説明

ポーラスシリコン基板上にポリヌクレオチドが固定化されてなるマイクロアレイ

【課題】高感度であるとともに安価に製造できるマイクロアレイを提供する。
【解決手段】シリコン基板の表面をHF溶液中で陽極酸化処理する工程、及び得られたポーラスシリコン基板にポリヌクレオチドを固定化する工程を含む、マイクロアレイの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロアレイ用ポーラスシリコン基板、該ポーラスシリコン基板上にポリヌクレオチドが固定化されてなるマイクロアレイ、それらの製造方法、及び該マイクロアレイを用いた分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生物の発生過程や病気などのメカニズムの解明、診断、創薬への活用などのために、すべての遺伝子を記載しようというゲノム研究から発展し、特定の時点、状態に置かれた個体・器官・組織・細胞の中で発現されている遺伝子の種類と発現量をmRNAのレベルで解析する発現プロファイル解析が行われるようになった。発現プロファイル解析は、異なる試料を時系列、異なる条件下あるいは異種生物間で調べ比較するのに有効な手段で、対象とするmRNAの種類が少ない場合は定量RT−PCR、mRNAの種類が多い場合(網羅的解析)にはマイクロアレイが主に用いられている。
【0003】
近年マイクロアレイついては、高感度、高精度及び高再現性であることと共に、低価格であることに対する要求がますます高まっている。しかし、従来のガラス基板を用いたマイクロアレイでは、要求を満たす十分な性能を達成することはできない。また、性能を高めるために特定の構造を形成しようとすると、コストがかかってしまうという問題があった。
【0004】
一方、特許文献1には、シリコン又はシリコン酸化物のポーラス構造体にタンパク質を固定化してバイオセンサ装置及びバイオリアクタ装置等に用いることが記載されている。しかし、当該ポーラス構造体をマイクロアレイとして用いることについては記載されていない。また、フォトリソグラフィーによりシリコン又はシリコン酸化物に細孔を形成する方法であり、コストの観点からも望ましくない。
【0005】
特許文献2には、シリコン基板の表面をHF溶液中で陽極酸化処理することによりポーラスシリコン素子を製造する方法が記載されている。しかし、当該シリコン素子は、シリコンLED及びシリコンLDなどの光電子集積素子として記載されており、当該ポーラスシリコン基板をマイクロアレイに用いることについては記載されていない。
【特許文献1】特開2005−061961号公報
【特許文献2】特開平8−335578号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、高感度であるとともに安価に製造できるマイクロアレイを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、シリコン基板の表面をHF溶液中で陽極酸化処理することにより得られるポーラスシリコン基板をマイクロアレイ用基板として用いることにより、高感度なマイクロアレイを安価に製造できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)ポリヌクレオチドを固定化するためのマイクロアレイ用基板の製造方法であって、シリコン基板の表面をHF溶液中で陽極酸化処理することによりポーラスシリコン基板を作製する工程を含む、前記方法。
(2)シリコン基板の表面をHF溶液中で陽極酸化処理する工程、及び得られたポーラスシリコン基板にポリヌクレオチドを固定化する工程を含む、マイクロアレイの製造方法。
(3)ポーラスシリコン基板をアミノ基を有する化合物でコーティングする工程をさらに含む、(2)記載の方法。
(4)シリコン基板の表面をHF溶液中で陽極酸化処理することにより得られるポーラスシリコン基板からなる、ポリヌクレオチドを固定化するためのマイクロアレイ用基板。
(5)シリコン基板の表面をHF溶液中で陽極酸化処理することにより得られるポーラスシリコン基板にポリヌクレオチドが固定化されてなるマイクロアレイ。
(6)平均穴径が0.1〜5.0μmであり、平均深さが0.5〜10μmのポーラス構造を有するポーラスシリコン基板からなるマイクロアレイ用基板。
(7)開口率が40〜90%である(6)記載のマイクロアレイ用基板。
(8)(6)又は(7)記載のマイクロアレイ用基板にポリヌクレオチドが固定化されてなるマイクロアレイ。
(9)ポリヌクレオチド試料の分析方法であって、(5)又は(8)記載のマイクロアレイにポリヌクレオチド試料を接触させ、該ポリヌクレオチド試料に由来するターゲットポリヌクレオチドをマイクロアレイ上のプローブポリヌクレオチドにハイブリダイズさせ、ハイブリダイゼーションに基づくシグナルを測定することを含む、前記分析方法。
(10)ハイブリダイゼーションに基づくシグナルを共焦点顕微鏡で測定する、(9)記載の分析方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、高感度であるとともに安価に製造できるマイクロアレイが提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
一実施形態において本発明は、ポリヌクレオチドを固定化するためのマイクロアレイ用基板の製造方法であって、シリコン基板の表面をHF溶液中で陽極酸化処理することによりポーラスシリコン基板を作製する工程を含む、前記方法に関する。本発明はまた、シリコン基板の表面をHF溶液中で陽極酸化処理することにより得られるポーラスシリコン基板にポリヌクレオチドを固定化してマイクロアレイを製造する方法に関する。
【0011】
マイクロアレイは、担体上に位置を決めてポリヌクレオチドを配列・固定化させたものであり、これに対して相補的配列を持つポリヌクレオチドをハイブリッド形成させ、色素等の標識によりその結合量を定量的に測定するものである。
【0012】
本明細書においてポリヌクレオチドにはオリゴヌクレオチドも包含され、DNA及びRNAを含む核酸、ならびに核酸誘導体も包含される。DNAには、一本鎖DNA及び二本鎖DNAが包含される。核酸誘導体の例としては、リン酸ジエステル部位を修飾した人工核酸;フラノース部位のグリコシル結合やヒドロキシル基を修飾した人工核酸;核酸塩基部位を修飾した人工核酸;及び糖・リン酸骨格以外の構造を利用した人工核酸などが挙げられ、より具体的には、リン酸部位の酸素原子を硫黄原子で置換したホスホロチオエート型、ホスホロジチオエート型、ホスホロジアミデート型、メチルホスホネート型又はメチルホスホノチオエート型の人工核酸;フラノース環上の置換基修飾型、糖環骨格が1炭素増炭したピラノース型、又は多環式糖骨格型の人工核酸;ピリミジンC−5位修飾塩基型、プリンC−7位修飾塩基型、又は環拡張修飾塩基型の人工核酸などが挙げられる。ならびにそれらに標識が付加されたもの、また、担体に固定化するために反応性の官能基が付加されたものも包含される。
【0013】
遺伝子の発現を調べるためには、一般に、cDNA、cDNAの一部、EST等のDNA、又はそれらを変性させたものをポーラスシリコン基板に固定化する。これらは、配列や機能が未知であってもよいが、一般的にはデータベースに登録された配列を基にして、cDNAやゲノムのライブラリー、あるいは全ゲノムをテンプレートとしてPCR法によって増幅して調製する(以下、「PCR産物」という)。PCR法によって増幅していないものも使用することができる。
【0014】
一方、遺伝子の変異や多型を調べるためには一般に、標準となる既知の配列を基にして変異や多型に対応する種々のオリゴヌクレオチドを合成して使用することもできる。さらに、塩基配列決定の場合には、4n(nは、塩基の長さ)種のオリゴヌクレオチド(オリゴDNA)を合成して使用する。使用するDNAの塩基配列は既知であることが好ましい。
【0015】
基板に固定化するポリヌクレオチドの一方の末端には、通常、アミノ基、イミノ基、ヒドラジノ基、カルバモイル基、ヒドラジノカルボニル基、もしくはカルボキシイミド基等の官能基を導入する。好ましくはアミノ基を導入する。これらの官能基を導入することにより、ポリヌクレオチドをポーラスシリコン基板上に安定に固定化することができる。
【0016】
本明細書においてシリコン基板には、単結晶シリコン、多結晶シリコン、微結晶シリコン、アモルファスシリコンなどに代表されるシリコン材料からなる基板が包含される。また、SOI(シリコン・オン・インシュレータ)、炭化ケイ素、酸化ケイ素、窒化ケイ素などに代表されるこれらシリコン材料の複合素材からなる基板であってもよい。結晶シリコンは、純粋な結晶シリコンに限定されるものではなく、部分部分でわずかに結晶軸の向きが変わっているものや(モザイク結晶と称される場合もある)、原子的尺度での乱れ(格子欠陥)が含まれているもの、表面にシリコン酸化層(SiO層)を有するものも包含される。シリコン酸化層としては、低温型石英(三方晶系)、高温型石英(六方晶系、いわゆる水晶)、トリディマイト(斜方晶系、六方晶系)、クリストバル石(正方晶系、立方晶系)、高圧変態としてコーサイト(単斜晶系)、スティショフ石(正方晶系、ルチル構造)など単結晶のもの、及び、これらが又は結晶方位が色々と混ざった多結晶のものなどの結晶質のもの、ならびに非晶質のものがある。
【0017】
シリコン基板の表面をHF溶液(フッ酸溶液)中で陽極酸化処理する工程は、光電子集積素子の分野で慣用の方法により実施できる(文献:Lolker Lehman 著、Electrochemistry of Silicon、出版年2002年、出版社Wiley-VHC)。例えば、電気化学的な反応を用いるシリコンプロセスの一手法として、「電解研磨」が知られているが、ポーラスシリコン基板は、通常の「電解研磨」に用いる反応電流密度に比べ、2桁程度小さい電流密度によって反応を進行させることにより製造できる。小さい電流密度とすることで、半導体/フッ酸溶液界面の電流密度の不均一性が強調され、この密度分布の存在が、微細構造の作製に寄与すると考えられる。
【0018】
フッ酸(HF)溶液とは、フッ酸(HF)の水溶液もしくは、フッ酸と有機溶媒の混合溶液、フッ酸と表面活性剤の混合溶液、あるいはこれらの混合溶液を指す。上記有機溶媒には、エタノール等のアルコール類、ジメチルホルムアミド(DMF)、ホルムアミド(FA)、ジメチルサルフオキサイド(DMSO)、アセトニトリル(MeCN)、ヘキサメチルホスホリックトリアミド(HMPA)、ジメチルアミン(DMA)等が包含される。また、上記表面活性剤には、セチルトリメチルアンモニウム(CTAC)やドデシル硫酸ナトリウム(SDS)等が包含される。シリコン基板とフッ酸溶液界面のほぼ全領域で電解研磨の状態が出現することなく好適に微細構造が形成されるよう、シリコン基板の伝導型(n型かp型か)などに応じて、該混合溶液の組成や混合比を適宜調節することが好ましい。
【0019】
図1に、一実施態様として、シリコン基板の表面をHF(フッ酸)溶液中で陽極酸化処理するための反応槽の断面構造を示す。耐フッ酸材料(例えばフッ素樹脂、好ましくはポリテトラフルオロエチレン)からなる底が抜けた桶のような囲いを、耐フッ酸性材料を介してシリコン基板に押し付け、この桶の底を塞いだ形の反応槽を構成している。その中にフッ酸溶液を満たし、シリコンの界面とフッ酸溶液を接触させる。電解溶液としてのフッ酸溶液は、好ましくはフッ酸水溶液と有機溶媒の混合溶液からなる。有機溶媒としては、好ましくはジメチルホルムアミドを用いる。フッ酸水溶液の濃度は、通常1〜55wt%、好ましくは45〜55wt%である。例えば、55wt%フッ酸水溶液とジメチルホルムアミドの混合溶液を用いる場合、その混合比は、通常1:1〜1:10、好ましくは1:5〜1:10である。
【0020】
この溶液の中に電極(陰極)を浸し、一方、上記シリコン基板の背面に電極(陽極)を押し付けて、これら一対の電極間に通電し、シリコン基板とフッ酸溶液が接する界面で電子及び正孔の移動を生じさせることによりシリコンを溶液中へ溶解させる電解反応を行う。電解電流は、通常直流電流であり、50mA/cm以下の電流密度が基板表面上に実現するよう設定する。電解反応時には、フッ酸溶液の温度を通常20〜30℃に維持する。
【0021】
上記の反応では、半導体内のキャリア分布が重要な役割を演じるため、光照射により半導体内に励起されるキャリア濃度を制御すると、より広い条件範囲で反応制御が可能となる。例えば、タングステンランプなどを用いた、光照射機構を設けてもよい。
【0022】
また、シリコン基板表面をHF溶液で陽極酸化する際に、一様な外部磁界を基板に印加してもよい。これにより、細孔先端でのシリコン溶出反応に供給される正孔の方向が限定され、細孔は常に基板に垂直方向に進展していき、均一な縦穴構造が形成される。
【0023】
本発明におけるポーラスシリコン基板は、基板の表面に複数の縦穴を有するポーラス構造を有する(図2参照)。複数の縦穴は、通常、互いに連通しておらず、また基板を貫通していない。当該ポーラス構造において、限定するものではないが、平均穴径は0.1〜5.0μm、好ましくは0.6〜0.9μmであり、平均深さは0.5〜10μm、好ましくは1〜6μm、より好ましくは1〜4μmである。また当該ポーラス構造における開口率は、通常40〜90%、好ましくは70〜90%である。ここで開口率とは、基板の表面積における開口部面積の割合をさす。本発明のポーラスシリコン基板は開口率が高く、従って表面積増加割合が高いという特徴を有する。また、当該ポーラス構造における各縦穴の平均開口度は、5%〜500%の範囲で変化するが、好ましくは20%〜90%である。ここで開口度とは、各縦穴における深さに対する穴径の割合をさす。
【0024】
上述のように、ポーラス構造は、基板の表面積を著しく増加させるため、ポリヌクレオチドの固定化量を増大させる。基板表面積は、開口率がより大きく、かつ、開口度がより小さくなるほど、増加する。また、穴径と開口率が一定の場合には、縦穴の深さが深くなるほど増加すると考えられる。
【0025】
電解電流を印加する時間を変えることにより、形成される縦穴の深さを変化させることができる。電解電流の印加時間は、通常1〜10秒である。例えば、電解電流の印加時間を45秒とすることにより、平均1μmの深さの縦穴群を形成することができ、電解の条件を変えずに電解電流の印加時間を135秒とすることにより、平均3μmの深さの縦穴群を形成することができる。
【0026】
本発明のポーラスシリコン基板は、ポリヌクレオチドの固定化を促進する化合物で表面処理を施してもよい。ポリヌクレオチドの固定化を促進する官能基を含むシランカプリング剤としては、以下のような化合物が挙げられる。アミノ基を有する化合物としては3−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−(2−アミノエチル)−3−アミノプロピルトリメトキシシラン(EDA)及び3−(2−アミノエチルアミノプロピル)トリメトキシシランなどが挙げられる。チオール基を有する化合物としては4−メルカプトプロピルトリメトキシシラン(MPTS)などが挙げられる。エポキシド基を有する化合物としては3−グリシドキシプロピルトリメトキシシランなどが挙げられる。なお、ポリヌクレオチドの固定化をさらに促進する化合物として、イソチオシアネート基を有する1,4−フェニレンジイソチオシアネート(PDITC)などが挙げられる。スクシンイミド及びマレイミド基を有する化合物としてジスクシンイミジルカーボネート(DSC)、スクシンイミジル4−(マレイミドフェニル)ブチレート(SMPB)、m−マレイミドベンゾイル−N−ヒドロキシスクシンイミドエステル(MBS)、スクシンイミジル4−(N−マレイミドメチル)シクロヘキサン−1−カルボキシレート(SMCC)及びm−マレイミドプロピオニックアシド−N−ヒドロキシスクシンイミドエステル(MPS)などが挙げられる。アルデヒド基を有する化合物としてグルタルアルデヒドが、ポリ陽イオンを生成する化合物としてポリリシン、ポリエチレンイミンなどが挙げられる。上記のような化合物で表面処理を行うことにより、ポリヌクレオチドをポーラスシリコン基板により安定に固定化することができる。上記化合物は単独で用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0027】
上記ポーラスシリコン基板にポリヌクレオチドを固定化することにより、マイクロアレイを製造することができる。ポーラスシリコン基板にポリヌクレオチドを固定化する方法は特に制限されず、当技術分野で通常用いられる方法を使用できる。固定化するポリヌクレオチドを、蒸留水、SSC(標準食塩−クエン酸緩衝液)などの水性媒体に溶解もしくは分散して、ポリヌクレオチドの水性液を調製する。この水性液を、96穴もしくは384穴プラスチックプレートに分注し、分注した水性液をスポット装置等を用いてポーラスシリコン基板上に滴下して点着を行う。スポット装置としては通常は、ピンに水性液を保持させ、そのピンを固相担体表面に接触させ、そして水性液を担体表面に移行させてスポットを形成するピン方式による装置が用いられる。ピンの先端の形状には、ソリッドピンタイプ(特に、溝が切られていないもの)、クイルピンタイプ(万年筆のように溝が切られているもの)など様々なタイプがあり、いずれであっても使用することができる。好ましくは、クイルピンタイプである。また、ピン方式以外にも、インクジェットプリンタの原理を利用したインクジェット方式や、毛細管によるキャピラリ方式などを利用したスポット装置も用いることができる。
【0028】
点着するポリヌクレオチドの数、すなわちスポット数は特に制限されず、マイクロアレイを用いた分析の目的に依存するが、基板表面に対して通常50/cm以上、好ましくは10〜10種類/cmの範囲にある。ポリヌクレオチドの量は、1〜10−15モルの範囲にあり、重量としては数ng以下であることが好ましい。点着によって、ポリヌクレオチドは、ポーラスシリコン基板表面にスポットとして固定される。本発明のポーラスシリコン基板においては、各スポットの形状はほぼ円形であって、ほぼ同じ大きさであるとともに、スポットが均一でムラが生じない。形状や大きさに変動がなく均一であることは、遺伝子発現の定量的解析や一塩基変異を解析するために重要である。スポットあたりの水性液の点着量は、通常100pL〜1μLの範囲にあり、好ましくは1〜100nLの範囲にある。スポットの大きさは、通常は直径が50〜300μmの範囲にある。そして、スポット間の距離は、通常0〜1.5mmの範囲にあり、好ましくは100〜300μmの範囲にある。
【0029】
ポリヌクレオチド水溶液の点着後、ポーラスシリコン基板上の点着水溶液の急速な乾燥を防ぐために、基板を70%以上の湿度及び25℃〜50℃の温度範囲の環境下に置いてもよい。また、ポリヌクレオチドと固相担体との結合(固定)をより安定にするために、加熱、紫外線、水素化ホウ素ナトリウム又はシッフ試薬による後処理を施してもよい。また、インキュベーションを行ってもよい。これらの後処理により、ポリヌクレオチドがポーラスシリコン基板に安定に固定化される。
【0030】
次いで、ポリヌクレオチドが結合固定されたポーラスシリコン基板の表面を洗浄して未結合のポリヌクレオチドを除去する。洗浄は、例えばドデシル硫酸ナトリウム(SDS)水溶液や標準食塩−クエン酸緩衝液を用いて行うことができる。その際に洗浄液を加温してもよい。
【0031】
本発明のポーラスシリコン基板は自己蛍光が小さいことから、これをマイクロアレイ用基板として用いることによりバックグラウンドノイズを低減し、検出感度を向上させることができる。また、本発明のポーラスシリコン基板は、従来のガラス基板に比べて、ポリヌクレオチドの固定化量を増大させることができる。さらに、本発明のポーラスシリコン基板にポリヌクレオチドを固定化すると、スポット濃度、スポットバッファーの違いに関係なく常に一定のスポット形状でスポットを形成することができ、また、ムラがなく均一なスポットを形成できる。
【0032】
本発明はまた、ポリヌクレオチド試料の分析方法であって、上記マイクロアレイにポリヌクレオチド試料を接触させ、ポリヌクレオチド試料に由来するターゲットポリヌクレオチドをマイクロアレイ上のプローブポリヌクレオチドにハイブリダイズさせ、ハイブリダイゼーションに基づくシグナルを測定することを含む、ポリヌクレオチド試料の分析方法に関する。以下、本発明のマイクロアレイを用いた分析方法の一実施形態について説明する。
【0033】
ポリヌクレオチド試料は、通常、目的遺伝子が発現している可能性のある試料をさし、好ましくは生きている物又はかつては生きていた物に由来する生物学的試料である。例えば、血液、血清、尿、涙、細胞、器官、組織、骨、骨髄、リンパ、リンパ節、滑液組織、軟骨細胞、滑液マクロファージ、内皮細胞、皮膚、これらの抽出物及び破砕物、ならびに培養細胞、胚細胞、幹細胞、動物細胞、植物細胞、原核細胞、真核単細胞、これらの抽出物及び破砕物等が挙げられる。ポリヌクレオチド試料には、上記の生物学的試料に由来する試料、例えば、特定の核酸が増幅された試料等も包含される。
【0034】
まず、ポリヌクレオチド試料から標識されたターゲットポリヌクレオチドを調製する。標識されたターゲットポリヌクレオチドは、例えば、遺伝子発現を調べる目的では通常、真核生物であればその細胞や組織サンプルからmRNAを抽出した後、逆転写反応により、標識dNTP(「dNTP」は、塩基がアデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)もしくはチミン(T)であるデオキシリボヌクレオチドを意味する)を取り込ませながら、cDNAとすることにより得られる。細菌などの原核生物であれば、mRNAの選択的な抽出が困難であるので全RNAを抽出する。1回のハイブリダイゼーションに必要なmRNA量は、液量や標識方法によっても異なるが、通常は数μg以下である。なお、mRNAからアンチセンスRNAを調製しこれをターゲットポリヌクレオチドとして用いる方法もある。標識dNTPとしては、化学的な安定性の点から、標識dCTPを用いることが好ましい。標識方法は上記方法に限定されるものではなく、末端標識法を用いてもよい。また、マイクロアレイ上のポリヌクレオチドがオリゴヌクレオチドである場合には、ターゲットポリヌクレオチドは低分子化しておくことが望ましい。
【0035】
標識したターゲットポリヌクレオチドは、遺伝子の変異や多型を調べる目的では、一般に標識プライマーもしくは標識dNTPを含む反応系でターゲット領域のPCRを行うことにより得られる。
【0036】
標識としては、当技術分野で通常用いられるもの、例えば、放射性同位体、蛍光物質、染料、化学ルミネッサー、ルミネッサー及び感光剤等を使用することができる。さらに、酵素、酵素断片、酵素阻害剤、抗体、触媒等を結合させてもよい。最も良く用いられる蛍光物質としては、ポリヌクレオチドの塩基部分と結合できるものであればいずれであっても用いることができるが、シアニン色素(例えば、CyDyeTMシリーズのCy3、Cy5等)、ローダミン6G試薬、N−アセトキシ−N2−アセチルアミノフルオレン(AAF)及びAAIF(AAFのヨウ素誘導体)等を使用することが好ましい。
【0037】
次いで、上記の標識したターゲットポリヌクレオチドをSSCなどの水性媒体に溶解又は分散して、試料の水性液を調製する。この水性液を本発明のポーラスシリコン基板上にプローブポリヌクレオチドが固定化されたマイクロアレイ上と接触させた後、インキュベートして、ハイブリダイゼーションを行う。インキュベーションは、室温〜70℃の範囲の温度で、6〜20時間の範囲の時間で実施することが好ましい。
【0038】
ハイブリダイゼーション終了後、界面活性剤の溶液と緩衝液との混合溶液を用いて洗浄を行い、未反応のターゲットポリヌクレオチドを除去することが好ましい。界面活性剤としては、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を用いることが好ましい。緩衝液としては、クエン酸緩衝液、リン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、トリス緩衝液又はグッド緩衝液等を用いることができるが、クエン酸緩衝液を用いることが好ましい。
【0039】
次に、ハイブリダイゼーションに基づくシグナル、すなわちマイクロアレイ上のハイブリッドからのシグナルを検出器により検出する。検出器としては、例えば、共焦点顕微鏡、冷却CCDカメラ及びコンピュータを連結した蛍光スキャニング装置等が用いられ、マイクロアレイ上の標識に由来するシグナルの強度を自動的に測定することができる。これにより、マイクロアレイに対応した画像データが得られる。得られたデータから、遺伝子発現プロファイルを作成したり、ポリヌクレオチド試料の塩基配列を決定することができる。さらに、データ解析ソフトや外部データベースを利用することにより、遺伝子の変異や多型などのより複雑な解析を行うことも可能である。あるいは、試料として互いに異なる標識物質(例えば複数種の蛍光物質)によって標識したターゲットポリヌクレオチドを複数種類用意し、これらを同時に用いることにより、一個のマイクロアレイ上で発現量の比較や定量を行うことも可能である。
【0040】
本発明のポーラスシリコン基板にポリヌクレオチドを固定化してなるマイクロアレイは、ハイブリダイゼーションの検出感度及び検出精度が高い点で有利である。また、本発明のマイクロアレイでは、スポットの濃度、スポットバッファー又はポリヌクレオチドの鎖長に依存することなく均一なスポットを形成でき、また、ミスマッチハイブリダイゼーションが抑制されることから、検出精度が高い。さらに、本発明のマイクロアレイは、ハイブリダイゼーションの検出におけるS/N比が高く、従来のものの100倍程度に達する。従って、スライドガラス基板を用いたマイクロアレイでは検出できないポリヌクレオチド濃度においても、検出が可能である。本発明のマイクロアレイは、スキャナーやハイブリ装置などの従来のマイクロアレイ解析装置に殆ど変更を加えることなく、ガラス基板と置き換えるだけで分析を実施できる点においてもコストの観点から有利である。
【実施例】
【0041】
実施例1 ポーラスシリコン基板の作製
本発明によるポーラスシリコン基板は、p型の不純物ドープを施した、シリコン基板100より作製した。該シリコン基板100の面方位は(100)である。
【0042】
図1にポーラスシリコン基板を作製する際に用いる、陽極酸化セル200の断面構造を示す。陽極酸化用の電解溶液210は、底に穴を開けた容器220中に満たされている。該容器220の材料は、フッ酸に対する耐性を持つ必要が有り、好適にはポリテトラフルオロエチレンが用いられる。穴が開いている該容器220の底は、耐フッ酸性ゴム材230を介して該シリコン基板100の周縁に押し付けられ、該シリコン基板100が底に空いた穴を塞ぐこととなり、該電解溶液210を該容器220内に満たすことができる構造となっている。
【0043】
該電解溶液210は、55wt%フッ酸水溶液とジメチルホルムアミドの混合溶液から成り、その混合比は、55wt%フッ酸水溶液1に対しジメチルホルムアミド5の割合とした。また、該電解溶液210中には、白金電極250が設けられている。更に、該シリコン基板100の裏面は、金メッキされた銅ブロックからなる対向電極240に接触して固定されており、該シリコン基板100と該対向電極240は電気的に導通している。該対向電極240と該白金電極250との間に電源260を接続してバイアス電圧を印加し、該電解溶液210と該シリコン基板100の表面の界面に電解電流を流した。この電解電流により、該シリコン基板100の表面上に、平均0.8μmの穴径を有する、密集した縦穴が形成された。なお、上記電解反応時には、該電解溶液210の温度を25℃に維持した。
【0044】
上記電解電流は、直流電流であり、50mA/cm以下の電流密度が基板表面上に実現するように設定した。電解電流の印加時間を45秒とすることにより平均1μmの深さの縦穴群が形成された。また、電解電流の印加時間を270秒とすることにより平均6μmの深さの縦穴群が形成された。
【0045】
電解電流の印加時間を45秒とした場合のポーラスシリコン基板の断面形状のSEM画像及び概略図を図2に示す。
【0046】
実施例2 バックグラウンドノイズの測定
実施例1で得られたポーラスシリコン基板とスライドガラス基板について自己蛍光強度を測定し、基板のバックグラウンドノイズを評価した。現在マイクロアレイに使われている代表的な蛍光色素Cy5の波長領域にて測定した(測定機器:CRBIOIIe)。ポーラスシリコン基板については、平均穴径(φ)0.8μm及び平均深さ(τ)1μmのポーラスシリコン基板1と、平均穴径(φ)0.8μm及び平均深さ(τ)6μmのポーラスシリコン基板2について自己蛍光を測定した。結果を図3に示す。
【0047】
ポーラスシリコン基板を用いた場合は、従来のスライドガラス基板を用いた場合に比べて自己蛍光が1/10程度に抑えられることが示された。すなわち、ポーラスシリコン基板を用いることによりバックグラウンドノイズが低減され、検出感度を向上できることが示された。
【0048】
実施例3 マイクロアレイの作製
実施例3−1 アミノプロピルシラン化
実施例1で作製した平均穴径(φ)0.8μm及び平均深さ(τ)1μm又は6μmのポーラスシリコン基板を3−アミノトリメトキシシラン(13ml)、滅菌水(8ml)、メタノール(380ml)中に入れ、室温で5時間撹拌した。その後ポーラスシリコン基板を取り出し、メタノール(200ml)で3回洗浄し遠心(100rpm・3分)後、150℃で3時間減圧乾燥させた。また、スライドガラス基板についても上記と同様の操作を行った。
【0049】
実施例3−2(イソチオシアネート化)
1,4−フェニレンジイソチオシアネート(1.6g)を10%ピリジン・ジメチルホルムアミド溶液(200ml)に溶解させ、この溶液に実施例3−1で作成した各ポーラスシリコン基板をいれ、室温下16時間撹拌させた。その後ポーラスシリコン基板を取り出し、ジメチルホルムアミド(200ml)、ジクロロメタン(200ml)、アセトン(200ml)、メタノール(200ml)の順で洗浄し、遠心(100rpm・3分)後、減圧下室温で乾燥させた。この作成した基板に、以下の実施例3−3に従ってオリゴヌクレオチドを固定化した。同様の操作を実施例3−1で作成したスライドガラス基板にも行った。
【0050】
実施例3−3 オリゴヌクレオチドの基板へのスポット
3種類の5’アミノ修飾オリゴヌクレオチド(遺伝子:GAPDH グリセルアルデヒド−3−ホスフェートデヒドロゲナーゼ、LDHB ラクテートデヒドロゲナーゼB、NC ネガティブコントロール)をスポット溶液(住友ベークライト社製品)に溶解し最終濃度が10μMになるように調整した。これを384穴プレートに分注しスポッター(MARKS、高電工業株式会社製)によって実施例3−2で得られたコーティング済みポーラスシリコン基板及びスライドガラス基板上にスポットした。
【0051】
<オリゴヌクレオチド配列>
GAPDH:5'-TTTTTTTTTTAGGGTGGTGGACCTCATGGCCCACATGGCC-3'(配列番号1)
LDHB:5'-TTTTTTTTTTGAGCCTTCCATGTATCCTCAATGCCCGGGG-3'(配列番号2)
ネガティブコントロール:5'-TTTTTTTTTTTCCTATTGTAATGCATGACTACTTAACCGG-3'(配列番号3)
【0052】
<スポット配置>

【0053】
実施例3−4 オリゴヌクレオチドの基板上への固定とブロッキング
タイトボックスにろ紙を敷き、300mMリン酸水素二ナトリウム水溶液を湿らせ(1ml)、溶液が付かないように実施例3−3で得られたポーラスシリコン基板及びスライドガラス基板を入れ室温(暗所)で16時間放置しオリゴヌクレオチドを基板上に固定した。基板をタイトボックスから取り出し、0.1%TritonX(200ml)で室温5分間、0.05%塩酸水溶液(200ml)で室温2分間、0.1M塩化カリウム水溶液(200ml)で室温10分間、滅菌水(200ml)で室温1分間洗浄した。
【0054】
続いて1Mエタノールアミン溶液(200ml)に基板を浸し室温で1時間低速撹拌しながらブロッキングを行った。滅菌水で3回洗浄し遠心乾燥させた。以上の工程(実施例3−1〜3−4)によって、ポーラスシリコン基板を用いたマイクロアレイが完成した。以降、該マイクロアレイをポーラスシリコンマイクロアレイと呼び、スライドガラスより作製されたガラスマイクロアレイと区別する。なお、ポーラスシリコンマイクロアレイは、冷蔵保存した。
【0055】
実施例3−5 オリゴヌクレオチドの基板上への固定化の確認
Texas Red−ddATP(最終濃度1μM)、DMSO(最終濃度10%)、塩化コバルト(最終濃度10%)、反応緩衝液(最終濃度1×反応溶液)、ターミナルトランスフェレース(最終濃度100units)を含む反応溶液50μlを調製し、実施例3−4で作製したポーラスシリコンマイクロアレイ及びガラスマイクロアレイに滴下しそれらの上にカバーガラスをのせ37℃遮光下で放置した。20分後遮光条件下65℃で1×SSC/0.1%SDS溶液(200ml)、滅菌水(200ml)で洗浄し、続いて室温100%エタノール(200ml)で洗浄し遠心乾燥させ検出器で測定した。検出結果を図4に示す。
【0056】
図4の結果から、ポーラスシリコンマイクロアレイ上に固定されたオリゴヌクレオチドの量は、ガラスマイクロアレイ上に固定されたものに比べ、著しく増大したことがわかる。
【0057】
実施例4 スポット形状及びスポット内の均一性の評価
CS1プローブオリゴヌクレオチド(22mer)1種類を用い濃度(1μM、5μM、10μM)及びバッファーの種類を変えて(炭酸バッファー(SB)及び住友ベークライト社製スポットバッファー(CB))、実施例3−4で得られたポーラスシリコンマイクロアレイ及びガラスマイクロアレイ上にスポットした。各種スポットの配置を、図5に示す。
【0058】
アレイ作製後、ターミナルヌクレオチジルエキソトランスフェレース(TdT)を用いプローブオリゴヌクレオチドの3’末端にTexas Red−5−ddATPを取り込ませ、評価を行った。TdTの反応は下記の条件で37℃で行った[1uM Texas Red−5−ddATP;12.5%DMSO;3.1mM塩化コバルト;5unit/ul TdT;1×TdT buffer(200mM Potassium cacodylate,5mM Tris−HCl,0.25mg/ml BSA,pH6.6);反応溶液20μl]。反応を開始して一定時間後に反応を止め蛍光を測定した(測定機器:CRBIOIIe)。結果を図6に示す。
【0059】
図5及び6に示した測定結果から、ポーラスシリコンマイクロアレイではスポットするオリゴヌクレオチドの濃度に依存せずスポット径は均一(100μm)であったが、ガラスマイクロアレイではスポットが膨張し、スポット内にムラが生じた。この違いを明瞭にするために、図6の測定結果には、通常より検出感度を高めた測定(即ち、コントラストを上げた画像;Contrast Hi)から得られた結果も示してある。ガラスマイクロアレイから得られた結果では、基板表面上の疎水性効果の影響によりスポット溶液の収縮が起こり、外周が薄いリングのようなスポット形状となった。さらに、オリゴヌクレオチドの濃度、スポットバッファーの種類によっても、スポット径が異なっていた。一方、ポーラスシリコンマイクロアレイから得られた結果では、そのようなことは無くスポットしたオリゴヌクレオチドの濃度、スポットバッファーの違いに関係なく常に一定のスポット形状でスポットが形成された。従って、ポーラスシリコンマイクロアレイは、均一性に優れたスポット形状を実現できる点において、従来のスライドガラス基板より作製されるガラスマイクロアレイより優れていることが示された。
【0060】
実施例5 オリゴ−オリゴハイブリダイゼーション反応
エッペンチューブにハイブリダイゼーション反応溶液(DNAチップ研究所社製)を入れ、これに、実施例3−4で得られたマイクロアレイ上に固定化されたプローブオリゴヌクレオチドに対する相補配列にCy3及びCy5をラベルした合成オリゴ4種類をそれぞれ最終濃度10pMになるよう加え、反応溶液全量を45μlとした。95℃2分間のインキュベーションの後クラッシュアイス中で5分間放置し、その後ホルムアミド(5μl)を加え全量を50μlとし42℃で2分間放置した。得られた反応溶液をポーラスシリコンマイクロアレイ及びガラスマイクロアレイに滴下しそれらの上にカバーガラスをのせ、1×SSC溶液で湿らせたキムタオルを敷いたタイトボックス内に入れ、42℃遮光下で16時間放置した。ハイブリダイゼーション後、反応させたマイクロアレイを0.1×SSC/0.1%SDS溶液(200ml,30℃)に5分間、0.05×SSC/0.1%SDS溶液(200ml,46℃)に10分間、0.05×SSC溶液(200ml,30℃)に1分間でそれぞれ洗浄し遠心乾燥させた後検出機器で測定した。結果を図7及び図8に示す。
【0061】
両マイクロアレイともプローブオリゴヌクレオチドの固定が確認された。しかし、ガラスマイクロアレイにおいては、10pMオリゴヌクレオチドをハイブリダイゼーションさせた場合、Cy3及びCy5共にシグナルが観測されなかった。一方ポーラスシリコンマイクロアレイではシグナルが観測され、高い検出感度を有することが示された。また、ポーラスシリコンマイクロアレイではネガティブコントロール(NC)に対するハイブリダイゼーション反応が見られず、ミスマッチが抑えられていることが確認された。
【0062】
S/N[(シグナル)−(バックグラウンド)]/(バックグラウンド)]によってシグナルを算出すると、ポーラスシリコンマイクロアレイではガラスマイクロアレイに比べ、S/Nによるシグナル強度が格段に高いことが示された。
【0063】
次に、ポーラスシリコンマイクロアレイの作製に用いたポーラスシリコン基板上の縦穴の深さが、シグナル強度に与える影響を調べた。図9及び図10は、深さ1umの縦穴を有する基板から作製されたポーラスシリコンマイクロアレイと、深さ6μmの縦穴を有する基板から作製されたポーラスシリコンマイクロアレイとを用いて、上述のオリゴ−オリゴハイブリダイゼーションの実験を行った結果であり、図から明らかなように、深さ6μmのシグナル強度は、深さ1μmのシグナル強度に比べ、明らかに小さくなっている。この結果は、本実験が採用している光検出装置が、共焦点顕微鏡システムを用いている事実を反映しているものと思われる。すなわち、深さ6μmの縦穴を有するポーラスシリコンマイクロアレイ上では、各縦穴に流入した蛍光標識済みサンプルが、深さ方向へ6μmにわたって分布してハイブリダイズすると考えられるが、共焦点顕微鏡の焦点深度は高々3μm程度であるので、蛍光色素からの発光のかなりの部分は、集光系に捕捉されないと考えられる。
【0064】
実施例6 セルラインHEPG2 total RNAから調製したフラグメントaRNA−Cy5ラベルターゲットとのハイブリダイゼーション
生体サンプルに由来するターゲットポリヌクレオチドとして、次のように蛍光標識aRNA(フラグメントaRNA−Cy5ラベルターゲット)を調製した。AminoAllyl MessageAmpTM Kit(Ambion社製品)を用いてHEPG2 total RNA(2μg)からアミノアリルRNA(aRNA)を(170μg)調製した。このaRNAの一部(5μg)を0.2M炭酸バッファー(5μl)に溶解させ、Cy5−Mono Reactive Dye(GE Healthcare社製品,1バイアルあたり45μlのDMSOを溶解した溶液を作成)を(5μl)を加え遮光条件下40℃で1時間反応させた後、滅菌水40μlを加えマイクロバイオスピンカラムP30(BIORAD社製品)で精製し(滅菌水100μlで2回洗浄)、得られた溶液をマイクロコンYM30(Millipore社製品)で精製濃縮し、全量を32μlに調製した。この溶液に5×フラグメンテーションバッファー(DNAチップ研究所社製、8μl)を加え94℃で15分間反応させた後クラッシュアイス中に5分間放置し、反応溶液をマイクロコンYM10(Millipore社製品)に入れ精製(滅菌水100μlで2回洗浄)し、フラグメントaRNA−Cy5ラベルターゲットを得た。
【0065】
得られた蛍光標識aRNAにハイブリダイゼーション反応溶液(DNAチップ研究所社製)を加え反応溶液全量を45μlとし、95℃2分間の後クラッシュアイス中で5分間、その後ホルムアミド(5μl)を加え全量を50μlとし、42℃で2分間放置した。反応溶液を実施例3−4で作製したポーラスシリコンマイクロアレイ及びガラスマイクロアレイに滴下しその上にカバーガラスをのせ、1×SSC溶液で湿らせたキムタオルを敷いたタイトボックス内に入れ、42℃遮光下で16時間放置した。ハイブリダイゼーション後、反応させた両マイクロアレイを0.1×SSC/0.1%SDS溶液(200ml,30℃)に5分間、0.05×SSC/0.1%SDS溶液(200ml,46℃)に10分間、0.05×SSC溶液(200ml,30℃)に1分間でそれぞれ洗浄し遠心乾燥させた後検出機器で測定した。結果を図11に示す。
【0066】
生体サンプルにおいても、ポーラスシリコンマイクロアレイのS/N比向上が観測された。従来のスライドガラス基板から作製されたガラスマイクロアレイのS/N比に対し、ポーラスシリコンマイクロアレイについては、最大80倍程度のS/N比が得られた。用いたサンプルのHEPG2はGAPDH遺伝子の発現が強くLDHB遺伝子の発現は低いのでネガティブコントロール(NC)と同等のシグナルが期待されるが、ガラスマイクロアレイではスポットバッファーまでがシグナルを検出してしまっているのに対し、ポーラスシリコンマイクロアレイでは、発現すべきGAPDHが観測されている。この事実は、本発明のポーラスシリコンマイクロアレイが、ハイブリダイゼーション検出の精度が高いことを示している。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】ポーラスシリコン基板を作製する際に用いる、陽極酸化セルの断面構造を示す。
【図2】ポーラスシリコン基板の形状を示す。
【図3】ポーラスシリコン基板とスライドガラス基板について自己蛍光強度を測定した結果を示す。
【図4】ポーラスシリコン基板及びスライドガラス基板に固定されたオリゴヌクレオチドの固定化量を示す。
【図5】ポーラスシリコンマイクロアレイ上及びガラスマイクロアレイにスポットしたオリゴヌクレオチドの配置を示す。
【図6】ポーラスシリコンマイクロアレイ上及びガラスマイクロアレイ上におけるオリゴヌクレオチドのスポット形状を比較した画像データを示す。
【図7】ポーラスシリコンマイクロアレイ及びガラスマイクロアレイにおけるオリゴ−オリゴハイブリダイゼーション反応の結果を示す。
【図8】ポーラスシリコンマイクロアレイ及びガラスマイクロアレイ上のオリゴ−オリゴハイブリダイゼーション反応に基づく蛍光シグナルの測定結果を示す。
【図9】深さの異なるポーラスシリコンマイクロアレイ上のオリゴ−オリゴハイブリダイゼーション反応の結果を示す。
【図10】深さの異なるポーラスシリコンマイクロアレイ及びガラスマイクロアレイ上のオリゴ−オリゴハイブリダイゼーション反応に基づく蛍光シグナルの測定結果を示す。
【図11】ポーラスシリコンマイクロアレイ及びガラスマイクロアレイ上に生体サンプルを反応させたときのハイブリダイゼーション反応に基づく蛍光シグナルの測定結果を示す。
【符号の説明】
【0068】
100 単結晶シリコン基板
200 陽極酸化セル
220 ポリテトラフルオロエチレン容器
230 耐フッ酸性ゴム材
240 対向電極
250 白金電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリヌクレオチドを固定化するためのマイクロアレイ用基板の製造方法であって、シリコン基板の表面をHF溶液中で陽極酸化処理することによりポーラスシリコン基板を作製する工程を含む、前記方法。
【請求項2】
シリコン基板の表面をHF溶液中で陽極酸化処理する工程、及び得られたポーラスシリコン基板にポリヌクレオチドを固定化する工程を含む、マイクロアレイの製造方法。
【請求項3】
ポーラスシリコン基板をシランカプリング剤でコーティングする工程をさらに含む、請求項2記載の方法。
【請求項4】
シリコン基板の表面をHF溶液中で陽極酸化処理することにより得られるポーラスシリコン基板からなる、ポリヌクレオチドを固定化するためのマイクロアレイ用基板。
【請求項5】
シリコン基板の表面をHF溶液中で陽極酸化処理することにより得られるポーラスシリコン基板にポリヌクレオチドが固定化されてなるマイクロアレイ。
【請求項6】
平均穴径が0.1〜5.0μmであり、平均深さが0.5〜10μmのポーラス構造を有するポーラスシリコン基板からなるマイクロアレイ用基板。
【請求項7】
開口率が40〜90%である請求項6記載のマイクロアレイ用基板。
【請求項8】
請求項6又は7記載のマイクロアレイ用基板にポリヌクレオチドが固定化されてなるマイクロアレイ。
【請求項9】
ポリヌクレオチド試料の分析方法であって、請求項5又は8記載のマイクロアレイにポリヌクレオチド試料を接触させ、該ポリヌクレオチド試料に由来するターゲットポリヌクレオチドをマイクロアレイ上のプローブポリヌクレオチドにハイブリダイズさせ、ハイブリダイゼーションに基づくシグナルを測定することを含む、前記分析方法。
【請求項10】
ハイブリダイゼーションに基づくシグナルを共焦点顕微鏡で測定する、請求項9記載の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2007−304055(P2007−304055A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−135267(P2006−135267)
【出願日】平成18年5月15日(2006.5.15)
【出願人】(501002172)株式会社DNAチップ研究所 (33)
【出願人】(503114161)株式会社カンタム14 (12)
【Fターム(参考)】