説明

マイクロニードルシートおよびその製造方法

【課題】マイクロニードルの先端部分に含まれる薬物量の変動を抑制するマイクロニードルシートの製造方法を提供する。
【解決手段】マイクロニードルシートの製造方法において、シート状の母材の表面から裏面に向かって先細りに延在する複数の錐状の凹部と、それぞれの凹部の底から裏面に貫通する貫通孔とを有するシート状のスタンパを準備するスタンパ準備工程と、母材の裏面の貫通孔から吸引する吸引工程と、スタンパの表面からそれぞれの凹部内に第1のニードル原料を充填する第1充填工程と、第1のニードル原料が充填されたそれぞれの凹部内に第2のニードル原料を充填する第2充填工程とを含み、少なくとも第2充填工程の実施中に吸引工程を実施する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚の表皮に薬物を注入するマイクロニードルシートおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マイクロニードルシートは、微小な針(マイクロニードル)をシート基体上に所定の密度で配置したものである。マイクロニードルは、一般に根元から先端までの長さがおよそ1μmから600μm、根元の径がおよそ0.3μmから400μmのおおよそ円錐形状に形成されており、その根元の径と長さとの比率が、(1):(1.5〜3)と高いアスペクト比を有する。マイクロニードルシートは、人体の主として皮膚部分に当てて、マイクロニードルを皮膚の表皮部分に挿入し、薬物を注入するために用いられる。
【0003】
マイクロニードルの長さは、上述のように数百μm程度であり、ほとんど痒痛を伴わないで使用できる。また、マイクロニードルシートを皮膚から離す際に、マイクロニードルが皮膚内に残留しても人体に支障が生じないように、マイクロニードル部分は自己溶解性物質で形成される。
【0004】
このようなマイクロニードルを用いて人体に注入される薬物の中には高価な薬物も含まれる。そのため、マイクロニードルの先端部分にのみ薬物を含ませて、先端部分以外には薬物を含まないように、マイクロニードルを多層構造に形成することが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
このような多層構造のマイクロニードルを備えた従来のマイクロニードルシートの製造方法について、図9を参照して説明する。
【0006】
まず、複数の錐状の凹部91が形成されたスタンパ90を準備する。スタンパ90は、マイクロニードルの個々に対応する突起が形成された平板状の原版を、スタンパ母材に押し付けることにより形成される。スタンパ母材では、原版の複数の突起に対応した複数の錐状の凹部が形成され、これがスタンパ90となる。原版のそれぞれの突起は、微細機械加工、真空処理、またはフォトリソグラフィー等の方法で形成される。突起は、円、角、楕円などの断面形状を有する円錐状または角錐状である。
【0007】
スタンパ90のそれぞれの凹部91内に薬物を含有する第1のニードル原料92が充填される。第1のニードル原料92は、それぞれの凹部91内の先端部分に例えばディスペンサを用いて定量充填され、その後乾燥される。
【0008】
次に、第1のニードル原料92が充填されたそれぞれの凹部91内に、薬物を含有しない第2のニードル原料93を充填する。第2のニードル原料93は、例えばスキージ94を用いて第1のニードル原料92上に充填され、その後乾燥される。
【0009】
その後、スタンパ90上に固定基盤を貼り付けて、それぞれの凹部91内に充填されたニードル原料を固定基盤に固定する。スタンパ90から固定基盤を剥離することにより、第1のニードル原料92からなる薬物を含有する第1層と、第2のニードル原料93からなる第2層とを備える2層構造のマイクロニードルシートが完成する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2010−94414号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、このような従来の多層構造のマイクロニードルを備えたマイクロニードルシートの製造方法では、次のような課題がある。凹部内に充填されたニードル原料は、乾燥工程、次層の充填工程および乾燥工程を含む一連の工程過程において、乾燥応力、スキージ等による充填時の剪断力により先に充填された第1のニードル原料が凹部内より離脱する場合がある(例えば、充填時の剪断力による離脱の例を図10に示す。)。凹部内に充填されたニードル原料を乾燥する乾燥工程において、ニードル原料の体積収縮が生じるような場合にあっては、乾燥応力により凹部内にニードル原料が固定されず、外力(スキージ等による剪断力等)が付加されることで、ニードル原料が凹部内より離脱する場合がある。さらに、先に充填された第1のニードル原料が凹部内にて固定されていない状態にて、第2のニードル原料の充填が行われると、所定のニードル高さが得られない場合がある。つまり、何れの場合においても所定の薬物量が変動するという課題がある。また、このような課題は多層構造のマイクロニードルに限られず、単層構造のマイクロニードルにおいても同様の課題がある。
【0012】
従って、本発明の目的は、上記課題を解決することにあって、マイクロニードルの先端部分に含まれる薬物量の変動を抑制するマイクロニードルシートの製造方法およびマイクロニードルシートを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために、本発明は以下のように構成する。
【0014】
本発明の第1態様によれば、マイクロニードルシートの製造方法であって、シート状の母材の表面から裏面に向かって先細りに延在する複数の錐状の凹部と、それぞれの凹部の底から裏面に貫通する貫通孔とを有するシート状のスタンパを準備するスタンパ準備工程と、母材の裏面の貫通孔から吸引する吸引工程と、スタンパの表面からそれぞれの凹部内にニードル原料を充填する充填工程と、凹部内に充填されたニードル原料を乾燥するニードル原料乾燥工程とを含み、少なくともニードル原料乾燥工程の実施中に吸引工程を実施する、マイクロニードルシートの製造方法を提供する。
【0015】
本発明の第2態様によれば、マイクロニードルシートの製造方法であって、シート状の母材の表面から裏面に向かって先細りに延在する複数の錐状の凹部と、それぞれの凹部の底から裏面に貫通する貫通孔とを有するシート状のスタンパを準備するスタンパ準備工程と、母材の裏面の貫通孔から吸引する吸引工程と、スタンパの表面からそれぞれの凹部内にニードル原料を充填する充填工程と、スタンパの表面に接着材料を配置する接着材料配置工程と、接着材料に固定基盤を貼り付けて、接着材料を介してそれぞれの凹部内のニードル材料を固定基盤に固定する固定基盤配置工程とを含み、少なくとも接着材料配置工程の実施中に吸引工程を実施する、マイクロニードルシートの製造方法を提供する。
【0016】
本発明の第3態様によれば、固定基盤配置工程の後、接着材料を乾燥する接着材料乾燥工程をさらに含み、接着材料乾燥工程の実施中に吸引工程を実施する、第2態様に記載のマイクロニードルシートの製造方法を提供する。
【0017】
本発明の第4態様によれば、充填工程の実施中に吸引工程を実施する、第1態様から第3態様のいずれか1つに記載のマイクロニードルシートの製造方法を提供する。
【0018】
本発明の第5態様によれば、マイクロニードルシートの製造方法であって、シート状の母材の表面から裏面に向かって先細りに延在する複数の錐状の凹部と、それぞれの凹部の底から裏面に貫通する貫通孔とを有するシート状のスタンパを準備するスタンパ準備工程と、母材の裏面の貫通孔から吸引する吸引工程と、スタンパの表面からそれぞれの凹部内に第1のニードル原料を充填する第1充填工程と、第1のニードル原料が充填されたそれぞれの凹部内に第2のニードル原料を充填する第2充填工程とを含み、少なくとも第2充填工程の実施中に吸引工程を実施する、マイクロニードルシートの製造方法を提供する。
【0019】
本発明の第6態様によれば、マイクロニードルシートの製造方法であって、シート状の母材の表面から裏面に向かって先細りに延在する複数の錐状の凹部と、それぞれの凹部の底から裏面に貫通する貫通孔とを有するシート状のスタンパを準備するスタンパ準備工程と、母材の裏面の貫通孔から吸引する吸引工程と、スタンパの表面からそれぞれの凹部内に第1のニードル原料を充填する第1充填工程と、第1のニードル原料が充填されたそれぞれの凹部内に第2のニードル原料を充填する第2充填工程と、スタンパの表面に接着材料を配置する接着材料配置工程と、接着材料に固定基盤を貼り付けて、接着材料を介してそれぞれの凹部内のニードル材料を固定基盤に固定する固定基盤配置工程とを含み、少なくとも接着材料配置工程の実施中に吸引工程を実施する、マイクロニードルシートの製造方法を提供する。
【0020】
本発明の第7態様によれば、マイクロニードルシートの製造方法であって、シート状の母材の表面から裏面に向かって先細りに延在する複数の錐状の凹部と、それぞれの凹部の底から裏面に貫通する貫通孔とを有するシート状のスタンパを準備するスタンパ準備工程と、母材の裏面の貫通孔から吸引する吸引工程と、スタンパの表面からそれぞれの凹部内に第1のニードル原料を充填する第1充填工程と、凹部内に充填された第1のニードル原料を乾燥する第1原料乾燥工程と、第1のニードル原料が充填されたそれぞれの凹部内に第2のニードル原料を充填する第2充填工程と、凹部内に充填された第2のニードル原料を乾燥する第2原料乾燥工程と、を含み、少なくとも第1原料乾燥工程または第2原料乾燥工程の実施中に吸引工程を実施する、マイクロニードルシートの製造方法を提供する。
【0021】
本発明の第8態様によれば、固定基盤配置工程の後、接着材料を乾燥する接着材料乾燥工程をさらに含み、接着材料乾燥工程の実施中に吸引工程を実施する、第6態様に記載のマイクロニードルシートの製造方法を提供する。
【0022】
本発明の第9態様によれば、第1充填工程の実施中に吸引工程を実施する、第5態様から第8態様のいずれか1つに記載のマイクロニードルシートの製造方法を提供する。
【0023】
本発明の第10態様によれば、吸引工程において、スタンパの裏面に配置された多孔質部材を吸引することで、それぞれの貫通孔を通じた凹部の吸引が多孔質部材を介して行われる、第1態様から第9態様のいずれか1つに記載のマイクロニードルシートの製造方法を提供する。
【0024】
本発明の第11態様によれば、シート状の固定部材と、固定部材の表面に固定された複数の錐状のニードルとを備えるマイクロニードルシートにおいて、ニードルは、その錐状の先端に配置された第1のニードル層と、錐状の一部を形成しかつ第1のニードル層に固定された第2のニードル層とを備え、第1のニードル層の先端径が1〜20μmの範囲内で形成され、第1のニードル層の先端が平坦状または凸状に形成されている、マイクロニードルシートを提供する。
【発明の効果】
【0025】
本発明では、スタンパ母材の表面に形成された凹部内へ充填されたニードル原料に対して、乾燥応力や剪断力などの力が付加される工程が実施されるタイミングにおいて、母材裏面の貫通孔から吸引する吸引工程を実施する。したがって、貫通孔を通じた吸引によりニードル原料が凹部内に固定されるため、乾燥応力や剪断力などの力に抗して、ニードル原料が凹部内から離脱することを防止できる。よって、所定数のマイクロニードルが確保され、薬物量の変動を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施の形態にかかるマイクロニードルシートの製造方法で使用されるスタンパの断面図
【図2】本実施の形態の製造方法で使用されるベース部材の断面図
【図3】本実施の形態の製造方法の手順を示すフローチャート
【図4A】本実施の形態の製造方法における第1のニードル原料充填工程の説明図
【図4B】本実施の形態の製造方法における第1のニードル原料乾燥工程の説明図
【図4C】本実施の形態の製造方法における第2のニードル原料充填工程の説明図
【図4D】本実施の形態の製造方法における第2のニードル原料乾燥工程の説明図
【図4E】本実施の形態の製造方法における接着材料配置工程の説明図
【図4F】本実施の形態の製造方法における固定基盤配置工程の説明図
【図4G】本実施の形態の製造方法におけるマイクロニードルシート剥離工程の説明図
【図5】本実施の形態の製造方法により製造されたマイクロニードルの断面図
【図6】本実施の形態の製造方法により製造された別の形態のマイクロニードルの断面図
【図7】比較例のマイクロニードルの断面図
【図8】本実施の形態の製造方法により製造された別の形態のマイクロニードルの断面図
【図9】従来のマイクロニードルシートの製造方法の説明図
【図10】従来のマイクロニードルシートの製造方法の説明図
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に、本発明にかかる実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0028】
本発明の実施の形態にかかるマイクロニードルシートの製造方法にて用いられるスタンパ1の模式図を図1に示す。
【0029】
図1に示すように、スタンパ1は、シート状の母材2に錐状の凹部3が形成されたものである。母材2の材質は特に限定されるものではないが、マイクロニードルシートが医薬品であるため、コンタミネーション(汚染)がされにくい材質または人体に影響がない材質が良い。例えば、金属であればSUS316L、ハステロイ、プラスチックであればPTFE、ポリプロピレン、ポリエチレンなどが好適に用いられる。
【0030】
それぞれの凹部3は、母材2の表面(一方の面(図1の上面))から裏面(他方の面(図1の下面))に向かって先細りに延在している。凹部3は、円、角、楕円などの断面形状を有する円錐状または角錐状の空間として形成される。凹部3の底(先端部分)には、母材2の裏面に貫通する貫通孔4が形成されている。
【0031】
このようなスタンパ1は、マイクロニードルの個々に対応する錐状の突起が形成された平板状の原版を、スタンパ母材2に押し付けることにより形成される。また、スタンパ1は原版に溶融させた樹脂で型取りを行う射出成形などによる方法で形成しても良い。原版の材質は特に限定されないものの、スタンパ作製時の繰り返しの耐久性が優れた金属や被切削性の高くて安価な材料でも良い。例えば、ステンレス、チタン、タングステン、ハステロイ、銅、アルミニウム、ニッケル、シリコン等が利用できる。また、突起は本体からの削り出しによる加工の他、フォトリソグラフィーを用いた方法で形成しても良い。
【0032】
原版の突起は、高さ1μmから500μm程度の高さを有する。経皮投与したい体の部位と薬物の仕様によって突起の高さが好適に決定される。また、突起は根元断面径と長さの比率が、(1):(1.5〜3)の範囲の比較的高いアスペクト比を有する針形状を有する。突起は、円、角、楕円などの断面形状を有する円錐状または角錐状である。スタンパ母材2では、原版の複数の突起に対応した複数の錐状の凹部3が形成され、これがスタンパ1となる。
【0033】
スタンパ1に凹部3が形成された後、凹部3の底に貫通孔4を形成する。貫通孔4は、マイクロドリルで形成することができる。なお、螺旋刃が形成されていない針状の突起を有するマイクロドリルを用いて、貫通孔4を形成しても良い。
【0034】
このようにマイクロドリルを用いて貫通孔4を形成するような場合に代えて、母材2の厚さを原版の突起の高さよりも小さくしておき、原版をスタンパ母材2に押し付けて凹部3とともに貫通孔4を形成しても良い。
【0035】
次に、マイクロニードルシートの製造工程において、このようなスタンパ1が載置されるベース部材5の模式図を図2に示す。
【0036】
図2に示すように、ベース部材5において、スタンパ1の載置面には、凹状の溝部6が形成され、この溝部に配置された多孔質部材7を通じて複数の貫通孔4に吸引力を作用させることが可能である。溝部6の底には吸引孔8が形成されており、吸引孔8は吸引管9などを通じて吸引装置10に接続されている。また、多孔質部材7としては、後述するニードル原料のスキージによる充填工程において充填量のバラツキが生じないように、比較的硬い材料にて形成されることが好ましい。多孔質部材7としては、例えば、多孔質ポリエチレンやセラミック、金属フィルターなどが挙げられる。また、ここで使用しているベース部材5はステンレスやアルミ等の金属板が用いられるが、セラミックなどの多孔質板を用いることで溝部6を省略することも可能である。
【0037】
次に、本実施の形態のマイクロニードルシートの製造方法について具体的に説明する。説明にあたって、マイクロニードルシートの製造方法の手順を示すフローチャートを図3に示し、それぞれの手順(工程)におけるスタンパ等の状態の模式説明図を図4A〜図4Gに示す。
【0038】
まず、図3のフローチャートのステップS1にて、図1に示す構成を有するスタンパ1を準備し、図2に示す構成を有するベース部材5上にこのスタンパ1を載置する。図4Aに示すように、スタンパ1の裏面に形成されたそれぞれの貫通孔4が、ベース部材5の溝部6内に配置された多孔質部材7上に位置するように、スタンパ1がベース部材5上に載置される。
【0039】
次に、吸引装置10を作動させて、吸引管9および吸引孔8を通じて多孔質部材7に吸引力が付加される。これにより、スタンパ1のそれぞれの凹部3内対して貫通孔4を通じた吸引が開始される(ステップS2)。なお、このそれぞれの貫通孔4に対する吸引は、共通の多孔質部材7を通じて行われるため、それぞれの凹部3内に付加される吸引力(負圧)はほぼ均一となる。
【0040】
次に、図4Aに示すように、第1のニードル原料11がスタンパ1の表面上に供給され、スタンパ1の表面に沿ってスキージ13を移動させることにより、それぞれの凹部3内に所定量の第1のニードル原料11が充填される(ステップS3)。この第1のニードル原料11の充填工程の際に、それぞれの貫通孔4を通じて空気が排出されながら充填が行われる。したがって、気泡(空気)が溜まることなく第1のニードル原料11を凹部3内にスムーズに充填することができる。また、複数の凹部3の貫通孔4に対して共通の多孔質部材7が配置されているため、スキージ13によりそれぞれの凹部3内に均一に第1のニードル原料11を充填できる。なお、本実施の形態では、スキージ13を用いて第1のニードル原料11を充填する場合について例示するが、ディスペンサを用いて充填を行っても良い。また、第1のニードル原料11は、後述する第2のニードル原料と共通のベース材料に薬物を混入させて構成しても良い。ここで薬物とは例えば生理活性作用を有する純粋な化学物質のことであり、インスリン、成長ホルモン、エリスロポエチン、インターフェロン等のペプチド蛋白薬や、高分子薬、ビタミン等が挙げられ、またこれらを主成分とする物であっても良い。なお、第1および第2のニードル原料は、体内に残留せずに排出される材料を用いるのが好適である。
【0041】
その後、図4Bに示すように、充填された第1のニードル原料11の乾燥処理が行われる(ステップS4)。この乾燥処理は、例えばスタンパ1を所定の温湿度環境下に配置されることで、第1のニードル原料11からの蒸発速度を制御しながら乾燥速度を制御して行われる。その結果、それぞれの凹部3内の先端部分において、第1のニードル原料11が略錐状にて固化した状態となり、マイクロニードルの第1層11(第1のニードル原料11と同じ参照符号を用いる)が形成される。
【0042】
次に、図4Cに示すように、第2のニードル原料12がスタンパ1の表面上に供給され、スタンパ1の表面に沿ってスキージ14を移動させることにより、第1層11が形成されたそれぞれの凹部3内に第2のニードル原料12が充填される(ステップS5)。この第2のニードル原料12の充填工程の際に、スキージ14の移動により生じる外力が第2のニードル原料12を介して凹部3内の第1層11に付加される。しかしながら、凹部3内では第1層11に対して貫通孔4を通じて吸引力が付加されているため、このような外力に抗して第1層11が凹部3の先端部分に固定された状態となる。よって、スキージ14を用いた第2のニードル原料12の充填工程の際に、先に充填された第1層11が凹部3内から離脱することが防止される。
【0043】
その後、図4Dに示すように、充填された第2のニードル原料12の乾燥処理が行われる(ステップS6)。それぞれの凹部3内において、第2のニードル原料12から溶媒が蒸発されて固化し、第1層11と接合された第2層12(第2のニードル原料12と同じ参照符号を用いる)が形成される。特に、第1のニードル原料11と第2のニードル原料12には共通のポリマー材料として相溶性の材料を用いることで、第1層11と第2層12との結合性を高めることができ、多層構造のマイクロニードルの一体性を高めることができる。
【0044】
次に、図4Eに示すように、それぞれの凹部3内に第2層12が形成された状態のスタンパ1の表面に、スキージ15を用いて接着材料16を配置する(ステップS7)。この接着材料16の配置工程においても例えばスキージ15が用いられるが、凹部3内には貫通孔4を通じて吸引力が継続して付加された状態にあるため、第1層11および第2層12が凹部3内から離脱することが防止される。
【0045】
その後、図4Fに示すように、接着材料16上に固定基盤17が貼り付けられ(ステップS8)、接着材料16の乾燥処理が行われる。その後、吸引装置10による吸引を停止し(ステップS9)、固定基盤17および接着材料16をスタンパ1の表面から剥離する。これにより、接着材料16を介して固定基盤17上に固定された複数のマイクロニードル21を備えるマイクロニードルシート20を得ることができる(図4G、ステップS10)。それぞれのマイクロニードル21は、第1層11と第2層12とからなる2層構造を有する一体的な錐状のニードルとして形成される。
【0046】
ここで、このように製造されるマイクロニードルシート20が有するマイクロニードル21の構造について、図5から図8の模式図を用いて説明する。
【0047】
本実施の形態の製造方法では、第1のニードル原料11の充填が行われる際に、凹部3内に対して貫通孔4を通じた吸引が行われる。そのため、凹部3内に充填された第1のニードル原料11は、微小な吸引力により吸着固定される。したがって、図5に示すようにマイクロニードル21の先端に平坦面21aが形成される、あるいは図6に示すように先端に僅かに突出した凸部21bが形成された状態とすることができる。
【0048】
一方、吸引力を付加しない状態で、第1のニードル原料11の充填を行った場合には、図7に示すマイクロニードル81のように先端に凹部81aが形成された状態となる傾向が高い。これは、凹部3に貫通孔4が形成されてはいるものの、吸引力が付加されていないため、第1のニードル原料11はスタンパ母材2との界面張力により支配されるものと推定される。
【0049】
皮膚を貫通させるためには、マイクロニードル21の先端径を20μm以下とすることが好ましく、より好ましくは10μm程度とすることが良い。さらに、マイクロニードル21の先端は尖鋭化されていることが好ましい。第1のニードル原料11の充填時および乾燥時に貫通孔4を通じて吸引を行うことで、マイクロニードル21が離脱することを抑制できるとともに、マイクロニードル21の先端を尖鋭化することができる。なお、それぞれの貫通孔4の径は、要求されるマイクロニードル21の先端径に合わせて設定され、例えば、1μm〜20μmの範囲で設定される。
【0050】
また、図5および図6に示す形態では、マイクロニードル21における第1層11と第2層12の間の層界面はほぼ平坦面とされている。このように界面を平坦面とする場合には、個々の凹部3に対する第1のニードル原料11の充填量を充填後の第1層11の形状に基づく体積で管理することが容易となる。一方、図8に示すマイクロニードル21では、この層界面が平面状ではなく、曲面状となる。このように層界面が曲面状となるような場合は、第1層11と第2層12との接触面積を増加させることができ、結合強度を高めることができる。なお、このような層界面の形態は、貫通孔4を通じた吸引力や第1のニードル原料11の乾燥時間(例えば、温湿度環境条件)などにより所望の形状に制御できる。
【0051】
本実施の形態のマイクロニードルシートの製造方法によれば、第1のニードル原料11が充填されたスタンパ1の凹部3に対して貫通孔4を通じて吸引しながら、スキージ14を用いてスタンパ1の表面からそれぞれの凹部3内に第2のニードル原料12を充填する。この第2のニードル原料12の充填の際に、先に充填された第1のニードル原料11(第1層11)が貫通孔4を通じた吸引により凹部3内の先端部分に固定された状態とされるため、スキージ14を用いて第2のニードル原料12を充填する際に、第1層11が凹部3外へ離脱することを防止できるとともに、所定のニードル高さを得ることができる。よって、それぞれのマイクロニードル21間において、先端部分に含まれる薬物量を均一に保つことができる。
【0052】
また、スキージ15を用いて接着材料16をスタンパ1の表面に配置する際においても、それぞれの貫通孔4を通じて凹部3内に吸引力が付加されているため、凹部3内から第1層11および第2層12が離脱することを防止できる。
【0053】
さらに、凹部3内に第1のニードル原料11を充填する際に、貫通孔4を通じて凹部3内が吸引されているため、錐状の凹部3の先端部分にまで第1のニードル原料11を充填することができる。したがって、先端が凹状となることを防止でき、尖鋭化されたマイクロニードル21を形成することができる。さらに、第1のニードル原料11の乾燥処理を行う際に貫通孔4を通じて凹部3内を吸引することで、マイクロニードル21を尖鋭化できる。
【0054】
また、凹部3内に充填されたニードル原料11、12の乾燥処理や接着材料16の乾燥処理の際に、ニードル原料11、12や接着材料16の体積収縮が生じるような場合がある。しかしながら、凹部3内には貫通孔4を通じて吸引力が付加されているため、ニードル原料11、12や接着材料16に生じる乾燥応力に抗してニードル原料が凹部3内に固定された状態とされる。したがって、このような乾燥処理の際に、凹部3内からニードル原料が離脱することを防止できる。
【0055】
それぞれの貫通孔4を通じて凹部3内に付加される吸引力は、貫通孔4から第1のニードル原料11が抜けない程度に設定することが好ましい。使用する第1のニードル原料11の物性や貫通孔4の径などにより異なるが、大気圧を0kPaとして、−1kPa〜−10kPaの範囲で吸引圧力を設定することが好ましい。
【0056】
また、それぞれの貫通孔4から第1のニードル原料11が僅かに抜けて多孔質部材7に付着することを考慮し、多孔質部材を2層構造として原料が付着した上層のみを交換するようにしても良い。
【0057】
また、複数の貫通孔4のグループに対して共通の多孔質部材7を設けても良く、あるいは複数のグループに対して共通の多孔質部材を設けるようにしても良い。
【0058】
上述の説明では、第1のニードル原料11の充填工程(ステップS3)から固定基盤17の配置工程(ステップS8)まで、それぞれの貫通孔4を通じた凹部3内への吸引が継続して行われる場合を例としたが、本発明はこのような場合のみに限定されない。第1のニードル原料11の乾燥工程(ステップS4)、第2のニードル原料12の充填工程(ステップS5)、第2のニードル原料12の乾燥工程(ステップS6)、接着材料16の配置工程(ステップS7)、接着材料16の乾燥工程のいずれかの工程において、少なくとも貫通孔4を通じた吸引が行われていれば、第1層11あるいは第2層12が凹部3内から離脱することを防止できる。
【0059】
また、上述の説明では、吸引によるマイクロニードルの離脱を防止しているが、スタンパ母材2の表面から裏面に対して負の圧力差が生じていれば離脱が防止できるので必ずしも吸引する場合に限定されない。
【0060】
また、マイクロニードル21が2層構造を有する場合を例として便宜上説明したが、1層以上の層構造のマイクロニードルにおいても適用できる。さらに、スキージ以外の充填方法例えば、特定の凹部吐出させて充填させるインクジェット法や、所定の位置に塗布させるディスペンスによる充填方法なども利用できる。
【0061】
なお、上記様々な実施形態のうちの任意の実施形態を適宜組み合わせることにより、それぞれの有する効果を奏するようにすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明は、薬物を表皮に注入するマイクロニードルシートだけでなく、基材上に微小突起を形成する方法に広く利用することができる。
【符号の説明】
【0063】
1 スタンパ
2 母材
3 凹部
4 貫通孔
5 ベース部材
6 溝部
7 多孔質部材
8 吸引孔
9 吸引管
10 吸引装置
11 第1のニードル原料、第1層
12 第2のニードル原料、第2層
13〜15 スキージ
16 接着材料
17 固定基盤
20 マイクロニードルシート
21 マイクロニードル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マイクロニードルシートの製造方法であって、
シート状の母材の表面から裏面に向かって先細りに延在する複数の錐状の凹部と、それぞれの凹部の底から裏面に貫通する貫通孔とを有するシート状のスタンパを準備するスタンパ準備工程と、
母材の裏面の貫通孔から吸引する吸引工程と、
スタンパの表面からそれぞれの凹部内にニードル原料を充填する充填工程と、
凹部内に充填されたニードル原料を乾燥するニードル原料乾燥工程とを含み、
少なくともニードル原料乾燥工程の実施中に吸引工程を実施する、マイクロニードルシートの製造方法。
【請求項2】
マイクロニードルシートの製造方法であって、
シート状の母材の表面から裏面に向かって先細りに延在する複数の錐状の凹部と、それぞれの凹部の底から裏面に貫通する貫通孔とを有するシート状のスタンパを準備するスタンパ準備工程と、
母材の裏面の貫通孔から吸引する吸引工程と、
スタンパの表面からそれぞれの凹部内にニードル原料を充填する充填工程と、
スタンパの表面に接着材料を配置する接着材料配置工程と、
接着材料に固定基盤を貼り付けて、接着材料を介してそれぞれの凹部内のニードル材料を固定基盤に固定する固定基盤配置工程とを含み、
少なくとも接着材料配置工程の実施中に吸引工程を実施する、マイクロニードルシートの製造方法。
【請求項3】
固定基盤配置工程の後、接着材料を乾燥する接着材料乾燥工程をさらに含み、
接着材料乾燥工程の実施中に吸引工程を実施する、請求項2に記載のマイクロニードルシートの製造方法。
【請求項4】
充填工程の実施中に吸引工程を実施する、請求項1から3のいずれか1つに記載のマイクロニードルシートの製造方法。
【請求項5】
マイクロニードルシートの製造方法であって、
シート状の母材の表面から裏面に向かって先細りに延在する複数の錐状の凹部と、それぞれの凹部の底から裏面に貫通する貫通孔とを有するシート状のスタンパを準備するスタンパ準備工程と、
母材の裏面の貫通孔から吸引する吸引工程と、
スタンパの表面からそれぞれの凹部内に第1のニードル原料を充填する第1充填工程と、
第1のニードル原料が充填されたそれぞれの凹部内に第2のニードル原料を充填する第2充填工程とを含み、
少なくとも第2充填工程の実施中に吸引工程を実施する、マイクロニードルシートの製造方法。
【請求項6】
マイクロニードルシートの製造方法であって、
シート状の母材の表面から裏面に向かって先細りに延在する複数の錐状の凹部と、それぞれの凹部の底から裏面に貫通する貫通孔とを有するシート状のスタンパを準備するスタンパ準備工程と、
母材の裏面の貫通孔から吸引する吸引工程と、
スタンパの表面からそれぞれの凹部内に第1のニードル原料を充填する第1充填工程と、
第1のニードル原料が充填されたそれぞれの凹部内に第2のニードル原料を充填する第2充填工程と、
スタンパの表面に接着材料を配置する接着材料配置工程と、
接着材料に固定基盤を貼り付けて、接着材料を介してそれぞれの凹部内のニードル材料を固定基盤に固定する固定基盤配置工程とを含み、
少なくとも接着材料配置工程の実施中に吸引工程を実施する、マイクロニードルシートの製造方法。
【請求項7】
マイクロニードルシートの製造方法であって、
シート状の母材の表面から裏面に向かって先細りに延在する複数の錐状の凹部と、それぞれの凹部の底から裏面に貫通する貫通孔とを有するシート状のスタンパを準備するスタンパ準備工程と、
母材の裏面の貫通孔から吸引する吸引工程と、
スタンパの表面からそれぞれの凹部内に第1のニードル原料を充填する第1充填工程と、
凹部内に充填された第1のニードル原料を乾燥する第1原料乾燥工程と、
第1のニードル原料が充填されたそれぞれの凹部内に第2のニードル原料を充填する第2充填工程と、
凹部内に充填された第2のニードル原料を乾燥する第2原料乾燥工程と、を含み、
少なくとも第1原料乾燥工程または第2原料乾燥工程の実施中に吸引工程を実施する、マイクロニードルシートの製造方法。
【請求項8】
固定基盤配置工程の後、接着材料を乾燥する接着材料乾燥工程をさらに含み、
接着材料乾燥工程の実施中に吸引工程を実施する、請求項6に記載のマイクロニードルシートの製造方法。
【請求項9】
第1充填工程の実施中に吸引工程を実施する、請求項5から8のいずれか1つに記載のマイクロニードルシートの製造方法。
【請求項10】
吸引工程において、スタンパの裏面に配置された多孔質部材を吸引することで、それぞれの貫通孔を通じた凹部の吸引が多孔質部材を介して行われる、請求項1から9のいずれか1つに記載のマイクロニードルシートの製造方法。
【請求項11】
シート状の固定部材と、固定部材の表面に固定された複数の錐状のニードルとを備えるマイクロニードルシートにおいて、
ニードルは、その錐状の先端に配置された第1のニードル層と、錐状の一部を形成しかつ第1のニードル層に固定された第2のニードル層とを備え、
第1のニードル層の先端径が1〜20μmの範囲内で形成され、第1のニードル層の先端が平坦状または凸状に形成されている、マイクロニードルシート。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図4D】
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【図4E】
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【図4F】
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【図4G】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−200572(P2012−200572A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−71042(P2011−71042)
【出願日】平成23年3月28日(2011.3.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)本発明は独立行政法人科学技術振興機構が株式会社バイオセレンタックに委託した平成20年度独創的シーズ展開事業 革新的ベンチャー活用開発一般プログラムに係る「2層マイクロニードル製造装置」の成果によるものであり、産業技術力強化法第19条の適用を受けるものである。
【出願人】(000219314)東レエンジニアリング株式会社 (505)
【出願人】(502414389)株式会社バイオセレンタック (24)
【Fターム(参考)】