説明

ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物およびその製造方法

【課題】ナノメーターオーダーからミクロンオーダーに安定的に構造制御可能なポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を提供する。
【解決手段】(A)特定範囲の分子量、かつ特定範囲のアルカリ金属含量を有するポリフェニレンスルフィド樹脂と、(B)ポリエステル、ポリアミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリカーボネート、ポリエーテルケトン、ポリチオエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホンから選ばれる熱可塑性樹脂からなる樹脂組成物であり、構造周期0.01〜1μmの両相連続構造、または粒子間距離0.01〜1μmの分散構造を有することを特徴とするポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた機械特性を活かして構造材料や、優れた規則性を活かして機能材料として有用に用いることができる、ナノメーターオーダーからミクロンオーダーに構造制御可能なポリフェニレンスルフィド樹脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンスルフィド樹脂(以下PPS樹脂と略す。)は優れた耐熱性、難燃性、耐薬品性、寸法安定性、剛性および電気絶縁性などエンジニアリングプラスチックとして好適な性質を有していることから、射出成形用を中心として各種電気・電子部品、機械部品および自動車部品などの用途に使用されている。
【0003】
しかしながら、PPS樹脂は、脆く、耐衝撃性、機械特性に劣ることが知られており、PPS樹脂の靱性を改良する方法として、他の熱可塑性樹脂を配合する方法が知られている。例えば特許文献1には、PPS樹脂と熱可塑性ポリエステル系樹脂からなる組成物、特許文献2には、PPS樹脂とポリカーボネート系樹脂からなる組成物、特許文献3には、PPS樹脂とポリアミド系樹脂からなる組成物が開示されている。しかしながら、いずれの樹脂を用いても単純に配合するのみではPPS樹脂との相溶性が悪く、靱性改良に十分な効果が得られていないのが現状である。
【0004】
また特許文献4には、PPS樹脂とポリカーボネート、ポリスルホン、ポリエーテルケトンから選ばれる熱可塑性樹脂を特定の溶融混練条件下で混練することで、両相が連続的に連なった構造を有するPPS樹脂組成物が開示されている。しかしながら本法により得られる両相連続構造は数マイクロメートル程度のものであり、またその構造の規則性も低いものであるため、靱性改良に十分な効果が得られていないのが現状である。
【0005】
一方、ナノメーターオーダーに構造を制御したPPS樹脂組成物として、特許文献5には、スピノーダル分解あるいは核生成と成長により相分解させ、構造周期0.01〜1μmの両相連続構造、または粒子間距離0.01〜1μmの分散構造を形成させたPPS樹脂組成物が記載されている。しかしながら同公報記載の発明ではPPS樹脂は、本発明で用いる重量平均分子量(Mw)が1万以上、重量平均分子量/数平均分子量(Mn)で表される分散度が2.5以下であり、かつアルカリ金属含量が50ppm以下のPPS樹脂の使用は記載されていない。
【0006】
PPS樹脂の具体的な製造方法として、N−メチル−2−ピロリドンなどの有機アミド溶媒中で硫化ナトリウムなどのアルカリ金属硫化物とp−ジクロロベンゼンなどのポリハロ芳香族化合物とを反応させる方法が提案されており、この方法はPPS樹脂の工業的製造方法として幅広く利用されている。しかしながら、この方法では低分子量で溶融粘度の低いPPS樹脂しかえられず、また、このPPS樹脂は低分子量成分を多く含み、重量平均分子量と数平均分子量の比で表される分散度が非常に大きく、分子量分布の広いものである。そのため、成形加工用途に用いた場合、十分な機械特性が発現せず、また加熱した際のガス成分が多い、溶剤と接した際の溶出成分量が多い等の問題が生じていた。さらに、この製造方法では塩化ナトリウム等の副生塩が多量に生成するため、重合反応後には副生塩の除去工程が必要であるが公知の処理では副生塩の完全な除去が難しく、市販の汎用的なPPS樹脂中にはアルカリ金属含有量で1000〜3000ppm程度が含有されている。このように生成ポリマー中にアルカリ金属塩が残存していると、PPS樹脂と熱可塑性樹脂とをポリマーアロイ化すると、熱安定性に劣り、構造周期0.01〜1μmの両相連続構造、または粒子間距離0.01〜1μmの分散構造を保つことが困難な問題が生じ、その改善が望まれていた。
【0007】
上記製造方法によるPPS樹脂の課題である溶融粘度の低さを改善するためには、例えば空気中のような酸化性雰囲気下で気相酸化処理することで架橋構造を形成し高分子量化する工程が必要であり、プロセスがさらに煩雑になるとともに生産性の低下を招いていた(例えば、特許文献6参照)。
【0008】
前記PPS樹脂の問題点の一つ、即ち、PPS樹脂が低分子量成分を多く含み分子量分布が広い点を改善する方法として、不純物を含有するPPS樹脂の混合物をPPS樹脂が溶融相をなす最低温度よりも高い状態で、PPS樹脂を含むポリマー溶融相と溶媒を主とする溶媒相に相分離せしめることで不純物を熱抽出に付すことにより精製する方法、または冷却後に顆粒状ポリマーを析出させて回収する方法が提案されている。これら方法では熱抽出効果により不純物が抽出されるため、PPS樹脂の金属含量の低減、及び分子量分布が狭くなることが期待されるがその効果は不十分であり、また、高価な有機溶剤を使用する方法のためプロセスが煩雑であった。また、この方法ではPPS樹脂の含む低分子量成分量は確かに低減するが、その効果は不十分であり、特にPPS樹脂を加熱した際の重量減少率が大きく、ガス成分が多いため成形加工性の悪化を引き起こすことが多く、さらに機械的強度が不十分であるという問題があった(例えば特許文献7及び8)。
【0009】
また、狭い分子量分布を有するPPS樹脂の製造方法として、環状アリーレンスルフィドオリゴマーをイオン性の開環重合触媒下で、加熱開環重合する方法が開示されている。この方法では前記特許文献7及び8とは異なり、煩雑な有機溶剤洗浄操作を行わずに狭い分子量分布を有するPPS樹脂を得ることが期待でき、また、低分子量成分の少ないPPS樹脂を得ることが期待できる。しかしながらこの方法ではPPS樹脂の合成においてチオフェノールのナトリウム塩等、硫黄のアルカリ金属塩を開環重合触媒として用いるため、得られるPPS樹脂にアルカリ金属が多量に残留するという問題があった。またこの方法において開環重合触媒の使用量を低減することでPPS樹脂へのアルカリ金属残留量を低減しようとした場合、得られるPPS樹脂の分子量が不十分となる問題があった。さらに、この方法により得られるPPS樹脂を加熱した際の重量減少率については何ら開示はないが、該方法で用いる開始剤はPPS樹脂と比較して分子量が低いため、該方法で得られるPPS樹脂を加熱した際の重量減少が大きく、ガス発生量が多く、これは成形加工性や機械強度の低下を招く要因となっていた。(例えば特許文献9及び10)。
【0010】
前記方法で得られるPPS樹脂の問題点、すなわちPPS樹脂へのアルカリ金属残留量を低減する方法として、加熱により硫黄ラジカルを発生する重合開始剤の存在下で環状の芳香族チオエーテルオリゴマーを開環重合するPPS樹脂の製造方法が開示されている。この方法では重合開始剤に非イオン性化合物を用いるため、得られるPPS樹脂のアルカリ金属含有量が低減されると思われる。しかしながら、該方法で得られるPPS樹脂のガラス転移温度は85℃と低く、これは分子量が低く、該PPS樹脂が低分子量成分を多量に含むためと思われる。さらに、該方法では得られるPPS樹脂を加熱した際の重量減少率については何ら開示が無いが、該方法で用いる重合開始剤はPPS樹脂と比較して分子量が低く、また熱安定性も劣るため、この方法で得られるPPS樹脂を加熱した際には多量のガスが発生し、成形加工性が劣る懸念があった(例えば特許文献11)。
【0011】
また、モノマー源として環状PPS樹脂と線状PPS樹脂の混合物を加熱するPPS樹脂の重合方法も知られている(非特許文献1)。この方法はPPS樹脂の安易な重合法であるが、得られるPPS樹脂の重合度は低く実用に適さないPPS樹脂であった。該文献では加熱温度を高くすることで重合度の向上が見られることが開示されているが、それでもなお実用に適した分子量には到達しておらず、また、この場合は架橋構造の生成が回避できず、熱的特性の劣るPPS樹脂しか得られないことが指摘されており、より実用に適した品質の高いPPS樹脂の重合方法が望まれていた。
【0012】
一方、PPS樹脂を加熱した際の重量減少率を減ずる方法として、PPS樹脂を熱処理する方法について従来から多くの提案がなされており、たとえばPPS樹脂を酸素雰囲気下、融点未満で熱処理する方法や、PPS樹脂を不活性ガス雰囲気下、融点未満で熱処理する方法などが開示されている(たとえば特許文献12及び13)。これらの方法で得られるPPS樹脂は、確かに熱処理を施さないPPS樹脂と比較して加熱した際の重量減少率が低減する傾向にあるが、それでもなお加熱した際の重量減少率は満足できる水準ではなかった。さらにこの方法で得られるPPS樹脂は低分子量成分を多く含み、重量平均分子量と数平均分子量の比で表される分散度が非常に大きく、分子量分布の広いポリマーであって、且つアルカリ金属含有量もはなはだ多い純度の低い物であるという問題も解決されていなかった。
【0013】
PPS樹脂を熱処理する別の方法としてはベント口を有する押出機を用いてPPS樹脂の溶融押出をする際にベント口を窒素でパージしつつ、ベント口を減圧に保ちながら溶融押出を行うことで得られるPPS樹脂ペレットが開示されている(たとえば特許文献14)。この方法では熱処理をPPS樹脂の融点以上の減圧条件下で行っているため、熱処理中のデガス効果に優れ、この方法で得られるPPS樹脂は加熱した際の重量減少率が低減できることが期待できるが、その水準はいまだなお満足できるものではなかった。さらに、この方法によるPPS樹脂ペレットも前記のPPS樹脂と類似の分子量分布特性及びアルカリ金属含有量特性を有し、純度が十分に高いとは言い難いものであった。
【特許文献1】特開昭59−58052号公報(第1頁)
【特許文献2】特開昭51−59952号公報(第1頁)
【特許文献3】特開昭53−69255号公報(第1頁)
【特許文献4】特開2000−248179号公報(第2頁)
【特許文献5】特開2003−113307号公報(第2頁)
【特許文献6】特公昭45−3368号公報(第7〜13頁)
【特許文献7】特公平1−25493号公報 (第23頁)
【特許文献8】特公平4−55445号公報 (第3〜4頁)
【特許文献9】特許第3216228号明細書 (第7〜10頁)
【特許文献10】特許第3141459号明細書(第5〜6頁)
【特許文献11】米国特許第5869599号明細書(第27〜28頁)
【特許文献12】米国特許第3793256号明細書(第2頁)
【特許文献13】特開平3−41152号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献14】特開2000−246733号公報 (第4頁)
【非特許文献1】Polymer,vol.37,no.14,1996年(第3111〜3116頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、前述した従来技術における問題点の解決を課題として検討した結果、達成されたものである。従って本発明は、優れた機械特性を活かして構造材料や、優れた規則性を活かして機能材料として有用に用いることができる、ナノメーターオーダーからミクロンオーダーに安定的に構造制御可能なポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題に対し、本発明は、以下のとおりである。
(1)(A)重量平均分子量(Mw)が1万以上、重量平均分子量/数平均分子量(Mn)で表される分散度が2.5以下であり、かつアルカリ金属含量が50ppm以下であるポリフェニレンスルフィド樹脂、(B)ポリエステル、ポリアミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリカーボネート、ポリエーテルケトン、ポリチオエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホンから選ばれる1種以上の熱可塑性樹脂からなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物であり、該ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物が構造周期0.01〜1μmの両相連続構造、または粒子間距離0.01〜1μmの分散構造を有することを特徴とするポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、
(2)(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂、(B)ポリエステル、ポリアミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリカーボネート、ポリエーテルケトン、ポリチオエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホンから選ばれる1種以上の熱可塑性樹脂の合計量に対して、(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂が50重量%以上であることを特徴とする上記(1)に記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、
(3)ポリフェニレンスルフィド樹脂に含まれるアルカリ金属がナトリウムであることを特徴とする上記(1)または(2)記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、
(4)ポリフェニレンスルフィド樹脂を加熱した際の発生ガス成分中のラクトン型化合物がポリフェニレンスルフィド重量基準で500ppm以下であり、アニリン型化合物がポリフェニレンスルフィド重量基準で300ppm以下であることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれか1項記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、
(5)ポリフェニレンスルフィド樹脂が、下記一般式(1)で表される環状ポリフェニレンスルフィド混合物を、溶融加熱することにより得られたポリフェニレンスルフィド樹脂であることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれか1項記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、
【0016】
【化1】

【0017】
(mは4〜20の整数、mは4〜20の混合物でもよい。)
(6)スピノーダル分解によって相分離せしめた、少なくとも2成分の樹脂からなり、かつポリフェニレンスルフィド樹脂を1種以上含むポリフェニレンスルフィド樹脂組成物であり、上記スピノーダル分解の初期過程において構造周期0.001〜0.1μmの両相連続構造を形成後、さらに構造周期0.01〜1μmの両相連続構造、または粒子間距離0.01〜1μmの分散構造まで発展せしめたものであることを特徴とする上記(1)〜(5)のいずれか1項記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、
(7)前記ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物が、溶融混練を経て製造されたものである上記(1)〜(6)いずれか1項記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、
(8)前記スピノーダル分解が、溶融混練時の剪断下では相溶し、吐出後の非剪断下で相分離するものである上記(6)記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物であり、また
(9)(A)重量平均分子量(Mw)が1万以上、重量平均分子量/数平均分子量(Mn)で表される分散度が2.5以下であり、かつアルカリ金属含量が50ppm以下であるポリフェニレンスルフィド樹脂、(B)ポリエステル、ポリアミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリカーボネート、ポリエーテルケトン、ポリチオエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホンから選ばれる1種以上の熱可塑性樹脂からなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物をスピノーダル分解により相分離せしめるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の製造方法であって、スピノーダル分解の初期過程において構造周期0.001〜0.1μmの両相連続構造を形成後、さらに構造周期0.01〜1μmの両相連続構造、または粒子間距離0.01〜1μmの分散構造まで発展せしめることを特徴とするポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の製造方法、
(10)(A)重量平均分子量(Mw)が1万以上、重量平均分子量/数平均分子量(Mn)で表される分散度が2.5以下であり、かつアルカリ金属含量が50ppm以下であるポリフェニレンスルフィド樹脂、(B)ポリエステル、ポリアミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリカーボネート、ポリエーテルケトン、ポリチオエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホンから選ばれる1種以上の熱可塑性樹脂からなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を溶融混練することによりスピノーダル分解を誘発することを特徴とする上記(9)記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の製造方法、
(11)溶融混練時の剪断下で少なくとも2成分の樹脂を相溶し、吐出後の非剪断下で相分離することを特徴とする上記(10)記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の製造方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、優れた機械特性を活かして構造材料や、優れた規則性を活かして機能材料として有用に用いることができる、ナノメーターオーダーからミクロンオーダーに安定的に構造制御可能なポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
(1)ポリフェニレンスルフィド樹脂(PPS樹脂)
本発明のPPS樹脂とは、構造式(2)で示される繰り返し単位を70モル%以上、より好ましくは90モル%以上を含む重合体であり、上記繰り返し単位が70モル%未満では、耐熱性が損なわれるので好ましくない。
【0020】
【化2】

【0021】
またPPS樹脂はその繰り返し単位の30モル%未満を、下記の構造式を有する繰り返し単位等で構成することが可能である。
【0022】
【化3】

【0023】
本発明のPPS樹脂の分子量は、重量平均分子量で10,000以上、好ましくは15,000以上、より好ましくは18,000以上である。重量平均分子量が10,000未満では機械強度等の特性が低くなる。重量平均分子量の上限に特に制限は無いが、1,000,000未満を好ましい範囲として例示でき、より好ましくは500,000未満、更に好ましくは200,000未満であり、この範囲内では高い機械強度を得ることができる。
【0024】
本発明におけるPPS樹脂の分子量分布の広がり、すなわち重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比(Mw/Mn)で表される分散度は2.5以下が好ましく、より好ましくは2.3以下、さらに好ましくは2.1以下であり、特に好ましくは2.0以下である。分散度が2.5を超える場合はPPS樹脂に含まれる低分子量成分の量が多くなる傾向が強く、このことは機械強度の低下を招く傾向にある。
【0025】
なお前記重量平均分子量および数平均分子量は例えば、分子量はサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)の一種であるゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により、ポリスチレン換算で算出することができる。
【0026】
本発明で用いられるPPS樹脂の溶融粘度は、溶融混練が可能であれば特に制限はないが、通常5〜5000Pa・s(300℃、剪断速度1000sec−1)のものが使用される。
【0027】
本発明のPPS樹脂は従来のものに比べ高純度であることが特徴であり、不純物であるアルカリ金属含量は50ppm以下であり、より好ましくは30ppm以下、更に好ましくは10ppm以下である。アルカリ金属含有量が50ppmを超えると、後述の熱可塑性樹脂とのアロイ化を行った場合、構造の熱安定性に劣る傾向にある。
【0028】
ここで本発明におけるPPS樹脂のアルカリ金属含有量とは、例えばPPS樹脂を電気炉等を用いて焼成した残渣である灰分中のアルカリ金属量から算出される値であり、前記灰分を例えばイオンクロマト法や原子吸光法により分析することで定量することができる。
【0029】
なお、アルカリ金属とは周期律表第IA属のリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、フランシウムのことを指すが、本発明のPPS樹脂は特にアルカリ金属としてナトリウムを含まないことが好ましい。アルカリ金属を含む場合、PPS樹脂の熱安定性に悪影響を及ぼす傾向にある。各種金属種の中でも、アルカリ金属以外の金属種、たとえばアルカリ土類金属や遷移金属と比較して、アルカリ金属はPPS樹脂の熱安定性への影響が強い傾向にある。よって、各種金属種の中でも、特にアルカリ金属含有量を前記範囲に制御することでPPS樹脂の熱安定性を向上する事ができると推測している。さらにアルカリ金属の中でもPPS樹脂の重合では、硫化ナトリウムに代表されるアルカリ金属硫化物などが最も一般的に使用され、ナトリウム含有量を前記範囲にすることによりPPS樹脂の品質を向上することができると推測している。
【0030】
また、本発明のPPS樹脂は実質的に塩素以外のハロゲン、即ちフッ素、臭素、ヨウ素、アスタチンを含まないことが好ましい。本発明のPPS樹脂がハロゲンとして塩素を含有する場合、PPS樹脂が通常使用される温度領域においては安定であるために塩素を少量含有してもPPS樹脂の機械特性に対する影響が少ないが、塩素以外のハロゲンを含有する場合、それらの特異な性質がPPS樹脂の特性、例えば電気特性や滞留安定性を悪化させる傾向にある。本発明のPPS樹脂がハロゲンとして塩素を含有する場合、その好ましい量は1重量%以下、より好ましくは0.5重量%以下、更に好ましくは0.2重量%以下であり、この範囲ではPPS樹脂の揮発性ガス発生量が低減され、装置腐食を低減でき、電気特性や滞留安定性がより良好となる傾向にある。
【0031】
また、本発明のPPS樹脂の別の特徴は、加熱した際のラクトン型化合物及び/またはアニリン型化合物の発生量が著しく少ないことである。ここでラクトン型化合物とは、例えばβ−プロピオラクトン、β−ブチロラクトン、β−ペンタノラクトン、β−ヘキサノラクトン、β−ヘプタノラクトン、β−オクタノラクトン、β−ノナラクトン、β−デカラクトン、γ−ブチロラクトン、γ−バレロラクトン、γ−ペンタノラクトン、γ−ヘキサノラクトン、γ−ヘプタノラクトン、γ−オクタラクトン、γ−ノナラクトン、γ−デカラクトン、δ−ペンタノラクトン、δ−ヘキサノラクトン、δ−ヘプタノラクトン、δ−オクタノラクトン、δ−ノナラクトン、δ−デカラクトンなどが例示でき、また、アニリン型化合物とは、アニリン、N−メチルアニリン、N,N−ジメチルアニリン、N−エチルアニリン、N−メチル−N−エチルアニリン、4−クロロ−アニリン、4−クロロ−N−メチルアニリン、4−クロロ−N,N−ジメチルアニリン、4−クロロ−N−エチルアニリン、4−クロロ−N−メチル−N−エチルアニリン、3−クロロ−アニリン、3−クロロ−N−メチルアニリン、3−クロロ−N,N−ジメチルアニリン、3−クロロ−N−エチルアニリン、3−クロロ−N−メチル−N−エチルアニリンなどが例示できる。
【0032】
加熱した際のラクトン型化合物及び/またはアニリン型化合物の発生は、成形時の発泡や金型汚れ等の要因となり成形性を悪化させることのみならず、成形品の欠陥等の悪影響を与え得るため、できるだけ少なくすることが望まれており、加熱を行う前のPPS樹脂の重量基準でラクトン型化合物の発生量が好ましくは500ppm以下、より好ましくは300ppm、更に好ましくは100ppm以下、よりいっそう好ましくは50ppm以下が望ましい。同様にアニリン型化合物の発生量は好ましくは300ppm以下、より好ましくは100ppm、更に好ましくは50ppm以下、よりいっそう好ましくは30ppm以下が望ましい。なお、PPS樹脂を加熱した際のラクトン型化合物及び/またはアニリン型化合物の発生量を評価する方法としては非酸化性雰囲気下320℃で60分処理した際の発生ガスをガスクロマトグラフィーを用いて成分分割して定量する方法で定量する。
【0033】
(2)PPS樹脂の製造方法
本発明の重量平均分子量(Mw)が1万以上、重量平均分子量/数平均分子量(Mn)で表される分散度が2.5以下であり、かつアルカリ金属含量が50ppm以下であることを特徴とするPPS樹脂を製造するための製造方法としては、下記一般式(1)で表される環状ポリフェニレンスルフィド化合物を溶融加熱して、重量平均分子量10,000以上の高重合度体に転化させることによって製造することが例示され、この方法によれば前述した特性を有する本発明のPPS樹脂を得ることができる。
【0034】
(3)環状PPS化合物
本発明の環状PPS化合物は、下記一般式(1)で表される、m=4〜20の整数で表される環状PPS化合物を使用することができ、mは4〜20の混合物でもよい。
【0035】
【化4】

【0036】
(mは4〜20の整数、mは4〜20の混合物でもよい)
【0037】
上記式中の繰り返し単位mは、4〜20の整数であり、4〜15が好ましく、4〜12がさらに好ましい。
【0038】
またmが単一の環状PPS単体は、結晶化の容易さに差はあるものの、結晶として得られるため、融解温度が高くなるため、高重合度体に転化させる際の温度が高くなる傾向を示す。一方、異なるmを有する混合物の場合、環状PPS単体に比べて、融解温度が低下し、高分子量体に転化させる際の温度を低下できるという特徴を有する。本特徴により、アルカリ金属を含有する重合開始剤がなくても高重合度化が速やかに進行し、さらに高重合度化の際の副反応も抑制されることから、金属含有量や、揮発性ガス成分量が少ないPPS樹脂を製造することが可能となる。
【0039】
例えば、m=6の環状PPS単体(シクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド))は、融点が348℃と高いため、高重合度化のための溶融加熱温度を高温にしないと該環状物が高分子量化しないという問題がある。そのため、環状PPS化合物を溶解する溶媒に溶かして高分子量体に転化するという方法、結晶化した環状PPS単体を一旦融点以上で溶融した後、急冷することによって結晶化を抑え、非晶化させた後、高重合度体に転化させる方法、あるいはプリメルターを環状PPS単体の融点以上に設定し、プリメルター内で環状PPS単体のみを溶融させ、融液として供給する方法などを採用することができる。
【0040】
このような環状PPS化合物の特徴から、本発明で使用する環状PPS化合物は、その高分子量化の容易性、製造の容易性の面から、mが異なる環状PPS化合物が好ましい。
【0041】
環状PPS化合物に対するm=6の環状PPSの含有量が50重量%未満が好ましく、さらに好ましくは30重量%未満が好ましく、さらに好ましくは10重量%未満である(m=6の環状PPS単体(重量)/(環状PPS化合物(重量)×100)。
【0042】
環状PPS化合物中の異なるmのそれぞれの比率に特に制限はないが、本発明の効果を発現させるためには、環状PPS化合物の中、最も融点が高く、結晶化しやすいm=6の環状PPS単体の含有量が50重量%未満が好ましく、さらに好ましくは30重量%であり、特に好ましくは10重量%未満である(m=6の環状PPS(重量)/(環状PPS混合物(重量)×100)。ここで、環状PPS混合物中のm=6の環状PPS単体の含有率は、環状PPS混合物をUV検出器を具備した高速液体クロマトグラフィーで成分分割した際の、PPSの構造を有する化合物に帰属される全ピーク面積に対する、m=6の環状PPS単体に帰属されるピーク面積の割合として求めることができる。ここで、PPS構造を有する化合物とは、少なくともPPS構造を有する化合物であり、例えば環状PPS化合物や線状のPPSであり、フェニレンスルフィド以外の構造をその一部に有する(例えば末端構造として)化合物もここでいうPPS構造を有する化合物に属する。なお、この高速液体クロマトグラフィーで成分分割された各ピークの定性は、各ピークを分取液体クロマトグラフィーで分取し、赤外分光分析における吸収スペクトルや質量分析を行うことで可能である。
【0043】
このような環状PPS化合物は、公知のPPSの製造方法によって、PPSと環状PPS化合物を含むPPS混合物を得た後、該PPS混合物から環状PPS化合物を抽出することにより得ることができる。以下にその製造方法について説明する。
【0044】
(4)環状PPS化合物の原料となるPPS混合物の製造方法
PPS混合物の製造方法としては、公知の技術を用いることができ、たとえば、少なくともp−ジクロロベンゼンに代表されるポリハロゲン化芳香族化合物、硫化ナトリウムに代表されるアルカリ金属硫化物及びN−メチル−2−ピロリドンに代表される有機極性溶媒を含有する混合物を加熱して、ポリフェニレンスルフィド混合物およびアルカリ金属ハライドを含む反応溶液を調製し、該反応液をたとえば水等で処理することでPPS混合物(PPSと環状PPS化合物)を得る方法や、ジフェニルジスルフィド類もしくはチオフェノール類を酸化重合することでPPS混合物を得る方法が例示できる。ただし、これら方法で一般に得られるPPS混合物中に含まれる環状PPS化合物は通常5重量%未満と低いため、環状PPS化合物を5重量%以上含むPPS混合物を得るためには、たとえばPPS混合物の重合の際に、重合溶媒を多量に用いるなどの特殊な方法が必要であり、このような方法で効率よく多量のPPS混合物を得ることは経済的に不利であり、工業的には成立に難がある。
【0045】
前記以外のPPS混合物の製造方法としては、たとえば、少なくともp−ジクロロベンゼンに代表されるポリハロゲン化芳香族化合物、硫化ナトリウムに代表されるアルカリ金属硫化物及びN−メチル−2−ピロリドンに代表される有機極性溶媒を含有する混合物を加熱し重合した後、220℃以下に冷却して得られた、少なくとも顆粒状のPPSと顆粒状PPS以外のPPS混合物、有機極性溶媒、水、およびハロゲン化アルカリ金属塩を含む反応液から顆粒状のPPSを取り除いた際に得られる回収スラリーからPPS混合物を得る方法が好ましく例示できる。なお、ここで顆粒状PPSとは平均目開き0.175mmの標準ふるい(80meshふるい)で回収できるPPS成分を指す。この方法によって得られるPPS混合物は重量平均分子量が5,000以下の低分子量PPSを多く含み、たとえば前記顆粒状PPSと比較して機械物性などの特性が大幅に劣るため、一般的工業材料用途への適用は困難であり工業利用上の価値のないものとして従来は認識されていた。そのため、この方法で得られるPPS混合物は通常、産業廃棄物として処理されていた。
【0046】
本発明者らは前記顆粒状PPS以外のPPS混合物を詳細に分析した結果、このPPSには前記式(1)で表される環状PPS(m=4〜20)が10重量%以上含まれており、特にこれらはm=4〜20の混合物として得られることから、本発明の環状PPS化合物を得るための原料として好ましいことを見いだした。このことは、従来は産業廃棄物とされていたものから、産業上極めて利用価値の高い化合物を本発明の方法によって回収できるといった観点で、意義の大きなことである。
【0047】
前記回収スラリーからPPSを回収する方法としては、たとえば回収スラリーから少なくとも50重量%以上の有機極性溶媒を除去し、残留物を得て、これに水を添加した後、所望に応じて酸を加えて、少なくとも残存有機極性溶媒およびハロゲン化アルカリ金属塩を除去してPPS混合物を分離回収して得る方法や、回収スラリーからPPS混合物を析出させ固体状成分としてPPSを回収する方法、たとえば回収スラリーに水を加えることでPPSを析出させた後に公知の固液分離法であるデカンテーション、遠心分離及び濾過などの手法によって、固体成分としてPPSを得る方法などを例示することができる。
【0048】
(5)環状PPS化合物含有溶液の調製
本発明ではPPS化合物を、前記式(1)記載の環状PPS化合物(m=4〜20)を溶解可能な溶剤と接触させて環状PPS化合物を含む溶液を調製する。
【0049】
ここで用いる溶剤としては環状PPS化合物を溶解可能な溶剤であれば特に制限はないが、溶解を行う環境において環状PPS化合物は溶解するが、PPSは溶解しにくい溶剤が好ましく、PPSは溶解しない溶剤がより好ましい。PPSを前記溶剤と接触させる際の反応系圧力は常圧もしくは微加圧が好ましく、特に常圧が好ましく、このような圧力の反応系はそれを構築する反応器の部材が安価であるという利点がある。この観点から反応系圧力は、高価な耐圧容器を必要とする加圧条件は避けることが望ましい。用いる溶剤としてはPPSや環状PPS化合物の分解や架橋など好ましくない副反応を実質的に引き起こさないものが好ましく、PPS混合物を溶剤と接触させる操作をたとえば常圧環流条件下で行う場合に好ましい溶剤としては、例えばペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、シクロペンタン、ベンゼン、トルエン、キシレン等の炭化水素系溶媒、クロロホルム、ブロモホルム、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、1,1,1−トリクロロエタン、クロロベンゼン、2,6−ジクロロトルエン等のハロゲン系溶媒、アセトン、ジエチルケトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルブチルケトン、アセトフェノン等のケトン系溶媒、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル等のエーテル系溶媒、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、トリメチルリン酸、N,N−ジメチルイミダゾリジノンなどの極性溶媒を例示できるが、中でもベンゼン、トルエン、キシレン、クロロホルム、ブロモホルム、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、1,1,1−トリクロロエタン、クロロベンゼン、2,6−ジクロロトルエン、アセトン、ジエチルケトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルブチルケトン、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、トリメチルリン酸、N,N−ジメチルイミダゾリジノンが好ましく、トルエン、キシレン、クロロホルム、塩化メチレン、アセトン、ジエチルケトン、メチルエチルケトン、テトラヒドロフランがより好ましく例示できる。
【0050】
PPSを溶剤と接触させる際の雰囲気に特に制限はないが、接触させる際の温度や時間などの条件によってPPSや溶剤が酸化劣化するような場合には、非酸化性雰囲気下で行うことが望ましい。なお、非酸化性雰囲気とは気相の酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、更に好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。
【0051】
PPS混合物を溶剤と接触させる温度に特に制限はないが、一般に温度が高いほど環状PPS化合物の溶剤への溶解は促進される傾向にある。前記したように、PPS混合物の溶剤との接触は大気圧下でおこなうことが好適であるので、上限温度は使用する溶剤の大気圧下での環流条件温度にすることが望ましく、前述した好ましい溶剤を用いる場合はたとえば20〜150℃を具体的な温度範囲として例示できる。
【0052】
PPS混合物を溶剤と接触させる時間は、用いる溶剤種や温度等によって異なるため一意的には限定できないが、たとえば1分〜50時間が例示でき、短すぎると環状PPSの溶剤への溶解が不十分になる傾向にあり、また長すぎても溶剤への溶解は飽和状態に達し、それ以上の効果は得られない。
【0053】
PPSを溶剤と接触させる方法は、公知の一般的な手法を用いれば良く特に限定はないが、たとえばPPS混合物と溶剤を混合し、必要に応じて攪拌した後溶液部分を回収する方法、各種フィルター上のPPS混合物に溶剤をシャワーすると同時に環状PPSを溶剤に溶解させる方法、ソックスレー抽出法原理による方法などいかなる方法も用いることができる。PPSと溶剤を接触させる際の溶剤の使用量に特に制限はないが、たとえばPPS重量に対する浴比で0.5〜100の範囲が例示できる。浴比が小さすぎるとPPS混合物と溶剤の混合が困難になるだけでなく、環状PPS化合物の溶剤への溶解が不十分になる傾向にある。浴比が大きい方が一般に環状PPS化合物の溶剤への溶解には有利であるが、大きすぎてもそれ以上の効果は望めず、逆に溶剤使用量増大による経済的不利益が生じることがある。なお、PPSと溶剤の接触を繰り返し行う場合は、小さい浴比でも十分な効果を得られる場合が多い。またソックスレー抽出法は、その原理上、PPSと溶剤の接触を繰り返し行う場合と類似の効果が得られるので、この場合も小さな浴比で十分な効果を得られる場合が多い。
【0054】
PPSを溶剤と接触させた後に、環状PPS化合物を溶解した溶液が、残りの固形状のPPSを含む固液スラリー状で得られた場合、公知の固液分離法を用いて溶液部を回収する。固液分離方法としては、たとえば濾過による分離、遠心分離、デカンテーション等を例示できる。このようにして分離した溶液については、後述する溶剤の除去を行う。一方、残存した固体成分については、環状PPS化合物がまだ残存している場合、具体的には重量基準で0.05重量%以上の環状PPS化合物が残存している場合には、再度溶剤との接触及び溶液の回収を繰り返し行うことでより収率よく環状PPS化合物を得ることができる。また、環状PPS化合物がほとんど残存していない、具体的には環状PPS化合物の残存が重量基準で0.05重量%未満の場合には、残存溶剤を除去することで、残存した固体状のPPSは、高純度なPPSとして好適にリサイクル可能である。
【0055】
(6)環状PPS化合物溶液からの溶剤の除去
本発明では前述のようにして得られた前記式(1)で表される環状PPS化合物(m=4〜20)を含む溶液から溶剤の除去を行い、環状PPS化合物を得る。ここで溶剤の除去は、たとえば加熱し、常圧以下で処理する方法や、膜を利用した溶剤の除去を例示できるが、より収率よく、また効率よく環状PPS化合物を得るとの観点では常圧以下で加熱して溶剤を除去する方法が好ましい。なお、前述の様にして得られた環状PPS化合物を含む溶液は温度によっては固形物を含む場合もあるが、この場合の固形物も環状PPS化合物に属するものであるので、溶剤の除去時に溶剤に可溶の成分とともに回収する事が望ましく、これにより収率よく環状PPS化合物を得られるようになる。
【0056】
溶剤の除去は、少なくとも50重量%以上、好ましくは70重量%以上、更に好ましくは90重量%以上、よりいっそう好ましくは95重量%以上の溶剤を除去することが望ましい。加熱による溶剤の除去を行う際の温度は用いる溶剤の特性に依存するため一意的には限定できないが、通常、20〜150℃、好ましくは40〜120℃の範囲が選択できる。また、溶剤の除去を行う圧力は常圧以下が好ましく、これにより溶剤の除去をより低温で行うことが可能になる。
【0057】
(7)その他後処理
(4)〜(6)に記載の方法により得られた環状PPS化合物は十分に高純度であり、m=4〜20の環状PPS化合物として好適に用いることができるが、さらに以下に述べる後処理を付加的に施すことによってよりいっそう純度の高い環状PPS化合物やm=6の環状PPS単体を得ることが可能である。
【0058】
前記(4)〜(6)までの操作によって得られた環状PPS化合物は、用いた溶剤の特性によっては、PPS中に含まれる不純物成分を含む場合がある。このような少量の不純物を含む環状PPS化合物を不純物は溶解するが、環状PPS化合物は溶解しない、もしくは環状PPS化合物の溶解しにくい第二の溶剤と接触させることで、不純物成分を選択的に除去することが可能な場合が多い。
【0059】
環状PPS化合物を前記第二の溶剤と接触させる際の反応系圧力は常圧もしくは微加圧が好ましく、特に常圧が好ましく、このような圧力の反応系はそれを構築する部材が安価であるという利点がある。この観点から反応系圧力は、高価な耐圧容器を必要とする加圧条件は避けることが望ましい。第二の溶剤として好ましい溶剤としては、目的とする環状PPS化合物の分解や架橋など好ましくない副反応を実質的に引き起こさないものが好ましく、例えばメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、フェノール、クレゾール、ポリエチレングリコールなどのアルコール・フェノール系溶媒、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、シクロペンタン等の炭化水素系溶媒が例示でき、なかでもメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、シクロペンタンが好ましく、メタノール、エタノール、プロパノール、エチレングリコール、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサンが特に好ましい。これらの溶媒は1種類または2種類以上の混合物として使用することができる。
【0060】
環状PPS化合物を第二の溶剤と接触させる温度に特に制限はないが、上限温度は使用する第二の溶剤の常圧下での環流条件温度にすることが望ましく、前述した好ましい第二の溶剤を用いる場合はたとえば20〜100℃が好ましい温度範囲として例示でき、より好ましくは25〜80℃が例示できる。
【0061】
環状PPS化合物を第二の溶剤と接触させる時間は、用いる溶剤種や温度等によって異なるため一意的には限定できないが、たとえば1分〜50時間が例示でき、短すぎると環状PPS化合物中の不純物の第二の溶剤への溶解が不十分になる傾向にあり、また長すぎても第二の溶剤への不純物の溶解は飽和状態に達し、それ以上の効果は得られない。
【0062】
環状PPS化合物を第二の溶剤と接触させる方法としては固体状の環状PPS化合物と第二の溶剤を必要に応じて攪拌して混合する方法、各種フィルター上の環状PPS化合物固体に第二の溶剤をシャワーすると同時に不純物を第二の溶剤に溶解させる方法、固体状の環状PPS化合物を第二の溶剤を用いたソックスレー抽出を用いる方法や、溶液状の環状PPS化合物もしくは溶剤を含む環状PPS化合物スラリーを第二の溶剤と接触させて、第二の溶剤の存在下で環状PPS化合物を析出させる方法などを用いることができる。なかでも溶剤を含む環状PPS化合物スラリーを第二の溶剤と接触させる方法は、操作後に得られる環状PPS化合物の純度が高く、有効な方法である。
【0063】
環状PPS化合物を第二の溶剤と接触させた後には、環状PPS化合物が第二の溶剤中に析出したスラリーが得られるので、公知の固液分離法を用いて固体状の環状PPS化合物を回収する。固液分離方法としては、たとえば濾過による分離、遠心分離、デカンテーション等を例示できる。固液分離後に得られた環状PPS化合物中に不純物がまだ残存している場合は、再度環状PPS化合物と第二の溶剤とを接触させて、さらに不純物を除去することも可能である。
【0064】
(8)本発明の環状PPS化合物の特性
かくして得られた環状PPS化合物は前記式(1)におけるmが4〜20であり、さらに前記式(1)で表されるm=4〜20の異なるmを有する環状PPS化合物が好ましく、さらに環状PPS化合物中の、m=6の環状PPS含量が50重量%未満の混合物であることが好ましい。
【0065】
なお本発明の環状PPS化合物のmは前記のごとく、m=4〜20であり、mは4〜20の混合物でもよいが、著者らの検討により、環状PPS化合物としては、m=4〜12のものが存在することを確認しており、mがこの範囲の場合、後述するように環状PPS化合物の溶融加熱による高重合度化が速やかに進行することを見出している。
なおmが12以上の環状PPS化合物については、存在している可能性が高いが、現在の分析技術では定性や定量困難である。なぜならば後述するように、環状PPS化合物中に含まれる直鎖状PPSオリゴマーとm=13以上の環状PPSの区別が、現時点の最新分析技術では困難なためである。しかしながら、m=4〜20の環状PPS化合物を溶融加熱すると環状PPS化合物の高重合度化が速やかに進行し、得られるPPS樹脂の揮発性ガス成分量が低減すること、さらにその環状PPS化合物中のm=6の環状PPS単体の含有量が50重量%未満であると、さらにこれらの効果が高められることから、本発明の効果を損なわない範囲でmが13以上の環状PPS化合物が含まれていてもよい。
【0066】
また(4)〜(7)に記載の方法により得られた環状PPS化合物は十分に高純度であるが、条件によっては、不純物として直鎖状PPSオリゴマーが含有することもある。また前述したようにこの直鎖状PPSオリゴマーとm=13以上の環状PPS化合物の区別は、現時点の最新分析技術では困難である。この直鎖状PPSオリゴマーと推定されるオリゴマー成分の重量平均分子量(Mw)は、前記(4)で記載した環状PPS化合物の原料となるPPSの製造方法により異なるが、通常、5000以下のものであり、場合によっては2000以下のものである。
【0067】
なお環状PPS化合物中に不純物として残存する直鎖状のPPSオリゴマーは、環状PPS化合物に比べ、熱安定性が悪く、揮発性ガス成分量が増加すること、さらに後述するが、環状PPS化合物中にこれらが不純物として多量に含まれていると、環状PPS化合物の溶融加熱によるPPSへの転化が不十分になるという問題が発生する。
【0068】
そのため、(4)〜(7)に記載の方法により得られる環状PPS化合物中の直鎖状PPSオリゴマーの量は、全環状PPS化合物に対して、50重量%未満が好ましく、40重量%未満がより好ましく、さらに好ましくは30重量%未満である。
【0069】
なおこの時の、環状PPS化合物中の直鎖状PPSオリゴマー量は、現時点の分析技術によれば、m=13以上の環状PPS化合物との総量として、MALDI−TOF−MSにより定量することが可能である。
【0070】
また特開平10−77408号公報に記載されているように、架橋タイプのPPSから、環状PPS化合物をソックスレー抽出し、抽出液を冷却し、析出した白色固体を「再結晶法」により、m=6の環状PPS単体が高純度で得られることが開示されている(シクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)。また架橋タイプのPPSに比べ、回収量は少ないものの、直鎖状のPPSからも、同じように抽出操作し、「再結晶」することにより同じようにm=6の環状PPS単体が高純度で得ることが可能である。
【0071】
m=6の環状PPS単体は、極めて安定な針状の結晶構造を有し、かつ結晶化しやすいため、「再結晶」という方法に適した環状物である反面、その安定な針状結晶構造を反映して融点が348℃と高くなるため、高重合度化のための溶融加熱温度を高くする必要がある。
【0072】
m=6の環状PPS単体のみの場合は、環状PPS化合物を溶解する溶媒に溶かして供給するという方法、結晶化した環状PPS単体を一旦融点以上で溶融した後、急冷することによって結晶化を抑え、非晶化させた粉体を供給するという方法、あるいはプリメルターを環状PPS単体の融点以上に設定し、プリメルター内で環状PPS単体のみを溶融させ、融液として供給する方法などを採用することができる。このように環状PPS単体を使用する場合、高重合度化のための溶融加熱温度を高めるという必要性、あるいは前述したように環状PPS単体を一旦溶融させた後、結晶化を抑えて非晶化するという必要性、あるいはプリメルター内で環状PPS単体のみを溶融させ、融液として供給するという必要性が生じるため、環状PPSの高重合度化のための生産性や溶融加工性の面から、環状PPS化合物中の、m=6の環状PPS単体の含量が50重量%未満が好ましく、30重量%未満がより好ましく、さらに好ましくは10重量%未満が好ましい。
【0073】
この理由は現時点下記の通り解釈している。すなわち、m=6の環状PPS単体の含有量が低下することにより、該環状PPS単体が結晶核として作用しないなどの効果もあって、結果として、m=4以上の混合物からなる環状PPS化合物の結晶化が抑えられ、環状PPS化合物の融点が低くなることにより、該環状PPS化合物が容易に融解し、その結果溶融加熱による高重合度化が容易になると考えられる。
【0074】
またm=6以外の環状単量体は、m=6に比べ、結晶化し難いため、「再結晶」という手法により単量体として得ることは困難であったが(再結晶という手法により単離可能なのはm=6の環状PPS単体のみである)、発明者らはこれらの単量体を分集液体クロマトグラムにより分離回収し、m=4の環状PPS単体(シクロテトラ(p−フェニレンスルフィド)、融点296℃))、m=5のシクロペンタ(p−フェニレンスルフィド)(融点257℃)、m=7のシクロヘプタ(p−フェニレンスルフィド)(融点328℃)、m=8のシクロオクタ(p−フェニレンスルフィド)(融点305℃)であることが確認された。
【0075】
すなわち(4)〜(7)に記載の方法によれば、得られる環状PPS化合物は異なるmを有する混合物であり、かつm=6の環状PPS単体の含量が50重量%未満のものが得られる。また条件によっては、m=6の環状PPS単体の含量が30重量%未満のもの、さらには10重量%未満のものも得ることが可能である。得られた環状PPS化合物は、単一のmからなる環状PPS単体に比べ、融解温度が低いという特徴があり、このことはたとえば環状PPS化合物を簡便な方法で、低い溶融加熱温度で高分子量体に転化することが可能となる。
【0076】
(9)環状PPS化合物の高重合度体への転化
前記した本発明のPPSは、前記環状PPS化合物を溶融加熱して高重合度体に転化させる方法によって製造することが好ましい。この溶融加熱の温度は、前記環状PPS化合物が溶融解する温度であることが好ましく、このような温度条件であれば特に制限は無い。加熱温度が環状PPS化合物の溶融解温度未満ではPPSを高重合度化するのに長時間が必要となる傾向がある。なお、環状PPS化合物が溶融解する温度は、前述したように環状PPS化合物中に存在するmの組成や純度により異なるが、例えば環状PPS化合物を示差走査型熱量計で分析することで溶融解温度を把握することにより、その融解温度以上で溶融加熱させることが可能である。但し、温度が高すぎると加熱により生成したPPSの分子間、及びPPSと環状PPS化合物間などでの架橋反応や分解反応に代表される好ましくない副反応が生じやすくなる傾向にあり、得られるPPSの特性が低下する場合があるため、このような好ましくない副反応が顕著に生じる温度は避けることが望ましい。溶融加熱温度としては180〜400℃が例示でき、好ましくは200〜380℃、より好ましくは250〜360℃である。
【0077】
前記溶融加熱を行う時間は使用する環状PPS化合物中のmの組成や、環状PPS化合物の純度などの各種特性、また、加熱溶融温度等の条件によって異なるため一様には規定できないが、前記した好ましくない副反応がなるべく起こらないように設定することが好ましい。加熱溶融時間としては0.05〜100時間が例示でき、0.1〜20時間が好ましく、0.1〜10時間がより好ましい。0.05時間未満では環状PPS化合物のPPSへの転化が不十分になりやすく、100時間を超えると好ましくない副反応による得られるPPSの特性への悪影響が顕在化する可能性が高くなる傾向にあるのみならず、経済的にも不利益を生じる場合がある。
【0078】
環状PPS化合物の溶融加熱による高重合度体への転化は、通常溶媒の非存在下で行うが、溶媒の存在下で行うことも可能である。溶媒としては、環状PPS化合物の加熱による高重合度体への転化の阻害や生成したPPSの分解や架橋など好ましくない副反応を実質的に引き起こさないものであれば特に制限はなく、例えばN−メチル−2−ピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドなどの含窒素極性溶媒、ジメチルスルホキシド、ジメチルスルホンなどのスルホキシド・スルホン系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、アセトフェノンなどのケトン系溶媒、ジメチルエーテル、ジプロピルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、クロロホルム、塩化メチレン、トリクロロエチレン、2塩化エチレン、ジクロルエタン、テトラクロルエタン、クロルベンゼンなどのハロゲン系溶媒、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、フェノール、クレゾール、ポリエチレングリコールなどのアルコール・フェノール系溶媒、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素系溶媒などがあげられる。また、二酸化炭素、窒素、水等の無機化合物を超臨界流体状態として溶媒に用いることも可能である。これらの溶媒は1種類または2種類以上の混合物として使用することができる。
【0079】
前記、環状PPS化合物の加熱による高重合度体への転化は、通常の重合反応装置を用いる方法で行うのはもちろんのこと、成形品を製造する型内で行っても良いし、押出機や溶融混練機を用いて行うなど、加熱機構を具備した装置であれば特に制限無く行うことが可能であり、バッチ方式、連続方式など公知の方法が採用できる。
【0080】
環状PPS化合物の加熱による高重合度体への転化の際の雰囲気は非酸化性雰囲気で行うことが好ましく、減圧条件下で行うことも好ましい。また、減圧条件下で行う場合、反応系内の雰囲気を一度非酸化性雰囲気としてから減圧条件にすることが好ましい。これにより過熱による甲重合度体への転化の際の、架橋反応や分解反応等の好ましくない副反応の発生を抑制できる傾向にある。なお、非酸化性雰囲気とは環状PPS化合物が接する気相における酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、更に好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。また、減圧条件下とは反応を行う系内が大気圧よりも低いことを指し、上限として50kPa以下が好ましく、20kPa以下がより好ましく、10kPa以下が更に好ましい。下限としては0.1kPa以上が例示でき、0.2kPa以上がより好ましい。減圧条件が好ましい上限を越える場合は、架橋反応など好ましくない副反応が起こりやすくなる傾向にあり、一方好ましい下限未満では、反応温度によっては環状PPS化合物に含まれる分子量の低い環状PPS化合物が揮散しやすくなる傾向にある。
【0081】
かくして得られたPPS樹脂は、耐熱性、耐薬品性、難燃性、電気的性質並びに機械的性質に優れ、各種用途に好適に使用される。
【0082】
(10)ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物
本発明のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物は、構造周期0.01〜1μmの両相連続構造、または粒子間距離0.01〜1μmの分散構造を有することが必要である。かかる構造周期0.01〜1μmの両相連続構造、または粒子間距離0.01〜1μmの分散構造を得るためには、PPS樹脂と、その他の熱可塑性樹脂とが一旦相溶解し、後述のスピノーダル分解によって構造形成せしめることが好ましく、また該スピノーダル分解を起こす組み合わせとしては、後述の部分相溶系や、剪断場依存型相溶解・相分解する系であることが好ましい。該スピノーダル分解を起こす組み合わせとしては、PPS樹脂と相互作用を行う熱可塑性樹脂が好ましく、それにはカルボニル基を有するポリエステル、ポリアミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリカーボネート、ポリエーテルケトン、ポリチオエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトンや、芳香環を有するポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホンから選ばれる1種以上の熱可塑性樹脂を選択することが必要がある。
【0083】
本発明でのポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を構成する樹脂成分の組成については特に制限がないが、ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を構成する樹脂成分の合計100重量%に対して、通常PPS樹脂が50〜97重量%の範囲が好ましく用いられ、さらには50〜95重量%の範囲がより好ましく、特に50〜75重量%の範囲であれば両相連続構造が比較的得られやすいので好ましく用いられる。
【0084】
一般に、2成分の樹脂からなるポリマーアロイには、これらの組成に対して、ガラス転移温度以上、熱分解温度以下の実用的な全領域において相溶する相溶系や、逆に全領域で非相溶となる非相溶系や、ある領域で相溶し、別の領域で相分離状態となる、部分相溶系があり、さらにこの部分相溶系では、その相分離状態の条件によってスピノーダル分解によって相分離する場合と、核生成と成長によって相分離する場合がある。
【0085】
さらに3成分以上からなるポリマーアロイの場合は、3成分以上のいずれもが相溶する系、3成分以上のいずれもが非相溶である系、2成分以上のある相溶した相と、残りの1成分以上の相が非相溶な系、2成分が部分相溶系で、残りの成分がこの2成分からなる部分相溶系に分配される系などがある。本発明で好ましい3成分以上からなるポリマーアロイは、2成分が部分相溶系で、残りの成分がこの2成分からなる部分相溶系に分配される系であり、この場合ポリマーアロイの構造は、2成分からなる部分相溶系の構造で代替できることから、以下2成分の樹脂からなるポリマーアロイで代表して説明する。
【0086】
スピノーダル分解による相分離とは、異なる2成分の樹脂組成および温度に対する相図においてスピノーダル曲線の内側の不安定状態で生じる相分離のことを指し、また核生成と成長による相分離とは、該相図においてバイノーダル曲線の内側であり、かつスピノーダル曲線の外側の準安定状態で生じる相分離のことを指す。
【0087】
かかるスピノーダル曲線とは、組成および温度に対して、異なる2成分の樹脂を混合した場合、相溶した場合の自由エネルギーと相溶しない2相における自由エネルギーの合計との差(ΔGmix)を濃度(φ)で二回偏微分したもの(∂2ΔGmix/∂φ2)が0となる曲線のことであり、またスピノーダル曲線の内側では、∂2ΔGmix/∂φ2<0の不安定状態であり、外側では∂2ΔGmix/∂φ2>0である。
【0088】
またかかるバイノーダル曲線とは、組成および温度に対して、系が相溶する領域と相分離する領域の境界の曲線のことである。
【0089】
ここで本発明における相溶する場合とは、分子レベルで均一に混合している状態のことであり、具体的には異なる2成分の樹脂を主成分とする相がいずれも0.001μm以上の相構造を形成していない場合を指し、また、非相溶の場合とは、相溶状態でない場合のことであり、すなわち異なる2成分の樹脂を主成分とする相が互いに0.001μm以上の相構造を形成している状態のことを指す。相溶するか否かは、例えばPolymer Alloys and Blends, Leszek A Utracki, hanser Publishers,Munich Viema New York,P64,に記載の様に、電子顕微鏡、示差走査熱量計(DSC)、その他種々の方法によって判断することができる。
【0090】
詳細な理論によると、スピノーダル分解では、一旦相溶領域の温度で均一に相溶した混合系の温度を、不安定領域の温度まで急速にした場合、系は共存組成に向けて急速に相分離を開始する。その際濃度は一定の波長に単色化され、構造周期(Λm)で両分離相が共に連続して規則正しく絡み合った両相連続構造を形成する。この両相連続構造形成後、その構造周期を一定に保ったまま、両相の濃度差のみが増大する過程をスピノーダル分解の初期過程と呼ぶ。
【0091】
さらに上述のスピノーダル分解の初期過程における構造周期(Λm)は熱力学的に下式のような関係がある。
Λm〜[│Ts−T│/Ts]−1/2
(ここでTsはスピノーダル曲線上の温度)
【0092】
ここで本発明でいうところの両相連続構造とは、混合する樹脂の両成分がそれぞれ連続相を形成し、互いに三次元的に絡み合った構造を指す。この両相連続構造の模式図は、例えば「ポリマーアロイ 基礎と応用(第2版)(第10.1章)」(高分子学会編:東京化学同人)に記載されている。
【0093】
スピノーダル分解では、この様な初期過程を経た後、波長の増大と濃度差の増大が同時に生じる中期過程、濃度差が共存組成に達した後、波長の増大が自己相似的に生じる後期過程を経て、最終的には巨視的な2相に分離するまで進行するが、本発明で規定する構造を得るには、この最終的に巨視的な2相に分離する前の所望の構造周期に到達した段階で構造を固定すればよい。
【0094】
また中期過程から後期過程にかける波長の増大過程において、組成や界面張力の影響によっては、片方の相の連続性が途切れ、上述の両相連続構造から分散構造に変化する場合もある。この場合には所望の粒子間距離に到達した段階で構造を固定すればよい。
【0095】
ここで本発明にいうところの分散構造とは、片方の樹脂成分が主成分であるマトリックスの中に、もう片方の樹脂成分が主成分である粒子が点在している、いわゆる海島構造のことをさす。
【0096】
本発明のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物は、構造周期0.01〜1μmの範囲の両相連続構造、または粒子間距離0.01〜1μmの範囲の分散構造に構造制御されていることが必要であるが、スピノーダル分解の初期過程の構造周期2を0.001〜0.1μmの範囲に制御することで、上述の中期過程以降で波長および濃度差が増大しても、構造周期0.01〜1μmの範囲の両相連続構造、または粒子間距離0.01〜1μmの範囲の分散構造に構造制御することができる。より優れた機械特性を得るためには、構造発展させた後、構造周期0.01〜0.5μmの範囲の両相連続構造、または粒子間距離0.01〜0.5μmの範囲の分散構造に制御することが好ましく、さらには、構造周期0.01〜0.3μmの範囲の両相連続構造、または粒子間距離0.01〜0.3μmの範囲の分散構造に制御することがより好ましい。かかる構造周期の範囲、および粒子間距離の範囲に制御し、かつ濃度差が十分発達したポリフェニレンスルフィド樹脂組成物によって、優れた機械特性を有する構造物を効果的に得ることができる。またここで濃度差が十分発達していない初期過程の構造物では、2成分の性質の中間の性質となる相溶系の構造物とほぼ同等の性質を得るにとどまり、優れた機械特性を有する構造物を得ることは困難である。
【0097】
一方、上述の準安定領域での相分離である核生成と成長では、その初期から海島構造である分散構造が形成されてしまい、それが成長するため、本発明の様な規則正しく並んだ構造周期0.01〜1μmの範囲の両相連続構造、または粒子間距離0.01〜1μmの範囲の分散構造を形成させることは困難である。
【0098】
またこれらのスピノーダル分解による両相連続構造、もしくは分散構造を確認するためには、規則的な周期構造が確認されることが重要である。これは例えば、光学顕微鏡観察や透過型電子顕微鏡観察により、両相連続構造が形成されることの確認に加えて、光散乱装置や小角X線散乱装置を用いて行う散乱測定において、散乱極大が現れることの確認が必要である。なお、光散乱装置、小角X線散乱装置は最適測定領域が異なるため、構造周期の大きさに応じて適宜選択して用いられる。この散乱測定における散乱極大の存在は、ある周期を持った規則正しい相分離構造を持つ証明であり、その周期Λm は、両相連続構造の場合構造周期に対応し、分散構造の場合粒子間距離に対応する。またその値は、散乱光の散乱体内での波長λ、散乱極大を与える散乱角θm を用いて次式により計算することができる。
Λm =(λ/2)/sin(θm /2)
【0099】
上記スピノーダル分解を実現させるためには、PPS樹脂とその他の樹脂を相溶状態とした後、スピノーダル曲線の内側の不安定状態とすることが必要である。
【0100】
まずこの2成分以上からなる樹脂で相溶状態を実現する方法としては、共通溶媒に溶解後、この溶液から噴霧乾燥、凍結乾燥、非溶媒物質中の凝固、溶媒蒸発によるフィルム生成等の方法により得られる溶媒キャスト法や、部分相溶系を、相溶条件下で溶融混練による溶融混練法が挙げられる。中でも溶媒を用いないドライプロセスである溶融混練による相溶化が、実用上好ましく用いられる。
【0101】
溶融混練により相溶化させるには、通常の押出機が用いられるが、2軸押出機を用いることが好ましい。また、樹脂の組合わせによっては射出成形機の可塑化工程で相溶化できる場合もある。相溶化のための温度は、部分相溶系の樹脂が相溶する条件である必要がある。
【0102】
次に上記溶融混練により相溶状態とした樹脂組成物をスピノーダル曲線の内側の不安定状態として、スピノーダル分解せしめるに際し、不安定状態とするための温度、その他の条件は、樹脂の組み合わせによっても異なり一概にはいえないが、相図に基づき、簡単な予備実験をすることにより設定することができる。本発明においては前記の如く、初期過程の構造周期を特定の範囲に制御した後、中期過程以降でさらに構造発展させて本発明で規定する特定の両相連続構造もしくは、分散構造とすることが好ましい。
【0103】
この初期過程で特定の構造周期に制御する方法に関しては、特に制限はないが、ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を構成する個々の樹脂成分のガラス転移温度のうち最も低い温度以上で、かつ上述の熱力学的に規定される構造周期を小さくするような温度で熱処理することが好ましく用いられる。ここでガラス転移温度とは、示差走査熱量計(DSC)にて、室温から20℃/分の昇温速度で昇温時に生じる変曲点から求めることができる。
【0104】
またこの初期過程から構造発展させる方法に関しては、特に制限はないが、ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を構成する個々の樹脂成分のガラス転移温度のうち最も低い温度以上で熱処理する方法が通常好ましく用いられる。また該熱処理温度を結晶性樹脂の結晶融解温度以上とすることは、熱処理による構造発展を効果的に得られるため好ましく、また該熱処理温度を結晶融解温度±20℃以内とすることは上記構造発展の制御を容易にするために好ましく、さらには結晶融解温度±10℃以内とすることがより好ましい。ここで樹脂成分としてPPS樹脂を含め2種以上の結晶性樹脂を用いる場合、該熱処理温度は、結晶性樹脂の結晶融解温度のうち最も高い温度を基準として、かかる結晶融解温度±20℃以内とすることが好ましく、さらにはかかる結晶融解温度±10℃以内とすることが好ましい。ここで結晶性樹脂の結晶融解温度とは、示差走査熱量計(DSC)にて、室温から20℃/分の昇温速度で昇温時に生じる融解曲線のピーク温度から求めることができる。
【0105】
またスピノーダル分解による構造生成物を固定化する方法としては、急冷等による短時間でに相分離相の一方または両方の成分の構造固定や、一方が熱硬化する成分である場合、熱硬化性成分の相が反応によって自由に運動できなくなることを利用した構造固定や、さらに一方が結晶性樹脂である場合、結晶性樹脂相を結晶化によって自由に運動できなくなることを利用した構造固定が挙げられるが、中でもPPS樹脂組成物の様に少なくとも一方が結晶性樹脂を用いた場合、結晶化による構造固定が好ましく用いられる。
【0106】
ここで本発明でいう結晶性樹脂とは、示差走査熱量計(DSC)にて、結晶融解温度の観測される樹脂であれば特に限定するものではないが、例えば、ナイロン6、ナイロン66等の脂肪族ポリアミドや、ナイロン6T、ナイロン6I等の芳香族ポリアミドや、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレートやそれらの共重合体等の芳香族ポリエステルや、ポリ−ε−カプロラクタム等の脂肪族ポリエステル等を挙げることができる。
【0107】
本発明においてPPS樹脂とその他の樹脂とを上記スピノーダル分解により相分離させて本発明のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物とするには、前述したようにPPS樹脂と部分相溶系や、剪断場依存型相溶解・相分解する系である樹脂を組み合わせることが好ましい。
【0108】
一般に部分相溶系には、同一組成において低温側で相溶しやすくなる低温相溶型相図を有するものや、逆に高温側で相溶しやすくなる高温相溶型相図を有するものが知られている。この低温相溶型相図における相溶と非相溶の分岐温度で最も低い温度を、下限臨界共溶温度(lower critical solution temperature略してLCST)と呼び、高温相溶型相図における相溶と非相溶の分岐温度で最も高い温度を、上限臨界共溶温度(upper critical solution temperature略してUCST)と呼ぶ。
【0109】
部分相溶系を用いて相溶状態となった2成分以上の樹脂は、低温相溶型相図の場合、LCST以上の温度かつスピノーダル曲線の内側の温度にすることで、また高温相溶型相図の場合、UCST以下の温度かつスピノーダル曲線の内側の温度にすることでスピノーダル分解を行わせることができる。
【0110】
またこの部分相溶系によるスピノーダル分解の他に、非相溶系においても溶融混練によってスピノーダル分解を誘発すること、例えば溶融混練時等の剪断下で一旦相溶し、非剪断下で再度不安定状態となり相分解するいわゆる剪断場依存型相溶解・相分解によってもスピノーダル分解による相分離が可能であり、この場合においても、部分相溶系の場合と同じくスピノーダル分解様式で分解が進行し規則的な両相連続構造を有する。さらにこの剪断場依存型相溶解・相分解は、スピノーダル曲線が剪断場により変化し、不安定状態領域が拡大するため、スピノーダル曲線が変化しない部分相溶系の温度変化による方法に比べて、その同じ温度変化幅においても実質的な過冷却度(│Ts−T│)が大きくなり、その結果、上述の関係式におけるスピノーダル分解の初期過程における構造周期を小さくすることが容易となるためより好ましく用いられる。かかる溶融混練時の剪断下により相溶化させるには、通常の押出機が用いられるが、2軸押出機を用いることが好ましい。また、樹脂の組合わせによっては射出成形機の可塑化工程で相溶化できる場合もある。この場合における相溶化のための温度、初期過程を形成させるための熱処理温度、および初期過程から構造発展させる熱処理温度や、その他の条件は、樹脂の組み合わせによっても異なり一概にはいえないが、種々の剪断条件下での相図に基づき、簡単な予備実験をすることにより条件を設定することができる。また上記射出成形機の可塑化工程での相溶化を確実に実現させる方法として、予め2軸押出機で溶融混練し相溶化させ、吐出後氷水中などで急冷し相溶化状態で構造を固定させたサンプルを用いて射出成形することなどが好ましい例として挙げられる。
【0111】
また、本発明を構成するポリフェニレンスルフィド樹脂組成物に、さらにポリマーアロイを構成する成分を含むブロックコポリマーやグラフトコポリマーやランダムコポリマーなどのコポリマーである第3成分を添加することは、相分解した相間における界面の自由エネルギーを低下させるため、両相連続構造における構造周期や、分散構造における分散粒子間距離の制御を容易にするため好ましく用いられる。この場合通常、かかるコポリマーなどの第3成分は、それを除く2成分の樹脂からなるポリマーアロイの各相に分配されるため、2成分の樹脂からなるポリマーアロイ同様に取り扱うことができる。
【0112】
本発明のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物において、アルコキシシラン化合物を併用することは、優れた機械強度を得るために有効である。かかるアルコキシシラン化合物としては、例えばエポキシ基、アミノ基、イソシアネート基、水酸基、メルカプト基、ウレイド基の中から選ばれた少なくとも1種の官能基を有するアルコキシシラン化合物が挙げられる。その具体例としては、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリエトキシシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシランなどのエポキシ基含有アルコキシシラン化合物、γ−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリエトキシシランなどのメルカプト基含有アルコキシシラン化合物、γ−ウレイドプロピルトリエトキシシラン、γ−ウレイドプロピルトリメトキシシシラン、γ−(2−ウレイドエチル)アミノプロピルトリメトキシシランなどのウレイド基含有アルコキシシラン化合物、γ−イソシアナトプロピルトリエトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルトリメトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルメチルジメトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルメチルジエトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルエチルジメトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルエチルジエトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルトリクロロシランなどのイソシアナト基含有アルコキシシラン化合物、γ−(2−アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ−(2−アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、γ−アミノプロピルトリメトキシシランなどのアミノ基含有アルコキシシラン化合物、γ−ヒドロキシプロピルトリメトキシシラン、γ−ヒドロキシプロピルトリエトキシシランなどの水酸基含有アルコキシシラン化合物などが挙げられ、中でもγ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリエトキシシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシランなどのエポキシ基含有アルコキシシラン化合物、γ−ウレイドプロピルトリエトキシシラン、γ−ウレイドプロピルトリメトキシシシラン、γ−(2−ウレイドエチル)アミノプロピルトリメトキシシランなどのウレイド基含有アルコキシシラン化合物、γ−イソシアナトプロピルトリエトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルトリメトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルメチルジメトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルメチルジエトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルエチルジメトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルエチルジエトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルトリクロロシランなどのイソシアナト基含有アルコキシシラン化合物等が好ましい。特に好ましくは、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリエトキシシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシランなどのエポキシ基含有アルコキシシラン化合物が挙げられる。
【0113】
かかるエポキシ基、アミノ基、イソシアネート基、水酸基、メルカプト基、ウレイド基の中から選ばれた少なくとも1種の官能基を有するアルコキシシラン化合物は、より優れた機械的強度を得るために用いられ、その添加量はPPS樹脂100重量部に対して、0.05〜5重量部の範囲が選択され、0.2〜3重量部の範囲がより好ましく選択される。少なすぎると、アルコキシシラン化合物添加による機械的強度の向上効果が十分発現しなく、また多すぎると、上記改良効果が飽和に達するばかりでなく、組成物のガス発生量を増加させる傾向にある。
【0114】
本発明においては、強度及び寸法安定性等を向上させるため、必要に応じて充填材を用いてもよい。充填材の形状としては繊維状であっても非繊維状であってもよく、繊維状の充填材と非繊維状充填材を組み合わせて用いてもよい。かかる充填材としては、ガラス繊維、ガラスミルドファイバー、炭素繊維、チタン酸カリウムウィスカ、酸化亜鉛ウィスカ、硼酸アルミニウムウィスカ、アラミド繊維、アルミナ繊維、炭化珪素繊維、セラミック繊維、アスベスト繊維、石コウ繊維、金属繊維などの繊維状充填剤、ワラステナイト、ゼオライト、セリサイト、カオリン、マイカ、クレー、パイロフィライト、ベントナイト、アスベスト、タルク、アルミナシリケートなどの珪酸塩、アルミナ、酸化珪素、酸化マグネシウム、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化鉄などの金属化合物、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、ドロマイトなどの炭酸塩、硫酸カルシウム、硫酸バリウムなどの硫酸塩、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム、水酸化アルミニウムなどの水酸化物、ガラスビーズ、セラミックビーズ、窒化ホウ素および炭化珪素などの非繊維状充填剤が挙げられ、これらは中空であってもよく、さらにはこれら充填剤を2種類以上併用することも可能である。また、これら繊維状および/または非繊維状充填材をイソシアネート系化合物、有機シラン系化合物、有機チタネート系化合物、有機ボラン系化合物、エポキシ化合物などのカップリング剤で予備処理して使用することは、より優れた機械的強度を得る意味において好ましい。
【0115】
強度及び寸法安定性等を向上させるため、かかる充填材を用いる場合、その配合量は特に制限はないが、通常PPS樹脂100重量部に対して30〜400重量部配合される。
【0116】
本発明のPPS樹脂組成物には本発明の効果を損なわない範囲において、ポリアルキレンオキサイドオリゴマ系化合物、チオエーテル系化合物、エステル系化合物、有機リン化合物などの可塑剤、タルク、カオリン、有機リン化合物、ポリエーテルエーテルケトンなどの結晶核剤、ポリオレフィン系化合物、シリコーン系化合物、長鎖脂肪族エステル系化合物、長鎖脂肪族アミド系化合物、などの離型剤、防食剤、着色防止剤、酸化防止剤、熱安定剤、滑剤、紫外線防止剤、着色剤、難燃剤、発泡剤などの通常の添加剤を添加することができる。
【0117】
これらの添加剤は、本発明のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を製造する任意の段階で配合することが可能であり、例えば、少なくとも2成分の樹脂を配合する際に同時に添加する方法や、予め2成分の樹脂を溶融混練した後に添加する方法や、始めに片方の樹脂に添加し溶融混練後、残りの樹脂を配合する方法が挙げられる。
【0118】
本発明から得られるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の成形方法は、任意の方法が可能であり、成形形状は、任意の形状が可能である。成形方法としては、例えば、射出成形、押出成形、インフレーション成形、ブロー成形などを挙げることができるが、中でも射出成形は射出後、金型内で熱処理と構造固定化が同時にできることから好ましく、またフィルムおよび/またはシート押出成形であれば、フィルムおよび/またはシート延伸時に熱処理し、その後の巻き取り前の自然冷却時に構造固定ができることから好ましい。もちろん上記成形品を別途熱処理し構造形成させることも可能である。
【0119】
本発明におけるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物は、例えば自動車部品や電機部品などに好適に使用することができる。
【0120】
本発明のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の成形体は、コネクター、コイルをはじめとして、センサー、LEDランプ、ソケット、抵抗器、リレーケース、小型スイッチ、コイルボビン、コンデンサー、バリコンケース、光ピックアップ、発振子、各種端子板、変成器、プラグ、プリント基板、チューナー、スピーカー、マイクロフォン、ヘッドフォン、小型モーター、磁気ヘッドベース、パワーモジュール、半導体、液晶、FDDキャリッジ、FDDシャーシ、モーターブラッシュホルダー、パラボラアンテナ、コンピューター関連部品等に代表される電子部品用途に適している他、発電機、電動機、変圧器、変流器、電圧調整器、整流器、インバーター、継電器、電力用接点、開閉器、遮断機、ナイフスイッチ、他極ロッド、電気部品キャビネットなどの電気機器部品用途、VTR部品、テレビ部品、アイロン、ヘアードライヤー、炊飯器部品、電子レンジ部品、音響部品、オーディオ・レーザーディスク・コンパクトディスク、DVD等の音声・映像機器部品、照明部品、冷蔵庫部品、エアコン部品、タイプライター部品、ワードプロセッサー部品等に代表される家庭、事務電気製品部品;オフィスコンピューター関連部品、電話器関連部品、ファクシミリ関連部品、複写機関連部品、洗浄用治具、モーター部品、ライター、タイプライターなどに代表される機械関連部品:顕微鏡、双眼鏡、カメラ、時計等に代表される光学機器、精密機械関連部品;オルタネーターターミナル、オルタネーターコネクター,ICレギュレーター、ライトディヤー用ポテンシオメーターベース、排気ガスバルブ等の各種バルブ、燃料関係・排気系・吸気系各種パイプ、エアーインテークノズルスノーケル、インテークマニホールド、燃料ポンプ、エンジン冷却水ジョイント、キャブレターメインボディー、キャブレタースペーサー、排気ガスセンサー、冷却水センサー、油温センサー、ブレーキパットウェアーセンサー、スロットルポジションセンサー、クランクシャフトポジションセンサー、エアーフローメーター、ブレーキパッド摩耗センサー、エアコン用サーモスタットベース、暖房温風フローコントロールバルブ、ラジエーターモーター用ブラッシュホルダー、ウォーターポンプインペラー、タービンベイン、ワイパーモーター関係部品、デュストリビューター、スタータースイッチ、スターターリレー、トランスミッション用ワイヤーハーネス、ウィンドウォッシャーノズル、エアコンパネルスイッチ基板、燃料関係電磁気弁用コイル、ヒューズ用コネクター、ホーンターミナル、電装部品絶縁板、ステップモーターローター、ランプソケット、ランプリフレクター、ランプハウジング、ブレーキピストン、ソレノイドボビン、エンジンオイルフィルター、点火装置ケース等の自動車・車両関連部品等々、各種用途に適用できる。
【実施例】
【0121】
以下、本発明の方法を実施例及び比較例により更に具体的に説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。なお、物性の測定法は以下の通りである。
【0122】
<分子量測定>
PPS樹脂の分子量はサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)の一種であるゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により、ポリスチレン換算で算出した。GPCの測定条件を以下に示す。
装置:センシュー科学 SSC−7100
カラム名:センシュー科学 GPC3506
溶離液:1−クロロナフタレン
検出器:示差屈折率検出器
カラム温度:210℃
プレ恒温槽温度:250℃
ポンプ恒温槽温度:50℃
検出器温度:210℃
流量:1.0mL/min
試料注入量:300μL (サンプル濃度:約0.2重量%)。
【0123】
<アルカリ金属含有量の定量>
PPS樹脂の含有するアルカリ金属含有量の定量は下記により行った。
(a) 試料を石英るつぼに秤とり、電気炉を用いて灰化した。
(b) 灰化物を濃硝酸で溶解した後、希硝酸で定容とした。
(c) 得られた定容液をICP重量分析法(装置;Agilent製4500)及びICP発光分光分析法(装置;PerkinElmer製Optima4300DV)に処した。
【0124】
<PPS樹脂の加熱時発生ガス成分の分析>
PPS樹脂を加熱した際に発生する成分の定量は以下の方法により行った。なお、試料は2mm以下の細粒物を用いた。
【0125】
(a) 加熱時発生ガスの捕集
約10mgのPASを窒素気流下(50ml/分)の320℃で60分間加熱し、発生したガス成分を大気捕集用加熱脱離用チューブcarbotrap400に捕集した。
【0126】
(b) ガス成分の分析
上記チューブに捕集したガス成分を熱脱着装置TDU(Supelco社製)を用いて室温から280℃まで5分間で昇温することで熱脱離させた。熱脱離した成分をガスクロマトグラフィーを用いて成分分割して、ガス中のγブチロラクトン及び4−クロロ−N−メチルアニリンの定量を行った。
【0127】
[参考例1]
<PPS混合物含有スラリーの調製>
撹拌機付きのステンレス製反応器1に48%水硫化ナトリウム水溶液1169kg(10kmol)、48%水酸化ナトリウム水溶液841kg(10.1kmol)、N−メチル−2−ピロリドン(以下NMPと略する場合もある)を1983kg(20kmol)、50%酢酸ナトリウム水溶液322kg(1.96kmol)を仕込み、常圧で窒素を通じながら約240℃まで約3時間かけて徐々に加熱し、精留塔を介して水1280kgおよびNMP26kgを留出した。なお、この脱液操作の間に仕込んだイオウ成分1モル当たり0.02モルの硫化水素が系外に飛散した。
【0128】
次いで、約200℃まで冷却した後、内容物を別の攪拌機付きのステンレス製反応器2に移送した。反応器1にNMP932kgを仕込み内部を洗浄し、洗浄液を反応器2に移した。次に、p−ジクロロベンゼン1477kg(10.0kmol)を反応器2に加え、窒素ガス下に密封し、撹拌しながら200℃まで昇温した。次いで200℃から270℃まで0.6℃/分の速度で昇温し、この温度で140分保持した。水353kg(19.6kmol)を15分かけて圧入しながら250℃まで1.3℃/分の速度で冷却した。その後220℃まで0.4℃/分の速度で冷却してから、約80℃まで急冷し、スラリー(A)を得た。
【0129】
このスラリー(A)を2623kgのNMPで希釈しスラリー(B)を得た。80℃に加熱したスラリー(B)をふるい(80mesh、目開き0.175mm)で濾別し、メッシュオン成分としてスラリーを含んだ顆粒状PPS樹脂を、濾液成分としてスラリー(C)を得た。
【0130】
[参考例2]
<PPS混合物1の調製>
参考例1で得られたスラリー(C)1000kgをステンレス製反応器に仕込み、反応器内を窒素で置換してから、撹拌しながら減圧下100〜150℃で約1.5時間処理して大部分の溶媒を除去した。
【0131】
次いでイオン交換水1200kg(スラリー(C)の1.2倍量)を加えた後、約70℃で30分撹拌してスラリー化した。このスラリーを濾過して白色の固形物を得た。得られた固形物にイオン交換水1200kgを加えて70℃で30分撹拌して再度スラリー化し、同様に濾過後、窒素雰囲気下120℃で乾燥したのち、80℃で減圧乾燥を行い、乾燥固形物を11.6kg得た。
【0132】
この固形物の赤外分光分析における吸収スペクトルより、この固形物はPPS単位からなるPPS混合物であることがわかった。このPPS混合物のGPC測定を行い、クロマトグラムを解析した結果、分子量5000以下の成分の重量分率は39%、分子量2500以下の成分の重量分率は32%であった。
【0133】
[参考例3]
<PPS混合物2の調製>
参考例1で得られたスラリー(C)1000kgにイオン交換水4000kgを加え、70℃で30分撹拌した。その後静置し、透明な上澄み液をデカンテーションして除去し、固形物を含むスラリーを約300kg得た。これにイオン交換水1200kgを加え、70℃で30分撹拌後このスラリーを濾過して白色の固形物を得た。得られた固形物にイオン交換水1200kgを加えて70℃で30分撹拌して再度スラリー化し、同様に濾過後、窒素雰囲気下120℃で乾燥したのち、80℃で減圧乾燥を行い、乾燥固形物を11.2kg得た。
【0134】
この固形物の赤外分光分析における吸収スペクトルより、この固形物はPPS単位からなるPPS混合物であることがわかった。このPPS混合物のGPC測定を行い、クロマトグラムを解析した結果、分子量5000以下の成分の重量分率は40%、分子量2500以下の成分の重量分率は33%であった。
【0135】
[参考例4]
参考例2の方法で得られたPPS混合物1を10kg分取し、溶剤としてクロロホルム150kgを用いて、常圧還流下で1時間攪拌することでPPS混合物1と溶剤を接触させた。ついで熱時濾過により固液分離を行い抽出液を得た。ここで分離した固形物にクロロホルム150kgを加え、常圧還流下で1時間攪拌した後、同様に熱時濾過により固液分離を行い、抽出液を得て、先に得た抽出液と混合した。得られた抽出液は室温で一部固形状成分を含むスラリー状であった。
【0136】
この抽出液スラリーを減圧下で処理する事で、抽出液重量が約40kgになるまでクロロホルムの一部を留去してスラリーを得た。次いでこのスラリー状混合液をメタノール600kgに撹拌しながら滴下した。これにより生じた沈殿物を濾過して固形分を回収し、次いで80℃で減圧乾燥することで白色粉末3.0kgを得た。白色粉末の収率は、用いたPPS混合物1に対して30%であった。
【0137】
この白色粉末の赤外分光分析における吸収スペクトルより、白色粉末はPPS単位からなる化合物であることを確認した。また、高速液体クロマトグラフィー(装置;島津製作所製LC−10,カラム;C18,検出器;フォトダイオードアレイ)より成分分割した成分のマススペクトル分析(装置;日立製M−1200H)、更にMALDI−TOF−MSによる分子量情報より、この白色粉末は繰り返し単位数4〜12の環式PPSを主要成分とする混合物であり、環式PPSの重量分率は約94%であることがわかった。また、この混合物のGPC測定を行った結果、重量平均分子量は900であった。
【0138】
[参考例5]
参考例3の方法で得られたPPS混合物2を10kg用いて、メタノールのかわりにアセトンを用いた以外は参考例4と同様に行い白色粉末2.9kgを得た。白色粉末の収率は、用いたPPS混合物2に対して29%であった。
【0139】
この白色粉末の赤外分光分析における吸収スペクトルより、白色粉末はPPS単位からなる化合物であることを確認した。また、高速液体クロマトグラフィーより成分分割した成分のマススペクトル分析、更にMALDI−TOF−MSによる分子量情報より、この白色粉末は繰り返し単位数4〜12の環式PPSを主要成分とする混合物であり、環式PPSの重量分率は約96%であることがわかった。また、この混合物のGPC測定を行った結果、重量平均分子量は1000であった。
【0140】
[参考例6]
ここでは本発明のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物に用いるPPS樹脂の好ましい製造法について述べる。
【0141】
参考例4で得られた環式PPS混合物を攪拌機付5リットルオートクレーブに仕込み、窒素で置換した後、真空ポンプにて約2kPaに系内を減圧しながら約1時間かけて320℃まで昇温した。この間、内温が約250℃になるまでは10rpmで攪拌し、250℃以上では50rpmで攪拌を行った。320℃到達後、減圧しながら320℃で60分間攪拌を継続した。その後、オートクレーブ上部から窒素を導入することで反応器内部を加圧し、内容物を吐出口よりガット状に取り出し、ガットをペレタイズしてペレットを得た。
【0142】
得られたペレットは若干黒みを帯びた樹脂であった。この生成物は赤外分光分析による吸収スペクトルよりPPS構造を有することがわかった。また、1−クロロナフタレンに210℃で全溶であった。GPC測定の結果、得られたPPS樹脂の重量平均分子量は55400、分散度は2.20であることがわかった。また、得られた生成物の元素分析を行った結果、Na含有量は7ppmでこれ以外のアルカリ金属は検出されなかった。
【0143】
さらに、ここで得られたPPS樹脂について加熱時の発生ガス成分の分析を行った結果、ラクトン型化合物及びアニリン型化合物は検出限界以下であった。
【0144】
[参考例7]
ここでは本発明ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物に用いるPPS樹脂の好ましい製造法を、参考例6とは異なる原料を用いて行った例について述べる。
【0145】
参考例5で得られた環式ポリフェニレンスルフィド混合物を用いて参考例6と同様にペレットを得た。
【0146】
得られたペレットは若干茶色みを帯びた樹脂であった。この生成物は赤外分光分析による吸収スペクトルよりポリフェニレンスルフィド構造を有することがわかった。また、1−クロロナフタレンに210℃で全溶であった。GPC測定の結果、得られたPPS樹脂の重量平均分子量は79100、分散度は1.93であることがわかった。また、得られた生成物の元素分析を行った結果、Na含有量は6ppmでこれ以外のアルカリ金属は検出されなかった。
【0147】
さらに、ここで得られたPPS樹脂について加熱時の発生ガス成分の分析を行った結果、ラクトン型化合物及びアニリン型化合物は検出限界以下であった。
【0148】
[参考例8]
<顆粒状PPS樹脂の調製>
ここでは従来技術による顆粒状PPS樹脂の調製について示す。
【0149】
参考例1で得られたスラリーを含んだ顆粒状PPS樹脂100kgにNMP約250kgを加えて85℃で30分間洗浄し、ふるい(80mesh、目開き0.175mm)で濾別した。得られた固形物を500kgのイオン交換水で希釈して、70℃で30分撹拌後、80メッシュふるいで濾過して固形物を回収する操作を合計5回繰り返した。このようにして得られた固形物を、窒素雰囲気下130℃で乾燥し、顆粒状ポリフェニレンスルフィドを得た。
【0150】
得られた顆粒状PPS樹脂は1−クロロナフタレンに210℃で全溶であり、GPC測定を行った結果、重量平均分子量は48600であり、分散度は2.66であった。また、得られた生成物の元素分析を行った結果、Na含有量は1020ppmでこれ以外のアルカリ金属は検出されなかった。
【0151】
さらに、ここでで得られたPPS樹脂について加熱時の発生ガス成分の分析を行った結果、加熱前のPPS樹脂の重量に対してγブチロラクトンが618ppm、4−クロロ−N−メチルアニリンが416ppm検出された。
【0152】
[実施例1〜5]
実施例1〜5
表1記載の組成からなる原料を、押出温度320℃に設定した2軸スクリュー押出機(池貝工業社製PCM−30)に供給し、ダイから吐出後のガットをすぐに氷水中に急冷し、構造を固定した。次に本ガットをストランドカッターを用いてペレット状に切断した押出ペレットを得た。 該押出ペレットをルテニウム酸染色法によりPPS樹脂を染色後、超薄切片を切り出したサンプルについて、透過型電子顕微鏡にて10万倍に拡大して観察を行ったが、いずれのサンプルについても0.001μm以上の構造物がみられず相溶化していることを確認した。このことから、本系は、押出温度320℃の押出機中の剪断下で相溶化することがわかる。
【0153】
ここで上記押出ペレットの内、一部を樹脂温度320℃、金型温度20℃に設定した射出成形機(日精樹脂工業社製PS20E2ASE)に供給し、60%の射出速度、後述の射出圧力での一速一圧の条件下、射出時間10秒、保圧時間60秒のタイムサイクルで射出成形を行い、射出成形品を得た(金型温度を20℃の条件とし、射出成形後の成形品を金型内で急冷することにより、相分解の進行を止め、スピノーダル分解の初期過程で構造を凍結したことを意味する)。得られた成形品の表層部から切り出し、ルテニウム酸染色法によりPPS樹脂を染色後、さらに超薄切片を切り出したサンプルについて透過型電子顕微鏡にて10万倍に拡大して観察を行ったところいずれのサンプルも0.01〜0.5μmの両相連続構造が見られた。
【0154】
次に上記押出ペレットの内、別途一部を、金型温度150℃に設定した以外は上記射出条件と同条件で、上記同様に射出成形し、得られた成形品の表層部から切り出したサンプルについて同様に小角X線散乱から構造周期または粒子間距離を求めた結果、及び透過型電子顕微鏡から構造の状態を観察した結果を表2に記載した。本例の金型温度150℃では、上記同様にスピノーダル分解の初期過程で構造が形成された後、構造が発展していることがわかる。
【0155】
また、上記押出ペレットの内、さらに別途一部を樹脂温度320℃、金型温度150℃に設定した射出成形機(日精樹脂工業社製PS20E2ASE)に供給し、射出速度60%、先端まで充填する最低圧力+3kgf/cm2(ゲージ圧)の射出圧力での一速一圧の条件下、射出時間10秒、保圧時間60秒のタイムサイクルで射出成形を行い、ASTM D256準拠のアイゾット衝撃試験片を得た。得られた成形品を、ASTM D256に準拠し、アイゾット衝撃強度を測定した結果を表2に記載した。
【0156】
また、上記押出ペレットの内、さらに別途一部を樹脂温度320℃、金型温度150℃に設定した射出成形機(日精樹脂工業社製PS20E2ASE)に供給し5分間滞留後、射出速度60%、先端まで充填する最低圧力+3kgf/cm2(ゲージ圧)の射出圧力での一速一圧の条件下、射出時間10秒、保圧時間60秒のタイムサイクルで射出成形を行い、同様にASTM D256準拠のアイゾット衝撃試験片を得た。得られた成形品を、ASTM D256に準拠し、アイゾット衝撃強度を測定し、無滞留時とのアイゾット衝撃強度の保持率(5分間滞留後のアイゾット衝撃強度/無滞留時とのアイゾット衝撃強度×100)の結果を表2に記載した。
【0157】
また、使用樹脂は、以下に示すものを使用した。
PA−1:ナイロン4,6樹脂(オランダ国DSM社製「STANYL」、96%硫酸1g/dlでの相対粘度3.0)
PEI:ポリエーテルイミド樹脂(GE プラスチックス社製「ウルテム 1010」)。
【0158】
[比較例1〜2]
参考例8で得られたPPS樹脂を使用した以外は、実施例1と同様のペレタイズ、評価を行った。結果は表1に示した通りであった。実施例に示した、本発明のPPS樹脂組成物は従来技術によるPPS樹脂組成物と比べて、射出成形時における熱安定性に優れ、アイゾット衝撃強度の保持率が著しく優れることが明らかである。
【0159】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0160】
以上説明した通り、PPS樹脂の分子量分布を従来のPPS樹脂に比して狭くし、さらにPPS樹脂中のアルカリ金属含有量を低減することにより、本PPS樹脂原料から得られるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の構造の熱安定性が向上し、射出成形時に滞留等が生じた際も安定して高衝撃化したポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、およびその製造方法を提供することが可能となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)重量平均分子量(Mw)が1万以上、重量平均分子量/数平均分子量(Mn)で表される分散度が2.5以下であり、かつアルカリ金属含量が50ppm以下であるポリフェニレンスルフィド樹脂、(B)ポリエステル、ポリアミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリカーボネート、ポリエーテルケトン、ポリチオエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホンから選ばれる1種以上の熱可塑性樹脂からなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物であり、該ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物が構造周期0.01〜1μmの両相連続構造、または粒子間距離0.01〜1μmの分散構造を有することを特徴とするポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項2】
(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂、(B)ポリエステル、ポリアミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリカーボネート、ポリエーテルケトン、ポリチオエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホンから選ばれる1種以上の熱可塑性樹脂の合計量に対して、(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂が50重量%以上であることを特徴とする請求項1に記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項3】
ポリフェニレンスルフィド樹脂に含まれるアルカリ金属がナトリウムであることを特徴とする請求項1または2記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項4】
ポリフェニレンスルフィド樹脂を加熱した際の発生ガス成分中のラクトン型化合物がポリフェニレンスルフィド重量基準で500ppm以下であり、アニリン型化合物がポリフェニレンスルフィド重量基準で300ppm以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項5】
ポリフェニレンスルフィド樹脂が、下記一般式(1)で表される環状ポリフェニレンスルフィド混合物を、溶融加熱することにより得られたポリフェニレンスルフィド樹脂であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【化1】

(mは4〜20の整数、mは4〜20の混合物でもよい。)
【請求項6】
スピノーダル分解によって相分離せしめた、少なくとも2成分の樹脂からなり、かつポリフェニレンスルフィド樹脂を1種以上含むポリフェニレンスルフィド樹脂組成物であり、上記スピノーダル分解の初期過程において構造周期0.001〜0.1μmの両相連続構造を形成後、さらに構造周期0.01〜1μmの両相連続構造、または粒子間距離0.01〜1μmの分散構造まで発展せしめたものであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項7】
前記ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物が、溶融混練を経て製造されたものである請求項1〜6いずれか1項記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項8】
前記スピノーダル分解が、溶融混練時の剪断下では相溶し、吐出後の非剪断下で相分離するものである請求項6記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項9】
(A)重量平均分子量(Mw)が1万以上、重量平均分子量/数平均分子量(Mn)で表される分散度が2.5以下であり、かつアルカリ金属含量が50ppm以下であるポリフェニレンスルフィド樹脂、(B)ポリエステル、ポリアミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリカーボネート、ポリエーテルケトン、ポリチオエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホンから選ばれる1種以上の熱可塑性樹脂からなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物をスピノーダル分解により相分離せしめるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の製造方法であって、スピノーダル分解の初期過程において構造周期0.001〜0.1μmの両相連続構造を形成後、さらに構造周期0.01〜1μmの両相連続構造、または粒子間距離0.01〜1μmの分散構造まで発展せしめることを特徴とするポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の製造方法。
【請求項10】
(A)重量平均分子量(Mw)が1万以上、重量平均分子量/数平均分子量(Mn)で表される分散度が2.5以下であり、かつアルカリ金属含量が50ppm以下であるポリフェニレンスルフィド樹脂、(B)ポリエステル、ポリアミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリカーボネート、ポリエーテルケトン、ポリチオエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホンから選ばれる1種以上の熱可塑性樹脂からなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を溶融混練することによりスピノーダル分解を誘発することを特徴とする請求項9記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の製造方法。
【請求項11】
溶融混練時の剪断下で少なくとも2成分の樹脂を相溶し、吐出後の非剪断下で相分離することを特徴とする請求項10記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の製造方法。

【公開番号】特開2008−231249(P2008−231249A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−72707(P2007−72707)
【出願日】平成19年3月20日(2007.3.20)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.レーザーディスク
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】