説明

ポリ(ADP−リボース)グリコヒドロラーゼ活性欠損胚性幹細胞株

【課題】 新規の抗がん剤、虚血性疾患治療薬の開発に有用であるES細胞株及び非ヒト哺乳動物を提供する。
【解決手段】 ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ遺伝子のいずれか一方または双方が不活化されていることを特徴とする胚性幹細胞株及び非ヒト哺乳動物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
 本発明はポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ遺伝子(以下、「Parg遺伝子」という)の遺伝子対のいずれか一方または双方が不活化され、ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ活性を欠損した胚性幹細胞株(以下、「胚性幹細胞株」を「ES細胞株」ということがある)及び非ヒト哺乳動物に関する。
【背景技術】
【0002】
 三大疾病であるがん、脳梗塞、心筋梗塞に対する治療薬の開発と評価への社会的要求は年々高くなっている。現在使用されている抗がん剤としては、がん細胞にDNA鎖切断を起こし、死滅させる機序で働くものが多く知られている。これらの抗がん剤においては、標的となるがん細胞におけるDNA損傷後のDNA修復等の細胞応答が、薬剤の効果及び副作用を左右する。このような抗がん剤に対する細胞応答には、ポリ(ADP-リボース)の分解を行うポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼが関与することが予測される。
【0003】
 また、NOラジカル等の酸化ストレスによるDNA損傷後、ポリ(ADP-リボース)合成酵素の過剰活性化による細胞内NADプールの枯渇を介して神経細胞死が引き起こされる。これに対して、ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼの阻害剤はポリ(ADP-リボース)の代謝回転を遅延させ、NAD濃度の低下を抑制することで、神経細胞死を抑制できることが示されており、NO等の内因性ラジカルにより引き起こされる種々の虚血性疾患の治療薬として有望であることが最近報告されている(非特許文献1参照)。しかしながら、ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼの機能について、まだ解明されていないことが多く残されている。
【0004】
 一方、ES細胞株は、種々の組織への分化能を有することを特徴とするので、Parg遺伝子の遺伝子対のいずれか一方または双方が不活化され、ポリ(ADP-リボース)のADP-リボースへの分解能が低下したES細胞株があれば、種々の系譜に分化した細胞においてポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼの機能を解明することができる。そしてこれにより、新規の抗がん剤や虚血性疾患治療薬の開発につながる重要な情報が得られる。しかしながら、Parg遺伝子の遺伝子対のいずれか一方または双方が不活化され、ポリ(ADP-リボース)分解活性が低下したES細胞株は知られていなかった。
【0005】
【特許文献1】特開平11−123074号公報
【非特許文献1】Proc. Natl. Acad. Sci. USA 98, 12227-12232 (2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
 本発明はParg遺伝子の遺伝子対のいずれか一方または双方が不活化され、新規の抗がん剤、虚血性疾患治療薬の開発に有用であるES細胞株及び非ヒト哺乳動物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
 本発明者等は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、ES細胞株の種類によってはParg遺伝子対の双方が不活化された株が全く単離できなかったが、特定のES細胞株を選択してジーンターゲティングを1回または2回行うことによりParg遺伝子の遺伝子対のいずれか一方または双方が不活化されたES細胞株を作製できることを見出し、本発明を完成させるに到った。また、ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼは、ポリ(ADP-リボース)を分解する主要な酵素であるため、完全な酵素の欠失は細胞及び動物個体を死に到らせることが予想され、Parg遺伝子対の双方を不活化させた細胞及び個体が得られない可能性が高い。本発明では不活化するParg遺伝子の領域をエクソン1に限定することで、ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼの遺伝子機能を少量残存させ、致死性を回避することに成功した。
【0008】
 すなわち、本発明は特に、Parg遺伝子の特定領域の遺伝子対のいずれか一方または双方が、外来遺伝子の挿入により不活化されていることを特徴とするES細胞株及び非ヒト哺乳動物並びにその利用に関するものである。
【0009】
 本発明は具体的には、以下の(1)〜(15)を提供する。
 (1) ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ遺伝子の遺伝子対のいずれか一方または双方が不活化していることを特徴とする胚性幹細胞株。
 (2) ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ遺伝子の遺伝子対のいずれか一方もしくは双方またはその発現制御領域に外来遺伝子が挿入されていることを特徴とする胚性幹細胞株。
 (3) ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ遺伝子の遺伝子対のいずれか一方もしくは双方またはその発現制御領域の少なくとも一部が欠失していることを特徴とする胚性幹細胞株。
 (4) ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ遺伝子の発現が人為的に抑制されていることを特徴とする非ヒト哺乳動物。
 (5) げっ歯類である、上記(4)に記載の非ヒト哺乳動物。
 (6) マウスである、上記(5)に記載の非ヒト哺乳動物。
 (7) 上記(4)に記載の非ヒト哺乳動物の作製方法であって、
(a)上記(1)〜(3)のいずれかに記載の細胞株を、妊娠した雌から得た胚に注入し、キメラ胚を作製する工程、及び
(b)該キメラ胚を偽妊娠させた雌の子宮に移植する工程、
を含む方法。
 (8) 非ヒト哺乳動物がげっ歯類である、上記(7)に記載の方法。
 (9) 非ヒト哺乳動物がマウスである、上記(8)に記載の方法。
【0010】
 (10) 以下の工程(i)、(ii)及び(iii):
(i)上記(1)〜(3)のいずれかに記載の細胞株及び対照の野生型胚性幹細胞株を培養する工程、
(ii)抗がん剤を用いて工程(i)で得られた細胞を処理する工程、及び
(iii)細胞障害性を、両細胞株間で比較する工程、
を含んでなる、抗がん剤の評価方法。
【0011】
 (11) 以下の工程(i)、(ii)及び(iii):
(i)上記(4)〜(6)のいずれかに記載の非ヒト哺乳動物及び野生型非ヒト哺乳動物に発がん剤を投与し担がん動物を作製する工程、
(ii)抗がん剤を用いて工程(i)で得られた動物を処理する工程、及び
(iii)がんの大きさを経時的に測定し縮退効果を、両個体間で比較する工程、
を含んでなる、非ヒト哺乳動物を用いた抗がん剤の評価方法。
【0012】
 (12) 以下の工程(i)、(ii)及び(iii):
(i)上記(1)〜(3)のいずれかに記載の細胞株及び対照の野生型胚性幹細胞株を培養する工程、
(ii)被験物質の存在下で抗がん剤を用いて工程(i)で得られた細胞を処理する工程、及び
(iii)細胞障害性を、両細胞株間で比較する工程、
を含んでなる、抗がん剤増幅薬のスクリーニング方法。
【0013】
 (13) 以下の工程(i)、(ii)及び(iii):
(i)上記(4)〜(6)のいずれかに記載の非ヒト哺乳動物及び野生型非ヒト哺乳動物に発がん剤を投与し担がん動物を作製する工程、
(ii)被験物質の存在下及び非存在下で抗がん剤を用いて工程(i)で得られた動物を処理する工程、及び
(iii)がんの大きさを経時的に測定し縮退効果を、3群の個体間で比較する工程、
を含んでなる、非ヒト哺乳動物を用いた抗がん剤増幅薬のスクリーニング方法。
【0014】
 (14) 以下の工程(i)、(ii)及び(iii):
(i)上記(1)〜(3)のいずれかに記載の細胞株及び対照の野生型胚性幹細胞株を培養する工程、
(ii)被験物質の存在下及び非存在下で、ラジカル発生剤によって工程(i)で得られた細胞を処理する工程、及び
(iii)細胞生存率を、両細胞株間で比較する工程、
を含んでなる、虚血性疾患治療薬のスクリーニング方法。
【0015】
 (15) 以下の工程(i)、(ii)及び(iii):
(i)野生型非ヒト哺乳動物に対して虚血再灌流を誘導する工程、
(ii)被験物質を工程(i)で得られた動物に投与する工程、及び
(iii)細胞死を、上記(4)〜(6)のいずれかに記載の非ヒト哺乳動物と比較する工程、
を含んでなる、非ヒト哺乳動物を用いた虚血性疾患治療薬のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0016】
 本発明はParg遺伝子対のいずれか一方または双方が不活化され、ポリ(ADP-リボース)のADP-リボースへの分解能を欠損させたES細胞株および非ヒト哺乳動物を提供する。このES細胞株および非ヒト哺乳動物は抗がん剤と虚血性疾患治療薬の評価や開発に利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
 以下、本発明を詳細に説明する。
【0018】
Parg遺伝子欠損ES細胞株の作製
 本発明において、「Parg遺伝子欠損」とは、ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ遺伝子の遺伝子対のいずれか一方または双方が不活化していることを意味する。
【0019】
 また、Parg遺伝子の発現を抑制する手段としては、Parg遺伝子またはその発現制御領域の一部を欠損させる手段を例示することができるが、これに限定されるわけではない。なお、本発明における「発現の抑制」には、完全な抑制及び部分的な抑制が含まれる。また、ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ遺伝子の発現制御は個体における組織あるいは培養系で胚性幹細胞(ES細胞)から分化した種々の組織により異なると考えられる。従って、特定の細胞及び組織での抑制も含まれる。さらに、2つのアレルの一方の発現が抑制されている場合も含まれる。
【0020】
 ポリ(ADP−リボース)グリコヒドロラーゼ遺伝子の配列は、例えばGenBank等から得ることができる。例えばマウスにおける配列は登録番号AF079557としてGenBankに登録されている。配列が既知でない種に関しては、例えばマウス等におけるポリ(ADP−リボース)グリコヒドロラーゼ遺伝子配列との相同性を指標としてBLASTサーチ等を行い、配列相同性が高いものを候補遺伝子として選択することができる。また、マウス等における配列の一部をプライマーとして用いて目的の動物の組織から調製したDNAに対してPCRを行うことによって、相同遺伝子を取得することができる。
【0021】
 本発明のES細胞株を、具体的には、例えば、以下のようにして作製することができる。
【0022】
 まずES細胞よりParg遺伝子のエクソン部分を含む遺伝子DNAを単離し、ターゲティングベクターを構築する。このターゲティングベクターは、Parg遺伝子を失活させるために設計された核酸配列を含む。そして、該核酸配列は、例えば、Parg遺伝子またはその発現制御領域の少なくとも一部を欠失させた核酸配列でもよく、また、Parg遺伝子またはその発現制御領域に他の遺伝子が挿入された核酸配列であってもよい。あるいは、該核酸配列は、Parg遺伝子のイントロンにファージDNA由来のloxP (locus of X-ing-over)配列を2ヵ所以上挿入したものであってもよい。
【0023】
 loxP配列は、部位特異的組み換え酵素の一つであるCre (Causes recombination)リコンビナーゼの認識配列である(Sternberg, N and Hamilton, D. J. Mol. Biol. 150, 467-486, 1981)。Creリコンビナーゼは、2つのloxP配列を認識し、これらの間で部位特異的組み換えを起こすことによりその間の遺伝子を排除する(以下Cre-loxPシステム)。3つのloxP配列を有する相同組み換え用ベクターを構築し、それを、例えば、ES細胞に導入して相同組み換え体を得た場合、このES細胞内にCreを一過性に発現させることにより、コンベンショナルな遺伝子欠失を持つタイプと、コンディショナルな遺伝子欠失を持つタイプの両タイプのES細胞をさらに作製することが可能である。すなわち、3つのloxP配列を有するコンストラクトを用いると、1つの相同組み換え体からCreを発現させることだけで2つの遺伝子型を持つES細胞クローンを作製できるという利点がある。
【0024】
 このCre-loxPシステム同様に、FRT (Flp recombinase target)配列と、それを認識して部位特異的組み換えを起こす酵母由来のFlpリコンビナーゼとの組み合わせを用いてもよい。
【0025】
 本発明において特に好ましくは、ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼの遺伝子機能を少量残存させ、致死性を回避するために、マウスの場合は、エクソン1のみに適当な他の遺伝子を挿入し、ターゲティングベクターを構築する。
【0026】
 ターゲティングベクターを作製するためにParg遺伝子またはその発現制御領域に他の遺伝子を挿入する場合、該遺伝子はマーカーとしても機能することが好ましい。このような遺伝子としては、例えば、ネオマイシン耐性遺伝子(G418耐性により選択)、ピューロマイシン耐性遺伝子などの抗生物質耐性遺伝子、チミジンキナーゼ遺伝子(ガンシクロビル耐性により選択)などの抗ウイルス剤耐性遺伝子、ジフテリアトキシンAフラグメント(DT-A)遺伝子などの毒素遺伝子、またはこれらの組み合わせを用いることができる。挿入するマーカー遺伝子としては、ネオマイシン耐性遺伝子やピューロマイシン耐性遺伝子などの抗生物質耐性遺伝子が好ましい。
【0027】
 これらの遺伝子のParg遺伝子における挿入場所は、標的におけるParg遺伝子の発現を抑制しうる位置であれば特に限定されるものではない。クローニングしたParg遺伝子へのこれらの遺伝子の挿入は、試験管内において、通常のDNA組み換え技法を用いて行うことができる(例えば、Sambrook, J. et al,. Molecular cloning, Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989)を参照されたい)。
【0028】
 次に、このようにして作製したターゲティングベクターをエレクトロポレーション法などによる遺伝子導入法でES細胞株(限定されるものではないが、例えば、マウスES細胞J1など)に導入し、相同組換えを生じた細胞株をマーカーを利用して選抜する。マーカー遺伝子として抗生物質耐性遺伝子を用いた場合、抗生物質を含む培地で培養するだけで相同組換えを生じた細胞株を選抜することができる。また、より効率的な選抜を行うためにはターゲティングベクターにジフテリアトキシンAフラグメント(DT-A)遺伝子などを結合させておくのが好ましい。これにより非相同的な組換えを起こした細胞株を排除することができる。以上の操作により、Parg遺伝子の遺伝子対の一方が不活化されたES細胞株を得ることができる。
【0029】
 更に、Parg遺伝子対の双方が不活化されたES細胞株を得るためには、この細胞株に再度ターゲティングベクターを導入し、相同組換えを生じた細胞株を選抜する。ここで、ターゲティングベクターに挿入するマーカー遺伝子は、先に用いたマーカー遺伝子とは異なるものを使用する。このような操作によりParg遺伝子対の双方が不活化されたES細胞株を得ることができる。
【0030】
 なお、Parg遺伝子対の双方が不活化されたマウスES細胞株は、産業技術総合研究所特許生物寄託センターに受託番号FERM P-18957として寄託されている(寄託日:平成14年7月30日)。
【0031】
Parg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物の作製
 本発明のES細胞株を利用して、更にParg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物を作製することができる。
【0032】
 本発明の非ヒト哺乳動物は、Parg遺伝子の発現が人為的に抑制されていることを特徴とするものである。
【0033】
 本発明において使用しうる非ヒト哺乳動物としては、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、ブタ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、イヌ、サル等の哺乳動物が挙げられ、特に限定されるものではないが、飼育及び操作上の点、また実験に関する文献等の情報が豊富であること等からげっ歯類が好ましく、その中でもマウスが特に好ましい。
【0034】
 妊娠した雌個体から得た胚を桑実胚または胚盤胞の段階までin vitroで培養した後、この胚盤胞に本発明において得られたES細胞株を注入しキメラ胚を得る。これを偽妊娠させた雌個体の子宮に移植して妊娠状態を継続させることによりキメラ個体を得ることができる。さらに、このキメラ個体を他の個体と交配し、得られる個体の中からParg遺伝子の発現が人為的に抑制されているParg遺伝子対の一方または双方が不活化された個体を選抜することにより本発明の非ヒト哺乳動物を得ることができる。また、胚に注入したES細胞が発生分化中の胚に取り込まれたか否かを個体作製時に検定できるようにするために、作製された個体の外的特徴(例えば、毛色)が、注入したES細胞に由来する部分と胚盤胞に由来する部分とで異なるように、胚盤胞を選択することが好ましい。
【0035】
 キメラ個体の生殖細胞が、胚に注入したES細胞に由来していれば、この個体と適当な系統の同種動物と交配させることにより、Parg遺伝子の発現が抑制された個体が得られる。従って、交配によって得られる個体の中からそのような個体を選抜することにより、本発明のParg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物を得ることができる。
【0036】
 マウスに限らず、このような技術によって目的の遺伝子の一方または双方を不活化した非ヒト哺乳動物の作製は、当業者には公知の手段であり、例えばMcCreath, K. J., Nature, 405, 1066-1068 (2000) 等に記載された手法によって行うことができる。
【0037】
抗がん剤、虚血性疾患治療薬開発への利用
 本発明のES細胞株及び非ヒト哺乳動物は、例えばDNAを標的とする抗がん剤や虚血性疾患治療薬の作用、副作用の高感度の検出系やDNA修復機序や細胞内NAD枯渇を伴うDNA損傷に誘発される細胞死の機序の解析系に利用できる。
【0038】
 そこで、抗がん剤や虚血性疾患治療薬及びそれらの候補化合物の評価系に関して、具体的には次のように利用できる。
【0039】
1) 抗がん剤の評価
 本発明の細胞株(Parg+/-及びParg-/-)と、対照となる野生型(Parg+/+)ES細胞株とを培養し、マイトマイシンC、ブレオマイシン、カンプトテシン、シクロフォスファミド、シスプラチン等の抗がん剤の処理や、放射線照射を行う。そしてこれらの処理を行った細胞について、コロニー形成能やMTT assay等で細胞障害性を検討する。本発明の細胞株でのみ顕著な有効性が認められれば、それらの抗がん剤にポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ阻害剤を併用することで抗がん剤の効果が増強できる。このことを利用することにより、本発明は、以下の工程(i)、(ii)及び(iii)を含む抗がん剤の評価方法を提供する:
(i)上記の本発明の細胞株及び対照のES細胞株を培養する工程、
(ii)抗がん剤を用いて工程(i)で得られた細胞を処理する工程、及び
(iii)細胞障害性を、両細胞株間で比較する工程。
【0040】
 さらに、本発明の非ヒト哺乳動物と野生型非ヒト哺乳動物の胚などから不死化した培養細胞を樹立し、マイトマイシンC、ブレオマイシン、カンプトテシン、シクロフォスファミド、シスプラチン等の抗がん剤の処理や、放射線照射を行い、細胞障害性を検討する。本発明の非ヒト哺乳動物から由来した細胞でより強い細胞障害効果が示されれば、抗がん剤にポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ阻害剤を併用することで抗がん剤の効果が増強できる。さらに、本発明の非ヒト哺乳動物と野生型非ヒト哺乳動物にニトロサミンやヘテロサイクリックアミン等の発がん剤を投与し、担がん動物を作製する。これらの動物にマイトマイシンC、ブレオマイシン、カンプトテシン、シクロフォスファミド、シスプラチン等の抗がん剤の処理や、放射線照射を行う。がんの大きさを経時的に測定し縮退効果を本発明の非ヒト哺乳動物と野生型非ヒト哺乳動物において比較する。本発明の非ヒト哺乳動物においてのみ縮退効果が認められれば、その抗がん剤にポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ阻害剤を併用することで抗がん剤の効果が増強できる。したがって、本発明はさらに、以下の工程(i)、(ii)及び(iii)を含む、非ヒト哺乳動物を用いた抗がん剤の評価方法を提供する:
(i)上記の本発明の非ヒト哺乳動物及び野生型非ヒト哺乳動物に発がん剤を投与し担がん動物を作製する工程、
(ii)抗がん剤を用いて工程(i)で得られた動物を処理する工程、及び
(iii)がんの大きさを経時的に測定し縮退効果を、両個体間で比較する工程。
【0041】
 また、がんにおいては、ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼの発現レベルの低いもの、また発現レベルの高いものが存在すると予測される。従って、前述のように本発明の細胞株または本発明の非ヒト哺乳動物由来の細胞株でのみ顕著な有効性を示す抗がん剤はポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ発現レベルの低いがんに有効であると予想される。また逆に、本発明の細胞株または本発明の非ヒト哺乳動物由来の細胞株よりParg+/+マウスES細胞株に非常な有効性を示せば、ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ発現レベルの高いがんに有効であると予想される。このような評価は、これらのES細胞株をヌードマウス(たとえば、日本クレア株式会社(東京、目黒)から入手可能)皮下に移植し形成された腫瘍においても検証できる。さらに、本発明の非ヒト哺乳動物と野生型非ヒト哺乳動物にニトロサミンやヘテロサイクリックアミン等の発がん剤を投与し、種々の組織にがんを有する担がん動物を作製すれば種々の組織における抗がん剤の作用の評価が行える。
【0042】
 このように本発明の細胞株および非ヒト哺乳動物は、がんの生物学的性質に基づいた抗がん剤の利用法の開発に有用と考えられる。
【0043】
2) 抗がん剤の開発
 ポリ(ADP-リボース)合成酵素阻害剤が放射線療法や化学療法の増幅剤として有用な例がこれまで数多く報告されている。一方、ポリ(ADP-リボース)分解の主要な酵素であるポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼの阻害剤は、ポリ(ADP-リボース)代謝回転を遅延させることができる。これにより、抗がん剤の増幅効果を出すことができると考えられる。
【0044】
 具体的に、抗がん剤の増幅効果を有するポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼの阻害剤をスクリーニングする際には、本発明の細胞株及び野生型ES細胞株を培養し、ブレオマイシン、シスプラチン、5-フルオロウラシル等の抗がん剤処理を候補薬剤となる被験物質の存在下で行い、両細胞株間での効力の差を調べる。もし、本発明の細胞株でのみ抗がん剤の増幅効果がなければ、その被験物質がポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼを作用点とするものと考えられる。この知見を利用することにより、本発明は、以下の工程(i)、(ii)及び(iii)を含む、抗がん剤増幅薬のスクリーニング方法を提供する:
(i)上記の本発明の細胞株及び対照のES細胞株を培養する工程、
(ii)被験物質の存在下で抗がん剤を用いて工程(i)で得られた細胞を処理する工程、及び
(iii)細胞障害性を、両細胞株間で比較する工程。
【0045】
 さらに、本発明の非ヒト哺乳動物と野生型非ヒト哺乳動物の種々の組織に由来する細胞を用いて、抗がん剤の増幅効果を有するポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼの阻害剤を同様にスクリーニングすることができる。また、これらの方法により絞り込んだポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼを作用点とする抗がん剤増幅剤として候補薬剤となる被験物質をさらに抗がん剤と一緒に投与し、種々の組織にがんを有するポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ遺伝子欠損非ヒト哺乳動物と野生型非ヒト哺乳動物を用いて個体レベルで検証できる。がんを有する野生型非ヒト哺乳動物に抗がん剤と候補薬剤となる被験物質を投与し、がんの縮退効果を同様ながんを有するポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ欠損マウスと比較する。抗がん剤と共に候補薬剤となる被験物質を投与した野生型マウスがポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ欠損マウスと同程度のがんに対する縮退効果を示せば、その薬剤がin vivoにおいてもポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼを作用点とする抗がん剤の増幅剤として作用することが判る。すなわち、本発明は、以下の工程(i)、(ii)及び(iii)を含む、非ヒト哺乳動物を用いた抗がん剤増幅薬のスクリーニング方法を提供する:
(i)上記の本発明の非ヒト哺乳動物及び野生型非ヒト哺乳動物に発がん剤を投与し担がん動物を作製する工程、
(ii)被験物質の存在下及び非存在下で抗がん剤を用いて工程(i)で得られた動物を処理する工程、及び
(iii)がんの大きさを経時的に測定し縮退効果を、3群の個体間で比較する工程。
【0046】
 また、本発明の細胞株または本発明の非ヒト哺乳動物由来の細胞株を用いれば、同様の方法で抗がん剤の増幅剤の作用濃度範囲を決定することも可能である。さらに、本発明の細胞株及び野生型ES細胞株を、ヌードマウス(たとえば、日本クレア株式会社(東京、目黒)から入手可能)の皮下に注入し、マウス個体で腫瘍を形成させた後、増幅剤の存在下で、放射線療法や化学療法を行うことにより、その増幅剤の個体における作用点と作用濃度範囲を決定することができる。さらにまた、前述の方法で本発明の非ヒト哺乳動物と野生型非ヒト哺乳動物に発がん剤を投与し作製した、種々の組織のがんを有する担がん動物を用いて組織別に増幅剤の作用点と作用濃度範囲を調べることができる。
【0047】
3) 虚血性疾患治療薬の開発
 ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ阻害剤が、脳梗塞の際に発生するラジカル等の酸化ストレスにより起きる神経細胞死を阻害することが報告されている。しかし、その作用点がポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼであるかどうかの評価が困難である。本発明の細胞株を用いれば作用点の同定が可能になる。具体的には、本発明の細胞株及び野生型ES細胞株を培養し、ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ阻害剤の存在下、SIN-1等のラジカル発生剤で細胞を処理し、両細胞の生存率を比較し、上記阻害剤の効力の差を調べる。ここで、候補薬剤となる被験物質を添加した場合に、対照となる野生型ES細胞がポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ欠損細胞と同程度の細胞死耐性を示せば、その薬剤がポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼを作用点とすることが判る。このようにして、本発明は、以下の工程(i)、(ii)及び(iii)を含む、虚血性疾患治療薬のスクリーニング方法を提供する:
(i)上記の本発明の細胞株及び対照のES細胞株を培養する工程、
(ii)被験物質の存在下及び非存在下で、ラジカル発生剤によって工程(i)で得られた細胞を処理する工程、及び
(iii)細胞生存率を、両細胞株間で比較する工程。
【0048】
4) 虚血性疾患治療薬の作用機序の解析
 これらの評価は更に両細胞株をSDIA(stromal cell-derived inducing activity)法で神経細胞に分化させた状態でも行える(Neuron, 28, 31-40 (2000))。また、線維芽細胞においてラジカル等の酸化ストレスにより起きる細胞死を阻害できる薬剤は神経細胞においても同様の効果を持つと期待される。そこで本発明の非ヒト哺乳動物及び野生型非ヒト哺乳動物の胚より線維芽細胞を調製し、野生型線維芽細胞に候補薬剤を添加し、上記のようにラジカル発生剤で細胞を処理後の生存率を比較する。野生型線維芽細胞がポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ欠損細胞と同程度の耐性を示せば、その薬剤がポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼを作用点とすることが判る。また、これらの方法により絞り込んだポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼを作用点とする虚血性疾患治療薬の候補薬剤を野生型非ヒト哺乳動物に投与し、脳や心臓等の組織における虚血再灌流誘導後の細胞死をポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ欠損非ヒト哺乳動物と比較する。脳においては中大動脈一時閉塞を行い、脳切片を作製後、梗塞領域を2,3,5-triphenyltetrazolium chlorideを用いて染色し、梗塞領域の面積を測定する。候補薬剤を投与した野生型非ヒト哺乳動物が非投与の野生型非ヒト哺乳動物に比較してポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ欠損非ヒト哺乳動物と同程度の梗塞面積の減少を示し、細胞死に対する耐性が認められれば、その薬剤がin vivoにおいてもポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼを作用点とすることが判る。したがって、本発明はまた、以下の工程(i)、(ii)及び(iii)を含む、非ヒト哺乳動物を用いた虚血性疾患治療薬のスクリーニング方法を提供する:
(i)野生型非ヒト哺乳動物に対して虚血再灌流を誘導する工程、
(ii)被験物質を工程(i)で得られた動物に投与する工程、及び
(iii)細胞死を、上記の本発明の非ヒト哺乳動物と比較する工程。
【0049】
 具体的には、本発明の細胞株及び野生型ES細胞株を神経細胞に分化させた状態でNMDA等の神経細胞毒素で処理後の経過を両細胞株において比較することで、ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼを作用点とする虚血性疾患治療薬の作用機序が詳細に調べられる。また、これらの虚血性疾患治療薬で処理後の神経細胞の機能変化を経時的に調べることにより、ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼを作用点とする虚血性疾患治療薬の副作用が評価できる。また、本発明の非ヒト哺乳動物より神経細胞や線維芽細胞を調製し、同様に種々の神経細胞毒素で処理後の経過を両細胞において比較することで、ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼを作用点とする虚血性疾患治療薬の作用機序が詳細に調べられる。また、ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ欠損非ヒト哺乳動物の脳、心臓等の組織における虚血再灌流誘導後の障害の経過を野生型非ヒト哺乳動物と比較することで組織及び個体レベルでの副作用が明らかにできる。
【実施例1】
【0050】
 Parg遺伝子の遺伝子対のいずれか一方または双方が不活化されたマウスES細胞株の樹立
 マウスES細胞J1(Parg+/+ ES細胞株)(国立がんセンター研究所 落谷孝広博士より御供与)は、DMEM(Gibco)+20%牛胎児血清培地でCO2インキュベーターを用いて37℃にて培養を行った。
【0051】
 次に、129SVマウスES細胞遺伝子ライブラリー(Genome Systems社)より、Parg遺伝子エクソン1を含む13kbのgenomic DNA断片を単離し、制限酵素部位のマッピングを行った。Parg遺伝子エクソン1を含む7 kb断片の3’下流側にDT-A発現カセットを結合し、Parg遺伝子エクソン1内部にネオマイシン耐性遺伝子(neor)発現カセットを挿入したターゲティングベクターを作製した。これをエレクトロポレーションによりマウスES細胞J1に導入し、G418による選別後、Parg+/- ES細胞株を複数単離できた。
【0052】
 更に同様にピューロマイシン耐性遺伝子(puror)発現カセットを挿入したターゲティングベクターを作製し、Parg+/- ES細胞株に導入後、ピューロマイシンによる選別を行い、Parg-/- ES細胞株は致死性を示さず、複数のParg-/- ES細胞株を単離できた。
【実施例2】
【0053】
 ネオマイシン及びピューロマイシン耐性細胞株の遺伝子型解析
 ネオマイシン及びピューロマイシン耐性を獲得した細胞クローンについて、ゲノムDNAを制限酵素Pst Iで消化後、相同組み換えが起きる領域に隣接するDNA断片をプローブとして、サザンブロット法による遺伝子型解析を行った。その結果、図1に示したように、野生型ES細胞J1(Parg+/+ ES細胞株)では、野生型アレルに由来する13kbのDNA断片のみが検出されるのに対し、ネオマイシン耐性細胞クローン(図1中「+/-」で示される)では、野生型アレルに由来する13kbのDNA断片とneor変異型アレルに由来する10kbのDNA断片が検出された。また、ネオマイシン及びピューロマイシン耐性細胞クローン(図1中「-/-」で示され、D79及びD122として表される)では、野生型アレルに由来する13kbのDNA断片が消失し、neor及びpuror変異型アレルに由来する10kbのDNA断片がそれぞれ検出された。これらの結果により、ネオマイシン耐性細胞クローンはParg+/- ES細胞株であり、ネオマイシン及びピューロマイシン耐性細胞クローンはParg-/- ES細胞株であることが確認された。
【実施例3】
【0054】
 Parg+/- ES細胞株及びParg-/- ES細胞株の発現解析
 Parg+/- ES細胞クローン(B609)及びParg-/- ES細胞クローン(D79及びD122)について、Parg cDNAプローブを用いてノーザンブロット法によるParg mRNAの発現解析を行った。その結果、図2に示したように、Parg+/+ ES細胞クローン(J1)で検出された約4kbのParg mRNAは、Parg+/- ES細胞クローン(B609)では約2倍に増加し、Parg-/-ES細胞クローン(D79及びD122)ではParg+/+ ES細胞クローン(J1)の約1/6に低下していた。
【0055】
 また、RT-PCR法によりParg mRNAの構造を調べた結果を図3に示した。エクソン1内のターゲティング部位を挟むようにデザインしたプライマーセットS1-A3を用いてPCRを行ったところ、Parg+/+(J1)及びParg+/- ES細胞クローン(B609)では128 bpのPCR産物が認められたが、Parg-/- ES細胞クローン(D79及びD122)ではPCR産物が全く認められなかった。一方、ターゲティング部位の下流に位置するプライマーセットS2-A1を用いてPCRを行った場合には、いずれの遺伝子型の細胞クローンにおいても140bpのPCR産物が認められた。従って、Parg-/- ES細胞クローン(D79及びD122)で発現しているParg mRNAはN末端欠失型であることが確認された。
【実施例4】
【0056】
 ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ活性の測定
 スクレーパーで回収した細胞をPBSで洗浄後、Extraction buffer (20 mM potassium-phosphate (pH7.5)、2 mM EDTA、10 mM β-mercaptoethanol、0.1% Triton X-100にprotease inhibitor mixを添加したもの)を加えた。4℃でblenderにより30分間振とうし、13,000 x gで15分間遠心し、上清を粗抽出液とした。タンパク質量は、Protein assay kit(Bio-rad)で定量した。ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼはポリ(ADP-リボース)を基質としてADP-リボースに分解する。そこで、ポリ(ADP-リボース)からADP-リボースへの分解を以下のように測定した。
【0057】
 すなわち、反応液(20 mM potassium phosphate (pH7.5)、2 mM EDTA、 10 mM β-mercaptoethanol、0.01% triton X-100、0.5 μM [32P]-ポリ(ADP-リボース)に粗抽出液を加え20μlとして25℃で10分間反応を行った。次に1% SDSを2μl加え、撹拌後10,000 x gで15分間4℃で遠心し、上清を20% ポリアクリルアミドゲルに電気泳動後、BAS Imaging Analyzer (Fuji Film)でポリ(ADP-リボース)由来の放射活性を定量した。
【0058】
 その結果、図4に示すようにポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ活性は、Parg+/- ES細胞株(B609)ではParg+/+ ES細胞株(J1)に比較して低下が認められなかったが、Parg-/- ES細胞株(D79及びD122)では約50%に低下していた。
【実施例5】
【0059】
 DNA損傷剤に対するParg欠損ES細胞の感受性
 アルキル化剤メチルメタンスルフォネート(MMS)及びガンマ線照射に対するES細胞の感受性を、コロニー形成能によって検討した。3種類のES細胞(Parg+/+(J1)、Parg+/-(B609)、Parg-/-(D79及びD122))をトリプシンで処理した後、計数し、一定数のES細胞を、フィーダー細胞をあらかじめ播種した6穴プレートに植え込んだ。MMSで処理後あるいはガンマ線照射後、CO2インキュベーターで7日間培養し、生じたコロニー数より生存率を計算した。この結果を図5及び図6に示す。図5及び図6に示すようにParg-/- ES細胞(D79及びD122)はParg+/- ES細胞(B609)及びParg+/+ ES細胞(J1)に比較して、MMS及びガンマ線照射に高い致死感受性を示した。
【実施例6】
【0060】
 DNA損傷剤処理Parg欠損ES細胞におけるポリ(ADP-リボース)の蓄積
 アルキル化剤MMS処理後の細胞内のポリ(ADP-リボース)量の変化をHPLC法により調べた。その結果を図7に示した。Parg+/+ (J1)及びParg+/- ES細胞クローン(B609)では、MMS処理後のポリ(ADP-リボース)量に変化は認められなかった。一方、Parg-/- ES細胞クローン(D79及びD122)では、MMS処理1時間後よりポリ(ADP-リボース)量が顕著に増加し、その蓄積は、24時間後まで観察された。
【実施例7】
【0061】
 DNA損傷剤処理Parg欠損ES細胞におけるアポトーシスの誘導
 アルキル化剤MMS処理後に生じるParg欠損ES細胞のアポトーシスの経時変化を調べた。Parg+/+ (J1)及びParg-/- ES細胞クローン(D79)をMMS(0.3 mM)で処理し、12及び24時間後にフローサイトメトリーで分析したところ、Parg-/- ES細胞クローン(D79)では2N以下にDNA含量が減少したアポトーシス細胞の割合が野生株に比較して早期から増加することが観察された(図8参照)。
【0062】
 また、MMS(0.3 mM)で5及び10時間処理を行った細胞のDNAを2%アガロース電気泳動で分析したところ、Parg-/- ES細胞クローン(D79及びD122)では、5時間後からDNAの断片化が認められたが、Parg+/+ (J1)及びParg+/- ES細胞クローン(B609)では10時間後からのみDNAの断片化が認められた(図9参照)。
【0063】
 これらの結果は、Parg欠損ES細胞において、DNA損傷剤によるアポトーシス誘導が昂進されていることを示す。
【実施例8】
【0064】
 組み換えParg遺伝子をもつES細胞によるキメラマウスの作製
 相同組み換えが確認されたES細胞クローンについて、C57BL/6J系マウスの胚盤胞をホスト胚としてキメラ胚を作製し、それを偽妊娠マウスの子宮角に移植して産仔を得た。ホスト胚の採取は、妊娠2日目に100μM EDTAを添加したWhitten's培地で、卵管と子宮を潅流することによって行った。8細胞期胚または桑実胚を24時間Whitten's培地で培養し、得られた胚盤胞を注入に用いた。注入に用いたES細胞の培養は、ダルベッコ修正イーグル培養液(GIBCO DMEM 11965-029)に終濃度15%の牛胎仔血清、終濃度2mMのL-グルタミン(GIBCO)、終濃度50U/mLのペニシリンと終濃度50μg/mLのストレプトマイシンを添加したES細胞用培地を用い、マイトマイシンC処理したSTO細胞のフィーダー細胞上で行った。ES細胞を融解あるいは継代してから2日ないし3日目にトリプシン-EDTA処理により単一細胞に分散させ、顕微操作に供するまで4℃で静置した。
【0065】
 ES細胞の注入ピペットとしては、Cook社製のpolar body extrusion pipette(内径約20μm)を用いた。胚保定用ピペットとしては、外径1mmの微小ガラス管(NARISHIGE)を微小電極作製器(Sutter社P-98/IVF)を用いて細く引き延ばした後、マイクロフォージ(De Fonburun)を用いて外径50-100μmの部分で切断し、さらに口径を10-20μmに加工したものを用いた。
【0066】
 注入用ピペットと保定用ピペットは、先端から約5mmの部分を約30度曲げて、マイクロマニピュレーター(LEITZ)に接続した。顕微操作に用いたチャンバーとしては、穴あきスライドグラスにカバーグラスを蜜蝋で接着したものを用い、その上に約20μlの0.3% BSAを加えたHEPES-buffered Whitten's培地のドロップを2個置き、上面を流動パラフィン(ナカライテスク)で覆った。一方のドロップには、約100個のES細胞を入れ、他方には拡張胚盤胞を10〜15個入れ、胚1個あたり10〜15個のES細胞を注入した。
【0067】
 顕微操作はすべて倒立顕微鏡下で行った。操作胚は、1〜2時間の培養後、偽妊娠2日目のICR系受容雌の子宮角に移植した。分娩予定日に至っても産仔を娩出しなかった受容雌については、帝王切開を施し、里親に哺育させた。
【0068】
 6つのクローン(G39, G127, G266, G291, G565, G783)のES細胞に対し、それぞれのクローン ES細胞を注入したC57BL/6J系のマウス胚盤胞、合計265個を、偽妊娠2日目のICR系受容雌の子宮角に移植した結果、60匹の産仔が得られた。相同組み換え体に由来する部分の毛色は野生色を呈し、C57BL/6J系マウスに由来する部分の毛色はブラック色を呈する。得られた産仔の内、毛色からキメラマウスと判定できたのは20匹であり、そのうちの14匹が形態的に雄を示していた。これらのキメラマウスにおける毛色から判断したES細胞の寄与率は5〜95%の幅であり、寄与率が90%以上のものが2例であった。これらキメラマウス作出に関する成績を表に示した。
【表1】



【実施例9】
【0069】
 相同組み換え体の生殖系列への伝達の検定
 実施例8に記載のキメラマウスをC57BL/6J系マウスと交配させ、ES細胞由来の産仔が得られるか否かを検定した。キメラマウスの生殖細胞がES細胞に由来していれば、娩出される産仔の毛色は、野生色を呈し、C57BL/6J系マウスの胚盤胞に由来していればブラック色を呈することとなる。C57BL/6J系マウスとの交配を行った14匹の雄キメラマウスのうち5匹から産仔が得られた。これら5匹の雄キメラマウスのうち、クローンG266ES細胞由来のキメラマウス(個体番号1)、および、クローンG565ES細胞由来のキメラマウス(個体番号1)において、ES細胞の生殖系列への伝達が確認された。野生色を呈した産仔数/得られた産仔数は、それぞれ、5/5、1/5であった。これらの成績を表2に示した。次に、これらの野生色のマウス6匹について尾の一部からDNAを抽出し、サザンブロッティングにより変異Pargアレルが伝達されているかを調べた。その結果、図10に示すように、クローンG266ES細胞由来の産仔5匹のうち2匹において変異型アレルが伝達されていることが確認された。
【表2】



【実施例10】
【0070】
 Parg欠損個体の作出
 一方のアレルに変異Parg遺伝子が伝達されたマウス(以下、「ヘテロマウス」という)同士を交配することにより、両アレルとも変異Pargを持つマウス(以下、「ホモマウス」という)の作出を試みた。得られたマウスの遺伝子型解析は、PCR (Polymerase Chain Reaction)法により行った。PCRの反応液組成は、マウスゲノムDNA 1μL, 2 x GC buffer I (TaKaRa) 25μL, dNTPミクスチャー(各2.5mM) 8μL, プライマー (mPG2061S: 5'-CTC GGC CGT GGC CGC GAC AAG C-3' (配列番号1), mPG2318A:5'-CCT CCG CTC GGC AGC AGG GAG C-3' (配列番号2), neo628A: 5'-CGC CAA TGA CAA GAC GCT GGG CGG G-3' (配列番号3)各10μM) 3μL, LA Tag(5units/μL, TaKaRa) 0.5μL, H2O 13.5μLとし、サイクル反応は94℃ 2分後、94℃ 30秒、 69℃ 3分を36サイクル、72℃ 5分処理後、4℃ 保存とした。この条件で行ったPCR産物5μLを、2% アガロースゲルで電気泳動した。図11に各プライマーの遺伝子上の位置を示す。図11に示したように、マウスが野生型Pargアレルを持つ場合には258bpのバンドが、変異Pargアレルを持つ場合には360bpのバンドが確認できるので、これにより遺伝子型判定を行った。
【0071】
 ヘテロマウス同士の交配により31匹の産仔を得た。これらの個体の遺伝子型解析を行った結果、野生型マウス(両アレルとも正常Parg遺伝子を持つマウス)が11匹、ヘテロマウスが20匹であり、ホモマウスは0匹であった(表3)。この結果から、ホモマウスが胚性致死であり、Pargが胚発生に必須な分子であることが判明した。
【表3】



【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】サザンブロット法によりJ1 (Parg+/+)、Parg+/- 及びD79及びD122 (Parg-/-) ES細胞クローンの分析を行った結果を示した図である。
【図2】ノーザンブロット法によりJ1 (Parg+/+)、B609 (Parg+/-) 及びD79及びD122 (Parg-/-) ES細胞クローンにおけるParg mRNA発現を調べた結果を示す図である。
【図3】RT-PCR法によるJ1 (Parg+/+)、B609 (Parg+/-)及びD79及びD122 (Parg-/-) ES細胞クローンにおけるParg mRNA構造の解析結果を示す図である。
【図4】3種類のES細胞株(Parg+/+ ES細胞株(J1)、Parg+/-ES 細胞株(B609)、Parg-/- ES細胞株(D79及びD122))におけるParg活性の比較を示す図である。
【図5】各細胞クローンにおけるMMS処理濃度と細胞の生存率の関係を示す図である。
【図6】各細胞クローンにおけるガンマ線照射線量と細胞の生存率の関係を示す図である。
【図7】0.3 mM メチルメタンスルフォネート処理後の細胞内ポリ(ADP-リボース)量の経時変化を調べた図である。縦軸は5 x 106細胞あたりのポリ(ADP-リボース)量(pmol)を示す。
【図8】フローサイトメトリーによりParg-/- ES細胞クローン(D79)では0.3 mM メチルメタンスルフォネート処理後のアポトーシスに伴うDNA含量の減少が12時間後から認められることを示した図である。
【図9】アガロース電気泳動によりParg-/- ES細胞クローン(D79及びD122)では0.3 mM メチルメタンスルフォネート処理後のアポトーシスに伴うDNA断片化が5時間後から認められることを示した図である。
【図10】野生色マウス8匹の尾の一部から抽出したDNAのサザンブロッティング解析を示す図である。図中「+/-」と示されているレーンに対応するマウス5匹がクローンG266ES細胞由来の変異型アレルをもつマウスである。
【図11】野生型Pargアレル及び変異PargアレルにおけるPCR法によるParg遺伝子型解析を表す図である。mPG2061S、mPG2318A及びneo628A各プライマーの遺伝子上の位置を図中に示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
 ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ遺伝子の遺伝子対のいずれか一方または双方が不活化していることを特徴とする胚性幹細胞株。
【請求項2】
 ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ遺伝子の遺伝子対のいずれか一方もしくは双方またはその発現制御領域に外来遺伝子が挿入されていることを特徴とする胚性幹細胞株。
【請求項3】
 ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ遺伝子の遺伝子対のいずれか一方もしくは双方またはその発現制御領域の少なくとも一部が欠失していることを特徴とする胚性幹細胞株。
【請求項4】
 ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼ遺伝子の発現が人為的に抑制されていることを特徴とする非ヒト哺乳動物。
【請求項5】
 上記動物がげっ歯類である、請求項4に記載の非ヒト哺乳動物。
【請求項6】
 上記動物がマウスである、請求項5に記載の非ヒト哺乳動物。
【請求項7】
 請求項4に記載の非ヒト哺乳動物の作製方法であって、
(a)請求項1〜3のいずれか1項に記載の細胞株を、妊娠した雌から得た胚に注入し、キメラ胚を作製する工程、及び
(b)該キメラ胚を偽妊娠させた雌の子宮に移植する工程、
を含む方法。
【請求項8】
 上記動物がげっ歯類である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
 上記動物がマウスである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
 以下の工程(i)、(ii)及び(iii):
(i)請求項1〜3のいずれか1項に記載の細胞株及び対照の野生型胚性幹細胞株を培養する工程、
(ii)抗がん剤を用いて工程(i)で得た細胞を処理する工程、及び
(iii)細胞障害性を、両細胞株間で比較する工程、
を含んでなる、抗がん剤の評価方法。
【請求項11】
 以下の工程(i)、(ii)及び(iii):
(i)請求項4〜6のいずれか1項に記載の非ヒト哺乳動物及び野生型非ヒト哺乳動物に発がん剤を投与し担がん動物を作製する工程、
(ii)抗がん剤を用いて工程(i)で得た動物を処理する工程、及び
(iii)がんの大きさを経時的に測定し縮退効果を、両個体間で比較する工程、
を含んでなる、非ヒト哺乳動物を用いた抗がん剤の評価方法。
【請求項12】
 以下の工程(i)、(ii)及び(iii):
(i)請求項1〜3のいずれか1項に記載の細胞株及び対照の野生型胚性幹細胞株を培養する工程、
(ii)被験物質の存在下で抗がん剤を用いて工程(i)で得られた細胞を処理する工程、及び
(iii)細胞障害性を、両細胞株間で比較する工程、
を含んでなる、抗がん剤増幅薬のスクリーニング方法。
【請求項13】
 以下の工程(i)、(ii)及び(iii):
(i)請求項4〜6のいずれか1項に記載の非ヒト哺乳動物及び野生型非ヒト哺乳動物に発がん剤を投与し担がん動物を作製する工程、
(ii)被験物質の存在下及び非存在下で抗がん剤を用いて工程(i)で得られた動物を処理する工程、及び
(iii)がんの大きさを経時的に測定し縮退効果を、個体間で比較する工程、
を含んでなる、非ヒト哺乳動物を用いた抗がん剤増幅薬のスクリーニング方法。
【請求項14】
 以下の工程(i)、(ii)及び(iii):
(i)請求項1〜3のいずれか1項に記載の細胞株及び対照の野生型胚性幹細胞株を培養する工程、
(ii)被験物質の存在下及び非存在下で、ラジカル発生剤によって工程(i)で得られた細胞を処理する工程、及び
(iii)細胞生存率を、両細胞株間で比較する工程、
を含んでなる、虚血性疾患治療薬のスクリーニング方法。
【請求項15】
 以下の工程(i)、(ii)及び(iii):
(i)野生型非ヒト哺乳動物に対して虚血再灌流を誘導する工程、
(ii)被験物質を工程(i)で得られた動物に投与する工程、及び
(iii)細胞死を、請求項4〜6のいずれか1項に記載の非ヒト哺乳動物と比較する工程、
を含んでなる、非ヒト哺乳動物を用いた虚血性疾患治療薬のスクリーニング方法。

【図1】
image rotate



【図2】
image rotate



【図3】
image rotate



【図4】
image rotate



【図5】
image rotate



【図6】
image rotate



【図7】
image rotate



【図8】
image rotate



【図9】
image rotate



【図10】
image rotate



【図11】
image rotate


【公開番号】特開2004−73198(P2004−73198A)
【公開日】平成16年3月11日(2004.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2003−285257(P2003−285257)
【出願日】平成15年8月1日(2003.8.1)
【出願人】(590001452)国立がんセンター総長 (80)
【出願人】(000003311)中外製薬株式会社 (228)
【Fターム(参考)】