説明

ポルフィリン金属錯体を用いた情報記憶方法

【課題】生化学物質を用いて情報の保存を行なうことが可能で、かつ情報の読出も容易な情報記憶方法を提供する。
【解決手段】情報記憶方法は、ポルフィリン金属錯体を用いた情報記憶方法であって、ポルフィリン金属錯体の単量体、二量体、三量体、四量体の各構造の内、2つの構造からなる組合せを決定するステップと、2元符号により符号化された情報242について、シンボルごとに、予め定められた順序で、所定の金属面200上の情報書込領域を決定するステップ248と、2元符号により符号化された情報242について、シンボルごとに、所定の金属面200上の、決定するステップで決定された情報書込領域に、2つの構造のうち当該シンボルの値に対応する一方をポルフィリン金属錯体240の自己集合性により形成するステップ246とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明はポルフィリン金属錯体を用いた情報記憶方法に関し、特に、情報を符号化して記憶する際に使用される情報記憶方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コンピュータは現代社会に不可欠な要素となっている。生活のあらゆる場面にコンピュータが利用される、いわゆる「ユビキタス社会」の到来がすぐそこまで来ている。しかしユビキタス社会を実現するために、情報通信技術には解決すべき様々な問題がある。そうした問題の中には、大容量、超高速、かつ安全な情報通信を実現する技術に関する要望がある。たとえば、超臨場感通信応用などにおいては、リアルタイムに、大量の情報を、安定して、かつ安全に送受信する必要がある。そのような情報通信技術に対する要請とともに、情報をいかに安全に記憶するかという問題もある。特に最近では保存すべきデータの容量が爆発的に増加しているため、情報の記憶の安全性と、大容量化とに関しては非常に大きな需要が存在している。
【0003】
従来、このような情報の記憶には、半導体を用いた記憶メモリが使用されてきた。しかしそのようなメモリには、理論上でも、技術上でも限界がある。そのため、半導体以外の記憶媒体で大容量の情報を安全に記憶する技術が必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009‐037331号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献2】タカシ ヨコヤマ他、「面上における、超分子集合体の制御されたサイズ及び形状での選択的作製」、ネイチャー、第413巻、pp.619−621、2001年10月11日(Takashi Yokoyama et al., Selective assembly on a surface of supramolecular aggregates with controlled size and shape, Nature Vol. 413, 619-621, 2001 October 11)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記した問題を解決するために、ポルフィリン金属錯体を用いた情報記憶方法が特許文献1に開示されている。特許文献1に開示された方法によれば、ポルフィリン金属錯体を構成する金属を種々用いてナノワイアを構成することで、情報を高密度に記憶することができる。
【0007】
特許文献1に開示の方法によれば、情報を高密度に記憶することができるが、ポルフィリン金属錯体がどの符号を表すかが、ポルフィリン中の金属の種類で区別されているため、符号の読出のために化学的な方法を用いることが必要である。そのため、情報の読出にどのような方法を用いるかが問題となる。
【0008】
それゆえに本発明の目的は、DNAとは異なる生化学物質を用いて情報の保存を行なうことが可能で、かつ情報の読出も容易な情報記憶方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る情報記憶方法は、ポルフィリン金属錯体を用いた情報記憶方法であって、ポルフィリン金属錯体の単量体、二量体、三量体、四量体の各構造の内、2つの構造からなる組合せを決定するステップと、2元符号により符号化された情報について、シンボルごとに、予め定められた順序で、所定の金属面上の情報書込領域を決定するステップと、2元符号により符号化された情報について、シンボルごとに、所定の金属面上の、決定するステップで決定された情報書込領域に、2つの構造のうち当該シンボルの値に対応する一方をポルフィリン金属錯体の自己集合性により形成するステップとを含む。
【0010】
ポルフィリン金属錯体の単量体、二量体、三量体、四量体の構造のうち、2つの組合せを最初に決定する。記録すべき情報を2元符号化したときのシンボルごとに、そのシンボルの値に対応した構造を情報書込領域に形成する。ポルフィリン金属錯体のこうした構造は自己集合性により形成されるので、安定した情報の保持を行なうことができる。さらに、情報の読出はポルフィリン金属錯体の構造の外見から判定できるため、どの金属原子との錯体かを判定する必要はない。そのため簡単に情報の読出を行なうことができる。
【0011】
好ましくは、2元符号化はLDPC符号による。LDPC符号を採用することにより、仮に情報の消失が起こったとしても、復号化時に高い確率で正しい情報を復元することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】LPDC符号の決定に用いられる2部グラフを示す図である。
【図2】ポルフィリン金属錯体の構造を示す図である。
【図3】ポルフィリン金属錯体の一量体、二量体、三両体、及び四両体の構成を模式的に示す図である。
【図4】ポルフィリン金属錯体により情報を記憶する金の薄板表面の模式図である。
【図5】ポルフィリン金属錯体を記憶媒体として使用する情報記憶システムの構成を示す模式図である。
【図6】ポルフィリン金属錯体により記憶された情報を読出す読出システムの構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
上記した情報記憶方法を実現するために、本願発明では、特許文献1と同様にポルフィリン金属錯体を用いるが、ここでは金属の種類による区別をすることなく、ポルフィリン金属錯体の自己集合性により形成される形状により2値符号を記憶することを提案する。特に、その適用対象としてLDPC符号を採りあげる。
【0014】
LDPC符号とは、非常に高い復号性能を持つ、強力な誤り訂正符号の一種である。LDPC符号の理論自体は1960年代の前半には提案されていたが、注目されるようになったのは最近のことである。特に、情報通信には強力な誤り訂正能力を持つLDPC符号の採用が有力であり、その応用範囲は非常に広くなると考えられる。
【0015】
LDPC符号の定義方法として、疎な2部グラフによるものがある。LDPC符号の定義方法としては、2部グラフによるものと等価な、疎な検査行列によるものもある。しかし、LDPC符号の特徴についてはグラフ理論の用語が使用されることが多いので、ここでは2部グラフによるLDPC符号の定義について説明する。
【0016】
2部グラフとは、図1に示すグラフ10のように、ノードが2つのノードの集合20及び30に分けられ、同じグループ内のノードを結ぶようなエッジが存在しないようなグラフをいう。
【0017】
図1を参照して、集合20は、ノード42,44、46、48及び50を含む。集合30は、ノード60,62及び64を含む。
【0018】
このような2部グラフが与えられると、1つの2元線形符号がこの2部グラフによって定義される。以下、図1を参照してその2元線形符号について説明する。なお、この2元線形符号の定義にあたり、集合20に属するノードを「変数ノード」、集合30に属するノードを「チェックノード」と呼ぶ。
【0019】
図1を参照して、変数ノード42,44,46,48及び50がそれぞれ、符号語のシンボルc−cを表すものとする。シンボルc−cはそれぞれ0又は1の値をとる。この2部グラフで定義される符号語の定め方は、「同じチェックノードと枝により接続されている変数ノードの符号語の合計が0となるように符号語の値を定める」というものである。
【0020】
たとえば、図1に示す左端のチェックノード60には、変数ノード42,44及び46が接続されている。したがって、変数ノード42,44及び46に対応するシンボルc、c及びcの間には、「c+c+c=0」という関係が成り立つ。他のチェックノードについても同様である。したがって図1に示すグラフ10の場合、シンボルc、c、c、c及びcの間には、c+c+c=0、c+c+c=0,及びc+c+c=0という関係が成立しなければならない。こうした関係を満たす符号語cはおのずから限られたものになる。図1に示す例では、「00000」、「11011」、「01101」、及び「10110」という4つの符号語がこの条件を満たす。すなわち、この4つの符号語からなる2元符号が、図1に示すグラフ10により定義されたことになる。
【0021】
このようにして定義されたLDPC符号の中には、非常に高い復号性能を持つものがあることが知られている。そして、LDPC符号の復元には、sum−product復元法と呼ばれる、近似的な、シンボル単位での最大事後確率復号法が知られており、高い近似精度で、比較的少ない計算量で元の情報を復元することができる。
【0022】
一方、特許文献1にも記載されているように、ポルフィリン及びポルフィリン金属錯体は、近年、ナノテクノロジー分野で重要な物質として注目されている。ポルフィリン金属錯体の自己集合性を利用すると、安価にナノレベルの構造を作製することが可能である。
【0023】
ポルフィリン金属錯体の基本的構造を図1に示す。図1を参照して、ポルフィリン金属錯体90は、一般的に、ポルフィリンの中央の窒素が他の金属元素100と結びつき、安定な錯体を形成して得られるものである。ポルフィリンと錯体を形成する金属は多数あり、70種以上の元素がポルフィリンと錯体を形成することが知られている。
【0024】
また、ポルフィリン及びポルフィリン金属錯体は、他の分子と結合して超分子構造を形成することでも知られている。特に、ポルフィリン金属錯体の単量体同士を結合して二量体、三量体、及び四量体まで人工的に形成できることが報告されている(非特許文献1)。この技術を利用することにより、ナノテクノロジーにポルフィリン金属錯体を基本的要素として利用できることが一般的に認められている。特に非特許文献1では、(cyanophenyl)-tris(di-tertiarybutylphenyl)ポルフィリン(CTBPP)を用いた実験結果が示されている。
【0025】
図3に、単量体、二量体、三量体、及び四量体の構造について示す。図3(A)は2つのポルフィリン金属錯体の単量体110及び112を示す。図3(B)はポルフィリン金属錯体の二量体44について示す。二量体120は、ポルフィリン金属錯体122及び124を含む。図3(C)はポルフィリン金属錯体の三量体140を示す。三量体140は、ポルフィリン金属錯体142,144及び146を含む。図3(D)はポルフィリン金属錯体の四量体160を示す。四量体160は、ポルフィリン金属錯体162,164,166及び168を含む。
【0026】
図3(B)、(C)及び(D)に示すような構造をポルフィリン金属錯体の二量体、三量体、及び四量体が有することは、実際にSEM(走査型電子顕微鏡:Scanning Electron Microscope)により確認でき、非特許文献1において報告されている。本実施の形態においては、これらポルフィリン金属錯体の単量体、二量体、三量体及び四量体の中から2つを選ぶことで、2元符号を表すことができる。以下の説明では、三量体及び四量体を用いるものとする。
【0027】
<情報の記憶方法>
ポルフィリン金属錯体は、例えば金からなる平面上にその集合体を生成できることが非特許文献1に示されている。特に、金の基板表面を高真空室内でAr+によるスパッタリングとアニーリングとを繰返し、その後に、室温で、表面にクヌッセンセルを用いてポルフィリンをデポジションして得た基板表面にはヘリンボーンパターンが形成されることが知られており、そのパターンの屈曲部にポルフィリン金属錯体が位置することが非特許文献1において報告されている。
【0028】
本実施の形態では、図4に示すように、基板200の表面にこのようにして金からなる薄膜を形成し、さらにその表面を複数の領域210,212等を配置し、これらの各々にポルフィリン金属錯体の三量体又は四量体を配置することにする。これらの分子構造はいずれも自己集合性により形成される。
【0029】
領域210、212等にどのような順序で情報を書込んでいくかは任意であるが、通常は書込及び読出が高速にできるよう、連続する領域に順次情報を書込んでいくことが望ましい。
【0030】
図5に、情報242の書込を行なう情報記憶システム230の概略構成を示す。図5を参照して、情報記憶システム230は、予め準備された、記憶すべき情報242をLDPC符号化するLDPC符号化部244と、基板200に付加されるポルフィリン金属錯体を保持するポルフィリン金属錯体保持部240と、LDPC符号化部244から出力されるLDPC符号のシンボルに対応した三量体又は四量体が形成されるように、ポルフィリン金属錯体をポルフィリン金属錯体保持部240から取出し、基板200の書込対象領域に付加するための書込部246と、LDPC符号化部244から出力されるLDPC符号のシンボル位置にしたがって基板200上の書込対象領域を定めて書込部246の位置決めをするための位置決め部248とを含む。
【0031】
図6は、図5に示す情報記憶システム230により情報が書込まれた基板200の表面から、LDPC符号を読出し、元の情報を復号するための読出システム270の概略構成を示す。図6を参照して、読出システム270は、基板200の読出対象領域の画像を高解像度で撮像する撮像部282と、読出対象領域の位置が撮像部282の撮像位置と合致するように撮像部282又は基板200若しくはその双方を移動させて位置決めするための位置決め部280と、撮像部282から出力される画像信号に対し、画像認識を行なって、読出対象領域に存在するのが三量体か四量体かを判定し判定結果を出力するための画像認識部284と、画像認識部284から出力される0又は1からなる一連のシンボルに基づいて、前記したsum−product法を適用することによりLDPC符号の復号を行ない、情報290を出力するLDPC復号化部288とを含む。
【0032】
図5及び図6を参照して、本実施の形態に係る情報記憶システム230及び読出システム270は以下のように動作する。
【0033】
特に図5を参照して、予めポルフィリン金属錯体保持部240にはポルフィリン金属錯体が保持されている。情報242が与えられると、LDPC符号化部244がこの情報をLDPC符号化し、書込部246及び位置決め部248に与える。位置決め部248は、書込対象となるシンボルのビット位置に対応する領域を基板200上で定め、書込部246の書込位置がその領域と一致するよう、書込部246の位置決めを行なう。書込部246は、LDPC符号化部244から与えられるLDPC符号のシンボルの値にしたがった条件で、基板200の書込対象領域にポルフィリン金属錯体を付加する。書込対象領域に付加されたポルフィリン金属錯体は、自己集合性により、三量体又は四量体を形成する。このようにして情報が書込まれた基板200は保存される。
【0034】
図6を参照して、読出時には読出システム270は以下のように動作する。位置決め部280は、情報の読出順序にしたがって、撮像部282又は基板200若しくはその双方を移動させ、基板200の、読出対象領域が撮像部282により撮像されるようにこれらを位置決めする。撮像部282は、たとえばSTMと同等の解像度で読出対象領域の画像を撮像し、画像信号を画像認識部284に与える。画像認識部284は、この画像に対して画像認識を行ない、読出対象領域に形成されているのが三量体か、四量体かを判定し、判定結果を示す信号をLDPC復号化部288に与える。位置決め部280、撮像部282、及び画像認識部284は、基板200上の読出対象の領域の所定量の情報を読出すまでこれらの処理を繰返す。なお、画像認識部284による判定は三量体か四量体かを判定するだけなので比較的簡単であるが、それでも判定の信頼性が低い場合があり得る。その場合には画像認識部284は、判定ができなかったことを示す信号をLDPC復号化部288に与える。
【0035】
LDPC復号化部288は、画像認識部284から出力される信号を蓄積し、復号化が可能な単位(たとえば1符号語長)のデータが蓄積されたら、sum−product法にしたがってLDPC符号の復号を行ない、情報290として出力する。この際、画像認識部284によって三量体か四量体か判定できなかった領域についても、高い精度で正しいシンボル値が復元され、高精度で正しい情報を復元することができる。
【0036】
以上のように本実施の形態では、ポルフィリン金属錯体の三量体及び四量体によってLDPC符号を実現し、符号語を基板200に記録することができる。三量体及び四量体はいずれもポルフィリン金属錯体の自己集合性により実現されるため、長期間の保存にも安定した情報の保存ができる。万が一シンボルの復元が不可能、すなわちシンボルが消失したときにも、LDPC符号を採用しているために高い精度で元の情報を復元することができる。さらに、三量体、四量体は画像で簡単に判別できるため、錯体内の金属を特定する必要がない。そのため、簡単に情報の読出を行なうことができる。
【0037】
ポルフィリン金属錯体及びその三量体、四量体等については、自己集合性により微細な構造を精度よく生成することができる。そのため、半導体を用いたメモリなどと比較して、本実施の形態に示したようなポルフィリン金属錯体を用いた記憶装置は、より容易に微細化することができる。さらに、情報を安定し保持することができ、さらにLDPC符号などの高性能な符号化方法を採用することで、シンボルの消失に対しても高精度で情報を復元することが可能になる。また、三量体、四量体の組合わせに代えて、単量体、二量体、三量体、四量体のうちから任意の2つの組合せを選択して使用してもよいことは言うまでもない。
【0038】
今回開示された実施の形態は単に例示であって、本発明が上記した実施の形態のみに制限されるわけではない。本発明の範囲は、発明の詳細な説明の記載を参酌した上で、特許請求の範囲の各請求項によって示され、そこに記載された文言と均等の意味及び範囲内での全ての変更を含む。
【符号の説明】
【0039】
10 グラフ
20,30 ノードの集合
42,44,46,48,50 変数ノード
60,62,64 チェックノード
140 ポルフィリン金属錯体の三量体
160 ポルフィリン金属錯体の四量体
200 基板
230 情報記憶システム
240 ポルフィリン金属錯体保持部
242,290 情報
244 LDPC符号化部
246 書込部
248,280 位置決め部
270 読出システム
282 撮像部
284 画像認識部
288 LDPC復号化部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポルフィリン金属錯体を用いた情報記憶方法であって、
ポルフィリン金属錯体の単量体、二量体、三量体、四量体の各構造の内、2つの構造からなる組合せを決定するステップと、
2元符号により符号化された情報について、シンボルごとに、予め定められた順序で、所定の金属面上の情報書込領域を決定するステップと、
前記2元符号により符号化された情報について、シンボルごとに、前記所定の金属面上の、前記決定するステップで決定された情報書込領域に、前記2つの構造のうち当該シンボルの値に対応する一方を前記ポルフィリン金属錯体の自己集合性により形成するステップとを含む、情報記憶方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−44196(P2011−44196A)
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−190642(P2009−190642)
【出願日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【出願人】(301022471)独立行政法人情報通信研究機構 (1,071)