説明

ポリフェニレンサルファイド短繊維およびその製造方法

【課題】機械的強度や寸法安定性を従来技術以上に向上させたPPS短繊維を提供する。
【解決手段】繊維の引張強度が、5cN/dtex以上、捲縮弾性率が75%以上である、ポリフェニレンサルファイド短繊維、およびその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、引張強度に優れたポリフェニレンサルファイド短繊維およびその製造方法に関し、更に詳しくは、長期間の熱処理下に於いてもその繊維の強力低下が少ない引張強度に優れたポリフェニレンサルファイド短繊維およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンサルファイド(以下PPSと略す)樹脂は優れた耐熱性、バリア性、耐薬品性、電気絶縁性、耐湿熱性などエンジニアリングプラスチクスとして好適な性質を有しており、射出成型、押出成型用を中心として各種電気・電子部品、機械部品および自動車部品、フィルム、繊維などに使用されている。例えば、廃ガス集塵用のバグフィルター等の各種産業用フィルターに用いられる濾布にはPPS素材が広く用いられている。このような濾布は、PPS短繊維の紡績糸から作製された基布にPPS短繊維をニードルパンチングしたものであり、廃ガス中のダストを捕集し、ダストを含まない廃ガスを外へと排気するために使用するが、目詰まりのない状態を長期間保持し続けることが重要であり、このような濾布性能の長寿命化が常に望まれている。一方で、濾布の目詰まりを抑制し濾布性能の長寿命化を図るためには、付着したダストを効率的に濾布から離脱させることが有効である。例えばバグフィルターにおいて濾布が目詰まりすると、焼却設備からの廃ガスの排気が出来なくなるので焼却設備を停止させて、濾布を交換しなければならない。つまり、濾布が目詰まりする前にダストを効率的に払い落とせば濾布の長寿命化が図れ、焼却設備の長期連続運転が可能となる。バグフィルターにおいて濾布に付着したダストを効率的に離脱させる方法としてパルスジェット方式が採用されることが多い(特許文献1および2参照)。パルスジェット方式とは、濾布の表面に付着したダストが蓄積しないうちに、濾布に高速の気流を定期的に吹きつけて濾布を振動させ、濾布の表面に付着したダストを払い落とす方式である。このようなパルスジェット方式でダストの払い落としは可能となるが、当然ながら、外力として加えられる高速の気流は濾布の機械強度を経時的に低下させやすい。定期的に外力が加えられた際に、濾布の機械強度や濾布の寸法安定性が不十分な場合、濾布が破断しバグフィルターとしての機能を果たせなくなる。
【0003】
従来、PPS繊維の機械的強度や寸法安定性を向上させるために、種々の提案がなされている。たとえば、PPSを溶融紡糸した後、PPSの融点以下で2〜7倍に延伸し、次いで、PPSの融点以上の温度で処理することにより、引張強度、結節強度および引掛強度を高め、耐屈曲摩耗特性および耐屈曲疲労特性を高める技術が特許文献3に開示されている。また、PPS繊維の不織布において、特定の捲縮を付与したPPS短繊維を用いることにより、寸法安定性に優れた不織布とする技術が特許文献4に開示されている。
【0004】
また、繊維の屈曲耐久性を改良するために、PPSにポリカルボジイミド化合物を混合する技術(特許文献5)や、製造時における製糸性を改良するために、PPSにアルキレンビスアルカンアミド類を混合する技術(特許文献6)や、PPSの分子量分布を制御する技術(特許文献7)が提案されている。
【0005】
しかし、これらの公知技術で得られるPPS繊維の引張強度は高々4.5cN/dtex程度に止まり、バグフィルターの濾布に用いる短繊維としては必ずしも十分なものとは言えなかった。
【0006】
一方、焼却設備の廃ガスは高温であって、排ガス中にはPPSを化学的に劣化させるガスも含まれている。すなわち、バグフィルターに用いられる濾布は過酷な条件下で使用されており、長期間使用すると、高温下での化学的な劣化により濾布の強度が低下してくることが指摘されている(特許文献8)。すなわち、長期間の使用による濾布の強度低下を抑制するために、高温下での化学的な劣化による引張強度の経時的低下が起こりにくいPPS繊維が求められているが、前記した従来の技術では、高温下での化学的な劣化による引張強度の経時的低下を抑制するにはまだ不十分であるというのが実情であった。
【特許文献1】特開平8−103617号公報
【特許文献2】特開平9−248413号公報
【特許文献3】特開平4−222217号公報
【特許文献4】特許第2764911号公報
【特許文献5】特開平10−251918号公報
【特許文献6】特開平10−60734号公報
【特許文献7】特開2006−336140号公報
【特許文献8】特開2006−305562号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、上述した問題点を解決し、機械的強度や寸法安定性を従来技術以上に向上させたPPS短繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のポリフェニレンサルファイド短繊維は、前記した目的を達成するために次の構成を有する。すなわち、繊維の引張強度が、5cN/dtex以上、捲縮弾性率が75%以上である、ポリフェニレンサルファイド短繊維である。
【0009】
また、本発明のポリフェニレンサルファイド短繊維の製造方法は、前記した目的を達成するために次の構成を有する。すなわち、溶融したポリフェニレンサルファイドを紡糸口金から紡出し未延伸糸を採取し、次いで未延伸糸を3倍以上4倍以下で熱延伸し、温度180℃以上で4秒間以上の定長熱処理を行った後、温度180℃以上のスチームを満たしたクリンパー内で捲縮付与し所定の長さに切断するポリフェニレンサルファイド短繊維の製造方法であって、熱延伸後から捲縮付与前までの間の弛緩率が1%以上6%以下となるように、定長熱処理の前後で弛緩せしめる、ポリフェニレンサルファイド短繊維の製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、機械的強度や寸法安定性を従来以上に向上させたPPS短繊維とすることができる。バグフィルター等の長期間過酷な条件下に晒される用途でも、強度が低下しにくい濾布とすることができ、製品寿命を長くすることが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0012】
本発明におけるPPSは、繰り返し単位として、構造式(I)で示されるp-フェニレンサルファイド単位や、m−フェニレンサルファイド単位などのフェニレンサルファイド単位を含有するポリマーを意味する。
【0013】
【化1】

【0014】
PPSは、ホモポリマーまたはp-フェニレンサルファイド単位とm−フェニレンサルファイド単位の両者を有する共重合体であってもよく、また本発明の主旨を逸脱しない限り、他の芳香族サルファイドとの共重合体あるいは混合物であっても構わない。また、PPSは、重量平均分子量が、40000〜60000であることが好ましい。重量平均分子量が40000未満のPPSを用いて溶融紡糸を行った場合、紡糸張力が低く、紡糸時に糸切れが多発することがあり、重量平均分子量が60000を超えるPPSを用いると、溶融時の粘度が高すぎて紡糸設備を特殊な高耐圧仕様にしなければならず、設備費用が高額になって不利である。
【0015】
本発明の目的を達成するためには、PPS短繊維において、繊維の引張強度が、5cN/dtex以上、好ましくは5.2cN/dtex以上であり、捲縮弾性率が75%以上、好ましくは80%以上である必要がある。PPS短繊維の引張強度を5cN/dtex以上にするには、まず、自然延伸倍率より6%以上高く延伸倍率を設定し繊維を配向結晶化させなければならない。繊維の引張強度特性は、その繊維を用いた布帛の強度に直接寄与しており、引張強度が低いPPS短繊維を用いると、紡績糸からなる基布や布帛の強度も低下する。短繊維の引張強度は高いほど良いが、自然延伸倍率よりも25%以上高く設定すると延伸時に繊維の巻き付きが発生することがある。また、捲縮弾性率が75%未満であれば,カード工程で捲縮がへたり、繊維間の交絡が充分に行われず,加工性が悪化して,均一にPPS不織布,紡績糸が得られない。
【0016】
次に、本発明のPPS短繊維の製造方法について説明する。まず、PPS粉末またはPPSペレットを溶融し、その溶融したPPSを紡糸口金から紡出し、好ましくは500m/分以上、より好ましくは800m/分以上、さらに好ましくは800m/分以上7000m/分以下の引取り速度で未延伸糸を採取し、次いで未延伸糸を3倍以上、好ましくは3〜4倍の延伸倍率で熱延伸する。
【0017】
溶融紡糸機としては、一般的にはプレッシャー・メルター型紡糸機か、1軸または2軸のエクストルーダー型紡糸機を用いる。紡糸工程では増粘によるゲル化を防止するため、窒素雰囲気下で溶融し口金から吐出することが好ましい。口金から吐出した糸条は、通常、紡出後に風速5〜100m/分の冷却風により冷却され収束剤として油剤を適量付与させ,未延伸糸として引き取られる。
【0018】
引取速度が800m/分に満たないと、未延伸糸の配向が進んでおらず、未延伸糸の構造が不安定となることがある。また、紡出の生産能力が小さすぎコストアップの原因となる。引取速度を800m/分以上とすることにより配向がある程度進むことにより、前記したような高引張強度を有する短繊維を得やすくなる。
【0019】
熱延伸は、通常、温度が90〜98℃の温水中で行われ、3〜4倍の延伸倍率が採用される。ここで、PPSペレットとして、後述する高沸点の揮発成分の少ないものを用いれば、糸切れ、糸斑が少ない安定した紡糸を行うことができ、均一な未延伸糸とすることができるので、温水中で、自然延伸倍率より6%以上高い倍率で熱延伸することが可能となる。
【0020】
熱延伸後、温度180℃以上で定長熱処理を行うことで更に繊維の結晶化が進み、高強力な繊維となる。定長熱処理は、糸条の長さを実質的に一定に保って熱処理を施すことを言い、通常、加熱されたローラーの前後にて糸条を把持して、その長さを実質的に一定に保って熱処理を施すことをいう。定長熱処理温度は、180℃以上230℃以下であるのが好ましく、200℃以上220℃以下であるのがより好ましい。180℃未満であれば5cN/dtex以上の引張強度が得られず、230℃を超えても引張強度の向上効果は飽和する傾向にある。また、定長熱処理時間は4秒間以上であることが好ましく、4秒間以上12秒間以下であることがより好ましく、4秒間以上8秒間以下であることがさらに好ましい。定長熱処理時間が短すぎると、繊維の結晶化が進みにくいため高強力化されにくく、定長熱処理時間が長すぎても、繊維の結晶性の程度は飽和する。
【0021】
定長熱処理の前後で、すなわち熱延伸後と定長熱処理との間、および、定長熱処理と捲縮付与前との間のそれぞれで糸条を弛緩させ、熱延伸と捲縮付与との間の弛緩率を1%以上6%以下とすることで繊維の結晶化を進めることができる。熱延伸すると、繊維の結晶構造は歪み結晶化され結晶構造内に欠陥が生じているが、加熱により結晶が安定するように再配列され、その際に繊維が収縮する。定長熱処理前後での弛緩率が1%未満であれば、繊維の収縮が不十分なため、繊維の結晶化が進みにくい。また定長熱処理前後での弛緩率が6%を超えると製造中に糸条が弛んでしまい,延伸に際して巻き付きが多発するようになる。定長熱処理と前および後の両方で弛緩させることが延伸時の繊維の弛みによる巻き付きを防止する観点から重要である。なお、定長熱処理の前、すなわち熱延伸後と定長熱処理との間の弛緩率を0.5〜3%とし、定長熱処理の後、すなわち定長熱処理と捲縮付与前との間の弛緩率を0.5〜3%であるようにするのがよい。かかる弛緩率が、小さすぎる場合には、繊維の収縮が不十分なため、繊維の結晶化が進みにくく、大きすぎる場合には、弛緩率が大きすぎる工程で糸条が弛んでしまい,巻き付きが多発するようになる。
【0022】
次いで、定長熱処理後に弛緩された糸条を、温度180℃以上、好ましくは200℃以上240℃以下のスチームを満たしたスタッフィングボックス型クリンパーなどのクリンパー内で捲縮を付与し、熱固定する。捲縮を付与するに際して、このような温度条件を採用することにより、得られる短繊維において捲縮弾性率を前記範囲とすることができる。既に定長熱処理により結晶化しているPPSの糸条に捲縮状態を固定するには,捲縮付与時の温度として、定長熱処理温度以上の温度を採用することが重要であるが、スチーム温度が高すぎると,繊維同士の融着が発生することがある。引き続き、必要に応じて油剤を付与後、所定の長さに切断してPPS短繊維を得る。
【0023】
次に、本発明で好適に用いられるPPSペレットについて説明する。本発明者らは、バグフィルターの濾布を長期の高温条件下において使用した際の劣化に関し鋭意検討を重ねた結果、PPS短繊維を長期の高温下に置くと、不純物が存在する繊維箇所において不純物の分解が生じ、それが繊維中の大きな欠陥となっていき、繊維の強度が低下していくことを見出した。不純物の中でも、低沸点の揮発成分は、従来のPPSペレットの製造条件でも、ほぼ完全に除去されているが、高沸点の揮発成分は、従来のPPSペレットの製造条件では、完全には除去されていなかったのである。
【0024】
かかる高沸点の揮発成分は、具体的には沸点が200℃以上である揮発成分である。
PPSは、通常、N−メチル−2−ピロリドン、N−エチル−2−ピロリドンなどのN−アルキルピロリドン類、N−メチル−ε−カプロラクタムなどのカプロラクタム類、1、3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアルデヒド、ヘキサメチルリン酸トリアミド、ジメチルスルホン、テトラメチレンスルホキシドなどに代表されるアプロチック有機溶媒、またはこれらの混合物などである極性溶媒を重合溶媒として用い、その中で、モノマーであるp−ジクロロベンゼンと硫化ナトリウムとを重合反応させて製造されるが、高沸点の揮発成分は、PPSを重合により得る際にモノマーと重合溶媒が反応して発生するものであり、特に酸化されやすいアミン系の化合物、例えばN−メチルクロロアニリンなどを主体とするものである。
【0025】
PPSに含まれる高沸点の揮発成分は繊維製造段階でも悪影響を及ぼし、例えば、PPSを溶融紡糸する際に、高沸点の揮発成分により口金面の汚れ、冷却風設備の汚れが発生し、これらの汚れは、糸切れ、糸斑を誘発し、均一な未延伸糸を得ることが困難となる。そのような未延伸糸は延伸工程において高い延伸倍率で延伸することができないため、結果として高強度の繊維を得るには不利である。高沸点の揮発成分は、少ないほど望ましいが、PPSの性質上、完全に存在しないようにすることは、現在の技術では難しく、通常、高沸点揮発成分の含有量は、0.05重量%以上である。
【0026】
高沸点の揮発成分を低減させたPPSペレットを得る方法について次に説明する。まず、固形化したPPS粉末を減圧下で温度350℃未満で溶融してペレット化してペレットとなす。より具体的に説明すると、固形化したPPS粉末を、エクストルーダー、好ましくは2軸のエクストルーダーを用い、真空処理しながら、温度350℃未満、通常285〜340℃の温度範囲で溶融させ、孔面積が3.14〜50.24mm孔から押し出して0.5〜6mm程度の長さに切断することによりペレットを得るのである。真空処理は、エクストルーダーのシリンダー内を0.2〜1.5kPa、好ましくは0.2〜1.3kPa、より好ましくは0.2〜0.65kPa程度に減圧することにより行なう。そのようにして得られたペレットについて、減圧下での乾燥、いわゆる真空乾燥を行なう。真空乾燥に際して、雰囲気温度を比較的低温である130〜170℃に設定する真空乾燥の時間は、5時間以上で有るのが良く、減圧の程度、いわゆる真空度は0.05〜1.3kPaとするのがよい。なお、ペレットの真空乾燥は、回分式とするのが良く、乾燥するペレットの量は、多すぎると充分に揮発成分の除去ができないので、1回あたり1t〜5t程度とするのがよい。
【0027】
ペレットをあまりに高温で真空乾燥するとPPS樹脂の酸化架橋がすすみ、増粘など別の問題が発生する事になり、比較的低温で長時間行うことで高沸点の揮発成分を取り除くとともにPPS樹脂の変性を防ぐことが可能となる。乾燥時間については、長い程効果があるが、一定時間を超えると高沸点の揮発成分の減少幅が小さくなるので、経済的な効果を見て決めることが可能であり、実用上24時間以内とするのがよい。このようにして高沸点の揮発成分を低減させたPPSペレットを用いることにより、高沸点の揮発成分の含有量を繊維重量当たり0.15重量%以下、好ましくは0.10重量%以下に抑えたPPS短繊維とすることができ、それにより、機械的強度や寸法安定性が向上するだけでなく、長期高温条件下でも耐薬品性に優れ、バグフィルターの濾布として用いても機械的強度が低下しにくいPPS短繊維とすることができる。
本発明により得られるPPS短繊維は、通常、繊度が0.01〜20dtex、引張強度が2cN/dtex以上、好ましくは3〜10dtex、引張伸度が10〜100%であり、バグフィルター用の濾布として好適に用いられる。バグフィルター用の濾布としては、通常、不織布の形態が採用される。不織布は、湿式、ニードルパンチ及びウォーター・ジェットパンチなどの不織布製造法によって得ることができる。不織布の製法に応じて、用いるPPS短繊維の繊度、繊維長を決定する。例えば、湿式法では、0.01〜1dtexのような細繊度で、0.5〜15mm程度の繊維長の短繊維が求められれ、ニードルパンチ法では、繊度2〜15dtex、繊維長38〜76mmの短繊維が求められることが多い。なお、本発明のPPS短繊維は、不織布以外にも、一旦紡績糸となし、その紡績糸を用いて織物、編物などの布帛となすこともできる。
【実施例】
【0028】
以下実施例によって本発明を具体的に説明する。ただし、本発明は、以下の実施例によって制限されるものではない。なお、本発明で定義する各特性値は以下の方法で求めた。
(1)引張強度
繊維の引張強度は、JIS L−1015(1999年改訂)−7.7の方法に準じて測定する。
(2)引張強度低下率
測定すべき繊維について、熱処理前の繊維の引張強度aと、熱風乾燥機で200℃、2000時間熱処理した繊維の引張強度bを前記した方法で測定し、次式により算出する。
【0029】
引張強度低下率(%)=((a-b)/a)×100
a:熱処理前の引張強度
b:200℃で2000時間後の引張強度
(3)高沸点揮発成分の含有量
PPS繊維3gを、腹部が100mm、首部が255mm×12mm、肉厚が1mmのガラスアンプルに計り入れてから真空封入する。このガラスアンプルの腹部のみを管状炉に挿入して規定温度で2時間加熱する。加熱によりPPS繊維から揮発成分が気化し、管状炉によって加熱されていないアンプルの首部に冷却されて付着する。アンプルを取り出した後、アンプルの首部をヤスリで切り出して秤量する。次いでアンプルの首部に付着した揮発成分を5gのクロロホルムで溶解して除去した後、60℃のガラス乾燥機で1時間乾燥してから再度秤量する。そして、揮発成分を除去する前の秤量値(重量)から揮発成分を除去した後の秤量値(重量)を差し引き重量差を求める。高沸点揮発成分の含有量は、かかる重量差を、規定温度200℃と規定温度320℃とで測定し、次式を用いて計算して求める。
【0030】
高沸点揮発成分の含有量(重量%)=(B−A)/3×100
ここで、Aは、規定温度を200℃として測定した時の重量差であり、Bは、規定温度を320℃として測定した時の重量差である。なお、本実施例では、管状炉として、(株)アサヒ理化製作所製セラミックス電気炉ARF−30Kを用いた。
(4)捲縮弾性率
JIS L−1015(1999年改訂)−7.12.3の方法に準じて測定した。
(5)フィルター材のパルスジェット耐久性
フィルター材に集塵性能試験装置(JIS Z8908−1)を用いて次の条件で繰り返しのパルスジェット負荷を与える。
【0031】
パルスジェット圧力:500kPa(50msec)
パルスジェット間隔:5秒
パルスジェット回数:50,000回
パルスジェット負荷を与える前のフィルター材と、パルスジェット負荷を与えた後のフィルター材それぞれについて、破裂強力をJIS L 1096(1990改訂)−6.16.1 A法に準じ測定し、次の計算式にてパルスジェット耐久性を求める。
【0032】
パルスジェット耐久性(%)=X/Y×100
ここで、Xは、パルスジェット負荷後の破裂強力(試験片5枚の平均値)であり、Yは、パルスジェット負荷前の破裂強力(試験片5枚の平均値)である。耐久性が90%以上であるものを合格とする。
(6)フィルター強度保持率
フィルター材をバグフィルターに縫製後200日間石炭塵の除去フィルターとして実用テストを行なう。運転時の温度は140〜180℃で行う。実用テストの前後においてフィルター強度を測定し、次式からフィルター強度保持率を求める。
【0033】
フィルター強度保持率(%)=((a−b)/a)×100
ここで、aは、実用テスト前のフィルター強度であり、bは、実用テスト後のフィルター強度である。なお、フィルター強度は、フィルターの破断強力をJIS L 1096(1990改訂)−6.1A報法に準じて測定したものである。
(7)自然延伸倍率
未延伸糸を引張試験機の測定にかけ、その荷重−伸び曲線を測定する。その荷重−伸び曲線の定応力領域を超えた点を自然延伸倍率とする。
(8)カード通過性
5gの短繊維をカード機を通過させてウエッブとする時のウエッブの重量(a)を測定し次式に基づき収率を測定する。その収率が高いほどカード通過性が良好であると判定した。
【0034】
収率(%)=(5−a)/5×100
(参考実施例1)
東レ(株)製PPS粉粒体E2280(重量平均分子量:49、500)を、2軸方式のベント付きエクストルーダー((株)日本製鋼所製TEX30型)で、真空度 1.3kPa、シリンダー温度290℃に設定し、160rpmのスクリュー回転にて溶融し、円形の孔(孔面積:15.9mm)から押出して、ストランドカッターにより長さ3mmに切断することでペレットを得た。得られたペレットを160℃で10時間、1.3kPaの真空度にて真空乾燥を行った。なお真空乾燥は、回分式で行い、乾燥するペレットは1回当たり2tであった。
【0035】
真空乾燥を行なったペレットを2軸のエクストルーダー型紡糸機を用いて、紡糸温度320℃、吐出量400g/分で溶融紡糸し、引取速度1000m/分で引き取って未延伸糸を得た。得られた未延伸糸は、自然延伸倍率が2.6倍であった。引き続き、得られた未延伸糸を、温度95℃の温水中で延伸倍率を3.2倍として延伸を行ない、スタッフィングボックス型クリンパー(スチーム処理なし)で捲縮を付与して熱固定した後、油剤を付与、90℃で乾燥してから長さ51mmに切断して、PPS短繊維を得た。得られたPPS短繊維について、繊度、引張強度、捲縮弾性率および繊維中の高沸点揮発分の含有量を測定した結果を実験条件とともに表1に示す。
【0036】
また、得られたPPS短繊維をカーディング処理し、針密度40本/cmで仮ニードルパンチを行って、目付210g/mの不織布とした。また、得られたPPS短繊維を単糸番手20s、合糸本数2本の紡績糸とし、これを経糸密度28本/2.54cm、緯糸密度18本/2.54cmで平織りして織物とした。上記不織布2枚で上記織物を挟み、さらにニードルパンチ加工により織物と不織布を交絡させ、目付680g/m、総針密度300本/cmのフィルター材を得た。得られたフィルター材についてパルスジェット耐久性およびフィルター強度保持率を測定した結果を表1に示す。
(参考比較例1)
ペレットを得るに際して、ベント設備が付帯していない一軸のエスクトルーダーを用いて常圧でペレット化することに変更した以外は参考実施例1と同様にしてPPS短繊維を得るとともに、フィルター材を得た。得られたPPS短繊維について、繊度、引張強度、捲縮弾性率および繊維中の高沸点揮発分の含有量を測定した結果、ならびに得られたフィルター材についてパルスジェット耐久性およびフィルター強度保持率を測定した結果を表2に示す。
(参考比較例2)
ペレットを得る際のシリンダー温度を350℃に変更した以外は、参考実施例1と同様にしてPPS短繊維を得るとともに、フィルター材を得た。得られたPPS短繊維について、繊度、引張強度、捲縮弾性率および繊維中の高沸点揮発分の含有量を測定した結果、ならびに得られたフィルター材についてパルスジェット耐久性およびフィルター強度保持率を測定した結果を実験条件とともに表2に示す。
(参考比較例3)
ペレットを真空乾燥する際の温度と時間を220℃で2時間に変更した以外は、参考実施例1と同様にしてPPS短繊維を得るとともに、フィルター材を得た。得られたPPS短繊維について、繊度、引張強度、捲縮弾性率および繊維中の高沸点揮発分の含有量を測定した結果、ならびに得られたフィルター材についてパルスジェット耐久性およびフィルター強度保持率を測定した結果を実験条件とともに表2に示す。
(参考実施例2〜4、参考比較例4,5)
ペレットを得る際の真空度、または、ペレットの減圧乾燥温度・時間を表1または表2に記載したように変更した以外は、参考実施例1と同様にしてPPS短繊維を得るとともに、フィルター材を得た。得られたPPS短繊維について、繊度、引張強度、捲縮弾性率および繊維中の高沸点揮発分の含有量を測定した結果、ならびに得られたフィルター材についてパルスジェット耐久性およびフィルター強度保持率を測定した結果を実験条件とともに表1および表2に示す。
(実施例1)
東レ(株)製PPS粉粒体E2280(重量平均分子量:49、500を、2軸方式のベント付きエクストルーダー((株)日本製鋼所製TEX30型)で、真空度 1.3kPa 、シリンダー温度290℃に設定し、160rpmのスクリュー回転にて溶融し、円形の孔(孔面積:15.9mm)から押出して、ストランドカッターにより長さ3mmに切断することでペレットを得た。得られたペレットを160℃で10時間、1.3kPaの真空度にて真空乾燥を行った。なお真空乾燥は、回分式で行い、乾燥するペレットは1回当たり2tであった。
【0037】
真空乾燥を行なったペレットを2軸のエクストルーダーー型紡糸機を用いて、紡糸温度320℃、吐出量350g/分で溶融紡糸し、引取速度800m/分で引き取って未延伸糸を得た。得られた未延伸糸は、自然延伸倍率が2.8倍であった。引き続き、得られた未延伸糸を、温度98℃の温水中で延伸倍率を3.2倍として延伸を行い,次いで熱延伸後と定長熱処理の間で2%弛緩、定長熱処理と捲縮付与前の間で2%弛緩させた条件で、200℃に加熱されたローラーにて4秒間の定長熱処理を行った。その後スタッフィングボックス型クリンパー内で210℃のスチームで捲縮を付与し、熱固定した後、油剤を付与、90℃で乾燥してから長さ51mmに切断して、PPS短繊維を得た。得られたPPS短繊維について、繊度、引張強度、捲縮弾性率および繊維中の高沸点揮発分の含有量を測定した結果を実験条件とともに表3に示す。
【0038】
また、得られたPPS短繊維をカーディング処理し、針密度40本/cmで仮ニードルパンチを行って、目付210g/mの不織布とした。また、得られたPPS短繊維を単糸番手20s、合糸本数2本の紡績糸とし、これを経糸密度28本/2.54cm、緯糸密度18本/2.54cmで平織りして織物とした。上記不織布2枚で上記織物を挟み、さらにニードルパンチ加工により織物と不織布を交絡させ、目付680g/m、総針密度300本/cmのフィルター材を得た。得られたフィルター材についてパルスジェット耐久性およびフィルター強度保持率を測定した結果を表3に示す。
(実施例2〜6、比較例1〜4および7)
ペレットを得る際の真空度、ペレットの減圧乾燥温度・時間、延伸倍率、定長熱処理の温度・時間、弛緩率、クリンパーにおけるスチーム温度の全てまたは一部を表3または表4に記載したように変更した以外は、実施例1と同様にしてPPS短繊維を得るとともに、フィルター材を得た。得られたPPS短繊維について、繊度、引張強度、捲縮弾性率および繊維中の高沸点揮発分の含有量を測定した結果、ならびに得られたフィルター材についてパルスジェット耐久性およびフィルター強度保持率を測定した結果を実験条件とともに表3および表4に示す。なお、実施例6では操業性は優れなかった。
(比較例5)
弛緩率を表4に記載したように変更した以外は、実施例1と同様にしてPPS短繊維を得ようとしたが、巻き付きが多発し、繊維を得ることができなかった。実験条件を表4に示す。
(比較例6)
延伸時の定長熱処理の弛緩率をとらなかった以外は、実施例1と同様にしてPPS短繊維を得ようとしたが、延伸倍率が高すぎて繊維を得ることができなかった。実験条件を表4に示す。
【0039】
【表1】

【0040】
【表2】

【0041】
【表3】

【0042】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維の引張強度が、5cN/dtex以上、捲縮弾性率が75%以上である、ポリフェニレンサルファイド短繊維。
【請求項2】
繊維の引張強度が、5.2cN/dtex以上である、請求項1に記載のポリフェニレンサルファイド短繊維。
【請求項3】
沸点が200℃以上の揮発成分を0.15重量%以下含有する、請求項1または2に記載のポリフェニレンサルファイド短繊維。
【請求項4】
200℃で2000時間の熱処理において繊維の引張強度の低下が40%以内である、請求項1〜3のいずれかに記載のポリフェニレンサルファイド短繊維。
【請求項5】
溶融したポリフェニレンサルファイドを紡糸口金から紡出し未延伸糸を採取し、次いで未延伸糸を3倍以上4倍以下で熱延伸し、温度180℃以上で4秒間以上の定長熱処理を行った後、温度180℃以上のスチームを満たしたクリンパー内で捲縮付与し所定の長さに切断するポリフェニレンサルファイド短繊維の製造方法であって、熱延伸後から捲縮付与前までの間の弛緩率が1%以上6%以下となるように、定長熱処理の前後で弛緩せしめる、ポリフェニレンサルファイド短繊維の製造方法。
【請求項6】
熱延伸後から定長熱処理前までの間の弛緩率および定長熱処理後から捲縮付与前までの間の弛緩率がそれぞれ0.5〜3%である、請求項5に記載のポリフェニレンサルファイド短繊維の製造方法。
【請求項7】
引取速度が800m/分以上である、請求項5または6に記載のポリフェニレンサルファイド短繊維の製造方法。
【請求項8】
溶融したポリフェニレンサルファイドが、ポリフェニレンサルファイドの粉末を減圧下で温度350℃未満で溶融してペレット化したペレットを、温度130〜170℃の減圧下で乾燥した後、溶融したものである、請求項5〜7のいずれかに記載のポリフェニレンサルファイド短繊維の製造方法。

【公開番号】特開2008−266869(P2008−266869A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−65339(P2008−65339)
【出願日】平成20年3月14日(2008.3.14)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】