説明

ポリペプチド、及び該ポリペプチドからなるタンパク質、並びにそれらを有効成分とする歯周組織再生剤

【課題】SEQ ID NO:1(H−2)で示されるポリペプチドと同じくらい、ヒト歯根膜細胞の細胞分化活性を示すことができる新規なポリペプチドを提供する。また、このような新規なポリペプチドや該ポリペプチドからなるタンパク質を有効成分とすることで、歯根膜などの歯周組織を効果的に回復することのできる歯周組織再生剤をも提供する。
【解決手段】SEQ ID NO:35(H−2’)またはSEQ ID NO:36で示されるアミノ酸配列を含有するポリペプチド。このポリペプチドは、ヒトのシースリンのN末端側からプロテアーゼにより分解生成したヒトエナメルシースプロテインのC末端側ペプチドから合成されることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト歯根膜細胞の細胞分化活性、すなわち歯根膜再生能などを有するエナメルシースプロテインを導くポリペプチドに関する。
また、本発明は、このようなポリペプチドや該ポリペプチドからなるタンパク質を有効成分とすることで、歯根膜などの歯周組織を効果的に回復することのできる歯周組織再生剤に関する。
【0002】
本明細書では、アミノ酸配列または塩基配列をSEQ ID ナンバーで表す。
また、本明細書において、「タンパク質」という用語は、タンパク性セグメントを意味し、それは約150個以上の連続したアミノ酸からなり、遺伝子によりコードされたアミノ酸が70%以上含まれるものを言う。また、「ポリペプチド」という用語は、約3〜150個までの連続したアミノ酸からなるタンパク性セグメントを意味する。
【背景技術】
【0003】
歯と歯周組織の模式図(図1)に示すように、歯周組織の再生では、歯の根の発育をなぞるように、最初にコラーゲン繊維束が埋め込まれたセメント質の再生(Cementum Regeneration、以下「CR」と記すことがある)が起こり、次に歯根膜再生と歯槽骨再生が起こるといわれている。
エナメル質の形成に関わる作用のあるエナメルタンパク質が、歯周組織の誘導・再生にも関わっていることが明らかになって以来、該エナメルタンパク質の調製物(商業的には、ブタのエナメル質基質由来物(Enamel Matrix Derivatives)を主成分とし、登録商標「EMDOGAINTM」として市販されている)が、歯周病治療における歯根膜再生に臨床的に使われてきている。
【0004】
しかし、このようなエナメルタンパク質の調製物は多成分系(25kDaアメロゲニン、89kDaエナメリン、65kDaシースリンの3種のタンパク質で主に構成されている)であるゆえ、それらの生理活性のメカニズムやそれらに関わる分子などが完全には解明されておらず、実際の治療時に歯根膜再生が必ずしも期待されるレベルの結果に達しないケースが少なくなかった。加えて、現在、ブタの幼若エナメル質基質からの抽出物が使われているので、薬剤の調製前に加熱されてはいるが、E型ウイルスあるいは未同定ウイルスの感染の危険性もある。
その後の研究にて、上記3種のタンパク質のうち、(アメロゲニンやエナメリンではなく)シースリンのみが、頬側裂開型骨欠損のイヌを使った動物実験にて、セメント質と歯根膜の再生能を示し、またヒト歯根膜細胞を使った培養系実験にて、ヒト歯根膜細胞の分化活性を促進したことからが明らかとなり、歯周組織の再生に作用しないタンパク質をマルチに含んでいるブタ由来のエナメルタンパク質をそのまま歯周病治療に使用するには、多大な改良の余地が生じてきている。
【0005】
上記シースリンは、エナメル芽細胞から分泌されると直ちに、N末端から由来する17kDaのエナメルシースプロテイン(Enamel Sheath Protein、以下「ESP」と記すことがある)、分子の中央から由来する25kDaの酸性タンパク質、C末端から由来する19kDaのカルシウム結合性タンパク質の3つのセグメントに分解される。
これまでに、それら3つのセグメントのうち、17kDaのESPが、歯の発育中、エナメル小柱鞘(シース)の構築に関与していて、ヒトやブタのシースリンのN末端側からプロテアーゼによる一回の切断によって生成する産物であることが明らかになっている。すなわち、前記65kDaのシースリンは、17kDaESPの親タンパクであり、17kDaESPと比較すると歯周組織再生に直接関わる箇所以外の部分を含んでいる可能性があり、その全てのアミノ酸配列(ブタの場合は421個、ヒトの場合は447個)が必ずしも歯周組織の再生に必要ではない。
【0006】
本発明者らは、先に、ブタのシースリンを構成する421個のアミノ酸配列のうち「SEQ ID NO:10で示される170個のアミノ酸配列」と、ヒトのシースリンを構成する447個のアミノ酸配列のうち「SEQ ID NO:11で示される196個のアミノ酸配列」が、より歯周組織再生作用の強い部位を包含していることを見出し(特許文献1参照)、
続いて、これら2つの170個以上で構成されるアミノ酸配列を元にして、3〜66個程度の短いポリペプチドを合成することで、それらアミノ酸配列のうち、実際にどの部位が、ヒト歯根膜(Human PerioDontal Ligament、以下「HPDL」と記すことがある)細胞の細胞分化活性を最も促進するのかを検討してきた(特許文献2参照)。
【0007】
上記特許文献2には、本発明者らが、SEQ ID NO:1〜34で示される様々な短いポリペプチドについて検討をした結果、ヒト由来のものでは、SEQ ID NO:1とSEQ ID NO:2で示されるアミノ酸配列を有するポリペプチドが、特に、HPDL細胞のアルカリホスファターゼ(Alkaline Phosphatase、以下「ALP」と記すことがある)活性を増強させることが記載されている(なお、ALP活性は、細胞培養システムにおいて、骨芽細胞系細胞の細胞分化の標準マーカーとされている。)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−143165号公報
【特許文献2】特表2008−534674号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J Dent Res 2003; 82: 982-986
【非特許文献2】J Dent Res 2002; 81: 103-108
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このように、臨床の現場では、歯周組織再生剤の有効成分として、少量塗布するのみで、速やかに、かつ優れた歯周組織の再生作用を発揮し、かつ歯周組織の再生に直接関与するタンパク質以外の余分なタンパク質を含まないものの開発が常に望まれている。
具体的には、例えば、歯周組織再生に関与しない余分なタンパク質がもたらす副作用、ウイルス感染の危険性などが極力少ない歯周組織再生剤の開発が強く要望されている。
【0011】
本発明は、このような要望を受け、前述のSEQ ID NO:1で示されるポリペプチドと同じくらい、ヒト歯根膜細胞の細胞分化活性を示すことができる新規なポリペプチドの提供を課題とする。また、本発明は、このような新規なポリペプチドや該ポリペプチドからなるタンパク質を有効成分とすることで、歯根膜などの歯周組織を効果的に回復することのできる歯周組織再生剤の提供をも課題とする。
なお、本発明において歯周組織とは、セメント質、歯根膜、歯肉、歯槽骨などを意味する(前述の図1参照)。したがって、本発明の歯周組織再生剤は、それらの組織を再生するという目的を有するものであるが、主にセメント質、歯根膜の再生作用に特に優れ、その他の歯周組織については二次的な再生作用を有するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために、まず、ヒトの歯のエナメル質(厚さが約2.0〜2.5mm程度)の試料を調製することは不可能に近いので、歯の主成分である象牙質の象牙芽細胞がエナメル芽細胞と同じようにエナメルタンパク質を発現していることに着目し、矯正治療で抜いたヒトの小臼歯から象牙芽細胞を試料として調製した。
次いで、該象牙芽細胞からシースリンのmRNAをクローニングすることで、データベースを元に塩基配列を決めたところ、前述のSEQ ID NO:11の154番目のGlyというアミノ酸が欠けていることを見出し、さらなる検討を重ねた結果、
その欠けている部分を含んだポリペプチド(SEQ ID NO:11の154番目のGlyが欠けた状態のポリペプチド)が、前述のSEQ ID NO:1で示されるポリペプチドと同じくらいの歯根膜細胞の分化活性を示すことがわかり、本発明に至った。
【0013】
本発明は、このような知見をもとになし得たものであり、以下を要旨とする。
(1)154番目のGlyのないSEQ ID NO:35またはSEQ ID NO:36で示されるアミノ酸配列を含有するポリペプチド。
(2)ヒトのシースリンのN末端側からプロテアーゼにより分解生成したヒトエナメルシースプロテインのC末端側ペプチドから合成されることを特徴とする前記(1)に記載のポリペプチド。
(3)前記(1)または(2)に記載のポリペプチドからなるタンパク質。
(4)前記(1)または(2)に記載のポリペプチド、あるいは、前記(3)に記載のタンパク質を有効成分とする歯周組織再生剤。
【発明の効果】
【0014】
本発明のSEQ ID NO:35(SEQ ID NO:36)で示されるポリペプチドは、特許文献1,2に記載のSEQ ID NO:1(SEQ ID NO:11)で示されるポリペプチドと同等の歯根膜再生能を発現でき、しかも、これら公知のポリペプチドよりもアミノ酸が1ヶ少ないので人工的(化学的)により合成しやすいという優れた効果を有する。
本発明の歯周組織再生剤は、このようなポリペプチドまたは該ポリペプチドからなるタンパク質を有効成分とするので、少量塗布するのみで、速やかに、かつ優れた歯周組織の再生作用を発揮できるうえ、歯周組織再生に関与しない余分なタンパク質がもたらす副作用、ブタ由来のタンパク抽出物がもたらすウイルス感染の危険性などの虞がないものである。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】歯と歯周組織の名称を説明する模式図である。
【図2】ブタとヒトのエナメルシースプロテイン(ESP)のアミノ酸配列である。
【図3】1α-25ジヒドロキシ-ビタミンD(VD)添加の有無によるHPDL細胞のALP誘導活性の違いを示したグラフである。(A)は、TGF-β1の、VD添加の有無によるHPDL細胞におけるALP活性の違いを示し、(B)は、合成ESPペプチドであるH-1、H-2、H-3、H-4、H-5のVDを添加した時のHPDL細胞におけるALP活性、(C)は、それら合成ESPペプチドのVDを添加しない時のHPDL細胞におけるALP活性を示す。
【図4】TGF-β1、BMP-2、合成ESPペプチドによるHPDL細胞のALP誘導活性を示したグラフである。
【図5】TGF-β1、合成ESPペプチドH-2のALP誘導活性におけるTGF-β1受容体阻害剤(SB)を加えた際の影響を示すグラフである。(A)がTGF-β1のALP誘導活性、(B)がH-2のALP誘導活性を示す。
【図6】H-2ペプチドとTGF-β1の石灰化活性を調べた結果であり、(A)が、アリザリンレッドSで染色した写真、(B)が、測定したカルシウム量(ng/cm2)を示す。
【図7】(A)が骨シアロタンパク遺伝子の発現、(B)がオステオカルシン遺伝子の発現、(C)がオステオポンチン遺伝子の発現、についてそれぞれライトサイクラーを使った半定量的PCRの測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のポリペプチドは、SEQ ID NO:35またはSEQ ID NO:36で示されるアミノ酸配列を含有する。
図2に、ブタとヒトのエナメルシースプロテイン(ESP)のアミノ酸配列を示す(影をつけてある部分は、オルタネイティブ(選択的)スプライシングの結果、得られる部位を表している)。図2中「p」は、ブタESP配列(SEQ ID NO:10)、「h」は、データベースによって得られたヒトESP配列(SEQ ID NO:11)、「h'」は、象牙芽細胞の試料から得られたcDNA配列から決定されたヒトESP配列(SEQ ID NO:36)である。
SEQ ID NO:35は、図2に示す「h'(SEQ ID NO:36)」の中の144〜156段目に相当する13個のアミノ酸配列(SDKPPKPELPVDF)を指す。
【0017】
図2からも明らかなように、SEQ ID NO:36は、195個のアミノ酸からなるので、特許文献1,2に記載の196個のアミノ酸からなるSEQ ID NO:11よりアミノ酸が1個少ない。そして、13個のアミノ酸からなるSEQ ID NO:35は、SEQ ID NO:11の中の144〜157段目に相当する14個のアミノ酸からなるSEQ ID NO:1よりアミノ酸が1個少ない。
すなわち、本発明のSEQ ID NO:35(SEQ ID NO:36)で示されるポリペプチドは、特許文献1,2に記載のSEQ ID NO:1(SEQ ID NO:11)で示されるポリペプチドよりも、それぞれアミノ酸が1ヶずつ少ないので、人工的(化学的)により合成しやすいという優れた効果を有する。
【0018】
なお、図2(図中、「h」の165〜190段目、「h’」の164〜189段目)に示すように、ヒトESPのアミノ酸配列は、C末端側の近く(後ろ)に、エクソン8と9に相当する26残基分、余分にペプチドをもっている。これら余分なペプチドに相当するエクソンは、ブタを含めて他の哺乳動物には見られないが、ヒトのDNA上ではエクソン7の2つの重複から由来している。また、AMBN(アメロブラスチン)エクソン7にGly154に相当するGAGコドンを持っている人達がいる。すなわち、ヒトESPを発現するポリペプチドとしては、154番目のGlyが欠損した配列のもの(SEQ ID NO:35またはSEQ ID NO:36)と、そのGlyを含む配列のもの(SEQ ID NO:1またはSEQ ID NO:11)との変異がある。
【0019】
本発明では、上記ポリペプチドを、定法に基づき化学的に合成する(例えば、該ポリペプチドをコードするDNAを有するプラスミドを用いてリコンビナントタンパク質として調製する、など)こともできるし、ヒトのシースリンのN末端側からプロテアーゼにより分解生成したヒトエナメルシースプロテインのC末端側ペプチドから合成してもよい。
【0020】
また、本発明は、SEQ ID NO:35またはSEQ ID NO:36で示されるアミノ酸配列を有するポリペプチドからなるタンパク質も提供する。
タンパク質は、基本的に一つのアミノ酸配列からなりたっているが、そのような一つのアミノ酸配列は、幾つかの追加アミノ酸残基、たとえば、1〜約100個程度の追加残基を伴って存在することもある。
この追加のアミノ酸残基(連続してエンコードしている配列)とは、自然にポリペプチドと関連しているもの、あるいはヘテロなアミノ酸残基/ペプチド配列のようなものである。そのようなタンパク質は、幾つかの追加アミノ酸残基を持ち得るし、あるいは数百またはそれ以上の追加アミノ酸残基を含み得る。
【0021】
本発明の歯周組織再生剤は、以上のようなポリペプチド、あるいは、該ポリペプチドからなるタンパク質を有効成分とする。
このとき、ポリペプチド、あるいは、該ポリペプチドからなるタンパク質(以下、便宜的に「本発明によるエナメルシースプロテイン」と呼ぶことがある)は、前述したアメロゲニンやエナメリンなどを会合していてもよく、これらを会合した複合体の方が優れた歯周組織再生作用を発揮することもある。
【0022】
本発明によるエナメルシースプロテインは、本発明の歯周組織再生剤100mgに、有効成分として、0.001〜3mg、好ましくは0.01〜1mg程度含有させることにより、歯周組織の再生作用を十分に発揮することができる。
有効成分の量が上記未満では、歯周組織の再生作用が十分に得られないことがあり、上記より多いと、効果が飽和しているにもかかわらず、コストが高くなり経済的に不利となる。
【0023】
なお、製剤化する際、本発明によるエナメルシースプロテインについては、必要に応じて、それらの中に含まれるプロテアーゼを失活させ、個体が有するウイルスなどの感染を防ぐため、滅菌処理を行うことが好ましい。必要以上に高温、長時間の滅菌処理を行うと、有効成分となるエナメルシースプロテインが変性して失活する虞があるので、一般的には60〜100℃程度において、10〜60分程度の滅菌処理を行うとよい。
本発明によるエナメルシースプロテインは、本発明の歯周組織再生剤の有効成分であって、エナメル質形成に関わる作用を有することはもちろんであるが、優れた歯周組織再生作用を有するため、主に歯周病などの歯科系疾患を治療した後に、除去した歯周組織を再生することを目的とした治療薬として用いることができ、ブラッシングによる歯肉の退縮や、治療した際に用いた義歯による歯根露出などに対処して歯周組織を再生することを目的とする治療薬として用いることもできるほか、インプラント表面を構成するバイオマテリアルなどとしても用いることができる。
【0024】
本発明によるエナメルシースプロテインは、そのまま用いたり、純水などに溶解して用いたりしても構わないが、口内に入れても差し障りのないものであって、高い粘度を有するPGA(プロピレングリコールアルギン酸塩)やヒアルロン酸などに溶解させて用いると、塗布したい部位に保持され定着しやすくなる。また、上記のような用途に用いやすくするために、有効成分であるエナメルシースプロテインのほかに、抗炎症剤、増量剤、香料、細胞成長増殖因子(TGF)や骨形成因子(BMP)などの増殖因子などを添加して歯周組織再生剤としてもよい。
また、本発明の歯周組織再生剤を用いる治療と、GTR法などの治療とを組み合わせることにより、さらに効果的に歯周組織再生作用を得ることも期待できる。
【実施例】
【0025】
〔材料と方法〕
ヒトエナメルシースプロテイン(ESP)のC末端側アミノ酸配列を元に合成したペプチドで、それらのHPDL細胞の培養時のアルカリホスファターゼ(ALP)の増進と石灰化能を調べた。
【0026】
〔ヒトESP配列の決定〕
セメント質の再生(CR)活性を示すリコンビナントエナメルシースプロテインあるいは生理活性ペプチドはヒト象牙芽細胞から調製したヒトシースリン(アメロブラスチン)cDNAを元にして作成することが出来る(非特許文献1参照)。
ヒト象牙芽細胞は、非特許文献2に記載の方法で、矯正治療のために抜去された健康な小臼歯から得られた。新鮮抜去歯は長軸方向に"骨のみ"で割り、ピンセットで歯髄を除去後、象牙前質の表面に残存している象牙芽細胞をはがした。象牙芽細胞には、アメロゲニン、エナメリン、シースリン、エナメリシン(MMP-20)、(プロテアーゼである)KLK4などが発現しているので、総RNAをStratagene Total RNA Miniprep Kitとそのプロトコル(Stratagene, La Jolla, CA, USA)を使って調製した。
【0027】
cDNAは、Ready-To-Go You-Prime First-Strand Beads(Amersham-Pharmacia Biotech, Piscataway, NJ, USA)を使って合成された。ヒトエナメルシースプロテインのPCRプライマーはGenBank databaseにある塩基配列を元にデザインした。2つのプライマーペアは5'-TGAAGGACCTGATACTGATCC (SEQ ID NO:37)と 5'-TGATTTGCTCCAAAAGGCACG (SEQ ID NO:38)で、増幅産物は718bpであった。
【0028】
〔合成ペプチド〕
ヒトとブタのESPのC末端側ペプチドの配列を元に幾つかのポリペプチドを合成した。それらの配列を表1に示す。
表1中、P-1ペプチドは、以前の研究でブタの合成ESPペプチドの中で最もALP誘導活性が高かったので、コントロールとして用いた。
【0029】
【表1】

【0030】
〔HPDL細胞とST2細胞の細胞培養〕
正常な人の歯根膜細胞を、
・10%の子牛血清(FBS, Asahi Technoglass, Chiba, Japan)、
・1α-25ジヒドロキシ-ビタミンD3(Calbiochem, La Jolla, CA, USA)のあるなしのどちらか、
・1%の抗菌剤(100U/mLのペニシリンGと100μg/mLの硫酸ストレプトマイシン; Gibco BRL, Grand Island, N.Y., USA)、
を含むα-minimal essential medium (α-MEM)中、5%炭酸ガスを含み湿潤にした条件下、37℃で培養した。
マウス骨髄細胞由来の骨芽細胞様細胞であるST2細胞(Riken Cell Bank, Tsukuba, Japan)についても、上記歯根膜細胞と同様の条件で培養した。
【0031】
〔アルカリホスファターゼ活性の分析〕
上記の条件で培養したHPDL細胞とST2細胞とを用いた細胞培養システムにて、表1に示すブタの合成ペプチド1個とヒトの合成ペプチド11個のALP誘導活性を、下記するように分析した。
ポジティブコントロールとしては、リコンビナント成長因子である「骨誘導因子-2(以下、「BMP-2」と表記する:TECHNE Co., MN, USA)1μg/mL」と「トランスフォーミング成長因子-β1(以下、「TGF-β1」と表記する:R&D Systems, Inc., MN, USA)0.5あるいは1ng/mL」とを使用した。
【0032】
HPDL細胞については、まず、96穴プレートを使い、1つのウェル(well)に約5×10個ずつ播種し、24時間インキュベーションした。その後、培地を、10nMの1α-25ジヒドロキシ-ビタミンD(以下、「VD」と略すことがある)を含み、純水に溶かした合成ぺプチドかポジティブコントロール(成長因子)のどちらかを含むα-MEM培地に交換した。
96時間のインキュベーション後、細胞を、リン酸バッファーである生理食塩水にて1回洗い、5mM MgClを含み、基質として10mM p-ニトロフェニルリン酸を含む100mM 2-amino-2methel-1,3-propanediol-HCl緩衝液(pH10.0)中で、10分間、37℃でインキュベーションして、そのALP活性を測定した。このとき、0.2M NaOHを加えて反応をストップさせてから、405nmの吸光度を、プレートリーダーを用いて測定した。なお、合成ペプチドをこれらHPDL細胞培養システムに添加するときの濃度は25あるいは50μg/mLとし、また、TGF-β1受容体阻害剤(SB431542, 10μM)も、合成ペプチドのALP誘導活性に対する影響を調べるために、これらHPDL細胞培養システムに添加された。
【0033】
図3に、1α-25ジヒドロキシ-ビタミンD(VD)のあるなしでヒト歯根膜(HPDL)細胞のアルカリホスファターゼ(ALP)誘導活性の違いを示す。
図3(A)は、トランスフォーミング成長因子-β1(TGF-β1)の、VDのあるなしでHPDL細胞におけるALP活性を示す。図3(A)に示すように、TGF-β1は、VDを添加した時、用量依存的にHPDL細胞のALP活性を上昇させた。
図3(B)は、合成ESPペプチドであるH-1、H-2、H-3、H-4、H-5(表1に示すとおり、SEQ ID NO:3、NO:1、NO:2、NO:4、NO:5)の、VDを加えた時のHPDL細胞におけるALP活性を示す。
図3(C)は、合成ESPペプチド(H-1からH-5)の、VDを加えない時のHPDL細胞におけるALP活性を示す。
【0034】
図3に示すように、HPDL細胞のALP活性のレベルは、合成ESPペプチド、TGF-β1を加えた細胞培養システムのいずれにおいても、VDを加えると増強することがわかった。
【0035】
図4に、合成ESPペプチドと、ポジティブコントロールであるTGF-β1、BMP-2によるHPDL細胞のALP誘導活性を示す。
図4に示すように、合成ペプチドのH-2(SEQ ID NO:1)とH-2'(SEQ ID NO:35)は他の合成ペプチドに比べて最も高い活性であった。図4のデータは、5つの培養結果の平均(means±SEM)を表している。*は、H-2に対しての有意差(p<0.01)を表す。全て、10nM VDを加えた培養システムであり、合成ペプチドは50μg/mLの濃度で、TGF-β1は1ng/mLの濃度で調べた。
また、VDを添加した細胞培養システムであったにも拘らず、BMP-2のALP活性のレベルでは増強が見られなかった。
【0036】
図3,4から、複数の合成ペプチドが、HPDL細胞のALP活性を誘導したことがわかったが、TGF-β1よりは高い濃度が必要だったし、ALP活性はTGF-β1のそれよりどれも高くならなかった。
また、図4に示すように、H-2ペプチドは、ヒトの合成ペプチドとP-1ペプチドの中では最も高いHPDL細胞のALP誘導活性を持っていた。H-2ペプチドより小さいサイズのペプチドは、H-2'ペプチドを除いてどれも活性が低かった。
【0037】
図5に、TGF-β1及び合成ペプチドH-2(SEQ ID NO:1)のALP誘導活性におけるTGF-β1受容体阻害剤(SB431542(以下、「SB」と略すことがある)を加えた際の影響を示す。HPDL細胞は10nM VDを加えて培養した。SBは10μMの濃度にて加え、TGF-β1は0〜5ng/mLの範囲の濃度で調べた。
図5(A)に示すように、TGF-β1の阻害剤であるSB431542によって、TGF-β1のALP誘導活性は顕著に阻害されたが、図5(B)に示すように、合成ペプチドH-2に反応して上昇したHPDL細胞のALP誘導活性はSBを添加しても阻害されず、その影響を受けなかった。これは、合成ペプチドの細胞分化活性が、TGF-β1受容体とは別の受容体を経て誘導されることを示唆している。
【0038】
なお、結果を図示してはいないが、ST2細胞のALP活性は、BMP-2で増強され、TGF-β1では増強されず、どの合成ペプチドでも増強されなかった。
【0039】
〔TGF-β1と合成ペプチドH-2の石灰化活性〕
リコンビナントTGF-β1と合成ペプチドH-2(SEQ ID NO:1)について、HPDL細胞の石灰化活性を、下記するように分析した。合成ペプチドH-2はALP誘導活性が、どの合成ペプチドよりも高かったので、該ペプチドの石灰化活性を調べることにした。
HPDL細胞を、6穴プレートにそれぞれ1×10個ずつ播き、24時間培養した。その後、その培地を、50μMアスコルビン酸、10mM β-グリセロリン酸、10nM 1α-25ジヒドロキシ-ビタミンD(分化培地)、試料(TGF-β1:1ng/mL、H-2:25μg/mL)をそれぞれ含む成長培地に交換した。
培地を72時間ごとに交換しながら、細胞を28日間培養し、培地を捨て、アリザリンレッドS染色とカルシウム量とで、石灰化活性を調べた。
【0040】
〔分析方法〕
アリザリンレッドS染色のために、28日間培養した細胞を100%メタノールで固定し、10分間アリザリンレッドSで染色した。アリザリンレッドSの染色液は1%のアリザリンレッドS(sodium alizarin sulfonate:Sigma)を純水に溶かし、0.1Nアンモニア水でpH6.4に調製したものである。
カルシウム量を測るためには、細胞部分を0.5N塩酸に溶解させた。その溶液についてCalcium C-test kit(Wako Pure Chemical Industries Ltd, Osaka、Japan)で反応させ、570nmの吸光度を、プレートリーダーを用いて測定した。ヒトエナメルシースプロテインに相当するcDNAのDNA塩基配列はALF DNA zSequencer(Pharmacia, LKB ALF, Sweden)で決定した。
【0041】
図6に、H-2ペプチドとTGF-β1の石灰化活性の結果を示す。図6中の「Cont」は、試料(TGF-β1やH-2)が一切添加されていないコントロールを示す。
図6(A)が、アリザリンレッドSで染色した写真であり、図6(B)が、測定したカルシウム量(ng/cm)である。
【0042】
図6(A),(B)に示すように、H-2ペプチドは、コントロール(これも石灰化する)よりも石灰化を誘導することがわかったが、その誘導レベルは、ポジティブコントロールであるTGF-β1のそれよりは低かった。
【0043】
〔ライトサイクラーを使った半定量的PCR〕
HPDL細胞の分化の状態と関係する石灰化組織マーカーであるオステオポンチン、オステオカルシン、骨シアロタンパクの発現について、石灰化を誘導する培地の中でのHPDL細胞の4日間、14日間、28日間の培養から得られる全mRNAを用いて、調べた。
【0044】
培養したHPDL細胞からRNAzolTM B(Tel-Test Inc., Friendswood, TX, USA)を使って全RNAを抽出した。cDNAは4〜21日間培養したHPDL細胞の3μgの全RNAからoligo-dTプライマーと You-primed First-Strand Beads Kit(Amersham-Pharmacia Biotech, Piscataway, NJ, USA)を使ってプロトコル通りに合成した。PCRプライマーはヒトのmRNA配列を元に合成した。プライマーペアは以下のとおりである;
オステオポンチン:5’-TGACCTCTGTGAAAACAGCGT-3’(SEQ ID NO:45) と5’-TGTACATTGTGAAGCTG TGAA-3’(SEQ ID NO:46) (301bp)、
オステオカルシン:5’-TTGTGTCCAAGCAGGAGGGCA-3’(SEQ ID NO:47) と5’-ACATCCATAGGGCTGG GAGGT-3’(SEQ ID NO:48) (304bp)、
骨シアロタンパク:5’-GCAGAAGTGGATGAAAACGA-3’(SEQ ID NO:49) と5’-TGGTGGTAGTATTCTGACCA-3’(SEQ ID NO:50) (448bp)。
プライマーセットはglyceraldehyde-3phosphate dehydrogenase (Clontech, Palo Alto, CA, USA) mRNAをコントロールとして増幅した。
cDNAは、DNA master SYBR Green I kitとライトサイクラー(Roche Molecular Biochemicals, Mannheim, Germany)を使って定法どおりに調製された。各々のmRNAの相対量はPCR産物の半分量を使って調べられ、またこれらはGAPDH mRNAの相対比較によって修正された。
【0045】
図7に、ライトサイクラーを使った半定量的PCRの測定結果を示す。
図7(A)がHPDL細胞の骨シアロタンパク遺伝子、図7(B)がオステオカルシン遺伝子、図7(C)がオステオポンチン遺伝子、の発現について、それぞれ「4C」の値に比較して示している。
「4C」は、4日間培養したコントロール、
「4T」は、TGF-β1で4日間培養、
「4H」は、H-2で4日間培養、
「14C」は、14日間培養したコントロール、
「14T」は、TGF-β1で14日間培養、
「14H」は、H-2で14日間培養、
「28C」は、28日間培養したコントロール、
「28T」は、TGF-β1で28日間培養、
「28H」は、H-2で28日間培養、をそれぞれ表している。
TGF-β1は1ng/mLの濃度で、H-2ペプチドは25μg/mLの濃度で調べた。
【0046】
図7(A)〜(C)に示すように、コントロールにおいても、TGF-β1あるいはH-2を添加したケースにおいても、骨シアロタンパク遺伝子、オステオカルシン遺伝子、オステオポンチン遺伝子の全てが発現し、培養している間(発現量が)上昇した。
H-2ペプチドを添加した時のそれらの発現は、TGF-β1のそれに非常に近いものがあり、コントロール値に比べて、それら骨シアロタンパク遺伝子、オステオカルシン遺伝子、オステオポンチン遺伝子の発現を促進することを示した。
【0047】
〔統計分析〕
本実施例における全ての値は平均(the means±SEM)を取った。統計処理はStudent's unpaired t-testを使って決定し、p<0.05を持って有意差ありとした。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明のポリペプチド、あるいは、タンパク質を有効成分とする歯周組織再生剤は、優れた歯周組織再生作用を有する。
したがって、主に歯周病などの歯科系疾患を治療した後に、除去した歯周組織を再生することを目的とした治療薬、ブラッシングによる歯肉の退縮や、治療した際に用いた義歯による歯根露出などに対処して歯周組織を再生することを目的とする治療薬、インプラント表面を構成するバイオマテリアルなどとしても用いることができる。
また、本発明の歯周組織再生剤を用いる治療と、GTR法などの治療とを組み合わせることにより、さらに効果的に歯周組織再生作用を得ることも期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SEQ ID NO:35またはSEQ ID NO:36で示されるアミノ酸配列を含有するポリペプチド。
【請求項2】
ヒトのシースリンのN末端側からプロテアーゼにより分解生成したヒトエナメルシースプロテインのC末端側ペプチドから合成されることを特徴とする請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項3】
請求項1または2に記載のポリペプチドからなるタンパク質。
【請求項4】
請求項1または2に記載のポリペプチド、あるいは、請求項3に記載のタンパク質を有効成分とする歯周組織再生剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−225519(P2011−225519A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−275487(P2010−275487)
【出願日】平成22年12月10日(2010.12.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 〔掲載年月日〕 2010年6月20日 〔掲載アドレス〕 http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1600−0765.2010.01279.x/abstract
【出願人】(502362600)
【Fターム(参考)】