説明

マイクロチップ及びマイクロチップの製造方法

【課題】試料溶液を短時間で容易に導入でき、高い分析精度が得られるマイクロチップの提供。
【解決手段】弾性変形による自己封止性を備える第一の基板層と、該第一の基板層の両面に積層されたガス不透過性を備える第二及び第三の基板層とを含んで構成された基板からなり、前記第一の基板層と前記第二の基板層との間に、外部から溶液が注入される注入領域と、前記溶液に含まれる物質あるいは該物質の反応生成物の分析場となる複数のウェルと、一端において前記注入領域に連通し、かつ、各ウェルに分岐して接続する流路とが配設されているとともに、前記注入領域、前記複数のウェル及び前記流路が、内部を大気圧に対して負圧とされた、マイクロチップを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロチップ及びマイクロチップの製造方法に関する。より詳しくは、基板に配設された領域内に物質を導入し、化学的あるいは生物学的分析を行うためのマイクロチップ等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、半導体産業における微細加工技術を応用し、シリコンやガラス製の基板上に化学的及び生物学的分析を行うためのウェルや流路を設けたマイクロチップが開発されてきている(例えば、特許文献1参照)。これらのマイクロチップは、例えば、液体クロマトグラフィーの電気化学検出器や医療現場における小型の電気化学センサなどに利用され始めている。
【0003】
このようなマイクロチップを用いた分析システムは、μ−TAS(micro-Total-Analysis System)やラボ・オン・チップ、バイオチップ等と称され、化学的及び生物学的分析の高速化や高効率化、集積化あるいは分析装置の小型化を可能にする技術として注目されている。
【0004】
μ−TASは、少量の試料で分析が可能なことや、マイクロチップのディスポーザブルユーズ(使い捨て)が可能なことから、特に貴重な微量試料や多数の検体を扱う生物学的分析への応用が期待されている。
【0005】
μ−TASの応用例として、マイクロチップ上に配設された複数の領域内に物質を導入し、該物質を光学的に検出する光学検出装置がある。このような光学検出装置としては、マイクロチップ上の流路内で複数の物質を電気泳動により分離し、分離された各物質を光学的に検出する電気泳動装置や、マイクロチップ上のウェル内で複数の物質間の反応を進行させ、生成する物質を光学的に検出する反応装置(例えば、リアルタイムPCR装置)などがある。
【0006】
μ−TASでは、試料が微量であるがゆえに、ウェルや流路内への試料溶液の導入が難しく、ウェル等の内部に存在する空気によって試料溶液の導入が阻害されたり、導入に時間がかかったりする場合があった。また、試料溶液の導入の際に、ウェル等の内部に気泡が生じる場合があった。その結果、各ウェル等に導入される試料溶液の量にばらつきが生じて分析精度が低下したり、分析効率が低下したりするという問題があった。また、PCRのように試料の加熱を行った際に、ウェル等の内部に残存した気泡が膨脹し、反応を阻害したり、分析精度を低下させたりするという問題があった。
【0007】
μ−TASにおける試料溶液の導入を容易にするため、例えば、特許文献2には、「試料を導入する試料導入部と、前記試料を収容する複数の収容部と、夫々の前記収容部に接続された複数の排気部と、を少なくとも備え、少なくとも二以上の前記排気部は、一端が開放された一の開放路に連通された基板」が開示されている。この基板では、各収容部に排気部を接続することにより、試料導入部から収容部に試料溶液が導入される際に、収容部中に存在する空気が排気部から排出されるため、収容部にスムーズに試料溶液を充填することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−219199号公報
【特許文献2】特開2009−284769号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のように、従来のμ−TASでは、ウェルや流路内への試料溶液の導入が難しく、ウェル等の内部に存在する空気によって試料溶液の導入が阻害されたり、導入に時間がかかったりする場合があった。また、試料溶液の導入の際に、ウェル等の内部に気泡が生じる場合があった。そのため、分析精度や分析効率に問題が生じていた。
【0010】
そこで、本発明は、試料溶液を短時間で容易に導入でき、高い分析精度が得られるマイクロチップを提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題解決のため、本発明は、溶液が導入される領域が、内部を大気圧に対して負圧とされて配設されたマイクロチップを提供する。
このマイクロチップは、外部から前記溶液が穿刺注入される注入領域と、溶液に含まれる物質あるいは該物質の反応生成物の分析場となる複数のウェルと、内部容積がウェルよりも大きくされた終端領域と、一端において注入領域に、他端において終端領域に連通し、かつ、注入領域への連通部と終端領域への連通部との間において各ウェルに分岐して接続する一本の流路と、が設けられ、注入領域及びウェル、終端領域、流路の内部が大気圧に対して負圧とされたものとして構成することができる。
このマイクロチップにおいて、前記注入領域は、弾性変形による自己封止性を備える基板層を含んで構成されることが好ましく、さらに、前記弾性変形による自己封止性を備える基板層の両面に、ガス不透過性を備える基板層が積層され、ガス不透過性を備える基板層に、外部から前記溶液を前記注入領域へ穿刺注入するための穿刺孔が設けられたものとされることが好ましい。
このマイクロチップにおいて、前記弾性変形による自己封止性を備える基板層は、シリコーン系エラストマー、アクリル系エラストマー、ウレタン系エラストマー、フッ素系エラストマー、スチレン系エラストマー、エポキシ系エラストマー及び天然ゴムからなる群より選択される一の材料から、またガス不透過性を備える基板層は、ガラス、プラスチック類、金属類及びセラミック類からなる群より選択される一の材料から形成することができる。
併せて、本発明は、溶液が導入される領域が形成された基板層を、大気圧に対して負圧下で貼り合わせ、前記領域を気密に封止する手順を含むマイクロチップの製造方法をも提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、試料溶液を短時間で容易に導入でき、高い分析精度が得られるマイクロチップが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の第一実施形態に係るマイクロチップAの上面模式図である。
【図2】マイクロチップAの断面模式図(図1、P−P断面)である。
【図3】マイクロチップAの断面模式図(図1、Q−Q断面)である。
【図4】マイクロチップAへのサンプル溶液の導入方法を説明するための図であり、図1中Q−Q断面に対応する断面模式図である。
【図5】本発明の第二実施形態に係るマイクロチップBの上面模式図である。
【図6】マイクロチップBの断面模式図(図5、Q−Q断面)である。
【図7】本発明の第三実施形態に係るマイクロチップCの断面模式図である。
【図8】マイクロチップCへのサンプル溶液の導入方法を説明する断面模式図である。
【図9】ニードルNの先端の構成を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための好適な形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。なお、説明は以下の順序により行う。

1.第一実施形態に係るマイクロチップA
(1−1)マイクロチップAの構成と成形方法
(1−2)マイクロチップAへのサンプル溶液の導入
2.第二実施形態に係るマイクロチップB
(2−1)マイクロチップBの構成
(2−2)マイクロチップBへのサンプル溶液の導入
3.第三実施形態に係るマイクロチップC
(3−1)マイクロチップCの構成と成形方法
(3−2)マイクロチップCへのサンプル溶液の導入

【0015】
1.第一実施形態に係るマイクロチップ
(1−1)マイクロチップAの構成と成形方法
本発明の第一実施形態に係るマイクロチップの上面模式図を図1に、断面模式図を図2及び図3に示す。図2は図1中P−P断面、図3は図1中Q−Q断面に対応する。
【0016】
符号Aで示すマイクロチップには、外部からサンプル溶液が穿刺注入される注入部(注入領域)1と、サンプル溶液に含まれる物質あるいは該物質の反応生成物の分析場となる複数のウェル4と、一端において注入部1に連通する主流路2と、この主流路2から分岐する分岐流路3が配設されている。主流路2の他端は終端部(終端領域)5として構成されており、分岐流路3は、主流路2の注入部1への連通部と終端部5への連通部との間において主流路2から分岐し、各ウェル4に接続されている。
【0017】
マイクロチップAは、注入部1、主流路2、分岐流路3、ウェル4及び終端部5を形成した基板層aに基板層aを貼り合わせて構成されている。マイクロチップAでは、基板層aと基板層aの貼り合わせを大気圧に対して負圧下で行うことにより、注入部1、主流路2、分岐流路3、ウェル4及び終端部5の内部が、大気圧に対して負圧(例えば1/100気圧)となるように気密に封止されている。さらに、基板層aと基板層aの貼り合わせは真空下で行い、注入部1等の内部が真空となるように気密に封止することがより好ましい。
【0018】
基板層a,aの材質は、ガラスや各種プラスチック(ポリプロピレン、ポリカーボネート、シクロオレフィンポリマー、ポリジメチルシロキサン)とすることができるが、基板層a,aの少なくとも一方は、弾性を有する材質とすることが好ましい。弾性を有する材料としては、ポリジメチルシロキサン(PDMS)等のシリコーン系エラストマーの他、アクリル系エラストマー、ウレタン系エラストマー、フッ素系エラストマー、スチレン系エラストマー、エポキシ系エラストマー、天然ゴムなどが挙げられる。基板層a,aの少なくとも一方をこれらの弾性を有する材料により形成することで、マイクロチップAに、次に説明する自己封止性を付与することができる。
【0019】
ウェル4内に導入された物質の分析を光学的に行う場合には、基板層a,aの材質は、光透過性を有し、自家蛍光が少なく、波長分散が小さいために光学誤差の少ない材料を選択することが好ましい。
【0020】
基板層aへの注入部1、主流路2、分岐流路3、ウェル4及び終端部5の成形は、例えば、ガラス製基板層のウェットエッチングやドライエッチングによって、あるいはプラスチック製基板層のナノインプリントや射出成型、切削加工によって行うことができる。注入部1等は、基板層aに成形されてもよく、あるいは基板層aに一部を基板層aに残りの部分を成形されてもよい。
基板層aと基板層aの貼り合わせは、例えば、熱融着、接着剤、陽極接合、粘着シートを用いた接合、プラズマ活性化結合、超音波接合等の公知の手法により行うことができる。
【0021】
(1−2)マイクロチップAへのサンプル溶液の導入
次に、図4も参照して、マイクロチップAへのサンプル溶液の導入方法を説明する。図4は、マイクロチップAの断面模式図であり、図1中Q−Q断面に対応する。
【0022】
マイクロチップAへのサンプル溶液の導入は、図4(A)に示すように、ニードルNを用いてサンプル溶液を注入部1に穿刺注入することによって行う。図中、矢印F1は、ニードルNの穿刺方向を示す。ニードルNは、基板層aの表面から、先端部が注入部1内空に到達するように、基板層aを貫通して穿刺される。
【0023】
外部から注入部1に導入されたサンプル溶液は、主流路2を終端部5に向かって送液され(図4中、矢印f参照)、送液方向上流に配設された分岐流路3及びウェル4から順に内部にサンプル溶液が導入される(図1も参照)。
このとき、マイクロチップAでは、注入部1、主流路2、分岐流路3、ウェル4及び終端部5の内部が、大気圧に対して負圧とされていることにより、注入部1に導入されたサンプル溶液が陰圧によって吸引されるようにして終端部5まで送液される。これにより、マイクロチップAでは、サンプル溶液をスムーズに短時間でウェル4等の内部に導入することが可能である。
【0024】
さらに、注入部1、主流路2、分岐流路3、ウェル4及び終端部5の内部を真空としておくことにより、ウェル4等の内部に空気が存在しないため、空気によってサンプル溶液の導入が阻害されたり、ウェル4等の内部に気泡が発生したりすることがない。
【0025】
サンプル溶液の導入後は、図4(B)に示すように、ニードルNを引き抜き、基板層aの穿刺箇所を封止する。
このとき、基板層aをPDMS等の弾性を有する材料により形成しておくことにより、ニードルNの抜去後に、基板層aの弾性変形による復元力で穿刺箇所が自然に封止されるようにできる。本発明においては、この基板層の弾性変形によるニードル穿刺箇所の自然封止を、基板層の「自己封止性」と定義するものとする。
【0026】
基板層aの自己封止性を高めるため、穿刺箇所における基板層a表面から注入部1内空表面までの厚さ(図4中、符号d参照)は、基板層aの材質やニードルNの径に応じて適切な範囲に設定される必要がある。また、分析時にマイクロチップAを加熱する場合には、加温に伴う内圧の上昇によって自己封止性が失われないように、厚さdを設定することが必要である。
【0027】
基板層aの弾性変形による自己封止を確実とするため、ニードルNには、サンプル溶液の注入が可能であることを条件に、径の細いものを使用することが望ましい。具体的には、インスリン用注射針として用いられる、先端外径が0.2mm程度の無痛針が好適に使用される。サンプル溶液の注入を容易にするため、無痛針の基部には、汎用のマイクロピペット用チップの先端部を切断したものを接続してもよい。これにより、チップ先端部にサンプル溶液を充填し、無痛針を注入部1に穿刺すると、マイクロチップA内の陰圧によって、無痛針に接続されたチップ先端部内のサンプル溶液が注入部1内に吸引されるようにできる。
【0028】
ニードルNとして、先端外径0.2mmの無痛針を用いる場合、PDMSにより形成された基板層aの厚みdは0.5mm以上、加熱が行われる場合には0.7mm以上とされることが好適となる。
【0029】
本実施形態では、マイクロチップに縦横3例で合計9つのウェル4を均等間隔で配設する場合を例に説明したが、ウェルの数や配設位置は任意とでき、ウェル4の形状も図に示す円柱形状に限定されない。また、注入部1に導入されたサンプル溶液を各ウェル4に送液するための主流路2及び分岐流路3の配設位置も図に示す態様に限定されないものとする。さらに、ここでは、基板層aを弾性材料により形成し、ニードルNを基板層aの表面から穿刺する場合を説明した。しかし、ニードルNは基板層aの表面から穿刺してもよく、この場合には、基板層aを弾性材料により形成し、自己封止性を付与すればよい。
【0030】
2.第二実施形態に係るマイクロチップ
(2−1)マイクロチップBの構成
本発明の第二実施形態に係るマイクロチップの上面模式図を図5に、断面模式図を図6に示す。図6は、図5中Q−Q断面に対応する。なお、図5中P−P断面は、第一実施形態に係るマイクロチップAと同様(図2参照)であるので、ここでは図示を省略する。
【0031】
符号Bで示すマイクロチップには、外部からサンプル溶液が穿刺注入される注入部(注入領域)1と、サンプル溶液に含まれる物質あるいは該物質の反応生成物の分析場となる複数のウェル4と、一端において注入部1に連通する主流路2と、この主流路2から分岐する分岐流路3が配設されている。主流路2の他端は真空タンク(終端領域)51として構成されており、分岐流路3は、主流路2の注入部1への連通部と真空タンク51への連通部との間において主流路2から分岐し、各ウェル4に接続されている。
【0032】
マイクロチップBとマイクロチップAは、主流路2の一端に連通する終端領域が、それぞれ真空タンク51と終端部5として構成される点で異なる。マイクロチップBの真空タンク51は、その内部容積がウェル4に比して大きくされていることが特徴である。これに対して、マイクロチップAの終端部5の内部容積については、特に限定されず、任意であってよい。
【0033】
マイクロチップBは、注入部1、主流路2、分岐流路3、ウェル4及び真空タンク51を形成した基板層bに基板層bを貼り合わせて構成されている。マイクロチップBでは、基板層bと基板層bの貼り合わせを大気圧に対して負圧下で行うことにより、注入部1、主流路2、分岐流路3、ウェル4及び真空タンク51の内部が、大気圧に対して負圧(例えば1/100気圧)となるように気密に封止されている。さらに、基板層bと基板層bの貼り合わせは真空下で行い、注入部1等の内部が真空となるように気密に封止することがより好ましい。
この際、真空タンク51には、内部容積の大きさのために、ウェル4や主流路2、分岐流路3などに比して、大きな負圧あるいは真空が蓄えられる。
なお、基板層b,bの材質及び基板層への注入部1等の成形は、マイクロチップAと同様とできる。
【0034】
(2−2)マイクロチップBへのサンプル溶液の導入
次に、図4も参照して、マイクロチップBへのサンプル溶液の導入方法を説明する。図4は、マイクロチップAの図1中Q−Q断面に対応する断面模式図であるが、同断面模式図はマイクロチップBにも共通である。
【0035】
マイクロチップBへのサンプル溶液の導入は、図4(A)に示したように、ニードルNを用いてサンプル溶液を注入部1に穿刺注入することによって行う。図中、矢印F1は、ニードルNの穿刺方向を示す。ニードルNは、基板層bの表面から、先端部が注入部1内空に到達するように、基板層bを貫通して穿刺される。
【0036】
外部から注入部1に導入されたサンプル溶液は、主流路2を真空タンク51に向かって送液され、送液方向上流に配設された分岐流路3及びウェル4から順に内部にサンプル溶液導入される。
このとき、マイクロチップBでは、注入部1、主流路2、分岐流路3、ウェル4の内部が、大気圧に対して負圧とされていることにより、注入部1に導入されたサンプル溶液が陰圧によって吸引されるようにして送液される。
さらに、マイクロチップBでは、主流路2の終端領域に、ウェル4に比して大きな内部容積を有し、大きな負圧あるいは真空が蓄えられた真空タンク51が設けられているために、サンプル溶液を大きな陰圧によって吸引して送液できる(図6中、矢印f参照)。
これにより、マイクロチップBでは、マイクロチップAに比して、さらに短時間でスムーズにサンプル溶液をウェル4等の内部に導入することが可能である。
【0037】
また、図5に示すように、主流路2の真空タンク51への連通部を放射状に分岐させることで、真空タンク51内の負圧あるいは真空をサンプル溶液に効果的に負荷することができる。
【0038】
さらに、注入部1、主流路2、分岐流路3、ウェル4及び真空タンク51の内部を真空としておくことにより、ウェル4等の内部に空気が存在しないため、空気によってサンプル溶液の導入が阻害されたり、ウェル4等の内部に気泡が発生したりすることがない。
【0039】
サンプル溶液の導入後は、図4(B)に示したように、ニードルNを引き抜き、基板層bの穿刺箇所を封止する。
このとき、基板層bをPDMS等の弾性を有する材料により形成しておくことにより、ニードルNの抜去後に、基板層bの弾性変形による復元力で穿刺箇所が自然に封止されるようにできる。
【0040】
本実施形態では、マイクロチップに縦横3例で合計9つのウェル4を均等間隔で配設する場合を例に説明したが、ウェルの数や配設位置は任意とでき、ウェル4の形状も図に示す円柱形状に限定されない。また、注入部1に導入されたサンプル溶液を各ウェル4に送液するための主流路2及び分岐流路3の配設位置も図に示す態様に限定されないものとする。さらに、ここでは、基板層bを弾性材料により形成し、ニードルNを基板層bの表面から注入部1に穿刺する場合を説明した。しかし、ニードルNは基板層bの表面から穿刺してもよく、この場合には、基板層bを弾性材料により形成し、自己封止性を付与すればよい。
【0041】
3.第三実施形態に係るマイクロチップ
(3−1)マイクロチップCの構成と成形方法
本発明の第三実施形態に係るマイクロチップの断面模式図を図7及び図8に示す。
【0042】
符号Cで示すマイクロチップには、外部からサンプル溶液が穿刺注入される注入部(注入領域)1と、サンプル溶液に含まれる物質あるいは該物質の反応生成物の分析場となる複数のウェル4と、一端において注入部1に連通する主流路2が配設されている。また、ここでは図示を省略するが、マイクロチップCには、マイクロチップAと同様の構成とされた分岐流路3、終端部(終端領域)5が設けられている。
【0043】
マイクロチップCは、注入部1、主流路2、分岐流路3、ウェル4及び終端部5を形成した基板層cに基板層c、cを貼り合わせて構成されている。マイクロチップCでは、注入部1等が形成された基板層cと基板層cの貼り合わせを大気圧に対して負圧下で行うことにより、注入部1、主流路2、分岐流路3、ウェル4及び終端部5の内部が、大気圧に対して負圧(例えば1/100気圧)となるように気密に封止されている。さらに、基板層cと基板層cの貼り合わせは真空下で行い、注入部1等の内部が真空となるように気密に封止することがより好ましい。
基板層c〜cの貼り合わせは、例えば、熱融着、接着剤、陽極接合、粘着シートを用いた接合、プラズマ活性化結合、超音波接合等の公知の手法により行うことができる。
【0044】
基板層cの材質は、ポリジメチルシロキサン(PDMS)等のシリコーン系エラストマーの他、アクリル系エラストマー、ウレタン系エラストマー、フッ素系エラストマー、スチレン系エラストマー、エポキシ系エラストマー、天然ゴムなどの弾性を有し、自己封止性を備える材質とされる。基板層cへの注入部1、主流路2、分岐流路3、ウェル4及び終端部5の成形は、例えば、ナノインプリントや射出成型、切削加工によって行うことができる。
【0045】
PDMS等は、柔軟性を有し、弾性変形が可能である一方で、ガス透過性を有している。そのため、PDMS製の基板層では、ウェル内に導入したサンプル溶液を加熱すると、気化したサンプル溶液が基板層を透過してしまう場合がある。このようなサンプル溶液の気化による消失(液抜け)は、分析精度を低下させ、ウェル内への新たな気泡混入の原因ともなる。
【0046】
これを防止するため、マイクロチップCは、自己封止性を備える基板層cに、ガス不透過性を備える基板層c、cを貼り合わせて、3層構造とされていることを特徴とする。
【0047】
基板層c、cのガス不透過性を備える材料としては、ガラスやプラスチック類、金属類、セラミック類などが採用できる。
プラスチック類としては、PMMA(ポリメチルメタアクリレート:アクリル樹脂)、PC(ポリカーボネート)、PS(ポリスチレン)、PP(ポリプロピレン)、PE(ポリエチレン)、PET(ポリエチレンテレフタレート)、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート、SAN樹脂(スチレン−アクリロニトリル共重合体)、MS樹脂(MMA−スチレン共重合体)、TPX(ポリ(4−メチルペンテン−1))、ポリオレフィン、SiMA(シロキサニルメタクリレートモノマー)−MMA共重合体、SiMA−フッ素含有モノマー共重合体、シリコーンマクロマー(A)−HFBuMA(ヘプタフルオロブチルメタクリレート)−MMA3元共重合体、ジ置換ポリアセチレン系ポリマー等が挙げられる。
金属類としては、アルミニウム、銅、ステンレス(SUS)、ケイ素、チタン、タングステン等が挙げられる。
セラミック類としては、アルミナ(Al)、窒化アルミ(AlN)、炭化ケイ素(SiC)、酸化チタン(TiO)、酸化ジルコニア(ZrO)、石英等があげられる。
ウェル4内に導入された物質の分析を光学的に行う場合には、基板層c〜cの材質は、光透過性を有し、自家蛍光が少なく、波長分散が小さいために光学誤差の少ない材料を選択することが好ましい。
【0048】
(3−2)マイクロチップCへのサンプル溶液の導入
マイクロチップCへのサンプル溶液の導入は、図8(A)に示すように、ニードルNを用いてサンプル溶液を注入部1に穿刺注入することによって行う。図中、矢印F1は、ニードルNの穿刺方向を示す。
【0049】
基板層cには、外部からサンプル溶液を注入部1に穿刺注入するための穿刺孔11が設けられている。ニードルNは、穿刺孔11に挿過され、基板層cの表面から、先端部が注入部1内空に到達するように、基板層cを貫通して穿刺される。
このとき、ニードルNの先端を、図9に示すように平坦に加工しておくことで、注入部1内空に到達して基板層c表面に突き当たったニードルNの先端の位置を安定化させることができる。ニードルNの先端は、例えば、無痛針の先端の一部(図9中、符号t参照)を切り落とすことによって平坦に加工することができる。
【0050】
外部から注入部1に導入されたサンプル溶液は、主流路2を終端部5に向かって送液され(図8中、矢印f参照)、送液方向上流に配設された分岐流路3及びウェル4から順に内部にサンプル溶液が導入される。
このとき、マイクロチップCでは、注入部1、主流路2、分岐流路3、ウェル4及び終端部5の内部が、大気圧に対して負圧とされていることにより、注入部1に導入されたサンプル溶液が陰圧によって吸引されるようにして終端部5まで送液される。これにより、マイクロチップCでは、サンプル溶液をスムーズに短時間でウェル4等の内部に導入することが可能である。
【0051】
さらに、注入部1、主流路2、分岐流路3、ウェル4及び終端部5の内部を真空としておくことにより、ウェル4等の内部に空気が存在しないため、空気によってサンプル溶液の導入が阻害されたり、ウェル4等の内部に気泡が発生したりすることがない。
【0052】
サンプル溶液の導入後は、図8(B)に示すように、ニードルNを引き抜き、基板層cの穿刺箇所を封止する。
このとき、基板層cをPDMS等の自己封止性を備える材料により形成しておくことにより、ニードルNの抜去後に、基板層cの弾性変形による復元力で穿刺箇所が自然に封止されるようにできる。
【0053】
基板層cの自己封止性を高めるため、穿刺箇所における基板層c表面から注入部1内空表面までの厚さ(図8中、符号d参照)は、基板層cの材質やニードルNの径に応じて適切な範囲に設定される必要がある。また、分析時にマイクロチップCを加熱する場合には、加温に伴う内圧の上昇によって自己封止性が失われないように、厚さdを設定することが必要である。
【0054】
以上の各実施形態においては、マイクロチップ5上に形成され、サンプル溶液に含まれる物質あるいは該物質の反応生成物の分析場となる領域をウェル4として説明したが、この領域は流路などの任意形状とされたものであってよいものとする。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明に係るマイクロチップによれば、試料溶液を短時間で容易に導入でき、高い分析精度を得ることができる。そのため、本発明に係るマイクロチップは、マイクロチップ上の流路内で複数の物質を電気泳動により分離し、分離された各物質を光学的に検出する電気泳動装置や、マイクロチップ上のウェル内で複数の物質間の反応を進行させ、生成する物質を光学的に検出する反応装置(例えば、リアルタイムPCR装置)などに好適に用いられ得る。
【符号の説明】
【0056】
A,B,C マイクロチップ
N ニードル
1 注入部(注入領域)
2 主流路
3 分岐流路
4 ウェル
5 終端部(終端領域)
51 真空タンク(終端領域)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
弾性変形による自己封止性を備える第一の基板層と、該第一の基板層の両面に積層されたガス不透過性を備える第二及び第三の基板層とを含んで構成された基板からなり、
前記第一の基板層と前記第二の基板層との間に、外部から溶液が注入される注入領域と、前記溶液に含まれる物質あるいは該物質の反応生成物の分析場となる複数のウェルと、一端において前記注入領域に連通し、かつ、各ウェルに分岐して接続する流路とが配設されているとともに、
前記注入領域、前記複数のウェル及び前記流路が、内部を大気圧に対して負圧とされた、マイクロチップ。
【請求項2】
前記第一の基板層が、シリコーン系エラストマー、アクリル系エラストマー、ウレタン系エラストマー、フッ素系エラストマー、スチレン系エラストマー、エポキシ系エラストマー及び天然ゴムからなる群より選択される一の材料とされた請求項1記載のマイクロチップ。
【請求項3】
前記第二及び第三の基板層が、ガラス、プラスチック類、金属類及びセラミック類からなる群より選択される一の材料とされた請求項1又は2記載のマイクロチップ。
【請求項4】
前記第一の基板層が、ポリジメチルシロキサンからなり、
前記第二及び第三の基板層が、プラスチック類からなる請求項1〜3のいずれか1項記載のマイクロチップ。
【請求項5】
前記複数のウェルが、均等間隔で配置されている、請求項1〜4のいずれか1項記載のマイクロチップ。
【請求項6】
前記流路は、主流路と、該主流路と各ウェルとを結ぶ分岐流路と、からなる、請求項1〜5のいずれか1項記載のマイクロチップ。
【請求項7】
前記分岐流路は、前記主流路の溶液の流れる方向に対して斜めに配置されている、請求項6記載のマイクロチップ。
【請求項8】
弾性変形による自己封止性を備える第一の基板層と、該第一の基板層の両面に積層される、ガス不透過性を備える第二及び第三の基板層とを用い、
前記第一の基板層と前記第二の基板層との間に、外部から溶液が注入される注入領域と、前記溶液に含まれる物質あるいは該物質の反応生成物の分析場となる複数のウェルと、一端において前記注入領域に連通し、かつ、各ウェルに分岐して接続する流路とを配設するとともに、
前記第一の基板層の両面に、前記第二及び第三の基板層を大気圧に対して負圧下で貼り合わせて、前記注入領域、前記複数のウェル及び前記流路を気密に封止する手順を含むマイクロチップの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−101154(P2013−101154A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2013−36111(P2013−36111)
【出願日】平成25年2月26日(2013.2.26)
【分割の表示】特願2010−28241(P2010−28241)の分割
【原出願日】平成22年2月10日(2010.2.10)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】