説明

ポリビニルアルコール系繊維の製造法

【課題】高強度ポリビニルアルコール系繊維を製造する方法を提供する。
【解決手段】ヨウ素およびヨウ化物塩を含むポリビニルアルコール水溶液を紡糸液とし、ノズルを通して冷却相へ押し出すことによってゲル繊維を得、脱溶媒後、延伸により、比較的高い全延伸倍率の高強度繊維を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として高強度ポリビニルアルコール(以下、PVA)系繊維の製造法に関するもので、特にヨウ素およびヨウ化物塩を利用することで高延伸性を付与したPVA系繊維の製造法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
PVA系繊維は、ポリエステル、ポリアミド、ポリアクリロニトリル系の汎用繊維と比較して、強度、弾性率に優れることから、タイヤコード、ベルト、ホースなどのゴム補強材、FRPなどの産業資材用途に利用されてきた。
【0003】
特に最近では、アスベスト代替繊維材料、あるいは建造物の耐震性能向上のためのセメント補強材のような産業資材を使途として、高い注目を集めているところであるが、このような用途のために、安価でかつ高強度を有するPVA系繊維が求められている。
【0004】
PVA系繊維は、水を溶媒とした湿式紡糸法および乾式紡糸法、有機溶媒を用いたゲル紡糸法などにより製造されている。この中にあって、高強度なPVA系繊維を製造する方法として、超高分子量ポリエチレンのゲル紡糸−超延伸の考え方をPVAに応用した特許文献1などが知られ、更にはゲル紡糸にかえ、高重合度PVAを用い、有機溶媒を使用して湿式あるいは乾湿式紡糸で凝固紡糸することも特許文献2、特許文献3、特許文献4、特許文献5、および特許文献6などで知られている。特許文献7によれば、組成変化を伴わずに固化する能力(ゲル化能)を有する有機溶媒にPVAを溶解した原液をノズルから湿式法あるいは乾湿式法でゲル化温度以下である固化浴あるいは気体層および固化浴に押し出し、PVA原液の組成変化を伴わずに固化せしめる紡糸法が記載されている。
【0005】
しかしPVAはモノマー単位内に1個の水酸基を有し、分子鎖間の水素結合の割合が高いため、ポリエチレンゲル繊維で達成されたような延伸倍率が100倍を超す超延伸は困難とされている。
【0006】
ポリアミドのような水素結合能を有する極性ポリマーの延伸性を向上させる手段として、ポリヨウ素イオンの導入による方法が、非特許文献1が報告されている。PVAやポリアミド、デンプンなどの極性ポリマーは、ヨウ素およびヨウ化物塩を含む溶液に浸せきし、ヨウ素成分を吸収(収着)させることで、ポリマー−ポリヨウ素イオン錯体を形成する。この際、ポリマー中で安定して存在するIやIのようなポリヨウ素イオンが水素結合能を有するポリマーの分子鎖間の水素結合を弱め、可塑剤として作用し、延伸性を向上させる。これまでの研究においては、固体状のポリマー材料をヨウ素−ヨウ化カリウムに浸せきして、ヨウ素を吸収させた後、延伸を行うもので、その結果、ポリマーの延伸性の向上などが確認されている。しかし、ある程度の延伸性、力学物性の向上は認められるものの、目的である高強度・高弾性率化には十分結びついていない。この原因は、もともと分子鎖の絡み合い密度が高い固体状態のポリマーにポリヨウ素イオンを吸収後、延伸するためと考えられる。
【0007】
【特許文献1】特開昭59−130314号公報
【特許文献2】特開昭59−100710号公報
【特許文献3】特開昭60−126312号公報
【特許文献4】特開昭63−99315号公報
【特許文献5】特開平06−128808号公報
【特許文献6】特開平08−246233号公報
【特許文献7】特開平05−78902号公報
【非特許文献1】H−H.Chuah等,Polymer,Vol.27,p.241,1986
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、水溶液状態のPVAにヨウ素およびヨウ化物塩を添加した紡糸溶液をゲル紡糸し、延伸することによって優れたPVA系繊維を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記の目的を達成するためになされた、特許請求の範囲の請求項1に記載された発明は、ヨウ素およびヨウ化物塩、ならびに重合度が少なくとも1000のポリビニルアルコール系ポリマーを含む紡糸原液を、湿式法あるいは乾湿式法あるいは乾式法にて、凝固能を有する冷却媒体中に押し出しゲル繊維を紡糸することを特徴とするポリビニルアルコール系繊維の製造法である。
【0010】
具体的には、PVA水溶液に対して、所定量のヨウ素およびヨウ化物塩を含む水溶液を加えて、加熱しながら均一混合したものを紡糸原液とし、ゲル紡糸を行うことによって、強度の優れたPVA系繊維を製造できるかを追及したものである。
【0011】
本発明において、紡糸原液にヨウ素およびヨウ化物塩を含有させる理由を以下に記述する。ポリエチレンゲル繊維と比較して、PVAゲル繊維が高延伸性および高強度・高弾性率を達成できない原因は、PVA分子鎖間の強い相互作用、すなわち水素結合によるものとされており、この水素結合が繊維の高延伸性、ひいては高分子鎖の高分子配向を阻害させている。ヨウ素およびヨウ化物塩からなるポリヨウ素イオンには、PVA分子鎖間の水素結合を弱める作用がある。従ってPVAを延伸する際、ヨウ素導入により塑性変形しやすくなるため延伸性が向上し、結果的に分子鎖の高配向性が付与される。分子鎖が高度に配向されれば、強度・弾性率が増大するため、PVA繊維の強度・弾性率が向上する。
【0012】
本発明においては、先に述べた冷却溶媒の入った固化浴によるゲル化に限定されず、紡糸溶液をゾルからゲルへ転移させる手法として、冷却気体の吹きつけなどによる乾式によるゲル化でも良い。
【0013】
紡糸原液には、ヨウ素Iとヨウ化物塩を添加するわけであるが、これらを共存させる理由は、水溶液中にヨウ素Iを溶解させる場合、ヨウ素は、単独ではほとんど水に溶解せず、ヨウ化物塩を共存させることではじめて高い溶解性を発現するためである。ヨウ素と共に紡糸液に加えるヨウ化物塩は、PVAの分子鎖間の水素結合を弱めるもので、具体的にはヨウ化カリウム、ヨウ化ナトリウム、ヨウ化リチウム、ヨウ化アンモニウム、ヨウ化セシウム、ヨウ化ルビジウム、その他の金属ヨウ化物やこれらの2種以上の混合物などが挙げられるが、製造コスト面などを考慮すると、ヨウ化カリウム、ヨウ化ナトリウム、ヨウ化アンモニウムが特に好ましい。またPVA−ポリヨウ素イオン錯体の形成を促進させてゲル化しやすくすることを目的として、ホウ酸などのホウ素化合物を紡糸原液に添加しても良い。
【0014】
本発明に用いるPVAの重合度1500〜4000程度が好ましい。1500以上であると更に好ましい。またPVAのケン化度についても大きな制限はないが、冷却によるゲル化を速やかに進行させる上で、90モル%以上が好ましく、PVA繊維の耐熱性、耐水性の観点より、99モル以上であると更に好ましい。また用いるPVAは、他のビニル基を有するモノマー、例えば酢酸ビニル、エチレン、ポリエチレングリコールなどの若干の共重合成分を含んでいても良い。
【0015】
PVAをこのような溶媒に溶解することにより紡糸原液が得られるが、紡糸原液中のPVA濃度としては特に限定されないが、通常2〜50重量%の範囲が用いられる。紡糸原液のポリマー濃度は、ポリマーの溶解性および紡糸時の曳糸性を十分なものとし、さらに、紡糸時のゲル化性能および紡糸後の延伸性を優れたものとするために10〜30重量%とすることが好ましい。
【0016】
PVAを溶液中に加熱溶解するとき、PVAに不純物として残留する酢酸ナトリウムはPVAの部分的な熱分解に伴う着色を生じたり、得られた繊維の物性を損なったりするために、これらを抑制することを目的として、PVAをあらかじめ純水で水洗除去しておくことが望ましい。この際、重合度が1000程度の比較的分子量の低いPVAの水洗には、15℃程度の冷水を用いたり、水とメタノールの混合物を用いたりして、PVAの溶解性を低下させて回収率を上げることも有効である。
【0017】
紡糸原液は、PVAを十分に溶解した水溶液と、ヨウ素およびヨウ化物塩を溶解させた水溶液を70℃以上で加熱しながら均一になるまで攪拌、混合させて作製する。紡糸原液の調製方法は、これに限定されず、ヨウ素およびヨウ化物塩を溶解させた水溶液に固体状PVAを投入して、加熱混合してもよい。あるいはPVAを十分に溶解した水溶液にヨウ素およびヨウ化物塩を投入して、加熱混合してもよい。
【0018】
紡糸原液に関して、ヨウ素およびヨウ化物塩が共存する場合、PVA水溶液は、PVA−ポリヨウ素イオン錯体形成にともなう架橋構造形成のため、室温付近では弾力性のあるゲルになる。このゲルはおよそ70℃以上に加温することによって、錯体が溶解してゾル(溶液状態)になる。従って紡糸の際は紡糸原液を70℃以上に加熱してゾル状態にした上で、凝固槽に吐出してゲル化させて紡糸を行う。
【0019】
紡糸溶液をゾルからゲルへ転移させる、すなわちゲル化させる手法として、本発明においては、主にもっとも一般的な手法である冷却液体の入った固化浴に紡糸液を吐出させることによって行っているが、ゲル化紡糸液を冷却によって速やかにゲル化できれば手段を選ばないため、冷却液体の入った固化浴によるゲル化に限定されず、冷却気体の吹きつけなどによる乾式によるゲル化でも良い。ただし速やかな凝固のためには、0℃以下に冷却した液体、例えば冷メタノールなどを用いるのがよい。
【0020】
延伸する前工程として、紡糸糸の脱溶媒・乾燥を行う。ゲル紡糸して得られたゲル繊維をメタノールなどの有機溶媒中に浸漬して脱溶媒を進めた後に風乾あるいは減圧乾燥しても良いし、ゲル繊維を有機溶媒を使用せずそのまま風乾あるいは減圧乾燥しても良い。
【0021】
繊維の延伸については、乾燥糸を100〜250℃の雰囲気温度中、乾熱延伸を行う。この際、延伸雰囲気はポリマーの酸化劣化を抑制するために窒素などの不活性ガスとすることも好ましい。また、より高倍率に延伸を施すために延伸温度の異なる条件で2段以上の乾熱多段延伸を行うことは有効な手段である。本発明において、より容易に高強度を得るためには、上記の延伸工程による全延伸倍率を20倍以上とするのが好ましく、28倍以上にすることはさらに好ましい。
【発明の効果】
【0022】
本発明は、ヨウ素を利用したPVA系繊維の製造法に関するものであり、本発明の高強度PVA系繊維の製造法によれば、重合度が1500程度のものであっても、1.9GPa程度の高強度の繊維を得ることができる。しかも、水溶液系であるため、有機溶媒系に比較して低コストである。そして、タイヤコード、ベルト、ホースなどのゴム補強用、ロープ、FRP、FRC用途など産業資材用途で顕著な効果を発揮できる。
【実施例】
【0023】
以下、本発明の実施例を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0024】
(実施例1)
重合度1500、ケン化度99.9mol%のPVAをポリマー濃度が20重量%となるよう蒸留水に加え、約90℃の温度でポリマーが完全に溶解するまで撹拌・溶解させた。これとは別に蒸留水10gにヨウ素0.3g、ヨウ化カリウム0.39gを加えて良く撹拌して完全に溶解し、ヨウ素−ヨウ化カリウム水溶液を作製した後、20重量%のPVA水溶液30gと加熱混合させた。この際、混合した紡糸原液中のPVA濃度は15重量%となっている。
【0025】
この紡糸原液を孔径0.84mmのノズルから、−20℃に保たれた冷メタノール中に吐出し、ゲル繊維を作製した。得られた繊維は、PVA−ポリヨウ素イオン錯体の形成を示す紫色に呈色しており、真円状の断面で均質な構造を有していた。
【0026】
紡糸したゲル繊維を2日間冷メタノール中に浸漬させ脱溶媒を進めた後、30℃で2時間乾燥させ、さらに60℃で2時間減圧乾燥させることで繊維の乾燥を行った。延伸は手回し延伸機を用い、初期試料長10mmにし、オーブン中160℃で延伸を行った。その結果、最大延伸倍率28倍の高延伸繊維が得られた。エー・アンド・ディ株式会社製テンシロンRTC1250A引張試験機を用い、25℃、相対湿度65%、引張速度100%/minで引張試験を行ったところ、破断強度1.1GPa、破断伸度8%、初期弾性率36GPaの値が得られた。
【0027】
(実施例2)
実施例1と同一条件で紡糸した繊維を使用し、延伸条件を二段延伸に変更した。一段目の場合160℃、二段目は220℃とした。一段目は延伸倍率を20倍でとどめ、二段目に最大1.4倍延伸した。すなわち最大延伸倍率は、28倍であった。この繊維を実施例1と同様の条件で引張試験を行ったところ、破断強度1.9GPa、破断伸度7%、初期弾性率40GPaの値が得られ、優れた力学強度を有していた。
【0028】
(比較例1)
ヨウ素およびヨウ化カリウムを添加しない15重量%PVA水溶液を紡糸原液として用いたこと以外は実施例1と同一条件で紡糸、延伸を行った。その結果、最大延伸倍率は20倍にとどまった。実施例1と同様の条件で引張試験を行ったところ、破断強度1.0GPa、破断伸度8%、初期弾性率32GPaの値が得られた。
【0029】
(実施例3)(異なるヨウ化物塩を用いた実施例を追加しました)
重合度1500、ケン化度99.9mol%のPVAをポリマー濃度が20重量%となるよう蒸留水に加え、約90℃の温度でポリマーが完全に溶解するまで撹拌・溶解させた。これとは別に蒸留水10gにヨウ素0.3g、ヨウ化アンモニウム0.39gを加えて良く撹拌して完全に溶解し、ヨウ素−ヨウ化アンモニウム水溶液を作製した後、20重量%のPVA水溶液30gと混合させた。この際、混合溶液中のPVA濃度は15重量%となっている。
【0030】
この紡糸原液を孔径0.84mmのノズルから、−20℃に保たれた冷メタノール中に吐出し、ゲル繊維を作製した。得られた繊維は、PVA−ポリヨウ素イオン錯体の形成を示す紫色に呈色しており、真円状の断面で均質な構造を有していた。
【0031】
紡糸したゲル繊維を2日間冷メタノール中に浸漬させ脱溶媒を進めた後、30℃で2時間乾燥させ、さらに60℃で2時間減圧乾燥させることで繊維の乾燥を行った。延伸は手回し延伸機を用い、初期試料長10mmにし、オーブン中で二段延伸を行った。一段目の場合160℃、二段目は220℃とした。一段目は延伸倍率を20倍でとどめ、二段目に最大1.3倍延伸した。すなわち最大延伸倍率は、26倍であった。この繊維を実施例1と同様の条件で引張試験を行ったところ、破断強度1.7GPa、破断伸度7%、初期弾性率35GPaの値が得られ、優れた力学強度を有していた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヨウ素およびヨウ化物塩および重合度が少なくとも1000のポリビニルアルコール系ポリマーを含む紡糸溶液が冷却によりゲル化する現象を利用して得られる紡糸原糸を、高倍率に延伸することによってポリビニルアルコール系高強度繊維を製造する方法。
【請求項2】
紡糸原液を水溶液とする請求項1に記載のポリビニルアルコール系繊維の製造法。
【請求項3】
重合度が1500〜4000程度の比較的低重合度のポリビニルアルコールから、全延伸倍率が20倍以上である請求項1に記載のポリビニルアルコール系繊維の製造法。

【公開番号】特開2008−13855(P2008−13855A)
【公開日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−182912(P2006−182912)
【出願日】平成18年7月3日(2006.7.3)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年6月12日 社団法人 繊維学会発行の「繊維学会予稿集 2006 61巻1号」に発表
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】