説明

マイクロ流路及びマイクロチップ

【課題】 本発明は、試料中に溶解している気体による気泡の発生の影響を受けることなく、微量サンプルで、正確な分析を実現することができるマイクロ流路及びマイクロチップを提供することを目的とする。
【解決手段】 液体を流すためのマイクロ流路であって、該マイクロ流路の内表面の少なくとも一部に、流路内に存在する気体から前記液体流中に気泡核を導入する気泡核導入手段を備えてなるマイクロ流路。これにより、マイクロ流路の大きさにかかわらず、微量のサンプル量であっても、液体状態の試料中に過剰に溶解している気体を気泡核導入手段に発生させた気泡核に効率よく吸収させて、気泡核導入手段以外の位置での気泡の発生を防止することができる。その結果、流体の流れを乱されることなく、測定系に対して妨害とならずに正確かつ迅速な測定及び検出等を実現することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロ流路及びマイクロチップに関し、生体物質を分離、混合、検出するために利用されるマイクロ流路及びこれを備えたマイクロチップに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療、食品、創薬等の分野で、DNA、酵素、タンパク質、ウィルス、細胞などの生体物質を、臨床分析チップ、環境分析チップ、遺伝子分析チップ(DNAチップ)、たんぱく質分析チップ(プロテオームチップ)、糖鎖チップ、クロマトグラフチップ、細胞解析チップ、製薬スクリーニングチップなどと称される数センチの大きさの基板上で分離、反応、混合、測定及び検出等するLab on Chipと呼ばれる技術が近年注目されている。
【0003】
このチップには数nmから数mmの流路が設けられ、その流路内で、微量の流体(気体、液体、微粒子、ゲル状物質などを含む)を移動させ、反応させ、測定するなどが実現される。このようなチップは一般にマイクロチップと呼ばれ、チップ上の流路はマイクロ流路と呼ばれている。
このようなマイクロチップに、微量の試料、例えば、血液サンプル等を流し込むことによって、短時間で簡便に、種々の測定、検出等を行うことができる。
【0004】
しかし、通常、マイクロチップに用いるサンプル、試薬等は、予め低温で保存され、マイクロチップを用いて測定する際に昇温される。そして、この温度上昇に伴って、サンプル中に溶解している酸素及び窒素等の気体成分の飽和溶解度が低下し、飽和溶解度以上に溶解している気体成分が、マイクロチップ内の、例えばマイクロ流路で気泡として発生する。その結果、気泡がマイクロ流路を部分的、特には全体的に閉塞し、流体の流れを阻害し、流体の制御性を損なう。また、試料の容積を測定するためにマイクロチップを用いる場合には、気泡の発生により、正確な試料の容積の測定が困難となる。さらに、光学系を利用して試料を定量又は定性する場合には、気泡によって光の散乱を招き、正確な測定を行うことができない。また、電極を用いて試料を定量又は定性する場合においても、電極上に気泡が発生すると、正確な測定を行うことができない。
【0005】
通常、分光測定の分野では、溶液からの気泡の発生を防止するために、サンプルの加熱攪拌、超音波攪拌等、溶液から溶存気体を除去して気泡の発生を抑えるための前処理が行われている。
しかし、マイクロチップを用いる場合には、サンプル自体が微量であり、簡便かつ迅速な測定を目的とするために、これらの前処理を行うことが困難であり、溶液からの気泡の発生を十分に防止することができない。
【0006】
これに対して、マイクロチップに含まれるマイクロ流路(幅:700μm、深さ:500μm)の底部に、マイクロ流路における液体流方向に対して平行に、幅が300μm、深さが100μmの溝を形成し、サンプル中で発生した気泡をこの溝に集め、それを液体流で移動させて排出させる方法が提案されている(例えば、非特許文献1)。
【非特許文献1】マイクロ化学チップの技術と応用、丸善、2004、p160〜p161
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、マイクロ流路の大きさによっては、このような溝をその底部に形成することができない場合があり、サンプルの微量化及びマイクロチップの微細化により、溝の適用はますます困難になる。また、マイクロ流路の中央部に配置する溝によって、サンプルの流れを乱すという問題がある。さらに、溝に集められた気泡を最終的に流路外に排出するため、溝はマイクロ流路の延長方向の大部分にわたって形成されるが、このために、溝に集められた気泡が互いに結合し、大きくなりすぎ、溝から脱離してサンプル中を浮遊する。その結果、気泡が、サンプルの流れを乱すとともに、測定系に対して妨害となり、正確な測定をすることができないという事態を招くことになる。
【0008】
つまり、マイクロ流路における液体流方向に平行な溝の形成によっては、気泡による測定系に対する妨害を免れ得ず、微量の試料で正確な分析結果を迅速に得るというマイクロチップの本来の目的を達成し得ることが要求されている。
そこで、本発明は、試料中に溶解している気体によって発生する気泡の影響を受けることなく、微量サンプルで、正確な分析を実現することができるマイクロ流路及びマイクロチップを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、液体を流すためのマイクロ流路であって、該マイクロ流路の内表面の少なくとも一部に、流路内に存在する気体から前記液体流中に気泡核を導入する気泡核導入手段を備えてなることを特徴とする。
このように、マイクロ流路の内表面の少なくとも一部に、流路内に存在する気体から前記液体流中に気泡核を導入する気泡核導入手段を備えているために、マイクロ流路内に試料を導入する際に気泡核を容易、簡便かつ確実に導入することができる。これにより、マイクロ流路内を流れる液体試料の温度が上昇し、気体の液体への溶解度が減少しても、過剰となった気体はこの気泡核に吸収されるので、気泡核導入手段以外の位置での気泡の発生を防止することができる。その結果、気泡によって液体流の流れを乱すことなく、しかも気泡による測定の妨害を防止することができる。
【0010】
このマイクロ流路においては、気泡核導入手段が、液体流方向に対して傾斜した面を含んで構成されるか及び/又は気泡核導入手段が、複数の独立した凹部により構成されてなることが好ましい。
これにより、マイクロ流路内表面に気泡核導入手段を簡便にかつ有効に配置することができ、気泡核の導入、過剰に溶解している気体の気泡核導入手段以外での気泡の発生の抑止をより確実に行うことができる。
【0011】
また、気泡核導入手段が、マイクロ流路の長手方向の所定位置において、該マイクロ流路の全内周表面に形成されていてもよいし、該マイクロ流路の内周表面の一部に形成されていてもよい。
気泡核導入手段がマイクロ流路の全内表面に形成される場合には、液体流内に気泡核を適当に導入することができるため、液体流中の位置にかかわらず、液体が接触するマイクロ流路の全表面で、過剰に溶け込んでいる気体を気泡核で効率的に吸収・除去する。これにより、気泡核導入手段以外での気泡の発生による測定の妨害を確実に防止することができる。また、流路の一部の内表面に形成される場合には、適度な気泡核によって液体中に過剰に溶け込んでいる気体を効率的に吸収し、気泡核導入手段から流路の内表面にわたって気泡が成長した状態であっても、光学系の測定で用いられる光の進路を、気泡にさえぎられないようにすることが可能となり、より正確な試料の検出及び測定に有用である。
【0012】
また、本発明のマイクロチップは、上述したマイクロ流路を備えることを特徴とする。
これにより、医療、食品、創薬等の種々の分野において、DNA、酵素、タンパク質、ウィルス、細胞などの種々の生体物質を液体の状態で、臨床分析チップ、環境分析チップ、遺伝子分析チップ(DNAチップ)、たんぱく質分析チップ(プロテオームチップ)、糖鎖チップ、クロマトグラフチップ、細胞解析チップ、製薬スクリーニングチップ等の種々の呼び名で提供されているマイクロチップに適用する場合であっても、気泡による妨害を受けることなく、より迅速かつ正確に、測定及び検出等することが可能となる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、マイクロ流路の大きさにかかわらず、微量のサンプル量であっても、液体状態の試料中に過剰に溶解している気体を、気泡核導入手段に導入した気泡核に効率よく吸収させて、気泡核導入手段以外での気泡の発生を防止することができる。その結果、流体の流れを乱されることなく、測定系に対して妨害とならずに正確かつ迅速な測定及び検出等を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
(1)マイクロ流路の構成
マイクロ流路は、試料(液体又は気体等、好ましくは液体)の通過が可能であるように、二次元及び/又は三次元的に所望の形状で、マイクロチップの内部に形成されている。
マイクロ流路の平面形状は、特に限定されるものではなく、用途、サイズ等を考慮して、任意に設定することができる。マイクロ流路の断面(流体の流れ方向に垂直に交わる断面)形状は、例えば、四角形、台形等の多角形及びこれらの角部分が丸みを帯びた形状、円形、だ円形、ドーム形状あるいは左右非対称の不均一形等どのような形状であってもよい。マイクロ流路は微量の試料、好ましくは液体状の試料を流すものであり、その目的を適切に果たすのであれば、その大きさ及び長さは特に限定されるものではなく、例えば、断面積が0.0001〜1mm2程度、長さが10〜100mm程度のものが挙げられる。特に、流路の断面積が小さくなるほど、マイクロ流路内での流体の流れ、さらに流体に発生する気泡の影響が大きくなるため、マイクロ流路の断面積として、0.0001〜0.25mm2程度のものに対して本発明は有利である。マイクロ流路は、全長にわたって同じ断面形状及び大きさであってもよいが、部分的に異なる形状及び大きさであってもよい。例えば、試料を導入及び/又は排出する部分等は、完全にマイクロ流路が密閉された状態ではなく、上部の一部が開放状態になっていてもよいし、容積を測定する部分又は光学系を利用して測定を行う検出部等では、一定の断面積が維持されていればよいし、徐々に又は段階的に細く又は太くなる部分があってもよい。
【0015】
マイクロ流路の内表面には、流路内に存在する気体から液体流中に気泡核を導入する気泡核導入手段を備えている。この気泡核導入手段は、液体がマイクロ流路内に導入される際に、マイクロ流路内に存在する気体の一部が液体によって押し出されずに、マイクロ流路の内表面の一部において気泡として留まり、その結果、マイクロ流路の内表面に気泡核を導入し得る手段を意味する。気泡核導入手段は、その機能を果たすために、それを構成する材料の試料に対するぬれ性が大きく影響することが考えられるが、本発明においては、適切なぬれ性によって、液体がマイクロ流路内に導入される際に、マイクロ流路内に存在する気体の一部を気泡核として導入し得るものである。つまり、液体の導入時に予め意図的に気泡核を導入し得る手段を意味する。なお、この気泡核導入手段は、気泡核を導入するのみならず、液体流中に過剰に溶解している気体を、気泡核導入手段に導入した気泡核に効率よく吸収させ、その吸収した気体を気泡核とともに保持する機能をも有する。
【0016】
通常、液体から気泡を発生させるためには一定のエネルギー障壁を越える程度の大きなエネルギーが必要であるが、すでに存在している気泡が周りの液体中に溶解している気体を吸収して膨張する場合には、エネルギーを必要としない。また、流路に液体を流す際には、その角や凹部に気泡が発生しやすい。従って、気泡核導入手段は、一見、別個の気泡についての現象、機能を互いに結びつけ、それによって気泡の除去を実現する。
【0017】
気泡核導入手段は、このような機能を確保することができるものであればどのような形態のものであってもよい。具体的には、マイクロ流路内表面に形成された凹部が挙げられる。
このように、気泡核導入の機能のみならず、溶存気体の吸収、保持の機能を有していることにより、導入した気泡核は、液体中に過剰に溶解している気体を吸収して成長しながら液体中に溶解している気体を減少させて、気泡核導入手段以外における気泡の発生を防止することが可能となる。特に、一旦導入した液体に流れがない又は流れが小さい場合であっても、液体に溶解している気体は濃度拡散によって気泡核による溶存気体の吸収で、溶存気体濃度が低下している気泡核周辺に引き寄せられることとなり、効率よく気泡の発生、残留位置を制御することが可能になる。さらに、通常、マイクロチップに試料を導入する場合には、脱気処理が施されるが、このような気泡核導入手段が形成されている場合には、そのような処理を省略することができるため、より迅速かつ簡便に使用することが可能となる。
【0018】
気泡核導入手段を設ける位置、これを構成する材質、気泡核導入手段を構成する凹部の大きさ(幅)、深さ、密度、形状などについては、マイクロ流路自体の大きさ、長さ、これを構成する材質、マイクロ流路に適用する試料の種類、濃度、粘度及び容量ならびにマイクロ流路のマイクロチップでの位置及び意図する作用等によって、上述した機能を確保することを考慮して、適宜選択することができる。
【0019】
気泡核導入手段を設ける位置は、長手方向の所定長さの間の一部であってもよいし、これが複数あってもよいし、全長にわたるものでもよい。例えば、単に試料を移動させるのみの流路であれば、所定長さの間の一部で、その内周の一部のみであってもよいし、全内周面であってもよい。具体的には、流路の断面形状が四角形の場合には、上下面及び左右側面の全面に、円形、ドーム形状であれば、その上方から下方に至る曲面を含む全面に配置されていることが好ましい。また、光学系の光路を確保する必要がある部分又はこれらの部分に直結する上流側、いわゆる検出部及びその近傍の流路であれば、その部分において、内周の一部のみに配置されていることが好ましい。具体的には、流路の断面形状が四角形の場合には、左右側面の全面、両側面の上方のみ又は中央から上方にかけて、断面形状が円形、ドーム形状であれば、光路等を確保できるように、その側方に位置する面のみ、上方の肩部分のみ又は中央から上方の肩部にかけてのみ等に配置されていることが好ましい。
【0020】
気泡核導入手段の材質は、通常、マイクロ流路を構成する材料と同じもの、さらには、マイクロチップを構成する材料と同じものを用いることができるし、異なるものを用いてもよい。例えば、これらを製造する方法に応じて、PET(ポリエチレンテレフタレート、PDMS(ポリジメチルシロキサン)、PMMA(ポリメチルメタクリレート)、PC(ポリカーボネイト)、PP(ポリプロピレン)、PS(ポリスチレン)、PVC(ポリ塩化ビニル)、ポリシロキサン、アリルエステル樹脂、シクロオレフィンポリマー、Siゴムなどの有機化合物あるいは、Si、Si酸化膜、石英、ガラス、セラミック等の無機化合物等のいずれもが挙げられる。
【0021】
また、気泡核導入手段が適用されるマイクロ流路の断面積が、例えば、0.01〜10mm2程度の場合には、凹部の幅及び/又は深さは、0.1〜1000μm、好ましくは数十μm以上、50μm以上、100μm以上、数十μm以下及び/又は数百μm以下が挙げられる。特に、凹部の幅が1〜1000μm、さらに30〜500μm程度が好ましい。このような大きさに設定することにより、気泡核導入手段の材質に対する試料のぬれ性を考慮して、確実に気泡核を導入することができるとともに、気泡核に試料中の気体を捕獲し、かつ気泡核導入手段中に気泡を保持することができる。なお、凹部の深さ(奥行き)が30〜500μm程度(さらに好ましくは50〜300μm程度)であれば、そこに捕獲された気泡により試料の流れを乱すことなく、また、液体流による圧力負荷にもかかわらず、捕集した気泡を付着させておくことができる。しかも、捕集した気泡が、マイクロ流路に照射される光を散乱させて、測定等に悪影響を及ぼすこともない。
【0022】
また、凹部の密度(数)は、液体導入時に形成される気泡核の体積とマイクロ流路内に導入される液体中に含有される気体の総量を考慮して決定することができる。液体導入時、凹部内に発生する気泡核は、凹部内容積の5〜90%を占める。また、液体を0℃から40℃に加熱した際に発生する気体量は、液体量の1.7%(体積比)程度である。したがって、液体温度上昇時に過剰となった気体を全て凹部内で保持するためには、凹部の全容積は、液体体積の1.8〜17%程度となるように設定することが好ましい。具体的には、体積4.9mm3(幅700μm×高さ700μm×長さ10000μm)の流路に対して、凹部の全容積は0.088〜0.83mm3程度となるように設定することが好ましい。1つの凹部の大きさ(断面積×深さ)が100μm2×100μm程度であれば、凹部の密度(数)は9個〜90個程度、1つの凹部の大きさ(断面積×深さ)が500μm2×400μm程度であれば、1〜5個程度が必要であり、例えば、4個程度、6個程度、10個程度、20個程度であってもよい。
【0023】
凹部の形状は、特に限定されるものではなく、半球状;半楕円状;直方体、立方等の四角柱、円柱又は多角柱状;ドーム状;円錐、三角錐、四角錐等の錐形状;錐台形状;左右対称ではない不均一形状;幅方向、高さ方向及び/又は深さ方向にテーパーを有した形状;これらの組み合わせ等いずれの形状であってもよい。ただし、凹部は、独立した凹部が優勢に形成されていることが好ましい(例えば、図3(a)〜(e)参照)。つまり、一部の凹部同士が連なるように形成されていてもよいが、凹部の大部分は、独立して、個々に形成されていることが好ましい。凹部同士の連なる数が多くなりすぎると、捕獲された気泡が互いに接触し、大きな気泡に成長しやくすなり、気泡が流体中に再放出されやすくなることを考慮したものである。
【0024】
特に、気泡核導入手段は、液体流方向(図3中、矢印)に対して傾斜した面を含んで構成されることが好ましい。この場合の傾斜角度(図3(b)等のθ参照)は、マイクロ流路を構成する材料の性質、凹部自体の深さ、幅、密度、形状、マイクロ流路に適用する試料の種類、濃度、粘度、ぬれ性等を考慮して、適宜調整することができる。例えば、数°〜160°程度の範囲が挙げられ、90°を超えることが好ましい。また、別の観点から、気泡核導入手段には、断面形状で、鋭角を構成する2つの面(これに対応する丸みを帯びた面でもよい)が含まれていることが好ましい。これにより、適用する試料の粘度等にかかわらず、気泡核の導入を確実に行うことができる。なお、気泡核導入手段の傾斜面が曲面等である場合には、その曲面の接線を含む面が角度傾斜していればよい。
【0025】
凹部は、マイクロ流路の全体にわたって同じ幅及び/又は深さ、密度、形状等であってもよいが、マイクロ流路において部分的に異なっていてもよいし、不均一であってもよい。
(2)マイクロ流路の製造方法
マイクロ流路は、当該分野で公知の方法を利用することにより、簡便に製造することができる。例えば、所望のマイクロチップ、マイクロ流路、気泡核導入手段に対応する形状を有する金型を準備する。この金型は、機械的加工により形成することができ、特にマイクロ流路の形成を意図する領域内であって、気泡核導入手段を形成する部分の金型部分は、微細な機械的加工、ブラスト処理、研磨処理等の手段により、気泡核導入手段に対応する形状を有するように処理したものが好ましい。次に、この金型に、PETをモールドしてマイクロ流路に対応するパターン及び気泡核導入手段が転写された基板を得る。最後に、この基板を、このパターン同士が対向するように、2枚張り合わせることにより、所望の位置に気泡核導入手段が形成されたマイクロ流路を備えるマイクロチップを形成することができる。なお、マイクロ流路に対応するパターンを有する基板を一方のみとし、他方を平板基板としてもよい。
【0026】
また、金型を用いたモールディングに代えて、射出成型法あるいはインプリント法等を利用してもよい。
さらに、平板基板の一方又は双方に、フォトリソグラフィー工程、機械的加工等を直接施して、マイクロ流路に対応するパターンが転写された基板を得てもよい。
また、マイクロ流路に対応するパターンを有する基板において、気泡核導入手段を形成する部分に対して直接、ブラスト処理、研磨処理、グロー放電処理等の物理的方法により凹部を形成してもよいし、アルカリ溶解塩、フッ素系薬品によるエッチング、皮膜のコーティング等を施して、凹部を形成してもよい。
(3)マイクロ流路を備えたマイクロチップの構成
マイクロチップは、例えば、主として、一方又は双方に凹部による種々の形状のパターンを有する第1基板と第2基板とが、例えば、熱圧着、接着剤等によって、貼り合わせられて構成される。
【0027】
このようなマイクロチップは、医療、食品、創薬等の種々の分野において、DNA、酵素、タンパク質、ウィルス、細胞などの種々の生体物質(主に液体の状態)を、分析、検出、反応、測定等するための基板として利用されるものであり、例えば、臨床分析チップ、環境分析チップ、遺伝子分析チップ(DNAチップ)、たんぱく質分析チップ(プロテオームチップ)、糖鎖チップ、クロマトグラフチップ、細胞解析チップ、製薬スクリーニングチップ等と種々の呼び名で提供されている全てのチップを包含する。
【0028】
このようなマイクロチップは、その用途に応じて、上述したような、種々の二次元及び/又は三次元形状の直線的なあるいは屈曲又は湾曲したパターンを有するマイクロ流路を備えている。また、このマイクロ流路の端部又は途中には、試料の導入口、排出口及び/又は液溜等が形成されており、遠心分離部、計量部、混合反応部、光学的または電気的測定部等が、それら自体又はそれらを連結させるマイクロ流路として一連構造で形成されている。
<実施例1>
本発明のマイクロ流路及びマイクロチップは、図1(a)及び(b)ならびに図2に示したように、厚さ1mmの2枚のPETからなる基板の表面に、マイクロ流路14、34に対応するパターンを有した基板11、12により形成されている。この基板11、12は、金型を用いたモールディングにより形成することができる。このようにマイクロ流路14、34のパターンを有した基板11、12を、例えば、接着剤13を介してパターン同士を対向させた状態で張り合わせることにより、内部にマイクロ流路14、34が形成されたマイクロチップ10が得られる。
【0029】
このマイクロチップ10では、例えば、まず、試料を、試料導入口20から導入する。導入された試料は、マイクロチップ10を回転させて得られる遠心力等によって、遠心分離部21を通過し、液溜22に移動する。試料は、液溜22からマイクロ流路14を通って、光学系の測定部26に至る。ここで、例えば、光の照射が行われ、細胞数が計数されたり、吸光度が測定されたりされる。
【0030】
マイクロ流路34は、図1(a)及び(b)に示したように、その測定部に対応する位置において、マイクロ流路34に光を透過させて、その透過率によって試料中の成分濃度を検出することができるように、幅が700μm、深さ700μm、長さ10mmに設定されている。
マイクロ流路34の内側の両側面の最上部には、気泡核導入手段35として、幅×高さ×深さが700μm×300μm×700μm程度の三角錐の微細な凹部が、片側に8個ずつ、1000μmの間隔で形成されている。なお、この気泡核導入手段35を構成する一面は、試料の流れる方向に対して、θ=約60°及びθ’=120°程度の傾斜面を有している。
【0031】
このマイクロチップに、4℃で保存しておいた試薬と試料とを、導入口20から注入し、試薬と試料と反応を促進するため、マイクロチップ全体を37℃に昇温し、試料を移動させた。気泡核導入手段35の部分を試料が通過する際、マイクロ流路34内に存在していた気体が残存し、気泡核導入手段35の角部分に気泡核が導入され、昇温による溶解度減少によって過剰となった気体はこの導入された気泡核によって吸収されて気泡核導入手段35以外の部分には気泡が発生しないことが確認された。また、気泡核導入手段35内で成長した気泡核はこの凹部内に確実に留まることが確認された。
【0032】
これにより、このマイクロ流路34に、外部から幅300μmの光を照射し、その透過率によって試料中の成分濃度を検出した際、気泡はすべて気泡核導入手段35内で発生し、検出光17が通過する部分に気泡は発生しないので、気泡による光の乱反射をうけることなく、正確な検出を行うことができた。
<実施例2〜6>
この実施例のマイクロ流路は、図2で示したマイクロチップにおいて、図3(a)〜(e)の平面図に示したように、マイクロ流路34に形成された気泡核導入手段35a〜35eを種々の形状とした以外、実施例1と同様に形成した。
【0033】
このマイクロチップにおいても、実施例1と同様の効果が得られた。
<実施例7>
この実施例のマイクロ流路は、図2のマイクロチップにおいて、図4(a)及び(b)に示したように、最も狭いところで、幅100μm、深さ100μmの断面形状四角形とした。このマイクロ流路24の内面の上下面及び両側面には、気泡核導入手段15として、幅及び深さが1μm程度の微細な凹部が、10000個/mm2の密度で部分的に形成されている。
【0034】
このマイクロチップに、4℃で保存しておいた試薬と試料とを、導入口20から注入した。試薬と試料との反応を促進するため、マイクロチップ全体を40℃に昇温した。
このとき、温度変化に対する飽和溶解度の変化量に相当する気体成分が溶出して気泡となるが、液体をマイクロ流路24に流した際に、気泡核導入手段15によって、マイクロ流路24に存在する気体が液体によって凹部内に閉じ込められて気泡核となった。この導入された気泡核は、液体中に過剰に溶解している気体を吸収し、成長しながら液体中に過剰に溶解している気体を減少させて気泡核導入手段以外における気泡の発生を防止する。これにより、気泡核導入手段にのみ気泡が発生するとともに、発生した気泡は気泡核導入手段において安定に保持された。液体が溶解している気体は濃度拡散によって気泡核による溶存気体の吸収で、溶存気体濃度が低下している気泡核周辺に移動することになり、効率よく気泡の発生、残留位置を制御することができた。
【0035】
これにより、試料の流れを乱すことなく、スムーズに試料の移動を可能にし、例えば、計量部23で測定された試料について、気泡が混入していないために、精密な容積を測定することができた。
<実施例8>
この実施例のマイクロ流路は、図2に示したマイクロチップにおいて、図5(a)及び(b)に示したように、その測定部に対応する位置において、マイクロ流路14に光を透過させて、その透過率によって試料中の成分濃度を検出することができるように、幅が300μm、深さ100μm、長さ10mmに設定されている。
【0036】
マイクロ流路14の内側の両側面には、気泡核導入手段15として、幅及び深さが1μm程度の微細な凹部が、60000個/mm2の密度で部分的に形成されている。
このマイクロチップに、4℃で保存しておいた試薬と試料とを、導入口20から注入し、試薬と試料と反応を促進するため、マイクロチップ全体を40℃に昇温した。
このとき、温度変化に対する飽和溶解度の変化量に相当する気体成分が気化して気泡と なるが、液体をマイクロ流路24に流した際に、気泡核導入手段15によって、マイクロ流路24に存在する気体が液体によって凹部内に閉じ込められて気泡核となった。この導入された気泡核は、液体中に過剰に溶解している気体を吸収し、成長しながら液体中に過剰に溶解している気体を減少させて気泡核導入手段以外における気泡の発生を防止するので、気泡核導入手段にのみ気泡が発生し、また発生した気泡は気泡核導入手段に安定に保持された。液体が溶解している気体は濃度拡散によって気泡核による溶存気体の吸収で溶存気体濃度が低下している気泡核周辺に移動することになり、効率よく気泡の発生、残留位置を制御することができた。
【0037】
これにより、このマイクロ流路14に、外部から幅50μmの光を照射し、その透過率によって試料中の成分濃度を検出した際、気泡16が光路17に入ることによる光の乱反射を有効に防止することができ、正確な検出を行うことができた。
<実施例9>
この実施例のマイクロ流路は、図2に示したマイクロチップにおいて、その測定部に対応する位置において、マイクロ流路に光を透過させて、その透過率によって試料中の成分濃度を検出することができるように、幅が300μm、深さ100μm、長さ10mmに設定されている。
【0038】
マイクロ流路の内側の両側面には、気泡核導入手段が2000個/mm2の密度で部分的に形成されている。この気泡核導入手段の1つを図6に示す。この気泡核導入手段45は、PETにより形成されたマイクロ流路44の側面において、幅λ、深さ2aの正弦波で近似される曲面を有している。また、導入する液体試料40は、試薬と血漿との混合液により構成されており、マイクロ流路44に対して、接触角θaが約100°で導入される。
【0039】
この場合、気泡核が導入される条件は、a>λ・(tanθaの絶対値)/2πで表され(吉岡書店「表面張力の物理学」2003、p221〜p222参照)、気泡核導入手段の幅と深さとの関係は、a>0.91λで表されることとなる。
従って、気泡核導入手段の幅を、それぞれ1μm、10μm、100μm、1000μmとした時、その深さを1.82μmより大、18.2μmより大、182μmより大、1820μmより大と設定することにより、気泡核導入手段への気泡核の導入を確実に行うことができる。
【0040】
これにより、液体試料の温度を40℃程度昇温させて、このマイクロ流路に、外部から幅50μmの光を照射し、その透過率によって試料中の成分濃度を検出する場合においても、上述したように、気泡が光路に入ることによる光の乱反射を有効に防止することができ、正確な検出を行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、医療、食品、創薬等の分野で使用される、臨床分析チップ、環境分析チップ、遺伝子分析チップ(DNAチップ)、たんぱく質分析チップ(プロテオームチップ)、糖鎖チップ、クロマトグラフチップ、細胞解析チップ、製薬スクリーニングチップなどと称される気体及び液体等に適用することができる種々の基板に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明のマイクロ流路の一実施形態を示す平面図及び断面図。
【図2】図1のマイクロ流路を備えるマイクロチップの平面図。
【図3】本発明のマイクロ流路の別の実施形態を示す平面図及び断面図。
【図4】本発明のマイクロ流路のさらに別の実施形態を示す平面図。
【図5】本発明のマイクロ流路のさらに別の実施形態を示す平面図及び断面図。
【図6】本発明のマイクロ流路において気泡核導入手段に気泡核を導入するための条件を説明するための断面図。
【符号の説明】
【0043】
10 マイクロチップ
11、12 基板
13 接着剤
14、24、34、44 マイクロ流路
16 気泡
17 光路
20 導入口
21 遠心分離部
22 液溜
26 測定部
15、35、45 気泡核導入手段
40 液体試料


【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体を流すためのマイクロ流路であって、該マイクロ流路の内表面の少なくとも一部に、流路内に存在する気体から前記液体流中に気泡核を導入する気泡核導入手段を備えてなることを特徴とするマイクロ流路。
【請求項2】
気泡核導入手段が、液体流方向に対して傾斜した面を含んで構成される請求項1に記載のマイクロ流路。
【請求項3】
気泡核導入手段が、複数の独立した凹部により構成されてなる請求項1又は2に記載のマイクロ流路。
【請求項4】
気泡核導入手段が、マイクロ流路の長手方向の所定位置において、該マイクロ流路の全内周表面に形成されてなる請求項1〜3のいずれか1つに記載のマイクロ流路。
【請求項5】
気泡核導入手段が、マイクロ流路の長手方向の所定位置において、該マイクロ流路の内周表面の一部に形成されてなる請求項1〜3のいずれか1つに記載のマイクロ流路。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1つに記載のマイクロ流路を備えることを特徴とするマイクロチップ。


【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−239538(P2006−239538A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−57376(P2005−57376)
【出願日】平成17年3月2日(2005.3.2)
【出願人】(000116024)ローム株式会社 (3,539)
【Fターム(参考)】