説明

ポリフェニレンサルファイド繊維

【解決課題】ポリフェニレンサルファイド繊維からなる各種モーターコイル用の結束糸において、コイルの充填密度を高く保ち、長期にわたって安定した発電、及び絶縁効率を示す各種モーター用コイルを提供するために、熱による高い収縮応力をもつポリフェニレンサルファイド繊維を提供すること。
【解決手段】180℃における乾熱収縮率が10%以上で、熱収縮応力が、120℃において0.10cN/dtex以上、150℃において0.16cN/dtex以上、180℃において0.18cN/dtex以上であるポリフェニレンサルファイド繊維。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハイブリッドカー、電気自動車、家電、電源トランスに使用されるモーター用コイルの結束糸やワイヤー用絶縁スリーブ、サーモスタット用絶縁チューブに使用される、高温下での、空気中、オイル中、冷媒中で、コイルをより強く結束し、発電効率を向上させるポリフェニレンサルファイド(以下、「PPS」という場合もある)繊維に関するものである。
【背景技術】
【0002】
環境問題から、使用時に低燃料化、低排出ガス化する製品開発があらゆる分野の製品で進められており、自動車や家電の産業においてもその取り組みがなされている。本発明は、ハイブリッドカー、電気自動車、家電の駆動用、発電用、充電用などの各種モーターの高効率化において、より過酷な雰囲気で、各種モーターにおけるコイルをより強く固定し、発電効率アップに寄与する結束用繊維に関するものである。
【0003】
また、この繊維は、自動車用モーターに使用され、その効率を良くするために、150℃などの高温下のオートマチック・トランスミッション・フルード(ATF)中で使用されるため、高温耐油性や高温耐熱性が要求される。また、家電用途では、フロン代替冷媒中の高温環境下で使用されるため、高温耐熱性が要求される。
【0004】
従来から、PPS繊維は、耐薬品性、耐熱性に優れる以外に、電気絶縁性にも優れるため、各種モーター用結束糸やスリーブ、保護材として提案されている。
例えば、電気絶縁用ポリフェニレンサルファイド繊維として、PPS繊維用ポリマーの溶融粘度指数や繊維の強伸度を規定し、さらにオリゴマー量が少ないPPS繊維が提案されている(例えば、特許文献1、2参照)。
また、繊維表面に処理剤を付着させたもの(例えば、特許文献3参照)、融点または分解温度が280℃以上の絶縁糸(例えば、特許文献4参照)などが提案されている。
これらは、PPS繊維自体の絶縁性や品位(毛羽)、加水分解性(元々、PPSは加水分解を全く受けない)、振動などによる繊維同士や繊維と金属との摩擦性を改善したものである。
しかし、これらは、これまで、モーターの発電効率を向上させるために、さまざまな方法の1つとして考えられていたが、モーターにおけるコイルの充填密度を上げることについては、検討されておらず、課題の解決もできていない。
【0005】
また、PPS繊維よりなる組紐からなる結束材において、その毛羽の発生を抑制したものも提案されている(例えば、特許文献5参照)。また、PPS繊維とその他の繊維を組み合わせたものも提案されており(例えば、特許文献6参照)、こちらはスリーブの摩擦耐久性を改善したものである。
これらについても、モーターの発電効率に最も影響するコイルの充填密度をあげることについては検討されておらず、課題の解決もできていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−273825号公報
【特許文献2】特開平11−93028号公報
【特許文献3】特開2001−248075号公報
【特許文献4】特開2004−176242号公報
【特許文献5】特開平11−256485号公報
【特許文献6】特開2004−292985号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記従来技術の各種モーター用コイルの結束糸のもつ問題点に対し、コイルの充填密度を高く保ち、長期にわたって安定した発電、及び、絶縁効率を示す各種コイルを提供するために必要な、高い熱収縮応力をもつPPS繊維を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため、鋭意検討した結果、遂に本発明を完成するに至ったものである。すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)180℃における乾熱収縮率が10%以上で、熱収縮応力が、120℃において0.10cN/dtex以上、150℃において0.16cN/dtex以上、180℃において0.18cN/dtex以上であるポリフェニレンサルファイド繊維。
(2)単糸繊度が4〜18dtexである上記(1)記載のポリフェニレンサルファイド繊維。
(3)繊度が150〜550dtexである上記(1)または(2)記載のポリフェニレンサルファイド繊維からなるポリフェニレンマルチフィラメント糸。
(4)上記(3)に記載のポリフェニレンサルファイドマルチフィラメント糸から製紐された組紐。
(5)上記(1)もしくは(2)に記載のポリフェニレンサルファイド繊維、上記(3)に記載のマルチフィラメント糸、または上記(4)記載の組紐からなるハイブリッドカー、または、電気自動車用モーターのコイル用結束糸。
(6)上記(1)もしくは(2)に記載のポリフェニレンサルファイド繊維、上記(3)に記載のマルチフィラメント糸、または上記(4)記載の組紐からなる代替フロンを用いたモーターのコイル用結束糸。
(7)上記(1)もしくは(2)に記載のポリフェニレンサルファイド繊維、上記(3)に記載のマルチフィラメント糸、または上記(4)記載の組紐からなるハイブリッドカー、または、電気自動車用モーター用スリーブ。
(8)上記(1)もしくは(2)に記載のポリフェニレンサルファイド繊維、上記(3)に記載のマルチフィラメント糸、または上記(4)記載の組紐からなる代替フロンを用いたモーター用スリーブ。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、各種モーター用コイルの結束糸において、高い熱収縮応力をもつPPS繊維を用いることにより、コイルの充填密度が高くなり、長期にわたって安定した高い発電効率を有するモーターを供給することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明のポリフェニレンサルファイド繊維の熱収縮応力の測定結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明のPPS繊維は、120℃において0.10cN/dtex以上、150℃において0.16cN/dtex以上、180℃において0.18cN/dtex以上の高い熱収縮応力を持つPPS繊維である。120℃、150℃、および180℃における熱収縮応力が上記未満であると、各種モーター用コイルを強く結束し、コイルの充填密度を高くすることができない。
PPS繊維の紡糸条件と操業性には制限があり、あまりに大きな熱収縮応力を得ると、物性の安定性に欠けるという問題点があり、さらに、製紐工程、コイルへの巻きつけなどの作業時にも、作業性の悪さという問題が発生する可能性がある。そのため、各温度での熱収縮応力の上限は特には定めないが、120℃においては0.2cN/dtex以下、150℃においては0.3cN/dtex以下、180℃においては0.35cN/dtexであることが好ましい。
【0012】
本発明のPPS繊維は、180℃における乾熱収縮率が、10%以上であり、好ましくは、11%以上である。180℃における乾熱収縮率が10%未満であれば、十分な収縮応力が得られず、好ましくない。乾熱収縮率の上限は特に定めないが、常識的に得られる上限値は20%以下である。
【0013】
本発明で使用するPPS樹脂は、極性有機溶媒中でアルカリ金属硫化物とジハロ芳香族化合物を重合させる方法により得ることができる。アルカリ金属硫化物は、硫化ナトリウムが最も一般的に用いられる。また、ベンゼンにヨウ素を反応させてp−ジヨードベンゼンから硫黄との反応により得られるPPS樹脂であってもよい。
【0014】
本発明でいうPPSに代表されるポリアリーレンスルフィドは、−Ar−S−(Arはアリーレン基)であらわされるアリーレンスルフィドを繰り返し単位とする芳香族ポリマーである。アリーレン基としては、p−フェニレンの他に、例えば、m−フェニレン、ナフチレン基などさまざまなものが知られているが、その耐熱性、加工性、経済的観点からいってもp−フェニレンサルファイドの繰り返し単位が最も優れるものである。
【0015】
本発明で用いるPPS樹脂は、高分子量の線状ポリマーである。自動車用モーターでは、150℃以上の過酷な条件で長期的に使用されるため、架橋タイプや半架橋タイプではなく、線状(リニアー型)PPS樹脂の使用が好ましい。
【0016】
本発明のPPS繊維の紡糸方法は、ポリフェニレンサルファイド重合体を溶融後、紡糸口金を通して紡出し、1000〜1500m/minの速度で引き取り、ついで一旦巻き取ることなく熱延伸を2段以上の多段延伸を行う。製糸性が許される範囲で延伸段数は2から3段が好ましい。2段延伸の場合は、1段目の延伸温度を70〜120℃で、2段目の延伸温度160〜220℃で実施することが好ましい。全延伸倍率は、3倍以下であり、その後、弛緩率0〜5%、温度90〜160℃で弛緩熱処理した後、巻きとる。
ポリフェニレンサルファイド繊維のガラス転移温度の90℃付近の低温で1段目の熱延伸を行い、2段目で1段目より高温の160℃以上にて熱延伸を行い、全延伸倍率が3倍以下、最後に、1段目の熱延伸温度プラス30℃以内の温度にて弛緩熱処理を行うことにより、高い熱収縮応力ポリフェニレンサルファイド繊維が得られる。
【0017】
本発明のPPS繊維の単糸繊度は、4.0〜18dtexの範囲であることが好ましい。単糸繊度が4.0dtex未満では、モーター回転時の繊維同士の磨耗劣化の観点から好ましくなく、18dtexを超えると繊維同士の接触面積が小さくなることから、絶縁性低下の面で好ましくない。
【0018】
本発明のPPS繊維の引張強度は、3.5cN/dtex以上が好ましい。引張強度が3.5cN/dtex未満では、高温下での長期使用における繊維強度の低下が考えられるため、結束糸自体の耐久性面で好ましくない。なお、引張強度の上限は特に定めないが、常識的に得られる上限値は6.0cN/dtex以下である。
【0019】
本発明のPPSマルチフィラメント糸の繊度は、150〜550dtexの範囲であることが好ましい。繊度が150dtex未満では、PPSマルチフィラメント糸を合わせて組紐として加工する際に、組数が大きくなりすぎ生産性が大きく劣るため好ましくなく、550dtexを超えるとPPSマルチフィラメント糸を合わせて組紐として使用する際に、フィラメント糸間の斑が大きくなるため好ましくない。
【0020】
本発明のPPSマルチフィラメント糸を製紐し組紐にする際の組数は、4組、8組、12組、16組、20組、24組、32組などの組数より選択することが出来る。
【0021】
本発明のPPS繊維、またはPPSマルチフィラメント糸よりなる結束糸は、チューブ状に製紐されていることが好ましい。
【0022】
本発明のPPS組紐は、その他の繊維と引き揃えてチューブ状に製紐されていることも好ましい実施形態である。その他の繊維としては、例えば、ポリエステル繊維、ガラス繊維、アラミド繊維、ポリイミド繊維、カーボン繊維、PTFE繊維などがあげられる。
【0023】
本発明のPPS繊維には、目的に応じて各種添加材を加えても良い。添加剤としては、例えば、カーボンブラック、酸化チタン、各種酸化防止剤などが挙げられる。
【実施例】
【0024】
以下、実施例を用いて本発明を詳細に説明する。
本発明に記載の物性は、以下の方法により測定した。
【0025】
<熱収縮応力>
LENZING社製TST−10を用いて、糸長固定にて各温度における熱収縮応力を測定した。有効糸長は25cm固定、初荷重は繊度(dtex)×0.1g、昇温度は5℃/分、測定温度は30℃から200℃までで、N=3回測定し、平均値を求めた。
【0026】
<乾熱収縮率>
JIS L 1013 8.18.2 b)法に従い、180℃の空気中に30分暴露し、乾熱収縮率を測定した。
【0027】
<引張強度>
JIS L 1013 8.5.1に従い、つかみ間隔20cm、引張速度20cm/min、N=10で測定した。
【0028】
(実施例1)
ポリフェニレンサルファイド線状高分子量ポリマーは、株式会社クレハのPPSレジン:フォートロンKPSを用いた。そのポリフェニレンサルファイドポリマーを融点以上に溶融し、紡糸口金より紡出し、一般的な油剤を付与し、引き取り速度1000m/minで引き取った。ついで、一旦巻き取ることなく2段にて延伸した。1段目は、延伸温度90℃、巻取り速度2000m/min、2段目は、延伸温度190℃、巻き取り速度2600m/minで熱延伸し、全延伸倍率は2.6倍であった。そして、弛緩率0.9%、熱処理温度100℃で弛緩熱処理を実施後、巻き取った。その結果、繊度499dtex、120フィラメント、引張強度4.12cN/dtex、180℃の乾熱収縮率11.3%、熱収縮応力が、120℃で0.145cN/dtex、150℃で0.221cN/dtex、180℃で0.240cN/dtexのポリフェニレンサルファイド繊維を得た。
【0029】
(実施例2)
ポリフェニレンサルファイド線状高分子量ポリマーは、株式会社クレハのPPSレジン:フォートロンKPSを用いた。そのポリフェニレンサルファイドポリマーを融点以上に溶融し、紡糸口金より紡出し、一般的な油剤を付与し、引き取り速度1000m/minで引き取った。ついで、一旦巻き取ることなく、1段目は、延伸温度100℃、巻取り速度2000m/min、2段目は、延伸温度200℃、巻取り速度2600m/minで熱延伸し、全延伸倍率は、実施例1と同様2.6倍であった。そして、弛緩率0.9%、熱処理温度110℃で弛緩熱処理を実施後、巻き取った。その結果、繊度334dtex、フィラメント数20、引張強度3.91cN/dtex、180℃乾熱収縮率10.3%、熱収縮応力が、120℃で0.118cN/dtex、150℃で0.178cN/dtex、180℃で0.202cN/dtexのポリフェニレンサルファイド繊維を得た。
【0030】
(比較例1)
ポリフェニレンサルファイド線状高分子量ポリマーは、株式会社クレハのPPSレジン:フォートロンKPSを用いた。そのポリフェニレンサルファイドポリマーを融点以上に溶融し、紡糸口金より紡出し、一般的な油剤を付与し、引き取り速度1000m/minで引き取った。次いで、一旦巻き取ることなく、1段目は、延伸温度90℃、巻取り速度2000m/min、2段目は、延伸温度220℃、巻取り速度2600m/minで延伸し、全延伸倍率は実施例1,2と同様2.6倍であった。そして、弛緩率0.9%、熱処理温度160℃で弛緩熱処理を実施後、巻き取った。その結果、繊度506dtex、フィラメント数120、引張強度4.33cN/dtex、180℃乾熱収縮率は3.6%、熱収縮応力が、120℃で0.041cN/dtex、150℃で0.113cN/dtex、180℃で0.126cN/dtexのポリフェニレンサルファイド繊維を得た。
【0031】
(比較例2)
ポリフェニレンサルファイド線状高分子量ポリマーは、株式会社クレハのPPSレジン:フォートロンKPSを用いた。そのポリフェニレンサルファイドポリマーを融点以上に溶融し、紡糸口金より紡出し、一般的な油剤を付与し、引き取り速度700m/minで引き取った。次いで、一旦巻き取ることなく、延伸温度150℃、巻取り速度2800m/minで熱延伸をし、全延伸倍率は4倍であった。そして、弛緩率3%、熱処理温度130℃で弛緩熱処理を実施後、巻き取った。その結果、繊度256dtex、フィラメント数60、引張強度4.54cN/dtex、180℃乾熱収縮率は1.8%、熱収縮応力が、120℃で0.031cN/dtex、150℃で0.062cN/dtex、180℃で0.126cN/dtexのポリフェニレンサルファイド繊維を得た。
【0032】
得られた繊維の物性測定結果を表1に、熱収縮応力測定結果を図1に示す。
【0033】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0034】
以上のように、本発明では、従来品に比べて高い熱収縮応力を有するポリフェニレンサルファイド繊維を得ることが出来る。ハイブリッドカー、電気自動車、家電などの各種モーターコイルを強く結束し、コイルの充填密度をあげ発電効率をあげることが出来る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
180℃における乾熱収縮率が10%以上で、熱収縮応力が、120℃において0.10cN/dtex以上、150℃において0.16cN/dtex以上、180℃において0.18cN/dtex以上であるポリフェニレンサルファイド繊維。
【請求項2】
単糸繊度が4〜18dtexである請求項1記載のポリフェニレンサルファイド繊維。
【請求項3】
繊度が150〜550dtexである請求項1または2記載のポリフェニレンサルファイド繊維からなるポリフェニレンマルチフィラメント糸。
【請求項4】
請求項3に記載のポリフェニレンサルファイドマルチフィラメント糸から製紐された組紐。
【請求項5】
請求項1もしくは2に記載のポリフェニレンサルファイド繊維、請求項3に記載のマルチフィラメント糸、または請求項4に記載の組紐からなるハイブリッドカー、または、電気自動車用モーターのコイル用結束糸。
【請求項6】
請求項1もしくは2に記載のポリフェニレンサルファイド繊維、請求項3に記載のマルチフィラメント糸、または請求項4に記載の組紐からなる代替フロンを用いたモーターのコイル用結束糸。
【請求項7】
請求項1もしくは2に記載のポリフェニレンサルファイド繊維、請求項3に記載のマルチフィラメント糸、または請求項4に記載の組紐からなるハイブリッドカー、または、電気自動車用モーター用スリーブ。
【請求項8】
請求項1もしくは2に記載のポリフェニレンサルファイド繊維、請求項3に記載のマルチフィラメント糸、または請求項4に記載の組紐からなる代替フロンを用いたモーター用スリーブ。


【図1】
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【公開番号】特開2013−11025(P2013−11025A)
【公開日】平成25年1月17日(2013.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−142576(P2011−142576)
【出願日】平成23年6月28日(2011.6.28)
【出願人】(000003160)東洋紡株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】