説明

ポリフェニレンスルフィドの回転成形方法とその回転成形体

【課題】回転成形機内において環式ポリフェニレンスルフィドを加熱により重合させ、高分子量のPPS樹脂を得るという方法において環式ポリフェニレンスルフィドの重合に高温、長時間を要するという欠点を解決し、従来の回転成形方法に対し低温、短時間で回転成形体を得ることのできる回転成形方法及び該方法により得られる回転成形体を提供する。
【解決手段】環式ポリフェニレンスルフィドを遷移金属化合物存在下に、金型内で回転しながら加熱重合することを特徴とする回転成形方法である。遷移金属化合物は0価遷移金属化合物、低原子価鉄化合物等があげられ、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対し、0.001〜20モル%存在下で加熱することが好ましい。加熱温度は環式ポリフェニレンスルフィドの融点以上400℃以下が好ましく、加熱時間は1分以上120分以下が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はポリフェニレンスルフィドの回転成形に関するものであり、さらに詳しくは環式ポリフェニレンスルフィドを遷移金属化合物存在下に、金型内で回転しながら加熱重合することを特徴とし、従来の回転成形方法に対し低温、短時間で回転成形体を製造可能な、生産性に優れる回転成形方法及び該方法により得られる回転成形体を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンスルフィド(以下、PPSと略する場合もある)は優れた耐熱性、バリア性、耐薬品性、電気絶縁性、耐湿熱性、難燃性、不純物の非溶出性、非透水性、寸法安定性などエンジニアリングプラスチックとして好適な性質を有する樹脂である。また、射出成形、押出成形などの溶融成形加工法により、各種成形部品、フィルム、シート、繊維等に成形可能であり、各種電気・電子部品、機械部品及び自動車部品など耐熱性、耐薬品性の要求される各種分野に幅広く用いられている。特に粉末を用いた回転成形により成形されたポリフェニレンスルフィド樹脂の成形体は、上記優れた特徴を活かした薬液、燃料関係の容器等への応用が注目されている。
【0003】
回転成形法では、金型のキャビティー内に粉末状の熱可塑性樹脂を仕込み、金型を一軸または二軸もしくは斜角をつけて回転させながら炉内で加熱して、金型内壁に均一な樹脂融液層を形成させた後、金型を冷却して樹脂層を固化させ、金型を開いて成形体を取り出す方法により成形体を製造している。特に本成形方法によれば、従来の溶融成形加工方法、たとえばブロー成形、真空成形、射出成形などでは製造することが困難な大型の成形体までも成形可能となり、さらに他の成形方法では成形不可能な複雑な形状を有する成形体の製造が可能であり、さらに従来の成形方法とは異なり異方性、偏肉、厚みムラがない成形体の製造が可能である。また金型として金属製容器を用いると、金型製容器の内面に樹脂層がライニングされた容器を得ることができるなどの特徴を有している。金属製容器を用いる後者の方法は、回転ライニング技術として、通常の粉末ライニング法に比べて、安定した膜厚のライニング品が得られるという特徴を有している。
【0004】
特許文献1には、PPS樹脂を用いた回転成形が記載されているが、本技術により得られるPPS樹脂を用いても、回転成形による加工性は極めて悪く、さらに得られる成形体の機械強度、耐衝撃性は実用レベルに問題があった。
【0005】
特許文献2には、直鎖状PPS樹脂を粉末成形、具体的には2軸回転成形により得られたPPS樹脂製容器が開示されている。本技術では特定の粒度分布を有し、溶融粘度が1500〜10000poise(150〜1000Pa・s)の直鎖状のPPS粉末を用い、回転成形体を得ることが開示されている。しかしながら、回転成形による加工性は未だ不十分であった。特に溶融粘度が高いため、PPSの成形温度である300〜340℃の温度領域では、溶融ポリマーにより金型を充填化させることができないという問題が多発する。そのため成形温度をさらに高温化し、溶融粘度を低下させたり、金型内壁に均一な樹脂融液層を形成させるために高速回転条件下で成形する必要があったが、高温条件下、高速回転下での回転成形では、PPS樹脂そのものの熱分解により多量のガスが発生し、得られる回転成形体中にボイドが多発する、表面平滑性が悪化する、厚みむらが発生する、成形品の機械特性が低下するという問題があった。
【0006】
特許文献3にも、特定の粒度分布を有し、かつ直鎖状、分岐型、熱架橋型PPSの混合粉体を粉末成形、すなわち回転成形する方法が、特許文献4には特定の溶融粘度、具体的には剪断速度1200sec−1という高速条件において、310℃における溶融粘度が20〜350Pa・sの直鎖状PPS粉末を用いた回転成形方法が開示されているが、これらの技術もまた特許文献2と同様の問題を有していた。
【0007】
さらに特許文献5には、熱架橋していない溶融粘度が150poise以上(15Pa・s以上)のPPSを、固体状態のまま減圧下に加熱処理し、溶融粘度を高めた後に回転成形する方法が開示されている。
【0008】
また特許文献6には、310℃、剪断速度1200sec−1で測定した溶融粘度が50〜1500Pa・sのPPS樹脂ペレットを粉砕して、特定粒度分布のPPS粒子を用いて回転成形する方法が開示されている。これらの発明は、回転成形により得られる容器の耐薬品性、靭性を向上させることを主目的とし、高分子量のPPS樹脂を用いた回転成形方法が開示されている。高分子量PPSの回転加工性を向上させるために、PPS樹脂粒子の粒度分布を制御することにより、回転成形性を向上させた技術であるが、前記特許文献1〜3で示したように、高分子量PPS樹脂を用いた場合、ポリマーの溶融粘度が高く、そのため回転成形による加工性そのものが低く、生産性に劣るという問題があった。
【0009】
以上のように特許文献1〜6に記載された方法は、従来の方法により得られるPPS樹脂を用い、その粒度分布を制御して、流動性、液送性を向上させ、回転成形性を向上させることを目的とした技術であるが、PPS樹脂そのものの流動性をさらに向上させ、回転成形加工性をより向上させ、得られる回転成形体の品質を向上させるには、さらなる低粘度化が必要であった。低分子量PPSを使用して低溶融粘度化する手法が一般的であるが、本手法により回転成形性は向上する傾向になるものの、低分子量化に伴い、PPS樹脂本来の機械特性や耐薬品性などが低下するという問題があった。すなわち従来技術による回転成形性の向上とPPS樹脂組成物からなる回転成形品の品質向上は、二律背反するものであり、PPS樹脂の回転成形に関して、長年、抜本的な改良方法が望まれていた。
【0010】
特許文献7は、本発明のPPS樹脂とは全く異なるポリマー材料であるが、ナイロン6の原料であるω−ラクタムをアニオン重合開始剤とともに、金型に注入し、金型内で短時間でアニオン重合し、中空成形品を得ることが開示されている。しかしながら本技術はω−ラクタムのアニオン重合により得られるナイロン6からなる回転成形品を製造する場合にのみ有効である。PPS樹脂の重合方法はナイロン6とは全く異なるため、本技術によりPPS樹脂回転成形品を製造することは当然のことながら不可能であった。またナイロン6の成形品は、PPS樹脂に比べ、耐熱性、耐薬品性に劣るという材料の化学構造由来の本質的な問題があった。
【0011】
同じように特許文献8、9には、環状ポリエステルオリゴマーを触媒存在下で加熱することにより、短時間のうちに高重合度のポリエステルが得られることが報告されている。本特許文献には、回転成形に関する技術は開示されていないものの、ポリエステルを急速重合可能な技術を開示するものである。しかしながら、特許文献7と同様に、本技術はポリエステル樹脂の重合にのみ有効な方法であり、PPS樹脂の重合方法とは全く異なるため、本技術をPPS樹脂回転成形品の製造に適用することは不可能であった。
【0012】
これら従来技術における課題を解決しPPS樹脂の回転成形性を改良するための技術として、特許文献10には、回転成形機内において低粘度のPPS樹脂の前駆体である環式ポリフェニレンスルフィドを加熱により重合させ、高分子量のPPS樹脂を得る方法が開示されている。この方法により回転成形性が向上し、表面平滑性や厚肉の均一性、機械物性に優れた成形体を得ることができるが、環式ポリフェニレンスルフィドから高分子量のPPS樹脂を得るためには高温、長時間を要するなどの問題点があった。
【0013】
この、PPS樹脂を得るために高温、長時間を要するという課題を解決するための方法として、環式ポリフェニレンスルフィドを加熱により重合させる際に、重合を促進する各種触媒成分(イオン性化合物やラジカル発生能を有する化合物など)を使用する方法が知られている。
【0014】
特許文献11、12には、イオン性化合物として、例えばチオフェノールのナトリウム塩などの硫黄のアルカリ金属塩、ルイス酸として、例えば塩化銅(II)などの金属ハロゲン化物を触媒として用いる方法が開示されている。
【0015】
特許文献13には、ラジカル発生能を有する化合物として、例えば加熱により硫黄ラジカルを発生する化合物が開示されており、具体的にはジスルフィド結合を含有する化合物が開示されている。
【0016】
これら特許文献には回転成形品を製造する方法は開示されていないが、これらの方法を用いても、環式ポリフェニレンスルフィドを十分に反応させPPSを得るためには高温、長時間を要するという課題があり、これら重合技術を回転成形に適用することは困難であった。
【0017】
このように、回転成形機内においてPPS樹脂の前駆体である環式ポリフェニレンスルフィドを加熱により重合させ、高分子量のPPS樹脂を得るという方法において、より実用に適した、低温、短時間で金型成形機内での重合が進行し回転成形性の高い、かつ品質の高いPPS樹脂成形品が得られる回転成形方法の創出が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特開昭61−7332号公報(本文記載 5頁右下6〜13行)
【特許文献2】特開平4−267113号公報(請求項)
【特許文献3】特開平7−62240号公報(請求項)
【特許文献4】特開平8−258064号公報(請求項)
【特許文献5】特開平7−165933号公報(請求項)
【特許文献6】特開2002−88162号公報(請求項)
【特許文献7】特開平10−287743号公報(請求項)
【特許文献8】特開平2002−265576号公報(請求項)
【特許文献9】特開平2002−308969号公報(請求項)
【特許文献10】特開2008−200986(請求項)
【特許文献11】特許第3216228号明細書(第7〜10頁)
【特許文献12】特許第3141459号明細書(第5〜6頁)
【特許文献13】米国特許第5869599号明細書(第27〜28頁)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
本発明は、回転成形機内において環式ポリフェニレンスルフィドを加熱により重合させ、高分子量のPPS樹脂を得るという方法において環式ポリフェニレンスルフィドの重合に高温、長時間を要するという欠点を解決し、従来の回転成形方法に対し低温、短時間で回転成形体を得ることのできる回転成形方法及び該方法により得られる回転成形体を提供することを課題とするものである。
【0020】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)環式ポリフェニレンスルフィドを、遷移金属化合物存在下に、金型内で回転しながら加熱重合することを特徴とする回転成形方法。
(2)遷移金属化合物が0価遷移金属化合物である上記(1)に記載の回転成形方法。
(3)0価遷移金属化合物が、周期表第8族から第11族かつ第4周期から第6周期の金属を含む化合物であることを特徴とする上記(2)に記載の回転成形方法。
(4)遷移金属化合物が低原子価鉄化合物である上記(1)に記載の回転成形方法。
(5)低原子価鉄化合物がII価の鉄化合物である上記(4)に記載の回転成形方法。
(6)環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対し、遷移金属化合物を0.001〜20モル%存在下で加熱重合することを特徴とする上記(1)〜(5)のいずれかに記載の回転成形方法。
(7)金型内で回転しながら加熱重合する際の加熱温度が環式ポリフェニレンスルフィドの融点以上400℃以下であることを特徴とする上記(1)〜(6)のいずれかに記載の回転成形方法。
(8)金型内で回転しながら加熱重合する際の加熱温度が環式ポリフェニレンスルフィドの融点以上300℃以下であることを特徴とする上記(1)〜(6)のいずれかに記載の回転成形方法。
(9)金型内で回転しながら加熱重合する際の加熱温度が環式ポリフェニレンスルフィドの融点以上270℃以下であることを特徴とする上記(1)〜(6)のいずれかに記載の回転成形方法。
(10)金型内で回転しながら加熱重合する際の加熱温度が環式ポリフェニレンスルフィドの融点以上260℃以下であることを特徴とする上記(1)〜(6)のいずれかに記載の回転成形方法。
(11)金型内で回転しながら加熱重合する際の加熱時間が1分以上120分以下であることを特徴とする上記(1)〜(10)のいずれかに記載の回転成形方法。
(12)金型内で回転しながら加熱重合する際の加熱時間が1分以上30分以下であることを特徴とする上記(1)〜(10)のいずれかに記載の回転成形方法。
(13)環式ポリフェニレンスルフィドに含まれる下記式中の繰り返し数(m)が4〜50であることを特徴とする上記(1)〜(12)のいずれかに記載の回転成形方法。
【0021】
【化1】

【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明は、環式ポリフェニレンスルフィドを、遷移金属化合物存在下に、金型内で回転しながら加熱重合することを特徴とする回転成形方法である。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、従来法と比較して低温、短時間で成形体を得ることが可能な、生産性に優れるPPSの回転成形方法及び、該方法により得られる回転成形体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】実施例で用いた小型回転成形装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を詳細に説明する。まず、本発明で使用する環式ポリフェニレンスルフィドについて説明する。
【0026】
<環式ポリフェニレンスルフィド>
本発明のPPSの回転成形方法における環式ポリフェニレンスルフィドとは下記構造式(A)で示される繰り返し単位を主要構成単位とし、好ましくは当該繰り返し単位を80モル%以上含有する下記一般式(B)のごとき環式化合物を、少なくとも50重量%以上含むものであり、好ましくは70重量%以上、より好ましくは80重量%以上、さらに好ましくは90重量%以上含むものが好ましい。
【0027】
【化2】

【0028】
【化3】

【0029】
なお、環式ポリフェニレンスルフィド中の前記(B)式の環式化合物においてはその繰り返し単位の20モル%未満を、式、−(Ar−S)−の繰り返し単位等で構成することも可能であり、該繰り返し単位等をランダムに含んでもよいし、ブロックで含んでもよく、それらの混合物のいずれかであってもよい。Arとしては下記の式(C)〜(M)等で表される単位等がある。
【0030】
【化4】

【0031】
(R1、R2は水素、炭素原子数1〜12のアルキル基、炭素原子数1〜12のアルコキシ基、炭素数6〜24のアリーレン基、ハロゲン基から選ばれた置換基であり、R1とR2は同一でも異なっていてもよい)
【0032】
環式ポリフェニレンスルフィドに含まれる前記(B)式中の繰り返し数mに特に制限は無いが、4〜50が好ましく、4〜25がより好ましく、4〜15がさらに好ましい範囲として例示できる。後述するように環式ポリフェニレンスルフィドを金型内で回転しながら加熱重合することを特徴とする回転成形は環式ポリフェニレンスルフィドが溶融解する温度以上で行うことが好ましいが、mが大きくなると環式ポリフェニレンスルフィドの溶融解温度が高くなる傾向にあるため、環式ポリフェニレンスルフィドの加熱重合をより低い温度で行うことができるようになるとの観点でmを前記範囲にすることは有利となる。
また、環式ポリフェニレンスルフィドに含まれる前記(B)式の環式化合物は、単一の繰り返し数を有する単独化合物、異なる繰り返し数を有する環式化合物の混合物のいずれでもよいが、異なる繰り返し数を有する環式化合物の混合物の方が単一の繰り返し数を有する単独化合物よりも溶融解温度が低い傾向があり、回転成形温度(本発明では加熱重合温度)を低くできるという特徴があり、異なる繰り返し数を有する環式化合物を用いることにより、回転成形時の流動性、流動均一性、送液性等が特に優れる、すなわち金型内壁に均一な樹脂融液層を形成させることが可能となる。このことは本発明の回転成形体を製造する際に、加熱重合温度が低くても容易に、かつ均一に環式ポリフェニレンスルフィドを金型内に充填化でき、さらに加熱重合温度が低くても、環式ポリフェニレンスルフィドの重合が速やかに進行するという特徴を発現することになる。
【0033】
環式ポリフェニレンスルフィドに含まれる、異なる繰り返し数を有する環式化合物の混合物中の異なる繰り返し数mのそれぞれの比率に特に制限はないが、本発明の効果を発現させるためには、前記(B)式の環式化合物の総量に対する前記(B)式のm=6の環式化合物の含有量は50重量%以下であることが好ましく、40重量%以下がより好ましく、30重量%以下がさらに好ましく、20重量%以下がよりいっそう好ましく、10重量%以下がさらにいっそう好ましい(なお、m=6の環式化合物の含有量は、次式から求める。m=6の環式化合物(重量)/(環式化合物の総量(重量)×100)。m=6の環式化合物(シクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド))は、融点が348℃と高く、結晶化もしやすいと考えられ、本発明の目的である、従来の回転成形方法に対しより低温での回転成形体の製造を可能とするという観点からは、本発明の環式ポリフェニレンスルフィドにおいては、特に前記(B)式のm=6の環式化合物の含有量を先述の範囲とすることが好ましい。
【0034】
また、mが7以下の環式化合物は反応性が低い傾向があるため、短時間でポリフェニレンスルフィドが得られやすくなるとの観点ではmが8以上の環式化合物を主成分とすることは有利となる。しかし、異なる繰り返し数を有する環式化合物の混合物において、環式ポリフェニレンスルフィドに含まれる環式化合物のmが大きくなると、またmの大きい環式化合物量が多くなると、環式ポリフェニレンスルフィドの溶融解温度が高くなり、回転成形温度(本発明では加熱重合温度)が高くなる傾向にある。そのため、従来の回転成形方法に対しより低温での回転成形体の製造を可能とするという、本発明の課題解決のためには、mが7以下の環式化合物を含むことが有利となる。
【0035】
環式ポリフェニレンスルフィド中の異なる繰り返し数を有する前記(B)式の環式化合物の混合物の好ましい組成としては、環式ポリフェニレンスルフィドに含まれる前記(B)式の環式化合物の総量に対し、mが5の環式化合物を5%以上含むことが好ましく、7%以上含むことがより好ましく、10%以上含むことがさらに好ましい。さらに、mが6、7の環式化合物についても、前記(B)式の環式化合物の総量に対し、それぞれ5%以上含むことが好ましく、7%以上含むことがより好ましい。mが5の環式化合物を含む環式ポリフェニレンスルフィドは溶融解温度が低くなる傾向があるため好ましく、mが5〜7の環式化合物も含む上記のような組成の環式ポリフェニレンスルフィドはより溶融解温度が低くなる傾向があるためより好ましい。
【0036】
なおここで、環式ポリフェニレンスルフィドにおける前記(B)式の環式化合物の総量に対する、異なる繰り返し数mを有する環式化合物の含有率は、環式ポリフェニレンスルフィドをUV検出器を具備した高速液体クロマトグラフィーで成分分割した際に前記(B)式の環式化合物に帰属される全ピーク面積に対する、所望するm数を有する環式化合物単体に帰属されるピーク面積の割合として求めることができる。なお、この高速液体クロマトグラフィーで成分分割された各ピークの定性は、各ピークを分取液体クロマトグラフィーで分取し、赤外分光分析における吸収スペクトルや質量分析を行うことで可能である。
【0037】
環式ポリフェニレンスルフィドにおける前記(B)式の環式化合物以外の成分はポリアリーレンスルフィドオリゴマーであることが特に好ましい。ここでポリアリーレンスルフィドオリゴマーとは、式、−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とする、好ましくは当該繰り返し単位を80モル%以上含有する線状のホモオリゴマーまたはコオリゴマーである。Arとしては前記式(C)〜(M)等であらわされる単位等があるが、なかでも式(C)が特に好ましい。ポリアリーレンスルフィドオリゴマーはこれら繰り返し単位を主要構成単位とする限り、下記式(N)〜(P)等で表される少量の分岐単位または架橋単位を含むことができる。これら分岐単位または架橋単位の共重合量は、−(Ar−S)−の単位1モルに対して0〜1モル%の範囲であることが好ましい。また、ポリアリーレンスルフィドオリゴマーは上記繰り返し単位を含むランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物のいずれかであってもよい。
【0038】
【化5】

【0039】
これらの代表的なものとして、ポリフェニレンスルフィドオリゴマー、ポリフェニレンスルフィドスルホンオリゴマー、ポリフェニレンスルフィドケトンオリゴマー、これらのランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物等が挙げられる。特に好ましいポリアリーレンスルフィドオリゴマーとしては、ポリマーの主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位を80モル%以上、特に90モル%以上含有するポリフェニレンスルフィドオリゴマーが挙げられる。
【0040】
ポリアリーレンスルフィドオリゴマーの分子量としては、回転成形により得られるポリフェニレンスルフィドよりも低分子量のものが例示でき、具体的には重量平均分子量で10,000未満であることが好ましい。
【0041】
環式ポリフェニレンスルフィドが含有するポリアリーレンスルフィドオリゴマー量は、環式ポリフェニレンスルフィドが含有する前記(B)式の環式化合物よりも少ないことが特に好ましい。すなわち環式ポリフェニレンスルフィド中の前記(B)式環式化合物とポリアリーレンスルフィドオリゴマーの重量比(前記(B)式の環式化合物/ポリアリーレンスルフィドオリゴマー)は1を超えることが好ましく、2.3以上がより好ましく、4以上がさらに好ましく、9以上がよりいっそう好ましく、このような環式ポリフェニレンスルフィドを用いることで重量平均分子量が10,000以上のポリフェニレンスルフィドを容易に得ることが可能である。従って、環式ポリフェニレンスルフィド中の前記(B)式の環式化合物とポリアリーレンスルフィドオリゴマーの重量比の値が大きいほど、本発明の回転成形方法により得られるPPS樹脂の重量平均分子量は大きくなる傾向にあり、よってこの重量比に特に上限は無いが、該重量比が100を超える環式ポリフェニレンスルフィドを得るためには、環式ポリフェニレンスルフィド中のポリアリーレンスルフィドオリゴマー含有量を著しく低減する必要があり、これには多大の労力を要する。本発明の回転成形方法によれば該重量比が100以下の環式ポリフェニレンスルフィドを用いても重量平均分子量が10,000以上のPPS樹脂を容易に得ることが可能である。
【0042】
本発明の回転成形方法に用いる環式ポリフェニレンスルフィドの分子量の上限値は、重量平均分子量で10,000以下が好ましく、5,000以下が好ましく、3,000以下がさらに好ましく、一方、下限値は重量平均分子量で300以上が好ましく、400以上が好ましく、500以上がさらに好ましい。
【0043】
また本発明の回転成形で使用する環式ポリフェニレンスルフィドは、300℃、剪断速度2sec−1において測定した溶融粘度が0.1Pa・s以下が好ましく、好ましくは0.05Pa・s以下、さらに好ましくは0.03Pa・s以下である。溶融粘度が0.1Pa・sより大きいと、大型の回転成形体を得る際の、流動性が低下し、それにより液送性が低下し、金型内への充填が不十分となったり、気泡やクラック発生や厚みむらの原因になる。
【0044】
<遷移金属化合物>
本発明では、環式ポリフェニレンスルフィドの回転成形を、種々の遷移金属化合物存在下で行う。遷移金属化合物としては、0価遷移金属化合物もしくは低原子価鉄化合物が好ましく用いられる。遷移金属化合物による重合促進原理は現時点明らかではないが、様々な電子状態を取ることが可能で、さらに電子密度が高い遷移金属化合物は、環式ポリフェニレンスルフィドの炭素−硫黄結合部位に配位あるいは結合を形成しやすく、環式化合物間の反応を促進しやすいと考えられ、このような特徴を有する0価遷移金属化合物もしくは低原子価鉄化合物は重合触媒として好ましい。
【0045】
従来技術として、環式ポリフェニレンスルフィドを加熱により重合させる際に、例えばチオフェノールのナトリウム塩などの硫黄のアルカリ金属塩や、カチオンを生成するような、求電子的に作用するような化合物である塩化銅(II)や、加熱によりラジカルを発生する化合物であるジスルフィド結合含有化合物などを触媒成分として用いる方法も開示されているが、これらの方法を用いても、環式ポリフェニレンスルフィドを十分に反応させPPSを得るためには高温、長時間を要し、回転成形性が不十分であった。さらに、これら従来技術によりPPSを得るためには高温、長時間を要することから、未反応の環式ポリフェニレンスルフィドを含みやすく、また得られるPPSの分子量も低くなりやすく、PPS本来の特性である例えば機械特性、耐薬品性などが得られにくい傾向があり、回転成形品の品質も不十分であった。
【0046】
これに対し、本発明における遷移金属化合物、特に、電子密度が高い0価遷移金属化合物もしくは低原子価鉄化合物を用いれば、金型成形機内での重合進行が低温、短時間で可能なことによる高い回転成形性を有し、かつPPS本来の特性である例えば機械特性や耐薬品性などを有する品質の良好な回転成形品を得ることができる。
【0047】
<0価遷移金属化合物>
本発明において、回転成形機内での環式ポリフェニレンスルフィドの重合を促進する重合触媒として、種々の0価遷移金属化合物が用いられる。0価遷移金属としては、周期表第8族から第11族かつ第4周期から第6周期の金属が好ましく用いられる。例えば金属種として、ニッケル、パラジウム、白金、鉄、ルテニウム、ロジウム、銅、銀、金が例示できる。0価遷移金属化合物としては、各種錯体が適しているが、例えば配位子として、トリフェニルホスフィン、トリ−t−ブチルホスフィン、トリシクロヘキシルホスフィン、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン、1,1’−ビス(ジフェニルホスフィノ)フェロセン、ジベンジリデンアセトン、ジメトキシジベンジリデンアセトン、シクロオクタジエン、カルボニルの錯体が挙げられる。具体的にはビス(ジベンジリデンアセトン)パラジウム、トリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム、ビス(トリ−t−ブチルホスフィン)パラジウム、ビス[1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン]パラジウム、ビス(トリシクロヘキシルホスフィン)パラジウム、[P,P’−1,3−ビス(ジ−i−プロピルホスフィノ)プロパン][P−1,3−ビス(ジ−i−プロピルホスフィノ)プロパン]パラジウム、1,3−ビス(2,6−ジ−i−プロピルフェニル)イミダゾール−2−イリデン(1,4−ナフトキノン)パラジウム二量体、1,3−ビス(2,4,6−トリメチルフェニル)イミダゾール−2−イリデン(1,4−ナフトキノン)パラジウム二量体、ビス(3,5,3’,5’−ジメトキシジベンジリデンアセトン)パラジウム、ビス(トリ−t−ブチルホスフィン)白金、テトラキス(トリフェニルホスフィン)白金、テトラキス(トリフルオロホスフィン)白金、エチレンビス(トリフェニルホスフィン)白金、白金−2,4,6,8−テトラメチル−2,4,6,8−テトラビニルシクロテトラシロキサン錯体、テトラキス(トリフェニルホスフィン)ニッケル、テトラキス(トリフェニルホスファイト)ニッケル、ビス(1,5−シクロオクタジエン)ニッケル、ドデカカルボニル三鉄、ペンタカルボニル鉄、ドデカカルボニル四ロジウム、ヘキサデカカルボニル六ロジウム、ドデカカルボニル三ルテニウム等が例示できる。これらの重合触媒は、1種単独で用いてもよいし2種以上混合あるいは組み合わせて用いてもよい。
【0048】
これらの重合触媒は、上記のような0価遷移金属化合物を添加してもよいし、系内で0価遷移金属化合物を形成させてもよい。ここで後者のように系内で0価遷移金属化合物を形成させるには、遷移金属の塩等の遷移金属化合物と配位子となる化合物を添加することで、系内で遷移金属の錯体を形成させる方法、あるいは、遷移金属の塩等の遷移金属化合物と配位子となる化合物で形成された錯体を添加する方法等が挙げられる。以下に本発明で使用される遷移金属化合物と配位子、及び、遷移金属化合物と配位子で形成された錯体の例を挙げる。系内で0価遷移金属化合物を形成させるための遷移金属化合物としては、例えば、種々の遷移金属の酢酸塩、ハロゲン化物等が例示できる。ここで遷移金属種としては例えば、ニッケル、パラジウム、白金、鉄、ルテニウム、ロジウム、銅、銀、金の酢酸塩、ハロゲン化物等が例示でき、具体的には酢酸ニッケル、塩化ニッケル、臭化ニッケル、ヨウ化ニッケル、硫化ニッケル、酢酸パラジウム、塩化パラジウム、臭化パラジウム、ヨウ化パラジウム、硫化パラジウム、塩化白金、臭化白金、酢酸鉄、塩化鉄、臭化鉄、ヨウ化鉄、酢酸ルテニウム、塩化ルテニウム、臭化ルテニウム、酢酸ロジウム、塩化ロジウム、臭化ロジウム、酢酸銅、塩化銅、臭化銅、酢酸銀、塩化銀、臭化銀、酢酸金、塩化金、臭化金等が挙げられる。また、系内で0価遷移金属化合物を形成させるために同時に添加する配位子としては、環式ポリフェニレンスルフィドと遷移金属化合物とを加熱した際に0価の遷移金属を生成するものであれば特に限定はされないが、塩基性化合物が好ましく、例えばトリフェニルホスフィン、トリ−t−ブチルホスフィン、トリシクロヘキシルホスフィン、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン、1,1’−ビス(ジフェニルホスフィノ)フェロセン、ジベンジリデンアセトン、炭酸ナトリウム、エチレンジアミン等が挙げられる。また、遷移金属化合物と配位子となる化合物で形成された錯体としては、上記のような種々の遷移金属塩と配位子からなる錯体が挙げられる。具体的にはビス(トリフェニルホスフィン)パラジウムジアセタート、ビス(トリフェニルホスフィン)パラジウムジクロリド、[1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン]パラジウムジクロリド、[1,1’−ビス(ジフェニルホスフィノ)フェロセン]パラジウムジクロリド、ジクロロ(1,5’−シクロオクタジエン)パラジウム、ビス(エチレンジアミン)パラジウムジクロリド、ビス(トリフェニルホスフィン)ニッケルジクロリド、[1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン]ニッケルジクロリド、[1,1’−ビス(ジフェニルホスフィノ)フェロセン]ニッケルジクロリド、ジクロロ(1,5’−シクロオクタジエン)白金等が例示できる。これらの重合触媒及び配位子は、1種単独で用いてもよいし2種以上混合あるいは組み合わせて用いてもよい。
【0049】
使用する重合触媒の濃度は、目的とするPPS樹脂の分子量ならびに重合触媒の種類により異なるが、通常、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対して0.001〜20モル%、好ましくは0.005〜15モル%、さらに好ましくは0.01〜10モル%である。0.001モル%以上では環式ポリフェニレンスルフィドは十分に反応しPPS樹脂が得られ、20モル%以下では最終的に得られる回転成形品の厚みむらや機械物性等の面で優れた特性を有するPPS樹脂を得ることができる。
【0050】
遷移金属化合物の価数状態は、X線吸収微細構造(XAFS)解析により把握が可能である。本発明において触媒として用いられる遷移金属化合物または遷移金属化合物を含む環式ポリフェニレンスルフィドまたは遷移金属化合物を含むPPS樹脂にX線を照射し、その吸収スペクトルを規格化した際の吸収係数のピーク極大値を比較することで把握できる。
【0051】
例えばパラジウム化合物の価数を評価する場合、L3端のX線吸収端近傍構造(XANES)に関する吸収スペクトルを比較することが有効であり、X線のエネルギーが3173eVの点を基準とし、3163〜3168eVの範囲内の平均吸収係数を0、3191〜3200eVの範囲内の平均吸収係数を1と規格化した際の吸収係数のピーク極大値を比較することで判断が可能である。パラジウムの例においては、2価のパラジウム化合物に対して、0価のパラジウム化合物では規格化した際の吸収係数のピーク極大値が小さい傾向があり、さらに、環式ポリフェニレンスルフィドの重合を促進する効果が大きい遷移金属化合物ほどピーク極大値が小さい傾向がある。この理由は、XANESに関する吸収スペクトルは内殻電子の空軌道への遷移に対応しており、吸収ピーク強度はd軌道の電子密度に影響されるためと推測している。
【0052】
パラジウム化合物が環式ポリフェニレンスルフィドの重合を促進するためには、規格化した際の吸収係数のピーク極大値が6以下であることが好ましく、より好ましくは4以下、さらに好ましくは3以下であり、この範囲内では環式ポリフェニレンスルフィドの重合を促進することができる。
【0053】
具体的には、ピーク極大値は、環式ポリフェニレンスルフィドの重合を促進しない2価の塩化パラジウムでは6.32、環式ポリフェニレンスルフィドの重合を促進する0価のトリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム及びテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム及びビス[1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン]パラジウムではそれぞれ3.43及び2.99及び2.07である。
【0054】
<低原子価鉄化合物>
本発明において、回転成形機内での環式ポリフェニレンスルフィドの重合を促進する重合触媒として、種々の低原子価鉄化合物が用いられる。鉄原子は理論的に−II、−I、0、I、II、III、IV、V、VI価の価数状態を取りうることが知られており、ここで、低原子価鉄化合物とは、−II〜II価の価数を有する鉄化合物であることを指す。また、ここで述べる低原子価鉄化合物とは、回転成形機内での加熱による環式ポリフェニレンスルフィドの重合の際の、反応系内における鉄化合物の価数が−II〜II価であることを指す。
【0055】
本発明において重合触媒として用いる鉄化合物は低原子価鉄化合物であり、電子供与性の重合触媒であるため、例えば従来知られている、環式ポリフェニレンスルフィドを加熱により重合させる際に使用される、カチオンを生成するような化合物、求電子的に作用するような化合物とは異なるものと考えている。
【0056】
低原子価鉄化合物としては、−II〜II価の価数を有する鉄化合物が挙げられるが、鉄化合物の安定性、取り扱いの容易さ、入手のしやすさ等から、本発明における低原子価鉄化合物としては、0価、I価、II価の鉄化合物が好ましく用いられ、その中でも特にII価の鉄化合物が好ましい。
【0057】
II価の鉄化合物としては、各種鉄化合物が適しているが、例えば、II価の鉄のハロゲン化物、酢酸塩、硫酸塩、リン酸塩、フェロセン化合物などが挙げられる。具体的には例えば塩化鉄、臭化鉄、よう化鉄、ふっ化鉄、酢酸鉄、硫酸鉄、リン酸鉄、硝酸鉄、硫化鉄、鉄メトキシド、フタロシアニン鉄、フェロセン等が例示できる。中でも、鉄化合物を環式ポリフェニレンスルフィド中に均一に分散させるという観点から、環式ポリフェニレンスルフィド中での分散性の良好な鉄のハロゲン化物が好ましく、経済性の観点及び得られるポリフェニレンスルフィドの特性面から、塩化鉄がより好ましい。ここで述べるポリフェニレンスルフィドの特性としては、例えば1−クロロナフタレンへの溶解性が挙げられる。本発明の好ましい低原子価鉄化合物を用いれば、1−クロロナフタレンへの不溶部の少ない、好ましくは不溶部のないポリフェニレンスルフィドが得られる傾向があり、これは、ポリフェニレンスルフィドの分岐単位または架橋単位が少ないことを意味し、このことは、回転成形品の高い機械強度等の特性が得られるという観点で望ましい特性といえる。
【0058】
I価の鉄化合物としては、各種鉄化合物が適しているが、具体的には例えばシクロペンタジエニル鉄ジカルボニルニ量体、1,10−フェナントロリン硫酸鉄錯体等が例示できる。
【0059】
0価の鉄化合物としては、各種鉄化合物が適しているが、具体的にはドデカカルボニル三鉄、ペンタカルボニル鉄等が例示できる。
【0060】
これらの重合触媒は、1種単独で用いてもよいし2種以上混合あるいは組み合わせて用いてもよい。
【0061】
これらの重合触媒は、上記のような低原子価鉄化合物を添加してもよいし、III価以上の高原子価鉄化合物から系内で低原子価鉄化合物を形成させてもよい。ここで後者のように系内で低原子価鉄化合物を形成させるには、加熱により高原子価鉄化合物から低原子価鉄化合物を形成させる方法、環式ポリフェニレンスルフィドに高原子価鉄化合物と、高原子価鉄化合物に対して還元性を有する化合物を助触媒として添加することにより系内で低原子価鉄化合物を形成させる方法等が挙げられる。加熱により高原子価鉄化合物から低原子価鉄化合物を形成させる方法としては、例えば高原子価ハロゲン化鉄化合物の加熱により低原子価鉄化合物を形成させる方法等が挙げられる。なおここで、高原子価ハロゲン化鉄化合物の加熱の際には、これを構成するハロゲンの一部が脱離することで、低原子価鉄化合物が形成すると推測している。
【0062】
加熱により高原子価鉄化合物から低原子価鉄化合物を形成させるための加熱温度の下限は、重合触媒の種類、加熱する系内の圧力、加熱時間等により異なるため、一意的に示すことはできないが、例えば重合触媒の熱重量分析から得られる重量減少傾向や、示差走査型熱量計での分析から得られる熱量変化傾向から、低原子価鉄化合物が形成可能な加熱温度を推測することが可能である。
【0063】
また、加熱温度の上限についても、重合触媒の種類、加熱する系内の圧力、加熱時間等により異なるため、一意的に示すことはできないが、加熱時に重合触媒が揮散する温度以下であることが好ましい。
【0064】
なお、低原子価鉄化合物は、あらかじめ高原子価鉄化合物から加熱により形成させた後に回転成形温度に上げてもよいし、回転成形温度に加熱することで回転成形時に高原子価鉄化合物から形成させてもよい。
【0065】
以下に本発明で使用される高原子価鉄化合物と助触媒の例を挙げる。系内で低原子価鉄化合物を形成させるための高原子価鉄化合物としては、各種鉄化合物が適しているが、例えば、III価の鉄化合物として塩化鉄、臭化鉄、ふっ化鉄、くえん酸鉄、硝酸鉄、硫酸鉄、鉄アセチルアセトナート、鉄ベンゾイルアセトナートジエチルジチオカルバミン酸鉄、鉄エトキシド、鉄イソプロポキシド、アクリル酸鉄等が例示できる。中でも、鉄化合物を環式ポリフェニレンスルフィド中に均一に分散させるという観点から、環式ポリフェニレンスルフィド中での分散性の良好な鉄のハロゲン化物が好ましく、経済性の観点及び得られるポリフェニレンスルフィドの特性面から、塩化鉄がより好ましい。ここで述べるポリフェニレンスルフィドの特性としては、例えば1−クロロナフタレンへの溶解性が挙げられる。本発明の好ましい低原子価鉄化合物を用いれば、1−クロロナフタレンへの不溶部の少ない、好ましくは不溶部のないポリフェニレンスルフィドが得られる傾向があり、これは、ポリフェニレンスルフィドの分岐単位または架橋単位が少ないことを意味し、このことは、回転成形品の高い機械強度等の特性が得られるという観点でポリフェニレンスルフィドとして望ましい特性といえる。
【0066】
系内で低原子価鉄化合物を形成させるために同時に添加する助触媒としては、環式ポリフェニレンスルフィドと高原子価鉄化合物とを加熱した際に高原子価鉄化合物と反応し低原子価鉄化合物を生成するものであれば特に限定はされないが、各種有機、無機の還元性を有する化合物が好ましく、例えば塩化銅(I)、塩化スズ(II)、塩化チタン(III)、エチレンジアミン、N,N’−ジメチルエチレンジアミン、トリフェニルホスフィン、トリ−t−ブチルホスフィン、トリシクロヘキシルホスフィン、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン等が例示できる。中でも、塩化銅(I)、塩化スズ(II)、塩化チタン(III)が好ましく、固体状態で安全に取り扱いが可能な塩化銅(I)、塩化スズ(II)がより好ましい。
【0067】
これらの重合触媒及び助触媒は、1種単独で用いてもよいし2種以上混合あるいは組み合わせて用いてもよい。
【0068】
使用する重合触媒の濃度は、目的とするPPS樹脂の分子量ならびに重合触媒の種類により異なるが、通常、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対して0.001〜20モル%、好ましくは0.005〜15モル%、さらに好ましくは0.01〜10モル%である。0.001モル%以上では環式ポリフェニレンスルフィドは十分に反応しPPS樹脂が得られ、20モル%以下では最終的に得られる回転成形品の厚みむらや機械物性等の面で優れた特性を有するPPS樹脂を得ることができる。
【0069】
反応系内における鉄化合物の価数状態及び鉄原子近傍の構造は、X線吸収微細構造(XAFS)解析により把握が可能である。本発明において触媒として用いられる鉄化合物、または、鉄化合物を含む環式ポリフェニレンスルフィド、または、鉄化合物を含むポリフェニレンスルフィドにX線を照射し、その吸収スペクトルの形状を比較することで鉄化合物の価数状態及び鉄原子近傍の構造が把握できる。
【0070】
鉄化合物の価数を評価する場合、K端のX線吸収端近傍構造(XANES)に関する吸収スペクトルを比較することが有効であり、スペクトルが立ち上がるエネルギー及びスペクトル形状を比較することで判断が可能である。III価の鉄化合物の測定で得られるスペクトルに対し、II価の鉄化合物の測定で得られるスペクトル、さらには0価の鉄化合物の測定で得られるスペクトルは、メインピークの立ち上がりがより低エネルギー側となる傾向がある。具体的には、III価の鉄化合物である塩化鉄(III)、酸化鉄(III)などでは7120eV付近にメインピークの立ち上がりが、II価の鉄化合物である塩化鉄(II)、塩化鉄(II)四水和物などでは7110〜7115eV付近にメインピークの立ち上がりが、0価の鉄化合物である鉄金属(0)などでは7110eV付近からスペクトルに肩構造が観察される。また、III価の鉄化合物の測定で得られるスペクトルに対し、II価の鉄化合物の測定で得られるスペクトルは、メインピークのピークトップ位置もより低エネルギー側となる傾向がある。具体的には、III価の鉄化合物では7128〜7139eV付近に、II価の鉄化合物では7120〜7128eV付近にメインピークのピークトップが観察され、より具体的には、III価の鉄化合物である塩化鉄(III)では7128〜7134eV付近に、酸化鉄(III)では7132eV付近に、II価の鉄化合物である塩化鉄(II)では7120eV付近に、塩化鉄(II)四水和物では7123eV付近に、メインピークのピークトップが観察される。
【0071】
また、鉄化合物の鉄原子近傍の構造を評価する場合、K端の広域エックス線吸収微細構造(EXAFS)より得られた動径分布関数を比較することが有効であり、ピークが観察される距離を比較することで判断が可能である。鉄金属(0)では0.22nm付近及び0.44nm付近にFe−Fe結合に起因するピークが認められる。塩化鉄(III)では0.16〜0.17nm付近にFe−Cl結合に起因するピークが、塩化鉄(II)では0.21nm付近にFe−Cl結合に起因するピークが、塩化鉄(II)四水和物では0.16〜0.17nm付近にFe−Cl結合に起因するピークが、また0.21nm付近にも別のFe−Cl結合と考えられるサブピークが認められる。酸化鉄(III)では0.15〜0.17nm付近にFe−O結合に起因するピークが、0.26〜0.33nm付近にFe−Fe結合などに起因するピークが認められる。
【0072】
すなわち、反応中または反応生成物のX線吸収微細構造(XAFS)解析により得られたスペクトルと、各種鉄化合物のスペクトルを比較することにより、鉄化合物の価数状態及び鉄原子近傍の構造が把握可能である。
【0073】
<遷移金属化合物の添加>
前記重合触媒の添加に際しては、そのまま添加すればよいが、環式ポリフェニレンスルフィドに重合触媒を添加した後、均一に分散させることが好ましい。均一に分散させる方法として、例えば機械的に分散させる方法、溶媒を用いて分散させる方法等が挙げられる。機械的に分散させる方法として、具体的には粉砕機、撹拌機、混合機、振とう機、乳鉢を用いる方法等が例示できる。溶媒を用いて分散させる方法として、具体的には環式ポリフェニレンスルフィドを適宜な溶媒に溶解または分散し、これに重合触媒を所定量加えた後、溶媒を除去する方法等が例示できる。また、重合触媒の分散に際して、重合触媒が固体である場合、より均一な分散が可能となるため重合触媒の平均粒径は1mm以下であることが好ましい。
【0074】
さらに、前記鉄化合物の添加に際しては、水分を含まない条件下で添加することが好ましい。環式ポリフェニレンスルフィド及び添加する鉄化合物が接する気相に含まれる好ましい水分量としては1重量%以下、より好ましくは0.5重量%以下、さらに好ましくは0.1重量%以下であり、水分を実質的に含有しないことがよりいっそう好ましい。環式ポリフェニレンスルフィド中に含まれる水分量、重合触媒中に含まれる水分量、重合触媒中に水和物として含まれる水分量の合計量の、添加した重合触媒に対するモル比は、9以下が好ましく、好ましくは6以下、より好ましくは3以下、さらに好ましくは1以下、よりいっそう好ましくは0.1以下であり、水分を実質的に含有しないことがなおいっそう好ましい。この水分量以下であれば、低原子価鉄化合物の酸化反応や加水分解反応等の副反応を防ぐことができる。
【0075】
このことから、添加する鉄化合物の形態は、水和物よりも無水物であることが好ましい。また、鉄化合物の添加に際し、環式ポリフェニレンスルフィド及び鉄化合物中に水分が含まれるのを防ぐためには、鉄化合物と乾燥剤を併せて添加してもよい。乾燥剤としては、金属、中性乾燥剤、塩基性乾燥剤、酸性乾燥剤等があるが、低原子価鉄化合物の酸化を防ぐためには酸化性物質を系内に存在させないことが重要であることから、中性乾燥剤や塩基性乾燥剤が好ましい。これら乾燥剤としては、具体的には中性乾燥剤として塩化カルシウム、酸化アルミニウム、硫酸カルシウム、硫酸マグネシウム、硫酸ナトリウム等、塩基性乾燥剤として、炭酸カリウム、酸化カルシウム、酸化バリウム等が例示できる。中でも、吸湿容量が比較的大きく、取り扱いが容易な塩化カルシウム、酸化アルミニウムが好ましい。なお、鉄化合物と乾燥剤を併せて添加する場合、環式ポリフェニレンスルフィド中に含まれる水分量、重合触媒中に含まれる水分量、重合触媒中に水和物として含まれる水分子の合計量には、乾燥剤により脱水された水分量は含まないものとする。
【0076】
上記の水分量は、カール・フィッシャー法により定量が可能である。また、環式ポリフェニレンスルフィド及び添加する鉄化合物が接する気相に含まれる水分量は、気相の温度及び相対湿度からも算出できる。また、環式ポリフェニレンスルフィド中に含まれる水分量、重合触媒中に含まれる水分量は、赤外線水分計を用いることや、ガスクロマトグラフィーによっても定量が可能であるし、環式ポリフェニレンスルフィド、重合触媒を100〜110℃程度の温度で加熱した際の、加熱前後の重量変化からも求めることができる。
【0077】
前記鉄化合物の添加に際しては、非酸化性雰囲気下で添加することが好ましい。ここで非酸化性雰囲気とは、環式ポリフェニレンスルフィド及び添加する鉄化合物が接する気相における酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、さらに好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、すなわち窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取り扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。また、前記鉄化合物の添加に際しては、酸化性物質を含まない条件下で添加することが好ましい。ここで酸化性物質を含まないとは、環式ポリフェニレンスルフィド中に含まれる酸化性物質の、添加した重合触媒に対するモル比が1以下、好ましくは0.5以下、さらに好ましくは0.1以下、よりいっそう好ましくは酸化性物質を実質的に含有しないことを指す。酸化性物質とは、前記重合触媒を酸化させ、触媒活性を有さない化合物、例えば酸化鉄(III)に変化させてしまうような物質のことを指し、例えば、酸素、有機過酸化物、無機過酸化物等が挙げられる。このような条件下であれば、低原子価鉄化合物の酸化反応等の副反応を防ぐことができる。
【0078】
<環式ポリフェニレンスルフィドの回転成形方法>
次に本発明の、遷移金属化合物存在下で行う環式ポリフェニレンスルフィドを用いた回転成形方法につき説明する。
【0079】
本発明は、環式ポリフェニレンスルフィドを遷移金属化合物存在下に、成形金型内で回転しながら加熱重合することにより回転成形することを特徴としている。すなわち、通常の回転成形方法は高分子量の樹脂を成形金型内で溶融させることで生じた樹脂融液を回転させ、金型内壁に樹脂融液層を形成させることにより成形体を製造するが、本発明は、高分子量の樹脂の原料となる環式ポリフェニレンスルフィドを遷移金属化合物存在下に、成形金型内で回転しながら加熱重合することで、環式ポリフェニレンスルフィド及び遷移金属化合物混合融液を金型内壁に形成させ、融液状態のまま高分子量化させると同時に、成形金型内で高分子量化した樹脂を融液状態を維持したまま、樹脂融液層を形成させることにより、回転成形体を製造するものである。
【0080】
ここで、遷移金属化合物を添加した環式ポリフェニレンスルフィド(環式ポリフェニレンスルフィド混合物)は環式ポリフェニレンスルフィド混合物を粉体状態のまま、閉じた金型内に供給することができる。あるいは、環式ポリフェニレンスルフィド混合物が融液状態となる温度に加熱して、閉じた金型内に融液状態で供給することも可能であるが、環式ポリフェニレンスルフィド混合物の融液状態での供給は供給中の高分子量化により厚みむらが生じる等の原因となり得るため、融液状態での供給を行う場合には、融液状態の環式ポリフェニレンスルフィドの供給と、遷移金属化合物の供給とを二段階に分けて行うことが好ましい。
【0081】
加熱重合温度(すなわち回転成形温度)は、環式ポリフェニレンスルフィドが溶融解する温度であることが好ましく、このような温度条件であれば特に制限はないが、加熱重合温度が環式ポリフェニレンスルフィドが溶融解する温度以上では金型内に均一な樹脂層形成することが容易となり、また環式ポリフェニレンスルフィドがPPSへと十分に転化しやすい傾向がある。
【0082】
なお、環式ポリフェニレンスルフィドが溶融解する温度は、環式ポリフェニレンスルフィドの組成や分子量、また、加熱時の環境により変化するため、一意的に示すことはできないが、例えば環式ポリフェニレンスルフィドを示差走査型熱量計で分析することで溶融解温度を把握することが可能である。ただし、一般に溶融解温度には幅があり、融点以上でも融解にともなう吸熱が継続する傾向があるため、均一に溶融解させるためには、加熱重合温度は環式ポリフェニレンスルフィドの融点以上であることが好ましく、環式ポリフェニレンスルフィドの融点よりも10℃以上高い温度が好ましく、20℃以上高い温度がより好ましい。
【0083】
なお、融点は、示差走査熱量計により測定することができる。
【0084】
環式ポリフェニレンスルフィドに含まれる、異なるmを有する前記(B)式の含有量にもよるが、加熱重合温度の下限としては、180℃以上が例示でき、好ましくは200℃以上、より好ましくは220℃以上、さらに好ましくは240℃以上である。この温度範囲では、環式ポリフェニレンスルフィドが溶融解し、短時間で回転成形体を得ることができる。一方、温度が高すぎると環式ポリフェニレンスルフィド間、加熱により生成したPPS間、及びPPSと環式ポリフェニレンスルフィド間等での架橋反応や分解反応に代表される好ましくない副反応が生じやすくなる傾向にあり、得られるPPS樹脂の特性が低下する場合があるため、このような好ましくない副反応が顕著に生じる温度は避けることが望ましい。加熱温度の上限としては、400℃以下が例示でき、好ましくは350℃以下である。さらに、本発明の好ましい回転成形方法によれば、加熱重合温度は320℃以下で行うことも可能であり、好ましくは300℃以下、より好ましくは270℃以下、さらに好ましくは260℃以下といった極めて低い加熱重合温度の採用も可能となる。このような温度以下では、好ましくない副反応による得られるPPS樹脂の特性への悪影響を抑制できる傾向にある。
【0085】
また回転方法としては、水平及び垂直の方向へ一軸または同時二軸回転、あるいは斜角回転を与えることができる。また回転成形時の回転数は特に制限はないが、通常1〜100rpmが好ましく、この範囲であれば金型内壁に均一に環式ポリフェニレンスルフィド混合物を付着させ、溶融・重合させることができる。
【0086】
成形金型内での環式ポリフェニレンスルフィド混合物の加熱による高重合度体への転化の際の雰囲気は、非酸化性雰囲気で行うことが好ましい。非酸化性雰囲気とは環式ポリフェニレンスルフィド混合物が接する気相における酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、さらに好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、すなわち窒素、ヘリウム、アルゴンなどの不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。このような条件下で行う場合、重合触媒である遷移金属化合物の酸化等の副反応を防ぐことができ、さらに環式ポリフェニレンスルフィド間、加熱により生成したPPS間、及びPPSと環式ポリフェニレンスルフィド間等で架橋反応や分解反応等の好ましくない副反応の発生を抑制できる傾向にある。
【0087】
成形金型内での環式ポリフェニレンスルフィド混合物の加熱は、非酸化性雰囲気下であれば大気圧下には限定されず、加圧条件下で行うことも好ましい。加圧条件下とは反応を行う系内が大気圧よりも高いことを指し、上限としては特に制限はないが、反応装置の取り扱いの容易さの面からは0.2MPa以下が好ましい。加熱を加圧条件下で行う場合、加熱時に重合触媒が揮散しにくい傾向にある点で好ましい。
【0088】
また、成形金型内での環式ポリフェニレンスルフィド混合物の加熱は減圧条件下で行うことも好ましい。また、減圧条件下で行う場合、反応系内の雰囲気を一度非酸化性雰囲気としてから減圧条件にすることが好ましい。減圧条件下とは反応を行う系内が大気圧よりも低いことを指し、上限としては50kPa以下が好ましく、20kPa以下がより好ましく、10kPa以下がさらに好ましい。下限としては0.1kPa以上が例示でき、0.2kPa以上がより好ましい。減圧条件が好ましい下限以上では、環式ポリフェニレンスルフィドに含まれる分子量の低い前記(B)式の環式化合物が揮散しにくく、一方好ましい上限以下では、架橋反応等好ましくない副反応が起こりにくい傾向にあり、最終的に得られる回転成形品の厚みむらや機械物性等の面で優れた特性を有するPPS樹脂を得ることができるが、加熱重合温度等の条件及び用いる遷移金属化合物、配位子、助触媒種によっては、これら成分が気化や昇華によって反応系内から失われない圧力の範囲内に設定することが好ましい。
【0089】
また、重合触媒として低原子価鉄化合物を用いる際には、成形金型内での環式ポリフェニレンスルフィド混合物の加熱は水分を含まない条件下で行うことが好ましい。環式ポリフェニレンスルフィド及び添加する鉄化合物が接する気相に含まれる好ましい水分量としては1重量%以下、より好ましくは0.5重量%以下、さらに好ましくは0.1重量%以下であり、水分を実質的に含有しないことがよりいっそう好ましい。環式ポリフェニレンスルフィド中に含まれる水分量、重合触媒中に含まれる水分量、重合触媒中に水和物として含まれる水分量の合計量の、添加した重合触媒に対するモル比は、9以下が好ましく、好ましくは6以下、より好ましくは3以下、さらに好ましくは1以下、よりいっそう好ましくは0.1以下であり、水分を実質的に含有しないことがなおいっそう好ましい。この水分量以下であれば、低原子価鉄化合物の酸化反応や加水分解反応などの副反応を防ぐことができる。
【0090】
上記の水分量は、カール・フィッシャー法により定量が可能である。また、環式ポリフェニレンスルフィド及び添加する鉄化合物が接する気相に含まれる水分量は、気相の温度及び相対湿度からも算出できる。また、環式ポリフェニレンスルフィド中に含まれる水分量、重合触媒中に含まれる水分量は、赤外線水分計を用いることや、ガスクロマトグラフィーによっても定量が可能であるし、環式ポリフェニレンスルフィド、重合触媒を100〜110℃程度の温度で加熱した際の、加熱前後の重量変化からも求めることができる。
【0091】
成形金型内での加熱重合時間としては使用する環式ポリフェニレンスルフィドにおける前記(B)式の環式化合物の含有率や繰り返し数(m)、及び分子量等の各種特性、使用する重合触媒の種類、また、加熱重合温度等の条件によって異なるため一様には規定できないが、前記した好ましくない副反応がなるべく起こらないように設定することが好ましい。加熱重合時間としては1分以上180分以下が例示でき、1分以上150分以下が好ましく、1分以上120分以下がより好ましい。本発明の好ましい回転成形方法によれば、成形金型内での加熱は120分以下で行うことも可能である。加熱時間としては120分以下、さらには60分以下、30分以下、20分以下、10分以下が例示できる。1分以上では環式ポリフェニレンスルフィドはPPSへ十分に転化し、180分以下では、回転成形加工時間が短く、生産性が高く、好ましくない副反応による得られるPPSの特性への悪影響を抑制できる傾向にある。
【0092】
本発明の方法により、環式ポリフェニレンスルフィド混合物を成形金型内で回転しながら加熱重合することで高品質な高分子量化したPPS回転成形体を得ることができるが、この時得られる高分子量化したPPSの好ましい化学構造としては、前記構造式(A)で示される繰り返し単位を主要構成単位とする、好ましくは当該繰り返し単位を70モル%以上、より好ましくは80モル%以上、さらに好ましくは90モル%以上含有するホモポリマーまたはコポリマーである。上記繰り返し単位が70モル%以上では、PPS樹脂本来の耐熱性、耐薬品性、機械特性が得られるため好ましい。
【0093】
またPPSはその繰り返し単位の30モル%未満を、式、−(Ar−S)−の繰り返し単位等で構成することも可能であり、該繰り返し単位等をランダムに含んでもよいし、ブロックで含んでもよく、それらの混合物のいずれかであってもよい。Arとしては前記式(C)〜(M)等で表される単位等がある。
【0094】
さらにPPSは前記構造式(A)で示される繰り返し単位を主要構成単位とする限り、前記式(N)〜(P)等で表される少量の分岐単位または架橋単位を含むことができる。これら分岐単位または架橋単位の共重合量は、前記構造式(A)の単位1モルに対して0〜1モル%の範囲であることが好ましい。また、本発明におけるPPSは上記繰り返し単位を含むランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物のいずれかであってもよい。
【0095】
本発明の回転成形方法において、環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化率の好ましい範囲はPPSの分子量により変化するため一意的に定めることはできないが、70%以上であることが好ましく、80%以上がより好ましく、90%以上がさらに好ましい。転化率が70%以上では優れた機械強度、PPS樹脂本来の特性を有する回転成形体を得ることができる。
【0096】
本方法により得られるPPSの分子量の好ましい範囲は、環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化率により変化するため一意的に定めることはできないが、最終的に得られる回転成形体の機械物性やPPS樹脂本来の特徴を維持する観点からも、重量平均分子量(Mw)で10,000以上、好ましくは15,000以上、より好ましくは17,000以上、さらに好ましくは20,000以上、よりいっそう好ましくは25,000以上、さらにいっそう好ましくは30,000以上である。重量平均分子量が10,000以上では得られる回転成形品の機械強度が高く、PPS樹脂本来の特性が得られる。重量平均分子量の上限に特に制限は無いが、1,000,000未満を好ましい範囲として例示でき、より好ましくは500,000未満、更に好ましくは200,000未満であり、この範囲内では優れた機械強度、PPS樹脂本来の特性を有する回転成形体を得ることができる。
【0097】
本発明の回転成形方法で得られるPPSは、分子量分布の広がり、即ち重量平均分子量と数平均分子量の比(重量平均分子量/数平均分子量)で表される分散度が狭い特長を有する。本発明の製法で得られるPPSの分散度は2.5以下が好ましく、2.3以下がより好ましく、2.1以下がさらに好ましく、2.0以下がよりいっそう好ましい。分散度が2.5以下ではPPSに含まれる低分子成分の量が少なくなる傾向が強く、このことは回転成形品の機械特性向上、加熱した際のガス発生量の低減及び溶剤と接した際の溶出成分量の低減等の要因になる傾向にある。なお、前記重量平均分子量及び数平均分子量は例えば示差屈折率検出器を具備したSEC(サイズ排除クロマトグラフィー)を使用して求めることができる。
【0098】
このように成形金型内で回転しながら加熱重合し、高分子量化させた後、金型を回転させたまま冷却することにより樹脂層を固化させた後、金型を開いて成形品を取り出すことにより、PPS樹脂からなる回転成形体を製造することができる。
【0099】
<その他の成分>
本発明の環式ポリフェニレンスルフィドには、本発明の効果を損なわない範囲で、必要に応じてさらに繊維状及び/または非繊維状充填材を配合することができる。その配合量は、環式ポリフェニレンスルフィド100重量部に対し400重量部までの範囲で配合することが可能であり、より高い機械的性質、寸法安定性等を得る意味においては、環式ポリフェニレンスルフィド100重量部に対し維状及び/または非繊維状充填材を0.1〜350重量部配合することが好ましい。
【0100】
本発明において必要に応じて配合される繊維状及び/または非繊維状充填材としては、ガラス繊維、炭素繊維、チタン酸カリウィスカ、酸化亜鉛ウィスカ、アルミナ繊維、炭化珪素繊維、セラミック繊維、アスベスト繊維、石コウ繊維、金属繊維等の繊維状充填剤、ワラステナイト、セリサイト、カオリン、マイカ、クレー、ベントナイト、アスベスト、タルク、アルミナシリケート等の珪酸塩、アルミナ、酸化珪素、酸化マグネシウム、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化鉄等の金属化合物、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、ドロマイト等の炭酸塩、硫酸カルシウム、硫酸バリウム等の硫酸塩、ガラス・ビーズ、セラミックビ−ズ、窒化ホウ素、炭化珪素、燐酸カルシウム及びシリカ等の非繊維状充填剤が挙げられ、これらは中空であってもよく、さらにはこれら充填剤を2種類以上併用することも可能である。また、これら繊維状及び/または非繊維状充填材をシラン系あるいはチタネート系等のカップリング剤で予備処理して使用することは、機械的強度等の面からより好ましい。
【0101】
本発明の環式ポリフェニレンスルフィドには、本発明の効果を損なわない範囲において、酸化防止剤、熱安定剤、滑剤、可塑剤、結晶核剤、紫外線防止剤、着色剤、難燃剤等の通常の添加剤を添加することができる。また、本発明のPPS樹脂組成物は本発明の効果を損なわない範囲で、ポリアミド、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、四フッ化ポリエチレン、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリカーボネート、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリプロピレン、ABS樹脂、ポリエステル、ポリアミドエラストマ、ポリエステルエラストマ等の樹脂を含んでも良い。
【0102】
さらに本発明の環式ポリフェニレンスルフィドには、本発明の効果を損なわない範囲で、機械的強度及びバリ等の成形性等の改良を目的として、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリエトキシシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリエトキシシラン、γ−ウレイドプロピルトリエトキシシラン、γ−ウレイドプロピルトリメトキシシシラン及びγ−(2−ウレイドエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルトリエトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルトリメトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルメチルジメトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルメチルジエトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルエチルジメトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルエチルジエトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルトリクロロシラン等の有機シラン化合物を添加することができる。
【0103】
前述する各種添加剤の混合方法は、特に限定されるものではないが、例えば、環式ポリフェニレンスルフィド及び必要に応じてその他の添加剤等を予めブレンドしたり、ブレンド後、一軸または二軸押出機、バンバリミキサー等の混合機で加熱、溶融混合することができる。
【0104】
本発明の環式ポリフェニレンスルフィドの回転成形により、優れた特性を有した回転成形体を従来の回転成形方法に対し低温、短時間で回転成形体を得ることができ、回転成形性が飛躍的に向上する。
【0105】
本発明の回転成形体は、樹脂層を内面にライニングした金属性容器であってもよいし、また成形品の外側や内側に、その他の種類の樹脂層を被覆することもできる。その樹脂層は本発明の回転成形の前に設けられていても、また本発明の回転成形後に設けられていてもよい。
【0106】
このようにして得られる回転成形体は、PPS樹脂の特性である、耐熱性、バリア性、耐薬品性、電気絶縁性、耐湿熱性、難燃性、不純物の非溶出性、非透水性、寸法安定性に優れていることから、灯油、ガソリン等の運搬用容器、自動車二輪車、自動車用等のオイルタンク、ガソリンタンク等の油貯蔵容器、あるいは電気電子等の製造過程において用いられている各種容器、例えば半導体素子や液晶表示素子等の製造工程において用いられる各種容器等の分野に好適に使用することができる。
【実施例】
【0107】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。これら例は例示的なものであって限定的なものではない。
【0108】
<転化率の測定>
環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化率の算出は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて下記方法で行った。
【0109】
環式ポリフェニレンスルフィドの加熱により得られた生成物約10mgを250℃で1−クロロナフタレン約5gに溶解させた。室温に冷却すると沈殿が生成した。孔径0.45μmのメンブランフィルターを用いて1−クロロナフタレン不溶成分を濾過し、1−クロロナフタレン可溶成分を得た。得られた可溶成分のHPLC測定により、未反応の環式ポリフェニレンスルフィド量を定量し、環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化率を算出した。HPLCの測定条件を以下に示す。
装置:島津株式会社製 LC−10Avpシリーズ
カラム:Mightysil RP−18 GP150−4.6(5μm)
検出器:フォトダイオードアレイ検出器(UV=270nm)。
【0110】
<分子量測定>
PPS及び環式ポリフェニレンスルフィドの分子量はサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)の一種であるゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により、ポリスチレン換算で算出した。GPCの測定条件を以下に示す。
装置:センシュー科学 SSC−7100
カラム名:センシュー科学 GPC3506
溶離液:1−クロロナフタレン
検出器:示差屈折率検出器
カラム温度:210℃
プレ恒温槽温度:250℃
ポンプ恒温槽温度:50℃
検出器温度:210℃
流量:1.0mL/min
試料注入量:300μL (スラリー状:約0.2重量%)。
【0111】
<X線吸収微細構造(XAFS)の測定>
遷移金属化合物のX線吸収微細構造の測定は下記条件で行った。
実験施設:高エネルギー加速器研究機構 放射光科学研究施設
分光器:Si(111)2結晶分光器
吸収端:Pd−L3(3180eV)吸収端、Fe K (7113eV) 吸収端
使用検出器:イオンチャンバー及びライトル検出器。
解析条件(Pd):E0:3173.0eV、pre−edge range:−10〜−5eV、normalization range:18〜27eV。
【0112】
<融点の測定>
環式ポリフェニレンスルフィドの融点の測定は下記条件で行った。なお、試料は2mm以下の細粒物を用いた。
装置:パーキンエルマー社製 DSC7
測定雰囲気:窒素気流下
試料仕込み重量:約10mg
測定条件
(a)プログラム温度50℃で1分保持
(b)プログラム温度50℃から400℃まで昇温(昇温速度20℃/分)(ここでの吸熱におけるピーク温度を融点とする)
【0113】
<回転成形>
本発明の実施例、比較例で用いた回転成形機の概略図を図1に示す。図1に示したように、回転成形装置の内径70mm、長さ150mmの円筒状金型1内に、本発明の環式ポリフェニレンスルフィドの粉体を200gを入れ、窒素フローにより窒素置換した。なお金型1はあらかじめ加熱重合温度に設定し、加熱した。金型1は回転軸2によって支えられ、モーター3によって水平に回転される。金型1は原料を粉体状態で投入後、加熱炉4内に設置した。なお加熱炉4はあらかじめ環式ポリフェニレンスルフィドの加熱重合温度に設定した。その後、加熱炉4内で、回転数30rpmで回転させながら、所定時間加熱重合させた。この時の時間を加熱重合時間と定義する。その後、加熱炉4を200℃まで空冷し、回転を停止した後、加熱炉4から金型1を取り出し水冷した。その後、常温まで冷却後、成形品を取り出した。
【0114】
参考例1(環式ポリフェニレンスルフィドの調製)
撹拌機付きのオートクレーブに、47.5%水硫化ナトリウム82.7kg(700モル)、96%水酸化ナトリウム29.6kg(710モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)114.4kg(1156モル)、酢酸ナトリウム17.2kg(210モル)、及びイオン交換水105kgを仕込み、常圧で窒素を通じながら約240℃まで約3時間かけて徐々に加熱し、精留塔を介して水148kg及びNMP2.8kgを留出した後、反応容器を160℃に冷却した。なお、この脱液操作の間に仕込んだイオウ成分1モル当たり0.02モルの硫化水素が系外に飛散した。
【0115】
次に、p−ジクロロベンゼン103kg(703モル)、NMP90.0kg(910モル)を加え、反応容器を窒素ガス下に密封した。240rpmで撹拌しながら、0.6℃/分の速度で270℃まで昇温し、この温度で140分保持した。水12.6kg(700モル)を15分かけて圧入しながら250℃まで1.3℃/分の速度で冷却した。その後220℃まで0.4℃/分の速度で冷却してから、室温近傍まで急冷し、スラリー(A)を得た。このスラリー(A)を200kgのNMPで希釈しスラリー(B)を得た。
【0116】
80℃に加熱したスラリー(B)100kgをふるい(80mesh、目開き0.175mm)で濾別し、メッシュオン成分としてスラリーを含んだ顆粒状PPS樹脂を、濾液成分としてスラリー(C)を約75kg得た。
【0117】
得られたスラリー(C)のうち、50kgを脱揮装置に仕込み、窒素で置換してから、減圧下100〜150℃で1.5時間処理した後に、真空乾燥機で150℃、1時間処理して固形物を得た。
【0118】
この固形物にイオン交換水60kg(スラリー(C)の1.2倍量)を加えた後、70℃で30分撹拌して再スラリー化した。ラジオライト#800S(昭和化学工業株式会社製)150gをイオン交換水500gに分散させた分散液を目開き10〜16μmのフィルターで吸引濾過することで、フィルター上にラジオライトを積層し、これを用いてスラリーを固液分離した。得られた褐色のケークにイオン交換水60kgを加えて70℃で30分撹拌して再スラリー化し、同様に吸引濾過後、70℃で5時間真空乾燥して乾燥固体を700g得た。
【0119】
得られた乾燥固体700gを、溶剤としてクロロホルム16.8kgを用いて浴温約30℃で5時間撹拌することで、溶剤と接触させた。ついで濾過を行い、抽出液を得た。この抽出液から約14kgのクロロホルムを留去した後、これをメタノール35kgに撹拌しながら約10分かけてゆっくりと滴下した。滴下終了後、約15分間攪拌を継続した。沈殿物を目開き10〜16μmのフィルターで吸引濾過して回収し、得られた白色ケークを70℃で3時間真空乾燥して白色粉末を210g得た。白色粉末の収率は用いたポリフェニレンスルフィド混合物に対して31%であった。
【0120】
この白色粉末の赤外分光分析における吸収スペクトルより、白色粉末はフェニレンスルフィド単位からなる化合物であることを確認した。また、高速液体クロマトグラフィー(測定条件は転化率の測定と同様)より成分分割した成分のマススペクトル分析、更にMALDI−TOF−MSによる分子量情報より、この白色粉末はp−フェニレンスルフィド単位を主要構成単位とし繰り返し単位数5、6、7の環式化合物を重量分率でそれぞれ約12%、約12%、約27%、繰り返し単位数8〜12の環式化合物を重量分率で約43%含む環式ポリフェニレンスルフィドであることがわかった。融点の測定では214℃に吸熱の主ピークが観察された。
【0121】
実施例1
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィドに、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対してトリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウムを1モル%混合した粉体を、あらかじめ加熱重合温度と同じ温度(300℃)に加熱した金型に入れ、300℃で10分間、回転数30rpmで、回転成形機内で加熱重合させることにより、内径70mm、長さ150mmの円筒状の回転成形品を得た。
【0122】
成形品の特性を表1に示した。成形品から平面部分を切り取り得たPPSを用いた転化率測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化率は87%であることがわかった。なお、成形品がPPSであることは赤外分光分析における吸収スペクトルより確認した。また、成形品は、1−クロロナフタレンに250℃で可溶であり、ポリフェニレンスルフィドの分岐単位または架橋単位が少ないことがわかった。GPC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドに由来するピークと生成したポリマー(PPS)のピークが確認でき、得られたPPSの重量平均分子量は44,100、分散度は1.9であることがわかった。また、トリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウムのX線吸収微細構造解析の結果、規格化後のX線吸収端近傍の吸収係数のピーク極大値は3.43であった。本発明によれば、加熱重合温度300℃という条件において10分間という短時間の加熱で回転成形体を得ることが可能であった。
【0123】
実施例2
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィドに、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対して塩化鉄(III)を2モル%、空気中で混合した粉体を、あらかじめ加熱重合温度と同じ温度(300℃)に加熱した金型に入れ、300℃で10分間、回転数30rpmで、回転成形機内で加熱重合させることにより、内径70mm、長さ150mmの円筒状の回転成形品を得た。
【0124】
成形品の特性を表1に示した。成形品から平面部分を切り取り得たPPSを用いた転化率測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化率は79%であることがわかった。なお、成形品がPPSであることは赤外分光分析における吸収スペクトルより確認した。また、成形品中のPPS成分は1−クロロナフタレンに250℃で可溶であり、ポリフェニレンスルフィドの分岐単位または架橋単位が少ないことがわかった。
【0125】
GPC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドに由来するピークと生成したポリマー(PPS)のピークが確認でき、得られたPPSの重量平均分子量は27,200、分散度は2.4であることがわかった。本発明によれば、加熱重合温度300℃という条件において10分間という短時間の加熱で回転成形体を得ることが可能であった。
【0126】
また、成形品から平面部分を切り取り得たPPSを用いたXAFS測定を行い、鉄化合物の価数状態及び鉄原子近傍の構造を解析した。その結果、XANESに関する吸収スペクトルにおいて、形状は異なるが塩化鉄(II)と同様の位置にメインピークが認められ、動径分布関数では0.16nm付近に塩化鉄(III)、塩化鉄(II)四水和物と同様の特徴と考えられるメインピーク、0.21nm付近に塩化鉄(II)、塩化鉄(II)四水和物と同様の特徴と考えられるサブピークが認められた。このことから、III価の鉄化合物とともにII価の鉄化合物である塩化鉄(II)が存在することが確認され、回転成形時に系内で塩化鉄(III)から低原子価の鉄(II)成分が生成したことがわかった。
【0127】
比較例1
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィドの粉体を、あらかじめ加熱重合温度と同じ温度(300℃)に加熱した金型に入れ、300℃で10分間、回転数30rpmで、回転成形機内で加熱重合させたが、成形品は脆く、金型から取り出すことができなかった。
【0128】
成形品の特性を表1に示した。成形品から平面部分を切り取り得たPPSを用いた転化率測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化率は11%であることがわかった。GPC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドに由来するピークと生成したポリマー(PPS)のピークが確認でき、得られたPPSの重量平均分子量は25,000、分散度は1.8であることがわかった。環式ポリフェニレンスルフィドの重合を促進する重合触媒を添加しない場合、加熱重合温度300℃、加熱重合時間10分間という条件では環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化が不十分であり、回転成形体は得られないことがわかった。
【0129】
比較例2
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィドに、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対してチオフェノールのナトリウム塩を1モル%混合した粉体を、あらかじめ加熱重合温度と同じ温度(300℃)に加熱した金型に入れ、300℃で10分間、回転数30rpmで、回転成形機内で加熱重合させたが、成形品は脆く、金型から取り出すことができなかった。
【0130】
成形品の特性を表1に示した。成形品から平面部分を切り取り得たPPSを用いた転化率測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化率は11%であることがわかった。GPC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドに由来するピークと生成したポリマー(PPS)のピークが確認でき、得られたPPSの重量平均分子量は16,500、分散度は1.8であることがわかった。チオフェノールのナトリウム塩を用いても、加熱重合温度300℃、加熱重合時間10分間という条件では環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化が不十分であり、得られたPPSの重量平均分子量も低く、回転成形体は得られないことがわかった。
【0131】
比較例3
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィドに、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対して2,2’−ジチオビスベンゾチアゾールを1モル%混合した粉体を、あらかじめ加熱重合温度と同じ温度(300℃)に加熱した金型に入れ、300℃で10分間、回転数30rpmで、回転成形機内で加熱重合させたが、成形品は脆く、金型から取り出すことができなかった。
【0132】
成形品の特性を表1に示した。成形品から平面部分を切り取り得たPPSを用いた転化率測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化率は16%であることがわかった。GPC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドに由来するピークと生成したポリマー(PPS)のピークが確認でき、得られたPPSの重量平均分子量は14,700、分散度は1.7であることがわかった。2,2’−ジチオビスベンゾチアゾールは環式ポリフェニレンスルフィドの重合を促進するがその効果は不十分であり、2,2’−ジチオビスベンゾチアゾールを用いても、加熱重合温度300℃、加熱重合時間10分間という条件では環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化が不十分であり、得られたPPSの重量平均分子量も低く、回転成形体は得られないことがわかった。
【0133】
実施例3
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィドに、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対してトリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウムを1モル%混合した粉体を、あらかじめ加熱重合温度と同じ温度(260℃)に加熱した金型に入れ、260℃で10分間、回転数30rpmで、回転成形機内で加熱重合させることにより、内径70mm、長さ150mmの円筒状の回転成形品を得た。
【0134】
成形品の特性を表1に示した。成形品から平面部分を切り取り得たPPSを用いた転化率測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化率は81%であることがわかった。なお、成形品がPPSであることは赤外分光分析における吸収スペクトルより確認した。また、成形品は、1−クロロナフタレンに250℃で可溶であり、ポリフェニレンスルフィドの分岐単位または架橋単位が少ないことがわかった。GPC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドに由来するピークと生成したポリマー(PPS)のピークが確認でき、得られたPPSの重量平均分子量は49,500、分散度は1.8であることがわかった。本発明によれば、加熱重合温度260℃という低温条件においても、わずか10分間という短時間の加熱で回転成形体を得ることが可能であった。
【0135】
実施例4
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィドに、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対してトリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウムを1モル%混合した粉体を、あらかじめ加熱重合温度と同じ温度(300℃)に加熱した金型に入れ、300℃で30分間、回転数30rpmで、回転成形機内で加熱重合させることにより、内径70mm、長さ150mmの円筒状の回転成形品を得た。
【0136】
成形品の特性を表1に示した。成形品から平面部分を切り取り得たPPSを用いた転化率測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化率は88%であることがわかった。なお、成形品がPPSであることは赤外分光分析における吸収スペクトルより確認した。また、成形品は、1−クロロナフタレンに250℃で可溶であり、ポリフェニレンスルフィドの分岐単位または架橋単位が少ないことがわかった。GPC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドに由来するピークと生成したポリマー(PPS)のピークが確認でき、得られたPPSの重量平均分子量は44,700、分散度は2.0であることがわかった。実施例1との比較から、加熱重合時間を10分間から30分間とすることで、環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化率がより高い回転成形体を得ることが可能であることがわかった。
【0137】
実施例5
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィドに、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対して塩化鉄(III)を2モル%、空気中で混合した粉体を、あらかじめ加熱重合温度と同じ温度(300℃)に加熱した金型に入れ、300℃で30分間、回転数30rpmで、回転成形機内で加熱重合させることにより、内径70mm、長さ150mmの円筒状の回転成形品を得た。
【0138】
成形品の特性を表1に示した。成形品から平面部分を切り取り得たPPSを用いた転化率測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化率は86%であることがわかった。なお、成形品がPPSであることは赤外分光分析における吸収スペクトルより確認した。また、成形品中のPPS成分は1−クロロナフタレンに250℃で可溶であり、ポリフェニレンスルフィドの分岐単位または架橋単位が少ないことがわかった。GPC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドに由来するピークと生成したポリマー(PPS)のピークが確認でき、得られたPPSの重量平均分子量は27,500、分散度は2.4であることがわかった。実施例2との比較から、加熱重合時間を10分間から30分間とすることで、環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化率がより高い回転成形体を得ることが可能であることがわかった。
【0139】
実施例6
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィドに、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対してトリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウムを1モル%混合した粉体を、あらかじめ加熱重合温度と同じ温度(300℃)に加熱した金型に入れ、300℃で60分間、回転数30rpmで、回転成形機内で加熱重合させることにより、内径70mm、長さ150mmの円筒状の回転成形品を得た。
【0140】
成形品の特性を表1に示した。成形品から平面部分を切り取り得たPPSを用いた転化率測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化率は90%であることがわかった。なお、成形品がPPSであることは赤外分光分析における吸収スペクトルより確認した。また、成形品は、1−クロロナフタレンに250℃で可溶であり、ポリフェニレンスルフィドの分岐単位または架橋単位が少ないことがわかった。GPC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドに由来するピークと生成したポリマー(PPS)のピークが確認でき、得られたPPSの重量平均分子量は42,200、分散度は1.9であることがわかった。実施例1および実施例4との比較から、加熱重合時間を60分間とすることで、環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化率がより高い回転成形体を得ることが可能であることがわかった。
【0141】
実施例7
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィドに、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対して塩化鉄(III)を2モル%、空気中で混合した粉体を、あらかじめ加熱重合温度と同じ温度(300℃)に加熱した金型に入れ、300℃で60分間、回転数30rpmで、回転成形機内で加熱重合させることにより、内径70mm、長さ150mmの円筒状の回転成形品を得た。
【0142】
成形品の特性を表1に示した。成形品から平面部分を切り取り得たPPSを用いた転化率測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化率は94%であることがわかった。なお、成形品がPPSであることは赤外分光分析における吸収スペクトルより確認した。また、成形品中のPPS成分は1−クロロナフタレンに250℃で可溶であり、ポリフェニレンスルフィドの分岐単位または架橋単位が少ないことがわかった。GPC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドに由来するピークと生成したポリマー(PPS)のピークが確認でき、得られたPPSの重量平均分子量は27,800、分散度は2.4であることがわかった。実施例2および実施例5との比較から、加熱重合時間を60分間とすることで、環式ポリフェニレンスルフィドのPPSへの転化率がより高い回転成形体を得ることが可能であることがわかった。
【0143】
【表1】

【符号の説明】
【0144】
1 円筒状金型
2 回転軸
3 モーター
4 加熱炉
【産業上の利用可能性】
【0145】
以上説明した通り、環式ポリフェニレンスルフィドを遷移金属化合物存在下に、金型内で回転しながら加熱重合することにより、回転成形性が飛躍的に向上した回転成形方法及び該方法により得られる回転成形体を提供するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
環式ポリフェニレンスルフィドを、遷移金属化合物存在下に、金型内で回転しながら加熱重合することを特徴とする回転成形方法。
【請求項2】
遷移金属化合物が0価遷移金属化合物である上記請求項1に記載の回転成形方法。
【請求項3】
0価遷移金属化合物が、周期表第8族から第11族かつ第4周期から第6周期の金属を含む化合物であることを特徴とする請求項2に記載の回転成形方法。
【請求項4】
遷移金属化合物が低原子価鉄化合物である請求項1に記載の回転成形方法。
【請求項5】
低原子価鉄化合物がII価の鉄化合物である請求項4に記載の回転成形方法。
【請求項6】
環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対し、遷移金属化合物を0.001〜20モル%存在下で加熱重合することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の回転成形方法。
【請求項7】
金型内で回転しながら加熱重合する際の加熱温度が環式ポリフェニレンスルフィドの融点以上400℃以下であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の回転成形方法。
【請求項8】
金型内で回転しながら加熱重合する際の加熱温度が環式ポリフェニレンスルフィドの融点以上300℃以下であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の回転成形方法。
【請求項9】
金型内で回転しながら加熱重合する際の加熱温度が環式ポリフェニレンスルフィドの融点以上270℃以下であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の回転成形方法。
【請求項10】
金型内で回転しながら加熱重合する際の加熱温度が環式ポリフェニレンスルフィドの融点以上260℃以下であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の回転成形方法。
【請求項11】
金型内で回転しながら加熱重合する際の加熱時間が1分以上120分以下であることを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の回転成形方法。
【請求項12】
金型内で回転しながら加熱重合する際の加熱時間が1分以上30分以下であることを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の回転成形方法。
【請求項13】
環式ポリフェニレンスルフィドに含まれる下記式中の繰り返し数(m)が4〜50であることを特徴とする請求項1〜12のいずれかに記載の回転成形方法。
【化1】


【図1】
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【公開番号】特開2012−176607(P2012−176607A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−16845(P2012−16845)
【出願日】平成24年1月30日(2012.1.30)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】