説明

ポリペプチドを絶対定量化するための方法

本発明は、ポリペプチドを絶対定量化するための方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリペプチドの絶対定量化に関する。
【背景技術】
【0002】
基礎生物学から臨床診断学および公衆衛生調査に及ぶ種々の分野において、複雑な生体試料中のタンパク質の特異的で正確な定量化は、依然としてよくある挑戦的な問題のままである。多くのタンパク質バイオマーカーの場合、この問題は、免疫学的技術により解決されている。しかしながら、免疫学的手法の成功は、高度に特異的で高度に親和性である抗体の強力な産生および検証に依存している。最近は抗体アレイを設計するための努力がなされているが[20]、免疫学的方法を多重分析に適応させることには依然として制限がある。実際、いくつかのタンパク質アッセイの同時最適化は、ほとんど不可能である[21]。代替として、MSに基づくプロテオミクスの能力を利用して、プロテオーム全体にわたる定量化を可能にすることができる。
【0003】
質量分析法(MS)は、プロテオミクスの成熟に大きく寄与している[1]。今や、1時間の時間枠で何百ものタンパク質を特徴付けし、試料対中のタンパク質存在量を比較することが可能である。次の最前線は、正確な絶対定量化にある。無標識の分光法的計数手法[2、3]は、少なからぬ興味を引き付けているが、ロバストな絶対定量方法は、典型的には、標的タンパク質(複数可)に由来する特異的タンパク質分解性ペプチドの同位体標識相同体を用いて内部標準化が達成される[5、6]同位体希釈原理を利用する[4]。絶対定量化(AQUA)ペプチド戦略では、MS分析前に既知量で試料にスパイクされる化学的に合成された同位体標識ペプチドが使用される[5〜8]。高度に純粋な合成同位体標識ペプチドが市販されていることは、AQUAペプチド戦略を非常に魅力的にしている。この方法論を使用して、神経ペプチド[23]の定量化、またはリンペプチド標準物質を用いたタンパク質リン酸化[5〜7]の定量化に成功している。しかしながら、同位体標識ペプチドの個別的な化学合成、精製、および定量化は、AQUA定量化をかなり高額なものにする。このため、目的タンパク質は、単一AQUAペプチドを用いて定量化されることが多い[24、25]。
【0004】
最近、トリプシン消化前に試料にスパイクすることができる標準ペプチドの人工コンカテマー(QCAT)の合成および代謝的標識化が導入され、定量化されたタンパク質の数が拡大した[9、10]。QCATおよび関連ポリSISポリタンパク質は、タンパク質の多重絶対定量化のための洗練された中間戦略として開発された。QCATの構築により、1回の実験で、いくつか(100まで)のペプチドを並行して産生および定量化することが可能になる。単一タンパク質を表わすいくつかのマーカーペプチドが含まれていてもよい。いったん起想されれば、無限量の同位体標識ペプチド標準物質を繰り返して産生するために、QCAT遺伝子を使用することは簡単にできる。興味深いことには、タンパク質発現により、15残基より長いペプチドまたは化学的に反応性の高い残基を含有するペプチドなどの、化学的方法により産成することが難しいペプチドの合成が可能になる。Beynonら[9]によると、QCATタンパク質は、特に、複合物内のタンパク質の化学量論比の評価に適しているはずである。
【0005】
AQUAおよびQCAT戦略は、同位体標識ペプチドおよびその未標識等価物が、LC−MS分析の逆相クロマトグラフィーステップにおいて同一のクロマトグラフィー特性をもつことを利用する。
【0006】
AQUAおよびQCAT手法は、生体試料中のタンパク質の定量的測定を著しく前進させたが、本発明者らは、そのような標準物質の使用が著しいバイアスを招く場合があることを発見した。AQUAペプチドおよびQCAT構築体を用いた較正は、以下の制限を被る:(i)MS分析前に必要なタンパク質分解ステップの実際的効率を考慮できないこと;(ii)生体試料に対処する場合に必要であることが多い試料前分画と不適合であること[11];(iii)タンパク質配列カバー率が不十分で、定量化の統計的信頼性が制限されること。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、ポリペプチドを絶対定量化するための正確な方法を開発する必要性が依然として存在する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この目的を遂行するにあたり、本発明者らは、試料中の標的ポリペプチドを定量化するための方法であって、
(a)分析する試料を準備するステップと、
(b)前記標的ポリペプチドの既知量の同位体標識相同体を試料に添加し、それにより、スパイクされた試料を得るステップと、
(c)スパイクされた試料をプロテアーゼ活性で処理して、複数のタンパク質分解性ペプチドを得るステップと、
(d)質量分析法(MS)により、ステップc)で得られたタンパク質分解性ペプチドを分析するステップと、
(e)対応する未標識タンパク質分解性ペプチドに対する、同位体標識タンパク質分解性ペプチドの比率を決定するステップと、
f)この比率および同位体標識相同体の既知量から、試料中の標的ポリペプチドの量を算出するステップと
を含む方法を提唱する。
【0009】
この方法の根底にある原理は、標的ポリペプチドの同位体標識相同体が、内部標準物質として使用されるということである。標準物質として使用される同位体標識相同体の濃度がそれ自体正確に定量化されれば、既知量で添加された内部標準物質に準拠することにより、質量分析中の相対的シグナル強度の決定を、標的ポリペプチドの絶対量に変換することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】QCATコンカテマーの設計、産生、および分析を示す図である。 1Aは、ブドウ球菌スーパー抗原性毒素用の安定同位体標識ペプチド標準物質を生成するために設計したQCATコンカテマーを記載している。この人工タンパク質は、Beynonらの戦略に従って構築した[9]。本研究で標的とした毒素は、SEAおよびTSST−1である。これら2つの毒素の各々について、3つのトリプシンマーカーペプチドに対応する3つのペプチド配列が、QCATコンカテマーに含まれていた(SEAについてはペプチドP1〜P3、およびTSSTについてはP7〜P9)。本発明者らは、他のブドウ球菌エンテロトキシンの定量化用に8つのペプチド標準物質も添加した。本研究では、これらの補完標準物質ペプチドは、定量化に使用しなかった。定量化ペプチド(QP)を、Beynonらの設計に従って構築体に導入した。しかしながら、固有のシステイン残基に基づくこの標識の定量化は、タンパク質間のジススルフィド(dissulfide)形成のため、信頼性が乏しいことが判明した。したがって、本発明者らは、よりロバストなAAA定量化を志向した。精製用ヘキサヒスチジン標識の精製および切断の後、in vitroで産生されたQCATの純度を、SDS−PAGEにより検査した(1B)。最終的に、MALDI−TOF(1C)またはnanoLC−QTOFを使用して、13個の標準ペプチドを、純粋QCATタンパク質の消化物中で帰属することができた。
【図2】AQUAペプチドを使用した、飲料水試料中のSEAおよびTSST−1ブドウ球菌毒素の定量化を示す図である。 可変量のSEAおよびTSST−1を飲料水に希釈し、トリプシンを有する溶液中で消化した。消化後に、既知量の[1315N]−ロイシン()AQUAペプチド標準物質を添加し、試料をnanoLC−MSで分析した。未標識/標識ペプチドダブレット(Δm=7Da)に由来する抽出イオンクロマトグラムシグナルを積分し、それらの比率を使用して添加した天然毒素の量を推定した。毒素の推定量を添加量に対してプロットすることにより、SEA(2A)およびTSST−1(2B)滴定曲線を取得した。表示されているのは、各滴定で考察されたマーカーペプチドである。各データポイントは、3回の分析的重複測定の平均値±s.e.m.である。
【図3】前消化または共消化されたQCAT標準物質の比較使用を示す図である。 可変量のSEAおよびTSST−1を飲料水試料にスパイクし、QCATコンカテマーを較正標準物質として使用した。汚染水試料を、QCATと別々に(◆)、またはQCATと同時に(▲)のいずれかで、トリプシンを有する溶液中で消化した。本発明者らは、ここに、マーカーペプチドYNLYNSDVFDGKを用いて取得されたSEA滴定曲線を示す。同様のデータが、マーカーペプチドNVTVQELDLQAR、QNTVPLETVK、およびLPTPIELPLKで観察された。各データポイントは、3回の分析的重複測定の平均値±s.e.m.である。
【図4】QCATを使用した、飲料水試料中のSEAおよびTSST−1の定量化を示す図である。 飲料水試料を、異なる量のSEAおよびTSST−1で汚染した。QCATコンカテマーを試料に添加し、毒素を有する溶液中で共消化した。QCAT消化により産生されたペプチドを、nanoLC−MS分析の較正標準物質として使用した。3つのマーカーペプチド(上述のとおり)によりSEA(4A)の滴定が可能であり、1つのペプチドによりTSST−1(4B)の滴定が可能であった。各データポイントは、3回の分析的重複測定の平均値±s.e.m.である。
【図5】PSAQ標準物質を使用した、飲料水試料中のSEAおよびTSST−1の定量化を示す図である。 可変量のSEAおよびTSST−1を飲料水試料にスパイクした。PSAQ全長毒素標準物質を較正基準として添加した。トリプシンを有する溶液中で汚染水試料を消化した。PSAQ毒素消化により産生されたペプチドを、nanoLC−MS分析の定量化基準として使用した。SEA(5A)およびTSST−1(5B)を、それぞれ3つまたは2つのマーカーペプチド(表示されている)を用いて滴定した。各データポイントは、3回の分析的重複測定の平均値±s.e.m.である。
【図6】尿試料中のSEAおよびTSST−1の定量化用のAQUAペプチド、QCATコンカテマー、およびPSAQ標準物質の比較を示す図である。 尿試料を、異なる量のSEAおよびTSST−1で汚染した。3つのタイプの標準物質:AQUAペプチド、QCATコンカテマー、およびPSAQ毒素を毒素定量化のために使用した。これらの標準物質を、分析工程の様々な段階で試料に添加した(6A)。SEA(ペプチドNVTVQELDLQAR)(6B)およびTSST−1(ペプチドLPTPIELPLK)(6C)の滴定について、3つの同位体希釈法の比較が報告されている。各データポイントは、3回の分析的重複測定の平均値±s.e.m.である。
【図7】QCATアミノ酸配列および関連DNA配列を示す図である。
【図8】同位体標識QCATコンカテマーのnanoLC−MS分析を示す図である。
【図9】ブドウ球菌食中毒発生の原因とみなされたココパール(coco pearl)中のブドウ球菌エンテロトキシンA(SEA)のPSAQ検出および定量化を示す図である。 2006年のフランスにおける食中毒発生に関与したココパールは、フランス食品安全局(French Agency for Food Safety)により収集された。ココパール試料(25g)をホモジナイズし、遠心分離にかけ、上清をポリエチレングリコールに対して透析することにより濃縮した。ELISA法またはPSAQ法を同時に使用して、抽出物を検査した。MS分析に関しては、濃縮抽出物を、100ngのSEA PSAQ標準物質でスパイクし、免疫濃縮し、SDS−PAGEおよびトリプシン消化に供した。タンパク質分解性ペプチドをnanoLC−MS分析で分析した。2対のプロテオタイプペプチドは、内在性SEAの存在を特異的に示し、定量化を可能にした(ペプチドNVTVQELDLQARを用いて取得された典型的な生データが示されている)。
【図10】ホスホ−PSAQ法の模式図である。 記号(P)は、ペプチドPep2のセリン、トレオニン、またはチロシンのリン酸化を表わす。簡潔性のために、本発明者らは、ペプチドPep2の部分的なリン酸化の場合をこの模式図では示さなかった。これは、Pep2と関連するMSシグナルの部分的な除去に結びつくであろう。
【図11】グリコ−PSAQ法の模式図である。
【図12】PSAQ戦略を使用した、血清試料中のブドウ球菌エンテロトキシンA(SEA)の絶対定量化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、試料中の標的ポリペプチドを定量化するための方法であって、
(a)分析する試料を準備することと、
(b)前記標的ポリペプチドの既知量の同位体標識相同体を試料に添加し、それにより、スパイクされた試料を得るステップと、
(c)スパイクされた試料をプロテアーゼ活性で処理して、複数のタンパク質分解性ペプチドを得るステップと、
(d)質量分析法(MS)により、ステップc)で得られたタンパク質分解性ペプチドを分析するステップと、
(e)対応する未標識タンパク質分解性ペプチドに対する、同位体標識タンパク質分解性ペプチドの比率を決定するステップと、
f)この比率および同位体標識相同体の既知量から、試料中の標的ポリペプチドの量を算出するステップとを含む方法
を提供する。
【0012】
「標的ポリペプチド」という用語は、定量化されるポリペプチドを指す。
【0013】
「ポリペプチドの同位体標識相同体」という表現は、その化学構造(つまり一次構造)が、同位体の存在を除いて、非標識ポリペプチドと同一か、または密接に関連しているか(例えば、アイソフォームまたは変異体、特に少なくとも90%のアミノ酸同一性または少なくとも95%のアミノ酸同一性を有する変異体)のいずれかであるポリペプチドを指す。
【0014】
典型的には、同位体標識相同体は、水素、窒素、酸素、炭素、または硫黄の同位体で標識することができる。好適な同位体には、これらに限定されないが、H、13C、l5N、17O、18O、または34Sが含まれる。例えば、相同体ポリペプチドは、13Cおよび/またはl5Nで均一に標識されていてもよい。好ましい実施形態では、特定の種類のアミノ酸がすべて標識されていてもよい。例えば、トリプシンがタンパク質分解酵素として使用される場合、[13Cおよび/または15N]−リシン残基および/または[15Nおよび/または13C]−アルギニン残基を標識化前駆物質として使用することができる。
【0015】
代謝的な同位体組み込みは、大腸菌(Escherichia coli)などのin vivo発現により実現することができる[9、10、27]。しかしながら、in vivoでは、同位体標識前駆物質の代謝(代謝スクランブリング(metabolic scrambling))は、標識化収率の低減、およびタンパク質の異なるアミノ酸への標識の分散(標識スクランブリング(label scrambling))に帰着する場合がある[27]。
【0016】
好ましい実施形態では、同位体組み込みは、無細胞抽出物の使用により実現することができる。無細胞抽出物のアミノ酸代謝は非常に限定されているため、in vitroでの同位体標識化は、高い同位体組み込み収率(95%超)を可能にし、スクランブリング(scrambling)を無視することができる[19、28]。他のin vivo標識化に対して無細胞系が有利である別の点は、標的タンパク質の排他的な標識化である。さらに、この技術は、特に毒性タンパク質合成に好適であり、生物学的災害および健康被害を管理するのに重要であり得る実験の閉じ込めを可能にする。
【0017】
本明細書中に使用される場合、「プロテアーゼ活性」とは、ポリペプチドのアミド結合を切断する活性である。この活性は、プロテアーゼなどの酵素または化学薬品により実施することができる。好適なプロテアーゼには、これらに限定されないが、セリンプロテアーゼ(例えば、トリプシン、ヘプシン、SCCE、TADG12、TADG14など);メタロプロテアーゼ(例えば、PUMP−1など);キモトリプシン;カテプシン;ペプシン;エラスターゼ;プロナーゼ;Arg−C;Asp−N;Glu−C;Lys−C;カルボキシペプチダーゼA、B、および/またはC;ディスパーゼ;サーモリシン;ならびにジンジパインなどのシステインプロテアーゼなどの1つまたは複数が含まれる。プロテアーゼは、細胞から単離してもよく、または組換え技術により取得してもよい。CNBrなどのプロテアーゼ活性を有する化学薬品も使用することができる。
【0018】
「タンパク質分解性ペプチド」は、ポリペプチドのタンパク質分解後に取得されるペプチドを指す。
【0019】
「同位体標識タンパク質分解性ペプチド」および「対応する未標識タンパク質分解性ペプチド」は、1つまたは複数の同位体標識の存在を除いて同一の化学構造を有する1対のペプチドを指す。
【0020】
本発明による方法は、プロテオミクス、生体試料中のバイオマーカーの検出、ワクチンおよび他のバイオ産物の製造における品質管理、生物学的災害および健康被害の管理、食物および水の管理などの、非常に多様な分野で使用することができる。
【0021】
典型的には、標的ポリペプチドは、生体液中に生理学的または病理学的に存在するバイオマーカー、タンパク質、またはそれらの断片(例えば、プロインスリンまたはインスリン)、細菌タンパク質、ウイルスタンパク質、植物タンパク質、酵母タンパク質、カビタンパク質、真菌タンパク質、動物タンパク質、または毒素、特にブドウ球菌スーパー抗原性毒素などのスーパー抗原性毒素であってもよい。
【0022】
典型的には、標的ポリペプチドのサイズは、5kDa、10kDa、50kDa、または100kDaより大きくてもよい。
【0023】
本発明による方法を実施できる試料の例は、生体液(血液、血清、血漿、脳脊髄液、尿、唾液、涙液など)、組織および細胞ホモジネート、細胞培養上清、水、食物、生物収集液、ならびに上記の物質に由来する任意の生化学的画分であってもよい。生物収集液とは、空気試料またはガス試料中に存在し得る粒子を収集するために使用される液体である。
【0024】
本発明による方法は、複数の標的ポリペプチドの同時定量化も可能にすることができる。この場合、既知量のいくつかの異なる同位体標識相同体を、分析する試料に添加する。それにより、標的ポリペプチドの多重検出および定量化を実施することができる。
【0025】
本発明は、同位体標識ポリペプチドのライブラリーにも関する。
【0026】
典型的には、本発明によるライブラリーは、2、3、4、5、6、7、8、9、10、15、20、またはそれより多くの同位体標識ポリペプチドを含有することができる。
【0027】
本発明の好ましい実施形態では、ライブラリーの同位体標識ポリペプチドはすべて、同じプロテアーゼに感受性があり、前記プロテアーゼによりいったん消化されたライブラリーの同位体標識ポリペプチドから、単一同位体標識タンパク質分解性ペプチドが導かれる。
【0028】
本発明は、同位体標識ポリペプチドのライブラリーおよびプロテアーゼを別々の構成要素として含むキットにも関する。
【0029】
本発明の好ましい実施形態では、プロテアーゼによりいったん消化されたライブラリーの同位体標識ポリペプチドから、単一同位体標識タンパク質分解性ペプチドが導かれる。
【0030】
応用する分野に依存して、同位体標識ポリペプチドの特異的ライブラリーを設計することができる。これらの特異的ライブラリーは、例えば、ヒト、動物、または細胞および組織などのin vitroモデルにおける薬物効能および薬物毒性の評価、治療用タンパク質の薬物動態学的特徴(例えば、吸収、分布、代謝、排出)に関する研究、患者の疾患の診断または予後、スポーツ選手およびウマのドーピング剤の検出および同定、水、空気、および生体液または食物などの有機マトリックス中の病原体、毒素、またはアレルゲンの検出および同定を容易にすることができる。
【0031】
本発明の実施形態は、ライブラリーの同位体標識ポリペプチドが、ヒト、動物、またはin vitroモデルにおける薬物効能または薬物毒性のバイオマーカーである同位体標識ポリペプチドのライブラリーに関する。
【0032】
典型的には、ライブラリーの前記同位体標識ポリペプチドは、肝毒性、腎毒性、肺毒性、心毒性、および/または神経毒性に関するバイオマーカーであってもよい。
【0033】
本発明の実施形態は、ライブラリーの同位体標識ポリペプチドが治療用タンパク質である、同位体標識ポリペプチドのライブラリーに関する。
【0034】
典型的には、前記治療用タンパク質は、治療用抗体、ワクチン抗原、および免疫治療用アレルゲンからなる群から選択されてもよい。
【0035】
本発明の実施形態は、ライブラリーの同位体標識ポリペプチドが1つまたは複数の疾患の診断または予後バイオマーカーである同位体標識ポリペプチドのライブラリーに関する。
【0036】
典型的には、前記1つまたは複数の疾患は、心臓疾患、癌疾患、代謝疾患、神経疾患、免疫疾患、および感染症からなる群から選択されてもよい。
【0037】
本発明の実施形態は、ライブラリーの同位体標識ポリペプチドが、スポーツ選手またはウマなどの動物のドーピングの直接的または間接的バイオマーカーである同位体標識ポリペプチドのライブラリーに関する。
【0038】
典型的には、前記ドーピングバイオマーカーは、エリトロポエチンまたはその類似体、抗血管新生因子、成長ホルモン関連ポリペプチド、インスリン類似体、およびインスリン様成長因子からなる群から選択されてもよい。
【0039】
本発明の実施形態は、ライブラリーの同位体標識ポリペプチドが1つまたは複数の病原体のバイオマーカーである同位体標識ポリペプチドのライブラリーに関する。
【0040】
典型的には、前記1つまたは複数の病原体は、ブドウ球菌属(Staphylococcus)、連鎖球菌属(Streptococcus)、サルモネラ属(Salmonella)、ボルデテラ属(Bordetella)、シゲラ属(Shigella)、エシェリキア属(Escherichia)、リステリア属(Listeria)、またはレジオネラ属(Legionella)に属する細菌などの病原性細菌;HIVまたはヘルペスウイルスなどの病原性ウイルス;プラスモジウム属(Plasmodium)またはトキソプラズマ属(Toxoplasma)に属する寄生虫などの寄生虫;カンジダ属(Candida)に属する真菌などの病原性真菌;およびプリオンからなる群から選択されてもよい。
【0041】
本発明の実施形態は、ライブラリーの同位体標識ポリペプチドが毒素である同位体標識ポリペプチドのライブラリーに関する。典型的には、前記毒素は、ブドウ球菌毒素、連鎖球菌毒素、志賀毒素、ボツリヌス毒素、およびリシンからなる群から選択されてもよい。
【0042】
本発明の実施形態は、ライブラリーの同位体標識ポリペプチドがアレルゲンである同位体標識ポリペプチドのライブラリーに関する。典型的には、前記アレルゲンは、食物アレルゲン、植物アレルゲン、および昆虫刺傷アレルゲンからなる群から選択されてもよい。
【0043】
本発明のさらなる実施形態は、本発明による同位体標識ポリペプチドのライブラリーを含有する試料収集デバイスに関する。
【0044】
典型的には、前記試料収集デバイスは、バイアルまたはチューブであってもよい。
【0045】
分析する試料が本発明による試料収集デバイスに導入される際に、既知量の同位体標識タンパク質が試料に添加される。これにより、試料の初期標準化が可能になり、分析の正確さが増加される。
【0046】
収集デバイスには、1つもしくは複数の抗凝固剤または1つもしくは複数の保存剤も含有されていてよい。
【0047】
収集デバイスには、マトリックスも含有されていてよい。
【0048】
典型的には、マトリックスは、本発明による同位体標識ポリペプチドのライブラリーを含んでいてもよい。ライブラリーの同位体標識ポリペプチドは、試料が本発明による収集デバイスに導入される際に、マトリックスから放出されてもよい。
【0049】
好適なマトリックスの例は、ゲル、コロイド、2相系、フィルター、または膜である。
【0050】
本発明の好ましい実施形態では、マトリックスは分離ゲルである。
【0051】
典型的には、細胞構成要素および無細胞構成要素を有する試料を含有する収集デバイスを遠心分離すると、分離ゲルにより、体液などの試料の細胞画分および無細胞画分の分離が可能になる。ライブラリーの同位体標識ポリペプチドは、分離ゲル内のそれらの初期位置に依存して(ゲル分離器の上方または下方)、細胞画分または無細胞画分のいずれかに遊離される。
【0052】
標的または非標的質量分析手法は、本発明による方法に好適である。これらの手法には、これらに限定されないが、DDA(データ依存分析(Data Dependent Analysis))、AMT(精密質量および時間標識(Accurate Mass and Time Tag))、SRM(単一反応モニタリング(Single Reaction Monitoring))、MRM(多反応モニタリング(Multiple Reaction Monitoring))、およびsMRM(スケジュールMRM(scheduled MRM))が含まれる。
【0053】
MRM分析モードを使用して、高度に特異的で高感度の検出ならびに正確な定量化が取得された。
【0054】
使用される質量分析計に関しては、任意の質量分析計(飛行時間型、四重極型、線形四重極イオントラップを含むイオントラップ型、イオンサイクロトロン共鳴型、およびオービトラップ型など)を、任意のイオン化源(MALDI、ESIなど)および任意選択的には任意のイオン断片化法(インソース断片化、衡突誘起解離、電子移動解離、電子捕獲解離、赤外多光子解離、黒体赤外放射解離、表面誘起解離など)と組み合わせることができる。
【0055】
質量分析技術は、HPLC、nanoLC(1Dまたは2D)、キャピラリー電気泳動などのクロマトグラフィーと併用することができる。
【0056】
さらなる実施形態では、本方法は、ステップ(b)とステップ(d)の間に1つまたは複数の分画ステップを含む。分画ステップの例は、質量分析法による標的ポリペプチド定量化の感度、精度、正確さ、および信頼性を向上させるすべての生化学的処理(試料脱複雑化、特定タンパク質の濃縮、電気泳動、または酵素処理など)である。分画ステップの具体的な例は、タンパク質捕獲(化学親和性および免疫親和性)、免疫除去、SDS−PAGEまたは2D−PAGE、フリーフロー電気泳動、クロマトグラフィー(サイズ排除、イオン交換、疎水性)、クロマトフォーカシング、等電点電気泳動、複合対角線クロマトグラフィー(COFRADIC)、イコライザー技術(Biorad社製)である。
【0057】
免疫捕捉および免疫除去を使用して、高度に特異的で高感度の検出ならびに正確な定量化が得られた。
【0058】
好ましい実施形態では、標的ポリペプチドおよびその同位体標識相同体は、標的ポリペプチドとその同位体標識相同体の間のあらゆる酸化状態の違いを回避するために、(1)還元およびアルキル化されているか、または(2)Hなどの酸化剤により酸化されている。したがって、質量分析は単純化される。典型的には、本発明による方法は、ステップ(b)とステップ(d)の間に、スパイクされた試料が還元およびアルキル化されるか、または酸化される追加的ステップを含むことができる。
【0059】
標的ポリペプチドおよびその同位体標識相同体は、同じ調製アーチファクトの影響を受けるため、それらの比率は、アミノ酸酸化または誤切断などの調製アーチファクトにより変更されるべきでない。したがって、本発明は、メチオニンおよび/またはシステインを含有するポリペプチド、およびプロテアーゼで消化するのが難しいモチーフをそれらの末端に提示しているポリペプチドなどの、酸化または誤切断を起こしやすいポリペプチドの定量化に適応する。
【0060】
標的ポリペプチドが、追加的な官能基、例えばグリコシル基またはホスホリル基などの翻訳後修飾を担持している場合、PGNaseまたはホスファターゼなどの特異的酵素を使用して、同位体標識相同体を添加する前または添加直後に、前記翻訳後修飾を取り除くことができる。このステップにより、標的の精密な定量化を妨げ得る翻訳後修飾により導入される不均質性が除去される。
【0061】
あるいは、同位体標識相同体が、標的ポリペプチドと同じ翻訳後修飾を担持してもよい。例えば、グリコシル化、ユビキチン化、またはリン酸化などの修飾の場合、同位体標識相同体のリン酸化またはユビキチン化またはグリコシル化の戦略を開発してもよい。この場合、分析により、翻訳後修飾形態の標的ポリペプチドを排他的に定量化することが可能になる。
【0062】
本発明のさらなる実施形態は、試料中の標的ポリペプチドを定量化するための方法であって、前記標的ポリペプチドが1つまたは複数の翻訳後修飾を担持し、前記方法が、ステップ(a)とステップ(c)の間に、前記標的ポリペプチドの前記1つまたは複数の翻訳後修飾を取り除く追加的ステップを含み、前記同位体標識相同体が、前記標的ポリペプチドの前記1つまたは複数の翻訳後修飾を取り除くステップにより取得されたポリペプチドの同位体標識相同体である方法に関する。
【0063】
標的ポリペプチドが異なる形態(つまり、1つまたは複数の翻訳後修飾を有する状態および有さない状態)で試料中に存在する場合、異なる形態の標的ポリペプチドの定量化を可能にするために、標的ポリペプチドの翻訳後修飾を取り除くステップを有する本発明の方法および有さない本発明の方法を組み合わせることができる。
【0064】
典型的には、2つの質量分析が実施される。2つの質量分析は、任意の順序で実施することができる。
【0065】
一方の分析は、標的ポリペプチドの修飾をまったく除去せずに、未修飾標的ポリペプチドの同位体標識相同体でスパイクされた試料に対して実施される。この分析により、未修飾形態の標的ポリペプチドを排他的に定量化することが可能になる。
【0066】
もう一方の分析は、標的ポリペプチドの翻訳後修飾が取り除かれた試料に対して実施され、この試料は、標的ポリペプチドの翻訳後修飾を取り除くステップにより取得されたポリペプチドの同位体標識相同体でスパイクされている。この分析により、修飾形態および未修飾形態の標的ポリペプチドの両方を定量化することが可能になる。
【0067】
これら2つの分析結果を比較することにより、修飾形態および未修飾形態の標的ポリペプチドの相対量を推定することができ、それにより、各形態の標的ポリペプチドの量を決定することができる。実施例4および5は、この方法の例示である。
【0068】
好ましい実施形態では、ステップ(c)で使用されるプロテアーゼによりいったん消化された同位体標識相同体から、単一同位体標識タンパク質分解性ペプチドが導かれる。「単一同位体標識タンパク質分解性ペプチド」とは、単一のアミノ酸残基が同位体で標識されているペプチドを指す。例えば、[13Cおよび/または15N]−リシン残基および[15Nおよび/または13C]−アルギニン残基を、標識化前駆物質として使用することができる。この選択的標識化により、トリプシンによる消化後、単一標識トリプシンペプチドが導かれ、一定の質量オフセットにより特徴付けられる同位体ペプチド対の帰属が非常に単純化される。
【0069】
本発明のさらなる実施形態は、同位体標識ポリペプチドおよびプロテアーゼを別々の構成要素として含むキットに関する。このキットは、本発明による方法を用いてポリペプチドを定量化するために使用することができる。好ましい実施形態では、プロテアーゼによりいったん消化された同位体標識ポリペプチドから、単一同位体標識タンパク質分解性ペプチドが導かれる。例えば、本発明によるキットは、以下を含むことができる:
− [13Cおよび/または15N]−リシンおよび/または[15Nおよび/または13C]−アルギニン標識ポリペプチドならびにトリプシン。
【0070】
− [13Cおよび/または15N]−リシン標識ポリペプチドおよびエンドプロテアーゼLys−C。
【0071】
キットは、同位体標識ポリペプチド、またはプロテアーゼによる同位体標識ポリペプチドの消化により取得されたタンパク質分解性ペプチドを認識する抗体も含んでいてよい。
【0072】
典型的には、同位体標識ポリペプチドを認識する抗体は、本発明による方法のステップ(b)とステップ(c)の間で実施される免疫親和性分離ステップなどの分画ステップにおいて使用することができる。それらは、標的ポリペプチドおよびその同位体標識相同体の両方を認識する。
【0073】
プロテアーゼによる同位体標識ポリペプチドの消化により取得されたタンパク質分解性ポリペプチドを認識する抗体は、本発明による方法のステップ(c)とステップ(d)の間で実施される免疫親和性分離ステップなどの分画ステップにおいて使用することができる。それらは、同位体標識および非標識タンパク質分解性ペプチドの両方を認識する。
【0074】
下記において、後述の実施例ならびに図面により本発明を例示する。
【0075】
【表1】

【0076】
【表2】

【実施例1】
【0077】
要約
本研究において、本発明者らは、in vitroで合成された同位体標識全長タンパク質を絶対定量化のための標準物質として使用する革新的な戦略(PSAQ)を提示する。それらのタンパク質標準物質は、標的タンパク質の生化学的特性と完全に一致するため、分析する試料に直接添加することができ、前分画された複雑な試料中であってもタンパク質の非常に正確な定量化を可能にする。バイオマーカーを正確に絶対定量化するための本発明者らのPSAQ方法論の能力は、公衆衛生が目的とする典型的なバイオマーカーとしての黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)スーパー抗原性毒素で汚染した水および尿試料の両方で実証された。PSAQ方法論で得られた結果を、AQUAペプチド戦略およびQCAT戦略で得られた結果と比較した。
【0078】
略語
AAA:アミノ酸分析
AMT:精密質量および時間標識
AQUA:絶対定量化
DDA:データ依存分析
ESI:エレクトロスプレー
MALDI:マトリックス支援レーザー脱離イオン化法
MRM:多反応モニタリング
PSAQ:タンパク質標準物質絶対定量化
QCAT:絶対定量化用の標準ペプチドのコンカテマー
SEA:ブドウ球菌エンテロトキシンA
SEB:ブドウ球菌エンテロトキシンB
SEG:ブドウ球菌エンテロトキシンG
SEI:ブドウ球菌エンテロトキシンI
SEM:ブドウ球菌エンテロトキシンM
SEN:ブドウ球菌エンテロトキシンN
SEO:ブドウ球菌エンテロトキシンO
SRM:単一反応モニタリング
sMRM:スケジュールMRM
TSST−1:毒素性ショック症候群毒素−1
【0079】
実験手順
化学薬品および試薬
AQUA(商標)[1315N]L−ロイシン標識ペプチドは、Sigma−Genosys社(Saint Quentin Fallavier、フランス)により合成された。これらのペプチドは、供給者によってアミノ酸分析(AAA)により定量化されていた。組換えブドウ球菌エンテロトキシンSEAおよびTSST−1は、Toxin Technology社(Sarasota、フロリダ州、米国)から購入した。低吸着性チューブ(Dutscher社製、Brumath、フランス)中で、定量化標準物質および市販毒素の希釈を系統的に実施した。
【0080】
同位体標識QCATコンカテマーの合成、精製、および定量化
図1に示されているようにQCATタンパク質を設計した。手短かに言えば、8つのブドウ球菌スーパー抗原性毒素(SEA、SEB、TSST−1、SEG、SEI、SEM、SEN、およびSEO)由来のトリプシンペプチドを、ブドウ球菌スーパー抗原間のそれらの配列固有性およびnanoLC−MS分析におけるそれらの検出性に従って選択した。これらのペプチド配列を人工QCATタンパク質に連結し、逆翻訳して、対応する人工QCAT遺伝子を設計した(より詳細には、参考文献9を参照されたい)。QCAT遺伝子を、順方向鎖および逆方向鎖を包含する53個の5’リン酸化オリゴヌクレオチド(Sigma−Genosys社製)から合成した(図7を参照)。合成QCAT遺伝子を、Taq DNAリガーゼ(New England Biolabs社製、フランクフルト、ドイツ)を用いたリガーゼ連鎖反応により構築し、表IIに表示されているプライマーを使用して、Expand High Fidelityポリメラーゼ(Roche社製、Meylan、フランス)を用いて増幅した。増幅されたQCAT遺伝子を精製し、NcoI(Roche社製)およびSmaI(New England Biolabs社製)で消化し、C末端ヘキサヒスチジン精製用標識を提供するpIVEX2.3dベクター(Roche社製)に挿入した。ライゲーションは、迅速DNAライゲーションキット(Roche社製)を使用して達成した。その結果生じたプラスミドを、XL1−Blue菌株(Stratagene社製、アムステルダム、オランダ)にクローニングし、QIAprepスピンミニプレップキット(Qiagen社製、Courtaboeuf、フランス)を使用して精製した。最後に、本発明者らは、それを組換えタンパク質合成に使用する前に、QCAT構築体配列を検査した(Genome Express社、Meylan、フランス)。QCATタンパク質産生は、以下の改変を施した製造業者の説明書に従って、RTS 500 ProteoMaster大腸菌HYキット(Roche社製)を使用し、in vitroで実施した:本発明者らは、提供されていたアミノ酸混合物の代りにRTSアミノ酸サンプラーキット(Roche社製)を使用し、本発明者らは、L−リシンおよびL−アルギニンを同位体標識[1315]L−リシンおよび[1315]L−アルギニン(Cambridge Isotope Laboratories社製、Andover、マサチューセッツ州、米国)に置換した。[1315]L−リシンおよび[1315]L−アルギニンの同位体濃縮度は、98%13Cおよび98%15Nであった。QCATタンパク質は、析出した形態で効率的に産生され、6Nのグアニジンに可溶化した。QCAT精製を、6Nのグアニジン中で20mM〜250mMイミダゾール勾配を使用して、ニッケル親和性カラム(Ni Sepharose 6 Fast Flow、Amersham Biosciences社製、Freiburg、ドイツ)で実施した。精製後、QCATを、純水および1%SDS、Tris HCl 50mM、pH7.5に対して連続して透析した。Biochrom30アミノ酸アナライザー(Biochrom社製、ケンブリッジ、英国)を用いて、AAAによりQCAT定量化を実施した。nanoLC−MS/MS分析およびnanoLC−MS分析により、QCAT一次構造および同位体標識化をさらに評価した(図8)。
【0081】
同位体標識SEAおよびTSST−1 PSAQ標準物質の合成、精製、および定量化
フランス国立ブドウ球菌リファレンスセンター(French National Staphylococci Reference Center)の菌株コレクションから、SEAまたはTSST−1遺伝子を担持する2つの黄色ブドウ球菌株を選択した。同位体標識SEB標準物質は、その生成が公式に制限されているため合成しなかった。QIAamp DNA Stoolミニキット(Qiagen社製)を使用して、ゲノムDNAを調製した。PCR増幅に使用したプライマーは、表IIに記載されている。SEAおよびTSST−1 PCR断片を精製し、KspI(Roche社製)およびSmaI(New England Biolabs社製)で消化し、N末端の切断可能なヘキサヒスチジン精製用タグを提供するpIVEX2.4d発現ベクター(Roche社製)にクローニングした。本発明者らのPSAQ戦略は、各毒素とそのPSAQ標準物質との間の生化学的等価性に依存する。したがって、本発明者らは、N末端の切断可能なタグの恩恵を行使して、無細胞合成により産生されたタンパク質に報告されている限定N末端不均質性のポリッシングを可能にした[16]。QCATについて上述したように、これらの構築体を、Xl1blueにクローニングし、精製し、配列決定して、[1315N]L−リシンおよび[1315N]L−アルギニンの存在下でin vitroタンパク質合成に使用した。同位体標識SEAおよびTSST−1は、可溶性形態で容易に産生され、イミダゾール勾配を使用してニッケル親和性カラム(Ni Sepharose 6 Fast Flow、Amersham Biosciences社製)で精製した。製造業者の説明書に従って、ビオチン化第Xa因子(第Xa因子除去キット、Roche社製)により、各同位体標識タンパク質のN末端ヘキサヒスチジンタグを切断した。ストレプトアビジンをコーティングしたビーズおよびNi Sepharose 6 Fast Flow樹脂の混合物を使用して、その結果生じたヘキサヒスチジンタグペプチドおよびビオチン化第Xa因子の両方を単一ステップで取り除いた。これらの同位体標識SEAおよびTSST−1をAAAにより定量化した。nanoLC−MS/MSおよびnanoLC−MS分析により、タンパク質の一次構造および標識化効率を確認した[データ非表示]。
【0082】
SDS−PAGE品質管理
本実験室で産生した組換えPSAQタンパク質ならびに購入したSEAおよびTSST−1はすべて、Imperialタンパク質染色およびSYPRO Ruby染色(Biorad社製、Marnes−la−Coquette、フランス)の両方を使用したSDS−PAGEで純度を検査した。市販毒素の量は少量過ぎてAAA分析ができず、市販TSST−1毒素は、正確なAAA定量化を妨げる著しい汚染を示していた。したがって、市販毒素は、SYPRO Ruby染色を使用したSDS−PAGEで、本発明者らのAAA較正PSAQ標準物質と比較することにより系統的に定量化した[17]。SYPRO Ruby蛍光をTyphoon9400(Amersham Biosciences社製)で走査した(レーザー 532nm、フィルター 610BP30)。
【0083】
質量分析のための水試料調製およびトリプシン消化
飲料水試料を、5つの異なる量のSEAおよびTSST−1市販毒素で汚染した。各試料を、各々9つの120μl等量に分割した。各試料の3つの等量(分析的重複測定)に、規定量のQCATまたはPSAQ毒素標準物質のいずれかをスパイクした。配列決定等級の修飾トリプシン(Promega社製、マディソン、ウィスコンシン州、米国)を1:2のプロテアーゼ対毒素比率で使用した25mM NHHCOの溶液中で、終夜37℃でトリプシン消化を実施した。試料を真空遠心分離により乾燥し、5%のACN、0.2%のギ酸中に再可溶化した。nanoLC−MS分析の前に、規定量のAQUAペプチドを、QCAT標準物質もPSAQ標準物質も含有しない等量に添加した。
【0084】
質量分析のための尿試料調製およびトリプシン消化
30歳の健康な女性から尿を収集し、4つの異なる量のSEAおよびTSST−1市販毒素で汚染した。各試料を、各々9つの100μl等量に分割した。各試料の3つの等量(分析的重複測定)を、規定量のPSAQ毒素標準物質で汚染した(図6A)。各100μl等量を、製造業者の説明書に従って5μlのStrataclean樹脂(Stratagene社製)に吸着させた。上清を除去した後、樹脂に吸着したタンパク質を、2%SDSおよび5%β−メルカプトエタノールを含有する10μlの解重合緩衝液に直接溶出した。この段階で、PSAQ標準物質を欠く試料の半分に、制御された量のQCAT標準物質をロードした(図6A)。95℃で5分間の熱変性ステップの後で、試料を、Invitrogen社(Cergy Pontoise、フランス)から購入したプレキャストNovex NuPAGE Bis−Trisゲル(4〜12%アクリルアミド勾配)に添加した。200Vで30分間ゲルを流し、30%エタノール−7.5%酢酸中で30分間固定し、Biosafeクマシーブルー(Biorad社製)で染色した。毒素およびQCATを包含するゲルの25kDa領域のタンパク質バンドを切り出し、25mM NHHCO中で15分間、その後同じ緩衝液(25mM NHHCO)中の50%(v/v)ACNで15分間インキュベートするサイクルを繰り返すことにより脱染した。真空遠心分離により乾燥した後、ゲル片を酸化溶液(7%H)で15分間インキュベートした[18]。その後、100%ACNで脱水する前に、ゲル片を、HPLC等級水(Sigma−Aldrich社製)で15分間洗浄した。ゲル内消化を、25mM NHHCO中の1:2のトリプシン対タンパク質比率(配列決定等級の修飾トリプシン、Promega社製)を使用して終夜37℃で実施した。以下の溶液中:50%ACN、次いで5%ギ酸、最後には100%ACNで受動拡散を使用して、ペプチドをゲルから抽出した。抽出物を真空遠心分離により乾燥し、ペプチドを5%ACN、0.2%ギ酸中に再可溶化した。nanoLC−MS分析の前に、制御された量のAQUAペプチドを、PSAQまたはQCAT標準物質でスパイクされていなかった試料に添加した(図6A)。
【0085】
nanoLC−MSおよびnanoLC−MS/MS分析
質量分析は、QTOF Ultima質量分析計(Waters社製、ミルフォード、マサチューセッツ州、米国)に接続されているnanoLC装置で実施した。手短かに言えば、ペプチド消化物を、まず300μm×5mmのPepMap C18プレカラム(LC−Packings−Dionex社製、サニーベール、カリフォルニア州、米国)で濃縮した。次いで、ペプチド消化物を、C18カラム(75μm×150mm)(LC−Packings−Dionex社製)に通し、10%ACN、0.1%ギ酸から80%ACN、0.08%ギ酸までの勾配を用いて溶出した(実行時間60分、流速200nl/分)。半値全幅が9,000〜11,000の分解能を有する陽イオンエレクトロスプレーイオン化モードで、質量分析計を操作した。MS/MSにはデータ依存分析を使用した(各サイクルにおいて最も豊富な3つのイオン):2分間の動的排除を用いた1s質量分析法(m/z 400〜1,600)および最大4sMS/MS(m/z 50〜2,000、連続モード)。MS/MS生データを、MassLynx4.0ソフトウェア(平滑化 3/2 Savitzky Golay)(Waters社製)を使用して処理した。その結果生じたMS/MSデータセットから、本実験室のMASCOTサーバー(バージョン2.0)(Matrix Sciences社製、ロンドン、英国)を使用して、ペプチド同定を達成した。定量化は、MassLynx 4.0ソフトウェアを用いて、特定の質量(±0.1Da)を抽出することにより得られた再構成クロマトグラムの未標識/標識ペプチド対のピークを積分した後で、nanoLC−MSデータから手動で行った。定量化に考慮した最小信号雑音比は、15:1であった。
【0086】
結果
市販毒素溶液の評価
商業的に供給されたSEAおよびTSST−1の量を、AAAにより事前に定量化した本発明者らの同位体標識毒素標準物質と比較して再評価した。SDS−PAGE分析により、市販TSST−1は、より高分子量のタンパク質でわずかに汚染されており、市販SEA毒素は、本発明者らのSEA PSAQ標準物質と同じ程度に純粋であったことが明らかになった。しかしながら、2つの異なるバッチで試験した場合、市販SEAおよびTSST毒素の公表濃度は、本発明者らのAAA較正PSAQ標準物質と比較すると、一貫して過大評価されていた。したがって、これらの市販毒素の量を、SYPRO Ruby染色を使用したSDS−PAGEで系統的に再評価した[17]。
【0087】
ブドウ球菌スーパー抗原性毒素マーカーペプチドの選択
SEAおよびTSST−1組換えブドウ球菌毒素を、SDS−PAGEおよびトリプシンを用いたゲル内消化に供した。ペプチド消化物を、nanoLC−MS/MSおよびnanoLC−MSにより分析した。特異的トリプシンペプチド(マーカーペプチド)を、2つの毒素の各々について選択した(表I)。マーカーペプチドを、ブドウ球菌スーパー抗原間のそれらの配列固有性およびMS分析におけるそれらの最適な検出性により選択した。これらのマーカーペプチドのうちの3つ(表Iの太字)を、1つの[1315N]L−ロイシンを有するAQUAペプチドとして合成した(質量増加は7Da)。
【0088】
同位体標識AQUAペプチドを使用した、飲料水中のブドウ球菌スーパー抗原性毒素の定量化
規定量の市販SEAおよびTSST−1ブドウ球菌毒素を、飲料水に添加した。トリプシン消化を溶液中で実施した。nanoLC−MS分析の前に、既知量のAQUAペプチドをペプチド消化物に添加した。選択した3つの未標識/標識ペプチド対(表Iを参照)の場合、Δm=7Daの質量で分離されたピークダブレット([1315N]L−ロイシンペプチド)が、MS調査で観察された。これらのピークダブレットの各々を積分して、天然ペプチド(質量m)およびその対応する標識AQUA標準物質(質量m+Δm)の合計イオンシグナルを決定した。これらのシグナルの比率は、添加量に対してプロットされた推定天然毒素量の直接的算出を可能にした(図2)。理想的には、100%の回収率が観察されるはずだった。取得されたSEAおよびTSST−1滴定曲線は、50から750pgに及ぶ毒素の添加量では線形であった。イオンシグナル飽和の結果、これらの値を超える線形性からの逸脱が起こった。正確さおよび精度の測定を、それぞれ、滴定曲線の傾き値およびデータの標準平均誤差(s.e.m.)値により評価した。AQUAペプチド標準化は、高度に精密な定量化戦略である(図2)。しかしながら、正確さに関しては、SEAを標的とする2つのAQUAペプチド間に重大な相違が観察された(YNLYNSDVFDGKペプチドの場合は傾き値=1.37およびNVTVQELDQARペプチドの場合は傾き値=0.44)(図2A)。3つの考え得るバイアスがそのような結果を説明することができる:i)AQUAペプチドは、AAAを使用して供給者により定量化され、凍結乾燥されて取得されており、供給者独自のガイドラインに従って再可溶化された。しかしながら、定量的再可溶化を当たり前のことと考えるべきでなく、AAAによる再可溶化ペプチドのその後評価は、提供されているよりさらに多くの物質を必要とするだろう。ii)AQUA標準物質は、試料にそれらを添加する前に高度に希釈しなければならない。それらの物理化学的特性に依存するが、純粋ペプチドの希釈は、バイアルへの吸着によりペプチドの重大な喪失に結びつく場合がある。iii)AQUAペプチドを用いる標準化は、プロテアーゼ消化ステップの収率を考慮していない。このステップは、タンパク質分解に対する各タンパク質の内在的感受性のため、タンパク質間に可変性を導入する。加えて、試料間の可変性は、消化条件(試料緩衝液の組成、トリプシンの量、インキュベーション中の温度など)からも生じる場合がある。バイアルへの標準ペプチドの吸着または不完全な可溶化は両方とも、真の標準物質濃度の過大評価および結果的には標的タンパク質の過大評価に結びつく。したがって、AQUAペプチドYNLYNSDVFDGK(傾き値=1.37)によりもたらされたSEA存在量の37%過大評価は、不完全な再可溶化および/またはこの標準ペプチドがバイアルに部分的に吸着したことに起因した可能性が高い。反対に、ペプチドNVTVQELDQARおよびLPTPIELPLKは、トリプシン消化により効率的に産生されず、したがって、SEAおよびTSST−1存在量(それぞれ、傾き値=0.44および0.54)の重大な過小評価に結びついた可能性がある。これは、AQUAペプチド戦略の主要な制限を強調する:この戦略は、天然タンパク質に由来する様々なペプチドの実際の消化収率を考慮していない。実際、この欠点は、タンパク質分解に耐性であることが知られているブドウ球菌スーパー抗原性毒素などのタンパク質の場合、特に問題である[13]。
【0089】
同位体標識QCATタンパク質を使用した、飲料水中のブドウ球菌スーパー抗原性毒素の定量化
本発明者らは、ブドウ球菌スーパー抗原性毒素マーカーペプチド(QCAT)の同位体標識コンカテマーを設計および産生した(図1Aおよび1B)。本発明者らは、AQUA標準物質として以前に選択されたペプチドをすべて、この構築体に含めた。各毒素用に複数のペプチド標準物質が存在することは、定量化ロバストネスの向上を目的としていた。QCATを消化および分析した際、理論的に産生される14個のマーカーペプチドのうち、11個がMALDI−TOF分析により検出され(図1C)、13個がnanoLC−MS分析で観察された[データ非表示]。残りのペプチド(ペプチドP11、図1A)は、恐らくその高い疎水性のため、nanoLC−MS分析では観察されなかった。
【0090】
1315]−リシンおよび[1315]−アルギニンの存在下におけるQCATの無細胞発現は、以前の報告と一致して[19]、高率の同位体標識組み込みをもたらした。純粋同位体標識QCATのnanoLC−MS分析により、98%を超える同位体純度が示された(図8)。さらに、[1315]−リシンおよび[1315]−アルギニン標識化は、定量化に必要なLC−MSデータの処理を大きく単純化するトリプシン切断後に、アルギニルおよびリジルペプチドの一定の質量増加に結びついた。したがって、選択されたマーカーペプチドの各々について(表I)、8Da([1315]−リシン標識ペプチド)または10Da[1315]−アルギニン標識ペプチド)の質量により分離されたピークダブレットを調査した。標識ペプチドシグナルに対する未標識の比率は、添加量に対してプロットされた推定天然毒素量の直接的算出を可能にした(図3および4)。
【0091】
本発明者らは、事前のAQUA滴定から、トリプシン消化効率が定量化の正確さに影響を及ぼしたことを示した。タンパク質分解に対するタンパク質の内在的感受性および消化の実験条件は、主要な影響パラメータを構成する場合がある。タンパク質分解条件の役割を明白にする試みでは、QCATキメラタンパク質を用いて2つの実験を設計した。第1の実験では、QCATを別々に消化し、その結果生じた消化物を標準ペプチドの混合物として使用して、毒素消化物を較正した。第2の実験では、既知量のQCATを飲料水試料に添加し、毒素と共に共消化した。図3に示されているように、QCAT標準物質を別々に消化した場合、不良な線形性および高いs.e.m.が取得された。これらの結果は、線形であり再現性のある定量化のためには、標準物質を標的タンパク質と共消化することが有利であることを強調する。
【0092】
したがって、飲料水中のSEAおよびTSST−1の定量化を目的としたその後の実験では、QCAT標準物質を人為的に汚染した試料と共に共消化した。6つのマーカーペプチドをnanoLC−MS分析で観察することができたが、それらはまったく異なるMS検出性を示した。定量化感度を増強するために、本発明者らは、最も良好なnanoLC−MSシグナル(イオンシグナル強度、nanoLCピーク形)をもたらす4つのマーカーペプチドに着目した(SEAの場合はNVTVQELDLQAR、QNTVPLETVK、YNLYNSDVFDGK、およびTSST−1の場合はLPTPIELPLK)。2つのAQUAペプチド、YNLYNSDVFDGKおよびNVTVQELDLQARを用いて取得されたSEA滴定とは対照的に、3つのQCAT産生SEAペプチド標準物質は、限定的な分散を表わしたに過ぎなかった(図2Aおよび図4Aを比較されたい)。このより高度な一貫性は、QCAT構築体においてペプチド標準物質が等化学量論的に提示されていることに起因する。しかしながら、QCAT定量化は、2倍を超えるSEAおよびTSST−1の過小評価に結びついた(図4Aおよび4B)。ブドウ球菌エンテロトキシンは、プロテアーゼ感受性に乏しいと考えられており[13]、QCATコンカテマーは、トリプシン消化に対して高度に感受性があると報告されているため[9]、この過小評価の簡単明瞭な理論的根拠は、毒素およびQCATタンパク質間での異なる消化速度を想定することである。
【0093】
同位体標識PSAQ標準物質を使用した、飲料水中のブドウ球菌スーパー抗原性毒素の定量化
規定量の市販SEAおよびTSST−1毒素を飲料水試料に添加した。これらの試料を、既知量のSEAおよびTSST−1 PSAQ標準物質でスパイクした。[1315]−リシンおよび[1315]−アルギニンの、これらの無細胞発現標準物質への組み込み収率は、98%を超えていた[データ非表示]。QCATについて記載したように、水試料を溶液中で消化し、nanoLC−MSデータを分析した。図5に示されているように、SEAおよびTSST−1 PSAQ標準物質は、それぞれ、3つおよび2つの未標識/標識マーカーペプチド対を用いた定量化を可能にした。これは、TSST−1の配列カバー率の増加を表わした。PSAQ標準物質を用いた較正は、高度に精密であり、測定の正確さを向上させた。SEAに関して、3つの標準ペプチドを使用して取得された結果は、高度に一貫していたが、わずかに過大評価されていた(傾き値は1.26から1.42に及ぶ)。これは、希釈工程中にSEA PSAQ標準物質がバイアルに部分的に吸着したことに起因する可能性が高い。TSST−1の場合には、2つの標準ペプチド、LPTPIELPLKおよびQLAISTLDFEIRは両方とも、81%の回収率を可能にした(傾き値=0.81)。
【0094】
前分画された尿中のブドウ球菌スーパー抗原性毒素の定量化
最後の実験群では、本発明者らは、ブドウ球菌性毒素性ショック症候群に最も頻繁に関与する毒素であるSEAおよびTSST−1でヒト尿試料を汚染した[13、14]。汚染された試料を、Strataclean樹脂で前分画し、SDS−PAGEにより脱複雑化し、トリプシンでゲル内消化した。これらの試料を、PSAQ毒素、またはQCATコンカテマー、またはAQUAペプチドのいずれかでスパイクした(図6A)。既知量のPSAQ標準物質を、尿試料に直接添加した。QCAT標準物質に関して、本発明者らは、その分子量を標的毒素の分子量(24kDa)に調整することにより、以前に記載されているQCAT概念[9]を改良し、その結果:(i)QCAT標準物質は、電気泳動ゲル内で毒素標的と共に移動し、(ii)QCAT標準物質は、ゲル内で毒素と共に共消化され、(iii)QCATおよび毒素タンパク質分解により産生されたペプチドは、ゲルから同時に抽出される。QCATを24kDaに調整することは、他のブドウ球菌スーパー抗原性毒素用の定量化標準物質として潜在的に有用な追加的なペプチドの組み込みにより達成した(図1、本研究で定量化されなかった他の毒素を参照されたい)。QCAT構築体は、1%SDSに可溶化したため、Strataclean樹脂で捕獲することができなかった。結果的に、SDS−PAGE直前にQCAT構築体を試料に導入した。そのサイズにより、SDS−PAGE分画ステップ後にそれらを添加することが強いられるAQUAペプチド標準物質を、以前に記載されているように[6]、nanoLC−MS分析直前に試料へ添加した。
【0095】
飲料水試料中のSEAおよびTSST−1の検出および定量化と比較すると、PSAQ標準物質が使用された場合でさえ、尿試料中ではより低い配列カバー率が取得された。実際のところ、尿タンパク質により生成されたバックグラウンドが高かったため、マーカーペプチドQNTVPLETVKおよびYNLYNSDVFDGKの検出が妨げられた。飲料水中では、SEAの場合は7.7pM(信号雑音比75:1)およびTSST−1の場合は3.8pM(信号対雑音15:1)まで、それぞれ毒素を定量化した。対照的に、尿中の定量化感度は、タンパク質複雑性が高いことにより、SEAの場合は0.4nM(信号雑音比35:1)およびTSST−1の場合は1.3nM(信号雑音比20:1)に制限された。図6は、添加量と比較した、異なる標準物質を用いて取得されたSEAおよびTSST−1量の推定を示す。AQUAおよびQCAT標準化は両方とも、尿中の毒素量を大幅に過小評価した。これは、分析工程の後期でこれらの標準物質を添加したことによる(図6A)。このことは、これらの戦略の主要な限界:試料前分画とこれらが適合しないことを強調する。対照的に、PSAQは、この複雑なマトリックス中の毒素の正確な推定を可能にした唯一の定量化戦略であった(SEAマーカーペプチドNVTVQELDLQARおよびTSST−1マーカーペプチドLPTPIELPLKの場合、それぞれ、傾き値=1.05および1.08)(図6Bおよび6C)。
【0096】
考察
SEAおよびTSST−1毒素に関して、2つのAQUAペプチドがそれらの量を著しく過小評価した(図2)。そのような観察は、ペプチド標準物質を使用する際に考慮されていないトリプシン消化効率の可変性に起因する可能性が最も高い。したがって、本発明者らのデータを考慮すると、AQUAを、ペプチドミクス用の精巧な定量化戦略と考えることができる[23]。しかしながら、タンパク質を正確に定量化するためには、本発明者らは、この戦略が、低複雑性試料と、トリプシン消化効率が特徴付けられている標的タンパク質とに制限されるべきであると考える。AQUAペプチドとは対照的に、QCAT定量化は、同一タンパク質の異なるマーカーペプチド間でより一貫した結果をもたらした(図4)。QCATは、標的と共消化された際に、消化条件により誘導されたプロテアーゼ活性の可変性を補正することも可能にした(図3)。しかしながら、本質的にはタンパク質分解の感受性が異なるため、QCAT標準物質は、それにもかかわらず毒素の過小評価を招いた(図4)。最後に、PSAQ戦略は、飲料水中の毒素定量化について、ペプチド間の一貫性および正確さの両方の点から、AQUAおよびQCAT手法に対する著しい優位性を実証した(図5)。SEA存在量が26から42%過大評価されるのは、希釈工程(スパイク前の終濃度:10nM)中にSEA PSAQ標準物質がバイアルに吸着することに起因する可能性がある。したがって、尿試料中のSEAおよびTSST−1滴定の両方について、優れた正確さが観察された(図6Bおよび6C)。飲料水試料と比較すると、尿試料をスパイクするために使用されたPSAQ標準物質溶液は、よりいっそう濃縮されており(200nM)、バイアルへのタンパク質吸着が防止された可能性がある。QCATおよびAQUA戦略の両方の場合、任意の所与のタンパク質の定量化に使用するのに最も良好なペプチド(複数可)の選択は、経験に裏付けられた推測に基づくことが非常に多い。生物学的マトリックスおよび前分画戦略に応じて、単一の標準ペプチドを選択することは不適当であり得る(例えば、標準ペプチドが他の支配的なペプチドにより抑制される場合)。PSAQ戦略は、最大のタンパク質カバー率を可能にし、これらの考え得る問題を回避し、標的のよりロバストな定量化を提供する。AndersonおよびHunterが小型タンパク質について示唆しているように[10]、良好なペプチドリポーターを見出すのが困難であることから、トリプシンを、ペプチド消化用の異なるプロテアーゼと交換することを強いられる場合がある。長期にわたる研究では、QCATまたはAQUA標準物質は、定量化標準物質の選択を凍結する一方で、PSAQ戦略は代替的ペプチド標準物質への道を切り開く。
【0097】
PSAQ戦略は、前分画および消化収率が統合される可能性があるため、生体液中のバイオマーカーの定量分析にとってこの上なく魅力的である。この向上は、Strataclean樹脂捕獲およびSDS−PAGE前分画後に、複雑な試料(例えば尿)中のSEAおよびTSST−1毒素を比較定量化することにより実証された。飲料水試料と比較して、尿試料のタンパク質複雑性は、いくつかの毒素マーカーペプチドのMS検出を妨げる高バックグラウンドおよびイオン化競合性を生み出した。残りのマーカーを用いると、AQUAおよびQCATは両方とも、毒素量を大幅に過小評価した。AQUA戦略がタンパク質標的を過小評価する傾向は、SDS−PAGE前分画後に大幅に悪化した。このことは、QCATを毒素標的と共に電気泳動および共消化すること、ならびに標識/未標識ペプチドをゲルから同時抽出することを可能にする本発明者らのSDS−PAGE適合的設計にもかかわらず、QCATにも当てはまった。最終的に、PSAQ標準物質だけが、この前分画プロトコール後に信頼性のある定量化をもたらした。最も強力なMS技術を用いる場合でさえ、脱複雑化することは、中程度から低存在量のタンパク質の定量化前の必須ステップとして出現することが多い[10、11]。実際、AQUA定量化は、前分画したタンパク質試料で実現されることが多い[6、21]。本研究で例示されているように、これらの前分画ステップによる標的タンパク質回収の収率に関する不確実性は、PSAQ標準物質を使用すると効率的に補正される重大な定量化バイアスを導入する場合がある。このことは、AQUAおよびQCAT手法に優るPSAQ戦略の主要な利点を構成する。
【0098】
結論として、本発明者らは、生体液などの複雑な試料中のバイオマーカー絶対定量化のための既存手法に優る本発明者らのPSAQ戦略の利点を実証した。MS分析の高感度を考慮すれば、単回の中規模発現実験により、数千の定量化分析のために十分な量の所与のPSAQ標準物質が提供される。さらに、必要であればいつでも、定量的蛍光検出と組み合わせたSDS−PAGEなどの簡単な品質管理を実施することができる。
【実施例2】
【0099】
PSAQ戦略を使用した、血清試料中のブドウ球菌エンテロトキシンA(SEA)の絶対定量化。
【0100】
(血清試料をSEAで汚染し、規定量のPSAQ標準物質(同位体標識SEA)でスパイクした。試料は、MARSスピンカートリッジ(Agilent Technologies社製)を使用して、6つの最も豊富なタンパク質を除去し、SDS−PAGEに供した。トリプシンでゲル内消化した後、ペプチドを抽出し、nanoLC−MSを使用して分析した(図12A)。SEA定量化を、未標識/標識ペプチド対(QNTVPLETVKおよびNVTVQELDLQARペプチド対)の抽出イオンクロマトグラムから導出した。考慮したプロテオタイプペプチド対の両方について、血清試料中のSEA推定量を、スパイクした量に対してプロットした(図12B)。
【実施例3】
【0101】
ブドウ球菌食中毒発生の調査を向上させるためのタンパク質標準物質の絶対定量化(PSAQ)
要約
ブドウ球菌エンテロトキシンは、食物媒介性疾患の主要な原因物質である。リスク評価または食中毒発生調査のために食物残余物中でそれらを検出することには、包括的な免疫学的ツールの欠如という難点がある。本研究では、本発明者らは、免疫捕捉と、同位体標識エンテロトキシンをMSに基づく分析の内部標準物質として使用するPSAQ戦略との組合せが、食物マトリックス中のこれらの汚染物質を特異的に同定および定量化するために有力であることを実証する。この手法は、ブドウ球菌食中毒発生の解明を著しく向上させる。
【0102】
本発明者らは、汚染された食物試料中の微量ブドウ球菌エンテロトキシンA(SEA)、食中毒の主要物質の検出および絶対定量化のために、PSAQ戦略と免疫捕捉とを組み合わせた。
【0103】
ブドウ球菌食中毒(SFP)は、黄色ブドウ球菌株により食物中で事前形成されたブドウ球菌エンテロトキシン(SE)の摂取に起因する一般的な食物媒介性疾患である。合衆国において、SEは、毎年185,000件の食中毒の原因である。フランスにおいては、ブドウ球菌エンテロトキシンは、サルモネラに次ぐ食物媒介性疾患の2番目の原因を示している。現在まで、19種のブドウ球菌エンテロトキシンおよび関連毒素(「エンテロトキシン様」タンパク質)が記載されている。SFPに関与した食物から単離された菌株は、主にSEA、より少ない程度にSED、SEB、およびSECを産生する。しかしながら、多数のSEおよび関連毒素に対する特異的な診断ツールが欠如しているため、多くのSFP発生は未解明のままである。SFPは、食物消費後の1から8時間の間に生じる胃腸炎により臨床的に特徴付けられる。SEが食物残余物中で検出される場合、SFPの生物学的診断は決定的である。SEの検出は、古典的には免疫学的技術(ELISA)を使用して実施される[Hennekinneら、J AOAC Int 2007年、第90巻、756〜764頁]。しかしながら、SEの免疫学的検出は、重要な欠点を示す。まず、SE間の配列および構造が高度に相同的であるため、ごく少数の特異的抗体しか利用可能ではない。次に、食物マトリックスの複雑性により、多くの場合非特異的反応が起こる[Hennekinneら、J AOAC Int 2007年、第90巻、756〜764頁]。最後に、周知のIgG結合性ブドウ球菌プロテインAは、SEと共に食物中に共分泌され、アッセイに干渉する場合がある。結果的に、市販のキットは、5つのエンテロトキシン(SEAからSEE)の検出にのみ利用可能であり、複雑な食物マトリックス分析には、感度、特異性、および適合性の点から重大な制限を被っている。
【0104】
したがって、本発明者らは、SFP発生を特徴付けるために、ELISAの代替としてPSAQ法の可能性を調査した。黄色ブドウ球菌(S.aureus)増殖およびブドウ球菌エンテロトキシン(SE)産生のリスクが高いことを示すため、半硬質牛乳チーズをモデルとして最初に選択した。チーズモデルは、フランス国立農業研究所(French National Institute for Agricultural Research)(Jouy en Josas、フランス)の「乳酸菌および日和見病原体」実験室で製造された。SEA産生黄色ブドウ球菌株を、加工前の牛乳に接種した。乳製品管理の公式手順に従って、1個のチーズ(25g)をホモジナイズし、カゼインを除去し、抽出物をポリエチレングリコールに対する透析により濃縮した(より詳細には、参考文献Hennekinneら、J AOAC Int 2007年、第90巻、756〜764頁を参照されたい)。この抽出物を、参照用の定量的ELISAを使用して、または本発明者らのMSに基づくPSAQ法を使用して、同時に調査した。PSAQ分析の場合、[1315]L−リシンおよび[1315]L−アルギニンで同位体標識した100ngのSEA PSAQ標準物質で、チーズ抽出物をスパイクした。スパイクされたチーズ抽出物を、5つのエンテロトキシン(SEAからSEE)を捕獲するように設計された免疫親和性カラム(Biocontrol Systems社製、リヨン、フランス)に通した。溶出液を収集し、短時間のSDS−PAGEに供した。内在性エンテロトキシンおよびその同位体標識対応物を含有する、ゲルの25〜30kDa領域を切り出し、トリプシンでの消化に供した。タンパク質分解性ペプチドを抽出し、QToF質量分析計(Waters社製、ミルフォード、マサチューセッツ州、米国)を使用したnanoLC−MSで分析した。免疫親和性カラムは大きな範囲のエンテロトキシン捕獲を可能にする一方で、MS分析は、各タンパク質に固有なペプチド(つまりプロテオタイプペプチド)の同定によりエンテロトキシンの高度に特異的な帰属を可能にする。1つのそのようなプロテオタイプペプチド(ペプチドNVTVQELDLQAR)がチーズ試料中で検出され、内在性SEAの存在を特異的に示した。内在性/標識ペプチド抽出イオンクロマトグラムの積分ピークを比較することにより、定量化を実施した(MassLynxソフトウェア、Waters社製)。内在性SEAは、チーズ1グラム当たり2.5±0.2ngで検出され(n=3)、ELISA推定と一致した(2.9±0.3ng/g;n=3)。
【0105】
この概念証明を越えるために、本発明者らは、同じPSAQ戦略を適用して、天然に汚染されている食物マトリックスを調査した。2006年のフランスにおける食中毒発生(11人の患者が宣言された)に関与した中国のデザート(ココパール)は、フランス食品安全局(AFSSA)により収集された。この試料から、AFSSAは、SEAをコードする遺伝子を担持する黄色ブドウ球菌株を単離した。タンパク質レベルでSEAの存在を確認するために、ココパール試料(25g)をホモジナイズし、遠心分離にかけ、上清をポリエチレングリコールに対する透析により濃縮した。ELISA法またはPSAQ法を同時に使用して、抽出物を検査した。MS分析の前に、抽出物を、100ngのSEA PSAQ標準物質でスパイクし、免疫濃縮し、SDS−PAGEおよびトリプシン消化に供した。タンパク質分解性ペプチドを、Q−ToFを用いたnanoLC−MS分析で分析した(図9)。2つのプロテオタイプペプチドが、内在性SEA(ペプチドYNLYNSDVFDGKおよびNVTVQELDLQAR)の存在を特異的に示した。これらのペプチドを使用すると、SEAは、食物1グラム当たり1.47±0.05ngまで定量化された(n=3)。この結果は、同一試料から取得された1.3±0.2ng/g(n=3)のELISA推定と一致し、公表されている症状とも一致した(Ikedaら Appl Environ Microbiol 2005年、第71巻、2793〜2795頁によると、毒素用量=40ng)。
【0106】
本研究において、本発明者らは、食物マトリックス中のブドウ球菌エンテロトキシンAを特異的に検出および定量化するために、PSAQ戦略の能力を利用した。同位体希釈原理をPSAQ標準物質と共に使用することにより、正確な定量化が可能になる。したがって、PSAQ分析および確立されているELISAは、類似した推定をもたらし、同様の感度を示した。そのうえ、PSAQ方法論は、プロテオタイプペプチド検出に関連して比類のない検出特異性を示した。したがって、この方法論は、他のSEに対して容易に拡張することができ、イムノアッセイの魅力的な代替法を代表する。
【0107】
ELISA推定と関連した比較を実施するために、本発明者らは、ELISA検査用に調製したポリエチレングリコール濃縮食物抽出物中に、PSAQ標準物質をスパイクしなければならなかった。しかしながら、ELISA手法とは対照的に、PSAQ標準物質は、分析工程の一番初めで食物ホモジネートに添加することができ、抽出/濃縮手順中の最終的なエンテロトキシン喪失を評価することが可能である。この簡単な改変により、食物中の毒素定量化の正確さはさらに増加するだろう。
【0108】
本実験は、Q−ToF質量分析計で実施し、確立されている市販ELISAキットの感度限界に匹敵する感度限界をもたらした。しかしながら、MS分析にトリプル四重極装置で多反応モニタリング(MRM)法を使用すると、検出感度が少なくとも10倍さらに低くなると予測される。この分析モードは、同定および定量化の配列カバー率も増加させるはずである。
【0109】
現在、本発明者らは、SFP調査に特化したPSAQ標準物質ライブラリーを構成するために、一群の同位体標識全長SEを合成中である。これらのエンテロトキシンPSAQ標準物質は、天然に汚染されている試料中に同時にスパイクされるだろう。免疫捕捉の後、それらにより、原因とみなされているエンテロトキシン(複数可)の多重検出および定量化が可能になろう。
【0110】
結論として、PSAQ戦略は、既存の免疫学的ツールで解明されていないSFP発生を調査する理想的な代替方法論を代表する。これにより、あまり特徴付けられていないブドウ球菌エンテロトキシンの消化病原性の評価が可能になる。
【実施例4】
【0111】
タンパク質リン酸化を定量化するための「ホスホ−PSAQ」戦略。
【0112】
ある戦略は、PSAQ戦略を、翻訳後修飾(PTM)、例えばリン酸化を示すタンパク質の定量化に適応することを可能にすることができる。リン酸化が不安定性であること、および従来の質量分析法ではリン酸化ペプチドの検出が不良であることの両方の理由で、ホスホ−プロテオミクスは、ホスホ−ペプチド濃縮および特化した質量分析戦略のための特定のプロトコールを必要とする場合がある。典型的には、LC−MRM(多反応モニタリング)を使用することができる。PSAQを用いて、本発明者らは、所与のタンパク質の様々なMS観察可能ペプチドの絶対濃度を推定することができる。リン酸化(またはより一般的には任意のPTM)の非存在下では、これらのペプチドはすべて、等モル濃度のはずである(図10)。翻訳後修飾は、この等化学量論的な分布に変化を導入するだろう。この変化は、任意のペプチド修飾に起因する場合がある。したがって、全リン酸化のホスファターゼ抑制後に、ペプチド分布を第2のMSで分析すると、リン酸化の存在を確認/無効にすることができる。この方法は、標的タンパク質中のリン酸化ペプチドの発見および定量化の両方を可能にする。ホスファターゼ処理をH18Oの存在下で実行すると、この方法は、リン酸化アミノ酸残基の精密な同定をも可能にすることができる。
【実施例5】
【0113】
「グリコ−PSAQ」:グリコシル化タンパク質の定量化へのPSAQの適応
多くのタンパク質、とりわけ、確立された潜在的なバイオマーカーは、グリコシル化されている。これは、癌バイオマーカー癌胎児抗原(CEA)または前立腺特異的抗原(PSA)の場合に当てはまる。本発明者らは、PSAQ定量化をグリコシル化タンパク質に適応させるための戦略を起想した。生体試料では、所与のタンパク質のグリコシル化は、多くの場合不均質である。これは、SDS−PAGEで観察される、グリコシル化タンパク質バンドのブロードニングにより十分に例示される。タンパク質グリコシル化の生化学的不均質性は、異なってグリコシル化されたタンパク質がLC−MS分析に先立つ生化学的ステップで不均質集団として振る舞えば、LC−MS定量化を台無しにする場合がある。SDS−PAGEで明白に証拠付けられるため、タンパク質の酵素的脱グリコシル化は、均質性を回復するための良好な方法である。さらに、リソソーム内タンパク質の例から、グリコシル化が、プロテアーゼ攻撃に対する良好な防御であることを理解できる。これにより、トリプシン消化効率に対する影響も異なる場合がある。したがって、本発明者らは、PGNase−Fのような効率的なN−グリコシダーゼを用いた生体物質の処理を、グリコシル化タンパク質に特化したPSAQ定量化プロトコールの実験フローチャートの初期に含めるべきであると考える。しかしながら、この脱グリコシル化ステップは、潜在的に3つの制限を導入する:i)定量化には、所与のタンパク質の特異的脱グリコシル化収率を評価すべきであり、ii)PGNase−F脱グリコシル化は、N−グリコシル化アスパラギンをアスパラギン酸に転換する。この点は、特化したPSAQを設計する際に考慮するべきであるが、iii)脱グリコシル化は、一般的に、タンパク質の総合的な水溶性を減少させる。これは、適切な可溶化緩衝液の選択により修正することができる。定量化するグリコシル化タンパク質を考慮し、これらの制限を考慮に入れて、以下のワークフローを有利に確立することができる:報告されている公知のN−グリコシル化点で、アスパラギンをアスパラギン酸に置換して、PSAQ標準物質を設計する。このPSAQ標準物質および広範に脱グリコシル化された天然タンパク質を使用して、脱グリコシル化ペプチドの絶対量を、そのタンパク質の他の未グリコシル化ペプチドの絶対量と比較する。脱グリコシル化が完全であれば、ペプチドはすべて等モルであるはずである(図11を参照)。
【0114】
参考文献
本出願の全体にわたって、種々の参考文献は、本発明が関する現況技術を記載している。これらの参考文献の開示は、これにより参照によって本開示に組み込まれる。
【0115】
【表3】

【0116】
【表4】

【0117】
【表5】

【0118】
【表6】

【0119】
【表7】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の標的ポリペプチドを定量化するための方法であって、
(a)分析する試料を準備するステップと、
(b)前記標的ポリペプチドの既知量の同位体標識相同体を前記試料に添加し、それにより、スパイクされた試料を得るステップと、
(c)前記スパイクされた試料をプロテアーゼ活性で処理して、複数のタンパク質分解性ペプチドを得るステップと、
(d)質量分析法(MS)により、ステップc)で得られた前記タンパク質分解性ペプチドを分析するステップと、
(e)対応する未標識タンパク質分解性ペプチドに対する、同位体標識タンパク質分解性ペプチドの比率を決定するステップと、
f)前記比率および前記同位体標識相同体の既知量から、前記試料中の前記標的ポリペプチドの量を算出するステップと
を含む方法。
【請求項2】
前記同位体標識相同体が、無細胞抽出物の使用により同位体標識される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ステップ(c)がプロテアーゼにより実施される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記標的ポリペプチドが、バイオマーカー、細菌タンパク質、ウイルスタンパク質、植物タンパク質、酵母タンパク質、カビタンパク質、真菌タンパク質、動物タンパク質、または毒素である、前記請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記標的ポリペプチドがスーパー抗原性毒素である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記試料が、生体液、組織ホモジネート、細胞ホモジネート、細胞培養上清、水、食物、または生物収集液から取得される、前記請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
ステップ(b)とステップ(d)の間に1つまたは複数の分画ステップを含む、前記請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記標的ポリペプチドおよびその同位体標識相同体が、前記標的ポリペプチドとその同位体標識相同体の間の酸化状態の違いを回避するために、還元およびアルキル化されているか、または酸化剤により酸化されている、前記請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
前記標的ポリペプチドが1つまたは複数の翻訳後修飾を担持し、前記方法が、ステップ(a)とステップ(c)の間に、前記標的ポリペプチドの前記1つまたは複数の翻訳後修飾を取り除く追加的ステップを含み、前記同位体標識相同体が、前記標的ポリペプチドの前記1つまたは複数の翻訳後修飾を取り除く前記ステップにより取得されたポリペプチドの同位体標識相同体である、前記請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
ステップ(c)で使用される前記プロテアーゼによりいったん消化された前記同位体標識相同体から、単一同位体標識タンパク質分解性ペプチドが導かれる、前記請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
同位体標識ポリペプチドおよびプロテアーゼを別々の構成要素として含むキット。
【請求項12】
前記プロテアーゼによりいったん消化された前記同位体標識ポリペプチドから、単一同位体標識タンパク質分解性ペプチドが導かれる、請求項11に記載のキット。
【請求項13】
前記同位体標識ポリペプチドまたは前記プロテアーゼによる前記同位体標識ポリペプチドの消化により取得されたタンパク質分解性ペプチドを認識する抗体をさらに含む、請求項11または12に記載のキット。
【請求項14】
同位体標識ポリペプチドのライブラリー。
【請求項15】
前記ライブラリーの前記同位体標識ポリペプチドがすべて、同じプロテアーゼにより切断可能であり、前記プロテアーゼによりいったん消化された前記ライブラリーの前記同位体標識ポリペプチドから、単一同位体標識タンパク質分解性ペプチドが導かれる、請求項14に記載のライブラリー。
【請求項16】
同位体標識ポリペプチドのライブラリーおよびプロテアーゼを別々の構成要素として含むキット。
【請求項17】
前記プロテアーゼによりいったん消化された前記ライブラリーの前記同位体標識ポリペプチドから、単一同位体標識タンパク質分解性ペプチドが導かれる、請求項16に記載のキット。
【請求項18】
請求項14または15に記載の同位体標識ポリペプチドのライブラリーを含有する試料収集デバイス。
【請求項19】
請求項14または15に記載の同位体標識ポリペプチドのライブラリーを含むマトリックスを含有する、請求項18に記載の収集デバイス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公表番号】特表2011−522210(P2011−522210A)
【公表日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−509848(P2010−509848)
【出願日】平成20年6月2日(2008.6.2)
【国際出願番号】PCT/EP2008/056795
【国際公開番号】WO2008/145763
【国際公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【出願人】(599176506)アンセルム(アンスチチュ ナショナル ドゥ ラ サンテ エ ドゥ ラ ルシェルシュ メディカル) (23)
【出願人】(510225292)コミサリア ア レネルジー アトミック エ オ ゼネルジー アルテルナティブ (97)
【氏名又は名称原語表記】COMMISSARIAT A L’ENERGIE ATOMIQUE ET AUX ENERGIES ALTERNATIVES
【住所又は居所原語表記】Batiment Le Ponant D,25 rue Leblanc,F−75015 Paris, FRANCE
【Fターム(参考)】