説明

マイクロ流体チップ構成単位、マイクロ流体チップ、およびその製造方法

【課題】目的や用途に対してフレキシブルに対応することが可能であって、精度と感度においても優れている新たなマイクロ流体チップを提供することが本発明の課題である。
【解決手段】本発明により、2つ以上の開口部を有する容器、及び該容器内に設置された1つ又はそれ以上の生体分子又はリガンドが保持された担体を含むことを特徴とする、マイクロ流体チップ構成単位が提供された。更に本発明により、マイクロ流体チップ構成単位の1つ又は2つ以上を、並列に若しくは直列に若しくは分枝状に並べた又は連結した構成よりなることを特徴とするマイクロ流体チップが提供された。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロ流体チップ構成単位、マイクロ流体チップ、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マイクロ流体チップは、少量のサンプルで、高速、短時間に正確にその場で生体分子反応の測定を可能にするために、医療や創薬、食品、バイオ分野、化学合成分野、環境分野などに広く活用されようとしている。臨床診断、動植物や微生物のゲノムやタンパク質の解析、創薬支援、食品の安全性検査、化学物質の合成や分析、環境モニタリングなどにおいて、迅速に、正確な測定分析をし、その結果の利用や、その結果を基にして適切な対策を施すことが可能になる。なおそのようなマイクロ流体チップの例が、特許文献1に記載されている。
【0003】
マイクロ流体チップは、μLからnLスケールのサンプルや反応液で生体分子反応を短時間で高感度に分析できることを目指して、微細加工技術を使ってデバイスのサイズをより縮小し、微少量サンプルのハンドリングの精密化が図られている。なお特許文献1記載のマイクロ流体チップを改良し、超高速分析を達成した例が特許文献2に記載されている。
【0004】
しかし従来のマイクロ流体チップは、一つの目的・用途に対して一つのマイクロ流体チップが対応するものであり、それぞれに微細加工技術を使用した流路のデザインがなされて製造されてきた。このため、検体数が一定しない場合や、反応や反応項目が多様である場合、その都度新たにマイクロ流体チップを加工、作製しなければならず、容易には対応できないという課題があった。
【0005】
一方、マイクロ流体チップにより生体分子反応を分析するためには、抗原、抗体などのタンパク質やDNA、糖質などの生体分子やリガンドがマイクロ流体チップのマイクロ流路内に固定されていることが必要である。従来のマイクロ流体チップは、生体分子を固定した基板と、微細な溝が刻まれた板から構成され、これらを合わせてマイクロ流路内に生体分子が固定された構造で形成されている。
【0006】
このような構成からなるマイクロ流体チップにおいては、マイクロ流路内に生体分子やリガンドを固定してマイクロ流路をシーリングする技術が、分析を妨げる液漏れ、クロスコンタミネーション、泡などの発生を避けるために必須である。これまで、マイクロ流路のシーリング法としては熱により接着する方法、接着剤を用いる方法、ラバー様の柔らかい材料を用いる方法などが用いられてきた。熱による接着法では生体分子の活性の減弱や失活、接着剤を用いる方法では、接着剤が生体分子の反応を阻害する問題や2段階の製造プロセスの手間の問題、ラバー様の柔らかい材料を用いる方法では非特異的な結合を避けるために表面加工しなければならない問題や大量生産には向かないなどの課題を解決しなければならなかった。これらの技術的諸問題は、マイクロ流体チップの性能にも直接的、間接的に著しく影響して、その精度、感度を落としてしまうという課題にもつながっていた。
【0007】
【特許文献1】特開2003−136005号公報
【特許文献2】特開2007−101221号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
よって目的や用途に対してフレキシブルに対応することが可能であって、精度と感度においても優れている新たなマイクロ流体チップが求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らはマイクロ流体チップの新たな構成単位を検討し、2つ以上の開口部を有する容器、及び該容器内に設置された1つ又はそれ以上の生体分子又はリガンドが保持された担体を含むことを特徴とする、マイクロ流体チップ構成単位を得た。そのようなマイクロ流体チップ構成単位をフレキシブルに組み合わせてマイクロ流体チップを構成することにより、上記諸課題を解決することができた。
【発明の効果】
【0010】
本発明のマイクロ流体チップの構成単位を組み合わせたマイクロ流体チップは新規なものであって、これによって高速、短時間で正確に、その場で生体分子反応を測定することを容易にする。更に検体の数や生体分子反応の数と種類によって該構成単位を並列、直列、又は分枝状に組み合わせて、本発明のマイクロ流体チップをフレキシブルに構成することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、新たな構成単位からなるマイクロ流体チップ構成単位である。更に本発明はマイクロ流体チップ構成単位を適宜に組み合わせてなるマイクロ流体チップであり、本発明のマイクロ流体チップはフレキシブルに構成することができる。上記で述べたように本発明のマイクロ流体チップ構成単位は、(1)2つ以上の開口部を有する容器、及び(2)該容器内に設置された1つ又はそれ以上の生体分子又はリガンドが保持された担体、を含むことを特徴とする。
【0012】
本発明における「2つ以上の開口部からなる容器」は、一つの開口部から他の開口部に流体が流れるものであればその形状はどのようなものでもよいが、直線ないしは曲線の管の形状を有するものであれば好適である。あるいは更にこの容器に担体を設置可能な1つ又はそれ以上の穴を有するものでもよい。穴の形状は円、楕円、方形、角形、星型などで、担体が設置可能なものであれば特に限定されるものではない。該容器の容積は1nLから1000μLの範囲であるが、より好ましくは50nLから100μLの範囲がよい。なお容器として使用できるものは、その容器としての形状を保つことができるものであれば特に限定されないが、下記の実施例において用いているヘマトクリット管の他に、金属、ガラス、プラスチックなどを挙げることができ、容器の形状を保てるものならば特に限定されるものではない。シクロオレフィン、ポリカーボネート、MS樹脂、メタクリル樹脂などの透明プラスチックやガラスなど透明なものであれば、実験の便宜のために好適である。
【0013】
また本発明における「担体」とは生体分子又はリガンドを保持しているものであり、棒状又は平板状の形状を有することは好適である。そのような形状を有していると、容器の中に担体を設置することが容易となる。担体の形状は特に限定されるものではなく、容器の開口部より容器内に入るものならば担体の大きさおよび形状はどのようなものでもよい。あるいは更に担体は、容器に該担体を設置するための前記の穴にフィットする形状を有するものであればよい。担体の材質は、生体分子やリガンドをその表面に固定できるものであれば特に限定されるものではないが、金属など導電性材質は好適である。また、担体表面にアルデヒド、エポキシ、スクシニド、マレイミド、チオール、アミノ、カルボキシルなどの官能基で被覆されたものであってもよい。なお担体として使用できるものの具体例として、下記の実施例において用いているステンレス棒(ステンレススチール)の他に、アルミニウム、クロムメッキ、ニッケルメッキなどの金属、ITOなどの金属がコートされたガラスやプラスチックなどを挙げることができる。
【0014】
さらに本発明のマイクロ流体チップ構成単位において、その容器に担体を1つ含むことは好適である。担体が複数になると送液や泡などの問題が生じて測定のコントロ−ルが難しくなる。なお該1つの担体に複数の生体分子又はリガンドを担持させることができるので、担体が1つであっても本発明のマイクロ流体チップは高い機能性を有する。
【0015】
さらに本発明のマイクロ流体チップ構成単位において、前記生体分子又は前記リガンドの表面構造が多孔性に保持されていることは好適である。このように表面構造を多孔性とすることにより、反応面積が大きくなり高い感度を得ることができる。
【0016】
さらに本発明のマイクロ流体チップ構成単位において、前記生体分子あるいは前記リガンドがエレクトロスプレーディポジション法で保持されていることは好適である。エレクトロスプレーディポジション法を用いて噴霧することにより、上記で述べたように、生体分子やリガンドを、表面構造を多孔性に固定することができる。
【0017】
本願明細書において、「生体分子」とはタンパク質、核酸、糖質、脂質など生体に含まれる分子一般を指す意味である。また本願明細書において「リガンド」とは、それらの生体分子と相互作用を示す物質を指す意味である。本発明におけるマイクロ流体チップは、1つから1000の生体分子またはリガンドが担体に保持されている。生体分子ないしはリガンドを担体に固定し保持する方法は、従来行われているどの方法でも良いが、より好ましくはエレクトロスプレーディポジション法を採用することが好ましい。生体分子の固定化方法としてエレクトロスプレーディポジション法は当業者に良く知られており、例えば国際公開WO98/58745の記載を参考にすることができる。
【0018】
そしてこのようなマイクロ流体チップ構成単位を、その使用用途に応じて、単独ないしは複数を並列にならべ、ないしは複数を直列に結合して、あるいは複数を分枝状に結合して、マイクロ流体チップとして用いることができる。すなわち本発明のマイクロ流体チップは、前記のマイクロ流体チップ構成単位の1つ又は2つ以上を、並列に若しくは直列に若しくは分枝状に並べた又は連結した構成よりなることを特徴とする。目的に応じてこのように自由に構成することができる点は、本発明の最も顕著な利点の一つである。
【0019】
例えば本発明の1態様として、図1に示すように、本発明のマイクロ流体チップ構成単位1を10個並列に並べて、マイクロ流体チップ2を構成することができる。なおマイクロ流体チップ構成単位1は、容器3に生体分子又はリガンドを固定した担体4を挿入してなる。なお下記の実施例においては容器にはヘマトクリット管を、担体にはステンレス棒を使用している。そして支持体5および6により、10個のマイクロ流体チップ構成単位1の並列の構造が支持されている。なお容器3は、溶液を注入および排出するための開口部7および8を有する。
【0020】
本発明の他の態様として、図2に示すように、接合部9を介してマイクロ流体チップ構成単位1の3本を直列に連結し、本発明のマイクロ流体チップ2を構成することができる。更に本発明の他の態様として、図3に示すように、接合部9を介してマイクロ流体チップ構成単位1の6本を分岐状に連結し、本発明のマイクロ流体チップ2を構成することができる。
【0021】
また本発明は、上記のマイクロ流体チップ構成単位の製造方法も提供するものであり、該方法は、生体分子又はリガンドを担体に保持させる過程、生体分子又はリガンドが保持された該担体を容器内に設置してマイクロ流体チップ構成単位を作製する過程、及び該マイクロ流体チップ構成単位の1つ又は2つ以上を、並列に若しくは直列に若しくは分枝状に並べる又は連結する過程を有することを特徴とする。なお本発明において、前記生体分子あるいは前記リガンドがエレクトロスプレーディポジション法で保持されていることは好適である。
【0022】
本発明のマイクロ流体チップを用いて生体反応を分析するには、該マイクロ流体チップの一つの開口部に検体、反応液、洗浄液などを注入し、容器内に移動して他の開口部より排出させる。送液の方法としては、例えば特開2007-101221に記載されたように、ポンプを用いて加圧ないしは吸引による方法を用いることができるが、その方法はこれに限定されるものではない。
【0023】
生体分子反応の検出は、直接ないしは酵素標識抗体による免疫反応による検出や、酵素反応の例のように一段階から複数段階の反応を経て、吸光法、蛍光法、発光法、蛍光偏光法、時間分解蛍光法、電気化学的測定法などの方法でなされる。かくして、一段階から複数段階の反応、反応液の洗浄を順次、連続的に進行させ、反応を検出する。
【実施例】
【0024】
下記の実施例や図面を用いて本発明を更に詳しく説明するが、その記載は本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0025】
(実施例1)
ステンレス棒(直径0.5mm、長さ4cm)上に幅1.5mm巾でエレクトロスプレーディポジション法を用いて、ヤギIgG(Sigma) 0.25μgを固定した。本ステンレス棒をヘマトクリット管(フナコシ、内径1.1mm、長さ75mm)中に挿入し、固定した。
【0026】
(実施例2)
実施例1のマイクロ流体チップ構成単位を10本作成し、それらを図1に示すように並列に並べた。
【0027】
(実施例3)
実施例1のマイクロ流体チップ構成単位を3本作成し、それらを図2に示すように直列に連結した。
【0028】
(実施例4)
実施例1のマイクロ流体チップを6本作成し、それらを図3に示すように分岐状に連結した。
【0029】
(実施例5)
方法:実施例1のマイクロ流体チップの管内に順次、2% ECL Advance Blocking Agent(Amersham) - PBS溶液 50μL、5μg/mL HRP標識抗ヤギIgG - 2% ECL Advance Blocking Agent - PBS溶液 50μL、PBS 50μL、ECL Advance (Amersham) 50μLを注入送液した後、暗所、冷却CCD(Bitran)により抗原抗体反応部位を撮影し、部位内平均輝度を測定した(図4)。なおその輝度を定量化したグラフにしたものが図5である。その結果、本発明のマイクロ流体チップを用いて、ヤギIgGと抗ヤギIgGの抗原・抗体反応を、短時間で、高感度で検出することができた。
【0030】
(実施例6)
実施例2のマイクロ流体チップの各管内に順次、2% ECL Advance Blocking Agent(Amersham) - PBS溶液 50μL、5μg/mL HRP標識抗ヤギIgG - 2% ECL Advance Blocking Agent - PBS溶液 50μL、PBS 50μL、ECL Advance (Amersham) 50μLを注入送液した後、暗所、冷却CCD(Bitran)により抗原抗体反応部位を撮影し、部位内平均輝度を測定した。本マイクロ流体チップを用いて、10検体のヤギIgGと抗ヤギIgGの抗原・抗体反応を、短時間で、高感度で同時検出することができた。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明により完成したマイクロ流体チップにおいては生体分子やリガンドの活性が保たれ、接着剤のような生体分子の反応の阻害するものがなく、流路の液漏れ、クロスコンタミネーションは発生せず、微少量のサンプルから短時間に、高感度で精度高く生体分子反応を測定、分析することができる。更に、本発明のマイクロ流体チップは、構成単位を直列、並列、分枝状に組み合わせて構成させることにより、分析目的や用途にフレキシブルに対応して、検体数や反応、反応項目を設定した構成となるマイクロ流体チップとすることができる。これらにより、その場で簡便に、目的・用途に対応した生体分子反応の測定、分析が可能となったため、該マイクロ流体チップはオン・サイト分析やポイント・オブ・ケアなど、研究現場、製造現場や医療現場、環境モニタリングなどに、高く利用価値がある。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】図1はマイクロ流体チップ構成単位を10本作成し、それらを並列に並べてマイクロ流体チップを構成した様子を示す図である。
【図2】図2はマイクロ流体チップ構成単位を3本作成し、それらを直列に連結してマイクロ流体チップを構成した様子を示す図である。
【図3】図3はマイクロ流体チップを6本作成し、それらを分岐状に連結してマイクロ流体チップを構成した様子を示す図である。
【図4】図4は本発明のマイクロ流体チップを用いて、ヤギIgGと抗ヤギIgGの抗原抗体反応を行い、その部位を撮影した写真である。
【図5】図5は図4の写真を定量化した結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0033】
1 マイクロ流体チップ構成単位
2 マイクロ流体チップ
3 容器
4 担体
5、6 支持体
7,8 開口部
9 接合部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2つ以上の開口部を有する容器、及び該容器内に設置された1つ又はそれ以上の生体分子又はリガンドが保持された担体を含むことを特徴とする、マイクロ流体チップ構成単位。
【請求項2】
前記容器が管の形状を有することを特徴とする、請求項1記載のマイクロ流体チップ構成単位。
【請求項3】
前記担体が棒状又は平板状の形状を有することを特徴とする、請求項1又は請求項2記載のマイクロ流体チップ構成単位。
【請求項4】
容器に前記担体を1つ含むことを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項記載のマイクロ流体チップ構成単位。
【請求項5】
前記生体分子又は前記リガンドの表面構造が多孔性に保持されていることを特徴とする、請求項1から請求項4のいずれか1項記載のマイクロ流体チップ構成単位。
【請求項6】
前記生体分子あるいは前記リガンドがエレクトロスプレーディポジション法で保持されていることを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか1項記載のマイクロ流体チップ構成単位。
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれか1項記載のマイクロ流体チップ構成単位の1つ又は2つ以上を、並列に若しくは直列に若しくは分枝状に並べた又は連結した構成よりなることを特徴とするマイクロ流体チップ。
【請求項8】
生体分子又はリガンドを担体に保持させ、生体分子又はリガンドが保持された該担体を容器内に設置されることを特徴とする、請求項1から請求項6のいずれか1項記載のマイクロ流体チップ構成単位を作製する過程、及び該マイクロ流体チップ構成単位の1つ又は2つ以上を、並列に若しくは直列に若しくは分枝状に並べる又は連結する過程を有することを特徴とする、請求項7記載のマイクロ流体チップの製造方法。
【請求項9】
前記生体分子あるいは前記リガンドがエレクトロスプレーディポジション法で保持されていることを特徴とする、請求項8記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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