説明

ポリ塩化ビフェニル類の抽出方法

【課題】PCB類を含む電気絶縁油等の油性液体から、簡単な操作により短時間で、PCB類の親水性抽出液を調製する。
【解決手段】硫酸シリカゲルの上層14と硝酸銀シリカゲルの下層15とが充填された第一カラム10と、その下端部に着脱可能に連結された、アルミナ23が充填された第二カラム20とを備えたカラム1を形成し、上層14へ油性液体を添加して上層14を35℃以上に加熱した状態で所定時間維持する。常温へ冷却した上層14へn−ヘキサンを供給すると、このn−ヘキサンは、第一カラム10において捕捉されているPCB類を溶解して第二カラム20へ流れる。PCB類は、第二カラム20の入口付近のアルミナ23により捕捉されるため、第二カラム20を第一カラム10から分離し、n−ヘキサンの通過方向とは逆方向に親水性溶媒を第二カラム20へ供給して通過させると、PCB類が少量の親水性溶媒に溶解した抽出液が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリ塩化ビフェニル類の抽出方法、特に、ポリ塩化ビフェニル類を含む油性液体から前記ポリ塩化ビフェニル類を抽出するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
トランスなどの電気機器の電気絶縁油として電気絶縁性に優れたポリ塩化ビフェニル類(以下、「PCB類」と云う場合がある)を含むものが多用されていたが、生体に対するPCB類の毒性が確認されたことから、日本国内では、既に、PCB類の製造や輸入が禁止されており、また、PCB類を含む電気絶縁油等の使用も実質的に禁止されるに至っている。しかし、過去に使用されたPCB類含有電気絶縁油等は、処理過程において環境汚染を引き起こす懸念があったことから、電気機器の製造事業者若しくは使用事業者自身または廃棄物処理事業者などにおいて、現在に至るまで長期間に渡ってそのまま保管され続けている。
【0003】
一方、PCB類の安全な化学分解処理法が確立されたことを背景に、いわゆるPCB特別措置法が平成13年に制定され、これによって平成28年7月までの間にこれまで使用または保管されていたPCB類含有電気絶縁油をはじめとする全てのPCB類廃棄物の処理が義務付けられることになった。
【0004】
PCB特別措置法により処理が義務付けられたPCB類廃棄物は、当初、PCB類の製造および使用等が禁止されるまでの間に製造および使用されていた電気絶縁油等であって、これまで保管されていたものに限られると想定されていた。ところが、PCB類の使用が禁止された後に製造された電気絶縁油等からも、その製造工程において混入したものと見られるPCB類が検出される例が発見されたため、現在使用中のトランス等の電気機器において用いられている電気絶縁油の一部は、PCB特別措置法の対象となるPCB類廃棄物に該当する可能性がある。そこで、既存の電気機器等は、PCB特別措置法上の上述の期限があることから、それに用いられている電気絶縁油が同法の対象となるPCB類廃棄物に該当するか否かの判定(0.5mg/kg以上のPCB類を含むものが同法対象のPCB類廃棄物に該当し、この判定をすることをPCBスクリーニングと云う)をすることが早急に要請されている。
【0005】
電気絶縁油等の判定対象物から採取した試料に所定濃度のPCB類が含まれるか否かは、通常、ガスクロマトグラフ質量分析法(GC/MS法)やガスクロマトグラフ電子捕獲検出法(GC/ECD法)のような高感度の分析装置を用いた分析結果に基づいて判定されるため、試料は、分析結果に影響する妨害成分を除去するための高度な前処理が必要になる。このような前処理は、通常、非特許文献1に記載の方法(以下、「公定法」と云う)に従って実施されている。しかし、公定法は、ジメチルスルホキシド(DMSO)/ヘキサン分配、硫酸処理、アルカリ処理およびシリカゲルカラム処理などの多工程で煩雑な処理を必要とするため、完了に日単位の長時間を要し、また、そのための費用も非常に高額である。
【0006】
【非特許文献1】平成4年厚生省告示第192号の別表第二「特別管理一般廃棄物及び特別管理産業廃棄物に係る基準の検定方法」
【0007】
ところが、使用中のトランス等の電気機器は、日本全国に約600万台あるものと試算されているため、これら電気機器の全ての電気絶縁油を公定法で前処理して分析すると膨大な時間と費用を要する。したがって、PCB特別措置法において規定された上記処理期限までに全ての電気機器の電気絶縁油についてPCBスクリーニングを実施することは、実質的に困難な情勢である。
【0008】
そこで、公定法に代わる判定対象物の前処理方法が検討されている。例えば、特許文献1には、JIS K 0311「排ガス中のダイオキシン類の測定方法」において規定された方法による前処理方法が記載されている。この前処理方法では、判定対象物から採取した試料中の有機成分を有機溶媒に抽出した抽出液を調製し、この抽出液をクロマトグラフィーの手法でシリカゲルカラムとアルミナカラムとにこの順で通過させる。この際、抽出液に含まれるPCB類以外の不純成分の一部はシリカゲルカラムを通過する際に分解され、この分解生成物がシリカゲルカラムに捕捉される。そして、アルミナカラムを通過した展開溶媒を採取すると、不純成分が分離されたPCB類溶液(PCB類の展開溶媒溶液)が得られ、これを分析用試料として用いることができる。
【0009】
しかし、上述の代替方法は、判定対象物の試料から抽出液を調製する手間が掛かり、また、処理のために必要な時間が依然として2〜3日程度の長時間である。しかも、この代替方法は、いわゆるダイオキシン類の概念に包含されるコプラナーPCBの分析を目的としたものであるため、コプラナーPCBを不純成分から分離することはできるが、コプラナーPCB以外のPCB類を含む分画は各カラムの構成や展開方法を工夫しても不純成分が混入することになる。したがって、この代替方法は、コプラナーPCBという特定のPCB類の分析を目的とした前処理方法としては有意であるが、公定法に代わる前処理方法としては不十分である。
【0010】
【特許文献1】特開2003−114222公報、段落番号0004および0007
【0011】
一方、油性液体に含まれるPCB類は、GC/MS法等のガスクロマトグラフィー法の外、イムノアッセイ法等のバイオアッセイ法により測定可能なことが知られている(例えば特許文献2)。バイオアッセイ法は、通常、数十分程度の短時間でPCB類を測定可能であり、測定に少なくとも1時間程度を要するガスクロマトグラフィー法よりも測定時間の短縮を図る上で有利である。また、バイオアッセイ法は、そのための機器が小型である点および設置環境の管理が実質的に不要である点において、機器を設置するための広い場所が必要であり、しかも、機器の設置環境の温度および湿度を管理する必要があるガスクロマトグラフィー法よりも有利である。
【0012】
しかし、公定法および上述の代替方法は、いずれも、ガスクロマトグラフィー法によるPCB類の測定を目的として判定対象物からPCB類を抽出しているため、得られる抽出液はトルエン等の疎水性溶媒溶液となる。したがって、これらの方法により得られる抽出液は、PCB類の親水性溶媒溶液を分析用試料として用いる必要があるバイオアッセイ法への適用が困難である。
【0013】
【特許文献2】特開2006−292654公報
【0014】
本発明の目的は、PCB類を含む電気絶縁油等の油性液体から、簡単な操作により短時間で、PCB類の親水性抽出液を調製できるようにすることにある。
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、ポリ塩化ビフェニル類を含む油性液体から当該ポリ塩化ビフェニル類を抽出するための方法に関するものであり、この抽出方法は、硫酸シリカゲル層と硝酸銀シリカゲル層とが充填された第一カラムの硫酸シリカゲル層へ油性液体を添加する工程と、油性液体が添加された硫酸シリカゲル層を少なくとも35℃に加熱した状態で所定時間維持した後に常温へ冷却する工程と、硫酸シリカゲル層が常温へ冷却された第一カラムに対し、脂肪族炭化水素溶媒を供給する工程と、第一カラムを通過した脂肪族炭化水素溶媒をアルミナが充填された第二カラムへ供給して通過させる工程と、第二カラムに対し、脂肪族炭化水素溶媒の通過方向とは逆方向にポリ塩化ビフェニル類を溶解可能な親水性溶媒を供給して通過させる工程とを含んでいる。
【0016】
この抽出方法において、油性液体が添加された硫酸シリカゲル層を少なくとも35℃に加熱した状態で所定時間維持すると、油性液体に含まれるポリ塩化ビフェニル類以外の不純成分(油性液体が鉱物油からなる電気絶縁油の場合は主に芳香族化合物)は、硫酸シリカゲル層との反応により速やかに分解される。この分解生成物は、ポリ塩化ビフェニル類とともに硫酸シリカゲル層に保持される。そして、硫酸シリカゲル層を常温へ冷却した後に第一カラムに対して脂肪族炭化水素溶媒を供給すると、硫酸シリカゲル層に保持されたポリ塩化ビフェニル類および分解生成物の一部は、供給された脂肪族炭化水素溶媒に溶解し、硫酸シリカゲル層から硝酸銀シリカゲル層を経由して第一カラムから排出される。ここで、分解生成物の一部は、硝酸銀シリカゲル層に吸着され、第一カラム内に保持される。一方、ポリ塩化ビフェニル類は、第一カラムを通過する脂肪族炭化水素溶媒とともに第一カラムから排出される。
【0017】
次に、第一カラムを通過した脂肪族炭化水素溶媒、すなわち、ポリ塩化ビフェニル類を溶解した脂肪族炭化水素溶媒を第二カラムへ供給して通過させると、脂肪族炭化水素溶媒に溶解しているポリ塩化ビフェニル類はアルミナにより捕捉され、また、脂肪族炭化水素溶媒に残留しているポリ塩化ビフェニル類以外の不純成分(油性液体が鉱物油からなる電気絶縁油の場合は主にパラフィン類)はアルミナにより捕捉されずに脂肪族炭化水素溶媒とともに第二カラムを通過する。そして、この第二カラムに対して親水性溶媒を供給して通過させると、アルミナに捕捉されたポリ塩化ビフェニル類は、親水性溶媒に溶解して第二カラムから抽出され、親水性溶媒溶液として確保される。
【0018】
ここで、第二カラムにおいて、ポリ塩化ビフェニル類は、主に、脂肪族炭化水素溶媒の供給側の端部に充填されたアルミナにより捕捉されるため、第二カラムに対して脂肪族炭化水素溶媒の通過方向とは逆方向に親水性溶媒を供給することで、少量の親水性溶媒により第二カラムから速やかに抽出される。したがって、この抽出方法により得られるポリ塩化ビフェニル類の親水性溶媒溶液は、ポリ塩化ビフェニル類の分解処理(無害化処理)や各種の分析において適用しやすい少量になり得る。
【0019】
この抽出方法では、例えば、硫酸シリカゲル層の加熱温度以上の沸点を有しかつ油性液体を溶解可能な炭化水素溶媒を油性液体とともに第一カラムに対して添加する。このようにすると、油性液体が炭化水素溶媒により希釈され、油性液体と硫酸シリカゲル層との接触効率が向上し、反応効率が高まるので、より短時間で油性液体に含まれるポリ塩素化ビフェニル類以外の成分、特に芳香族化合物を分解することができる。
【0020】
また、この抽出方法は、通常、第二カラムに対して親水性溶媒を供給する前に、第二カラムに残留している脂肪族炭化水素溶媒を除去する工程をさらに含む。このようにすると、脂肪族炭化水素溶媒およびそれに溶解している不純成分の混入が少ない、より高純度の抽出液、すなわち、ポリ塩化ビフェニル類の親水性溶媒溶液が得られ、また、得られる親水性溶媒溶液がさらに少量になる。
【0021】
さらに、この抽出方法では、例えば、第二カラムを少なくとも35℃に加熱しながら第二カラムに対して親水性溶媒を供給する。このようにすると、第二カラムのアルミナに捕捉されたポリ塩化ビフェニル類は、より少量の親水性溶媒により抽出されるようになるので、得られるポリ塩化ビフェニル類の親水性溶媒溶液がさらに少量になる。
【0022】
この抽出方法において用いられる脂肪族炭化水素溶媒は、通常、n−ヘキサンである。一方、この抽出方法において用いられる親水性溶媒は、通常、ジメチルスルホキシドである。
【0023】
本発明の抽出方法が適用される、ポリ塩化ビフェニル類を含む油性液体は、例えば、鉱物油からなる、電気機器類の電気絶縁油である。
【0024】
他の見地に係る本願発明は、ポリ塩化ビフェニル類を含む油性液体に含まれるポリ塩化ビフェニル類を測定するための方法に関するものである。この測定方法は、硫酸シリカゲル層と硝酸銀シリカゲル層とが充填された第一カラムの硫酸シリカゲル層へ油性液体から採取した試料を添加する工程と、試料が添加された硫酸シリカゲル層を少なくとも35℃に加熱した状態で所定時間維持した後に常温へ冷却する工程と、硫酸シリカゲル層が常温へ冷却された第一カラムに対し、脂肪族炭化水素溶媒を供給する工程と、第一カラムを通過した脂肪族炭化水素溶媒をアルミナが充填された第二カラムへ供給して通過させる工程と、第二カラムに対し、脂肪族炭化水素溶媒の通過方向とは逆方向にポリ塩化ビフェニル類を溶解可能な親水性溶媒を供給して通過させる工程と、第二カラムを通過した親水性溶媒を確保する工程と、確保した親水性溶媒をバイオアッセイ法により分析する工程とを含んでいる。
【0025】
この測定方法において、油性液体から採取した試料が添加された硫酸シリカゲル層を少なくとも35℃に加熱した状態で所定時間維持すると、試料に含まれるポリ塩化ビフェニル類以外の不純成分(油性液体が鉱物油からなる電気絶縁油の場合は主に芳香族化合物)は、硫酸シリカゲル層との反応により速やかに分解される。この分解生成物は、ポリ塩化ビフェニル類とともに硫酸シリカゲル層に保持される。そして、硫酸シリカゲル層を常温へ冷却した後に第一カラムに対して脂肪族炭化水素溶媒を供給すると、硫酸シリカゲル層に保持されたポリ塩化ビフェニル類および分解生成物の一部は、供給された脂肪族炭化水素溶媒に溶解し、硫酸シリカゲル層から硝酸銀シリカゲル層を経由して第一カラムから排出される。ここで、分解生成物の一部は、硝酸銀シリカゲル層に吸着され、第一カラム内に保持される。一方、ポリ塩化ビフェニル類は、第一カラムを通過する脂肪族炭化水素溶媒とともに第一カラムから排出される。
【0026】
次に、第一カラムを通過した脂肪族炭化水素溶媒、すなわち、ポリ塩化ビフェニル類を溶解した脂肪族炭化水素溶媒を第二カラムへ供給して通過させると、脂肪族炭化水素溶媒に溶解しているポリ塩化ビフェニル類はアルミナにより捕捉され、また、脂肪族炭化水素溶媒に残留しているポリ塩化ビフェニル類以外の不純成分(油性液体が鉱物油からなる電気絶縁油の場合は主にパラフィン類)はアルミナにより捕捉されずに脂肪族炭化水素溶媒とともに第二カラムを通過する。そして、この第二カラムに対して親水性溶媒を供給して通過させると、アルミナに捕捉されたポリ塩化ビフェニル類は、親水性溶媒に溶解して第二カラムから排出され、親水性溶媒溶液として確保される。
【0027】
ここで、第二カラムにおいて、ポリ塩化ビフェニル類は、主に、脂肪族炭化水素溶媒の供給側の端部に充填されたアルミナにより捕捉されるため、第二カラムに対して脂肪族炭化水素溶媒の通過方向とは逆方向に親水性溶媒を供給することで、少量の親水性溶媒により第二カラムから速やかに排出される。したがって、ここで得られるポリ塩化ビフェニル類の親水性溶媒溶液は、バイオアッセイ法による分析に適した少量の分析用試料になるので、そのままバイオアッセイ法での分析に適用することができる。
【0028】
この測定方法では、例えば、硫酸シリカゲル層の加熱温度以上の沸点を有しかつ試料を溶解可能な炭化水素溶媒を試料とともに第一カラムに対して添加する。このようにすると、試料が炭化水素溶媒により希釈され、試料と硫酸シリカゲル層との接触効率が向上し、反応効率が高まるので、より短時間で試料に含まれるポリ塩素化ビフェニル類以外の成分、特に芳香族化合物を分解することができる。
【0029】
また、この測定方法は、通常、第二カラムに対して親水性溶媒を供給する前に、第二カラムに残留している脂肪族炭化水素溶媒を除去する工程をさらに含む。このようにすると、脂肪族炭化水素溶媒およびそれに溶解している不純成分の混入が少ない、より高純度の抽出液、すなわち、ポリ塩化ビフェニル類の分析用試料が得られるので、バイオアッセイ法での測定精度をより高めることができる。また、抽出液がさらに少量になり、バイオアッセイ法においてそのまま利用しやすくなる。
【0030】
さらに、この測定方法では、例えば、第二カラムを少なくとも35℃に加熱しながら第二カラムに対して親水性溶媒を供給する。このようにすると、第二カラムのアルミナに捕捉されたポリ塩化ビフェニル類は、より少量の親水性溶媒により抽出されるようになるので、得られるポリ塩化ビフェニル類の親水性溶媒溶液がさらに少量になり、バイオアッセイ法、特に、分析用試料量の抑制が求められる低感度の検出器を用いるバイオアッセイ法においてそのまま利用しやすくなる。
【0031】
この測定方法において用いられる脂肪族炭化水素溶媒は、通常、n−ヘキサンである。また、この測定方法において用いられる親水性溶媒は、通常、ジメチルスルホキシドである。
【0032】
また、この測定方法において用いられるバイオアッセイ法は、例えば、イムノアッセイ法である。
【0033】
本発明の測定方法が適用される、ポリ塩化ビフェニル類を含む油性液体は、例えば、鉱物油からなる、電気機器類の電気絶縁油である。
【発明の効果】
【0034】
本発明に係るポリ塩化ビフェニル類の抽出方法は、硫酸シリカゲル層と硝酸銀シリカゲル層とが充填された第一カラムおよびアルミナが充填された第二カラムを用いた上述の工程によりポリ塩化ビフェニル類を含む油性液体を処理しているため、当該油性液体から簡単な操作により短時間で、PCB類の親水性抽出液を調製することができる。
【0035】
また、本発明に係る油性液体中のポリ塩化ビフェニル類の測定方法は、硫酸シリカゲル層と硝酸銀シリカゲル層とが充填された第一カラムおよびアルミナが充填された第二カラムを用いた上述の工程によりポリ塩化ビフェニル類を含む油性液体の試料から簡単な操作により短時間でポリ塩化ビフェニル類の親水性分析用試料を調製することができるため、油性液体中のポリ塩化ビフェニル類をバイオアッセイ法により迅速に測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
本発明に係るポリ塩化ビフェニル類(PCB類)の抽出方法は、PCB類を含む油性液体からPCB類を抽出するための方法に関するものである。PCB類を含む油性液体としては、例えば、トランスなどの電気機器において用いられている電気絶縁油、化学実験や化学工場において生成されたPCB類を含む廃有機溶媒、分析のためにPCB類を含む試料から有機溶媒でPCB類を抽出した抽出液およびPCB類の分解処理施設で発生する分解処理液や洗浄液などである。なお、電気絶縁油は、通常、石油を精留して得られる比較的高沸点のパラフィン、ナフテンまたは芳香族化合物などを主成分とする鉱物油からなるものであり、電気絶縁性を高めることを目的としてPCB類が添加された場合や、製造過程においてPCB類が混入することにより、PCB類を含む場合がある。
【0037】
図1を参照して、本発明に係るPCB類の抽出方法を実施するために用いられるカラムの一例を説明する。図において、カラム1は、主に、第一カラム10、第二カラム20および両カラム10、20を連結するための連結部材30を備えている。
【0038】
第一カラム10は、下端部10aの外径および内径が縮小された円筒状に形成されており、上端部および下端部にそれぞれ開口部11、12を有している。この第一カラム10は、例えば、ガラスまたは耐溶媒性および耐熱性を有するプラスチックを用いて形成されており、内部に多層シリカゲル13が充填されている。多層シリカゲル13は、上層14と下層15とが積層されたものである。
【0039】
上層14は、硫酸シリカゲルを充填したものであり、この硫酸シリカゲルは、濃硫酸をシリカゲル表面に均一に添加して調製されたものである。上層14において、硫酸シリカゲルの充填密度は、特に限定されるものではないが、通常、0.3〜1.1g/cmに設定するのが好ましく、0.5〜1.0g/cmに設定するのがより好ましい。
【0040】
一方、下層15は、硝酸銀シリカゲルを充填したものであり、この硝酸銀シリカゲルは、硝酸銀水溶液をシリカゲル表面に均一に添加した後、減圧加熱により水分を除去して調製されたものである。下層15において、硝酸銀シリカゲルの充填密度は、特に限定されるものではないが、通常、0.3〜0.8g/cmに設定するのが好ましく、0.4〜0.7g/cmに設定するのがより好ましい。
【0041】
多層シリカゲル13において、上層14と下層15との比率は、硝酸銀シリカゲルに対して硫酸シリカゲルを重量比で1.0〜50倍に設定するのが好ましく、3.0〜30倍に設定するのがより好ましい。硫酸シリカゲルの重量比が50倍を超えるときは、硝酸銀シリカゲルの割合が小さくなるため、吸着作用による油性液体の精製が不十分になる可能性がある。逆に、硫酸シリカゲルの重量比が1.0倍未満のときは、分解作用による油性液体の精製が不十分になる可能性がある。
【0042】
第二カラム20は、第一カラム10の下端部10aと外径および内径が略同じに設定された円筒状に形成されており、上端部および下端部にそれぞれ開口部21、22を有している。この第二カラム20は、例えば、ガラスまたは耐溶媒性および耐熱性を有するプラスチックを用いて形成されており、内部にアルミナ23が充填されている。
【0043】
ここで用いられるアルミナ23は、PCB類を吸着可能なものであれば特に限定されるものではなく、塩基性アルミナ、中性アルミナおよび酸性アルミナのいずれのものであってもよい。また、アルミナ23としては、各種の活性度のものを用いることができる。
【0044】
第二カラム20におけるアルミナ23の充填密度は、特に限定されるものではないが、通常、0.5〜1.2g/cmに設定するのが好ましく、0.8〜1.1g/cmに設定するのがより好ましい。
【0045】
連結部材30は、第一カラム10の下端部10aと第二カラム20の上端部とを挿入可能な筒状の部材であり、脂肪族炭化水素溶媒に対して安定な材料、例えば、耐溶媒性および耐熱性を有するプラスチックを用いて形成されている。この連結部材30は、第一カラム10の下端部10aと第二カラム20の上端部とを着脱可能に連結している。
【0046】
カラム1の大きさは、後述する油性液体からPCB類を抽出する目的に応じて適宜設定することができる。例えば、油性液体に含まれるPCB類の濃度を測定するために油性液体からPCB類を抽出する前処理を目的とするときは、油性液体から少量若しくは微量の試料を採取して本発明の抽出方法を適用すれば足りるため、それに応じてカラム1を小型に設定することができる。一方、PCB類で汚染された油性液体からPCB類を抽出し、この抽出液においてPCB類の分解処理(無害化処理)を実施するようなときは、比較的多量の油性液体を処理する必要があるため、処理すべき油性液体量に応じてカラム1を大型に設定することができる。
【0047】
例えば、鉱物油からなる電気絶縁油に含まれるPCB類の濃度をバイオアッセイ法により測定するために、当該電気絶縁油から採取した1.0〜500mg程度の試料からPCB類を抽出する場合、カラム1における第一カラム10の大きさ(上層14および下層15を充填可能な部分の大きさ)は、内径10〜20mmで長さが30〜110mmのものが好ましく、また、第二カラム20の大きさ(アルミナ23を充填可能な部分の大きさ)は、内径2.0〜5.0mmで長さが10〜200mmのものが好ましい。
【0048】
次に、上述のカラム1を用いたPCB類の抽出方法を説明する。ここでは、トランスなどの電気機器において用いられる、鉱物油からなる電気絶縁油に含まれるPCB類の濃度をバイオアッセイ法により測定するために、当該電気絶縁油からPCB類を抽出する場合の例を中心として説明する。
【0049】
この抽出方法では、先ず、図2に示すように、第一カラム10の上層14の周りに第一加熱装置40を配置し、また、第二カラム20の下端部に吸引装置50を配置する。第一加熱装置40は、ヒーターやペルチェ素子などであり、上層14の全体を所要の温度に加熱するためのものである。吸引装置50は、第二カラム20の下端部を気密に収容可能な容器51と、容器51内を減圧するためのポンプ52とを備えている。容器51内には、カラム1を通過する後述する脂肪族炭化水素溶媒を受けるための溶媒容器53が配置されている。
【0050】
次に、電気絶縁油から少量若しくは微量(通常は1.0〜500mg程度)の試料を採取し、この試料を第一カラム10の上端部の開口部11から上層14へ添加する。そして、第一加熱装置40を作動させ、上層14を加熱しながら所定時間維持する。ここで、添加された試料は、第一カラム10の上層14に保持される。これにより、試料に含まれるPCB類以外の不純物、特に芳香族化合物は、上層14の硫酸シリカゲルと反応し、速やかに分解される。そして、この反応による分解生成物は、上層14および下層15において捕捉され、第一カラム10に保持される。
【0051】
この工程において、上層14の加熱温度は、少なくとも35℃、好ましくは50℃以上、より好ましくは60℃以上に設定する。加熱温度が35℃未満の場合は、試料に含まれる上述の不純物と硫酸シリカゲルとの反応が進行しにくくなるため、試料から短時間でPCB類を抽出するのが困難になる。また、上層14の加熱時間は、通常、10分〜8時間に設定するのが好ましい。加熱時間が10分未満の場合は、試料に含まれる上述の不純物の分解が不十分となり、最終的に得られる抽出液中にPCB類以外の不純成分が混入する可能性がある。
【0052】
油性液体がPCB類以外の不純成分を多く含む場合、或いはその可能性がある場合は、この工程において、第一カラム10の上層14へ試料を添加するとともに、上層14へ試料を溶解可能な炭化水素溶媒を添加するのが好ましい。このようにすると、試料が炭化水素溶媒により希釈され、試料と硫酸シリカゲルとの接触効率が向上し、反応効率が高まるため、より短時間で試料に含まれるポリ塩素化ビフェニル類以外の不純成分、特に芳香族化合物が短時間で効率的に分解され得る。
【0053】
ここで利用可能な炭化水素溶媒は、通常、炭素数が5〜8個の脂肪族飽和炭化水素溶媒、例えば、n−ペンタン、n−ヘキサン、n−ヘプタン、n−オクタン、イソオクタンおよびシクロヘキサンなどである。但し、炭化水素溶媒は、上層14の加熱温度以上の沸点を有するものを選択する必要がある。炭化水素溶媒の沸点がこの条件を満たさない場合、第一カラム10の加熱時に炭化水素溶媒が速やかに揮発してしまうため、上述の反応効率が高まりにくくなる。
【0054】
炭化水素溶媒は、通常、第一カラム10の上層14へ試料を添加した直後に続けて添加してもよいし、予め試料へ添加しておいてもよい。
【0055】
上述の工程において所定時間加熱された上層14は、加熱終了後において第一加熱装置40を取り外し、常温(通常は10〜30℃程度の室温)まで冷却する。
【0056】
次に、図3に示すように、第一カラム10の上端側の開口部11に、第一カラム10へ溶媒を供給するための第一リザーバ60を装着し、この第一リザーバ60内に脂肪族炭化水素溶媒を貯留する。そして、ポンプ52を作動すると、容器51内が減圧され、第一リザーバ60内に貯留された脂肪族炭化水素溶媒は徐々に第一カラム10内へ連続的に供給される。第一カラム10内へ供給された脂肪族炭化水素溶媒は、第一カラム10内を上層14から下層15へ流れ、第一カラム10の開口部12から連結部材30を経由して開口部21から第二カラム20内へ流れる。この際、上層14に保持されたPCB類は、脂肪族炭化水素溶媒に溶解し、第二カラム20内へ流れる。一方、上層14に保持された分解生成物の一部は、脂肪族炭化水素溶媒に溶解して下層15へ移動し、硝酸銀シリカゲルに吸着されて第一カラム10内に保持される。
【0057】
第二カラム20内へ流れた脂肪族炭化水素溶媒は、第二カラム20を通過して開口部22から排出され、容器51内の溶媒容器53により受けられる。この際、第一カラム10からの脂肪族炭化水素溶媒中に溶解しているPCB類は、第二カラム20のアルミナ23により捕捉され、第二カラム20内に保持される。特に、PCB類は、アルミナ23により捕捉されやすいため、第二カラム20内の上端部の開口部21付近で主に保持される。一方、試料に含まれる芳香族化合物以外の不純成分であるパラフィン類等は、第一リザーバ60からの脂肪族炭化水素溶媒に溶解し、当該脂肪族炭化水素溶媒とともに第二カラム20を通過して溶媒容器53により受けられる。
【0058】
この工程で用いる脂肪族炭化水素溶媒は、第一カラム10内に保持されたPCB類を溶解可能なものであり、通常は炭素数が5〜8個の脂肪族飽和炭化水素溶媒、例えば、n−ペンタン、n−ヘキサン、n−ヘプタン、n−オクタン、イソオクタンおよびシクロヘキサンなどである。特に、n−ヘキサンが好ましい。第一リザーバ60における脂肪族炭化水素溶媒の貯留量、すなわち、第一カラム10へ供給する脂肪族炭化水素溶媒の総量は、通常、10〜120ミリリットルに設定するのが好ましい。また、第一リザーバ60からの脂肪族炭化水素溶媒の供給速度は、ポンプ52による容器51内の減圧状態の調節により、通常、0.2〜3.0ミリリットル/分に設定するのが好ましい。
【0059】
次に、連結部材30を取り外して第二カラム20から第一カラム10を分離し、図4に示すように、第二カラム20の周りに第二加熱装置70を配置する。ここで用いられる第二加熱装置70は、第一加熱装置40と同様のものである。そして、第二加熱装置70により第二カラム20を35〜90℃程度に加熱しながらポンプ52を作動させ、上端の開口部21から第二カラム20内に窒素ガス等の不活性ガスを供給する。これにより、第二カラム20内に残留している脂肪族炭化水素溶媒が不活性ガスとともに第二カラム20の下端の開口部22から排出され、第二カラム20内から脂肪族炭化水素溶媒が除去される。この結果、第二カラム20内のアルミナ23は、乾燥処理される。
【0060】
次に、第二カラム20を吸引装置50から取り外し、第二カラム20の上下を第二加熱装置70ごと反転させる。そして、図5に示すように、反転により第二カラム20の上端側に移動した開口部22へ溶媒を供給するための第二リザーバ80を装着し、この第二リザーバ80内に所定量の親水性溶媒を供給する。
【0061】
第二リザーバ80へ供給された親水性溶媒は、第二リザーバ80から第二カラム20内へ自重により自然に流れ、第二カラム20の下端側に移動した開口部21から排出される。この際、親水性溶媒は、第二カラム20のアルミナ23に捕捉されたPCB類を溶解し、このPCB類を開口部21から排出させる。ここで、PCB類は、主に開口部21付近のアルミナ23により捕捉されているため、第二カラム20から排出されるときに第二カラム20での移動量が少ない。このため、アルミナ23に捕捉されたPCB類の実質的に全量は、第二カラム20から排出される主に初流部分の親水性溶媒に溶解した状態になる。したがって、ここで得られるPCB類の親水性溶媒溶液、すなわちPCB類の抽出液は、後述する分析操作において利用しやすい少量になる。また、ここで得られるPCB類の抽出液は、第二カラム20より脂肪族炭化水素溶媒を除去してから第二カラム20へ親水性溶媒を供給して得られたものであるため、脂肪族炭化水素溶媒およびそれに溶解している不純成分の混入が少ない、高純度の抽出液になる。
【0062】
因みに、本実施の形態に係る抽出方法によれば、通常、作業開始工程(第一カラム10への試料添加工程)から2〜10時間程度の短時間で上述の抽出液を得ることができる。
【0063】
このような抽出工程において、第二カラム20は、第二加熱装置70により加熱しながら親水性溶媒を供給するのが好ましい。第二カラム20の加熱温度は、通常、少なくとも35℃に設定するのが好ましく、60℃以上に設定するのがより好ましい。このようにすると、第二カラム20のアルミナ23に捕捉されたPCB類は、より少量の親水性溶媒により全量が抽出されやすくなるので、PCB類の抽出液量を後述するバイオアッセイ法による分析操作、特に、低感度の検出器を用いるバイオアッセイ法による分析操作においてさらに利用しやすいより少量に設定することができる。
【0064】
また、この抽出工程において用いる親水性溶媒は、PCB類を溶解可能なものであれば特に限定されるものではないが、通常、ジメチルスルホキシドやアルコール類などである。このうち、より少量の使用でPCB類をアルミナ23から抽出できるジメチルスルホキシドが好ましい。
【0065】
電気絶縁油に含まれるPCB類の濃度を測定する場合は、上述の抽出操作において得られた抽出液、すなわち、PCB類の親水性溶媒溶液を確保し、この抽出液を分析用試料としてバイオアッセイ法で分析する。バイオアッセイ法としては、酵素結合免疫測定法(Enzyme−linked immuno sorbent assay:ELISA法)および結合平衡除外法(Kinetic exclusion assay:KinExA法)等のイムノアッセイ法やレポータージーンアッセイ法(Chemically−activated luciferase gene expression:CALUX法)などのPCB類の測定に適した方法を採用することができる。
【0066】
[変形例]
【0067】
(1)上述の実施の形態では、第一カラム10において、硫酸シリカゲルからなる上層14を硝酸銀シリカゲルからなる下層15の直上に積層した多層シリカゲル13を用いているが、多層シリカゲル13の形態はこれに限定されない。例えば、多層シリカゲル13において、上層14と下層15との間に通常のシリカゲルからなる層やPCB類および脂肪族炭化水素溶媒に対して安定なガラスまたは耐溶媒性および耐熱性を有するプラスチックなどからなる綿状物の層を配置することもできる。
【0068】
(2)上述の実施の形態では、第一カラム10を単一のカラムで構成し、その中に多層シリカゲル13を充填しているが、第一カラム10は、二つのカラムを上下に連結し、上側のカラムに硫酸シリカゲルを充填し、下側のカラムに硝酸銀シリカゲルを充填したものであってもよい。
【0069】
(3)上述の実施の形態では、第二リザーバ80へ供給した親水性溶媒を自重により第二カラム20に対して自然に供給するようにしたが、親水性溶媒は、シリンジポンプなどの定量ポンプを用いて第二カラム20へ供給することもできる。
【0070】
(4)上述の実施の形態では、鉱物油からなる電気絶縁油に含まれるPCB類の濃度を測定するために、当該電気絶縁油から採取した試料からPCB類を抽出する場合を中心に本発明の抽出方法を説明したが、本発明は他の目的において利用することもできる。例えば、PCB類を含む電気絶縁油や廃有機溶媒などは廃棄処分する際にPCB類を分解して無害化する必要があるが、処分量が多い場合はこのような無害化処理を円滑に進めるのが困難なことがある。そこで、廃棄処分する電気絶縁油等に本発明の抽出方法を適用すれば、電気絶縁油等に含まれるPCB類を少量の親水性溶媒溶液に変換することができるため、PCB類の無害化処理を実施しやすくなる。
【実施例】
【0071】
以下の実施例および比較例で用いた電気絶縁油A、BおよびC、第一カラム並びに第二カラムは次の通りである。
【0072】
(電気絶縁油A)
市販の電気絶縁油(株式会社ジャパンエナジーの商品名“JOMO HSトランスN”)に対して四種類のPCB類標準品(ジーエルサイエンス株式会社の商品名“カネクロールキットKC−300”、“カネクロールキットKC−400”、“カネクロールキットKC−500”および“カネクロールキットKC−600”)をそれぞれ等量ずつ添加し、PCB類の総濃度が0.42mg/kgになるよう調整したもの。
【0073】
(電気絶縁油B)
使用済みのトランスから取り出したPCB類を含まない電気絶縁油に対して四種類のPCB類標準品(ジーエルサイエンス株式会社の商品名“カネクロールキットKC−300”、“カネクロールキットKC−400”、“カネクロールキットKC−500”および“カネクロールキットKC−600”)をそれぞれ等量ずつ添加し、PCB類の総濃度が0.42mg/kgになるよう調整したもの。
【0074】
(電気絶縁油C)
使用済みのトランスから取り出したPCB類を含む電気絶縁油。
【0075】
(第一カラム)
内径13mmで長さ50mmのカラム内に、0.6gの硝酸銀シリカゲルを10mmの高さになるよう充填し、その上に3.5gの硫酸シリカゲルを高さ40mmになるよう充填したもの。
【0076】
(第二カラム)
内径2.5mmで長さ10mmのカラム内に、0.5gのアルミナ(エム・ピーバイオメディカルズ社の商品名“MP Alumina B−Super I)”を充填したもの。
【0077】
実施例1
硫酸シリカゲル層が上層になるよう起立させた第一カラムの上端側へ、電気絶縁油A85mgおよび濃度算出用の内標準物質溶液50マイクロリットルを添加した。この第一カラムの硫酸シリカゲル層を80℃で30分加熱して室温まで冷却した後、第一カラムの下端側へ第二カラムを連結した。そして、20ミリリットルのn−ヘキサンを1ミリリットル/分の速度で第一カラムの上端へ供給し、第二カラムの下端から流出させた。n−ヘキサンの供給終了後、第一カラムと第二カラムとを分離し、第二カラムに残留しているn−ヘキサンを除去した。ここでは、第二カラムを80℃に加熱しながら、第二カラムへ窒素ガスを供給した。
【0078】
次に、第二カラムに対し、n−ヘキサンの通過方向とは逆方向に室温(20℃)でジメチルスルホキシド(DMSO)を供給し、第二カラムにおいて捕捉されているPCB類を抽出した。ここでは、DMSOの供給速度を50マイクロリットル/分に設定し、第二カラムから排出される初流の340マイクロリットルをPCB類の抽出液として採取した。操作開始からこの抽出液が得られるまでに要した時間は、約2.2時間であった。
【0079】
採取した抽出液について、PCB類濃度の測定をした。ここでは、Sapidyne Instruments社が開発した結合平衡除外法(Kinetic exclusion assay:KinExA法)によるバイオアッセイシステムへ抽出液を適用し、同システムによる方法でPCB類濃度を計算した。
【0080】
実施例2
硫酸シリカゲル層が上層になるよう起立させた第一カラムの上端側へ、電気絶縁油B85mgおよび0.40ミリリットルのイソオクタンを添加した。この第一カラムの硫酸シリカゲル層を80℃で30分加熱して室温まで冷却した後、第一カラムの下端側へ第二カラムを連結した。そして、20ミリリットルのn−ヘキサンを1ミリリットル/分の速度で第一カラムの上端へ供給し、第二カラムの下端から流出させた。n−ヘキサンの供給終了後、第一カラムと第二カラムとを分離し、第二カラムに残留しているn−ヘキサンを除去した。ここでは、第二カラムを80℃に加熱しながら、第二カラムへ窒素ガスを供給した。
【0081】
次に、第二カラムに対し、n−ヘキサンの通過方向とは逆方向にDMSOを供給し、第二カラムにおいて捕捉されているPCB類を抽出した。ここでは、第二カラムを80℃に加熱しながらDMSOの供給速度を50マイクロリットル/分に設定し、第二カラムから排出される初流の170マイクロリットルをPCB類の抽出液として採取した。操作開始からこの抽出液が得られるまでに要した時間は、約2時間であった。
【0082】
採取した抽出液について、実施例1と同様の方法でPCB類濃度の測定をした。
【0083】
実施例3
電気絶縁油Bに替えて電気絶縁油Cを用い、実施例2と同様に操作して抽出液を採取した。操作開始からこの抽出液が得られるまでに要した時間は、約2時間であった。採取した抽出液について実施例1と同様の方法でPCB類濃度の測定をした。
【0084】
実施例4
第一カラムの硫酸シリカゲル層の加熱条件を40℃で6時間に変更した点を除いて実施例2と同様に操作し、電気絶縁油AからPCB類の抽出液を採取した。操作開始からこの抽出液が得られるまでに要した時間は、約7.5時間であった。そして、この抽出液について、実施例1と同様の方法でPCB類濃度の測定をした。
【0085】
実施例5
第一カラムの硫酸シリカゲル層の加熱条件を60℃で1時間に変更した点を除いて実施例2と同様に操作し、電気絶縁油AからPCB類の抽出液を採取した。操作開始からこの抽出液が得られるまでに要した時間は、約2.5時間であった。そして、この抽出液について、実施例1と同様の方法でPCB類濃度の測定をした。
【0086】
実施例6
第一カラムへ添加するイソオクタンをn−ヘキサンに変更した点、および、第一カラムの硫酸シリカゲル層の加熱条件を60℃で1時間に変更した点を除いて実施例2と同様に操作し、電気絶縁油AからPCB類の抽出液を採取した。操作開始からこの抽出液が得られるまでに要した時間は、約2.5時間であった。そして、この抽出液について、実施例1と同様の方法でPCB類濃度の測定をした。
【0087】
比較例1
電気絶縁油AからPCB類濃度の分析用試料を調製し、電気絶縁油AのPCB類濃度をHRGC/HRMS法により測定した。ここで、分析用試料の調製およびPCB類濃度の測定は、平成4年厚生省告示第192号「特別管理一般廃棄物及び特別管理産業廃棄物に係る基準の検定方法」(先に挙げた非特許文献1)の別表第二に記載の方法(すなわち公定法)に従った。分析用試料の調製に要した時間は、約3日であった。
【0088】
比較例2
比較例1と同様の方法により、電気絶縁油BからPCB類濃度の分析用試料を調製し、電気絶縁油BのPCB類濃度を測定した。分析用試料の調製に要した時間は、約3日であった。
【0089】
比較例3
比較例1と同様の方法により、電気絶縁油CからPCB類濃度の分析用試料を調製し、電気絶縁油CのPCB類濃度を測定した。分析用試料の調製に要した時間は、約3日であった。
【0090】
比較例4
日本工業規格JIS K 0311「排ガス中のダイオキシン類の測定方法」に従い、電気絶縁油AのPCB類濃度を測定した。具体的には、同測定方法において指定されている多層シリカゲルカラムの上端側へ電気絶縁油A85mgを添加し、この多層シリカゲルカラムの上端から2.5ミリリットル/分の速度でn−ヘキサンを供給した。そして、多層シリカゲルカラムを通過したn−ヘキサン溶液の全量を採取し、ロータリーエバポレーターで濃縮した。次に、濃縮したn−ヘキサン溶液の全量を同測定方法において指定されているアルミナカラムの上端に添加し、このアルミナカラムの上端から2.5ミリリットル/分の速度で10ミリリットルのn−ヘキサンを供給した。続いて、60ミリリットルのジクロロメタン含有n−ヘキサン(ジクロロメタン濃度5容量%)をアルミナカラムの上端から2.5ミリリットル/分の速度で供給し、アルミナカラムを通過したジクロロメタン含有n−ヘキサン溶液の全量を採取した。このジクロロメタン含有n−ヘキサン溶液をロータリーエバポレーターで濃縮した後に少量濃縮管へ移し、この少量濃縮管へ窒素気流を供給しながらさらに穏やかに濃縮した。ここまでに要した時間は6時間であった。
【0091】
このようにして得られた濃縮液(PCB類の抽出液)について、PCB濃度の測定をした。ここでは、濃縮液に回収率算出用の内標準物質溶液50マイクロリットルを添加して分析用試料を調製し、この分析用試料を比較例1と同様の方法に従ってHRGC/HRMS法で分析するとともに、同マニュアルに記載の方法でPCB類濃度の計算を試みた。
【0092】
比較例5
第一カラムの硫酸シリカゲル層の加熱条件を20℃で30分に変更した点を除いて実施例2と同様に操作し、電気絶縁油AからPCB類の抽出液を採取した。操作開始からこの抽出液が得られるまでに要した時間は、約2時間であった。そして、この抽出液について、実施例1と同様の方法でPCB類濃度の測定をした。
【0093】
実施例・比較例のまとめ
各実施例および各比較例における抽出条件および測定結果を表1に示す。
【0094】
【表1】

【0095】
表1によると、実施例1および4〜6において測定した電気絶縁油AのPCB濃度は、公定法により電気絶縁油AのPCB濃度を測定した比較例1の結果と略一致している。また、実施例2において測定した電気絶縁油BのPCB濃度は、公定法により電気絶縁油BのPCB濃度を測定した比較例2の結果と略一致している。さらに、実施例3において測定した電気絶縁油CのPCB濃度は、公定法により電気絶縁油CのPCB濃度を測定した比較例3の結果と略一致している。したがって、各実施例における各電気絶縁油からのPCB類の抽出方法は、公定法に比べて操作が簡単で処理に要する時間が各段に短いにもかかわらず、公定法と同程度の精度で電気絶縁油を前処理できていることになる。
【0096】
また、表1は、比較例4においてPCB類濃度の測定ができなかったことを示している。これは、比較例4でHRGC/HRMS法分析をしたときに、図6に示すように、質量校正用標準物質のモニタチャンネルのクロマトグラムが波を打つなどの変動(ロックマス変動)が見られ、分析精度の大きな低下が疑われたためである。比較例4においてロックマス変動が見られたのは、電気絶縁油AからのPCB類の抽出時に不純成分が十分に除去されなかったためである。なお、ロックマス変動が見られたときは試料の前処理が不十分であることが考えられるとし、試料の前処理を再度十分に実施するようJIS K 0311等では規定されている。
【0097】
さらに、表1は、比較例5の結果が実施例1および4〜6と大きく異なっていることを示している。これは、比較例4と同様に電気絶縁油AからのPCB類の抽出時に不純成分が十分に除去されなかったためと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】本発明の実施の一形態に係るPCB類の抽出方法において利用可能なカラムの一例の概略図。
【図2】前記カラムを用いた抽出操作の一工程を示す図。
【図3】前記カラムを用いた抽出操作の他の工程を示す図。
【図4】前記カラムを用いた抽出操作のさらに他の工程を示す図。
【図5】前記カラムを用いた抽出操作のさらに他の工程を示す図。
【図6】比較例4でHRGC/HRMS法分析をしたときに観測された、質量校正用標準物質のモニタチャンネルのクロマトグラム。
【符号の説明】
【0099】
10 第一カラム
14 上層
15 下層
20 第二カラム
40 第一加熱装置
70 第二加熱装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ塩化ビフェニル類を含む油性液体から前記ポリ塩化ビフェニル類を抽出するための方法であって、
硫酸シリカゲル層と硝酸銀シリカゲル層とが充填された第一カラムの前記硫酸シリカゲル層へ前記油性液体を添加する工程と、
前記油性液体が添加された前記硫酸シリカゲル層を少なくとも35℃に加熱した状態で所定時間維持した後に常温へ冷却する工程と、
前記硫酸シリカゲル層が常温へ冷却された前記第一カラムに対し、脂肪族炭化水素溶媒を供給する工程と、
前記第一カラムを通過した前記脂肪族炭化水素溶媒をアルミナが充填された第二カラムへ供給して通過させる工程と、
前記第二カラムに対し、前記脂肪族炭化水素溶媒の通過方向とは逆方向に前記ポリ塩化ビフェニル類を溶解可能な親水性溶媒を供給して通過させる工程と、
を含む、
ポリ塩化ビフェニル類の抽出方法。
【請求項2】
前記硫酸シリカゲル層の加熱温度以上の沸点を有しかつ前記油性液体を溶解可能な炭化水素溶媒を前記油性液体とともに前記第一カラムへ添加する、請求項1に記載のポリ塩化ビフェニル類の抽出方法。
【請求項3】
前記第二カラムに対して前記親水性溶媒を供給する前に、前記第二カラムに残留している前記脂肪族炭化水素溶媒を除去する工程をさらに含む、請求項1または2に記載のポリ塩化ビフェニル類の抽出方法。
【請求項4】
前記第二カラムを少なくとも35℃に加熱しながら前記第二カラムに対して前記親水性溶媒を供給する、請求項1から3のいずれかに記載のポリ塩化ビフェニル類の抽出方法。
【請求項5】
前記脂肪族炭化水素溶媒がn−ヘキサンである、請求項1から4のいずれかに記載のポリ塩化ビフェニル類の抽出方法。
【請求項6】
前記親水性溶媒がジメチルスルホキシドである、請求項1から5のいずれかに記載のポリ塩化ビフェニル類の抽出方法。
【請求項7】
前記油性液体が、鉱物油からなる、電気機器類の電気絶縁油である、請求項1から6のいずれかに記載のポリ塩化ビフェニル類の抽出方法。
【請求項8】
ポリ塩化ビフェニル類を含む油性液体に含まれる前記ポリ塩化ビフェニル類を測定するための方法であって、
硫酸シリカゲル層と硝酸銀シリカゲル層とが充填された第一カラムの前記硫酸シリカゲル層へ前記油性液体から採取した試料を添加する工程と、
前記試料が添加された前記硫酸シリカゲル層を少なくとも35℃に加熱した状態で所定時間維持した後に常温へ冷却する工程と、
前記硫酸シリカゲル層が常温へ冷却された前記第一カラムに対し、脂肪族炭化水素溶媒を供給する工程と、
前記第一カラムを通過した前記脂肪族炭化水素溶媒をアルミナが充填された第二カラムへ供給して通過させる工程と、
前記第二カラムに対し、前記脂肪族炭化水素溶媒の通過方向とは逆方向に前記ポリ塩化ビフェニル類を溶解可能な親水性溶媒を供給して通過させる工程と、
前記第二カラムを通過した前記親水性溶媒を確保する工程と、
確保した前記親水性溶媒をバイオアッセイ法により分析する工程と、
を含む油性液体中のポリ塩化ビフェニル類の測定方法。
【請求項9】
前記硫酸シリカゲル層の加熱温度以上の沸点を有しかつ前記油性液体を溶解可能な炭化水素溶媒を前記試料とともに前記第一カラムへ添加する、請求項8に記載の油性液体中のポリ塩化ビフェニル類の測定方法。
【請求項10】
前記第二カラムに対して前記親水性溶媒を供給する前に、前記第二カラムに残留している前記脂肪族炭化水素溶媒を除去する工程をさらに含む、請求項8または9に記載の油性液体中のポリ塩化ビフェニル類の測定方法。
【請求項11】
前記第二カラムを少なくとも35℃に加熱しながら前記第二カラムに対して前記親水性溶媒を供給する、請求項8から10のいずれかに記載の油性液体中のポリ塩化ビフェニル類の測定方法。
【請求項12】
前記脂肪族炭化水素溶媒がn−ヘキサンである、請求項8から11のいずれかに記載の油性液体中のポリ塩化ビフェニル類の測定方法。
【請求項13】
前記親水性溶媒がジメチルスルホキシドである、請求項8から12のいずれかに記載の油性液体中のポリ塩化ビフェニル類の測定方法。
【請求項14】
前記バイオアッセイ法がイムノアッセイ法である、請求項8から13のいずれかに記載の油性液体中のポリ塩化ビフェニル類の測定方法。
【請求項15】
前記油性液体が、鉱物油からなる、電気機器類の電気絶縁油である、請求項8から14のいずれかに記載の油性液体中のポリ塩化ビフェニル類の測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−249540(P2008−249540A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−92224(P2007−92224)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(504147254)国立大学法人愛媛大学 (214)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【出願人】(000175272)三浦工業株式会社 (1,055)
【Fターム(参考)】