説明

ポリ乳酸製濾過膜とその製造方法

【課題】生分解性であって、1μm程度の大きさの粒子を阻止するが水溶性高分子は透過させることができ、さらに、容易に製造することのできる、新規のポリ乳酸製濾過膜とその製造方法を提供する。
【解決手段】界面活性剤を含む1,4−ジオキサンにポリ乳酸を溶解した溶液を型に塗布した後、前記型とともに水に浸漬することによりポリ乳酸製濾過膜を得た。この濾過膜は、1μm程度の大きさの粒子を阻止し、タンパク質などの水溶性高分子を透過させることができる精密濾過膜として機能する。加熱や冷却の操作は必要とせず、少ない工程数で簡単に製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品産業、医薬品産業、化粧品産業などにおいて、微生物や、微生物、植物、動物由来の破片を除去するために用いられる濾過膜とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、食品産業、医薬品産業、化粧品産業などの濾過工程においては、菌体や細胞の破片、高分子凝集物など、柔らかく圧縮性の高い粒子を除去し、タンパク質などの水溶性高分子やアミノ酸などの低分子を回収する必要があり、濾過助剤を用いる濾過、セラミック濾過膜を用いた濾過、及び合成高分子膜を用いた精密濾過が用いられている。
【0003】
しかし、濾過助剤を用いる濾過は、珪藻土などの濾過助剤を大量に用いるため、難分解性の濾過残渣が大量に発生する点が問題であった。また、セラミック濾過膜は高価であり、再生にはアルカリなどの薬物を必要とする点が問題であった。そして、従来の合成高分子濾過膜は、焼却時の発熱量が大きく焼却炉を傷めるため、濾過膜の目詰まり後の廃棄法が問題であった。
【0004】
発明者は、すでにポリブチレンサクシネート、ポリ乳酸、ポリカプロラクトン、及びこれらのポリマーブレンドなどの生分解性ポリエステル製濾過膜を開発している(特許文献1、非特許文献1〜3)。このような生分解性ポリエステル製濾過膜を用いれば、使用後の濾過膜を堆肥化装置を用いて分解処理することが可能となり、従来の合成高分子膜を用いた場合に問題となっていた濾過膜の廃棄法に関する問題を解消することができる。
【0005】
一方、環境調和型の社会を目指して再生利用型の資源であるバイオマスを原料とする高分子材料が注目されており、ポリ乳酸はすべての構成炭素をバイオマス由来の炭素を用いて実用的に工業生産されているバイオマスプラスチックである(非特許文献4)。ポリ乳酸分離膜については、特許文献2〜4、非特許文献1〜2及び5に記載が見られる。ただし、特許文献2〜4に記載されているポリ乳酸膜では、粒子径1μm程度の粒子の除去可能であるが、タンパク質などの水溶性高分子を透過できる精密濾過膜を目指した検討は行われていない。非特許文献1〜2に記載されているポリ乳酸膜においては粒子径5μmの酵母の除去能力を指標に検討されているが、粒子径1μm程度の大腸菌を透過することが非特許文献1に示されている。一方、非特許文献5に記載されているポリ乳酸膜は水溶性高分子を阻止する限外濾過膜の性質を示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−132415号公報
【特許文献2】特開2002−20530号公報
【特許文献3】特開2008−296123号公報
【特許文献4】特開2009−226256号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】T.Tanaka, et al., J.Membr.Sci., 238, 65-73 (2004).
【非特許文献2】T.Tanaka, et al., J.Chem.Eng.Japan, 39, 144-153 (2006).
【非特許文献3】T.Tanaka, et al., Desalination, 193, 367-374 (2006).
【非特許文献4】日本バイオプラスチック協会編、『バイオプラスチック材料のすべて』、pp.37−41、日刊工業新聞社、2008年.
【非特許文献5】A.Moriya, et al., J.Membr.Sci., 342, 307-312 (2009).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで本発明では上記問題点に鑑み、生分解性であって、1μm程度の大きさの粒子を阻止するが水溶性高分子は透過させることができ、さらに、容易に製造することのできる、新規のポリ乳酸製濾過膜とその製造方法を提供することをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を達成するため種々検討した結果、界面活性剤であるポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノオレエートを含む1,4−ジオキサンにポリ乳酸を溶解した溶液をガラス板上に塗布した後、ガラス板とともに水に浸漬することによって、生分解性であって、1μm程度の大きさの粒子を阻止するが水溶性高分子は透過させることができる濾過膜が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明のポリ乳酸製濾過膜は、界面活性剤を含む1,4−ジオキサンにポリ乳酸を溶解した溶液を型に塗布した後、前記型とともに水に浸漬することによって得られたことを特徴とする。
【0011】
本発明のポリ乳酸製濾過膜の製造方法は、界面活性剤を含む1,4−ジオキサンにポリ乳酸を溶解した溶液を型に塗布した後、前記型とともに水に浸漬することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、生分解性であって、1μm程度の大きさの粒子を阻止するが水溶性高分子は透過させることができ、さらに、容易に製造することのできる、新規のポリ乳酸製の精密濾過膜及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施例1における溶媒中の界面活性剤の濃度を変えて作製したポリ乳酸製濾過膜の濾過特性を示すグラフである。
【図2】本発明の実施例1における膜の断面を示す電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のポリ乳酸製濾過膜は、界面活性剤を含む1,4−ジオキサンにポリ乳酸を溶解した溶液を型に塗布した後、前記型とともに水に浸漬することによって得られたものである。以下、本発明の濾過膜の製造方法について説明する。なお、以下の操作はすべて25℃程度の室温で実施することができ、とくに加熱や冷却の操作は必要としない。
【0015】
はじめに、1,4−ジオキサンに界面活性剤を添加して、均一に混合する。
【0016】
ここで用いられる界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノオレエート(Tween(登録商標)80)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノステレアレート(Tween(登録商標)60)を用いることができるが、これらには限定されず、公知のあらゆる界面活性剤を用いることができる。
【0017】
また、1,4−ジオキサンへの界面活性剤の添加量は、好ましくは1,4−ジオキサン中の界面活性剤の濃度が8質量%以上となるようにする。なお、界面活性剤を添加しないと得られるポリ乳酸製濾過膜の1μm程度の大きさの粒子の阻止率が極めて低くなり、界面活性剤の添加量が5質量%程度の場合は得られるポリ乳酸製濾過膜の濾過抵抗が極めて高くなる。一方、1,4−ジオキサンへの界面活性剤の添加量を15質量%としても10質量%のときと1μm程度の大きさの粒子の阻止率、濾過抵抗が同等である。したがって、界面活性剤が一般に高価であることを考慮するならば、1,4−ジオキサンへの界面活性剤の添加量は、15質量%以下とするのが好ましい。
【0018】
つぎに、上記で得られた界面活性剤を含む1,4−ジオキサンに、ポリ乳酸を添加する。
【0019】
ポリ乳酸の添加量は、好ましくは添加後のポリ乳酸の濃度が8〜12質量%となるようにする。なお、ポリ乳酸の濃度が5質量%程度の場合は得られるポリ乳酸製濾過膜の1μm程度の大きさの粒子の阻止率が極めて低くなり、一方、15質量%程度の場合は得られるポリ乳酸製濾過膜の濾過抵抗が極めて高くなる。
【0020】
つづいて、上記で得られたポリ乳酸溶液を型に塗布する。
【0021】
ここで用いられる型としては、例えば、平面のガラス板を用いることができ、或いは、連続型の製造装置を利用する場合には、曲面のロール型を用いてもよい。また、型の材質は、特定のものに限定されない。なお、1μm程度の大きさの粒子の阻止率が高く濾過抵抗が低い、適切な厚さを有するポリ乳酸製濾過膜を得るために、ポリ乳酸溶液を0.3〜0.7mmの厚さの薄膜状になるように型に塗布するのが好ましい。
【0022】
そして、ポリ乳酸溶液を型とともに水に浸漬する。
【0023】
その結果、水に接する側からポリ乳酸溶液へ水分子が拡散することによって相分離し、緻密な多孔質構造が得られる。その後、溶媒である1,4−ジオキサンを完全に抽出し除去するために、得られた濾過膜を水中に保存するとともに、水を1〜数回交換することが望ましい。
【0024】
以上のようにして得られた本発明の濾過膜はシート状であって、不織布や織物などの支持体を必要としない自立型の濾過膜であり、既存のメンブレンフォルダーなどに使用可能な平膜型である。そして、1μm程度の大きさの粒子を阻止し、タンパク質などの水溶性高分子を透過させることができる精密濾過膜として機能する。また、生分解性プラスチックであるポリ乳酸を材料としているため、使用後に堆肥化装置による分解が可能である。したがって、本発明の濾過膜、濾過残渣を堆肥として有効利用することが可能となる。さらに、本発明の濾過膜は、加熱や冷却の操作は必要とせず、少ない工程数で簡単に製造することができる。
【0025】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の思想を逸脱しない範囲で種々の変形実施が可能である。
【実施例1】
【0026】
本発明によるポリ乳酸製の精密濾過膜を作製し、その性能評価を行った。
【0027】
1 材料
ポリ乳酸として分子量12万のポリ−L−乳酸を使用した。
【0028】
2 濾過膜の作製
はじめに、ポリ乳酸の最終濃度が10質量%になるように、100mLの三角フラスコ中でポリ乳酸5.0gを、10質量%の界面活性剤であるポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノオレエート(Tween(登録商標)80)を含有する1,4−ジオキサン45.0gに溶解した。より詳細には、ポリ乳酸、界面活性剤含有1,4−ジオキサン、回転子を三角フラスコへ入れ、ヘッドスペースを窒素ガスで置換し、アルミホイルで覆ったコルク栓にて蓋をした。さらに、密閉のためにコルク栓の側面にテフロン(登録商標)テープを巻きつけた。そして、室温25℃で約6時間攪拌してポリ乳酸を界面活性剤含有1,4−ジオキサンに溶解した。
【0029】
つぎに、濾過膜を作製した。なお、膜の作製は室温を25℃に設定した室内で行った。100mm×100mmのガラス板の周縁部に、幅10mm×厚さ0.5mmのテフロン(登録商標)のシートを両面テープにより貼り付け、このシートを枠とする深さ0.5mmの型を作製した。そして、ポリ乳酸溶液を型の枠内に、少し多めに流し込んだ。余分なポリ乳酸溶液は、直線の縁をもつヘラを用いてすりきった。
【0030】
その後、ポリ乳酸溶液を型とともに室温25℃の精製水を入れたステンレスバットに入れると、1,4−ジオキサンが抽出され、ポリ乳酸の膜が形成した。2時間後にステンレスバットの水を新しい400mLの精製水と交換した。そして、2時間後に、この膜を500mLの精製水を入れた密閉可能なプラスチック容器(容器:ポリプロピレン;蓋:ポリエチレン)に移した。さらに1日後に精製水を交換した。作製した膜は精製水中で保存した。
【0031】
3 濾過膜の性能評価
(1)膜濾過抵抗の測定
膜直径25mm用の濾過装置(有効濾過面積A=4.1cm=4.1×10−4)を用いて精製水の濾過実験を行った。濾過圧力ΔP[Pa]は窒素ガスボンベを用いて10kPaに設定した。濾過圧力ΔP[Pa]、精製水の透過流束J[m/s](=濾液量[m]/(時間[s]×有効濾過面積[m])と、水の粘度μ=8.9×10−4[Pa.s](25℃)から、R=ΔP/(μ・J)の式を用いて濾過膜の濾過抵抗R[1/m]を計算した。
【0032】
また、界面活性剤の濃度と種類、ポリ乳酸の濃度の条件を変えたほかは上記と同様の操作により数種類の膜を作製し、濾過抵抗を測定した。
【0033】
(2)乳酸菌懸濁液の濾過実験
直径0.7μm×長さ2.5μmの乳酸菌(Lactobacillus plantarum NBRC 15891T)を用いて濾過実験を行った。この乳酸菌をMRS培地で静置培養した培養液を精製水で10倍に希釈して乳酸菌懸濁液(0.5kg/mに相当)とした。圧力10kPaにて濾過した。懸濁液と濾液の660nmの吸光度を測定して乳酸菌の阻止率を評価した。
【0034】
また、界面活性剤の濃度と種類、ポリ乳酸の濃度の条件を変えたほかは上記と同様の操作により数種類の膜を作製し、乳酸菌の阻止率を評価した。
【0035】
(3)タンパク質溶液の濾過実験
牛血清アルブミン溶液の濾過実験により、タンパク質の透過性を確認した。牛血清アルブミンにはシグマ−アルドリッチ製、Fraction Vを用いた。タンパク質溶液は牛血清アルブミンをpH6.8の10mMリン酸ナトリウム緩衝液中に濃度が100g/mになるように溶解して調製した。濾過前のタンパク質溶液と濾液のタンパク質濃度をピアス製BCAタンパク質定量キットを用いて測定し、透過率を計算した。
【0036】
(4)結果
図1に溶媒中の界面活性剤(Tween(登録商標)80)の濃度を変えて作製したポリ乳酸製濾過膜の濾過特性を示す。なお、ポリ乳酸の濃度は10質量%とした。界面活性剤を用いない場合(0%)、濾過抵抗は低かったが、乳酸菌の阻止率も20%以下と極めて低かった。5質量%の界面活性剤を含む1,4−ジオキサンにポリ乳酸を溶解した溶液を用いると、膜の濾過抵抗が極めて高くなり、乳酸菌懸濁液の濾過ができなかった。界面活性剤の濃度を10質量%に高めると、膜の濾過抵抗が大きく減少したが、乳酸菌阻止率は99%以上となった。界面活性剤の濃度を15質量%に高めた場合も同程度の膜の濾過抵抗及び乳酸菌阻止率であった。
【0037】
また、10質量%の界面活性剤(Tween(登録商標)80)を含む1,4−ジオキサンを用いてポリ乳酸濃度を5質量%にした場合は、乳酸菌の阻止率は20%以下に低下した。ポリ乳酸の濃度を15質量%に高めると膜の濾過抵抗は10倍に増加した。
【0038】
一方、界面活性剤にポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノステアレート(Tween(登録商標)60)を用いたところ、上記の界面活性剤(Tween(登録商標)80)を用いた場合と同様の結果が得られた。
【0039】
さらに、界面活性剤(Tween(登録商標)80)を10質量%含む1,4−ジオキサンを溶媒とし、これに10質量%のポリ乳酸を溶解して作製したポリ乳酸製濾過膜について、牛血清アルブミン溶液を用いたタンパク質溶液の濾過実験を行ったところ、99%以上のタンパク質が透過することが確認された。
【0040】
以上より、界面活性剤を含む1,4−ジオキサンにポリ乳酸を溶解した溶液を型に塗布した後、前記型とともに水に浸漬することによって大きさ1μm程度の粒子の阻止率に優れたポリ乳酸製濾過膜が得られることが確認された。
【0041】
4 電子顕微鏡観察
作製した濾過膜を水分で湿らせて、液体窒素中で割断した。試料台に設置後、金−パラジウム−合金をスパッタ・コーティングした。走査型電子顕微鏡(日立製作所製 TM−1000)を用いて15kVの加速電圧で膜の断面を観察した。
【0042】
図2に作製したポリ乳酸膜の断面を示す。なお、写真中の両矢印は膜の厚みを示し、白棒の長さは100μmである。また、(a)は界面活性剤を含まない1,4−ジオキサンに10質量%のポリ乳酸を溶解して作製したポリ乳酸製濾過膜、(b)は界面活性剤(Tween(登録商標)80)を5質量%含む1,4−ジオキサンを溶媒とし、これに10質量%のポリ乳酸を溶解して作製したポリ乳酸製濾過膜、(c)は界面活性剤(Tween(登録商標)80)を10質量%含む1,4−ジオキサンを溶媒とし、これに10質量%のポリ乳酸を溶解して作製したポリ乳酸製濾過膜である。
【0043】
界面活性剤を使用せずに作製した(a)の濾過膜は、膜厚が型の厚みである0.5mmの5分の1に収縮し、かつ、部分的に大きな空洞を有していた。圧力をかけて濾過すると空洞が破壊され,乳酸菌が漏出した。(b)の濾過膜は、大きな空洞は観察されなかったが、膜の厚みは3分の1に収縮していた。
【0044】
一方、(c)の濾過膜は、膜の厚み方向の収縮は40%程度に抑えられ、かつ、表面付近には緻密な層が形成されていた。このため、界面活性剤の濃度を10質量%にした場合に膜の濾過抵抗が低下し、大きさ1μm程度の乳酸菌の高い阻止率が得られたと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
界面活性剤を含む1,4−ジオキサンにポリ乳酸を溶解した溶液を型に塗布した後、前記型とともに水に浸漬することによって得られたことを特徴とするポリ乳酸製濾過膜。
【請求項2】
界面活性剤を含む1,4−ジオキサンにポリ乳酸を溶解した溶液を型に塗布した後、前記型とともに水に浸漬することを特徴とするポリ乳酸製濾過膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−81910(P2013−81910A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−224300(P2011−224300)
【出願日】平成23年10月11日(2011.10.11)
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)
【Fターム(参考)】