説明

マイクロ流路デバイス及びマイクロ流路デバイスの作製方法

【課題】マイクロ流路デバイスにおいて、溶液中の試料を高性能に分離分析する。
【解決手段】マイクロ流路デバイスは、複数の直線流路21と隣り合う直線流路21、21の端部を接続する湾曲流路22とを有している。湾曲流路の幅wは、直線流路の幅tよりも小さい。湾曲流路の曲率半径rは、下記式(1)で表されるaの値が下記式(2)で表される湾曲流路の形状に基づく理論段高Hの極大点におけるaの値以下になるように設定されている。(1)


(2)


但し、u:湾曲流路22における溶液の流路通過速度、γ:湾曲流路22内に存在する基材による分子拡散阻害因子、D:溶液の分子拡散係数

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧力送液を利用した溶液の分析システム内に設けられ、複数の直線流路と隣り合う前記直線流路の端部を接続する湾曲流路とを備えたマイクロ流路が基板上に形成されたマイクロ流路デバイス、及び当該マイクロ流路デバイスの作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、マイクロ流路デバイスは、コンパクトな分離分析用のメディアとして用いられたり、あるいは化学合成や生化学合成を高い効率で行う反応場として用いられたりするなど、使用される科学分野が広がっている。
【0003】
このうち、マイクロ流路デバイスを用いた分離分析手法では、従来、溶液中に存在する分離対象試料(以下、「試料」という。)をマイクロ流路内で輸送する際に、試料が有する電荷を利用して、マイクロ流路の入口と出口に電圧を加えることにより電位差を生じさせ、当該電位差を駆動力とする電気泳動法や動電クロマトグラフィー法が用いられている。また、別の分離分析手法として、マイクロ流路と試料との接触表面の電荷により生じる電気浸透流を利用する電気クロマトグラフィー法なども用いられている。
【0004】
しかしながら、上記のような電場を利用した分離分析手法においては、試料中の分離対象物質をマイクロ流路内で輸送するために、マイクロ流路内を満たす輸送溶媒が無機あるいは有機塩を含む緩衝液であって、かつ分離対象物質が電荷を有するものであることが望ましい。すなわち、分離分析を行う対象物質の種類に制約が加えられる。このため、上記の分離分析手法に適用されたマイクロ流路デバイスは、特定用途でしか使用されていないのが現状である。
【0005】
一方、液体クロマトグラフィー(高速液体クロマトグラフィー)では、分離対象物質を輸送させる溶媒を送液するための駆動力として、いわゆる力学ポンプなどにより生じる圧力差を利用している。かかる液体クロマトグラフィーでは、電場を送液駆動力とする電気泳動法等と異なり、分離対象物質を輸送させるための溶媒に制約がない。この溶媒として、例えば高濃度有機溶媒から水、及び広い範囲でのpH条件を構築する無機あるいは有機塩を利用した緩衝液などを使用できる。また、溶媒の種類だけでなく、分離対象物質として、電荷の有無に関係なく無機から有機化合物ならびに生体物質や、親水性あるいは疎水性物質など、広い特性範囲をもつ物質を対象とすることができる。この分離分析条件の選択性の広さから、例えば近年の科学研究および開発において重要視されている超高速分析や、プロテオミクス、メタボロミクスなどバイオ分野において求められる超高性能分離、あるいは産業において重要となる大量試料の処理、さらに次世代型化学産業として期待されるマイクロ化学手法など、多くの化学産業や研究分野に対して、圧力送液式のマイクロ流路デバイスは広く貢献すると考えられる。
【0006】
また、マイクロピラーが均等に配置されたマイクロ流路デバイスの原理的な分離分析性能は、現行で最も多く使用されている粒子充填型カラムよりも高い性能であることが報告されている(非特許文献1)。したがって、マイクロ流路デバイスの実使用は、上記化学分野の進歩において、多くの貢献をすると期待される。
【0007】
しかしながら、現在まで、圧力送液を利用した液体クロマトグラフィーにおいて、マイクロ流路デバイスを使用し、実際に現行の液体クロマトグラフィー用分離メディアと同等又はそれ以上の分離分析性能が発現された報告はない。
【0008】
ところで、基板上にエッチング処理を行い形成されたマイクロ流路内に、マイクロピラーを配するピラー型のマイクロ流路デバイスを作製する場合、試料を分離するのに十分な分離性能を得るためには、直線状に長いマイクロ流路を設計すればよい。しかしながら、マイクロ流路が形成される基板の大きさ自体に制限があること、また、マイクロ流路デバイスの特徴であるコンパクトさへの要求などの事情から、限られた面積の中に折り畳まれた形の複数の直線状のマイクロ流路(以下、「直線流路」という。)を形成し、それらをカーブ状のマイクロ流路(以下、「湾曲流路」という。)で接続して全体の流路を長くする必要がある。
【0009】
しかしながら、複数の直線流路間を接続する湾曲流路を、直線流路と同じ幅で設計した流路では、その湾曲流路において溶液の流れ、すなわち試料の流れに乱れが生じる。この試料の乱流は、例えば湾曲流路の内側と外側で試料の流れに速度差が生じることに起因している。この結果、直線状の流路のみで構成されるマイクロ流路が有する原理的な性能から予想される分離分析性能が発現せず、直線流路及び湾曲流路を含むマイクロ流路全体の分離分析性能が大幅に低下する。したがって、実用に耐えるマイクロ流路デバイスを実現することができない。
【0010】
そこで、従来、電気泳動法を利用したマイクロ流路デバイスにおいて、直線流路間を接続する湾曲流路の内側を試料が流れる時間と、湾曲流路の外側を試料が流れる時間とが等しくなるように、湾曲流路を設計することが提案されている(特許文献1)。また、湾曲流路の内周と外周の長さが等しくなるように、湾曲流路を設計することも提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特表2001−523001号公報
【特許文献2】米国特許第6270641号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Analytical Chemistry, Vol.79, No.15, August 1,2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述した特許文献1、2に記載のマイクロ流路を用いた場合、電場を利用した電気泳動法においては、湾曲流路における試料の乱流が抑制され、試料の分離分析性能に改善が見られる。しかしながら、圧力送液を利用した液体クロマトグラフィーにおいては、マイクロ流路内の試料の流れが電気泳動法を利用した場合と異なる。このため、液体クロマトグラフィーにおいて、特許文献1、2に記載のマイクロ流路を用いても、湾曲流路における試料の乱流を抑制することができず、現行の分離分析メディアと同程度の使用可能な分離分析性能を有するマイクロ流路デバイスを作製するには至らなかった。
【0014】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、圧力送液を利用したマイクロ流路デバイスにおいて、マイクロ流路の流路長さを確保しつつ、溶液中の試料を高性能に分離分析することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記の目的を達成するため、本発明は、圧力送液を利用した溶液の分析システム内に設けられ、複数の直線流路と隣り合う前記直線流路の端部を接続する湾曲流路とを備えたマイクロ流路が基板上に形成されたマイクロ流路デバイスであって、前記湾曲流路の幅は、前記直線流路の幅よりも小さく、かつ、前記湾曲流路の曲率半径rは、下記式(1)で表されるaの値が下記式(2)で表される前記湾曲流路の形状に基づく理論段高Hの極大点におけるaの値以下になるように設定されていることを特徴としている。
【0016】
【数1】

【数2】


但し、w:湾曲流路の幅、u:湾曲流路における溶液の流路通過速度、γ:湾曲流路内に存在する基材による分子拡散阻害因子、D:溶液の分子拡散係数
【0017】
発明者らが鋭意検討した結果、湾曲流路の形状に基づく理論段高Hについての上記式(2)を導出するに至った。そして、圧力送液を利用したマイクロ流路デバイスにおいて、溶液中の試料を高性能に分離分析するためには、湾曲流路の幅wを小さく、また湾曲流路の曲率半径rを大きくするのが良いことが分かった。すなわち、上記式(1)で表されるaの値は小さいほうが良いことが分かった。
【0018】
一方、基板の大きさに制限がある条件下で、当該基板上にできるだけ長い流路のマイクロ流路を形成するためには、湾曲流路の幅wを大きく、また湾曲流路の曲率半径rを小さくするのが良い。すなわち、上記式(1)で表されるaの値は大きい方が良い。
【0019】
このように、湾曲流路の幅wと曲率半径rには相反する要求がある。そこで発明者らがさらに調べたところ、上記式(1)で表されるaの値が上記式(2)における理論段高Hの極大点におけるaの値以下であれば、要求される性能を有するマイクロ流路が得られることが分かった。すなわち、かかる条件を満たすマイクロ流路を用いれば、当該マイクロ流路の流路長さを確保しつつ、試料を高性能に分離分析できることが分かった。なお、上記式(2)については、後述の実施の形態において詳しく説明する。
【0020】
前記直線流路と前記湾曲流路との間には接続部が設けられ、前記接続部は、前記直線流路から前記湾曲流路に向けて幅が小さくなるテーパ状に形成され、前記接続部の内側のテーパ角度は、前記接続部の外側のテーパ角度よりも大きくてもよい。
【0021】
前記湾曲流路の曲率半径rは、前記式(2)で表される前記湾曲流路の形状に基づく理論段高Hが極大点となるaの値に基づいて設定されていてもよい。
【0022】
前記分析システムは、高速液体クロマトグラフィー又はマイクロリアクターであってもよい。
【0023】
前記マイクロ流路を構成する材料は、シリコン、石英、有機ポリマー又は炭化ケイ素であってもよい。
【0024】
前記湾曲流路の形状に基づく理論段高Hは、0.1μm〜100μmであるのが好ましく、さらに好ましくは1μm〜10μmであるのがよい。
【0025】
前記湾曲流路の曲率半径rは100μm〜5000μmであり、前記湾曲流路の幅wは10μm〜800μmであるのが好ましい。
【0026】
前記マイクロ流路は、前記直線流路と前記湾曲流路により、平面視において蛇行形状を有していてもよい。
【0027】
別な観点による本発明は、圧力送液を利用した溶液の分析システム内に設けられ、複数の直線流路と隣り合う前記直線流路の端部を接続する湾曲流路とを備えたマイクロ流路が基板上に形成されるマイクロ流路デバイスの作製方法であって、前記湾曲流路の幅を、前記直線流路の幅よりも小さく設定し、かつ、前記湾曲流路の曲率半径rを、下記式(1)で表されるaの値が下記式(2)で表される前記湾曲流路の形状に基づく理論段高Hの極大点におけるaの値以下になるように設定することを特徴としている。
【0028】
【数3】

【0029】
【数4】

但し、w:湾曲流路の幅、u:湾曲流路における溶液の流路通過速度、γ:湾曲流路内に存在する基材による分子拡散阻害因子、D:溶液の分子拡散係数
【0030】
前記湾曲流路の曲率半径rを、前記式(2)で表される前記湾曲流路の形状に基づく理論段高Hが極大点となるaの値に基づいて設定してもよい。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、圧力送液を利用したマイクロ流路デバイスにおいて、マイクロ流路の流路長さを確保しつつ、溶液中の試料を高性能に分離分析することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本実施の形態にかかるマイクロ流路デバイスの構成の概略を示す平面図である。
【図2】本実施の形態にかかる直線流路、接続部及び湾曲流路の構成の概略を示す平面図である。
【図3】接続部の内側と外側のテーパ角度を設定するための説明図である。
【図4】接続部の内側と外側のテーパ角度を設定するための説明図である。
【図5】湾曲流路の比率と理論段高との関係を示すグラフである。
【図6】湾曲流路の比率が理論段高の極大点における比率より小さい場合の、湾曲流路における溶質バンドの広がりを示す説明図である。
【図7】湾曲流路の比率が理論段高の極大点における比率付近である場合の、湾曲流路における溶質バンドの広がりを示す説明図である。
【図8】湾曲流路の比率が理論段高の極大点における比率より大きい場合の、湾曲流路における溶質バンドの広がりを示す説明図である。
【図9】湾曲流路の比率と理論段高との関係を、湾曲流路の幅毎に示したグラフである。
【図10】湾曲流路の比率と理論段高との関係を、湾曲流路の幅毎に示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明の実施の形態について説明する。図1は、本実施の形態に係るマイクロ流路デバイス1の構成の概略を示す平面図である。マイクロ流路デバイス1は、例えば圧力送液を利用した溶液の分析システムとしての高速液体クロマトグラフィー(HPLC:High Performance Liquid Chromatography)内に設けられている。
【0034】
マイクロ流路デバイス1は、基板10上に溝状に形成されたマイクロ流路20を有している。基板10の材料には、例えばシリコン、石英、有機ポリマー又は炭化ケイ素などが用いられる。そして、例えば基板10にフォトリソグラフィー処理とエッチング処理などを行い、当該基板10上に所定の形状のマイクロ流路20が形成される。
【0035】
マイクロ流路20には、例えば力学ポンプ(図示せず)が設けられている。この力学ポンプの圧力差を利用して、マイクロ流路20内を溶液が送液される。
【0036】
マイクロ流路20は、平面視において並列に形成された複数の直線流路21と、隣り合う直線流路21、21の端部を接続する湾曲流路22とを有している。これら直線流路21と湾曲流路22により、マイクロ流路20は、平面視において蛇行形状を有している。マイクロ流路20の入口側の端部には、当該マイクロ流路20内に溶液を導入するための導入口23が形成されている。また、マイクロ流路20の出口側の端部には、当該マイクロ流路20を流れた溶液を排出するための排出口24が形成されている。マイクロ流路20内には、複数のマイクロピラー(図示せず)が当該マイクロ流路20の底面から立設している。マイクロピラーは多孔質でもよく、また無孔質でもよい。これらマイクロピラーは、上述したように基板10にフォトリソグラフィー処理とエッチング処理などを行ってマイクロ流路20を形成する際に同時に形成される。
【0037】
湾曲流路22は、図2に示すように、その湾曲流路22の幅wが直線流路21の幅tよりも小さくなるように形成されている。これに伴い、直線流路21と湾曲流路22との間には、接続部25が設けられている。接続部25は、直線流路21から湾曲流路22に向けて幅が小さくなるテーパ状に形成されている。
【0038】
ここで、例えば図3に示すように、接続部25の内側と外側で溶液の流れに速度差が発生するのを抑えるため、接続部25は、その内側と外側で対称に湾曲流路22に向けて幅が小さくなるのが好ましい。すなわち、接続部25の内側のテーパ角度αと外側のテーパ角度βを等しくするのが好ましい。一方、基板10の大きさに制限がある条件下で、当該基板10上にできるだけ流路の長いマイクロ流路20を形成するためには、湾曲流路22の幅wを大きくするのが好ましい。このため、例えば図4に示すように、接続部25の外側のテーパ角度をゼロにするのが好ましい。そこで、これら2つの要求を考慮して、接続部25は、図2に示すように、内側のテーパ角度αが外側のテーパ角度βよりも大きくなるように形成されている。すなわち、直線流路21の中心線Cに対して、湾曲流路22の中心線Cは外側にオフセットされている。なお、接続部25の内側のテーパ角度αと外側のテーパ角度βは、上記条件を満たしつつ、湾曲流路22の曲率半径rが後述の式(1)及び式(2)を用いた条件を満たすように設定される。
【0039】
湾曲流路22の曲率半径rは、下記式(1)で表されるaの値が下記式(2)における湾曲流路22の形状に基づく理論段高Hの極大点におけるaの値以下になるように設定されている。なお、aは湾曲流路22における曲率半径rに対する幅wの比率であって、以下「比率a」という。
【0040】
【数5】

【0041】
【数6】

但し、u:湾曲流路22における溶液の流路通過速度、γ:湾曲流路22内に存在する基材、例えばマイクロピラーなどによる分子拡散阻害因子(分子拡散への影響)、D:溶液の分子拡散係数
【0042】
ここで、このように上記式(1)及び式(2)を用いて湾曲流路22の曲率半径rを設定する根拠について説明する。
【0043】
高速液体クロマトグラフィーにおいて、上述した力学ポンプによって流路内を流れる溶液の流路通過速度(線速度)uと、流路単位長さあたりにかかる負荷圧ΔPとの関係は下記式(3)により表される。
【0044】
【数7】

但し、K:流路透過率、η:溶液中の溶媒粘度、L:流路長さ
【0045】
マイクロ流路20内のマイクロピラーのサイズ及び溶液中の溶媒に特に変化がない場合、流路透過率Kと溶媒粘度ηは一定となる。そこで、湾曲流路22の内側と外側の流路長さをそれぞれL、Loとすると、湾曲流路22の内側の流路通過速度uと外側の流路通過速度uoは、それぞれ下記式(4)と下記式(5)で表される。
【0046】
【数8】

【0047】
【数9】

【0048】
また、湾曲流路22の内側の流路長さLと外側の流路長さLoは、それぞれ下記式(6)と下記式(7)で表されるので、湾曲流路22の内側と外側の流路通過速度差Δuioは、下記式(8)となる。
【0049】
【数10】

但し、θ:湾曲流路22のカーブラジアン角度
【0050】
【数11】

【0051】
【数12】

【0052】
上記式(8)で表される湾曲流路22の内側と外側の流路通過速度差Δuioは、湾曲流路22のカーブラジアン角度θや湾曲流路22の幅w、湾曲流路22の曲率半径rなど、さまざまな要素により影響される。この流路通過速度差Δuioにより、溶液中の分離対象試料(以下、「試料」という。)の溶質バンドは、溶液の送液方向に広がる影響を受け、マイクロ流路デバイス1の分離性能が低下する。また、この流路通過速度差Δuioは単位時間あたりに発生するため、単位時間よりも長い時間においては流路通過速度差Δuioによる溶質バンドの広がりが蓄積される。
【0053】
ここで、流路通過速度差Δuioが発生する単位時間は、例えば文献J.C.Giddings, “Dynamics of Chromatography”, pp.33に記載されているように、溶液中の試料分子が、試料自身のもつ拡散速度によって湾曲流路22を横断する時間tとして下記式(9)で表される。この式(9)において、dは湾曲流路22の中央から側壁への試料分子が移動する距離を示しており、本実施の形態においてはw/2となる。そして、この式(9)に分子拡散阻害因子γの影響を考慮すると、試料分子が湾曲流路22を横断する時間tは、下記式(10)で表される。
【0054】
【数13】

【0055】
【数14】

【0056】
上記式(8)及び上記式(10)により、湾曲流路22の形状に起因する試料輸送距離の内外差ΔLioは下記式(11)となる。
【0057】
【数15】

【0058】
湾曲流路22における試料輸送距離の内外差ΔLioは、下記式(12)の通り、マイクロ流路デバイス1における溶質バンドの存在分布として2Δσと表される。また、湾曲流路22における流路通過速度uと湾曲流路22の流路長さLは、それぞれ下記式(13)と下記式(14)で表される。そして、上記式(11)及び下記式(12)〜(14)により、下記式(15)が導かれる。
【0059】
【数16】

【0060】
【数17】

【0061】
【数18】

【0062】
【数19】

【0063】
ここで、湾曲流路22の形状による溶質バンドの広がりは、時間tで生じる溶質バンドの広がりを、試料が湾曲流路22を通過する時間分だけ積算される。この積算回数をnとすると、積算回数nは、時間tで試料が輸送された距離uに対する湾曲流路22の外側の流路長さLoであり、下記式(16)で表される。
【0064】
【数20】

【0065】
高速液体クロマトグラフィーにおける溶質バンドの広がりは下記式(17)に示すσで表されるので、本実施の形態においてはマイクロ流路デバイス1における溶質バンドの広がりはn(Δσとなる。また、マイクロ流路デバイス1の分離性能を表す理論段高Hは、溶質バンドの輸送距離である流路長さLに対する溶質バンドの広がりσ、すなわちσ/Lで表される。湾曲流路22における溶質バンドの輸送距離、すなわち湾曲流路22の流路長さLは上記式(14)に示すようにθ(r+w/2)であるので、湾曲流路22の形状に基づく理論段高Hは、下記式(18)で表される。
【0066】
【数21】

【0067】
【数22】

【0068】
上記式(18)において、上記式(1)で示したようにa=w/rとすると、上記式(2)が導出される。これが曲率半径rの湾曲流路22を通過する際に生じる理論段高Hであり、直線流路21の与える理論段高に加算され、マイクロ流路20全体の分離性能を低下させる要因となる。なお、この式(2)に見られるように、分離性能に対して湾曲流路22のカーブラジアン角度θの大きさは影響しない。
【0069】
図5は、上記式(1)で表される比率aに対して、上記式(2)で表される理論段高Hをグラフ化したものである。図5中のグラフにおいて、比率aの値が理論段高Hの極大点Hにおける比率aの値より小さい範囲Aでは、図6に示すように、湾曲流路22における溶質バンドの広がりEは小さい。一方、図5中のグラフにおいて、比率aの値が理論段高Hの極大点H付近における比率aの値である範囲Bでは、図7に示すように、湾曲流路22における溶質バンドの広がりEが大きくなる。また、図5中のグラフにおいて、比率aの値が理論段高Hの極大点Hにおける比率aの値より大きい範囲Cでは、理論段高Hの値は極大点Hよりも小さくなる。しかしながら、範囲Cにおいてはマイクロ流路20の流路長さLが長くなるため、見かけ上、理論段高Hの値が小さくなっているに過ぎない。実際には、図8に示すように、湾曲流路22における溶質バンドの広がりEは、範囲Bと同様に大きくなっている。
【0070】
ここで、溶液中の試料を高性能に分離分析するためには、上述したように湾曲流路22の形状に基づく理論段高Hは小さいほうが良く、すなわち溶質バンドの広がりEが小さいほうが良い。したがって、試料を高性能に分離分析するため、湾曲流路22の曲率半径rは、上記式(1)で表される比率aの値が上記式(2)で表される湾曲流路22の形状に基づく理論段高Hの極大点Hにおける比率aの値以下(図5中の範囲F)になるように設定される。
【0071】
一方、マイクロ流路デバイス1の基板10の大きさには制限がある。この条件下で、できるだけ多くの試料を分離分析するためには、湾曲流路22の幅wを大きく、また直線流路21を長くして湾曲流路22の曲率半径rを小さくするのが好ましい。すなわち、上記式(1)で表される比率aの値は大きい方が好ましい。したがって、理想的には、湾曲流路22の曲率半径rは、比率aの値が湾曲流路22の形状に基づく理論段高Hの極大点Hにおける比率aの値と一致するように設定される。
【0072】
次に、湾曲流路22の設計方法について具体的に説明する。図9及び図10は、比率aに対する理論段高Hを、湾曲流路22の幅w毎にグラフ化したものである。
【0073】
先ず、要求されるマイクロ流路デバイス1の性能に基づいて、湾曲流路22の形状に基づく理論段高Hを設定する。理論段高Hは、0.1μm〜100μmが好ましく、より好ましくは1μm〜10μmに設定される。
【0074】
そして、図9及び図10を参照して、設定された理論段高H以下の範囲であって、かつ比率aの値が理論段高Hの極大点Hにおける比率aの値以下となるように、湾曲流路22の曲率半径rと幅wが設定される。このとき、より好ましくは、理論段高Hの極大点Hが、設定された設定された理論段高Hと一致するグラフを選択し、当該グラフに基づいて、湾曲流路22の曲率半径rと幅wが設定される。
【0075】
また、湾曲流路22の幅wは、直線流路21の幅tよりも小さくなるように設定される。そして、発明者らが鋭意評価を行ったところ、湾曲流路22の曲率半径rは例えば100μm〜5000μmに設定され、また湾曲流路22の幅wは例えば10μm〜800μmに設定されると望ましいことが分かった。
【0076】
なお、湾曲流路22と直線流路21を接続する接続部25は、上述した湾曲流路22の設定条件を満たしつつ、内側のテーパ角度αが外側のテーパ角度βよりも大きくなるように設定される。
【0077】
以上のように湾曲流路22、直線流路21及び接続部25が設計されると、すなわちマイクロ流路20が設計されると、当該設計に基づいて基板10上にフォトリソグラフィー処理とエッチング処理が行われる。こうして、基板10上にマイクロ流路20が形成され、マイクロ流路デバイス1が作製される。
【0078】
以上の実施の形態によれば、上記式(1)で表される比率aの値が上記式(2)における理論段高Hの極大点Hにおける比率aの値以下になるように、湾曲流路22の曲率半径rと幅wが設定されるので、湾曲流路22の形状による溶液の流れの乱れを抑制することができる。すなわち、要求される性能を有するマイクロ流路20が得られ、当該マイクロ流路20を有するマイクロ流路デバイス1において、溶液中の試料を高性能に分離分析することができる。
【0079】
しかも、上記比率aの範囲において、できるだけ大きい比率aを設定すれば、マイクロ流路20の流路長さLも確保することができる。特に、比率aの値が理論段高Hの極大点Hの比率aの値と一致するように設定した場合、マイクロ流路20の流路長さLをより長く確保することができる。
【0080】
したがって、本実施の形態によれば、マイクロ流路20の流路長さLを確保しつつ、試料を高性能に分離分析することができる。
【0081】
また、直線流路21と湾曲流路22との間に設けられた接続部25は、内側のテーパ角度αが外側のテーパ角度βよりも大きくなるようにテーパ状に形成されているので、接続部25の内側と外側で溶液の流れに流速差が発生するのを抑制しつつ、湾曲流路22の幅wを確保して、マイクロ流路20の流路長さを長くすることができる。
【0082】
また、基板10の材料に、例えばシリコン、石英、有機ポリマー又は炭化ケイ素などが用いられるので、基板10にフォトリソグラフィー処理とエッチング処理などを行ってマイクロ流路20を形成することができる。これによって、マイクロ流路20を一括で容易に形成することができると共に、マイクロ流路20を所定の形状に精度よく形成することができる。
【0083】
以上の実施の形態では、マイクロ流路デバイス1は、高速液体クロマトグラフィーの分析システム内に設けられていたが、圧力送液方式を利用した分析システムであればこれに限定されない。本実施の形態のマクロ流路デバイス1は、例えばマイクロリアクターの分析システム1内に設けることもできる。なお、マイクロリアクターとは、マイクロ流路を有する微小反応容器であり、主に化学合成や生化学合成において用いられている。マイクロリアクターを用いて反応系をマイクロ化することにより、省資源・省エネルギー化が図られることに加えて、反応の迅速化や高効率化を達成することができる。
【0084】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施の形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明は、圧力送液を利用した溶液の分析システム内に設けられ、複数の直線流路と隣り合う前記直線流路の端部を接続する湾曲流路とを備えたマイクロ流路が基板上に形成されたマイクロ流路デバイスに有用である。
【符号の説明】
【0086】
1 マイクロ流路デバイス
10 基板
20 マイクロ流路
21 直線流路
22 湾曲流路
23 導入口
24 排出口
25 接続部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧力送液を利用した溶液の分析システム内に設けられ、複数の直線流路と隣り合う前記直線流路の端部を接続する湾曲流路とを備えたマイクロ流路が基板上に形成されたマイクロ流路デバイスであって、
前記湾曲流路の幅は、前記直線流路の幅よりも小さく、
かつ、前記湾曲流路の曲率半径rは、下記式(1)で表されるaの値が下記式(2)で表される前記湾曲流路の形状に基づく理論段高Hの極大点におけるaの値以下になるように設定されていることを特徴とする、マイクロ流路デバイス。
【数23】

【数24】

但し、w:湾曲流路の幅、u:湾曲流路における溶液の流路通過速度、γ:湾曲流路内に存在する基材による分子拡散阻害因子、D:溶液の分子拡散係数
【請求項2】
前記直線流路と前記湾曲流路との間には接続部が設けられ、
前記接続部は、前記直線流路から前記湾曲流路に向けて幅が小さくなるテーパ状に形成され、
前記接続部の内側のテーパ角度は、前記接続部の外側のテーパ角度よりも大きいことを特徴とする、請求項1に記載のマイクロ流路デバイス。
【請求項3】
前記湾曲流路の曲率半径rは、前記式(2)で表される前記湾曲流路の形状に基づく理論段高Hが極大点となるaの値に基づいて設定されていることを特徴とする、請求項1又は2に記載のマイクロ流路デバイス。
【請求項4】
前記分析システムは、高速液体クロマトグラフィー又はマイクロリアクターであることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のマイクロ流路デバイス。
【請求項5】
前記マイクロ流路を構成する材料は、シリコン、石英、有機ポリマー又は炭化ケイ素であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載のマイクロ流路デバイス。
【請求項6】
前記湾曲流路の形状に基づく理論段高Hは、0.1μm〜100μmであることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載のマイクロ流路デバイス。
【請求項7】
前記湾曲流路の形状に基づく理論段高Hは、1μm〜10μmであることを特徴とする、請求項6に記載のマイクロ流路デバイス。
【請求項8】
前記湾曲流路の曲率半径rは100μm〜5000μmであり、前記湾曲流路の幅wは10μm〜800μmであることを特徴とする、請求項6又は7に記載のマイクロ流路デバイス。
【請求項9】
前記マイクロ流路は、前記直線流路と前記湾曲流路により、平面視において蛇行形状を有することを特徴とする、請求項1〜8のいずれかに記載のマイクロ流路デバイス。
【請求項10】
圧力送液を利用した溶液の分析システム内に設けられ、複数の直線流路と隣り合う前記直線流路の端部を接続する湾曲流路とを備えたマイクロ流路が基板上に形成されるマイクロ流路デバイスの作製方法であって、
前記湾曲流路の幅を、前記直線流路の幅よりも小さく設定し、
かつ、前記湾曲流路の曲率半径rを、下記式(1)で表されるaの値が下記式(2)で表される前記湾曲流路の形状に基づく理論段高Hの極大点におけるaの値以下になるように設定することを特徴とする、マイクロ流路デバイスの作製方法。
【数25】

【数26】

但し、w:湾曲流路の幅、u:湾曲流路における溶液の流路通過速度、γ:湾曲流路内に存在する基材による分子拡散阻害因子、D:溶液の分子拡散係数
【請求項11】
前記湾曲流路の曲率半径rを、前記式(2)で表される前記湾曲流路の形状に基づく理論段高Hが極大点となるaの値に基づいて設定することを特徴とする、請求項10に記載のマイクロ流路デバイスの作製方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−237053(P2010−237053A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−85719(P2009−85719)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(591159251)信和化工株式会社 (10)
【出願人】(000219967)東京エレクトロン株式会社 (5,184)
【Fターム(参考)】