説明

マイクロチップ

【課題】撥水処理を別途施さずとも撥水性に優れた流体回路内壁面を有しており、もって毛細管現象による意図しない液体移動を効果的に抑制することができるとともに、光透過性、低吸水性、試薬保存安定性および製造容易性に優れるマイクロチップを提供する。
【解決手段】内部に形成された空間からなる流体回路を備えており、遠心力の印加により流体回路内に存在する液体を流体回路内の所望の位置に移動させる、熱可塑性樹脂からなるマイクロチップであって、該熱可塑性樹脂が炭素数3以上のアルキル基を側鎖として有する重合体であるマイクロチップである。熱可塑性樹脂は、好ましくはイソブチル基を側鎖として有する重合体であり、より好ましくはポリ(4−メチル−1−ペンテン)である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DNA、タンパク質、細胞、免疫および血液等の生化学検査、化学合成ならびに、環境分析などに好適に使用されるμ−TAS(Micro Total Analysis System)として有用なマイクロチップに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療や健康、食品、創薬などの分野で、DNA(Deoxyribo Nucleic Acid)や酵素、抗原、抗体、タンパク質、ウィルスおよび細胞などの生体物質、ならびに化学物質を検知、検出あるいは定量する重要性が増してきており、それらを簡便に測定できる様々なバイオチップおよびマイクロ化学チップ(以下、これらを総称してマイクロチップと称する。)が提案されている。
【0003】
マイクロチップは、実験室で行なっている一連の分析または実験操作を、数cm角で厚さ数mm〜1cm程度のチップ内で行なえることから、検体および試薬が微量で済み、コストが安く、反応速度が速く、ハイスループットな検査ができ、検体を採取した現場で直ちに検査結果を得ることができるなど多くの利点を有している。このようなマイクロチップは、たとえば血液検査等の生化学検査用として好適に用いられている。
【0004】
マイクロチップとしては、流体回路(あるいはマイクロ流体回路)と呼ばれる、該回路内に存在する検体、試薬等の液体に対して特定の処理を行なうための複数種類の部位(室)とこれらの部位を適切に接続する微細な流路とから構成される流路網をその内部に備えたものが従来公知である。このような流体回路を内部に備えるマイクロチップを用いた検体の検査または分析などにおいては、その流体回路を利用して、流体回路内に導入された検体やこれと混合される試薬の計量(すなわち、計量を行なうための部位である計量部への移動)、検体と試薬との混合(すなわち、これらを混合するための部位である混合部への移動)、ある部位から他の部位への移動などの種々の処理が行なわれる。なお、マイクロチップ内でなされる、各種液体(検体、検体中の特定成分、液体試薬、またはこれらのうちの2種以上の混合物など)に対してなされる処理を以下では「流体処理」ともいう。これら種々の流体処理は、マイクロチップに対して、適切な方向の遠心力を印加することにより行なうことができる。
【0005】
上記のような、遠心力を利用して流体回路内の液体を流体回路内の所望の位置(部位)に移動させて流体処理を行なうマイクロチップにおいては、毛細管現象による設計に反した液体移動が生じることを抑制するために、流体回路内壁面をフッ素系樹脂などの撥水処理剤で表面処理することが従来行なわれている(たとえば特許文献1および2)。設計に反した液体移動は、検体または試薬の計量誤差や、検体と試薬との混合比の誤差を生じさせるおそれがあり、マイクロチップによる検査または分析などの精度を低下させ得る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−128341号公報
【特許文献2】特開2009−128342号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、撥水処理剤による表面処理は、マイクロチップ製造プロセスの煩雑化および製造コスト増大等の課題を有している。また、流体回路内壁面のすべてに撥水処理を行なうことは技術的に困難であり(あるいは少なくともマイクロチップ製造プロセスをさらに煩雑化させ)、流体回路内壁面に撥水処理がなされていない面が存在する場合には、当該面の表面張力に起因して意図しない液体移動が生じることがあった。たとえばマイクロチップは、表面に所定形状の溝(凹部)を有する熱可塑性樹脂基板に他の熱可塑性樹脂基板をレーザー溶着などにより貼着することにより作製でき、この場合、流体回路は当該溝と他の基板の表面とによって形成されるが、当該溝の側壁面および底面に撥水処理を行なうことは比較的容易であるものの、他の基板の表面のうち当該溝を覆う部分のみに撥水処理を施すことは容易ではなく、流体回路内壁面の4面すべてに撥水処理を施すことはかなり困難である。
【0008】
一方、マイクロチップは、その使用目的上、上記のような流体回路内壁面の撥水性に加えて、次のような要求特性を充足することが強く望まれている。
【0009】
(1)高い光透過性。生化学検査用などのマイクロチップは、通常、検体と試薬との混合により得られた混合液中に含有される特定成分の定性あるいは定量分析を行なうことができるよう光学測定用のキュベット(検出部などとも呼ばれる)を流体回路の一部として備えている。そして、当該キュベットに収容された混合液は、マイクロチップ外部からキュベットへ向けて光を照射し、透過する光の強度(透過率)を検出するなどの光学測定に供される。したがって、このような光学測定を行なうマイクロチップにおいては、高い光学測定精度を得るべく、光透過性の高い熱可塑性樹脂から構成されることが望まれる。
【0010】
(2)低い吸水性。生化学検査用などのマイクロチップは、通常、検体と混合させるための試薬があらかじめ流体回路内の所定の部位(試薬保持部)に内蔵、保持される。マイクロチップに内蔵される試薬量は微量(たとえば10〜30μL程度)であるため、マイクロチップを構成する熱可塑性樹脂によって試薬中の水が吸収されると、試薬濃度が大きく変化し、検査または分析結果に悪影響が生じてしまう。したがって、あらかじめ試薬を内蔵するマイクロチップにおいては、高い検査または分析精度を得るべく、吸水性の低い熱可塑性樹脂から構成されることが望まれる。
【0011】
(3)高い試薬保存安定性。上記のようなあらかじめ試薬を内蔵するマイクロチップにおいては、マイクロチップ製造時(試薬保持部への試薬注入時)からマイクロチップ使用時(検査または分析などの実施時)までの間、試薬が安定的に保存されていることが望まれる。試薬の劣化は、検査または分析結果に悪影響を及ぼす。
【0012】
(4)高い製造容易性。マイクロチップの製造容易性(製造効率)および検査・分析精度の観点から、マイクロチップは高い成形性を有する(金型転写の寸法精度が高い)熱可塑性樹脂から構成されることが望まれる。
【0013】
本発明は上記に鑑みなされたものであり、その目的は、撥水処理を別途施さずとも撥水性に優れた流体回路内壁面を有しており、もって毛細管現象による意図しない(設計に反した)液体移動を効果的に抑制することができるとともに、光透過性、低吸水性、試薬保存安定性および製造容易性に優れるマイクロチップを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、マイクロチップの構成材料について種々検討した結果、炭素数3以上の嵩高いアルキル側鎖を有する熱可塑性樹脂、とりわけイソブチル基を側鎖として有する熱可塑性樹脂を用いると、別途撥水処理剤による表面処理を施さなくても、毛細管現象による液体移動を効果的に抑制することができることを見出した。
【0015】
すなわち本発明は、内部に形成された空間からなる流体回路を備えており、遠心力の印加により流体回路内に存在する液体を流体回路内の所望の位置に移動させる、熱可塑性樹脂からなるマイクロチップであって、該熱可塑性樹脂が炭素数3以上のアルキル基を側鎖として有する重合体であるマイクロチップを提供する。
【0016】
上記熱可塑性樹脂は、好ましくはイソブチル基を側鎖として有する重合体であり、より好ましくはポリ(4−メチル−1−ペンテン)である。
【0017】
本発明のマイクロチップは、たとえば、表面に溝を備える第1の基板と、第2の基板との積層構造を含み、第1の基板および第2の基板が上記熱可塑性樹脂からなるものであることができる。この場合、当該溝と第2の基板における第1の基板側表面とによって形成される空間が上記流体回路となる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、別途の撥水処理なしに高い撥水性を有する流体回路内壁面を備えたマイクロチップを提供することができる。本発明のマイクロチップによれば、毛細管現象による意図しない(設計に反した)液体移動を効果的に抑制することができるため、検査または分析の精度を向上させることができる。また、本発明のマイクロチップは、光透過性、低吸水性、試薬保存安定性および製造容易性にも優れている。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明のマイクロチップの一例を示す上面図である。
【図2】PET樹脂、スチレン系特殊材料樹脂またはポリメチルペンテンからなるマイクロチップ内にγ−GTP測定用の試薬を保存したときの、該試薬が示す吸光度変化率の変動の様子を示した図である。
【図3】ポリメチルペンテン、スチレン系特殊材料樹脂、ポリスチレン樹脂またはシクロオレフィン系共重合体樹脂からなるマイクロチップ内にHbA1c測定用の試薬を保存したときの、該試薬が示す吸光度変化率の変動の様子を示した図である。
【図4】マイクロチップ内にTG測定用の試薬を保存したときの、該試薬が示す吸光度変化率の変動の様子を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明のマイクロチップは、各種化学合成、検査または分析等を、それが内部に有する流体回路を用いて行なうことができるチップであり、たとえば、基板表面に溝(凹部)を備える第1の基板と、第1の基板上に積層される第2の基板との積層構造からなることができる。この場合、マイクロチップの流体回路は、上記溝および第2の基板における第1の基板側表面とによって形成される内部空間である。本発明のマイクロチップを構成する基板はいずれも熱可塑性樹脂からなる。
【0021】
また、本発明のマイクロチップは、基板の両表面に溝(凹部)を備える第1の基板と、これを挟持するように積層される第2および第3の基板との積層構造を有するものであってもよい。この場合、流体回路は、第2の基板における第1の基板側表面および第1の基板における第2の基板側表面に設けられた溝から構成される空間からなる第1の流体回路と、第3の基板における第1の基板側表面および第1の基板における第3の基板側表面に設けられた溝から構成される空間からなる第2の流体回路との2層構造を有する。ここで、「2層」とは、マイクロチップの厚み方向に関して異なる2つの位置に流体回路が設けられていることを意味する。かかる2層の流体回路は、第1の基板を厚み方向に貫通する貫通穴によって接続することができる。
【0022】
マイクロチップの大きさは、特に限定されず、たとえば縦横数cm〜10cm程度、厚さ数mm〜数cm程度とすることができる。
【0023】
熱可塑性樹脂からなる基板同士を貼り合わせる方法としては、特に限定されるものではなく、たとえば貼り合わせる基板のうち、少なくとも一方の基板の貼り合わせ面を融解させて溶着させる方法(溶着法)、接着剤を用いて接着させる方法などを挙げることができる。溶着法としては、基板を加熱して溶着させる方法;レーザー等の光を照射して、光吸収時に発生する熱により溶着する方法(レーザー溶着);超音波を用いて溶着する方法などを挙げることができる。なかでもレーザー溶着法が好ましく用いられる。
【0024】
マイクロチップが、基板表面に溝を備える第1の基板と、第2の基板とから構成される場合、第1の基板は、光学測定の際、検出光が照射される部位(光学測定用キュベットの検出光透過面)を通常含んでいることから透明基板とすることが好ましい。第2の基板は、透明基板であっても不透明基板であってもよいが、レーザー溶着を行なう場合には、光吸収率を増大できることから、不透明基板とすることが好ましく、熱可塑性樹脂中にカーボンブラック等の黒色顔料を添加することにより黒色基板とすることがより好ましい。
【0025】
マイクロチップが上述の第1〜第3の基板の3層構造からなる場合、レーザー溶着の効率性の観点から、第1の基板を不透明基板とすることが好ましく、黒色基板とすることがより好ましい。一方、第2および第3の基板は、検出部(光学測定用キュベット)を構築するために透明基板とすることが好ましい。第2および第3の基板を透明基板とすると、第1の基板に設けられた貫通穴と、透明な第2および第3の基板とから検出部(光学測定用キュベット)を形成でき、マイクロチップ表面と略垂直な方向から該検出部に光を照射して、透過する光の強度(透過率)を検出するなどの光学測定を行なうことが可能となる。
【0026】
第1の基板表面に、流体回路を構成する溝(パターン溝)を形成する方法としては、特に制限されず、転写構造を有する金型を用いた射出成形法、インプリント法などを挙げることができる。なかでも射出成形法が好ましい。
【0027】
本発明のマイクロチップは、流体回路内の液体(検体、検体中の特定成分、液体試薬、および、これらのうちの2種以上の混合物など)を遠心力の印加により流体回路内の所定の位置(部位)に移動させることにより、該液体に対して適切な流体処理を行なうことができるものである。このために流体回路は、適切な位置に配置された種々の部位を備えており、これらの部位は微細な流路を介して適切に接続されている。第1の基板表面に形成される溝(凹部)の形状(パターン)は、所望される適切な流体回路構造となるように決定される。
【0028】
流体回路は、たとえば、検査または分析などの対象となる検体と混合(または反応)させるための試薬を保持するための試薬保持部;流体回路内に導入された検体から特定成分を取り出すための分離部;検体(検体中の特定成分を含む。以下同じ。)を計量するための検体計量部;試薬を計量するための試薬計量部;検体と試薬とを混合するための混合部;得られた混合液についての検査または分析(たとえば、混合液中の特定成分の検出または定量)を行なうための検出部(光学測定用キュベット)などを挙げることができる。検査または分析の方法は特に制限されず、たとえば、混合液を収容する検出部に光を照射して透過する光の強度(透過率)を検出する方法、検出部に保持された混合液についての吸収スペクトルを測定する方法等の光学測定を挙げることができる。本発明のマイクロチップは、上述の例示された部位のすべてを有していてもよく、いずれか1以上を有していなくてもよい。また、これら例示された部位以外の部位を有していてもよい。
【0029】
検体からの特定成分の抽出(不要成分の分離)、検体および/または試薬の計量、検体と試薬との混合、得られた混合液の検出部への導入などのような流体回路内における種々の流体処理は、マイクロチップに対して、適切な方向の遠心力を順次印加することにより行なうことができる。マイクロチップへの遠心力の印加は、マイクロチップを、遠心力を印加可能な装置(遠心装置)に載置して行なうことができる。遠心装置は、回転自在なローター(回転子)と、該ローター上に配置された回転自在なステージとを備えることができる。該ステージ上にマイクロチップを載置し、該ステージを回転させてローターに対するマイクロチップの角度を任意に設定することにより、マイクロチップに対して任意の方向の遠心力を印加することができる。
【0030】
ここで、本発明のマイクロチップは、これを構成する熱可塑性樹脂が炭素数3以上のアルキル基を側鎖として有する重合体であることを特徴とする。具体的には、マイクロチップが上記第1および第2の基板または第1〜第3の基板などの積層構造からなる場合、これらマイクロチップを構成する基板を上記重合体からなる熱可塑性樹脂で構成する。かかる熱可塑性樹脂を用いることにより、別途撥水処理剤による表面処理を施さなくても、流体回路内壁面の撥水性を高めることができ、毛細管現象による意図しない(設計に反した)液体移動を効果的に抑制することができる。これにより、マイクロチップを用いた検査または分析の精度を向上させることができる。本発明のマイクロチップは、表面処理が不要であるため、製造効率および製造コストの面でも有利である。
【0031】
また、本発明のマイクロチップは、これを構成する熱可塑性樹脂自体が高い撥水性を有するものであるため、撥水処理剤を使用する場合とは異なり、流体回路内壁面全体(4面すべて)が高い撥水性を有している。したがって、毛細管現象による液体移動を抑制する効果により優れている。
【0032】
熱可塑性樹脂の撥水性は、側鎖の嵩高さが高いほど高くなる傾向が本発明者らによって見出されており、したがって、本発明のマイクロチップを構成する熱可塑性樹脂が有する側鎖は分岐状のアルキル基であることが好ましい。側鎖の具体例を挙げれば、たとえばイソプロピル基、イソブチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基などであるが、嵩高さの観点から、好ましくはイソブチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基などである。イソブチル基を側鎖として有する熱可塑性樹脂としてポリ(4−メチル−1−ペンテン)を好ましく用いることができる。
【0033】
炭素数3以上のアルキル基を側鎖として有する熱可塑性樹脂、とりわけポリ(4−メチル−1−ペンテン)等のイソブチル基を側鎖として有する熱可塑性樹脂は、上述の光透過性、低吸水性、試薬保存安定性および製造容易性の面でも優れており、したがって本発明のマイクロチップは、光学測定を行なう試薬内蔵型マイクロチップへの適用に極めて適している。
【0034】
次に、本発明のマイクロチップが有し得る流体回路の構成を、具体例を示して説明する。図1は、表面に溝を備える第1の基板100上に、第2の基板(図1において図示せず)を積層、貼合してなる本発明のマイクロチップの一例を示す上面図であり、マイクロチップが有する流体回路の構造を示すものである。図1に示されるマイクロチップにおいて、第1の基板100は、図示しない第2の基板上に、その溝形成側表面が第2の基板に対向するように貼り合わされている。図1は、第1の基板100の、溝形成側表面とは反対側の表面を示したものであるが、説明の便宜上、溝パターンを実線で示している。本例のマイクロチップにおいて第2の基板は、第1の基板100と同じか、または同様の輪郭形状を有している。第1の基板100および第2の基板はそれぞれ、たとえばポリ(4−メチル−1−ペンテン)からなる透明基板、黒色基板である。なお、図1における斜線部分は、該領域がテーパ形状である(すなわち、隣接する領域の溝底面に対して、該領域の溝底面が傾斜している)ことを意味する。
【0035】
図1を参照して、本例のマイクロチップの流体回路は、被験者から採取された全血を含むキャピラリー等のサンプル管を組み込むためのサンプル管載置部101;サンプル管より導出された全血を、血球成分と血漿成分とに分離するための分離部102;分離された血球成分を計量するための血球計量部103;液体試薬を保持するための3つの試薬保持部104、105および106;試薬保持部105および106にそれぞれ隣接して設けられた、一時的に液体試薬を収容するための試薬収容部107および108;液体試薬を計量するための3つの試薬計量部109、110および111;血球成分と液体試薬とを混合するための第1の混合部112;血球成分と液体試薬との混合液を計量するための混合液計量部113;血球成分と液体試薬との混合液と、他の液体試薬との混合を行なうための第2の混合部114;ならびに、最終的に得られた混合液についての検査・分析が行なわれる検出部115から主に構成される。3つの試薬保持部104、105および106は、液体試薬を当該試薬保持部内に注入するための試薬注入口116、117および118をそれぞれ有している。試薬注入口116、117および118は、第1の基板100を厚み方向に貫通する貫通口である。なお、以下では、試薬注入口を介して試薬保持部104、105および106内に注入、保持される液体試薬を、それぞれ液体試薬R0、R1、R2と称することとする。
【0036】
以上のように、本例のマイクロチップが有する流体回路は、全血から分離された血球成分に対して、液体試薬R0、R1およびR2をこの順で混合させ、得られた混合液について光学測定等の検査・分析を行なうのに適した構成となっている。
【0037】
図1に示されるマイクロチップの動作方法は、概略以下のとおりである。なお、以下に説明する動作方法は一例を示したものであり、この方法に限定されるものではない。まず、全血サンプルを採取したサンプル管をサンプル管載置部101に挿入する。次に、マイクロチップに対して、図1における左向き方向(以下、単に左向きという。他の方向についても以下同様。)に遠心力を印加し、サンプル管内の全血サンプルを取り出した後、下向きの遠心力により、全血サンプルを分離部102に導入して遠心分離を行ない、血漿成分と血球成分とに分離する。次に、左向きの遠心力を印加し、上層の血漿成分を除去する。この際、除去された血漿成分は、領域aに収容される。ついで、下向きの遠心力を印加することにより、分離部102内の血球成分液面を整えるとともに、除去した血漿成分を領域bに移動させる。次に、右向きの遠心力を印加し、試薬保持部104内の液体試薬R0を試薬計量部109に導入し、計量を行なう。この遠心力により、試薬保持部105内の液体試薬R1および試薬保持部106内の液体試薬R2は、それぞれ試薬収容部107、108に移動する。また、この遠心力により、分離部102内の血球成分は、血球計量部103に導入され計量される。
【0038】
次に、下向きの遠心力を印加して、計量された血球成分と液体試薬R0とを第1の混合部112にて混合し混合液を得る。この遠心力により、試薬収容部108内の液体試薬R2は、試薬計量部111にて計量される。ついで、右向き、下向き、左向き、下向きの遠心力を順次印加して、上記混合液の混合を十分に行なう。なお、上記左向きの遠心力の印加により、試薬収容部107内の液体試薬R1は、試薬計量部110にて計量される。また、最後の下向きの遠心力により、計量された液体試薬R1は、第2の混合部114に移動する。
【0039】
次に、左向きの遠心力を印加した後、左上向きついで左向きの遠心力を印加して、第1の混合部112内の混合液の上澄み部分を混合液計量部113に導入し、計量を行なう。次に、下向きの遠心力を印加することにより、計量された混合液と液体試薬R1とを第2の混合部114にて混合する。ついで、左向き、下向きの遠心力を順次印加して、当該混合液の混合を十分に行なう。この下向きの遠心力を印加した状態において、計量された液体試薬R2は、領域cに位置している。次に、右向きの遠心力を印加して、該混合液と液体試薬R2とを検出部115にて混合し、さらに下向きの遠心力を印加して混合を十分に行なう。最後に、右向きの遠心力を印加して、混合液を検出部115に収容させ、該検出部115に光を照射し、その透過光の強度を測定するなどの光学測定を行なう。
【実施例】
【0040】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0041】
<実施例1>
上述のとおり、マイクロチップ、とりわけ光学測定を行なう試薬内蔵型マイクロチップには、流体回路内壁面の高い撥水性、高い光透過性、低い吸水性、高い試薬保存安定性および高い製造容易性が要求される。これらすべての要求特性を充足させるマイクロチップ構成材料の発見を目的として、下記に示される15種類の熱可塑性樹脂を候補として選定し、評価試験を行ない、検証した。検証結果を表1に示す。
(1)フッ素樹脂:三井・デュポンフロロケミカル社製、商品名「テフロン(登録商標)PFA」、
(2)ポリメチルペンテン:三井化学社製、商品名「TPX」、
(3)スチレン系特殊材料樹脂:旭化成ケミカルズ社製、商品名「アサフレックス」、
(4)ポリプロピレン樹脂:プライムポリマー社製、商品名「プライムポリプロ」、
(5)MS樹脂(メチルメタクリレート−スチレン共重合体樹脂):電気化学工業社製、商品名「デンカTXポリマー」、
(6)ポリカーボネート樹脂:帝人化成社製、商品名「パンライト」、
(7)メタクリル樹脂:三菱レイヨン社製、商品名「デルペット」、
(8)ポリスチレン樹脂:DIC社製、商品名「ディックスチレン」、
(9)ポリスチレン樹脂:東洋スチレン社製、商品名「G100C」、
(10)ABS樹脂(アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体樹脂):電気化学工業社製、商品名「デンカABS」、
(11)AS樹脂(アクリロニトリル−スチレン共重合体樹脂):旭化成ケミカルズ社製、商品名「スタイラック・AS」、
(12)PET樹脂(ポリエチレンテレフタラート樹脂):三菱レイヨン社製、商品名「ダイヤナイト」、
(13)シクロオレフィン樹脂:日本ゼオン社製、商品名「ゼオノア」、
(14)シクロオレフィン系共重合体樹脂:ポリプラスチックス社製、商品名「TOPAS」、
(15)アイオノマー樹脂:三井・デュポンポリケミカル社製、商品名「ハイミラン」。
【0042】
(検証内容およびその結果)
〔a〕流体回路内壁面の撥水性
自動接触角測定装置を用いて、界面活性剤水溶液に対する各種熱可塑性樹脂の接触角を測定した。測定結果を表1に示す。15種類の熱可塑性樹脂のうち、(1)フッ素樹脂および(2)ポリメチルペンテンのみが十分に高い接触角を示した。一方、他の熱可塑性樹脂は、十分に高い接触角を有しているとはいえず、これをマイクロチップ構成材料として用いるには、流体回路内壁面に別途撥水処理を施すことが必要であると判断された。なお、ポリエチレン樹脂の界面活性剤水溶液に対する接触角を測定したところ、21.4度であった(表1に示さず)。また、(4)ポリプロピレン樹脂および(2)ポリメチルペンテンの接触角はそれぞれ31.3度、51.3度である。このことから、アルキル側鎖の嵩高さが大きくなるに従い、撥水性が大きくなることがわかる。なお、界面活性剤水溶液を用いたのは、検査に用いる試薬が界面活性剤を含有する場合が多くあるとともに、界面活性剤水溶液は濡れ性が非常に高く(接触角が小さく)、毛細管現象による意図しない液体移動が生じやすいため、流体回路内壁面の撥水性を評価する上で好適であったためである。
【0043】
〔b〕光透過性
紫外・可視分光光度計(UV−Vis)を用いて、各種熱可塑性樹脂の光透過性を評価した。評価結果を表1に示す。多くの熱可塑性樹脂は光透過性に優れているが、(1)フッ素樹脂および(4)ポリプロピレン樹脂は、光学測定を行なうマイクロチップ構成材料としては光透過性が不十分であった。
【0044】
〔c〕吸水性
図1に示されるような構造の第1の基板および同様の外形形状を有する第2の基板を、(12)PET樹脂を用いて作製し、これらの基板をレーザー溶着で貼り合わせてマイクロチップを作製した(第1の基板は透明であり、第2の基板はカーボンブラックを配合した黒色基板である)。ついで、試薬注入口116から試薬保持部104内にγ−GTP測定用の試薬を20μL注入し、試薬注入口116を封止シールで封止した。得られた試薬内蔵マイクロチップを常温で60日間保存し、保存期間60日間における試薬の吸光度変化率(γ−GTP濃度の測定値を意味する。以下同様。)の変動を確認した。結果を図2に示す。マイクロチップを(2)ポリメチルペンテンまたは(3)スチレン系特殊材料樹脂を用いて作製した場合の結果についても図2に併せて示している。図2に示されるように、(12)PET樹脂を用いた場合には吸光度変化率の変動が大きく、設定規格〔冷蔵保存180〜360日間(本試験は加速試験であり、本試験での保存条件「常温60日間」は冷蔵保存300日程度に相当する)の吸光度変化率が保存当初の±10%以内〕を満足できないことが明らかとなった。検討の結果、この吸光度変化率の変動が、PET樹脂によって試薬中の水分が吸収され、試薬濃度変化が生じたことに起因していることが明らかとなった。
【0045】
一方、(2)ポリメチルペンテンおよび(3)スチレン系特殊材料樹脂は、設定規格を十分に満足していた。
【0046】
別途、電子天秤を用いて、(12)PET樹脂を含む15種類の熱可塑性樹脂の吸水率を測定した。測定結果を表1に示す。なおここでいう吸水率とは、24時間、水温25℃の蒸留水に浸漬したときの、重量の増加量ともとの重量との比率をいう。(12)PET樹脂の吸水率が0.2%であったことから、(12)PET樹脂に加え、吸水率が0.2%以上である(6)ポリカーボネート樹脂、(7)メタクリル樹脂、(10)ABS樹脂および(11)AS樹脂ついても、吸水性の観点から試薬内蔵型マイクロチップの構成材料として不適であると判断された。
【0047】
〔d〕試薬保存安定性
図1に示されるような構造の第1の基板および同様の外形形状を有する第2の基板を、(2)ポリメチルペンテン、(3)スチレン系特殊材料樹脂、(8)ポリスチレン樹脂または(14)シクロオレフィン系共重合体樹脂を用いて作製し、これらの基板をレーザー溶着で貼り合わせてマイクロチップを作製した(第1の基板は透明であり、第2の基板はカーボンブラックを配合した黒色基板である)。ついで、試薬注入口116から試薬保持部104内にヘモグロビンA1c(HbA1c)測定用の試薬を20μL注入し、試薬注入口116を封止シールで封止した。得られた試薬内蔵マイクロチップを常温で80日間保存し、保存期間80日間における試薬の吸光度変化率の変動を確認した。結果を図3に示す。図3に示されるように、(3)スチレン系特殊材料樹脂および(8)ポリスチレン樹脂を用いた場合には、試薬の劣化に起因して吸光度変化率が大きく変動し、設定規格〔冷蔵保存180〜360日間(本試験は加速試験であり、「常温60日間」は冷蔵保存300日程度に相当し、本試験での保存条件「常温80日間」は冷蔵保存400日程度に相当する)の吸光度変化率が保存当初の±10%以内〕を満足できないことが明らかとなった。一方、(2)ポリメチルペンテンおよび(14)シクロオレフィン系共重合体樹脂は、設定規格を十分に満足していた。
【0048】
また、試薬保持部104内に保存する試薬を中性脂肪(TG)測定用の試薬に変更したこと以外は上記と同様にして試薬保存安定性試験を実施した。結果を図4に示す。検討した熱可塑性樹脂は図4に示される8種類であり、常温での保存期間は30日とした。図4に示されるように、(5)MS樹脂、(6)ポリカーボネート樹脂、(7)メタクリル樹脂、(10)ABS樹脂、(11)AS樹脂および(15)アイオノマー樹脂を用いた場合には、試薬の劣化に起因して吸光度変化率が大きく変動し、設定規格〔冷蔵保存180〜360日間(本試験は加速試験であり、本試験での保存条件「常温30日間」は冷蔵保存150日程度に相当する)の吸光度変化率が保存当初の±10%以内〕を満足できないことが明らかとなった。一方、(2)ポリメチルペンテンおよび(14)シクロオレフィン系共重合体樹脂は、設定規格を十分に満足していた。なお、図示していないが、(13)シクロオレフィン樹脂についても、HbA1c測定用試薬およびTG測定用試薬に対する試薬保存安定性に優れていることが明らかとなっている。
【0049】
〔e〕製造容易性
成形収縮率を測定することにより各種熱可塑性樹脂の成形性を測定した。評価結果を表1に示す。(1)フッ素樹脂が若干成形性に劣るが(成形収縮率2〜5%)、これ以外の熱可塑性樹脂は良好な成形性を有していた(成形収縮率1.5%以下)。
【0050】
以上の検証結果をまとめると表1のようになる。表1には、各要求特性の充足性についての評価結果も併せて示している。各要求特性の「評価」の欄に示した数値は下記を意味する。
【0051】
1:光学測定を行なう試薬内蔵型マイクロチップの構成材料に適している、
2:光学測定を行なう試薬内蔵型マイクロチップの構成材料として使用可能であるが、性能に劣る、
3:光学測定を行なう試薬内蔵型マイクロチップの構成材料として使用できない、
4:光学測定を行なう試薬内蔵型マイクロチップの構成材料として使用し得るが、流体回路内壁面への撥水処理が少なくとも必要である。
【0052】
【表1】

【0053】
表1に示されるとおり、すべての要求特性を満足させる熱可塑性樹脂は、検証した15種類の熱可塑性樹脂のうち、(2)ポリメチルペンテンのみであった。
【0054】
<実施例2>
図1に示されるような構造の第1の基板と、同様の外形形状を有する第2の基板とをレーザー溶着で貼り合わせる方法により、下記特徴を有する3種類のマイクロチップを作製した(第1の基板は透明であり、第2の基板はカーボンブラックを配合した黒色基板である)。
【0055】
(1)マイクロチップA:第1および第2基板がポリメチルペンテンからなるマイクロチップ(流体回路内壁面への表面処理なし)、
(2)マイクロチップB:第1および第2基板がポリスチレン樹脂からなるマイクロチップ(流体回路内壁面への表面処理なし)、
(3)マイクロチップC:第1および第2基板がポリスチレン樹脂からなるマイクロチップ(第1の基板の溝の側壁面および底面、すなわち流体回路内面のうち3面をポリテトラフルオロエチレン撥水処理剤で表面処理したもの)。
【0056】
赤色に着色した界面活性剤水溶液20μLを流体回路内に導入し、マイクロチップに対して種々の方向の遠心力を印加して、遠心力方向と異なる意図しない液体移動が生じていないかどうかを目視で確認した。マイクロチップAでは、いずれの方向の遠心力においても、遠心力の印加により所望の部位に界面活性剤水溶液の全量を移動させることができ、遠心力を停止したときにも毛細管現象による意図しない液体移動が生じることはなかった。これに対し、マイクロチップBでは、毛細管現象による意図しない液体移動が多々生じた。マイクロチップCにおいても、毛細管現象による意図しない液体移動が生じることがあった。
【符号の説明】
【0057】
100 第1の基板、101 サンプル管載置部、102 分離部、103 血球計量部、104,105,106 試薬保持部、107,108 試薬収容部、109,110,111 試薬計量部、112 第1の混合部、113 混合液計量部、114 第2の混合部、115 検出部、116,117,118 試薬注入口。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部に形成された空間からなる流体回路を備えており、遠心力の印加により前記流体回路内に存在する液体を前記流体回路内の所望の位置に移動させる、熱可塑性樹脂からなるマイクロチップであって、
前記熱可塑性樹脂が、炭素数3以上のアルキル基を側鎖として有する重合体であるマイクロチップ。
【請求項2】
前記熱可塑性樹脂が、イソブチル基を側鎖として有する重合体である請求項1に記載のマイクロチップ。
【請求項3】
前記熱可塑性樹脂が、ポリ(4−メチル−1−ペンテン)である請求項1に記載のマイクロチップ。
【請求項4】
表面に溝を備える第1の基板と、第2の基板との積層構造を含み、前記溝と前記第2の基板における前記第1の基板側表面とによって形成される空間からなる流体回路を有するマイクロチップであって、
前記第1の基板および前記第2の基板が、前記熱可塑性樹脂からなる請求項1〜3のいずれかに記載のマイクロチップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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