説明

ポリフッ化ビニリデン多孔質濾過膜の製造方法

【課題】ファウリング等の問題を改善したポリフッ化ビニリデン多孔質分離膜を、有機溶剤を用いないで、簡易な操作で、環境的にも安心、安全に製造することが可能な方法を提供すること。
【構成】本発明の製造方法は、MPCとBMAとの共重合体を溶媒に溶解した溶液に、ポリフッ化ビニリデン多孔質膜を接触させて、該多孔質膜表面を改質する、多孔質分離膜の製造方法であって、前記共重合体におけるMPC構成単位と、BMA構成単位のモル比が、10〜50:90〜50であり、且つ該共重合体を溶解する溶媒として、水を用いることを特徴とし、得られる分離膜は、逆浸透膜、限外濾過膜、精密濾過膜、透析膜、イオン交換膜等に利用可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ファウリング等の物性を改善したポリフッ化ビニリデン多孔質濾過膜を、容易な操作で、且つ環境的にも有利な方法で製造しうる該多孔質濾過膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近、限外濾過、精密濾過、逆浸透などの多孔質濾過膜は、例えば、飲料水製造、上下水道処理、あるいは廃液処理など、多くの産業分野で利用されている。
このような多孔質濾過膜の中で、限外濾過膜や精密濾過膜は水質の浄化などに多用されており、例えば、透水性や機械的・化学的耐久性に優れる、ポリフッ化ビニリデンを主材とする多孔質濾過膜が多用されている。しかしながら、該ポリフッ化ビニリデン多孔質濾過膜は、疎水性が高く、ファウリングし易いことが問題となっていた。
ファウリングとは、原水に含まれるファウラントと呼ばれる原因物質、例えば、難溶性成分や、蛋白質、多糖類などの高分子の溶質、コロイド、微小固形物、微生物などが膜に沈着して透過流速を低下させる現象であり、膜性能低下の主要原因として知られている。
このようなファウリング対策としては、定期的に界面活性剤や逆洗と呼ばれる通常とは逆向きに水流を流すなどの方法で多孔質濾過膜を洗浄してファウリングを除去する方法、ファウリング抑制のための前処理剤などを使用する方法、あるいは、膜の作製方法に手を加えることにより、膜自体にファウリングを低減する効果を付与する方法などが検討されてきた。これらの方法は、効果的なファウリングを抑制する方法としては一定の効果はあるものの、蛋白質や微生物を原因とするファウリングに対する効果は十分とは言えなかった。
【0003】
そこで、このような蛋白質や微生物を原因とするファウリングに対する比較的効果の高い方法として、例えば、蛋白質や微生物などのファウラントを吸着抑制できる素材を、多孔質膜表面に共有結合あるいは吸着処理する方法が提案されている。例えば、特許文献1には、蛋白質や微生物などのファウラントを吸着抑制できる素材として、細胞膜の構成成分であるリン脂質を模倣したホスホリルコリン類似基を有する単量体を構成単位として含む重合体を用いることが提案されている。また、特許文献2及び3には、前述のホスホリルコリン類似基を有する単量体を構成単位として含む重合体により被覆された多孔質膜が開示されている。さらに、特許文献4には、ホスホリルコリン類似基を有する単量体を構成単位として含む重合体を含有するファウリング防止材が開示されている。
【0004】
上述の特許文献に記載された、ホスホリルコリン類似基を有する単量体を構成単位として含む重合体で被覆した多孔質膜の製造方法としては、該重合体を有機溶剤を含む溶液に溶解し、この溶液と多孔質膜を接触させる方法が記載されている。
しかし、このような有機溶剤を含む溶液を用いる方法においては、環境的に該有機溶剤を後処理する工程や設備が必要であり、多孔質濾過膜の製造を煩雑化し、コスト的にも問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平3−39309号公報
【特許文献2】特開平5−177119号公報
【特許文献3】国際公開第2002/009857号
【特許文献4】特開2006−239636号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、ファウリング等の問題を改善したポリフッ化ビニリデン多孔質分離膜を、有機溶剤を用いないで、簡易な操作で、環境的にも安心、安全に製造することが可能な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
従来、多孔質分離膜におけるファウリング等の問題を解決するために、多孔質膜を、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとブチルメタクリレートとの共重合体を溶媒に溶解した溶液に接触させる方法においては、該溶媒として、有機溶剤を含む溶液が常用されている。これは、上記共重合体において、両親媒性のホスホリルコリン類似基を有する2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンは、水への溶解度が高く、共重合体中における含有割合を高くした場合、多孔質分離膜から溶出し、性能維持が困難になるおそれがあるため、ある程度、ブチルメタクリレート等の疎水性単量体の割合を多くする必要があり、この場合、該共重合体を溶媒に確実に溶解させるには、有機溶剤を用いることが必要であるという当該分野における認識に基づくものである。
しかしながら、本発明者らは、特定の多孔質膜に、特定の共重合体を用いた場合に、溶媒として、有機溶剤を用いなくても、共重合体を水に溶解でき、且つ多孔質膜を改質処理した後に、その性能を、有機溶剤を用いた場合と同程度に維持しうることを見い出し、本発明を完成した。
【0008】
本発明によれば、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(以下、MPCと略す)とブチルメタクリレート(以下、BMAと略す)との共重合体を溶媒に溶解した溶液に、ポリフッ化ビニリデン多孔質膜を接触させて、該多孔質膜表面を改質する、多孔質分離膜の製造方法であって、前記共重合体におけるMPC構成単位と、BMA構成単位のモル比が、10〜50:90〜50であり、且つ該共重合体を溶解する溶媒として、水を用いることを特徴とするポリフッ化ビニリデン多孔質分離膜の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0009】
本発明の製造方法は、ポリフッ化ビニリデン多孔質膜表面のMPCとBMAとの共重合体による改質に、MPC単位とBMA単位とを特定割合とした共重合体を用い、且つ該共重合体を溶解する溶媒として、有機溶剤を用いないで水を用いるので、操作が簡易であり、低コストかつ環境的にも安心、安全に、ファウリングの問題が改善されたポリフッ化ビニリデン多孔質分離膜を得ることができる。また、得られるポリフッ化ビニリデン多孔質分離膜は、従来の有機溶剤を用いて製造したものと、同程度の性能維持率を確保することが可能である。従って、本発明の製造方法により得られる多孔質分離膜は、逆浸透膜、限外濾過膜、精密濾過膜、透析膜、イオン交換膜等の各種分離膜に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実施例及び比較例においてファウリング効果確認試験を行った試験装置の概略を示す概略図である。
【図2】実施例及び比較例におけるファウリング効果確認試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の製造方法は、MPCとBMAとの特定割合の共重合体を特定溶媒に溶解した溶液に、ポリフッ化ビニリデン多孔質膜を接触させて、該多孔質膜表面を改質する工程を含む。該表面改質により、得られる多孔質分離膜は、改質する前のポリフッ化ビニリデン多孔質膜に比して、ファウリングの問題等が改善される。
【0012】
本発明に用いるポリフッ化ビニリデン多孔質膜は、ポリフッ化ビニリデン樹脂、例えば、フッ化ビニリデン単独重合体又はフッ化ビニリデン共重合体を、溶融賦型−延伸法、溶融賦型−抽出法、湿式賦型法等の公知の種々の方法により多孔質膜としたものであれば特に限定されない。
フッ化ビニリデン共重合体としては、例えば、フッ化ビニリデンと、四フッ化エチレン、六フッ化プロピレン、三フッ化塩化エチレン、エチレン等からなる群より選ばれた少なくとも1種との共重合体が挙げられる。これらは単独で、又は必要に応じ、2種以上混合して用いることができる。
ポリフッ化ビニリデン多孔質膜の空孔率は特に制限は無いが20〜90容量%の範囲が好ましい。多孔質膜の形態は、中空糸状、チューブ状、フィルム状等どのような形態でも良い。このような形態の多孔質膜の製造は、公知の方法により行うことができる。
ポリフッ化ビニリデン多孔質膜は、未使用のもの、使用済みのものどちらも使用できるが、使用済み多孔質膜を用いる場合、予め公知の方法で洗浄し、ファウラントをできるだけ除去しておくことが望ましい。
【0013】
本発明に用いるMPCとBMAとの共重合体は、MPC構成単位と、BMA構成単位の割合が、モル比で、10〜50:90〜50であり、好ましくはMPC30モル%、BMA70モル%である。MPC構成単位が10モル%未満、即ち、BMA構成単位が90モル%を超える場合には、十分なファウリング抑制効果を示さないおそれが。一方、MPC構成単位が50モル%を超える場合、即ち、BMA構成単位が50モル%未満の場合には、得られる多孔質分離膜の改質維持が低下するおそれがある。
なお、共重合体のMPC構成単位の存在量の測定は、例えば、X線光電子分光法により行うことができる。
該共重合体の種類としては交互共重合体、ランダム共重合体、ブロック共重合体などの公知の重合体いずれであっても良い。
【0014】
前記共重合体の重合法としては、溶液重合、塊状重合、乳化重合、懸濁重合等公知の方法を用いることができ、例えば、MPCとBMAを溶媒中で開始剤の存在下、重合反応させる方法を採用することができる。
前記重合反応に用いる溶媒としてはモノマーが溶解すればよく、具体的には例えば、水、メタノール、エタノール、プロパノール、t−ブタノール、ベンゼン、トルエン、ジメチルホルムアミド、テトラヒドロフラン、クロロホルム又はこれら2種以上の混合液が挙げられる。
前記重合反応に用いる開始剤としては、通常の開始剤ならばいずれを用いてもよく、例えば、ラジカル重合の場合は脂肪族アゾ化合物や有機過酸化物を用いることができる。
【0015】
本発明に用いる共重合体の分子量は溶媒である水に溶解する分子量とする必要がある。該分子量としては、ゲルパーミエーションクロマトグラフ(GPC)により、標準ポリエチレングリコールを用いて換算した重量平均分子量で、好ましくは1万以上、特に好ましくは10万以上30万以下である。該分子量が1万未満の場合には、得られる多孔質分離膜表面から共重合体が短時間で溶出するおそれがあり、分子量が高すぎる場合には、溶媒である水に溶解せず、本発明の製造方法を実施し得ないおそれがある。
【0016】
本発明の製造方法において、上記共重合体を溶解する溶媒は、水であり、実質的に有機溶剤を含まないものである。該水は、通常、精製水等を用いることができる。
前記共重合体を溶媒である水に溶解する際の濃度は、該共重合体の濃度が低すぎると十分な効果を得ることができないおそれがあるため、0.0001質量%以上が好ましく、高すぎると経済性に優れないため1.0質量%以下が望ましい。
上記溶媒に溶解した共重合体溶液には、必要に応じて各種添加成分を含有させることができる。例えば、pHを安定させるためのリン酸塩などの緩衝液成分、あるいはNaClなどの塩成分や次亜塩素酸ナトリウムなどの洗浄・抗菌成分が挙げられる。
【0017】
前記共重合体液にポリフッ化ビニリデン多孔質膜を接触させる方法は、例えば、前記共重合体液に、該多孔質膜を浸漬する方法が挙げられる。
前記接触させる際の条件は、本発明の効果が得られるように、多孔質膜表面を改質しうる範囲で適宜選択することができる。該接触条件としては、通常、共重合体液温度2〜60℃で1〜120分間接触させる条件が挙げられる。また、共重合体液のpHは、2.0〜9.0の範囲に保持することが好ましい。
上記接触により得られるポリフッ化ビニリデン多孔質分離膜は、乾燥させて保管してから使用することができる。また、使用前の前処理などは特に必要はなく、そのまま使用することができる。
【実施例】
【0018】
以下、本発明を実施例及び比較例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
合成例1−3
MPCとBMAとの共重合体(モル比3:7)の合成
MPCおよびBMAを30mol%:70mol%のモル比で水−エタノール混合液に溶解し、4つ口フラスコに入れ、30分間窒素を吹き込んだ。続いて、重合開始剤として登録商標パーブチル−ND(日油社製)を添加し、60℃で3時間攪拌後、70℃で1.52時間攪拌、その後、室温に冷却し、アセトンによる再沈あるいは濾過精製することにより4種のMPCとBMAの共重合体を合成した。得られた共重合体をX線光電子分光法によりMPC単位の存在量を測定したところいずれも30mol%であった。
得られた共重合体を、ゲルパーミレーションクロマトグラフにより標準ポリエチレングリコールを用いて換算した重量平均分子量は約100000(合成例1)、300000(合成例2)、1000000(合成例3)であった。
得られた各共重合体について、1質量%となるように水への溶解性を評価したところ、合成例1および2の共重合体は無色透明の水溶液を得ることができたが、合成例3の共重合体はほとんど溶けず、水溶液を得ることはできなかった。
【0019】
実施例1
合成例1で合成した分子量100000の共重合体の0.5質量%水溶液を調製した。この共重合体水溶液に、自製したポリフッ化ビニリデン多孔質膜中空糸(内径/外径:0.8/1.2mm、空孔率70%)を室温で1時間浸漬した。余剰の共重合体を除去するために10分間純水で洗浄し、ポリフッ化ビニリデン多孔質中空糸分離膜を調製した。得られた中空糸分離膜を用いて以下の試験を行った。
【0020】
ファウリング効果確認試験
タンパク質の一種である牛血清アルブミンをモデルタンパク質としてタンパク質含有液に対するファウリング抑制効果を確認した。試験装置の概略図を図1に示す。以下に、具体的な実験方法を説明する。
上記で調製した中空糸分離膜を用い、牛血清アルブミン(和光純薬社製)を1000ppmとなるように溶解した液(ファウラント原液)について、クロスフロー方式、圧力0.5atm、流速16mL/min、液温15℃で120分間試験を行い、所定時間毎の絶対透水量(L・m-2・h-1・atm-1)を以下の式に従って測定した。結果を図2に示す。
絶対透水量=透過水量(L)/[中空糸膜表面積(m2)×透過時間(h)×透過圧力(atm)]
【0021】
実施例2
共重合体として合成例2で合成した分子量300000の共重合体を用いた以外は実施例1と同様に中空糸分離膜を調製し、試験を行った。結果を図2に示す。
【0022】
比較例1
実施例1及び2で用いたポリフッ化ビニリデン多孔質膜中空糸を、共重合体による接触処理をしないでそのまま用いた以外は実施例1と同様に試験を行った。結果を図2に示す。
【0023】
図2の結果より、いずれの実施例の場合も絶対透過水量は未処理のポリフッ化ビニリデン多孔質膜よりも高かった。絶対透水量が高いことはファウリングに対して抵抗性があることを示す。つまり、実施例の方法で共重合体を接触させて改質処理したポリフッ化ビニリデン多孔質膜は、未処理のポリフッ化ビニリデン多孔質膜と比較していずれも蛋白質ファウリング抑制効果が認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとブチルメタクリレートとの共重合体を溶媒に溶解した溶液に、ポリフッ化ビニリデン多孔質膜を接触させて、該多孔質膜表面を改質する、多孔質分離膜の製造方法であって、
前記共重合体における2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン構成単位と、ブチルメタクリレート構成単位のモル比が、10〜50:90〜50であり、且つ該共重合体を溶解する溶媒として、水を用いることを特徴とするポリフッ化ビニリデン多孔質分離膜の製造方法。
【請求項2】
2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとブチルメタクリレートとの共重合体の重量平均分子量が、10万以上30万以下であることを特徴とする請求項1記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−55870(P2012−55870A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−204252(P2010−204252)
【出願日】平成22年9月13日(2010.9.13)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【出願人】(000004341)日油株式会社 (896)
【Fターム(参考)】