説明

ポーラログラフ式隔膜型電極用電解液およびポーラログラフ式隔膜型電極

【課題】ステンレス鋼からなる電極本体の腐食を効果的に防ぐことができるポーラログラフ式隔膜型電極用電解液を提供する。
【解決手段】ステンレス鋼からなる電極本体10内に注入する電解液26として、0.05〜1mol/Lの塩化カリウムと、腐食抑制剤とを含有するものを用い、電極本体内面の電解液に接液する部分の1ヶ月後におけるステンレス鋼の腐食はなかった。また、電解液を使用したポーラログラフ式隔膜型溶存酸素電極は、応答性が良好で、かつ蒸気滅菌を20回行っても異常なく動作し、耐久性が良好である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料液中に含まれる特定成分の濃度を測定するポーラログラフ式隔膜型電極用の電解液およびそれを用いたポーラログラフ式隔膜型電極に関する。
【背景技術】
【0002】
試料液中の溶存酸素濃度を測定する隔膜型溶存酸素電極としては、外部電源のないガルバニ電池式溶存酸素電極と、外部電源による定電位電解方式のポーラログラフ式溶存酸素電極がある(例えば、特許文献1参照)。一般に、ガルバニ電池式溶存酸素電極では、カソードに白金、アノードに鉛が使用され、電解液にはKOH溶液が使用される。また、ポーラログラフ式溶存酸素電極では、カソードに白金、アノードに銀が使用され、電解液には塩化カリウム(KCl)溶液が使用される。上記KCl溶液には、KOHなどを加えてpH13以上のアルカリ性溶液にする場合もある。
【0003】
ポーラログラフ式溶存酸素電極における反応は、下記式(1)、(2)の通りである。
カソード(Pt) O+2H0+4e → 4OH …(1)
アノード(Ag) 4Ag+4Cl → 4AgCl+4e …(2)
上記反応における平衡起電力は小さいので、外部から0.6〜0.7V程度の一定電圧を印加する。
【0004】
しかし、ポーラログラフ式溶存酸素電極には、下記(a)〜(c)に示す問題点があった。
(a)ポーラログラフ式溶存酸素電極では、反応式(2)のように、アノードで銀イオンと塩化物イオンとの反応を生じさせるため、電解液として一般的にKCl溶液が使用される。一方、発酵工業における測定で使用されるポーラログラフ式溶存酸素電極は、120℃以上での蒸気滅菌が可能なように、電極本体の材質としてステンレス鋼が使用される。そのため、Clイオンによって電極本体のステンレス鋼に腐食(孔食)が生じる。
(b)上記腐食を防ぐため、電解液として前述したpH13以上のアルカリ性溶液を使用する場合は、人体に危険が生じる。
(c)上記腐食を防ぐため、電極本体の内面にフッ素樹脂等の耐熱性樹脂を被覆する場合は、コストが増大する。
【0005】
ところで、ステンレス鋼などの鉄系金属材料の腐食抑制のために、ボイラ装置では腐食抑制剤を用いることが多く試みられている。特許文献2には、カルボキシ基を2個以上持つ有機多塩基酸またはその塩から選ばれる1種以上を主成分とした、ボイラの腐食防止剤について記載されており、この有機多塩基酸としてクエン酸が挙げられている。この発明による防食メカニズムについては、鉄イオンと有機多塩基酸またはそのイオンが沈殿を生じて金属表面に吸着により薄膜を形成した状態となり、あるいは有機多塩基酸またはそのイオンが金属表面でキレートの緻密な薄膜を形成した状態となることによるものと推定している。
【0006】
また、特許文献3には、ボイラの伝導管の腐食を抑制するために添加する薬剤として、例えば、クエン酸、クエン酸一カリウム、クエン酸三カリウム一水和物、クエン酸ナトリウム二水和物などのクエン酸の塩が記載されている。
【0007】
さらにまた、非特許文献1には、酸化型の腐食抑制剤(インヒビター)の例として、モリブデン酸ナトリウム、タングステン酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、ケイ酸ナトリウム、ホウ酸ナトリウム、安息香酸ナトリウム、ケイ皮酸ナトリウムの例が記載されている。この腐食抑制剤としての働きとしては、自身が酸化剤として働くよりも、溶存酸素を酸化剤に使って金属酸化物の不動態皮膜を形成するとしている。
【0008】
【特許文献1】特開2004−226263号公報
【特許文献2】特開平4−232285号公報
【特許文献3】特開2003−147556号公報
【非特許文献1】荒牧 國次、インヒビターの作用(その4)、防錆管理2004−4、pp31〜34
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、前述した事情に鑑みてなされたもので、特定の組成によってステンレス鋼からなる電極本体の腐食を効果的に防ぐことができるポーラログラフ式隔膜型電極用電解液およびそれを用いたポーラログラフ式隔膜型電極を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、前記目的を達成するため、0.05〜1mol/Lの塩化カリウムと、腐食抑制剤とを含有することを特徴とするポーラログラフ式隔膜型電極用電解液を提供する。
【0011】
また、本発明は、電解液と接液する部分がステンレス鋼からなり、電解液として上記本発明の電解液を用いたことを特徴とするポーラログラフ式隔膜型電極を提供する。
【0012】
腐食抑制剤とは、材料が腐食している環境に少量添加されて材料の腐食を抑制する物質であり、本発明で用いる腐食抑制剤は、酸化剤として作用するか、あるいは溶存酸素を酸化剤として金属表面に酸化物を主体とする薄く保護性の高い不動態皮膜等の耐食性の高い皮膜(防食皮膜)を作るものである。本発明では、0.05〜1mol/LのKClと、腐食抑制剤とを含有する電解液を、電解液と接液する部分がステンレス鋼からなるポーラログラフ式隔膜型電極の電解液として用いたことにより、電解液としてpH13以上のアルカリ性溶液を使用したり、電極本体の内面にフッ素樹脂等の耐熱性樹脂を被覆したりすることなく、上記電解液と接液する部分におけるステンレス鋼の腐食を防ぐことができる。
【0013】
本発明において、腐食抑制剤としては、例えば、クエン酸ナトリウム、クエン酸カリウム、安息香酸ナトリウム、タングステン酸ナトリウム、モリブデン酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、ケイ酸ナトリウム、ホウ酸ナトリウムおよびケイ皮酸ナトリウムから選ばれる1種または2種以上を用いることができる。
【0014】
本発明の電解液における腐食抑制剤の濃度は、0.05〜0.5mol/L、特に0.3〜0.5mol/Lとすることが好ましい。腐食抑制剤の濃度が0.05mol/L未満であると、腐食抑制剤としての作用が十分に発揮されないことがあり、0.5mol/Lを超えると、コストが高くなる。
【0015】
本発明のポーラログラフ式隔膜型電極用電解液として特に好ましいのは、後述する実施例に示すように、腐食抑制剤として、0.05〜0.5mol/Lのクエン酸ナトリウム、クエン酸カリウムまたは安息香酸ナトリウムを含有するものである。具体的には、クエン酸ナトリウムとしては、クエン酸三ナトリウム二水和物、クエン酸三ナトリウム三水和物、クエン酸カリウムとしては、クエン酸三カリウム一水和物が好適である。
【0016】
本発明のポーラログラフ式隔膜型電極は、例えば、溶存酸素測定用電極、過酸化水素測定用電極、二酸化炭素測定用電極等として構成することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ポーラログラフ式隔膜型電極の電解液と接液する部分におけるステンレス鋼の腐食を効果的に防ぐことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面を参照して本発明をさらに詳しく説明する。図1は本発明に係るポーラログラフ式隔膜型電極の一実施形態を示す一部断面図である。図中10はステンレス鋼からなる電極本体を示す。この電極本体10は、いずれもステンレス鋼製のボディ12、外筒14および袋ナット16からなる。また、図中18は白金からなるカソード、20は銀からなるアノード、22はガラスからなる極支持管、24は隔膜、26は電解液を示す。
【0019】
本実施形態では、電解液26として、0.1mol/LのKClと、腐食抑制剤である0.5mol/Lのクエン酸ナトリウムとを含有する混合溶液を用いた。上記混合溶液は、pHが約7.8でほぼ中性であり、KClおよびクエン酸ナトリウムはいずれも支持電解質である。クエン酸ナトリウムは、腐食抑制剤としてとしての役割を果たし、酸素を含む中性溶液でClイオンが存在している場合に、Clイオンによる防食皮膜の破壊前に、腐食(孔食)の発生(局部腐食)を防止する作用がある。なお、クエン酸ナトリウムの飽和溶液の濃度は2.5mol/Lである。
【実施例】
【0020】
図1に示したポーラログラフ式隔膜型電極を用いて実験を行った。この場合、電極本体のステンレス鋼としては、SUS316Lを用いた。また、上記電極は溶存酸素測定用電極とした。まず、表1に示す組成1〜4の電解液をそれぞれ電極本体内に注入し、電極本体内面の電解液に接液する部分の10日後におけるステンレス鋼の腐食の有無(孔食により表面に孔が形成されているかどうかを目視で観察)を調べた。その結果、電解液組成が1mol/LのKClのみの場合には、電解液に接液する電極本体内面の一部に腐食が認められた。これに対し、腐食抑制剤であるクエン酸三ナトリウム二水和物、クエン酸三カリウム一水和物、安息香酸ナトリウム各0.5mol/Lを加えた電解液では、腐食が認められなかった。
【0021】
また、表2に示す組成5〜12の電解液をそれぞれ電極本体内に注入し、電極本体内面の電解液に接液する部分の1ヶ月後におけるステンレス鋼の腐食の有無を調べた。その結果、0.05〜1mol/LのKClのみを含む組成5〜8の電解液では、腐食が認められたが、これらにクエン酸三ナトリウム二水和物0.5mol/Lを加えた組成9〜12の電解液では、腐食が認められなかった。
【0022】
KCl濃度は低い方が腐食リスクは小さい。そこで、KCl濃度が低い表3に示す組成13〜16の電解液をそれぞれ電極本体内に注入し、電極本体内面の電解液に接液する部分の1ヶ月後におけるステンレス鋼の腐食の有無を調べた。その結果、0.1mol/LKClにクエン酸三ナトリウム二水和物を0.05〜0.5mol/Lの範囲で加えた電解液では、いずれも腐食は認められなかった。
【0023】
また、表3に示す組成13〜16の電解液を用いて溶存酸素濃度の連続測定を行ったときのクエン酸三ナトリウム二水和物濃度の違いによる電極出力の安定性を調べた。結果を図2に示す。図2は、初期の出力電流を100%としてプロットしたものである。図2に示すように、クエン酸三ナトリウム二水和物濃度が高い方が連続測定における電極出力の安定性は高かった。
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】

【0026】
【表3】

【0027】
さらに、0.1mol/LのKClと0.5mol/Lのクエン酸三ナトリウム二水和物とを含有する電解液を使用した溶存酸素電極の応答性を調べた。この場合、溶存酸素を含まないゼロ液の測定を3回行った。結果を図3に示す。図3より、本発明の電解液を使用したポーラログラフ式隔膜型溶存酸素電極は、応答性が良好であることがわかる。
【0028】
また、0.1mol/LのKClと0.5mol/Lのクエン酸三ナトリウム二水和物とを含有する電解液を使用した溶存酸素電極の耐久性(電極および電解液の耐久性)を調べた。この場合、121℃、30分のオートクレーブによる水蒸気での蒸煮滅菌を20回行い、出力の変化を調べた。結果を図4に示す。図4における上のプロットラインは溶存酸素を含む試料液の測定結果、下のプロットラインは溶存酸素を含まないゼロ液の測定結果である。また、図4は、初期の出力電流を100%としてプロットしたものである。図4より、本発明の電解液を使用した溶存酸素電極は、121℃、30分のオートクレーブによる蒸気滅菌を20回行っても異常なく動作し、耐久性が良好であることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明に係るポーラログラフ式隔膜型電極の一実施形態を示す一部断面図である。
【図2】実施例における電極出力の安定性の試験結果を示すグラフである。
【図3】実施例における電極出力の応答性の試験結果を示すグラフである。
【図4】実施例における電極の耐久性の試験結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0030】
10 電極本体
12 ボディ
14 外筒
16 袋ナット
18 カソード
20 アノード
22 極支持管
24 隔膜
26 電解液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.05〜1mol/Lの塩化カリウムと、腐食抑制剤とを含有することを特徴とするポーラログラフ式隔膜型電極用電解液。
【請求項2】
腐食抑制剤は、クエン酸ナトリウム、クエン酸カリウム、安息香酸ナトリウム、タングステン酸ナトリウム、モリブデン酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、ケイ酸ナトリウム、ホウ酸ナトリウムおよびケイ皮酸ナトリウムから選ばれる1種または2種以上であることを特徴とする請求項1に記載のポーラログラフ式隔膜型電極用電解液。
【請求項3】
腐食抑制剤の濃度が0.05〜0.5mol/Lであることを特徴とする請求項1または2に記載のポーラログラフ式隔膜型電極用電解液。
【請求項4】
腐食抑制剤として、0.05〜0.5mol/Lのクエン酸ナトリウム、クエン酸カリウムまたは安息香酸ナトリウムを含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のポーラログラフ式隔膜型電極用電解液。
【請求項5】
電解液と接液する部分がステンレス鋼からなり、電解液として請求項1〜4のいずれか1項に記載の電解液を用いたことを特徴とするポーラログラフ式隔膜型電極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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