説明

ポリ乳酸分離膜

【課題】分離操作に抗する物理的耐久性、熱・薬品等に対する化学的耐久性、疎水性相互作用によるファウリングに対する耐汚れ性に優れたポリ乳酸分離膜を提供すること。
【解決手段】ポリ乳酸と、その可塑剤を含有してなるポリ乳酸分離膜であって、可塑剤がポリ乳酸セグメントおよびポリエーテルセグメントを有することを特徴とするポリ乳酸分離膜を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリ乳酸セグメントを有する可塑剤によって、柔軟性と親水性を長期にわたって有する低ファウリング性のポリ乳酸分離膜に関する。
【背景技術】
【0002】
大量消費、大量廃棄の20世紀は終わり、環境調和型社会の構築が求められる21世紀にあっては、循環型資源であるバイオマス資源の活用促進が期待されている。
【0003】
このようなバイオマス資源の中で、脂肪族ポリエステルに代表される酵素や微生物で分解される生分解性ポリマーの研究開発が盛んに行われている。特に、ポリ乳酸が脂肪族ポリエステルの中でもとりわけ社会的な注目を集めている。
【0004】
ポリ乳酸は、トウモロコシや芋類などから得られるデンプンなどを原料として乳酸を製造し、さらに化学合成によって得られるポリマーである。ポリ乳酸は、脂肪族ポリエステルの中でも機械的物性や耐熱性、透明性に優れているため、フィルム、シート、テープ、繊維、ロープ、不織布、容器などの各種成型品を目的とした研究開発が盛んに行われており、機械的負荷の小さい分野では実用化されつつある。しかしながら、高圧力下での使用が想定され、物理的外力が加わる分離膜の分野では未だ研究段階に留まっている。
【0005】
ポリ乳酸分離膜としては、特許文献1にポリ乳酸分離膜について記載が見られる。すなわち、ポリ乳酸のL体とD体の比が90:10〜10:90である共重合体を有機溶媒に溶解した後に適当な基材に塗布後、ポリ乳酸の非溶媒に浸漬し、乾燥して製造する方法が記載されている。しかしながら、繰り返し使用することが困難であった。
【0006】
また、上記の他にも、熱・薬品等に対する化学的耐久性、ファウリングに対する耐汚れ性の向上が望まれていた。
【特許文献1】特開2002−20530号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、従来の技術の上述した問題点に鑑み、ろ過、逆流洗浄、曝気等の分離操作に抗する物理的耐久性、熱・薬品等に対する化学的耐久性、ファウリングに対する耐汚れ性に優れたポリ乳酸分離膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ポリ乳酸そのものが柔軟性に欠如するという欠点を有するために、分離操作に伴う物理的外力が加わる分離膜への適用が難しいと考えた。そこで、ポリ乳酸に柔軟性を付与するために、例えば可塑剤の添加が考えられるが、可塑剤としては、フタル酸エステル(特開平4−335060号公報)や、乳酸や線状の乳酸オリゴマーまたは環状の乳酸オリゴマー(米国特許第5180765号公報、米国特許第5076983号公報、特開平6−306264号公報)、ポリエーテルを主成分とする可塑剤(特開平8−199052号公報)を用いることが出来るが、しかしながら、分離膜の分野では熱水、酸・アルカリ、酸化剤による洗浄が頻繁に実施されるため、単に混和されているだけの可塑剤では容易に溶出・脱落して、短期間で機械的物性が劣化し、さらには分離性能も低下してしまう。
【0009】
ここで本発明者らは、ポリ乳酸とポリエーテルのブロック共重合体(特開平8−253665号公報、国際公開第2004/000939号パンフレット)を可塑剤として使用することで、ポリ乳酸部分により母材と可塑剤の親和性が高く、柔軟性が長期間にわたって保持され、ポリエーテル部分により耐ファウリング性が向上することを見出した。
【0010】
上記課題を解決するための本発明は、下記(1)〜(6)の構成によって達成される。
(1)ポリ乳酸と、その可塑剤を含有してなるポリ乳酸分離膜であって、可塑剤がポリ乳酸セグメントおよびポリエーテルセグメントを有することを特徴とするポリ乳酸分離膜。
(2)可塑剤のポリ乳酸セグメントとポリエーテルセグメントのそれぞれの繰り返し単位のモル比が10:90〜90:10である(1)のポリ乳酸分離膜。
(3)示差走査熱量測定において結晶融解熱ピークを有する(1)のポリ乳酸分離膜。
(4)光学純度が75%以上の結晶性ポリ乳酸を用いることを特徴とするポリ乳酸分離膜の製造方法。
(5)開孔剤としてポリエーテル樹脂を用いることを特徴とするポリ乳酸分離膜の製造方法。
(6)ポリ乳酸を10重量%以上50重量%以下で含有し、可塑剤を5重量%以上30重量%以下で含有し、開孔剤を5重量%以上10重量%以下で含有し、さらに溶媒を含有する製膜原液を用いる(5)のポリ乳酸分離膜の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、分離操作に抗する物理的耐久性、熱・薬品等に対する化学的耐久性、疎水性相互作用によるファウリングに対する耐汚れ性に優れたポリ乳酸製の分離膜が提供される。可塑剤がポリ乳酸セグメントを有するために、相分離時に母材のポリ乳酸と強固に結びつき、長期間にわたってポリ乳酸分離膜の柔軟性が保持される。また、可塑剤がポリエーテルセグメントを有するために、疎水性相互作用によって生じるファウリングが抑制される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、母材としてのポリ乳酸と、その可塑剤を含有してなるポリ乳酸分離膜であって、可塑剤がポリ乳酸セグメントおよびポリエーテル系セグメントを有することを特徴とする。
【0013】
本発明で用いられる可塑剤は、ポリ乳酸セグメントおよびポリエーテルセグメントを有する。ここで、ポリ乳酸セグメントおよびポリエーテルセグメントとは、それぞれ実質的に乳酸およびエーテルを繰り返し単位に有する可塑剤の構成成分である。例えば、ポリ乳酸A−ポリエチレングリコール−ポリ乳酸BのABA型ブロック共重合体を可塑剤として用いる場合、ポリ乳酸セグメントはポリ乳酸Aおよびポリ乳酸Bであり、ポリエーテルセグメントはポリエチレングリコールであり、繰り返し単位はそれぞれ乳酸およびエチレングリコールである。
【0014】
ポリエーテルセグメントを有する化合物は、比較的ポリ乳酸との親和性が高く、可塑化効率も高い。このため、ポリエーテルセグメントを有する化合物を可塑剤として使用すると、本発明の目的の一つである柔軟性の付与が達成できる。ポリエーテルセグメントの中でも、ポリアルキレンエーテルからなるセグメントが好ましく、さらにはポリエチレングリコールからなるセグメントが好ましい。これは、ポリエチレングリコールやポリプロピレングリコールあるいはポリエチレングリコール・ポリプロピレングリコール共重合体などのポリアルキレンエーテル、特に、ポリエチレングリコールからなるセグメントを有する場合、ポリ乳酸との親和性が特に高いため、可塑剤の可塑化効率に優れ、少量の可塑剤の添加で所望の柔軟性を付与できるためである。
【0015】
また、ポリエーテルセグメントは親水性を示し、自然水中の難溶解性有機物の一種であるフミン酸などの疎水性相互作用により膜ファウリングを惹起する物質の吸着を抑制する効果がある。この効果はポリエーテルセグメントの平均分子量が大きくなるほど高くなるが、逆にポリエーテルセグメントの平均分子量が大きくなるほどポリ乳酸セグメントが可塑剤分子鎖内部に取り残されてしまい易い。そうすると、可塑剤のポリ乳酸セグメントが母材のポリ乳酸の近傍に位置することが困難になるため、ポリ乳酸セグメントと母材とが強固に結びつくことが困難になり、可塑剤が母材から脱落し難くなるという本発明の効果が達成し難くなる。
【0016】
このような観点から、可塑剤中のポリエーテルセグメントの平均分子量は1,000以上50,000以下であることが好ましく、2,000以上20,000以下であることがさらに好ましい。
【0017】
ポリ乳酸セグメントは、母材としてのポリ乳酸から形成される結晶中に取り込まれることで可塑剤の分子を母材中に拘束し、ポリ乳酸セグメントと母材とが強固に結びつく効果を担う。この効果はポリ乳酸セグメントの平均分子量が大きくなるほど高くなるが、逆にポリ乳酸セグメントの平均分子量が大きくなるほど相対的にポリエーテルセグメントの割合が低下して可塑化効率が低下してしまう。
【0018】
このため、可塑剤中のポリ乳酸セグメントの平均分子量は1,000以上10,000以下であることが好ましく、1,500以上7,000以下であることがさらに好ましい。
【0019】
可塑剤による上述した3つの効果、すなわち、柔軟性の付与、膜ファウリングの抑制、可塑剤と母材との強固な結びつきを達成するためには、ポリ乳酸セグメントとポリエーテルセグメントのバランスが重要である。このような観点から、可塑剤のポリ乳酸セグメントとポリエーテルセグメントのそれぞれの繰り返し単位のモル比が10:90〜90:10であることが好ましく、より好ましくは15:85〜85:15、さらに好ましくは20:80〜80:20である。
【0020】
本発明のポリ乳酸セグメントおよびポリエーテルセグメントを有する可塑剤は、以下のようにして調製することができる。例えば、あらかじめ適当な分子量のポリ乳酸オリゴマーをラクチド開環法あるいは乳酸縮合重合法などの常法により重合し、そこにポリエーテルセグメントを有する化合物を適量反応させることで得られる。また、ポリエーテルセグメントを有する化合物を重合開始剤としてラクチドの開環重合により付加する、あるいは、ポリエーテルセグメントを有する化合物を重合開始剤として乳酸の脱水縮合重合により付加してもよい。
【0021】
具体的には、両末端に水酸基を有するポリエチレングリコールを用意し、ここに必要に応じてオクチル酸錫などの触媒の存在下でラクチドを開環付加重合させると、ポリ乳酸(A)−ポリエチレングリコール−ポリ乳酸(B)型のブロック共重合体が得られる。各セグメントの平均分子量や可塑剤中の含有率は、ポリエチレングリコールの分子量やラクチドの反応量で制御することができる。
【0022】
得られた可塑剤の各セグメントの分子量を決定するためには、可塑剤の重クロロホルム溶液を用いて1H−NMR測定を実施する。ポリ乳酸セグメントの場合、得られたチャートを基に、(1/2)×(IPLA×72)/(IPEG×44/4)×MPEGで算出する。ここで、IPEGは、ポリエチレングリコール主鎖部のメチレン基の水素に由来するシグナル積分強度、IPLAはPLA主鎖部のメチン基の水素に由来するシグナル積分強度、MPEGはポリエチレングリコールの平均分子量である。なお、ポリ乳酸(A)とポリ乳酸(B)の平均分子量を算出する時は、ラクチドが両者に均等に分布しているものとして計算する。
【0023】
本発明のポリ乳酸分離膜を製造する際には、母材としてのポリ乳酸、可塑剤および開孔剤を、それらを溶解する溶媒に溶解または分散させた製膜原液とし、製膜工程に供給すると良い。用いる溶媒は、相分離の方法により適宜選択すればよいが、非溶媒誘起相分離には良溶媒を選択し、熱誘起相分離にはポリ乳酸の貧溶媒を選択すると良い。ポリ乳酸の良溶媒としては、例えば、ジクロロメタン、クロロホルム、ジメチルケトン、メチルエチルケトン、テトラヒドロフラン、ジオキサン、トルエン、キシレン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドンなどが挙げられる。特に、テトラヒドロフラン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドンは取り扱いが簡便であるため好ましく使用される。なお、ポリ乳酸の非溶媒としては、例えば、水、メタノール、エタノールなどのアルコール類が挙げられる。ポリ乳酸の貧溶媒としては、例えば、上述した良溶媒に上述した非溶媒を混和させて調製することができる。
【0024】
ここで、母材としてのポリ乳酸に可塑剤を巨視的に混和させて分散させた分離膜に較べて、分離膜用途に適する程度の機械的物性をさらに長期間にわたって保持させることが望まれる。
【0025】
そこで本発明では、母材としてのポリ乳酸と可塑剤中のポリ乳酸セグメントを分子レベルで微分散させることが好ましい。例えば、後述する相分離を利用して分離膜を作製し、母材としてのポリ乳酸とポリ乳酸セグメントを有する可塑剤をポリマー濃厚相に偏在させると、分子レベルでの微分散が達成される。これは、可塑剤中のポリ乳酸セグメントと母材のポリ乳酸の分子同士を相分離時にポリマー溶液中に偏在させることによって、固化時に同一結晶中に母材と可塑剤とが内包される、または母材と可塑剤とが固溶体として内包されるためであると考えている。その結果、ポリエーテルセグメントがポリマー希薄相側に偏在することになるため、得られる分離膜の細孔近傍にポリエーテルセグメントが位置することになると考えている。
【0026】
相分離は、非溶媒誘起相分離と熱誘起相分離の2種類に大別される。非溶媒誘起相分離とは、ポリマー溶液中に該ポリマーの非溶媒が滲入することによって、ポリマー溶液がポリマー濃厚相とポリマー希薄相とに相分離する現象である。最終的に、ポリマー濃厚相を分離膜の壁とし、ポリマー希薄相を分離膜の孔として利用することになる。一般に、常温でポリマーを溶解できる良溶媒がポリマー溶液の調製に使用され、ポリマーを溶解しない非溶媒を凝固に使用する。
【0027】
非溶媒誘起相分離によるポリ乳酸分離膜の製造時には、上述したポリ乳酸の非溶媒を製膜原液に接触させて相分離を生じさせる。ここで、非溶媒に良溶媒を少量混和させて非溶媒誘起相分離を遅延させる方法や、低温の非溶媒を用いることにより非溶媒誘起相分離を遅延させる方法も分離膜に所望の細孔径や細孔数を付与するために採用されうる。
【0028】
熱誘起相分離とは、高温下ではポリマーが均一に溶媒に溶解した溶液であるが、冷却して低温にすると溶媒のポリマー溶解力が低下するためにポリマーが析出してポリマーと溶媒に相分離する現象である。熱誘起相分離を起こさせるためには、高温ではポリマーを均一に溶解し、低温ではポリマーを析出させるような適切な溶媒を選定する必要がある。このような溶媒としては、常温ではポリマーを溶解しないが例えば100℃以上の高温ではポリマーを溶解する貧溶媒と呼ばれるものが一般に使用される。なお、良溶媒に任意の非溶媒を混和させることによって貧溶媒とすることもできる。
【0029】
本発明では、いずれの相分離も利用することができるが、相分離の方法によって得られる分離膜の形状・性能が異なる。特に、熱誘起相分離は、均質な分離膜を作製する際に好適に利用される。
【0030】
非溶媒誘起相分離を採用する場合、ポリ乳酸の非溶媒としては、水やアルコールが好ましく使用される。非溶媒の滲入によって相分離する際、可塑剤中のポリエーテルセグメントは比較的非溶媒との親和性が高いために非溶媒側、すなわち得られる分離膜の細孔表面側に分布しやすい。一方、可塑剤中のポリ乳酸セグメントは非溶媒よりも母材としてのポリ乳酸との親和性が高いため、母材側に取り込まれやすい。その結果得られる分離膜は、可塑剤が母材から脱落しにくいため長期間にわたって柔軟性が保持され、さらに可塑剤中のポリエーテルセグメントが分離膜の細孔近傍に優先配置されるため疎水性相互作用によって生じるファウリングが抑制される。
【0031】
また、熱誘起相分離を採用する場合でも、非溶媒誘起相分離と同様にポリマー濃厚相にポリ乳酸や可塑剤のポリ乳酸セグメントが偏在し、ポリマー希薄相に可塑剤のポリエーテルセグメントが分布しやすい。従って、得られる分離膜は長期間にわたって柔軟性が保持され、疎水性相互作用によって生じるファウリングが抑制される。
【0032】
本発明において、母材として用いるポリ乳酸は、L−乳酸および/またはD−乳酸を主成分とし、重合体中の乳酸由来の成分が70重量%以上であるポリ乳酸である。ポリ乳酸は、実質的にL−乳酸および/またはD−乳酸からなるホモポリ乳酸が好ましく用いられる。
【0033】
通常、ホモポリ乳酸は、光学純度が高いほど融点や結晶化温度が高い。ポリ乳酸の融点や結晶性は、分子量や重合時に使用する触媒の影響を受けるが、通常、光学純度が98%以上のホモポリ乳酸では融点が約170℃程度であり結晶性も比較的高い。光学純度が低くなるにつれて融点や結晶性は低下し、例えば光学純度が88%のホモポリ乳酸では融点は145℃程度であり、光学純度が75%のホモポリ乳酸では融点は120℃程度である。光学純度が70%よりもさらに低いホモポリ乳酸では明確な融点を示さず非結晶性となる。
【0034】
ここで、ポリ乳酸の結晶性あるいは非結晶性を判断するためには、昇温速度10℃/分でDSC(示差走査熱量分析)測定を行った時にポリ乳酸成分に由来する結晶融解熱が観察されるか否かで行い、そのような結晶融解熱ピークが観察される場合に結晶性であると言う。
【0035】
本発明のポリ乳酸分離膜についても、DSC測定を実施してその結晶性を判断することができる。ポリ乳酸分離膜がDSC測定において結晶融解熱ピークを有する場合、母材としてのポリ乳酸と可塑剤中のポリ乳酸セグメントが強固に結びついていることになるため、特に好ましい。これは、母材としてのポリ乳酸が結晶化する際に可塑剤中のポリ乳酸セグメントをその結晶中に取り込むことによって、可塑剤を母材に拘束することが可能となるためであり、得られる分離膜から可塑剤が容易に脱落しにくくなる。なお、結晶融解熱ピークの有無は、結晶融解熱量(J/g)を算出し、10J/g以上であればピークが有ると判断する。
【0036】
本発明のポリ乳酸分離膜がDSC測定において結晶融解熱ピークを有するようにするためには、上述した相分離を利用し、光学純度が高いホモポリ乳酸、すなわち結晶性が高いホモポリ乳酸を用いると良い。このような観点から、本発明では、光学純度が75%以上の結晶性ポリ乳酸を母材としてのポリ乳酸に含有することが好ましく、より好ましくは光学純度85%以上、さらには光学純度90%以上が好ましい。そして、該結晶性ポリ乳酸を母材としてのポリ乳酸の50重量%以上、より好ましくは70重量%以上、さらには90重量%以上の割合で含有することが好ましい。
【0037】
そして、母材としてのポリ乳酸は、得られる分離膜の60重量%以上、より好ましくは70重量%以上となるように調製すると、分離膜の物理的強度を損なうことなく透過性能等の膜性能を高めることができる。
【0038】
本発明に用いるポリ乳酸の重量平均分子量は、得られる分離膜の物理的耐久性と透過性能とのバランスを考慮すると8〜30万、好ましくは10〜20万である。
【0039】
本発明に用いるポリ乳酸は、L−乳酸、D−乳酸のほかにエステル形成能を有するその他の単量体成分を共重合した共重合ポリ乳酸であってもよい。共重合可能な単量体成分としては、グリコール酸、3−ヒドロキシ酪酸、4−ヒドロキシ酪酸、4−ヒドロキシ吉草酸、6−ヒドロキシカプロン酸などのヒドロキシカルボン酸類の他、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、ネオペンチルグリコール、ポリエチレングリコール、グリセリン、ペンタエリスリトール等の分子内に複数の水酸基を有する化合物類またはそれらの誘導体、コハク酸、アジピン酸、セバシン酸、フマル酸、テレフタル酸、イソフタル酸、2,6−ナフタレンジカルボン酸、5−ナトリウムスルホイソフタル酸等の分子内に複数のカルボン酸基を有する化合物類またはそれらの誘導体が挙げられる。そして、これらの共重合体成分の中で、とりわけ生分解性を有する成分を選択することが望ましい。
【0040】
なお、本発明に用いるポリ乳酸は、発明の目的を損なわない範囲で、他の無機物、有機物などの化合物を含有していても構わない。
【0041】
本発明のポリ乳酸系分離膜の細孔を形成するために、開孔剤を使用しても良い。開孔剤とは、相分離中または相分離後に脱離することにより細孔形成を促すものである。このような開孔剤としては、以下の有機化合物および無機化合物が挙げられる。有機化合物としては、例えば、ポリエチレングリコールなどのポリエーテル樹脂、ポリビニルピロリドン、ポリエチレンイミン、ポリアクリル酸、デキストランなどの水溶性ポリマー、界面活性剤、グリセリン、糖類などを挙げることができる。無機化合物としては、例えば、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、塩化リチウム、硫酸バリウムなどを挙げることができる。本発明では、所望の細孔径や細孔数を得るために、上述した開孔剤の中から適宜選択して使用ずることも、組み合わせて使用することもできる。
【0042】
また、親水性を示すポリエーテルセグメントを分離膜細孔近傍に分布させて、疎水性相互作用によって生じるファウリングをさらに効果的に抑制することも望まれる。
【0043】
そこで特に、ポリエーテル樹脂は可塑剤中のポリエーテルセグメントと親和性が高く、細孔近傍に多数のポリエーテルセグメントを誘導しやすいため好ましい。上述したように、ポリエーテル樹脂を使用しない場合でも可塑剤中のポリエーテルセグメントは細孔近傍に位置しやすい傾向を示すが、ポリエーテル樹脂によって可塑剤中のポリエーテルセグメントをポリマー希薄相に誘導しやすくなるため、その傾向をさらに強めることができ、分離膜のファウリングがさらに抑制される。
【0044】
可塑剤による上述した3つの効果、すなわち、柔軟性の付与、膜ファウリングの抑制、可塑剤と母材との強固な結びつきを達成するためには、母材としてのポリ乳酸を10重量%以上50重量%以下で含有し、可塑剤を5重量%以上30重量%以下で含有し、開孔剤を5重量%以上10重量%以下で含有し、さらに溶媒を含有する製膜原液を用いることが好ましい。
【0045】
以下に具体的実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0046】
実施例中の各物性値は以下の方法で測定した。また、ポリ乳酸と、ポリ乳酸セグメントおよびポリエーテルセグメントを有する可塑剤は以下のようにして調製した。
(1)結晶融解熱
乾燥状態のポリ乳酸分離膜を精秤して密封式DSC容器に詰め、セイコー電子(株)製の示差走査熱量分析装置(DSC−6200)を用いて昇温速度10℃/分で昇温する過程で結晶融解熱ピークが観察されるかどうかを測定した。
(2)純水透過性
まず、ポリ乳酸分離膜を直径43mmの円形に切り出し、円筒型のろ過ホルダーにセットし、温度25℃、ろ過差圧100kPaの条件下に、逆浸透膜ろ過水の外圧全量ろ過を10分間行い、透過量(m)を求めた。
【0047】
次に、その透過量(m)を単位時間(h)および有効膜面積(m)あたりの値に換算することで純水透過性能(m/mh)を求めた。
(3)耐汚れ性
耐汚れ性を評価するために、自然水中の難溶解性有機物の一種であるフミン酸を用いた。
【0048】
まず、ポリ乳酸分離膜を直径43mmの円形に切り出し、円筒型のろ過ホルダーにセットし、温度25℃、ろ過差圧100kPaの条件下に、20ppmのフミン酸(和光純薬工業製)の外圧全量ろ過を60分間行った。
ここで、ろ過開始直後から10分間の透過量A(m)とろ過開始50分後から10分間の透過量B(m)を測定し、耐汚れ性ファクターをB/Aで算出する。耐汚れ性ファクターが大きい分離膜ほど耐汚れ性の優れた分離膜であることになる。
(4)ポリ乳酸A
L−ラクチド100重量部に対して、オクチル酸錫を0.02重量部混合し、撹拌装置付きの反応容器を用いて窒素雰囲気中190℃で15分間重合し、さらに2軸混練押出機にてチップ化した後、140℃の窒素雰囲気下で3時間固相重合してポリ乳酸A(光学純度98%)を得た。ポリ乳酸Aについて、DSC測定を行ったところ、ポリ乳酸Aは結晶融解熱ピークを示し結晶性を有することが分かった。なお、ポリ乳酸Aの融点は172℃であった。
(5)ポリ乳酸B
L−ラクチド65重量部およびDL−ラクチド35重量部に対して、オクチル酸錫を0.02重量部混合し、撹拌装置付きの反応容器を用いて窒素雰囲気中190℃で40分間重合し、さらに2軸混練押出機にてチップ化してポリ乳酸B(光学純度67%)を得た。ポリ乳酸Bについて、DSC測定を行ったところ、ポリ乳酸Aは明確な結晶融解熱ピークを示さず非結晶性であることが分かった。なお、ポリ乳酸Bは明確な融点を示さなかった。
(6)可塑剤A
平均分子量10,000のポリエチレングリコール71重量部とL−ラクチド29重量部に対し、オクチル酸錫0.025重量部を混合し、撹拌装置付きの反応容器を用いて窒素雰囲気中190℃で60分間重合し、両末端に平均分子量2,000のポリ乳酸セグメントを有する、ポリエチレングリコールとポリ乳酸のブロック共重合体(可塑剤A)を得た。この可塑剤Aは、エーテルの繰り返し単位を80モル%含有していた。可塑剤Aについて、DSC測定を行ったところ、結晶融解熱ピークを示し結晶性を有することが分かった。なお、可塑剤Aの融点は135℃であった。
(7)可塑剤B
平均分子量8,000のポリエチレングリコールを可塑剤Bとして使用した。
【0049】
<実施例1>
ポリ乳酸A;20重量部、可塑剤A;10重量部、N−メチル−2−ピロリドン;70重量部を100℃で2時間撹拌溶解して製膜原液を調製した。この製膜原液をポリエチレンテレフタレート製不織布にアプリケータを用いて塗布し、ただちに40℃の水浴中に浸漬して凝固させ、ポリ乳酸分離膜を得た。得られたポリ乳酸分離膜は、クラック等の欠点が無いものであった。
【0050】
この分離膜について、DSC測定を行ったところ、結晶融解熱ピークを示し結晶性を有することが分かった。
【0051】
また、この分離膜の純水透過性は0.3m/mh、耐汚れ性ファクターは0.7であった。表1に評価の結果をまとめた。
【0052】
<実施例2>
ポリ乳酸A;20重量部、可塑剤A;10重量部、開孔剤としてポリエチレングリコール(分子量4,000);10重量部、N−メチル−2−ピロリドン;60重量部を100℃で2時間撹拌溶解して製膜原液を調製した。この製膜原液をポリエチレンテレフタレート製不織布にアプリケータを用いて塗布し、ただちに40℃の水浴中に浸漬して凝固させ、ポリ乳酸分離膜を得た。得られたポリ乳酸分離膜は、クラック等の欠点が無いものであった。
【0053】
この分離膜について、DSC測定を行ったところ、結晶融解熱ピークを示し結晶性を有することが分かった。
【0054】
また、この分離膜の純水透過性は0.7m/mh、耐汚れ性ファクターは0.9であった。表1に評価の結果をまとめた。
<実施例3>
ポリ乳酸B;20重量部、可塑剤A;10重量部、N−メチル−2−ピロリドン;70重量部を100℃で2時間撹拌溶解して製膜原液を調製した。この製膜原液をポリエチレンテレフタレート製不織布にアプリケータを用いて塗布し、ただちに40℃の水浴中に浸漬して凝固させ、ポリ乳酸分離膜を得た。得られたポリ乳酸分離膜は、クラック等の欠点が無いものであった。
【0055】
この分離膜について、DSC測定を行ったところ、結晶融解熱ピークを示し結晶性を有することが分かった。
【0056】
また、この分離膜の純水透過性は0.3m/mh、耐汚れ性ファクターは0.7であった。表1に評価の結果をまとめた。
<実施例4>
ポリ乳酸A;30重量部、可塑剤A;15重量部、N−メチル−2−ピロリドン;40重量部、水;15重量部を140℃で3時間撹拌溶解して製膜原液を調製した。この製膜原液をポリエチレンテレフタレート製不織布にアプリケータを用いて塗布し、ただちにN−メチル−2−ピロリドン80重量部と水20重量部からなる20℃の凝固浴中に浸漬して凝固させ、ポリ乳酸分離膜を得た。得られたポリ乳酸分離膜は、クラック等の欠点が無いものであった。
【0057】
この分離膜について、DSC測定を行ったところ、結晶融解熱ピークを示し結晶性を有することが分かった。
【0058】
また、この分離膜の純水透過性は0.1m/mh、耐汚れ性ファクターは0.9であった。表1に評価の結果をまとめた。
【0059】
<比較例1>
ポリ乳酸A;20重量部、N−メチル−2−ピロリドン;80重量部を100℃で2時間撹拌溶解して製膜原液を調製した。この製膜原液をポリエチレンテレフタレート製不織布にアプリケータを用いて塗布し、ただちに40℃の水浴中に浸漬して凝固させ、ポリ乳酸分離膜を得た。得られたポリ乳酸分離膜は、クラック等の欠点が無いものであったが、純水透水性の評価のために100kPaの圧力をかけるとクラックが発生し、評価を実施することができなかった。
<比較例2>
ポリ乳酸A;20重量部、可塑剤B;10重量部、N−メチル−2−ピロリドン;70重量部を100℃で2時間撹拌溶解して製膜原液を調製した。この製膜原液をポリエチレンテレフタレート製不織布にアプリケータを用いて塗布し、ただちに40℃の水浴中に浸漬して凝固させ、ポリ乳酸分離膜を得た。得られたポリ乳酸分離膜は、クラック等の欠点が無いものであった。この分離膜について、DSC測定を行ったところ、結晶融解熱ピークを示し結晶性を有することが分かった。
【0060】
また、この分離膜の純水透過性は0.1m/mh、耐汚れ性ファクターは0.5であった。表1に評価の結果をまとめた。
【0061】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明のポリ乳酸分離膜は、各種分離膜分野で好適に使用できる。特に、飲料水製造、浄水処理、排水処理などの水処理分野、医薬品製造分野、食品工業分野、血液浄化用膜分野に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ乳酸と、その可塑剤を含有してなるポリ乳酸分離膜であって、可塑剤がポリ乳酸セグメントおよびポリエーテルセグメントを有することを特徴とするポリ乳酸分離膜。
【請求項2】
可塑剤のポリ乳酸セグメントとポリエーテルセグメントのそれぞれの繰り返し単位のモル比が10:90〜90:10である請求項1記載のポリ乳酸分離膜。
【請求項3】
示差走査熱量測定において結晶融解熱ピークを有する請求項1記載のポリ乳酸分離膜
【請求項4】
光学純度が75%以上の結晶性ポリ乳酸を用いることを特徴とするポリ乳酸分離膜の製造方法。
【請求項5】
開孔剤としてポリエーテル樹脂を用いることを特徴とするポリ乳酸分離膜の製造方法。
【請求項6】
ポリ乳酸を10重量%以上50重量%以下で含有し、可塑剤を5重量%以上30重量%以下で含有し、開孔剤を5重量%以上10重量%以下で含有し、さらに溶媒を含有する製膜原液を用いる請求項5記載のポリ乳酸分離膜の製造方法。

【公開番号】特開2008−296123(P2008−296123A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−144607(P2007−144607)
【出願日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】