説明

ポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料、及びその合成方法

【課題】分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の諸物性を解明するとともに、当該分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の合成方法を確立する。
【解決手段】ポリ乳酸とシリカとを分子構造内に含み、前記ポリ乳酸は分岐構造を有し、当該分岐構造の末端に前記シリカが結合してなる分岐構造有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料であり、その製造方法は、多価アルコールと乳酸モノマー又はラクチドとを反応させて分岐構造を有するポリ乳酸を合成する第一工程と、分岐構造を有するポリ乳酸にシランカップリング処理を行うことにより前駆体を形成し、当該前駆体にアルコキシシランを反応させてハイブリッド化する第二工程と、を包含する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリ乳酸とシリカとを分子構造内に含むポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料、及び当該ポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の合成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の環境意識の高まりから、バイオ原料より合成されるポリエステル(バイオベースポリエステル)が注目されている。バイオベースポリエステルは、微生物等により分解され易いこと(生分解性)、及び二酸化炭素を吸収する植物由来の素材である(カーボンニュートラル)という特性から、様々な分野において需要が増加しつつある。バイオベースポリエステルの一つであるポリ乳酸は、例えば、ジャガイモ、サトウキビ、トウモロコシ等の穀物由来のデンプンから合成される。ポリ乳酸は、一般に、透明性、剛性、及び加工性において優れた特性を示すため、従来の汎用プラスチックの代替材料として期待されている。一方、ポリ乳酸は、耐熱性、機械的特性、及び気体透過性については必ずしも十分とはいえないため、改善が求められている。ポリ乳酸の適用分野を拡大するためには、これらの諸物性を向上させることが望まれている。
【0003】
ポリ乳酸の諸物性を向上させる有効な手段の一つとして、ポリ乳酸を他の材料と分子レベルで混合するハイブリッド化が挙げられる。例えば、ハイブリッド化の一例として、従来、ポリ乳酸とシリコーン系樹脂であるポリジメチルシロキサン(PDMS)とを混合して得られる変性ポリエステル組成物が開発されている(例えば、特許文献1を参照)。
特許文献1によれば、ポリ乳酸の原材料となるラクチドを、水酸基を有するPDMSの存在下で開環重合させることにより、直鎖状の変性ポリエステル組成物を合成している。
【0004】
また、近年、ポリ乳酸とシランアルコキシドとをハイブリッド化した有機/無機ハイブリッド材料も開発されている(例えば、特許文献2を参照)。
特許文献2によれば、ポリ乳酸として通常のポリ乳酸樹脂(すなわち、直鎖状ポリ乳酸)を使用し、この直鎖状ポリ乳酸とシランアルコキシドとを反応させてハイブリッド化している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平3−157422号公報
【特許文献2】特開2009−173701号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
汎用ポリマーと比較してポリ乳酸が劣っている諸物性、特に、耐熱性、機械的特性、及び気体透過性を向上させるためには、ハイブリッド化の対象として、耐熱性、機械的特性、及び気体透過性に優れた物質を選択する必要がある。
【0007】
特許文献1は、ポリ乳酸とハイブリッド化する対象としてシリコーン系樹脂であるポリジメチルシロキサン(PDMS)を選択している。ところが、PDMSは常温においてゴム状の柔軟な物質である。このため、ハイブリッド化による耐熱性、機械的特性、及び気体透過性の向上はあまり期待できない。
【0008】
一方、特許文献2は、ポリ乳酸とハイブリッド化する対象としてシランアルコキシドを選択している。シランアルコキシドは加水分解により硬質のシリカ(二酸化ケイ素)となるため、ハイブリッド化による耐熱性、機械的特性、及び気体透過性の向上はある程度期待できる。
【0009】
ところで、最近の本発明者らの研究により、分岐構造を有する有機/無機ハイブリッド材料が優れた諸物性を示すことが分かってきた。この理由は後述の実施形態で詳しく説明するが、分岐化によってハイブリッド材料を構成する成分の分散性が良好になり、その結果、物性のバラツキが少なくなるため、また、分岐化及びハイブリッド化によって分子量が増大し、その結果、熱的特性が向上するためと考えられる。
【0010】
この点、特許文献2は、直鎖状のポリ乳酸をシランアルコキシドとハイブリッド化しているので、最終生成物であるハイブリッド材料も一般的な直鎖状の分子構造を有することになる。このような直鎖状のポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料については、既に幾つかの研究例がある。ところが、分岐構造を有するハイブリッド材料についての研究はこれまで殆どなされておらず、特に、分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料については、その諸物性は未だ十分に解明されておらず、また合成方法も確立されていない。
【0011】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の諸物性を解明するとともに、当該分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の合成方法を確立することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係るポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の特徴構成は、
ポリ乳酸とシリカとを分子構造内に含み、
前記ポリ乳酸は分岐構造を有し、当該分岐構造の末端に前記シリカが結合してなる分岐構造を有することにある。
【0013】
本構成のポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料によれば、ポリ乳酸は分岐構造を有しており、この分岐構造の末端にシリカが結合することで分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料を形成している。この分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料は全く新規な材料である。この新規な材料の特性について本発明者らが種々の分析を行ったところ、シリカをハイブリッド化することで、力学的特性(ヤング率;E´、引張強度;σ、破断伸び;ε)、表面硬度、及び熱的特性(ガラス転移温度;Tg、熱分解温度;Td)が向上した。また、ハイブリッド材料中におけるシリカ粒子の分散性が優れていることも判明した。一方、分岐構造を有するポリ乳酸をシリカとハイブリッド化しても、ポリ乳酸が元来有する優れた特性(透明性等)は損なわれないことが判明した。
このように、本構成のポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料は、従来の直鎖状ポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料には見られない新規な分子構造(分岐構造)を有しているため、ポリ乳酸の有する透明性、剛性、加工性を損なわずに、ポリ乳酸に不足していた耐熱性、機械的特性、及び気体透過性を向上させることが可能となる。その結果、ポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の適用分野を拡大できる可能性が広がる。
【0014】
本発明に係るポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料において、
前記シリカを1〜30重量%含有することが好ましい。
【0015】
本構成のポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料によれば、ハイブリッド材料中のシリカの含有量を1〜30重量%とすることにより、特に、耐熱性、機械的特性、及び気体透過性を顕著に向上させることができる。
【0016】
本発明に係るポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料において、
前記ポリ乳酸は、4分岐構造乃至6分岐構造を有することが好ましい。
【0017】
本構成のポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料によれば、4分岐構造乃至6分岐構造を有するポリ乳酸を用いることにより、特に、耐熱性、機械的特性、及び気体透過性を顕著に向上させることができる。
【0018】
本発明に係るポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の合成方法の特徴構成は、
開始剤としての多価アルコールと乳酸モノマー又はラクチドとを反応させて分岐構造を有するポリ乳酸を合成する第一工程と、
前記分岐構造を有するポリ乳酸にシランカップリング処理を行うことにより前駆体を形成し、当該前駆体にアルコキシシランを反応させてハイブリッド化する第二工程と、
を包含することにある。
【0019】
本構成のポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の合成方法によれば、上述のポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料と同様の作用効果を得ることができる。すなわち、本構成のポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の合成方法により得られたハイブリッド材料は、従来の直鎖状ポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料には見られない新規な分子構造(分岐構造)を有しているため、ポリ乳酸の有する透明性、剛性、加工性を損なわずに、ポリ乳酸に不足していた耐熱性、機械的特性、及び気体透過性を向上させることが可能となる。その結果、ポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の適用分野を拡大できる可能性が広がる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の6分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の合成スキームを示す図である。
【図2】本発明の4分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の合成スキームを示す図である。
【図3】示差熱−重量同時測定(TG−DTA)の測定結果から求めた熱分解温度を示すグラフである。
【図4】紫外/可視(UV/vis)透過スペクトル測定の測定結果を示すグラフである。
【図5】接触角測定の測定結果を示すグラフである。
【図6】示差走査熱量測定(DSC)の測定結果から求めたガラス転移温度を示すグラフである。
【図7】動的粘弾性測定(DMA)の測定結果を示すグラフである。
【図8】引張試験の試験結果から求めた引張強度、ヤング率、及び破断伸びを示すグラフである。
【図9】水蒸気透過測定(WVTR)の測定結果から求めた水蒸気透過量を示すグラフである。
【図10】吸水率の測定結果を示すグラフである。
【図11】酵素分解性試験から求めた酵素分解率を示すグラフである。
【図12】酸素透過試験から求めた酸素透過係数を示すグラフである。
【図13】透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態を図1〜図13を参照して説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施形態や図面に記載される構成に限定されることを意図せず、それらと均等な構成も含む。
【0022】
本発明のポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料は、ポリ乳酸とシリカ(二酸化ケイ素)とを分子構造内に含むものである。すなわち、ポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料は単なる混合物ではなく、ポリ乳酸とシリカとが化学的に分子結合した状態となっている。ここで、ポリ乳酸は分岐構造を有しており、当該分岐構造の末端にシリカが結合していることが本発明の特徴である。以下、本発明のポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の合成方法(第一工程及び第二工程)を説明する。
【0023】
<第一工程>
ポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料中のポリ乳酸は分岐構造を有している。この分岐構造を有するポリ乳酸は、多価アルコールを開始剤とし、これにポリ乳酸の単量体である乳酸モノマー又はラクチドを反応させて合成することができる。合成された分岐構造を有するポリ乳酸は、核となるコア分子から複数のセグメントが分岐した、いわゆる星型高分子(スターポリマー)の一種である。
開始剤としての多価アルコールは、3価以上のアルコールが使用可能である。多価アルコールのOH基が、末端官能基として機能する。多価アルコールの例としては、グリセロール、1,2,3−ブタントリオール、meso−エリトリトール、L−トレイトール、D−(−)−アラビノース、L−(+)−アラビノース、D−(−)−リキソース、リビトール、D−(+)−アラビトール、DL−アラビトール、L−(−)−アラビトール、キシリトール、アリトール、ガラクチトール、D−イジトール、L−イジトール、D−マンニトール、L−マンニトール、ソルビトール、D−タリトール、L−タリトール、myo−イノシトール、epi−イノシトール、allo−イノシトール、muco−イノシトール、scyllo−イノシトール、ジペンタエリトリトール等が挙げられる。
多価アルコールに乳酸モノマーを反応させる場合は、乳酸モノマーを重縮合することによりポリマー化する。多価アルコールにラクチドを反応させる場合は、ラクチドを開環重合することによりポリマー化する。なお、乳酸モノマー及びラクチドは、D体、L体、DL体の何れも使用可能である。
【0024】
<第二工程>
上記第一工程で分岐構造を有するポリ乳酸を合成した後、シランカップリング処理を行い、前駆体を形成する。これにより、後述するアルコキシシランがポリ乳酸末端に結合可能になる。シランカップリング処理を行うために使用するシランカップリング剤としては、複数のアルコキシ基を有するものが好ましく、例えば、3−イソシアナトプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシトリメトキシシラン等を好適に使用することができる。
次いで、上記前駆体にアルコキシシランを反応させてハイブリッド化する。具体的には、前駆体表面のアルコキシ基にアルコキシシランを結合させる。このとき、アルコキシシランのゾル−ゲル反応を同時に行うことにより、星型高分子の分岐鎖が成長する。アルコキシシランとしては、オルソアルコキシシラン及びモノアルキルトリアルコキシシシランが使用可能であり、例えば、テトラメトキシシラン(TMOS)、テトラエトキシシラン(TEOS)、メチルトリメトキシシラン(MTMS)、メチルトリエトキシシラン(MTES)等が挙げられる。
【0025】
上記第一工程で使用する多価アルコールの種類、及び上記第二工程で使用するアルコキシシランの種類によって、分岐構造及びハイブリッド構造を変化させることができる。その結果、得られるポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の物性を制御することが可能となる。また、上記第一工程及び上記第二工程において、多価アルコールとアルコキシシランとを組み合わせて使用することにより、分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料を、効率よく、簡単、且つ確実に合成することが可能となる。
【0026】
このようにして得られた本発明の分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料は、本発明者らの鋭意研究の結果、種々の優れた諸物性を示すことが明らかとなった。特に、ハイブリッド材料中のシリカの含有量を0.1〜50重量%、好適には1〜30重量%、より好適には3.4〜23.1重量%とすることにより、耐熱性、機械的特性、及び気体透過性を顕著に向上させることができることが判明した。
以下の実施例において、分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料が示す諸物性を、ハイブリッド化していないポリ乳酸と対比しながら説明する。
【実施例】
【0027】
≪ポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の合成≫
本発明の分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の合成手順を説明する。
【0028】
〔実施例1〕
図1に、実施例1の6分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の合成スキームを示す。
<1>6分岐構造を有するポリ乳酸の合成(第一工程)
乾燥及び窒素置換した三口フラスコ中に、乳酸モノマーとしてL−ラクチド30.0g(208.3mmol)及び開始剤としてジペンタエリトリトール76.3mg(0.3mmol)を投入し、60℃のオイルバス中で撹拌しながら真空ポンプを用いて2時間減圧乾燥させ、その後フラスコ内を窒素置換した。次に、触媒としてオクチル酸スズ(Sn(Oct))/トルエン(0.1g/ml)を820μl(0.203mmol)投入した。その後、予め120℃に熱しておいたオイルバス中で撹拌しながら乳酸モノマーの重合を行った。重合反応の終了後、放冷してから得られたポリマーを塩化メチレン300mlに溶解させ、3lのメタノール中に再沈させることにより精製した。次いで、沈殿した精製ポリマーを吸引ろ過し、100℃で8時間真空乾燥させた。合成した6分岐構造を有するポリ乳酸の数平均分子量は、HNMR測定(500MHz)から、293,000であった。また、収率は93.8%であった。
【0029】
<2>ポリ乳酸とシリカとのハイブリッド化(第二工程)
上記第一工程で合成した6分岐構造を有するポリ乳酸3.0gを1,4−ジオキサン52.0mlに溶解させ(5.6重量%)、シランカップリング剤として3−イソシアナトプロピルトリメトキシシラン37mg(ポリ乳酸の末端OH基に対して1:1)を添加した。次いで、触媒としてジラウリン酸ジ−n−ブチルスズ/1,4−ジオキサン溶液を添加し、24時間撹拌して前駆体の溶液を調製した。次に、この前駆体溶液にアルコキシシランとしてテトラメトキシシラン(TMOS)を、0.40g添加し、ゾル−ゲル反応触媒として1N−塩酸を添加し、24時間撹拌した。その後、反応溶液をキャスト法によりフィルム状に成形し、100℃で一日真空乾燥させた。乾燥後のフィルムを200℃で溶融プレスし、その後急冷することで非晶フィルムを得た。この非晶フィルムは、6分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料(6分岐TMOS系ハイブリッド)であり、シリカ含有量は、後述する示差熱−重量同時測定(TG−DTA)で分析した結果、6.4重量%であった。
【0030】
〔実施例2及び3〕
実施例1で使用したテトラメトキシシラン(TMOS)を、夫々0.84g(実施例2)及び1.90g(実施例3)使用した以外は、実施例1と同様の方法で、シリカ含有量の異なる6分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料(6分岐TMOS系ハイブリッド)を合成した。
【0031】
〔実施例4〜6〕
実施例1で使用したテトラメトキシシラン(TMOS)の代わりにメチルトリメトキシシラン(MTMS)を、夫々0.34g(実施例4)、0.68g(実施例5)及び1.36g(実施例6)使用した以外は、実施例1と同様の方法で、メチル基を有するシリカ含有量の異なる6分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料(6分岐MTMS系ハイブリッド)を合成した。
【0032】
〔実施例7〕
実施例1で使用したジペンタエリトリトールの代わりにmeso−エリトリトールを18.3mg使用した以外は、実施例1と同様の方法で、4分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料(4分岐TMOS系ハイブリッド)を合成した。図2に、実施例7の4分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料(4分岐TMOS系ハイブリッド)の合成スキームを示す。第一工程として4分岐構造を有するポリ乳酸を合成し、次いで、第二工程としてポリ乳酸とシリカとのハイブリッド化を行う。第一工程で合成した4分岐構造を有するポリ乳酸の数平均分子量は、HNMR測定(500MHz)から、210,000であった。また、収率は91.3%であった。
【0033】
〔実施例8及び9〕
実施例7で使用したテトラメトキシシラン(TMOS)を、夫々0.84g(実施例7)及び1.90g(実施例8)使用した以外は、実施例7と同様の方法で、シリカ含有量の異なる4分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料(4分岐TMOS系ハイブリッド)を合成した。
【0034】
〔実施例10〜12〕
実施例7で使用したテトラメトキシシラン(TMOS)の代わりにメチルトリメトキシシラン(MTMS)を、夫々0.34g(実施例10)、0.68g(実施例11)及び1.36g(実施例12)使用した以外は、実施例7と同様の方法で、メチル基を有するシリカ含有量の異なる4分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料(4分岐MTMS系ハイブリッド)を合成した。
【0035】
〔比較例1及び2〕
実施例1の第一工程で合成した6分岐構造を有するポリ乳酸の諸物性を比較例1として測定した。また、実施例7の第一工程で合成した4分岐構造を有するポリ乳酸の諸物性を比較例2として測定した。
【0036】
≪ポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の諸物性測定≫
上記手順により合成した実施例1〜12に係る6分岐構造又は4分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料が有する諸物性の測定方法を以下<1>〜<12>に説明する。
6分岐構造に関する測定結果を表1に、4分岐構造に関する測定結果を表2に示すとともに、各測定結果に関するグラフを図3〜12に示す。なお、下記の表1及び2には、夫々のハイブリッド材料の比較例として、ハイブリッド化されていない材料、すなわち、実施例1の第一工程で合成した6分岐構造を有するポリ乳酸(比較例1)、及び実施例7の第一工程で合成した4分岐構造を有するポリ乳酸(比較例2)の諸物性の測定結果についても合わせて示してある。
【0037】
【表1】

【0038】
【表2】

【0039】
<1>示差熱−重量同時測定(TG−DTA)
セイコーインスツル株式会社製TG/DTA6300を使用し、昇温速度10℃/分、温度範囲25〜500℃、エアーフロー条件下で測定した。測定結果から求めた熱分解温度(Td)を図3のグラフに示す。図3の熱分解温度のグラフより、分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料中のシリカ含有量が少量であっても、シリカが含まれると熱分解温度(Td)が急激に上昇することが確認された。
【0040】
<2>紫外/可視(UV/vis)透過スペクトル測定
日本分光株式会社製V−530 UV/VIS Spectrometerを使用し、波長200〜800nm、分解能1nmの条件下で測定した。測定結果を図4のグラフに示す。図4の透過光スペクトルのグラフより、分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料は、シリカ含有量に関係なく、何れも紫外光及び可視光に対して高い透過性を示すことが確認された。
【0041】
<3>鉛筆硬度測定
株式会社井元製作所製JIS5600を使用し、ペンシル角45±1°、荷重750±10gの条件下で測定した。表1及び表2より、6分岐構造及び4分岐構造を有するポリ乳酸の鉛筆硬度は「HB」であったのに対し、シリカをハイブリッド化した材料の鉛筆硬度はいずれも「HB」より向上した。分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料は、シリカ含有量が増加するにつれて、鉛筆硬度(すなわち、ハイブリッド材料の表面硬度)が向上することが確認された。
【0042】
<4>接触角測定
協和界面科学株式会社製の接触角計(DROP MASTER)を使用し、水、25℃、60%の条件下で測定した。測定結果を図5のグラフに示す。図5のグラフより、分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料は、シリカ含有量が増加するにつれて、接触角が増大することが確認された。
【0043】
<5>示差走査熱量測定(DSC)
セイコーインスツル株式会社製DSC/SSC5200を使用し、昇温速度5℃/分、温度範囲25〜190℃、窒素フロー条件下で測定した。また、前処理として、サンプルを25℃から190℃まで100℃/分の昇温速度で加熱し、その後液体窒素中でクエンチした。測定結果から求めたガラス転移温度(Tg)を図6のグラフに示す。図6のガラス転移温度(Tg)のグラフより、分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料中のシリカ含有量が増加するにつれて、ガラス転移温度(Tg)が上昇することが確認された。
【0044】
<6>動的粘弾性測定(DMA)
セイコーインスツル株式会社製TMA/SS6100を使用し、昇温速度2℃/分、温度範囲20〜180℃、窒素フロー条件下で測定した。測定結果を図7のグラフに示す。図7のDMAのグラフより、分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料中のシリカ含有量の増加に伴い、ガラス状態(30〜50℃)、及びゴム状態(60〜80℃)での動的貯蔵弾性率(E´)が上昇することが確認された。
【0045】
<7>引張試験
株式会社東京試験機製LSC−05/30を使用し、20mm×4mmの試験片について、ひずみ速度5mm/分の条件下で試験した。試験結果を図8のグラフに示す。図8(a)はシリカ含有量に対する引張強度(σ)を示し、図8(b)はシリカ含有量に対するヤング率(E´)を示し、図8(c)はシリカ含有量に対する破断伸び(ε)を示す。図8より、分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料中のシリカ含有量が増加するにつれて、ヤング率が上昇することが確認された。引張強度及び破断伸びは、シリカ含有量が一定値を超えると減少傾向に転じることが確認された。
【0046】
<8>水蒸気透過量測定(WVTR)
厚さ約100μmのフィルム状のサンプルを用いて、乾湿センサー法(JIS K 7129:2008)により、76cmHg(1atm)、25℃で、水蒸気透過量を測定した。測定は、透過セルにサンプルをセットした後、系内を湿度8%以下まで乾燥させ、サンプルを介して透過した水蒸気量を湿度の変化から算出した。標準サンプルとしてPETフィルムを用いて水蒸気透過量(WVTR:g/m/day)を測定したところ、100μm厚で6.9g/m/dayであった。
水蒸気透過量は、以下の(1)式により求められる。
水蒸気透過量(g/m/24h)=6.9×273.552/t ・・・(1)
(t:湿度が8%から12%まで変化するのに要した時間/膜厚[μm]×100)
測定結果から求めた水蒸気透過量を図9のグラフに示す。一般に、ポリ乳酸は、気体(空気)、水蒸気等の透過速度が高く、バリアー性が低いという性質を示すが、図9より、分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料は、シリカ含有量とともに水蒸気透過速度が低下し、良好なバリアー性が付与されることが確認された。
【0047】
<9>吸水率測定
キャストフィルムから1cm×3cmの試験片を切り出し、質量(W)を測定した。イオン交換水20mlに対して試験片1枚を浸し、23.0℃で24時間静置した。イオン交換水から試験片を取り出し、試験片表面に付着した水滴を除去した後、試験片の質量(W)を測定した。その結果から、以下の(2)式を用いて吸水率を測定した。
吸水率(%)=(W−W)/W×100 ・・・(2)
測定結果から求めた吸水率を図10のグラフに示す。一般に、ポリ乳酸は、吸水率が低いという性質を示すが、図10より、分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料は、シリカ含有量とともに吸水率が増大し、良好な吸水性が付与されることが確認された。
【0048】
<10>酵素分解性測定
キャストフィルムから1cm×3cmの試験片を切り出し、質量(W)を測定した。Tris−HCl buffer(25mM、pH8.6)にproteinase Kが50μg/mlとなるよう溶解させた後、酵素溶液5mlに対して試験片1枚を浸した。その後、37.0℃で1週間攪拌を行った。1週間後の試験片はエタノールで洗浄後、40℃で24時間真空乾燥させ、質量(W)を測定した。その結果から、以下の(3)式を用いて分解率を測定した。
分解率(%)=(W−W)/W×100 ・・・(3)
測定結果から求めた分解率を図11のグラフに示す。図11より、分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料は、シリカ含有量とともに分解率が増大し、良好な酵素分解性が付与されることが確認された。
【0049】
<11>酸素透過測定
酸素輸送特性を評価するため、気体透過測定を定容法により、76cmHg(1atm)、25℃において行った。まず透過セルにサンプルをセットした後、系内を真空に保ち、十分乾燥させた。その後、高圧側に測定気体を導入し、サンプルを介して低圧側に透過してきた気体の圧力変化を記録した。定常状態に達した後の圧力−時間直線の傾きから透過速度dp/dt(cmHg/sec.)を求め、その結果から、以下の(4)式、(5)式、(6)式を用いて、透過係数P(cmSTPcm/cmsec.cmHg)、拡散係数D(cm/sec.)、及び溶解度係数S(cmSTPcmpolym.cmHg)を算出した。
P=273/T・V/A・L・1/p・1/76・dp/dt ・・・(4)
D=L/6θ ・・・(5)
P=D・S ・・・(6)
ここで、Tは測定温度(K)、Aは透過面積(cm)、Vは低圧側体積、Lは膜厚(cm)、pは高圧側圧力(cmHg)、θは定常状態に達するまでの遅れ時間(sec.)である。
測定結果から求めた酸素透過性を図12のグラフに示す。図12より、分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料は、TMOS系ハイブリッドではシリカ含有量とともに酸素透過性が低下し、MTMS系ハイブリッドではシリカ含有量とともに酸素透過性が向上することが確認された。この結果は、分岐ポリ乳酸の酸素透過性をハイブリッド構造で制御できることを示唆している。
【0050】
<12>透過型電子顕微鏡(TEM)観察
実施例1の6分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料について、日本電子株式会社製JEM−2010SPを使用し、加速電圧200kVの条件下で観察した。電子顕微鏡写真を図12に示す。実施例1のポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料は、20nm程度の一次粒子の凝集が確認されたが、その一次粒子の分散性は良好であった。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料は、従来の石油系樹脂(ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン等)と代替することができるため、例えば、各種電化製品の筐体に好適に利用することができる。また、酵素分解性に優れているため、使用後に廃棄される製品(包装材料、梱包材料、医療材料等)にも好適に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ乳酸とシリカとを分子構造内に含み、
前記ポリ乳酸は分岐構造を有し、当該分岐構造の末端に前記シリカが結合してなる分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料。
【請求項2】
前記シリカを1〜30重量%含有する請求項1に記載のポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料。
【請求項3】
前記ポリ乳酸は、4分岐構造乃至6分岐構造を有する請求項1又は2に記載のポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料。
【請求項4】
開始剤としての多価アルコールと乳酸モノマー又はラクチドとを反応させて分岐構造を有するポリ乳酸を合成する第一工程と、
前記分岐構造を有するポリ乳酸にシランカップリング処理を行うことにより前駆体を形成し、当該前駆体にアルコキシシランを反応させてハイブリッド化する第二工程と、
を包含する分岐構造を有するポリ乳酸/シリカ系ハイブリッド材料の合成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2011−195817(P2011−195817A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−30376(P2011−30376)
【出願日】平成23年2月16日(2011.2.16)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名:社団法人 高分子学会 刊行物名:第58回 高分子討論会予稿集 発行年月日:2009年9月1日
【出願人】(000000158)イビデン株式会社 (856)
【Fターム(参考)】