説明

ポリ乳酸系フイルム

【目的】 分解性重合体であるポリ乳酸系重合体から、強度、熱寸法安定性に優れたフイルムを得る。
【構成】 ポリ乳酸系重合体からなり、面配向度ΔPが3.0×10-3以上であり、かつフイルムを昇温したときの結晶融解熱量ΔHと昇温中の結晶化により発生する結晶化熱量ΔHとの差(ΔH−ΔH)が20J/g以上であるポリ乳酸系フイルム。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、ポリ乳酸系重合体からなるフイルムに関するものである。
【0002】
【従来の技術】現在、透明性が良く、強度、熱寸法安定性に優れたフイルムとしては、例えばポリエチレンテレフタレート延伸フイルムをはじめとして、多くの高分子材料フイルムが知られており産業界で広く利用され、消費されている。しかしながら、これらのフイルムは自然環境下に棄却されると、その安定性のため分解することなく残留し、景観を損ない、魚、野鳥などの生活環境を汚染するなどの問題を引き起こしている。
【0003】そこで、これらの問題を生じない分解性重合体からなる材料が要求されており、実際多くの研究、開発が行なわれている。その一例として、ポリ乳酸がある。ポリ乳酸は、土壌中において自然に加水分解が進行し、土中に原形が残らず、ついで微生物により無害な分解物となることが知られている。
【0004】しかし、ポリ乳酸のフイルムについては、これまでほとんど知られておらず、特に工業的に有用な強度、熱寸法安定性ともに優れたフイルムはいまだ知られていなかった。
【0005】
【本発明が解決しようとする課題】本発明は、実用的な強度と熱寸法安定性を有するポリ乳酸系フイルムを提供することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明者らは鋭意検討の結果、ポリ乳酸系重合体からなり、フイルムの面配向度ΔPが3.0×10-3以上であり、かつ、フイルムを昇温したときの結晶融解熱量ΔHと昇温中の結晶化により発生する結晶化熱量ΔHとの差(ΔH−ΔH)が20J/g以上である場合に、強度、熱寸法安定性に優れたポリ乳酸系フイルムが得られることを見い出し、本発明も完成した。
【0007】以下、本発明を詳しく説明する。本発明に用いられるポリ乳酸系重合体とは、ポリ乳酸または乳酸と他のヒドロキシカルボン酸との共重合体、もしくはこれらの混合物であり、本発明の効果を阻害しない範囲で他の高分子材料が混入されても構わない。また、成形加工性、フイルム物性を調整する目的で、可塑剤、滑剤、無機フィラー、紫外線吸収剤などの添加剤、改質剤を添加することも可能である。
【0008】乳酸としては、L−乳酸、D−乳酸が挙げられ、他のヒドロキシカルボン酸としては、グリコール酸、3−ヒドロキシ酪酸、4−ヒドロキシ酪酸、3−ヒドロキシ吉草酸、4−ヒドロキシ吉草酸、6−ヒドロキシカプロン酸などが代表的に挙げられる。
【0009】これらの重合法としては、縮合重合法、開環重合法など、公知のいずれの方法を採用することも可能であり、さらには、分子量増大を目的として少量の鎖延長剤、例えば、ジイソシアネート化合物、ジエポキシ化合物、酸無水物などを使用しても構わない。重合体の重量平均分子量としては、1万から100万が好ましく、かかる範囲を下まわると実用物性がほとんど発現されず、上まわる場合には、溶融粘度が高くなりすぎ成形加工性に劣る。
【0010】本発明におけるポリ乳酸系フイルムは、これらの重合体を押出法、カレンダー法、プレス法などの一般的な溶融成形法により、平面状または円筒状の未延伸シートまたはシート状溶融体にし、次いで、これをロール法、テンター法、チユーブラ法、インフレーシヨン法などにより一軸または二軸延伸することによって得られる。
【0011】本発明においては、重合体の組成と成形加工条件との兼ねあいにより、フイルムの面配向度ΔPと、フイルムの結晶融解熱量と結晶化熱量との差(ΔH−ΔH)とを、一定の値以上にすることが最も重要である。すなわち、ポリ乳酸系フイルムにおいては、素材が本来有しているところの脆性をΔPを増大させることにより改良し、ΔPの上昇に伴い低下する熱寸法安定性を(ΔH−ΔH)を増大させることにより改良できるのである。
【0012】ΔPは、フイルムの厚み方向に対する面方向の配向度を表わし、通常直交3軸方向の屈折率を測定し以下の式で算出される。
ΔP={(γ+β)/2} − α (α<β<γ)
ここで、γ、βがフイルム面に平行な直交2軸の屈折率、αはフイルム厚さ方向の屈折率である。
【0013】ΔPは結晶化度や結晶配向にも依存するが、大きくはフイルム面内の分子配向に依存する。つまりフイルム面内、特にフイルムの流れ方向および/またはそれと直交する方向の1または2方向に対し、分子配向を増大させることにより、無配向シート・フイルムでは1.0×10-3以下であるΔPを本発明で規定する3.0×10-3以上に増大させることができる。ΔPを増大させる方法としては、既知のあらゆるフイルム延伸法に加え、電場や磁場を利用した分子配向法を採用することもできる。
【0014】テンター法による2軸延伸を採用する場合の延伸条件としては、延伸温度50〜100℃、延伸倍率1.5倍〜5倍、延伸速度100%/分〜10000%/分が一般的ではあるが、この適正範囲は重合体の組成や、未延伸シートの熱履歴によって異なってくるので、ΔPの値を見ながら適宜決められる。チユーブラ延伸法など他の延伸法を採用する場合も同様である。ΔPが3.0×10-3を下まわる場合には、ポリ乳酸系フイルムは強度に乏しく脆いため実用に供し難いが、3.0×10-3以上とすることで強度・脆さが改善され実用上問題がなくなる。
【0015】しかし、ΔPが3.0×10-3以上となると、フイルムの熱寸法安定性が不良となり、フイルムとしての実用特性が大きく損われる。熱寸法安定性とは、フイルムを常温よりやや高い温度の雰囲気にさらした時に、フイルムが収縮せず元の寸法のままいられるかどうかの指標であり、フイルムの使用される多くの用途においては、通常熱寸法安定性が高いものが求められる。
【0016】ΔPが3.0×10-3以上のポリ乳酸系フイルムにおいては、実用的な熱寸法安定性を得るために、フイルムの(ΔH−ΔH)を20J/g以上に制御することが重要である。すなわち、(ΔH−ΔH)が20J/gを下まわる場合は、フイルムの熱寸法安定性が不良であり、多くの用途で実用に供せず、20J/g以上であれば、熱寸法安定性が良好となる。
【0017】ΔH、ΔHは、フイルムサンプルの示差走査熱量測定(DSC)により求められるもので、ΔHは昇温速度10℃/分でフイルムを昇温したときの全結晶を融解させるのに必要な熱量であって、重合体の結晶融点付近に現れる結晶融解による吸熱ピークの面積から求められる。またΔHは、昇温過程で生じる結晶化の際に発生する発熱ピークの面積から求められる。
【0018】ΔHは、主に重合体そのものの結晶性に依存し、結晶性が大きい重合体では大きな値をとる。ちなみに共重合のないホモのL−乳酸重合体では、約50J/gとなる。またΔHは、重合体の結晶性に対するその時のフイルムの結晶化度に関係する指標であり、ΔHが大きい時は、昇温過程でフイルムの結晶化が進行する、すなわち重合体が有する結晶性を基準にフイルムの結晶化度が相対的に低かったことを表わす。逆に、ΔHが小さい時は、重合体が有する結晶性を基準にフイルムの結晶化度が相対的に高かったことを表わす。
【0019】すなわち、(ΔH−ΔH)を増大させるための1つの方向は、結晶性が高い重合体を原料に、結晶化度の比較的高いフイルムをつくることである。フイルムの結晶化度は、重合体の組成に少なからず依存するが、フイルムの成形加工条件によっても、大きく影響される。
【0020】成形加工工程、特にテンター法2軸延伸においてフイルムの結晶化度を上げるためには、延伸倍率を上げ配向結晶化を促進する、延伸後結晶化温度以上の雰囲気で熱処理を行うなどの方法が有効である。
【0021】以下に実施例を示すが、これらにより本発明は何ら制限を受けるものではない。 なお、実施例中に示す測定値は次に示すような条件で測定を行い、算出した。(1)ΔPアツベ屈折計によって直交3軸方向の屈折率(α,β,γ)を測定し、次式で算出した。
【0022】
ΔP={(γ+β)/2} − α (α<β<γ)
γ:フイルム面内の最大屈折率β:それに直交するフイルム面内方向の屈折率α:フイルム厚さ方向の屈折率
【0023】(2)ΔH−ΔHパーキンエルマー製DSC−7を用い、フイルムサンプル10mgをJIS−K7122に基づいて、昇温速度10℃/分で昇温したときのサーモグラムから結晶融解熱量ΔHと結晶化熱量ΔHを求め、算出した。
【0024】(3)引張り強度と脆さ引張り強度は東洋精機テンシロンII型機を用い、JIS−K7127に基づいて測定した。また、脆さは触感にて判断した。MDはフイルムの流れ方向、TDはフイルムの流れに対し直交する方向を示す。
(4)熱寸法安定性フイルムサンプルを100mm×100mmに切り出し、80℃の温水バスに10秒浸漬した後、縦横の寸法を計り、その値を(縦×横)で表記し、熱寸法安定性の指標とした。
【0025】
【実施例】
(実施例1〜2)重量平均分子量10万のポリL−乳酸を30mmφ単軸エクストルダーにて、Tダイより押出し、キヤステイングロールにて急冷し、厚み200μmの未延伸シートを得た。続いて長手方向にロール延伸、次いで、幅方向にテンターで延伸し、引き続きテンター内で熱処理した。延伸条件およびそれに続く熱処理条件を種々変化させ、表1に示すフイルムサンプルを得た。フイルムの流れ速度は3m/分、延伸・熱処理各ゾーンの通過時間はそれぞれ20秒である。
【0026】
【表1】


【0027】表1の結果から、ΔPおよび(ΔH−ΔH)が本発明の範囲内にあるフイルムは、脆さがなく強度的に優れ、また熱寸法安定性も良好なことが分かる。
【0028】(実施例3)L−乳酸97重量%とグリコール酸3重量%からなる分子量20万の共重合体を用い、延伸・熱処理条件を変えるのみで実施例1と同様の方法によりポリ乳酸系フイルムを得た結果を表2に示す。
【0029】
【表2】


【0030】
【発明の効果】本発明によれば、分解性重合体であるポリ乳酸系重合体から、強度、熱寸法安定性に優れたフイルムを得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 ポリ乳酸系重合体からなり、面配向度ΔPが3.0×10-3以上であり、かつ、フイルムを昇温したときの結晶融解熱量ΔHと昇温中の結晶化により発生する結晶化熱量ΔHとの差(ΔH−ΔH)が20J/g以上であることを特徴とするポリ乳酸系フイルム。

【公開番号】特開平7−207041
【公開日】平成7年(1995)8月8日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平6−1375
【出願日】平成6年(1994)1月11日
【出願人】(000006172)三菱樹脂株式会社 (1,977)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)