポリマー未修飾pyranin内包リポソームの調製
EYPC(卵黄フォスファチジルコリン)12mg/mlのクロロホルム溶液2mlを10mlのナスフラスコにとり、エバポレーションして薄膜を形成させた後、4時間、真空乾燥を行うことにより、残留溶媒を取り除いた。乾燥後、pHを7.4に調整したpyranine水溶液(pyranin35mM、DPX50mM、Na2HPO450mM)を1700μl加えて、超音波照射を10min行い、薄膜を剥がした。凍結−融解を5回行った後、エクストルーダーにより100nmのポリカーボネート膜に通した。エクストルーダーにより粒径を揃えた後、PBS(phosphate25mM,saline150mM;pH7.4)で平衡化したセファロース4Bカラムによりfreeのpyraninを除いた。和光リン脂質C−テストワコーにより脂質濃度を測定した。
2.各種ポリマー水溶液の調製
実施例及び比較例で合成した各種のポリマーを、イオン交換水、Na2HPO4、NaCl、1N NaOHを用いて溶解させ、ポリマー濃度が10mg/ml、Na2HPO4の濃度が25mM、NaClの濃度が150mM、pHがpH7.4となるようなポリマー水溶液をそれぞれ調製した。
3.各種ポリマーのリポソームへの修飾
調製したリポソーム溶液、ポリマー水溶液、PBS(phosphate25mM、saline150mM;pH7.4)を、脂質濃度が1.25mM、ポリマー濃度が3.13mg/mlになるように混合し、1時間、incubationすることによりリポソームに修飾した。
なお、実施例1〜5、比較例1で得られたポリマーについては、蛍光物質パイラニン(pyranine)を内包した卵黄フォスファチジルコリン(EYPC)リポソーム(2×10-5M)を含む種々pHのMESバッファー(25mM MES,125mM NaCl)に実施例1〜5、及び比較例1で得られた各カルボン酸末端ポリグリセリン(ポリグリシドール誘導体)(10mg/mL)を25μL添加し、全量を2.5mLとした。
4.精製
リポソームに修飾されていないポリマーを除くために、分画数1200−16000 の透析膜を用いて外相pH7.4のPBSに対して透析を一日間行った。
【0075】
<pH感受性評価試験(実施例1〜5、比較例1)>
実施例1〜5、比較例1で得られたポリマーについて、上記で得られた溶液の励起波長416nm、蛍光波長512nmにおける蛍光強度の経時変化を測定した。Pyranineはリポソーム内部ではDPXにより消光されているが、リポソームから放出されると励起され蛍光を発する。その結果を図13に示す。図中のプロットは30分後の値を示している。
【0076】
リニア型のMGu−LPG(比較例1)を用いたものは、pH7からpH5.5にかけてpHの低下とともにリポソームからのパイラニンの放出を促進した。しかし、多分岐型(高分岐型)のMGlu−HPG(実施例1〜5)を用いたものは、より狭いpH領域において急激に内包物の放出を引き起こした。また、主鎖の重合度が増加すると応答するpHが高くなった。このようにポリマーの主鎖構造を多分岐型にすることで鋭敏なpH応答性高分子が得られることがわかった。
【0077】
<pHおよび温度感受性評価(実施例6、8、9、11、比較例4)>
蛍光セルに各種pHに調整したPBS 2495μlを入れ、一定の各種温度にしてオートゼロした後、上記で得られたポリマー修飾リポソーム(脂質濃度1.25mM、ポリマー濃度3.13mg/ml)を5μl加えてpyranine(励起波長416nm, 蛍光波長512nm)の蛍光強度の経時変化を測定した。ポリマー修飾リポソームからのpyranine放出に及ぼすpHと温度の影響を検討した。その結果を図14〜図18に示す。図14は比較例4で得られたポリマーで修飾したリポソーム、図15は実施例9で得られたポリマーで修飾したリポソーム、図16は実施例11で得られたポリマーで修飾したリポソーム、図17は実施例6で得られたポリマーで修飾したリポソーム、図18は実施例8で得られたポリマーで修飾したリポソームのそれぞれの評価結果を示すグラフである。
【0078】
1種類の直鎖のアルキルカルバモイル基(アルキルアミド基)を有するポリグリシドール誘導体で修飾されたリポソームでは、pHが同じ場合には、薬物の放出率は温度によりさほど変化しない。これに対し、2種類のアルキルカルバモイル基(アルキルアミド基)を有するポリグリシドール誘導体で修飾されたリポソームでは、薬物の放出率はpHにより変化するだけでなく、pHが同じ場合であっても、温度により大きく変化し、2種のポリグリシドール誘導体の比率を調整することで、pH応答性と温度応答性を調整することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0079】
これまで癌を標的としたDDSの開発は様々な研究者によって多くの研究がなされているが、実用化されているDDS材料は少ない。その理由としては、DDS材料の安全性の検証に時間がかかることであった。したがって、材料として高機能を有するものでも、安全性が確立されていない合成化合物の実用化は容易ではなく、また総じて高価であるという問題があった。本研究において骨格に用いたポリグリセリンは比較的安価であるだけではなく、生体適合性に優れていることは既にこの基材を用いた脂肪酸エステルが食品添加物として認められている事からも明らかである。即ち、本研究の材料を用いる事で、DDS材料として安価かつ安全性に優れた温度応答性DDSの設計が行え、人々を未だ苦しめてやまない癌等の疾患への治療に貢献できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水酸基の50%以上が1級水酸基であるポリグリセリンから誘導されるポリグリシドール誘導体であって、少なくとも下記式(a)
【化1】

(式中、GLはグリセリン残基、Xはリンカーを示す。Rは、(i)カルボキシル基であるか、又は(ii)イソプロピルカルバモイル基又は炭素数8以上のアルキルカルバモイル基であって、これらのアルキルカルバモイル基を2種以上有する)
で表される繰り返し単位を有するポリグリシドール誘導体。
【請求項2】
請求項1記載のポリグリシドール誘導体と脂質膜を有する担体粒子からなる複合薬物担体。
【請求項3】
さらに、診断及び/又は治療のための薬物が内包されている請求項2記載の複合薬物担体。
【請求項4】
担体粒子が、巨大分子、微集合体、微粒子、微小球、ナノ小球、リポソーム及びエマルジョンからなる群より選択された少なくとも1種の形態である請求項2又は3記載の複合薬物担体。
【請求項5】
薬物が、抗ガン剤、核酸、ポリヌクレオチド、遺伝子及びその類縁体からなる群より選択された少なくとも1種である請求項3記載の複合薬物担体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2010−260986(P2010−260986A)
【公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−114181(P2009−114181)
【出願日】平成21年5月11日(2009.5.11)
【出願人】(000002901)ダイセル化学工業株式会社 (1,236)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】